都道府県市区町村 > 落書き帳 >このページの最後へ ▼

落書き帳


← [80500] 〜 [80599] [80400] 〜 [80499] [80300] 〜 [80399] →

[80499] 2012 年 4 月 2 日 (月) 16:53:04 hmt さん
 熊本市各区の面積

[80497] スナフキん さん
生活便利ブックの(中略)各区それぞれ最上段に「(確定値)」と断りを入れた人口数値と、「(統計課参考値)」の注釈入りながら面積の記載もあります。

国土地理院面積調 と対照して、面積(km2)を記します。

市区名生活便利ブック国土地理院
中央区24.9525.46-0.51
東区50.4250.070.35
西区89.0688.800.26
南区109.76109.86-0.10
北区115.35115.350
合計389.54389.540

熊本市のあらまし に記された熊本市の面積は、389.53km2でした。

[80498] 2012 年 4 月 2 日 (月) 15:51:42【1】 hmt さん
 都道府県市区町村 データベース の整備 (2)時代の変化をざっくりと概観する

[80489] YT さん
1965年〜2005年までの人口統計はただちに提供できます。
pdfから画像をOCRで処理(中略)、幾つかソフトを試しましたが、良質のソフトが見つからず、そちらは断念しています。

手作業でがんばり、入力されているのですか。ご苦労さまです。
YT さんの入力された人口データについては、[80492] グリグリさんからの提供依頼があったので、誰でも活用できる仕組みが、そのうちに整えられることと期待しています。

この機会に、市区町村データベース整備について、これまで私が抱いていたイメージを記しておきます。

それは、市町村の人口と共に 市町村の面積の変化も 対象とするものである。
# 1965年〜2005年の面積データは、まだ入力されていないものと理解。
それは、平成大合併時代というような短期間ではなく、少なくとも「戦前」までを含む かなり長期にわたる変化を対象とするものである。
データ取得上の制約や、データ入力の労力を考えると、毎年とか、5年毎とか 短い時間間隔毎に整備された大量のデータベースを作るのは、大変な作業量であろうと思われる。

要するに、比較的少ない労力で長期間に及ぶデータベースを作ろうとすると、変遷の逐一を拾うということではなく、長期間を隔てた時代の変化をざっくりと概観するという形になるが、それはやむを得ないことである。

その一方では、変遷を逐一を拾っている「変遷情報」が既に存在している。
「変遷情報」と人口・面積データベースとの組み合わせにより、うまく相互補完することができれば望ましい。
# グリグリさんの手腕により、将来、何かよいシステムが実現することを期待。

具体的には、次のような年代が、人口・・面積データベースの基準時点として考えられる。

【追記・修正】
日本国憲法制定に代表される戦後体制への移行を無視するのは不適切であると考え直し、【1947】を追加。

【1935】【昭和戦前】 戦前唯一の「全国市町村別面積調」整備後 最初の 1935年国勢調査時点
【1947】【大戦直後】 地方自治法施行後 最初の国勢調査である1947年臨時国勢調査時点
【1960】【昭和後期】 戦後の昭和大合併が終った後で 面積データもある 1960年国勢調査時点
【1990】【平成合併前】 面積データリセット後 最初の国勢調査である 1990年国勢調査時点 [80487]
【2010】【現在】 平成大合併後 例えば2010年国勢調査時点

相互の間隔は、戦時を含む 1935〜1947年が 12年間、昭和合併を含む 1947〜1960年が 13年間、変化の少なかった 1960〜1990年が 30年間、平成合併を含む 1990〜2010年が 20年間となり、当初こだわっていた「ほぼ等間隔」からは遠いものとなった。
【追記・修正終】

面積データは難しいだろうが、人口だけならば、YTさんが既に実行されているように、更に遡ることができる。
明治31年(1898)という時期は、人口統計の観点からすれば、統計局が発足して最初にまとめた『明治三十一年日本帝国人口統計』[63726]によるもの。
地方自治制度の観点からすれば、この時期は、大部分の府県では郡再編が済んでいるが、まだ未完成。
香川県・岡山県の郡再編[79688]、郡制と府県制との全面改正[58745]によって戦前の地方自治制度の骨組みができた後の時点を取るならば、明治36年(1903)データを基準とすることも考えられる。

1935年より前については、次のような時点を基準として設定すれば、約15年間隔になるかもしれない。
【1889】【市制・町村制施行】人口統計は、戸籍事務を扱った内務省告示による現住人口
【1903】【地方自治制度が改まった明治後期】日本帝国人口静態統計(内閣統計局)
【1920】【大正期】第1回国勢調査(国勢院=内閣統計局から改称)
【1935】【昭和戦前】 戦前唯一の「全国市町村別面積調」整備後 最初の 1935年国勢調査時点

なお、[1935]を基準時点とする決め手となった『昭和十年全国市町村別面積調』については、過去記事 参照。
その中にある
[73992] YTさん
幸い原本のコピーを今日入手できたので、こちらの数字もいずれ表にまとめようと思います。
に期待しています。

以上、グリグリさん、YTさんなどが 抱いておられる構想とは かなり異なったものであるかもしれません。
無精者なので、最小限の労力で 長期間を概観することができる データベースにしようと、市制・町村制施行以来 約 120年間の基準時点を、8つに厳選した結果である私案を記し、ご参考に供しました。【7つから8つに訂正】

[80480] YT さん
昭和5年の国勢調査の市町村別人口についても最近近代デジタルライブラリーで閲覧可能となっております。

著作権の満了した歴史文書として、国立国会図書館の近代DL に収録されていたとは知りませんでした。
国勢調査と言えば統計局の管轄とばかり思い込み。

[80497] 2012 年 4 月 2 日 (月) 12:25:22 スナフキん さん
 熊本市各区の人口・面積

[80460]グリグリさま
人口・面積に関しては地図帳においても、各市町村の要覧で必須数値なので、年度の変わった今日出社後気にして調べてみたところ、早速人口の国調確定値が出ていました。

オフィシャルのトップページ右から、市政だより・生活便利ブックのリンクをクリックすると2012年4月号がリリースされており、この中に各区がP.3〜7に渡って掲載されています。メインは区長のあいさつと概念図・包括される町名のリストなのですが、各区それぞれ最上段に「(確定値)」と断りを入れた人口数値と、「(統計課参考値)」の注釈入りながら面積の記載もあります。

「参考値」ってのが引っかかりますが、地理院の面積調べや市町村要覧でもよく使われる文言ですし、オフィシャルな刷り物に記載してある数値ですから参照しても無問題と考えます。

昼休みですが、多忙でこれから休み返上で働かねばならず、個々の数値転載や掲載URLについては省略します、ご了承ください。

[80496] 2012 年 4 月 2 日 (月) 01:27:29【1】 EMM さん
 「書きたいこと」第一弾…毎回恒例エイプリルフールネタ解説

[80483]我がの
落ち着いたら、たまっている「書きたいこと」を書いてしまわねば。
と言う事でまず1つは書いてしまおうという事で。
この冬は妙に忙しく、複数の案件を抱えてムタムタになってるのに、そこに更に飛び込みで仕事が来る…みたいな感じでした。
で、それが3月末まで続くような格好になってしまいまして、「4月になれば、多分余裕が出るはず…」と思いながら仕事してたら、春の人事異動にあたってしまいまして、この1週間はもう何が何だか。
そういう訳なので、今年もエイプリルフールは休みだな…と考えていたのですが、まぁ縦書きネタで簡単なヤツなら何とかなるかな、と言う事で20分ほどで考えて投入したのが[80483]

縦書きはキレイに放り込めたのですが、その分ネタは小ネタでして…自分の異動をネタにしましたが、さすがに舳倉島に転勤はありましぇん。
(注、北陸電力やNTTに勤務されている方だと可能性有りかも)
明日…もう今日ですね、の朝からは白山市方面に通勤です。
金沢市の中心部を突っ切っていく形になるので、今までより1時間早起きせねばなりません。
今日は早々に(もう早くはないですが)寝ます。

あ、その前に1点だけ。
[80466] オーナー グリグリ様
県南共同試験場・県北共同試験場という使い方がされていました。
試しにYAHOO!ロコで「県北」の電話帳検索をしてみたところ、石川県生コンクリート工業組合県北共同試験場しか出て来ませんでした。結果
「県北部」でも2例でしたが、こっちは厳密には「石川県+北部」。結果
と言う事で、石川県においては「県北」も「県北部」も使用事例は有るには有るけどレアケース、と言う事になりそうです。

[80495] 2012 年 4 月 1 日 (日) 23:46:19 右左府 さん
 「県北」

[80462] Issie さん
まずどれくらいの県で「県北」という地域呼称が行われ,次に「県北」をどのように読んでいるか,という疑問

秋田県では 「県北」「県央」「県南」 の三地域区分・呼称が広く使われています。
そして「県北」の読みは「けんぽく(半濁音)」。

なお、それぞれの指す地域は以下の通り。
 県北……能代市・山本郡、大館市・北秋田市・北秋田郡、鹿角市・鹿角郡
 県央……男鹿市・潟上市・南秋田郡、秋田市(・河辺郡)、由利本荘市・にかほ市(・由利郡)
 県南……大仙市・仙北市・仙北郡、横手市(・平鹿郡)、湯沢市・雄勝郡
 ※県央を秋田市(・河辺郡)のみとし男鹿南秋・本荘由利を県北・県南とする場合もあり。


ちなみに、郡名・市名・旧町名「仙北」は「せんぼく(濁音)」なんですよね。

[80494] 2012 年 4 月 1 日 (日) 22:56:50 林檎侍[花笠カセ鳥] さん
 生存報告

この度、生涯経県値が変更になりました。

3月25日に和歌山市で行われた「孫市まつり」に参加し、和歌山県と奈良県での宿泊としました。
せっかくなので、青春18きっぷで関西圏の鉄道も堪能しました。

2012年だけで経県値がこうなりました。
生涯経県値のみ先行して群馬県を「宿泊」にしてあります。

4月8日には、群馬県の甘楽町で行われる「小幡さくら祭り」にの武者行列に参加するため、群馬県が初めて宿泊となります。
昨年は申し込みのあとに震災がありまして、祭り自体が中止になりました。

さて、この度、上越市の「上杉おもてなし武将隊」に採用されることになりました。
昨年も職安経由で履歴書を送りましたが、面接すらしないで不採用になったので、いささか納得できませんでしたが、今度は採用です。

[80493] 2012 年 4 月 1 日 (日) 22:11:14 白桃 さん
 Re:人口データの拡張について

[80492]グリグリさん
ところで、推計人口については、白桃人口研究所にお世話になります。別途、ご相談させてください。>白桃さん
人口データの拡張については私も大歓迎です。
国勢調査の人口データに関しては第1回から調査年次に該当する全市町村をエクセルファイルにまとめておりますが、自分しか「解読」できない箇所があるなど、他の方にお見せするにはチト恥ずかしい点があります。また、関心が薄い郡・区の数字を割愛していることもありますので、YTさんからのデータをご利用されるのが宜しかろうと考えます。
問題は、国勢調査年以外の推計人口ですね。
推計人口については、2001年から各年10月1日現在人口としてまとめておりますが、問題がないわけではありません。というのは、例えば2010年国勢調査の確定人口が公表されますと、県によっては2005年11月にまで遡及、修正していることがあります。私は、全く遡及しない県もあることから、2006年、2007年、2008年、2009年の推計人口は、2005年国勢調査を基準としたもののママにしております。ですから、明らかに人口増加が続いている市の場合でも、2010年の人口が2009年の推計人口より少なくなっているケースも出てくるのです。
ま、いずれにしろ、もう少し先のハナシだと思いますので、そのとき考えましょうか^l^)~~。

[80492] 2012 年 4 月 1 日 (日) 20:49:23 オーナー グリグリ
 人口データの拡張について

まず最初に、先ほど、面積データを "2011年10月の面積調のデータ" に更新しました。これまでは2009年10月のデータでしたので、2年ぶりの更新です。この間のトピックとしては、浜名湖の境界確定です(2010年10月には確定済)。

[80487] hmtさん
統計局のページを見ると、昭和60年(1985)以降の国勢調査は、このように デジタルデータによるデータベース化が実現しているようです。
従って、1985〜2000年の4回分については、この手法を用いて、5年間隔で「都道府県市区町村データベース」を 追加整備することができるだろうと 考えています。ご検討ください。
ご教示ありがとうございます。

[80489] YTさん
実のところ、1965年、1970年、1975年、1980年分に関しては既にエクセルファイルにまとめているので、1965年〜2005年までの人口統計はただちに提供できます。
お申し出をありがとうございます。

[80442] で言及しました「各年の10月1日を推計人口の基準日として、各年毎のデータベースに集約する予定」の件ですが、現状のデータベースの再設計からと考えていましたが、一向に前へ進まないので、とにかく現状ベースからでも整備を始めようと考えています。従いまして、hmtさんの言われる統計局からの入手も考えたいと思いますが、お言葉に甘えてYTさんから人口統計のご提供をいただければと思います。私宛に直接メールでお送りいただければ幸いです。よろしくお願いいたします。>YTさん

[80480]の統計表もダウンロードして拝見しました。見応えがあり素晴らしいです。これが全国に拡張されるのが楽しみですね。当サイトの情報提供サービスにぜひとも活用させてください。

