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落書き帳


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[74099] 2010 年 2 月 4 日 (木) 00:44:26【2】 白桃 さん
 茨城の空港の話

気のせいか、酔っぱらっている精華、落書き帳の画面の文字が大きくなっております。

[74093]小松原ラガー さん
開港初日に国内便が運行される模様です。
神戸〜茨城、なんて果たしてどなたが、乗られるのでしょうか?
少しかわった方、例えばナントカヤマテンジンサン、ぐらいしか想像できません。^y^)
冗談はともかく、先日、水戸市にお邪魔して茨城空港関係者の話をお伺いしましたが、成田の補完的空港で良い、とする一方で、東アジアのハブになりえない成田、羽田より、仁川(西宮市の仁川ではありません。念のため)と手をつなごう、など、尊王攘夷の赤胴鈴之助にとって聞きずてならぬお言葉も拝聴いたしました。
また、空港からのバス路線は、水戸行き、石岡行きが決まったようですが、需要がありそうなつくば路線はまだとのことです。
国の施策として、地方空港の活性化は大きな課題であるのでしょうが、98もある空港の数、これ自体多すぎないかと思う、と、白桃のトナリの人が言っておりました。

文章訂正:
本文と関係ない部分を削除、字句の修正
「空港からのバス路線」を追加

[74098] 2010 年 2 月 3 日 (水) 23:15:14 hmt さん
 四条畷問題 (4)駅名の漢字

[74094] KK さん
自治体の名称については、特に手続きすることなく新字体を使うようになったとのことですが、国鉄の駅名についてはどうだったのでしょうか。

石野哲:時刻表名探偵(1979)p.240より。
「条」は「條」の旧字体である。四条畷駅と五条駅の開業したのは戦前だから、鉄道公報は当然「條」で出ている。戦後の21年11月16日「当用漢字表」が告示されたが、これが新字体となるのは24年4月28日の「当用漢字字体表」の告示によってで、国鉄の駅名も、当用漢字にある漢字は、自動的に新字体に読み替えられた(公報を出し直してはいない)。
これに続いて、新字体以後の五條市と四條畷市とは、意識的に「條」の字で市名を決めたことになる と記載。

和久田康雄:私鉄史ハンドブック(1993)p.129より
浪速鉄道
1895.8.22 開業 片町−四條畷 8M05C

私鉄時代も四條畷だったようです。筆が滑って[74086]に記した “それほど固いことを言わない私鉄時代の命名だったから、駅名に俗字の「四条畷」が使われたということか。” は取り消します。

[74097] 2010 年 2 月 3 日 (水) 23:01:47【1】 Issie さん
 とめはねっ!

NHKで木曜夜8時から放送されているドラマ「とめはねっ!鈴里高校書道部」が思いのほか好評なようです(この枠,青少年向けを標榜しているようですが,昔夕方6時台に放送していた「少年ドラマシリーズ」を彷彿とさせます)。
タイトルの通り,高校の書道部が舞台の“文化系スポ根ラブコメ”。原作はビッグコミックスピリッツに連載中(途中まではヤングサンデー)の漫画です。ドラマは原作から離れてオリジナルのストーリーに向かいつつありますが,原作漫画では書道初心者の主人公(1年生)たちが,楷書から行書,そして“かな”に取り組むところまで進んでいます。
で,最初に主人公たちが“楷書のお手本”として学んだのが,欧陽詢の「九成宮醴泉銘」とチョ遂良(チョは“衣へん”に“者”の旧字体)の「雁塔聖教序」。どちらも唐の時代の書家で,2つあわせて「楷書の2大傑作」「楷法の極則」なのだとか。
私たちが学校で教わるのは基本的に楷書です。ところが,この「楷法の極則」たるこれらの作品の文字,私たちが学校で教わる楷書の文字と微妙に形が違います。作品中では語ることがないし,ドラマでも一切スルーしているのですが,書道の世界ではこのような文字の形に微妙な違いがあるのは当然であるのかもしれません。
当然,活字と形が違っていても何の問題もない。一般に「正字」とされる 康煕字典体,あの“正”というのは本来的に「活字のデザイン上のお手本」という意味であって,「唯一絶対正統の字体」という意味ではないはずです(もちろん,日本語の「歴史的仮名遣い」と同様,それまでの字形の用例や起源にさかのぼる詳細な研究の上に選ばれたものであって,その意味で圧倒的な規範性を持っているのは確かです)。

本題。

[74094] KK さん
開業当初から「四条畷」だったのか、それとも開業当初は「四條畷」だったのが

国鉄(鉄道省)自身の用例ではなくその周辺になりますが,ジャパン・ツーリスト・ビューローの「鉄道省編纂 汽車時間表 附汽船自動車発着表 昭和九年十二月号」のp.98 片町線 における表記は「四條畷」。巻頭の索引図は恐らく手描き文字だと思われますが,こちらも「四條畷」です。まあ,一応「鉄道省編纂」でありますから…。
さらにさかのぼって,こちらは“民間”の 庚寅新誌社 発行の「汽車汽舩旅行案内 明治三十九年四月号」のp.49 関西鉄道 の表でも「四條畷」。民間とはいえ「鉄道作業局 各鉄道会社 各汽船会社 検閲」を謳っています。もっとも,時刻の“検閲”は当然したでしょうが,駅名の表記(字形の違い)まで目を光らせたかどうか…。

正式な字とされていないものを

そもそも「正式な字」などというものがあったのかどうか。
たとえば,上に紹介した庚寅新誌社の時刻表,表紙の中に“明朝体(活字)の「船」”(各汽船会社)と“隷書体(手描き)の「舩」”(汽車汽舩旅行案内)とが隣り合って同居しています。今,このディスプレー上にどちらも表示できるように,それぞれ違う文字コードが割り振られています。けれども,どちらも「同じ文字」。どちらが「正しい」か,などという議論は恐らくナンセンスです。
1色刷りの時代の地形図では図の中の文字はすべて手描きですが,郡名や欄外に記載する図名は隷書体。すると,しばしば楷書体や明朝体の文字とは形の違う文字が現れる。たとえば,「野」の隷書体はパーツの組み合わせがかなり違っていますね。「埜」という字形もここから派生したもので,本来は「野」と“全く同じ文字”。
今ではまず見ることがなくなったガリ版刷りの出版物。私が教育実習をしたときにはリソグラフを使わせてもらえず,ガリ切りをさせられたし,そもそも学生寮の自治会には謄写版しかなかったので,当時使っていた鉄筆を今でも大事に持っているのですが,それはともかく,昔はれっきとした公文書がガリ版刷りであることも珍しくなかったことでしょう。ところでガリ版出版物には,やすりの上でロウ原紙を削って製版するという特性から,プロの人たちの間には“ガリ版特有の字形”というものが行われていました。手書きの楷書体とも明朝活字体とも少し形が違う。それでも,それが公文書に使われていれば,これが“文字の形の根拠”になるのでしょうかね。

このような世界に「正式な字」「正しい文字の形」などというものがあったのでしょうか。
お互い暗黙裡に“規範となる字形のイメージ”のようなものは共有されていたかもしれません。けれども現実に行われる文字の形にはかなりの幅があってもそれはおかしなことではない。活字であったって,康煕字典体を規範としながら個々のデザインは活字セットによって違うこともあるかもしれません。「法令全書」は時期によって楷書風の活字を使ったり,典型的な明朝体の活字を使ったりしていますが,そこに同じ漢字について微妙な形の違いが入り込むことがあるかもしれない。
「どの文字が使われているか」について,当時の印刷物にあたってそれを根拠とする,というのも1つの態度ではありますが,その印刷物の活字にどこまで「絶対的な根拠」を求めることができるか。本来ならば「原典」の公文書そのものにあたるべきなのかもしれませんが,この時代,公的で規範性の高いものであるほど原典は手書きの筆文字です。「大日本帝国憲法」がそうであるように。そうすると,手書きの文字と活字の間にまた字形の違いが入り込む。でも,そもそも筆文字と活字で字形が違うのは,ある意味当たり前です。では,どれを「正しい」とするか。

公的に定められた「正式な字」があるとするならば,hmt さんのお話の通り,1949年の「当用漢字字体表」(昭和24年4月28日内閣告示)が“最初”であろうと思われます。
漢字の字数制限や字体の整理については,仮名遣いと同様に明治末から“革新”(改革)と“保守”(復古)の間の激しい振幅を伴いながら議論が繰り返されてきました。それが“革新”の側で一応の到達点に達したのが「当用漢字表」であり「当用漢字字体表」でした。これは社会全般に対してある程度以上の強制力を持つものであり,官公署は当然,というよりは民間以上に従うべきもの。
「常用漢字」になって社会への強制力は弱められたけれども,「官」や「公」はやはりこれに従うべきではないかなぁ,というのが私個人の考えではあります。個人や企業のような「私」のアイデンティティは最大限尊重されなければならないけれど,「公」の場合は個々のアイデンティティよりも社会全体の慣用や約束事(つまりは法令など)の方が優先されるべきではないか。
という立場からは,「公」の存在である自治体が“民間企業”に対してわざわざ“逆行的”な表記をお願い(要求)する,というのはいかがなものか。
この話題の発端となった情報媒体のスタンスからは,「JRは何をぐずぐずしてるんだ」と言いたいのかもしれませんけどね。

[74096] 2010 年 2 月 3 日 (水) 22:54:25 むっくん さん
 続・四條畷の根拠法令

[74082][74086]hmtさん
[74087]88さん

大阪府公文書館所蔵資料検索システムから関連する法令を拾ってみました。

S7.4.1北河内郡甲可村→北河内郡四條畷村の根拠法令は大阪府公報昭和7年3月2日第564号(PDF)に記載されている
大阪府告示第百三十號
大阪府北河内郡甲可村ヲ昭和七年四月一日ヨリ北河内郡四條畷村ト改称ス
昭和七年三月二日 大阪府知事 斎藤宗宜
です。

また、S22.7.1北河内郡四條畷村→北河内郡四條畷町の参考法令としては大阪府公報昭和22年6月25日第2883号(PDF)に記載されている
大阪府告示第三百十五號
昭和二十二年七月一日から北河内郡四條畷村を町とする件昭和二十二年六月二十四日許可した。
昭和二十二年六月二十五日 大阪府知事 赤間文三
が挙げられます。

前者は根拠法令ですが、後者は地方自治法が日本国憲法施行の日(S22.5.3)から施行されているので、あくまでも参考としかなりません。

[74095] 2010 年 2 月 3 日 (水) 21:53:51 みかちゅう さん
 前途多難の茨城空港

[74093]小松原ラガーさん
開港初日の3月11日のみですが、スカイマークが神戸〜茨城〜羽田と旅客便を飛ばすようです。
どうせ回送便の営業運行なのだし、開港イベントとして利益を考えるものでもないのだから、思い切って1000円ぐらいにしても良かったと思います。とはいえ、飛行機に乗ってみるには最低の値段のはず。飛行機にあこがれているけれど実際に乗る機会がない小さい子どもに体験させるにはいいのではないでしょうか。ちょうど、新幹線で東京〜大宮を乗る感じに近い?

「就航要請中」という路線がたくさん載っています。
「誘致の努力もしなかった」と批判されるのを恐れてとりあえず要請は出すのでしょうが、赤字が見えている路線を引っぱるような会社があるのでしょうかねぇ。プロペラ機でも十分な程度しか利用はないのでは? 

[74094] 2010 年 2 月 3 日 (水) 20:33:21 KK さん
 四条畷問題

[74082] hmt さん

戦後の 1946年に行なわれた国語改革施策により、従来「俗字」として扱われてきた平易な字体が、「当用漢字」の字体として表舞台に登場しました。いわば、正規の文字の座を獲得したわけです。
その結果、仙台市・広島市・帯広市・横浜市・浜松市・八幡浜市・新居浜市・浜田市・長浜市・金沢市・米沢市・藤沢市・岩見沢市などは、格別の名称変更手続きなしに、新字体を使うようになりました。

自治体の名称については、特に手続きすることなく新字体を使うようになったとのことですが、国鉄の駅名についてはどうだったのでしょうか。四条畷駅は、1895年に浪速鉄道によって開業し、1907年に国有化に伴い国鉄の駅となっていますが、開業当初から「四条畷」だったのか、それとも開業当初は「四條畷」だったのが、戦後になって「四条畷」を使うようになったのか・・・。当時の新字体に対する扱いがよくわからないのですが、正式な字とされていないものを、私鉄とはいえ駅名に採用するものなのでしょうか?

[74093] 2010 年 2 月 3 日 (水) 16:51:42 小松原ラガー さん
 茨城空港(IBR)の国内便

小松原ラガーです。

開港当初に国内便が1便もないと話題になっている茨城空港ですが、なんと3月11日の開港初日に国内便が運行される模様です。こちらをご覧ください。開港初日の3月11日のみですが、スカイマークが神戸〜茨城〜羽田と旅客便を飛ばすようです。(スカイマークのプレスリリース

これによると、

便名出発地出発時刻到着時刻到着地
SKY141神戸(UKB)08:2009:30茨城(IBR)
SKY142茨城(IBR)10:0511:30神戸(UKB)
SKY143神戸(UKB)12:2513:35茨城(IBR)
SKY144茨城(IBR)14:1014:30羽田(HND)(※)

というスケジュール(※:SKY144は2月下旬に正式にスケジュール決定)で、運賃のほうはというと、神戸〜茨城が6,000円、但しSKY142便を利用した場合のみSKY143が4,000円(つまりSKY142とSKY143で往復10,000円)、茨城〜羽田が5,000円とのこと。

昨今、航空業界は経営状況が厳しい中、個人的には「やるなぁ〜!」という感がしました。笑っちゃったのが、機材の運用上の都合でそうなったのでしょうが、神戸〜茨城を1往復半したあと、何と茨城から羽田への便を設定していることです。たった20分で5,000円の旅ですが、どんなものでしょうか?皆さんにとっては高い?安い?

このスカイマークですが、昨年12月に神戸〜沖縄を就航させ、今月からは神戸〜福岡を就航させています。JALの神戸撤退に乗じて(と言えば言葉は悪いですが)着実に神戸を関西の基盤にしようという戦略が伺えますが、果たして経営上成り立つのか、「がんばれ!」と言いたいが、「やばいんじゃないの?」という思いです。因みに、神戸〜福岡ですが、価格が9,800円で両方の空港までのアクセスを考えても新幹線よりも安い。それでも初日第1便の搭乗率が30%台とか。本当に大丈夫なんだろうかと思ってしまいます。(個人的にはこの値段なら博多に用事があれば新幹線かスカイマークかで悩みますが、あとは時間帯・フリークエンシーの勝負かと思います。)

あと、神戸空港ですが、関西空港との間に就航しているベイ・シャトル。補助金の助けもあってのことですが、2009年度は何とか黒字だそうです。(神戸新聞より)とはいえ内訳を見てみると、中国他海外からの観光客の利用で船の利用の収入が増えているものの、まだ半分以上が駐車場収入とか。決して安定した基盤じゃないなぁという感が否めません。ね。

さて、話を茨城空港に戻しますが、航空自衛隊百里基地の民間共用化ということですが、自衛隊が使っていた滑走路の横にもう一本民間用の滑走路を作っちゃったのですね。なんか無駄というか、もったいないというか、それこそ共用できないのでしょうか?あと、先のホームページをちょちょいと見てみると、このように「就航要請中」という路線がたくさん載っています。なかなか厳しいとは思いますが・・・。

以上、地理というか社会雑学ネタでした。

[74092] 2010 年 2 月 2 日 (火) 19:31:30 futsunoおじ さん
 地名コレクションの修正,気象ニュース

[74088] EMM さん
平成21年2月1日の市町村合併関連

編集長のお役目ご苦労様です。「県境の交通路コレクション」は昨年12月30,31日に1月1日から2月1日までの分を先行修正していますので、google収集の地名コレクション関係データはそれ以前のものと思われます。少なくとも今年に入ってから修正したものは未修正と判定されているように思います。



今朝のNHK・TVで、
『関東甲信越地方のニュースをお知らせします。』
『関東甲信に降雪がありました。』

同じ頃、新潟市内にも東京都心と同程度の降雪はありました。同じ気象現象でニュースになる地域とならない地域があるのはやむを得ないかもしれませんが、全国ニュースと同じ原稿をここで読まれると妙な気がします。

[74091] 2010 年 2 月 2 日 (火) 19:21:37 hmt さん
 四条畷問題 (3)地名の漢字

[74087] 88 さん
#市区町村変遷情報の市制町村制施行時の情報(大阪府)は、実は一昨日(1月31日)に完成したばかりです。

そうでしたか。実は1月31日に閲覧した際、摂津・和泉の市町村があるのに、見ようと思った讃良郡四条村など、河内の市町村が入力されておらず、不思議に思っていたのです。まだ工事中だったのですね。

翌2月1日になり「入口」の讃良郡四条村を確認し、引き続き「出口」の北河内郡四條町【修正前の記載】を見て、“出入口表記の不統一[55926]”を知り、[74086]を書いたのでした。

この場合、“原則として 常用漢字で表記する”という 88 さんの編集方針(1) が示されていた[56275]わけですが、それが私の頭の中には入っておらず、今回の記事と修正により、改めてこれを認識しました。自治庁通知に関する記事[67802]も忘れていました。

官報情報検索サービスで検索できる限りでの、自治省告示等は、次のとおりです。まったく、一貫しておりません。

確かに一貫していません。混乱回避のためには、告示する自治省や、届出をする府知事の段階での一貫した事務処理を望みたいところです。
しかし、「当用漢字への置き換えを許容する」ものであっても、「置き換えなくてはならない」という性格のものではないので、法令上、すべて新字体で事務処理する義務はないものと思われます。

さて、四条村から四条町になった1952年には正式の「條」で届出がなされ、告示されました。
ところが、その四条町が大東市になり廃止された1956年には、普通に通用していた「条」で処理されたということは、単純に個別事務処理の問題ではないのかもしれません。

実は、この期間こそは、まさに昭和大合併が推進された期間であり、1953年の町村合併促進法成立を受けて、国語審議会から内閣総理大臣への建議「町村の合併によって新しくつけられる地名の書き表し方について」(昭和28年10月8日)がなされました。

文化庁の 国語シリーズNo.21 公用文の書き方資料集 の中の pdf資料 30/33頁に収録されており、[74082]でその一部を紹介していますが、合併を機会に平易な文字・読み方にしようとするものです。

大東市を置く告示が当用漢字の「条」で記され、四條畷町の方も、1961年の田原村編入時には「条」を使ったのは、昭和合併時代のこの流れに沿ったものであると解釈されます。

ところが、1970年の四條畷市成立の頃ともなると、漢字制限的な色彩を持つ当用漢字の支配力は衰えてきて、復古調の旧字体「條」が堂々とまかり通ることになりました。
その逆行現象を更に進めたのが、[74077]で紹介された近隣公共施設の旧字体化という要請なのでしょう。

参考までに、1946年11月16日 当用漢字表の「まえがき」からの抜粋
1 この表は、法令・公文書・新聞・雑誌および一般社会で、使用する漢字の範囲を示したものである。
1 この表は、今日の国民生活の上で、漢字の制限があまり無理なく行われることをめやすとして選んだものである。
1 固有名詞については、法規上その他に関係するところが大きいので、別に考えることとした。

約35年後、1981年10月1日 常用漢字表の「前書き」からの抜粋
1 この表は,法令,公用文書,新聞,雑誌,放送など,一般の社会生活において,現代の国語を書き表す場合の漢字使用の目安を示すものである。
2 この表は,科学,技術,芸術その他の各種専門分野や個々人の表記にまで及ぼそうとするものではない。
3 この表は,固有名詞を対象とするものではない。

「使用する漢字の範囲」から「目安」へとトーンダウンし、「漢字の制限」という言葉は消え、固有名詞は対象外とされました。

地名の漢字ということになると、当用漢字の時代から、建前としては無制限でした。
文化庁の 国語シリーズNo.26 国語問題問答第3集 の中に 地名の漢字についての Q&A があります。pdf資料 の 10/14頁。
-------------------むずかしい地名-------------------
【問】地名の漢字は自由ですか。ずいぶんむずかしい漢字や、むずかしい読み方がありますが。
【答】今日のところ、地名の漢字については何らの制限がありません。しかし、それも昔からのものはいたし方がないとして、これから新しくつけるものは、なるべく当用漢字表以内の字でまかなうようにというのが、その決定当時からの希望でありました。
これに続き、先に記した昭和大合併の際の国語審議会建議に言及し、その全文を引用しています。

昔から使われてきた漢字はしかたがないが、新しい地名はなるべく常用漢字にしたい。
しかし、ぜひ旧字体を使いたいという四條畷市の動きをを止めることもできない。
常識的ですが、こんな結論になるのでしょう。

[74090] 2010 年 2 月 2 日 (火) 18:33:50 むっくん さん
 市区町村変遷情報(市制町村制施行時)高知県&徳島県&岡山県&岐阜県

>88さん
市区町村変遷情報(市制町村制施行時)高知県徳島県岡山県岐阜県に誤りと思えるところがありましたので報告します。

◎高知県
132 新設/村制 長岡郡西豊永村 長岡郡 粟生村, 梶ヶ内村, 寺内村, 西久保村, 安野々村, 川戸村, 連火村, 桃原村, 中屋村, 庵谷村, 黒石村, 柳野村, 大砂子村, 永淵村, 船戸村, 大久保村, 奥「太」田村

132 新設/村制 長岡郡西豊永村 長岡郡 粟生村, 梶ヶ内村, 寺内村, 西久保村, 安野々村, 川戸村, 連火村, 桃原村, 中屋村, 庵谷村, 黒石村, 柳野村, 大砂子村, 永淵村, 船戸村, 大久保村, 奥「大」田村
ではないでしょうか。
高知県市町村改称一覧明治22年4月(編著:片桐仲蔵、出版:開成舎、M22.4.13)、新旧対照市町村一覧(編著:和泉橋警察署、出版:加藤孫次郎、M22.12.)では奥「大」田村です。
地方行政区画便覧(著・出版:内務省地理局、M20.10.)より明治19年1月現在でも奥「大」田村です。
現在は高知県長岡郡大豊町奥大田です。

◎徳島県
1 新設/市制 徳島市 名東郡 「徳島」徳島町, 「徳島」塀裏町, 「徳島」中通町, 「徳島」通町, 「徳島」内魚町, 「徳島」八百屋町, 「徳島」紙屋町, 「徳島」西横町, 「徳島」寺島町, 「徳島」出来島町, 「徳島」福島本町, 「徳島」福島町, 「徳島」福島郷町, 「徳島」大工島村, 「徳島」安宅村, 「徳島」住吉島村, 「徳島」助任町, 「徳島」前川村, 「徳島」下助任村, 「徳島」常三島村, 「徳島」助任西村, 「徳島」東新町, 「徳島」西新町, 「徳島」富田町, 「徳島」桶屋町, 「徳島」新魚町, 「徳島」船場町, 「徳島」「籠」屋町, 「徳島」古物町, 「徳島」大工町, 「徳島」北山路町, 「徳島」寺町, 「徳島」富田裏町, 「徳島」二軒屋町, 「徳島」佐古村, 「徳島」佐古町, 「徳島」南佐古村

1 新設/市制 徳島市 名東郡 徳島町, 塀裏町, 中通町, 通町, 内魚町, 八百屋町, 紙屋町, 西横町, 寺島町, 出来島町, 福島本町, 福島町, 福島郷町, 大工島村, 安宅村, 住吉島村, 助任町, 前川村, 下助任村, 常三島村, 助任西村, 東新町, 西新町, 富田町, 桶屋町, 新魚町, 船場町, 「籃」屋町, 古物町, 大工町, 北山路町, 寺町, 富田裏町, 二軒屋町, 佐古村, 佐古町, 南佐古村
ではないでしょうか。
県令第30号(M22.6.29)、新旧対照市町村一覧(編著:和泉橋警察署、出版:加藤孫次郎、M22.12.)では上記の通りとなっています。
地方行政区画便覧(著・出版:内務省地理局、M20.10.)より明治19年1月現在でも「籃」屋町です。ただし総ての町及びその周囲の村(佐古村、前川村、常三島村、安宅村、大工島村、末広新田村、沖洲浦村、住吉島村、大岡浦村、蔵木村)に総称たる「徳島」が小さく書かれていますが。。。

8 新設/村制 阿波郡八幡村 阿波郡 粟島村, 八幡「村」, 大野島村, 山野上村, 伊月村の一部, 切幡村, 水田村の一部

8 新設/村制 阿波郡八幡村 阿波郡 粟島村, 八幡「町」, 大野島村, 山野上村, 伊月村の一部, 切幡村, 水田村の一部
ではないでしょうか。
県令第30号(M22.6.29)、新旧対照市町村一覧(編著:和泉橋警察署、出版:加藤孫次郎、M22.12.)では八幡「町」となっています。
地方行政区画便覧(著・出版:内務省地理局、M20.10.)より明治19年1月現在でも八幡「町」です。

37 新設/村制 三好郡箸蔵村 三好郡 「洲」津村, 西山村

37 新設/村制 三好郡箸蔵村 三好郡 「州」津村, 西山村
ではないでしょうか。
県令第30号(M22.6.29)、新旧対照市町村一覧(編著:和泉橋警察署、出版:加藤孫次郎、M22.12.)では「州」津村です。
地方行政区画便覧(著・出版:内務省地理局、M20.10.)より明治19年1月現在でも「州」津村です。
現在は三好市池田町州津です。

60 新設/村制 那賀郡長生村 那賀郡 上「新」井村, 明谷村, 大原村, 大谷村, 宮内村, 三倉村, 本庄村, 西方村

60 新設/村制 那賀郡長生村 那賀郡 上「荒」井村, 明谷村, 大原村, 大谷村, 宮内村, 三倉村, 本庄村, 西方村
ではないでしょうか。
県令第30号(M22.6.29)、新旧対照市町村一覧(編著:和泉橋警察署、出版:加藤孫次郎、M22.12.)では上「荒」井村です。
地方行政区画便覧(著・出版:内務省地理局、M20.10.)より明治19年1月現在でも上「荒」井村です。
現在の阿南市長生町上荒井楠ノ前に相当するものと思われます。

80 新設/村制 板野郡大津村 板野郡 大幸村, 大代村, 段関村, 備前島村, 木津野村, 吉永村, 長江新田村, 徳「永」村, 矢倉野村

80 新設/村制 板野郡大津村 板野郡 大幸村, 大代村, 段関村, 備前島村, 木津野村, 吉永村, 長江新田村, 徳「長」村, 矢倉野村
ではないでしょうか。
県令第30号(M22.6.29)、新旧対照市町村一覧(編著:和泉橋警察署、出版:加藤孫次郎、M22.12.)では徳「長」村です。
しかし地方行政区画便覧(著・出版:内務省地理局、M20.10.)より明治19年1月現在では徳「永」村となっています。
現在は鳴門市大津町徳長です。

105 新設/「村」制 美馬郡脇町 美馬郡 脇町, 猪尻村, 北庄村

105 新設/「町」制 美馬郡脇町 美馬郡 脇町, 猪尻村, 北庄村
ではないでしょうか。
参考:県令第30号(M22.6.29)、新旧対照市町村一覧(編著:和泉橋警察署、出版:加藤孫次郎、M22.12.)

◎岡山県
181 新設/村制 勝北郡豊並村 勝北郡 西原村, 皆木村, 行方村, 高円村, 「高殿村」, 関本村, 小坂村, 馬桑村

181 新設/村制 勝北郡豊並村 勝北郡 西原村, 皆木村, 行方村, 高円村, 関本村, 小坂村, 馬桑村
ではないでしょうか。
県令第26号(M22.4.29)、岡山県三国改正町村名要覧(編著:服部竹三、出版:岡山桃下堂、M22.5.18)、新旧対照市町村一覧(編著:和泉橋警察署、出版:加藤孫次郎、M22.12.)ではいずれも「高殿村」はありません。
地方行政区画便覧(著・出版:内務省地理局、M20.10)より明治19年1月現在でも「高殿村」はありません。

272 新設/村制 西西条郡泉村 西西条郡 箱村, 西屋村, 「坂手小原分」, 養野村, 井坂村, 女原村, 至孝農村

272 新設/村制 西西条郡泉村 西西条郡 箱村, 西屋村, 「杉村」, 養野村, 井坂村, 女原村, 至孝農村
ではないでしょうか。
県令第26号(M22.4.29)、岡山県三国改正町村名要覧(編著:服部竹三、出版:岡山桃下堂、M22.5.18)、新旧対照市町村一覧(編著:和泉橋警察署、出版:加藤孫次郎、M22.12.)ではいずれも「杉村」となっています。
地方行政区画便覧(著・出版:内務省地理局、M20.10)より明治19年1月現在でも「杉村」です。

277 新設/村制 西西条郡芳野村 西西条郡 布原村, 「古川村東分」, 「古川村西分」, 吉原村, 寺元村, 宗枝村, 真加部村

277 新設/村制 西西条郡芳野村 西西条郡 布原村, 「古川村」, 吉原村, 寺元村, 宗枝村, 真加部村
ではないでしょうか。
県令第26号(M22.4.29)、岡山県三国改正町村名要覧(編著:服部竹三、出版:岡山桃下堂、M22.5.18)、新旧対照市町村一覧(編著:和泉橋警察署、出版:加藤孫次郎、M22.12.)ではいずれも「古川村」となっています。
地方行政区画便覧(著・出版:内務省地理局、M20.10)より明治19年1月現在でも「古川村」です。

282 新設/町制 西北条郡津山町 西北条郡 山下, 北町, 田町, 椿高下, 城代町, 材木町, 伏見町, 京町, 河原町, 堺町, 船頭町, 小性町, 吹屋町, 二階町, 元魚町, 二丁目, 三丁目, 新職人町, 新魚町, 桶屋町, 南新座, 戸川町, 福渡町, 美濃職人町, 下紺屋町, 鍛冶町, 細工町, 上紺屋町, 坪井町, 宮脇「村」, 西今町, 鉄砲町, 西寺町, 茅町, 安岡町, 新茅町

282 新設/町制 西北条郡津山町 西北条郡 山下, 北町, 田町, 椿高下, 城代町, 材木町, 伏見町, 京町, 河原町, 堺町, 船頭町, 小性町, 吹屋町, 二階町, 元魚町, 二丁目, 三丁目, 新職人町, 新魚町, 桶屋町, 南新座, 戸川町, 福渡町, 美濃職人町, 下紺屋町, 鍛冶町, 細工町, 上紺屋町, 坪井町, 宮脇「町」, 西今町, 鉄砲町, 西寺町, 茅町, 安岡町, 新茅町
ではないでしょうか。
県令第26号(M22.4.29)、岡山県三国改正町村名要覧(編著:服部竹三、出版:岡山桃下堂、M22.5.18)、新旧対照市町村一覧(編著:和泉橋警察署、出版:加藤孫次郎、M22.12.)ではいずれも宮脇「町」となっています。
地方行政区画便覧(著・出版:内務省地理局、M20.10)より明治19年1月現在でも宮脇「町」です。

◎岐阜県
96 村制 安八郡高橋村 安八郡 高橋村
は#128との関係上
96 村制 安八郡高橋村 安八郡 高橋村(本体;字代官町東、新地前、狐堀、村西、堤際ノ内新規川西を除く)
ではないでしょうか。
参考:県令第39号(M22.6.27)、新旧対照市町村一覧(編著:和泉橋警察署、出版:加藤孫次郎、M22.12.)

395 村制 吉城郡阿曽布村 吉城郡 「阿曽布村」
404 町制 吉城郡船津町 吉城郡 「船津村」
405 村制 吉城郡袖川村 吉城郡 「袖川村」

395 村制 吉城郡阿曽布村 吉城郡 「神岡村の一部」
404 町制 吉城郡船津町 吉城郡 「神岡村の一部」
405 村制 吉城郡袖川村 吉城郡 「神岡村の一部」
ではないでしょうか。
参考:県令第39号(M22.6.27)、新旧対照市町村一覧(編著:和泉橋警察署、出版:加藤孫次郎、M22.12.)

以上多数になりましたが、よろしくお願いします。

[74089] 2010 年 2 月 2 日 (火) 18:31:16 紅葉橋律乃介 さん
 支庁の痕跡を訪ねる

 だいぶ時間が経ってしまいましたが、北海道の支庁改メ総合振興局・振興局について。

 年が変わり、2月にも入りました。2ヶ月後には、正式に北海道から「支庁」という名称が消えます。
 これは既にどんどん反映されていて、たとえばお正月に会社などが社名入りのカレンダーを作成する。会社によっては、北海道地図にカレンダーと社名を入れている、カレンダーが主なのか地図が主なのか分からないようなものもあるわけですが、2010年版の地図には、「支庁」の代わりに「総合振興局」・「振興局」と書かれていて、空知や上川・留萌の形も変わっています。

 昭文社から発行されている都市地図が、これまでの「岩見沢市・美唄市・三笠市」版から、「江別市・岩見沢市」版に変更されました。従来の赤い表紙の場合は地名や施設名が見やすかったのですが、増えてきた灰色の表紙版では、ちょっと見づらいようですね。岩見沢市内の支庁のある場所の施設名は、既に「総合振興局」となっています。今後発行される各地の地図でも、「支庁」という名称は過去のものになってしまうのですね。


[73408] 2009年12月27日(日) 10:59:20 オーナー グリグリさん
今回の振興局への名称変更により、ますますその曖昧感が強くなるというのが私の懸念です。この際、すっきりと「支庁」という括りを廃止してもよいのではないかと考えた次第です。

 北海道になじみのない方にはそう思われても仕方ないかも知れませんが、道民として考えると、「支庁」の括りを取っ払ってしまうのは、はっきり申し上げると「「使えない」ものに変えましょう」と言っているようなものです。使えないもの、分かりづらいものに作り変えるというのは、奇妙な話ですよね。


住所表示として一般認知も高い「郡」は、統一されている区画情報としてまだまだ存在価値があると考えています。北海道の「郡」についても以前も議論しましたが、住所表示としては「支庁」よりも有意(優位)な存在であると認識していますが、いかがでしょうか。

 住所にしか使わないような「郡」の方が、重要だと仰る。住所に使っているから重要で、使っていないから不要。このようにお考えであれば、はっきり申し上げて北海道自体を削除されるか、逆に、どの町村が何郡なのかなんて街頭の住民くらいしか知らないでしょうから、「郡」の括りを取っ払った方が良いのではないか、と思うくらいです。
 でも、「郡」が有名無実化しているなんていうのは北海道に限ったことではなくて、存在しているから住所に使っている、という程度のものではないかと。


 ところで、
当サイトの市区町村プロフィールの北海道ページでは、コード順にすべての市を一覧したあと、町村を支庁区画にまとめて一覧表示しています。ところが、データベース検索の検索結果を「都道府県順」で並べると、市も含めて支庁区画ごとに並ぶため、北海道では市の表示がばらけてしまいます。例えば、このように。これは前から気になっていて直したいと思っています。

 確かに「このように」の表示方法では分かりづらいですね。しかし、「市」を全道一括にして、「町村」を支庁別にするのが一般的なようですが、そうではなくて、このまま支庁別に市も割り振れないでしょうか?

