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落書き帳


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[79299] 2011 年 9 月 2 日 (金) 23:58:07 hmt さん
 兼山の対岸 地図に残された合併を巡るいざこざの跡

[79297] 花笠カセ鳥 さん
10月16日にこのまつり【戦国武者行列蘭丸2011】で岐阜県【兼山】に行きます。

可児郡2町のうち御嵩町が合併協議から離脱し、2005年に 可児市 に編入された旧・兼山町。
ここが可児市の飛び地になっているのは、平成合併の協議も、すんなりとは行かなかった痕跡です。

この地のことも、織田信長の小姓・森蘭丸が城主であったことも知りませんでしたが、地図を眺めて目についてのは、木曽川の対岸(加茂郡の領域)にある 複雑な境界線 でした。こちらは、昭和合併の傷跡。

美濃加茂市 ができた 1954年(昭和29年)のこと。加茂郡和知村牧野地区がを分離され、加茂郡太田町などとの合併に組み込まれました。そう言えば、JRの駅名は「美濃太田」で、「太多線」という路線名もありました。
しかし、住民からの反発があり、牧野地区の一部が分離して、和知村の残部を編入した 八百津町境界変更された もののようです。

変遷情報は、この境界変更まできちんと記録しています。
地図に残された複雑な境界線は、美濃加茂市所属を是認する人と、あくまで離脱を主張する人との調整が難航した結果なのでしょう。

[79298] 2011 年 9 月 2 日 (金) 23:21:08 ペーロケ さん
 探し物

 ものすごい私的なことで申し訳ありませんが、実はある建物を探しています。それは、うちの嫁が中学、高校時代に東京で部活の大会があった際、利用していたらしい施設です。名前は「世田谷ヴィレッジ」。検索すると、こういう建物らしいです。特徴的な形状のため、すぐ見つかるだろうと高をくくっていましたが、これがなかなか見つからないのです。
世田谷の野川に面して造られて
の記載から、野川沿いを検索。しかし、調布市から多摩川までくまなく探しましたが、この形の建物は見つかりません。
そして、また検索してみると、喜多見駅徒歩6分という所までは突き止めましたが、その範囲の世田谷区の範囲にしぼって探索しましたが、該当する建物が見当たりません。別のページによると、1994年に改修したとの話ですので、着工から5年で改修するオーナーのため、改修から20年近く経っており、実は解体されているかもしれません。その可能性の方が高いかも?

 どなたか事情に詳しい方おられますか?

[79297] 2011 年 9 月 1 日 (木) 23:26:39 林檎侍[花笠カセ鳥] さん
 オフ会

今年のオフ会は11月5〜6日ですか。
この日程は、全く問題ありません。むしろ、11月20日前後よりは好都合と言えます。

ですが、場所が問題です。当初の予定通りに東海地方開催となると、参加は難しいです。
というのも、10月16日にこのまつりで岐阜県に行きます。
この祭りは、参加できるだけでも十分です。抽選に漏れた方もいると思われるので。
三週間の間隔で東海地方へ二度行くのは、困難と言わざるを得ません。

震災復興祈念のため、オフ会を東北地方で行うなら、twitterで相互フォローしている福島市の旅館の方にお願いすれば、受け入れてもらえるだろうか?

[79296] 2011 年 9 月 1 日 (木) 22:23:03 白桃 さん
 千葉県の人口が
白桃 日はまた昇ってほしい

[79295]ペーロケ さん
福島県の7月1日現在の推計人口が、ついに200万人を割り込んだようです。
福島県ほど注目を集めはしないと思いますが、8月1日現在の千葉県全体の推計人口が国勢調査速報値から2,911人減少しております。液状化現象の影響もあるのではないかとみられる浦安市の-568人などは固有の要因かもしれませんが、「いよいよ千葉県までもが!」という気がしております。

[79295] 2011 年 9 月 1 日 (木) 12:34:54【1】 ペーロケ さん
 福島県の人口が

某所でもつぶやきましたが、福島県の7月1日現在の推計人口が、ついに200万人を割り込んだようです。毎日新聞
もっとも、住民票ベースの推計でしょうから、実際はもっと少ないでしょう。役所に届出を出す余裕も無く、県外に避難を余儀なくされている人も多数おられると思います。

[79294] 2011 年 8 月 31 日 (水) 21:30:34 オーナー グリグリ
 メンバー登録

新規メンバーの登録を行いました。

登録日メンバー名登録内容
2011.8.31いろずー さん新規登録(228番目の登録者)

いろずーさん、今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

[79293] 2011 年 8 月 31 日 (水) 21:28:20 オーナー グリグリ
 Re:hmtマガジンに 新テーマ「南の島」と4特集 とをUP

[79292] hmtさん
そこで、hmtマガジン に 新テーマ「南の島」を作り、その中の特集としてUPしました。
hmtマガジンへの新テーマ登録、ありがとうございました。
ちなみに新規に登録された特集記事は以下の通りです。皆さん、どうぞご覧ください。

◯東京都に属する 南の島々
◯伊豆諸島(伊豆七島・青ヶ島・南方四島)
◯小笠原諸島
◯南太平洋

以前からお誘いしていますが、皆さんも編集長になってご自分のマガジンを作ってみませんか。落書き帳の8万近い記事の中から関連記事をピックアップして特集記事を編集します。記事検索とあまり変わらない操作で編集作業ができます。ご興味のある方は、どうぞお申し出ください。よろしくお願いいたします。

[79292] 2011 年 8 月 31 日 (水) 17:52:22 hmt さん
 hmtマガジンに 新テーマ「南の島」と4特集 とをUP

世界遺産登録を機会に、小笠原返還の記念日に始めたシリーズが一応完結しました。
そこで、hmtマガジン に 新テーマ「南の島」を作り、その中の特集としてUPしました。

東京都島嶼部に関する記事は、全般・伊豆諸島・小笠原諸島の 3特集に分けてあります。
ついでに、ナウルなど南太平洋の島国の記事をまとめた特集も作りました。

[79291] 2011 年 8 月 31 日 (水) 14:28:38 山野[山野] さん
 所(国)が変われば…

(雑談です)
市町村合併に抗議!
記事によると、イタリアの首都ローマの東側100キロ地点にある町という「フィレッティーノ」という町が、
政府の緊縮財政策を受けた市町村合併に抗議し、独自の通貨を発行して自治権を要求しているらしい。

イタリア政府:人口1000人未満の市町村に対し、コスト削減を名目に他の市町村と合併するよう提案。
フィレッティーノ町:(人口)約550人余り。町長は、隣接するトレビと合併する代わりに、自治権を獲得して「独立」を目指す。

…だとか。

[79290] 2011 年 8 月 31 日 (水) 07:34:57 88 さん
 Re:仙台

[79289] 千本桜 さん
どうやら、[79282]千本桜の書き込みはうまく伝えることができなかったようです。もう一度、簡単に書きます。仙台区は明治11年7月22日に発足し、明治22年3月31日に廃止されました。しかし、明治22年(1889年) 3月31日 宮城県 市制町村制施行直前の廃置分合等には、変更種別:新設、自治体名:仙台区と書いてありますから、この表組を見た人は「明治22年3月31日に仙台区が新設された」と誤解するのではないか。88さんの伝えたかったことが伝わらないでしまうのではないか。そんな心配をしておったのです。
ありがとうございました。
将来的には、M11.7.22の仙台区誕生の情報についても、また、その間の情報も、市区町村変遷情報の中で遡って表示したい、との野望・構想を持っています。そうすれば、より系統立てて理解しやすくなると考えています。
もっとも、まだ「夢物語」の世界ですが。

もしかすると207町あらため210町などということになる可能性もあります。仙台市史に誤りがなければ良いのですが、誤りがあるとすると何を信じて良いのやら。
承知しました。更なる追加調査を期待しています。

取り敢えず、仙台区,207町,5村(微)として、情報を更新しました。ご確認いただければ、と思います。
明治22年(1889年) 3月31日 宮城県 市制町村制施行直前の廃置分合等

今後ともよろしくお願いいたします。ありがとうございました。

[79289] 2011 年 8 月 31 日 (水) 06:34:38 千本桜 さん
 仙台

[79288] 88さん

[79282] で千本桜は次のように書きました。
明治22年(1889年) 3月31日 宮城県 市制町村制施行直前の廃置分合等ですが、この表組を普通に読めば、「明治22年(1889年) 3月31日に仙台区, 仙台区新河原町, 新弓ノ町,(以下省略)が合併して仙台区が新設された。」になります。表組作成にもう一工夫必要かなと思いました。
これに対し、[79288] で88さんから下記の返答をいただきました。
・ M22.2.9付け(宮城)県令第8号の107コマにより、M22.3.31付けで、仙台区、仙台区の中の207町、宮城郡荒巻村ほか計5村のそれぞれ一部が新設合併して郡区町村編制法下の「仙台区」となる(207町は自治体としては消滅)
・ M222.9付け(宮城)県令第10号によりM22.4.1付けで仙台区が法律「市制」による仙台市となる
ということでよいのですね?
それとも、M22.3.31付けでは仙台区と宮城郡荒巻村ほか計5村のそれぞれ一部との境界変更であり、207町は自治体としてまだ存続し、M22.4.1付けで仙台区と207町との合併により仙台市となったのでしょうか。
どうやら、[79282]千本桜の書き込みはうまく伝えることができなかったようです。もう一度、簡単に書きます。仙台区は明治11年7月22日に発足し、明治22年3月31日に廃止されました。しかし、明治22年(1889年) 3月31日 宮城県 市制町村制施行直前の廃置分合等には、変更種別:新設、自治体名:仙台区と書いてありますから、この表組を見た人は「明治22年3月31日に仙台区が新設された」と誤解するのではないか。88さんの伝えたかったことが伝わらないでしまうのではないか。そんな心配をしておったのです。

[79282] で書き込んだ207町の名称は明治41年発行の仙台市史を見て書きました。しかし、市史に町名記載漏れの疑いを感じています。私は、仙台区廃止時に「上杉山通」という町名があったはずだ、あって当然だ、と思っているのですが、仙台区末期の町名リストに「上杉山通」がありません。なぜ「上杉山通」があって当然だと思うのか。それを説明すると長くなるので、単に地理好きな人間の勘ぐりと受け止めてください。仙台市発足直前に「上杉山通」が有ったか無かったか。これを確認するには、どうすれば良いのでしょう。仙台市発足直後の町名リストを調べる必要がありますね。少し時間を下さい。ひょっとして、記載漏れは「上杉山通」にとどまらず、ほかにもあるかもしれません。もしかすると207町あらため210町などということになる可能性もあります。仙台市史に誤りがなければ良いのですが、誤りがあるとすると何を信じて良いのやら。

[79288] 2011 年 8 月 30 日 (火) 19:32:40【1】 88 さん
 市区町村変遷情報(市制町村制施行時) 仙台区・仙台市について

[79092] 千本桜 さん
お尋ねの件、はて、どう答えようかと積み残していた間に、[79130] むっくん さんに答えていただきました。ありがとうございます。

まず、本題の前に。
[79130] むっくん さん
まず、88さんの編集方針です。
・市制町村制施行以降については原則「全訂 全国市町村名変遷総覧」(1991年8月)(監修:自治省行政局振興課、出版:日本加除出版)の記載内容に基いているが、戦後のある時期以降は根本資料である官報で修正した上で市区町村変遷情報に記入する。
S22.5.3付け以降は官報情報検索サービスにより、廃置分合等は総務省告示等で確認できます。一通りダウンロード済であるものの、[78457][78528]中島悟 さんのように大量にご指摘を受ける状況であり、突合・修正は不十分です。
・市制町村制施行時については原則は「幕末以降市町村名変遷系統図総覧 改訂版(1・2)」(2000年9月)(監修:西川治、編著:太田孝、出版:東洋書林)の記載内容に基いているが、市制町村制施行時に出された各府県の県(府)令で修正した上で市区町村変遷情報に記入する。
各府県令を大量に発掘していただいたのは[76874]むっくん さん のお蔭であり、改めて御礼申し上げます。
なお、府県令を意識して作業を実施したのは途中からであるため、初期(九州など西日本を中心とした情報)は、「幕末以降総覧」のままで、府県令との突合が不十分なものもあります。
今回の宮城県仙台区(仙台市)については廃置分合規定の県令第8号(M22.2.9)には仙台区とあるだけで各町名がないため、当初は原則である「幕末以降市町村名変遷系統図総覧 改訂版(1)」の記載内容をそのまま記載し、その後[78767]千本桜さんの書き込みの後、初めて「新旧対照市町村一覧」(編:和泉橋警察署、出版:加藤孫次郎、M22.12.)を参照されたものであると推測しています。
そのとおりです。相違ございません。

・・・と、言い訳ばかりですが、今後のためにも、作業実態をあからさまにしておきます。
――――――――
さて、本題。[79130] むっくん さんに詳細に答えていただきました。ありがとうございます。一部、可能なところを補足します。
[79092] 千本桜 さん
1)・88さんが明治22年(1889年) 3月31日 宮城県 市制町村制施行直前の廃置分合等を作成する際に資料とした新旧対照市町村一覧」(和泉橋警察署編、加藤孫次郎、M22)は何を資料にして編纂された物なのか。
これについては、[79130] むっくん さんによる回答以上のことを述べる情報・知識を持ち合わせておりません。あしからず。
2)・仙台区は郡区町村編成法により誕生し、明治11年から同22年まで存在しました。その間、仙台区に属した町、つまり88さんがまとめられた市制町村制施行前の町村名等に列記された町々はそれぞれが明治22年まで独立した自治町でありえたのか。
これについても、[79130] むっくん さんによる回答をいただきましたが、補足します。
拙稿[58394]でも述べたように、郡区町村編制法下では、区はいわゆる自治体であり、また、区の中の町は、区に包括されるとともに、その町自体が自治体です。これは、千本桜 さん、むっくん さん にもあるとおり、区の「区長」と、町の「戸長」がそれぞれ置かれていることからもわかります。たまたま、区長が戸長を兼ねることがあるとしても、それとは別の話です。あくまで、制度上は、それぞれ、自治体である、というのが一般論です。
もっとも、仙台の事例において個別事情が何かあるのであれば、そちらが優先ですが。
――――――――
[79282] 千本桜 さん
(前略)
以上のことから、仙台区の町村として市区町村変遷情報に乗せるべきは、掲載した207の町名および明治22年3月31日に行われた区画変更の情報だと思います。
本当にありがとうございました。私などでは対応できないような、詳細な、適切な考察・判断を加えた調査をしていただきました。追って修正対応させていただきます。その前に、これに関して一つ確認事項です。
明治22年(1889年) 3月31日 宮城県 市制町村制施行直前の廃置分合等ですが、この表組を普通に読めば、「明治22年(1889年) 3月31日に仙台区, 仙台区新河原町, 新弓ノ町,(以下省略)が合併して仙台区が新設された。」になります。表組作成にもう一工夫必要かなと思いました。
M22.2.9付け(宮城)県令第8号107コマにより、M22.3.31付けで、仙台区、仙台区の中の207町、宮城郡荒巻村ほか計5村のそれぞれ一部が新設合併して郡区町村編制法下の「仙台区」となる(207町は自治体としては消滅)
M222.9付け(宮城)県令第10号によりM22.4.1付けで仙台区が法律「市制」による仙台市となる
ということでよいのですね?

それとも、M22.3.31付けでは仙台区と宮城郡荒巻村ほか計5村のそれぞれ一部との境界変更であり、207町は自治体としてまだ存続し、M22.4.1付けで仙台区と207町との合併により仙台市となったのでしょうか。

[79287] 2011 年 8 月 30 日 (火) 19:24:31 hmt さん
 衾西部耕地整理組合の申請により 「大東京」の公式地名になった 「自由ヶ丘」

[79281] 白桃 さん 碑衾町
その頃、【自由が丘】駅前に「碑文谷交番」というのがあった気がしていて、このあたり昔はヒモンヤって言ってたんだ!と長らく勘違いしておりました。

碑文谷警察署自由が丘交番 でしょうか? 本署のある碑文谷は、環七通りの東側ですから、たしかに勘違いなのでしょう。
環七通りの西側の町村制施行前の村名は 「衾村」でした。衾村と碑文谷村とが合併して 碑衾村になったのですね。
碑衾町 になった この合成地名は “完全消滅したようです。”と書いたのですが[35798]、城南信用金庫碑衾支店に痕跡を残しているそうです。[60987] 伊豆之国 さん

東京府荏原郡衾村の本体は、衾町公園のある八雲付近でしたが、「自由が丘」は もっと南の村はずれ。
この地名(住居表示実施前は「自由ヶ丘」)の由来については、落書き帳過去記事が見当たらないので、自由ヶ丘地名の由来 をリンクしておきます。

目黒蒲田電鉄(1923年開業)と接続する形で、1926年(大正15年)に丸子多摩川−神奈川間が開通していた東京横浜電鉄が、昭和と改められた翌年(1927)8月28日に渋谷まで通じて、設けられた最初の駅名は「九品仏前」でした。
目黒蒲田電鉄は大井町線も 1927年に大岡山までを開業していましたが、その延長線は、大岡山−九品仏前間を残して、東横線から西の二子玉川までが 1929年に出来上がりました。
こうなると、九品仏の参道入口に設ける新駅が「九品仏」を名乗ることになります。
碑衾町の南端にあった東横線の駅は改名の必要があります。
このような事情で新たに選ばれた駅名が「自由ヶ丘」でした。

なぜ「自由ヶ丘」なのか? 
それは、九品仏前の少し後ですが、同じ 1927年に、自由教育を標榜する手塚岸衛が創立した学校「自由ヶ丘学園」が駅前通り(現在の大丸ピーコック付近)にあったからでした。
この頃欧州から帰国した舞踊家の石井漠も、この名が気に入り、「自由ヶ丘石井漠舞踊研究所」を設立し、公式住所の碑衾町でなく、「自由ヶ丘」を住所として勝手に使い始めたとのことです。
やがて、石川達三・石坂洋次郎・小糸源太郎なども住み始めて文化人村として知られるようになった自由ヶ丘。

しかし、やはり影響の大きかったのは「駅名」でしょう。
自由ヶ丘駅前何番地と書けば、誰の郵便物でも届くとなれば、地名として独り歩きを始めます。
遂には公式地名を改めようという声が上がり、関東大震災後の郊外移住ブームに応じた区画整理の主体になっていた衾西部耕地整理組合による申請に至りました。

この地域改称要望の声を極めて勇敢に取り入れ
と書いてありますから、この時代としては「自由ヶ丘」というのは、かなり思い切った地名だったのでしょう。
昭和7年6月16日 東京府告示第347号により認可とあります。その直後に行なわれた「大」東京市 で、目黒区自由ヶ丘になりました。
現在は「自由が丘」という町名に改められ[48944]、東京急行の駅名[13111]も「自由が丘」になっています。

余談
自由ヶ丘学園は、手塚岸衛の死後、中学校(現在は高等学校)と 小学校・幼稚園とが別々の経営者に引き継がれました。
名称を継いだのは前者で、後者は「トモエ学園」(トットちゃんが通った学校[23103])という学校名になりました。

[79286] 2011 年 8 月 30 日 (火) 18:31:43【1】 むっくん さん
 市制施行の要件など

以前[75438]拙稿で市制施行の要件を記しました。

このうち
S18 内務省での市制施行の内規改正
人口5万人以上(法律上の規定はなし)
#地方自治制度(著:秋本敏文・田中宗孝、出版:ぎょうせい、S53.8.31)53頁の記述による
の詳細が見つかりましたので報告します。

北海道自治例規集(編・発行:北海道自治協会、S19.5.30)では、
市制施行詮議内規(S18.4.17内務省発地第36号地方局長)
一、市制の施行は其の予定地域に於ける現住人口五萬以上なることを要すること
二、市制の施行は其の予定地域に於ける住民の業態、市街地の形成、都市的施設其の他各般の事項に付概ね都市的形態を具備するものと認められることを要すること
(備考)
(1)住民の業態に付ては商工業的業態の戸数が全戸数の六割以上を占むるものなること
(2)市街地の形成に付ては中心市街地に於ける連たん戸数全戸数の六割以上を占むるものなること
三、前二項の基準に該当せざるも特に大工場の設置等に依り近く前二項の基準に達する見込確実にして且新興都市として都市計画的見地等より都市的建設を◆るの要あるものは特に之を詮議することを得ること
とありました。これが[79058]88さんで地方自治法の制定にあたる帝国議会の委員会での審議の中で、政府委員である内務事務官鈴木俊一氏が地方自治法第8条に関して
第八条は新たに規定した分でありまして、「市を設置し又は町村を市としようとするときは、その地方公共団体は、人口三万以上を有し、且つ、都市的形態を具えていなければならない。」是が新たな規定であります、是は従来内務省が市制を施行致します基準と致しまして内規的に用意をして居つた点であります、是は今回は之を法律上明かに致しまして、人口は必ず三万以上なければならぬ、「都市的形態」と申しますのは、中心市街を成して居ります戸数が全体の戸数の六割なければならぬ、都市的な形態の戸数が全体の戸数の六割なくてはならない、斯う云うことを従来条件と致して居りましたが、それを抽象的に「都市的形態」と、斯様に規定致したのであります、其の他は従来と同様であります
と説明したところの“従来内務省が市制を施行致します基準と致しまして内規的に用意をして居つた点”です。


上述のことを探していた時に、町村制について興味深い記述を少々見つけましたのでこちらも以下に紹介します。

[78998][79058]88さん
M44.4.7付け法律第69号町村制による全面改正後の町村制でも、第5条
-----
第五条 町村ノ名称ヲ変更シ又ハ村ヲ町ト為シ若ハ町ヲ村ト為サムトスルトキハ町村ハ内務大臣ノ許可ヲ受クヘシ
2 町村役場ノ位置ヲ定メ又ハ之ヲ変更セムトスルトキハ町村ハ府県知事ノ許可ヲ受クヘシ
-----
と、従前の「市町村名及市役所町村役場ノ位置変更ニ関スル件」を上書きするような規定があります。
もっとも、[78998]でも述べたようにS29.5.1法律第82号自治庁関係法令の整理に関する法律によりS29.5.1付けで廃止されるまでは理論上は残っていたようです。廃止手続きが行われていなかったため、形式上残存していただけであり、「効力が残っていた」と[78998]で述べたのは誤りかもしれません。
改正市制町村制釈義(著:中川健蔵・宮内国太郎・阿部寿準・立花俊吉、発行:帝国地方行政学会、M44.9.1)の343コマ346コマで旧法との対照表が記載されています。343コマでの新市制第7条に対応する旧法の欄に明治23年法律第77号との記載があることからすると、「効力が残っていた」とは言い難いようです。
余談ですが、この本の18コマ26コマに掛けて、市制町村制の改正の詳細が記載されています。ここで注目するのは18コマでの二での
又旧法には市の廃置分合に関し規定を欠くを以て、例えば二町村以上の区域を一市と為さむとする場合の如きは、一旦町村の併合を行ひ、而して後に市制を施行する等煩雑迂遠なる手続を経ざるべからず。是を以て改正法に於ては市の廃置分合を為す場合の規定を設け、(略)
です。具体的にはT5.4.1の
川辺郡尼ヶ崎町,立花村(一部:大字東難波村及び西難波村)→尼崎市
は、この改正があったために
内務省令第15号(T5.3.29)
明治44年法律第68号市制第3条及同年法律第69号町村制第3条に依り大正5年4月1日より兵庫県川辺郡尼ヶ崎町を廃し其の区域と同郡立花村の内大字東難波村及西難波村の区域とを以て尼崎市を置く
との一つの法令で成立することが出来ました。

さらに余談をもう一つ。
市制町村制実務詳解(編:自治研究会、出版:松華堂書店、S2.10.16)のp.19の11行目で
名称を変更すると云ふことは(中略)、文字は替へないで呼び方だけを改むること秋田県山本郡森岳「ヲカ」村を森岳「タケ」村と改めた例、(中略)の様なものを云ふのである。
とあります。この改称があったのは山本郡森岳村の成立後の1902(M35).10.10以降、この本の発行されるS2.10.16以前のいつかなのでしょうが、現段階では市区町村変遷情報には記載されていません。

[79285] 2011 年 8 月 30 日 (火) 12:30:43【1】 Hiro_as_Filler さん
 マスコットキャラクターのtwitterアカウント

こんにちは。
各地のマスコットキャラクターのtwitterアカウントでいくつか掲載されていないものがありましたので、ご紹介いたします。
マスコットについては、基準が若干不明な部分がありますので、もし掲載基準に合っていませんでしたら申し訳ありません。

http://twitter.com/heijyosento 奈良県マスコットキャラクター せんとくん
http://twitter.com/unarikun_narita 成田市観光キャラクター うなりくん
http://twitter.com/fukkachan 深谷市イメージキャラクター ふっかちゃん
http://twitter.com/wanmaru 犬山市公式キャラクター わん丸君
http://twitter.com/negiccyo 岐南町キャラクター ねぎっちょ

とりあえず、都道府県市区町村の公式と思われるものを掲載してみました。
その他、むすび丸など立ち位置が微妙なマスコットのアカウントも多少知っておりますが、今回は除外しました。

#落書き帳のオフ会は11月5〜6日だと職場の行事が重なって完全にアウトです。スイマセン。そもそも11月19〜20日でもアヤシイのですが。。。(^-^;

【1】改行を修正

[79284] 2011 年 8 月 30 日 (火) 11:19:25 N-H さん
 もろもろ

またまた長いことご無沙汰しておりました。元気でやっております、はい。
今回十番勝負は参加はしなかったのですが、めずらしく正答と皆さんの感想をかなり読ませて頂きました。でも、やはり若い方々にはとてもかないそうにないなあ。

さて、オフ会ですが、11月上旬の土日、たぶん日程的には問題ないと思います。
前にも書いたと思いますが、9月末までは節電のため水木が休業で土日は出勤で色々おもしろいこともありますが、11月は元に戻っています。ただし、今年いっぱいは祝日はすべて夏休みに寄せ集められてしまったため、11月3日は平日扱いなのです。
東海、東北いずれでももちろんかまいません。これらの地域で宿泊経験がないのは秋田県、岐阜県のみです。

それから電車の話題。
[79279]BANDALGOMさん
N-HさんやIssieさんにとっては悲喜こもごもの思い出が詰まった電車であるかと思いますが、房総各線や、かつては総武線快速でも活躍した紺色とクリーム色の電車

確かに思い出はつきませんねえ。私が中学生になるころにはじめて千葉の地にやってきた電車で、その後私が横浜に移ってからもずっと利用し続けた電車ですから。
高校生の頃の外房線はIssieさんの投稿にもあった茶色い旧型国電のほうがまだ多かったなかで、朝に通学に使っていたのが、1日一本だけあった外房線から直通の「各駅停車・幕張行き」(ちなみに茶色い電車のほうは、御幼少のころ山手線でも乗車経験ありです)。
これは113系専用の運用で、あとからきいた話では幕張電車区への職員通勤も兼ねていたのだとか。だから幕張区所属の113系でしかも冷房つきだったのはありがたかった。
横須賀線との直通開始直前の1か月間、総武線側にもグリーン車のついた運用が出回り始め、駅で配られた1か月間の編成表を手に入れ、グリーン車に試乗したのも懐かしい思い出です。
そしてどうしたわけか、湘南電車・横須賀線を毎日窓から見下ろすロケーションに住むことになるわけですから、人生わからんものです。

[79283] 2011 年 8 月 30 日 (火) 10:14:23 桜トンネル さん
 十番勝負において運の良い市(第三十二回反映版)&石岡市

それでは今回も発表します。
では、今回も「十番勝負において運のいい市」を発表したいと思います。「十番勝負において運のいい市」とは今まで32回行われた十番勝負で、メダルを獲得したことのある市のことを言います。それをメダルの色に分けて、発表します。また、市のみでなく都道府県単位でも発表します。(前回反映版:[78466]

〜市バージョン〜

●金メダルを受賞した市ランキング
1位神戸市、岡山市 6個
2位金沢市、広島市、高松市、東かがわ市 4個
3位いわき市、横浜市、白山市、小浜市、敦賀市、石垣市 3個
4位夕張市、五所川原市、ひたちなか市、那須塩原市、佐野市、千葉市、綾瀬市、鎌倉市、長岡市、高岡市、富山市、中央市
下田市、富士市、豊田市、大津市、福知山市、向日市、京都市、豊岡市、西脇市、明石市、淡路市、宝塚市、大阪市、貝塚市
大和高田市、総社市、高梁市、山陽小野田市、善通寺市、観音寺市、阿波市、松山市、大野城市、延岡市 2個

今回の十番勝負でなると金時さんが解答された石垣市で金メダル獲得したことによって、4位から3位へ浮上しました。石垣市は第二回(2004年7月開催)以来の金メダルとなり、約7年ぶりとなりました。それ以外には大きな変動はなく、前回のランキングとほぼ変わっていません。

●銀メダルを受賞した市ランキング
1位金沢市 5個
2位出雲市、西予市 4個
3位日光市、小松市、浜松市、彦根市、養父市、高松市、阿南市、鳴門市、えびの市 3個
4位旭川市、村山市、一関市、相馬市、福島市、足利市、館林市、さいたま市、和光市、館山市、伊勢原市、糸魚川市
射水市、南砺市、珠洲市、加賀市、福井市、伊東市、富士宮市、岐阜市、蒲郡市、名古屋市、津市、京丹後市、舞鶴市
加古川市、玉野市、広島市、下関市、さぬき市、四国中央市、八幡浜市、久留米市、松浦市 2個

今回の十番勝負でEMMさんが解答された小松市と大龍エクスプレスさんが解答されたえびの市で銀メダルを獲得したことによって、3位に浮上しました。また、EMMさんが解答された南砺市と大龍エクスプレスさんが解答された富士宮市とk-aceさんが解答された蒲郡市で銀メダルを獲得したことによって、4位にランクインしています。小松市は第二十七回(2010年4月開催)以来の銀メダル獲得、南砺市は第十三回(2006年10月)以来の銀メダル獲得、富士宮市は第十七回(2007年10月開催)以来の銀メダル獲得、蒲郡市は第二十一回(2009年1月)以来の銀メダル獲得となっています。また、えびの市は第三十一回(2011年4月開催)以来の銀メダル獲得となっており、3大会連続の獲得となっています。おまけに、それは今まで新傾向型問題(最西端、郵便番号)でしたが、今回は従来型の問題での獲得となっています。詳しくはまだ調べてはいませんが、3大会連続銀メダル獲得は史上初だと思います。

●銅メダルを受賞した市ランキング
1位南砺市、高知市 4個
2位山形市、横浜市、糸魚川市、魚沼市、新潟市、金沢市、越前市、浜松市、岡山市、広島市、高松市、阿南市、福岡市 3個
3位室蘭市、弘前市、大館市、男鹿市、大仙市、酒田市、郡山市、つくば市、三郷市、浦安市、習志野市、旭市、勝浦市、調布市
藤沢市、上越市、射水市、黒部市、富山市、氷見市、小浜市、敦賀市、飯田市、各務原市、郡上市、本巣市、湖西市、新城市
東海市、京丹後市、尼崎市、川西市、神戸市、大阪市、池田市、香芝市、倉吉市、周南市、岩国市、丸亀市、三好市
宇和島市、西条市、土佐市、春日市、串木野市、豊見城市 2個
4位印西市、菊川市、桑名市、天理市を含む196市 1個

※ 串木野市は合併して、いちき串木野市になりました。

今回の十番勝負でデスクトップ鉄さんが解答された高知市で銅メダルを獲得したことによって、1位へ浮上しました。また、k-aceさんが解答された湖西市と神戸市と香芝市と丸亀市と大龍エクスプレスさんが解答された宇和島市でメダルを獲得したことによって、3位へ浮上しました。これで、1位は南砺市と高知市が並び、トップ争いをしています。高知市は第十九回(2008年4月開催)以来の銅メダル獲得、神戸市は第十八回(2008年1月開催)以来の銅メダル獲得、香芝市は第六回(2005年4月開催)以来の銅メダル獲得、丸亀市は第二十九回(2010年10月開催)以来の銅メダル獲得、宇和島市は第七回(2005年5月開催)以来の銅メダル獲得となりました。

●受賞した市の総合ランキング
1位金沢市 12個
2位神戸市 11個
3位高松市 10個
4位岡山市、広島市  9個
5位横浜市、南砺市、浜松市  7個

今回の十番勝負で神戸市が銅メダルを獲得したため、メダル数が1個増えて、単独2位へ浮上しました。また、南砺市が銀メダルを獲得したため、5位をキープすることができています。神戸市は徐々に1位の金沢市とのメダル数に近づいています。今後に注目ですね。

★すべてのメダル(金、銀、銅)を受賞している市

 室蘭市(金1銀1銅2)
 つくば市(金1銀1銅2)
 千葉市(金2銀1銅1)
 習志野市(金1銀1銅2)
 座間市(金1銀1銅1)
 横浜市(金2銀1銅4)
 上越市(金1銀1銅2)
 新潟市(金1銀1銅3)
 富山市(金2銀1銅2)
●南砺市(金1銀2銅3)
 高岡市(金2銀1銅1)
 金沢市(金4銀5銅3)
 加賀市(金1銀2銅1)
 珠洲市(金1銀2銅1)
 敦賀市(金3銀1銅2)
 静岡市(金1銀1銅1)
 浜松市(金1銀3銅3)
 東海市(金1銀1銅2)
 近江八幡市(金1銀1銅1)
●神戸市(金6銀3銅2)
 姫路市(金1銀1銅1)
 加西市(金1銀1銅1)
 高槻市(金1銀1銅1)
 四條畷市(金1銀1銅1)
 堺市(金1銀1銅1)
 和歌山市(金1銀1銅1)
 広島市(金4銀2銅3)
 下関市(金1銀2銅1)
 高松市(金4銀3銅3)
 鳥栖市(金1銀1銅2)
 五島市(金1銀1銅1)
●石垣市(金3銀1銅1)

※●はメダルの個数が増加、★は新規ランクインです。

南砺市はEMMさんの銀メダル獲得、神戸市の銅メダル獲得、石垣市はなると金時さんの金メダル獲得によって、メダル数が増えています。
新規ランクインとなったところは今回はありませんでした。

〜都道府県バージョン〜

●金メダルを受賞した都道府県ランキング
1位兵庫県 23個
2位香川県 16個
3位岡山県 15個
4位石川県、大阪府 14個
5位愛知県 13個

今回の十番勝負で岡山県が金メダル1個獲得したことによって、単独3位へと浮上しました。こちらは2位以下は依然混戦状態が続いています。

●銀メダルを受賞した都道府県ランキング
1位兵庫県 19個
2位千葉県 14個
3位埼玉県、石川県 13個
4位茨城県、福岡県 11個
5位静岡県、愛知県、大阪府 10個

今回の十番勝負で石川県が銀メダル1個獲得したことによって、3位へ浮上して、埼玉県と並びました。また、静岡県が銀メダル2個獲得したことによって、5位へランクインしました。そして、愛知県も銀メダル1個獲得したことによって、5位へ新たにランクインしました。

●銅メダルを受賞した都道府県ランキング
1位愛知県 16個
2位千葉県、富山県、兵庫県 15個
3位北海道 14個
4位新潟県 13個
5位神奈川県、静岡県 12個

今回の十番勝負で千葉県が銅メダルを1個獲得したことによって、2位へと浮上しました。また、兵庫県が銅メダル1個獲得したことによって、2位へと浮上しました。千葉県と兵庫県は富山県に並びました。また、静岡県が銅メダル2個獲得したことによって、5位へ新たにランクインしました。こちらもいまだに混戦状態が続いていますが、次回、どのように変化するのかに期待ですね。

●受賞した都道府県の総合ランキング
1位兵庫県 57個
2位愛知県 39個
3位千葉県 38個
4位大阪府 35個
5位石川県 34個

今回の十番勝負で兵庫県の銅メダル1個獲得によって、1位をがっちりキープしています。また、愛知県の銀メダル1個獲得によって、1位の兵庫県との差は変わりありませんでした。そして、千葉県は銅メダル1個獲得によって、3位をキープしています。また、石川県の銀メダル獲得によって、5位をしっかりキープしています。こちらは2位と3位、4位以下で順位争いが起きているようです。

▼金メダルを1個獲得している県

宮城県(第十五回以来)
和歌山県(第三回以来)

▼銀メダルを1個獲得している県

鳥取県(第九回以来)

▼銅メダルを2個獲得している都府県

宮城県(第二十七回以来)
山梨県(第十六回以来)
京都府(第十三回以来)
鳥取県(第二十五回以来)

ぺとぺとさんが三重県で第二十八回以来となる銅メダルを獲得したことによって、ここから抜け出しました。今回は新傾向問題ではなかったので、意図的に選んだということでしょうね。

■金・銀・銅すべてが3位以内に入っている都道府県

兵庫県【1位・1位・2位】(18大会連続18回目)

■金・銀・銅すべてが5位以内に入っている都道府県

愛知県【5位・5位・1位】(2大会ぶり14回目)

※後ろの括弧の中のものは第十三回からの記録となっています。また、第二十一回と第二十二回は同じ記事で発表したため、2大会の記録をあわせているので、1大会分少なくなっています。

兵庫県のメダル獲得があったこともあり、まだすべてが3位以内に入っている状況は変わりありません。しかし、銅メダル1個獲得したことによって、銅メダルランキングは2位へ浮上し、オール1位まであと一歩というところまで来ました。
そして、2大会連続で5位以内の都道府県は2大会ぶりに愛知県が該当となりました。とはいえ、金メダルはランキングの繰上りで5位浮上、銀メダルは1個獲得によっての5位浮上なので、次回はそこをしっかりキープすることが大切ですね。

[79282] 2011 年 8 月 30 日 (火) 06:43:52 千本桜 さん
 仙台区町名

明治41年発行「仙台市史」を引用しながら仙台区の町について書き込みます。仙台市史は「行政組織及び区画の沿革」について
明治11年7月22日布告第17号を以て郡区町村編成法を発布せられ、庁下を仙台区と称し、区長一員を置かる、是に於いて仙台は一の独立行政区となれり、此年11月区内を5部に分ち毎部町場持4人乃至6人を置き、部内を4分又は6分して布告布達等の事務を取扱はしむ、之を区行政の区画とする
として、5部(5つの地域ブロック)と253の町名を記載しています。この数字は要注意です。東西に長く延びた北一番丁などは町域が2つのブロックに跨がっていて、各々のブロックに北一番丁が載っいています。つまり重複記載です。このような町名が25ありますから、253−25=228で実際は228町になります。なお、仙台市史は町数の合計を記載していないので、私が町名を追いながら算出しました。検算していますが2、3の漏れがある可能性も考えられます。

明治14年4月15日、仙台区と宮城郡南目、荒巻、小田原各村の内、地所交換、(中略)同年10月24日、1名称にして数町に亘る市街区分を左の如く定めらる
として、町名と各々の町を細分した丁目を記載しています。町の延長が短い南町などは1丁目から2丁目まで。延長が長い北二番丁などは1丁目から14丁目まであります。これに記載された町の名称は140。丁目の合計は402です。この場合、町数を140とするか402とするか迷いますが、私は140町とするのが自然だと思います。

明治15年10月行政区画を改めて、各町組合を設け組毎に組長1人を置き、
明治18年4月1日之を更正して140組とし、(中略)
明治18年10月15日追廻組を中ノ町組に合併、
明治19年2月13日更に改めて56組とし、
明治19年3月29日北七番丁(堤通東)を北二、三、四、五、六番丁東組に、北七、八、九番丁(通町東 堤通西)を通町組に変更せり、其の名称及区画は左の如し
として、56組207町の名称を記載しています。207町の名称は次のとおりです。
河原町, 新河原町, 新河原町東丁, 南石切町, 新弓ノ町, 八軒小路, 南染師町, 南鍛冶町, 南材木町, 穀町, 三百人町, 五十人町, 六十人町, 畳屋丁, 保春院前丁, 成田町, 表柴田町, 裏柴田町, 元茶畑, 椌木通, 木ノ下, 西新丁, 東新丁, 荒町, 連坊小路, 清水小路, 北目町, 上染師町, 田町, 南町, 柳町, 大町一丁目頭, 大町一丁目, 大町二丁目, 大町三丁目, 大町四丁目, 大町五丁目, 大町五丁目新丁, 新伝馬町, 名掛丁, 二十人町, 榴ヶ岡, 舟丁, 堰場, 石名坂, 弓ノ町, 土樋, 猿牽丁, 姉歯横丁, 石垣町, 米ヶ袋上丁, 米ヶ袋中丁, 米ヶ袋下丁, 米ヶ袋十二軒丁, 米ヶ袋広丁, 米ヶ袋鍛冶屋前丁, 七軒丁, 鉄砲横丁, 桜小路, 道場小路, 伊勢屋横丁, 六軒丁, 片平丁, 本荒町, 良覚院丁, 狐小路, 袋町, 中ノ町, 琵琶首丁, 琵琶首新丁, 花壇, 花壇川前丁, 霊屋下, 越路, 越路六軒丁, 越路路地町, 宮沢, 川内大橋通, 川内柳丁, 川内中ノ瀬町, 川内大工町, 川内川前丁, 川内明神横丁, 川内元支倉, 川内澱橋通, 川内元支倉通, 川内新横丁, 川内数寄屋丁, 川内亀岡町, 川内亀岡北裏丁, 川内三十人町, 川内山屋敷, 肴町, 立町, 立町新丁, 本柳町,元櫓丁, 定禅寺通櫓丁, 元鍛冶町, 常盤町, 北材木町, 本材木町, 跡付町, 木町末無, 立町通, 定禅寺通, 南町通, 南光院丁, 教楽院丁, 薬鑵小路, 裏五番丁, 柳町通, 北目町通, 新寺小路, 国分町, 二日町, 北鍛冶町, 通町, 北田町, 堤町, 支倉町, 木町通, 新坂通, 土橋通, 支倉通, 半子町, 伊勢堂下, 神子町, 北山町, 八幡町, 坊主町, 江戸町, 覚性院丁, 石切町, 中島丁, 切通, 十二軒丁, 北五十人町, 滝前丁, 角五郎丁, 角五郎新丁, 澱町, 勾当台通, 表小路, 外記丁, 堤通, 外記丁通, 同心町通, 中杉山通, 光禅寺通, 二本杉通, 杉山通, 元寺小路, 茂市ヶ坂, 掃部丁, 末無掃部丁, 大仏前, 同心町中丁, 元貞坂, 空堀丁, 新名懸丁, 新小路, 花京院通, 長丁, 長刀丁, 北六軒丁, 鉄砲町, 車町, 小田原山本丁, 小田原裏山本丁, 小田原車通, 小田原宮町東裏丁, 小田原東丁, 小田原袖振丁, 小田原遣水丁, 小田原長丁通, 小田原高松通, 小田原金剛院丁, 小田原広丁, 小田原大行院丁, 小田原牛小屋丁, 小田原清水沼通, 小田原弓ノ町, 小田原北一番丁通, 小田原北二番丁通, 小田原北三番丁通, 宮町, 東一番丁, 東二番丁, 東三番丁, 東四番丁, 東五番丁, 東六番丁, 東七番丁, 東八番丁, 東九番丁, 東十番丁, 北一番丁, 北二番丁, 北三番丁, 北四番丁, 北五番丁, 北六番丁, 北七番丁, 北八番丁, 北九番丁, 北十番丁