ところで、推計人口については、白桃人口研究所にお世話になります。別途、ご相談させてください。>白桃さん

5年毎の国勢調査人口と毎年の推計人口データをどう見せるかという点、悩ましくもあり楽しくもありというところです。国勢調査データに関しては、人口以外にも世帯数、男女人口など、できるだけ幅広く取り込みたいところですが、欲を出すと前に進まなくなるので、少しずつ積み上げていければと思っています。引き続き皆様のご支援とアドバイスをよろしくお願いいたします。

[80491] 2012 年 4 月 1 日 (日) 18:20:36 白桃 さん
 ソーダ村の村長さんが・・・

・・・ソーダ飲んで死んだそうだ。
って、わけのわからないことを口走っていた記憶がありますが・・・

香川県の旧寒川郡に造田村がありました。これは「ぞうた」と読みます。
ところが、香川県旧鵜足郡にも造田村があり、これは「そうだ」と読むそうだ。
西讃(香川県西部のこと:注)にも造田村があったことは知っていましたが、その読み方は知りませんでした。
(注)香川県において、県北、県南は言わないと思います。

また、屋島の東、檀ノ浦をはさんで位置する庵治半島のうち、北側の旧庵治村が(旧)山田郡、南側の旧牟礼村が(旧)三木郡だなんてことを今日まで気がつかなかった。これじゃ、庵治が山田郡の飛び地のようです。

ご参考のためむじながいりさんのパラパラ地図を

[80490] 2012 年 4 月 1 日 (日) 17:19:18 ペーロケ さん
 おしい

[80436]白桃 さん
JR四国の高松駅の愛称を「さぬきうどん駅」とするようです。
早速改称の動きがあったみたいですね^^

さて、広島では、キャッチフレーズとして「おしい、広島県」を押してから、話題になっています。この調子だと、広島駅にも愛称として「おしい広島駅」と付くのでは?実に惜しい話です。

[80489] 2012 年 4 月 1 日 (日) 14:59:16 YT さん
 1965〜2005年の国調人口

[80487] hmtさん

[80441] hmt
昭和55年(1980)以前の資料については、当時の印刷物を PDF化した文書により提供されています。
[80476] Issie さん
やっと実現していたのですね。そのままではたとえば表計算ソフトの表に取り込むことのできない pdf(というか,画像)ファイル ではあっても。

このようなわけで、1980年以前については、今回の手法が使えません。

実のところ、1965年、1970年、1975年、1980年分に関しては既にエクセルファイルにまとめているので、1965年〜2005年までの人口統計はただちに提供できます。

3年前に人口データを一個のエクセルファイルにまとめるという計画を建てた頃、統計局のエクセルファイルからスタートして、1985年から順繰りに時代を遡って人口データを入力していましたが、国勢調査の「町・村」の区分が実際に発足した日付と前後していて間違っているケースが多々あることが判り、各都道府県毎に一気に遡って入力する方式に変更しました。

もっともこういうのは勢いに任せてやった方が良く、当初の予定よりも遅延していますが・・・

二年ほど前に、pdfから画像をOCRで処理して文字・数字を読み取る方法として、幾つかソフトを試しましたが、良質のソフトが見つからず、そちらは断念しています。

[80488] 2012 年 4 月 1 日 (日) 14:50:11【1】 伊豆之国 さん
 地名と駅名の揺らぎ

「地名の表記の揺らぎ」が話題になっていますが、ここで「卯月馬○」ネタを書き込んでみようと思います。

東急電鉄では、当時絶大なる権勢を振るったかの「強盗慶太」氏の意向により、「ケ」の排除(「自由ケ丘」→「自由が丘」など)を初めとするいくつかの駅名の改称が昭和40年ごろに行われたのですが、このところ地元住民などより「地名と駅名が食い違っているので混乱する」といった苦情が続出しています。そこで東急では方針を変更し、駅名と地名との間で「ケ・が」など表記の「揺らぎ」があるものについて、「現地の地名表記に合わせて」駅名を次のとおり変更することを決定しました。
なお、駅名の読みは「宮坂」以外は従前と変わりません。

路線名現駅名新駅名
田園都市線溝の口溝口
梶が谷梶ケ谷
江田荏田
市が尾市ケ尾
池上線雪が谷大塚雪谷大塚
世田谷線宮の坂(みやのさか)宮坂(みやさか)

「梶ケ谷」「市ケ尾」への改称により、東急にはほぼ半世紀ぶりに「ケ」のつく駅名が復活します。
以上、天神様にゆかりの鳥の声でした。

[80487] 2012 年 4 月 1 日 (日) 14:29:40【1】 hmt さん
 都道府県市区町村 データベース の整備 (1)国勢調査デジタルデータの利用

[80442] オーナー グリグリ さん
現在データベースは、2003年9月1日が一番古く、その後一部抜けはありますが、何らかの変遷があった日付のデータベースをすべて用意しています。しかしこれは数が多くなり過ぎて判り難く扱い難いのではないかと思っています。以前も議論していますが、各年の10月1日を推計人口の基準日として、各年毎のデータベースに集約する予定です。

データベース整備に関して、内心では 「変遷情報」と同様に 明治まで遡りたい気持ちもありますが、現実的な目標は 1920年の 第1回国勢調査でしょう。
人口だけでなく、面積も ということになると、2年前の記事 で言及された 1988年が 第1候補になります。

1988年というのは、測量法に基づき 「現在と同じ面積の測り方」で 市町村別面積の測定 が開始された年、いわば 面積リセット のあった年でした。

国土地理院の『全国都道府県市区町村別面積調』が、毎年公表されるようになったのはそれよりも早く、1960年(昭和35年)とのことです。しかし、「面積調」 WEB公開版 は リセット後のデータのみで、初年は 昭和63年です。

面積調査の方法の詳細は、上記「面積調」のページ(国土地理院)からのリンクがあります。
面積調査の沿革も同じくリンクされていますが、統計局による「昭和10年全国市町村面積調」についての 言及 もあります。

そのようなわけで、より古い面積データも存在するのですが、人口とリセット後の面積との両方をカバーするデータベースとなると、1988年直後の「平成2年(1990)国勢調査」です。
これが、一つの基準時点になると考えられるので、これを利用したデータ収集を試みました。

[80441]で言及した政府統計の総合窓口の 提供統計一覧 から 平成2年国勢調査>都道府県編と進むと、冒頭に「人口・…・面積・人口密度」の表に、「都道府県・…・市区町村・…の別」とあります。
その表に進むと 国勢調査DBで、所望のデータを選択してダウンロードできる仕組みになっています。

列1の「人口等」の項目中から、「総人口、面積、人口密度」の3つに絞込みます。
また、「全域・集中の別」というのもあるので、これは「全域」だけにします。(集中はDDIのデータ)
このような絞り込みの結果、ダウンロード対象セル数は 12,120となり、ダウンロード可能の範囲内(最大60,000セルまで)になりました。

デフォルトの CSV形式、圧縮なしで、121.2KB。これで OKを出して 左下に表示が出るのを待ちます。
表示されたCSVファイルを開くと、6列4050行(自治体コード順)の表が現れました。
この表は、そのまま グリグリさんのデータベースに使えるのではないかと考えますが、いかがでしょうか?
# もし必要ならば、保存した結果を メールでお送りすることもできます。

統計局のページを見ると、昭和60年(1985)以降の国勢調査は、このように デジタルデータによるデータベース化が実現しているようです。
従って、1985〜2000年の4回分については、この手法を用いて、5年間隔で「都道府県市区町村データベース」を 追加整備することができるだろうと 考えています。ご検討ください。

[80441] hmt
昭和55年(1980)以前の資料については、当時の印刷物を PDF化した文書により提供されています。
[80476] Issie さん
やっと実現していたのですね。そのままではたとえば表計算ソフトの表に取り込むことのできない pdf(というか,画像)ファイル ではあっても。

このようなわけで、1980年以前については、今回の手法が使えません。
その対策として私が考えていることは、稿を改めて記します。

[80486] 2012 年 4 月 1 日 (日) 13:27:20【4】 伊豆之国 さん
 新市名、私ならこれに…

どうもご無沙汰しました。
年度末の多忙に加え、自宅のPCが壊れ、買い替え。先月は落書き帳参入以来初めて書き込みゼロとなりました。2月4日以来、ほぼ2ヶ月ぶりの書き込みになります。

ところで、この落書き帳が最も賑わっていた時期は、「平成の大合併」がたけなわの頃。落書き帳の上でも、新市名についての私案やコメントがいろいろと出て議論も華やかだったものです。そこで、平成の大合併で新たに誕生した市、編入を含め従前の名称を継承した市について、「私ならこの名で応募した」という市名案について、以下に書き込むことにします。

現市名新市名(私案)理由
むつ市下北市「むつ」の名に忌まわしい過去を思い起こす人も。この際広く知られた半島名に
つがる市西津軽市津軽の名を独占するのはどうか。全域が旧西津軽郡なので「西」をつけるのが妥当
にかほ市象潟市知名度で勝る、芭蕉の句でも名高い(元?)景勝地
つくばみらい市南つくば(南筑波)市結局、消去法で…
筑西市下館市福岡県の新市と誤解される恐れも。旧市名継承でよかったのでは。
さくら市早乙女市市域のほぼ中央にある、旧喜連川町の地名[72007]。こんなすばらしい地名があるのにもったいない。千葉県佐倉市との混線の恐れも問題
みどり市渡良瀬市、東毛市「渡良瀬」だと旧笠懸町がどうも引っかかるが…
ふじみ野市大福市旧市町名の合成だが。「大福餅」を市の名物にして創作大福大会でも開いたら?(笑)
南房総市安房市市域はすべて安房国で、「総」は含まれない
西東京市ひばり野市広く知られたひばりが丘団地からアレンジ
伊豆市天城市土肥町が加わらなかったらぴったりだったのだが…
伊豆の国市伊豆北条市、北條市北条氏発祥の地。愛媛県の旧北条市との区別で「伊豆」を冠するか旧字体に
湖西市浜名市本来の浜名郡はこの一帯のみ
上越市くびき野市やはり知名度で圧倒的に上越線>上越市。「信越市」は信濃の地域が入らないのでこれはナシ。「頸城」の字が難しいのでかな書きは許容。
甲州市塩山市わざわざ紛らわしい市を作らなくてよかったのでは。旧市名継承でよかったはず、
南アルプス市甲斐駒市、巨摩市やはり横文字は…
北杜市八ヶ岳市「北杜」の名は仙台市北部の町村合併で新市ができるとすればこの方がふさわしいのでは
中央市国中市あまりにも没個性。ほかによい名が浮かばないなら、「僭称」の恐れもあるが県内で広く使われる地域名から
北名古屋市北尾張市、愛北市適切な新名称が浮かばないなら、少しはましなほうが…
伊賀市伊賀上野市やはり「上野」の名は残すべきだったのでは?
瀬戸内市邑久市瀬戸内海沿岸ならどこでも使え、「取ったもの勝ち」になってしまう。旧郡名を残したほうがよかったのでは。郷土の誇りの画家にちなみ「夢二市」も考えたが…
さぬき市寒川市明治の郡合併前の旧寒川郡域にほぼ相当
東かがわ市三本松市説明は不要でしょう(笑)
四国中央市宇摩市あまりにも大風呂敷過ぎ…
四万十市中村市四万十町のほうが「清流」のイメージに近い地域。旧市名でよかったのでは。どうしてもこだわるなら「万」を「萬」にして区別?
福津市宮地嶽(岳)市なんだかおなか痛くなりそう(笑)。地域で広く知られる神社名(&旧鉄道路線名)から。
みやま市南筑市三池と山門の合成らしいが、「みやま」の音から「深山」を連想し、海辺にある市にふさわしくないのでは。結局消去法で方角+地域から。
宇城市不知火市旧町名のひとつではあるが、広く知られる有明海の風物詩を。
南九州市知覧市規模に比べスケールがでか過ぎる。武家屋敷とお茶のブランドの「知覧」を残してほしかった

…とりあえずこんなところを。どうも基準が曖昧過ぎて一貫していませんが…。
ほかにも見つかりそうなので、追記もあるかもしれません。(小出しになりますが…【1】【2】【3】)

♯本題とは直接無関係ですが、かなりな遅レスです。第33回十番勝負「問九」の検証で、またも見落としがありました。【4】

市名&同名駅所在地路線名その市の中心駅
田村滋賀県長浜市北陸本線船引

[80485] 2012 年 4 月 1 日 (日) 12:40:41 BANDALGOM さん
 生存報告&驚きの飛び地合併

大変ご無沙汰しております。

ミクシィやツイッター、フェイスブックに登録されている方は、健在ということもお分かりかと思いますが、落書き帳には書き込んでいなかったので、まずは生存報告です。

十番勝負は難解で、毎回参加できていませんが、昨年に続き今年も、新年の幕開けとともに十番勝負が始まったため、新年の書き込みができず、その後も書くネタがないため、ROM状態になってしまいました。

十番勝負に参加しない方がゆっくりと新年の書き込みをするためには、十番勝負の開始も元日の夜か2日にしていただけたら、と思います。

さて、熊本市が政令指定都市に移行しましたが、熊本といえば「くまモン」。熊本県には野生の熊が生息していないにもかかわらず、このキャラクターは完全に熊の姿をしているわけですが、県に続き市もまた、市の動物を「熊」とすることを決定しました。

しかし残念ながら、熊本県には野生の熊は生息していません。ただ、阿蘇市には、チンパンジーの「パンくん」がいる「カドリードミニオン」(旧・阿蘇くま牧場)があり、世界の熊10種300頭が飼育されています。