 現状では、石狩地方の市町村→渡島地方の…と続いていても、括りが「北海道」のまま。それを「石狩振興局」→「渡島総合振興局」…という括りに変えれば、分かりやすいと思います。


 ちなみに、「北海道総合振興局及び振興局の設置に関する条例」では、支庁の並び順が変わっています。もしかすると、道内の統計(条例の並び順)と全国の統計(市区町村コード順)では、見た目が大きく違って来るかも知れません。


 ところで、支庁の管轄が変わると、気象予報区分も変わるんでしょうかね。幌加内町は現在空知地方(北空知)に属しており、道央圏なので札幌周辺の天気予報で触れられます。上川地方に移ると道北圏になり、札幌周辺の予報では“圏外”になります。
 幌加内町といえば、北母子里でマイナス40度超えという記録もありますし、現在でも低温や豪雪地域でもあります。

 さて、どうなることやら…。

[74088] 2010 年 2 月 2 日 (火) 01:01:03 EMM さん
 EMMの地名コレクション編集メモ・第170号 平成21年2月1日の市町村合併関連

平成21年2月1日の市町村合併に係る地名コレクション内の検索結果をご案内します。

小坂井町での検索結果
黒木町での検索結果
立花町での検索結果
矢部村での検索結果
星野村での検索結果

それから、[73507]で記した1月中の市町村合併関連の検索結果で、リンクミスがあったり検索結果があんまり良くないものがあったりしたので、念のため再掲します。

川井村での検索結果
信州新町での検索結果
中条村での検索結果
虎姫町での検索結果
湖北町での検索結果
高月町での検索結果
木之本町での検索結果
余呉町での検索結果
西浅井町での検索結果
前原市での検索結果
二丈町での検索結果
志摩町での検索結果
三好町での検索結果
阿東町での検索結果

確認の際の参考にして頂ければ幸いです。
検索結果には同一名称の他の自治体、新旧市町村名併記などで合併対応済みのものを含む可能性があります。
また、googleのデータ収集のタイミングにより修正前の内容が検索・表示される場合もあります。

[74087] 2010 年 2 月 2 日 (火) 00:35:42 88 さん
 旧字体・新字体の表記方法について (ex. 条 or 條)

市区町村変遷情報における旧字体・新字体の表記方法については、[56275] 拙稿で方針を述べております。趣旨を再掲すると、次のとおりです。
(1)現在、常用漢字を使用しているものは、近世村当時から常用漢字で表記する。
(理由:旧字体から常用漢字(旧当用漢字)へは一括して字を置き換えただけであり、自治体が「表記を変えた」ものではないため)
(2)(1)にかかわらず、旧字体から常用漢字への変更(またはその逆)が「改称」の手続きを経ている場合は、その「意図」を反映させる。
(改称までは旧字体で表記し、改称後は常用漢字で表記する、等)
(3)現在、常用漢字があるにもかかわらず、「あえて」いわゆる旧字体で表記しているものは、その意図があるとみなし、近世村当時からその「旧字体」で表記する。
(4)現在、常用漢字以外の漢字を使用しているものは、近世村当時からその字体で表記する。
(漢字の部分(偏・旁など)において常用漢字に置き換えが可能であっても、漢字全体が常用漢字か否かで判断する。)
(5)(1)〜(4)にかかわらず、これらの文字がネット上で使用することができない場合(同じ字体の漢字がない場合(文字化けする恐れがある場合を含む))には、便宜上、類似した字体で表記し、備考欄のコメントで補足する。

この方針を告げた後に、上記の方針を補強できるような資料を発見し、[67802]拙稿で投稿したのが、「市町村の名称の書き表わし方について」(昭和33年4月21日自丙行発第7号自治庁行政局長通知)です。
[74061]でhmtさんがご紹介された[15836] 紅葉橋律乃介 さん の記事の内容そのものです。過去ログを一読した際に、この記事も目にしたはずなのですが、まったく記憶になく、「初」のつもりで[67802]を投稿したものでした。

――――――――――――――――
さて、今回の「四條畷市」の件について。
四條畷市は、上記方針の(3)に該当すると考えられ、このため、四條畷市に関しては市区町村変遷情報では、「條」で一貫するところです。
一方、大東市となった四条村を含め一般的には、上記方針の(1)により「条」で表記することが適当であると考えます。、
このため、次のように表記すべきところでしょう。
M22.4.1讃良郡甲可村讃良郡四条村
M29.4.1北河内郡甲可村北河内郡四条村
S7.4.1北河内郡四條畷村
S22.7.1北河内郡四條畷町
S27.4.1北河内郡四条町
S31.4.1大東市発足により北河内郡四条町消滅
S36.6.25北河内郡四條畷町(北河内郡田原村を編入)
S45.7.1四條畷市
このように一部修正いたしました。混乱させてしまい申し訳ありません。
市区町村変遷情報市制町村制施行時の情報(大阪府)は、実は一昨日(1月31日)に完成したばかりです。早速ご贔屓にしていただきありがとうございます。

――――――――――――――――――――――――――――――――
官報情報検索サービスで検索できる限りでの、自治省告示等は、次のとおりです。まったく、一貫しておりません。
――――――――――――――――
●自治省告示 第二百七号
   町村の廃置分合
 地方自治法第七条第一項の規定により大阪府北河内郡田原村を廃し、その区域を四条畷町に編入する旨、大阪府知事から届出があつた。
 右の廃置分合は、昭和三十六年六月二十五日からその効力を生ずるものとする。
  昭和三十六年六月二十四日 自治大臣 安井  謙
――――――――――――――――
○自治省告示 第百十六号
   町を市とする処分
 地方自治法(昭和二十二年法律第六十七号)第八条第三項の規定により、大阪府北河内郡四條畷町を四條畷市とする旨、大阪府知事から届出があつた。
 右の処分は、昭和四十五年七月一日からその効力を生ずるものとする。
  昭和四十五年六月二十五日 自治大臣 秋田 大助
――――――――――――――――
●総理府告示 第百五十五号
   村を町とする処分
 地方自治法第八條第三項の規定により、昭和二十七年四月一日から、大阪府北河内郡四條村を四條町とする旨、大阪府知事から届出があつた。
  昭和二十七年六月十八日 内閣総理大臣 吉田  茂
――――――――――――――――
●総理府告示 第七十九号
   市町村の廃置分合
 地方自治法第七条第一項の規定により、大阪府北河内郡南郷村、住道町及び四条町を廃し、その区域をもつて 大東 ( だいとう ) 市を置く旨、大阪府知事から届出があつた。
 右の廃置分合は、昭和三十一年四月一日からその効力を生ずるものとする。
  昭和三十一年三月二十九日 内閣総理大臣 鳩山 一郎

[74086] 2010 年 2 月 1 日 (月) 14:15:11【1】 hmt さん
 四条畷問題 (2)後発の四條畷市が、「條」への統一を要望しても…

戦後の国語政策の一環としての地名平易化の動きを [74082]で紹介しました。
その反面、戦後に成立した市であるにもかかわらず、五條市・四條畷市は旧字体の「條」を使っています。
戦前派の三条市・西条市が当用漢字体を使っているのに、戦後生まれが「條」とは逆のようですが、五條町・四條畷町の固有名称部分を承け継いでいるだけなのでしょう。

[52747] Issie さん
「四條畷市」の前身の「四條畷村」の発足は1932年4月1日,「甲可村」からの改称ですね。(中略)恐らくは村域内(大字南野)にある 四條畷神社 にちなんで,昭和になってからわざわざ「四條畷」を称したものなのだろうと思います。

遡れば古代の条里制に由来する地名で、中垣内の一条から北に並行して寺川が二条、野崎が三条(合せて南条)、四条畷駅付近が四条、宮谷川以北が五条(合せて北条)と推定されるそうです(角川地名大辞典27巻p.1558)。
畷(なわて)とは、水田の中を条里にそって伸びる真っ直ぐな道(縄手道)のこと。

でも四条畷という地名が広く世に知られたのは太平記でした[52771]
高師直の足利勢に対し、南朝側は楠木正行(まさつら)が一旦は奇襲に成功。しかし、結局は敗れた四条畷の戦(1348年)。
この戦場は、南側にあった河内郡の四条(縄手町>枚岡市>東大阪市)とする説もありますが、讃良郡の四条が有力です。主要合戦場は現在の大東市域と推測されますが、四條畷市域にも及んでいたでしょう。

王政復古を果たした明治政府は、500年余前に短期間実現した建武の新政がらみで 忠義の働きをした楠木正成・正行父子を大いにたたえました。当地関連では、先ず 30坪ほどだった小楠公墓所を大拡張して巨大な石碑を建てました(1878)。更には神社の創建も認可し、明治23年(1890)に楠木正行を祭神とする 別格官幣社・四條畷神社 が飯盛山麓に鎮座しました。

神社認可の 1889年に施行された町村制。大阪府讃良郡(1896年から北河内郡)に 「四条村」が誕生 したのは、明治の楠公ブームにあやかったものでしょう。でも、四條畷神社が立地した隣村は「甲可村」でした。

条里制の三条だった 「野崎」という地名から連想されるのは 野崎観音・慈眼寺です。
近松門左衛門の「女殺油地獄」の舞台でもあり、♪屋形船で参ろ…という東海林太郎の「野崎小唄」でも知られます。この付近は、もともと大阪から深野池でつながる地帯でした。大和川付替[47413]の後は 寝屋川水系の水運が利用されました。

このように水運中心だった交通体系に変化をもたらしたのが 浪速鉄道【関西鉄道を経て 1907年国有化】でした。
明治28年(1895)に 大阪市の片町駅から四条村までが開通し、「四条畷駅」が作られました。初期には観音の縁日だけ臨時停車した野崎も 1912年からは常設駅になり、やがて自動車交通も発達して水運は衰えました。

公共施設に使われる「四条畷という地名」は、四条村の鉄道駅を皮切りに、中学校・郵便局・警察署・高等女学校と 甲可村内を含め 続々と増え、これらに追随した形で、1932年には甲可村が 「四條畷村」と改称 するに至りました。

この四條畷村が1970年に「四條畷市」になったのですから、後発もいいところですが、それでも、四條畷市からの要請に応じた大阪府条例【平成15年第81号】により、府立高校・保健所・警察署などが四条畷から四條畷に表記変更されたようです。[47077]にリンクされたニュース参照。
でも、四條畷市内にあるわけでもなく、四条村の時代から1世紀以上も「四条畷」を名乗っている片町線の駅に対して、「四條畷」に揃えてくれと要望するのはどうかな? というのが実感です。

[74082]で紹介した、国による地名平易化政策にも反することです。この政策自体も、現在どうなっているのか疑問ですが…

私としては、[74077] KK さんの意見
それにしても、「条」も「條」も、字としては同じですし、そんなにこだわらなくても、と部外者としては思ってしまいます。
にも共感しつつ、塩竈市[74061]のように、現実を見据えた「大人の態度」で 文字に接して欲しいと思うのでした。

最後にひとつ。
この記事は、一般地名としては「四条」と書き、自治体名は市区町村変遷情報の表記を用いました。
1889年の「四条村」も 大阪府市制町村制施行 により記載したのですが、念のため 1952年の町制・1956年の市制 を確認してみたら、四條村→四條町、四條町→大東市となっています。

“そんなにこだわらなくても” に共感しながら、実際の行動は違うことになりますが、こうなると他の資料を確認したくなります。
[69698] むっくん さんのリンクからコマを進めた 大阪府町村制施行時の 府令第17号 は「四條村」。
新旧対照市町村一覧改正新旧対照市町村一覧 も同様。

おやおや。公式の表記は正字の「四條村」だったようです。
それほど固いことを言わない私鉄時代の命名だったから、駅名に俗字の「四条畷」が使われたということか。

蛇足:宗谷本線の「旭川四条」駅は 「あさひかわよじょう」。
なお、旭川駅が「あさひがわ」だった国有鉄道時代も、旭川四条は濁らない「かわ」でした。

[74085] 2010 年 2 月 1 日 (月) 11:11:53【1】 稲生 さん
 市と町同数、3月逆転へ

新聞によりますと、本日2.1の豊川市と八女市に関係する合併により、全国の「市」と「町」がともに784となり同数に並んだそうです。
その後、3.8の山梨県内の合併(新・富士川町のこと)により「町」が減って「市」が上回ることになるとのこと。

地元新聞

グリグリさん、お大事に。


※落書き帳をよく見たら、10個前の記事[74075] k-aceさんがすでに言及していました。失礼いたしました。

[74084] 2010 年 2 月 1 日 (月) 05:00:37 オーナー グリグリ
 豊川市と八女市の編入合併

以下の合併に関連して、市区町村のデータ、公式HP、ランキング、雑学などを更新しました。
□編入 愛知県豊川市(豊川市, 宝飯郡 小坂井町)
□編入 福岡県八女市(八女市, 八女郡 黒木町,立花町,矢部村,星野村)

首を捻って首が痛くて動かない。頭が割れそうに痛く眠れない。医者に行きます。

[74083] 2010 年 2 月 1 日 (月) 00:30:28 YT さん
 福岡県の市区町村変遷情報について・連合戸長役場が置かれた行政区の名称について

[74052] 88 さん

福岡県の市区町村変遷情報について、以下の2点に漢字の間違いと、村or町の間違いがあると思われます。

181 浮羽郡川倉村 → 浮羽郡川会村(川會村)
220 三潴郡江上町 → 三潴郡江上村

以上の検討をお願いします。

[74062] むっくん さん

厳原町 or 厳原村については自分でももう少し調べてみます。

[73960]で長崎県対馬支庁に関し、明治31年と明治36年の統計では、連合戸長役場の置かれた厳原地区については「厳原市街」として人口の集計を示しましたが、オリジナルの『日本帝国静態人口統計』(明治31年)、『日本帝国人口静態統計』 (明治36年)では対馬における連合戸長役場の置かれた行政区についても情報が掲載されており、対馬におけるすべての連合村、連合町について集計を追加する予定です。また鹿児島県大島郡に関しては、連合村以下の区分についての村の人口統計が空欄となっていますが、市町村別の項目にはわざわざ町、村名が列挙されており、これについても数字を空欄のまま追加修正する予定です。

ただし、これらの連合村の呼称について、色々不明な点が多い状況です。現在「〜村外×ヶ村連合」、あるいは「〜市街」という呼称で統一しておりますが、これらが本当に正しい名称なのか確信が持てません。

さらに問題となるのが北海道です。『日本帝国静態人口統計』(明治31年)では北海道に限り、連合戸長役場の有無が掲載されておりません。一方明治36年以降の連合村の状況はかなり複雑で、『日本帝国人口静態統計』(明治36年、明治41年、大正2年、大正7年)によると、以下のような変遷を辿っており(他は単独の戸長役場を持つ町・村)、明治31年の連合戸長役場の状況を明治36年以降の状況から逆算で推定するのは危険のようです。

町村T7T2M41M36
札幌郡琴似村・発寒村
札幌郡山鼻村・円山村
札幌郡江別村・対雁村・石狩郡篠路村
空知郡市来知村・幌内村・幾春別村
空知郡下富良野村・南富良野村・勇払郡占冠村
空知郡南富良野村・勇払郡占冠村
勇払郡鵡川村・井目戸村・萌別村・生鼈村・累標村・穂別村・辺富内村・似湾村
勇払郡鵡川村・井目戸村・萌別村・生鼈村
勇払郡似湾村・累標村・穂別村・辺富内村
上川郡(石狩国)神居村・神楽村
積丹郡西河村・余別村・来岸村・神岬村
古宇郡神恵内村・赤石村・珊内村
古宇郡興志内村・盃村・泊村
古宇郡興志内村・盃村・泊村・岩内郡堀株村・茅沼村
岩内郡堀株村・発足村・茅沼村
岩内郡野束村・敷島内村
岩内郡前田村・老古美村・梨野舞納村
岩内郡小沢村・幌似村
歌棄郡潮路村・有戸村・種前村・美谷村
歌棄郡熱郛村・作開村
寿都郡湯別村・樽岸村
島牧郡永豊村・千走村・江泥辺村・原歌村
島牧郡本目村・歌島村・軽臼村
太櫓郡太櫓村・古櫓太村・良榴石村・鵜泊村
奥尻郡釣懸村・赤石村・薬師村・青苗村
久遠郡平田内村・貝取澗村・長磯村
檜山郡土橋村・目名村・俄虫村・赤沼村・安野呂村・館村・鶉村
檜山郡泊村・伏木戸村・柳崎村・鰔川村・小黒部村・田沢村
松前郡原口村・江良町村・清部村
松前郡赤神村・札前村・根部田村・茂草村・雨垂石村
松前郡上及部村・大沢村・荒谷村・炭焼沢村
松前郡礼髭村・吉岡村・宮歌村
上磯郡知内村・小谷石村
上磯郡茂辺地村・石別村
茅部郡臼尻村・熊泊村
茅部郡砂原村・掛澗村
室蘭郡輪西村・元室蘭村・千舞鼈村
幌別郡鷲別村・幌別村・登別村
白老郡社台村・敷生村・白老村
千歳郡漁村・島松村
千歳郡千歳村・蘭越村・島柵舞村・長都村
沙流郡佐瑠太村・富仁家村・平賀村・波恵村・慶能舞村・賀張村・門別村・厚別村・菜実村
沙流郡平取村・紫雲古津村・荷菜村・二風谷村・荷負村・長知内村・幌去村・貫気別村・荷菜摘村
新冠郡大狩部村・葉朽村・受乞村・元神部村・比宇村・泊津村・高江村・去童村・姉去村・万揃村・滑若村・静内郡下下方村・中下方村・上下方村・目名村・遠仏村・幕別村・市父村・農家村・碧蘂村・有良村・婦蟹村・佐妻村・捫別村・春立村・音江村・遠別村
新冠郡高江村・大狩部村・受乞村・元神部村・比宇村・泊津村・葉朽村・去童村・姉去村・万揃村・滑若村
三石郡姨布村・辺訪村・幌毛村・鳧舞村・本桐村・歌笛村
様似郡様似村・鵜苫村・平鵜村・冬島村・二七村・岡田村・幌満村・誓内村
幌泉郡幌泉村・油駒村・小越村・庶野村・猿留村・近呼村・笛舞村・歌露村・歌別村
当縁郡歴舟村・当縁村・大樹村
十勝郡十勝村・生剛村・愛牛村
十勝郡大津村・長臼村・鼈奴村・中川郡(十勝国)旅来村
中川郡(十勝国)豊頃村・安骨村
中川郡(十勝国)凋寒村・蝶多村・十弗村・様舞村・誓牛村・信取村・蓋派村・居辺村
中川郡(十勝国)押帯村・勇足村・負箙村・嫌侶村・幌蓋村・本別村
中川郡(十勝国)幕別村・白人村・別奴村・止若村・咾別村
河西郡美生村・芽室村・羽帯村・河東郡西士狩村・美蔓村
上川郡(十勝国)人舞村・屈足村
川上郡熊牛村・塘路村・虹別村
川上郡弟子屈村・屈斜路村
阿寒郡舌辛村・徹別村・蘇牛村・飽別村
足寄郡陸別村・足寄村・利別村・螺湾村・白糠郡白糠村・庶路村・尺別村
足寄郡陸別村・足寄村・利別村・螺湾村
白糠郡白糠村・庶路村・尺別村
釧路郡昆布森村・跡永賀村・仙鳳趾村
厚岸郡榊町・浜中村・後静村・琵琶瀬村・散布村・霧多布村
花咲郡友知村・沖根婦村・珸瑤瑁村・沖根辺村・婦羅理村・歯舞村
花咲郡昆布盛村・落石村・根室群幌茂尻村・厚別村・和田村
根室郡西別村・走古潭村・野付郡別海村・平糸村・野付村
根室郡厚別村・西別村・走古潭村・野付郡別海村・平糸村・野付村
野付郡茶志骨村・標津郡標津村・伊茶仁村・目梨郡忠類村・薫別村・崎無意村・植別村
野付郡茶志骨村・標津郡標津村・伊茶仁村・目梨郡忠類村・薫別村・崎無意村
国後郡泊村・東沸村・米戸賀村・秩苅別村
国後郡大滝村・留夜別村
紗那郡紗那村・有萌村・別飛村
紗那郡留別村・振別郡振別村・老門村・択捉郡内保村・丹根萌村
蘂取郡蘂取村・乙今牛村
斜里郡斜里村・蒼瑁村・止別村・朱円村・遠音別村
網走郡美幌村・杵端辺村・古梅村・活汲村・逢媚村・翻木禽村
常呂郡常呂村・少牛村・鐺沸村・太茶苗村・手師学村
常呂郡野付牛村・生顔常村
紋別郡紋別村・藻鼈村・瑠橡村・沙留村
紋別郡幌内村・沢木村・雄武村・興部村
紋別郡興部村・瑠橡村・沙留村
紋別郡雄武村・沢木村・幌内村
枝幸郡頓別村・枝幸村・歌登村・礼文村
宗谷郡宗谷村・泊内村・猿払村
中川郡(天塩国)下名寄村・上川郡(天塩国)多寄村・上名寄村
中川郡(天塩国)下名寄村・中川村・上川郡(天塩国)多寄村・上名寄村
天塩郡沙流村・幌延村・天塩村
天塩郡沙流村・幌延村
留萌郡鬼鹿村・天登雁村

現在北海道の連合戸長役場の変遷の資料を探しています。

[74082] 2010 年 1 月 31 日 (日) 22:01:35 hmt さん
 四条畷問題 (1)俗字だった「条」が 当用漢字・常用漢字で表舞台に

[74077] KK さん  条と條
市では7年前から、正式名称である「四條畷」に表記を統一するよう要請し、現在ではJRの駅名だけが「四条畷」のままのままなのだそうです。ところが、JRでは、「駅名の変更には数億円かかる」として、市が費用を全額負担するなら、との立場。

この落書き帳で何度か言及された「大東市にある四条畷駅」ですが、四條畷市が 隣の市の駅 に対してまで 表記統一を要請していることには 驚きました。

最初に確認しておくと、“現代の国語を書き表すための漢字使用の目安”として定められた常用漢字表(昭和56年内閣告示第一号)にある文字は 「条」です。括弧に入れた(條)が添えてあり、明治以来行われてきた いわゆる康熙字典体の活字 との つながり が示されています。

諸橋大漢和辞典には、「条」は“「條」の俗字”とあり、出典「宋元以来俗字譜」が記されていました。
中世近世の日本でも実際に広く使われてきた字のはずですが、戦前までは「條」が正字とされてきました。
同様の事情は、台・広・浜・沢など多くの漢字にもあり、1946年よりも前に成立し各市は、当然のように旧字体を正式としていました。

戦後の 1946年に行なわれた国語改革施策により、従来「俗字」として扱われてきた平易な字体が、「当用漢字」の字体として表舞台に登場しました。いわば、正規の文字の座を獲得したわけです。
その結果、仙台市・広島市・帯広市・横浜市・浜松市・八幡浜市・新居浜市・浜田市・長浜市・金沢市・米沢市・藤沢市・岩見沢市などは、格別の名称変更手続きなしに、新字体を使うようになりました。

第5次吉田内閣時代のことですが、町村合併を機会に、地名をわかりやすくすることに考慮を払われるようにという 国語審議会会長からの建議(1953/10/8)がなされたことがあります。[15792](削除)で紹介されていたこの建議に挙げられていた例です。

むずかしい漢字の例:長崎県の豆酘(ツツ)村,鹿児島県の頴娃(エイ)町, 石川県の羽咋(ハクイ)村など
文字はやさしくても、読み方のむずかしい例:和歌山県の学文路(カムロ)村,愛知県の挙母(コロモ)市など
平易な地名を選んだ例:長野県「茅野町」は「ちの町」とかな書きした。東京都では区を合併した際「飛鳥区」「春日区」などの案を退けて「北区」「文京区」とした。

その少し後で 挙母市→豊田市 の改称がなされましたが、これはもちろん 地名平易化だけが動機ではありません[61759]

戦後間もない時代に仙台市・広島市・横浜市・金沢市など多くの都市の表記が当用漢字体になったことは先に記しましたが、実は 1958年になってから、旧字体の市町村を当用漢字の字体で表記することを可とする公式見解が出されています。

この件を詳細に説明した[15805]も削除されているので、[74061]では、[15836]中の引用に残った一部を紹介しておきました。
当用漢字から10年以上も経てからこの通達が出された理由は、おそらく不動産登記手続等において新字体を使っても有効であることを確認する必要が生じたためと推測します。

各都道府県知事宛の自治庁通知には別紙が添付されており、法務省と文部省とに確認した結果であることを示しています。【3項目のうち第1項のみ記す】
------------------------通知--------------------------
昭和33年4月21日 各都道府県知事宛 自治庁行政局長
市町村の名称の字体が当用漢字字体表にない従来の字体である場合において、当用漢字字体表の字体を用いて書き表わすこととしても、地方自治法第3条第3項の規定による名称変更に該当しないものである。
-------------------------別紙-------------------------
昭和33年3月13日 市町村の名称の書き表わし方の疑義について 自治庁行政局長
市町村の名称の字体が当用漢字字体表にない従来の字体である場合において、今後当用漢字字体表の字体を用いて書くことは、地方自治法第3条第3項に規定する市町村の名称の変更とはならないものと解するが、当用漢字字体表の取扱上の解釈はどうか。
回答(法務省民事局長心得)
貴見のとおり。
回答(文部省調査局長)
その文字が当用漢字表の範囲内のものであるときは、貴職の御見解のように取り扱つてさしつかえないものと解釈します。
--------------------------------------------------

余談ですが、文部省回答に「参考」として記された「公用文作成の要領」の中の「4 地名の書き表わし方について」の4項には、次のように記されています。
さしつかえのない限り、当用漢字字体表の字体を用いる。当用漢字表以外の漢字についても、当用漢字字体表の字体に準じた字体を用いてもよい。

“準じた字体”というのは、なかなか融通が利く言葉です。森鴎外[65968]の「鴎」や、剱岳[53057]の「剱」の類を許容するということでしょうか?

[74081] 2010 年 1 月 31 日 (日) 21:28:18 油天神山 さん
 十番勝負回顧録

今回もたいへん遅くなりましたが、十番勝負の感想文です。

[72803]第二十四回の感想文を提出したのが11月10日、その十日後にはオフ会に参加し、その翌週には短期決戦ゆえにものすごく疲れた第二十五回十番勝負が始まり、その感想文[73251] を書き終えると、さすがに「十番勝負疲れ」とも言える状態に陥ってしまいました。
オフ会の感想や2009年の回顧なども書き込みたかったのですが、果たせないまま新年を迎え、そのまま第二十六回十番勝負に突入してしまいました。

[73251] 前回の感想文の末尾に、
つくば単身赴任以来、帰省時にはなるべくPCに触らないようにしているので、出遅れることになるかも知れません。
と記しましたが、スタートから本気で取り組むだけの気力が沸いてこなかったのも確かです。元日の夜はとりあえずケータイで問題を見ましたが、見るだけで調べも考えもせず、その日は寝てしまいました。

[73556]1月2日(土)08:17:35 問三:摂津市(7着)
翌朝目が覚めて(初夢は見なかった・・・)、再びケータイで確認してみると、既に第一回の採点が済んでいます。依然として本腰を入れて取り組む気力は沸いてきませんが、解答状況を眺めているだけで問三の共通項は見えました。想定解数を数えるとかの手間はかけず、最初に思いついた摂津市を解答。

その後は実家の正月気分にどっぷり浸り、十番勝負には触らずじまい。

[73589]1月3日(日)04:54:24 問五:松浦市(19着)
翌朝は早く目が覚めてしまい(なんだかんだ言って十番勝負が気になるのですね)、前日同様にケータイで解答状況を確認してみると、問五の「人名っぽさ」と[73587]EMMさんの独白が目に付きました。
「なるほど、苗字ランキングの上位何番か以内っちゅうことやな。EMMさんはデータベースによる順位の変動のことを言うてはるんやな」そこまでは寝床の中ででもわかりましたが、しかしこれはその場で思いついたものをポイと答えるわけには行きません。やむなく真っ暗な中を起き出してPCを立ち上げて行った先は「日本の苗字7000傑」
まずは該当しない松山市の順位を見ると302位。「つまり300位以内やな」
そこで300位以内を数えてみると54市。想定解数より1市多いけど、データベースの差か、数え間違いか、どっちにしても安全圏を答えておけば問題ないや、ということで152位の松浦市を解答。
因みに松浦市は、私の父方の祖父の出身地であります。

実家のPCのある部屋は空調がないので、これ以上夜明け前の寒さの中でPCの前に座っていられなかったので、一問答えただけで寝室に戻り、再び布団に潜り込みました。起床後も十番勝負には手を出さず。

[73626]1月4日(月)09:50:41 問十:大和高田市(16着)
私の職場はこの日が初出勤ですが、私の誕生日なので休みを取っていました。しかし妻が仕事に行ってしまったので暇になってしまい、いよいよ本気で十番勝負に取り組みました。
いつものように「5市まとめてGoogle」から始めましたが、これは空振り。そこで皆さんのコメントに何か手がかりがないかと落書き帳をスクロールしていくと、[73606]グリグリさんのお言葉が。
いつものことですが、開催日、都道府県市区町村内各メニュー、過去記事などは重要なポイントです。
「開催日? まぁた一月一日かね」
「まぁた」というのは、第十八回(2008年新春企画)の問三「一月一日に編入を行った市(市制施行前、新設合併前の編入は対象外)」や第十四回(2007年新春企画)の問一「1月1日に編入を行っている(市制施行前、新設合併前の編入は除く)」が頭に浮かんだからです。
そこで「市区町村雑学 4月1日って市の誕生日? 市の市制施行日分析」を呼び出し、一月一日に市制施行した市の顔ぶれを見ると・・・問十と随分重なってるじゃありませんか。それに問十の想定解数は49市、一月一日に市制施行した市は45市、ほら、近いじゃん!(なぜか「一致しないじゃん」とは思わなかった)
それにこの45市の中には入っていないにもかかわらずお題に挙がっている会津若松市と伊勢市、これには見覚えがありました(第十九回の問八「市を含む合併(新設・編入)時に新しい市名を採用した市(新設合併前の合併は対象外)」)。この2市は市名変更の扱いを示すものだ! と閃き、市区町村変遷情報で確認して、市名の誕生日であることを確認。
  
しかし本格参戦という割にはその先が進まず、この日はここまで。

[73673]1月5日(火)13:32:52 問七:つくばみらい市(14着)
翌朝、自宅を出てつくばへ戻ります。新幹線の中で解答状況をチェックしていたら糸島市と長浜市が続けて出ている。それに阪南市、綾瀬市、[73633] なると金時さんの
だから53なのか!
これで確信は持ちましたが、いかんせんケータイでは調べにくいので、検証と解答は出勤後に。

[73675]1月5日(火)13:52:08 問八:稚内市(13着)
サイト内検索でようやく発見しました。今回は珍しく検索にあまり力を入れてこなかったんですが、それが失敗の元。

[73732]1月7日(木)12:02:32 問二:南丹市(15着)
これもサイト内検索でダム湖コレクションを発見。内容を仔細に見てみるとダム湖百選について言及されているものがいくつかある。さあ、共通項は「ダム湖コレクション」か「ダム湖百選」か? いずれにしても数え上げるのは大変そうなので、どっちであっても該当する南丹市を解答。

[73736]1月7日(木)17:02:23 問九:津市(14着)
これは正解の市からいくつかピックアップして落書き帳の記事検索をかけて見つけたように記憶しています。
津市なんてオールマイティーな市を答えてしまいましたが、これは三重県からまだ1回しか答えてなかったからで、けっして当てずっぽだったわけではないです。

それにしても、[73485]グリグリさんてば、
第二十六回用の問題作成が難航しているのですが、渡りに船とはこのことですね。活用させていただきます。ありがとうございました。(謎
それで本当に出題しちゃうとは何たる素直さ!
それでいて[73456] いっちゃんさんの記事に漏れていた北上市と萩市をお題に盛り込むとは何たる悪辣さ! 
ま、これくらい悪辣でなけりゃ十番勝負の出題者は(それも26回も)務まりませんわね。

このあとすっかり行き詰まった上に、この週末にまたもや帰省したこともあり、丸三日間沈黙。

[73812]1月11日(月)05:36:04 問四:安芸市(誤答)
[73813]1月11日(月)07:19:44 問六:日南市(19着)
[73838]1月12日(火)07:40:06 問四:三次市(22着)
第一ヒントの解凍はそう苦労しませんでした。問四「沢山の市町村」問六「1たす1は2」(違うとるがな)。どちらも合併を想起させるキーワードですから、市区町村変遷情報を詳細に見て、共通項を確信しました。
しかし何たることでしょう。第一ヒントの解凍以来ずっと、問四と問六を対にして考えていたにもかかわらず、そして問六で長浜市が該当しない理由もつかんでいたにもかかわらず、問四で高松市が該当しない理由に理解が及ばず、安芸市(1954年、8町村が合併して市制施行、1955年にも合併実施)を答えてしまい誤答。採点結果を見て愕然としたのでした。
しかしこの日は家族でお出かけ、そして夜行バスで車中泊のためPCに触れず。翌朝、つくばの下宿に戻るや否やPCを立ち上げ、市区町村変遷情報を確認した上での再回答となりました。
一方、問六は解凍を間違えた割には共通項を見誤らず、そして問四と同じ失敗を犯すこともなく、日南市ですんなり正解。

[73840]1月12日(火)09:42:13 問一:徳島市(15着)
第一ヒント「三種類ある」第二ヒント「めでたいもの」で、「松竹梅」より先に「一富士二鷹三茄子」が浮かんだのが遠回りの元。しかもお題の飯能市には富士見小学校や富士浅間神社があり、流山市には町名として「富士見台」があり、富士見台郵便局もある。金メダルの羽村市にも富士見小学校がある。これにすっかり惑わされてしまいました。
最終的にどこで「松竹梅」に軌道修正できたのか思い出せません。手持ちの隣接自治体データベースを見たんだと思いますが、そんな基本的なチェックを出題から十日以上経ってから実行するあたり、今回の私の力の入らなさ加減が出ているようです。

まとめ
今回は10勝1敗で総合12位、メダルなしと平凡な成績に終わりました。
やはり冒頭に書いたように、帰省中のため出遅れたのが大きいですが、やはり十番勝負疲れなのか腰を据えて調べる気力がなかなか沸いて来ず、「何とかヒント前に完答を」などと考えなかったのが、完答まで十日以上も要した原因でしょう。
次は4月ですか。あと2ヶ月も充電すればまた気力も復活するんじゃないかと思います。その節はまた宜しくお願いします。

[74080] 2010 年 1 月 31 日 (日) 20:30:09 でるでる さん
 洲本市の市制施行日

2010年初書き込みです。

ようやく落書き帳を読むゆとりが出来ました。というわけで、久しぶりに(今年初!)溜まっていた情報や明日の合併情報の更新作業をしなきゃ!