而して区は22年3月31日更に区域を変更すること左の如し
として、下記の5村から各々土地の一部を編入したとしています。
宮城郡荒巻村の一部(字山上清水, 字滝前, 字宮裏, 字上郡山, 字中丿沢)
宮城郡小田原村の一部(字小野田, 字杉山)
宮城郡南目村の一部(字柳沢, 字二軒茶屋)
宮城郡南小泉村の一部(字八軒小路, 字行人塚, 字五ツ谷, 字桃源院東, 字鍛冶屋敷, 字広瀬川橋下)
名取郡長町村の一部(字窪谷地の一部)
また、
仙台区宮沢の一部を名取郡茂ヶ崎村に編入
仙台区北六番丁の一部を宮城郡原町に編入
とあります。

以上のことから、仙台区の町村として市区町村変遷情報に乗せるべきは、掲載した207の町名および明治22年3月31日に行われた区画変更の情報だと思います。

(注):207町について。原文のまま書き出せれば良いのですが、
1・誤字脱字が見受けられること。
2・複数の組に跨がる町は重複して町名が記載されていること。
3・同名の町名があり、それを区別表記をしなければならないこと。
そのような理由があり、私が手を加えています。

88さん
明治22年(1889年) 3月31日 宮城県 市制町村制施行直前の廃置分合等ですが、この表組を普通に読めば、「明治22年(1889年) 3月31日に仙台区, 仙台区新河原町, 新弓ノ町,(以下省略)が合併して仙台区が新設された。」になります。表組作成にもう一工夫必要かなと思いました。

[79281] 2011 年 8 月 30 日 (火) 01:40:36 白桃 さん
 碑衾町

今、私の人生は大岡山あたりに居まして、あと、ふた駅で自由が丘です。
自由が丘、田舎モンの私にとってなんとヒビキの良い駅名なんでしょう。
大阪の会社に就職したつもりだったのですが、御殿場での新入社員研修が終わってスグに、品川埠頭に連れられて行った私は、帰宅途中に用もないのにこの駅に途中下車して、そういえば、滝口順平さんお亡くなりになったのですか・・・、夜の街を散策?したもんです。
そうそう、平日にもかかわらずインベーダゲームで徹夜したのもこの頃でした。
その頃、駅前に「碑文谷交番」というのがあった気がしていて、このあたり昔はヒモンヤって言ってたんだ!と長らく勘違いしておりました。

というわけで?オフ会については、恥ずかしながら、いつでも、どこでも(たとえ小笠原でも)OKです。
お酒さえ飲めればどこでも良い、と誤解されると困りますので、ちょっと言わしてもらいます。職場旅行に行っても、その土地のことを知ろうとせずに、宴会orゴルフだけを楽しんでくる人、あまり仲良くなれないです。

ついで:
室:室蘭、根室、室戸
伏:現役がないので、とりあえず伏見
広:広島、東広島、帯広、北広島
治:宇治、今治、多治見
金メダルおめでとうございます。(該当市は人口順)

[79280] 2011 年 8 月 29 日 (月) 21:47:22【3】 Issie さん
 津田沼駅は船橋市

[79277] k-ace さん
微妙なのが山県市(山縣)

私的には全然オッケー。だって,もともと「山縣郡」でしょ。
歴史上の人名・地名は基本的に常用漢字体に書き換えて構わないと思います。ちなみに,“あの育鵬社”の中学校歴史教科書でさえ「山県有朋」の表記です(←“文部科学省の圧力”というのかも知れない)。

で,その「野田市」。このままいけば,きっと総理大臣になるのでしょう。
初の「千葉県選出」の総理大臣。
いや,“千葉県出身”の総理大臣と言えば 鈴木貫太郎 がいるじゃないか,という意見もありますが,少なくともこの人は“国民から選ばれた”総理大臣ではない。帝国議会の議員として総理大臣になったわけではないですからね。
それに関宿藩士の家の出身で,だから千葉県出身と言うのだけど,この人の家は下総の関宿本藩ではなくて,泉州の飛地領勤務。その赴任地で生まれたこの人が関宿にいたのは,まだ幼かった廃藩後の数年間だけだったようです。だから「千葉県出身」と言っても,かなり微妙。
その点,今度の人は船橋市の出身で,選挙区も船橋市(=千葉4区)。今度こそ“本当の千葉県出身”と言えましょう。

NHKのニュースを見ていたら,この人の「原点」としてJRの津田沼駅前が出てきました。
もっぱら“南口”を利用していた私には少し縁の薄い“北口”。
そう,私にとって津田沼駅は「習志野市の代表駅」なのですが,北口は“船橋市の第2の玄関”なのでした。野田さん,お父さんが自衛隊の空挺団の方だったというので,地盤は船橋市でも“習志野地区”の方なんでしょうね。だから船橋駅ではなくて津田沼駅(ちなみに習志野市は旧千葉郡つながりで八千代市や千葉市花見川区と一緒の千葉2区だから,選挙区が違う)。
…いや,ローカルな話でごめんなさい。

※追加
[79279] BANDALGOM さん
房総各線や、かつては総武線快速でも活躍した紺色とクリーム色の電車

まあ,そうですねえ…。
でも私にはどちらかというと,“途中参加”の総武快速よりもやっぱり,その前から走っていた「黄色い電車」(101系)。もう1つ前の「茶色い電車」はおぼろげに覚えているだけ(千葉以東ではかなり遅くまで走ってましたが)。後は,ステンレス車になる前の京成電車の「青電」と「赤電」かな。

[79279] 2011 年 8 月 29 日 (月) 21:18:55 BANDALGOM さん
 千葉県南東部&公式オフ会

某所でつぶやいたのをご覧になった方もいるかと思いますが、昨日は日帰りで千葉県南東方面へ行ってきました。

まずは「竹岡ラーメン(富津市)」「勝浦タンタンメン」に次ぐ千葉県第3のご当地ラーメン「アリランラーメン」を食べに上総牛久へ。
「アリラン」という、日本でもよく知られた韓国・朝鮮民謡の名を関してはいますが、直接の関係はなく、単なるあやかりです(詳しくはウィキペディアで検索して下さい)。

提供している店が、元祖とされる長南町の店と、親族経営といわれる長柄町、上総牛久の計3店舗で、このうち公共交通機関を利用して行ける店が事実上上総牛久だけです。

味は特に韓国風というわけでもないですが適度に辛く、場所柄からいっても竹岡ラーメンと勝浦タンタンメンの中間という感じでした。

五井から小湊鉄道に乗って上総牛久まで行きましたが、ここまで来れば、いすみ鉄道にも乗らなければ、勝浦あたりの海も見に・・・となります。

そしてもう一つ、N-HさんやIssieさんにとっては悲喜こもごもの思い出が詰まった電車であるかと思いますが、房総各線や、かつては総武線快速でも活躍した紺色とクリーム色の電車・・・鉄道業界用語でいえば旧国鉄113系横須賀色(スカ色)が、ついに終焉の時を迎えることになりました。

113系の最後の姿を拝んでおきたいという思いもあって、今回この方面へ出掛けたのですが、結局目にすることはありませんでした。mixiつながりからの情報では、千葉駅に集結しているとのことで、明日か明後日にもう一度行くつもりです。

上総牛久から大多喜まではバスで移動し、大原までいすみ鉄道、そして外房線で(113系が停泊していないかと期待しつつ)安房鴨川へ行き、折り返して鵜原でタンタンメンを食べました。
昨年9月、韓国の秋夕(中秋節)で仕事が休みの時にも行った店でしたが、日本でいえば十五夜、子供たちが集まり、月見をするとのことで臨時休業しており、勝浦市中心部の店でタンタンメンを食べました。

勝浦タンタンメン自体は今回3回目ですが、昨年食べ損ねた店でリベンジを果たせました。
竹岡ラーメンを含む千葉県のご当地ラーメンはどれも、大量のタマネギを使うため、昨日のタマネギ消費量は相当なものでした。

このところ3年連続で勝浦市を訪れていますが(昨年は2回)、とりわけ鵜原は、駅に降りれば「帰ってきたな」という気持ちにさせられ、この地の海を見ていると心洗われるものがあります。

この景色を毎日見ていたいとの思いで、職員採用試験を受けて2次で落ちたのが15年前。その恨みというものはありました。
韓国にいた時には、友人・知人などに勝浦海中展望塔などの写真を見せながら「ここが私の故郷・千葉県」とよく言っていたものですが、やはり愛憎半ばというものがあったと思います。

しかし、ここ数年で感じるようになったことは、やはりこの街が好きなんだなということ、そして山梨や4度の夏を過ごした諏訪と同程度、あるいはそれ以上の「第2の故郷」なのだということです。

さて、オフ会ですが、11月5〜6日、私は大丈夫です。
場所ですが、私も[79274]MasAkaさんと同様、東北・東海どちらも捨てがたいと思うものの、MasAkaさんよりは東海派で、東海6:東北4といったところです。

昨年のオフ会の際には、グリグリさんが三重を、いっちゃんさんが岐阜を希望しているように感じられましたが、私としては三重は複数回泊まった一方、岐阜が未宿泊なので、岐阜がいいなぁ、というのが率直なところです。

[79278] 2011 年 8 月 29 日 (月) 20:35:43 88 さん
 Re:今年の恒例の落書き帳公式オフ会について(日程訂正)

最終決定のとおりに受け入れますが、とりあえず、自分の都合だけを勝手ながら述べます。

今年のオフ会は、11月19日(土)〜20日(日)、東北だと思っていました。
日程はここ数年と同じで、場所はグリグリさんが「東海を変更して東北にします」と、あっさり決めると思っていました。すこし予想が外れてしまいました。

日程について。
私が何とか参加したい別行事(オフ会との優先順位をつけることは非常に厳しい行事)が、たぶん(ホントに、たぶん)例年どおりなら10月第4週と第5週の土日。ひょっとして一週ずれれば、11月第1週にずれ込むところ。
なので、オフ会は11月なら中旬以降ができればありがたいところ。
もっとも、その行事の日程が確定していないので、如何ともし難いところ(そろそろ発表されるはずなのですが・・私の行動パターンを知っている人はわかるでしょう)。

オフ会会場について。
個人的には、先週三重県津市に3泊したばかり([79179])で、しかも愛知県・岐阜県もウロウロしたばかり。でも、東海・東北のいずれにしても、まだまだ散策できていないので、正式決定した日程・会場を見て、都合のつく限り、前後の小旅行も兼ねて参加したいと思います。

という訳で、何の参考にもならないつぶやきですが、反応しておきます。

・・・また皆さんとお会いできればいいなあ。

[79277] 2011 年 8 月 29 日 (月) 20:12:47 k-ace さん
 野田市

池田市、三木市、村山市、橋本市、それに予定の野田市。微妙なのが山県市(山縣)
町村含めても原村、吉田町、鳩山町、池田町(北海道・福井県・長野県・岐阜県)、三木町、森町(北海道・静岡県)
でいいのかな?
現存の自治体名だと少なく、十番勝負には到底及ばない。

同様のことをtwitterでも呟いていますが、こちらでも。

[79276] 2011 年 8 月 29 日 (月) 11:01:17 山野[山野] さん
 佐野市・岩舟町「法定協」廃止へ

[79271]グリグリさん
正式に協議会解散が決まれば
…との事ですが、以下の2つの記事には、解散を示唆する事が載っています。

(記事1)
読売新聞(栃木)
佐野市との法定協の廃止を明言、自身の進退に影響するとの見方も示した。

(記事2)
下野新聞にも、同様の事が書かれており
「栃木と合併」選択 岩舟住民投票 町長、引責辞任を示唆
佐野市との合併を推進してきた茂呂幸司町長は同日夜の会見で、「結果を真摯に受け止める。
佐野市との法定合併協議会(法定協)は廃止する」と述べた。
自らの進退については「時が来たらご報告する」と辞意を示唆した。
…とあるので、約束通り「佐野」との法定協は廃止になる見込みです。

[79275] 2011 年 8 月 29 日 (月) 10:06:18 かすみ さん
 Re.今年の恒例の落書き帳公式オフ会について(日程訂正)

11月5日〜6日に変更ですか!それなら完全にアウトですね…。
まだ発売前なので確定ではありませんが11月1日発のおがさわら丸で父島に行く計画を立てているので開催日に本土へ帰って来れません。
冬期の南島上陸禁止期間に入るまでに行きたいんですよね。祝日と誕生日休暇が使えるここで設定しないとしばらく先になってしまうので今回のオフ参加は断念の可能性大になっちゃいました。

[79274] 2011 年 8 月 29 日 (月) 01:08:41 MasAka さん
 Re: 今年の恒例の落書き帳公式オフ会について(日程訂正)

オフ会の日程ですが、私も個人的には11月5〜6日のほうが参加しやすそうな雰囲気です。

場所は東北・東海どちらも捨てがたいものがあるので迷いますね〜。全都道府県宿泊まで達成している私ですが、東海地方4県+東北地方太平洋側3県の計7県の中で一番手薄(行った回数が少ない)と感じているのは岐阜県(特に飛騨地方)です。しかし、それ以外の県でもまだ訪れていない場所やもう一度行ってみたい場所はありますので、どこに決まっても楽しめるとは思っています。

[79259]グリグリさん
第一ヒント解答「米子は二つ」で明示した通り境港市も対象です。

あ、これは私が何か勘違いして書いてしまっていたみたいですね。失礼いたしました。

[79268]にまんさん
つくば市のホームページは相当さまよったのですが、まさかつくばみらい市にあったとは。。。

つくばの過去は未来(みらい)によって記録されていた、といったところでしょうか(^^;;
町名決定のページについてはつくば市のwebサイトではなくwebarchiveに残されているデータにリンクを張ったように、市のサイトからはすでに消されてしまったようです。確かに町名の変更は駅名の決定よりは扱いが地味ですよね。住んでいる人にとっては大きな変化だと思うのですが。

[79273] 2011 年 8 月 29 日 (月) 00:36:09 YT さん
 永高における貫文と石高の変換

『藩制一覧』の正税、大隈重信文書の『庚午七月写 各藩高並租税調帳』を比較したところ、正税の内、少なくとも永高(貫文)で表される分は、1貫=1/8石で換算しているらしいことが分かりました。

例:久留里藩の場合

『藩制一覧』によると
現米:一萬八百五十五石五斗四升四合
永:二千百六十七貫十七文、此現米二百七十石八斗七升七合(但石八両立)
二口合一萬千百二十六石四斗一合
つまり現米分は
2167.017/8 = 270.877125石
永高分は
10855.5544+270.877125=11,126.421125 石

『庚午七月写 各藩高並租税調帳』によると
久留里藩の正税は、11,126.42112石

『明治史要』「知藩事表」では
久留里藩の現高は、11,126.421石

大隈重信文書の『府藩県石高人口表』では
久留里藩の現石は、11,126石

『統計集誌』「府藩県所轄並石高」の場合、
久留里藩の現高は、11,126石です。

[79270]の数字は、正税における金銭収入や魚納の収入等を無視してますが、もしかしたら少なくとも「永高」分は上の換算式(1貫=1/8石)で変換するべきかも知れません。

[79272] 2011 年 8 月 28 日 (日) 23:28:06 オーナー グリグリ
 薩摩川内市と由利本荘市

市区町村雑学の高田市ってどこにあるの?(市の同名回避)を見直していた際に、ひょっとしたら、薩摩川内市と由利本荘市も仙台市と本庄市との同音回避の事例ではないかと考えました。もしくは、多少なりとも新市名の検討の際に同音回避の意向が働いたのではないかと。

2004年10月12日に鹿児島県川内市と薩摩郡4町4村が新設合併し「薩摩川内市」が誕生しました。また、2005年3月22日には秋田県本荘市と由利郡7町が新設合併し「由利本荘市」が誕生しました。名称は違うが読みが同じ、宮城県仙台市および埼玉県本庄市との同音市名回避の意向が働いていたのではないかと考えましたが、合併協議会の協議議事録などを確認してみると、そのような意向が働いた気配はありませんでした。薩摩郡4町4村と川内市の連称で薩摩川内市とし、由利郡7町と本荘市の連称で由利本荘市としたものです。川内市も元々薩摩郡であり、本荘市も元々由利郡であったことから、両市にもあまり抵抗はなかったものと思われます。

由利本荘市のHPにある合併までの経緯のページにある協議会会議録を読んでみると、歴史的背景や読みの音数など、実に丁寧に新市の名称について議論が行われ、関連自治体の委員の意見を徹底して尊重する姿勢が伺えます。市名候補を3つ(由利本荘市、本荘市、鳥海山市)に絞り込むところまでは委員の投票に依っていますが、最終的には委員の投票による決定とせず、全員一致の合意決議を導き出しているのは優れた議論であったと考えます。そう言う視点で由利本荘市を改めて見直してみると、由緒ある「由利」や「本荘」の地名を大事にしたいという姿勢の結果であり、決してお手軽な名称採用ではないことが判ります。

さくら市は、やはり「喜連川氏家市」が良かったですね。少なくとも新市誕生時においては。先日、那須方面へ旅行に行った際に、国道4号線でさくら市(氏家周辺)を通りましたが、「さくら」という固有地名を見ることは無く、もっぱら「氏家」の表記が看板や標識などに目立っていました。「さくら」の固有地名表記もあったのかもしれませんが、意識に入ってくることはありませんでした。

話が逸れてしまいましたが、薩摩川内市と由利本荘市の市名由来は実に良く似ていますね。

[79271] 2011 年 8 月 28 日 (日) 22:49:27 オーナー グリグリ
 岩舟町の住民投票結果(岩舟町は栃木市と合併)

[79269] 山野さん
本日実施された岩舟町の合併先を問う住民投票の投開票の結果、「栃木市」が選ばれました。
選ばれなかった法定協は解散すると町長は表明されてましたので、これで佐野市との法定協は解散ですね。(多分)
情報をありがとうございます。結局、先に進んでいた佐野市ではなく栃木市を選択することになったようですね。市の形から言うと栃木市と合併した方が丸く収まります。一旦決まっていた佐野市との合併予定日などはリセットされて、改めて栃木市との協議会で審議されることになりますね。正式に協議会解散が決まれば情報を更新します。投票結果のみ情報追加し更新しました。

[79270] 2011 年 8 月 28 日 (日) 22:41:08 YT さん
 府藩県三治時代における藩預所と伊勢神宮領?の謎

以前府藩県三治制時代の表高、内高、収納高の数値を[76745][76746][76747]で比較検討しましたが、藩の石高については大隈重信文書の『府藩県石高人口表』(資料B)、『統計集誌』「府藩県所轄並石高」(資料C,[79225]参照)、『明治史要』「知藩事表」の三種類の資料の比較を行ったものの、府県については十分な比較検討が出来ませんでした。

最近、大隈重信文書を検索したところ、明治3年より前の藩の石高を掲載した『庚午七月写 各藩高並租税調帳』(資料F)と明治2の府県の石高を掲載した『明治二己巳年 租税取調帳』(資料E)を見つけました。藩に関しては、『藩制一覧』との結果と合わせて比較するとして、まず『明治二己巳年 租税取調帳』による石高と『府藩県石高人口表』、『統計集誌』「府藩県所轄並石高」による内高、収納高の比較を掲載します。

(B)は大隈重信文書『府藩県石高人口表』、(C)は『統計集誌』「府藩県所轄並石高」、そして(E)は『明治二己巳年 租税取調帳』によります。

『明治二己巳年 租税取調帳』には各府県毎に正租と雑税が掲載されていますが、この内雑税は計算から除きます。また石高に換算できるもの(米、大豆、籾、麦、塩、荏、稈)の石高のみを合算し、貫文で表現される金・銀・銭・調銭や漁は合算しません。正租(合計)、都合(米を除く他の合計:大豆・籾・麦・塩・荏・稈)、外(米・大豆・麦・小麦の合計)は私が資料(E)から計算したものです。収石米(E)と高(E)については合計と記載値にズレが生じましたが、他の数値(都合の大豆・籾・麦・塩・荏・稈、外の米・大豆・麦・小麦)については内訳と合計が完全に一致しており、その合計値も記載値として扱います。

資料では石の下の単位は、斗、升、合、勺、才、毛(弗ではない)となっており、下6桁まで数字がありますが、6桁目がない項目では5桁表示にしています。

使府県呼高(B)草高(C)高(E)現石(C)現高(C)正租(合計)都合米(E)都合(他計)外(合計)
京都府91,275194,53791,275.81154031,05631,05631,055.69720030,751.314100304.38310
東京府23,80527,72923,805.6218104,2984,2983,916.1163303,910.4083305.70800
大坂府111,658101,248111,658.45131038,66558,51638,665.15900038,619.99300045.16600
度会県26,73626,73626,736.1126006,1416,1416,140.9490306,134.9690305.98000
長崎県59,71359,71359,713.14300022,09122,09121,902.98340021,772.388500130.59490
新潟県233,317233,317231,148.73014079,60079,60079,376.22929079,153.382190222.84710
奈良県223,324223,324223,324.19751057,80457,80457,804.97006057,738.44696066.52310
甲府県259,626259,626259,626.56304078,82078,82078,078.76648077,885.947600192.81888
神奈川県285,180285,180285,180.59305059,98359,98357,315.73585057,041.500700274.23515
大津県175,674175,674175,674.16023052,30952,30952,309.86183052,225.21574084.64609
笠松県178,108178,108178,108.35037036,12236,12236,104.56220035,924.728000179.83420
高山県56,81556,81556,815.88800024,28824,28824,288.84200024,274.47500014.36700
久美浜県117,619117,619118,759.62687028,38918,38928,744.01178026,927.1009801,717.1420099.76880
堺県191,230191,230191,230.46332060,73860,73860,738.74000060,597.881000140.85900
日田県138,008138,008139,666.17712038,59038,59039,089.53140039,069.86990019.66150
倉敷県109,85296,00196,001.23079030,61023,51324,335.47930023,120.3768001,199.3370015.76550
伊那県218,516218,516218,516.08234043,98343,98344,384.35927044,252.722320131.63695
佐渡県132,574132,574132,574.72900044,88844,88844,888.10400044,798.51400089.59000
韮山県150,053150,053150,053.91259024,09224,09222,745.53864022,686.14714059.39150
品川県126,645126,645126,645.12946013,66513,66511,868.35328011,843.20078025.15250
浦和県271,084271,084271,084.47153028,95528,95525,717.11224025,517.303740199.80850
宮谷県336,441336,441336,441.51266062,02662,02660,924.79600060,580.374000344.42200
岩鼻県361,082361,082361,082.35613034,49034,49029,336.73542029,263.65242073.08300
若森県269,893269,893269,893.25663038,11838,11836,102.90572035,828.530720274.37500
小菅県136,945136,945136,945.85660041,00241,00139,992.01819039,915.28750076.73069
葛飾県248,298248,298248,298.60329033,55133,55131,678.70467031,396.2701500.91190281.52262
日光県327,695327,695327,695.27951042,66841,66839,946.29725039,876.15425070.14300
福島県197,195197,195197,195.29584026,82126,82126,451.54502026,429.76572021.77930
浜田県117,820117,820117,819.16400053,79153,79154,188.63840054,188.638400
若松県375,111375,111375,111.61100054,80854,80852,373.29670052,373.296700
酒田県429,308429,308247,060.39287068,721.04811068,721.048110
石巻県111,660.14000014,011.85000010,973.7300002,977.0500061.07000
兵庫県109,600191,600109,600.68402039,43639,43639,436.86700039,358.48400078.38300
江刺県120,049120,049120,049.58800012,74412,74410,022.7751708,783.5801701,239.19500
角田県124,111124,111124,111.6400009,9959,9959,826.6549007,355.0212002,471.63370
登米県316,208316,208204,548.00000039,76739,76825,699.72000021,225.3500004,474.37000
胆沢県189,729189,729189,729.01000015,35015,35015,012.6260008,309.7000006,702.92600
白河県230,587230,587230,587.85511021,83921,83920,877.22375020,819.01360037.5066520.70350
柏崎県336,357336,357336,357.49224897,42097,42097,419.55709497,198.592894220.96420
生野県57,51757,51757,517.48640014,14714,14714,147.65690014,103.39290044.26400
五條県109,24319,243
中野県154,472154,472
本保県119,850119,850
箱館開拓使
小計(計算値)7,848,3237,923,2487,269,304.6699281,443,0601,444,8141,475,642.0188741,450,945.76854420,820.072253,876.17808
小計(掲載値or下小計合計)7,796,0927,923,2487,269,304.6099281,511,2851,444,8141,450,845.76854420,820.072253,876.17808
福井藩預109,545.76803014,690.73710014,666.60490024.13220
岡山藩預6,314.2710001,463.9470001,463.947000
彦根藩預34,278.9200009,579.1650009,562.97800016.18700
大垣藩預69,874.73682010,092.04740010,072.24050019.80690
龍野藩預19,044.2740006,166.5290006,161.9630004.56600
松代藩預20,645.6548002,530.1054002,528.6834001.42200
岸和田藩預10,046.7819402,577.0420002,574.9020002.14000
高槻藩預32,301.4225508,306.8063008,301.5753005.23100
津山藩預16,681.6220002,442.5370002,442.1050000.43200
高知藩預19,682.8628005,849.4334005,849.433400
大洲藩預1,354.985000519.831100519.831100
金沢藩預14,368.9374500.000000
人吉藩預590.188300118.037660118.037660
佐伯藩預2,143.724000683.610550682.6109500.99960
名古屋藩預1,356.93200072.62400072.624000
伊勢神宮領?23,334.6040009,167.9680008,989.428000178.54000
小計(計算値)381,565.68469074,260.42091074,006.964210178.5400074.91670
小計(掲載値)381,565.68469074,006.964210178.5400074.91670
合計(計算値)7,650,870.3546181,549,902.4397841,524,952.73275420,998.612253,951.09478
掲載小計の合計7,650,870.2946181,524,852.73275420,998.612253,951.09478
合計(掲載値)7,650,870.4546181,461,241.05127420,998.61225

何度見直しても府県の小計における、都合米収納高の数字のズレ(100石)と内高のズレ(6升)の原因が見つかりません。後者に至っては、そもそも全体の合計が一致しておらず(自分の計算値とは1斗、府県小計と藩預小計とは1斗6升)、都合米収納高の府県小計と藩預小計の合計は原書では完全に計算間違いと思われる値が記載されています。多分いずれも原書の計算間違いと思われます。

さて、ここで問題になるのが、何故藩の石高の一部が府県と一緒の表に掲載されているかです(原資料では、「〜藩預」ではなく、「〜藩」と書いてあります。)。大藩でありながら、1万石程度の名前がずらっと並ぶのが最初訳が分かりませんでしたが、大隈重信文書の別の資料『当巳年御収納高帳(諸府藩県明治二年収納高帳)』では、これらの藩領が「〜藩預」と表記されており、つまりこれらが藩の預所であることが判明しました。

これらの藩の預所は藩の石高や人口に含まれるのでしょうか?『藩制一覧』では、彦根藩([79223][79224])と松代藩([79220][79221])の預所が別項目となっていましたが、石高を見る限り、このデータは藩の人口・石高に含まれません。

どうも明治2年〜明治4年の間に、これら10ヶ所近くの預所は、他の府県(例えば中野県)に吸収されながら消滅したっぽいのですが、その辺の経緯を詳しく書いた本でもあればいいのですが、よくわからない状況です。

あと、原資料最後の項目(名古屋藩の次)が、自分には何と書いてあるのか分かりません。
伊勢国度会?支配????? 右??

と書いてあり、多分「右国所」、つまり伊勢の国直轄領で、伊勢神宮領のことだとは思うのですが、誰か分かる方教えて下さい。

[79269] 2011 年 8 月 28 日 (日) 22:24:44 山野[山野] さん
 元の枠組みへ(岩舟)

グリグリさんへ
本日実施された岩舟町の合併先を問う住民投票の投開票の結果、「栃木市」が選ばれました。
選ばれなかった法定協は解散すると町長は表明されてましたので、これで佐野市との法定協は解散ですね。(多分)

投票率:76.37%
栃木市:6485票
佐野市:5037票
合併反対:280票
下野新聞(選挙速報)

[79268] 2011 年 8 月 28 日 (日) 22:03:38 にまん さん
 疑問氷解

[79257] MasAka さん

これなら駅名由来で問題なさそうですね。

新町名の決定日を調べようとして、つくば市のホームページは相当さまよったのですが、まさかつくばみらい市にあったとは。。。

駅名の決定なら、大きく報道等もされますが、町名の変更の決定は地元しか分からないことも多く、過去にさかのぼるとなると相当苦労しますね。
吉川市の場合も、私が地元で状況を知っていたから、探せたという面はあります。

[79267] 2011 年 8 月 28 日 (日) 17:35:40 小松原ラガー さん
 Re: 今年の恒例の落書き帳公式オフ会について(日程訂正)

小松原ラガーです。

オフ会の日程ですが、既にTwitterの方でくちゃくちゃ個人の都合を呟いてしまいましたが、改めて。

11月5日(土)〜6日(日)なら恐らく参加可能です。20日(日)にイベントがあるため、ひょっとしたらその準備道具を自分で持参して20日の朝は一人で準備をしているかもしれません。(笑)ま、それは半分冗談ですが、19(土)〜20日(日)なら完全にアウトのところでした。5日(土)〜6日(日)ならば何とか都合付ける努力をしたいと思います。お世話になります。よろしくお願いいたします。

[79266] 2011 年 8 月 28 日 (日) 17:12:07【1】 hmt さん
 世界遺産になる小笠原群島 (12)人々と小笠原との関わり
hmt 小笠原諸島

世界「自然」遺産の小笠原ですが、やはり、この地と関わった人々抜きでは語れません。
2005年国勢調査人口は 男 1689人 + 女 1034人 = 2723人。2010年速報値は 60人増加の2783人。
ところが、2006年4月1日の住民基本台帳人口 (2コマ)は 男1308人 + 女1028人 = 2336人 であり、小笠原で国勢調査の対象になった男子は、登録住民と比べて、著しく多かったことがわかります。

小笠原村の人口構成は、男女比 1.63で、65歳以上人口の割合が 全市区町村中最低(8.5%)と 特殊なものです。
台帳ベースの男女比でさえ 約1.3であり、公務従事者や一時的な作業従事者が多く、転入・転出割合が高いことが特徴とされています。実際に住んでいても 転居手続きをしていない人々が かなり多数存在することを思わせます。

現在小笠原に定住している人々のうち、最古のルーツを持つのは、いわゆる「欧米系」島民です。
明治8年(1875)の「再回収」[78654]で 日本への帰属を了承し、明治15年には全員が帰化したとはいうものの、ハワイからの 1830年移民団[78654](ポリネシア人が多数)の子孫そのままではありません。
島を去った人もあれば、新たに加わった人もおり、世代交代を重ねて、かつて 40人程度を維持していた多国籍型出自の社会は、1946年に帰島を果した時には 約130人になっていました。

幕末の小笠原回収[78725]の結果、八丈島からの移民 38人が朝陽丸で送り込まれたものの、すぐに中断。明治丸による再回収(1875)の翌年には国際的にも日本の領有権が確立し、内務省直轄を経て 明治13年(1880)に「東京府移管」という「本国化」の形を整えました[78654]

小笠原諸島のあらまし 4/4に「小笠原諸島の人口推移」というグラフがあります。それによると、明治15年に 531人だった人口は、明治33年(1900)には既に 5550人、現在の2倍に急増しています。その後の増減はあるものの、第二次大戦までの間、おおむね数千人の人口を維持し、昭和15年(1940)の 町村制施行 に至りました。

硫黄島開拓も、硫黄採取目的の渡航(1889)に始まり、平坦な地形と地熱を利用した農業も盛んに行なわれ、天水が頼りの暮しながらも 1000人を越す人口を抱える村になり[56162]、父島・母島の各2村と同時に 硫黄島村 も誕生しました。

人々の暮しを一変させたのは、第二次大戦です。
第一次大戦に登場した飛行機は、大正から昭和へと次第に発達し、東京から 1000kmの太平洋上にある小笠原も、我が国の最前線として、国防上重要な拠点と認識されてきました。
要塞地帯に指定された小笠原には、多数の軍事要員が配置されて 陣地を作りました。例えば『小笠原学ことはじめ』p.98には、昭和16年頃の兄島に 600人近くの兵隊が居たとありましたが、軍人を含めて膨れ上がった小笠原の総人口は不明です。

大戦末期の昭和19年(1944)になると、8月4日に父島が大空襲を受け、一般住民 6886人は内地に強制疎開となりました。
残留した軍属 825人を合わせると 人口は 7711人であった計算で、これが前記人口推移グラフのピーク、小笠原群島(父島・母島) 6457人、硫黄島・北硫黄島・南鳥島 1254人の合計数と合います。

小笠原群島への空襲や艦砲射撃攻撃よりも更に激しい戦いが行なわれたのが硫黄島です。
硫黄島は父島・母島クラスの面積(23km2)を持つ島で、大部分が平坦ですから 飛行場を作れます。
とは言うものの、グアム島(549km2)はもとより、戦前から日本軍の航空基地が作られ、1944年11月以降は B29による日本本土空襲の基地になった マリアナ諸島のテニアン島(101km2)と比べても ずっと小さな島です。
水源に乏しい火山島で、大規模基地建設には制約があるものの、日本軍にとっては、本土空襲に向う B29を監視する早期警戒、迎撃基地として軍事的価値がある 不沈空母でした。米軍にとっても、不時着飛行場を確保し、護衛戦闘機基地としても使える有用な島です。

1945年(昭和20年)2月19日、硫黄島に米軍が上陸し、国内最初の地上戦が開始されました。
守る日本軍は2万人余でしたが、飢えと病気で実動兵力は半分だったとか。
これに対して、上陸する米国の海兵隊は6万人余と圧倒的多数。火力で支援し、補給を担当した海軍は 22万人。
とにかく、人口 1000人余であった小島での、日米両軍合せて8万人余の激戦により、合計4万人を越す 戦死戦傷者を出すという異常事態が、約1ヶ月にわたり繰り広げられました。

敗戦後の占領軍の手に渡った小笠原からは、軍事要員も含めてすべての日本人が引揚げたので、小笠原在住の(日本人)人口はゼロになりました。しかし、小笠原支庁及び各村役場の行政組織は、昭和27年まで残されていました。小笠原村沿革

戦前の小笠原5村が正式に廃止されたのは、米国による暫定統治権を認めた 日本国との平和条約(サンフランシスコ条約) 第3条が発効した昭和27年4月28日でした。
この出来事は、変遷情報に記録しておく必要があるのではないでしょうか? >88さん
【付言】
同じ条約第3条に記された「北緯29度以南の南西諸島」(該当地域は奄美と沖縄)については、現地にそれなりの行政組織ができているので、平和条約を機に小笠原で行なわれたような 戦前行政組織の形式的廃止処分はなかったものと推察します。
変遷情報沖縄県には、1952年4月28日〜1972年5月15日(沖縄返還)の期間の変遷も、日本本土並みに記録されています。

ついでに、復帰時の情報 に記された“参加自治体:父島, 母島, 硫黄島”について。
奄美や沖縄と違って、復帰前の小笠原には、現地の自治体(行政組織)は存在しなかったので、この場合は“参加区域:小笠原諸島”と読み替えるのが妥当と思われます。島を列挙するならば、(住民ゼロの硫黄島だけでなく)南鳥島や沖ノ鳥島をも含ませる必要があります。

最初にリンクした小笠原諸島の人口推移グラフに戻ると、昭和21年の人口 129人となっています。
これは、敗戦の翌年10月に「欧米系」島民が、占領下の父島に帰島することが許されたためです。
父島・母島の人口は、本土復帰の昭和43年末に285人。その後増えてきましたが、戦前の半分にとどまっています。

戦前に 1000人が住んでいた硫黄島は、土地が戦争で荒廃しただけでなく、火山活動や水源不足が厳しいから産業が成立し難く、一般住民の定住は困難 とされました(小笠原諸島振興審議会1984)。
最大で年間 30cmにも達する 土地の隆起。火山活動が続く不安定な大地では、旧島民も帰島することができません。

硫黄島の基地 は、かつてロラン局運用のため、米国沿岸警備隊が駐在していました。GPSができた現在、ロラン局は廃止されて 海上自衛隊の基地になっていますが、各施設には種々の地熱対策を講じているとのことで、やはり厳しい環境を思わせます。
硫黄島には自衛隊基地関係者が駐在しており、飛行訓練だけでなく、小笠原村から本土への救急患者搬送も行っています。

現在は完全な無人島ですが、戦前は 北硫黄島 に石野村と西村の2集落があり、明治37年の人口は 156人に達しました。行政的には、硫黄島村の所属でなく、小笠原支庁直轄。硫黄島歴史年表

それだけでなく、なんと8世紀〜15・16世紀頃に残されたと見られる遺跡が 1991年の調査で発見されています。 発掘された小笠原の歴史 18〜29コマ
小笠原貞頼伝説[78720]より前の住民登場ですが、本土の文化圏と違うようなので、日本人と言えるかどうか?