そこで、熊本市は思い切った決断をしました。熊を飼育しているカドリードミニオンがある阿蘇市と、飛び地合併をしようというのです。
やはり、飼育されているものとはいえ、市の動物が市内にいないと格好つかないですからね・・・。

法定協議会の設置は5月の定例議会で審議されるとのことですが、合併が実現したら、市の動物を手に入れられるだけでなく、熊本県を代表する観光地・阿蘇山も市域になるので、熊本市としては願ったり叶ったりでしょう。

しかし、合併したらどの区に属するのかが見物です。飛び地だけに、単独の阿蘇区となる可能性も大きいですが、そうなると、浜松市天竜区を抜いて、政令指定都市の区としては最も人口が少ない区ということになります。

いずれにしても、今後の動向が注目されます。

[80484] 2012 年 4 月 1 日 (日) 09:49:44 白桃 さん
 鳩のウソ

鳩ヶ谷市が川口市と合併し消滅したので、鳩が付く自治体は埼玉県の鳩山町だけになりましたが、過去には鳩里という村が兵庫県にありました。1929年に当時の加古川町に編入されましたが、それまでの村名「きゅうり」というのが面白いです。
そういえば、「鳩」という字は鳩首、鳩尾のように「きゅう」と読むのを思い出しました。余談ですが、昔、国語の教科書で見た椋鳩十さんは、お名前に九と十が入っています。
加古川市立鳩里小学校の校庭でキュウリを栽培しているかどうか分かりませんが、なんとなく作ってたらいいのに、と思う私であります。

上記の文章の中で、ウソが嫌いな私ですが、ついつい致命的なウソを書いてしまいました。
さて、どこでしょう。

[80483] 2012 年 4 月 1 日 (日) 08:43:11【4】 EMM さん
 春は異動の季節

今からお出かけです。昨日に引き続き。
日曜の割には早起きして出かけるのは何でかっちゅうと…
はからずも、この春から異動になってしまいまして、前職場の片付けが終わらないため。
何が何でも今日中に片付けなければなりません。なら早よ行けっちゅうの。
のこりちょっとなので頑張ろう。ところで、新たな赴任先は舳倉島(!?)になってしまいました。
日々精進しかありません。頑張らねば…
?????おや、外に誰か来たようだ…
 (以下追記)
ふう、チラシ配りの人だったようです。
って言ってる場合でない。この冬場は忙しかったので、片付けも大変。
ふだんから整理しておけば良かったのですが。
〜〜〜〜〜
 では行ってきます。落ち着いたら、たまっている「書きたいこと」を書いてしまわねば。

−−−−−
更に追記。
まぁ、見れば丸わかりですが、各行の1文字目を縦読みすると…
「今日は何の日? ふっふ〜 」
…と言う事でそう言うことです。
人事異動には引っかかりましたが、さすがに舳倉島に異動はありませんですのコトよ。

更に更に追記。
毎回恒例のエイプリルフールネタ解説を[80496]に書きました。

[80482] 2012 年 4 月 1 日 (日) 07:39:08 白桃 さん
 置賜任意合併協議会が成立

本日(3月32日)、山形県米沢市、高畠町、川西町の1市2町による首記協議会が成立する模様です。
どうしてこの時期に、お互い仲の悪かったところが、と不思議に思いますが、それは、その「へそまがりな」地域だからでしょう。
「新市」が成立すれば、人口131,739人(国勢調査:直近の推計人口では130,529人)となり、酒田市を抜いて、県下3位の人口となります。もっとも、米沢の、少なくとも鶴岡市より格上、県都山形市に匹敵する市としての歴史を考えれば当然のことかもしれません。
なお、「新市名」については、「おきたま」が挙がっておりますが、隠岐か多摩なのか分かりにくいということで、地域の特性を表す「そんぴん」が有力視されているようです。
そう鳴門なると、札幌、南アルプス、別府に続く半濁音の市が生まれる!と、某落書き帳のオーナーが喜んでいます。

[80481] 2012 年 4 月 1 日 (日) 02:38:09 般若堂そんぴん さん
 羽前南置賜 10.2 宣言

うそは悪である!

そのような風潮が高まり,昨年10月2日の羽前南置賜地域委員連合臨時総会においてエイプリルフールの廃止が宣言されました (「羽前南置賜 10.2 宣言」).具体的には,4月2日の前日を3月32日とする,というものです.ただし,外部では4月1日を採用する地域がほとんどであるため,「対外的には3月32日を4月1日であるかのようなふりをする」との付帯決議がなされました.

でも,小説家や漫画家など,「フィクション」を生業とする人々から反論がなかったのか,との疑問をお持ちの方もいらっしゃるかもしれません.実のところ,多くの人が気づかないままにこの宣言がなされた,というのが真相です.

すでに日付が変わって3月32日.こんなわけで,今年のエイプリルフール,私にはあまり禄がありません.

[80480] 2012 年 4 月 1 日 (日) 00:15:12【1】 YT さん
 明治31年以降の北海道、九州、沖縄県の市町村別人口の変遷

前の投稿[73960]から2年以上空いてしまいましたが、福岡県と佐賀県の市町村別人口の変遷と、2010年国勢調査の結果を加えたエクセルファイルを、以下のサイトにアップしました。これで北海道と九州、沖縄県に関し、明治31年以降の23回分の国勢調査・人口調査、国勢調査以前の5回分の人口静態統計の結果が入っているはずです。

http://touch.moe-lovers.net/up_ssize/download/1333204853.xls/attach

ダウンロードパスは Kyushu です。ファイルサイズは約1MBで、圧縮を掛けていません。

参考資料は[73422]にまとめた通りです。市町村は原則として第1回国勢調査報告書の順に並べております。統計の方は自由に使っていただいて構いませんが、間違いがあっても責任は取れません。また、間違いに気付いた場合は指摘を御願します。

また北海道の戸町役場連合の取り扱いについては[74304]以降進展がなく、資料不足の状況です。

[80479] hmt さん

統計局によるweb上での公開は、すべてが実現したわけでなく、まだ途上であるようです。
例えば、第2回(大正14年)と第3回(昭和5年)報告による市町村別人口を見ることは、まだできません。

大正14年の国勢調査の市町村別人口については以前より近代デジタルライブラリーで閲覧できますが、昭和5年の国勢調査の市町村別人口についても最近近代デジタルライブラリーで閲覧可能となっております。市町村の廢置分合境界變更及名稱變更(自大正十四年十月二日至昭和五年十月一日)もこのように見ることができます。

近代デジタルライブラリーと統計局のデータにより、内地で実施された全ての国勢調査による市町村別人口を閲覧できることになりました。しかしながら戦中・戦後に実施された臨時の人口調査(昭和19年、昭和20年、昭和21年)と昭和23年の常住人口調査についてはまだオンラインのデータが揃っていません。

[76192]でむっくんさんが紹介されたように、昭和20年の人口調査については

S20…昭和二十年人口調査ノ結果ニ拠ル昭和二十年十一月一日現在ノ都道府県郡島嶼市区町村別人口(PDF)

でも閲覧できるようですが。

近代デジタルライブラリーでは、朝鮮・台湾・樺太などの外地、関東州、南洋群島、青島守備軍管轄地区などで日本が実施したセンサス(国勢調査、臨時戸口調査、島勢調査)の一部も閲覧できます。ただ朝鮮で実施された臨時戸口調査の結果や昭和19年に朝鮮・台湾で実施された臨時の人口調査の結果も閲覧できません。

【追記】 本当は3月31日のうちに投稿を済ませたかったのですが・・・
エイプリルフールネタではありません。

[80479] 2012 年 3 月 31 日 (土) 23:20:08 hmt さん
 過去の国勢調査データの web上での公開

[80476] Issie さん
実は [80441] で hmt さんが紹介されたリンクで一番うれしかったのは,各年の国勢調査報告にアクセスすることができるのがわかったことでした。
(中略)だからこうした旧データが電子情報化されてweb上で公開されることを切望していました。
ああ,いつの間にか,やっと実現していたのですね。

統計局によるweb上での公開は、すべてが実現したわけでなく、まだ途上であるようです。
例えば、第2回(大正14年)と第3回(昭和5年)報告による市町村別人口を見ることは、まだできません。

昭和5年国勢調査報告 第1巻例言(30a-y01.pdf)を見たら、この回の報告は 全5巻であることがわかりました。
これを、提供統計一覧>昭和5年国勢調査>最新結果一覧と対照すれば、現在は第2巻までしか提供されていないことがわかります。つまり、「第5巻 市町村別人口」の web公開は もう少し待つ必要があるようです。

付言すれば、第4回(昭和10年)報告中には、過去データして 1925年、1930年の収録はあります。
もちろん、これは「組替」処理を行った数値[80458]です。

[80478] 2012 年 3 月 31 日 (土) 22:33:42 オーナー グリグリ
 雲浜村、熊本市、八王子市、三宝村

[80471] Issieさん
つまり,小浜海岸の別称が「雲浜」らしい。
もう少し検索で調べてみると、梅田雲浜の名前の由来を小浜海岸の別称「雲浜」としている中に、「小浜海岸を雲の浜と呼んだことから」と書かれているページがありました。雲浜村そのものの由来は確認できませんが、こちらも「雲の浜」由来であろうと想像されます。

[80472] Issieさん
細かいことですが,熊本市の区の公式の配列は
中央区(101),東区(102),西区(103),南区(104),北区(105)
ご指摘ありがとうございます。さっそく修正しました。

[80474] むじながいりさん
八王子市は4月1日付で都市戦略室を設置します。
情報をありがとうございました。さっそく変遷情報に追加しました。

[80475] Issieさん
今改めて見ると当該の項目の読みは濁音で「さんぼう」ですねえ。
確認をありがとうございました。
ところで,その次の項目は新潟県岩船郡の 旧山北村→山北町 なのですが,こちらの読みも濁音で「さんぼく」となっています。
町村制以降の「山北」自治体は4ヶ所ありますが、神奈川県の山北町と高知県と熊本県の山北村はいずれも「やまきた」で、新潟県の山北町だけが「さんぽく」。ただし、「さんぼく」と濁音との揺らぎは十分考えられると思います。静岡県の伝法村と同じように。まぁ、「そういうこと」で。

[80477] 2012 年 3 月 31 日 (土) 22:04:49 オーナー グリグリ
 Re:市区町村変遷情報 詳細情報のリンク先の設定について

[80469] 88さん
ただし、現在の方式による市区町村変遷情報の編集作業においては、根拠のリンク先を追加していくことは、あまりに作業の負荷が大きいです。落書き帳記事へのリンク等においても、取捨選択の検討を要することもあり同様です。あくまで、数・頻度を絞って試行してみる、ということでよろしくお願いいたします。
そうですね、作業負荷の問題は避けて通れませんね。根拠へのリンクについてはとくに問題になるでしょう。CSVデータなどからの一括入力は検討可能です。

落書き帳記事の関連付けは、量としては少ないことから、記事ベースで追加していくことは可能だと思います。アーカイブ、hmtマガジン、記事集、単独記事など、情報ベースで作業しましょう。これは私も対応可能です。また、リンク設定を効率的に行える仕組みも考えたいと思います。例えば、記事集(簡易アーカイブズ)の編集画面から変遷情報の詳細情報に直接追加してしまう方法などが考えられます。マガジンからの追加も有望ですね。マガジン編集者(現在はhmtさん)が主体的に変遷情報に詳細情報を追加することも考えて良いかもしれません。

なお、簡易アーカイブズ機能を使った、旧座間町の分離についてをリンク先に設定しようとすると、なぜかうまく表示できませんでした。
確認しました。データの持ち方(設計)があまり良くなくて、カンマが入ったURLを正しく処理できていませんでした。取り急ぎ対処しました。なお、[80469]にある2件の詳細情報については、テストを兼ねて私が修正しましたのでご確認ください。よろしくお願いいたします。

[80476] 2012 年 3 月 31 日 (土) 21:33:34【1】 Issie さん
 南三原

[80475] の続きです。
実は [80441] で hmt さんが紹介されたリンクで一番うれしかったのは,各年の国勢調査報告にアクセスすることができるのがわかったことでした。
結構前に紹介したことですが,野毛山の横浜市立中央図書館には敗戦前の国勢調査報告の復刻版が配架されていて,それで1920(大正9)年の“第1回”と1940(昭和15)年の報告書の人口表部分は丸ごとコピーして持っているのですが(著作権法的には微妙ですが,図書館の方では容認しているみたいです),残念なことにこれには各市町村の読みが記載されていません。
ローマ字という形ではあるけれど,それが記載されるようになるのが1950(昭和25)年の報告書なのです。しかも「昭和の大合併」の直前回ということで,(私は人口のデータには関心がありませんが)非情に興味深い。けれども,これを読みに国会図書館に行くというのもなかなか機会を得ることができず(1960(昭和35)年の回はそうして,その結果がうちのHPに反映しているわけですが),だからこうした旧データが電子情報化されてweb上で公開されることを切望していました。
ああ,いつの間にか,やっと実現していたのですね。そのままではたとえば表計算ソフトの表に取り込むことのできない pdf(というか,画像)ファイル ではあっても。