そんなでるでるですが、本年もよろしくお願いいたします(^^)

まずは、変遷情報の更新作業の前に・・・
[74031]グリグリさん
洲本市が新設合併する際に元の市制施行日に合わせて新設合併日を選んだかどうかは分かりませんが、何となくそんな気がします。
[74036]hmtさん
昭和15年(1940)は、日本全国が神武天皇即位紀元(皇紀)2600年を祝賀した年で、2月11日の「紀元節」はそれに関わる特別の日でした。
「洲本市」が、この皇紀2600年の、しかも「紀元節」当日に誕生したことは、洲本市民に強烈な記憶を残していたことと思います
・・・中略・・・
洲本市の誕生が皇紀2600年紀元節であったことは、淡路島が建国神話ゆかりの地であることと関連していると思われます。
神武天皇より更に古い、イザナギ・イザナミの二神による国産み神話で、大八島(おおやしま)の第1号として淡路島が登場します。

合併期日を「2006/2/11(土)」にすることを確認した洲本市・五色町合併協議会2005/2/5開催の第19回会議録(PDFファイル・15ページ目参照)によると、
1、十分な準備期間の確保(この協議会開催日から合併まで約1年間)。
2、合併日が土曜日で閉庁日のため、土日の2日間の間に準備作業やシステムテストなどの時間が確保出来ること。
そして3つ目は、
国生みの島、淡路島の中心都市としての新市の出発日を建国記念日の祝日に重ねることによって、今後ともの新市誕生の記念日として記憶していくとともに、新市の住民が一体となって祝うことのできる場を提供できるのではないかと考えているところであります。そして、両市町長が合意した日でございます。

とあり、建国記念日である「2月11日」は、建国神話ゆかりの地として特別な意味合いのある日であるようです。(旧)洲本市の市制施行日も同様に決められたことと思われますし、新設合併=市の誕生日という”記念日”として相応しいとして選ばれたのでしょう。であれば、新旧の洲本市の市制施行日が同じ日なのも納得できそうです。


ちなみに、実は初めから洲本市と五色町の合併予定日が「(2006年)2月11日」だったわけではないのです。当初は洲本市が「2005/1/1(新電算システムへの移行がスムーズと主張)」、五色町が「2005/3/31(2004/12月に完成の新町庁舎への移転等で、1月合併では日程的に多忙と主張)」して協議が難航した結果、約半年間にわたり合併協議が中断。その間に洲本市の市長が交代、五色町議会の改選などを経て合併協議が再開。合併予定日を「2006/3/31までに合併」といったん改めたうえで後日「2006/2/11」に決定しました。

なお、合併協議再開後に変更されたのは合併日だけではありません。
新市名も「洲本五色市」から「洲本市」に変更されたのでした。

[74079] 2010 年 1 月 31 日 (日) 01:01:11【1】 白桃 さん
 宮城県の推計人口発表日

[74078]千本桜 さん
その時は、鳴門から高松自動車道を走行し、東讃の中心都市・三本松を横目で追いながら琴平に向うことになりますが、三本松市街はビルが林立しているので(笑)見のがさずに済みそうです。
残念ながら、高速からは三本松市街地が見えないと思います。見えたとしても、ほんの一瞬、それもゴクゴク一部でしょう。(実は、それが全貌だったりして・・・笑)

それはともかく、「千本桜さんが、どうやって1月1日現在の推計人口を知ったのだろう?」と不思議でした。というのも、宮城県は発表が遅く、翌月5日と相場が決まっていなかったからです。念のため、宮城県のHPを見たら、あらまぁ、出てるではありませんか!
どうやら、今年から早くしたようです。ま、早く出るのに越したことはありません。

[74078] 2010 年 1 月 30 日 (土) 20:11:36 千本桜 さん
 淡路・四国の御礼。人口減。

[74047] 小松原ラガー さん
[74048] 今川焼 さん
[74049] 88 さん
[74051] futsunoおじ さん
皆様、ありがとうございました。たぶん、小松原ラガーさんあたりが書き込んで下さると思っておりましたが予想通りでした。淡路・四国への旅行は私も参加しますが、実際に計画を練っているのは幹事さんや旅行会社です。しかし、「何か良い案はないか」と意見を求められたので行程表を見せてもらったところ、観光スポットごとの発着時刻は書いてあるものの、ルートが大雑把で不明確なものでした。車窓からの眺めも観光の一部と思っている私は、事前にルートをつかんでいないと不安になるのです。そこで、自分なりに行程を検討してみることにした次第です。私案が実際の旅行に反映される保証はありませんが、旅行計画を練ること自体がとても楽しくて、気分はすでに空想の旅へ出発しています。しかし、地図を見ると神戸周辺では高速道路の他に六甲北道路などの一般有料道路が何本も走っていて、それらが同じ色で印刷されているものですから、どの道路(路線)を繋げて走れば良いのか判断がつかない状態でした。そこで、路線別に色分け着色してみたところ、1・山陽自動車道経由。2・阪神高速7号北神戸線経由。3・阪神高速3号神戸線経由の三案が浮んだわけですが、これはやはり小松原ラガーさんはじめ皆さんの御意見どおり、1か2の選択になりそうですね。
個人的には、今川焼さんの「神戸港や六甲山を眺めてみたいという方が多ければ3を」に惹かれますが、我を通すわけにもまいらず、残念だけど諦めざるをえないようです。今川焼さんに関しては、[71819]で綴られた富来のくだりが凝縮された短編紀行文を読むようで素晴らしく、とても感心しておりました。目の前に現れた現象を地理的にとらえる感覚が身に付いておられるのですね。今回の書込みでも随所にそれを感じました。淡路・四国の旅は仰せのとおりバスの最前部に陣取り、飛込んでくる風景を地勢図や地形図と対比しながら眺めることにするつもりです。また、脇町観光のアドバイスは実にリアルで参考になりました。ただ心配なのは、時間の都合で脇町観光がカットされる可能性があることです。その時は、鳴門から高松自動車道を走行し、東讃の中心都市・三本松を横目で追いながら琴平に向うことになりますが、三本松市街はビルが林立しているので(笑)見のがさずに済みそうです。
琴平からは善通寺ICで四国自動車に上がって松山に行きます。個人的には、88さんがお住まいの高松をもう一度見たいのですが団体旅行では自由が利きません。松山までは時間の都合でどこにも立寄らないで走るだけです。川之江も三島も新居浜も横目で見ながら通過するだけ。そして、小学校の同級生の「みよちゃん」が住んでいる西条も通過するだけです。これって、街歩きを趣味にしている人間にはストレスが溜まりますね。ましてや、防音壁で視界が遮断されて市街地遠望もできなかったりすると、変な理屈だけれど「通行料をただにして」と言いたくなります。それは勿論冗談ですが、見たい所を見れずに横目で過ぎるのは実際にストレスが溜まります。
だいぶ前のことですが、「どなたかインターチェンジの利用車台数ランキングを御存知でしたら教えていただけませんか?」と問いかけたところ、futsunoおじさんに道路公団のサイトを紹介していただいたことがありました。今度も道路時刻表のサイトへリンクを貼っていただきまして、ありがとうございました。私はインターネットが苦手で、検索の活用方法も分からないまま原始的に市販の道路地図帳を見ながら電卓で区間距離を弾き出しておりました。紹介していただいたサイトはこれからも活用させていただきます。ありがとうございました。

[47072]白桃 さん
三大都市圏への人口集中にブレーキ
[74074]Issie さん
大阪圏の人口減少にもブレーキ?
大都市圏の話題に田舎の情報を突っ込んで申しわけありませんが、こちらは人口減少にブレーキがかかりません。全国的には、もっともっと人口減に悩んでいる地方もありますから話題にするほどではないかもしれませんが、なぜか気になります。
仙南圏ビッグ4の平成17年10月1日〜平成22年1月1日の人口と人口増減数
市町名2005年10月1日2010年1月1日増減数
白石市39,492人37,763人-1,729人
角田市33,199人31,927人-1,272人
柴田町39,809人39,162人-647人
大河原町23,335人23,470人135人
かつて、町としては東北一の人口を誇った柴田町も4万人を目前に足踏みし、ついに人口減に転落。仙南圏2市7町の中では、かろうじて大河原町だけが人口増を保っています。でも、もうだめみたい。昨年1年間だけを取りあげると減少組の仲間入りをしています。

仙南圏ビッグ4の1年間(平成21年2月1日〜平成22年1月1日)の人口増減数
市町名純増減自然増減社会増減
白石市-447人-213人-234人
角田市-391人-177人-214人
柴田町-154人4人-158人
大河原町-52人27人-79人
軒並み社会減というのが辛いですね。みんな、どこへ行ってしまったのでしょう。千昌夫さんも「あんた」という曲で、♪「どこへ行ったのよ 戻って来てよ ねえあんた」と唄っていますが、戻って来ても仕事がないんですよね。

[74077] 2010 年 1 月 30 日 (土) 19:45:06 KK さん
 条と條

こんばんは。KKです。

yahooで、こんな記事を見つけました。
「四条畷」→「四條畷」に数億円? JR、依然変更されず
「四條畷市」の「條」の字は、「条」の旧字体ということで、警察署や保健所などの官公庁やJRの駅では、これまで「四条畷」を採用していましたが、市では7年前から、正式名称である「四條畷」に表記を統一するよう要請し、現在ではJRの駅名だけが「四条畷」のままなのだそうです。ところが、JRでは、「駅名の変更には数億円かかる」として、市が費用を全額負担するなら、との立場。市では、「財政難で何億円も出すのは無理」と頭を抱えているとか。

駅名を変更するのにかなりの費用がかかる、というのはよく聞く話ですが、「四条畷」から「四條畷」へ変更するためだけに何億円も出せないですよね。それにしても、「条」も「條」も、字としては同じですし、そんなにこだわらなくても、と部外者としては思ってしまいます。

[74076] 2010 年 1 月 30 日 (土) 12:17:25【1】 白桃 さん
 わが子の背丈と人口統計
白桃 数字が語る都市圏

[74074]Issie さん
“街の木の桜”で連想するのは,最初期の公団住宅の1つである常盤平団地かしら。
20年以上も前に、電車を乗り継いで常盤平の桜並木を見に行きました。私は、「なかなか趣のある街だ」と思いましたが、連れは、「わざわざ見に来ることもなかった」とつぶやいておりました。

私は,こちらの記述に興味をひかれました。
--------------------------------------------------------------------------
大阪圏で転出超過数が1万人を下回ったのは23年ぶりとなる。(当該記事末尾)
確かに、「大阪圏の人口減少にブレーキがかかっている」ようです。
東京圏では所沢、佐倉、小平、厚木、名古屋圏では可児、豊田、岡崎、四日市、鈴鹿など、それまで順調に人口が増加していたのが、つい最近になって止まってしまった、あるいは豊橋のように明らかに減少傾向にあるという都市が目立つのに、大阪圏が意外に健闘?しているようです。その典型が尼崎で、慢性的な人口減少から脱却しているように思えます。
ま、おおまかにいうと、日本全体が自然減に突入しているので、都市圏や自治体レベルで人口増を期待するにはかなりの社会増、ということになるのですが、好調であった名古屋圏がここにきて苦戦を強いられていることで、当面は東京圏の「一人勝ち」状態にあるのでは、というのが白桃市町村人口研究所の分析です。

ついでながら、1月1日現在推計人口順位変動のトピックスを
千葉県にて、流山市が習志野市を抜く
神奈川県にて、大和市が厚木市を抜く

おまけ:
「毎日見るわが子の背丈」とかけて、「毎月やる推計人口統計」ととく。
そのココロは
「気になるけど、変化していることに案外気がつかない・・・。」

[74075] 2010 年 1 月 30 日 (土) 10:59:58 k-ace さん
 市町の数、四季の市の花

おはようございます、k-aceです。

今日現在の市町の数は784市787町ですが、明後日(2月1日)の豊川市の小坂井町編入と八女市の2町2村編入により784市784町となり、市と町の数が同数になります。
そして、3月8日の富士川町誕生により784市783町となり、市の数が町の数を上回ります。
平成の大合併により、ついに町の数より市の数が多くなってしまいますね。

[74073]右左府さん
レスありがとうございます。
私も調べてみますと、西東京市(春:つつじ、夏:ひまわり、秋:こすもす、冬:すいせん)、直方市(春:チューリップ、夏:ユリ、秋:コスモス、冬:スイセン)がありました。
福岡市も夏:フヨウ、冬:サザンカと2つの季節の花が市の花に制定されています。

また福岡市は松戸市と似た例でもあります。
市の木であるクロガネモチ・クスノキを、それぞれ「町の木・広場の木」とし、市の鳥であるホオジロ・ユリカモメを、それぞれ「野山の鳥・海の鳥」としているようです。

こういうの少なくないのですね。意外でした。

[74074] 2010 年 1 月 30 日 (土) 10:10:59 Issie さん
 民さんは野菊のような人だ

[74073] 右左府 さん
松戸市は のぎく・つつじ・あじさい を市の花
市の木についても、 ユーカリ・なし・しい・さくら

「野菊の墓」ですねぇ…。私,恥ずかしながら未読。
二十世紀梨もあわせて,矢切界隈がらみ。いや,そもそも東部の北総台地上は梨の産地として有名なのですが。
“街の木の桜”で連想するのは,最初期の公団住宅の1つである常盤平団地かしら。

[74072] 白桃 さん
三大都市圏への人口集中にブレーキ

私は,こちらの記述に興味をひかれました。
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大阪圏で転出超過数が1万人を下回ったのは23年ぶりとなる。(当該記事末尾)
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大阪圏の人口減少にもブレーキ?

[74073] 2010 年 1 月 30 日 (土) 01:25:40 右左府 さん
 市の花、人口集中

[74070] k-ace さん
相馬市は市の花を季節毎に制定

調べてみたら同様の例がいくつかありました。
伊勢崎市も春夏秋冬それぞれに合わせて四つの花を指定しているようです。(ツツジ・サルビア・キク・スイセン)
四季全てではないですが、北斗市は春(さくら)・夏(マリーゴールド)・秋(ムクゲ)の三つを、筑西市は春(なしのはな)・秋(コスモス)の二つの花を指定しています。

変わり種だと、松戸市は のぎく・つつじ・あじさい を市の花としていますが、それぞれに「里の花・街の花・庭の花」という呼称を付しています。市の木についても、 ユーカリ・なし・しい・さくら それぞれを「国際交流の木・郷土の木・里の木・街の木」としているようです。
(「庭の木」はないんですね……。)


[74071] 山野 さん
三大都市圏(東京・名古屋・大阪)の人口が不況の影響で減少しているらしい
人口が減っているわけではなくて、人口集中の動きが止まりつつある、ということではないでしょうか。
依然三大都市圏全体の社会動態は転入超過であり(名古屋と大阪に限ると転出超過ですが)、その転入超過数が大幅に減少した、というのがこのニュースの伝えているところだと思います。

[74072] 2010 年 1 月 30 日 (土) 01:25:00 白桃 さん
 三大都市圏への人口集中にブレーキ

[74071]山野 さん
三大都市圏(東京・名古屋・大阪)の人口が不況の影響で減少しているらしい。
正確に言うと、名古屋圏と大阪圏が社会減となり、東京圏(1都3県)の転入超過数が前年に比べ大幅に減少した、ということです。

[74071] 2010 年 1 月 30 日 (土) 01:00:41 山野[山野] さん
 集中人口↓

何やらこんな記事が。
三大都市圏(東京・名古屋・大阪)の人口が不況の影響で減少しているらしい。

[74070] 2010 年 1 月 29 日 (金) 22:28:42【2】 k-ace さん
 センバツと新幹線と…

こんばんは、k-aceです。

突然ですが、
北見市、稚内市、むつ市、鹿嶋市、かほく市(想定解数:9市)。
という問題が出来ました。
その他の該当市と共通項はこの記事の最後で。

第82回選抜高校野球大会の出場校32校が発表されました。
町村部からは嘉手納高校(嘉手納町)が春夏通じて初出場となりました。町村部はここ1校のみ。平成の大合併前は町村部だったのは21世紀枠の川島高校(川島町→吉野川市)のみ。
神戸市(神戸国際大附属、神港学園)、和歌山市(智辯和歌山、向陽)からは2校なので、今回は28市1区1町ですね(区は帝京の板橋区)。

九州新幹線の駅名が正式に決まったようですね。船小屋駅は移設とともに筑後船小屋駅になるようで。

共通項は市の花が「ハマナス」。
その他の想定解市は、紋別市、石狩市、青森市、相馬市です(数え漏れがあるかもしれませんが)。
相馬市は市の花を季節毎に制定しているとのこと。春:さくら、夏:はまなす、秋:ききょう、冬:さざんか
相馬市のような例は他にあるんでしょうか?

[74069] 2010 年 1 月 29 日 (金) 22:04:08【1】 伊豆之国 さん
 Family name〜地名と姓名の遥かなる関係(その3)

第二十六回十番勝負「問五」関連シリーズ「苗字と地名」のお話、今日は「苗字と駅名」について書き込んでみたいと思います。

日本の苗字は、地名に由来するものが大半といわれています。全国の駅名にも、当然のことながらよく見かける苗字と同じものがいくつも見られます。全国の苗字ランク上位30位(「苗字館」による)までの中で、鉄道の駅名に使われているものを次に挙げてみます。ここに挙げた駅名については、先の十番勝負「問五」の想定解と同様に「文字による完全一致」とし、同名駅が複数あるものについては一つだけ挙げました(原則としてJR優先)。

駅名苗字ランク路線名所在地
高橋佐世保線佐賀県武雄市
田中しなの鉄道長野県東御市
山本唐津線佐賀県唐津市
中村土佐くろしお鉄道中村線高知県四万十市
小林吉都線宮崎県小林市
吉田11越後線新潟県燕市
山田12京王高尾線東京都八王子市
佐々木13白新線新潟県新発田市
山口14山口線山口県山口市
松本15篠ノ井線長野県松本市
井上16長野電鉄屋代線長野県須坂市
19城端線富山県高岡市
清水20東海道本線静岡県静岡市清水区
山崎21東海道本線京都府大山崎町
22函館本線北海道森町
池田24根室本線北海道池田町
橋本25横浜線神奈川県相模原市
山下26常磐線宮城県山元町
石川27奥羽本線青森県弘前市
中島28可部線広島県広島市安佐北区
藤田30東北本線福島県国見町

「苗字」からは離れますが、やはり先の十番勝負「問一」のお題絡みの「松竹梅」。駅名のほうでも苗字と同様「松」がやはりこの中では最も多く、「竹」「梅」の順になるようです。「松竹梅」の駅名の代表を挙げるとすれば、次のようになるでしょうか。

「松」‥一つだけ代表を挙げろ、といえば、「松山」が一番ではないかと思うのですが‥。あとは「高松」「松江」「浜松」、それから「松島」といったところかな?‥。あっ、「三本松」を忘れてはいけませんね‥。
「竹」‥そのものずばりの駅が、三江線(島根県美郷町)にあります。
「梅」‥やっぱり「梅田」(阪神・阪急・地下鉄御堂筋線)でしょうね。あとは「青梅」(青梅線)あたり。「梅林」(可部線・広島市安佐南区)・「梅屋敷」(京急・東京都大田区)はいずれもかつての梅の名所にちなむ駅名ですが、現在はいずれも駅名のみにわずかに面影を残すだけのようです。
ところで、私がこのところ社用で頻繁に足を運んでいる、東武伊勢崎線。埼玉県から東京都へと都県境をまたいで行く前後に‥
 「松」原団地−(2駅)−「竹」ノ塚−(1駅)−「梅」島
6駅・9km足らずの間に「松竹梅」が勢揃い!まさに壮観‥。ちなみに私はこの3駅全てに降りたことがあります。

[74068] 2010 年 1 月 29 日 (金) 06:47:17 山野[山野] さん
 任意協HPの開設

珍しく1週間振りの投稿となります。

でるでるさんへ
川口市・鳩ヶ谷市 任意合併協議会の公式HPが開設されました。

[74067] 2010 年 1 月 29 日 (金) 01:25:37 EMM さん
 EMMの地名コレクション編集メモ・第169号 

先週の後半ぐらいから仕事が徐々に修羅場ってきましてヘロヘロです。
今日(と言うかもう昨日ですね)も帰ってきたのが23時半頃で早よ寝たい所でもあるのですが、思い立った時に書き込んでおかないとどんどん溜まっていきそうな感じですので…

[74011] じゃごたろさん
これとは別に「国界橋」とか「郡界橋」というのも散見されると思います。これも私の身近な例をあげると、国道20号の山梨県境にある「国界橋」と国道148号の新潟県境にある「国界橋」というのがあります。また「郡界橋」というのもあるようですね。と思って検索してみたら国界橋、郡界橋で検索したら、過去記事にもあるようですから、丹念に調べたら地名コレクションの一つにならないかな、とも思ったりして。
「国界」は無かったっけ?と思ったら「境川」コレ中の「国界川」でしたね。
「境川」コレに収録されている川と必ずしもセットという訳でもないようなので、確かに橋だけで集めてみても面白そうな気はします。
何の境か明示できれば「境橋」も入れても良いのかも。
ただ、念のため確認してみるとウオッちずでは国界橋2件、郡界橋1件しか出てきませんでした。
他の地図サイト(特にちず丸)も併せて調べるともう少し拾えるようですが、過去記事中には各種地図サイトに出てこない「郡界橋」も含まれているようで、「どの範囲まで集めようとするか」次第ではかなり上級者向けになってしまう可能性もあると思われます。
と言うことで、そういう注釈付でコレクション案に登録したいと思います。

あと、じゃごたろさんがリンクされている過去記事中に出てくる「両国」も、町名字名と橋の名などを含めて共通名系でまとめてみると面白いかもしれません。
これもついでにコレクション案入りと言うことで行ってみましょう。

#実際の作業は、できればこの週末にやりたいところなのですが、場合によっては遅れるかもしれませんのでその点ご了承ください。

##岡山オフ会旅行のレポートがまとまればそこで触れようと思っていたのですが、オフ会の次の日の道中でなかなか味のある(かもしれない)「両国橋」を通過しております。
その「両国橋」、少なくともウオッちず、Yahoo!地図、MapFan、ちず丸では名前が確認できませんでした。
岡山県内なんですが、さて、どこにあったのでしょう…???

[74066] 2010 年 1 月 28 日 (木) 22:33:22 スナフキん さん
 つくば市、悲願がかなうそうで…

地図帳改訂の折、上司が気がついて話題を振ってきました。町村が合併しつくば市として行政体が成立して以降、長いこと「旧・谷田部町役場」を市役所として使ってきたつくば市がようやく、独立した新市庁舎を建設して今年の5月にも業務を開始する運びとなったそうです。

場所はズバリ、つくばエクスプレス(以下TX)・研究学園駅前。超一等地でありながら、半端でない広さの駐車場を備えるあたりは恐らく、鉄道のみならず利用者のマイカー利用を相当意識してのことだろうと思います。あるいは、もともとテストコース跡地を区画整理・再開発してできた地域だから、全体的に余裕ある施設配置が可能なんでしょうかね? 場所的には、現市役所である谷田部から(つくば市全体の面積からすれば)それほど離れる印象はありませんが、ひょっとすると現在はつくばセンターに事実上集約されている地元バス路線あたり、特にコミバスなどは結構派手に再編されるのかもしれません。

ちょっと気になるのは、研究学園という駅のTX全体における立ち位置。まぁ、市役所が駅前にデーンと鎮座するのを理由に、即優等列車(ここでは「快速」)を止めよ…みたいな話にはならないと思いますけど、今後間違いなく再開発エリアには一定の町並み集約が進むはずで、そうなった暁には停車駅増…という増収策もあり、なのでしょうか?

昨今、もともとの台所事情が苦しい地方私鉄においては、学校や企業の工場立地なども利用喚起の一助になるとばかり、建設費を地元自治体や企業・学校自体と折半する形で新駅を作る動きが目立っています。これはとりもなおさず「停車駅を増やして利用者数を伸ばす」ことに主眼があるのですが、TXには果たしてそれが当てはまるのかどうか…。

もうひとつの注目は、現市役所の処遇ですね。相当酷使してきたらしくてこのまま使い続けるには無理があるよう…しかし一方、新市役所ができたことを理由にこの場所での住民サービスを廃止するわけにはいかないでしょう。この新市役所建設には、出張所や住民サービスの提供の今後といった、これから合併を経て生まれた同じような自治体が間違いなく避けて通れない課題が、微妙に絡み合ってなかなかスンナリいかなさそうな感じも受けますね。現実問題、自分の住まう市もいま、当初合併協定項目でもって打ち出された「総合庁舎方式」を見直す話が真剣に行われているようですし…平成の大合併、今年度で収束するとメディアは報じていますが、問題がこれで何もかも片付いて終わりではなくて、まだまだ問題をいろいろ抱えたまま地方自治体は未来を模索することになりそうですねぇ。

[74065] 2010 年 1 月 28 日 (木) 15:37:49【2】 アルバトロス さん
 我ら「緑区」

こんにちは、アルバトロスです。今更ですが、今年もよろしくおねがいします。

[71904] オーナー グリグリさん
四つの緑区が連携して売り出すそうです。全国の緑区紹介のページが立ち上がるそうです。

1月19日の朝日新聞朝刊の地方版に、表題の見出しで、そのことが囲み記事で掲載されていました。
名古屋市、横浜市、千葉市、さいたま市の四つの政令指定市の「緑区」の、交流や連携を深めるため共通のHP「全国緑区フォーラム」を開設、区長のリレーメッセージを、持ち回りで掲載。呼びかけた名古屋市では、将来は「年に一度は定期的な会合を開きたい」とし、今年4月の政令指定都市移行に伴い新設される、相模原市の緑区にも声をかけたいとしている、とのこと。
参照:横浜市緑区HP「全国緑区フォーラム」

相模原市の政令指定都市移行まで、「63日」です。

訂正:リンク先

[74064] 2010 年 1 月 28 日 (木) 15:01:58 inakanomozart さん
 新細分区域

[74060] 2010 年1月27日(水)18:41:05 k-aceさん
市町村単位となると、静岡市だと葵区でも広すぎるのが現状なのですが、こういうのはどうするのでしょうかね?
現在は「中部北」に区分されている静岡市山間部、「遠州北」に区分されている浜松市山間部は
それぞれ「静岡市北部」「浜松市北部」に区分されるということです。
つまり静岡市を例にとると
おおむね旧安倍郡などの山間地域は「静岡市北部」、市街地である平野部は「静岡市南部」ということになり、
区の区分とは関係のない二つの地域に区分されることになります。
ただ、日常会話などでは、静岡市北部というと市街地(平野部)の北部、静岡市南部というとJR東海道線以南(おおむね駿河区)を言うことが多いので少々混乱しそうな気もします。
(葵区の中心市街地に近い私が住んでいる地域を「静岡市南部」と言われるのは、少々違和感があります。まあ、気象情報にかぎってそう呼ばれると割り切ればいいことですが)
なお、3月に合併が予定されている芝川町は、当然ながら富士宮市の区分になるということです。

[74063] 2010 年 1 月 28 日 (木) 14:40:28 N-H さん
 横浜〜横須賀市西部のバス路線

すっかりご無沙汰しています。ここのところ非常に多忙でして、大阪府内某所で深夜から朝まで仕事する、ということが数回ありました。この前など、朝6時半にホテルにチェックインし、11時にチェックアウトするという記録をつくりました。
さて、久々訪れてみると、コメントしたくなる書き込みがありましたもので……

[74043]みかちゅう さん
そして、神奈川県内ですが横浜〜横須賀市西部(佐島・長井)線というのがあります。横浜への買い物客(朝の上り)と電力研究所への用務客(朝の下り)を狙っているようですが、いまいち中途半端という感じが否めません。京急が開発する佐島の丘絡みの先行投資だったのかもしれません。4月からは横浜〜佐島の高速バスを新設するとのことです。

まず、平日朝の上り、夜の下りの設定となっている横須賀市民病院発着系統については、そこそこの利用があるようです。このあたりは非常に鉄道の便が悪いわりに相当数の人口をかかえており、横浜市中心部への足としては悪くありません。設定時間上横浜への通勤にも使えるはずで、そういう需要もある程度まかなっているのかもしれません。
次に朝の下り、夜の上りの設定となっている電力中央研究所発着系統ですが、利用はさっぱりです。実は会社の帰りに無理をして夜一度だけ利用したことがありますが、利用者は私を含めて4人でした。
元々電力中央研究所そのものがさして用務のある人が多そうな施設ではなく、そのため途中湘南国際村という研究文化都市のできそこないみたいなところを通過するのですが、ここの施設自体が開発が中途半端となっており、閑古鳥が鳴いている状態なので設定に無理があるように思えます。
元々この電力中央研究所系統は、市民病院系統への回送を兼ねているのでしょうから、それでも問題はないのでしょう。
それより市民病院発着系統を朝の下り、夜の上り運行してくれれば私は利用するんだけどなあ。

余談ですが、この2系統のバスのうち電力中央研究所発着便は、湘南国際村入口から逗葉道路までの2.4kmの区間のうち90%がトンネルという、まるで山奥のような新しい道路を通ります。とても首都圏の一角とは思えない風景です。

[74062] 2010 年 1 月 27 日 (水) 19:49:52【2】 むっくん さん
 市制町村制施行時(愛媛県)の補足&長崎県下県郡厳原町の成立日

[74052]88さん
[73754][73755][73756] むっくん さん 市制町村制施行時(愛媛県) への対応は、準備中です。
もっとも、[74035] 拙稿の 「市町村の一部区域にかかる廃置分合の表記方法について」とあわせて対応予定です。
とのことですので、[73754][73755][73756]拙稿(市制町村制施行時(愛媛県))の補足をしておきたいと思います。

[73753]拙稿では
「本体」「一部」「飛地」の判断基準の方法としては、新旧対照市町村一覧(編著:和泉橋警察署、出版:加藤孫次郎、M22.12.(香川・愛媛県の部分はM23.6.))(第1冊第2冊)を使うのが良いのかもしれません。
と書きながら、[73754][73755][73756]拙稿では愛媛県市町要覧を用いて本体か否かの判断をしています。

そこで愛媛県市町要覧(PDF)に従うか、新旧対照市町村一覧に従うかで表記に差異がある場所が一箇所ありますので以下に挙げておきます。

愛媛県市町要覧の記載に従えば、
203 町制 西宇和郡八幡浜町 西宇和郡 八幡浜浦(本体;字本浦)
193 新設/村制 西宇和郡神山村 西宇和郡 矢野町, 八代村, 五反田村, 国木村, 八幡浜浦の一部「(字栗野浦)」
205 新設/村制 西宇和郡矢野崎村 西宇和郡 大平村, 高野地村, 八幡浜浦の一部「(字向灘浦)」
となり、新旧対照市町村一覧(編著:和泉橋警察署、出版:加藤孫次郎、M22.12.(香川・愛媛県の部分はM23.6.))の記載に従えば、
203 町制 西宇和郡八幡浜町 西宇和郡 八幡浜浦「の一部(字本浦)」
193 新設/村制 西宇和郡神山村 西宇和郡 矢野町, 八代村, 五反田村, 国木村, 八幡浜浦の一部「(字栗野浦)」
205 新設/村制 西宇和郡矢野崎村 西宇和郡 大平村, 高野地村, 八幡浜浦の一部「(字向灘浦)」
となります。
[73756]では#203の表記を間違えていますので、ここで訂正しておきます。

さて二者で食い違いが生じました。

まず愛媛県市町要覧ですが、これはおそらく人口という視点で本体か否かを決めているものと考えられます。
明治22(1889)年末の「市町村現住人口」を記した内務省告示第34号(M23.10.6)では、八幡浜町4226人、神山村3889人、矢野崎村3886人となっています。
そして面積はおそらく
字本浦の面積)<(字栗野浦の面積)≒(字向灘浦の面積)
となります。
八幡浜浦全体の1/3にも満たない区域(字本浦)だけで、他の村々と合併して成立した神山村(字栗野浦が所属)、矢野崎村(字向灘浦が所属)の人口を上回っているため、字本浦を八幡浜浦の中心としたものと考えられます。

次に新旧対照市町村一覧の記載というのは、おそらく人口という視点と面積という視点の二つの視点を加味して、本体か否かを決めているものと考えられます。
人口からすると字本浦が中心であることは疑いがないが、面積が明らかに他の2字より小さいことより、どこが本体かということを決められないとしているのでしょう。
新旧対照市町村一覧の記載からは、一応は、三分割もしくはそれに類するものと読み取れます。

この一事例からも本体か否かを決めるのかを決める基準が大切となりそうです。人口という視点のみなのか、面積という視点のみなのか、それとも二つの視点を加味してなのか・・・。

最後にもう一箇所訂正です。
[73754]拙稿で記載している#72は正しくは
72 新設/村制 温泉郡味生村 温泉郡 別府村, 北齋院村, 南齋院村, 山西村(本体;一部地区を除く), 「和気郡古三津村飛地」
です。

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[74052]88さん
[73960]YTさん
2 1908.04.01 新設/村制 下県郡厳原「村」 下県郡 「厳原」桟原町, 「厳原」宮谷町, 「厳原」天道茂町, 「厳原」中村町, 「厳原」今屋敷町, 「厳原」田淵町, 「厳原」大手橋町, 「厳原」日吉町, 「厳原」国分町, 「厳原」久田道町, 厳原村, 南室村, 小浦村, 曲村, 久田村
11 1919.04.01 町制 下県郡厳原町 下県郡 厳原村

2 1908.04.01 新設/村制 下県郡厳原「町」 下県郡 桟原町, 宮谷町, 天道茂町, 中村町, 今屋敷町, 田淵町, 大手橋町, 日吉町, 国分町, 久田道町, 厳原村, 南室村, 小浦村, 曲村, 久田村
ではないでしょうか。

まず、[73960]YTさんが挙げられておられる日本帝国人口静態統計大正2年(編著・出版:内閣統計局、T5.3.16)ではT2(1913).12.31厳原町、日本帝国人口静態統計大正7年(編著・出版:国勢院、T9.12.28)ではT7(1918).12.31厳原町、となっています。

次に当時の他の資料を見てみました。
明治41(1908)年末の「市町村別現住人口」を示した官報(M42.10.30)・・・M41(1908).12.31厳原町
長崎県統計書明治41年(編著・出版:長崎県、M44.3.31)・・・M41(1908).12.31厳原町
長崎県統計書明治44年(編著・出版:長崎県、T2.3.20)・・・M44(1911).12.31厳原町
長崎県統計書大正元年(編著・出版:長崎県、T3.3.31)・・・T元(1912).12.31厳原町
となっています。
これらと併せますと、日本帝国人口静態統計では正しく記載されていると考えた方がよさそうです。
ではいつ厳原町となったかですが、郡市町村廃置分合一覧表(明治36年12月31日-明治41年12月31日)(著・出版:内閣統計局、M42.12.10)では厳原町はM41(1908).4.1に廃置分合で成立したとあります。
とりあえずは対馬に沖縄県及島嶼町村制が成立したM41(1908).4.1の時点で厳原町となったものとして良いのではないでしょうか。

また、郡市町村廃置分合一覧表(明治36年12月31日-明治41年12月31日)(著・出版:内閣統計局、M42.12.10)では厳原町成立以前の厳原各町には「厳原」との総称なしで記載されています。
明治36(1903)年末の「市町村別現住人口」を表した官報(M37.12.12)でも厳原各町には「厳原」との総称なしで記載されていること、長崎県統計書明治35-36年(編著・出版:長崎県、M38.12.11)で対馬島庁の所在地が単に宮谷町となっていることからも、厳原町成立以前の厳原各町には「厳原」との総称がないものとしてよいものと考えられます。

[74061] 2010 年 1 月 27 日 (水) 18:52:04 hmt さん
 地名としては同一

[74058] かぱぷう さん
福岡市誌を含め、明治期以降に行政が発行した書籍や資料はほぼ「姓」表記でした。【明治九年だけが「性」】
(中略)行政側が書籍を編纂した際に意図的に「姓」表記に揃えたのではないか…という印象を受けました。

「東小性町・西小性町」の記載が確認されている郡区町村編制法時代[73684]を含めて「東小姓町・西小姓町」と表記しているということは、福岡市当局が、町名表記としての「小性」と「小姓」とを同一視しているということしょうね。

ところで、仙台市・広島市・岩見沢市などは、それぞれの市が成立した当初、当然に旧字体だったわけです。

それが、1946年に当用漢字表【1981年に常用漢字表】が告示されると、改名手続なしに現在の表記が通用するようになりました。
念のため出された 1958年4月21日 自治庁行政局長通知が、[15836]に引用されています。
市町村の名称の字体が当用漢字字体表にない従来の字体である場合において、当用漢字字体表の字体を用いて書き表わすこととしても、地方自治法第3条第3項の規定による名称変更に該当しないものである。

戦後生まれ(1955)の伊予市は 新字体で告示されたのでしょうが、「伊豫市」という 旧字体表記を使っていたことがあり、1992年に「伊予市」に統一したそうです[567]。これも「同じ文字」だから不問。

さて、「性」と「姓」とは、常用漢字表で別々の文字として示されています。
だから、福岡市が 東西小性町と東西小姓町 とについて、「文字は違うが、地名としては同一」であるという見解の下に 「小姓」表記に揃えた類例を求めると、むしろ「塩竈問題」になると思われます。

「鹽竈」「塩竈」「鹽釜」「塩釜」などが混在して用いられてきた塩竈も 「文字は違うが、地名としては同一」でした。
塩水【鹹水】濃縮用の釜(かま)の加熱炉が 竈(かまど) ですから、文字としての 「竈」と「釜」 とは明らかに意味の異なる別の漢字であり、当て字として同列の 小姓/小性よりも もっと違いは大きいのかもしれません。

しかし、地名としての「塩竈」と「塩釜」とは 同一として扱われ、市役所自身は市制施行の1941年に表記を「塩竈市」に統一しました。そして、市民や他の官公庁が「塩釜」と表記することは受け入れています。竈の字

脇町問題【まち/ちょう】、保土ヶ谷問題【ヶとケ】、真鶴問題【読みの清濁】、日本問題【ニッポン/にほん】など、地名の表記や読みの違いを気にすると、いろいろ問題はあります。

これを論じてみることは興味がありますが、結局のところは[74059] Issie さんの言われるように
どちらか1つだけが「本当」であるべきだというのは,たぶん私たちの思い込みであり,幻想なのだと思います。

そして、実際問題としても、「地名としては同一」であるを認めれば、たいがいのことは解決です。
変遷情報の表記については、88 さんによる総括[73990]に、これ以上付け加えることはないと思われます。

[74060] 2010 年 1 月 27 日 (水) 18:41:05【1】 k-ace さん
 Re:二次細分区域が無くなる??