[79238]で「手つかずの自然」と紹介した南硫黄島ですが、実はこの島に住んだ人が居たようです。硫黄島陥落後に上陸した米軍が1名の日本人を発見。漂着漁船員と自称したが、実は搭乗機が撃墜された海軍兵曹だったとか。出典

最後に、日本最東端の南鳥島(マーカス島)。
資料 によると、明治31年内務省令等により日本領土になったようですが、近代デジタルライブラリー未確認。
水谷新六などにより、民間ベースで数十人規模の入植事業が行なわれたようです。1902年(明治35年)には、米国との領有権争いが心配されたが、後の日米間協議で、改めて日本領と認定。入植は結局のところ失敗し、1928年民間人は撤収。

戦時中は、南鳥島にも 2000人以上の兵力が居たようです。現在は気象庁の観測所と海上自衛隊の職員とが30数人常駐。

[79265] 2011 年 8 月 28 日 (日) 15:06:44 スカンデルベクの鷲[大龍エクスプレス] さん
 地名コレクション情報提供

ぺとぺとさん
「四季」コレクション
栃木県河内郡上河内町冬室→宇都宮市冬室町
※合併により冬室「町」となったのでご注意ください。

あと、
大分県豊後大野市緒方町上冬原
が2つありますが、1つは
大分県豊後大野市緒方町冬原
が正しいと思われます。

[79264] 2011 年 8 月 28 日 (日) 14:43:43 オーナー グリグリ
 今年の恒例の落書き帳公式オフ会について(日程訂正)

[79250]で開催日程を11月19日(土)〜20日(日)ではどうかと書きましたが、まったく迂闊でした。自分のスケジュールをよく確認していませんでした。今年は11月にちょっと大きなイベントがあるため、11月中旬から月末までの開催は非常に難しいです。本当に申し訳ありません。したがって、日程として考えられるのは、10月から11月前半までと12月前半となります。12月に入ってしまうと何かと気忙しいと思われますので、11月5日(土)〜6日(日)ではいかがでしょうか。11月3日(祝)とも近いですし。

あと、場所についてのご意見も西日本からは遠くなる東北よりは、今まであまり馴染みのない東海地方での開催を望まれる声が今のところ多そうですね。東海地方は意外と足を運び難い場所でもあるようです。

[79263] 2011 年 8 月 28 日 (日) 14:31:30 スカンデルベクの鷲[大龍エクスプレス] さん
 地名コレクションレス

[79243]ぺとぺとさん
特に明記はしてませんでしたが、「しめ」コレクションにおいて、橋やトンネルなどの人工物は掲載しないことにしていますのでご了承ください。
また、さいたま市緑区大字南部領辻字〆切については、今のところ地図サイトでの掲載も見られなかったため今回収録を見送らせていただきます。ご了承ください。

[79262] 2011 年 8 月 28 日 (日) 13:40:58 伊豆之国 さん
 第三十二回十番勝負を振り返って(後編)〜紅に染まったこの思い〜

前回[79252]に引き続いて、十番勝負の感想文です。ここからはヒントが出てからになりました。

問三:春日部市
アナグラムを解いて、「あと一勝が」‥。「県大会決勝で敗れてあと一歩で甲子園を逃した高校の所在地」ではないか。そこでお題とそれまで出てきた答えから、各県大会の結果を調べて照らし合わせるとどうやらその通り。どこを選ぶか迷いましたが、結局近県から取ることに。

問二:鹿嶋市
こちらも最初のアナグラムが解けて共通項が分かったものです。「三鷹市は郡」。「アナグラム読みの市区町村・郡がある」のではないかと見当を付け、「面白データベース検索」で調べて数えてみると、想定解と同じ39市。先の震災で少なからず被害を受けた、アントラーズの本拠地を。

問四:横須賀市
第一ヒントは「米子市は二つ」と解けましたが、何が二つなのかわからず、結局第三ヒントまで待つことに。「隣」「のみ」という字句が浮かび上がり、いずれにせよ、以前話題になった「他の市町村と一つだけ隣接する」ということではないか。そして答えるのは「その市自身ではなくて隣接相手」のほうではないか、と見当が付きました。出てきた答えから隣接関係は県内限定と推測でき、そこでこちらを照らし合わせることに。わかりやすいところから、三浦市が唯一隣接している、震災の前日に名物グルメをご馳走になった([77750])横須賀市を。

問一:羽生市
最後まで共通項が絞れず苦闘を強いられた問題でした。最初のアナグラムから「この時期混雑」と読め、どうやら「道」関係であることまでは容易に推測できましたが、その先がなかなか絞れません。次の「中井町」から、「IC・SA・PA」のどれかだろうと見当は付け、天理のNGは地図を見て「天理PAが天理市にない」ことから理解できたのですが、いずれにしても数が多すぎて絞れず、「小田原厚木道路」が通っている小田原市がOKなことから、どこまでが「高速」なのかも「今市」わかりませんでした。その次の第三ヒント、「スマートもある」とすぐわかり、「スマートIC」を調べたものの出てきた市と合わず、「ハイウェイオアシス」とか「SAなどと何かが付設」などいろいろ調べましたがさっぱり、ますます迷路に。やっと最後の第四ヒント「SAPA」から「原点」に返って再び「SA・PA一覧」をこちらから見て、ふと答えと照らし合わせると「市名と完全一致」ではないかと当たってみると、どうやらそれらしい。結局、栃木・福島方面への旅([79252])からの帰りに使った高速バスが休憩した羽生PAを取ることに。最近では新幹線を避けて安価な高速バスを使う機会も多くなっているとはいえ、やはり「道路」系にはまだまだ弱いようです(涙)‥。今回は締め切りが早いとのお知らせが入り、大いに焦りましたが、何とか無誤答全問正解の連続記録を「7」まで伸ばすことができました。

♯今回の副題ですが、横須賀市出身の今は亡きメンバーがいた、いまや「伝説」になった「美形」バンドの代表曲の一つで、甲子園の応援曲の「定番」にもなっている曲の一節から取りました‥。

[79261] 2011 年 8 月 28 日 (日) 13:28:58 かすみ さん
 Re.今年の恒例の落書き帳公式オフ会について

こんにちは。しばらくぶりです。
掲題の件を聞いたのでここぞとばかり!?登場です(苦笑)

[79250]オーナー グリグリさん
わたしは候補に挙がっている11月19日〜20日は今のところ空いてますので大丈夫です。
B−1グランプリに重なっていたら微妙でした…。
場所については、実は東北地方よりも足を運べていない(通過が多し)東海地方の方が個人的には興味を惹かれます。
もし東海地方のどこかで決まったとしたら、東北のお酒を飲んで(わたしはそんなに飲めませんが)応援したいと思っています。
そういえば、知人たちと周りで三重県に行ったことがある人は大抵伊勢や志摩で、津が目的地って聞かない、県庁所在地なのに影が薄いなぁなどと話していたところでした。

[79260] 2011 年 8 月 28 日 (日) 10:29:45 山野[山野] さん
 13年4ヶ月振りに県人口→減(栃木)

栃木県の人口が200万人割れだそうです。(読売新聞より。)
8月1日時点の県人口が199万9823人、自然減が2年連続だとか。

[79259] 2011 年 8 月 28 日 (日) 07:07:51 オーナー グリグリ
 一勝一敗^^;

[79253] MasAkaさん
米子市が該当して長崎市が該当しないのは何でだろうと一瞬思ったのですが、地図を確認して米子市の共通項の対象は境港市ではなく日吉津村だったということで納得。
第一ヒント解答「米子は二つ」で明示した通り境港市も対象です。松江市との架橋隣接は県外になりますので。

ところで、グリグリさんの共通項発表記事[79194]において、
想定解数が100ではなく80なのは、特別区が20区ベスト100入りしているためです。
とあるのは、正しくは「第93位が複数あるため合計110市区町村がランキングされ、なおかつ21特別区6町3村の計30区町村が解答対象から除外されるので80市」ということですね。
ご指摘の通りです。軽々に判断してしまいました。ありがとうございます。

ちなみに町村でランキング入りしているのは、以下の9町村です。数字は私の経県値。

24位沖縄県与那国町0
31位沖縄県竹富町0
41位沖縄県恩納村3
57位長野県軽井沢町4
77位沖縄県北谷町1
93位北海道美瑛町3
東京都小笠原村0
沖縄県座間味村4
沖縄県久米島町0

未踏地は、すべて行ってみたいところばかりです。

[79258] 2011 年 8 月 28 日 (日) 06:50:43 オーナー グリグリ
 五十音順

[79194]
問七:相生市、飯田市、上田市、江田島市、奥州市(該当する市:別府市)
■読みの五十音順に並べた場合、各音の最初の市(濁音も区別、五十音順)
濁音を区別することを「該当する市:別府市」で明示しました。
これで下記の件を除いて順序は明確になると考えていました。
[79049]でひぃさんがご指摘された胎内市と大仙市の順序については、「た・だ」の順序を優先するか、「だいせん・たいない」の順序を優先するかあいまいであることから、どちらでも構わない、すなわち、この2市は同一順位として採点することにしていました。
五十音順と言えば、国語辞典や書籍の索引などの辞書並びであると当たり前に考えていました。ところが、

[79203] みかちゅうさん
続きは「かきくけこ」で、濁音は全部まとめて後回し(「わ」まで終わったあと)と考えて久喜市を解答。
[79227] 大龍エクスプレスさん
一言いうなら、和歌山市の次に蒲郡市だと思いました。
お二人の感想文が出てきたところで、なるほどそう言う見方もあったのかと考えさせられました。そう言えば、

[79229] おがちゃんさん
幼稚園時代にみていたあいうえお表が「あいうえおか・・・ろわをんがぎぐげござ・・・」という順で書いてあったのが頭に残っていたようです(苦笑)
小学校低学年の教室には必ずこの表が貼ってあったなぁと思い出しました。それにローマ字表なども清音全体のあとに濁音が来ますね。

[79237] まりんぶる〜さん
清音を「わ」まで並べてから、濁音を「が」から順に並べる方法があることを、みなさんの感想文を読んで気づきました。
私もまったく同じ感想を持ちました。なかなか奥が深いというかよりいっそうの慎重さが必要ですね。

ということで少しでも適切な条件提示ができるよう精進したいと思います。

[79257] 2011 年 8 月 28 日 (日) 01:40:29 MasAka さん
 みどりの(交通由来コレクション)

[79255]にまんさん
駅名と町名は同時決定されていて、「交通由来」ではない可能性があるのではないか

みどりのの場合は駅名が明らかに先です。つくばエクスプレス(TX)の駅名は開業2年前の2003年10月の時点ですでに決定されています(参考)。一方、新町名が決定したのはTX開業後の2005年9月です(参考)。これは同年の6月15日から1ヶ月間公募を行い(参考)決まったものです。

これらを表にまとめると、

2003年10月つくばエクスプレス全駅名決定
2005年6月つくば市内TX沿線開発地区の新町名公募開始
2005年8月つくばエクスプレス開業
2005年9月つくば市内TX沿線開発地区の新町名決定
2005年11月つくば市内TX沿線開発地区の新町名使用開始

ということになります。あと、掲示板の書き込みの情報しか見つからず信用度は下がりますが、UR都市機構で開発を進めている沿線開発地区(萱丸地区)のプロジェクト愛称が「つくばみどりの里」に決定したのが市による新町名公募開始直前の2005年4月末〜5月初め頃のようですので、いずれにせよ町名は「みどりの」という駅名に基づいて決定されたと考えるほうが自然です。したがって、交通由来地名であると言えるでしょう。

[79256] 2011 年 8 月 28 日 (日) 01:02:30 BANDALGOM さん
 オフ会

もうそろそろ、岐阜になるか三重になるか決定するだろうと思っていたところですが、[79253]MasAkaさん同様、東北でも大丈夫ですし、平泉案もいいと思います。

あるいは、温泉宿宿泊一体型という線で行けば、作並、秋保、鳴子、花巻温泉あたりが考えられ得ると思います。

が、しかし・・・東海地方という想定で、浜松のビジネスホテルのクーポン券をすでに購入済みですし、浜松にいる友人ともその線で話をしているところなので、できれば予定通り東海地方に、という思いもあります。

もっとも、11月12日〜13日に姫路で開催される「B-1グランプリ」に、千葉県から「勝浦タンタンメン」が出場しますので、応援がてら行きたいと思っており、浜松はそれと組み合わせることもできなくはないです。

いずれにせよ、グリグリさんの決定には従う所存です。

[79255] 2011 年 8 月 27 日 (土) 21:57:59 にまん さん
 みどりの&吉川美南

[79246] 星野彼方 さん
[79188] 大龍エクスプレスさん

つくば市の「みどりの」シリーズですが、「交通由来」というにはやや検証不足な気がします。もちろん、駅の開業が先で、町名が後なのは間違いないのですが、つくば市ホームページの行政区別人口統計表を見てみると、つくばエクスプレス開業からさほど間がない平成17年12月には「花島新田みどりの」が登場しています。番号のつけ方を見ると、この時点で、町名として「みどりの」シリーズが登場することは、行政では決定されていたと考えられます。
結局、何が言いたいかというと、駅名と町名は同時決定されていて、「交通由来」ではない可能性があるのではないかということです。大規模な新規開発地区では、町名の変更は開発当初から決まっているようなものですから、駅名と町名のどちらが先かの判断はかなり難しいと思います。

なお、この関連で、コレクションを見ていたら、吉川市美南が「本地名誕生は駅の開業前だが、駅名は先に決まっていた」として、収録されていますが、時系列に整理すると以下のようになります。
平成21年3月市議会にて町名変更が決定(参考
平成21年8月新駅駅名(市要望案)を公募
平成21年11月新駅名市要望案(3案)をJR東日本へ提案
平成22年1月新駅名が「吉川美南」に決定(参考
平成23年3月町名変更施行
したがって、吉川市美南については、一応地名が先で、駅名が後なります。実際には同時決定に限りなく近いのでしょうが。。。

[79254] 2011 年 8 月 27 日 (土) 20:45:35 いっちゃん さん
 十番勝負感想文

最近の十番勝負は完答こそするもののメダルや早着とは無縁でしたので感想文をサボっておりましたが、今回は初のヒント前一発完答だったこともあり久々に書きます。
では、どの順番で共通項が分かったのか覚えてませんので問題順に。

問一(8着):関市(別の市にしておけば良かった)
お題の砂川市と古賀市で察しがつき、天理市と熊本市が該当しない理由もすんなりと分かる。首都高速や阪神高速を除けば想定解数も大体そのくらいになりました。

問二(6着):南城市(この市を答えてとても良かった)
これはにお題と既出解を適当に選んで都道府県市区町村のトップページのサイト内検索に入れたら面白データベース検索が出てきました。運が良かったです。

問三(12着):江津市(この市を答えて良かった)
私は兵庫県在住でも兵庫県出身でも兵庫県居住経験者でもありませんが、お題の加古川市とぺとぺとさんの須賀川市で分かりました。

問四(10着):小林市(この市を答えて良かった)
これは見た瞬間に共通項が分かりました。個人的にとても気に入った問題です。

問五(19着):富士吉田市(別の市にしておけば良かった)
これも見た瞬間分かったクチです。7年前の第二回十番勝負の問九に同じ問題がありましたし。

問六(15着):宇治市(別の市の順番が良かった)
どう見ても人口順なのであとはデータベース検索で並べるのみ。

問七(20着):大仙市(この市の順番だけは避けたかった)
これも簡単に共通項は分かるも微妙な順番が巡ってきていました。イチかバチかと言うかデータベース検索で出てきた順が大仙が胎内より先でしたので答えただけです。胎内市でも良かったのであればこちらを答えたかった。

問八(13着):常滑市(この市の順番でまあ良かった)
これも人口増加率であることはスグに分かりました。ただ生活ガイド.comではなく別の方法で探したので大変でした。

問九(12着):芦屋市(この市の順番でまあ良かった)
どの順番で共通項が分かったのか覚えてませんと書きましたが、最後に分かったのがこの問題だったことだけは覚えています。とは言うものの、共通項に辿り着いたのはお題の5市に絞ってあれやこれややった結果です。

問十(15着):高崎市(この市の順番だけは避けたかった)
これも最近の編入順であることは見ただけで分かりました。

例の如く試合開始時刻には立ち会えませんでした。まあ、それは分かっていたことなので今回は9日〜10日の帰省時に取り組むことにしていました。最初は一発完答は意識していなかったのですが、お題と既出解のおかげで見た瞬間に共通項に辿り着いた問題が多かったので狙う気になりました。実家で問九を除く9問が分かったところで自宅に戻り、帰宅後早速問九をあれやこれややって一発完答と相成りました。各問の着順は大したことはありませんが完答4着は自分でも驚いています。
心残りは自分で解答市を選べたにもかかわらず、問一と問五で自分の解答基準では避けるべきだった市を答えてしまったこと、そして止むを得ないことではありますが大仙市と高崎市が私の解答史上二度目の登場となってしまったことでしょうか。

[79253] 2011 年 8 月 27 日 (土) 18:11:37【1】 MasAka さん
 第三十二回十番勝負の感想&落書き帳オフ会

今回も慌ただしい時期での開催となり、落ち着いた頃に取り組み始めたら結局十問とも最後の解答者となりました。十問すべてで最後の解答者(かつ正答)となったのは十番勝負の歴史上これが史上初です(別に何の名誉もありませんが)。

問一(市名同じSA/PAが市内にある):最下位
ヒントからSA・PAが共通項であることは理解するも、想定解を全て拾い上げると数が大幅に合わないという疑問が出てきたのは[79199]に書いた通りです。線引きの条件がわからなかったため、解答は安全策でNEXCO管理の高速自動車国道から選ぶことにし、神奈川県内でまだ残っていた海老名SAの海老名市で。これだけメジャーなSAがある市が最後のほうまで残っていたのは、やはり有名どころは後の人のヒントになるので避けようという解答者の心理でしょうか。

問二(アナグラム読みの市区町村郡がある):最下位
これもヒントから面白データベース検索にて。本日花火大会が行われている大仙市を解答。

問三(第93回全国高校野球選手権地方大会決勝で敗れた高校がある):最下位
これもヒントからasahi.comの高校野球特集ページなどで共通項を確認。今回の十番勝負開始翌日に訪れた熊本市を解答。ちなみに自分色タイトルバーに関連したネタで、共通項の対象である熊本工業高校は、元・西武ライオンズ捕手および監督の伊東勤氏が通っていた学校です(ただし最終学歴は所沢高校定時制)。

問四(その市だけに隣接する市町村がある):最下位
米子市が該当して長崎市が該当しないのは何でだろうと一瞬思ったのですが、地図を確認して米子市の共通項の対象は境港市ではなく日吉津村だったということで納得。先月訪れた佐野市を解答(ちなみに、その日の宿泊が共通項の対象である足利市)。

問五(都道府県で一番南に市域がある):最下位
お題の市や金メダルの新座市、銀メダルの南砺市を眺めて、南砺なく南にある市が多いな、と思いました。というわけで、日本で一番南の市である石垣市がまだ売れずに残っていたのでそれを解答。

問六(人口◯万人台で人口がもっとも少ない):最下位
個人的には大津市の次が所沢市でないのが残念です(笑)。

問七(読みの五十音順に並べた場合、各音の最初):最下位
[79190]でいろずーさんが日置市を答えられていたので、「あれ、いつの間に坂東市が出たんだろう?」と一瞬思いましたが、改めて解答状況を調べて坂東市は未出であることを確認。新傾向問題は従来の問題以上に解答時に注意が要りますね。

問八(人口増減率が高い):最下位
問題の市の守谷市、つくばみらい市、八潮市とくればつくばエクスプレス。TX開業効果で人口増加が著しいということは知っていましたので、自分にとっては今回の中で一番易しい問題だったと思います。

問九(2010年度住みたい街ランキングベスト100):最下位
ヒント通り生活ガイド.comから順番に解答。ちなみに、私はベスト10のうち3市(横浜市、京都市、福岡市)の居住経験があります。
ところで、グリグリさんの共通項発表記事[79194]において、
想定解数が100ではなく80なのは、特別区が20区ベスト100入りしているためです。
とあるのは、正しくは「第93位が複数あるため合計110市区町村がランキングされ、なおかつ21特別区6町3村の計30区町村が解答対象から除外されるので80市」ということですね。

問十(編入合併を行った):最下位
共通項はヒントが出尽くしていたのですぐにわかりましたが、複数回編入合併している市を除外する作業がやや面倒でした。

というわけで、次回開催も楽しみにしております。次回も今回同様、終了間際にまとめて解答するような格好になると思いますが……。

[79250]グリグリさん
今年も早いものでもう次のオフ会の話し合いをする時期になりましたか。私は時間があれば東海地方でも東北地方でもどこでも行く、というスタンスです(今のところ11月19・20日はたぶん大丈夫なはずです)。

もし、仮に東北地方でやる場合は6月に世界文化遺産に登録された平泉周辺あたりが話題としてタイムリーかも知れませんね。

[79252] 2011 年 8 月 27 日 (土) 14:55:04 伊豆之国 さん
 第三十二回十番勝負を振り返って(前編)〜草津にひさぐ姥が餅〜

いつもの通り、十番勝負の感想文を書かせていただきます。

問八:草津市
お題と出てきた答えから、大都市近郊の人口急増地帯の市が並んで、「人口増加率」ではないかと読み、「生活ガイド」を見るとまさにその通り。「休場宣言」した古参メンバーのお膝元を取ることになりました。

問五:一関市
「県の一番南にある市」と見当が付き、地元の「町田市」と書こうとしたところで気が変わり、「被災地支援」で東北から選ぶことに。

問六:福生市(銀メダル!!)
お題の市の並びから、人口の少ない順だと推測できましたが、人口ランキングを見ると、お題の市が「人口○万人台でそれぞれ一番少ない市」と気付くことに。「金」k-aceさんの武雄市(人口5万人台で最小)の次は、6万人台で最小の、「大多摩ハム」([79097]k-aceさん)の福生市。2度目の指名でしたが、直前に出ていた赤平市が誤答であることもすぐにわかり、初メダルの第23回・問九以来の「銀」を取ることができました。

問十:豊川市
つい最近に合併をしたところが並んで、「合併」問題であることに気付き、NGとされた市から「編入」だとわかることに。同一順位の市が並んでいるため「お手つき」を避けようと順番待ち、八女市が出たところで同日に小坂井町を編入した豊川市を取りました。
ところで、豊川稲荷の東京別院が港区赤坂にありますが、「本家」の豊川市には東海道五十三次の宿場として知られた「赤坂宿」があります。この「赤坂宿」は以前は音羽町でしたが、一つ前の合併で豊川市に編入。そこで「偶然の符合」が‥。

問七:逗子市
「五十音順」であることはすぐにわかりましたが、濁音の扱いがどうなのかわからず、出だしに誤答が相次いだこともあってしばらく模様眺めに。結局「清濁は別」とわかって、「す」まで出ていたのでその次の「ず」ということになりました。

‥この後、一泊二日で栃木・福島方面へ(道中記は後日書き込むことにします)。この間はネット環境から遠ざかることに。

問九:広島市
旅先から帰って、最初にわかった問題でした。お題と答えの並びからある程度傾向は掴めていたのですが、私のような「鉄」系には無縁な存在の沖縄の離島などが大都市に交じって顔を出していることから、いつだかちょっと話題になっていた「地域のブランド力」と取り違えていて、裏づけを探すのに苦闘してしまいました。結局、「生活ガイド」を見てふと「住みたい町ランキング」があったのにようやく気付き、開いてみるとまさにその通り。この時点で次の順位は広島市。「平和祈念」と銘打った今回にふさわしい市を答えることになりました。広島県の市を答えたのは、実に初参加の第17回以来のことでした。
ところで、広島もそうですが、上位に出てきた市を見ると、札幌・京都・大阪・鎌倉・函館‥と「路面電車(定義は[70404]参照)が走っている市」が結構あることに気付きます。

♯今回は「在来型問題」で思いの外苦戦を強いられ、結局ノーヒントで答えられたのはここまで6問でした。残る4問については次回書き込むことにします。
今回の副題は、問八で答えた草津市の名物「姥が餅」を歌い込んだ、鉄道唱歌(東海道線)38番の歌詞の一節から。

[79251] 2011 年 8 月 27 日 (土) 13:52:30【2】 Issie さん
 日田に行ってきた

うちの職場にはこの季節,「夏休み」というイベントがあるのですが,それは“お客様方”のこと。私たちは原則,通常勤務です(実は昔はそのあたりかなりルーズでした。“うるさく”なったのは10年ほど前から)。というわけで,規定通りの夏休み(夏季休暇)が8月の末になってやっととれたので,かねて予定の九州新幹線に乗りに行ってきました。
ともかく,まずは鹿児島まで直行するとして,どうやって帰ってこようか。
そこで,
・肥薩線の矢岳越え(これは17年前に一度乗車済み)
・西鉄電車に乗る(5年前,選挙で選ばれる“偉い人”のお供で太宰府に行ったときに乗りそびれた)
・日田彦山線にでも乗ってみよう(筑豊線は13年前に乗車済み)
というサブイベントを考えました。

で,九州新幹線。わざわざ新大阪乗り換えで「さくら」に全区間乗車。
感想は,「まあ,こんなものか」と。
在来線時代の「つばめ」にビュッフェをつけていたJR九州のことだから「さくら」にも何か工夫が,と期待したのですが,新幹線は「西」や「東海」に合わせる必要があるのでしょうかね。“普通”の設備でした。
乗ってみれば,新しい新幹線の常でトンネルばかり。高架区間は高い防音壁で景色はほとんど見えず。やっぱり新幹線は「旅行」の手段ではなく,飛行機と同じく2地点間を短時間で移動するためだけの手段と割り切るべきなのでしょうね。

矢岳越え。17年前は八代側から越えて,吉松からは吉都線経由で宮崎へ流れたのですが,今回は鹿児島側から。隼人−吉松間が初乗車(国分までは学生だった25年前に乗車済み。このときは国分から今は亡き大隅線と志布志線(これは現存)で宮崎へ行った)。地図も視ずに乗ったのですが,霧島の西側をスルスルと吉松まで行くのかと思ったら,狭い谷間を通って何度も山越えをするのですね。矢岳越えとともに,日露戦争中の艦砲射撃対策と言われてはいるけれども,よくもわざわざこんなに地形の険しい区間を選んで「鹿児島本線」を通したものです。
矢岳越えそのものは……,あちらこちらに乗車体験記があるので割愛。一つだけ,「観光列車」というのも馬鹿にはできないな。車内が(ある意味)ケバくて居心地悪かったが。

西鉄電車。大牟田から久留米まで乗車。
「久留米」なのは,出発前日に宿の予約をしようと思ったら(ほとんど思い付きに近い今回の旅行なので),博多(福岡)がどこも一杯で予約が取れず,やむなく久留米にしたら一発でとれた,という次第。ま,でも結果的に久留米の町を歩くことにもなって,これは怪我の功名。
大牟田から料金不要の特急に乗ったが,これが速い。30分前に大牟田を発車した各駅停車を柳川で追い抜いたが,これは各停が遅いのか?
柳川付近では筑後平野特有の「クリーク」の断片が車窓からもよく確認できる。こういうものは前政権党以来の農業+土建政策で“きれいな田んぼ”に整備されてしまったと思っていたが,後で地図を見てみると柳川周辺には意外にも昔(白秋の時代?)のまま残っているのですね。この場合,水路を丁寧に拾って“濃い青”で表示している「ウォッちず」がおすすめ。
やはり,柳川駅のあたりで自転車を借りて走り回るのがよさそうです。平坦だしね。

で,日田彦山線に乗るために日田へ。
いや,汽車に乗るためだけじゃなくて,日田自体にも興味があったので。
お昼の日田彦山線列車の発車時刻まで,3時間という駆け足だけど日田の町を歩く。
だって不思議ですよね。何でこんな所に天領があって,西国郡代がいたのか。そして,たとえば江戸時代後期には「咸宜園」という“近代的”な私塾があって,近場の周防の村田蔵六(大村益次郎。塾には違う名前で入門願を出しています)はともかく,奥州出身の高野長英がシーボルト事件の余波とは言え“こんなところ”にいたという。不思議で,魅力的な町です。
日田駅の北西方にある 豆田町 というところが西国郡代の“陣屋前町”で,古い街並みがとてもきれいに残っているのですが,実はこれは何度か大火を経験していて今あるのは明治・大正以降のものだとか。飛騨郡代の高山には陣屋がきれいに復元されているのですが,こちらは敷地が分割されて普通の民家になってしまっているので,復元は難しそうです。
やっぱり3時間では足らなかった。でもこの季節,それ以上歩く気はしなかったな。

日田彦山線に乗って最初に驚いたのは,大分県(豊後)から福岡県に入って直に豊前に入るのかと思ったら「宝珠山」。……??? これって,筑前朝倉郡最奥部の(旧)宝珠山村だよね。何と日田彦山線が通っていたのか…。
これは地形抜きで行政界だけの地図を眺めていては気づかないことでした。
で,筑豊線で「筑豊の“筑”」の方を通った13年前に対して,今回は日田彦山線で「筑豊の“豊”」の方。当たり前ですが,40年以上も経てば“炭鉱の町”の影はだいぶ薄れますね。ボタ山を探してみても,車窓からすぐにそれとわかるものはありませんでした。
そうこうするうちに小倉に着いて。また新幹線。
新横浜に着いたら関東は大雨で,少し前には横浜線が停まっていたとか。家に着いたら今度は新幹線が運転見合わせとかで,私自身は遅れに遭うことなくダイヤ通りの電車で帰ってこれたのですが,運のいいことでした。

[79250] 2011 年 8 月 27 日 (土) 08:27:38 オーナー グリグリ
 今年の恒例の落書き帳公式オフ会について

さて、暑い暑いと思っていたのに(依然として暑いのですが)、もう目の前に9月が迫っています。オフ会の季節ですね。時期は例年通り11月後半を想定しています。ただ、今年は連休ではないのでちょっと設定がし辛いですね。11月19日(土)〜20日(日)で如何でしょうか。日程については、毎年時期を固定化して(11月後半)、オフ会開催中に翌年の日程だけは決めてしまうというのも良いかと思います。今年のオフ会で提案したいと思います。

で、開催地についてです。昨年のオフ会では東海地方という提案もあり、その線で考えていたのですが、ささやかではありますが、東日本大震災の被災地支援の意味で、東北地方(福島県、宮城県、岩手県)という線もあるかなと思っています。皆さんのご意見をお聞かせください。

[79249] 2011 年 8 月 27 日 (土) 08:27:28【1】 千本桜 さん
 仙台区の町名と町数

[79130] むっくん さん
仙台区に関する疑問解決にお付き合い下さいまして感謝申し上げます。私の方でも新たな情報を入手しましたのでお伝えします。と言っても、仙台市発足直前の仙台区における町村名と町村数が解明したわけではありません。

【市区町村変遷情報 仙台区の不思議】
M22.3.31 宮城県 市制町村制施行直前の廃置分合等(以後、「仙台区情報」と書きます)で仙台区の町村名を見たとき、何か不思議なものに出合った感じがしたものです。理由は
1):「丁」と「町」の使い分けがされておらず、すべて「町」で表記されていることへの違和感。住居表示が実施される前の仙台を知る者には「丁」と「町」の使い分けは当然のことで、特に東一番丁や北一番丁の「番丁」を「番町」と表すことは非常に違和感を感じるものです。
2):宮城県史に掲載された宮城県の市町村変遷(3コマ掲載のうち3コマ目)によると、明治9年における仙台の町村数は137。ところが仙台区情報では、明治22年3月31日の町村数が295町3村。町数の開きの大きさに驚きました。なぜ、こんなに増えたのだろう。
3):仙台区情報には 姉歯横町末無, 北材木町末無のように「末無:スエナシ」を付す町名が多数掲載されています。「○○末無」のうち、木町末無と末無掃部丁(別称 掃部丁末無)は昭和40年代まで住所地名でしたから良く憶えています。しかし、ほかの「○○末無」は聞き覚えがありません。本当に、明治22年3月に存在していた自治町名なのだろうか。本当は町名ではなく街路名ではないだろうか。そんな疑問を感じているのです。

【明治13年 宮城県地理課編集「仙台区全図」】
仙台区情報に掲載された町名と符合するものはないだろうかと いろいろ書物を調べましたが、姉歯横町末無, 北材木町末無など「○○末無」に関する記述が見つかりません。仙台区の時代に自治体として存在していた町なら少しは書物に書きとめられていそうなものですが、変ですね。書物がだめなら地図を見ようということで、江戸期〜明治末期の地図を手当りしだい見てみました。すると、仙台区情報新旧対照市町村一覧と連動していそうな地図を発見しました。明治13年 宮城県地理課編集「仙台区全図」の復刻版です。この地図はまるで強迫観念にかられたかのように、小さな横丁や末無(袋小路)の形状と名称まで丹念に描いています。道路延長30mほどの袋小路まで描き、そこが北材木町末無であることを表す文字を添えています。でも、これって町名なのでしょうか。自治町が成立するほどの広がりは感じられません。あくまでも推測ですが、北材木町末無は街路名で、地籍は北材木町に含まれていたのではないかと思うのです。この地図には、このように小さな末無や横丁が全部描かれています。地図の中の地名と仙台区情報の町名を全て照合してみました。すると、一部を除いてぴったんこ合致するではありませんか。仙台区情報、もとを正せば新旧対照市町村一覧の仙台区を構成する町名の情報源は宮城県地理課の可能性がありますね。もちろん、これも推測の域を出ませんが。

【復刻図の解説書】
明治13年 宮城県地理課編集「仙台区全図」復刻版には解説書が付いています。その一部分を引用します。
本図右上部に、「町数305、戸数12,151、人口55,170」と、当時の市勢を掲出している。この町数305には、村落の小字にあたる地区名称(例えば川内中ノ坂通、追廻山下丁、小田原袖振丁など)、及び地区内にある小道(例えば梅原前丁、石名坂横丁、八幡三丁目横丁)なども加えられていて、県の布例等に記載されている数値とは大きな差がある。

【陸前国仙台区各村町調書】
小道の中には末無も含まれます。仙台区情報新旧対照市町村一覧には約300の町名が記載されていますが、横丁、末無を除外すると仙台区の町数は大きく変わってしまいます。いったい、何が本当なのか。そこで、県の公文書館へ行き「陸前国仙台区各村町調書」をコピーしてきました。それを分析しているところですが、ますます底なしの泥沼にはまり込んで行きそうです。仙台区の町は難しい。今日は村の鎮守の夏祭りです。これから祭りの準備に入りますので、続きは後日にします。

●脱字追加訂正
旧対照市町村一覧→新旧対照市町村一覧

[79248] 2011 年 8 月 27 日 (土) 07:48:04【1】 オーナー グリグリ
 Re:40歳未満で就任した(当選した)首長

[79240] じゃごたろさん
たまたま新聞の岡谷市長選の記事を見たら、一覧には載っていない方が掲載されていましたので、その情報を。
林 泰章 36歳 1975(S50).9.21
と表記されています。日付は就任日ではなく当選した日と思われます。残念ながら名前の読みはわかりません。
情報ありがとうございます。ネットと要覧で追加調査したところ一通り判明しましたので情報追加しました。

林 泰章(はやし やすあきら)1939(S14).8.21生まれ
就任日年齢:36歳1ヶ月(1975(S50).9.29就任)5期

以前は日本スケート連盟副会長(会長は橋本聖子氏)でしたが、現在は長野県スケート連盟会長ですね。

[79247] 2011 年 8 月 27 日 (土) 06:25:58【1】 オーナー グリグリ
 表示不具合

[79244] k-aceさん
公式ホームページ 更新履歴で加古川市と上関町の欄がおかしなことになってます
今気付いたんですけど、メンバーの分布の部分全てが「過去60日」のままですね。
どちらも修正しました。過去60日の方は、60日から180日に変更した際の表示修正漏れでした。なお、表示内容は過去180日で識別していましたので変更はありません。ご指摘ありがとうございました。感謝です。

[79246] 2011 年 8 月 26 日 (金) 21:44:29 星野彼方 さん
 地名コレクション連絡

[79188] 大龍エクスプレスさんに紹介していただいたつくば市みどりのシリーズを交通地名由来コレクションに追加しました。大龍エクスプレスさんありがとうございました。Mapionでは位置がまだ示されていませんが、googleマップでは位置が示されていました。それでここにそのリンクがないのは自宅のパソコンだとgoogleマップを立ち上げるとブラウザがフリーズしてしまうからで、おかげで思った以上に時間がかかってしまいました。

ついでですが、もひとつ大龍エクスプレスさんで、[79205]の県内で一自治体のみに隣接する町村で、兵庫県美方郡新温泉町&香美町のペアが抜けています。いまさらですがお知らせしておきます。

[79245] 2011 年 8 月 26 日 (金) 14:01:31 hmt さん
 世界遺産になる小笠原群島 (11)小笠原の島々の自然 地質編
hmt 小笠原諸島

1910年に日本政府がUNESCOに提出した 世界遺産推薦書 には、評価基準(viii) 地形・地質に関して、数百万年にわたる島弧の進化過程を示す証拠の陸上露出が挙げられていました(12コマ、107コマ)。

最終的に世界遺産としての評価を得たのは (ix) 生態系 [79238] だったのですが、今回は「さかのぼり小笠原史」[78665]が行き着く 源流 である、小笠原の島々の誕生 について 語ることにします。

資料として、上記推薦書の30コマの図と、31コマの説明とを使います。

(A)図 5000万年前:太平洋プレートが 沈み込みを開始。上盤のフィリピン海プレート東縁部に張力が働き、高温のマントル物質が浅い位置に上昇。
(B)図 4800万年〜4500万年前: 沈み込んだ水の影響で浅いマントル物質の融点が下がり、初期特有の無人岩マグマによる海底火山誕生。父島・聟島の原型。

“太平洋プレートの運動方向の転換”という文字が、(B)図の中に記されています。この事件は [53501]で触れました。
「地球史的な説明」をすれば、天皇海山列のできた時代には北寄りに向かっていたプレート運動が、4000万年前頃に西寄りに変わり、その後ハワイ海山列が生まれたということになります。

(C)図 4400万年前:少し時代が進むと、マグマはやや深い所で発生するようになり、母島火山を形成。
母島溶岩は、(B)図の時代にできた父島の無人岩のようなマグネシウムの多い特殊な組成のものではなくなってきた。
(D)図 4000万年前: この頃までに西フィリピン海盆は拡大を止め、火山フロントは、ほぼ現在の位置まで後退。定常的な沈み込み帯に移行。
(E)図 現在: 現在小笠原海域で活動中の火山は、小笠原群島の西100km以上、伊豆諸島の延長線上に南北に連なる西之島〜火山列島。
(D)(E)両図の間の期間には、四国海盆が拡大し(1500万年前頃まで)、伊豆小笠原マリアナ弧と九州パラオ海嶺とが分離。

更にこの図から外れた内容を付け足せば、もっと北では、同じく新第三紀の中新世に日本海も広がり、日本列島が大陸から分離しています。『小笠原諸島の地質』(金沢大学海野) 8コマの図1-4。
# この資料の9〜10コマは、前記推薦書30〜31コマで使われた(A)〜(E)図の元と思われます。

日本政府の推薦書107コマには、次のように記載されています。
小笠原諸島は、数百万年にわたる一連の島弧の進化過程を示す証拠が完全な形で保存されて陸上に露出している世界で唯一の場所であり、重要な進行中の地質学的過程の顕著な見本である。

推薦書32コマの図2-4にまとめられているように、小笠原諸島の形成年代・岩石系列は、沈み込み初期(父島列島・聟島列島)、過渡期(母島列島)、定常期に3大別されます。
そして、特に類例がなく注目されるものは、初期に形成された「無人岩」(むにんがん、Boninite)でしょう。

「Bonin Islands(無人島むにんしま[78665])」に由来する無人岩(『小笠原諸島の地質』の11コマ)は、(B)図の時代【4800万年〜4500万年前の始新世】に海底に噴出した枕状溶岩が、その後の漸新世に隆起して陸上に露出したものです。
上部マントルに直接由来するため、マグネシウムを多く含む特殊な安山岩で、推薦書33コマに 緑色がかった岩の写真が掲載されています。
二見湾入口の烏帽子岩、宮之浜、釣浜、初寝浦などでも見ることができるそうです。

母島列島は 父島・聟島よりも少し後、(C)図の時代【始新世中期】に活動した火山島で、主として現在の伊豆諸島の玄武岩や安山岩に類似した岩石で構成されています。

火山列島は、伊豆小笠原弧の第四紀火山フロントをなしており、推薦書32コマに示されているように、ずっと新しい火山です。
火山列島の島々は、北の伊豆諸島や南のマリアナ諸島の火山よりもアルカリが多い岩石です。

北硫黄島・南硫黄島は噴火記録も現在の噴気活動もありませんが、西之島[57361]や福徳岡ノ場【南硫黄島付近の海底火山】[74102]は近年も活動しています。

「さかのぼり小笠原史」の源流を探訪してみました。
南半球のゴンドワナ大陸の一部がはるばると北上して、5000万年前頃にユーラシア大陸に衝突。
巨大なエネルギーは、間にあった海をヒマラヤ山脈にしただけでなく、乗り上げによりチベット高原を形成。

そして衝突の影響は、隣接するフィリピン海プレートも揺り動かし、その東縁での太平洋プレートとの力学的バランスを崩した。
そこでは、地下のマントル物質が浅いところに上昇し、太平洋プレートはフィリピン海プレートの下に潜り始めた。
こうして海水とマントルとが出会い、生成した無人岩マグマなどから 父島列島以下の小笠原の島々が誕生。

西にある フィリピン海プレートの下に 沈み込み始めた太平洋プレートは、中央海嶺からの拡大方向が 北から西に方向転換。
そのために、ハワイのホットスポットを基点として神武海山へと北向きに残されていたプレート運動の足跡(天皇海山列)は、4〜5000万年前頃にハワイからミッドウェイへと向う西向きのハワイ海山列へと折れ曲がる[53501]

因果関係が正しいかどうかわかりませんが、古第三紀始新世に起きた壮大なプレート運動ドラマに、わが小笠原も出演していたと、地球儀を見ながら 想像を回らすことは、なかなか楽しいことでした。

[79244] 2011 年 8 月 25 日 (木) 22:54:48 k-ace さん
 業務連絡、兵庫県

公式ホームページ 更新履歴で加古川市と上関町の欄がおかしなことになってます>グリグリオーナー

[79241]ぺとぺとさん
ところでこの問題、メダルはすべて兵庫県出身者が取っているのですね。
よく見れば4位まで独占です。しかも兵庫県出身者で、現在兵庫県在住ではない所でしょうか。しかも3位、4位の方はともに京都市中京区在住とは。出身市はバラバラなんですが。

現在落書き帳メンバーで出身都道府県を登録されている方が195名。兵庫県は千葉県と並び2位タイの16名(1位は東京都の22名)
そのうち過去180日以内に書き込みがある方が73名。兵庫県は1位の10名(2位は東京都の7名)。
今回の十番勝負での出身都道府県登録メンバーの解答者31名。兵庫県は1位の8名(2位は東京都と神奈川県の3名)。
メダル獲得者9名。1位は兵庫県の4名。2位は茨城県、埼玉県、東京都、神奈川県、石川県の1名。
兵庫県出身者でのメダル独占の現象、今回が初でもなかったと思いますが、兵庫県出身の参加者が多いからこういった現象も起こるんでしょうか?