そこでさっそく,1950年の千葉県の表を見てみました。
当時の表では現行の地方自治体コードの配列とは違って,千葉県の郡部は“県南”(←千葉県ではあまり聞いたことがない)の 安房郡 から並んでいます。
その中でふと目についたのが,現在では 鴨川市 の一部になっている「南三原村」。
そこに記載されているローマ字表記をみると Minamimibara-mura ,つまり「みなみみばらむら」と濁音で読むように記載されています。
この「南三原」という地名には,これをそのまま読んだ「みなみみはら」と国鉄の駅名に採用されている「みなみはら」の両方の読みがあって,その間に揺れがあることは知られているのですが(件の『市町村名変遷辞典』では「みなみみはら」を採用しています),そこに濁音の「みなみみばら」という読みもあるのか? ちなみに,隣接する「北三原村」のローマ字表記は Kitamihara-mura となっています。
国勢調査報告のローマ字表記による読みがしばしば地元自治体が公式に定めているものと違っている,あるいは国勢調査報告自体で年によってその表記に変動があるというのは,うちのページ を作っていく過程で十分確認されていることなので別に驚くことでも何でもないのですが,
まあ,やはり「そういうこと」はあるのですね。

[80475] 2012 年 3 月 31 日 (土) 21:08:51 Issie さん
 三宝

[80473] グリグリ さん
いかがでしょうか、Issieさん。おそらく濁音の方がより正しいように思うのですが。

あそこのページは基本的に 地名情報資料室・編『市町村名変遷辞典 三訂版』1999年,東京堂出版 に依っているのですが,今改めて見ると当該の項目の読みは濁音で「さんぼう」ですねえ。半濁音は私の思い込みで間違いであったということですね。

ところで,その次の項目は新潟県岩船郡の 旧山北村→山北町 なのですが,こちらの読みも濁音で「さんぼく」となっています。旧町の公式の読み方では半濁音の「さんぽく」だったはずですが。参考までに [80441] で hmt さんが紹介されたリンクをたどって各年の国勢調査報告を見ると,1955(昭和30)年の初登場以来,ここでは一貫して Sampoku と表記されています。
まあ,「そういうこと」なのでしょう。

[80474] 2012 年 3 月 31 日 (土) 20:10:14 むじながいり さん
 八王子市の中核市移行へのステップ

八王子市は4月1日付で都市戦略室を設置します。これは、3月までの総合政策部内の政策審議室や広聴広報室を再編したもので、石森市長の公約通り、中核市移行に向けた検討を進めるための部署のようです。広報はちおうじ4月1日号4ページ

これによって、八王子市が本格的に中核市移行へ向けて動き出すことになりそうです。

[80473] 2012 年 3 月 31 日 (土) 19:10:37【1】 オーナー グリグリ
 Re:天白(あまじろ)

[80470] 白桃さん
今日は、山口県まで探してみましたが、「新発見」はありませんでした。
ご協力ありがとうございます。
ただ、リストにあるもので怪しいものが一つ。「三宝村」(堺市)は「さんぼう」ではないでしょうか。
そうですね。再度確認してみましたが、ネットでも現状住所名でも濁音ですね。なぜ、半濁音と判断したのか記憶をたどったのですが、Issieさんのページでした。いかがでしょうか、Issieさん。おそらく濁音の方がより正しいように思うのですが。とりあえず削除することにしました。伝宝、山北と同様、悩ましいですね。
また、三重県の「天白村」は小学校、郵便局名などは「てんぱく」となっていますが、地名好きさんのHPでは「あまじろ」になっております。
こちらも再度調べると「あまじろ」が正しいようです。同じく削除しました。間違った理由も分りました。三重県四日市を流れる天白川(てんぱくがわ)に引っ張られてしまい、検索で安易に三重県合致で照合してしまったようです。
こうやって、半濁音の村を探していると、副産物として面白い村名に出会います。この落書き帳では全て既出ですが、
羽束師(はづかし)村、比延庄(ひえしょう)村、向津具(むかつく)村など傑作ですね。
こういうのはまさに雑学ですよね。整理してみたいですね。
ついでですが、愛知県に回文の村がありました。今は西尾市になっておりますが、1906年まで存在した久麻久(くまく)村です。
おぉ、名称回文は貴重です。地名コレクションにはないところをみると、現在名としては残っていないんでしょうね。過去の回文自治体名は他にあったような気もするのですが思い出せません。単なる地名なら、外々外(そとがいと)が記憶に新しいですが。変遷情報でプログラムを作って探索してみましょうか。

[80472] 2012 年 3 月 31 日 (土) 18:45:40 Issie さん
 区の順番

[80468] グリグリ さん
まだちょっと早いのですが、熊本市の中核市から政令指定都市への移行、豊中市の特例市から中核市への移行、および、松江市の特例市指定に関連して、市区町村のデータ、公式HP、ランキング、雑学などを更新しました。

細かいことですが,熊本市の区の公式の配列は

中央区(101),東区(102),西区(103),南区(104),北区(105)

という順番であるようです(カッコ内は明日から適用される地方自治体コード)。[80460] で紹介されている熊本市のガイドブックでも最初のページにその順番で記載されています。

この配列,実は結構面白いですね。
たとえば旧東京市の35区,そして現在の東京23区は,“中心”の千代田区から時計回りに並んでいます。横浜市の場合は,最初に区制を実施した1927年当時の5つの区を北から順番に 鶴見→神奈川→中→保土ヶ谷→磯子 と並べた配列が出発点になっています。
たいていの政令指定都市は,このどちらかのパターンで区を並べていますね。3つしか区がない相模原市は北の緑区から始める横浜パターンです。
ところが熊本市は,地図上における区どうしの隣接関係は無視して「中央区」を最初に置き,次は日常の口頭に上る「東西南北(とうざいなんぼく)」の順で並べているのですね。これが麻雀の「東南西北」ならまだお互いに隣りどうしになったのですが。
何か珍しいな,と思ったら,
…浜松市と堺市に先行例がありました。

[80471] 2012 年 3 月 31 日 (土) 18:17:30 Issie さん
 梅田雲浜

[80461] 白桃 さん
(福井県)雲浜(うんぴん)村・・・・・現:小浜市

[80464] グリグリ さん
雲浜は海岸由来でよいのかどうか(想定)

“幕末おたく”だとすぐに 梅田雲浜 を連想するでしょうね。
小浜藩出身の儒学者で安政条約反対と攘夷を訴え,安政の大獄で獄死。
町村制施行のための明治の大合併で新しい村が編成された時にこの 梅田雲浜 を記念して「雲浜村」としたのか,と一瞬思ったのですが,梅田雲浜の方が出身地の小浜海岸の別称を自分の号にしたようですね。
つまり,小浜海岸の別称が「雲浜」らしい。
何でこういう別称がついたかについては,それなりの謂れがあるのでしょう。

[80466] グリグリ さん
県北共同試験場

意外なところに使用例がありましたね。
私も石川県は県北部についてもっぱら「能登」を使うだろうと思っていました。

[80470] 2012 年 3 月 31 日 (土) 17:28:29 白桃 さん
 天白(あまじろ)

今日は、山口県まで探してみましたが、「新発見」はありませんでした。
ただ、リストにあるもので怪しいものが一つ。「三宝村」(堺市)は「さんぼう」ではないでしょうか。
また、三重県の「天白村」は小学校、郵便局名などは「てんぱく」となっていますが、地名好きさんのHPでは「あまじろ」になっております。
こうやって、半濁音の村を探していると、副産物として面白い村名に出会います。この落書き帳では全て既出ですが、
羽束師(はづかし)村、比延庄(ひえしょう)村、向津具(むかつく)村など傑作ですね。
ついでですが、愛知県に回文の村がありました。今は西尾市になっておりますが、1906年まで存在した久麻久(くまく)村です。

[80469] 2012 年 3 月 31 日 (土) 16:55:51 88 さん
 市区町村変遷情報 詳細情報のリンク先の設定について

[80446] グリグリ さん
[80411] hmtさんの記事に始まる表題の件、非常に貴重で面白い議論が続いています。資料価値も非常に高いと思いますし、うまくまとめたいなと思っています。まとまった記録としては、hmtマガジンでいずれ取り上げられると思いますが、落書き帳の書き込み記事をもう少し手軽に記録保存することができないかなと考えています。例えば、変遷情報の詳細記録ページに記事番号や記事集をリンクするのはどうでしょうか。

例えば、Issieさんの「旧座間町の分離について」[80429][80430][80431] は、相模原町の町制の詳細情報と相模原町からの分立の詳細情報に、関連落書き帳記事としてリンクを貼ると有効だと思います。落書き帳には、このような記事が星のように数多く輝いていますので、変遷情報についてはこのような手法で生かしたいと考えます。いかがでしょうか。>88編集長

同様の事例として、[77331] グリグリ さん において、2011(H23).1.4付けでの蓮田市の名称変更の事例がありました(私としてはそういう感覚でした)。具体的には、市区町村変遷情報の個別情報において、「協議会名称等」欄で、従来は合併協議会(法定、任意)へのリンク等を主にしていたところ、同様に根拠となる市の名称変更に関する条例へのリンクへと運用を拡張していただきました。  2011(H23).1.4付け 蓮田市 詳細情報
根拠規定等にリンクを張ることは、根拠規定を確認したうえで編集作業を実施している、ということを示すこともでき、市区町村変遷情報の正確性をアピールできる面もあると考えています。以前にも、皆様から提案をいただいたことがありますが。
例えば近代デジタルライブラリーの各ページをリンク先として設定することでも、閲覧者の利便性は高まると思われます。

ただし、現在の方式による市区町村変遷情報の編集作業においては、根拠のリンク先を追加していくことは、あまりに作業の負荷が大きいです。落書き帳記事へのリンク等においても、取捨選択の検討を要することもあり同様です。あくまで、数・頻度を絞って試行してみる、ということでよろしくお願いいたします。

なお、根拠規定については、市区町村変遷情報の将来構想の一環として、根拠規定のデータベース化も含めて、市区町村変遷情報のデータベース案(リニューアル)のたたき台をグリグリさんに提案しているところです(>皆様)。ホントのたたき台ですが。
将来構想(長期の将来構想)は膨らみます。

――――――――――
さて本題へ戻って。今回の件、Issieさんの[80429][80430][80431]を反映して、修正しました。
  1941(S16).4.19付け新設合併での高座郡相模原町誕生1948(S23).9.1付け高座郡座間町の相模原町からの分離

なお、簡易アーカイブズ機能を使った、旧座間町の分離についてをリンク先に設定しようとすると、なぜかうまく表示できませんでした。
不具合の理由は何か不明でしたが(リンク先アドレスの長さか何かの設定に制限はかかっていませんでしょうか?)、このリンク先の設定がうまくいかなかったため、とりあえず、記事番号[80429][80430][80431]を個別に設定しました。やはり記事集にした方が、閲覧者にとっても、作業する私どもにとっても便利だと考えますので、また確認していただけるとありがたいです(>グリグリさん)。

[80468] 2012 年 3 月 31 日 (土) 16:31:30 オーナー グリグリ
 政令指定都市熊本市誕生♪

まだちょっと早いのですが、熊本市の中核市から政令指定都市への移行、豊中市の特例市から中核市への移行、および、松江市の特例市指定に関連して、市区町村のデータ、公式HP、ランキング、雑学などを更新しました。更新漏れなどお気づきの点があればご指摘ください。

[80467] 2012 年 3 月 31 日 (土) 12:45:55【1】 オーナー グリグリ
 雑学追加

新しい雑学を追加しました。

■ 他の市区町村名を含む市区町村
■ 他の市区町村の読みを含む市区町村

十番勝負の共通項などでもおなじみのネタです。他の市の名前や読みを含む市の一覧です。市だけでなく、町村、特別区に範囲を広げて再表示することもできます。名称については、一文字市区町村を対象としないオプション、読みについては、読みの文字数で限定するオプションも用意しました。

なお、雑学トップページでの各雑学の並べ方(順番)を見直しました。

[80466] 2012 年 3 月 31 日 (土) 12:13:48 オーナー グリグリ
 県北共同試験場

[80465] EMMさん
ところで 、「こんなページ」が開けないです…
そうなんですよね。私も先ほど気付きました。「石川県 県北 県南」で検索して最初にヒットしたページで、石川県生コンクリート工業組合のページでした(キャッシュページをリンクしておきます)。書き込み時にはちゃんと表示できたのですが、とりあえずそのままにしておきます。県南共同試験場・県北共同試験場という使い方がされていました。

[80465] 2012 年 3 月 31 日 (土) 11:37:49 EMM さん
 北は能登半島、そして日本海

出かけなければいけないので取り急ぎ。

[80464] オーナー グリグリ様
県北については、石川県ではあまり使わないんじゃないかなぁ。加賀地方で、加南、加北(河北)という言葉はあるけど。検索してみたらこんなページがありました。千葉県はどうだろう。北西部、北東部と県北は分かれていますし。
石川県内で「県北」という言葉はあまりどころかほぼ全く使わないです。
何と言っても石川県の北側は「能登」ですから。
(県北部は稀に聞くかも)
ところで 、「こんなページ」が開けないです…

[80464] 2012 年 3 月 31 日 (土) 11:02:56 オーナー グリグリ
 乙原

半濁音(ぱぴぷぺぽ)の入った市区町村に関連して。

[80461] 白桃さん
(福井県)雲浜(うんぴん)村・・・・・現:小浜市
(岐阜県)越波(おっぱ)村・・・・・・現:本巣市
(岐阜県)乙原(おっぱら)村・・・・・現:下呂市
(岐阜県)西乙原(にしおっぱら)村・・現:郡上市
[80463] 大龍エクスプレスさん
大分県大分郡別保村(べっぽむら)
1938.4.1消滅→消滅後は鶴崎町
情報提供ありがとうございます。さっそく追加しました。
名称由来は調査が難しいですね。雲浜は海岸由来でよいのかどうか(想定)、越波(えっぱ)の意味「防波堤などを越えて堤内に流入する波のこと」から川波として関連付けしてもよいかどうか、いずれもよく分りません。乙原はまったく分りません。越波と乙原は音に字を当てただけかもしれませんね。別保村についてはこちらのサイトに由来が書かれていました。古文書記載地名由来です。

