[66582]拙稿の続きです。地図・字(特に小字)の成立過程について述べます。今回の投稿は
[65276]拙稿の補足になります。ちょっと詳細過ぎ・長文ではありますが、現在の土地制度(字、地番を含む)への大きなポイントとなるところですのでご容赦を。
(参考資料)
「地租改正と地籍調査の研究」(塚田利和著、1986年2月20日第1版1刷発行、発行:御茶の水書房)
「公図 読図の基礎」(佐藤甚次郎著、H16(2004).3.1初版第3刷、発行:株式会社古今書院)
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■土地の所有形態の歴史について
土地は、もともと各地の氏族が首長を中心として土地を私有していました。この土地を国有化して口分田を基礎とした「班田収授」を実施したのが「大化の改新」です。
時代はずっと下って江戸時代。慶長10年秋、徳川家康は全国の諸大名から領地の「石高」「物成」(年貢高)と「領地絵図」を提出させて「家康御前帳」を作成して幕藩制土地所有を具体的に公示し、全国すべての土地を幕府所有地として各地の大・小名領主に「領地目録」、旗本領主等に「知行地上」及び「知行地安堵状」等により諸大名・旗本に配分し、寛永20年3月に「田畑永代売禁止令」「田畑永代売御仕置」を発布して「土地占有借耕権」の移転に制限を加え、農民を検地石高制と結合させて幕藩制土地領有を確立させました。制度的には次のとおりで、土地の私有はありえませんでした。
・統治者・・・幕府
・領地権者・・・大名、小名、旗本等の領主
(領地権・・・検地石高(現代の土地所有権を考えられる)によって結ばれている農地及び農地と一体になっている農民を含めて支配する)
・名請人・・・庄屋・豪農等。農地管理者であり、耕作管理を領地権者から認可された代償として年貢を納付する義務を有する耕作請負人
・耕作人・・・小作人で農地と一体になる人。名請人の耕作代理人としての農業従事者。名請人に年貢を納めた後の余得で生活を支える
明治維新は、幕藩時代に「幕府直轄地」(天領・旗本知行地等)と「各藩領有地」に別れていた土地を「国有地」に統一して、その土地に「私有権」を確認・設定した変革でした。
まず、版籍奉還願が各領主から提出され、政府はで各領主に版籍(土地及び人民)奉還を命じました(
M2.6.17太政官布告第543号・第544号)。旧幕府所有地は、既に政府の所有になっており、政府直轄地と諸藩主の領有地とに分かれていたのですが、版籍奉還により、諸藩主が領有する土地・人民ともに政府に返還したため、すべて政府の統括下に置かれ、太閤検地以来280年継続された「幕藩領国制の領主的土地所有体制」は崩壊し、国土は政府直轄の「国有地」と確定しました。この時点では、私人の所有権はまだ皆無です。
その後、
M3.6太政官布告第430号・第431号により「御国絵図改正」が行われました。政府は、国家財政の確立と税法論議に対応するため、幕藩時代から個々に区画されている毎筆の土地を把握する必要性がありました。このため、幕藩時代最後の全国検地「天保検地絵図」を基礎素図として毎筆の土地を現地に確認し、各筆の土地の形状・位置及び農道・水路・溜池・河川等の公共物の位置・形状を確認して、現況と「天保絵図」とが符合しない箇所は現況に符合した現況測量図である改正御国絵図を作製し提出するよう、全国の各府藩県に命じました。
版籍奉還令により国有地となった土地は幕藩体制時代から国民が占有している実態に沿って個々に区画されており、その区画ごとに占有権を確認したうえで、政府が旧来の占有権を近代的土地占有権として法的に追認して区画ごとに所有権を確立し、国民に再配分所有権を国家が保証することにより、
M5.2.15太政官布告第50号の「地所永代売買禁止の解除」が有効になります。
■明治初期の各土地制度・地図等の変遷について
明治政府は、明治初期において各土地制度の充実に際し、さまざまな制度により、さまざまな地図を作ります。地図と共に、字名・地番も変更になったり、そのまま踏襲したり、複雑です。まずは地図を中心とした観点から、各制度等を表にします。
年月日 | 法令番号等 | 法令名等 | 地図名称 | 担当部署 | 趣旨 |
M5.2.24 | 大蔵省達第25号 | 地所売買譲渡ニ付地券渡方規則 | 壬申地券地引絵図 | 大蔵省 | 壬申地券の確認のため |
M6.7.28 | 太政官布告第272号 | 地租改正条例 | 地租改正地引絵図 | 地租改正事務局 | 土地を課税の対象とし、所有者個人に課す。面積は実測 |
M7.12.28 | 内務省達乙第84号 | 地籍編製調査実施通知 | 地籍編製地籍地図 | 内務省 | 民地のみの地租改正に官有地を追加 |
M17.3.15 | 太政官布告第7号 | 地租条例 | 地押調査更正地図 | 大蔵省 | 地租改正の脱漏の補足等 |
M22.3.23 | 勅令第39号 | 土地台帳規則 | 土地台帳附属地図* | 大蔵省 | 地券台帳を基礎に脱落等を調整 |