今気付いたんですけど、メンバーの分布の部分全てが「過去60日」のままですね。>グリグリオーナー

[79243] 2011 年 8 月 25 日 (木) 11:23:45 ぺとぺと さん
 締切橋

[79168]大龍エクスプレスさん
遅ればせながら、「しめ」コレクションのリリースおめでとうございます。大変興味深く拝見いたしました。収録基準に合致するかどうかわからないのですが、ひとつ情報提供です。

さいたま市見沼区と緑区の区境に「締切橋」という橋がかかっています。すぐ近くに同名のバス停があります。また、橋のすぐ南にある見沼自然公園の住所を見ると、「さいたま市緑区大字南部領辻字〆切」となっています(参照)。
地図に表示されない小字レベルの「〆切」はまだまだありそうですね。

話は少しそれますが、私は「〆切」と聞いて今尾恵介氏の著書「地図を探偵する」(新潮文庫)に掲載されている「〆切バス停探訪記」を思い出しました。当時つくば市にあった「〆切」というバス停の名前に惹かれた著者が実際に探訪してみるという話ですが、当の“〆切バス停”は「茎崎運動公園前」に改称されてしまったようで、また「つくば市茎崎字〆切」や「つくば市茎崎字〆切台」といった小字名も今は公式には使われていないように思われます。

あわせて、[79089]大龍エクスプレスさん
旭川市春光に関する情報ありがとうございました。少し時間はかかるかもしれませんが、確認のうえ修正いたします。

[79242] 2011 年 8 月 24 日 (水) 21:48:52 88 さん
 市区町村変遷情報(市制町村制施行時) 小レス(石川県) +α

レスを溜めないように、少しずつでも処理していきます。

M22.4.1付け石川県市制町村制施行時の件について
この件については、[78864] むっくん さん で、解説をしていただきました。
M22.3.8付け石川県令第28号をご紹介いただきましたが、今回の議論に関する重要なものですので、全文を転記します(旧字体は新字体に置換え)。
石川県令第二十八号 二十二年三月八日
本年四月一日ヨリ本県下ニ於テ市町村制施行ニ付各町ノ内従来小町名ヲ公称シタルモノハ其全市街ヲ一団体トナシ金沢市街ハ従来ノ通小町ヲ公称セシメ其他各町及分合ニ係ル旧町村ノ名称ハ大字トシテ之ヲ存置ス
つまり、M22.3.8付け石川県令第23号中の51コマ参照(従来ノ町村中分合セサルモノ左ノ如シ)と組み合わせて読み、「各町ノ内従来小町名ヲ公称シタルモノ」とあわせて、M22.4.1付けの廃置分合を考える必要がある、とのご教示でした。まったくそのとおりであると思います。
言い換えれば、M22.4.1付けの市制町村制施行は、M22.3.8付け石川県令第28号を優先して考え、小町名(金沢、小松、松任、七尾、輪島)を公称していたものは、その全市街を一団体、つまり、一つの市町村とする、ということです。

これらを踏まえ、個別に見ていきます。
■金沢市
これについては、結果的に、既にM22.3.8付け石川県令第23号に従い対応済みで、そのままとしました
■江沼郡 大聖寺町
江沼郡 大聖寺荒町, 大聖寺鉄砲町, ・・・の60町が合併した、と修正しました
■能美郡 小松町
[78861] EMM さん
一方、「小松新大工町」が「小松本大工町」では?については、元の書き込みの1行目に「小松新大工町」、3行目に「小松本大工町」が書いてあるんですけれども、新大工町も本大工町に含まれるような記載であったと言う事でしょうか?
地名辞典の「[近世]小松町」の項によると新大工町は天明5年にはその名が文献に出て来るとの事なので、明治に入ってからもそのまま存続しているのではないかと思われるのですが。
失礼しました。これは私の単なる転記誤りです。「幕末以降総覧」では、「小松○○町」28町(小松新大工町、小松本大工町を共に含む)と、中町地方、浜田地方、向野地方によりM22.4.1付けで能美郡小松町が発足した、とあります。
なお、この件につきましては、[78864] むっくん さん でも追加情報をいただきました。再度、以下に記します。
能美郡 小松龍助町, 小松八日市町, 小松三日市町, 小松東町, 小松八日市町地方, 小松三日市町地方, 小松本折町, 小松上本折町, 小松西町, 小松大文字町, 小松寺町, 小松本鍛冶町, 小松塗師屋町, 小松本大工町, 小松土居原町, 小松京町, 小松地子町, 小松新大工町, 中町地方, 小松浜田町, 浜田地方, 向野地方, 小松小馬出町, 小松松任町, 小松細工町, 小松新町, 小松茶屋町, 小松泥町, 小松中町, 小松材木町, 小松新鍛冶町
なお、むっくんさんは「石川縣史第四巻(著・出版:石川県、S6.3.31)153頁」の記述ということで「小松龍松町」と書いていらっしゃいますが、「幕末以降総覧」「日本地名大辞典」(EMMさん)ではは「小松龍助町」です。新旧対照市町村一覧大日本市町村名鑑でも、町村の順序は一部異なりますが、名称はすべて一致します。誤りの連鎖さえなければ、小松龍助町 で間違いないでしょう。
なお、現在の小松市龍助町付近に当たると思われます。

ちなみに、「幕末以降総覧」によると、これら31町村はM22.4.1までの間に
変更後変更種別変更前
M17小松松任町編入小松松任町, 松任町地方
M8小松茶屋町改称梯出村
M8浜田地方改称浜田村
M8向野地方改称向野村
との変遷を経た旨の記述もありますので、あわせて参考までにお知らせしておきます。

という訳で、M22.4.1付けで31町村により 能美郡 小松町 が発足した、と修正しました

■石川郡 松任町
石川郡 松任茶屋町, 松任安田町, ・・・の22町が合併した、と修正しました
■鹿島郡 七尾町
鹿島郡 七尾府中町, 七尾湊町一丁目, ・・・の24町及び4村のそれぞれ(微)が合併した、とそのままとしました
■鳳至郡 輪島町
鳳至郡 輪島河井町, 輪島海士町, ・・・の4町が合併した、と修正しました
――――――――――
■河北郡 小金村となった従前の町村名の一部について 河北郡 伝灯寺村 or 河北郡 伝燈寺村
これも、石川郡 倉ヶ嶽村と同様、現在の表記を重視し、河北郡 伝燈寺村 と修正しました

(金沢市のHP内で検索してみると見事にふらふらでした)
例えば、条例だけ見てもこんな感じですね。
伝灯寺町・・・金沢市消防本部及び消防署の設置等に関する条例
伝燈寺町・・・金沢市消防団条例

もっとも、条例はweb上のものよりは、条例制定時に公報に掲載されたものが正式なものですので、web上だけの誤りの可能性もあり、何とも言えません(本当の条例が誤っている可能性もあります)。
何よりも、町名・字名を正式に規定するのは、あくまで地方自治法第260条第2項です。
第二百六十条  政令で特別の定をする場合を除く外、市町村の区域内の町若しくは字の区域をあらたに画し若しくはこれを廃止し、又は町若しくは字の区域若しくはその名称を変更しようとするときは、市町村長が当該市町村の議会の議決を経てこれを定め、都道府県知事に届け出なければならない。
2  前項の規定による届出を受理したときは、都道府県知事は、直ちにこれを告示しなければならない。
3  第一項の規定による処分は、政令で特別の定めをする場合を除くほか、前項の規定による告示によりその効力を生ずる。
これにより、知事が告示したもの(市長に委任されている場合は市長)があくまで本当の正式なものですが。

なお、[67802] 拙稿の「市町村の名称の書き表わし方について」(昭和33年4月21日自丙行発第7号自治庁行政局長通知)も参照してみてください。

――――――――――
以下別件。

[79169] 播磨坂 さん
■S30(1955).1.1付けで新潟県西鎌原郡巻町となる従前の町村名の一部について 西蒲原郡 峰岡町 or 西蒲原郡 峰岡村
S29.12.27付け総理府告示第1119号を確認しました。単なる入力誤りでした。西蒲原郡 峰岡村 と修正しました

[79241] 2011 年 8 月 24 日 (水) 21:16:59 ぺとぺと さん
 第三十二回十番勝負感想文

夏季休暇で石垣島・竹富島に行っており、本日帰宅いたしました。
それではいつものように正答順に振り返りたいと思います。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
問三(地方大会準優勝校所在):須賀川市(金メダル)
[79194] オーナー グリグリさん
にも関わらず、開始後2分で正答されたぺとぺとさんはしっかり予想されていたようですね。
はい。 決して“しっかり”は予想していませんでしたが、「出題されれば面白いな」くらいの漠然とした考えはありました。今年は父の母校が甲子園出場、義妹の母校が県準優勝、出身市の県立校が県ベスト4に入るなど例年以上に地方大会の軌跡には注目していましたので、日本航空高校が甲斐市にあることを確認するだけで解答することができました。ただ、義妹の母校の所在市(北九州市)が問題市となっていたため解答できなかったのは残念でした。ところでこの問題、メダルはすべて兵庫県出身者が取っているのですね。やはり加古川市が大きなヒントになった?

問七(五十音順各音最初):宜野湾市(4着)
それまでの解答に流されそうになりましたが、何とか踏みとどまれました。濁点を1カウントするというスパイスの利かせ方は、出題者の妙だと思いました。

問十(編入合併):印西市(6着)
共通項はすぐにわかりましたが、問題文の
同じ順位の市については任意の順で答えて構いません。なお、問題の市の中の同じ順位の市についても並べ方は不定です。
をよく読んでいなかったために、お題の市の並び順の意味にとらわれどの市を答えるべきか少し迷ってしまいました。以前も同じようなことで迷ったような気が…。やはり問題文はよく読まなければいけませんね。

問四(その市だけに隣接する市町村がある):桑名市(銅メダル)
鳩ヶ谷市(足立区に隣接)の存在をどう考えるかがポイントでしたが、既解答の酒田市と小松市が非常に良いヒントになりました。

問五(都道府県で一番南に市域がある):新座市(既出のため誤答)→田原市(10着)
問題市の中には意外な市もあり、このシリーズは出題される度にいい勉強をさせてもらっています。それにしても、金メダルの市を解答してしまうとは、やはり“三つ子の魂”でしょうか。

問八(人口増減率が高い):川崎市(9着)
スタンダードな問題とは言え、みなさんの解答の早さには驚かされました。こういう問題で「生活ガイド.com」を活用するという機転が利く方がうらやましいです。

問二(アナグラム読みの市区町村郡がある):磐田市(銀メダル)
伊佐→佐井、洲本→本巣というフレーズがかすかに記憶に残っていました。もう少し早く売れてもよさそうな問題なのに、このタイミングでの銀メダルはラッキーでした。磐田市を解答したのは、金メダルの赤磐市との関連で“名前系”を連想してもらえればというヒントのつもりだったのですが、かえって混乱された方もいらっしゃるようで恐縮です。

問六(人口◯万人台で最少):泉佐野市(6着)
極めてスタンダードなテーマですが、こういう出題の仕方もあるのかと感心させられました。

問九(住みたい街ランキングベスト100):鎌倉市(銀メダル)
5市まとめてGoogle作戦は通用しませんでしたが、石垣市を入れて6市まとめてGoogle作戦は通用しました。テレビ番組等で常に住みたい街ランキング上位にあげられる武蔵野市(吉祥寺)が18位に留まっているというのが少し意外でした。全国区になるとそれほど知名度は高くないのでしょうか。ところで、鎌倉市、藤沢市、茅ヶ崎市とランクインしていたので次は平塚市かと目で追ってしまいましたが、結果は案の定。ランキングが自分の生活に影響を及ぼすわけではないと理解しつつも、ちょっと残念な気分。

問一(市名と同じSA/PA):平塚市(6着)
天理PAが香芝市にあるということで、SA/PAには注目していたのですが、熊本市×の意味がなかなか理解できず、またいかにも該当しそうな小矢部市が不正解となったことでさらに混乱しました。他に手がかりもないので、ダメもとでSA・PAの一覧を作ってみたところ、市名一致条件であればそれなりの数に絞り込めることがわかりました。

総括
久しぶりに号砲と共に参加でき、メダルを獲得するまでのドキドキ感を味わうことができました。さらに10問完答一番乗りというおまけつきで、うれしさもひとしおです。一方、初日は熱中しすぎて妻の顔色を窺うドキドキ感も少々味わいましたので(そのため2日目は参加自粛)、今後も家庭生活に支障をきたさない範囲で細く長く参加できればと思っております。オーナーグリグリさん、参加者の皆さん、そして成り行きを見守ってくださった皆さん、楽しい時間をありがとうございました。

[79240] 2011 年 8 月 24 日 (水) 19:06:34 じゃごたろ さん
 40歳未満で就任した(当選した)首長

たまたま新聞の岡谷市長選の記事を見たら、一覧には載っていない方が掲載されていましたので、その情報を。

林 泰章 36歳 1975(S50).9.21

と表記されています。日付は就任日ではなく当選した日と思われます。残念ながら名前の読みはわかりません。

[79239] 2011 年 8 月 24 日 (水) 18:48:44 じゃごたろ さん
 訂正

こんばんは、じゃごたろです。

[79234]について、大きな間違いがありましたので訂正しておきます。

前者は道路法第四十八条の二に基づき国土交通大臣が指定する道路であるのに対して、

この条文を読めば明らかなのですが、この文は「国土交通大臣」ではなく「道路管理者」の誤りでした。「都道府県道」の指定まで国土交通大臣が行うはずはないのですが、くだんの書き込みの際は官報に告示される道路ばかりを考えていたため、思い込みで書き込んでしまいしまた。

[79238] 2011 年 8 月 24 日 (水) 14:34:32【1】 hmt さん
 世界遺産になる小笠原群島 (10)小笠原の島々の自然 生物編
hmt 小笠原諸島

小笠原諸島という名[79228]による「世界自然遺産登録」。
ここで、小笠原の自然に触れておきます。

最初に、国際自然保護連合(IUCN)による評価報告を伝える 2011年5月のチラシ をリンクしておきます。
世界遺産委員会による 最終決定 の1段階前ですが、登録を適当と認めた理由(生態系の価値)や指摘事項、要請事項、区域を示す地図などが 要領よくまとめられています。

本格的な資料としては、世界遺産一覧表記載推薦書 (日本政府 2010年1月)があります。全体で 234コマもある pdfファイルです。7〜14コマが要旨で、小笠原の自然については、「該当するクライテリア」として、3項目の評価基準につき陳述がなされています(要旨 12コマ、本文107〜112コマ)。

(viii) 地形・地質:数百万年にわたる島弧の進化過程を示す証拠が陸上に露出
(ix) 生態系:陸産貝類(適応放散による種分化)、植物(海洋島独自の進化)、南硫黄島(手つかずの自然)
(x) 生物多様性:限られた陸域に、固有種を含めた多様な動植物種が生存

先に紹介したチラシにあったように、3項目のうち、小笠原諸島の特殊な生態系が評価され、登録になりました。
陸の貝類(チラシに写真)は、外界から隔絶された海洋島の中で独自に適応放散し、多くの種に分化した代表例 です。

小笠原の自然にとって、今後の大きな問題として、外来種対策があります。
世界遺産登録により観光客の目が向けられることは、地域振興にとっては役に立つでしょう。
しかし、自然環境保護の立場からすると、観光客の増加は、大きな危険因子です。
一時は危機遺産に指定されたガラパゴス[78644]の二の舞を踏んではなりません。

自然環境保護に関する制度として 最も有名なのは 国立公園でしょう。小笠原も国立公園に指定されています。
しかし、今回の世界自然遺産指定区域の中で 重要な地位を占めながら、小笠原国立公園の区域外の場所があります。
それがどこか お分かりですか?

それは、標高 916m 都内島嶼部の最高峰・南硫黄島[74102]です。大島三原山 764m、三宅島雄山 814m、八丈富士 854m、父島中央山 318m、母島乳房山 463mですが、問題は 高さよりも、海からいきなり聳える ピラミッド状の孤島 という立地です。
黒潮を越えて 日本列島から 1200kmも離れ、有史以来大陸と繋がったことのない 海洋島。これに加えて 荒波に侵食された断崖という バリアもあります。

生き物を容易に侵入させない この火山島に到達した限られた種は、手つかずの自然生態系に進化し、貴重な存在になっています。父島では夜行性の オガサワオオコウモリが、天敵のいないこの島では、日中でも空を飛びまわるとか。

実は、1972年に小笠原国立公園が指定された時には、南硫黄島も入っていましたが、1975年に国立公園区域から除外。
なぜ? それは、自然公園法に基づく国立公園が「自然環境の保護」と同時に「利用増進を図ること」を目的としているからです。南硫黄島の「手つかずの自然」を保護するには、これでは不十分。そこで使われたのが 自然環境保全法に基づく「原生自然環境保全地域」です。

土地利用が大きく制約される 原生自然環境保全地域 は、全国でも 5ヶ所しか指定されていませんが、南硫黄島は 屋久島の一部【注】と共に最初に指定され(1975)、国立公園の区域外になりました。
【注】
南硫黄島と違い 大きな屋久島の中で、屋久島原生自然環境保全地域 は、ごく一部です。
なお、霧島屋久国立公園は、霧島・錦江湾地域と屋久島地域とに 分割することが検討されている由。

1982年環境庁により 原生自然環境保護地域指定地の 総合的な学術調査が実施された翌年、南硫黄島の全体が 自然環境保護の理由で立入禁止となりました。
最近の島の様子は、25年ぶりに 東京都環境局と首都大学東京 により行なわれた 2007年自然環境調査 により知ることができます。同行NHK取材班による ダーウインが来た!サイエンスゼロ
1982年・2007年と2回の調査が、いずれも6月に行なわれた理由は、島に近づくことのできる 唯一の季節 であるとのことです。

[79237] 2011 年 8 月 24 日 (水) 00:18:05 まりんぶる〜 さん
 第三十二回 十番勝負 後日談

今回は開幕の瞬間からの参戦はかなわず、4時間ほど遅れてのスタートとなりました。この時点ではわずかにメダルが残ってはいたものの、すぐにわかりそうな問題ではなかったため、のんびり参加することにいたしました。それでは今回も回答順に一言ずつ・・

問四 <県内単独隣接>
 八幡浜市(4位)
最近たまたま佐世保市の地図を見る機会があり、佐々町が佐世保市に囲まれていることが記憶に残っていたため、すぐに共通項に気がつきました。解答はそれこそ「ブルネイ型市町村」([64654])から選ぼうと思い、伊方町に隣接する八幡浜市を選びました。

問五 <最も南>
 白山市(13位)
お題の市と、早期解答組のみなさんの解答から、各県の南に位置することはすぐわかりました。島が関連するところは確認がしんどいので、島の存在に惑わされずに答えられる白山市を解答しました。

問六 <人口○万人台>
 国分寺市(8位)
歌志内市が先頭にきていることから、まず人口ランキングを見てみたところ、共通項をあっさり発見できました。

問七 <五十音>
 気仙沼市(7位)
あいうえお順であることはお題の市から一目瞭然。想定解数から濁点ではじまる市も対象となることを確認して、解答しました。清音を「わ」まで並べてから、濁音を「が」から順に並べる方法があることを、みなさんの感想文を読んで気づきました。

問八 <人口増加率>
 日高市(10位)
東京近郊の市がお題に並んでいましたので、人口増加率か昼夜人口比あたりを疑いました。ためしに生活ガイド.comで人口増加率を調べてみたところ、ビンゴでした!

問十 <編入合併>
 長浜市(11位)
合併系は苦手分野なのですが、松江市がついこの間、東出雲町を編入合併したことは押さえてあったため、なんとか閃くことができました。

問三 <準優勝校>
 浦安市(5位)
お題の加古川市を最近耳にしたなと考え、高校野球を思いつきました。細かいことで恐縮なのですが「決勝で敗れた高校がある市」よりも「準優勝校がある市」の方が字面もきれいだし、教育的に良いのでは?と思いました。

問九 <住みたい街>
 福岡市(4位)
お題の市が大都市ばかりで、さっぱりわかりませんでしたが、上位陣の石垣市、鎌倉市を絡めて検索をかけたところ、「住みたい街ランキング」を見つけることができました。

問二 <アナグラム>
 滝川市(5位)
この問題は非常に十番勝負らしい問題ですね。自分はなんで共通項にたどり着いたのかよく覚えていないのですが、みよし市の字面を眺めていたら、なんとなく並び替えたくなって気付いた気がします。想定解数をすべてピックアップし、一番北にある滝川市をチョイスしました。

ここで第一ヒント。前回に引き続き、ヒント前の正解は9問にとどまってしまいました・・

問一 <SA・PA>
 南国市(10位)
鉄道や道路などは十番勝負の基本ネタだと思います。なんでこんなに苦戦したのか大変悔しいところです。まずお題の砂川市を見てハイウェイオアシスを思い出し、古賀市にもSAを見つけたまではよかったものの、おがちゃんさん[79229]と同じく、「小田原市は東名高速が通っていないから違うな」と決めつけてしまいました。第1ヒントの「この時期混雑」で「やっぱり高速道路かい!」と思って調べなおしたところようやく共通項を発見し、未答県の高知県から南国SAを選択しました。
と、ここで大問題が発覚します。南国市を解答した後で気付いたのですが、南国SAは「なんごく」と読むではありませんか。市名と完全一致しないから誤答を覚悟し、NEXCOのドライブプラザで想定解の全チェックを行っていました。ところが採点のお時間となり、南国市は正解との判定。「正解でいいのかなぁ」と思い、グリグリさんに問い合わせをさせていただいたのは[79202]の通りです。
まずドラぷらの「名前からさがす」で検索すると、市名と一致するSA・PAは58件ヒットします。このうち天理PA、吉野川SA、玉名PAは市域外に立地していますので、3件マイナスの55市(1)が初期の想定解ということになります。次にドラぷらの「地図からさがす」で検索すると、宮崎PAと朝来SAが見つかります。この2件がなぜ「名前からさがす」でヒットしないのかいろいろ考えたのですが、いまいちスッキリする理由が見つかりません。強いて言えば、朝来SAは兵庫県道路公社が管理する播但連絡道路に位置することや、「道の駅フレッシュあさご」併設とのことで、なにか除外される理由がありそうな気はします。しかし宮崎PAはNEXCOが管理する東九州自動車道に位置しており、除外される理由がまったくわかりません。そこで(1)の55市から読み不一致の南国市を除外し、宮崎市を加えた55市(2)が正解と考えれば説明がつくかなと思っていました。
結局、[79202]で都市高速等のSA・PAにも想定解の範囲が拡大されましたので、説明としてはスッキリしたと思います。一方、MasAkaさん[79214]やじゃごたろさん[79234]も言及されているように、高速道路の定義は明確なようでわかりにくかったりもしますから、このようなケースでは「NEXCOのドラぷらに拠る」といった注釈付きで(1)もしくは(2)を正解とするのもアリではないかと思いました。


総合成績:
正答10 誤答0 メダル:なし 正答数ランキング5位


今回は開幕出遅れもありメダル獲得はなりませんでした。また前回同様、惜しくもヒント前完答の逃してしまったのが残念でした。
次回は、新年開催とのことで景気良く正解を重ねられるよう、頑張りたいと思います。

[79236] 2011 年 8 月 23 日 (火) 18:57:39 スカンデルベクの鷲[大龍エクスプレス] さん
 旧・高速日和

NEXCO東日本運営の「ドラぷら」とNEXCO中日本運営の「ドライブコンパス」にも掲載されている道路の違いがあります。名古屋以東だけでも、
道路名掲載されているサイト
深川留萌自動車道ドラぷら
日高自動車道ドラぷら
米沢南陽道路ドラぷら
八王子バイパスドライブコンパス
新湘南バイパスドライブコンパス
安房峠道路ドライブコンパス
中部縦貫自動車道ドライブコンパス
知多半島道路ドライブコンパス
知多横断道路ドライブコンパス
南知多道路ドライブコンパス

管轄地域がおおいに関係していますが、三陸自動車道や能越自動車道の無料区間はどちらも示されており、有料道路だけが示されている、というわけでもないそうです。
ちなみに、ドライブコンパスには八王子バイパスが載っています。<じゃごたろさん

[79235] 2011 年 8 月 23 日 (火) 17:50:37【2】 おがちゃん さん
 25年ぶりの出来事と41年ぶりの出来事

こんにちは。おがちゃんです。

10月11日に川口市と鳩ヶ谷市の合併が予定されていますね。
この川口市と鳩ヶ谷市の合併で25年ぶり(幸手町市制施行以前=1986年9月30日以来)に埼玉県内の市の数が40を切るようです。

ところで、皆様ご存知の通り、現在市の数が1番多い県は埼玉県、2位は愛知県です。
しかし、予定通りいくと、来年の5月からは埼玉県と愛知県の市の数が39市で並ぶようです。
一方で、オーナーグリグリさんが[78851]で仰られている
人口5万人以上を満たすかどうかの確定が10月下旬まではっきりしない
という現実もあるので、本当に来年に市の数が並ぶのかは疑問ですが・・・。

1986年以降、来年までの埼玉・愛知両県の市の数の変動は以下の通りです。

年月日出来事埼玉県:愛知県
1986年10月1日埼玉県幸手町が市制施行、幸手市となる40:30
1991年9月1日埼玉県鶴ヶ島町が市制施行、鶴ヶ島市となる41:30
1991年10月1日埼玉県日高町が市制施行、日高市となる42:30
1994年10月1日愛知県日進町が市制施行、日進市となる42:31
1996年4月1日埼玉県吉川町が市制施行、吉川市となる43:31
2001年5月1日埼玉県浦和市、大宮市、与野市が合併、さいたま市となる41:31
2003年8月20日愛知県田原町、赤羽根町が合併、田原市になる41:32
2005年4月1日埼玉県さいたま市が岩槻市を編入する
愛知県一宮市が尾西市を編入する
愛知県の2町2村が合併、愛西市となる40:32
2005年7月7日愛知県の3町が合併、清須市となる40:33
2006年3月20日愛知県師勝町、西春町が合併、北名古屋市となる40:34
2006年4月1日愛知県弥富町が十四山村を編入、弥富市となる40:35
2010年1月4日愛知県三好町が市制施行、みよし市となる40:36
2010年3月22日愛知県の3町が合併、あま市となる40:37
2011年10月11日埼玉県川口市が鳩ヶ谷市を編入する39:37
(2012年1月4日)愛知県長久手町が市制施行、長久手市となる39:38
(2012年5月)愛知県東浦町が市制施行、東浦市となる39:39

埼玉県は1996年4月1日〜2001年4月30日までの43市をピークに市の数が減っています。
しかし、愛知県は現在でもぐんぐん市の数が増えていることがわかりますね。

因みに、埼玉県がほかの都道府県に市の数で並ばれるのは1971年11月2日(北本町が市制施行して埼玉県の市の数が北海道より多くなる寸前)以来のことで、41年ぶりのこととなるようです。

[79234] 2011 年 8 月 22 日 (月) 23:57:04【3】 じゃごたろ さん
 re: 高速道路の定義

こんばんは、じゃごたろです。

[79214] MasAka さん

高速道路の定義については私も十分理解しているわけではないのですが、感覚的にはMasAkaさんのご紹介された
高速道路とは、高速自動車国道と自動車専用道路をいいます。
が一番近いものかとと思われます。

「高速自動車国道」は道路法とは別に高速自動車国道法で定められた道路です。「自動車専用道路」とは「一般国道」「都道府県道」などで通行できる車両を制限した道路であり、この「自動車専用道路」は道路法と道路交通法とで別々に定めることができる道路です。前者は道路法第四十八条の二に基づき国土交通大臣が指定する道路であるのに対して、後者は道路交通法第百十条第一項の規定に基づき国家公安委員会の指定する道路であるという違いがあります(両者の条文の違いは割愛。興味のある方は個別に調べてください。)。両者とも官報で告示されている道路です。

たとえばしまなみ海道(西瀬戸自動車道)には歩道部があるので厳密には自動車専用道路とは言いがたいところもあります。もっとも、この場合は歩道部と車道部は完全に区切られていて、かつ車道部は125cc以下の二輪車は通行禁止となっていますのでこれは自動車専用道路と言えるでしょう。
引用が長くなりましたがしまなみ海道は、実は道路法ではなく道路交通法に基づいて自動車専用道路に指定されております。まあ当然歩道部ではなく車道部であることはいうまでもありませんが。ということで立派な高速道路ですね。また尾道市の一部と今治市の一部は道路法上の自動車専用道路も存在します。

微妙なのが八王子バイパスで、こちらは案内標識は緑色ですが車道部は原付の通行も可能になっています。
八王子バイパスについては自動車専用道路である事実を確認できませんでした。国道16号の東京都にかかる区間で自動車専用道路に指定されているのは道路法上では横浜市旭区から町田市鶴間(東名高速の保土ヶ谷バイパスへの延伸部)のみであり、道路交通法でも横浜市から町田市としかしていがなく、八王子バイパスは該当しないものとみられます。

ただ「自動車専用道路」が高速道路であるとすると、国道112号の月山道路も高速道路に分類されるのですが、実際に走破してみてはたして感覚的にはどうかというと、これまた別の難しいものがありますが。

高速道路か否かの厳密な分類は難しいですが
確かに難しいですね。

・有料道路であるからといって高速道路ではない道路がある。
・無料でも高速道路である道路がある。この場合「○○道」という名称がつけられている場合が多いが。

といった状況ですが、少なくとも「どらぷら」は最低限連続した「有料の高速道路」が検索できる(無料を検索、特に料金の検索をする需要がない)ツールという位置づけだと思います。中部縦貫自動車道の一部である安房峠道路のように単独で存在する一部の有料な高速道路は検索できませんから。

[79233] 2011 年 8 月 22 日 (月) 22:22:20 いろずー さん
 「ば」は気づかなかったな…今回の十番勝負・まとめ編

大変お騒がせ致しました

自分問十と問七で悪戦苦闘していました
どちらもアカン結果やった事に自分として
これは惜しい回答や〜と反省中です

しかし栗東・富良野・福山(2度目)を答えてホッとしてます

問一:福山市
ハーフインターかインターチェンジのあるところだ!
最初は「たつの市」だと思うが違う
2度目はそれにまつわる高速バスのバス停がある
それでも辿りつけず
やっと「SAPA」で福山回答
問八:栗東市
わかりませんでしたがネット検索して栗東回答
回答するときに「ウチのオカンの友だちがいる!」
実は今その友達は栗東に住んでます(転勤で)
問九:富良野市
「生活ガイド」で検索したら正解してました

これらの回答でしたが楽しませてもらいました!
初参戦・2戦目ともに回答したのを見て思わず



なんでウチは福山に縁あるんやろ…

[79232] 2011 年 8 月 22 日 (月) 22:19:18 デスクトップ鉄 さん
 第32回十番勝負問五

問五の「都道府県で一番南に市域がある市」は、第2回(2004年7月)問九の「都道府県で一番南にある市」とまったく同じ問題でした。第2回問九は、問題の5市と回答の19市(すべて正答)の24市しか示されていませんが、茨城、栃木、千葉、石川、岐阜、静岡、兵庫、和歌山、鳥取、高知、長崎の11県が今回の問五と異なっています。

茨城(取手→神栖)、栃木(小山→栃木)、千葉(館山→南房総)、石川(小松→白山)、岐阜(羽島→海津)、兵庫(洲本→南あわじ)、鳥取(倉吉→鳥取)、長崎(福江→五島)の8県は、市町村合併の結果最南端の市が変更になったもの。

他の3県が違うのは、当時は、離島を対象外にしていたためのようです。静岡・御前崎(下田)、和歌山・新宮(田辺)、高知・土佐清水(宿毛)となっていました。福江市は、離島を含まず、本島の福江島だけでも、野母崎町が未編入だった長崎市より南にあったのですね。

[79231] 2011 年 8 月 22 日 (月) 20:21:25 なると金時 さん
 十番勝負感想

ちょっと猛暑も一息、という感じですね。
いつものように感想を。
ちなみに、8月7日は夕方から京都市内でクイズゲーム大会に出てまして、出題時点では帰宅しておりませんでした。
問七 あいうえお順
 さすがにこれは気づきます。答えたときはちょうど混線してたときでしたが。
問三 準優勝
 誠にお恥ずかしい。加古川北と東洋大姫路の試合はテレビで見ていたので、お題の加古川市でピンと来ました。が、貴重な鳥取県での回答に焦った結果が「境市」の誕生となりました。確かに、答えを知ってるとこれ大ヒントですよね。
問五 最南端
 お題には海に面している市が多いなあという第一印象。答えは47なので、各県一つのものを考えて気づきました。微妙な答えは避けようとすると、意外に面倒でした。
問六 人口
 歌志内、三笠とくればやはり人口ネタとして、後はなんだろう、と人口一覧を見てたら気づきました。銅メダル獲得はついてたと思います。
問八 人口増加
 つくばエクスプレスの関係ではないし、なんだろうと思ってましたが、関連がなくもない答えでしたね。
問十 編入順
 西尾市の編入は最近だったのを覚えていたので、そこから調べてわかりました。順序的に県庁所在市になるのですが、仕方なく回答。
問九 住みやすさ
 お題の市は全て政令市という、なんのこっちゃさっぱりという並びでしたが、よく気づいたと自分を褒めてやりたいです。なんか適当に検索してたら気づいたのかな、もう覚えてないです。もうちょっと持つと思ったけど、すぐにメダル埋まりましたね。みんなすごい。
問一 SAPA
 これも思い出せない。今回の出題に「平和」とあり、綾部市が日本初の平和都市宣言をした市だったこともあり、そちらの方向でしばらくさまよっていた記憶があります。
なんかお題の市を調べてて気づいたのかな。夏休みだし、時期的にもある程度想定はしてました。
問二 アナグラム
 HP内検索でわりとすんなり。
問四 隣接関係
 県内第二の都市とか、工業高校あたりを調べていた気がします。
 地図を眺めていたら、ふと気づきました。解答時も書きましたが、いい問題だと思います。

 久々に金メダルがとれたのは、本当に嬉しかったですね。
 完答順位も上々で、満足のいく結果となりました。

[79230] 2011 年 8 月 22 日 (月) 18:15:50 今川焼 さん
 【第三十二回】平和祈念全国の市十番勝負感想

今回もまたヒント頼みの完答で、何も取り立てて言うこともないのですが、ざっと簡単に。

毎度のスタート時の解答ラッシュが一段落した翌日から、よっこらしょと考え始めます。(年のせいかあの“スタートラッシュ”についていけなくなりつつあります)

●問一:岸和田市
お題の砂川市を見て、おっハイウェイオアシスがあったぞと閃きます。そういえば古賀市にはSAもあるなぁ、そっち方面かということですんなりと。
●問五:木津川市
該当市が47市であることと、既出解の傾向からあぁ最南端かと。木津川市の解答で京都府は全市解答となり、鳥取県、兵庫県、福井県に続く4番目の完答県となりました。

●問三:桜井市
共通項が閃いた直接のキッカケは、[79026]白桃さんの一言なのですが、それには伏線がありました。なると金時さん[78931]
境市
で、高校野球開催中ということもあり、そういえば少し前まで鳥取県代表で境高校ってよく出ていたなぁと。ここは市名と高校名が微妙に違って間違えやすいなぁと、近いところまで行ってました。もっともそのあとは、そうそうJRの路線名は境線で、駅名は境港駅だったぞとか、あさっての方向に行ってしまいましたが。
●問七:善通寺市
あいうえお順だというのは早くから気がついていましたが、どうも新趣向の問題は、解答に慎重になってしまいます。

このあとヒントが出て、特に何ということもなく答えは出たのですが、問二だけは、ヒント前に惜しいところまで行っていました。
問題を見た瞬間からアナグラムっぽいぞと気がついていましたが、駅名か?区と郡と村か?と迷走していました。市区町村郡どれでもよかったんですね、考えすぎでした。

今回も完答がやっとでメダルはあと一歩のところで届きませんでした。やっぱりあの解答ラッシュに飛び込まないとダメですねぇ。

[79229] 2011 年 8 月 22 日 (月) 16:08:11【1】 おがちゃん さん
 十番勝負感想

こんにちは。おがちゃんです。
今年に入ってから(順序問題が問題に加わってから)感想文をサボってばかりなのですが、今回は久々に書きます。

[78885]問八:木津川市(金メダル)
■人口増減率が高い市(2005年vs2010年国勢調査人口比:高い順)
久々に出題の数分前に落書き帳の新規書き込み、ウィキペディアの準備が整ったので、出題に備えました。
いつもは出題されてから数分間は頭がパニックを起こして全然解けないのですが、今回は違ったようです。問題が首都圏に集中していたことと守谷市が最初のものを考えたら開始数秒で「あっ、人口増加率だな」と。
大慌てで生活ガイド.comを開き、木津川市を解答。
3大会ぶりの金メダル&初めての一番槍になりました。

[78892]問五:新座市(金メダル)
■都道府県で一番南に市域がある市
次に気になったのは問五でした。
毎回、糸魚川市が出たら各都道府県の端っこを疑うようにしているため、他の4市をウィキペディアで確認。糸魚川市は明らかに西、函館市は北斗市と競っているが南、いわき市は南と東も?、鳥取市は東と南、五島市は西と南も?。
なかなか揃わないため糸魚川市を確認すると南も当てはまることに気がつきました。
新潟県の市の最南端は、湯沢町があっても魚沼市や南魚沼市や十日町市になると思っていたので糸魚川市が最南端なのは意外だと思いました。
残念ながら北海道からは解答できない(問題に函館市が使われていた)ため、自分の出身県でそこそこきわどさがある新座市を解答。
1大会で2枚金メダルを取るのは初めてだったので嬉しかったです。

[78901]問七:菊川市(銅メダル)
■読みの五十音順に並べた場合、各音の最初の市(濁音も区別、五十音順)
問題の5市があいうえお順で、しかも「田」が付く市が3つ混じっている事は出題直後から気づいていましたがそこから進めず。
結果的に答えに導いてくださったのは[78998]のデスクトップ鉄さんの「甲斐市」からでした。データベース検索で調べてみると問題の5市は全て当てはまることがわかりました。
そして、「銀」メダルを狙って「菊川市」を解答しました。
そう。この時、僕は蒲郡市を抜かしていました。幼稚園時代にみていたあいうえお表が「あいうえおか・・・ろわをんがぎぐげござ・・・」という順で書いてあったのが頭に残っていたようです(苦笑)
結局蒲郡市を抜かしたことに気づいたのは[78900]k-aceさんの解答を見てから。結果オーライだったのですが、一瞬かなり焦りました(笑)
それにしても、いっちゃんさんの「大仙市」は凄く度胸のいる解答だったと思います。

[78929]問十:八女市(7位)
■編入合併を行った市(最近順)
問七を解いてから夕食を食べ、シャワーを浴び、再び取り掛かると妙に問十が気になりました。
問題のうち「松本市、佐世保市、長岡市」という組み合わせをどこかで見たような覚えがあったためでした。
相変わらず合併系への弱さは酷いものです(苦笑)
類題が幾度となく出ているのに・・・

[78968]問六:丸亀市(7位)
■人口◯万人台で人口がもっとも少ない市(推計人口順)
問題と向き合ってからまず思ったのが「人口が少なそうだなぁ」でした。
歌志内市と三笠市があったためそう思ったのですが、今思えばここで気づくべきでした。
結局考えが人口関係から離れてしまったのですが、みなさんの解答から「なんとなく人口が怪しい?」と思えることができました。
データベース検索で調べてみるとあら不思議。問題市や既出解がだいたい1万人おきに並んでる。ここまでくればもう序の口で、順番通りに人口11万人台で人口が一番少ない丸亀市を解答。
問題の系統的にはどこか「問七と似ている」と思えるところがありました。
なお、香川県はこれで5度目の解答となりました。

[78987]問九:名古屋市(5位)
■2010年度住みたい街ランキングベスト100の市(住みたい順)
この問題は残念な問題でした。
金メダル確定の前に生活ガイド.comの該当ページを眺めていたのですが・・・。
その後、大都市ばかりなので後回しにしようと思ったのですが、第一回採点前に少しでも正答数を増やしたい一心で考えていたら、石垣市から連想する事ができました。
「石垣市」

「大人気な離島」

「大人気!?」
と。後は記憶の中にあったあのページから確認するのみ。結局メダル圏にも入れず、5位という結果でした(泣)

[78988]問四:相馬市(7位)
■その市だけに隣接する市町村がある市(同一都道府県内で架橋隣接も含む)
この問題は最初はさっぱりわからず後回しにしようと思っていました。
ただ、ここまで1問も隣接系が出てなかったのでなんとなく隣接系問題な気がしてきました(笑)
そういう目で問題を見たらどう見ても怪しい。
女川町の位置は3.11から何度も地図で見ていましたし、鳩ヶ谷市が川口市にほとんど囲まれていることも、境港市(日吉津村は記憶の外)が県内で米子市にしか隣接していないことも、府中町が広島市に完全に包囲されていることも覚えていました。
佐世保市だけ分からなかったのですがウィキペディアで調べたらあっさり佐々町を囲んでることがわかりました。
また、該当しない市が分かりやすかったので共通項の線引きもしっかりと分かりました。
そして、女川町の位置を覚えるきっかけとなった3.11で女川町などと同じように大変な被害を受けた相馬市を解答したいと思いました。
実は前回の「震災復興祈念」で東北からあまり解答できなかったのが心に残っていたのでした。
何はともあれ、解答できてよかったです。
因みに、この問題は気に入っています。

[79073]問三:苫小牧市(13位)
■第93回全国高校野球選手権地方大会決勝で敗れた高校がある市
これは盛大に悩みました。
そこそこの規模の都市が多くて、そっちの方向を疑ったりもしたのですが、随分と皆様の食いつきが良くて時事ネタでそれも甲子園関係じゃないかと思ったのが10日。しかし、甲子園は代表校しか確認していなかったためわかるはずが無く、そのままヒントへ。
アナグラムはあっさり解けたので、北海道から苫小牧市をチョイス。

[79151]問二:田村市(17位)
■アナグラム読みの市区町村郡がある市
三鷹市以外は平成の大合併で合併していたのでそっちを疑うもさっぱりわからず。やがて、金メダルの赤「磐」市と銀メダルの「磐」田市が気になりはじめて、市区町村雑学を見たりするもやっぱりわからない。
最終的にヒント6つでようやくわかり、がっかり。一時期は名前系が一番得意だったのにどうしちゃったんでしょう・・・。
面白データベース検索から、アナグラムペアの両方が被災地の東北地方に属する田村市(村田町)を解答しました。