ところでタイトルにもした乙原ですが、マピオンで住所検索すると6件(実際は美郷町乙原竹と美郷町乙原田水を入れて8件)が検索されました。面白いのはその読みです。下呂市の乙原と郡上市の西乙原はどちらも半濁音の入る「おっぱら」ですが、それ以外はすべて違う読みになっています。

・岐阜県下呂市金山町乙原(おっぱら)半濁音
・岐阜県郡上市八幡町西乙原(にしおっぱら)半濁音
・岐阜県揖斐郡揖斐川町乙原(おとはら)清音
・兵庫県三田市乙原(おちばら)濁音
・島根県邑智郡美郷町乙原(おんばら)濁音
・大分県別府市乙原(おとばる)濁音

ちなみに変遷情報で乙原を検索すると別府市の乙原以外がすべて抽出できました。

[80461] 白桃さん
一点、疑問なのが、リストに挙げられている静岡県伝法村ですが、(でんぼう)ではないでしょうか?
ネットでいろいろ調べたのですが、郵便番号検索やマピオン住所検索では「でんぼう(濁音)」ですが(つまり現在の読みは「でんぼう」が正しい?)、伝法村の読みについては「でんぽう」の読みとしているページが多いようです。ただ、元の出典が同じだとすれば怪しくなりますが。ということで、注釈を入れました。ところで、デジタルライブラリーなどで読み情報は調べられましたっけ?
今さら言うのも変なのですけれど、昔の市町村の「正式な読み方」って何かに定められているのでしょうか???
落書き帳でも何回か話題になっていますが、読みの「揺らぎ」は当然のごとくいろいろあるでしょうね。読みの揺らぎというよりも、呼称を表記する際の揺らぎというのが正確です。雑学として捉えていますので、なるべく幅広く柔軟に情報整理したいと考えています。

[80462] Issieさん
この語は,濁らず清音で「けんほく」と読んだり,濁音で「けんぼく」と読んだり,半濁音で「けんぽく」と読む3つの読み方が実際に行われ,しかも全く不規則に,それぞれの地域での慣習によって読まれている,逆に言えばよそ者には「正しく」読むことの難しい地域呼称です。
伝法町を「でんぽう」と呼称したか「でんぼう」と呼称したか、ひょっとしたら「でんほう」と呼んでいたかもしれない。同じことですね。あまり細部に拘り過ぎると雑学ページはまとまらなくなってしまいそうです。半濁音の呼称があったというくらいに捉えますか。

県北については、石川県ではあまり使わないんじゃないかなぁ。加賀地方で、加南、加北(河北)という言葉はあるけど。検索してみたらこんなページがありました。千葉県はどうだろう。北西部、北東部と県北は分かれていますし。

[80463] 2012 年 3 月 30 日 (金) 22:30:42 スカンデルベクの鷲[大龍エクスプレス] さん
 P音

グリグリさん
半濁音の入った市区町村を見つけましたので、登録をお願いします。

大分県大分郡別保村(べっぽむら)
1938.4.1消滅→消滅後は鶴崎町

ちなみに、沖縄では「浜」を「パマ」、「花」を「パナ」と発音する地域があるようですが、自治体名には使用されていない模様です。

[80462] 2012 年 3 月 30 日 (金) 21:50:38【1】 Issie さん
 いっぽんでもニンジン

「半濁音の自治体名」の話題にちょっと便乗します。

私が小学校6年生の冬,爆発的に流行した曲がありました。あの,「およげ!たいやきくん」。
あの頃,お昼の校内放送では毎日のようにこの曲が流れ,家に帰宅すればちょうど「ひらけ!ポンキッキ」の再放送時間(朝の本放送は登校時間に当たるので視ることができない)に当たって,最後のオチで釣り人がたい焼きを食べるアニメーションを毎日のように視ていました。
ところで,この「およげ!たいやきくん」のレコードの裏面にあったのが なぎら健壱 の名曲「いっぽんでもニンジン」でした(ものの本によると両A面という扱いだそうですが)。これも校内放送で毎日のように流れたものです。
この歌,リアルタイムでは「たいやきくん」の裏面という意識しかなかったのですが,実は日本語教育上,とてもよく考えられて意識して作られた歌です。つまり,日本語教育上のポイントの1つとなる“助数詞”の使い方を歌った歌なのですね。そもそも,その頃の「ポンキッキ」には数年前に(他局だけど) ウルトラの母 を演じたペギー葉山の“道徳コーナー”があったように純然たる「教育番組」でした。
そこで数える対象によって助数詞が変わる,というのを教える歌がこの「いっぽんでもニンジン」だったのですね。

そんなことを思い出したのは,週末のこととてお酒を飲みながら視ていたNHKの某番組で「県北」という字を見たからです。
実は「いっぽんでもニンジン」ではスルーしてしまっているのですが(いっぽんでもニンジン,ろくわでも七面鳥,しちひきでも蜂,きゅうはいでもジュース…と,そのまま歌っている),「は行」がからむ助数詞は状況に応じて濁点や半濁点がついたり,「わ行」に移ったりと,外国の日本語学習者には非常に難しかろうと思われる子音交替現象が見られます。特にともに“唇の音”であるPとBの交替はともかく,そこに“喉の音”であるHや半母音のWが絡むというのは,日本語話者には当たり前であっても,外国語話者にはわかりにくいことだろうと思います。
この現象の難しさは「いつでも必ず起こる」ことではなく,時によって起こったり起こらなかったりするすることにあります。

要は,「県北」。
この語は,濁らず清音で「けんほく」と読んだり,濁音で「けんぼく」と読んだり,半濁音で「けんぽく」と読む3つの読み方が実際に行われ,しかも全く不規則に,それぞれの地域での慣習によって読まれている,逆に言えばよそ者には「正しく」読むことの難しい地域呼称です。
つまるところ知りたいのは,各県で「県北」をどのように読んでいるか,ということです。
もちろん,「県北」という地域呼称が45の県のすべてで行われているわけではありません。
まずどれくらいの県で「県北」という地域呼称が行われ,次に「県北」をどのように読んでいるか,という疑問です。

ちなみに,神奈川県では「県北」は濁点なしで「けんほく」と読まれます。
その範囲は使用する主体によって様々ですが,県行政では一般に旧津久井郡,あるいは相模原市の旧市域を加えた範囲(つまり,現・相模原市)を指しています。
よその県ではどうでしょうか。

ついでに京都府・大阪府について,「府北」という表現はあるか。
東京都の場合,島嶼部を除いた“本土部分”が東西に長いために「都北」という表現はあまり聞いたことがありませんが,「都南(となん)」という表現は町田市について行われることがありますね。

[80461] 2012 年 3 月 30 日 (金) 19:24:22 白桃 さん
 半濁音の村その3

昨日に引き続き、地名好きさんのHPで市町村制施行時に成立したものを愛知県まで見ていました。
新規:
(福井県)雲浜(うんぴん)村・・・・・現:小浜市
(岐阜県)越波(おっぱ)村・・・・・・現:本巣市
(岐阜県)乙原(おっぱら)村・・・・・現:下呂市
(岐阜県)西乙原(にしおっぱら)村・・現:郡上市
以上、グリグリさんご確認お願いします。
一点、疑問なのが、リストに挙げられている静岡県伝法村ですが、(でんぼう)ではないでしょうか?

以下は、独り言・・・
今さら言うのも変なのですけれど、昔の市町村の「正式な読み方」って何かに定められているのでしょうか???
前にも書きましたが、私が育った大内(おおち)町のことを町長さん自身も「おおうちちょう」って言ってましたし、隣の鶴羽村の正式読みは「つるは」らしいのですが、みんな「つるわ」って言ってました。(高徳線の駅名も「つるわ」です。)

[80460] 2012 年 3 月 29 日 (木) 23:55:20【1】 オーナー グリグリ
 熊本市の区の人口と面積

熊本市が政令指定都市に移行しますが、区の人口(推計人口と国勢調査人口)と面積のデータが必要なので、熊本市のHPから「政令指定都市移行に伴うお知らせ(ガイドブック)」を見つけました。このガイドブックのP.2に各区の人口と面積が掲載されていました。ただし、人口は平成22年国勢調査(速報値)です。確定値と昨年10月の推計人口が欲しいのですが、ちょっとハードルが高そうですね。

そこで、さいたま市の時も同じ方法で計算したのですが、推計人口と国勢調査確定値の熊本市合計数値から、速報値データの比率で各区の人口を計算しました。4月1日は、この値で当サイトの人口データを更新することにします。

区名速報値確定値推計人口面積
北区146,084146,120146,425115.65
西区93,39493,41793,61288.21
中央区183,497183,542183,92625.33
東区188,546188,592188,98750.32
南区122,773122,803123,060110.02
熊本市合計734,294734,474736,010389.53

[80459] 2012 年 3 月 29 日 (木) 23:10:24 オーナー グリグリ
 Re:「揺らぎ」と「誤り」の違い

[80457] 88さん
私の認識している「揺らぎ」と、グリグリさんの認識している「揺らぎ」とは、まったく別物のようです。
そうですね、視点が違っていますね。
文献により混在していても、根拠規定の明確さの違いにより、「揺らぎ」か「誤字」か、が、明白である、との観点です。
私は根拠規定の明確さまで意識していなかったので、88さんの定義する「誤字」も含めて、地名としての「揺らぎ」のことを考えていました。

[80452] グリグリ
例えば、上野原市や田野畑村などは、上ノ原市、上原市、田の畑村、田畑村などの揺らぎと捉えることもできるのではないでしょうか。
上野原市のルーツである上野原村は、根拠で規定される前は「揺らぎ」状態にあったかもしれない、というか、上野原という地名はその昔は表記に揺らぎがあった可能性があるかもしれない、と言いたかっただけです。

変遷情報の検索機能では、根拠規定の有無まで検索仕分けできる訳ではないので、設定条件に書かれている「揺らぎ」は、あくまでも表記上の揺らぎを表現していることになります。

[80458] 2012 年 3 月 29 日 (木) 21:54:55 hmt さん
 国勢調査に記録された 市町村変遷情報 (2)変遷の規模を示す「人口の移動」
hmt 「県境」の変更

多くの方がご承知のことと思いますが、国勢調査の人口表では、前回調査との対比がなされています。
そして、前回調査との間に行なわれた廃置分合等による市町村区域の変更を考慮して、前回の数値には「組替」【注】がなされます。
【注】人口欄の「平成17年(組替)」は,平成22年10月1日現在の市区町村の境域に基づいて組み替えた平成17年の人口を示す。(下記の表の注を引用)

今回国勢調査による人口等基本集計の都道府県結果の表を見ると、境域年次2010と2000とが示されており、廃置分合の対象となった旧市町村については 今回と前回の人口が示され、その値により この10年間、つまりほぼ「平成大合併」と重なる期間に、所属が動いた地域の規模がよくわかります。

例えば2006年に深谷市と合併した3町の規模が これによってわかるのですが、残念ながら 2010年に群馬県太田市からの「境界変更」により埼玉県になった前小屋地区[79661] の人口までは 表示されていませんでした。
# 「廃置分合」によって中津川市に編入された 20431長野県山口村地域の人口については、岐阜県内から編入の6町村と並び 示されていました。

それはさておき、[80441]で記した国勢調査に記録された「市町村の廃置分合,境界変更及び名称変更」の情報。
昭和30年国勢調査を調べると、注釈 + 全国3地域で 合計4ファイル(55ah02a〜55ah02d.pdf)もありました。

その内容を見ると、年月日 異動地域に加えて「昭和25年人口」という欄があります。
つまり、「組替」前の自治体の前回調査人口が、この文書に既に示されていたわけです。
例えば川口市を見ると、昭和25年鳩ヶ谷町分立による人口減少が記録されています。
昭和30年といえば、昭和大合併の最中ですから その関係が多数あり、全国で3ファイルにもなったのでした。

これを見て気がついたのが、栃木県から群馬県に越境した入飛駒[79559]の規模を示す人口が得られる可能性です。
早速、昭和45年国勢調査から「70ah03.pdf」というファイルを探し出し、9/26コマ(桐生市)を見ると、1968.4.1に旧栃木県安蘇郡田沼町の一部からの異動があり、昭和40年人口は 557人であったと記されています。

この「入飛駒」は、大字飛駒の一部であり、形式的には「大字単位の境界変更」に該当しません。
しかし、500人以上という人口は、前小屋の約 140人より多いのは勿論のこと、近世村と比較しても全国的に遜色のない規模であると思われます。

参考までに、[79523]で列挙された境界変更に係る地域の人口は次の通りでした。
No.5  S30.4.1岐阜県三濃村→愛知県旭村 1805人【55ah02c.pdfの23/35】
No.8 S33.4.1 京都府亀岡市西別院町→大阪府能勢村 386人【60ah02b.pdf の26/41】
No.9 S35.7.1 群馬県矢場川村→栃木県足利市 3131人、群馬県大田市へ 1404人【60ah02b.pdf の9/41】
No.11 S38.9.1 岡山県日生町大字福浦→赤穂市 1640人【65ah03c.pdf の13/26】