こんばんは、k-aceです。

[74057]まかいのさん
私としては行政地域名とはちょっと違ったくくりの二次細分区域を見比べるのも好きだったのですが、
二次細分区域なくなるのかぁ…。二次細分区域名も消えてしまうのが少し残念ですが、よりきめ細かな情報になるわけですね。
ただ現在二つ以上の細分区域に分割される市町村の場合は、5月以降どうなるんだろう?
市町村単位となると、静岡市だと葵区でも広すぎるのが現状なのですが、こういうのはどうするのでしょうかね?

まあ、新潟県や大分県は今でも市町村単位のようなもので変わりは無いようですが
ということで、現在でも市町村単位の細分区域一覧です。

【一次細分区域=一市町村の一覧】
佐渡(佐渡市)、久米島(久米島町)、与那国島地方(与那国町)

【一次細分区域=一市町村の一部の一覧】
小笠原諸島(小笠原村のうち、父島、母島)

【二次細分区域=一市町村の一覧】
檜山奥尻島(奥尻町)、釧路北部(弟子屈町)、根室南部(根室市)、根室中部(別海町)、遠野地域(遠野市)、浜通り南部(いわき市)、日光地域(日光市)、大島(大島町)、相模原(相模原市)、糸魚川地域(糸魚川市)、魚沼北部地域(魚沼市)、飛騨南部(下呂市)、福知山(福知山市)、大阪市(大阪市)、高梁地域(高梁市)、新見地域(新見市)、下関(下関市)、長門(長門市)、阿南(阿南市)、壱岐(壱岐市)、下五島(五島市)、熊本市(熊本市)、佐伯市(佐伯市)、竹田市(竹田市)、豊後大野市(豊後大野市)、十島村(十島村)、屋久島地方(屋久島町)、宮古島(宮古島市)、石垣市(石垣市)、多良間島(多良間村)、竹富町(竹富町)

【二次細分区域=一市町村の一部の一覧】
西部栗原(栗原市のうち、旧一迫町、旧鶯沢町、旧栗駒町、旧花山村)、上越東頸城地域(上越市のうち、旧中郷村、旧板倉町を除く地域)、乗鞍上高地地域(松本市のうち、旧奈川村、旧安曇村)、遠州北(浜松市天竜区)、西三河北東部(豊田市のうち、旧足助町、旧下山村、旧旭町、旧稲武町)、下対馬(対馬市のうち、旧厳原町、旧美津島町、旧豊玉町)、上対馬(対馬市のうち、旧峰町、旧上県町、旧上対馬町)、西彼杵半島(西海市のうち、江島、平島を除く地域)、甑島(薩摩川内市のうち、旧里村、旧上甑村、旧下甑村、旧鹿島村)

[74059] 2010 年 1 月 27 日 (水) 11:26:20【1】 Issie さん
 北五津軽

[74057] まかいの さん
二次細分区域が無くなる??

年末に東北に行ったことは以前の書き込みの通りなのですが,そこで知ったこと。
青森県の注意報・警報の発表区分(二次細分区域)の1つである「北五津軽」(←北津軽+五所川原)は「きたごつがる」と読むのですね。隣の「東青津軽」(東津軽+青森)が「とうせいつがる」と読むからこちらも「ほくごつがる」と読むのだと思っていたら,そうではない。しばしばここでも話題に上がるように,茨城県の「鹿行」(鹿島+行方)も知らなければ「ろっこう」とは読めません。二次細分区域は区割もさることながら,読み方も面白いですね。これがなくなるのは少し残念ですが,これはプラスの方の改善でしょう。
まあ,いくつかの県のように極端な合併の結果市町村と従来の細分区域とが重なるようになった結果でもあるわけで,この10年間の“暴力的な合併”をあまりプラスには評価しない立場から言えば「怪我の功名」というところ。

地震速報の第一報とともに,気象庁の天気予報は従来通り 一次細分区域 単位で発表されますから,「津軽/下北/三八上北」という区分は今後も残るはずです。ま,こちらで我慢しましょう。
そもそも,注意報・警報の発表単位が全国的に 一次/二次 の2段階構成になったのは1997年のことです。それまでは都道府県が1つの単位で,その中で“特筆する区域”が別個に取り立てられて「地区予報区」「特区予報区」とされていたもので,「気象庁予報警報規程」の中で公式の呼称が定められていたわけではありません。もちろん,「04702の177」(当時)に電話すれば「千葉県南部地方」の気象台の天気予報が聞けたわけで,それなりの呼称は決まっていたのでしょうが。
二次細分区域自体には,それほど歴史はないのですね。

[74058] かぱぷう さん
どちらが本当なのかさっぱり判断が付きません(^^;

どちらも「本当」なのでしょう,きっと。
どちらか1つだけが「本当」であるべきだというのは,たぶん私たちの思い込みであり,幻想なのだと思います。

[74058] 2010 年 1 月 27 日 (水) 03:00:46 かぱぷう さん
 ますます混迷を極める「こしょう」

[73990]88さん 他

[73712]拙稿で
箱崎の福岡県立図書館に足を運んでじっくり調べてみたいところですが、12月下旬より勤務先が天神に異動しており早朝から夕方までの勤務が主体となりましたので図書館開館の時間帯に足を運ぶ機会がなかなか見つかりません。
なんて書き込みをしたのですが、やはり気になってしまい1月7日の仕事帰りに福岡県立図書館に行ってきました。そこで拾った資料です。

◆福岡市史 本文第一部
明治五年編成の筑前三十二区制(福岡一区博多二区以下略)は同年九月に至りこれを統合して筑前全国を十六大区とし…
第一大区五小区に東小姓町・第一大区六小区に西小姓町が属する旨の記述。
明治七年四月に至り…筑前全国を九大区に改正され、一・二大区(福岡・博多)を合わせて一大区とし…
第一大区一小区に東小姓町・西小姓町が属する旨の記述。
さらに明治九年十月に至りこれまで小区役所と称されたものを扱所と改められ、同年十二月従来の七小区を改めて四小区とし…
第一大区一小区に東小性町・西小性町が属する旨の記述。
郡区町村編成法の公布によつて明治十一年十一月第一大区は福岡区となり…福岡区内においてはこれを二十五部に分かち…
福岡区の町名に東小姓町・西小姓町の表記を確認。
以降、福岡市誌においては「姓」表記。

◆福岡市町名誌[福岡市編 1989]
本文は一貫して「姓」表記。
見開きの地図「福岡市全図 明治24年10月25日」では小姓町の表記。

◆他に、個人が編集した町名図鑑や角川地名辞典等ではいずれも「姓」表記。

福岡市誌を含め、明治期以降に行政が発行した書籍や資料はほぼ「姓」表記でした。昭和39年6月15日に福岡地区住居表示が実施され大名一丁目となった時点の町名が東小姓町/西小姓町だったため、行政側が書籍を編纂した際に意図的に「姓」表記に揃えたのではないか…という印象を受けました。


これだけでは薄っぺらなので今度は福岡市総合図書館に行く機会を狙っていたところ、先週末に時間が取れました。

◆福岡藩分限帳等成[海鳥社 1989]においての表記
・宝永中第簿(宝永年間1704〜)東小性町の記述あり
・延享年中分限帳(延享年間1744〜)東小性町の記述あり
・文化分限帳(文化年間1804〜)東/西小性町の記述あり
・安政分限帳(安政年間1854〜)東/西小性町の記述あり
・明治初年分限帳西小姓町の記述あり

◆古地図の中の福岡・博多[海鳥社 2005]
本書に収録されている地図の当該町の記され方
・福博古図(1802〜1804頃に描かれたとされている)東/西小姓町
・福岡市実測図(大正期に作成)東/西小性町

◆九州の中心 福岡市大観[博文社書店 1928] 
本書に収録されている地図“福岡市及付近實測圖”には東/西小性町の表記


以上、お粗末ながら報告いたします。
あまり地名系の調べものを行ったことがないので、果たして引用した文献が適切なものかイマイチ自信がないのですが、上記の資料を拾った上での私の感想。
「どちらが本当なのかさっぱり判断が付きません(^^;」

[74057] 2010 年 1 月 27 日 (水) 01:40:00 まかいの さん
 二次細分区域が無くなる??

1/26気象庁報道発表資料によると、5月から警報注意報の発表方法が変更されるようです。

大雨や洪水などの気象警報・注意報の改善について

これまで警報・注意報は二次細分区域ごとに発表されていましたが、
5月からは市町村単位で発表されるようです。(地震の震度速報みたいですね。)

資料からは二次細分区域をなくすとは読み取れませんが、
警報注意報発表以外で二次細分区域を使うことはあるのでしょうか?

私としては行政地域名とはちょっと違ったくくりの二次細分区域を見比べるのも好きだったのですが、
今後はさらに馴染みがなくなってしまうのかもしれませんね。

まあ、新潟県大分県は今でも市町村単位のようなもので変わりは無いようですが。
また、静岡県の富士山南東のように、小山町と旧戸田村が同じ警報・注意報になるというのもおかしいかなと思いますので、
市町村単位になるのは自然の流れなのでしょうね。

[74056] 2010 年 1 月 27 日 (水) 00:05:02【1】 伊豆之国 さん
 電車なのに汽車

「苗字と地名」シリーズ、またも中断。レスを入れることにします。

[74055]hmtさん
貴社の記者が汽車で帰社
のリンク先をたどって行くと
[31320]inakanomozartさん
年配の人(おおむね60代以上か?)では新幹線を含めJRのことを「汽車」という
[31323]N-Hさん
個人的には今でも普通に使いますよ。汽車
という記事がありましたが、私が先の十番勝負のラストコールに選んだ、出雲市([73999])のこの辺り、山陰本線と一畑電車が平行している区間にある踏切。こちらの映像を見ると、一畑電車が通過するときには「電車」の表示が出るのに対し、JRの列車が通過するときに出てくる表示は「汽車」。山陰本線のこの区間は電化されており、電車特急「やくも」も何本も走っている(映像に出てきたのはディーゼルのローカル列車でしたが)のに‥。この映像へのリクエスト回数が何と130万回以上という超ベストセラーですが、投稿されたのが3年近く前なので、果たして現在も残っているかは「今市」わかりません‥。

[74055] 2010 年 1 月 26 日 (火) 13:02:44【1】 hmt さん
 貴社の記者が汽車で帰社

[74011] じゃごたろ さん
青森県と岩手県との境界の馬淵川(「まべちがわ」で変換できない、、、)に架かる橋である「青岩橋」や「青岩大橋」

本筋の「組み合わせ地名」ではなく、漢字変換について。
最近 「Google 日本語入力」 を利用しています。2009年12月3日に公開されたフリーソフトです。紹介記事 窓の杜ASCII

ベータ版ですが、これが なかなか賢く、気に入ったので、ちょっと ご紹介しておきます。

特徴は、大きく言って2つあります。
一つは、入力の途中でも 気を利かせて 変換候補を「サジェスト」する機能。
同様の機能が既に検索で使われていますが、これが漢字変換の入力にも適用されました。
もう一つは、 Web上の大量のデータから自動的に作成する 鮮度の良い辞書。

「まべちがわ」を例に説明すると、「まべち」まで入れたところで 馬淵川 と 馬淵大橋 との2候補がサジェストされます。

以下、この記事を書きながら、変換に関わる比較的最近の事例につきテストを行い、サジェストされた実例を記します。

最近も[73349]で言及されている「大隅」。 MS-IME の影響[58826]が大きいと思われますが、この落書き帳の中で 「大隅・大隈」問題[60373] と命名されているくらい メジャーな話題(主な記事) になっています。
Google-IME では「おおす」で大隅半島がサジェストされ、大隈半島と誤入力するおそれはなさそうです。

パソコンを買い替えて 小美玉市、東御市なども一発変換できるようになった[71934] という記事がありましたが、Web から常に新しい情報を取り入れている Google-IME ならば、もちろん 「おみた」、「とうみ」 までを入力しただけでOKです。
それ以後に誕生した伊佐市も一発変換。

但し 新鮮な情報を取り入れていることが裏目に出ると、「日光」でなく「日航」になってしまいます。[70308]と同じ結果。
でも、初回は「人選」だけが suggest された「じんせん」[70496]も、2回目からは 「仁川」が最初に出ましたから、日光も2回目からは OKです。

このように、サジェストは Web辞書に基づくものだけでなく、個別PCの記憶 も利用しているので、皆さんが試みた場合、この記事と同じ結果になるとは限らないこと をお断りしておきます。

日生[72956]や 玄界[72179]も suggest が出るし、常陸府中[72801]も 日立不忠 にはなりません。
さすがに、小千谷市「ひ生」[70446] は無理。
志賀町[68918]は、「しかま」まで入力した段階でトップに出ました。もちろん飾磨も suggest されますが2番目。
ブルートレインも 「ぶるーと」で suggest のトップ。2番手は「ブルーと」で 「ブルーとレイン」[68837]になる余地を残しています。

きりがないので このくらいにしますが、タイトルに示した有名なフレーズ[31323]は一発変換OKでした。

そうそう、褒めているだけでなく、Google IME にも もちろんある ミスの事例 を紹介しておきましょう。
私の住所を入れたら、「かつせ」が「勝頼」になっていました。
「さんずい」を どこに忘れてきたのだろう? 誤記でも何でも、Webにあれば見境なく拾ってしまいます。

【追記】
MS-IMEで登録した単語をGoogle日本語入力に引き継ぐ方法

[74054] 2010 年 1 月 26 日 (火) 06:35:13 がっくん さん
 十番勝負第二十六回の感想 〜久々の手ごたえ

なかなか時間がとれませんで、大変遅くなりましたが十番勝負の感想文を提出いたします。

毎回初場所は、強豪のみなさまが様々な理由で参戦が遅れることもあってぼくに有利なんで(笑)、今回も真剣にとりくんでやっておりました。そしたらすごく久しぶりにメダルを獲得できただけでなく、完答5着でヒント前完答&誤答なし達成というすばらしい結果でギザうれしすでした。
それでは解答順に軌跡&感想を。


問七(2位 銀メダル!)
開始後半日で状況を確認すると問五にやや解答が集まっていましたが、お題に香南市があるこの問題が妙に気になりまして。南・・・はトラップだろうということはちょっと確認したらわかりましたので、高知県香南市といえば・・・とイロイロ考えてみました。
すると、一番新しい市という特徴がふっと出てきて、そういえば日南市は最近に新設合併やったぞ、他は!?
ということで調べて一番最近に市制施行という正解にたどりつきました。その過程で6市の同時分も確認したので満を持しての解答。やっぱり高知県でしょ・・・ということで香美市を選択。早い段階で香南市・香美市と並べてしまったのはヒントになった・・・んでしょうかね?


問五(9位)
解答が集まっているこの問題を取り組みます。地図で位置や近隣を確認しましたが手がかりなし。
・・・ん?なんか人の名前みたいな市名ばっかりが並んでいるような?
ぼくの直感が働きました。じゃあ松山市×は線引きだ!ということでいくつかのサイトを確認して300位以内を導き出しました。
解答は四国の市から・・・微妙なランキング位置にあった三好市を恐る恐る解答(笑)


問三(11位)
同じく解答が集まりだしていたこの問題を取り組みます。大崎市に浜松市、飯田市ということで合併がらみかなにかの所在地かと調べてみても不発。大川市にこれといった特徴が見いだせず・・・。
転機は[73573]k-aceさんのつぶやきと解答市の須賀川市。
すかがわ・・・かがわ? 東かがわ市、加賀市、大川市・・・あっ!おなじひらがなが続いてる!
解答は四国から大洲市でもよかったのですが、‘大’以外がいいなということで帯広市を選択。


問二(5位)
解答の集まっている問題がなくなったのでみどり市にひかれてこの問題を取り組みます(笑)みどり市に朝倉市、魚沼市ということで新しい市がらみ?(こればっかり)
その方向で個別の市を調べていましたら、川西市を調べた時にダム湖百選の文字が!
あけてみると中途半端な数しか選定されていない・・・いやむしろ最近はこんな状況のほうが十番勝負の問題になりやすいぞ(笑)確認しましたら微妙に何市かずれたもののおおむね当てはまるのでコレと断定。
解答は四国より西予市を選択。結果的にはぺとぺとさんに感謝・・・なわけですね。


問十(6位)
しばらく停滞しておりましたが、グリグリさんが[73606]で特別ヒント的なコメントをしていたのと、[73608]で市町村雑学のリンクをいっぱいはってくれていたのでそれを見てみることに。
すると、市の市制施行日分析のページで1/1の欄に今回のお題&解答市がずらっと。数も近くてこれだと断定。お題の市と×の市を検証して正確な共通項にいきつきました。
解答は高知県から土佐市を選択。ぼくの解答の後にラッシュがおきましたが、あれはぼくのコメントの影響ですかね?それともただの偶然かな。


完全に停滞。1日半が経過。

問八(7位)
想定解数の少ないこの問題をなんとかしてやろうとたびたび考えておりました。海に突き出している市が多い中で伊豆の国市が内陸市であってことごとく思考の邪魔をします。なかばあきらめかけていたのですが、ぼくを奮起させたのが[73640]いっちゃんさんの解答市室戸市です。
高知県の市が出てきたらだまってはいられません(笑)やっぱり海関係じゃあないの?ということで‘室戸’で検索してみました。すると・・・ありました‘室戸(岬)半島’の文字。室戸半島という言葉は実は初耳でして、これだ!と確信。半島の名前があれば良いみたいだとめぼしをつけ、大崎市が×の確認もできました。ただ、市の全域が半島内にないといけないとか細かいくくりがある可能性を考え、解答は安全そうな国東市を選択したしだいです。


問一(4位)
問八が解けたのと明け方の変なテンションで、難関そうなこの問題にもチャレンジ。ぼくのくせでとりあえず地図で近隣を確認するということがありますが、その過程でどうも松の付く市町村に隣接しているのでは?という考えがけっこう早くからありました。例の玉野市もありますし(笑)ただ、松が近くにない市もあったのでしばらく遠ざかっていました。
ところが、その変なテンションで自前の隣接市区町村データをなめまわしてみたんです。すると竹と梅が目にとまり、もしかして松竹梅?!こういう問題グリグリさん好きそう(笑)
ということで、メダルこそないものの4位はすごいぞと、はりきって松竹梅の市区町村を全調査。その過程で市のみということを確認して解答へ。解答は四国より東温市。


この時点で7問も解けて上位に食い込んでいましたのでさらに本気モードに突入(笑)

問四(7位)
お題の市はどれもかなり巨大な市であるからこれ系・・・と思ったら美濃市はナニ??氷見市も大きいとは言えないしな。ということで糸口すら見いだせず長らく停滞しておりました。
転機は[73733]いっちゃんさんの解答市の魚津市。ウィキペディアの魚津市の項目を読みましたら『2. 1954年4月1日に氷見市が大合併を行うまでは、富山県で一番広い面積を誇る市であった。』の記述を発見。氷見市が大合併??
市町村変遷情報を調べますと確かに大規模合併。そうなれば美濃市も?・・・当たり!!×の市の検証から7市町村以上の線引きを確認して解答へ。四国より三豊市を選択。


このあとさらに2日近く停滞。近々ヒントが出てしまうということでなんとかならないかとますます本気モードへ(笑)

問六(11位)
千曲市に糸島市ということで最近の合併系も疑いつつ、宇都宮市&足利市で足止め。
しばらく取り組みすらしていませんでしたが、残り2問となってようやく手をつけます。その前に問四が解けていたことも影響したのでしょうか、長浜市×から糸口をと思ってつかんぼやとを操作しますとびわ町・浅井町が取り込まれていることに気付きました。そういえば糸島市は1市2町の合併で・・・千曲市は?? 更埴市と・・・へぇ2町だ。これですね。
お題の市や解答市を検証して新設でも編入でもよいということを確認、解答へ。四国より阿南市を解答。


問九(15位)
解答はそこそこ集まっているのに全く解けずに最後まで残ったのがこの問題。地図を見たりしてなにかが無いかを調べたり、住所を調べて共通する名前はないか、そもそも佐賀市、萩市、淡路市・・・なら名前遊び系かも・・・といろいろ考えてみましたがダメ。
それでも解答がそこそこ集まっているのだから・・・とこれまでの解答者のコメントをチェック。すると[73666]ぺとぺとさんのコメントが気になりまして、‘佐賀市’で落書き帳内検索をしてみたんです。そしたら[73456]の記事に行き着いたというわけです。このリストに無い市があるが・・・漏れだろう(笑)ということでこれに断定。ラストコールも四国より高松市を選択。

実はこの問題に関して、初期にグリグリさんの書き込み記事を検索していた過程で‘十番勝負におあつらいむきですね’的なコメントが消えていたのをつかんでいたのですが、まさか直前の書き込みから出題されることはないだろうという先入観が邪魔をして確認作業までしなかったのが非常にくやしいところです。


こんなところです。いやー久々にもえた十番勝負でした。
まあ、ぼくの得意な合併系が多かったことも好成績につながったのだと思いますので、完全復活とは思っておりません。次回も謙虚に、そして地道に参戦していきたいと思います。
グリグリさん、今回も楽しい十番勝負をありがとうございました。次回以降もよろしくお願いいたします。ぼくも十番勝負に使えるようなネタを提供できたら良いのですがなかなか・・・。

[74053] 2010 年 1 月 26 日 (火) 00:12:16【1】 白桃 さん
 今川焼さんに対するお詫び 

私、十番勝負の永遠のライバルでもある今川焼さんに対して、今までしょっちゅう、どこでどう間違ったのか、「今川焼きさん」と綴っておりました。どうか、寛大なお心をもってお許しいただきたくお願い申し上げます。
今日、送り仮名の「き」が余計だったことに気がつき非常に恥じいっている次第であります。

[74052] 2010 年 1 月 25 日 (月) 23:30:41【1】 88 さん
 市区町村変遷情報 小レス(長崎県・宮崎県)

[73960] YT さん
■S22(1947).11.3付け町制施行で 長崎県 壱岐郡 田河町 となる従前の村名について 壱岐郡 田河町村 or 壱岐郡 田河村
「総覧」「幕末以降総覧」「便覧」「辞典」・・・壱岐郡 田河村
単なる入力誤りでした。ご指摘のとおり、壱岐郡 田河村 と修正しました

■長崎県 下県郡 厳原村 → 厳原町 の町制施行日について T8(1919).4.1 or ??
「総覧」「幕末以降総覧」「便覧」「辞典」・・・T8(1919).4.1
長崎県告示を発見できていませんが、やはり、各種文献とも同じで、それ以上の資料を発見できませんでした。よって、そのままとしました

[74050] 右左府 さん
■M22.5.1付け町村制施行時 宮崎県 南那珂郡 鵜戸村 となる従前の村名の一部について 南那珂郡 富士村 or 南那珂郡 富土村
「幕末以降総覧」「辞典」・・・南那珂郡富土村
単なる入力ミスのようです。ご紹介のM22.3.29付け(宮崎)県令第17号に従い、また、ご指摘のように現在の日南市富土にあたるようです。よって、南那珂郡 富土村 と修正しました

YT さん、右左府 さん、ご指摘をいただきありがとうございました。今後ともよろしくお願いいたします。
――――――――――――――――
[73754][73755][73756] むっくん さん 市制町村制施行時(愛媛県) への対応は、準備中です。
もっとも、[74035] 拙稿の 「市町村の一部区域にかかる廃置分合の表記方法について」とあわせて対応予定です。「本体」「一部」の対応など、皆様からご意見をいただければ幸いです。

[74051] 2010 年 1 月 25 日 (月) 21:19:11 futsunoおじ さん
 淡路&四国についてのお尋ねの件

[74046] 千本桜 さん
[74047] 小松原ラガー さん
[74048] 今川焼 さん
[74049] 88 さん


NEXCO西日本 料金・経路検索、及び四国道路時刻表で時間を求めて美馬市た。ルートの説明は私にはできませんが。


伊丹空港(IC入口)から淡路ICまで
1・伊丹空港→中国池田IC→(中国自動車道経由)→神戸JCT→(山陽自動車道経由)→神戸西IC→(神戸淡路鳴門自動車道経由)→淡路IC【合計 67.3km/ 53分】
2・伊丹空港→中国池田IC→(中国自動車道経由)→西宮山口JCT→(阪神高速7号北神戸線経由)→布施畑JCT→(神戸淡路鳴門自動車道経由)→淡路IC【合計 58.1km/ 56分】
3・伊丹空港→(阪神高速11号池田線経由)→豊中IC→(名神高速道路経由)→西宮IC→(阪神高速3号神戸線経由)→月見山出入口→(第二神明道路経由)→垂水JCT→(神戸淡路鳴門自動車道経由)→淡路IC【合計 58.1km/ 61分】


脇町(県道12号・251号交点)から琴平町(県道208号・206号交点)まで
1・脇町(県道12号を西へ)→【9.5km/14分】美馬市美馬町(国道438号、県道46・282・206号)→【33.3km/40分】琴平 【合計42.8km/54分】
2・脇町(県道12号を東へ)→【3.4km/5分】脇町IC(徳島自動車道)→【11.5km/10分】美馬IC(国道438号、県道46・282・206号)→【32.4km/39分】琴平 【合計47.3km/54分】
3・脇町(県道12号を東へ)→【3.4km/5分】脇町IC(徳島自動車道)→【32.6km/28分】井川池田IC(国道32号、県道208号)→【25.2km/32分】琴平 【合計61.2km/65分】
4・脇町(県道12号を西へ)→【10.4km/16分】美馬IC(徳島自動車道)→【21.1km/18分】井川池田IC(国道32号、県道208号)→【25.2km/32分】琴平 【合計56.7km/66分】

※ 県道部分は40km/hrで計算しました。R438を通る場合まんのう町内でより短いルートもあります。

[74050] 2010 年 1 月 25 日 (月) 20:15:07 右左府 さん
 市区町村変遷情報(宮崎県)

>88さん

市制町村制施行時の情報【宮崎県】の#66鵜戸村の項で、合併前の村名に「富士村」とありますが、これは「富土村」の誤りではないでしょうか。
明治22年3月29日の宮崎県令第十七号を見ると、明らかに「士」ではなく「土」のように見えます。現在の大字名も「日南市富土」となっているようです。

[74049] 2010 年 1 月 25 日 (月) 19:50:44【1】 88 さん
 美馬郡脇町依リ那珂郡金毘羅村ニ至ル

一昨日(23日(土))は、淡路島へ水仙(立岩水仙郷)を見に行っていました。高松から一般道を通り、三本松でうどんを食してから白鳥大内ICから洲本ICへ。そんなところへ、逆ルート?の[74046]千本桜 さん のお尋ねがありました。[74047]小松原ラガー さん、[74048] 今川焼 さん からも回答がありましたが、脇町から琴平へのルート検討についてお答え申し上げます。

周辺道路の現況
・徳島自動車道は片側1車線(途中に追越可能区間あり)ですが、交通量がそれほど多くないので、「制限速度以下で走る車」がいなければ制限速度プラス20〜30キロの速度で流れているのが現実です。
・徳島県道12号(鳴門池田線)は、吉野川右岸(南岸)を走る国道192号のバイパス機能も持っています。脇町付近(うだつの町並み付近)のみが片側1車線を確保できていない区間がありますが、全体的には概ね快適に走れます。国道192号に比すると店舗等が沿道にあまり張り付いておらず、信号も少ないことから流れはスムースでしょう。
・国道438号は、美馬市から(県境付近を含んで)香川県にかけては、片側1車線が確保されております。県境の三頭(さんとう)トンネルが新しく、前後の区間も拡幅整備されて間がありません。しかし、徳島県側は結構急峻でカーブも多く、減速を余儀なくされます。一方、香川県側は坂・カーブともに緩やかです。一級河川土器川の左岸側を快適に下っていく感じです。もっとも、ここからは、県道190号炭所東琴平線を通るほうがよいでしょう(片側1車線はあります)。
・国道32号は、猪ノ鼻峠の県境付近は、国道438号の徳島県側よりはゆるめですが、徳島県側・香川県側ともに坂・カーブともに厳しいです(特に徳島県側は厳しい)。大型トラックもよく走っています。
・提案にはなかったルートですが、国道193号で香川県に入り、鮎滝交差点から国道377号、そこから国道32号あるいはここから県道278号綾歌綾川線(農免道路)で西へ向かうルートがあります。少し距離が伸びるものの、県境越えに限れば、国道438号や国道32号に比べるとはるかに穏やかで快適です。
・あと、脇町IC(または美馬IC)から川之江東JCT・川之江JCT経由で善通寺ICまで乗り、そこから国道319号(数年前にバイパスが開通し快適)で琴平へ入るルートもあります。距離は伸び、所要時間も少しかかりますが、ほとんどの区間が高速道路(川之江JCT〜善通寺ICは片側2車線)なので、乗り心地はよいでしょう。でも大型バスだと、1,000円ではないですね。私は高松から阿波池田を往復するのに、このルートを採ったことがあります。
・実は私は「うだつの町並み」を歩いたことがありません。脇町付近はいつも素通りです。よって、付近の詳細な道路状況は不明です。

総合判断
私としては、国道438号経由をお勧めします。
「1」うだつの町並みからそのまま県道12号で西へ向かうべきか、「2」少し東へ戻って脇町ICから美馬ICまで徳島自動車道に乗るべきか、は、大差はありません。判断はちょっと難しいですが、お金のことを気にせずに「早く」を優先すれば、1区間でも乗ってよいと思います。よって、「1」でよいと考えます。

――――――――――――――――
以下おまけ。
百四十八号
各区
戸長へ
第六十三区金比羅村(※)之儀琴平村ト改称候条此段布告候事
(明治)六年十一月廿七日 名東県高松支庁

※金比羅村は誤字、正しくは金毘羅村

[74048] 2010 年 1 月 25 日 (月) 18:52:05【1】 今川焼 さん
 Re:淡路&四国についてのお尋ね。

昨日、徳島県の吉野川市、阿波市、美馬市、つるぎ町といった吉野川中流域の市町を旅してきました。というか正確に言うと川島、市場、脇町、穴吹、貞光、半田の街を見てまわりました。ルートは明石海峡大橋経由で入り、帰りは瀬戸大橋経由で帰ってきました。

さて、そこでタイミングよく。
[74046]千本桜さん
大型バスで徳島県の脇町うだつの町並みから香川県琴平町の金刀比羅宮まで行きたいのですが最短時間で到達できるのは、どのルートでしょうか。
千本桜さんが淡路・四国方面へ旅行されるのでしょうか、それともどなたかから旅行計画を依頼されたのでしょうか。とりあえずご参考までに。