[79154]問一:狭山市(22位)
■市名と同じSA/PAが市内にある市(完全一致)
これは本当に悔しい問題でした。
今までの十番勝負で鉄道系は毎回のように出題されていましたが道路系はほとんど出題されていなかったので完全にノーマークでした。
最初の誤答の小矢部市は[79206]白桃さんにつられて名前系を疑って解答してしまいました。今思えばこの小矢部市は北陸自動車道の小矢部川SAがある所で、部分一致の惜しすぎる市でした。そしてこの小矢部市の解答が結果的に・・・(以下略)
とにかく、その後はさっぱりわからぬままアナグラムヒントを頼りに考えることにしましたが、第一ヒントは「この時期混雑」と正しく解凍できて、初めて高速道路を疑いましたが小田原市には高速道路が通っていないという恥ずかしい考えからわけがわからず・・・。
それでも皆様が高速道路の匂いがプンプンするところを解答しているため、解答時にお盆であったことも重なってか渋滞予想から、渋滞が予想されていた名神高速道路の大垣市を解答。やはり大はずれ。
その後、第三ヒントでインターチェンジを調べつくした末に、第四ヒントでようやく共通項がわかりました。
しかし、ウィキペディアで各市を調べて当てはまるのか探していましたが、ウィキペディアのページは「高速道路の施設を全部書こうとIC・PA・SA・JCTは勿論バスストップまで記述する親切なページ」から「ICしか乗せないページ」まであるので苦労しました。
しかし、小田原市に小田原PAがあることを知り、確信しました。
問題市から大体の条件は把握できたので、圏央道の狭山PAを解答。[79199]でMasAkaさんが仰られている件は僕も気になって、「異色の存在」の下関PAがある下関市を解答しようとも思いましたが、既に誤答を2回しており、これ以上の誤答は避けたかったので止めておきました。
それにしても、道路(というかカーナビ)から地理に興味を抱いた自分がこの問題で苦しめられるとはまだまだ(泣)だと思いました。
とはいえ、小矢部市がやっぱり悔しいぃぃぃ!!
まあ、次回からはこんなふうにならないように道路系もマークしておくようにします。

〜まとめ〜
今回は正答数ランキング16位、メダルランキング2位と言う成績でした。
初めての複数金メダルや、初めての一番槍も達成できたので、まずまずの成績といえるでしょう。
ただ、自分の得意ジャンルの名前系や道路系に苦しめられたのはまずいと思いました。これからの課題です。
また、今回は「平和祈念」という事で、前回解答できなかった東北地方から2市解答させていただきました。
未曾有の大震災から着実に復興への道を歩んでいる東北地方をこれからも応援し続けたいです。

さて、次回の目標ですが、完答・メダル複数枚が達成できれば十分です。
今回で9大会連続のメダル獲得になりました。次回もメダルを取って10大会連続にしたいです。
できれば未だに難攻不落で残っている「日の目を見ない市」のA市とH市、そして次回から加わる野々市市を解答できれば嬉しいのですが・・・。

今回も素晴らしい問題を出題し、毎日採点してくださったグリグリさんやその他の皆様、本当にありがとうございました。
次回は正月という事でテストの心配が無く気楽にいけそうです。
次回もよろしくお願いいたします。


[79198] 桜トンネルさん
大龍エクスプレスさん、おがちゃんさんに並んでトップ
僕のメダル数は3枚です・・・。
正しくは「大龍エクスプレスさん、k-aceさんに並んでトップ」ですね。

[79228] 2011 年 8 月 22 日 (月) 14:38:30【2】 hmt さん
 世界遺産になる小笠原群島 (9)返還後の「小笠原諸島」という地名は、法令に由来
hmt 小笠原諸島

1ヶ月以上の間が開きましたが、世界自然遺産登録と 返還43周年とを記念して始めた 小笠原シリーズ を続けます。

今回のシリーズは、あえて「小笠原諸島」でなく、「小笠原群島」という地名でスタートしました。
これは第1回の記事を書く際に、UNESCO の Ogasawara Islands に記された“clustered in three groups”という説明文から、指定区域が、聟島列島・父島列島・母島列島の3列島【総称・小笠原群島】であると誤解し、地名へのこだわりから選んだ確信犯的な行為でした。

しかし、後で調べたところ、世界自然遺産区域 は 火山列島を含む4列島【一部を除く】でした[78765]
[78644]で こねた小理屈(地理的こだわり)は 根拠を失い、当初の「確信」は 揺らいでしまいました。

世界遺産になった地域は、聟島列島・父島列島・母島列島・火山列島【西之島を含む】の4列島。
こうなると、この4列島を総称する「地名」が欲しいところです。

しかし、地図の元締めの国土地理院も、海図の元締めの海洋情報部も、隣接した小笠原群島と火山列島だけでまとめず、上位概念として使う「小笠原諸島」には、南鳥島と沖ノ鳥島を含ませています。海洋情報部技報2009 6コマの Fig.10参照。

諦めかけたところで 気がついたのが 「法令用語」です。
電子政府の総合窓口イーガブ の 法令用語検索 で「小笠原群島」を指定してみると、7件の法令がヒットしました。

現在使われている【沖の鳥島・南鳥島まで拡張された】「小笠原諸島」の定義は、昭和44年の「小笠原諸島振興開発特別措置法」【制定題名:小笠原諸島復興特別措置法、通称:小笠原法】第二条にも使われていますが、この定義が 最初に現れたのは、昭和43年の「小笠原諸島の復帰に伴う法令の適用の暫定措置等に関する法律」第一条であると思われます。
この法律は、小笠原諸島(孀婦岩の南の南方諸島(小笠原群島、西之島及び火山列島を含む。)並びに沖の鳥島及び南鳥島をいう。以下同じ。)の復帰に伴い、法令の適用についての暫定措置その他必要な特別措置を定めるものとする。

ここで使われている“孀婦岩の南の南方諸島”。 これが「世界遺産になった4列島」を総称しています。
【追記】
“孀婦岩の南の南方諸島”という言葉は、暫定措置法の前に米国との間で結ばれた 小笠原返還協定 の中で、返還対象である「南方諸島及びその他の諸島」の定義の一部として出てきます。国内法により、後者が「小笠原諸島」と言い換えられたわけです。
【追記終】

「南方諸島」が出てきたので、これで検索すると 17件。その末尾にある昭和21年大蔵省令を見ると、“伊豆諸島及び 孀婦岩以北の南方諸島における 法及びこの省令の適用に関しては…”のように使われています。
つまり、法令用語においては、日本列島南方の島々は 次のように5区分されていたと理解できます。

伊豆諸島【大島から青ヶ島まで】
孀婦岩以北の南方諸島【ベヨネース列岩、須美寿島、鳥島、孀婦岩】[22460]
孀婦岩の南の南方諸島【小笠原群島(聟島列島・父島列島・母島列島)、西之島及び火山列島】
沖の鳥島【地図や海図では沖ノ鳥島と表記】
南鳥島

先の引用文献にあったように、「南方諸島」という用語は、海図ではこれらの島々すべてを含む名称としてを使われており、戦後の国土地理院地図では全く使われていません。
法令用語で使われた“孀婦岩以北の南方諸島”も、地図・海図では伊豆諸島の一部に含まれています。

このように、政府機関により使い方がまちまちな「南方諸島」という用語は、私としても あまりお勧めできません。
しかし、「世界遺産になった4列島」地域が、「南方諸島」を使って総称された事例がある ということを ご紹介しておきます。

法令や海図での使用例はあるものの、通常の社会生活で「南方諸島」という地名に触れる機会は殆んどありません。
しかし、「小笠原群島」と「小笠原諸島」は、共に使われ、地名集日本2007 にも収録されています[78644]
島群コレクション の為に書いた[29851]において、私は 小笠原諸島を 伊豆諸島と並ぶ第2階層とし、小笠原群島は第3階層としました。これは 前記海洋情報部技報 Fig.10の見方と一致します。

新版日本国勢地図(1990) 2自然 の3/3コマ(自然地域の名称)右下隅には「小笠原群島」が描かれています。
しかし、「小笠原諸島」の記載はありません。
一方、多くの人が目にする社会科の地図帳には「小笠原諸島」と記されています。

ここで、「小笠原群島」と「小笠原諸島」とは、範囲の違いだけでなく、性格の違いがあることに気が付きました。

教科書検定基準 によると、“我が国の地名の表記は,法令などの官報に記載されたものによる”のが原則とされています。

「小笠原群島」は、国土地理院の地形図や、水路部【海洋情報部】の海図に使われる「地形由来の自然地名」だと思われますが、検定地図帳においては、地形図や海図は補助的な資料とされています。
「教科書に使われる地名」は、小笠原法など法令上の主役である「小笠原諸島」が優先されることになります。
「小笠原諸島」は、小笠原返還後に我が国土の東端になった南鳥島と、南端になった沖ノ鳥島とを含ませるという、極めて政治的な意図をもつ法律により、「昭和43年に作られた地名」だったのでした。

なお、[53386] 88 さん により 既に紹介されているように、小笠原復帰暫定措置法第18条で
東京都に属する小笠原諸島の区域をもつて小笠原村を置く。
と定められたので、地理的な「小笠原諸島」と 行政的な「小笠原村」の区域とは 当然に一致します。

現在の【沖の鳥島・南鳥島まで拡張された使い方の】地名は返還後ですが、「小笠原諸島」という地名自体は 戦前からありました。もっとも、日本法令索引で調べると、明治時代の法律で使われていた地名は「小笠原島」でした。

『帝国書院の復刻版地図帳』[25914] 昭和9年の 第17図5「豆南諸島」には、小笠原諸島と硫黄列島とが同じ文字サイズで並んでいます。つまり、戦前の「小笠原諸島」は小笠原群島(3列島のみ)を意味していたようです。
小笠原返還後の 昭和48年地図帳39図2でも、小笠原諸島と硫黄(火山)諸島の文字サイズは、まだ ほぼ同じ でした。
つまり、戦前に引き続き3列島(小笠原群島)の意味で使われていたようです。

最近の帝国書院地図帳では、火山列島より明らかに大きい文字サイズの「小笠原諸島」が記されています。
EEZ[26266]や国連での大陸棚申請[67184][67185]に関連し、南鳥島や沖ノ鳥島の重要性 が強く認識されるようになっている現在、拡張された小笠原諸島の地位は、地図帳における文字サイズに反映しているようです。

[79227] 2011 年 8 月 22 日 (月) 12:19:18 スカンデルベクの鷲[大龍エクスプレス] さん
 第三十二回十番勝負の感想

今回は初のノーヒント完答を達成することができて本当によかったです。では、解答順にまとめます。

問十:富士宮市(銀メダル)
■編入合併を行った市(最近順)
地名コレクションの最近の合併を指摘していることもあり、松江市、西尾市…の並びで一発で分かりました。桜トンネルさんの小林市が問題番号抜けてたので、棚からぼた餅、と思い小林市を答えようと思いましたが、すぐに再回答されてしまいました。(笑)

問八:吉川市(4位)
■人口増減率が高い市(2005年vs2010年国勢調査人口比:高い順)
実は最初に閃いたのはこの問題なんですが、調べ方が分からないので先に問十を解答。しょうがないので、総務省発表のPDFをから探していく羽目に。(笑)狙いを関東、近畿、東海に定め、印西市が次点だな、と思ったら、桜トンネルさんが解答。仕方ないのでその次の吉川市。それにしても、豊見城市、鳥栖市は意外です。生活ガイド使わなかった自分もなんだかモヤっとした気分です。

問五:宇和島市(銅メダル)
■都道府県で一番南に市域がある市
問題の市と手元にある全日本地図(?)を照らし合わせたらビンゴ。高校野球開幕試合で敗れてしまった愛媛県から。(?)

問四:酒田市(金メダル)
■その市だけに隣接する市町村がある市(同一都道府県内で架橋隣接も含む)
その全日本地図(?)を見たら閃きました。川口市がありなら県境隣接でもいいんだと思い、日本海側から探し、由利本荘市か酒田市か迷いながら酒田市。由利本荘市は誰も答えませんでしたね。(笑)

問二:赤磐市(金メダル)
■アナグラム読みの市区町村郡がある市
お題の洲本ー本巣、伊佐ー佐井が思い浮かび、面白データベース検索で検索したところ、みよしー吉見ということも分かるが、三鷹と山梨が出てこない。頭の中で山梨を変換(?)してみると、修学旅行で訪れた山科が思い浮かぶ。そこで、対象を全指定で検索したところ、三鷹ー三方・美方であることも判明。金メダルがかかっていたので一番上の赤磐市を解答。

問六:天草市(5位)
■人口◯万人台で人口がもっとも少ない市(推計人口順)
歌志内、三笠ときて次が夕張ではないことに困惑。問八の逆かと思いましたが米原市などは急減してないことが分かり、迷いました。尾鷲、仙北の人口を見て分かりましたが、歌志内市は◯万人台には入らないのでは、と思います。

問七:下呂市(8位)
■読みの五十音順に並べた場合、各音の最初の市(濁音も区別、五十音順)
これは特にありません。一言いうなら、和歌山市の次に蒲郡市だと思いました。

問三:宜野湾市(6位)
■第93回全国高校野球選手権地方大会決勝で敗れた高校がある市
大会前に高校野球の代表校がある市、という予想問題を作っておいたんですけど、県大会準優勝の市だとは頭を抱えました。(笑)一番最初に決まった宜野湾市。

問一:えびの市(銀メダル)
■市名と同じSA/PAが市内にある市(完全一致)
天理市の地図を見たら即分かりました。これで銀はラッキーだったと思います。

問九:武蔵野市(9位)
■2010年度住みたい街ランキングベスト100の市(住みたい順)
これは脱帽しました。個人的には難しかったです。

結果:正答数ランキング2位、メダルランキング1位

今回は初のノーヒント完答を達成することができてよかったです。グリグリさん、次回はお正月とのことですが、よろしくお願いします。

[79226] 2011 年 8 月 22 日 (月) 05:14:08 ひぃ さん
 いろずーさん

[79212]いろずーさん

[79213]にて、おがちゃんさんからも指摘がありますが、
「ば」を飛ばして日置市を回答しているので
いろずーさんの回答は誤答になっています。

[79225] 2011 年 8 月 22 日 (月) 03:51:52【3】 YT さん
 『統計集誌』「府藩県所轄並石高」「人員表」、『藩制一覧』について

なお、[76313][76314][76315][76316][76317][76328]などでまとめた資料(C)『統計集誌』「府藩県所轄並石高」(5号9〜22頁)「人員表」(8号96〜107頁)ですが、こちらは今から129年前の1882年に出版された雑誌の号です。
しかしながら近代デジタルライブラリー等で取り扱われておらず、多くの人はこれを読むことが出来ないと思います。
そこで原資料の方をスキャンして取り込んだpdfファイルを、以下にアップしておきました。

http://touch.moe-lovers.net/up_ssize/download/1313940940/attach/Nomura.pdf
ダウンロードに必要なパスワードはCOMMENT欄にもあるように、「Nomura」です。

元民部省員の野村文夫が作成し、呉文聡が統計集誌に紹介したものだそうです。

また、『藩制一覧』は全九章からなる本で、それぞれの章に「藩制一覧表第一」「藩制一覧表第二」などと題名が書かれているので、[79216][79217][79218][79219][79220][79221][79222][79223][79224]のタイトルに、『藩制一覧表第一〜第七』という名前を付けました。本当は各章を一つにまとめたかったのですが、文字制限でやむなく記事送りをしてしまいました。藩はイロハ順に並べてあり、各藩の人口の情報だけでなく、各藩の石高・収入の明細が記載されています。また「藩制一覧表第八」と「藩制一覧表第九」には、各藩の職員・兵隊の情報がまとまっています。ただ記載形式が統一されておらず、各章をまとめた人が違うのか、それぞれの章ごとに違う癖があります。

【追記】[79216][79217][79218][79219][79220][79221][79222][79223][79224]の元記事では、「〜を除いた藩の総人口」という意味で「〜外総人口」という言葉を使っていましたが、これだと「〜の外に加えて藩の総人口」という意味にも捉えられかねないので、全て「〜除外総人口」と修正しました。ただその結果全体で150文字ほど文章が増えてしまい、既にぎりぎりの文字制限で書いてしまった記事の一部を順繰りに後へ移動させる必要がありました。その結果藩制一覧表第四の説明の一部が藩制一覧表第五のテーブルの後に来てしまっています。もっとはっきり「〜を除く藩総人口」とでも書き、文字数に余裕を持たせておくべきでした。

人口表を比較すると、『藩制一覧』(A)の大部分と『府藩県石高人口表』(B)、『明治史要』(D)では華族の統計が欠落していることが分かります。

[79224] 2011 年 8 月 22 日 (月) 03:36:48【3】 YT さん
 藩制一覧表第七(続)

三草藩:(総)人口と男女合計が異なるが、前者を華士卒族除外総人口、後者を平民人口と解釈し、寺人口・行人派人口が欠落しているとして僧尼人口に加算。士族309人、卒族188人、(総)人口8961人(男女合計8832人、内、社人3人、僧15人、その他一23人)。
三池藩:(総)人口を華族除外総人口と解釈。寺社人口不詳。(総)人口8961人(内、士族503人、卒族183人、その他一78人)。
静岡藩:(総)人員を平民人口と解釈。藩士人員、転士人員、清水附名簿人員を士族人口に加算。士卒族人口内訳、寺社人口不詳。明治3年旧暦10月調:藩士4万8064人、清水附名簿2795人、転士36人、(総)人員77万7011人、その他一その他二7709人。
新発田藩:(総)人員を平民人口と解釈。その他十五人員をその他一人口に加算。明治3年旧暦2月調:華族10人、士族4783人、卒5685人、越後国ノ内神社763人、岩城国ノ内神職17人、越後国ノ内寺院1975人、岩城国ノ内寺院4人、(総)人員17万8986人、その他一132人、その他十五149人、その他二97人。
島原藩:合人員を総人口と解釈。合人員17万5051人(内、華族3人、士族2220人、卒4322人、社家678人、修験22人、山伏9人、寺院772人(内、僧539人、女233人)、尼庵4人、市郷16万5615人、その他一1353人、その他二53人)。
新庄藩:士族1255人、士族女子1446人、卒1005人、卒女子436人、神職男女合計16人、寺男女合計281人、修験男女合計263人、平民4万7405人、その他一男女合計14人、その他二男女合計52人。
重原藩:(総)人口を華族除外総人口と解釈。(総)人口3万4789人(内、士族949人、卒族258人、社人63人、寺侶388人、修験6人)。
新宮藩:惣人口を華族除外総人口と解釈。中間人口を平民人口に加算。知事家族6人、惣人口5万4377人(内、士族1892人、卒族1265人、寺178人(内、僧145人、比丘尼2人、門徒宗五ヶ寺31人)、山伏118人、中間2135人、その他一759人)。
下館藩:総人口を華族除外総人口と解釈。知事家族3人、総人口1万5182人(内、士族1156人、卒族148人、社家50人、寺院62人、その他一195人、その他二68人)
芝村藩(芝邨藩):総人口を華族除外総人口と解釈。明治2年旧暦10月調:総人口7338人(内、士族474人、卒族138人、社家43人、寺院75人、その他一242人)。明治4年旧暦2月調:社家39人、寺・仏堂38人。
椎谷藩:総人口を華族除外総人口と解釈。知事家族3人、総人口2万0918人(内、士族218人、卒族167人、社家4人、寺171人、その他一117人)。
下妻藩:(総)人口を華士卒族除外総人口と解釈。外一門壹人と准士族人口、准卒人口、寺院門前地百姓及借家人人口、その他四十人口をそれぞれ士族人口、卒人口、平民人口、その他二人口に加算。知事家族10人、外一門1人、総人口8805人(士族249人、准士族104人、卒族40人、准卒59人、社人29人、寺侶95人、山伏11人、寺院門前地百姓及借家人80人、その他一その他十255人、その他四十30人)。
志筑藩:(総)人口を華族除外総人口と解釈。(総)人口と男女合計が異なるが、後者を採用。知事家族9人、(総)人口5568人(男女合計5368人、内、士族334人、卒族97人、社人56人、寺侶19人)。
宍戸藩:(総)人口を華族除外総人口と解釈。小者人口を卒人口に加算。(総)人口6309人(内、士族190人、卒59人、小者20人、社人29人、寺侶55人、修験31人)。
七戸藩:(総)人口を華族除外総人口と解釈。知事家族3人、(総)人口1万5527人(内、士族1680人、卒族350人、社人84人、寺侶54人、その他一13人)。
広島藩:(総)人口を華族除外総人口と解釈。社務人人口、その他一その他二人口と男女合計が異なるが、『統計集誌』と一致する前者を採用。知事家族9人、(総)人口91万4157人(内、士族9536人、卒族2万3046人、社務人2737人(男女合計3137人)、僧侶修験4862人、その他一その他二2万3686人(男女合計2万3056人))。
弘前藩:(総)人口を華族除外総人口と解釈。(総)人口と男女合計が異なるが、後者を採用。(総)人口27万8842人(男女合計27万8742人、内、士族1万2469人、卒族1万0215人、社人799人、寺侶726人)。
彦根藩:(総)人口を華族除外総人口と解釈。上等士族人口、下等士族人口を士族人口に加算。知事家族10人、総人口17万7518人(内、上等士5066人、下等士1542人、卒6494人、社人222人、寺侶2129人、その他一5407人、その他二189人)。
彦根藩預所(彦根藩御預リ地):管轄内寺領地人口と男女合計が異なるが、後者を採用。彦根藩預所の草高は3万4278石9斗2升であり、明治元年旧暦閏4月25日(1868年6月15日)の大津県への移管地区や明治3年旧暦7月17日(1870年8月13日)の朝日山藩への移管地区を含む。彦根藩御預リ地2万1421人(内、寺侶310人(内、男178人(内、僧154人)、女132人))、管轄内社領地759人(内、男395人(内、祝官20人、神子4人、僧5人)、女364人(内、尼4人))、管轄内寺領地1776人(男女合計1779人:男817人、僧176人、女782人、尼4人)。
姫路藩:総人口を華族除外総人口と解釈。水主並所々定番人口と所局中間譜並代雇之物人口は卒人口に加算。知事家族3人、総人口22万2661人(内、士族4030人、卒族4582人、水主並所々定番1095人、所局中間譜並代雇之物789人、社家488人、寺院1650人、(内、僧893人、男213人、女544人)、修験65人(内、修験17人、男20人、女28人)、その他一1万1389人、その他二109人)。
平戸藩:総人口を華族除外総人口と解釈。陪卒脇間又者人口は卒人口に加算。総人口14万8507人(内、士族2838人(内、平戸新田士族495人)、卒族1万2521人(内、平戸新田卒族177人(男女合計477人))、陪卒脇間又者4万6839人、社人605人、山伏614人、座頭243人、陰陽師114人、寺499人)。
人吉藩:総人口を華族除外総人口と解釈。社人人口と男女合計が異なるが、後者を採用。総人口5万3577人(内、士族3368人、卒族1万4930人、社人547人(男女合計544人:社人211人、男62人、女271人)、修験142人(内、山伏68人、男9人、女65人)、寺院94人(内、僧88人、男6人)、盲人65人(内、盲僧39人、男4人、女22人)、瞽女21人、その他一194人)。
久居藩:総人口(惣人口)を華族除外総人口と解釈。総人口(惣人口)、士族人口、卒族人口、社人人口、寺院人口については欄外朱書の数値を採用。知事家族5人、総人口3万8310人(男女合計3万8579人、欄外朱書の惣人口3万7878人、内、士族1399人(欄外朱書1402人)、卒族875人(欄外朱書1487人)、社人98人(欄外朱書134人)、寺院434人(欄外朱書:僧375人、尼6人)、その他一1374人、その他二101人)。
広瀬藩:(総)人口を華族除外総人口と解釈。その他二十八その他六人口をその他一人口に加算。知事家族5人、(総)人口2万6350人(原書欄外の惣人数2万6396人、内、士族748人、卒族761人、社人162人、寺侶247人、修験8人、その他二十八その他六382人)。
日出藩:(総)人口を華族除外総人口と解釈。(総)人口2万0925人(内、士族946人、卒族1044人、社人201人、寺侶127人、修験山伏46人、盲僧37人、その他一177人)。
一橋藩:総人口を華士卒族除外総人口と解釈。総人口、神職人口、寺院人口については欄外朱書の数値を採用。欄外朱書総人口と男女合計が異なるが、後者を採用。その他四人口、その他十八人口とその他十人口はそれぞれその他一人口、その他二人口に加算。士族5154人、卒族1154人、総人口11万5228人(欄外朱書11万2559人(男女合計11万2563人))、内、神職316人(欄外朱書男女合計311人)、寺院668人(内、除地院22人、欄外朱書:寺院596人、除地22人)、堂庵12人、その他四205人、その他一6105人、その他十八67人、その他十130人)。明治2年旧暦12月26日(1870年1月27日)、廃藩。
盛岡藩:支配地人口を平民人口と解釈。支配地人口11万7527人、その他一189人。明治3年旧暦7月10日(1870年8月6日)、盛岡県を設置。
森藩:総人口を華族除外総人口と解釈。知事家族5人、総人口1万4244人(内、士族720人、卒族(但シ水主共)726人、社務71人、寺70人、その他一20人、その他二12人)。
母里藩:総人口を華族除外総人口と解釈。歩卒人口は卒人口に加算。知事家族3人、総人口8222人(内、士族241人、卒族295人、歩卒75人、社務72人、寺院59人、その他二十八248人、その他二2人)。
仙台藩:(総)人口を華族除外総人口と解釈。兵士人口、兵卒人口をそれぞれ士族人口、卒人口に加算。知事家族7人、(総)人口23万8893人(内、兵士2万9408人、兵卒1万3091人、社家683人、陰陽師43人、修験998人、時慮2331人、その他一等ノ者1138人)。
膳所藩:(総)人口を華族除外総人口と解釈。知事家族3人、(総)人口4万5726人(内、士族1858人、卒族1787人、社人340人、寺侶695人、尼17人、その他一1244人、その他二342人)。
関宿藩:(総)人口を華族除外総人口と解釈。(総)人口、士族人口と男女合計が異なるが、後者を採用。明治3年調:(総)人口4万9058人(男女合計4万9057人、内、士族人口1185人(男女合計1184人)、卒族1016人、社人272人、女巫6人、寺侶330人、山伏114人、尼8人、その他三十二その他一853人)。
須坂藩:惣人口を華族除外総人口と解釈。知事家族9人、惣人口1万1315人(内、士族431人、卒族403人、神職12人、寺150人、修験4人、その他一239人、その他二44人)。

ついでに『藩制一覧』には記載されていない府県について

使府藩県人口(A)人口(B)人口(C')人口(D)
京都府374,496373,688373,704
奈良県158,728158,728158,728
五條県136,060136,060136,060
堺県249,523249,523249,523
大坂府427,395427,395427,395
兵庫県224,124224,124224,124
度会県92,00496,62592,004
甲府県352,900352,900352,900
韮山県250,708250,603250,708
東京府674,447674,269674,269
神奈川県421,690421,690421,690
浦和県280,530280,274280,530
品川県188,650188,650188,650
小菅県16,267162,067162,067
宮谷県281,077281,077281,077
葛飾県230,614229,714230,614
若森県149,97617,676149,976
大津県211,334211,334244,114
笠松県188,139188,139188,139
高山県98,36697,160118,604
伊那県188,999189,899193,264
中野県00183,291
岩鼻県358,640358,640358,640
日光県415,706217,588217,588
白河県16,388106,298106,388
角田県83,01783,01783,017
若松県199,211199,211199,211
福島県119,668119,666119,668
登米県115,874222,518115,874
胆沢県138,167138,167138,167
江刺県237,5500237,550
山形県331,94132,261318,467
本保県0070,709
柏崎県418,711418,711437,923
新潟県259,600259,600259,600
佐渡県12,337102,337102,337
久美浜県166,586166,586166,586
生野県94,38794,38794,387
浜田県228,863228,863298,126
倉敷県237,506214,594237,680
日田県195,455195,455195,455
長崎県265,946264,259267,654
箱館開拓使00
合計22,034,73430,697,35430,088,33531,866,389
総数(記載値)31,778,59530,088,33531,866,389

箱館開拓使だけはどの文献でも人口が記載されていませんが、廃藩置県時の人口は、旧東西蝦夷地のアイヌ人口約2万人に、箱館周辺の人口を加えた約4万人前後でしょう。

[79223] 2011 年 8 月 22 日 (月) 03:34:42【1】 YT さん
 藩制一覧表第六〜第七

佐賀藩(佐嘉藩):(総)人員を平民人口と解釈。士族2万3823人、卒4万3488人、社人850人、僧4412人、(総)人員35万4450人。
佐倉藩:(総)人口と男女合計が異なるが、前者を平民・猿引外寺社人口、後者を平民人口と解釈。猿引人員、その他三十四人員をそれぞれ僧尼人口、その他二人口に加算。士族3021人、卒族4469人、(総)人口11万1265人(男女合計11万0700人、内、神主24人、神職16人、社人19人、僧362人、修験39人、医師53人、陰陽師1人、舞大夫11人、座頭20人、盲人9人、道心10人、比丘尼1人)、猿引10人、その他一156人、その他三十四7人、その他二81人。
篠山藩:(総)人員を華族除外総人口と解釈。(総)人員と族籍合計が異なるが、後者を採用。その他三十五人員、その他三十六人員はその他二人口に加算。明治3年旧暦10月調:(総)人員5万8723人(族籍合計5万8726人:士族男女合計2158人、卒族男女合計1466人、社家男女合計53人、山伏男女合計9人、陰陽師男女合計19人、僧尼男女合計267人、農工商男女合計5万2281人、その他一男女合計2204人、その他三十五208人、その他三十六61人)。
佐土原藩:士族人員と男女合計が異なるが、『統計集誌』と一致する前者を採用。士族3778人(男女合計3774人)、卒3133人、社家806人、寺院37人、庶民1万8666人。
西條藩:兵卒人員と軽卒人員を卒族人員に加算。明治2年旧暦10月調:士族1501人、兵卒725人、軽卒1252人、社家137人、修験181人、寺院堂庵192人、在町5万4400人。
佐伯藩:(総)人員を華士卒族除外総人口と解釈。士族937人、卒1247人、(総)人員6万5366人(内、社家男女合計165人、修験男女合計38人、寺男女合計327人(内、僧289人、女37人、尼1人)、その他一8人、その他二127人)。
三田藩:(総)人員を2万0332人を卒族・平民人口と解釈。兵卒人員、その他八人員をそれぞれ卒人口、その他二人口に加算。明治2年調:士族667人、兵卒240人、寺男女合計113人(内、僧95人、寺女18人)、(総)人員(郷村人口、含卒族)2万0332人、その他八80人。
鯖江藩:(総)人員を平民人口と解釈。士族1377人、卒1289人、社家39人、寺294人(内、僧152人、男8人、女123人、尼僧11人)、山伏17人(内、山伏7人、女10人)、(総)人員2万7151人、その他一13人。
狭山藩:人口不詳。明治2年旧暦12月26日(1870年1月27日)、堺県に編入。
佐野藩:(総)人口を平民・寺社人口と解釈。知事家族2人、士族473人、卒族628人、(総)人員1万1893人、社家男15人、社女14人、僧63人、寺女24人、その他一10人、その他二1人。
佐貫藩:明治3年調:華族16人、士族401人、卒族110人、神職80人、寺78人、平民1万6908人、その他一97人、その他二26人。
桜井藩:(総)人員を平民人口と解釈。神領百姓人員、その他三十七人員をそれぞれ平民人口、その他二人口に加算。華族5人、士族321人、卒族54人、社家24人、寺57人、(総)人員1万2866人、神領百姓26人、その他三十七39人。
岸和田藩:華族8人、士族2212人、卒2393人、社家50人、平民5万8748人、その他一2108人、その他二241人、外ニその他二21人。
菊間藩:准士族、社領百姓をそれぞれ士族人口、平民人口に加算。士族551人、准士族842人、卒族1403人、神社239人、寺院396人(内、僧325人、尼1人、女70人)、修験39人、山伏33人、陰陽師3人、平民7万0190人、社領百姓112人。
杵築藩:惣人員を士卒族・平民・寺社人口と解釈。藩士人員、藩卒人員と陪卒人員をそれぞれ士族人口、卒人口に加算。華族6人、惣人員1355人(内、藩士男女合計1980人、藩卒男女合計1355人、陪卒男女合計22人、社家男女合計501人、清僧184人、一向宗男女合計119人、祝言男女合計92人、盲僧24人、盲僧女22人、農男女合計4万5403人、商男女合計1833人)、その他一694人。
清末藩:華族9人、士族848人、卒族677人、社家山伏盲僧男女合計99人、寺院男女合計108人(僧99人、女9人)、修験2人(山伏1人、盲僧1人)、農商男女合計9199人、その他一38人、その他二78人。
清崎藩:(総)人員を平民・修験外寺社人口と解釈。(総)人員と男女合計が異なるが、後者を平民人口と解釈。卒人員と男女合計が異なるが、後者を採用。華族5人、士族359人、卒138人(男女合計141人)、修験72人、(総)人員2万1392人(男女合計:2万1185人、内、社人20人、僧171人、行人派16人)、その他一251人。
喜連川藩:(総)人員を平民人口と解釈。その他十人員をその他二人口に加算。士族171人、士族家族433人、社家38人、修験16人、寺院92人、(総)人員3549人、その他一28人、その他十25人。明治3年旧暦7月17日(1870年8月13日)、日光県に編入。

藩名華族士族神職僧尼平民その他一その他二総人口(A)人口(B)人口(C')人口(D)
結城藩6133371615717,019278618,42618,58018,44518,436
湯長谷藩535914038357,6938,2708,2658,2358,265
水戸藩6,5593,8152,047773254,877655717269,443264,256281,225259,344
三春藩1,5871,13745816533,1906336,60036,77436,76236,769
宮津藩2,2981,0481881,46365,69694927571,91773,67471,13671,831
水口藩1,3911509817118,0674106320,35020,62121,76820,621
壬生藩82786612111323,5661707925,74224,37225,95625,962
三日月藩6796645511217,94519,45519,45519,64019,455
峰山藩25138333528,852345559,97110,05510,77510,055
三日市藩107388,224138,3828,4199,0618,419
宮川藩3121221266,6094167,2167,1597,1667,192
峰岡藩334325312711,0404811,87711,13511,88111,145
三草藩30918831038,832239,4589,3719,3539,371
三池藩5031838,197788,9619,0399,0929,039
静岡藩50,895777,0117,709835,615813,886876,819813,886
新発田藩104,7835,6857801,979178,98628197192,601192,591192,604192,591
島原藩32,2204,322678807165,6151,35353175,051174,296175,051175,044
新庄藩2,7011,4411654447,405145252,17352,17352,17957,173
重原藩9492586339433,12534,78934,78934,89734,789
新宮藩61,8921,26529650,16575954,38354,47461,67754,474
下館藩31,156148506213,5031956815,18515,19612,76415,196
芝邨藩47413843756,3662427,3387,3387,4017,338
椎谷藩3218167417110,24111710,92110,91810,81210,911
下妻藩1035499291067,933255308,8168,8068,8158,786
志筑藩93349756194,8625,3775,4795,7855,479
宍戸藩1907929865,9256,3096,3096,1886,309
七戸藩31,680350845413,3461315,53015,52715,53015,527
広島藩99,53623,0462,7374,862850,29023,686914,166514,157914,172914,157
弘前藩12,46910,215799726254,533278,742288,842255,131288,842
彦根藩106,6086,4942222,129156,4695,407189177,528173,691189,946172,545
彦根藩御預リ地2449923,43623,959
姫路藩34,0306,4664881,715198,46411,389109222,664222,661223,762222,661
平戸藩2,83859,3606051,47084,234148,507149,143145,825149,143
人吉藩3,36814,93054432234,21919453,57753,57754,15253,577
久居藩51,4021,48713438132,9991,37410137,88338,84237,88338,842
広瀬藩574876116225524,04238226,35526,37026,36426,370
日出藩9461,04420121018,34717720,92520,92520,93620,829
一橋藩5,1541,154311630105,1156,310197118,871
盛岡藩/県117,527189117,716137,825137,825137,825
森藩5720726717012,625201214,24914,21214,24914,244
母里藩324137072597,23024828,2258,2158,2258,205
仙台藩729,40813,0916833,372191,2011,138238,900204,902239,897204,964
膳所藩31,8581,78734071239,4401,24434245,72645,70145,70645,684
関宿藩1,1841,01627845245,27485349,05749,05748,75549,057
須坂藩94314031215410,0322394411,32411,31511,32411,324

結城藩:(総)人員を平民・寺社人口と解釈。(総)人員と男女合計が異なるが、後者を平民人口と解釈。謹慎妻子人員、その他三十八人員はそれぞれ卒人口、その他二人口に加算。明治3年旧暦4月調:士卒950人(内、士族妻子男女合計613人、卒族妻子男女合計256人、謹慎妻子男女合計81人)、(総)人員1万7192人(男女合計1万7019人、内、神主13人、社人3人、山伏6人、僧128人、修験1人、医師10人、座頭4人、道心8人)、その他一278人、その他三十八6人。
湯長谷藩:平民人員を華士卒族除外総人口と解釈。小者は卒人口に加算。華族5人、士族359人、卒80人、小者38人、平民7766人(内、社家38人、修験6人、僧29人)。
水戸藩:(総)人口を平民人口と解釈。藩士人員、兵隊を士族人口、卒人口に加算、その他二人口と男女合計が異なるが、後者を採用。藩士人員6559人、兵隊人員3815人、社人2047人、寺773人、(総)人口25万4877人、その他一655人、その他二710人(男女合計717人)。
三春藩:(総)人口を平民人口と解釈。(総)人口と男女合計が異なるが、後者を採用。士族2724人(内、士族1587人、卒族1137人)、社家458人、寺130人、修験32人、(総)人口3万8619人(男女合計3万3190人)、その他一その他二63人。
宮津藩:(総)人口を平民人口と解釈。士族2298人、卒族1048人、社人188人、空也堂派鉢業ノ者1021人、寺442人(内、僧277人、女58人、尼7人)、(総)人口6万5696人、その他一275人、その他二275人。
水口藩:(総)人口を華族除外総人口と解釈。(総)人口、社家陰陽師合人口と男女合計が異なるが、共に後者を採用。(総)人口2万0356人(男女合計2万0350人、内、士族1391人、卒族150人、社家陰陽師合94人(男女合計98人)、寺男女合計171人(内、僧76人、真宗僧51人、女31人))、その他一410人、その他二63人。
壬生藩:(総)人口を平民人口と解釈。和播二州(総)人口と男女合計が異なるが、男女比不自然により前者を採用。その他一人口と男女合計が異なるが、後者を採用。その他十七人口、その他三十八人口をその他二人口に加算。士族827人、卒族866人、社人121人、僧84人、尼4人、修験25人、野総二州(総)人口1万8213人、和播二州(総)人口5353人(男女合計6353人)、野総二州その他一169人(男女合計170人)、野総二州その他二25人、和播二州その他十七28人、和播二州その他二16人、その他三十八10人。
三日月藩:(総)人口を平民人口と解釈。士族679人、卒族664人、社人55人、寺院庵修験112人(内、僧64人、尼21人、女27人)、(総)人口1万7945人。
峰山藩:(総)人口を華士卒族外総人口と解釈。士族人口と男女合計が異なるが、後者を採用。その他三十九人口とその他四人口、その他八人口をその他一人口、その他二人口に加算。士族250人(男女合計251人)、卒族383人、(総)人口9337人(内、社人33人、寺52人)、その他一255人、その他三十九82人、その他四8人、その他八55人。
三日市藩:(総)人口を平民人口と解釈。寺社人口不詳。士族107人、卒族38人、(総)人口8224人、その他一13人。
宮川藩:(総)人口を平民・寺社人口と解釈。夫卒人口を卒人口に加算。士卒族合計434人(内、士族男女合計312人、卒男女合計82人、夫卒40人)、(総)人口6735人(内、寺男女合計126人(内、僧74人、女50人、尼2人)))、その他一41人、その他二6人。
峰岡藩:(総)人口を『統計集誌』との比較から平民人口と解釈(記載通りだと(総)人員は華士卒族外総人口で、寺社人口とその他一人口を含む)。卒族人口と男女合計が異なるが、『統計集誌』と一致する前者を採用。士族334人、卒族325人(男女合計225人)、神職3人、寺127人(内、僧49人、男42人、女36人)、(総)人口1万1040人(男女合計1万0990人)、その他一48人。

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 藩制一覧表第五(続)〜第六

藩制一覧表第五(続)
府内藩:(総)人員を華族除外総人口と解釈。知事家族3人、(総)人員3万3323人(内、士族1265人、卒族1068人、社家312人、寺院328人、修験35人、その他一317人、その他二72人)。
福知山藩:(総)人口を華族除外総人口と解釈。知事家族4人、(総)人口3万1130人(内、士族845人、卒族609人、社人29人、寺人135人、尼2人、修験33人、その他一1734人、その他二161人)。
福江藩:(総)人口を華族除外総人口と解釈。士族人口と男女合計が異なるが、後者を採用。知事家族7人、(総)人口6万2294人(内、士族1718人(男女合計1719人)、卒族1279人、社人1187人、寺人(僧)99人、修験15人、その他一23人)。
福本藩:(総)人口を華族除外総人口と解釈。知事家族3人、(総)人口7194人(内、士族361人、卒族170人、社人3人、神子2人、僧23人)。明治3年旧暦11月23日(1871年1月13日)、鳥取藩に編入。
吹上藩:(総)人口を華族除外総人口と解釈。その他十人口をその他二人口に加算。知事家族4人、(総)人口6826人(内、士族383人、卒族166人、社家50人、寺道場73人(内、男55人(内、僧20人)、女18人)、その他一186人、その他十9人)。