[79523]境界変更リストの No.1は人口変化の記録なし。No.2〜No.11の人口変化を調べたところ、100人以上の上記4件と違い、100人以下の 6事例は、「変遷情報」も収録されていませんでした。
No.2 S28.12.1広島県比婆郡八鉾村→島根県仁多郡八川村 57人【55ah02d.pdfの3/34】
No.6 S31.1.1茨城県稲敷郡河内村→千葉県印旛郡栄町 93人【60ah02b.pdf の12/41】
No.3, 4, 7, 10の各ケースは無人でした

[80457] 2012 年 3 月 29 日 (木) 21:46:41 88 さん
 「揺らぎ」と「誤り」の違い

[80452] グリグリ さん
ところで、揺らぎ文字というのはどの程度確実なものなのでしょうか。複数の表記が混用されている場合に揺らぎ文字であると判断できる訳ですから、それは十分条件であって、別表記がないからと言って揺らぎ文字ではないと言えない訳ですよね。

野については、例えば、上野原市や田野畑村などは、上ノ原市、上原市、田の畑村、田畑村などの揺らぎと捉えることもできるのではないでしょうか。長野原町、脇野沢村なども同様で、揺らぎ文字かどうかの判断は難しいですね。やはり、混用されている事実が重要で、その場合に使われる文字という考え方しかできないのでしょうね。

私の認識している「揺らぎ」と、グリグリさんの認識している「揺らぎ」とは、まったく別物のようです。

私の意図する「揺らぎ」は、正式な根拠規定自体が不明で、参考(あくまで「参考」)となる文献により「ノ」「之」等が混在し、本当の自治体名が「ノ」「之」いずれかであるがかが特定できないもの。

例えば「上野原市」は、由来が「上」+「原」で、助字(接続語といってもいい)の表記としてとして「ノ」「之」ではなく「野」を使ったとしても、あくまで根拠となる総務省告示が「野」であれば、正式な自治体名が「野」であるのは明白。仮に文献によって「野」となるべきところが「ノ」「之」等であったとしても、それはあくまで「誤字」であって、「揺らぎ」ではない。

との観点です。

文献により混在していても、根拠規定の明確さの違いにより、「揺らぎ」か「誤字」か、が、明白である、との観点です。

[80456] 2012 年 3 月 29 日 (木) 21:14:04 オーナー グリグリ
 筆甫村

[80454] 白桃さん
宮城県に筆甫(ひっぽ)村がありました。
捜査へのご協力をありがとうございます。どんどん充実していく気分が嬉しいですね。

ところで雑学ページには名前の由来も記載するので、筆甫村の名前の由来を調べてみたのですが、諸説あるようです。ひとつは、大正時代に作られた「筆甫村歌」の一説、『三百余年のその昔、政宗公が名付けたる、筆のはじめの名も高し、これわが郷の誉れなり』の意味するところで、伊達政宗が領土内の太閤検地をした際に一番最初に検地を行ったことから、「筆のはじめ=筆甫」と付けられたと言うものです。ただ、「ひつほ」という地名はそれ以前にすでに存在していたという説や、アイヌ語が語源ではないかという学説もあるようです。

名前の由来が判っていない、新潟県の鳥原村(とっぱらむら)と、青森県の一本木村(いっぽんぎむら)の由来がお分かりの方はいらっしゃいませんでしょうか。一本木の方はその地に大きな木があったことから、という由来であるとは思いますが確認はできていません。

[80455] 2012 年 3 月 29 日 (木) 18:19:59 山野[煮豆] さん
 JRの「岩泉線」、廃線へ…(?)

今月末の最終運行を以って、廃線となる「十和田観光電鉄線」と長野電鉄の「屋代線」。
この2件に引き続いて、約2年前から土砂崩れによって運休中の岩泉線が再開する事無く廃線となる模様です。
(記事の一部を引用)
JR東日本は、岩手県宮古市と岩泉町を結ぶ岩泉線(38.4km)を廃止する方針を固めた。29日、関係者への取材でわかった。
廃線の時期は未定らしいが…。(と、書いた所で今日って未だ3月29日だよね。4月1日まであと3日。時期がなぁ。)

[80454] 2012 年 3 月 29 日 (木) 17:56:35 白桃 さん
 半濁音の村その2

[80453]グリグリさん
今日は休暇です。
やはりそうでしたか。実は私も休暇です。(笑)

「州」は北九州、南九州、「洲」は洲本、大洲しかスグ出てきません。奥州、甲州、珠洲、野洲なんかパっと出てこないようでは駄目ですね。

本題の半濁音ですが、市町村制施行時に成立したものを神奈川県までザっと見ていましたら、宮城県に筆甫(ひっぽ)村がありました。現在は♪まるまるモリモリ、丸森町です。脱線しますが、丸の隣に角(角田市)があるの、面白いです。
安比とか追浜なんか思いつくのですが、町村名ではないですね。

[80453] 2012 年 3 月 29 日 (木) 17:27:55 オーナー グリグリ
 一文字から市を連想できますか?

今日は休暇です。最近、お願い書き込みばかりでなんなので、ちょっとした頭の体操提案です。

リニューアルした雑学市区町村名の文字頻度分析(市に限定版)によると、市名に使われる文字は全部で541種類1786文字になります。この中の一つの文字を挙げて、その文字を使う市名をすべて連想できますか。例えば、「歌」。2市で使われています。歌志内市はすぐに出てくるのですが、もうひとつが引っ掛かりました。和歌山市です。言われてみれば簡単なのですが、意外とすぐに出てこないものです。皆さんはどうですか。ここに出入りしている人なら、そんなのすぐに出てくるのかもしれませんね。その場合は、範囲を町村に広げてみてください。

なお、上記の雑学ページの文字部分にマウスカーソルを当てると、その文字を使った市町村名が浮かび上がる仕掛けになっていますので、一人で楽しむことができます。ぜひお試しください。

○「州」と「洲」を使った市が各々4市あるのですが、すぐに分かりますか?
○「仙」は5市
○「倉」は6市

1文字1市は比較的簡単だと思いますが、1文字2市でも結構手強いです。まして、数が多くなるほど難易度は高くなります。最強の1文字49市の「田」を全部連想できたら表彰状ものですね。と言うことで自分でもトライしてみました。40分ほど悶々としてなんとか46市まで連想できました。残った3市はあそことあそことあそこでした。結構楽しめます。

[80452] 2012 年 3 月 29 日 (木) 17:17:36【4】 オーナー グリグリ
 Re:自治体の名称の揺らぎ

[80451] むっくんさん
将来を見越すならば、現状の「の・ノ・之・乃・野」を区別する仕様から、「の・ノ・之・埜・乃・野」を区別する仕様へと変えたほうが良いのではないでしょうか。
埜を追加すること自体は簡単なので、さっそく追加してみました。

ところで、揺らぎ文字というのはどの程度確実なものなのでしょうか。複数の表記が混用されている場合に揺らぎ文字であると判断できる訳ですから、それは十分条件であって、別表記がないからと言って揺らぎ文字ではないと言えない訳ですよね。

そこで、実際に揺らぎ文字を現在の変遷情報で確認してみました。

ヶ ケ:事例多数
が:市制町村制以降も以前も該当例なし

ノ 之:事例多数
の:日の出村(日の出町)、紀の川市、一の宮町、日の影町(伊豆の国市、隠岐の島町 は??)
乃:中乃島村(久乃木村、美乃利村 は??)
埜:該当なし(埜の使用例は、埜原村、本埜村、形埜村のみ)
野:確認困難

野については、例えば、上野原市や田野畑村などは、上ノ原市、上原市、田の畑村、田畑村などの揺らぎと捉えることもできるのではないでしょうか。長野原町、脇野沢村なども同様で、揺らぎ文字かどうかの判断は難しいですね。やはり、混用されている事実が重要で、その場合に使われる文字という考え方しかできないのでしょうね。

[80451] 2012 年 3 月 29 日 (木) 13:16:04 むっくん さん
 自治体の名称の揺らぎ

[80375][80428]グリグリさん
変遷情報検索等の改良、お疲れ様です。

変遷情報検索で、現在は「の・ノ・之・乃・野」を区別する仕様となっており、現状ではこれで特に問題がないと思います。
しかし、将来、市区町村変遷情報が明治前期(特に明治10年以前)に遡ると、問題が生じるものと考えます。
明治前期に発行された各種文献の自治体の名称を見てみますと、「ノ」と「之」と「埜」が混用されています。

将来を見越すならば、現状の「の・ノ・之・乃・野」を区別する仕様から、「の・ノ・之・埜・乃・野」を区別する仕様へと変えたほうが良いのではないでしょうか。

[80450] 2012 年 3 月 29 日 (木) 12:48:00 オーナー グリグリ
 札幌村

[80449] 白桃さん
とりあえずですが、札幌市のすぐ隣に札幌(さっぽろ)村がありました。
おぉ、そうでした。すっかり忘れていました。さっそく追加しました。

ところで、雑学同一都道府県内の同一名称の市区町村にあるように、現在は釧路市・釧路町をはじめ7組ありますが、過去に遡って調べたいですね。まぁ、ルーツが同一のものに限った方が良いとは思いますが。ということは、隣接事例に限ると良いのかな。

[80449] 2012 年 3 月 29 日 (木) 11:36:42 白桃 さん
 半濁音の村

[80448]グリグリさん
とりあえずですが、札幌市のすぐ隣に札幌(さっぽろ)村がありました。

[80448] 2012 年 3 月 29 日 (木) 09:40:39 オーナー グリグリ
 半濁音(ぱぴぷぺぽ)の入った町村を探しています!

[80420]で問い掛けた件、雑学半濁音(ぱぴぷぺぽ)の入った市区町村としてまとめましたが、過去に存在した半濁音の読みの町村はまだまだ隠れていると思います。どのように探したらよいかなども教えていただけると嬉しいです。引き続き情報提供をよろしくお願いいたします。

[80447] 2012 年 3 月 29 日 (木) 08:16:19 オーナー グリグリ
 Re:カンザス州グーグル市

[80433] 実那川蒼さん
アメリカ・カンザス州州都のトピカ市が一時的に市名を「トピカチュウ市」(1998年)や「グーグル市」(2010年)に変更した話を思い出しました。ただし、どちらも街おこしが目的の期間限定の市名変更で、企業が市に広告料を払って市名を変えてもらったわけではないので、ネーミングライツとはちょっと違いますね。
なるほど、そう言う話題ありましたね。実際にはどのように利用されたのでしょう。期間限定ですから、公式文書などの正式名というよりは、企画別名ということでしょうか。最近流行の日本の「うどん県」みたいな感じかな。

ネーミングライツとは直接関係ないのですが、アーカイブ複数単語の市名(海外事例)にまとめてある話題の発端となった、米国カリフォルニア州のCarmel-by-the-Seaですが、市の公式HPの表記(アドレス表記も含め)ではちゃんとCarmel-by-the-Seaになっているのですが、Google MapではCarmelと省略?されています。正式な市名はCarmel-by-the-Seaだと思われますので、地図での省略という感覚でいいのでしょうか。厳密性についてはおおらかなのか、それとも通称として一般的になっていると言うことかな。日本で言うと、大和郡山を地元では郡山と普通に呼んでいるみたいな感じ?。日本では地図まで省略しないから、ちょっと違うか。

[80446] 2012 年 3 月 29 日 (木) 07:55:41 オーナー グリグリ
 Re:戦時合併 と その解体 続編
hmt 戦時合併 と その解体

[80411] hmtさんの記事に始まる表題の件、非常に貴重で面白い議論が続いています。資料価値も非常に高いと思いますし、うまくまとめたいなと思っています。まとまった記録としては、hmtマガジンでいずれ取り上げられると思いますが、落書き帳の書き込み記事をもう少し手軽に記録保存することができないかなと考えています。例えば、変遷情報の詳細記録ページに記事番号や記事集をリンクするのはどうでしょうか。

例えば、Issieさんの「旧座間町の分離について」[80429][80430][80431] は、相模原町の町制の詳細情報相模原町からの分立の詳細情報に、関連落書き帳記事としてリンクを貼ると有効だと思います。落書き帳には、このような記事が星のように数多く輝いていますので、変遷情報についてはこのような手法で生かしたいと考えます。いかがでしょうか。>88編集長

落書き帳の記事の生かし方として、単純な記事検索の他、編集作業を凍結している落書き帳アーカイブズや、hmt編集長のhmtマガジンのマガジン活用がありますし、落書き帳の話題から雑学ページに発展させたものもあります。私としては、編集者による特徴が出るマガジン化を推進したいと思っていますが、ハードルが高いのかなかなかhmtさんに続く編集者が現れてくれません。ROMの方、ROMになりつつある方、時々生存報告される方、お忙しい方、皆さんいろいろ大変だとは思いますが、ご自分のマガジン企画に参加していただけないでしょうか。お待ちしています。

[80445] 2012 年 3 月 29 日 (木) 06:43:07 オーナー グリグリ
 はじめまして♪

[80380] 2012 年 3 月 6 日 (火) 00:11:25 ラクダ さん
初めまして。ラクダと申します。
ぼくは小学5年生の地理だいすき少年です。
これからよろしくお願いします。
[80404] 2012 年 3 月 14 日 (水) 23:50:42 恵岳隊 さん
新規書き込みですがこの趣味は古参者です。

ラクダさん、恵岳隊さん、はじめまして。落書き帳へようこそ。オーナーのグリグリです。
この掲示板は地理が好きな方でしたらどなたでも気軽に書き込みができます。
これまでの書き込みは膨大な量になっていますし、過去の記事を検索するといろいろ面白い話題も出てきます。しかしながら、情報が古くなっている記事もありますので、過去の記事に捕われず、初心に返って面白い話題や気になる疑問など、遠慮なく書き込んでいただければと思います。皆さん、心優しい方ばかりですから、丁寧に対応してくれると思います。では、今後ともよろしくお願いいたします。