私も昨日の帰路、貞光から瀬戸大橋へ行くのに、国道438号で坂出へ行くか、県道12号で箸蔵付近に出て国道32号を北上し琴平を通って善通寺ICへ行くか悩みました。結局、国道32号は一度通ったことがあるということで未経験の438号を選択しました。
それではまず、美馬−琴平間で比較してみましょう。昨日の所要時間は美馬IC前から丸亀市綾歌町岡田の国道32号バイパス交点まで37分、途中分岐して琴平まででも1、2km長いくらいの距離なので40分くらいでしょう。道路はよく整備されていますが、県境の峠はカーブが多く勾配も急なのでバスならもう少し時間がかかるかなというところです。ちなみに徳島県側は高所を通るので吉野川流域平野の展望が良いです。
一方、国道32号経由なら半分は高速道路なのと県境の峠越えのカーブも小さいものの方が多いので、距離は遠いものの50分くらいかと思われます。つまり、10分違うかどうかでしょう。もし、乗客の中に車酔いしやすい方があるなら国道32号経由が無難かと。バス会社はスピードもさることながら、乗客の安全や快適性(車酔いや車内転倒事故等)をまず考慮しますから何も言わなければ多分国道32号経由になると思います。
脇町−美馬間ですが、[74047]小松原ラガーさんも仰っていますが、脇町うだつの町並み(駐車場所は道の駅または西へ200m行った臨時駐車場になると思います→昨日は道の駅満車のため臨時駐車場へ誘導されました)は、脇町市街地の西の端近く(もともと真ん中でしたが市街地が東へ東へと伸びていったので西寄りになったのは地図から見て取れますね)で、脇町ICへは脇町(新)市街地(ロードサイド店の建ち並ぶバイパス)を抜けていくことになりますので美馬ICへ県道12号で行くのと大差ないでしょう。美馬への県道はどこにでもある田舎の主要県道で特に走りにくいということはありません。ちなみに私が7年ほど前、団体バス旅行で大歩危から脇町へ移動した際は、井川池田ICから脇町IC経由でした。運転手さんに任せればそうなると思います。蛇足ですが、うだつの町並みだけでなく普通の市街地も見たい!という向きにお勧めなのは、行きはバイパス経由、帰りはバイパスの終点まで西進し、県道の旧道へ右折、脇町の旧市街地を抜けて脇町ICへというコースです。道が狭いので街並をよく観察するためにはバスの最前部に陣取る必要がありますが。


話が前後しましたが、伊丹空港から淡路への移動の件。
これも早く確実にということなら小松原ラガーさんが言われているとおり1か2の選択ということになりますね。ただ距離は2の方が短いのですが、所要時間は運転手のスピードの出し方如何というところがあります。中国道−山陽道の制限速度は80〜100km/hですが、阪神高速は道路規格がやや落ちるための最高速度は60km/hです。実際は80km/hかそれ以上で流れていますが、車高の高い大型バスはカーブの多い路線では飛ばすと乗り心地が悪くなるのであまり飛ばさないと思います。おそらく何も言わなければこちらも運転手は無難な山陽道経由で行くと思います。
視点を変えて、沿道の景色で選択という方法もあります。神戸ってどんなとこなのかよく知らない、神戸港や六甲山を眺めてみたいという方が多ければ3を。先日来話題になっている神戸電鉄に関連して六甲山北側の宅地開発の様子や高速道路網の整備状況を見てみたいという要望があれば2を。景色なんかどうでも良い、車内では寝て行くので静かな揺れの少ないコースで行ってくれということなら1をという選択もありかと。

[74047] 2010 年 1 月 25 日 (月) 14:11:26 小松原ラガー さん
 淡路、(&四国)

小松原ラガーです。

[74046] 千本桜 さん

1・伊丹空港→中国池田IC→(中国自動車道経由)→神戸JCT→(山陽自動車道経由)→神戸西IC→(神戸淡路鳴門自動車道経由)→淡路IC
2・伊丹空港→中国池田IC→(中国自動車道経由)→西宮山口JCT→(阪神高速7号北神戸線経由)→布施畑JCT→(神戸淡路鳴門自動車道経由)→淡路IC
3・伊丹空港→(阪神高速11号池田線経由)→豊中IC→(名神高速道路経由)→西宮IC→(阪神高速3号神戸線経由)→月見山出入口→(第二神明道路経由)→垂水JCT→(神戸淡路鳴門自動車道経由)→淡路IC

大型バスでの所要時間ということであるならば、恐らく

   (有利) 2.>1.>3.(不利)

ではないでしょうか? 2.と1.は微妙なところですが、少なくとも3.は11号池田線、3号神戸線での渋滞を考慮する必要があります。曜日にもよりますが、日中は3号線はどこかで渋滞していると考えてもらってもよいかと思います。渋滞が全くなければスカッと行き、ひょっとしたら所要時間も最短の可能性があるかもしれませんが、そんなことはまずないと思っておいたほうがよいでしょう。
2.と1.ですが、こちらのルートで渋滞があるとしたら、西宮名塩SAの前後かと思います。休日の午前は要注意かと思います。が、ここさえ抜ければ、あとはそんなに渋滞する箇所はないかと思います。ひょっとしたら1.はイオンショッピングモール北神戸へ向かう車で渋滞する可能性もあるかもしれませんが、それも神戸JCTから神戸北ICまでの短い距離かと思います。

1・脇町うだつの町並み→(県道12号を西へ走行)→美馬市美馬町→(国道438号経由)→琴平
2・脇町うだつの町並み→(県道12号を東へ走行)→脇町IC→(徳島自動車道経由)→美馬IC→(国道438号経由)→琴平
3・脇町うだつの町並み→(県道12号を東へ走行)→脇町IC→(徳島自動車道経由)→井川池田IC→(国道32号経由)→琴平
4・脇町うだつの町並み→(県道12号を西へ走行)→美馬IC→(徳島自動車道経由)→井川池田IC→(国道32号走行)→琴平

1.、2.はそんなに変わらず、3.、4.もそんなに変わらず、但し、どう考えても井川池田IC〜国道32号線というのは遠回りのような気がします。
脇町IC〜美馬ICを高速を使うことについてですが、徳島道って、あの辺り、片側一車線の対面通行だったかと思いますが、そうなると脇町ICまで行っている間に県道12号線をある程度西進できることを考えると、高速をインターチェンジひとつ分走ったところで、そんなにアドバンテージにならないのではないでしょうか?

ただ、いずれの場合も当日の突発的に事故などがあれば状況は異なるでしょうが・・・。(あくまで全ての道路が大型バスが通行可能として書いていますので、違ったら申し訳ありません。)

[74046] 2010 年 1 月 25 日 (月) 07:06:45【1】 千本桜 さん
 淡路&四国についてのお尋ね。ややこしい涌谷町。

ちょっとお尋ねします。大型バスで伊丹空港から淡路島の淡路ICまで行きたいのですが、いろいろなルートが浮かんできて迷っています。下記の三ルートを考えてみましたが最短時間で到達できるのは、どのルートでしょうか。途中で観光はしません。ただ走るのみです。有料道路の通行料金は気にしません。
1・伊丹空港→中国池田IC→(中国自動車道経由)→神戸JCT→(山陽自動車道経由)→神戸西IC→(神戸淡路鳴門自動車道経由)→淡路IC
2・伊丹空港→中国池田IC→(中国自動車道経由)→西宮山口JCT→(阪神高速7号北神戸線経由)→布施畑JCT→(神戸淡路鳴門自動車道経由)→淡路IC
3・伊丹空港→(阪神高速11号池田線経由)→豊中IC→(名神高速道路経由)→西宮IC→(阪神高速3号神戸線経由)→月見山出入口→(第二神明道路経由)→垂水JCT→(神戸淡路鳴門自動車道経由)→淡路IC

同じように、大型バスで徳島県の脇町うだつの町並みから香川県琴平町の金刀比羅宮まで行きたいのですが最短時間で到達できるのは、どのルートでしょうか。
1・脇町うだつの町並み→(県道12号を西へ走行)→美馬市美馬町→(国道438号経由)→琴平
2・脇町うだつの町並み→(県道12号を東へ走行)→脇町IC→(徳島自動車道経由)→美馬IC→(国道438号経由)→琴平
3・脇町うだつの町並み→(県道12号を東へ走行)→脇町IC→(徳島自動車道経由)→井川池田IC→(国道32号経由)→琴平
4・脇町うだつの町並み→(県道12号を西へ走行)→美馬IC→(徳島自動車道経由)→井川池田IC→(国道32号走行)→琴平

[74025] 白桃さん
ややこしや、津山東町と加茂町
宮城県の涌谷町もややこしいです。涌谷市街は江合川を挟んで両岸に展開していますが江戸期の自治体区分では左岸が涌谷村、右岸が馬場谷地村になります。市街の重心は馬場谷地村の方にあります。しかし、地籍上は別々の村でも二つの村は一体となって城下町を形成していましたから、地理的には一つの都市集落と解釈して良いだろうと思います。この涌谷村と馬場谷地村の関係が少しややこしい。
まず、馬場谷地村から。江戸期には馬場谷地村に涌谷町と呼ばれる宿場町が置かれ、それを取り囲むように伊達氏家中小路が配置されました。当時の人がこの地理空間を馬場谷地という名でとらえていたか、それとも涌谷という名でとらえていたか非常に気になるところですが、答えは町村制施行時の町村名にありそうです。明治22年、馬場谷地村は単独で町制を敷き涌谷町に改称しました。隣に涌谷村があるのを承知で涌谷町を名乗るとは身勝手にみえますが、たぶん地籍上の村名「馬場谷地」よりも町場名「涌谷」の方が広く知られていたからだろうと思われます。馬場谷地村が単独で町村制下の町になった涌谷町(明治22年〜昭和23年の自治体)の区域には大字がありません。現在、この区域の住所は自治体名+小字名で涌谷町字○○と表記します。
次に涌谷村です。涌谷村には涌谷城があって城下の家並みが広がっていました。明治22年、涌谷村は上郡村、下郡村、小塚村と合併して元涌谷村になりました。角川地名大辞典には「隣村の馬場谷地村が江戸期の宿場町名の涌谷町を継承し涌谷町と改称したので、涌谷村に元の字を冠した。」と書いてあります。隣村に名前を奪われた恰好ですが、当時の人がどのように感じたかは不明です。元涌谷村(明治22年〜昭和23年の自治体)は旧4村の名を大字として残しましたから、江戸期の涌谷村の区域は元涌谷村大字涌谷になりました。住所は自治体名+大字名+小字名で元涌谷村大字涌谷字○○と表記します。昭和23年、涌谷町と元涌谷村が合併して現行涌谷町になりました。現在、住所の上で涌谷町涌谷と表記される区域は江戸期の涌谷村の内にあるでしょうか、それとも馬場谷地村の内にあるでしょうか。くだらないクイズで済みません。

訂正
朝の忙しい時間に書込みしましたので安易に端折りすぎた箇所がありました。昭和23年、涌谷町と元涌谷村が合併して現行涌谷町になりました。と書きましたが、正しくは、昭和23年、涌谷町と元涌谷村が合併して涌谷町になり、その後、昭和30年に涌谷町と箆岳村が合併して現行の涌谷町になりました。が正しいので訂正します。

[74045] 2010 年 1 月 25 日 (月) 00:15:51 Issie さん
 とまとまと

[74037] 播磨坂 さん
津山の属した苫田郡は、かつて、西西条郡・西北条郡・東南条郡・東北条郡とに分割されていましたけど、これってどういう法則なんでしょうか。

旧4郡の位置関係を見ると,
初めに
 「A:西条」と「B:東条」に分かれて,
それがさらに
 「西条」が「a:西条」と「b:北条」に,
 「東条」が「c:北条」と「d:南条」に分かれ,
都合,
 Aa:西西条郡
 Ab:西北条郡
 Bc:東北条郡
 Bd:東南条郡
となったように見えます。

実際,調べてみると「延喜式」(925(延長5)年完成)の時点ですでに「苫西郡」と「苫東郡」とに分かれていたようです。それがそのまま 苫西→西条,苫東→東条 となったのか,それとも4分割する際に改めて領域の変更をしたのかわかりませんが,1900(明治33)年4月1日の「郡制」施行(北海道と沖縄県を除く45府県で最も遅い)で大昔の姿を復活させたかのような「苫田郡」に統合されるまで,つまりは“武士の時代”を4分割された姿で過ごしたのでした。

近世〜明治前期の区画では4郡のうち 東南条郡 が最も狭く,津山城下町の東部から東郊外を占めていました。このうち,旧城下町の一部を構成する7ヵ町が1889(明治22)年6月1日の町村制施行で「東南条郡津山東町」となりました。一方,津山城下町の大部分(36ヵ町)はお城も含めて西北条郡に属していて,これが町村制施行で「西北条郡津山町」となりました。
これに先立ち,明治4(1871)年の廃藩置県後,同年11月の府県再編で美作国一円を管轄区域とし津山に県庁を置いた県が「北条県」を称したのは,県庁の所在地が津山城下町の中でも西北条郡側であったからなのでしょうね。もしも東南条郡側にあったら「南条県」あるいは「東条県」だった?…
さて前述の通り,1900年に苫田4郡が統合されたのと同日,津山東町が津山町に編入されました。城下町内の郡境の消滅と同時に津山の自治体も統合されたのです。元は東南条郡に属した 苫田郡林田(はいだ)村 が単独で町制施行して「津山東町」と改称したのが1923(大正12)年。先行したのが「東南条郡津山東町」ですから,「苫田郡津山東町」としてはこちらが“初代”なのですね。

さらにややこしいことを1つ。
1889年に 東南条郡津山東町 となった城下町7ヵ町の1つに「林田町」がありました。これは1923年に 苫田郡津山東町 となった「林田村」,そして1889年にこの 東南条郡林田村 に合流した 旧・林田村 とは別物です。
つまり,1889年以前は城下町を構成する「林田町」と城下町外の「林田村」とが併存していたのですね。お互いの位置関係を見ると,元々は「林田村」であった領域のうち,お城に近い南西隅の区域が町場として独立して城下町に含まれ,そのうちの1ヵ町が「林田町」となったように思われます。
で,現在の津山市の中でも,城下町内の「林田町」と郊外の「林田」とが併存しています。

[74044] 2010 年 1 月 24 日 (日) 23:32:19 88 さん
 市町村名の改称手続きの検証 −都道府県知事の役割について−

[72905] 拙稿で、
・京都府綴喜郡田辺町→田辺市→京田辺市の「市制→改称」
と、
・愛知県西加茂郡三好町→みよし町→みよし市の「改称→市制」
の、2種類の手続きにおいて、
・改称の根拠となるの当該自治体の条例
・改称の周知措置のとしての自治省(総務省)告示
・市制の根拠としての自治省(総務省)告示
をご紹介しました。この「改称」に際しての都道府県知事の自治省(総務省)への手続きにおいて、自治省(総務省)告示の表現が異なります。
京都府田辺市→京田辺市では、H9.2.25付け自治省告示第29号で
地方自治法(昭和二十二年法律第六十七号)第三条第三項の規定により、平成九年四月一日から京都府田辺市の名称を 京田辺市 ( きょうたなべし )に変更することを許可した旨、同条第四項の規定に基づき、京都府知事から報告があった。
であり、愛知県西加茂郡三好町→みよし町では、H21.11.19付け総務省告示第525号で
地方自治法(昭和二十二年法律第六十七号)第三条第三項の規定により、平成二十二年一月四日から愛知県西加茂郡三好町の名称をみよし町に変更する旨、同条第六項の規定により、愛知県知事から通知があったので、同条第七項の規定に基づき、告示する。
と、「京都府知事が許可して自治大臣へ『報告』」と「愛知県知事が総務大臣へ『通知』」と、異っています。
実は、私も投稿しながら自身でも疑念・違和感がありました。[72913] Issie さんでも、
同じ内容でもこちらは文章のフォーマットが少し違っていて
と、ご指摘がありました。先日、この点について明確に理解できましたので、ご報告します。

――――――――――――――――――――――――――――――――
簡単に言うと、この平成9年と平成21年との間に、地方自治法が改正されていました。その背景に「地方分権」がありました。

まずは、今の地方自治法をお示しします。平成21年の愛知県西加茂郡三好町→みよし町の改称の総務省告示は、この現在の地方自治法に拠っています。
地方自治法(昭和22年法律第67号)
第三条 地方公共団体の名称は、従来の名称による。
2 都道府県の名称を変更しようとするときは、法律でこれを定める。
3 都道府県以外の地方公共団体の名称を変更しようとするときは、この法律に特別の定めのあるものを除くほか、条例でこれを定める。
4 地方公共団体の長は、前項の規定により当該地方公共団体の名称を変更しようとするときは、あらかじめ都道府県知事に協議しなければならない。
5 地方公共団体は、第三項の規定により条例を制定し又は改廃したときは、直ちに都道府県知事に当該地方公共団体の変更後の名称及び名称を変更する日を報告しなければならない。
6 都道府県知事は、前項の規定による報告があつたときは、直ちにその旨を総務大臣に通知しなければならない。
7 前項の規定による通知を受けたときは、総務大臣は、直ちにその旨を告示するとともに、これを国の関係行政機関の長に通知しなければならない。

この地方自治法は、平成11年7月16日法律第87号「地方分権の推進を図るための関係法律の整備等に関する法律」で、改正されていました。以下、抜粋し、また、新旧対照の形に加工してお示しします。
――――――――――――――――
第1条 地方自治法(昭和22年法律第67号)の一部を次のように改正する。
第3条 (略)第3条 (略)
2 (略)2 (略)
3 都道府県以外の地方公共団体の名称を変更しようとするときは、この法律に特別の定めのあるものを除くほか、条例でこれを定める。3 都道府県以外の地方公共団体の名称を変更しようとするときは、この法律に特別の定のあるものを除く外、条例でこれを定め、都道府県知事の許可を得なければならない。
4 地方公共団体の長は、前項の規定により当該地方公共団体の名称を変更しようとするときは、あらかじめ都道府県知事に協議しなければならない。(追加)
5 地方公共団体は、第三項の規定により条例を制定し又は改廃したときは、直ちに都道府県知事に当該地方公共団体の変更後の名称及び名称を変更する日を報告しなければならない。(追加)
6 都道府県知事は、前項の規定による報告があつたときは、直ちにその旨を総務大臣に通知しなければならない。4 都道府県知事は、前項の規定により許可をしたときは、直ちにその旨を総務大臣に報告しなければならない。
7 前項の規定による通知を受けたときは、総務大臣は、直ちにその旨を告示するとともに、これを国の関係行政機関の長に通知しなければならない。5 前項の規定による報告があつたときは、総務大臣は、直ちにその旨を告示するとともに、これを国の関係行政機関の長に通知しなければならない。
附則
 (施行期日)
第1条 この法律は、平成十二年四月一日から施行する。
――――――――――――――――
つまり、市町村名の改称に際しては、
・従来は、市町村が条例を定めた後に都道府県知事の「許可」を経て総務省告示となっていたが、都道府県知事の許可は不要となり、市町村長からは都道府県知事へのあらかじめの協議・条例制定後の報告となった。
・これに伴い、都道府県知事から総務大臣への手続きも、従来は「市町村長に対して都道府県知事が許可をした旨の報告」であったが、「市町村長から都道府県知事に報告があった旨の通知」となった。
と、手続きが改正され、現在に至っています。
――――――――――――――――――――――――――――――――

以下、余談。市町村名について、
地方自治法
第三条 地方公共団体の名称は、従来の名称による。
とあるため、市町村合併にあたっては従来の市町村名を使うよう規定されている、との意見が散見されます。
「新版 地方自治法 第4次改訂版」(松本英昭著、学陽書房、H13.10.10初版発行、H20.2.25第4次改訂版3刷)によると、同条同項の解説に、
本法はその制定施行に当たって従前の都道府県及び市町村はそのまま本法の都道府県及び市町村に、東京都の区は特別区に、市町村組合又は町村組合は地方公共団体の組合とされたものであり(地方自治法附則第11条、第12条、第15条)、それぞれの地方公共団体としての同一性を引き続いて維持してきたものとされたので、その名称も従来のものをそのまま用いることとしたのである。
とありますので、参考までにご紹介しておきます。

[74043] 2010 年 1 月 24 日 (日) 23:15:10 みかちゅう さん
 首都圏の高速バス通勤

ある程度の距離を走る高速バスで通勤するには、ダイヤの安定性(定時性)が重要です。渋滞で到着時間が読めないのが恒常化していると通勤には使えませんよね。電車の遅延はある程度大目に見てくれる職場が多いとは思いますが、バスの遅延を堂々と主張するのはなかなか難しいかと。

さて、首都圏で通勤利用が多いのは(つくばエクスプレス=TX開通前の)「東京〜つくば」と「東京〜鹿島」の2路線。関鉄バスの2大ドル箱路線であり、ローカル路線の赤字を補填しているのは間違いないでしょう。この2路線の共通点として、以下の2点が挙げられます。
(1)鉄道利用では不便である
TX開通まではつくばの研究所群へは土浦からバスでけっこう時間がかかるし、目的地によってはつくばセンターでさらにバスやタクシーへの乗換が必要でした。鹿島は成田周りで行くと本数は少ないし、千葉や佐原などで乗換を強いられるので時間がかなりかかってしまいます。高速バスは主な利用者の目的地である工場や研究所などにこまめに停車しているのも注目です。
(2)通勤は郊外方面が主流
つくばの研究所群・鹿島臨海工業地域の工場とともに、通勤先が下り方向ということになります。都心の職場に向かうには首都高などの渋滞が慢性化していますが、郊外方面へは渋滞することが少ないですね。

一方で、アクアラインの高速バスは都心への通勤がメインです。木更津など〜品川の路線は通勤需要がかなりあります。アクアラインの渋滞はまず起こらないし、川崎(浮島)以降の首都高湾岸線の渋滞もあまりないため定刻に着ける可能性が高そうです。こちらは休日もゴルフや観光などの安定した利用が確保されていたのですが、例のアクアライン通行料ダンピングのせいで利用が落ちていないか心配です。日東交通や小湊鉄道のドル箱路線であり、ローカル路線へしわ寄せが行きそうです。

そして、神奈川県内ですが横浜〜横須賀市西部(佐島・長井)線というのがあります。横浜への買い物客(朝の上り)と電力研究所への用務客(朝の下り)を狙っているようですが、いまいち中途半端という感じが否めません。京急が開発する佐島の丘絡みの先行投資だったのかもしれません。4月からは横浜〜佐島の高速バスを新設するとのことです。
あっさり短期間でコケたのが「新横浜〜本厚木線」。厚木の研究所などから新幹線利用を当て込んで新設したらしいのですが、思ったほどの利用がなくてあっさり終了。

[74042] 2010 年 1 月 24 日 (日) 22:08:53 にまん さん
 首都圏のバス通勤

[74037] 播磨坂 さん
首都圏ではバスを使った長距離通勤通学はあまり見られないように思いますが(アクアライン利用の場合はあるかな…)、

播磨坂さんのイメージが間違っているわけではありませんが、首都圏でも長距離通勤バス路線は存在します。
一番メジャーなのは「つくばー東京駅」でしょうね。TX開業後大幅に減っているとは思いますが、現在でも相当の便数が確保されています。
あと、常磐道方面では「猿島−岩井−水海道−東京駅」があります。以前は「江戸川台−柏の葉−東京」もありましたが、TX開業後廃止されてしまいました。「松伏−吉川−東京駅」も一時期走っていたことがありましたが、こちらも廃止されています。
あと、千葉方面では「ちはら台−おゆみ野−東京駅」が通勤用という感じですね。

便数が少ないので、実際には通勤には使いにくそうですが、「江戸崎−美浦−阿見−東京駅」「大網−土気−東京駅」も一応は通勤客を対象にしているようです。

いずれも、かなり遠方に開発されたニュータウンで、バス+電車(乗り換えあり)で東京の都心まで2時間かかるようなところを、バスで直接結ぶ路線になります。

[74041] 2010 年 1 月 24 日 (日) 22:08:23 初心者 さん
 合併

総務省は8日、3月31日までに市町村合併する地方自治体を発表した。
今月12日に告示される。

合併の内容は、
(1)山口県阿東町を山口市に編入(2010年1月16日)
(2)愛知県七宝町、美和町、甚目寺町を廃し、新たにあま市を設置(同3月22日)
(3)埼玉県加須市、騎西町、北川辺町、大利根町を廃し、新たに加須市を設置(同3月23日)
(4)静岡県芝川町を富士宮市に編入(同)
(5)栃木県栃木市、大平町、藤岡町、都賀町を廃し、新たに栃木市を設置(同3月29日)
(6)新潟県川口町を長岡市に編入(同3月31日)
(7)長野県波田町を松本市に編入(同)。

この合併により、全国の市町村数は12減少し、10年3月末時点で1730となる。

あま市は海部市でいいと思うがな。ひらがなは避けるべきだろ。
あと、伊丹と川西で伊丹市になってほしい。

[74040] 2010 年 1 月 24 日 (日) 21:20:22 伊豆之国 さん
 Family name〜地名と姓名の遥かなる関係(その2)

[74027]に引き続いて、「苗字と地名」のお話を進めたいと思います。

今回の十番勝負「問五」の共通項は「ランキング上位の苗字」でしたが、同じく「問一」では「『松竹梅』の付く市に隣接する市」というのが共通項になっていました。そこで、ここでは「松竹梅の付く苗字」について調べてみましょう。
全国苗字ランキングの上位300位(「苗字館」による)を見ると、「松」の付く苗字が次の13種類あります(カッコ内は順位)。

松本(15)・松田(49)・松井(91)・松尾(95)・小松(106)・松岡(137)・松下(145)・松浦(149)・松村(165)・松原(193)・松永(201)・松崎(272)・村松(300)

このうち、「松尾」さんは九州北部に特に多く、佐賀・長崎両県で県内4位、福岡県でも8位に入ります。九州北部在住のメンバーの方々にとってはごく身近な苗字と言えましょう。
「小松」さんは、高知県が全国最多で、県ランクも3位に入り、とりわけ安芸市とその周辺に密集し、安芸市では市民の7人に1人が「小松」さんです。この土佐の小松氏は、「小松殿」と呼ばれた平重盛の子孫と伝えられ、重盛の子・維盛が屋島合戦で敗れた後、土佐に逃れてきたといいます(森岡浩氏著「全国名字辞典」より)。
「松浦」さんは、九州北部に勢力を張った「松浦水軍」が知られていますが、現在は発祥地周辺にはかえって少なく、全国各地に広く分布しているようです。その中で、静岡県掛川市に700件近くあり、市内2位に入っているのが目を引きますが、この遠江の松浦氏は、代々今川氏に仕え、また天文(1532-1555)の頃、現在の掛川市にある倉真城主に松浦氏がいた(渡辺三義氏著「静岡県名字の話」(昭和54年刊)より)ということで、この一族が繁栄したのではないかと思われます。
「苗字館」でちょうど300位になっている「村松」さんは、元データの別によってラインの上に来るか下になるか微妙な位置にあります。この「村松」さんは浜松市から焼津市にかけて、静岡県中西部に非常に多い苗字で、県ランクでも20位以内に入ります。この地域に隣接する愛知県北設楽郡・長野県下伊那郡の一部や、山梨県市川三郷町・中央市などにも多く見られるようです。

これに対し、「竹」の付く苗字は、300位以内には「竹内」「竹田」の2つだけ。「梅」の付く苗字では「梅田」が最多ですが、300位以内には入りません(「苗字館」では335位)。やはり苗字の世界でも「松>竹>梅」の順序になっているようです。

[74039] 2010 年 1 月 24 日 (日) 16:44:58 小松原ラガー さん
 今頃センター試験を・・・

小松原ラガーです。

今頃センター試験の地理Bを解いてみました。結論から言うと、現役の時とそん色なしの85点でした。3点の設問を5つ間違えて合計15点のマイナスでした。

<第一問>
いきなり最初の問題で×。ブラジル高原って「長期にわたる造陸運動によって形成されている」のですか・・・。ガンジス川の河口のデルタ地帯は扇状地ではないのですね。考えてみればそうだった。

<第二問>
問四で×。言訳ですが、この年になると老眼も出だしていて、新聞掲載されている地形図は細かいところまで見えないっすよ。あんまり考えずにマークしたら案の定×でした。

<第三問>
全問正解。まぐれ、まぐれ、、、、。

<第四問>
(結果的には)調子よく行っていたのに、最後の問題で×。ポーランドって、「労働生産性が低いことなどによって労働時間が長い国の一つになっている」のですか・・・。日本に関しての記述のほうを選択してしまいました。

<第五問>
全問正解。ペースアップ!!

<第六問>
問二、問三で×。問二は合計特殊出生率と女性労働力率ですが、アジアとアフリカを逆にしてしまいました。(んなもん、わからん!!)問三はイージーミス。ブラジルに移民した日本人は工業技術者じゃないですよね。アホでした。

ということで、部屋でくつろぎながら、プラス今年はトップリーグのプレイオフをテレビで見ながら、新聞とにらめっこしながら、という例年並みの取り組みで、点数まで例年並みになっちゃいました。あ〜ぁ・・・。

でも、毎年毎年解いていて思うのですが、インターネットや中国の経済発展の様子など、時代の変遷とともに問題の内容も変化してきていますね。(当たり前と言えば当たり前ですが。)

#やはり昨年の95点(94点?)はまぐれだったのか・・・。sigh...

[74038] 2010 年 1 月 24 日 (日) 16:32:46 hmt さん
 半島談義 (3)半島の範囲 紀伊半島

[74018] 白桃 さん
前にも話題にしたかと思うのですが、どっからが半島なんでしょうかね?
例えば、薩摩川内市は薩摩半島内にあるのかないのか、微妙なとこだと思うのです。

薩摩川内市は鹿児島湾の最奥よりも北ですから、明らかに薩摩半島の外でしょう。地名辞典では、鹿児島市街地から伊集院に向かう線を北限とするのが一般的で、拡張しても日置郡までのようです。

[18443] 白桃 さん
中国地方の形状は、ありやぁ半島の語源から考えてみても半島そのものですね。

半島の語源に関する俗説はさておき、細長い本州の両端部、「奥羽半島?」と「中国地方半島?」とは普通には半島と呼ばないので、日本最大の半島は紀伊半島ということになります。

その紀伊半島の範囲ですが、純粋に陸地の形だけから地図上で基線を引くと、伊勢湾北端又は西端から大阪湾頭へとなるでしょう。
これだと大阪市の大部分や奈良県のほぼ全部が紀伊半島に含まれることになりますが、通常は大阪府や奈良県北部は紀伊半島に含まず、中央構造線以南の紀伊山地を指しているようです。
川で言えば、概ね三重県櫛田川・奈良県吉野川・和歌山県紀の川の線から南。
面積約1万km2ですから、ほぼ同じ面積のハワイ島と共に面積の基準として覚えておくと便利です。

[18446] オーナー グリグリさん
http://www.mlit.go.jp/crd/hanto/itiran.pdf【半島振興対策実施地域対象市町村一覧】
最初の書き込み[18426]の半島の属する都道府県はこの資料も参考にしています。(中略)大阪府は紀伊半島に含まれないのではないか、とか。まぁそうは言っても半島自体の定義があいまいでしょうから徹底追求するのはあまり意味がないでしょう。

半島振興法で指定された紀伊半島の範囲も、ほぼ中央構造線以南ですね。
市町村単位【2005年当時と思われる】でその範囲を確認すると、東の伊勢湾側は松阪市以南。奈良盆地は紀伊半島の範囲外で、指定対象は 吉野川流域の吉野郡と五條市とに絞られています。和歌山県は 和歌山市を除く全域 が紀伊半島として指定されています。

“産業基盤及び生活環境の整備等について他の地域に比較して低位にある”半島地域の振興を目的とする法律だから、大阪湾沿岸地域や、県庁所在都市の和歌山市は指定対象外ということになるのでしょう。

半島の範囲は、純粋に地理的な海岸線の形で決まるものと考えていたのですが、上のような実例を見ると、地形や行政的な区分が結構影響しているようです。

[74037] 2010 年 1 月 24 日 (日) 15:50:51 播磨坂 さん
 鉄道 vs バス
白桃 帰り道は遠かった。(通勤・通勤圏のお話)

こんにちは

[74003]k-ace さん
[74005]JOUTOU さん
[74008]桜通り十文字 さん
[74013]今川焼 さん

通勤圏で鉄道会社がバス会社と競っているというのは、何とも意外でした。高速バスといえば、東京と地方都市を結ぶ格安便がJRや航空会社と需要の奪い合いをしているイメージはあったのですが、通勤通学ではバスは短距離利用(自宅〜駅、駅〜会社のような)のイメージしかありませんでした。首都圏ではバスを使った長距離通勤通学はあまり見られないように思いますが(アクアライン利用の場合はあるかな…)、神戸市の場合だと六甲山地の裏は田園地帯が広がっておリ、確かにバスでも渋滞に巻き込まれることがないような気がしますし、新神戸トンネルもありますから、時間的にも申し分ないです。

また、神鉄粟生線が
ほとんどが単線で急カーブ急勾配(50‰がごろごろある)の連続する
ということで、想像以上に低規格な路線だということでも合点がいきました(粟生線は首都圏の通勤路線である西武池袋線や京王線くらいの位置づけの路線だと思っていました)。

ご他聞に漏れず高速料金割引に伴う高速バスの収入源が理由だそうで、その皺寄せが山間部を中心とした路線の廃止検討につながっている
それにしても、高速バスのおかげで鉄道が潰れて、その高速バスが規制緩和で過当競争となり、また高速無料化の為に潰れて…
世界はモーダルシフトの時代なのに、何とも逆行しているとしか。

話は変わりますが

[74025]白桃 さん
ややこしや、津山東町と加茂町

「ややこしい」と「津山」で思い出したのですが、津山の属した苫田郡は、かつて、西西条郡・西北条郡・東南条郡・東北条郡とに分割されていましたけど、これってどういう法則なんでしょうか。西+西条郡、西+北条郡、東+南条郡、東+北条郡なんでしょうか(これだと、西条と南条に方角をつける意味がよく分からない…)。東北、西北、東南、西西と方角を示しているのでしょうか(これだと、西西と重ねる意味が分からない…)。

[74036] 2010 年 1 月 24 日 (日) 14:39:05【1】 hmt さん
 皇紀2600年「紀元節」の日 に誕生し、皇紀2666年「建国記念の日」 に新設合併した洲本市

[74031] オーナー グリグリさん
[49115]にも書いたのですが、洲本市が新設合併する際に元の市制施行日に合わせて新設合併日を選んだかどうかは分かりませんが、何となくそんな気がします。

合併協議会だより18・19号 の7/12には2005/2/5開催の第19回合併協議会において
…「合併の期日」については、平成18年2月11日で確認され、…
と記されているだけで、この日を選んだ理由には触れていません。前年末の確認書では“平成18年3月31日までに合併する”となっており、この頃に調整が進められていたものと思われます。

新設合併日として選んだ2月11日が旧洲本市の市制記念日であることは市民にとっては周知のことであり、暗黙の了解事項と言えるでしょう。
名目上は対等な合併相手である津名郡五色町への配慮から、公式文書には記されていないのでしょうね。

昭和15年(1940)は、日本全国が神武天皇即位紀元(皇紀)2600年を祝賀した年で、2月11日の「紀元節」はそれに関わる特別の日でした。
「洲本市」が、この皇紀2600年の、しかも「紀元節」当日に誕生したことは、洲本市民に強烈な記憶を残していたことと思います。
# 宮城前広場(現在の皇居外苑)で行なわれた「紀元二千六百年式典」は11月10日でした。