藩名華族士族神職僧尼平民その他一その他二総人口(A)人口(B)人口(C')人口(D)
郡山藩4,4681,7811692,00391,5492,003453102,426102,420102,42799,970
古河藩1,3492,68241244074,7773,6799383,43283,43283,57883,432
小諸藩6819266025129,3775734231,91031,91031,91831,910
挙母藩4614464010018,40620019,65314,95419,67414,954
小泉藩56802884786,8411,273639,2329,3679,2309,367
菰野藩48091351239,33510,06410,06410,06710,064
小松藩423316256413,92940815,16515,16515,15515,165
天童藩6425354710712,0461613,39313,39312,38913,403
秋田藩728,0498,0598444,786393,143386435,274435,267412,647435,267
明石藩1,8053,22614643370,39476,00476,00476,17376,004
秋月藩1,2123,2329118827,3639653333,08433,08433,58733,084
朝日山藩1,3981,7941,0363,24528,401135,8750026,206
尼崎藩41,7421,3768943745,7592,71520752,32949,40349,61452,325
足守藩4633347619616,31629017,74717,45217,50917,453
赤穂藩135801,0823533532,21148634,74234,64335,55834,643
綾部藩107623233610716,55145014418,38318,51118,42518,516
安中藩570925211212325,10373527,03927,04227,42727,125
麻田藩31314820879,77341510,75610,75610,80610,756
麻生藩40519536338,58015199,2839,3179,0929,283
足利藩4191087016317,64526218,6673,86618,71918,704
安志藩1274354437249,2547010,7209,8129,3869,812
浅尾藩40310020386,1533111527,1777,2467,1827,177
佐嘉藩23,82343,4888504,412354,450427,023425,7620425,762
佐倉藩3,0214,46959516110,70015698119,019119,129119,132119,129
篠山藩2,1581,4665329552,2812,20426958,72658,50758,73458,507
佐土原藩3,7783,1338063718,66626,42026,42026,75526,420
西條藩1,5011,97713737354,40058,38858,39861,03458,388
佐伯藩9371,24716536564,701812767,55067,55067,68767,554
三田藩66724011320,0928021,19221,89121,89821,811
鯖江藩1,3771,2893931127,1511330,18030,16730,27530,167
狭山藩0
佐野藩2473628298711,7771113,00712,99513,01212,995
佐貫藩16401110807816,908972617,71617,65217,63917,732
桜井藩532154245712,8923913,39213,08713,36413,387
岸和田藩82,2122,3935058,7482,10826265,78166,33467,62266,134
菊間藩1,3931,40323947170,30273,80874,06973,62474,069
杵築藩61,9801,37750144147,23669452,23551,53552,24751,535
清末藩9848677991109,199387811,05810,94611,05211,062
清崎藩53591412025921,18525122,22021,93022,10621,930
喜連川藩604381083,54928254,352

郡山藩:(総)人口を華族除外総人口と解釈。その他八人口、その他十七人口をその他二人口に加算。(総)人口10万2426人(内、士族4468人、卒族1781人、社人169人、陰陽師26人、僧897人、僧男308人、尼25人、僧女745人、座頭2人、その他一2003人、その他八228人、その他十七225人)。
古河藩:(総)人口を平民人口と解釈。その他十七人口をその他二人口に加算。士族1349人、卒族2682人、社人412人、僧尼男女440人、(総)人口7万4777人、その他一3679人、その他二77人、その他十七16人。
小諸藩:(総)人口を華族除外総人口と解釈。(総)人口3万1910人(内、士族681人、卒族926人、社人60人、僧108人、修験143人(内、修験54人、男26人、女63人)、その他一573人、その他二42人)。
挙母藩:総人口を華士卒族除外総人口と解釈。士族(但シ医師共)461人、卒族446人、総人口1万8746人(内、社人39人、女巫1人、僧68人、山伏21人、尼11人、その他三十二その他一男女合計200人)。
小泉藩:総人口を華族除外総人口と解釈。華族除外総人口と族籍合計が異なるが、後者を採用。その他十七人口をその他二人口に加算。明治2年旧暦12月調:知事並ニ家族5人、(総)人口9223人(族籍合計9227人:士族680人、卒族288人、社家4人(内、男3人、巫女1人)、修験1人、僧66人、尼11人、平民6841人、その他一1273人、その他二43人、その他十七20人)。
菰野藩:総人口を華族除外総人口と解釈。総人口1万0064人(内、士族480人、卒族91人、社家35人、寺院123人、農工商9335人)。
小松藩:総人口を平民・寺社人口と解釈。士族423人、卒族316人、総人口1万4018人(内、社人男女合計25人、僧45人、山伏男女合計17人、尼2人、社人僧尼山伏等引残男女合計1万3929人)、その他一408人。
天童藩:(総)人員を華族除外総人口と解釈。(総)人員1万3393人(内、士族642人、卒535人、社家47人、僧54人(内、下男2人)、一向宗僧53人(内、男29人(内、下男7人)、女24人(内、下女6人))、平民1万2046人、その他一16人)。
秋田藩:総人口を華族除外総人口と解釈。士族下部人口、鉱山人口をそれぞれ士族人口、平民人口に加算。旧暦4月調:華族7人、総人口43万5267人(内、士族1万5514人、士族下部1万2535人、卒族8059人、社家844人、寺院4786人、鉱山1万2030人、その他一386人)。明治3年旧暦9月調:惣人口41万3493人(内、華族7人、士族2万1202人、卒族6929人、社務人3219人、修験66人(明治3年10月調)、僧1911人、その他一その他三十三944人、この時平民人口は37万9215人(修験人口を加えると37万9281人で『統計集誌』と一致))。
明石藩:総人口を華族除外総人口と解釈。寺院人口と男女合計が異なるが、後者を採用。総人口7万6004人、士族1805人、卒族3226人、社家134人、神子12人、寺院377人(男女合計357人)、修験76人。
秋月藩:(総)人員を華族除外総人口と解釈。夜須郡之内百姓人員と男女合計が異なるが、族籍合計から前者を採用。その他一人口、その他二人口は百姓人口に含まれ、その分を平民人口より減算。(総)人員3万3084人(内、士族1212人、卒3232人、神職91人、寺(含修験者)188人(内、男(僧徒)116人、女1502人)、市中2318人、百姓合計2万6043人(内、夜須郡之内百姓1万3394人(男女合計1万3358人)、下座郡之内百姓3916人、嘉麻郡之内百姓8733人、その他一965人、その他二33人))。
朝日山藩:(総)人員を士卒族・平民・寺社人口と解釈。(総)人員3万5874人(内、士卒族合3192人(内、士族1398人、卒1794人)、羽前国村山郡之内社寺4175人(内、神社合計1004人(内、神職29人、男480人、女473人、僕14人)、大神楽師男女合計32人、寺院合計3147人(内、僧侶246人、男1369人、女1498人、僕34人))、近江国坂田浅井二郡之内神社寺院106人(内、神社合計8人(内、神職2人、女2人、僕3人、婢1人)、寺院合計98人(内、僧侶41人、女41人、僕10人、婢6人))、平民2万8401人)、その他二1人。
尼崎藩:(総)人員を士卒族・平民・寺社人口と解釈。華族4人、(総)人員4万9403人(内、士族1742人、卒1376人、社家(但宮守共)89人、寺院437人、平民4万5759人)、その他一2715人、その他二207人。
足守藩:(総)人員を士卒族・平民・寺社人口と解釈。「右人口前ニ出」を、社人人員と修験人員が平民人員に含まれていることと解釈し、その分を平民人口より減算(それにより(総)人員と族籍合計が一致する。)。知事家族4人、(総)人員1万7453人(内、士卒族合980人(内、士族633人、卒347人)、社人61人、僧73人、修験16人、尼2人、浄土真宗一ヶ寺男女合計5人(内、僧3人、女2人)、平民合1万6393人(内、備中国賀陽郡村々平民1万2139人、岩代国信夫郡村々平民4254人))、その他一290人。
赤穂藩:惣計を華士卒族除外総人口と解釈(記載通りだと惣計は華族除外総人口で、士卒族人口を含む)。士卒族合人員と士族人員、卒人員、下卒人員の合計が異なるが、後者を採用。下卒人員は卒人口に加算。知事初家族13人、士卒族合1657人(族籍合計1662人:士族580人、卒433人、下卒649人)、惣計3万3067人(内、社家35人、修験11人、寺院324人、平民3万2211人、その他一486人)。
綾部藩:(総)人員を華族除外総人口と解釈。知事家族10人、(総)人員1万8373人(内、士族762人、卒323人、何鹿郡九ヶ村平民男女合計8914人(内、社人15人、一ヶ寺一向宗男女合計5人、僧56人、尼9人)、天田郡拾八ヶ村平民男女合計7311人(内、社人16人、僧23人、尼6人)、船井郡四ヶ村平民男女合計469人(内、社人5人、僧8人)、その他一450人、その他二144人)。
安中藩:(総)人員を華族除外総人口と解釈。寺院人員と族籍合計が異なるが、(総)人員と族籍合計が一致することから前者を採用。知事家族5人、(総)人員2万7034人(内、士卒族合961人(内、士族709人、卒252人)、社人112人、寺院123人(合計122人:僧55人、山伏17人、男16人、女34人)、平民2万5103人、その他一その他二735人)。
麻田藩:(総)人員を士卒族・平民・寺社人口と解釈。(総)人員1万0341人(内、士族313人、卒148人、神職20人、寺院85人(僧54人、女17人、俗男3人、尼11人)、修験2人、平民9773人)、その他一415人。
麻生藩:(総)人口を卒族除外総人口、原本朱書の(総)人口を士卒族・平民・寺社人口と解釈。明治3年旧暦9月調:(総)人口9092人(原本朱書9249人、族籍合計9088人:士族405人、社務36人、僧29人、修験3人、盲1人、その他一15人、その他ニ19人)、卒族195人。
足利藩:(総)人口を平民・寺社人口と解釈。(総)人口と男女合計、その他一人口と男女合計が異なるが、『統計集誌』と一致する前者を採用。士族419人、卒族108人、(総)人口1万7878人(男女合計1万7799人、内、神主70人、僧79人、庵男女合計84人(内、僧56人、庵守1人、侍2人、下男25人))、その他一人口262人(男女合計270人)。
安志藩:(総)人員を他統計との比較から華士卒族族除外総人口と解釈(記載通りだと(総)人員は士卒族人員を含む)。(総)人員と族籍合計、その他一人員と男女合計が異なるが、後者を採用。卒以下人員を卒人口に加算。知事大参事1人、士族274人、卒252人、卒以下102人、(総)人員1万0037人(族籍合計1万0038人または1万0091人:社人43人、藩祈祷所男女合計642人(内、僧7人、男327人、女308人)、寺僧女82人、平民9254人、その他一17人(男女合計70人))。
浅尾藩:(総)人口を『統計集誌』との比較から華士卒族除外総人口と解釈(記載通りだと(総)人口は士卒族人員を含む)。その他一人口と男女合計が異なるが、『統計集誌』と一致する前者を採用。その他六人口をその他二人口に加算。明治2年調:士族403人、卒族100人、(総)人口6674人(内、社家20人、寺男女合計38人(内、僧36人、尼2人)、その他一311人(男女合計211人)、その他六152人)。

[79221] 2011 年 8 月 22 日 (月) 03:30:18【1】 YT さん
 藩制一覧表第四(続)〜第五(続)

(藩制一覧表第四(続))
延岡藩:(総)人員を華族除外総人口と解釈。その他一人口と男女合計が異なるが、後者を採用。江平町その他二十四人口をその他一人口に加算。華族4人、(総)人員12万4966人(内、士族2120人、卒族4022人、社家1082人、寺院413人、修験411人、盲僧40人(内、盲僧14人、俗男10人、女16人)、平民11万6189人、その他一350人(男女合計250人)、その他二323人。江平町その他二十四16人)。
野村藩:(総)人員を華族除外総人口(三河国渥美郡泉福寺・旧幕府朱印地山田村分を除く)と解釈。夫卒人口と士族召仕人口を卒人口に加算。(総)人員8431人(内、士族275人、卒族124人、夫卒45人、士族召仕28人、社家49人、寺院93人(内、男63人(内、堂守1人)、尼2人、女28人)、平民7767人、その他一29人、その他二21人)、三河国渥美郡泉福寺・旧幕府朱印地山田村分207人(内、僧4人、平民203人)。


(藩制一覧表第五(続))
熊本藩:(総)人口を華族除外総人口と解釈。両末家士族卒族人口、従前陪臣人口、その他二十五人口をそれぞれ士族人口、卒人口、その他二人口に加算。知事家族10人、(総)人口71万9990人(内、士族男女合計1万6050人、卒族男女合計7万1733人、両末家士族卒族(両末家士卒)男女合計1万5867人、従前陪臣男女合計1万5867人、社人(社家)男女合計1785人、僧侶(僧家)男女合計5416人、盲人685人、瞽女1208人、農(農家)男女合計55万7430人、商(商家)男女合計3万6891人、その他一男女合計7073人、その他二十五男女合計3183人)。
久留米藩:(総)人口を華族除外総人口、原書欄外の(総)人口を平民人口と解釈。知事家族8人、(総)人口26万4577人(内、士族5030人、卒族1万1641人、社人1416人、寺人1912人、原書欄外(総)人口24万2086人、その他一2223人、その他二269人)。
桑名藩:(総)人口を華族除外総人口と解釈。その他十人口をその他二人口に加算。士卒族人口内訳不詳。知事家族4人、(総)人口6万4848人(内、士卒族7086人、 社人113人、寺人728人(内、男僧362人、男50人、尼僧11人、女305人)、修験58人、堂住30人(内、男僧10人、尼僧20人)、その他一429人、その他十204人)。
郡上藩:(総)人口を士卒族・平民・寺社人口と解釈。(総)人口と男女合計が異なるが、後者を平民人口と解釈。謹慎御免ノ者人口を卒人口に加算。知事家族4人、(総)人口5万5668人(男女合計5万1502人、内、士族977人、卒1265人、謹慎御免ノ者29人、社人1088人、寺人807人(内、僧161人、修験2人))、その他一6人、その他二72人。
久留米藩:合人口を華族除外総人口と解釈。合人口と男女合計が異なるが、後者を採用。社家人口と男女合計が異なるが、社家女人の記載漏れと判断し前者を採用。知事家族3人、合人口2万2580人(男女合計2万2680人、内、士族1189人(内、男595人、女594人、男ノ内、職員128人、兵士130人、老少333人)、卒143人、社家92人(男女合計90人)、寺院298人(内、僧141人、男81人、女76人)、平民2万0766人、その他一77人、その他二115人)。
黒石藩:(総)人口を華族除外総人口と解釈。仲間小者人口を平民人口に加算。(総)人口1万5932人(内、士族1094人、卒747人、社人39人、僧侶修検及ヒ其家人119人、仲間小者26人)。
黒羽藩:(総)人口を華族除外総人口と解釈。(総)人口1万9493人(内、士族837人、卒1100人、社人88人、寺人37人(内、僧34人、女3人))。
櫛羅藩:(総)人員を平民人口と解釈。その他十七人員をその他二人口に加算。知事家族4人、士族406人、卒114人、社家30人、仏閣42人、(総)人員2273人、その他一1582人、その他十七99人。
黒川藩:(総)人員を華族除外総人口と解釈。(総)人員9757人(内、士族293人、卒93人、社人18人、仏閣男25人、修験38人、夷太夫1人、その他一1人)。
山口藩:(総)人口を華族除外総人口と解釈。寺人人口と男女合計が異なるが、後者を採用。陪臣人口を平民人口に、その他二十六人口とその他四人口をその他一人口に加算。平民人口不詳。(総)人口6万6463人(内、士族1万1589人、卒族1万0362人、社人2263人、寺人5108人(男女合計5155人:男4075人(内、僧3096人、その他二十六26人、道心者25人)、女1080人(内、尼僧125人))、盲僧652人(内、男367人(内、盲僧256人)、女285人)、山伏285人(内、男166人(内、山伏116人)、女119人)、陪臣2万5487人、その他四29人、その他一1万0380人、その他二261人)。
柳河藩:(総)人口を華族除外総人口と解釈。浪士人口と男女合計が異なるが、『統計集誌』と一致する前者を採用。徒士人口と浪士人口、軽卒人口をそれぞれ士族人口、卒人口に加算。知事家族17人、(総)人口12万7323人(内、士族4979人、徒士179人、浪士1942人(男女合計1936人)、軽卒7615人、社人530人、僧侶1481人、修験4人、その他一937人、その他二169人)。
柳本藩:(総)人口を華族除外総人口と解釈。(総)人口と男女合計が異なるが、男女合計を華士卒族除外総人口と解釈。知事家族4人、(総)人口6814人(男女合計6221人、内、士族396人、卒族197人、社務5人、寺庵18人(僧14人、尼4人)、巫2人、その他一137人、その他二108人)。
山崎藩:(総)人口を華族除外総人口と解釈。(総)人口1万0232人(内、士族420人、卒族470人、社人27人、寺庵71人(内、僧56人、一向宗六ヶ村ノ女15人)、修験10人)。
柳生藩:(総)人口を華族除外総人口と解釈。(総)人口と男女合計が異なるが、他統計との比較から前者を採用。知事家族2人、(総)人口6858人(男女合計6104人、内、士族413人、卒族188人、寺庵(僧)21人)。
矢島藩:(総)人口を華族除外総人口と解釈。その他二十七人口と男女合計が異なるが、後者を採用。その他十八人口をその他二人口に加算。(総)人口1万5280人(内、士族447人、卒族324人、社人248人、寺院40人(内、僧36人、女4人)、その他一14人、その他二十七6人(男女合計8人))。
山上藩:(総)人員を華族除外総人口と解釈。(総)人員9769人(内、士族276人、卒78人、社人6人、僧48人、尼8人、その他一524人(内、男278人、僧1人、女245人))。
山家藩:卒族人員と男女合計が異なるが、『統計集誌』と一致する後者を採用。平民人口不詳。知事家族7人、士族343人、卒族131人、社人1人、寺人47人。
茂木藩(谷田部藩):(総)人員を華族除外総人口と解釈。(総)人員1万3425人、士族448人、卒族232人、社家64人、修験40人、寺庵寮85人(内、僧65人、道心8人、男5人、女7人)。
谷地藩:士卒人員以外不詳。士卒150人。元治元年(1864年)の西村山郡谷地の加増地に設置された大泉藩(荘内藩)の支藩で、明治政府に認知されず、藩名録に記載されていない。
松江藩:(総)人口を華族除外総人口と解釈。士族召使人口、卒族召使人口、社人召使人口、寺人召使人口、その他二十八人口をそれぞれ士族人口、卒人口、神職人口、僧尼人口、その他一人口に加算。(総)人口29万5521人(内、士族9924人(内、男5062人(内、召使2013人)、女4862(内、召使1681人))、卒族9693人(内、男5344人(内、召使36人)、女4349人(内、召使500人))、社人3410人(内、男1710人(内、召使250人)、女1700人(内、召使230人))、寺人1986人(内、男1450人(内、召使245人)、女536人(内、召使101人))、その他二十八4395人、その他二292人)。
松山藩:(総)人口を華族除外総人口と解釈。准士徒士族人口は士族人口に、その他二十九人口をその他一人口に加算。知事家族4人、(総)人口21万1882人(内、士族4645人、准士徒士族4079、卒族5580人、社人1278人、寺人1124人(内、男1088人(内、その他二十九8人)、女36人)、その他一9302人、その他二341人)。
松代藩:(総)人員を華族除外総人口と解釈。士族人員と男女合計、社家人員と男女合計が異なるが、共に『統計集誌』と一致する前者を採用。社家人員535人と男女合計529人が異なるが、ここでは『統計集誌』との比較から前者を採用。浪人人員と男女合計、家中長屋借宅之庶民人員と男女合計が異なるが、何れも平民人口に加算。准士族人口、その他三十人口を、それぞれ士族人口、その他二人口に加算。知事家族6人、(総)人員14万8669人(内、士族2145人(男女合計2045人)、准士族1320人、卒族6778人、神子2人、社家535人(男女合計529人)、寺762人、修験827人、仏者179人(内、男(道心)92人、女(尼)87人)、医師187人、浪人446人(男女合計246人)、家中長屋借宅之庶民人員797人(男女合計802人)、その他一1853人、その他二129人、その他三十43人)。
松代藩預所(松代藩御預り地):(総)人員を華族除外総人口と解釈。(総)人員1万7895人(内、社家23人、寺226人、修験64人、仏者23人(内、男(道心)14人、女(尼)9人)、医師72人、その他一468人)。明治3年旧暦9月17日(1870年10月11日)、中野県に編入。
前橋藩:(総)人口を華士族除外総人口と解釈。明治2年旧暦10月調:士族4656人、(総)人口17万4239人(内、卒族5506人、社家修験808人、寺711人、その他一10人)。
松本藩:(総)人口を華族除外総人口と解釈。軽卒人口を卒人口に加算。その他一人口、その他二人口と男女合計が異なるが、共に後者を採用。知事家族10人、(総)人口12万2472人(内、士族2309人、卒族3449人、軽卒491人、社家359人、寺庵413人、その他一140人(男女合計139人)、その他二412人(男女合計42人))。
丸亀藩:(総)人員を華族除外総人口と解釈。知事家族3人、(総)人員13万5101人(内、士族1517人、卒族5719人、社家103人、寺院之者718人(内、僧568人、寺院150人)、その他一2697人)。明治4年旧暦4月10日(1871年5月28日)、丸亀県を設置。
舞鶴藩:(総)人員を華族除外総人口と解釈。芦田与右衛門(新開発地主藩士同様ノ者)家族人員を平民人口に加算。(総)人員4万9111人(内、士族1710人、卒族670人、社家10人、寺院山伏380人(内、僧241人、家族下人男73人、女66人)、その他一その他六その他二852人)、芦田与右衛門(新開発地主藩士同様ノ者)家族80人。
丸岡藩:(総)人口を華族除外総人口と解釈。知事家族8人、(総)人口2万2900人(内、士族962人、卒族1454人、神職21人、寺人241人(内、僧145人、女96人(内、尼16人))、修験8人、その他一18人、その他二831人)。
松尾藩:(総)人口を華族除外総人口と解釈。(総)人口と男女合計ご異なるが、後者を採用。その他十人口をその他二人口に加算。(総)人口4万7724人(男女合計4万7714人、士族1644人、卒象953人、僧家216人(内、男213人(内、僧191人)、女3人)、修験10人、その他一12人、その他十201人)。
真島藩:(総)人口を華族除外総人口と解釈。士族准士族人口は士族人口に加算。(総)人口2万6240人(内、士族准士族791人、卒族478人、社家190人、寺院75人、修験22人)。
松嶺藩:士卒族人口以外不詳。士族339人、卒族735人。
松川(守山)藩:(総)人口を華族除外総人口と解釈。その他十人口をその他二人口に加算。(総)人口1万7673人(内、士族809人、卒族373人、社人133人、寺院42人、修験36人、その他十60人)。
鞠山(敦賀)藩藩:(総)人口を華族除外総人口と解釈。替地ノ分人口と男女合計が異なる。(総)人口7584人(内替地ノ分1052人(男女合計1034人)、内、士族149人、卒族168人、社人7人、寺院89人、替地ノ分僧9人)。明治3年旧暦9月17日(1870年10月11日)、小浜藩に編入。
松岡藩:(総)人口を華族除外総人口と解釈。(総)人口1万2805人(内、士族507人、卒族365人、社家139人(内、男70人(内、下男1人)、女67人(内、下女1人))、寺39人(内、僧30人、下男9人)、その他一65人)。
福岡藩:(総)人員を華族除外総人口と解釈。その他三十一人員をその他一人口に合計。(総)人員36万6330人(内、士族6769人、卒族2万6005人、神職4052人、僧徒1999人、その他三十一2万1485人)。
福井藩:(総)人員を華族除外総人口と解釈。知事家族6人、(総)人員28万4935人(内、士族4819人、卒7326人、社家154人、寺院2644人、山伏158人、道場285人、庵(尼僧)72人、その他一191人、その他二467人)。
福山藩:(総)人員を華族除外総人口と解釈。(総)人員と男女合計が一致しないが、『統計集誌』と一致する前者を採用。寺院門前宗門附之者人員、その他四人員をそれぞれ平民人口、その他一人口に加算。知事5人、(総)人員18万5858人(男女合計18万4857、士族4423人、卒族4818人、社家506人、寺院並庵1173人(内、男(僧)694人、女479人(内、尼4人))、寺院門前宗門附之者778人、その他一3849人、その他四819人、その他二588人)。

[79220] 2011 年 8 月 22 日 (月) 03:27:39【1】 YT さん
 藩制一覧表第四〜第五

津藩:(総)人口を華族除外総人口と解釈。その他一人口と男女合計が異なるが、後者を採用。郷士族人口、御陵守人口をそれぞれ士族人口、卒人口に加算。明治3年旧暦11月13日(1871年1月3日)調:(総)人口24万7682人(内、士族7917人、郷士族6889人、卒族1956人、御陵守28人、社務人698人、僧1336人、尼52人、その他一9098人(男女合計8624人)、その他二1564人)。
津山藩:(総)人口を平民人口と解釈。士族人口、卒族人口と男女合計異なるが、共に後者を採用。寺長屋人口を平民人口に加算。明治2年旧暦11月調:士族1666人(男女合計1636人)、卒族640人(男女合計708人)、社家84人、\寺庵284人(内、僧202人、下男82人)、寺長屋168人、(総)人口8111人、その他一その他二4535人。明治4年旧暦6月25日(1871年6月25日)、浜田県に編入。
津和野藩:(総)人口を士卒族・平民・寺社人口と解釈。旧暦正月調:(総)人口6万8679人(内、士族967人、卒族3292人、社家395人、寺院480人)、その他一584人。明治4年旧暦6月25日(1871年8月11日)、浜田県に編入。
土浦藩:(総)人口を平民人口と解釈。その他一その他二人口と男女合計が異なるが、『統計集誌』と一致する前者を採用。明治2年旧暦11月調:士族2796人、卒族1186人、寺院383人、(総)人口7万2277人、その他一その他二1180人(男女合計1177人)。
鶴舞藩:(総)人口を華族除外総人口と解釈。社領人口、寺領人口、長吏人口を平民人口に加算。(総)人口6万3858人、士族1188人、卒族2136人、社人189人、社領10人、寺448人、寺領930人、長吏94人、その他一146人、その他二218人。
鶴牧藩:(総)人口を華族除外総人口と解釈。(総)人口と男女合計が異なるが、後者を採用。(総)人口2万0586人(男女合計2万0627人、内、士族561人、卒族341人、社人61人、神尾5人、寺65人、修験3人、陰陽師2人、坐頭2人)。
名古屋藩:平民人員を華士卒族除外総人口と解釈。平民人員と族籍合計が異なるが、その差を平民人員に加算。士卒4万9340人(内、士族1万5644人、卒3万3696人)、平民84万0895人(族籍合計83万9203人、社家4793人、僧5663人、尼86人、僧女1920人、修験1183人、堂731人(内、僧98人、尼633人)、陰陽師373人、農72万4569人、商9万1285人、その他一2599人(男女合計2569人)、その他二6001人)。
中津藩:(総)人員を華族除外総人口と解釈。士卒雑人共人員内訳不詳。(総)人員9万8542人(内、士卒雑人共7133人、社家956人、寺院905人)。
中村藩:(総)人員を総人口と解釈。(総)人員と族籍合計が異なるが、その差を平民人口に加算。社務人員と修験人員が男女内訳共に一致しており、誤記の疑いあり。(総)人員6万3893人(族籍合計6万3629人、内、華族8人、士族1万3453人、卒3426人、社務467人、修験467人、僧311人、農4万3355人、工595人、商1374人、その他一56人、その他二117人)。
長尾藩:(総)人員を平民人口と解釈。兵卒人員を卒人口に、猿牽人員を寺社人口に、長吏人員、寺領百姓人員を平民人口にそれぞれ加算。士族310人、士族家族男女合計889人、卒族268人、卒族家族男女合計543人、兵卒153人、兵卒家族162人、社家398人、猿牽14人、寺320人、(総)人員7万0850人、長吏47人、寺領百姓1482人。
長岡藩:町方人員と男女合計が異なるが、後者を採用。華族8人、士族3173人、卒5052人、社家41人、僧男女合計405人、(内、僧223人、家族下人男13人、女169人)、在方1万8460人、町方8242人(男女合計8240人が)、その他一15人。明治3年旧暦10月22日(1870年11月15日)、柏崎県に編入。
長島藩:軽卒人員を卒人口に、伊勢国支配地之内人員、上総国支配地之内人員、寺領之戸数人員を平民人口に、その他八人員をその他二人口にそれぞれ加算。士族652人、卒502人、軽卒53人、社家男女合計3人、寺院142人(内、僧82人、女60人)、草庵15人(内、僧4人、尼11人)、修験男女合計4人、上総国支配地僧侶58人、伊勢国支配地之内人員8070人、伊勢国支配地農民7794人、伊勢国支配地商民276人、上総国支配地之内人員5604人、寺領之戸数人員494人、その他一133人、その他八34人。
成羽藩:(総)人口を華士卒族除外総人口と解釈。(総)人口と族籍合計が異なるが、その差を僧尼人口に加算。士族389人、卒族373人、(総)人口1万6619人(族籍合計1万6612:社家129人、寺32人、平民1万6158人、その他一293人)。
苗木藩:(総)人口を平民人口と解釈。士族608人、卒族333人、社家96人、僧員44人、(総)人口2万3748人、その他一その他二171人(内、その他一18人、その他二153人)。
七日市藩:(総)人口を平民人口と解釈。華士卒族人口不詳。神職5人、僧19人、道心1人、山伏2人、(総)人口6472人
村上藩:(総)人員を華族除外総人口と解釈。その他一その他十五その他二人員をその他一人口に加算。(総)人員8万0034人(内、士族1838人、卒1770人、社家98人、寺565人(内、僧362人、男5人、女198人)、道場26人(内、僧12人、男2人、女12人)、修験126人、百姓7万4769人、その他一その他十五その他二842人)。
村松藩:惣計を華族除外総人口、(士卒族百姓社人僧山伏庵)合人員を士卒族・平民・寺社人口と解釈。惣計3万7184人(内、(士卒族百姓社人僧山伏庵)合人員3万6980人(内、士族1785人、卒2102人、社人110人(内、社人33人、俗男21人、女56人)、僧218人(内、僧174人、俗男2人、女42人)、山伏152人(山伏56人、俗男23人、女73人)、庵4人(内、行人2人、尼2人)、百姓3万2609人)、その他一196人、その他二8人)。
村岡藩(邨岡藩):人員惣計を華族除外総人口と解釈。人員惣計と族籍合計が異なるが、後者を採用。その他二十一人員をその他二人口に加算。人員惣計1万5670人(族籍合計1万5668人:士族304人、卒247人、神主5人、巫女8人、僧18人、一向宗家族6人、百姓1万4844人、その他一188人、その他二十一48人)。
六浦藩:(総)人員を華族除外総人口と解釈。華族3人、(総)人員1万2848人(内、士族324人、卒46人、社人105人、僧65人、修験43人、平民1万1899人、その他一347人、その他二19人)。
宇和島藩:(総)人員を華族除外総人口と解釈。(総)人員16万9512人(内、士族男女合計2646人、卒族男女合計4026人、社家男女合計811人(内、社人398人、神子10人、女403人)、寺院男女合計461人(内、僧444人、寺院女17人)、山伏男女合計880人(内、山伏454人、女426人)、農民15万1806人、町人4320人、その他一男女合計4402人、その他二男女合計160人)。
臼杵藩:(総)人員を士卒族・平民・寺社人口と解釈。華族2人、(総)人員7万7827人(内、士族3741人、卒族3129人、社家265人、寺院575人(内、僧410人(内、尼3人)、家内俗男36人、寺院女129人)、修験176人、平民6万9941人、その他一259人、その他二183人)。
上田藩:(総)人員を華族除外総人口と解釈。士族人口と男女合計が異なるが、『統計集誌』と一致する前者を採用(士族女1007人を1070人と誤記か)。(総)人員と族籍合計が異なるが、他統計と一致する後者を採用(兵隊327人の二重加算か)。(総)人員6万2572人(族籍合計6万2240人:士族1886人(男女合計1949人)、卒族1744人、社家236人、寺院208人(内、僧197人、女11人)、修験151人、平民5万7108人、その他一894人、その他二13人)。
宇都宮藩:(総)人員を士卒族・平民・寺社人口と解釈。社家と男女合計が異なるが、族籍合計から前者を採用。門前戸籍を平民人口に、その他二十二人口、その他二十三人口をその他二人口にそれぞれ加算。(総)人員5万9908人(内、士族2913人、知事実家ヨリ引取候分士族143人、卒族1081人、知事実家ヨリ引取候分卒族125人、神子2人、社家474人(男女合計499人)、山伏59人、盲人8人、座頭7人、猿牽1人、沙弥4人、寺院198人(内、僧183人、尼2人、道心3人、下男10人)、舞大夫1人、平民5万3309人、門前戸籍1583人)、その他一332人、その他二40人、その他二十二38人、その他二十三9人。
牛久藩:(総)人員を士卒族・平民・寺社人口と解釈。士卒内訳不詳。(総)人員8604人(内、士卒434人、社家34人、寺院44人(内、僧33人、俗1人、女10人)、庵20人(内、僧17人、尼3人)、平民8072人、その他一28人、その他二男女合計42人)。
宇土藩:徒士人口を士族人口に、兵卒人口と郷兵人口を卒人口にそれぞれ加算。士卒族除外総人口不詳。士卒合724人(内、士159人、徒士231人、兵卒159人、郷兵175人)。明治3年旧暦5月、熊本藩に編入。

藩名華族士族神職僧尼平民その他一その他二総人口(A)人口(B)人口(C')人口(D)
熊本藩1019,40487,6001,7856,624594,3217,0733,183720,000719,990730,528719,990
久留米藩85,03011,6411,4161,912242,0862,223269264,585262,085241,495262,085
桑名藩47,08611381656,20042920464,85264,86665,78364,868
郡上藩49771,2941,08880751,50267255,75057,56354,85057,641
久留里藩31,1891439229820,7667711522,68323,03222,90023,098
黒石藩1,0947473911913,93315,93215,93215,94915,932
黒羽藩8371,100883717,43119,49319,49319,53219,493
櫛羅藩440611430422,2731,582994,5505,1405,3845,140
黒川藩2939318649,28819,7579,7559,1799,757
山口藩11,58910,3622,2636,06625,48710,43526166,463552,671565,368608,475
柳河藩177,1007,6155301,485109,487169937127,340120,180127,323119,708
柳本藩43961977185,9511371086,8186,4796,7286,479
山崎藩42047027819,23410,23210,24710,41010,247
柳生藩2413188216,2366,8607,0186,5876,844
矢島藩4473242484014,19914815,28014,59015,28515,280
山上藩276786568,8295249,7699,81310,2469,813
山家藩734313214753011,66111,67011,661
谷田部藩4482326412512,55613,42513,48013,17013,480
谷地藩150150
松江藩9,9249,6933,4101,986265,8214,395292295,521291,694295,823296,750
松山藩48,7245,5801,2781,116185,5339,310341211,886211,882211,881211,882
松代藩63,4656,7785371,955133,9091,853172148,675148,589148,642148,589
松代藩御預り地2338517,01946817,895
前橋藩4,6565,506808711167,20410178,895176,149178,302176,149
松本藩102,3093,940359413115,27013942122,482127,739123,153127,739
丸亀藩/県31,5175,719103718124,3472,697135,104135,096134,284135,102
舞鶴藩1,7106701038045,56985249,19148,97848,89349,117
丸岡藩89621,4542124920,113188322,90822,79121,70222,791
松尾藩1,64495322644,6781220147,71447,58447,03447,584
真島藩7914781909724,68426,24026,79625,97527,159
松嶺藩3397351,07423,10023,15923,100
松川藩 (元守山)8093731337816,2206017,67316,89617,40417,631
鞠山藩 (元敦賀)1491687947,1667,584
松岡藩5073651393911,6906512,80511,84812,32912,319
福岡藩6,76926,0054,0521,999306,00021,485366,310366,924367,478388,409
福井藩64,8197,3261543,159268,819191467284,941279,529284,542202,511
福山藩54,4234,8185061,173169,6824,668588185,863180,534185,863187,300
府内藩31,2651,06831236329,9263177233,32633,22433,32633,224
福知山藩48456092917027,5821,73416131,13429,30431,13631,037
福江藩71,7191,2791,18711457,9722362,30162,05645,74762,275
福本藩33611705236,6357,197
吹上藩438316650735,95918696,8306,8346,9146,834