[80444] 2012 年 3 月 29 日 (木) 00:08:47【1】 88 さん
 総理庁告示以前の官報広告
hmt 戦時合併 と その解体

[80421] hmt さん
No.20 阿知須町分立は、地方自治法になってからの 1947/11/23実施ですが、告示は半年以上前だったのでしょうか。
[80441] hmt さん

実は、[80421] hmt さんの上記投稿を受けて官報情報検索サービスで再確認していると、大発見しました。
[80441] hmt さん 関係も含めて、以下に3件記します。

◎町設置
昭和二十二年十一月二十三日から山口市のうち大字阿知須を分ちその区域をもつて阿知須町を置きその属する郡の区域を吉敷郡に定めた。
昭和二十二年十二月
山口県
昭和22年12月19日 官報第6281号 209頁 「広告」欄

●町村変更
三島郡片貝村は昭和二十二年十一月三日、町となつた。
昭和二十二年十一月
新潟県
昭和22年11月17日 官報第6253号 99頁 「広告」欄

●町村変更
岡山県児島郡福田村は福田町とすることを許可し昭和二十二年十二月九日からこれを施行した。
昭和二十三年一月
岡山県
昭和23年1月19日 官報第6300号 68頁 「広告」欄

――――――――――
総理庁設置はS22.5.3であり、S24.5.31まで存在しますが、「総理庁告示」により市町村の廃置分合等がなされたのは、S23.4.2付け総理庁告示第25号による青森県上北郡大三沢町設置が最初です。
これ以前は、上述のように、府県告示?であり、官報という「公報」に掲載されたようです。
もちろん、府県の公報に掲載されたものもあるでしょう。
「公告」でなく「広告」欄です(正確には旧字体の「廣告」)。
「広告」には、「町設置」等のほかには、「公示催告」「公示送達」「漁業財団」「工場財団」「鉱業財団」などの見出しが並んでいます。
上述の3件以外にもまだ官報の「広告」欄に搭載された例があるかとは思いますが、そこまで調査が至ってません。

また、この時期の根拠規定の精査も改めて実施中ですが、整理がまだできていません。整理できればまた投稿したいと思います。

――――――――――
[80443] 紅葉橋律乃介 さん
ほぼ調査を終えましたが、少々お待ちを。

[80443] 2012 年 3 月 28 日 (水) 21:16:52 紅葉橋律乃介 さん
 おや?

[80441] hmtさん
24.1.1上砂川町【変遷情報24.4.1】、24.11.1下川町【24.12.1】

 下川町は12月1日で良さそうですが、上砂川町は1月1日が分立日と思います。
 と言っても告示を確認したわけではなく、郷土史等が1月1日説であるのみ。官報ではどうなっているのでしょう…>88さん?

[80442] 2012 年 3 月 28 日 (水) 19:52:28【6】 オーナー グリグリ
 かつて、3つの「みさきちょう:岬町、美咲町、三崎町」が、たった10日間、同時に存在しました

[80439] 右左府さん
人口データですが、沖縄県渡名喜村の2010年国調人口が誤っています。
 誤)45人 → 正)452人
ご指摘ありがとうございます。さっそく修正しました。お手数ですがご確認ください。
今回修正したデータベースは、以下のデータになります。

・最新
・20120104(長久手市誕生)
・20111111(野々市市誕生)
・20111011(川口市の鳩ヶ谷市編入)
・20111001(推計人口基準日)

現在データベースは、2003年9月1日が一番古く、その後一部抜けはありますが、何らかの変遷があった日付のデータベースをすべて用意しています。しかしこれは数が多くなり過ぎて判り難く扱い難いのではないかと思っています。以前も議論していますが、各年の10月1日を推計人口の基準日として、各年毎のデータベースに集約する予定です。

変遷があったタイミングでデータベースを用意しておくことはそれなりに意味はあると思いますが、皆さんのご意見やご要望は如何でしょうか。例えば、この雑学「同音異字の市町村:完全一致」の説明文に書いてある、三種類の同音異字の市町村が目まぐるしく変化した、2005年(平成17年)2月1日から2006年(平成18年)1月1日の期間の変遷が、各年毎のデータベースにしてしまうと、追いかけ辛くなります。具体的な三種類の同音異字の変遷は次の通りです。

○ 〜 2005.1.31
・山形県 東田川郡 三川町(みかわまち)
・石川県 石川郡 美川町(みかわまち)2005.2.1消滅
・熊本県 玉名郡 三加和町(みかわまち)
○ 2005.2.1 〜 2005.3.21
 (空白期間)
○ 2005.3.22 〜 2005.3.31
・大阪府 泉南郡 岬町(みさきちょう)
・岡山県 久米郡 美咲町(みさきちょう)2005.3.22誕生
・愛媛県 西宇和郡 三崎町(みさきちょう)2005.4.1消滅
○ 2005.4.1 〜 2005.10.10
 (空白期間)
○ 2005.10.11 〜 2005.12.31
・三重県 北牟婁郡 紀北町(きほくちょう)
・愛媛県 北宇和郡 鬼北町(きほくちょう)2005.10.11誕生
・鹿児島県 曽於郡 輝北町(きほくちょう)2006.1.1消滅
○ 2006.1.1 〜 2010.1.3
 (空白期間)
○ 2010.1.4 〜
・愛知県 みよし市(みよしし)2010.1.4誕生
・広島県 三次市(みよしし)
・徳島県 三好市(みよしし)

各年10月1日のデータベースからは「みさきちょう」と「きほくちょう」は検索することができなくなります。

[80441] 2012 年 3 月 28 日 (水) 16:11:09 hmt さん
 国勢調査に記録された市町村変遷情報 (1)昭和24年 栗橋町を「分割」としたのは誤記?
hmt 戦時合併 と その解体

市町村の廃置分合、境界変更及び名称変更については、基本的に ここの 「変遷情報」 に頼っています。
従って、これまで 統計局の国勢調査資料 を参照することが なかったのですが、最近話題にした 戦時合併・戦後分離 の時代について、どのように記録されているか、ちょっと調べてみました。

過去の国勢調査資料は、政府統計の総合窓口の 提供統計一覧 から探すことができます。

今回問題にした時代は、昭和22年臨時国勢調査と昭和25年国勢調査とにより、大部分がカバーされています。
昭和55年(1980)以前の資料については、当時の印刷物を PDF化した文書により提供されています。

昭和25年国勢調査>人口総数と進むと、統計表一覧の下の方から、「市町村の廃置分合,境界変更及び名称変更−昭和22年10月〜昭和25年9月」のPDFファイルに進むことができます。
「保存」を選ぶと「50a-z01j.pdf」という名で保存されます。頭の50は、1950年国勢調査を意味しています。

このファイルの3/10コマが埼玉県で、昭和23年4月1日の志紀町4分割は良いのですが、その下の方に
昭和24年10月1日 北葛飾郡栗橋町を廃し、その区域をもって新たに栗橋町、静村、豊田村を設置。
とあります。

1949年の解体手続きが「分立」であることは、[55654]88さんに記されている 昭和二十四年総理府告示 第百三十五号 から明らかであり、国勢調査報告書が「分割」としているのは、誤記であろうと考えられます。

地方行政とは部署が違うが、同じ「総理府」の作った文書の中に、こんなこともあるのですね。

「50a-z01j」には、埼玉県内 19件の変更が記録されています。
「変遷情報」では省略している 一部編入 や 大字単位でない境界変更 も拾い上げているので、同じ期間内の埼玉県「変遷情報」の記録数6件(11行)よりも 多数になっています。

ついでに、埼玉県以外にも目を通してみたところ、「50a-z01j」の次の箇所も、変遷情報と相違していました。
北海道 24.1.1上砂川町【変遷情報24.4.1】、24.11.1下川町【24.12.1】、千葉県 24.11.3大柏村の市川市編入【24.11.1】、新潟県 22.11.12片貝町【22.11.3】、愛知県 23.4.1碧南市【23.4.5】、三重県 25.8.1井田村【猪田村】、岡山県 22.12.9福田町【22.12.25】、大分県 24.4.1野津町【24.7.1】

昭和22年臨時国勢調査の統計表一覧には、昭和25年にあったような 廃置分合の専用ファイルが見当たりません。
しかし、市町村別人口を記録した 9ファイルの中に、脚注の形で 廃置分合等が書き込まれています。

[80440] 2012 年 3 月 28 日 (水) 07:44:43 白桃 さん
 人口データ更新に感謝

昨晩も9時すぎには、うつらうつらと舟を漕ぎ
今朝は6時前に起床し、一念発起のジョギング、けど30m走ったら右足の腱が伊丹空港。
まるで年寄り、いや、十分年寄り。
では、御畳瀬(みませ)見せましょう 浦戸を開けて 落書き帳を・・・
というわけで、
[80438]オーナーグリグリさん
更新作業ご苦労様です。宮城、埼玉、福井など見ただけですが、特に問題はないようです。

[80439]右左府 さん
沖縄県渡名喜村の2010年国調人口が誤っています。
45人じゃ、東京都青ヶ島村を抜いて日本一人口の少ない自治体が出来上がりましたね。(笑)

[80439] 2012 年 3 月 27 日 (火) 23:25:20 右左府 さん
 Re: 人口データ更新

[80438] グリグリ さん
連日の更新作業お疲れ様です。

人口データですが、沖縄県渡名喜村の2010年国調人口が誤っています。
 誤)45人 → 正)452人

[80438] 2012 年 3 月 27 日 (火) 22:22:10 オーナー グリグリ
 人口データ更新(2011年10月1日の推計人口と2010年10月1日の国勢調査人口)

白桃人口研究所からいただいていた人口データの更新を行いました。2011年10月1日の推計人口と2010年10月1日の国勢調査人口です。都道府県プロフィール、市区町村プロフィール、ランキングデータ、データベース検索など、関連する人口データを更新しました。白桃さん、データ提供をありがとうございました。対応が遅くなり申し訳ありませんでした。南三陸町、七ヶ宿町、勝山市のデータなど、正しく修正されていると思いますが、ご確認いただければと思います。よろしくお願いいたします。

[80437] 2012 年 3 月 26 日 (月) 21:35:34 オーナー グリグリ
 市区町村雑学のリニューアルを行いました

かねてから作業を続けていました雑学ページのリニューアルが一区切りとなりましたので、一旦、リリースします。

・全ページのURLを http://zat.uub.jp/ で統一しました
・各ページのタイトルをシンプルにしました
・各ページの内容を見直し記述の追加を行いました(例:半濁音(ぱぴぷぺぽ)の入った市区町村
・過去のデータベースによる再表示ができるページを増やしました
・市の市制施行日分析を大幅改編拡大 → 市制施行日・市の誕生日・市名誕生日
・同一都道府県内の市の共通文字を市町村に拡大 → 同一都道府県内の市町村共通文字
・2つにわかれていた市と市町村名の漢字頻度分析を一本化 → 市区町村名の文字頻度分析
・3つに分かれていた大中小上下の市町村を一本化 → 大中小上下の入った市区町村
・全ページのレイアウトや構成を見やすく改善しました

まだまだ改善の余地もありますし、新たな雑学ページの追加も行っていきたいと考えています。あらためてご覧いただき、皆さんからのご要望やご感想をいただけると嬉しいです。

#タイトルを「都道府県市区町村雑学」とすべきかなぁ

[80436] 2012 年 3 月 26 日 (月) 18:40:13 白桃 さん
 そこまでやる???

