尽く書を信ぜば、書無きに如かず。
『孟子』の尽心篇下にある言葉だそうです。
「書」というのは、当時は『書経』を意味していたのかもしれませんが、現代の私たちとしては、書物一般、更にはウェブを含む「情報一般」という意味にとらえたいところです。
情報収集は重要であるが、鵜呑みにするだけならば、ない方がまし。
自分の頭で情報を評価し利用すべし というのが、孟子の教えでしょう。
こんなことを書いたのは、変遷情報の
市制町村制施行時・神奈川県 に記載された「日野宿」をめぐる情報と その解釈とが いささか混乱したためです。
タイミングよく、
[78873] MI さん の報告があり、「日野宿」の件に限れば、明治22年神奈川県公報に印刷された「県令第10号」【9号別冊の誤。下記の追記参照】の誤植が、混乱の原因の1つであったようです。
遠くから足を運んでいただいた情報探索、まことにご苦労様でした。
【追記】
そして別冊に「町村分合改稱」の一覧が掲載されているのですが、ここで大変なことを発見してしまいました。
確認ですが、「日野村」という誤植があった「町村分合改稱」一覧表は、4月1日施行の「県令第10号」ではなく、3月31日施行の「県令第9号別冊」【つまり旧町村のリスト】ですね。
[78871] むっくん さん が言及された「(3)新市町村の役場位置に関する県令」は、発見できなかったのでしょうか?
また、同様に言及のあった“神奈川県公報第268号(M22.7.19)にある「神奈川県各郡町村名大字役場位置表」”【新町村のリスト】にも、「日野宿」と記載されていたでしょうか。
県令第9号別冊の一覧表は、『神奈川県町村合併誌』上巻pp.83-108の引用の形で、
[78871]までに何回も紹介されていますが、誤植訂正後の「日野宿」に修正されているため、誤植のあった過去は、今回の探索で初めて判明したのでした。
神奈川県公報の「正誤表」に気がつかない人が、新制度になってからも「日野村」だと思い、二次資料を残した。
これはあり得ることで、
[78806] MI さん が、「日野村」となっている と紹介された資料のうち、2点は これに該当するかもしれません。
しかし、3点目の 『現行東京府布令類纂(明310425発行) 』に記された
明治廿六年告示第四十七號ヲ以テ日野村ヲ日野町ト改稱ス
は、番号まで記された正式の「東京府告示」であり、単純な誤植訂正の見落し説には疑問があります。
[78818]によると、日野町になる前を「日野村」とした 告示文自体にも 疑問があるとのことですが…。
明治22年から明治26年の間に改称が行なわれた可能性もあり、「日野村」疑惑は消えません。
【追記終】
それはさておき、自治体名としての「日野村」が誤植であったとしても、集計に際して「日野宿」を「町」として数えるか、「村」として数えるかの問題は解決しません。
神奈川県県治一斑(明治22-23年)で「26町294村」と記載されていることなどを根拠に、日野宿には明治22年に「村制」が施行されたという意見
[78794] もあります。
しかし、私としては、施行された制度は「町村制」であり、わざわざ町制・村制を区別する法的な根拠はないものと考えます。
集計に際して、「日野宿」を「町」又は「村」のいずれかに加えるか、それとも 別立てとするか
[78790]は、集計目的乃至は集計者の好みの問題です。
この意見は、
[78833]で明らかにしたように「市制町村制理由」に基づいています。
宿駅と称し町と称するもの、施政の大体に於て村落と異同あることなし。故に 今之を同一制度の下に立たしめんとす。
「日野宿」問題から、市区町村変遷情報における情報の扱い一般に移ります。
市区町村の変遷については、
[55681]の冒頭に記された出版物があり、88さんもこれを利用しています。
これらの資料は 有用ではありますが、誤った情報や誤記もあり、変遷情報データとして使う際には検証を必要とします。
[55730]で紹介されているデータ整理手順によると、近年の変遷情報については、官報情報検索で抽出された総理府等の告示により確認がなされています。
念の為、市町村の廃置分合手続きにおける「告示の役割」を地方自治法第7条で確認しておきます。
すなわち、関係市町村の申請→都道府県議会の議決→知事が定めて総務大臣に届出→告示→効力発生 という段階を経ることになっており、「変遷情報記録の根拠を 告示に求める」 のは 正しいこと がわかります。
但し これは日本国憲法に基づいて制定された 現行の地方自治法下での話です。
戦前の市制、町村制では、「市」については 内務省告示が官報に出ていたものの、町村の廃置分合や 町村の「市」への編入など、町村に関する変遷情報は、内務省告示の対象外でした
[27855][55276] Issieさん。
これらは、官報でなく、府県公報に掲載された 府県令や告示などに 根拠を求める必要があるのでしょう。
特に、明治22年の 市制町村制施行の根拠となる府県令と、それに伴う 自治体の配置分合を公示した府県令 とを収録した資料については、むっくん さん による 26府県についての紹介があり
[62809]、以後改訂を重ねて、
[76874] 市制町村制施行時の府令県令(ver.5) という形で集大成され、記事からのリンクにより、45府県のデータが記された資料に導かれています。
市制町村制施行時の各府県が、すべての市町村名と その役場の所在地を記した 府県令を出し、これにより「全市町村名」がわかることも、
[78871]で紹介されました。
以上は、変遷情報における 「自治体の呼び名」 を主とするデータの 根拠一般に関するものですが、個々のデータについても、むっくん さん などによる 数多くの指摘があり、88さんによる 誠実な対応により 一段と信頼できるデータ集が 構築されてきています。