[79219] 2011 年 8 月 22 日 (月) 03:25:22【2】 YT さん
 藩制一覧表第三〜第四

刈谷藩(刈屋)藩:(総)人口を平民人口と解釈。藩士男女合計901人(内、藩士289人、藩士家族612人)、藩卒男女合計313人(内、藩卒129人、藩卒家族184人)、社人10人、僧171人、(総)人口2万6257人、その他一88人、その他二49人。
勝山藩:(総)人口を平民人口と解釈。卒族人口と男女合計が異なるが、『統計集誌』と一致する前者を採用。士族765人、卒族519人(男女合計619人)、社家18人、寺院141人、(総)人口1万7169人。
神戸藩:総人口を平民人口と解釈。軽卒人口と仕丁人口を卒人口に加算。その他八人口はその他二人口に加算。士卒755人(内、士族427人、卒族171人、軽卒116人、仕丁41人)、社家23人、寺院119人(内、僧75人、男5人、女39人)、総人口9683人、その他二27人、その他八41人。
加知山藩:総人口を平民人口と解釈。士族417人、卒族25人、社家83人、寺138人、比丘尼4人、山伏9人、総人口1万6192人、その他一その他二49人。
米沢藩:(総)人員を華族除外総人口と解釈。その他十六人員はその他一その他二人員と同等と解釈。(総)人員12万7277人(内、士族1万5801人、卒族2万2438人、社家118人、寺院983人、修験710人、座頭22人、その他一その他二665人(その他十六665人))。
淀藩:人口不詳。
吉田藩:(総)人員を士卒族・平民・寺社人口と解釈。(総)人員から士卒族・寺社人口を減じて求まる平民人口と農人員、商人員の合計が異なるが、その差を平民人口の記載漏れと解釈。(総)人員5万9867人(族籍合計5万3241人:士族1171人、卒族1718人、社人279人、僧尼98人(内、僧95人、尼3人)、修験348人、農4万7916人、商1711人)、その他一649人、その他二23人。
与板藩:(総)人員を平民人口と解釈。藩士卒人員の内訳不詳。藩士卒1203人、社家60人(内、祝官12人、男17人、女31人)、寺院235人(内、僧106人、女97人、男32人)、(総)人員2万1032人、その他一29人。
吉見藩:士卒族人員以外不詳。外ニ四人士族卒族之内人員を卒人口に加算。士族男女合計274人、卒族男女合計94人、外ニ四人士族卒族之内4人。
吉井藩:(総)人員を士卒族人口と解釈。士卒族人員以外不詳。(総)人員111人(内、士族81人、卒30人)。明治2年旧暦12月26日(1870年1月27日)、岩鼻県に編入。
高松藩:(総)人員を華族除外総人口と解釈。(総)人員と族籍合計が異なるが、その差を僧尼人口欠落分と解釈。地士人員、士著之帯刀人人員をそれぞれ士族人口、卒人口に加算(なお、高松藩地士は壬申戸籍では讃岐国のみの固有族籍として集計)。(総)人員30万5191人(族籍合計30万4714人:士族1万0122人(内、男5133人(内、地士1863人)、女4989人(内、地士1700人))、卒族1万7851人(内、男9348人(内、士著之帯刀人1363人)、女8503人(内、士著之帯刀之分1315人))、社家1016人(内、男530人(内、猪熊雅夫家来28人)、女486人(内、猪熊雅夫家来之分35人))、僧1711人(内、男1228人(内、法然寺家来44人)、女483人(内、法然寺家来之分23人))、尼4人、平民26万8238人、その他一4293人(内、男2107人(内、僧10人)、女2186人(内僧之分12人))、その他二1469人)。
高田藩:(総)人員を華族除外総人口と解釈。(総)人員と族籍合計が異なるが、その差を僧尼人口欠落分と解釈。僧人員と男女合計が異なる。(総)人員16万8776人(族籍合計16万8675人:士族4032人、卒族4439人、社家509人、僧2292人(男女合計2291人)、平民15万5569人、その他一1688人、その他二146人)。
高崎藩:(総)人員を華族除外総人口と解釈。その他十五人員をその他二人口に加算。明治3年旧暦9月2日(1870年9年26日)調:(総)人員9万7550人(内、士族2815人、卒族1251人、社家222人、神子1人、寺院460人、僧尼俗男女202人(内、僧64人、尼1人、男129人、女8人)、修験9人、座頭65人、瞽女41人、医師28人、検校1人、山伏28人、盲人4人、尼4人、平民9万1066人(内、紀州出稼男女合計155人)、その他一1287人、その他十五66人)。
館林藩:(総)人員を華族除外総人口と解釈。その他十七人員をその他二人口に加算。明治4年旧暦正月調:(総)人員7万5057人(内、士族1525人、卒族2980人、社家143人、修験94人(内、俗10人)、寺院654人(内、僧327人、女202人、俗125人)、尼4人、平民6万7589人、その他一1845人、その他十七89人、その他二134人)。
大聖寺藩:(総)人員を華族除外総人口と解釈。卒族と男女合計が異なるが、『統計集誌』と一致する前者を採用。明治3年調:華族4人、(総)人員4万8736人(内、士族2037人、卒族2184人(男女合計2180人)、社家宮守76人、寺院316人、山伏19人、平民4万4059人、その他一34人)。
館藩:(総)人員を華族除外総人口と解釈。明治3年旧暦5月調:(総)人員7万9792人(内、士族5703人、卒族3559人、社家122人、僧修験459人、平民6万9949人)。
高鍋藩:(総)人員を華族除外総人口と解釈。修験山伏と男女合計が異なる。(総)人員4万3344人(内、士族2097人、卒族7420人、社家698人、寺院139人、修験山伏236人(男女合計136人)、平民3万2510人、その他一その他二244人)。
高槻藩:(総)人員と町屋人員の合計を平民人口と解釈。十八人員をその他二人口に加算。寺社人口不詳。その他士卒2328人(内、士1445人、卒883人)、(総)人員2万1558人、町家1659人、その他一その他二人678人、その他十八234人。
龍野藩:(総)人員を平民人口と解釈。寺社人口不詳。士族2796人、卒540人、(総)人員4万7248人、
田辺藩:惣人口を華族除外総人口と解釈。小者人員、その他十九人員をそれぞれ卒人口、その他一人口に加算。惣人員5万5076人(内、藩士卒3013人(内、士族男女合計1440人、卒族1161人、小者412)、社家58人、寺院302人、農工商4万8830人、その他一その他十九2873人)。
高島藩:(総)人員を平民人口と解釈。(総)人員と男女合計が異なるが、その差を『統計集誌』と一致する寺社人口の記載漏れと解釈。士族1933人、卒3070人(小者迄)、(総)人員5万9926人(男女合計6万0500人)。
高遠藩:寺社人口不詳。士族1250人、卒1249人、平民4万5096人、その他一244人、その他二44人。
鶴田藩:(総)人員を平民人口と解釈。士族人員と男女合計が異なるが、『統計集誌』と一致する前者を採用。寺社人口不詳。士2569人(男女合計2538人)、卒1401人、(総)人員2万8201人。
高取藩:その他十七人員をその他二人口に加算。寺社人口不詳。士族576人、卒1355人、平民1万8420人、その他一1645人、その他十七51人。
棚倉藩:(総)人員を士卒族除外総人口と解釈。(総)人員と男女合計が異なるが、『統計集誌』と一致する前者を採用。寺社人口不詳。華族19人、士族3145人、卒686人、(総)人員2万6756人(男女合計2万6702人、内、その他一107人、その他二29人)。
高梁藩:寺社人口不詳。士族1726人、卒1231人、平民2万2003人、その他一866人。
多度津藩:総人員を平民人口と解釈。華族5人、士族379人、卒884人、社家40人、山伏30人、総人員2万1687人、その他一121人、その他二59人。明治4年旧暦2月5日(1871年3月25日)、倉敷県に編入。
高須藩:境内ノ者十軒人員を僧尼人口に加算。士族1231人、卒1221人、社人男女合計159人、寺217人、境内ノ者十軒男女合計30人、平民2万3353人、その他一104人、その他二105人。明治3年旧暦12月23日(1871年2月12日)、名古屋藩に編入。
田原藩:華族12人、藩中894人、士族男女合計598人、卒男女合計296人、社家男女合計27人、仏寺男女合計212人(内、僧176人、女36人)、平民2万1752人、その他一80人、その他二32人。
丹南藩:(総)人員を平民人口と解釈。(総)人員と男女合計が異なるが、後者を採用。士卒族家族人員を士族人口に加算。華族3人、士族129人、卒族134人、士卒族家族男女合計581人、社家26人、寺男女合計63人(内、僧59人、下男4人)、非寺里16人、(総)人員7878人(男女合計7812人)、その他一30人。
龍岡藩:平民人員と男女合計が異なるが、後者を採用。夫卒夫人人員を卒人口に加算。士族468人、卒189人、夫卒夫人72人、寺院男女合計人106人(内、僧77人、坊守11人、女14人、下男4人)、修験院男女合計26人(内、修験9人、男8人、女9人)、平民1万2559人(男女合計1万2550人)。明治4年旧暦6月2日(1871年7月19日)に、長野県・伊那件県分割編入。
多胡藩(多古藩):(総)人員を平民人口と解釈。士卒人員内訳不詳。寺社人口不詳。華族5人、士卒501人、(総)人員7241人、その他一5人、その他二10人。
田原本藩:(総)人員を平民人口と解釈。寺社人口不詳。士族263人、卒158人、(総)人員3942人、その他一40人、その他二36人。
館山藩:(総)人員を平民人口と解釈。西宮恵美須大夫配下人員を僧尼人口に加算。華族3人、士卒433人(内、士族男女合計288人、(内、士族98人、女190人)、卒族男女合計145人(内、卒110人、女35人))、社70人、僧80人、修験34人、陰陽師11人、西宮恵美須大夫配下7人、堂13人、(総)人員2万3202人。
高岡藩:(総)人員を平民・寺社人口と解釈。寺社人口不詳。華族5人、士263人、卒43人、(総)人員7935人。
高富藩:その他二十人員をその他一人口に加算。士306人、卒55人、社45人、寺庵69人、修験26人、瞽女2人、庶人6100人、その他一その他二87人。その他二十18人。
田安藩:(総)人員を平民人口と解釈。一季抱人員と男女合計が異なるが、前者を採用。一季抱人員を卒人口に加算。士卒族合6438人(内、士族5045人、卒族1199人、一季抱人員194人(男女合計94人))、神社364人、寺院1130人、(総)人員8万4743人。明治2年旧暦12月26日(1870年1月27日)、廃藩。
園部藩:(総)人員を平民人口と解釈。士族829人、卒1655人、社人35人、僧尼193人、(総)人員3万4183人。
曾我野藩:(総)人員を総人口と解釈。(総)人員1万0612人(内、華族6人、士族170人、卒99人、社務人12人、僧29人、平民1万0235人、その他二61人)。

藩名華族士族神職僧尼平民その他一その他二総人口(A)人口(B)人口(C')人口(D)
津藩14,8061,9846981,388218,6188,6241,564247,682224,418244,243244,252
津山藩1,636708842848,2794,53515,526106,437106,462106,337
津和野藩9673,29239548063,54558469,26365,26369,267
土浦藩2,7961,18638372,2771,18077,82278,27874,79978,278
鶴舞藩41,1882,13618944859,53314621863,86263,41362,61163,858
鶴牧藩561341667219,58720,62720,68921,58620,689
名古屋藩15,64433,6964,7939,956817,5872,5596,001890,236921,517918,141917,497
中津藩7,13395690589,54898,542100,40399,147100,403
中村藩813,4533,42646777845,5885611763,89363,11063,89363,110
長尾藩1,1991,12639833472,37975,43675,48776,35173,283
長岡藩83,1735,0524140526,7001535,394
長島藩652555321914,1681333415,76415,76415,77115,764
成羽藩3893731293916,15829317,38117,83517,39717,930
苗木藩608333964423,7481815325,00025,03425,18325,034
七日市藩5226,4726,4996,9927,0246,992
村上藩1,8381,7709871774,76984280,03480,03480,00483,004
村松藩1,7852,10211037432,609196837,18436,98037,19236,980
邨岡藩304247132414,8441884815,66815,47615,69015,482
六浦藩33244610510811,8993471912,85111,91512,86011,915
宇和島藩2,6464,0268111,341156,1264,402160169,512169,512169,525169,512
臼杵藩23,7413,12926575169,94125918378,27127,92378,98678,244
上田藩1,8861,74423635957,1088941362,24061,33362,23062,240
宇都宮藩73,0561,20647627854,8923328760,33458,36660,18058,761
牛久藩443434648,07228428,6788,6049,0708,674
宇土藩390334724
延岡藩42,1204,0221,082864116,189266323124,870122,277125,750122,277
野村藩27519749977,97029218,6389,2438,5668,771

[79218] 2011 年 8 月 22 日 (月) 03:23:06【1】 YT さん
 藩制一覧表第二〜第三

岡崎藩:(総)人員を総人口と解釈。(総)人員5万2814人(内、華族8人、士族1546人、卒1595人、社務人198人、僧878人(男女合計873人)、尼3人、平民4万8352人、その他一97人、その他二142人)。
大野藩:(総)人口を華族除外総人口と解釈。(総)人員3万1031人(内、士族1343人、卒487人、社家男女合計52人(内、社人27人、女25人)、寺男女合計290人)。
大多喜藩:(総)人口を平民人口と解釈。十六戸別ニ人口を平民人口に加算。士族698人、卒113人、社務男女合計87人、寺男女合計276人、(総)人口2万1481人、十六戸別56人、その他一37人、その他二86人。
大溝藩:(総)人口を平民人口と解釈。士族537人、卒族349人、社務人4人、僧195人、尼7人、(総)人口1万1433人、その他一57人、その他二143人。明治4年旧暦6月23日(1871年8月9日)、大津県に編入。
岡田藩:(総)人口を華士卒族除外総人口と解釈。(総)人口と男女合計が異なるが、後者を採用。士卒族人口、士族人口、卒人口と男女合計が異なるが、それぞれ前者を採用。その他六人口をその他二人口に加算。士卒族1123人(男女合計1012人:男513人、女499人、小兒130人、内、士族470人(男女合計405人)、卒653人(男女合計557人))、(総)人口1万6231人(男女合計1万6319人、内、社務男女合計66人、寺男女合計55人(内、僧48人、尼7人)、その他一1051人、その他六173人)。
小野藩:(総)人口を平民人口と解釈。士卒族691人(内、士386人、卒305人)、神主28人、寺男女合計37人(内、僧27人、尼5人、外ニ僧4人、女1人)、(総)人口7395人。
小幡藩:(総)人口を平民人口と解釈。(総)人口と男女合計が異なるが、後者を採用。士卒族人口内訳不詳。士卒族639人、社家39人、修験男女合計12人、寺男女合計76人(内、僧57人、僕19人)、(総)人口1万3257人(男女合計1万3243人)、その他一145人、その他二17人。
萩野山中藩:(総)人口を平民人口と解釈。(総)人戸、士卒族人戸、士族人口と男女合計が異なるが、後者を採用。外ニ卒人戸を卒人口に加算。士卒族345人(男女合計340人、内、士族285人(男女合計283人)、卒57人)、外ニ卒25人、社人52人、僧42人、修験4人、(総)人口1万2255人(男女合計1万2241人)、その他一299人、その他二61人。
小久保藩:(総)人口を華族除外総人口と解釈。(総)人口と男女合計が異なるが、後者を採用。小者を卒人口に加算。(総)人口9750人(男女合計9717人、内、士族361人、小者31人、社人39人、寺男女合計59人(内、僧49人、道心9人、比丘尼1人))。
生実藩:(総)人口を平民人口と解釈。士族卒族人口と士族・卒人口の合計が異なるが、戸数比から卒人口を誤記と解釈し、士族卒族人口と士族人口を採用。士族卒族540人(内、士族314人、卒126人)、社人男女合計25人、僧77人、(総)人口8785人、その他一33人。
大田原藩:(総)人員を華族除外総人口と解釈。士卒族人口と男女合計が異なるが、後者を採用。(総)人員1万2535人(内、士卒族724人(男女合計757人、内、士族608人、卒族149人)、寺男女合計32人(僧16人、又13人、尼3人)、その他一合計117人、その他二合計43人)。
小見川藩:(総)人口を平民人口と解釈。士卒族人口として二つ数字が挙げられているが、他統計との比較から多い方を士卒族人口、少ない方を士族男女合計人口と解釈。士卒族377人(または288人、内、士族74人、女91人)、社人29人、僧31人、修験11人、(総)人口8264人、その他一34人。
和歌山藩:(総)人口を平民人口と解釈。士卒族人口の内訳不詳。士卒族3万7793人、社人男女合計419人(内、社人187人、女232人)、寺院男女合計5488人(内、僧2899人、男761人、尼192人、女1636人)、修験男女合計140人(内、修験46人、女94人)、(総)人口45万8826人、その他一2万6064人。
金沢藩:(総)人口を平民人口と解釈。中間小者、その他十四等をそれぞれ平民人口、その他一人口に加算。士族2万8683人、卒族2万7038人、神社1799人、寺1万3326人、中間小者5938人、(総)人口99万7669人、その他十四等1万1695人。
鹿児島藩:(総)人口を華族除外総人口と解釈。琉球人口を琉球の士族未満の族籍人口と解釈。士族以外の族籍人口内訳不詳。(総)人口89万6808人(内、士族19万2949人、琉球国士分以上5万1751人、足軽以下57万9405人、琉球国人口7万2703人)。
高知藩:(総)人口を士卒族・平民人口と解釈。(総)人口49万5936人(内、士族3万0506人、卒族1万7681人)、神職修験等4214人、寺院1572人、その他一1万6894人。
高知新田(山内)藩:(総)人口を平民人口と解釈。士族男女合計222人、卒族男女合計79人、社人男女合計8人、寺男16人、(総)人口男女合計2810人。明治3年旧暦9月25日(1870年10月19日)、高知藩に編入。
亀岡藩:(総)人口を他統計戸の比較から平民人口と解釈(記載通りだと(総)人口は士卒族人口を含む)。藩士人口を士族人口に加算。藩士682人、士族2034人、卒族724人、社務人69人、寺男女合計285人(内、僧231人、尼13人、女41人)、(総)人口4万5253人。
唐津藩:(総)人口を華族除外総人口と解釈。(総)人口6万3226人(内、士族998人、卒族4237人、社家564人、寺院327人、その他一505人)。
亀山藩:(総)人口を華士卒族除外総人口と解釈。士卒3667人(内、士族1373人、卒族2294人))、(総)人口4万1924人(内、社家202人、僧尼671人、修験40人)。
川越藩:(総)人口を平民人口と解釈。社家人口と男女合計が異なるが、『統計集誌』と一致する後者を採用。士族2447人、卒族1416人、社家173人(男女合計175人)、寺333人、(総)人口5万7623人、その他一713人、その他二46人。
笠間藩:(総)人口を華士卒族除外総人口と解釈。士卒族人口内訳不詳。士卒族3255人、(総)人口4万4046人(内、社家244人、寺191人、修験28人、その他一その他二139人)。

藩名華族士族神職僧尼平民その他一その他二総人口(A)人口(B)人口(C')人口(D)
加納藩71,4882077139626,9341526329,38129,49429,47529,484
亀田藩41,2081,5077951220,5434523,89823,87823,80423,894
上ノ山藩6257536222529,57615831,39931,44931,51731,449
鹿島藩51,6441,848471959,989373213,79713,72313,77113,792
鴨方藩349460313210926,25020527,79627,69327,79627,481
柏原藩6332736119417,31418,47518,47518,55118,475
烏山藩75540313712226,95012828,49528,49427,68628,494
刈屋藩9013131017126,257884927,78927,82127,84327,821
勝山藩7655191814117,16918,61218,61218,65718,612
神戸藩427328231199,6836810,64810,39710,60310,397
加知山藩417258315116,1024916,82716,08416,82916,827
米沢藩15,80122,4381181,71586,540665127,277129,753128,765129,753
淀藩064,72872,78665,439
吉田藩1,1711,71827944649,8676492354,15353,91354,16053,913
与板藩1,2036023521,0322922,55922,53022,53122,530
吉見藩2749837214,01114,14913,783
吉井藩8130111
高松藩10,12217,8511,0162,192268,2384,2931,479305,191293,775305,197299,223
高田藩4,0324,4395092,393155,5691,688146168,776171,056168,842171,056
高崎藩2,8151,25122384291,0661,2876697,55094,27697,80091,473
館林藩1,5252,98014375267,5891,84522375,05772,98576,74772,985
大聖寺藩42,0372,1847633544,0594548,74048,03648,76648,736
館藩5,7033,55912245969,94979,79279,74277,80579,742
高鍋藩2,0977,42069837532,51024443,34443,33443,34943,334
高槻藩1,44588323,21767823426,45726,05554,92825,426
龍野藩2,79654047,24850,58450,87951,05150,879
田辺藩1,4401,5735830248,8302,87355,07655,07663,10355,076
高島藩1,9333,07057459,92621265,71562,94565,35666,883
高遠藩1,2501,24945,0962444447,88347,88347,88847,883
鶴田藩2,5691,40128,20132,17132,56733,61332,573
高取藩5761,35518,4201,6455122,04722,25022,39022,250
棚倉藩193,14568626,6201072930,60630,45130,60630,451
高梁藩1,7261,23122,00386625,82626,24526,33226,245
多度津藩5379884403021,6871215923,205
高須藩1,2311,22115924723,35310410526,420
田原藩125982962721221,752803223,00922,88723,60022,989
丹南藩371013426797,812308,7948,7668,8238,746
龍岡藩46826113212,55013,41113,53413,652
多古藩55017,2415107,7628,2517,8968,249
田原本藩2631583,94240364,4394,3634,5214,363
館山藩32881457014523,20223,85323,85023,68023,850
高岡藩5263437,9358,2468,2948,2898,284
高富藩3065545976,1001056,7086,7086,7126,708
田安藩5,0451,3933641,13084,74392,675
園部藩8291,6553519334,18336,89536,89535,82836,895
曾我野藩617099122910,2356110,61210,60610,61210,612

加納藩:惣人員を華士卒族除外総人口と解釈。寺人口と男女合計が異なるが、後者を採用。惣人員と族籍合計が異なるが、後者を採用。姓を平民人口に加算。華族7人、士族1488人、卒207人、惣人員2万7656人(族籍合計2万7676人、または2万7679人、内、社家71人、寺393人(男女合計396人:僧238人、俗21人、女134人、尼3人)、百姓2万3970人、町人2706人、姓258人、その他一15人、その他二263人)。
亀田藩:惣人員を士卒族・平民人口、惣計を華族除外総人口と解釈。寺院人員と男女合計が異なるが、後者を採用。華族4人、惣計2万3894人(内、惣人員2万3258人(内、士族1208人、卒1507人、平民百姓1万9113人、町人1430人)、社家79人(内、男33人、女30人、下男16人)、修験182人(内、男66人、女89人、下男27人)、寺院314人(男女合計330人:僧199人、尼16人、女31人、下男84人)、その他一45人)。
上山(上ノ山)藩:(総)人員を華族除外総人口と解釈。(総)人員と族籍合計が異なるが、その差を羽前その他一その他二3軒と解釈し、その他一人口に加算。その他一並その他十五と男女合計が異なるが、後者を採用。(総)人員3万1399人(族籍合計3万1383人:士族625人、卒753人、社人47人、越後地社人15人、山伏(修験)6人、越後地山伏8人、僧女68人、越後地僧女42人、尼3人、越後地尼7人、僧43人、越後地僧48人、平民1万1507人、越後平民1万8069人、越後その他一並その他十五146人(男女合計142人))。
鹿島藩:(総)人員を士卒族・平民・寺社人口と解釈。(総)人員と族籍合計が異なるが、後者を採用。佐賀藩卒人口と蓮池藩卒人口を卒人口に加算。華族5人、(総)人口1万3721人(族籍合計1万3723人:士族1644人、卒1823人、佐賀藩卒19人、蓮池藩卒6人、社家47人、寺院148人(内、僧111人、女37人)、山伏47人、百姓8126人、町人1863人)、その他一37人、その他二32人。
鴨方藩:(総)人員を華族除外総人口と解釈。平民人員と男女合計が異なるが、その他一人口が含まれると解釈。軽卒人口を卒人口に加算。華族3人、(総)人員2万7793人(内、士族494人、卒291人、軽卒312人、社家132人、僧5人、山伏104人、平民2万6455人(内、その他一205人))。
柏原藩:(総)人口を華士卒族除外総人口と解釈。士族633人、卒族273人、(総)人口1万7569人(内、社家61人、寺149人、修験24人、尼僧21人)。
烏山藩:(総)人口を平民・寺社人口と解釈。(総)人口、朱書、男女合計が異なるが、後者二つは狭い意味での平民人口と考え、前者を採用。雇卒族人口と男女合計が異なるが、後者を採用。雇卒族人口を卒人口に加算。士族755人、卒族76人、雇卒族328人(男女合計327人)、(総)人口2万7209人(朱書2万6912人、男女合計2万6914人、内、神主137人、寺122人(内、僧101人))、その他一128人。

[79217] 2011 年 8 月 22 日 (月) 03:19:57【1】 YT さん
 藩制一覧表第一〜第二

新谷藩:(総)人口を華族除外総人口と解釈。(総)人口と族籍合計、町郷人口と男女合計が異なるが、平民人口の記載漏れがあると解釈し、(総)人口から士卒族・寺社・その他人口を減じた値を平民人口として採用。(総)人口1万4321人(族籍合計1万4293人:士族299人、卒族409人、社人112人、僧15人、修験25人、町郷1万2599人(男女合計1万2566人)、その他一834人)。
西端藩:(総)人口を華士卒除外総人口と解釈。士族卒族362人(内、士族275人、卒族87人)、(総)人口1万2442人(内、神職101人、僧尼111人、修験2人、その他二23人)。
西大平藩:(総)人口を平民人口と解釈。士族237人、卒族40人、社務21人、僧侶246人、(総)人口6945人、その他二40人。
本荘(本庄)藩:(総)人口を華族除外総人口と解釈。(総)人口2万6241人(内、士卒族2667人(内、士族1402人、卒1265人)、社家335人、寺239人、その他一89人)。
堀江藩:(総)人口を華族除外総人口と解釈。知事家族5人、(総)人口7670人(内、士卒族290人(内、士族203人、卒87人)、社人男女合計19人、寺57人、修験男女合計16人)。

藩名華族士族神職僧尼平民その他一その他二総人口(A)人口(B)人口(C')人口(D)
徳島藩10,44320,2021,7872,035679,555714,022714,022123,028714,022
鳥取藩8,60524,2051,7522,881331,0233,783816373,065373,065371,654378,734
豊津藩56,2539,9807331,04293,3896,35682117,840111,397117,843117,835
富山藩7,2579,5151811,665113,0861,434133,138132,415116,750132,415
豊浦藩33,5775,0884641,03764,96050946176,09975,21876,88775,218
豊橋藩42,1201,12251290470,4411,12976,23276,10877,03076,108
徳山藩2,0032,14715033849,83354,47154,47955,853
鳥羽藩61,19154228522850,8922899453,5274,23352,79754,233
豊岡藩34313625013717,38621414518,72819,51819,03619,036
斗南藩00075,467
千束藩4464839304,807125,7875,7925,8665,804
龍崎藩2377673579,167369,6469,6429,6499,642
沼田藩1,167598824239,5401,0125842,49921,40241,04721,428
岡山藩9,7387,7992,7721,032328,3499,128358,818358,337350,897358,327
大泉藩5,3929,7056892,25776,98829695,32795,32795,34795,356
小浜藩4,2371,9752881,01298,445105,957105,434113,612111,975
大垣藩53,1152,640811,80571,23678,88278,90178,70978,901
岡藩72,2954,10461768069,1846435177,58176,40477,58176,404
忍藩32,3513,121341753103,7392,72342113,073110,305114,003113,703
大洲藩1,1303,88856835193,6034,751104,291104,24897,758104,259
大村藩9,3713,942289192106,250495120,539122,174120,549125,039
小城藩3,0414,48812619632,63297540,58541,18333,43841,183
飫肥藩5,8846,71645192434,03627448,28548,18148,83748,181
小田原藩3,8911,5071,77384,25790814492,48092,83392,83792,883
岡崎藩81,5461,59519887648,3529714252,81452,95852,81952,960
大野藩1,3434875229028,85931,03130,62931,11530,629
大多喜藩6981138727621,537378622,83422,67822,68622,649
大溝藩537349420211,4335714312,72512,31912,461
岡田藩470653665516,0251,05117318,49317,46517,48017,472
小野藩38630528377,3958,1518,1468,1678,146
小幡藩639398813,2431451714,17114,00714,20414,007
萩野山中藩28382524612,2412996113,06412,95713,01812,982
小久保藩3613139599,2279,7179,7619,7819,761
生実藩31422625778,785339,46010,33010,31110,330
大田原藩6081493211,5861174312,53511,46512,53511,531
小見川藩2888929428,264348,7468,2898,2218,289
和歌山藩37,7934195,628458,82626,064528,730528,408540,952528,408
金沢藩28,68327,0381,79913,3261,003,60711,6951,086,1481,080,2101,086,1591,065,910
鹿児島藩244,700652,108896,808772,354896,817896,808
高知藩30,50617,6814,2141,572447,74916,894518,616516,866516,545516,867
山内藩222798162,8103,135
亀岡藩2,7167246928545,25349,04749,22851,81449,572
唐津藩9984,23756432756,59550563,22662,70563,22962,706
亀山藩1,3732,29420271141,01145,59145,59145,59745,696
川越藩2,4471,41617533357,6237134662,75361,99462,76061,994
笠間藩3,25524421943,44413947,30147,83247,83947,832

徳島藩:(総)人口を華族除外総人口と解釈。(総)人口71万4022人(内、士卒族3万0645人(内、士男女合計1万0443人、卒男女合計2万0202人)、社家1787人、寺2035人(内、僧1869人、尼346人))。
鳥取藩:(総)人口を華族除外総人口と解釈。大山領人口を平民人口に加算。(総)人口37万1640人(内、士族8605人、卒族2万4205人、社家1752人、寺院2013人(内、男1754人(内、僧1313人)、女2159人(内、寺持尼4人、尼98人))、修験749人、陰陽師22人、虚無僧97人、その他一3783人、その他二816人)、大山領1425人。
豊津藩:(総)人口を華族除外総人口と解釈。知事家族5人、(総)人口11万7835人(内、士卒族1万6233人(内、士族6253人、卒9980人)、社家733人、寺1042人、その他一6356人、その他二82人)。
富山藩:(総)人口を華族除外総人口と解釈。(総)人口と男女合計が異なるが、後者を採用。士族人口と男女合計が異なるが、士卒族人口との比較から前者を採用。(総)人口13万3415人(男女合計13万3138人、内、士卒族1万6772人(内、士族7257人(男女合計6757人)、卒9515人)、社家181人(内、男127人(内、下男5人)、女54人(内、下女10人))、寺1665人(内、男1055人(内、僧1015人)、女610人(内、尼76人))、その他一1434人。
豊浦藩:(総)人口を華族除外総人口と解釈。陪卒人口と男女合計が異なるが、士卒人口との比較から後者を採用。寺人口は804人と1037人の統計が存在するが、『統計集誌』と一致する後者を採用。准士人口、陪卒人口をそれぞれ士族人口、卒人口に加算。知事家族3人、(総)人口7万6096人(内、士卒族8665人(内、士族2121人、准士1456人、卒3601人、陪卒4487人(男女合計1487人))、社家464人、寺804人(内、僧700人、尼104人、又は寺院1037人:僧680人、尼104人、女253人)、その他一509人、その他二461人)。
豊橋藩:(総)人口を華族除外総人口と解釈。その他一その他九人口をその他一人口に加算。知事家族4人、(総)人口7万6228人(内、士卒族3242人(内、士族2120人、卒1122人)、社家512人、寺院・修験・堂守・陰陽師904人(原書884人)、その他一その他九1129人)。
徳山藩:(総)人口を華族除外総人口と解釈。(総)人口5万4471人(内、士卒族4150人(内、士族2003人、卒2147人)、社家150人、寺院338人(原書346人))。明治4年旧暦6月19日(1871年8月5日)、山口藩に編入。
鳥羽藩:(総)人口を華族除外総人口と解釈。知事家族6人、(総)人口5万3521人(内、士族1191人、卒族542人、社家285人、寺228人(内、男(僧)206人、女22人)、その他一289人、その他二94人)。
豊岡藩:惣人口を華族除外総人口と解釈。その他二人口と男女合計が異なるが、『統計集誌』と一致する前者を採用。明治2年調:知事家族3人、惣人口1万8725人(内、士族431人、卒族362人、社家50人、寺129人、尼僧8人、その他一214人、その他二145人(男女合計142人))。明治3年調:惣人口1万9033人。
斗南藩:人口不詳。
千束藩:華族除外総人口と解釈。(総)人口5787人(内、士族446人、卒族483人、神主9人、寺男女合計30人、その他二12人)。
龍ヶ崎(龍崎)藩:(総)人口を平民人口と解釈。その他十人口をその他二人口に加算。士族237人、卒族76人、神主73人、寺院57人、(総)人口9167人、その他十35人。
沼田藩:(総)人口を華族除外総人口と解釈。(総)人口4万2499人(内、士族1167人、卒族598人、社人男女合計82人、寺42人、その他一1012人、その他二58人)。
岡山藩:総人口を華族除外総人口と解釈。総人口と族籍合計、男女合計が異なるが、男女合計を採用。庶民人口と男女合計が異なるが、後者を採用。総人口35万8827人(族籍合計35万8810人、男女合計35万8818人、内、士族9738人、卒族7799人、社家2772人、寺709人、山伏323人、庶人32万8341人(男女合計32万8349人)、その他一(但しその他十一その他六共)9128人)。
大泉藩:(総)人口を平民・寺社人口と解釈。寺人口と男女合計が異なるが、後者を採用。士族5392人、卒族9705人、(総)人口7万9934人(内、社人673人、神子16人、寺1604人(男女合計1974人)、修験283人)、その他一その他二296人。
小浜藩:(総)人口を華族除外総人口と解釈。(総)人口10万5957人(内、士族4237人、卒族1975人、社家男女合計288人、寺男女合計953人(内、男681人、女272人(内、尼12人))、修験者男女合計59人)。
大垣藩:(総)人口を華族除外総人口と解釈。(総)人口と男女合計が異なるが、後者を採用。南宮社領、金蓮寺領。妙応寺領、乙津寺領、阿願寺の人口は全体に含まれるものとして非加算。知事家族5人、(総)人口7万8867人(男女合計7万8877人、内、士族3115人、卒族2640人、社家81人、寺1805人、南宮社領979人、金蓮寺領194人(内、男100人、僧4人、女90人)、妙応寺領35人、乙津寺領87人(内、男50人、僧4人、女23人)、阿願寺21人(内、男9人、僧4人、女8人))。
岡藩:(総)人口を華族除外総人口と解釈。社務人口と男女合計が異なるが、『統計集誌』と一致する前者を採用。知事家族7人、(総)人口7万7574人(内、士族2295人、卒族4104人、社務617人(男女合計717人)、寺548人、修験109人、座頭23人、その他一643人、その他二51人)。
忍藩:(総)人口を華族除外総人口と解釈。寺人口と男女合計が異なるが、後者を採用。社寺領人口を平民人口に加算。知事家族3人、(総)人口11万3070人(内、士族2351人、卒族3121人、社家341人、寺723人(男女合計753人)、社寺領473人、その他一2723人、その他二42人)。
大洲藩:(総)人口を平民人口と解釈。軽卒人口を卒人口に加算。士卒族5018人(内、士族1130人、卒族1368人、軽卒2520人)、社人568人、僧351人(内、尼5人)、(総)人口9万3603人、その他一4751人。
大村藩:総人口を華族除外総人口と解釈。兵卒人口を卒人口に加算。総人口12万0539人(内、士族9371人、兵卒1005人、卒族2937人、社人289人、僧192人、その他一495人)。
小城藩:(総)人口を平民人口と解釈。(総)人口と男女合計が異なるが、後者を採用。社家人口と男女合計が異なるが、統計集誌と一致する前者を採用。 副士人口を士族人口に加算。士族1632人、副士1409人、卒族4488人、社家126人、寺173人(男女合計73人)、修験23人、(総)人口3万3332人(男女合計3万2632人)、その他一97人、その他二5人。
飫肥藩:(総)人口を華族除外総人口と解釈。士族人口と男女合計が異なるが、『統計集誌』と一致する後者を採用。浮世人(伊藤家旧臣無禄者)、その他一その他十二人口をそれぞれ平民人口、その他一人口に加算。(総)人口4万8285人(内、士族5882人(男女合計5884人)、卒6716人、社人451人、山伏651人、寺院273人、浮世人(伊藤家旧臣無禄者)1万2892人、その他一その他十二274人)。
小田原藩:(総)人口を平民人口と解釈。士族人口と男女合計、その他二人口と男女合計が異なるが、『統計集誌』と一致する後者を採用。その他十三人口をその他一人口に加算。士卒族5398人(内、士族2891人(男女合計3891人)、卒族1507人)、僧尼1721人、修験23人、陰陽師7人、舞太夫22人、(総)人口8万4257人、その他十三908人、その他二143人(男女合計144人)。

[79216] 2011 年 8 月 22 日 (月) 03:14:32【2】 YT さん
 藩制一覧表第一

藩名華族士族神職僧尼平民その他一その他二総人口(A)人口(B)人口(C')人口(D)
厳原藩10,9604,10291067966,62449683,77183,77183,79283,771
岩国藩3,7184,4792772638,73787,95190,39387,635
今治藩1,6972,05175061265,8484,03674,99474,99475,10274,994
飯山藩8695827031630,1304442732,43832,43832,63932,325
犬山藩1,3641,17314345750,1659112353,51653,61753,54053,732
出石藩1,5011,2846439132,20163619736,27435,31635,21335,316
岩邑藩273036,7291022036,90836,90937,14536,909
一関藩1,6581,1491475623,11326,12327,39726,19727,399
岩崎藩5472432625617,39718,46918,46918,48618,469
岩槻藩1299473916823038,3342447040,79140,80241,23440,585
飯野藩638203921321,28773723,08723,08023,20523,080
飯田藩61,0755044219426,58022228,62328,17528,39328,396
磐城平藩1,4817052695613,699813816,32915,42215,37716,339
生坂藩3221816797,490938909,0979,09710,1269,097
石岡藩9011881237516,91310018,30018,00218,11318,102
今尾藩1,33735314629725,96828,10118,73418,74718,734
伊勢崎藩815154707420,0565843421,78720,98621,66320,986
一宮藩31912113,7146014,21414,53314,54114,533
泉藩2095118279,409989,81210,72510,35117,025
岩村田藩34815595459,6413061510,6059,97910,20010,606
蓮池藩1,7703,5629021925,6248431,34931,35931,46131,359
花房藩1,28870033441461,52013711164,50463,47264,50563,282
八戸藩2,9271,04163,6255467,64742,60368,19542,603
伯太藩3672462213110,14529411,20511,20411,21111,240
林田藩497455126810,11864511,79511,795011,795
半原藩65716810112213,824242615,12015,12215,11715,071
西尾藩1,4951,66914760851,1191038355,22457,06054,34755,850
二本松藩2,5271,7637013732,725493637,30737,33537,34837,307
庭瀬藩502446526720,3818618122,39021,50221,88621,502
新見藩59261220311215,12659417,23917,27817,17917,278
西大路藩352416411138,0121729,1068,9268,8418,681
新谷藩2994091124012,62783414,32114,35114,35714,351
西端藩2758710111312,2052312,80412,78112,81212,826
西大平藩23740212466,945407,5297,3187,2727,358
本庄藩1,4021,26533523922,9118926,24126,24126,25726,241
堀江藩52038719737,2887,6757,7397,6957,739

厳原藩:(総)人口を平民人口と解釈。士族人口と男女合計が異なるが、『統計集誌』と一致する前者を採用。士族1万0960人(男女合計1万0970人)、卒族4102人、社人910人、寺院並盲僧679人、(総)人口6万6624人、その他一496人。
岩国藩:山伏人口と男女合計が異なるが、後者を採用。郷士人口、陪卒人口をそれぞれ士族人口、卒人口に加算。総人口または平民人口不詳。士族3533人、郷士185人、卒族2715人、陪卒1764人、社家277人、山伏155人(男女合計157人)、盲僧106人。
今治藩:総数人口を華族除外総人口と解釈。卒族人口と男女合計が異なるが、平民人口が『統計集誌』と一致する前者を採用。総数人口7万4994人(内、士族1697人、卒族2051人(男女合計1951人)、社人750人、寺男女合計202人(内、僧192人、尼10人)、修験410人、その他一4036人)。
飯山藩:総人口を平民・寺社人口(社家女、寺院女を除く)と解釈。士族869人、卒族582人、総人口7万4994人(内、神主30人、神子2人、僧180人、山伏18人、尼5人)、社家女38人、寺院女113人、その他一444人、その他二27人。
犬山藩:総人口を士卒族・平民・寺社人口と解釈。明治3年旧歴10月2日(1870年10月26日)調:総人口5万3302人(内、士族1364人、卒族1173人、社家143人、寺457人(内、修験60人)、その他一91人、その他二123人)。明治3年旧暦閏10月調:総人口5万3309人(内、社家男女合計165人、寺院陰陽師堂守修験442人(内、寺院男女合計361人、陰陽師男女合計3人、堂守男女合計34人、修験男女合計44人))。
出石藩:医師人数、その他四人口、その他三人口をそれぞれ僧尼人口、その他一人口、その他二人口に加算。旧暦11月調:士族1501人、卒族1284人、社人10人、神子6人、山伏10人、寺男女合計251人(内、僧197人、尼25人、女29人)、町在3万2201人、その他一444人、その他三197人、その他四192人。但馬国支配地の追補(旧暦2月調):社人家族共36人、神子家族共12人、山伏家族共12人、医師99人。
岩村(岩邑)藩:(総)人員を華族除外総人口と解釈。美濃国土岐郡戸籍追加人口、僧尼人口と男女合計が異なるが、共に後者を採用。その他五人口をその他二人口に加算。士卒族人口不詳。(総)人員3万1141人 、美濃国土岐郡戸籍追加人口5788人(男女合計5767人、内、神職27人、僧尼24人(男女合計30人)、その他五20人)、その他二その他一102人。
一関藩:(総)人口を華族除外総人口と解釈。社人人口と男女合計が異なるが、『統計集誌』と一致する後者を採用。(総)人口2万6123人(内、士族1658人、卒族1149人、社人47人(男女合計147人)、僧56人)。
岩崎藩:(総)人口を他統計との比較から平民人口と解釈(記載通りだと(総)人口は士卒族人口を含む)。士族547人、卒族243人、社人26人、僧256人、(総)人口1万7397人。
岩槻藩:(総)人口を平民・その他二人口と解釈。士卒族人口は校訂前の数字と解釈。知事家族12人、士卒族1683人(族籍合計1733人:士族994人、卒族739人)、社人168人、寺226人(内、僧195人、男30人、女1人)、修験4人、(総)人口3万8404人(内、その他二70人)、その他一244人。
飯野藩:(総)人口を平民人口と解釈。(総)人口と男女合計が異なるが、『統計集誌』と一致する後者を採用。士族638人、卒族203人、社家9人(内、男6人(内、神主4人)、女3人)、寺213人(内、庵13人、僧142人(内、僧129人、尼13人))、(総)人口2万1433人(男女合計2万1287人)、その他一737人(内、僧2人)。
飯田藩:(総)人口を平民人口と解釈。明治3年調:知事家族6人、士族1075人、卒族504人、社人男女合計42人、山伏男女合計27人、寺167人(内、男136人、女31人(内、尼5人))、(総)人口2万6580人、その他一その他二222人。明治2年調:(総)人口2万6418人。
磐城平藩:総人口を華族除外総人口と解釈。総人口と族籍合計が異なるが、後者を採用。明治3年調:総人口1万6339人(族籍合計1万6329人:士族1481人、卒族705人、社家269人、僧56人、平民1万3699人、その他一81人、その他二38人)。
生坂藩:(総)人口を華族除外総人口と解釈。(総)人口と男女合計が異なるが、他統計と一致する前者を採用。軽卒人口、その他六人口をそれぞれ卒人口、その他二人口に加算。(総)人口9097人(男女合計9021人、内、士族322人、卒族174人、軽卒7人、社家67人、僧9人、その他一938人、その他六90人)。
石岡藩:(総)人口を平民人口と解釈。卒族人口と男女合計が異なるが、『統計集誌』と一致する後者を採用。士族901人、卒族182人(男女合計188人)、社家123人、寺48人、修験27人、(総)人口1万6913人、その他一その他二100人。
今尾藩:(総)人口を華士卒族除外総人口と解釈。士族1337人、卒族353人、(総)人口2万6411人(内、神社男女合計136人、寺男女合計261人、修験堂34人、庵室2人)。
伊勢崎藩:(総)人口を平民人口と解釈。卒族並を卒人口に加算。士族815人、卒族115人、卒族並39人、神主70人、僧74人、(総)人口2万0056人、その他一584人、その他二34人。
一宮藩:(総)人口を士卒族・平民人口と解釈。(総)人口と男女合計が異なるが、後者を採用。寺社人口不詳。(総)人口1万4204人(男女合計1万4154人、内、士族319人、卒族121人)、その他一60人。
泉藩:(総)人口を平民・寺社人口と解釈。(総)人口と男女合計が異なるが、後者を採用。士族209人、卒族51人、(総)人口9603人(男女合計9454人、内、社人16人、祢宜2人、僧27人)、その他一98人。
岩村田藩:(総)人口を平民人口と解釈。その他一人口と男女合計が異なるが、戸数から前者を採用。その他一男女合計を神社・寺・庵人口の誤記と解釈。士族348人、卒族155人、修験45人、(総)人口9641人、その他一306人(男女合計95人)、その他二15人。
蓮池藩:(総)人口を華族除外総人口と解釈。(総)人口3万1349人(内、士族1770人、卒族3562人、社人男女合計90人、寺男女合計219人、その他一84人)。
花房藩:(総)人口を華族除外総人口と解釈。(総)人口と男女合計が異なるが、後者を採用。(総)人口6万1410人(男女合計6万4504人、内、士族1288人、卒700人、社務人334人、寺院319人(内、男306人、女12人、尼1人)、修験18人、陰陽師77人、その他一137人、その他二111人)。
八戸藩:(総)人口を華族除外総人口と解釈。寺社人口不詳。(総)人口6万7647人(内、士族2927人、卒族1041人、その他一54人)。
伯太藩:(総)人口を平民・その他人口と解釈。士卒族人口と士卒族男女合計、士族男女合計と卒男女合計の合計が異なるが、ここでは士族男女合計と士卒族男女合計の値を採用。士卒族615人(男女合計613人、内、士族男女合計367人、卒男女合計207人)、社人22人、寺131人、(総)人口1万0439人(内、その他一294人)。
林田藩:(総)人口を華族除外総人口と解釈。(総)人口1万1795人(内、士族497人、卒族455人、社務人12人、寺68人、その他一645人)。
半原藩:総戸数人口を総人口、(総)人口を平民人口と解釈。総戸数人口と族籍合計が異なるが、後者を採用。総戸数人口1万5122人(族籍合計1万5120人:士族657人、卒168人(内、小者74人、卒女55人)、社務101人、僧122人、(総)人口1万3824人、その他一242人、その他二6人)。
西尾藩:(総)人口を華士卒族除外総人口と解釈。(総)人口と男女合計が異なるが、男女合計を平民人口、残りを寺社・その他人口の合計と解釈。(総)人口と男女合計・寺社・その他人口の合計は異なるが、後者を採用。士族人口と男女合計、士卒人口と士族・卒人口の合計は一致せず、士族人口の男女合計、卒人口を採用。その他七人口をその他二人口に加算。士卒3245人(内、士族1507人(男女合計1495人)、卒1669人)、(総)人口5万2078人(族籍合計5万2060人:男女合計5万1119人、社人147人(内、社務人25人、男41人、女81人)、寺庵合計608人(明治2年調:僧402人、女141人、山伏3人、尼32人、道心30人)、その他一103人、その他七83人)。明治3年調:社家122人、寺庵578人、山伏3人。
二本松藩:(総)人口を華族除外総人口と解釈。(総)人口3万7307人(内、士卒族4290人(内、士族2527人、卒1763人)、社家70人、寺137人(内、男(僧)120人、女17人)、その他一49人、その他二36人)。
庭瀬藩:(総)人口を平民人口と解釈。卒族人口と男女合計が異なるが、後者を採用。士族502人、卒族416人(男女合計446人)、社人男女合計52人、僧62人、山伏5人、(総)人口2万0381人、その他一861人、その他二(その他四・その他八)81人。
新見藩:(総)人口を平民人口と解釈。士卒族合1204人(内、士族592人、卒族612人)、社人203人、寺男女合計81人(内、僧71人、尼10人)、修験31人、(総)人口1万5126人、その他一594人。
西大路藩:(総)人口を華族除外総人口と解釈。その他一人口と男女合計が異なるが、後者を採用。(総)人口9106人(内、士卒族768人(内、士族男女合計352人(内、士族男168人、女184人)、卒男女合計416人(内、卒男211人、女205人))、社人男女合計41人、寺男女合計113人(内、僧86人、女27人)、その他一171人(男女合計172人))。

