海上の都道府県境を巡る議論は、3年ほど前の話題でした。私も投稿していながら失念していました。
まず、余談からですが、
[46750] LFB さん
青函トンネルの場合は事情が複雑で、・・・(引用者中略)・・・「特定海域」として領海が3海里(通常12海里)に制されているため、真ん中が公海となっています。・・・しかし、固定資産税の課税のため、海底部については昭和63年2月16日の閣議決定で北海道松前郡福島町、青森県東津軽郡三厩村(当時)にそれぞれ編入されたとのことです。
この閣議決定を受けた自治省告示を
官報情報検索サービスによりご紹介します。
○ 自治省告示 第二十三号
青函ずい道に係る未所属地域を市町村の区域に編入する処分
地方自治法(昭和二十二年法律第六十七号)第七条の二第一項の規定により、昭和六十三年三月一日から、青函ずい道のうち北緯四一度二〇分四五秒七七〇八、東経一四〇度一八分三二秒六〇九八の点から真方位五六度四五分四〇秒及び真方位二三六度四五分四〇秒に延ばした線以北の部分を北海道松前郡福島町に、以南の部分を青森県東津軽郡三#村にそれぞれ編入することとされたので、同条第三項の規定により告示する。
昭和六十三年二月二十四日
自治大臣 梶山 静六
「三#村」の「#」は、「厩」の異体字です。
地方自治法第7条の2は、次のとおりです。
法律で別に定めるものを除く外、従来地方公共団体の区域に属しなかつた地域を都道府県又は市町村の区域に編入する必要があると認めるときは、内閣がこれを定める。(後略)
ウォッちずでこの緯度・経度を確認すると
この地点になり、ここで北海道松前郡福島町と青森県東津軽郡三厩村が接しています(海底ですが)。
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さて、本題です。
[66022] グリグリ さん
隣接定義
これに関して、「海と川をめぐる法律問題」(1996年3月30日初版発行、編著:成田頼明・西谷剛、発行:財団法人河中自治振興財団、発売元:良書普及会)と、海上保安庁HP内の
管轄海域情報管理~日本の領海~を主たる資料として述べます。
[66032] hmt さん と少し重複しますが、既に原稿を執筆中でしたし、補足する部分も多々あるのでご容赦を。
●海の種類
H8.7.12条約第6号「海洋法に関する国際連合条約」(国連海洋法条約)により、国際法との関係で国際的視野の下で定まるべきものとなっています。
種別 | 説明 | 所有権 | 説明 |
内水 | 領海の基線の陸地側の水域 | 国 | 沿岸国の主権が及ぶ |
領海 | 領海の基線からその外側12海里(約22km)の線までの海域 | 国 | 沿岸国の主権が及ぶ |
接続水域 | 領海の基線からその外側24海里(約44km)の線までの海域(領海を除く) | - | (*1) |
排他的経済水域 | 領海の基線からその外側200海里(約370km)の線までの海域(領海を除く)並びにその海底及びその下 | - | (*2) |
公海 | その他 | - | - |
(*1)沿岸国が,領土・領海の通関上,財政上,出入国管理上(密輸入や密入国),衛生上(伝染病等)の法令違反の防止及び違反処罰のために必要な規制をすることが認められた水域
(*2)(1)天然資源の開発等に係る主権的権利(2)人工島,設備,構築物の設置及び利用に係る管轄権(3)海洋の科学的調査に係る管轄権(4)海洋環境の保護及び保全に係る管轄権、が認められた水域
上述の海上保安庁HP内の
管轄海域情報管理~日本の領海~にこれらの違いが図入りで紹介されています。
「海洋法に関する国際連合条約」については、
健論会や
東京大学東洋文化研究所田中明彦研究室もご参照ください。
主権が及ぶのは、領海まで、つまり、基線から12海里までです。
ただし、「特定海域」(宗谷海峡、津軽海峡、対馬海峡東水道、対馬海峡西水道及び大隅海峡(これらの海域にそれぞれ隣接し、かつ、船舶が通常航行する経路からみてこれらの海域とそれぞれ一体をなすと認められる海域を含む。))は、領海は、12海里ではなく、それぞれ、基線からその外側3海里の線及びこれと接続して引かれる線までの海域です。つまり、これらの箇所では「公海」を挟んでいます。
●領海の所有権・利用権
上記でも少し述べましたが、海は国の所有であるというのが戦前から現在に至るまでの学説・判例の一致した見方です。
海は古来より自然の状態のままで一般公衆の共同利用に供されてきた公共用物であって、国の直接的支配管理に服し、特定人の排他的支配の許されたもの
としています(最高裁昭和61年12月16日判決(民集40巻7号1236頁)。所有権が国に属する「国有」とは言っていませんが、「民法上の所有権の対象でない」ということで、国有の根拠は特に問う必要がない、ということです。
●領海と地方公共団体の区域について
これが今回のポイントになりますので、前述文献をそのまま引用します(p.6~7、体裁は一部引用者が変更)。
○学説・判例の動向について
古くは見解に対立があったが、今日では、学説・判例ともに、地方公共団体の区域には接続海面も含まれるというのが通説と見てよい。(能代簡裁昭和48年4月3日判決(刑裁月報5巻4号545頁―青森・秋田の海面境界にかかる刑事事件)
○領海法による領海の拡大と地方公共団体の区域の変更について
領海法の制定によって、地方公共団体の区域は自動的に拡大したと見るべきで、特別にこれをいずれかの地方公共団体に編入する手続きは要しないと見るべきである。しかし、現実には、まだ区域として明示されていないし、その実益もこれまでにはあまりなかったが、これからはその必要性が生ずるものと思われる。管轄権の問題だけに止めておくのか、地方公共団体の区域にとりこむのかという問題もある。海上は無人地帯なので、居住者がいることを前提とした対人規制はいまのところないが、今後、海上構築物、海底ハウス等に人が居住する可能性がないわけではない。課税権、機関委任されている各種の行政事務の執行権、計画権等の面でその必要性が生じてくるかもしれない。