「紀元2600年」や「2月11日」の暦学的根拠については、2006年つまり紀元2666年の 新設合併 当日の記事[49122]を御覧下さい。

「2月11日」の根拠になった日本書紀に書いてある日付は、「正月朔」。つまり現代の表記に直訳すれば「1月1日」です。

【追記】
洲本市の誕生が皇紀2600年紀元節であったことは、淡路島が建国神話ゆかりの地であることと関連していると思われます。
神武天皇より更に古い、イザナギ・イザナミの二神による国産み神話で、大八島(おおやしま)の第1号として淡路島が登場します。古事記

[74035] 2010 年 1 月 24 日 (日) 14:27:36【1】 88 さん
 市区町村変遷情報 苦悩日記 No.17 市町村の一部区域にかかる廃置分合の表記方法について

飛地・入会地等の表記方法について
[73436]拙稿に関して[73447] okiさんからご意見をいただいていましたが、[73497]拙稿を受けてさらに[73753] むっくんさんでご意見をいただきました。
okiさん、むっくんさんに共通するのは、
★「従前の村の本体(主たる地域)の異動をわかりやすくする。表記上は、『本体』と『一部』とは明確に区別する」
ということに尽きるようです。これには、[73497]拙稿でも述べたように、私自身も基本的には異論はありません。
[73497]拙稿で触れた、
将来の市区町村変遷情報の検索等のプログラム化・データベースとしての機能の活用
については、今後の市区町村変遷情報の発展方向として重視しているのですが、具体化した際の微調整で済むと推測されることから、その時点での対応とし、現在の市区町村変遷情報の充実及びそれに付随しての検討課題の洗い出しとの観点で、まずは実行してみようと思います。懸念は当面ないものと思います。
>グリグリさん、でるでるさん、こう判断して試行してみます。将来のデータベース構想と整合しない面があれば、調整したいと思います。

お二方から、いろんな提言をいただきました。それを受けて、まずは見本として、香川県の市区町村変遷情報の編集作業を行ってみました(市制町村制施行時市制町村制施行時以降)。市制町村制施行時の廃置分合の根拠は、M22.12.12.28付け(香川)県令第84号です。それ以降の廃置分合も、昭和20年までは香川県立図書館で香川県報(公報)の香川県告示のマイクロフィルムを閲覧しコピーして持ち帰り、S22.5.3以降の官報に搭載されているものは官報情報検索サービスにより自治省告示等を確認しています。その他にも、適宜資料を参考としています。
以下にこれまで議論されてきた内容を反映してみた例を示します。
○市制町村制施行時(M23.2.15)の異動
(1)「飛地」と県令に明記されている例
 ・・・なし
(2)一部が他の市町村に含まれることになる例
・香川郡東浜村(本体は香川郡東浜村へ、一部は高松市へ)
・香川郡中村(本体は香川郡栗林村へ、一部は高松市へ)
・香川郡出作村(本体は香川郡多肥村へ、一部は香川郡百相村へ)
・山田郡高野村(本体は山田郡坂ノ上村へ、一部は山田郡三谷村へ)
・大内郡湊村(本体は大内郡白鳥村へ、一部は大内郡松原村へ)
・那珂郡津森村(本体は那珂郡六郷村へ、一部は那珂郡丸亀町へ)
(3)二分割される例
・三野郡本大村(川西と川東に二分割)
(川西は豊田郡一ノ谷村大字本大を経て観音寺市本大町(地図)
(川東は三野郡本山村大字本大、三豊郡豊中村大字本山(地番に乙を付す)、三豊郡豊中町(同)を経て三豊市豊中町本山(地番に乙を付す)(地図)

○市制町村制施行時以降の異動
(1)「飛地」と県告示等に明記されている例
 ・・・なし
(2)一部が他の市町村に含まれることになる例
 ・S30.1.1付けで綾歌郡川津村の本体が坂出市へ、一部が綾歌郡飯野村へ(川津村消滅)
 ・S30.4.10付けで三豊郡紀伊村の本体(大字丸井,大字福田原及び大字青岡)が三豊郡大野原町へ、一部(大字木之郷)が観音寺市
 ・S30.5.3付けで綾歌郡飯野村(本体)が丸亀市へ、綾歌郡飯野村(一部)が綾歌郡宇多津町へ(飯野村消滅)
 ・S33.3.31付けで仲多度郡象郷村(大字上櫛梨の一部、大字下櫛梨の一部)が善通寺市へ、仲多度郡象郷村(大字苗田の全部、大字上櫛梨の大半、大字下櫛梨の大半)が仲多度郡琴平町へ(象郷村消滅)
(3)二分割される例
 ・・・なし
(4)その他の例
 ・S24.1.1付け三豊郡観音寺町の一部(大字伊吹)が分立して三豊郡伊吹村発足

――――――――――――――――
市制町村制施行時以降の異動で、(2)の(3)の違いは微妙ですが、香川県では(3)は該当なしと判断しました。
三豊郡紀伊村は、M23.2.15に三野郡 丸井村, 福田原村, 青岡村, 木之郷村 の4村の合併。S30.4.10付けの廃置分合で、大字数では「三豊郡大野原町:観音寺市=3:1」なので、「紀伊村の本体は大野原町へ」「紀伊村の一部は観音寺市へ」という「判断」。現在はすべて観音寺市で、観音寺市大野原町丸井、観音寺市大野原町福田原、観音寺市大野原町青岡及び観音寺市木之郷町(参考地図)

綾歌郡飯野村は、M23.2.15に鵜足郡 東分村, 西分村, 東二村 の3村の合併。S30.5.3付けの廃置分合で、大字西分及び大字東二はすべて丸亀市へ。大字東分は「丸亀市:綾歌郡宇多津町=6:4」くらいの面積比で2市町に分かれ、大字数も鑑みてあわせて「丸亀市:綾歌郡宇多津町=2.6:0.4」くらいなので、「飯野村の本体は丸亀市へ」「飯野村の一部は宇多津町へ」という「判断」。現在は丸亀市飯野町東分、丸亀市飯野町西分、丸亀市飯野町東二及び綾歌郡宇多津町大字東分(参考地図

象郷村の例は、さらに複雑な例です。
(那珂郡象郷村は、M23.2.15に従前の苗田村,下櫛梨村,上櫛梨村が合併して発足し、それぞれ旧村名が象郷村の大字となりました。そして、S33.3.31付けの廃置分合です。
――――――――――――――――
● 総理府告示 第七十一号
市町村の廃置分合
 地方自治法第七条第一項の規定により、香川県仲多度郡象郷村を廃し、その区域のうち次の区域を琴平町に、その他の区域を善通寺市に編入する旨、香川県知事から届出があつた。
 右の廃置分合は、昭和三十三年三月三十一日からその効力を生ずるものとする。
 昭和三十三年三月三十一日
内閣総理大臣 岸  信介
仲多度郡琴平町に編入する区域
仲多度郡象郷村
大字苗田、
上櫛梨字上村、久保、木ノ股、楠、塞、土福、小路、大歳、薬師、
川西 1453甲の1から1454まで、1455の4、1455の6から1455の10まで、1459の2、1463の1から1463の6まで、1463の90、1463の17、1463の18、1463の21、1463の22、1463の25、1463の26、1464、
下櫛梨字北川、堀池、山南、山根、元日、馬場西、
船磐 277から345まで、351、352の1、353、355から363まで、365の1、366の1、367の1、1,490の2、1,490の5から1,490の19まで、1490の22から1490の25まで、
松ノ内 758の2から758の5まで、775の1から779の3まで、781から784まで、795、797から840まで、
川原 841の1から845の3まで、907から908の3まで、910から922の2まで、
平石 923甲から927の1まで、927の3から930まで、952から1040の2まで、
泉田 1291から1295まで、1308の1から1321まで、1325から1339の3まで、
上新田 1340の1から1340の7まで
――――――――――――――――
原文縦書きですが、適宜改行を補ったり、「一、四五三」との表記の地番を「1453」とする等見やすく補正しました。
#地番区域が小字単位ではなく大字単位であることもよくわかります。

さすがに市区町村変遷情報でこの地番を列挙することは適切ではないので、仲多度郡琴平町の詳細情報では、これを簡略化して、
象郷村の一部:大字苗田、大字上櫛梨字上村、久保、木ノ股、楠、塞、土福、小路、大歳、薬師、川西の一部、大字下櫛梨字北川、堀池、山南、山根、元日、馬場西、船磐の一部、川原の一部、平石の一部、泉田の一部、上新田の一部
としていました。
つまり、再度整理すると、・・・
・大字苗田はすべて琴平町へ(琴平町大字苗田)。
・大字上櫛梨の大半は琴平町へ(琴平町大字上櫛梨)、一部は善通寺市へ(善通寺市櫛梨町)。
・大字下櫛梨の大半は琴平町へ(琴平町大字下櫛梨)、一部は善通寺市へ(善通寺市櫛梨町)。
参考地図はこちら
総理府告示だけを見ると、大字上櫛梨と大字下櫛梨は、本体(大半)が善通寺市となったようにも解釈できますが、実態は上記地図のとおりで、琴平町が主です。
象郷村は、大字単位で見ると異動先は「善通寺市:琴平町=0.2:2.8」くらいであり、象郷村の本体は琴平町へ編入されたと判断します。
――――――――――――――――
三豊郡紀伊村、綾歌郡東分村、仲多度郡象郷村はすべて「本体」「一部」パターンと判断しましたが、象郷村の例では、総理府告示で地番を表示して例示した方が「本体」で、残余が「一部」に相当するものでした。こういう調査をするのは、全国的にはなかなか大変です。しかし、どこかで線を引かねばなりません。役場の所在地で判断するのも一つの方法ですが、判断材料としては弱いですし、調査自体が困難です。
上記に述べたような手法で、市区町村変遷情報の編集作業を全国展開をしてよいものかどうか。しばし、他府県への反映は保留し、皆様のご意見・ご感想をお伺いしたいと思います。
市区町村変遷情報の編集作業については、自明・唯一の「正しい」方針というものは存在せず、正確で、わかりやすく、利用しやすいものを追求して試行錯誤しているのが現実です。今後とも、皆様のご意見をお待ちしております。

[74034] 2010 年 1 月 24 日 (日) 08:34:45 おがちゃん さん
 第二十六回十番勝負問題分類

[73199]と同じように今回も問題分類をしました。
今回は僕の考えでは5系統有りました。

(例:1-1=第一回問一)
市名系(市の名前についての共通項)
26-3、26-5、26-8

隣接系(ちょっと曖昧だが、○○に隣接などは全て)
26-1

市の歴史系(新設に編入、改称など)
26-4、26-6、26-7、26-10

地名・住所系(地名コレクション、住所の共通項)
26-9

○選系(百選は勿論、50選も)
26-2

#分類方法に間違いがあったらご指摘を御願いします。

今回は若干歴史系に偏っていたようで、市名系よりも多くなっています。
しかし、最近の十番勝負は一言に○○系では説明しきれないような問題が増えているような気がします。
複合型が若干多いような・・・。

[74033] 2010 年 1 月 24 日 (日) 08:01:31 おがちゃん さん
 一晩が過ぎ

おはようございます。おがちゃんです。

皆様、オキテ破りの十番勝負参加をしてしまいすみません。
公立の中高一貫校を受験したのですが、適性検査I(たくさんある問題)が過去問よりも圧倒的に増えており、結局時間切れになってしまいました。若干難しかったというものも原因なのですが・・・。
それ以外の適性検査II(作文)や面接は緊張することもなく、リラックスした気持ちでできました。かなり良い状態でした。
いよいよ合格者の発表日を待つだけとなりました。

さて、ひとまず、十番勝負の感想文を。と言っても3問だけですが。
[73518]問三:東かがわ市(金メダル)
■読みに同じ字が連続する市(濁音・促音も許容する)
どうやら、名前系は僕の得意分野となってきたようで、今回も金メダルを取ることができました。なんとな〜くごく普通に問題文を見ていたら突然ひらめいた問題です。数えてみると38しかなかったのですが、2回目に数えると44に。最後の1市はどこだと思いつつ、聖地である東かがわ市を解答。唯一の連続部分がひらがなの市になったのですが、逆にヒントを与えてしまったようで。解答選びは慎重にしなければ。
この問題は問九の想定解であることに気づかなかったのが幸運でした。
#ただ、この解答が白桃さんを目覚めさせたようで。白桃さんには申し訳ない気持ちです。

[73526]問十:加賀市(銀メダル)
■市名誕生日が1月1日の市
会津若松市に伊勢市と言ったら最初に思い出したのがこの市区町村雑学でした。そこから共通項にたどりつくのは単純でした。
これまた聖地である石川県より解答。銀メダルまで取ってしまいました。

[73527]問五:三浦市(銅メダル)
■市名が苗字ランキング300位以内の市
問題の5市を見てみるといかにも苗字になりそうな市ばかりでした。お気に入りに登録しているここを見るとやはりジャスト。
三浦市を解答しましたが、おそらく「高木市」があればきっと「高木市」を解答していたでしょう(笑)。
なお、解答時の
四天王の皆さん!!
は皆様の考え通り、十番勝負の四天王ではなく苗字ネタの四天王のことだったのでした。

次回は北海道、特に室蘭市からメダルを取ってみたいなぁと思っています。しかし、皆様がとても強いため、そこまで欲を言うのではなくひとまず4回連続の金メダル獲得に挑戦したいと思っている所です。どこまで伸ばせるかな?

[74032] 2010 年 1 月 24 日 (日) 00:13:45 まりんぶる〜 さん
 第二十六回 十番勝負 後日談

遅ればせながら、私も十番勝負の後日談です。
正月は“家でのんびり派”のため、十番勝負にもしっかり参加できます。
それでは回答順に一言ずつ・・


問五 <苗字ランキング300位以内>
 成田市(銀メダル!)
正月は毎年、ニューイヤー駅伝やら箱根駅伝やらを観戦するのを楽しみにしているのですが、「お題の市が何やら駅伝選手にいそうな市だな」と思い、共通項に行き着きました。想定解のリストアップと、松山市が×の理由を確認して、千葉県内から成田市をチョイスしました。

問二 <ダム湖百選>
 東近江市(金メダル!!)
続いて、みなさんの回答が出ていない問二に取り組みます。「何かヒントはないものか」と出題市の地図を眺めていたところ、たまたま東大和市に多摩湖、相模原市に宮ケ瀬湖を発見!「共通項は人造湖あたりかな」と思い、いろいろ調べてみるとダム湖百選のページにたどりつきました。残念ながら千葉県には該当するダム湖はないので、未解答の滋賀県から東近江市を選択しました。

問七 <最近の市制施行>
 香取市(銅メダル!)
出題市を眺めていたところ、「香南市ってどの辺だったかな?てか、いつの間に市になったんだっけ?」という疑問から、比較的スムーズに共通項にたどりつきました。

出題当日はなかなか好調で、金・銀・銅メダルをきれいに1つずつ獲得することができました。まさに「三種類ある」ですね。

問十 <市名の誕生日が1月1日>
 志布志市(12位)
皆さんの回答が10個ほど出揃ってくると、ようやく私の思考も動き出すようです。これまた未解答の鹿児島県から志布志市を選択しました。

問三 <同じ文字が連続>
 大館市(18位)
このタイプの問題はどうも苦手なようです。それでいて、共通項に気がつくとやたらと悔しいのも、このタイプの問題です。そろそろ本格的に対策を考えなければ・・

問八 <半島コレクション>
 銚子市(12位)
お題の糸島市や皆さんの回答から、比較的早くから「半島」には目をつけていたのですが、イマイチ線引きがよくわからずに、時間がかかってしまいました。千葉県内から銚子市をゲットしたのですが、どうせなら未解答の南房総市にすればよかったと後悔したのでした。

ここで長らく思考停止状態に・・結局残りの4問はヒント頼みになってしまいました。

問四 <7市町村以上の合併>
 南房総市(9位)
第1ヒント「沢山の市町村」でわかりました。問八で答え損ねた南房総市を獲得するチャンスがいきなり巡ってきたため、迷わず解答しました。

問六 <1市2町で合併>
 成田市(12位)
こちらも第1ヒント「1たす2は1」から共通項に行き着ました。問五に続いて成田市での解答となってしまいました。

問九 <23区の地名>
 船橋市(16位)
この問題、大和市に和泉市、北上市は旧和賀町を合併し、佐賀市は旧大和町を合併していることから、ずっとテーマは「和」だろうと考えていました。第1ヒント「どこかの住所」から、しばらく前に落書き帳で話題になっていたことを思い出し、23区の地名にたどり着きました。

問一 <松竹梅に隣接>
 鎌ケ谷市(13位)
今回、最後まで苦労した問題です。第1ヒント「三種類ある」でも、何のことかさっぱり閃きません。第2ヒント「めでたいもの」でようやく松竹梅にたどり着きました。


総合成績:
正答10 誤答0 メダル:金1、銀1、銅1 正答数ランキング11位

今回の自分のテーマが「完答&誤答なし」だったのですが、見事にどちらも達成することができ、納得できる結果となりました。次回も「完答&誤答なし」はぜひ継続したいと思います。また、1大会で金・銀・銅メダルをすべて獲得するのは初めてのことで、この点でも大満足の結果となりました。
さらに、[72968]で桜トンネルさんにご指摘いただいたように、千葉県からの解答率がやたらと高い私ですが、今回も10問中7問を千葉県内から解答し、「千葉県率」がまたまたアップしたようです。県内の未答市も残り6つとなり、千葉県制覇が当面の目標となりそうです。

今回も、楽しくも悩ましい問題を出題してくださったグリグリさん、ありがとうございました。次回もよろしくお願いいたします。

[74031] 2010 年 1 月 23 日 (土) 23:02:06【3】 オーナー グリグリ
 同じ日に新設合併した市

[74030]
ABB-abの唐津市と深谷市は、市制施行日だけが違うパターンですが、市制施行日も含め全部1月1日の例です。
市制施行日、市の誕生日、市名誕生日がすべて同一のAAAパターン以外のパターンの市で、これら3つが同じ日付(月日)の市を、1月1日以外についても調べてみました。結果、以下の通り19市が該当していましたが、ABB以外のパターンでは該当例がありませんでした。つまり、該当する市はすべて元の市制施行日と同じ日(月日)に新設合併した市ということになります。4月1日が11市と一番多く、1月1日と10月1日が2市ずつあり、2月11日、3月31日、7月1日、8月1日が1市ずつです。

都道府県パターン市制施行日市の誕生日市名誕生日
佐賀県唐津市ABB2005年1月1日1932年1月1日1932年1月1日
埼玉県深谷市ABB2006年1月1日1955年1月1日1955年1月1日
兵庫県洲本市ABB2006年2月11日1940年2月11日1940年2月11日
広島県庄原市ABB2005年3月31日1954年3月31日1954年3月31日
兵庫県尼崎市ABB1936年4月1日1916年4月1日1916年4月1日
岩手県北上市ABB1991年4月1日1954年4月1日1954年4月1日
静岡県静岡市ABB2003年4月1日1889年4月1日1889年4月1日
福岡県宗像市ABB2003年4月1日1981年4月1日1981年4月1日
青森県青森市ABB2005年4月1日1898年4月1日1898年4月1日
宮城県石巻市ABB2005年4月1日1933年4月1日1933年4月1日
埼玉県秩父市ABB2005年4月1日1950年4月1日1950年4月1日
富山県富山市ABB2005年4月1日1889年4月1日1889年4月1日
長野県佐久市ABB2005年4月1日1961年4月1日1961年4月1日
静岡県磐田市ABB2005年4月1日1948年4月1日1948年4月1日
兵庫県豊岡市ABB2005年4月1日1950年4月1日1950年4月1日
千葉県旭市ABB2005年7月1日1954年7月1日1954年7月1日
愛媛県宇和島市ABB2005年8月1日1921年8月1日1921年8月1日
山形県鶴岡市ABB2005年10月1日1924年10月1日1924年10月1日
和歌山県新宮市ABB2005年10月1日1933年10月1日1933年10月1日

2月11日の洲本市は1月1日の唐津市、深谷市とともに3つとも祝日の市になります。[49115]にも書いたのですが、洲本市が新設合併する際に元の市制施行日に合わせて新設合併日を選んだかどうかは分かりませんが、何となくそんな気がします。ご存知の方いらっしゃいますか。

[74030] 2010 年 1 月 23 日 (土) 22:34:15 オーナー グリグリ
 市制施行日、市の誕生日、市名誕生日が1月1日の市(一覧)

第二十六回十番勝負の問十に関連して、表題の市を一覧してみます。★が1月1日です。市制施行日、市の誕生日、市名誕生日の定義については、「市制施行日、市の誕生日、市名誕生日の定義について」をご覧ください。

パターンは、市制施行日、市の誕生日、市名誕生日の同一性をABCの記号で表したものです。ABCは3つとも違うパターンです。ABAは市の誕生日だけが違うパターンです。以下同様です。ABCパターンは十和田市と伊勢市が該当しますが、十和田市は市制施行日が1月1日、伊勢市は市名誕生日が1月1日です。これを各々、ABC-a、ABC-cと表します。ABB-abの唐津市と深谷市は、市制施行日だけが違うパターンですが、市制施行日も含め全部1月1日の例です。十番勝負では、星野彼方さんが唐津市を、geoさんが深谷市を解答されました。( )内の数字はそのパターンに該当する市の数です。


都道府県パターン市制施行日市の誕生日市名誕生日
■ABC-a(1)
青森県十和田市ABC★2005年1月1日1955年2月1日1956年10月10日
■ABC-c(1)
三重県伊勢市ABC2005年11月1日1906年9月1日★1955年1月1日
 
■ABA-a(3)
栃木県那須塩原市ABA★2005年1月1日1970年11月1日★2005年1月1日
福島県南相馬市ABA★2006年1月1日1954年3月20日★2006年1月1日
福岡県糸島市ABA★2010年1月1日1992年10月1日★2010年1月1日
■ABA-b(1)
東京都西東京市ABA2001年1月21日★1967年1月1日2001年1月21日
 
■ABB-ab(2)
佐賀県唐津市ABB★2005年1月1日★1932年1月1日★1932年1月1日
埼玉県深谷市ABB★2006年1月1日★1955年1月1日★1955年1月1日
■ABB-a(11)
群馬県伊勢崎市ABB★2005年1月1日1940年9月13日1940年9月13日
三重県松阪市ABB★2005年1月1日1933年2月1日1933年2月1日
大分県臼杵市ABB★2005年1月1日1950年4月1日1950年4月1日
岩手県花巻市ABB★2006年1月1日1954年4月1日1954年4月1日
岩手県二戸市ABB★2006年1月1日1972年4月1日1972年4月1日
新潟県五泉市ABB★2006年1月1日1954年11月3日1954年11月3日
三重県津市ABB★2006年1月1日1889年4月1日1889年4月1日
長崎県松浦市ABB★2006年1月1日1955年3月31日1955年3月31日
宮崎県都城市ABB★2006年1月1日1924年4月1日1924年4月1日
鹿児島県鹿屋市ABB★2006年1月1日1941年5月27日1941年5月27日
鹿児島県指宿市ABB★2006年1月1日1954年4月1日1954年4月1日
■ABB-b(9)
新潟県三条市ABB2005年5月1日★1934年1月1日★1934年1月1日
静岡県島田市ABB2005年5月5日★1948年1月1日★1948年1月1日
宮崎県日南市ABB2009年3月30日★1950年1月1日★1950年1月1日
島根県大田市ABB2005年10月1日★1954年1月1日★1954年1月1日
和歌山県橋本市ABB2006年3月1日★1955年1月1日★1955年1月1日
香川県観音寺市ABB2005年10月11日★1955年1月1日★1955年1月1日
愛媛県伊予市ABB2005年4月1日★1955年1月1日★1955年1月1日
長崎県平戸市ABB2005年10月1日★1955年1月1日★1955年1月1日
石川県加賀市ABB2005年10月1日★1958年1月1日★1958年1月1日
 
■AAB-b(3)
福島県会津若松市AAB1899年4月1日1899年4月1日★1955年1月1日
愛知県豊田市AAB1951年3月1日1951年3月1日★1959年1月1日
茨城県常総市AAB1954年7月10日1954年7月10日★2006年1月1日
 
■AAA-a(31)
栃木県足利市AAA★1921年1月1日★1921年1月1日★1921年1月1日
千葉県千葉市AAA★1921年1月1日★1921年1月1日★1921年1月1日
福岡県直方市AAA★1931年1月1日★1931年1月1日★1931年1月1日
大阪府高槻市AAA★1943年1月1日★1943年1月1日★1943年1月1日
新潟県新発田市AAA★1947年1月1日★1947年1月1日★1947年1月1日
大阪府茨木市AAA★1948年1月1日★1948年1月1日★1948年1月1日
奈良県大和高田市AAA★1948年1月1日★1948年1月1日★1948年1月1日
埼玉県飯能市AAA★1954年1月1日★1954年1月1日★1954年1月1日
奈良県大和郡山市AAA★1954年1月1日★1954年1月1日★1954年1月1日
岩手県陸前高田市AAA★1955年1月1日★1955年1月1日★1955年1月1日
神奈川県三浦市AAA★1955年1月1日★1955年1月1日★1955年1月1日
神奈川県秦野市AAA★1955年1月1日★1955年1月1日★1955年1月1日
愛知県小牧市AAA★1955年1月1日★1955年1月1日★1955年1月1日
京都府亀岡市AAA★1955年1月1日★1955年1月1日★1955年1月1日
高知県土佐市AAA★1959年1月1日★1959年1月1日★1959年1月1日
千葉県流山市AAA★1967年1月1日★1967年1月1日★1967年1月1日
千葉県八千代市AAA★1967年1月1日★1967年1月1日★1967年1月1日
東京都国立市AAA★1967年1月1日★1967年1月1日★1967年1月1日
静岡県下田市AAA★1971年1月1日★1971年1月1日★1971年1月1日
静岡県裾野市AAA★1971年1月1日★1971年1月1日★1971年1月1日
静岡県湖西市AAA★1972年1月1日★1972年1月1日★1972年1月1日
滋賀県高島市AAA★2005年1月1日★2005年1月1日★2005年1月1日
青森県平川市AAA★2006年1月1日★2006年1月1日★2006年1月1日
福島県伊達市AAA★2006年1月1日★2006年1月1日★2006年1月1日
京都府南丹市AAA★2006年1月1日★2006年1月1日★2006年1月1日
奈良県宇陀市AAA★2006年1月1日★2006年1月1日★2006年1月1日
香川県三豊市AAA★2006年1月1日★2006年1月1日★2006年1月1日
佐賀県嬉野市AAA★2006年1月1日★2006年1月1日★2006年1月1日
鹿児島県志布志市AAA★2006年1月1日★2006年1月1日★2006年1月1日
沖縄県南城市AAA★2006年1月1日★2006年1月1日★2006年1月1日
福島県本宮市AAA★2007年1月1日★2007年1月1日★2007年1月1日

問十の共通項「市名誕生日が1月1日」に該当するのは、市名誕生日の欄に★が付いている49市となります。問題市には、伊勢市(ABC-c)、糸島市(ABA-a)、伊予市(ABB-b)、会津若松市(AAB-b)、千葉市(AAA-a)と各パターンから選び、該当しない市として、西東京市(ABA-b)と五泉市(ABB-a)を例示して共通項の線引きを明確にしたのでした。

[74029] 2010 年 1 月 23 日 (土) 22:27:47 伊豆之国 さん
 アド街ック天国「埼玉県新座郡榑橋村」

連投になってすみません。
「苗字ネタ」シリーズの書き込みを続ける予定のところ、これをいったん中断、今日のTV番組で特集をやっていた「大泉学園」の話題を書き込むことにします。
東京都練馬区「大泉」界隈にまつわる話題については、落書き帳の世界でも度々取り上げられている「定番」の一つですが、今日の番組の中で「こぐれ村」という名の農産物直売所が紹介されていました。明治24年に東京府に編入されて「大泉村」となる前はタイトルにあるように「埼玉県新座郡榑橋村」、更にその前は「小榑(こぐれ)村」と「橋戸村」。現在の地名では、前者は大泉学園町・西大泉・南大泉、後者は大泉町([62334]hmtさん)。
もとの地名・小榑と橋戸は、難読の「榑」にもかかわらず、東京府になってからも大泉村の大字として使われ続けましたが、「榑橋」は 地名として定着することなく、消滅したと思われます
[37482]hmtさん)ということですが、この「明治の大合併」以前の村名「小榑」と「橋戸」のほうは、どっこい今日でもまだ生きているようです。地図を見ると、先の直売所のほかにも公園や福祉施設などの名称に「こぐれ」が見え(さすがに難読のためか、いずれもかな書きになっているようです)、「橋戸」の名も橋戸小学校に残されています。

[74028] 2010 年 1 月 23 日 (土) 22:15:56【2】 hmt さん
 半島談義 (2)讃岐半島

[74009]に続き、地名コレクションページの記念すべき第1号[18454] でもある「半島」についての雑談。

[73986] 白桃 さん
本当は「さぬき市」で答えたかったのですが、[18443]であんな書き込み【「讃岐半島」に異議あり】をした手前、…

十番勝負で「さぬき市」を答えた[73999] 伊豆之国さんも “この「讃岐半島」は初耳”と書いています。
実は私も「讃岐半島」という言い方があることは、落書き帳で初めて知りました。

Googleで“讃岐半島”を検索してみても、僅かに79件しか出てきません。
しかも、頭に出るのが「半島コレクション」と「灘コレクション」。これでは自作自演?

続いて、森林農地整備センター 中国四国整備局内の頁で、【なぜか?】徳島県管内の概要
その次の JLogosにより、“讃岐半島”が角川日本地名大辞典の「讃岐平野」の説明文中に使われていることがわかりました。
【追記】
図書館で確認したら、この辞典には「讃岐半島」という独立した見出し語も存在しました。そこには、讃岐半島から北に突出する半島や鼻が列挙されており、その中にはコレクション未集録の屋島半島という名もありました。

地理学者は、四国の中における地質や地形の特異性をも考慮して、香川県を半島と捉えたのかもしれません。
もちろん それは 白桃さんの異議[18443]に記されたような 四国の付属品という意味 ではないと思いますが、何よりも「海に突出した陸地」という自然地形から来る言葉である「半島」としては、細長さ(突出度)が不十分であるように思われます。

[18446] グリグリさん の見方も懐疑的。
どちらかというとちょっと丸くなっているだけで、半島というイメージではないなぁ
ただ、今回の「半島コレクション」は単純に「半島」地名の収集が目的です。

同じ記事の中で、形だけでなく、人文的要素も考慮されるという指摘がなされています。
人の行き来など利便性も含めて半島という言葉が使われているのだと想像します。

“半ば島”は人の行き来に不便という観点からも、讃岐を「半島」と呼ぶ用法が適切であるとは思われません。
源頼朝の流刑地は 名前だけでも伊豆の「蛭ヶ小島」【伊豆には島地もあるので、殊更に本物の島かと誤解】でしたが、讃岐の国府に近い 崇徳院の白峯陵 は、同じ時代の流刑地であっても、“半ば島” ではありません。

半島振興法 の定義も、地形だけでなく人文的要素を加味しています。
第一条 …三方を海に囲まれ、平地に恵まれず、水資源が乏しい等 国土資源の利用の面における制約から 産業基盤及び生活環境の整備等について 他の地域に比較して低位にある 半島地域(架橋等により本土との陸上交通が確保された島を含む。以下同じ。)…
第二条1項二号 高速自動車国道、空港等の高速輸送に係る施設その他の公共的施設の整備について 他の地域に比較して低位にある地域であること。

半島振興対策実施地域対象市町村一覧pdf によると 23地域が指定されており、[18446] グリグリさん(2003/7/20)がリンクしています。市町村合併の状況から判断すると、2005年の資料に更新され、そのままの状態のようです。
もちろん、讃岐半島という指定地域は存在しません。

地形的な観点からすると、この法律では 架橋島を半島扱いにしている(半島振興法第一条) ことが注目されます。
具体的には、広島県の「江能倉橋島」【この言い方には初対面でしたが、その意味はよくわかります。】と 山口県の「室津大島」【半島部と大畠瀬戸の両側とを含む】とが該当します。
人工架橋島ではなく、大正溶岩で地続きになった桜島も、「大隅半島」の一部として指定地域になっています。県庁所在都市の中で唯一の指定地。

[74027] 2010 年 1 月 23 日 (土) 20:47:01 伊豆之国 さん
 Family name〜地名と姓名の遥かなる関係(その1)

今回の十番勝負「問五」の共通項は、「全国苗字ランキングの300位以内に入る市」。そこで、自称「落書き帳の苗字ネタ四天王」の末席に身を置く者([71986])として、この「苗字と地名」のお話を始めてみたいと思います。

「日本の苗字」については、その種類とか歴史・由来などはここでは専門の方にお任せすることとして、まず最初に「苗字分布の地域差」について取り上げてみましょう。日本の苗字分布については、こちらのHPに概略が記されていますが、私もデビュー間もない頃に書き込んだ「東日本と西日本の苗字タイプの境界」([59428])や、やはりデビュー1周年を迎えるにあたってシリーズで取り上げた「ふるさとの苗字巡り」にある通り、人の移動が進んだ現在でも、まだまだ「地域による苗字の違い、地域の特徴的な苗字」はかなり残っているのではないでしょうか。今回の十番勝負の感想文の中にも、そのことをうかがわせる記事がいくつかあります。
[73972]MasAkaさん
千葉・成田・三浦・菊池の4つはいずれも東北地方に多い苗字
[73964]桜トンネルさん
千葉さんや三浦さんがそんな上位にまであがるほど多いのかどうかだけ不安だったので、確認してみると千葉さんが90位、三浦さんが45位だということには驚きました
「千葉」「成田」「三浦」はいずれも関東地方の地名に由来する苗字(このうち「成田」さんには下総(成田市)発祥もあるようですが、多くは現在の埼玉県熊谷市辺りにあった古い地名から興ったとの由)ですが、現在は関東よりもずっと東北のほうが圧倒的に多く、「千葉」さんは岩手・宮城で4−6位、「成田」さんは青森県で5位に入り特に津軽地域に集中。「三浦」さんは東北に広く分布し秋田県で7位、宮城・岩手・青森・北海道でも20位以内に入ります。「成田」さんのところで出たついでですが、「熊谷」さんも東北に多い苗字です。「菊池」さんは、肥後(熊本県菊池郡・市)の古くからの名族なのですが、この苗字がなぜ東北に増えたのかは、[71948]にあるように「謎」が多いようです。
一方、兵庫県民の桜トンネルさんが「千葉」さんや「三浦」さんが全国ランキングの上位に入っていることに驚かれたのは無理もないことと思います。兵庫県の苗字ランキングを見ると、「三浦」さんはそれでも102位に入っていますが、「千葉」さんは300位にも入りません。「千葉」さんは前記の通り宮城・岩手の両県に集中しており、この両県だけで全国の4割以上を占めています。千葉県でも県ランク100位前後に入りますが、東京寄りに住んでいる「千葉」さんの中には、東北から祖先の地に「里帰り」してきた人も多いのではないかと思います。
なお、兵庫県は5ヶ国(+2)の「合体」によるというその成り立ちから、阪神地域では標準的な関西型に近いのですが、そこから離れるにつれて、その地域に独特の苗字が多く見られます([65508])。先ほどの県ランキングを見ても、あるいは桜トンネルさんを初め阪神地域のメンバーの方にはなじみが薄い一方、今川焼さん・k-aceさん・播磨坂さんといった方々にはそれぞれ非常に身近、といった苗字が見つかるかもしれませんね。