このように、大蔵省、内務省等が、それぞれの観点から制度をつくり、地図等を作成しました、よって、上記のとおり名称も中身も似通っていますが、正確には異なります。また、現在法務局にある「旧土地台帳附属地図」、つまりは「公図」を見る場合に、注意を要します。
[65276] 拙稿でも述べたように、この「公図」は、字や地番区域等を見るときには、「宝の山」です。
▼壬申地券と地引絵図
政府は土地整理と共に国家保証による土地所有権を認め土地私有制度を確立するために、
M5.2.24大蔵省達第25号「地所売買譲渡ニ付地券渡方規則」を布達しました。こうして作られた地券が「壬申地券」です。これは当初は売買譲渡の場合に所有権を公証するものとして地券を付与したものでしたが、
M5.7.24大蔵省達第83号ですべての土地所有者に交付するように改められ、これらは「一般地券」とも呼ばれました。
これには地所1筆ごとの反別、地目、地代及び所有者の確認が必要ですが、この調査は所有者の申告制を採り、従前の検地帳・名寄帳などを基礎としました。申告書が「地引帳」(府県によっては「丈量帳」「反別帳」とも)、これに添えた地図が「地引絵図」です。地所各筆の位置を特定し脱漏を防ぐためにも地所番号(地番)が付けられました。
▼地租改正と地引絵図
M6.7.28太政官布告第272号の
地租改正条例では、従来の貢租が生産物(生産高)を対象として「村」(現実にはさらに按分されて作人)が納付していたのを、土地を課税の対象とし、所有者個人に課すようにしました。このため、土地と所有者の正確な把握、さらには土地の面積が基本要素であるので、面積は実測し、字名と地番や所有者を示した「地引帳」とその事実を図示した「地引絵図」をもって申告させました。
#なお、地租改正に先立ち、字及び村は一部再編されます。
検地帳などに記載され一応は確定した字も、時間的経過につれて、村人たちの生活にかかわりが多い地区などでは細分化が進行し、明治初期には一村における字の空間的規模はきわめて不均衡になっていた場合が多くなっていました。また、無住家村や数戸という小規模村は、改租作業の負担に耐えられないので地租改正を前にして合併が進められ、
M6.7.17大蔵省第99号達「村市改称分合方」により合併を促進しました。
村市改称及ヒ分合追々伺出候処中ニハ簡略ニ過キ夫カ為メ調査推問等徒ニ時日ヲ費シ事務遷延致シ不都合ニ付以後分合之分ハ其村市苦情之有無取糺差支無之分ハ四隣囲繞村市境界ヲ記候絵図面並反別戸口詳細取調改称候分ハ其村市差支之有無取糺可申出最両条其旧新称呼之側ヘ仮名ヲ附シ可申候此段相達候事
また、地租改正に先立つ地籍編製において、字名は、
M9.5.23内務省丙第35号達「地籍編製地方官心得書」に付け方が示されており、第8条で、
字ハ旧慣ニ依ルヲ旨トス然レトモ実際広大ニシテ已ヲ得ス分裂セサルヲ得サルモノハ成ルヘク字ニ上中下或ハ一二三ノ文字ヲ加ヘ旧字ヲ存シ分裂ヲ為シ之ニ反シ狭小ニシテ合併セサルヲ得サルモノハ旧字ノ広ク唱フル一字ヲ採リ合併ヲ為スモ妨ケナシトス
となっています。
▼地押調査と更正地図
地押調査はすべての府県で新規に行ったものではありません。改租作業(地租改正)が不備であったり、改租後に開墾などで土地に変動があったところについて実施されました。
丈量、つまり面積測量の方法として、分間略器に代わり
アリダードなど近代的測量機械を使う等が指示され、精度が高められるよう図られました。
▼地籍編製と地籍地図
壬申地券交付や地租改正、地押調査は地租賦課のためものなので、対象は課税対象(有租地)の民有地に焦点があわされていました。このため、官有・民有すべての地所を対象として内務省により行われたのが「地籍編製」です。
実務としては、地租改正の地番はそのまま使い、道路・堤塘・沼沢などには地租改正の末番から追加の番号を付けることとしました。しかし、地租改正時に町村通し番号の地番を付けたものを、この機械に字限り番号に付けかえた県もありました。
▼土地台帳規則と添付地図
M22.3.23勅令第39号
土地台帳規則は、地券台帳を基礎に脱落等を調整し、移記して編製する方針で進められました。しかし、異動する筆数が膨大で手間が予想以上にかかり編製作業は難渋しました。添付地図も帳簿上の整理が終わったところで作成されるため、調製はさらに遅れました。このため、土地台帳規則施行日(M22.4.1)の直前に、地券台帳の整理補修によって新規作成の土地台帳に代えるものとする大蔵省から通知がなされ、施行日を迎えました。
しかし、地券台帳の整理補修したうえでこれを基に土地台帳を編製するのでは、異動筆数が全国で2707万8000筆に及ぶことから、手数と経費が膨大であるため、再び方針を変更して修補作業を中止して3箇年で新規することとしました。
添付地図に関しては、各県まちまちで、地租改正地図に訂正を加えた県や、地籍地図を充てた県、新規に更正地図を調製した県などまちまちでした。
これらの添付地図が、現在、法務局に「旧土地台帳附属地図」として存在しており、何人もこれを利用することができます。
#ちなみにこの土地台帳規則が、(旧)不動産登記法(明治32年法律第24号)、
土地台帳法(昭和22年法律第30号)(中野文庫)、
不動産登記法(平成16年法律第123号)と引き継がれ現在に至っています。