[79215] 2011 年 8 月 22 日 (月) 03:07:19【1】 YT さん
 藩制一覧による府藩県三治制時代の人口統計

久々の投稿です。今更ながら、以前[76164][76307]などでまとめると予告していた、『藩制一覧』による府藩県三治時代の人口統計がまとまりました。府藩県三治時代の人口統計は、[76313]に示すように、私は以下の4種類を確認しています。

A: 『藩制一覧』
 調査年月:「明治2、3年に渡り各藩より上申せしもの」
 調査対象:280藩

B: 『府藩県石高人口表』
 調査年月:「明治2乙巳年調」
 調査対象:3府266藩40県。
 使府藩県名の時期:明治4年旧暦2月5日(1871年3月25日、多度津藩廃藩)以降、旧暦4月10日(1871年5月28日、丸亀藩廃藩)よりも前

C: 『統計集誌』「府藩県所轄並石高」(5号9〜22頁)「人員表」(8号96〜107頁)
 調査年月:「明治3年庚午年の調査によると雖も、間には明治2年巳年の調査を以て之を補うものあり」
 調査対象:1使3府265藩41県
 使府藩県名の時期:明治4年旧暦4月10日(1871年5月28日、丸亀藩廃藩)以降、旧暦6月2日(1871年7月19日、龍岡藩廃藩)よりも前

D: 『明治史要』「使府県戸口概表」
 調査年月:「明治4年7月14日」
 調査対象:1使3府302県
 使府藩県名の時期:廃藩置県時

この内、B、C、Dについては[76313][76314][76315](資料B,C,Dの人口比較)、[76316][76317][76328](資料Cの族籍別人口)、[76327][76745][76746][76747](資料B,C,Dの石高比較)でまとめており、今回まとめるのは『藩制一覧』(資料A)による族籍別人口です。本書に記述されている藩としては、明治2年旧暦12月26日(1870年1月27日)に廃藩した吉井藩、狭山藩、田安藩、一橋藩が登場しますが、

明治2年旧暦6月17日(1869年7月25日)、版籍奉還前に鳥取藩へ編入された鹿奴藩(鳥取新田藩)
明治3年旧暦閏10月4日(1870年11月26日)、鳥取藩編入の若桜藩(鳥取新田藩)
明治3年中、平戸藩編入の植松藩(平戸新田藩)
明治3年旧暦5月、熊本藩に編入の高瀬藩(熊本新田藩)

の四藩は登場しません。また明治政府に認知されなかった谷地藩が収録されています。

まとめるのが大変だった最大の理由は、『藩制一覧』の記述が曖昧なためです。例えば佐賀藩は、『藩制一覧』によると
戸数 六萬八千七百拾軒
人員 三十五萬四千四百五十人 内(男十八萬三千五百十七人 女一七萬九百三十三人)
士族戸数 五千弐百七十三軒
人員 二萬三千八百二十三人 内(男壹萬弐千七十弐人 女壹萬千七百五十壱人)
卒戸数 九千三百六十九軒
人員 四萬三千四百八十八人 内(男弐萬弐千三百三十四人 女弐萬千百五十四人)
社人戸数 百九十五軒
人員 八百五十人 内(男四百十八人 女四百三十弐人)
僧 千三拾弐軒
人員 四千四百十二人 内(男三千百九十人 女千弐百弐十弐人)

この文章を最初読んだ時、私は以下のような人口構成を考えてしまいました。

族籍合計士族社人平民
183,51712,07222,3344183,190145,503
170,93311,75121,1544321,222136,374
合計354,45023,82343,4888504,412281,877

しかしながら、『府藩県石高人口表』(資料B)と『明治史要』(資料D)では総人口42万5762人とあり、全然人口が足りません。『藩制一覧』を詳しく読むと、単に「人口」とか「人員」とか書かれた場合、それは平民人口を意味することも、藩の総人口を意味することも、士卒族を除いた人口を意味することもあり、佐賀藩の場合の「人員」とは平民人口を指していると解釈しないとおかしいという結論になりました。佐賀藩の正しい族籍構成は以下の通りと推定できます。

族籍合計士族社人平民
221,53112,07222,3344183,190183,517
205,49211,75121,1544321,222170,933
合計427,02323,82343,4888504,412354,450

『藩制一覧』はかなり言葉足らずで、ある族籍人口が別の族籍人口に含まれるのか、含まれないのかは、一応「内、外」という言葉や段落で多少は察しがつくことがあっても、しばしばそういう情報が欠落し、正しい情報は自分で推測するしかないという事態に直面しました。当然私の集計には私の主観が混入してしまうことを防げないわけで、その情報も今回は残すこととします。

族籍の割り振りは、『統計集誌』(資料C)に従い、華族、士族、卒、神職、僧尼、平民、その他一、その他二としました。士卒、寺社、その他一その他二の区別が曖昧な場合は、士族、神職、その他一側で集計しています。士卒族と平民の境界領域(中間小者など)の身分は大体『統計集誌』に従っていますが、士卒族に含まれたり、卒の名称が残っていたりする場合は卒人口に含めました。

参考のため『藩制一覧』(資料A)による今回の集計人口(人口A)のほか、『府藩県石高人口表』(資料B)掲載の人口(人口B)、『統計集誌』(資料C)掲載の人口(但し死刑人口は除く)(人口C')、『明治史要』(資料D)掲載の人口(人口D)も一緒に掲載しておきます。

[79214] 2011 年 8 月 22 日 (月) 01:23:06 MasAka さん
 高速道路の定義

[79202]グリグリさん
高速道路の判り易い分類定義などレクチャーしていただければ幸いです。

Wikipediaの日本の高速道路などに法令上の定義や分類が載っていますが、建設の経緯や整備スキームなどの違いで非常に複雑なものになっています。整備主体はNEXCO各社(旧JH)、本四会社、首都高、阪神高、国土交通省、地方道路公社などさまざまで、グリグリさんが参考にされた「ドラぷら」では、そのうちNEXCO各社が管理している高速道路上にあるSA・PAしか拾えなかったものと思います。

一般利用者の視点に立った定義としては、交通の方法に関する教則(昭和53年10月30日国家公安委員会告示第3号)の「第7章 高速道路での走行」にある
高速道路とは、高速自動車国道と自動車専用道路をいいます。
というのがわかりやすいでしょうか。これらの道路はIC・JCTやSA・PAなどの案内標識に緑色が使われている道路ということになります。

ただし、これも明確な線引きがしづらい点もあります。たとえばしまなみ海道(西瀬戸自動車道)には歩道部があるので厳密には自動車専用道路とは言いがたいところもあります。もっとも、この場合は歩道部と車道部は完全に区切られていて、かつ車道部は125cc以下の二輪車は通行禁止となっていますのでこれは自動車専用道路と言えるでしょう。しかし、微妙なのが八王子バイパスで、こちらは案内標識は緑色ですが車道部は原付の通行も可能になっています。これについてはNEXCO中日本が道路管理者であること、および6月で終了した「高速道路」無料化社会実験の対象区間でもあることから、一般利用者の立場からすれば高速道路という感覚ではないかと思います(もちろん、制限速度は一般道と同じ60km/hです)。

以上のように、高速道路か否かの厳密な分類は難しいですが、一応「案内標識が緑色か否か」で判断するのが妥当ではないかと考えます(ただし現地に行くか、あるいは現地の写真が入手できなければ判別がつかないという欠点があります)。

[79209]k-aceさん
SA/PA名が市名誕生以前から存在の牧之原市に惹かれ、同様の例の真庭市を解答。このような例、他にどれくらいあるのだろう?

探してみたところ、南丹市が該当するようです(南丹PA開設が2001年、南丹市誕生が2006年)。

ところで、追加された想定解のうち、関門国道トンネル(国道2号)下関PAは異色の存在で、場所が関門国道トンネル人道(歩行者・軽車両)出入口に位置するため、自動車ではトンネル本線から直接利用ができません。自動車の場合は国道9号からのアクセスとなります。しかしながら、西日本高速道路サービス・ホールディングスWebサイトのエリア検索で、道路名から探す→関門橋・トンネル→下り線、と選択するとその名前が確認できます(設備がトイレ・自販機のみのため個別ページなし)。なお、現地に「PA」と書かれた案内標識はありません(人道入口の案内のみ)。全国にSA・PAは数あれど、本線から車で直接利用できないSA・PAはここが唯一ではないでしょうか。

[79213] 2011 年 8 月 22 日 (月) 00:57:00 おがちゃん さん
 いろずーさんへ

[79212] いろずー さん
これはどっちなんでしょうか?
日置市が○か×かはこれを見ればわかりますよ。

[79212] 2011 年 8 月 22 日 (月) 00:52:00 いろずー さん
 取り急ぎですが

問七の日置市を回答したはずですが
この落書き帳見ると未回答になっているんです…
これはどっちなんでしょうか?
後問十に関しては補足・指摘ありがとうございます

[79211] 2011 年 8 月 21 日 (日) 23:42:23 おがちゃん さん
 問四

[79207]グリグリさん
また、過去の事例なども調査すると面白いかもしれません。糸島市ができる直前の前原市(二丈町が孤立)や、隣接架橋の例として、生月町などと新設合併する直前の平戸市(生月町が孤立)などです。過去の事例は数が少ないと予想できますので、それほど難しくないでしょう。川口市(鳩ヶ谷市)ももうすぐ過去の事例になりますね。
実は、[79201]の元データを作っている最中に過去の事例も調査しようとしたのですが、あまりの数の多さとまとめる面倒臭さ、そしてレイアウトの問題で調査を止めてしまったのです。
数が少ないように見えて、「平成or昭和の大合併で唯一の隣接市に合併された県の端の孤立自治体」や「半島の一部で周りを唯一の隣接市に囲まれながら、最後には隣接市に合併された孤立自治体」や、「島内にあったいくつかの自治体(孤立自治体含む)が平成or昭和の大合併でまとめられた例」など、かなりあったりします。
また、僕はこの手の隣接系の該当自治体の変遷を調べる時には基本的にむじながいりさんの市町村変遷パラパラ地図
を使わせていただいております。
しかし、完全版の無い県では自力で探すしかないのでなかなか面倒な調査になります。
実際、[79201]
福岡市(千代町)の
(中略)
であると考えられます。
とここだけやや自信が無さげだったのもそのせいですし。
小学校時代の様に有り余るほどの時間がとれれば良いのですがなかなかそうもいかないので、残念ながらまとまった時間が取れてからゆっくり調査するということでご了承ください。

[79210] 2011 年 8 月 21 日 (日) 23:05:44 白桃 さん
 妻とワイフの人口地理(雑)学的研究

一般的に、妻とワイフは同数だと考えられるが、1950年国勢調査によりますと、
妻は13,591人、ワイフは12,174人となっております。

注):ここでいう「妻」は、宮崎県西都市の中心である旧「妻町」のことで、「ワイフ」は熊本県菊池市の中心である旧「隈府町」のことである。

[79209] 2011 年 8 月 21 日 (日) 23:04:20 k-ace さん
 第三十二回・十番勝負の雑感

あらためまして、k-aceです。
さて、今回も十番勝負の雑感を。
(あらかじめお断り:以下、長文・駄文となりお目汚し失礼します。)
今回は一大会自己最多のメダル5個(金1、銀3、銅1)獲得と十問完答と誤答0(但し、誤答の参考記録1ありですが)達成できました。
では、各問題に関して、今回も正答順に書いていきたいと思います。

問八:守谷市、白井市、稲城市、つくばみらい市、八潮市
■人口増減率が高い市(2005年vs2010年国勢調査人口比:高い順)
正答:豊見城市(銀メダル!)[78889]2011年8月7日(日)19:03:28
これは想定解数見ての、生活ガイド.com直行ですね。守谷市と白井市を比べて、2位、3位とそれっぽいところで共通項を確信。市と特別区での1位は東京都中央区らしい。
豊見城市解答の銀メダル獲得となりました。

問十:松江市、西尾市、松本市、佐世保市、長岡市(該当しない市:栃木市、姶良市、弥富市)
■編入合併を行った市(最近順)
正答:湖西市(銅メダル!)[78891]2011年8月7日(日)19:06:59
松江市からのこの面子で。[77046]2010年12月19日 オーナー グリグリさんの練習問題(この時は新設も含めてでしたが)でも答えている湖西市を解答。銅メダルを獲得。

問三:高崎市、川崎市、甲斐市、加古川市、北九州市
■第93回全国高校野球選手権地方大会決勝で敗れた高校がある市
正答:浅口市(銀メダル!)[78894]2011年8月7日(日)19:09:38
須賀川市も含めた6市で気付きました。経緯等一部は[79195]でも感想を述べてますので割愛。まぐれ当たりしなさそうな所から金光学園の浅口市を解答。銀メダルを獲得。問三に関しては、拙稿[79195]も参照。

問七:相生市、飯田市、上田市、江田島市、奥州市(該当する市:別府市)
■読みの五十音順に並べた場合、各音の最初の市(濁音も区別、五十音順)
誤答(参考記録):甲斐市[78899]2011年8月7日(日)19:14:05
→正答:蒲郡市(銀メダル!)[78900]2011年8月7日(日)19:15:58
五十音順なのはすぐ分かりました。
惜しくも17秒差で金メダルを逃す。54市と別府市から濁音も含むのは容易に想像ついたので、「が」を探す。まぁ結果的に「が」で始まる市は蒲郡市しかなかったのですが…。
この瞬間、第二十一回・十番勝負の問十(「か・が」で始まる市)で唯一の「が」の蒲郡市(ガマさん)を答えたかった方が多かったのを思い出しました(その時の解答者は銀メダル獲得のの油天神山さん)。
で、蒲郡市解答の銀メダル獲得となりました。

市町村+特別区だと
相生市、飯島町、上田市、永平寺町、おいらせ町。
甲斐市、蒲郡市、喜界町、岐南町、久喜市、郡上市、芸西村、桂川町、甲賀市、江津市。
佐井村、蔵王町、椎葉村、上越市、吹田市、逗子市、精華町、善通寺市、草加市
大樹町・大紀町、大子町、茅ヶ崎市、津市、天塩町、東員町、道志村
奈井江町、新潟市、沼田市・沼田町、根羽村、直方市
南風原町、磐梯町、美瑛町、日吉津村、比布町、笛吹市、豊前市、碧南市、別海町、伯耆町
舞鶴市、三浦市、むかわ町、明和町(群馬県・三重県)、真岡市
矢板市、湯浅町、余市町
羅臼町、陸前高田市、留寿都村、苓北町、六戸町
若狭町・若桜町
の順ですね。

問六:歌志内市、三笠市、尾鷲市、仙北市、米原市
■人口◯万人台で人口がもっとも少ない市(推計人口順)
正答:武雄市(金メダル!)[78921]2011年8月7日(日)19:40:52
ここ都道府県市区町村のランキングで推計人口の少ない方から何気なく追っていたら、規則性に気付きました。武雄市解答の今回初の金メダル獲得となりました。

市町村+特別区だと
青ヶ島村
最上町
河北町
時津町
菰野町
大網白里町
福生市
(以下省略)
特別区関連の変更・追加では
熊谷市→荒川区
那覇市→中野区
奈良市→品川区
富山市と長崎市の間に葛飾区
姫路市と八王子市の間に杉並区
船橋市と岡山市の間に足立区、江戸川区、大田区
堺市と千葉市の間に世田谷区

問五:函館市、いわき市、糸魚川市、鳥取市、五島市
■都道府県で一番南に市域がある市
正答:笠岡市(9位)[78951]2011年8月7日(日)21:43:33
解答市を見てたら、南に偏っているのに気付きました。島が最南端のところから笠岡市(六島が該当)を解答。

問九:横浜市、札幌市、京都市、那覇市、大阪市
■2010年度住みたい街ランキングベスト100の市(住みたい順)
正答:浦安市(11位)[79034]2011年8月10日(水)18:38:07
解答市を見てたら、魅力ある街とか住みたい街の類かなと。浦安市解答となりました。

問一:砂川市、小田原市、綾部市、阿波市、古賀市(該当しない市:天理市、熊本市)
■市名と同じSA/PAが市内にある市(完全一致)
正答:真庭市(11位)[79083]2011年8月13日(土)23:00:17
これはヒントなしでは無理。SA/PA名が市名誕生以前から存在の牧之原市に惹かれ、同様の例の真庭市を解答。このような例、他にどれくらいあるのだろう?

問二:三鷹市、山梨市、みよし市、洲本市、伊佐市
■アナグラム読みの市区町村郡がある市
正答:松阪市(12位)[79115]2011年8月16日(火)05:48:00
「三鷹市は軍」とか解凍するわで遠回り。なんでこの問題でこんな時間かかるんだろう? 山梨市−山科区(京都市)とか全く結びついてなかったのが原因かな?
松阪市−笠松町の松阪市を何故か解答。
[79206]白桃さん
k-ace さんが「加西」で名瀬回答されなかったのか、ま、それなりのポリシーがあるのだと思いますが、不思議でした。
メダル(できれば金メダル)狙える場合以外の加西市解答は封印しとります(新形式の場合は除く)。

問四:石巻市、川口市、米子市、広島市、佐世保市(該当しない市:御殿場市、長崎市)
■その市だけに隣接する市町村がある市(同一都道府県内で架橋隣接も含む)
正答:高萩市(16位)[79134]2011年8月17日(水)21:30:54
この問題も気付くのが遅い…。美作市、由利本荘市と迷い、結局何故か高萩市を解答。

総括
今回、正答数ランキングは13位で、メダルランキングは3位でした。
で、今回までの全体(歴代)の正答数ランキングは11位で、メダル(金銀銅)ランキングは7位でした。正答数ランキング、メダルランキングともに前回と同じ。また平均着順は6.9位でした。
(前回までの分は拙稿[78427]へ)
で、今回も各データを経県マップに表します。
(過去の十番勝負の正答回数マップ・メダル獲得回数等は拙稿[78427]へ)
正答回数(都道府県庁所在地版)は都道府県庁所在地の解答が無かったので省略。
メダル獲得回数(静岡、愛知が新たに増えたのと、岡山、佐賀、沖縄の個数増加)です。中四国・九州沖縄で21/35と6割を占める偏りっぷり。
誤答回数は参考記録は含めないため、省略。

次回は、十問完答、誤答0、メダル1個以上を目標に頑張りたいと思います。
あ、次は来年正月ですか。野々市市や川口市等市制・合併関連は要チェックですね。
グリグリさん、本当に楽しい問題と時間をありがとうございました。では、次回もよろしくお願いします。

[79208] 2011 年 8 月 21 日 (日) 22:59:07【2】 おがちゃん さん
 第三十二回十番勝負問七研究

続いて問七で、市だけでなく町や村もあいうえお順に並べたときの各音の最初の市町村を調べました。
また、各音最後の市や町、村も調べました。


文字市の最初最後町の最初最後村の最初最後
相生市安中市愛川町安八町青ヶ島村粟島浦村
飯田市印西市飯島町岩美町飯舘村伊平屋村
上田市雲南市羽後町雨竜町上野村売木村
江田島市江別市永平寺町えりも町
奥州市尾張旭市おいらせ町御宿町王滝村恩納村
甲斐市神埼市開成町甘楽町風間浦村川場村
蒲郡市蒲郡市
菊川市桐生市喜界町錦江町木島平村清川村
宜野湾市行田市岐南町玉東町宜野座村宜野座村
久喜市桑名市草津町訓子府町国頭村黒滝村
郡上市郡上市
気仙沼市気仙沼市桂川町剣淵町
下呂市下呂市玄海町玄海町芸西村芸西村
甲賀市小諸市上毛町菰野町神津島村小菅村
江津市御坊市神戸町五戸町
西海市山陽小野田市坂町三戸町佐井村猿払村
座間市座間市蔵王町蔵王町座間味村座間味村
塩竈市新城市塩屋町新ひだか町椎葉村榛東村
上越市城陽市神石高原町神石高原町
吹田市諏訪市須恵町住田町
逗子市逗子市
西予市仙北市精華町世羅町関川村関川村
善通寺市善通寺市
草加市袖ケ浦市壮瞥町外ヶ浜町曽爾村曽爾村
胎内市垂水市大樹町&大紀町田原本町喬木村多良間村
大仙市伊達市&伊達市大子町大山町
茅ヶ崎市知立市築上町千代田町筑北村長生村
津市鶴ヶ島市月形町鶴田町嬬恋村鶴居村
天童市天理市天塩町弟子屈町天栄村天龍村
東温市富田林市東員町豊山町東海村豊根村
道志村道志村
那珂市南陽市奈井江町南幌町中川村南牧村
新潟市韮崎市新冠町仁淀川町新島村西米良村
沼田市沼津市沼田町沼田町
根室市寝屋川市根羽村根羽村
直方市能美市野木町野辺地町野沢温泉村野田村
萩市飯能市南風原町播磨町白馬村原村
坂東市坂東市磐梯町磐梯町
日置市広島市東吾妻町洋野町&広野町日吉津村平谷村
備前市美唄市美瑛町平取町
比布町比布町
笛吹市富良野市深浦町古平町普代村舟橋村
豊前市豊後高田市
碧南市碧南市平群町平群町
別府市別府市別海町別海町
防府市本庄市伯耆町本別町
舞鶴市丸亀市幕別町まんのう町真狩村松川村
三浦市みよし市&三次市&三好市三川町御代田町御蔵島村宮田村
向日市室蘭市むかわ町村田町
明和町&明和町芽室町
真岡市紋別市最上町毛呂山町諸塚村諸塚村
矢板市八幡浜市八重瀬町山元町泰阜村山中湖村
結城市由利本荘市湯浅町湯梨浜町湯川村湯川村
横須賀市米沢市余市町与論町読谷村蓬田村
羅臼町嵐山町
陸前高田市龍ヶ崎市陸別町竜王町
留萌市留萌市留寿都村留寿都村
苓北町礼文町
六戸町六戸町六ヶ所村六ヶ所村
和歌山市蕨市若狭町&若桜町輪之内町

[79207] 2011 年 8 月 21 日 (日) 22:38:50【1】 オーナー グリグリ
 Re:第三十二回十番勝負問四研究

さっそくの十番勝負の感想文や各問の分析記事をありがとうございます。

[79201] おがちゃんさんの問四の分析ですが、気になった点を。
広島県江田島市 呉市 1961年12月4日 音戸大橋開通

山口県周防大島町 柳井市 1976年7月4日 大島大橋開通
橋の開通ではなく、呉市の音戸町などとの編入合併、柳井市の大畠町との新設合併のタイミングでしょう。他は確認していません。また、過去の事例なども調査すると面白いかもしれません。糸島市ができる直前の前原市(二丈町が孤立)や、隣接架橋の例として、生月町などと新設合併する直前の平戸市(生月町が孤立)などです。過去の事例は数が少ないと予想できますので、それほど難しくないでしょう。川口市(鳩ヶ谷市)ももうすぐ過去の事例になりますね。

【追記】[79205] 大龍エクスプレスさんも指摘されていますが、
江田島市の該当しはじめたのは2004/11/01の江田島市発足、周防大島町の該当しはじめたのは2004/10/01の周防大島町発足のときだと思いますが、いかがでしょうか?
惜しかったですね。私も最初同じように発想したのですが、よく確認すると、相手側の市(呉市と柳井市)がまだ接続していません。呉市(江田島市)が2005(H17).3.20、柳井市(周防大島町)が2005(H17).2.21です。

[79206] 2011 年 8 月 21 日 (日) 22:12:25【1】 白桃 さん
 第32回十番勝負感想文

今回は、休日に仕事が入ったことから開幕に間に合いませんでした。
帰宅後、眺めていて比較的簡単に判ったのが、問五(南端)、問七(五十音順)、問十(編入合併順)、問八(人口増減率)だったと思います。
初日はそこで八女にしとけば良かったのですが、メダル欲しさに問一を五島してしまいました。
お題の5市から、
砂川(sunagawa)→須賀川(sukagawa)
小田原(odawara)→大田原(otawara)
綾部(ayabe)→綾瀬(ayase)
阿波(awa)→あま(ama)
古賀(koga)→加賀(kaga)
のように、ローマ字1字を変更したら別の市になる。ま、想定解数なんて確認しておりませんが、いっぱいあるでしょう。^j^)~~
2日目は問四(その市だけに隣接)を回答したのみです。
3日目も問九(住みたい街)を回答したのみです。
4日目は休暇をとっていたので、一挙に、と内心思っていたのですが那珂那賀そうは問屋がおろして呉ません。
問三(地方大会準優勝)は得意分野なのに遅れをとってしまいました。浅口、丸亀、遅くとも浦安が回答された時点で答えられないようでは情けない・・・
問六(○万人台で最少人口)につきましては、[79200]でイヤミな小言を書きましたが、お題の5市の仙北が宮若だったら、もう少し早く気がついていたでしょう。なんたって毎日毎日そういうことばっかりやっているんですから。というわけで、オーナーにおかれましては、[79200]は白桃の単なるグチとして聞いていただければと思います。
残り2問は難産でした。問一(PA,SA)は、誤答したこともあってか、考え過ぎてしまいました。高速道路関係は苦手なので、ヒントなしでは無理かも。
問二(アナグラム市)は通勤中に分かりましたが、これがスグ判らないようでは困ります。
問二に関して、
いっちゃんさんが「八潮」、k-ace さんが「加西」で名瀬回答されなかったのか、ま、それなりのポリシーがあるのだと思いますが、不思議でした。

以上、ダラダラと書き連ねましたが、やっぱり十番勝負は楽しいです。苦しさも味わえますが、ボケ防止のために今後も頑張ります。

[79205] 2011 年 8 月 21 日 (日) 22:11:34 スカンデルベクの鷲[大龍エクスプレス] さん
 ネパール型

[79201]おがちゃんさん
細かくていいデータだと思います。気になった点を二つ。江田島市の該当しはじめたのは2004/11/01の江田島市発足、周防大島町の該当しはじめたのは2004/10/01の周防大島町発足のときだと思いますが、いかがでしょうか?

これだけでは難なので、町村で該当するところを。

1自治体隣接自治体隣接自治体
利尻郡利尻町利尻郡利尻富士町
利尻郡利尻富士町利尻郡利尻町
西津軽郡鯵ヶ沢町西津軽郡深浦町
三戸郡田子町三戸郡三戸町
知多郡南知多町知多郡美浜町
豊能郡能勢町豊能郡豊能町
東牟婁郡太地町東牟婁郡那智勝浦町
阿蘇郡小国町阿蘇郡南小国町
小豆郡土庄町小豆郡小豆島町
小豆郡小豆島町小豆郡土庄町
西之表市熊毛郡中種子町
熊毛郡南種子町熊毛郡中種子町
大島郡和泊町大島郡知名町
大島郡知名町大島郡和泊町

[24164]に「ネパール型市町村」という定義もありました。
ちなみに僕は玉野市が想定解に入っていると思ってました。(なぜか三豊市を見落としていた。)

[79204] 2011 年 8 月 21 日 (日) 22:09:28【1】 オーナー グリグリ
 十番勝負後始末記(人口編)

[79200] 白桃さん
感想の前にグリグリさんにクレーム(というほど大したことではありませんが・・・)です。
はい、お手柔らかにお願いします。^^;
問六と問八は人口データを知らないと解けない問題で、問六は2009年10月1日の推計人口、問八は2010年国勢調査速報値、と異なったデータを基にしておりますが、今後は同じ回の問題においては引用データを統一すべきでは、と考えます。
ご指摘の通りです。同一データに統一すべきと思います。問八で当サイトにはないデータを参照させている訳ですから、問六も同様に2010年速報値を使うべきでした。当サイトのデータを参照させるというこれまでのスタイルに縛られ過ぎだったと思います。もっと柔軟に発想すべきでした。申し訳ありませんでした。

【追記】
問六を国勢調査速報値でやりますと、お題の5市も違ってきます。
これは出題前に確認しておりまして、違うから共通項は推定人口がベースになっていると判るだろうと考えていました。やはり柔軟さが足りないですね。

実は、開始直前になって問六を推計人口から面積に変更しようかと考えたのですが、時間が足りませんでした。準備不足です。今回も準備調査不足による反省点が多かったです。次回はじっくり準備期間をとりたいと考えています。

[79203] 2011 年 8 月 21 日 (日) 22:06:19 みかちゅう さん
 十番勝負・感想編

今回は平和祈念の十番勝負ということでしたが、特に何も関係なかったようですね。「平和(町)がある自治体」を一応検索したもののたいした成果も出ずに残念でした。以下、自分が解答した4問について感想を。

問五:各都道府県の市域でいちばん南→南房総市
なんとなく各県で南のほうの市が出ているな、と思い地図で確認したらOK。地元の三浦市は既出だったので、東京湾をはさんで向かい側の南房総市を解答。

問六:人口○万人台で最小→東村山市
どう考えても人口の少ない市が並んでいたので、全国の市を人口順に並べて該当する市の人口を眺めているうちに気づきました。市名を見ただけでは人口の大小関係がわかりにくい中盤に差し掛かると、かえって気づきにくい共通項です。

問七:各音の最初→江津市
声に出して確認していると、お題の5市の頭文字が「あいうえお」。続きは「かきくけこ」で、濁音は全部まとめて後回し(「わ」まで終わったあと)と考えて久喜市を解答。ここらへんはきちんとお題を見た段階で順番が一意に確定するようにしてほしいところ。

問十:編入合併をした→熊本市
5市をまとめて検索したら郵便番号の変更をまとめたページにぶつかったので、細かい条件をつめるために「市区町村変遷情報」とにらめっこ。


あとは問題を見たときの感想など。
問一:SA・PAがある
自家用車を持たない私にとってはこういうお題は気づきにくいですね。高速バスなら時々利用しますが、いつも決まったところ(足柄・富士川・浜名湖など)で休憩ですし。
[79199]MasAkaさんの「都市高速や一般道路のSAやPAは対象となるか?」という疑問について。これは出題時に正解となる市の数を発表しているので、解答者のほうで調べて細かい条件を詰めろということでしょう。

問八:人口増加の多い順
大都市近郊が多いので薄々は気づいていましたが、一覧表を作るのが面倒そうなので放置していました。那覇市近郊とはいえ、豊見城市なんてそんなに増えているのかと思ったり。「さくら市」は首都圏のベッドタウンとしては遠いように思うけれど、工場進出のための人口増加でしょうか。人口減少の多い順にすると、元から人口の少ない市でいっそう人口が減っていることがうかがえます。

問九:住みたい順
横浜市民の手前味噌ですが、結構いい所だと思いますよ(笑)。同じ横浜でも北部の田園都市線沿線に憧れる人も多いでしょうし、海のある金沢区方面もそれなりに人気がある模様。ただし、人気があることは不動産価格もそれなりなのも事実。通勤ラッシュも都心まで1時間程度ぎゅうぎゅう詰めで立ちっ放しというのも当たり前ですし。この辺を考えると横浜市内でも人気の度合いはかなり異なると思います。

[79202] 2011 年 8 月 21 日 (日) 21:49:36【1】 オーナー グリグリ
 十番勝負後始末記(SAPA編)

[79199] MasAkaさん
玉名市は「該当しない市」ではないでしょうか?玉名PAの所在地は南関町です。
これは確認が甘かったですね。一通り所在地も地図で確認していたつもりなんですが、今確認してみると、九州道は玉名市をかすめてもいないんですね。失礼いたしました。玉名市を想定解から除外します。

また、首都高速などの都市高速道路や一般道路のSA・PAなどが想定解から抜けていますが、これについては「該当しない市」の条件のみからはこれらが除外されていることが読み取れません。
この問題の調査には、NEXCO東日本のドラぷらのサービスエリア・パーキングエリア情報一覧のページを参考にしました。そのため、ご指摘の都市高速道路や一般道路の情報が抜けてしまったようです。このページの「名前から探す」には、首都高などもリストアップされているのですが、すべてのSA/PAが情報として掲載されていないようです。

実は、[79194]の共通項発表記事で書いた、[79118][79170]で見落とした、東九州自動車道の宮崎PA、播但連絡道路の朝来SA、神戸淡路鳴門自動車道の淡路SAも、ドラぷらの名前から探すでは出て来ないSA/PAでした。宮崎PAの存在をまりんぶる〜さんから教えていただき、ドラぷらの「地図から探す」にはこれら3つのSA/PAがあることを確認して想定解に加えて行ったというのが経緯です。高速道路の定義については以前から苦手だったのですが、やはりその欠点がもろに出てしまったようです。申し訳ありませんでした。

尼崎PA(阪神高速)
伊賀SA(名阪国道)
泉大津PA(阪神高速)
市川PA(首都高速)
大府PA(知多半島道路)
川口PA(首都高速)
下関PA(関門国道トンネル)
姫路SA(姫路バイパス)
八潮PA(首都高速)
これらはドラぷらの地図から探すにも掲載されていないため、見落としに気付けませんでした。言い訳になりますが、仮にこれらの市が解答されていても誤答にはならなかったと思います。このような共通項の場合には、誤答と判定する前に再度地図などで共通項として該当していないことを確認していますので。それにしてもいくら高速道路の定義に弱いからと言っても、毎日通っている市川PAの存在を忘れてしまうとは情けないです。本当に申し訳ありませんでした。すでに終了していますが、上記9市についても想定解として追加することとします。

どなたか、高速道路の判り易い分類定義などレクチャーしていただければ幸いです。とくに、無料の一般道路の高速道路扱いなど。西湘バイパスと姫路バイパスは同じ分類なの?など、???です。

[79201] 2011 年 8 月 21 日 (日) 21:26:29【3】 おがちゃん さん
 第三十二回十番勝負問四研究

こんばんは。おがちゃんです。
今回はしっかり感想文を提出しようと思いますが、その前に問四をまとめてみました。
[79196]大龍エクスプレスさんが似たようなものを書き込まれていますが・・・。)

1市隣接自治体隣接市該当しはじめた日原因
青森県階上町八戸市2005年3月31日八戸市と南郷村の合併
岩手県藤沢町一関市2005年9月20日一関市と花泉町、千厩町、川崎村、室根村の合併
宮城県女川町石巻市2005年4月1日石巻市と雄勝町、河北町、牡鹿町の合併
秋田県にかほ市由利本荘市2005年10月1日3町が合併してにかほ市が誕生
山形県遊佐町酒田市2005年11月1日酒田市と八幡町の合併
福島県新地町相馬市1954年8月20日新地村と2村の合併
茨城県北茨城市高萩市1956年3月31日3町3村が合併して北茨城市が誕生
栃木県足利市佐野市2005年2月28日佐野市と田沼町の合併
埼玉県鳩ヶ谷市川口市1956年4月1日川口市と安行村の合併
埼玉県小鹿野町秩父市2005年10月1日小鹿野町と両神村の合併
千葉県浦安市市川市1956年10月1日市川市と南行徳町の合併
千葉県館山市南房総市2006年3月20日6町1村が合併して南房総市が誕生
神奈川県川崎市横浜市1939年4月1日川崎市と2村の合併&横浜市と2町15村の合併
神奈川県三浦市横須賀市1955年1月1日2町1村が合併して三浦市が誕生
富山県氷見市高岡市2005年11月1日高岡市と福岡町の合併
石川県加賀市小松市2005年10月1日加賀市と山中町の合併
福井県あわら市坂井市2006年3月20日4町が合併して坂井市誕生
静岡県湖西市浜松市2010年3月23日湖西市と新居町の合併
愛知県田原市豊川市2005年10月1日田原市と渥美町の合併
三重県木曽岬町桑名市2004年12月6日桑名市と長島町の合併
大阪府岬町阪南市1991年10月1日阪南町の市制施行
兵庫県南あわじ市洲本市2006年2月11日洲本市と五色町の合併
鳥取県日吉津村米子市1954年6月1日米子市と巌村の合併
鳥取県境港市米子市1954年8月10日2町4村が合併して境港町が誕生
鳥取県岩美町鳥取市2004年11月1日鳥取市と国府町、福部村の合併
岡山県西粟倉村美作市2005年3月31日5町1村が合併して美作市が誕生
広島県府中町広島市1975年3月20日広島市と船越町の合併
広島県大竹市廿日市市2005年11月3日廿日市市と大野町の合併
広島県江田島市呉市2005年3月20日呉市と音戸町の合併
山口県和木村岩国市1955年4月1日岩国市と小瀬村、藤河村の合併
山口県阿武町萩市2005年3月6日萩市と須佐町、むつみ村、福栄村の合併
山口県周防大島町柳井市2005年2月21日柳井市と大畠町の合併
香川県東かがわ市さぬき市2003年4月1日引田町と白鳥町と大内町が合併して東かがわ市が誕生
香川県観音寺市三豊市2006年1月1日7町が合併して三豊市が誕生
愛媛県四国中央市新居浜市2004年4月1日2市2町が合併して四国中央市が誕生
愛媛県伊方町八幡浜市2005年4月1日伊方町と2町の合併
愛媛県愛南町宇和島市2005年8月1日宇和島市と津島町の合併
福岡県大牟田市みやま市2007年1月29日3町が合併してみやま市が誕生
福岡県糸島市福岡市2010年1月1日前原市と二丈町、志摩町が合併して糸島市が誕生
佐賀県基山町鳥栖市1954年4月1日鳥栖町と1町3村が合併して鳥栖市が誕生
佐賀県太良町鹿島市1955年3月1日鹿島市と太良町が七浦村を分割編入
佐賀県玄海町唐津市2005年4月1日唐津市と鎮西町、肥前町の合併
長崎県佐々町佐世保市2010年3月31日佐世保市が江迎町、鹿町町と合併
熊本県苓北町天草市2006年3月27日2市8町が合併して天草市が誕生
宮崎県えびの市小林市1966年11月3日3町が合併してえびの町が誕生
鹿児島県長島町阿久根市2006年3月20日長島町と東町の合併
鹿児島県竜郷町奄美市2006年3月20日名瀬市が住用村、笠利町と合併

合併の結果が明らかにわかりますね。実に全46市47件(米子市が2件該当)のうち33市33件は2001年以降に該当しました。残りの13市14件も9市10件は1950年代に該当した市です。
因みに現在該当する中での最古参は横浜市(川崎市)の1939年4月1日該当ですが、現在該当しない中では福岡市(千代町)の1928年4月1日該当(同年5月1日千代町が福岡市に編入されることで該当しなくなる)であると考えられます。
なお、この千代町は「レソト型市町村」でした。

【1】[79205]大龍エクスプレスさんのご指摘により訂正。大龍エクスプレスさん、ありがとうございました。
【2】[79207]グリグリさんのご指摘により訂正。グリグリさん、ありがとうございました。
【3】上記訂正に伴い、一部の数字を変更しました。

[79200] 2011 年 8 月 21 日 (日) 19:35:18 白桃 さん
 十番勝負感想文の前に

今回も楽しませていただきました。有難うございました。

感想の前にグリグリさんにクレーム(というほど大したことではありませんが・・・)です。

問六と問八は人口データを知らないと解けない問題で、問六は2009年10月1日の推計人口、問八は2010年国勢調査速報値、と異なったデータを基にしておりますが、今後は同じ回の問題においては引用データを統一すべきでは、と考えます。
問六を国勢調査速報値でやりますと、お題の5市も違ってきます。


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