[74024]らるふさん
中村市や山田市が無くなったのが、なんとなく残念
ランキング上位の苗字で、このほかに「平成の大合併」で市名が消滅してしまったものには、清水・石川・上野・古川・平田などがあります。町村・郡・区の名に使われているものには、前記の中村・山田・清水・石川・上野・平田のほか、山本・吉田・森・中島・小川・石井・青木・松田・中川などがあります。

[74026] 2010 年 1 月 23 日 (土) 20:08:11 桜通り十文字 さん
 粟生線・バスカード

こんにちは。桜通り十文字です。

[74010]小松原ラガーさん
[74013]今川焼さん
[74015]ぺとぺとさん
[74020]k-aceさん

そう考えると通勤需要があまりにも多くなると予想した神鉄がバイパスの北神急行を開通させたは良いが、道路整備が大幅に進んだ結果、昼間時の需要は(朝においても一部は)バスが担うようになった。その上、速さを求める利用者が北神急行に流れ出た結果、皮肉にも神鉄本体は輸送力過剰となってしまった。(ただし、朝の利用客はそれなりに多いので保有する車両の数も結局それなりの数となってしまう)さらに、車社会が進んできており、高齢化の影響もあってか公共交通の輸送量・利用者数も伸び悩んでいる。その結果、神鉄粟生線は廃線の危機に陥った。ということでよろしいのでしょうか。その一方、神鉄グループ全体としては不動産や食彩館などの関連事業により黒字となっていることはぺとぺとさんが述べたとおりですが、極端なことを言うと今の鉄道会社にとって鉄道事業は副業と化している会社も少なくないと思われます。(紀州鉄道と山万は別格ですが・・・・・・)そう考えると、公共交通機関を取り巻く現状はかなり危機的なのではないのでしょうか。私の地元、宇都宮の老舗バス会社関東バスもモータリゼーションのあおりを受け、20004年に1回倒産しています。逆に、同じく老舗の百貨店福田屋は郊外移転して大成功しています。だから三木市などの神鉄沿線に限らず、地方の車社会の進行はかなりのものになっていると思います。

続いて、話は変わりますが・・・・・・。

[74016]みかちゅうさん
[74022]ぺとぺと さん

私は、地下鉄の駅から比較的近いところにすんでおり、バスは1ヶ月に数回しか使わないのですが、5000円のバスカードを愛用しています。友人からは往生際が悪いなどと私のバスカードにこだわる姿勢には批判的な意見が多いですがそれでも、バスカードは5000円で5850円分使えるのに対し、パスモは1ヶ月に5000円ぴったり使って初めて5850円使えるようになるので、私みたいに1ヶ月に6〜800円程度しか使わない人間からすれば大損なわけです。参考に、210円区間の場合、1回につき約30円程度の値上げとなります。ちなみに、私はバスカードが廃止されるのを聞いて、あわててバスの回数券を購入しました。(参考に関東バス(東京)の回数券は4000円で4750円分使え、バスカード発売停止とともに販売は停止されますが、有効期限は特にないようです。私の場合、そもそもICカードを持っていないので、バスのためにわざわざカードを買うのも面倒くさいと感じるからという理由も有るのですが・・・・・・。(これは、地方から東京に遊びに来た人などにも当てはまるところがあると思います。)ちなみに、首都圏では、バス共通カードの廃止に伴い、関東バスのほかに、国際興業も回数券を廃止しますが、こちらも、特に有効期限などはないようです。なお、都営バス・神奈中バス・東急バスなどの回数券はこれからも残っていくようです。

以上、長々と失礼いたしました。

[74025] 2010 年 1 月 23 日 (土) 19:03:55 白桃 さん
 ややこしや、津山東町と加茂町
hmt 戦時合併 と その解体

現在の津山市のエリアには面白くて複雑怪奇な「町の存亡」の歴史があります。

その1.二つの津山東町
市町村制度発足時、岡山県にはたった3つしか町がありませんでした。高梁、津山と津山東です。この「津山東町」は文字通り津山城下町の東部にあり、実態は「津山」であったと思われます。1900年に津山町に編入されましたが、自然のなりゆきだったのでしょうね。津山東町を編入した津山町は1929年に津山東町などと合併し、市制施行。このときの「津山東町」は1923年に林田村が町制施行した際に改称したものです。「東津山町」ぐらいにしておけば、ややこしさが薄まったと思うのですが・・・。
ともかく、この2つの「津山東町」は別物なのです。

その2.加茂町と新加茂町
こちらは、もっとややこしい。
1924年苫田郡加茂村が町制施行し、加茂町に。
1942年加茂町、東加茂村、西加茂村が合併。
1951年1月1日加茂町の一部が新加茂町として分立
1954年4月1日加茂町、新加茂町、上加茂村が合併し、加茂町となる
ここで、面白いのは1951年に分立した「新加茂町」とは、もともとの「加茂町」であり、残った「加茂町」というのが、旧の東加茂村と西加茂村なのですよ。
この事は今日初めて知りました。世帯主が家を飛び出して新しい世帯を作った。こんな例って他にあるのかしら?
顛末はこちらをご覧いただければ詳しいのですが、3年あまり新加茂町と加茂町は役場を共用していたというのですから何とも面白いですね。

[74024] 2010 年 1 月 23 日 (土) 15:58:50 らるふ さん
 第二十六回十番勝負の感想

今回は解答順に。

問八:市名に関連する半島がある市

3日までは、問題を見てもまったく考える気力なし。3日までの解答状況を見て、まだ正解の出ていない問一・八・九にしぼって、4日の昼ごろ取りかかることに。半島のことはすぐに浮かびました。半島コレクションで数えるとピッタリ27(当時)なので、「半島コレクションを問題にするだろうか?」という疑問はさておき解答。
答える市名は記事検索してから書き込むようにしているのですが、採点後の解答は問何番かなど、あまり気を付けて見ていなかったので、「一番目の解答かな?」と思い、問八で記事検索してみると白桃さんの解答が先にありました。「おっと、先を越されてた!」。その後、EMMさん、桜トンネルさんと続き、「積極派」に同じ方向を向いて取り囲まれてしまった。いっちゃんさんまでが「ギャンブル」としながら追ってくる・・・「大丈夫かなあ?」。KKさんの解答で少しほっとしましたが。

問五:市名が苗字ランキング300位以内の市

ランキング問題には上位5市を並べるというのが、グリグリさんの手法なのかと思います。
中村市や山田市が無くなったのが、なんとなく残念。

問九:東京23区の住所地名になっている市

正答済の市をいくつか記事検索してみると、例の記事に行きあたりました。
記事検索は1市単位で検索して、その市がどんな話題に登場したかおさらいするのも有効かな、と思います。

問十:市名誕生日が1月1日の市
問三:読みに同じ字が連続する市

ヒント前は5問。あとはヒント待ちに。


問四:同時に7市町村以上で合併(新設・編入)した市(直近の合併)
問六:1市2町で合併(新設・編入)した市(直近の合併)
問七:都道府県で一番最近市制施行した市(新設合併を含む)

合併関連の問題はどうも苦手です。自分自身が新設・編入の区別をあまり重要視していないせいでしょう。
問四は、面積の大きい市が並ぶ中に美濃市があるのがポイントだったと思います。面積の広い市・・・たくさんまたは複数の隣接や合併や郡や何かがあるなど・・・という発想ができそうなのですが、どうも美濃市がそのイメージに合わない。
そういえば先日、夜「ただいま」と帰宅すると下の娘が見ていたテレビから振り返って「みのってどこ?」と聞いてきたので、「岐阜県」と答えると、「違うって!」。テレビの画面を見ると焼き肉の映像。そっちか胃。どうも美濃市が気になっていたようで・・・。

問二:ダム湖百選がある市

第一ヒントのアナグラム(「すいすいとちりにきえ」推移・リスト・駅などキーワードは豊富だが・・・)が解けず。第二ヒントでやっとこさでした。

問一:松竹梅を含む市に隣接する市

最初から取り組んでいた問題でしたが、サッパリ。
問題にある「飯能市、流山市、津市、玉野市、大分市」に加え、正答が「羽村市、さぬき市、岩国市、東温市・・・」と続き、「太平洋ベルト地帯」が思い浮かびました。かといって、そんなに工業都市が並んでいる訳でもありません。緯度としてはわりと近いところに帯状に分布しているので、気候に関すること?農産物とか市の花や木とか植物系?天文的なこと?・・・などと考えました。
まあ、植物系は結果遠からず。
「松」はわりと全国に分布してるのに、なぜ東北や北陸からなかなか解答が出なかったのか、EMMさんが小松市隣接で答えなかったのは「竹」で行きたかったからか、などと後から思いました。

[74023] 2010 年 1 月 23 日 (土) 15:48:47 oki さん
 第二十六回十番勝負 感想戦

遅くなりましたが、第二十六回十番勝負の感想を。

今回は帰省後からの参加ということもあり、目標は次の3つでした。
1.完答  →  達成
2.(できれば)誤答なし  →  誤答2問
3.(できるだけ多く)ヒント前に解答  →  第一ヒント前解答3問

実際には、完答はできたものの誤答2問、第一ヒント前に解答できたのが3問ということで、自己評価としては目標の半分くらい達成、というところです。

では、解答順に簡単に振り返り。

問八:根室市
■市名に関連する半島がある市(半島コレクション登録が対象)
お題を見ただけで「半島」が浮かびました(私にしては珍しいことです)。解答したのが1月5日の夕方ですからメダルとは無関係ですが、売り切れる前にこれに答えておいたおかげで全問完答できました。

問十:流山市
■市名誕生日が1月1日の市
グリグリ さんの第0ヒント?「開催日、都道府県市区町村内各メニュー、過去記事などは重要なポイントです。」と、糸島市から分りました。

問三:大洲市
■読みに同じ字が連続する市(濁音・促音も許容する)
解答順位が29位で、さすがにこれだけ並べば私でも分ります。しかし、お題の5市だけから閃く方々は凄い、としか言いようがない。

ここで第一ヒント

問七:宇和島市
■都道府県で一番最近市制施行した市(新設合併を含む)
第一ヒント「さいきんのがっぺい」で分りました。

問五:市川市
■市名が苗字ランキング300位以内の市
簡単な漢字の市名が並んでいたので「市名の普通度」を考えたのですが、除外市の松山市がよく分らず。
第一ヒント「珍しくない名」を睨んでいた結果、名字と気が付きました。しかし、グリグリさんがサービス(?)でお題に首相を2人も並べてくれていたのだから、もっと早く思い至るべきでした。

問六:西条市(誤答)→鴻巣市
■1市2町で合併(新設・編入)した市(直近の合併)
問六・八・十に共通する糸島市が一つのポイントなのは分っていましたが、第一ヒント「1足す2は1」まで気が付きませんでした(それも、最初は「1足す1は2」と解凍してました)。
西条市の誤答は四国の市から答えたいな〜、という気持ちが強すぎたための錯覚でした。

ここで第二ヒント

問二:藤岡市
■ダム湖百選がある市
第一ヒント、第二ヒントともに解凍できず。第一ヒントの答え「治水と利水に益」を示してもらってやっと分りました。
長年首都圏に住んでいるのだから、東大和市、相模原市で何らかのリアクションが欲しいところ(>自分)。

ここで第三ヒント

問九:松江市
■東京23区の住所地名になっている市(部分一致を含む)
いっちゃんさんの記事は目を通していましたが、まさかそのまま出題されるとは思わず。完全に北上市に騙されました。
第一ヒントの「どこかの住所」を「自市以外の自治体に市名と同じ地名がある」と解釈し、郵便番号簿をもとに調査しましたが、文字および読みが完全一致する地名でも、全国で2400件以上、市名にして340市あったので、さすがに間違いに気づきました(「きたかみ」と読む「北上」は新潟市秋葉区に1ヶ所だけあるようです)。
結局、気が付いたのは第三ヒントの「23区」の後でした。

問四:高松市(誤答)→中津川市
■同時に7市町村以上で合併(新設・編入)した市(直近の合併)
第一ヒント「沢山の市町村」で、こちらの方面であることは分っていたのですが、美濃市の確認に手間取りました。
除外市の高松市を誤答する大ポカは、問題を細かいところまで詰め切れていない証拠と言えます。

問一:今治市
■松竹梅を含む市に隣接する市(島隣接、架橋隣接を含む)
第一ヒントの「三種類ある」から「一富士、二鷹、三茄子」を連想し、第二ヒント「目出たい物」、第三ヒント「隣は目出たい」が出た後も、意識がそちらに引きずられていました(浜松市中区に「茄子町」という地名があったので、しつこくそっちにこだわったのですね)。
気が付いたのは、解答市に徳島市と阿南市があり、両者の間の小松島市が浮かんだからです。

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という具合で、今回の解答順は21位。完答者の中では最後から3番目ですが、意識して最後の解答を狙ったりはしていないので、実質的には最下位でしょう。ま、実力から言って妥当なところ。
第二十四回に次いで二回目の参加ですが、今回も楽しませていただきました。有難うございます。
次回以降は、誤答なし完答が達成できるよう、もう少し精進したいと思っております(ヒント前の完答はちょっと無理だろうなぁ)。

[74022] 2010 年 1 月 23 日 (土) 12:41:25 ぺとぺと さん
 バス共通カードの廃止について

[74016]みかちゅうさん
逆に言えばPASMO導入後もバスカードがかなり使われていたのは、利用者がバスカードの方が(財布に1枚カードが増えるけれど)得であると見抜いていたからに他なりません。
5000円のカードは2か月以上手元にあるというような使い方だと5%程度アップとなってしまいます。出かけた先でしか使わないという私のような使い方だと確実に値上げですね。
私は路線バスもしくはマイカーでしか到達できないような辺鄙な場所に勤務していますが、勤務先職員の中には未だに「バス共通カード」を愛用している者が結構いますね。JR駅から勤務先まで片道510円の高額路線ゆえ、毎日通勤で利用すると累計ポイント上限である10,000ポイントなど軽く突破してしまいますが、10,000ポイントを超えた部分の「割引率」は一度ゼロクリアされるので結局得なのか損なのかよくわからず、“お得度”が見え易い「バス共通カード」を手放せない、ということに繋がっている気がします。このことは、ポイントが月単位清算になっていることにも同様に当てはまるかと思います。

事業者からしてみれば「雨が降ったら乗る(要するに日常的に使わない)ようなやつに高い割引率はいらないだろう」という理屈なんでしょうけど。
確かにそのような一面もあるかも知れませんね。一方で「バス共通カード」の仕組みを維持するための事務コストの問題も無視できないように思います。カード作成に要する費用に始まり、販売場所・人員の確保、在庫・カード在高の管理、販売記録・使用記録の管理、月毎の会社間精算事務等、この制度の維持には結構な手間とコストが掛かっているように思われます。
ICカードに一本化することにより、この辺りの事務コストは格段に効率化できるでしょうから、「コスト効率をアップさせることで、ICカード導入にあたっての先行投資分を少しでも早く回収したい」というのが、各バス会社の本音ではないかと推測しています。
一本化された後は、みかちゅうさんのおっしゃるように、何らかのサービスアップを是非期待したいですね。

[74021] 2010 年 1 月 23 日 (土) 11:17:12 Issie さん
 粘菌がつくる鉄道網

昨日の夕刊の1面に表題のような記事が掲載されていました。こんな記事(うちは朝日新聞を購読しているのですが,段階別写真付きの記事が読売新聞のサイトにアップされているのでこちらを。いつまで見られるかわかりませんが)。

曰く,
「胞子から小さなアメーバが生まれ、アメーバ同士が融合して、変幻自在に伸びるネバネバの集合に育つ」(←記事本文より)性質を持つ粘菌(変形菌)。関東地方の平面形をした容器の中で,現実の主要駅の地点に相当する位置にエサを置き,東京都心に相当する位置で“変形体”の粘菌を“放し”たら,粘菌はエサを求めて身体を伸ばし,結果,現実の鉄道網そっくりの姿になった,
というお話。

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粘菌が変形した「鉄道網」を分析すると、輸送効率やアクシデント時の迂回(うかい)路の確保といった点で、実際のJR鉄道網より優れたところがあるという。手老さんは「数億年を生き抜いてきた能力が巧妙な『鉄道網』を構築した」とみる。
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というのがこの記事の結論ですが,もちろんここでは垂直方向の地形や大河川が考慮されていません。技術的な限界や経済的な問題から,さらには政治的な思惑など,現実の鉄道網の形成にはもっと多くの要素が絡んできますから粘菌のようにはいかないのですが,裏返してみれば,現実にはたくさんの撹乱要素があるにもかかわらず結果的には“粘菌の理想”とほぼ同じ姿になる,ということも言えそうです。A.スミスが言うところの「(神の)見えざる手」?
昨日来の神鉄関連の話題とも無縁ではなさそうです。

「粘菌」と言えば 南方熊楠 か,「風の谷のナウシカ」(アニメーション映画版ではなく原作漫画)か,というところですが,本物の粘菌はナウシカの漫画のように“目に見える速さ”で動くことはできません。記事の写真を見ればわかるように,あの実験で鉄道網が完成するまでに26時間かかっています。
実は粘菌(変形菌)は意外に身近なところに多く生息しているそうなのですが,残念ながら“野生の粘菌”をそれとわかって目にしたことは私にはありません。

[74020] 2010 年 1 月 23 日 (土) 11:15:34【2】 k-ace さん
 粟生線とイカルガ

神鉄粟生線の現状に関しては、[74013]今川焼さんと[74015]ぺとぺとさんでうまく説明されていて、納得した次第です。何を書いたんだか私は…状態ですが。
買物で鉄道を利用するという概念は、クルマ社会の状態の北播地域では、ほぼないでしょう。たまに大村駅等で見かけますがそれにしても少数。
#そういや、東播磨南北道路が全通すれば、小野市〜加古川市間は快適に移動できることに。

クルマ社会以外にも考えてみますと。
三木市だと、西神中央への買物客と同時に西神中央から地下鉄というのも考えられるわけで。神戸市西区の押部谷〜木幡近くの団地だと西神中央に出るほうが便利。
後は小野市・加西市ですが、加古川線(JR)、粟生線の他に、加古川駅(・宝殿駅)まで車で、というのも聞きますし。
神鉄に高い、遅いのイメージが浸透しちゃっているし(走っているところが走っているところだけに仕方がないのですけれど)、今後、廃止されるかどうか分かりませんが、減車、減便は目前でしょう。

イカルですが、日本各地にいる鳥のようです。各地の鵤(兵庫県太子町鵤、四日市市の鵤地域)はやはり大和の斑鳩宮、斑鳩寺由来のようですね。また、足利市には鵤木(いかるぎ)町もあるようです。
後、このようなHPを見つけました。

[74019] 2010 年 1 月 23 日 (土) 09:55:57 Issie さん
 ゆううつないかるが

[74018] 白桃 さん
「斑鳩」は書けなくても、読める人は60%はいるだろう

まあ,知らなきゃ読めない地名ではあるでしょうね。「日本人の常識」かどうかはともかく,地理ではなく,むしろ日本史のお勉強。
読めても,まず書けない地名でもあるでしょう。専門家でなければ地名おたくか歴史おたく,それから住民でなければ。

「いかるが」には「鵤」という表記もあって,こちらの表記は播州揖保郡で使用されていますが,大和の厩戸皇子(聖徳太子)ネタと関連があるとか。
「斑鳩」も「鵤」も,鳥の名前としては イカル と読むんですね。ウトウ(善知鳥)と同様,鳥に不案内な私にはどんな鳥かわかりませんが,地名になるほど身近な鳥なんでしょうかね。

…ぢゃ,「-が」って何?

[74018] 2010 年 1 月 23 日 (土) 09:28:24 白桃 さん
 酔いの抜けない戯言

桃娘が今日、奈良に1泊2日の旅行に行くとか。(京、奈良ではありません)
先日、ガイドブックを見ていた娘が、「これ何と読むの」と母親に訊いてました。
「いかるが」と知った娘がキョトンとしてました。
「斑鳩」は書けなくても、読める人は60%はいるだろうと言う母親。
「いやいや、40%ぐらいだろう」と言う私。議論は分かれてしまいます。袋田の滝が栃木県にある、と言う娘のことだから、
「いかるが」を読めなくて当然だと、娘に妙に納得した私でした。
袋田の滝といえば、来週、水戸に宿泊いたします。これで、茨城県の経県値が1ポイント加算され、宿泊経験のないのは
福井県のみになります。

[74014]かぱぷう さん
「これのどこが地理ネタなんだ」というお叱りを受けそうですが
「これこそ、地理ネタだ」と私は思うのですが・・・

[74009]hmt さん
半島談義、とても興味深いです。
前にも話題にしたかと思うのですが、どっからが半島なんでしょうかね?
例えば、薩摩川内市は薩摩半島内にあるのかないのか、微妙なとこだと思うのです。

[74017] 2010 年 1 月 23 日 (土) 08:33:44 オーナー グリグリ
 十番勝負感想文、楽しく読ませていただいてます♪

皆さんの感想文はいつも言っていますが、出題者としてとても嬉しく思っています。感謝感謝です。出題者として反省しなければいけないなという気付きもありますし、してやったりということもあります。また、こちらの意図が完全に見抜かれている感想については、どうしたらその上を行けるかと言う闘争心に火を点けてくれます.

[74004] かぱぷう さん
これは糸島市初ゲットいただき!書き込もうかと準備にかかりましたが、いや待てよ?問六・問八・問十と糸島市がお題の市で挙がっているところをみると「ここで糸島市を答えたら誤答になりゃせんやろうか」という疑念が頭をよぎりました。それに糸島市が該当するのならこれまでにどなたかが先に答えていても不思議ではないのでは?結局、まぁいいやと投下しました。取り越し苦労だったようですね。
もしかするとグリグリさんはこの問題のお題の市に糸島市を入れなかったことを後悔されてはいないか…考えすぎですね(^^;
いえ、考えが足りません(失礼^^;

今回の問題作成にあたっては、1月1日ネタを中心に考え始めました。問一が真っ先に完成し、ストックしていたネタとして問二や問三を整え、問十もだいたい決めました。宮古市、長野市、長浜市、糸島市の1月1日合併に関連する問題も平行して検討し、合併時の市町村数や組み合わせに注目した結果、問四と問六に至っています。とくに、市名が新しくなる糸島市については積極的に問題市に取り入れることを当初から考えていました。その結果、問八が生まれました。問六、問八、問十は問題市に糸島市を入れることは、ヒント(問六と問十)と迷彩(問八)の目的がありました。問七の問題市に糸島市を入れる効果はその他の問題と比べればやや低く、糸島市を一問くらいは想定解の中に隠すのも効果的だろうと考えた次第です。それでも、実際にそこまで考える方がいたというのはちょっと嬉しい驚きです。

これまでのパターンならこのお題は問七で出題されていたのでは?
…なんて考えるのは思考回路がひねくれてきているのかしらん!?
[73985] U−4 さん
特に、前回までの「問の順」からすると飛び飛びに同系統の問題は出さないはずと、見当はずれのほうばかり考えていました。
いつもは、出来た問題から順に問一、問二と番号を振って行き、10問揃えた段階で問題番号の振り直しを行うのですが、今回は出来た問題を眺めてみると、問一と問十がうまく最初と最後に配置されていたりして、敢えて並び替えしないのもいいかなと考えました。とくに、問四と問六は予想される方もいると考え今回は意識して連続しないように配置しました。いつもだったら、問一と問十は入れ替えて、問四は問七に配置したでしょうね。
#かくして解答者と出題者の駆け引きは続くのでした........(^^;

[73988] KK さん
問十の共通項がひらめいたのは、問題の中に伊勢市と会津若松市があったから。どちらも、市名を変更したことがあるということで、調べてみると変更した日がどちらも1月1日。この日に誕生したばかりの糸島市とあわせて、「市名の誕生日が1月1日」という共通項がひらめいたのでした。
失礼しました、予想していなかったんですね。だとするとなおのこと6分で共通項に到達したのは素晴らしいですね。共通項への導線も一直線ですし、出題者としてもとても嬉しいです。

[74016] 2010 年 1 月 23 日 (土) 02:40:15 みかちゅう さん
 実質値上げに踏み切る首都圏のバス

高速道路1000円均一・燃料費の高止まり・不景気による徒歩や自転車への転換…といった悪条件が重なる路線バス業界。人件費の圧縮の余地も最早そんなになく、あとは値上げor減便といったサービスの低下でコストを削減するしかないわけです。ただ、どちらの手段もコスト減以上に乗客の減少で経営状況の好転に至らないことが多いのが実情です。

で、長らく愛用してきた首都圏の共通バスカードがついに7月限りで廃止(PDFファイル)されます。今後はせっかく導入したPASMOを使ってねということなのですが、よほど都合よい金額でない限り従来より支払額はアップします。しかもPASMOは「暦で1か月単位の支払い金額」で割引額が決定されるので、頻繁にバスに乗らない限りは5000円のバスカード(5850円分使える)のような割引率の恩恵は受けられないわけです。

いちばんずるいやり方だな、と思うのが各社のリリースの仕方。「バス利用特典サービス(バス特)」のサービスアップについて、という見出しは確かにウソではないのですが、今までバスカードを使っていた利用者は値上げになるという観点が抜けています。逆に言えばPASMO導入後もバスカードがかなり使われていたのは、利用者がバスカードの方が(財布に1枚カードが増えるけれど)得であると見抜いていたからに他なりません。事業者からしてみれば「雨が降ったら乗る(要するに日常的に使わない)ようなやつに高い割引率はいらないだろう」という理屈なんでしょうけど。

試算してみた結果、1か月に5000円以上利用するのであれば5000円のバスカードに比べてせいぜい数十円の差しか出ませんが(良くてプラマイゼロ、値下げにはならない)、5000円のカードは2か月以上手元にあるというような使い方だと5%程度アップとなってしまいます。出かけた先でしか使わないという私のような使い方だと確実に値上げですね。
電気店などのポイントカードのように記名式PASMOだと顧客データの収集もできるわけだし、交通系ICカードも利用に応じた還元を行ってほしいものです。単純にバスカード廃止で便乗値上げするだけでなく、何らかのサービスアップがあってもいいのでは? 

[74015] 2010 年 1 月 23 日 (土) 02:37:30【1】 ぺとぺと さん
 神鉄粟生線の旅客減少について

[74013]で今川焼さんが、私が考えていたことを実にうまくまとめてくださっていますので、少し補足をさせてください。

下表は、兵庫県内に路線を有する主な私鉄の、直近の旅客運輸収入の内訳を示しています。
神鉄山陽阪急阪神能勢電
(収入)(割合)(収入)(割合)(収入)(割合)(収入)(割合)(収入)(割合)
定期4,94049.36,08144.831,88034.78,91335.31,78747.8
定期外5,08950.77,48955.260,08665.316,31664.71,95252.2
10,029100.013,570100.091,967100.025,230100.03,739100.0
(単位:百万円 , %)

ここで注目したいのは、神戸電鉄の「定期外収入」の割合の低さです。つまり、単価の低い定期利用客が相対的に多いことから、乗客数の割に得られる収入は低く、一方で通勤時間帯の乗客集中度が高くなるため、それに見合った設備投資(車両配備等)が必要となり、イコール事業の効率性が悪いということになります。
[74013]で今川焼さんが、
これまでまとまった買い物と言えば粟生線に乗って新開地で乗り換え、1時間かけて元町や三宮のデパートへ行っていた人たちも、郊外にできた大型のショッピングセンターへと足を向けるようになります。
と書かれていますが、やはり昼間の利用客(=主には買い物客)の減少が赤字を拡大させている大きな要因でしょう。同じことが、我が故郷の能勢電鉄にも言えると思います。猪名川町にワンストップショッピングが可能な大規模なショッピングセンターができ、川西市内からもかなりの買い物客が流れていますので。

また、粟生線各駅の乗降人員はこのサイトによれば、西鈴蘭台12,125人、志染6,360人、緑が丘6,384人、鈴蘭台西口3,082人、木幡2,320人(以下略)となっており、三木市内における利用客の大半を、いわゆるニュータウンを背部に控える志染駅と緑が丘駅が占めています。このうち、比較的古くに開発された緑が丘地区の65歳以上の人口比率は、平成21年12月末日現在で32.23%と三木市全体の24.81%を大きく上回っており、[74013]今川焼さんの
所謂ニュータウンのオールドタウン化ということがあると思います。
を裏付ける結果となっています。

[74008]桜通り十文字さん
このままで神鉄の経営は大丈夫なのかと不安になりました。もし、神鉄が会社清算という事態に陥った場合は…
鉄道会社の多くは、鉄道事業だけでなく流通事業(スーパーマーケット)や不動産事業などを兼業しており、鉄道事業だけに依存しない体制構築に努力しています。神鉄も、鉄道以外の事業の利益貢献により、子会社等も含めた連結ベースで経常黒字を維持していますので、何か突発的なアクシデント等がない限り、数年のうちに会社清算ということにはならないと思いますよ。

[74010]小松原ラガーさん
実は北神急行が微妙に作用していたりして・・・
その北神急行は、神鉄の持分法適用会社(関連会社)なんですよね…。北神急行のHPには、その設立経緯について、
昭和30年代後半、高度経済成長期を迎えて、神戸市の北部から三田地域においては、大規模団地の開発計画が進捗し、同地域には約40万人の人口が定着する見通しであった。この地域の輸送を担ってきた神戸電鉄では、複線化等の輸送力増強策を実施していたが、これを上回る需要増が予測されたため、何らかの抜本対策を講ずる必要に迫られていた。
とあります。計画当初とは時代が変わってしまったということなのでしょうが、グループ会社同士で食い合いとは皮肉なものですね。

【1】文字の重複を1ヶ所削除

[74014] 2010 年 1 月 23 日 (土) 01:05:38【1】 かぱぷう さん
 西鉄の看板

[74005]JOUTOUさん
公共交通機関の減便等が話題となっていますが、福岡の西鉄でも250ほどあるバス路線の50余路線について、廃止を検討している旨の記事がおととい出ていたのを見たような気がします。
残念ながら事実です。マスコミ報道が先行しましたが、にしてつHPにもこの話題がリリースされています。
西鉄グループ バス路線の見直しについて(PDF)
その皺寄せが山間部を中心とした路線の廃止検討につながっているとのこと
今回の削減は山間部のローカル線ばかりとは限らないようです。福岡都市圏の路線にも手をつけるとのことで、わが実家に行くのに利用する路線あたりも手を付けられるのではないかと危惧しております。地下鉄七隈線が開通する前は日中も5分ヘッドで走っていたのですが、開通して乗客が減ったにも関わらずかつてのドル箱の栄光を引きずってか12分ヘッドで走らせて空気を運んでいる実態を見れば仕方のないことかもしれません。ただ、地下鉄七隈線も空気を運んでいると揶揄されておりますが(^^;

路線整理の報道とともに、私がショックを受けたのがこちら。
子会社の解散に関するお知らせ(PDF)
同じくにしてつHPからですが、これまで西鉄バスのクオリティーが高かったのは今回清算する西日本車体工業(西工)あってのことだったと言い切ってしまっても過言ではありません。
今では当たり前の路線バス中ドア4枚折戸を開発したのも夜行バスの独立3列シートを最初に作ったのも西鉄が最初ですが、自前の車体メーカーである西工の存在なくしては実現できませんでした。乗降口のステップ高をミリ単位で追求して現在の低床バスの礎を作ったのも西工の技術陣の奮闘あってのことです。
数年前に富士重工のバス事業撤退を受けて日産ディーゼルの指定メーカーになったとき「日産ティーゼルが倒れたらどうなるのだろう」と抱いた漠然とした不安が現実のものとなってしまいました。

よく「西鉄は日本一のバス会社である」と言われます。これは保有台数・サービスレベル・技術力・業界のリーダーシップなどいろいろな要素を全部ひっくるめてのことですが、今回の2つの発表でこの看板を掲げられなくなってしまったような気がしてなりません。残念です。


「これのどこが地理ネタなんだ」というお叱りを受けそうですが、JOUTOUさんの書き込みを拝見して、溜まっていたものを一気に吐き出してしまいました…

(追加)
「これのどこが地理ネタ?」ついでにもうひとつ。この書き込みの記事番号、どこかで見たことがある数字だと思ったら道理、福岡中央郵便局の取扱局コードなのでした。

[74013] 2010 年 1 月 23 日 (土) 01:04:35 今川焼 さん
 三木市と神鉄粟生線

[74002]播磨坂さん
それにしても神戸方面への通勤・通学客がそんなに少ないんでしょうか。マイカー通勤が多いのか。それとも神戸市のベッドタウンから脱却したのか。元々ベッドタウンではなく自立した都市圏を持っていたのか・・・
[74000]小松原ラガーさんが引用されている神戸新聞の記事を見たときは、昭和40〜50年代の三木市の人口急増ぶりが記憶に残る者にとっては驚きでした。

ここへ来て急激に通勤通学客が減っている要因として、まず沿線の年齢別人口構成の特徴があると思います。高度成長期に沿線に移り住んだ人たちが、ここ10年くらいの間に次々と定年退職を迎えて通勤客自体が減ってしまった。また、電車で高校に通っていたその子どもたちも進学・就職で親元を離れてしまう、所謂ニュータウンのオールドタウン化ということがあると思います。参考ウィキペディアの年齢別人口分布
もう1点は、皆さんが指摘されているように、神姫バスの急行バス運行があると思います。ただ、バスと電車の輸送能力から見てこれが決定的な要因かどうか。むしろ、急行バスの運行を可能にした神戸市北部から三木市にかけての道路インフラ整備の急速な進展というのが本質的な要因だと思います。
三木市のベッドタウン化が進み始めた1970年ごろ、六甲山の北側には有馬街道以外にバスがまともに走れるような道路がどれほどあったか。おそらくこの地域の交通は神戸電鉄の独壇場だったはずです。ところが、1976年新神戸トンネルが文字通り六甲山に風穴を開けて以降、90年代から山陽道、神戸淡路鳴門道、阪神高速北神戸線・神戸山手線と次々と高規格な道路が開通し、一般道路も整備されました。こうなるとマイカーやバスには、ほとんどが単線で急カーブ急勾配(50‰がごろごろある)の連続する粟生線は所要時間や快適性で太刀打ちできません。
そこへ持ってきて車社会です。これまでまとまった買い物と言えば粟生線に乗って新開地で乗り換え、1時間かけて元町や三宮のデパートへ行っていた人たちも、郊外にできた大型のショッピングセンターへと足を向けるようになります。神戸市西区の西神中央駅前をはじめ、明石市西部から加古川市にかけては関西でも有数の郊外型大型店集積地となっており、それらへはクルマなら30〜40分でアクセスできます。また、関西最大という神戸三田プレミアム・アウトレットへは山陽道を走れば30分で到達するなど、鉄道利用では考えられなかった地域へも簡単に出かけられるようになりました。

しかし、粟生線廃止ということになれば、おそらく高規格道路へ行くまでの一般道路部分で渋滞が発生し、ラッシュ時の通勤通学輸送に支障が出ることは明らかです。([74003]k-aceさん)結局は更なる合理化と、沿線自治体の補助金増額というところへ行き着くものと思われますが、沿線自治体が支え切れなくて廃止された三木鉄道の二の舞とならなければよいのですが。

[74012] 2010 年 1 月 23 日 (土) 00:03:01 オーナー グリグリ
 地図上ワンクリックで標高を調べる

何回か紹介したちょっと便利帳のページにGoogle mapの機能(api)を使った面白いページが沢山できていました。

地図上ワンクリックで標高を調べる
地図上に全国市区町村の境界を表示する
地図上で目的地までの距離を測る
2点間の直線距離を文字だけで測る

これだけじゃなく面白いページが非常に沢山あります。

こんなページ

[74011] 2010 年 1 月 22 日 (金) 23:33:59 じゃごたろ さん
 現地名の組み合わせ

あらためまして、じゃごたろです。

以前、[72159]でのグリグリさんのまとめに集約されたような「旧国名」の組み合わせというのがありましたが、「現在の地名の組み合わせ」というのも当然ありますよね。この場合は比較的新しく建設されたトンネルや橋梁に命名されるのが多いかと思います。

私の身近なところでは、国道4号の青森県と岩手県との境界の馬淵川(「まべちがわ」で変換できない、、、)に架かる橋である「青岩橋」や「青岩大橋」があります。また奥羽山脈を貫く国道46号の秋田県と岩手県を結ぶ「仙岩トンネル」というのがありまして、これはトンネルをつくる前の「仙岩峠」から由来するものと思われますが、これも「仙北郡」と「岩手郡」との境界です。

こういう一般的には知られていないトンネルや橋梁を調べると、二つの地名を使ったものが多く発見できるのかもしれません。例えば「安榛(あんしん)トンネル」というのが群馬県にあります。これは高崎市と長野新幹線の安中榛名駅を結ぶメインルート。安中市の「安」と高崎市と合併した榛名町の「榛」の一文字ずつをとった名称ということになりますね。

詳しく調べれは面白い例があるかもしれませんね。

これとは別に「国界橋」とか「郡界橋」というのも散見されると思います。これも私の身近な例をあげると、国道20号の山梨県境にある「国界橋」と国道148号の新潟県境にある「国界橋」というのがあります。また「郡界橋」というのもあるようですね。と思って検索してみたら国界橋郡界橋で検索したら、過去記事にもあるようですから、丹念に調べたら地名コレクションの一つにならないかな、とも思ったりして。

[74010] 2010 年 1 月 22 日 (金) 23:12:02 小松原ラガー さん
 実は北神急行が微妙に作用していたりして・・・

小松原ラガーです。

[74008] 桜通り十文字 さん

思わぬところで皆さんからレスいただいて、ちょっと恐縮しております。
で、神鉄ですが、朝夕のラッシュ時(でも片方向だけか)は別として、まぁ、昼間でもそれほど混雑していないというのはご指摘の通りです。本来なら三田、有馬から/への方向の人の流れと、粟生、小野、三木、押部谷方向から/への人の流れとが、鈴蘭台で合流して、新開地〜鈴蘭台間は相当量の人の流れが・・・と行きたいところですが、谷上〜新神戸間の北神急行電鉄が開業し、地下鉄と相互乗り入れするようになってからは様子が異なってきています。
流石に、押部谷方向から、わざわざ鈴蘭台、谷上と乗り換えて三宮に出る人はほとんどいないでしょうが、有馬線の沿線住民(ここでは箕谷以東とします)は、やはり谷上乗り換えが三宮に出るオーソドックスなルートになっているのではないでしょうか。値段こそ割高になるのですが、何といっても時間短縮効果が大きいのと、中心街としての三宮と、新開地〜ハーバーランドとの賑わい方の違いも影響して、新開地〜鈴蘭台がいわゆる「幹線」としての意味をなしていないような気がします。
それに加えてご指摘のバスの存在。東側(有馬線側)はともかく、西側(粟生線側)は大打撃かと思います。

かつて規模の大小はともかく、一帯を神鉄が牛耳っていたところに、北神急行というヤドリギのような短絡線ができたら、なんとそちらが幹線になった。そして、かつて牛耳っていた神鉄のほうが幹線に乗客を供給する支線になった。更にはその支線に並行するように働きアリ的にバスがはびこりだした。・・・ここまで言えば言いすぎでしょうか?