○地方公共団体による管轄権行使の態様と限界
国法が存在しない場合に、地方公共団体が条例を制定して立法管轄権を行使しうるかどうかという問題がある。海上保安庁が一元的な執行機関としてすべてにあたるのか、地方公共団体が権限行使のための行政体制をもっているのかどうか。現在では、離島でさえ救急業務等はお手上げの状態である。広域連合という形で広域対処する可能性はある。
●海に対する適用法規について
それぞれ区域に指定されている箇所により、
海岸法、
港湾法、
漁港漁場整備法などの諸法により管理されています。個別法により区域指定されていない箇所は、いわゆる「法定外公共物」であり、
国有財産法により、現在では海は都道府県の法定受託事務として管理されています。
●地方自治法第9条の3の「公有水面のみに係る市町村の境界変更」について
地方自治法第9条の3 公有水面のみに係る市町村の境界変更は、第七条第一項の規定にかかわらず、関係市町村の同意を得て都道府県知事が当該都道府県の議会の議決を経てこれを定め、直ちにその旨を総務大臣に届け出なければならない。
「逐条 地方自治法 第4次改訂版」(松本英昭著、平成20年2月25日第4次改訂版3刷、学陽書房)によると、この条文に言う「公有水面」は、次のとおり定義されております。
河、海、湖沼の外、用排水路、池、沢、運河等公共の用に供する水面又は水流で、その地盤が国の所有に属するもの(後略)
また、同書によると、次のような解説があります。ここもポイントになるので、長文ですがそのまま引用します(p.114~115)。
「公有水面のみに係る市町村の境界変更」とは、公有水面のみに係る市町村の境界が古図、判決その他の記録によってすでに明らかである場合は、これを変更することは可能であるとしたものであるが、他に公有水面のみに係る市町村の境界を変更する必要が生ずるのは、当該公有水面の埋立てが行われ、埋立地が二以上の市町村の境界によって分断され、不合理な形で二以上の市町村に分属することとなるような場合である。それは水域において従来の境界がたとえ合理的な根拠を有していても、これを埋め立て、利用することとなるとそこに新しく作られるべき地域社会の一体性の保持、その他行政上社会上の必要に基づいて、また、公有水面である場合とは異なった観点に基づいて、別個の境界が定められるべき場合が少なくないと思われる。このような場合には公有水面である間に、従来の境界を変更することができるものとされたものである。
これは、例えば関西国際空港の埋立てに際し、従来海のときには対岸の本州側の大阪府泉佐野市・泉南郡忠岡町・泉南市の陸上部の境界線をそのまま海上に伸ばした線が「海における3市町の境界」であったものを、その所属のまま埋め立てたのでは、泉北郡忠岡町・泉南市の埋立て部分が泉佐野市で接続している連絡橋を介してしか従前の陸上部の市町域と接続できないことから、埋立て前に本条の規定により、関西国際空港の区域をすべて泉佐野市の所属とした後に埋立てを行うようなことを想定している規定です。実際には、このようなことは起こらず、従前の海の所属どおり(図面化されたものはないが、陸上部の境界をそのまま海岸線に垂直方向に伸ばした線を海上における境界とみなした)、そのまま埋め立てて関西国際空港となり、3市町に属しているのはないでしょうか。もっとも、町名だけは「泉佐野市泉州空港北」「泉南郡田尻町泉州空港中」「泉南市泉州空港南」と、一体化できるよう、調整した模様ですが。(参考
地図、
過去記事集)
なお、上述の地方自治法第9条の3にあるように「都道府県知事が当該都道府県の議会の議決を経てこれを定め」「直ちにその旨を総務大臣に届け出なければならない」ですから、決定するのは都道府県知事です。
陸上部の境界変更は、
地方自治法第7条、特に第8項により、「総務大臣の告示によりその効力を生ずる」ですから(拙稿[]
[54044][55225])、この第9条の3による海上部の境界変更の規定は、陸上部の規定より簡易な方式であると言えます。
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以上の整理です。
・領海の所有権は、国が所有している。
・領海の外の接続水域・排他的経済水域・公海は、所有権は国は持っていない。
・領海は、領海法(現
「領海及び接続水域に関する法律」)の制定により、接続海面も地方公共団体に含まれる。このため、海上部で各地方公共団体同士は「接している」。しかし、現実には、まだ区域として明示されていないため、どの地方公共団体同士が接しているかを確認する手段がない。
・公海を挟む箇所では、公海が領海の外であるため、国の所有ではもちろんなく、地方公共団体の区域にも含まれない。つまり、接していない。津軽海峡のような「特定海域」に関連する箇所でも、公海を挟むため、接していない。
例えば、「北海道と青森県」「対馬市と壱岐市」「鹿児島県本土と屋久島」「鹿児島県本土と種子島」などの例では、隣接してそうでありながら、その間に「日本でないところ」があるため、隣接していない。
また、鹿児島県や沖縄県では同一県内でありながら、東京都小笠原村などでは同一村内でありながら国の主権が及ばないところ(排他的経済水域や公海)をはさんでいるため、「飛地」のようになっている。
北海道と青森県では、冒頭のとおり海底では接しているものの、海上部では接していない。
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参考法令等