[88702] かぱぷう さん
炭鉱節の二番にも「…心 門司門司 気は佐世保」と唄われているように、モジモジが過ぎたようです。
ふくよかな顔に黒い目。これを「顔は福岡 目は久留米」と表現し、「足は長崎 手は肥前 こころ門司門司 気は佐世保」と地名づくしで続けて「どこの人?」と問いかける替え唄があるのですか。初めて知りましたが、なかなかの出来栄えです。
それはさておき、地理に関心のある者としては、世間に流布している「炭坑節」の歌い出しが気になります。
タイトルの「◯◯◯◯」部分は「三井炭坑」や「家(うち)のお山」と唄われる場合もありますが、「三池炭鉱」の場合が多いように思われます。
折しも話題になった「伊田と後藤寺」
[88704]を含む 筑豊
[72220]の 田川地区。
その民謡と記憶している「炭坑節」の歌詞に、三池とは?
田川市のサイト を確認してみました。
炭坑節が広まるにつれ、そのルーツをめぐって本家争いが起こった時期もあった。幸いなことに【小野芳香氏等による明治・大正の記録に基いて】炭坑節の元唄は まがうことなく 田川の炭坑で 選炭作業に従事する選炭婦が歌った選炭唄であった。
もう少し資料を探したら、
炭坑節のことなど という記事がありました。
2014/5/16 に転載されている動画では、地元のガイドさんが「伊田の竪坑の~」と唄っています。
2014/5/13-14には、『炭坑節物語』(深町純亮、海鳥社)によると、伊田尋常高等小学校の教員・小野芳香が明治43年頃に編曲した「伊田機械選炭節」が、現在の炭坑節の起源と記されており、追記の「炭坑節」歌詞では「伊田の炭坑の上に出た」となっています。
このブログには、同じく『炭坑節物語』に言及されている【大正初期の】「奈良丸くずし」を元唄とする説も紹介されていましたが、「伊田の炭鉱バージョンは明治43年頃に完成しているので、この説は誤りということになる。」という評価でした。(2014/5/14)
「奈良丸くずし」3番の歌詞「月が出た出た月が出た/セメント会社の上に出た/東京にゃ煙突が多いから/さぞやお月様煙たかろう」が元唄とする説については Wikipediaにも記されています。しかし大正2年とのことなので、やはり明治43年の小野芳香より後になります。
Wikipediaには、戦後の大流行の中で、一部の出版物や歌詞カードの誤記から、三井三池炭鉱で生まれたという誤解が広がった と記されています。三井炭坑→三池炭鉱は、いかにもありそうな誤記と思われますが、誤記とする根拠の記載は見当たりません。
落書き帳の
地名の入った歌コレクション を見たら、「赤坂小梅/三池炭坑節」と、三池の地名【大牟田市】が2回収録されていました。
赤坂小梅と言えば福岡県田川郡川崎町出身で、小倉から上京した鶯芸者です。お座敷唄「炭坑節」をレコードに吹き込んだのは1940年近くでしょうか。音源の年代は不明ですが、
『正調炭礦節』では「三井炭坑の上に出た」と唄われています。
田川出身の小梅が、紅白歌合戦(第1回は1951年正月ラジオ)の際に唄ったのが『三池炭坑節』。
「三池炭鉱の上に出た」という歌詞が普及した謎を解く鍵は、この辺にありそうだ。私はこのように考えました。
お座敷唄と紅白との間にあったもの。それは戦後間もない時期の炭坑節大流行に関係する 1948年のレコード4社の競作でした。Wikipediaによると、この競作で 小梅の座敷唄を新たな伴奏で再吹込みしたコロムビア以外の3社では、現在盆踊りで唄われている節が採用され、結果的には小梅のレコードは他社に水をあけられてしまったそうです。
「後に小梅も盆踊り向きの節で再度ステレオ録音にて吹き込んでおり、その音源は盆踊りで盛んに用いられた。」と続いています。その際に、節だけでなく 歌詞の方にも「三池炭鉱」が採用され、従来の【田川発祥】お座敷唄と区別するために『三池炭坑節』としたのではないでしょうか。
レコード4社の競作によって もたらされた 商業ベースでの成否。
田川由来の民謡『正調炭礦節』と、マスコミを通じて全国に拡散した『(三池)炭坑節』との分岐点はこれだったのではないか?
「炭坑節」は全国に知れ渡りました。
しかし、【誤記にもとづく?】歌詞のために、本家の筑豊・田川市の影が薄くなってしまった。
この不本意な結末がもたらされた「いきさつ」について、私はこのように推測しています。
田川市の人口については白桃さんの続編があるでしょうが、1955年国勢調査では10万人を越えました。
しかし、その後のエネルギー事情の変化による炭鉱の閉山があり、市の人口は半減しています。
失われたものと言えば、石炭産業と人口以外にもあります。
炭坑節で「一山 二山 三山越え」と歌われていた三連峰の香春岳【田川郡香春町】。
この山の姿も、石灰石採掘により変貌しています。一ノ岳が平らに削られてしまった姿の
地理院地図
最後になりましたが、田川市サイト内の
『正調炭坑節』 をリンクしておきます。
「月が出た出た…」は 1番ではなく、3番とは知りませんでした。