[74009] 2010 年 1 月 22 日 (金) 22:29:59【1】 hmt さん
 半島談義 (1)半ば島、殆んど島

[73963] オーナー グリグリさん
■市名に関連する半島がある市(半島コレクション登録が対象)

十番勝負に出題された機会に、「半島」についての雑談を少々。

[18426][18434] オーナー グリグリさん
#私は小さいときから半島が好きでした。能登半島の影響かな?
ところで、半島という地形名はいつ頃から始まっているのでしょうか。
[18447] Issie さん
いつからある言葉なのか,私もよく知りません。
もしかしたらこれらは欧米で発達したの地形学が日本に輸入されたときに使われ始めた用語なのではないか,とも考えています。

伊能中図(1:216,000)を見ると、例えば伊良湖崎や渥美郡という注記はあっても、渥美半島の文字は見つかりません。能登も伊豆も国名は記されてますが、○○半島という使い方はされていません。

「しま」や「みさき」は眼前の景観を直接に表す言葉です。「しま(島)」は一目で見渡せないほどの大規模な地形にも転用されましたが、「みさき」や「はな」は概ね陸地が突出した先端部付近の局所地形に限定して使われています。
日本でも「海に突き出た細長い陸地全体」を地図の上で認識し、「能登」のような固有の地名で呼んでいた。しかし、日本ではそれを一般化した観念は発達しなかった。だから、欧米の地形学輸入に際して、「半島」という和製漢語を創作することになった。こんな筋立てでしょうか。

例えば、本州の中央部で日本海に突き出た能登。隣にある真正の「島」である佐渡と形も似ており、深い富山湾で根元がくびれた姿を「半ば島」と表現した地形名は、その本質をよく当てています。
同じように深い駿河湾に隣接し、根元がくびれた姿で本州の中央部から太平洋に突き出た伊豆半島と好一対の存在です。

辞書を見ると「peninsula」の語源は、ラテン語で「paene」+「insula」つまり西洋言葉では「殆んど島」という意味だそうです。
代表的な存在は、ピレネー山脈で隔てられたイベリア半島。そして、北極圏では地続きになっているものの、事実上は大陸から海を隔てた存在であるスカンディナヴィア半島。

半島の由来はこのくらいにして、国土地理院の扱いを調べてみます。

ウオッちずで検出される「半島」は、公共施設(例:知多半島道路)や重複を含めて 29件と意外に少数です。
その多くはごく小規模な半島【例えば屈斜路湖の中の和琴半島】であり、これまでに言及した能登半島・伊豆半島・渥美半島のような有名な半島は、いずれも出てきません。

その理由は、25000分の1地形図の小規模な地形と、能登半島のような大規模な地形とでは対象がずれているからです。伊能図に○○半島がないことを確認するのに大図(1:36,000)ではなく中図を使ったのも、そのことを考慮したためです。

私の手元に、「標準地名集(自然地名)」【注】の巻末からコピーした「主要自然地域名称図」という地図があります。
実は、その一部は[53057]で紹介した“地名の標準化について”という論文pdf 中で 第3図として引用されており、次の記載があります。
この名称は国土地理院発行の 20万分1またはそれより小さい縮尺の地図に注記することを目的として定められた。

半島(peninsula):陸地における水平肢節の突出部をいう。
【注】 国土地理院, 昭和56年発行増補改訂版。なお、「主要自然地域名称図」の欄外には昭和29年地理調査所と記されており、この 1954年に地理調査所が行った検討[18447]の成果であることがわかります。上の引用文では1960年[67221]以降の名称である国土地理院と改められていますが、論文第3図では地理調査所のままでした。

やはり「半島」は、大規模な地形が多いため、もともと20万分1地勢図のような小縮尺図との相性がよいようです。

「主要自然地域名称図」に記された半島を拾い上げてみると、大小取り混ぜ、次の 37件でした。(便宜上、都道府県コード順に配列。)
●根室半島 ●知床半島 ●積丹半島 ●渡島半島 ○松前半島 ○亀田半島 ●津軽半島 ●下北半島 ●牡鹿半島 ●男鹿半島 ●房総半島 ●三浦半島 ●能登半島 ●伊豆半島 ●渥美半島 ●知多半島 ●志摩半島 ●丹後半島 ●紀伊半島 ●島根半島 ●児島半島 ●高縄半島 ○佐多岬半島 ○企救半島 ○若松半島 ●糸島半島 ●東松浦半島 ●北松浦半島 ●西彼杵半島 ●長崎半島 ●島原半島 ●宇土半島 ●国東半島 ●佐賀関半島 ●大隅半島 ●薩摩半島 ○野間半島
* 縮尺200万分1程度の図には●、縮尺100万分1ないし50万分1程度の図には●および○を付した地域を採用

“昭和29年地理調査所”なので沖縄は日本地図の範囲外。従って本部半島は登場しません。

グリグリさんが 2003年に集めた半島コレクション[18426]は 69件で、もちろん上記 37件のすべてをカバーしています。
現在 は220件。小さな半島地名をこまめに拾い、格段の収録数になっています。

[74008] 2010 年 1 月 22 日 (金) 21:05:06【1】 桜通り十文字 さん
 すずらん

お久しぶりです。3週間強ぶりの桜通り十文字です。

[74000]小松原ラガーさん
[74002]播磨坂さん
[74003]k-aceさん

私が去年の8月、一人で神戸市に向かった際に乗車したのは粟生線ではなく有馬線の方でしたが、新開地駅で目の前を発車していく粟生行きの列車はガラガラだった記憶があります。私はそのあとの鈴蘭台行き準急に乗りましたが、乗り合わせた車両がたまたま女性専用車で、乗っていた人(数人でしたが)から妙な目で見られた記憶があります。(笑)しかし、有馬線にしてもかなりガラガラだったのは事実で、このままで神鉄の経営は大丈夫なのかと不安になりました。もし、神鉄が会社清算という事態に陥った場合は三木市だけではなく、鈴蘭台や藤原台、小野市や三田市といった沿線の諸都市に大きな影響があると思われますし、ラッシュ時の輸送に鉄道が欠かせないのも事実だと思います。それでも、昼間、神鉄電車にあまり人が乗っていないのはk-aceさんが指摘された神姫バスの影響というのも強いと思われますが、神鉄の運賃が高いことにも原因があると思われます。初乗りは170円と、今すんでいる早稲田を走る東京メトロや都電とあまり変わらず(160円)、阪急線や京阪線も初乗りは150円なのでそれはそれでいいのですが(地下鉄よりは安い)、たとえば、湊川から鈴蘭台までの7.5キロを乗ると、運賃は340円に跳ね上がります。ちなみに、同じ距離だけ神戸市営地下鉄に乗ると、運賃は260円と、初乗り200円に対して神鉄と運賃が逆転してしまいます。また、湊川から新開地まで(0.4キロ)列車に乗ってしまうと、別に120円運賃がかかり、また、谷上から三宮まで向かうと、その区間だけで550円かかってしまうなど、乗り継ぐ相手の私鉄の運賃が高めで、一駅ごとに初乗り運賃をとられてしまうことにも、神鉄に割高感を与えてしまう原因のひとつといえそうです。その一方で、鈴蘭台から神戸都心部へ向かうときの山を越えるために、昔の技術でカーブだらけになっており、その結果、新神戸トンネル経由の神姫バスに比べて、高い、遅いといったイメージ低下といったようないくつもの要因が重なって現在の廃線の危機といった諸問題に直面しているのではないのかと思われます。このまま粟生線が廃線にならないためにも、神鉄や、沿線自治体、そして神鉄粟生線を今日まで使い続けてきた皆様は、たくさんの努力をしなければならなくなると、そして、利用者増のための具体的な対策を一刻も早く考案し、神鉄をみらいへ託していく必要性があると思っています。より、多くの人に利用してもらえるために神鉄粟生線は新しい一歩を踏み出さなければいけない時期であると思います。神鉄がまた、息を吹き返す。そして、人々に身近な公共交通機関となる未来へと向かって・・・・・・。

長々と失礼いたしました。また、最後になりますが、神鉄粟生線が廃線という事態に陥らないよう心から願うばかりです。

余談 この書き込みで文字数が40000字を超えたようです。

[74007] 2010 年 1 月 22 日 (金) 20:12:58【2】 じゃごたろ さん
 ケロケロ

こんばんは、じゃごたろです。
たわいもないケロ2話です。

その1
埼玉県にある毛呂山町、この自治体名をみるといつも「ケロヤマ」という読みが脳裏に浮かんできます。

その2
「○○がくち」という地名の表記が、「○○ケ口」となっている地名を見たとき、面白い地名だなあと勘違いしていました。「銚子ヶ口」なんかは有名なんですね。これが地図上で小さな「ヶ」だったら間違えなかったのでしょうが、大きな「ケ」となってたもので。

番外
茨城県の筑西市。いつまでたっても「ちくせい」か「ちくさい」か迷ってしまいます。「かしはら」と「かしわら」もいまだに間違えます。さすがに「おおた」と「おおだ」は間違えませんが。

蛇足
うがい薬のCMで「かばんにも入れてケロ」というセリフがあるのですが、この「ケロ」はCMの製作者の意図としては単にダジャレ程度だったのかもしれませんが、私には「方言」でもちゃんと通じセリフ。「けろ」は「ちょうだい」の意味ですから、「かばんにも入れてちょうだい」ってことなのでした。

以上、お粗末様。

プラスアルファ。
朝青龍の今日の決まり手は「かいなひねり」。某ニュース番組では、「相撲界では腕のことを『かいな』と言う」といっていましたが、私の実家の方では普通の会話に使われる単語。まあ「かいな」とはいわれずに、「けぇな」と発音されるのがほとんどですが。。。

[74006] 2010 年 1 月 22 日 (金) 11:54:07 geo さん
 第26回 十番勝負感想

こんにちは。最近サボり気味だった十番勝負の感想を(笑)

日付順で綴っていきます。


問五:熊谷市(25位)[73715] 2010 年 1 月 6 日 (水) 20:47:51
■市名が苗字ランキング300位以内の市
 みなさんの解答を見る限り,苗字っぽい市名がズラリと並んでいる・・・となると,線引きはどこかということで検索をかけてみると,どうやら300位周辺が怪しい。
 そういうわけで、埼玉県から熊谷市を回答。

 まあその前に売り切れ寸前の問八を回答しようとしていたのですが,すでに売り切れでした。。。共通項は分かっていたのに・・・

問六:美祢市(23位)[73858] 2010 年 1 月 12 日 (火) 23:09:20
■1市2町で合併(新設・編入)した市(直近の合併)
 ここからアナグラムヒント発表後の回答です。しかも第一ヒント解答発表後・・・。
 これは第一ヒント解答ですぐにわかりました。糸島が該当して,長浜が該当しないのも納得。ということで年末年始の旅行で訪ねた美祢市を回答しました。

問三:大垣市(33位)[73859] 2010 年 1 月 12 日 (火) 23:21:23
■読みに同じ字が連続する市(濁音・促音も許容する)
 ここから(自分の中で)怒涛の回答ラッシュが始まります(笑)
 これも第一ヒント解答でようやくわかりました。というわけで旅行で行き帰りともに通過した大垣市を回答。

問二:所沢市(22位)[73860] 2010 年 1 月 12 日 (火) 23:29:41
■ダム湖百選がある市
 これも第一ヒント解答でわかったもの。Wikipediaでダムを調べていると,ご丁寧にもダム湖100選が表で掲載されていたので,そこから所沢市を拾い回答。

問四:高島市(誤答)→浜松市(31位)[73938] 2010 年 1 月 15 日 (金) 22:43:13
■同時に7市町村以上で合併(新設・編入)した市(直近の合併)
これも第一ヒント解答発表後の回答でしたが,“沢山の市町村”ということで,だいたい5〜6程度以上の自治体が絡んだ合併と推測するも,新潟市ダウトが引っかかる。ここで直近の合併とわかり,自信満々に滋賀県から高島市(5町1村が合併)を回答。しかしながら結果は誤答・・・。
 この誤答でようやく7自治体以上の合併とわかり,もう思いついたままに,14市町村が大合併したのにもかかわらずなぜか今まで出てこなかった浜松市を回答しました。

問七:弥富市(33位)[73940] 2010 年 1 月 15 日 (金) 22:56:40
■都道府県で一番最近市制施行した市(新設合併を含む)
 これはもう最後の最後,第三ヒント解答後の回答。もはや敗戦処理に近い状態(笑)
もうこうなれば思い付きしかありません。というわけで弥富市(2006.4.1市制施行)を回答。今はもちろん違いますけどね〜。
 そういえば意外にも長浜市って滋賀県で一番新しい市(形式上ですが)なんですね。3月には新しい近江八幡市が誕生するとそっちになりますが。

問九:浜松市 (32位)[73941] 2010 年 1 月 15 日 (金) 23:11:40
■東京23区の住所地名になっている市(部分一致を含む)
 これは第三ヒント解答というよりも,第二ヒント解答でわかりました(笑) しかしその記事を見ても、お題の萩市や北上市は記載されていない・・・??
 ・・・なるほど,記載漏れでしたか。でもそこをお題にする辺り,グリグリさんイヤラシイですねぇ〜(爆)
 というわけで,これまた思いつきで浜松市を回答。“浜松町駅”もありながら,ここまで出てこなかった辺り,そして問七然り,意外と浜松市って影が薄い?

問十:深谷市(34位)[73942] 2010 年 1 月 15 日 (金) 23:15:20
■市名誕生日が1月1日の市
 もうここまで来れば思いつき,深谷市を回答しました。旅行の帰りに関越道で通過したからというのは,後で考えたこじ付けです(笑)

問一:熊谷市(32位)[73943] 2010 年 1 月 15 日 (金) 23:26:40
■松竹梅を含む市に隣接する市(島隣接、架橋隣接を含む)
 これは最後の最後までさっぱりわからなかった問題。ヒントの解答が全て出ても分かりませんでした。三種類ある?? めでたいもの???
 このままではらちがあかないので,ヤフーで『三種類ある めでたいもの』と検索してみると、一発で『松竹梅』が出てきました。おそらく,“三種類あるめでたいもの”で松竹梅が思いつかなかったのは私だけだと思います。まあつまり,私には常識がないと・・・
 なにはともあれ,ここまで来ればこちらのもの。東松山市と隣接している熊谷市を回答し,今回の十番勝負,ゲームセット!!

 
 今回の成績は9勝1敗,勝率.900という結果でした。誤答ナシで行きたいと思っていましたが,やっぱりしてしまいました・・・。まあそれ以前に完答したかったんですけどね。。。
 次回も「完答」と「誤答ナシ」,あと「途中でサジ投げない」を目標としていきたいと思います(笑)
 
 そして最後にグリグリさん,今回も楽しいひとときをありがとうございました。

#次回の記事で,ここでも少し触れた年末年始の旅行について綴りたいと思います。

[74005] 2010 年 1 月 22 日 (金) 08:59:12 JOUTOU さん
 西鉄バスも路線減らしい・・・

すでに松もとっくに明け、大寒も過ぎ、冬もラストスパートといった時期ではございございますが、みなさまあけましておめでとうございます。

[73995]hiroroじゃけぇさん
[74000]小松原ラガーさん
[74002]播磨坂さん
[74003]k-aceさん
他のみなさま

公共交通機関の減便等が話題となっていますが、福岡の西鉄でも250ほどあるバス路線の50余路線について、廃止を検討している旨の記事がおととい出ていたのを見たような気がします。主な内容としては、ご他聞に漏れず高速料金割引に伴う高速バスの収入源が理由だそうで、その皺寄せが山間部を中心とした路線の廃止検討につながっているとのこと。

[74004] 2010 年 1 月 22 日 (金) 02:55:24 かぱぷう さん
 第二十六回十番勝負 顛末書

新春吉例十番勝負!!!
なんだか私の中で年初の風物詩になってしまっているきらいがあります。私だけではありません。山の神までもが「例の変なクイズ、今年は何日からあると?」なんて聞いてくる始末。「まぁどうせ正月は仕事やけん関係ないけどね。でも年明けの最初の休みまでには終わらせてよね」。今年最初の休みは5日6日の連休…それまでに終わらすなんざ無理無理!なんて会話をした年末。
さて当日。問題開始の時間から遅れること1時間、子供が寝たのでパソコンを立ち上げて問題を見るも全く分からず。うぅぅ。

◆問五:苗字300傑
→飯塚市【15位】 1 月 3 日 (日) 00:08:46
なんだかありふれたような市名が並んでいて閃きました。私は「日本の苗字七千傑」から検索しました。
余談ながら、このサイトによると私の苗字は千六百ン位だそうです。そんなに多いかなぁ!?

◆問六:1市2町の合併
→朝倉市【5位】 1 月 5 日 (火) 00:16:23
いっちゃんさんと同じく糸島市の合併形態から連想して解にたどり着きました。皆さんの出足が遅かったのが意外といえば意外です。

◆問七:各都道府県で一番最近に市制施行
→糸島市【12位】2010 年 1 月 5 日 (火) 00:47:13
顔ぶれを見ると、なんだか最近市域が広がったり新設だったり。これは糸島市初ゲットいただき!書き込もうかと準備にかかりましたが、いや待てよ?問六・問八・問十と糸島市がお題の市で挙がっているところをみると「ここで糸島市を答えたら誤答になりゃせんやろうか」という疑念が頭をよぎりました。それに糸島市が該当するのならこれまでにどなたかが先に答えていても不思議ではないのでは?結局、まぁいいやと投下しました。取り越し苦労だったようですね。
もしかするとグリグリさんはこの問題のお題の市に糸島市を入れなかったことを後悔されてはいないか…考えすぎですね(^^;

◆問十:市名誕生日が1月1日
→松浦市【誤答】 1 月 4 日 (月) 23:10:11
これは詰め甘しの典型でした。採点で誤答を確認するもこの時点ではなぜ間違っているのかは分からず。5日晩は山の神の実家に泊まりに行ったので問題には向き合えず、翌日家に帰ってからやっと間違いの理由に気づきました。
→直方市【24位】 1 月 6 日 (水) 15:51:14
終わってみれば誤答はこの1問だけだったのであります。ふぅ〜。

◆問三:同じ字が連続
→大野城市【23位】 1 月 6 日 (水) 15:59:11
[73965]桜トンネルさん
「ひとまず、前に効果のあった紙にひらがなで書いてみようか」
(中略)
この方法は[72805]のかぱぷうさんにもあるように、「紙に書いて見る」ことはひらめくことが多いみたいですので
書いてみませんでした(苦笑)。問題をなんとなく眺めていて閃いた次第。私も名前系は苦手です。いや、名前系「も」苦手が正しいですね。得意問題って…ないなぁ(泣)

◆問八:半島
→伊勢市【22位】 1 月 7 日 (木) 07:14:25
この問題は想定解も少ないし不本意ながら半ば諦めていました。
6日は子供と一緒に21時ごろに寝てしまい翌朝7時に起きる予定が6時に目が覚めたので、普段は朝からパソコンを立ち上げたりはしないのですが起動させて考えて見ます。MasAkaさんの南房総市から始まって・島原市・指宿市・薩摩川内市と立て続けに正答が並んでいるのを見て閃くも時すでに遅し…
と思いきや、どうも昨晩から今朝にかけて審議ランプが点灯したようで、想定解が増えている(嬉)。ところが今川焼さんが大月市とお答えになっているではありませんか…「コレクションを編集している方が海のないところを答えられてるのはなぜ?」と大月市の湖のどこかに半島があるのかと捜索しましたが見つけきれず。
「まぁいいたい、どうせ捨てとった問題なんやし」と伊勢市で勝負することにしました。積極イケイケ作戦が久々に吉とでました。

◇第一ヒント発表

◆問四:直近に同時に7市町村以上で合併
→南島原市【16位】 1 月 10 日 (日) 00:08:00
アナグラムを解凍して線引きまで確認。福岡県には存在しないパターンだったので近いところで解答。それにしても、これまでのパターンならこのお題は問七で出題されていたのでは?
…なんて考えるのは思考回路がひねくれてきているのかしらん!?

◇第二ヒント発表

◆問一:松竹梅に隣接
→平戸市【14位】1 月 12 日 (火) 08:29:31
「めでたいもの」ねぇ…これが隣接系と分かるのにずいぶん時間が掛かりました。該当する条件が3つもあったら時間かかるっての!(と、言い訳してみる)。
[73839]拙稿
共通項が見えてきてから、問題のなかの「ある市」が10分ほど引っかかってましたが、該当しているワケが分かったときには悔しいような、なんともいえない気分でした。
「ある市」とはいうまでもなく昨秋に探検隊が上陸した地です。

◆問二:ダム湖百選
→伊佐市【20位】 1 月 12 日 (火) 14:08:53
百選にもかかわらず数が少ないのに引っかかりました。第一ヒントのアナグラムを解凍した瞬間に近代水道百選だと思い検証しましたが数が合わずに遠回り。

◆問九:東京23区の住所に存在
→春日市【22位】 1 月 13 日 (水) 06:56:20
この晩は息子とわが実家に泊まりに行きました。寝ながら第二ヒントのアナグラムが解けましたが、パソコンは姉の部屋にあるので検証できず。翌朝うっすらと雪化粧しているのをいいことに「交通情報確認する」とか言いながら姉にパソコンを立ち上げさせて解答書き込みに成功。

■総括
ここ最近はメダルを目指さない(目指せない)せいか、楽な気持ちで取り掛かることができています。しかし冒頭で記したように山の神とあんなやり取りをするあたり、しっかりと依存症には感染しているようで困ったもんです。
最後の最後まで全く閃かなかった問八をぎりぎりのところで解答できたのはラッキーで、おかげさまで十問完答できました。

[73135]らるふさん
私としては、いつもの十番勝負も想定解数の少ない問題が1〜2問でも含まれている方が、完答の喜怒哀楽があっておもしろいようにも思います。
らるふさんの前回(第二十五回)感想文を引用させていただきましたが、私もこれは面白いのではないかと思います。今回終わってみれば、完答出来ないかもしれないドキドキ感とプレッシャーが楽しかったです。解いている最中はたまったものではありませんが(^^A

最後になりましたが、グリグリさん、今回も楽しい時間をありがとうございました。

[74003] 2010 年 1 月 22 日 (金) 02:02:19 k-ace さん
 粟生線赤字は…?

こんばんは、k-aceです。

[74000]小松原ラガーさん
[74002]播磨坂さん
それにしても神戸方面への通勤・通学客がそんなに少ないんでしょうか。
志染、緑が丘等の三木市のニュータウンも含め、少子高齢化の影響もあるのでしょう。
しかし、神戸方面への通勤・通学客が減っているとはいえ、少ないわけではありません。
競合している路線バスとマイカーの影響でしょう。
とりわけ、神姫バスの恵比須快速便(恵比須〜木幡・木津あたり神鉄とほぼ併走)、西脇急行便(小野〜恵比須あたり神鉄とほぼ併走)が新神戸トンネル経由の三宮直結(乗換不要)で、神戸電鉄+神戸高速鉄道の運賃より安い。恵比須快速便は志染、自由が丘、緑が丘など団地内に停留所を設け、こまめに客を拾っていきますので、駅より停留所のほうが近い。となると、神戸電鉄より神姫バスということになるのでしょう。

ただ、粟生線を廃止するとなると、ラッシュ時の道路渋滞が酷いことになりそうですが。

[74002] 2010 年 1 月 22 日 (金) 01:12:04 播磨坂 さん
 三木市にとっての神戸電鉄

お久しぶりです。

[74000]小松原ラガー さん
地元ネタで申し訳ありませんが、神戸の都心からわずか15分ほどのところで、鉄道の廃線議論が今後熱を帯びてきそうです。神戸新聞のこの記事ですが、神戸電鉄の粟生線、赤字続き、それも電鉄会社の規模にしては大きな赤字が続いており、「どげんかせんといかん」状態のようです。で、この記事の終りのほうにもありますが、昼間時の減車も今後あり得るようです。
粟生線存続の危機とは寝耳に水でした。同線の通る三木市などは、典型的なベッドタウンで、ニュータウンがいくつも造成されていますが、住民は皆、阪神圏への通勤に神鉄を利用しているものと思っておりました。先頃の三木鉄の廃線も、鉄道需要が阪神圏にしか向いておらず、三木鉄がなくなっても、神鉄があれば安心という所からのものと勝手に思っておりました。それにしても神戸方面への通勤・通学客がそんなに少ないんでしょうか。マイカー通勤が多いのか。それとも神戸市のベッドタウンから脱却したのか。元々ベッドタウンではなく自立した都市圏を持っていたのか・・・

[74001] 2010 年 1 月 22 日 (金) 00:22:49 hiroroじゃけぇ さん
 地方は減車の嵐なり

[73997]蒼の狼 さん
どのくらい減るんでしょうかね。
でないとお盆や年末年始に帰れなくなってしまいます。
(それは言いすぎ)
現在のマリンライナーに置き換わった時の編成に戻るというのが正解です。なので、最大9両編成だったものが7両編成に。最短は2両編成。日中は5両編成となります。ひょっとすると、多客期増結が再開されるかもしれませんが。

[73998]YASU さん
いつでも混んでいるイメージがあったのですが、減車しなくてはいけないほど深刻な事態になっているのですね。
以前は多客期の日中2運用は増結して9両の運転が普通でした(残りの3運用は増結なし)。しかし、1000円高速化以降は、多客期の増結もなくなっています。それどころか、そんな時期でも予備車が工場入りしてしまうほどで、増結する意思さえ感じられませんでした。

「マリンライナー」号の減車には、もっと深い理由がありそうです。「マリンライナー」号は本州・四国の連絡快速列車である為、1日に75本もの列車が運行されています。これを1日の瀬戸大橋の通過車両数になおすと、総計426両。ところが、減車後の編成だと総計354両となります。JRの瀬戸大橋使用料は通過車両数*使用料ですから、74*使用料分の支払いをする必要がなくなるのです。実際は、四国の車両ではなく西日本の車両を減車するのですが、四国にとっては大きな意味があるということなのです。また、西日本にとっても、関西地区に車両を返却できることで(6両編成*2本+4両編成*1本)、新快速の全12両化への推進と車両新製費の抑制が図られるので、その影響も大きいでしょう。
また、瀬戸中央道の利用台数を見てみても分かりやすいでしょう。利用台数の増加は誰の目から見ても、はっきりと分かります。実際、ほとんど見かけなかった自家用車が次々とかけっていきます。自分が高校生の時、帰りの「マリンライナー」から見る「瀬戸中央道」は、車の通らない開通前の道路の様相を呈していましたから。それが、今では土休日限定とはいえ、多くの車が通過していきます。地元住民としては、高速も鉄道も利用してもらわないと「橋」の維持ができないので、高速が鉄道を食う形になるのは、とてもじゃないけどいただけない形であるということは確かなのです。

3月改正では、JR四国の高松〜多度津間でもワンマン運転が開始されますし、高松〜松山の「いしづち」も減車が始まります。一方の岡山地区でも、土休日の列車運転取りやめが14本予定され、塗装代も削減される予定で黄色一色となる見込みです。

[74000]小松原ラガー さん
神戸電鉄粟生線の減車は、大都市圏部においても乗客が減少しているという現実を思い知らしてくれます。この路線は、神戸の中心部にまで乗り入れているにもかかわらず乗客が伸びない。そこがポイントでしょう。まぁ、確かに都心側ターミナルが新開地というのは、少し微妙というしかありません。それでも求心力は地方都市圏の中心市よりも大きいはずなので、なんとかなりそうな気もします。もし減車ということになれば、鈴蘭台駅での線内折り返し+有馬線への乗り換えが最も現実味があると思います。

各地で公共交通のあり方について見直し時期が来ているようです。空路も、日航問題の影響も受けて縮小が始まっており、地方都市間の関係も希薄となりそうです。特に、空路開設などで初めて結ばれた地方同士が、その空路廃止で縁が切れてしまうなんてこともありえそうで、とても残念な気がしています。それでも、高速道路無料開放は建設時からの目標であり、将来的にそうなることが分かっていたことです。それに対して、何も対策を打ってこなかったJRを代表とする鉄道会社、鉄道ばかりを敵対視していた高速バス会社。関係ないと高を括っていた航空会社。それら、企業自身にも問題があったのは確かだと思います。

74000件の書き込みを超えたようですね。次の75000までもう一息。再来月ぐらいになるのかなぁ。

[74000] 2010 年 1 月 21 日 (木) 22:47:45【1】 小松原ラガー さん
 減車と言えば・・・

小松原ラガーです。

今日は閑古鳥が・・・、ということでやや強引な書き込みで申し訳ありません。

[73995] hiroroじゃけぇ さん
今日から、「マリンライナー」号の減車が始まりました。

地元ネタで申し訳ありませんが、神戸の都心からわずか15分ほどのところで、鉄道の廃線議論が今後熱を帯びてきそうです。神戸新聞のこの記事ですが、神戸電鉄の粟生線、赤字続き、それも電鉄会社の規模にしては大きな赤字が続いており、「どげんかせんといかん」状態のようです。で、この記事の終りのほうにもありますが、昼間時の減車も今後あり得るようです。
って、ちょっと待ってよ。6両とか8両とかで走っている電車なら減車しても、見た目はまだ格好付くかと思いますが、神鉄の場合、元々が3両とか4両とかで走っているわけで、となると、2両とか3両とかで走ることになるのでしょうか?うぅぅむ、新開地の駅に2両編成の粟生行きが停車している姿、、、なんか想像できないです。まさか単行はないかと思うのですが・・・。すみません、完全な鉄ネタで。
ま、それはともかく、全国の中小鉄道ならびに第三セクター鉄道のほぼ8割が赤字経営ということ。そこまで多いか、という思いがしました。それと、「行政の補助なしに鉄道を維持する国は少数。」という意見。でも日本の場合、その行政そのものが借金まみれじゃないの、という思いが。。。

あと、この記事でちょっと笑っちゃったのが記事の中に出てくる棒グラフ。いくら赤字額を示す棒グラフだからと言って、全部下向きに伸びているってちょっと変かなと思いました。

【追記修正】引用部分が誰のものかわからないようになっていたため、わかるように修正しました。
#多分千の位の切り番は初めてかな?(万は一度あったような・・・)


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