JR四国の高松駅の愛称を「さぬきうどん駅」とするようです。

[80435] 2012 年 3 月 26 日 (月) 18:30:10 白桃 さん
 字名保存論

私が近代デジタルライブラリーを見るときは、社会科学→統計と進んでしまうのですが、本日たまたま地理.地誌.紀行に寄り道したら、字名保存論というものが目に入りました。大正10年、山本徳三郎という方の著作ですが、私がオヤっと思ったのはその出版元で、岡山の細謹舎ではありませんか。学生時代あまり本を読まなかった私ですが、天満屋近くにあったこの本屋にはチョクチョク行きました。今は無くなったようですが、寂しいです。
ともかく、約90年前にこういう本が出版されていたことに少し驚いています。
著者は東京帝大出で岡山県に派遣?された役人らしいのですが、どうも「変わり者」のような気がします。散漫でとりとめのない部分が多い(誰かと似ている~y~)と思いますが、関心のある方はどうぞご覧ください。

[80434] 2012 年 3 月 26 日 (月) 13:12:35【2】 hmt さん
 戦時合併 と その解体 続編 (6)座間町分立に影響した法改正 住民投票で分離した28町村
hmt 戦時合併 と その解体

[80429][80430] Issieさん
あえて“特別措置”は行使しないことを表明しながら,むしろそれを条件に町に承認を迫った,とも言えそうですね。

タイミング良く、昨年『相模原市史 現代通史編』が発行されていたのですね。
詳細なご紹介により、当時の実情の一端を知ることができました。

引用箇所が戻りますが、
このように,なかなか上手く進まない座間の分離問題。その風向きを変えたのが「昭和23年法律第179号附則第二條」という地方自治法改正

この改正法附則第二条は、88さんが [55654]で第5項まで、更に[80419]で第9項までを紹介されているのですが、住民による請求期間を2年間に限定した第10項が なぜか脱落していたので追加します。

昭和23年法律第179号附則第二条第10項
第二項の請求は、この法律施行の日から二年以内に限り、これを行うことができる。

【追記】
ここで、このような過去の法律を落書き帳記事にリンクする際に利用できるソースについて、一言紹介します。
2年前の記事[75018]で 「地方自治法の昭和27年改正」 をリンクした時は、国立公文書館の 原本画像 を利用しました。
ところが、最近では もっと使い勝手のよい テキストソースに 簡単にアクセスできることを知りました。
すなわち、衆議院HPに第1回国会以来の制定法律本文があり、日本法令索引からリンクされているのです。

手順を簡単に説明します。
日本法令索引 の現行法令から「地方自治法」を検索。その「法令沿革」で 昭和23年7月20日法律第179号〔第四次改正〕 の「被改正法令」をクリックすると、国立公文書館_デジタルアーカイブ【御署名原本画像】と衆議院_制定法律【テキスト】との両方へのリンクがあります。
衆議院_制定法律 を閲覧すると、原本由来ですが 項番号がありません。最後のあたりに記された附則の 行頭位置は乱れており、少し読みにくい。
しかし、テキストですから、上記のように必要部分をコピペするにも便利です。

なお、衆議院のテキストが使えるのは“第1回国会以来の制定法律”に限られ、それ以前、例えば 帝国議会による「制定当時の地方自治法」[75012] を見るのには使えません。
【追記終】

なお、“2年間だけ住民投票で決着できる”という事実だけは、ずっと前の[28038]で紹介済みでした。

[80431] Issieさん
片瀬町が藤沢か鎌倉との合併(中略)問題を決定するために町民による町民投票を行って方向を決めたのである。

1948年の法改正とは無関係ですが、1948年よりも前に住民投票が行なわれた事例があったのですね。

座間町は、事実上 1948年の法改正を見据えたものではあったが、分立手続き自体は法改正によるものでなく、住民投票も行なわれませんでした。従って、“分離が住民投票で決定”された28件[28038]の中に含まれていないのは当然です。

では、[80419]88さんの表で「○」が付けられた20町村と、上記“28件の分離”との相違とは?

特別措置による分立が行なわれた結果、「分立元」が戦時合併前の単独町村に戻ったケースが該当するでしょう。
秋田県南秋田郡昭和町【合併前は大久保町】、秋田県河辺郡和田町、茨城県稲敷郡瑞穂村【分立3ヶ月後に合併前の長竿村に改称】、埼玉県北葛飾郡栗橋町、高知県高岡郡新宇佐町【分立と同日に合併前の宇佐町に改称】で5件。

熊本県飽託郡三和町から池上村が分立した翌年の分割により 合併前の自治体に戻った城山村・高橋村。
この分割手続き自体は 特別措置によるものでなかったのですが、戦前の形に戻すという住民の意向は、前年の住民投票で示されていた可能性があります。
そして、岡山県苫田郡加茂町(2)から新加茂町分立後に残った加茂町(3) [80421]
これは戦時合併前の東西2村ですが、これも同類と数えれば 20+5+2+1=28件。

むりやり数合わせを強行したきらいもありますが、一応説明がつきました。

[28038] 夜鳴き寿司屋 さん
実際に全国で33件が実施され、そのうち28件の分離が住民投票で決定になったようです。
ということは、住民投票で分離せずの結果を出したり、県議会で分離案否決[80415]されたりの不成功 5例ということか。

[80433] 2012 年 3 月 26 日 (月) 04:24:23 実那川蒼 さん
 カンザス州グーグル市

[80426](オーナー グリグリさん)
ところで、海外には事例はあるのでしょうか。
ずばり、企業名や人名の市は普通にあると思いますが、ネーミングライツの事例です。

アメリカ・カンザス州州都のトピカ市が一時的に市名を「トピカチュウ市」(1998年)や「グーグル市」(2010年)に変更した話を思い出しました。ただし、どちらも街おこしが目的の期間限定の市名変更で、企業が市に広告料を払って市名を変えてもらったわけではないので、ネーミングライツとはちょっと違いますね。

[80432] 2012 年 3 月 25 日 (日) 18:14:07【1】 白桃 さん
 洲本高校VS鳴門高校

[80401]中島悟 さん
[80402]右左府 さん
[80403]千本桜 さん
「『歳の差』と『都市の差』の連関を考えてみるヒマな調査」にご協力いただき有難うございました。
単なる仮説ですが、地理や地図に親しんでいる方の「都市規模」イメージは、誕生年よりは古い時代から現在までのもの、つまり年齢よりは長期間の統計データをもとにしたランキングに近くなる傾向があるかもしれません。

さて、昨日まで地理や地図にまったく親しんでいない方たちと7泊8日もの長期旅行を強行?してまいりました。国内旅行だけど海にかかる橋を往路だけでも4度も渡って「海外」に行ってきました。車での旅行だったのですが、私は運転免許を「返上」というか、更新料が払えず破棄しておりますので、運転は他人まかせ、或る意味での大名旅行だったのです。
というわけで、運転してくれた方達には大変お世話になったのですが、淡路島に渡った途端に「やっと四国に来た」とか、「小豆島より小さいよね」とか、「津軽海峡の渦潮を早く見たい」とか、烏城を見ながら「ここ、岡崎だっけ?」という皆の発言にこちらも驚きながらも大変楽しませていただきました。仁淀川の河口を渡るときに、「日本一美しい川になった」と2〜4度伝えたのですが、3人の同乗者は「しまんと」は覚えても、「によど」の名前は絶対覚えてないだろうナ・・・
宿泊は、名古屋、鳴門、高知、土佐清水、松山、倉敷、浜松の7市で、観光というか歩いたのが、名古屋市、鳴門市、東かがわ市、琴平町、高知市、四万十市、土佐清水市、松山市、尾道市、倉敷市、岡山市、浜松市。昼食休憩地が、海老名市、淡路市、琴平町、須崎市、愛南町、尾道市、たつの市、富士市。どう見ても長いだけで、ごくごく平凡なコースでしょう。(笑)
東かがわ市の隣にある鳴門市には何度も行ってますが、宿泊したのは初めてで、実と言うと観潮船に乗ったのも初めてです。
母校の三本松高校に寄ってみると、たまたま高校入試合格発表の日でした。びっくりしたのは合格者総数が115名という少なさ!45年前は3倍ぐらいあったのだから、物凄く「狭き門」にしたらしい。(人口、とりわけ若年層が急減した、などと口が裂けても言えません・・・)

タイトルは、奇しくも今回の選抜で実現した、お互い近くて、ともに優勝経験のある高校同士のカードです。

[80431] 2012 年 3 月 25 日 (日) 17:38:53【2】 Issie さん
 旧座間町の分離について: 「隋書」では
hmt 戦時合併 と その解体

[80430] の続き

以上,相模原市側の「正史」によって座間分離の過程を見てみました。
冒頭で申し述べたとおり,これは1960年代後半に編纂された旧版を引き継ぎ,2004年の市制施行50周年を機会に編纂が進められている新版市史によるものです。わが国の正史になぞらえれば「日本書紀」に対する「続日本紀」とでも言えましょうか。
実際に国家が編纂した正史では,現政権の正統性を強調するために前政権に対する記述に政治的配慮を加えることがよくあります。645年の宮廷クーデタ(乙巳の変,いわゆる大化の改新)および672年の王位継承をめぐる内戦(壬申の乱)という2度の王位簒奪事件を経て成立した政権(天武・持統朝)で編纂が始まった「日本書紀」における蘇我氏に関する記述や,皇統が天武系から天智系に移ったのを受けて即位した桓武天皇の命令で編纂された「続日本紀」における孝謙・称徳女帝と“怪僧”道鏡とのスキャンダラスな関係なんかは幾分割り引いて読む必要がありそうです。
市史程度のものであれば,そこまで読み込む必要はないと思いますが,それでも40年前に編纂された旧版の方で座間分離問題を扱っていたら,その書きぶりは新版のそれとは少し違っていたかもしれません。何より,まだ通史編が刊行されていない座間市側の「正史」でどのように記述されるか,とても楽しみです。

ところで,倭国が派遣した使節が隋の皇帝・高祖文帝の前で演じた不調法を恥じてか,わが国の正史に記載のない600年の遣隋使をしっかり記載している『隋書』に相当する(?),県史ではこの辺りをどう記述しているか,『神奈川県史 通史編5 近代・現代(2)』(1982年)も見てみました。
当然ながら,市史と県史とでは関心の対象が違い,敗戦後の地方制度改革で最も関心を寄せているのは横浜市も対象となる「特別市」問題ですが,あわせて分離を含めた市町村の「区域変更」をめぐる問題を取り上げています。長くなりますが,ほかの興味深い事例についても触れているので,1節の前半分を以下に引用します。

-------------------------------------------------------------------------------------
 特別市問題は新しく作られる地方制度の枠組との関連で県を二分するか否かの大問題であったが,県内にはそれとは異なる型での区域変更をめぐる争いもこの時期に登場した。その一つは横須賀市内の旧逗子町の分離独立問題で,戦時中の1943(昭和18)年4月に軍の要請で横須賀市に編入された旧逗子町の町民の有志から戦後になって編入の意義は失われたとして従来の如く逗子町として独立しようとする運動が活発になってきたのであった。また,高座郡相模原町でも旧座間町の分離独立問題が動き始めていた。座間では相模原への合併後,住民生活の不便,経済負担の不均衡等を理由に,分離独立の意向を強くもっていたが,相模原町会ではこれを認めると大野・相原等が相次いで独立することをおそれてこれを承認しなかったために問題化し始めていたのである(地方課『昭和22年3月知事事務引継書』)。
 当時の地方制度では,そして制定されることとなる新地方自治法においても,市町村の配置分合は関係市町村会の議決を経て,内務大臣の許可を得たうえで知事が定めることとなっていた。しかし,住民の意思を尊重するという雰囲気が強まってくるなかで,区域の変更に関しても住民の意思を直接に聴する手続が採られる動きも見られたのである。鎌倉郡片瀬町の場合がそうであった。片瀬町と隣接する藤沢市との合併問題は戦前からあったが,敗戦後の財政の窮乏と食料の確保のため合併の気運が強くなり交渉が進められた。一方同市に隣接する鎌倉市も大鎌倉市の構想をもち隣接町村との合併を希望し,片瀬町が藤沢か鎌倉との合併を希望するとの誘いをもちかけた。同町ではこの問題を決定するために町民による町民投票を行って方向を決めたのである。1947年1月に行われた町民投票では有権者の57パーセントの3463名が投票し,結局藤沢市への合併を希望するものが,現状維持・鎌倉合併派をおさえて多数派を占め,これを基礎として両市町は合併を内務大臣に奏請した結果,同年4月1日から片瀬町は藤沢市に編入されることとなったのであった。このように“首長公選”の時と同様に法制上の裏づけはないが,住民の意向を確かめるための住民投票を経て事実上の決定を行い,それを法制に結びつけて運用するということが,過渡期の地方制度運営の現場でみられるようになっていたのである。ちなみに,逗子町の横須賀市からの分離の投票は1949年3月に行われたが,これは48年の地方自治法一部改正による法的根拠をもった投票であった(『横須賀市政時報』昭和24年2月22日)。(p.575〜576)
-------------------------------------------------------------------------------------

というわけで,住民投票の行われなかった旧座間町のその後については実は触れられていません。
ところで,「県史」のこの巻が刊行されたのは1982年。当時の神奈川県は“長洲県政”の下,「革新自治体」の代表として情報公開条例の制定に取り組んでいました(これが山形県の小さい町に先を越されてしまった件,昨日(24日)の朝日新聞・夕刊に取り上げられています)。ここに引用した節の書きぶりにも,そんな県政の雰囲気が漂っているような気がします。

当たり前のことですが,県レベルの視点から見れば座間の分離問題は逗子の分離問題とも連動する案件です。結果的に,両者は違った手続きで分離・再独立を勝ち取りました。
ここで大きな働きをした「地方自治法の一部改正」は,社会・民主・国民協同3党の連立政権である芦田内閣の下で進められましたが,国会で実際に審議を進めたのは衆議院の治安および地方制度委員会委員長であった野党・自由党の 坂東幸太郎 であり,彼が座間の分離問題に積極的に関わったのは前述のとおりです。また,これも最初に登場した元県議の地元選出衆議院議員 岩本信行 も,一連の記述には登場しないけれども大きな働きをしたことでしょう。前述の通り彼は,占領下の戦後第1回衆議院議員選挙で採られた大選挙区制を1947年の新憲法準備総選挙に備えて元の中選挙区制に戻す選挙法改正審議での手腕を 吉田茂 に買われて,昭電疑獄による政権交代で成立した第2次吉田内閣で,解体された内務省から地方行政事務を引き継いだ 地方財政委員会委員長(国務大臣) に抜擢されます。「地方政治のプロ」としての抜擢ですが,それが内務官僚ではなく,長く県会の首領として君臨してきたという意味での「地方政治のプロ」なのですね。
町議会で座間分離案が可決して再独立の実現に大きく進んだとき,町議会からは分離に向けての具体的な手続について,先行して分離(というより解体)が実現した埼玉県の旧志紀町へ代表を派遣して調査してきたりもしています。

座間の分離独立は,こうしたさまざまなつながりの中で実現したのですね。

[80430] 2012 年 3 月 25 日 (日) 17:37:11【1】 Issie さん
 旧座間町の分離について: 「正史」における記述 (2)
hmt 戦時合併 と その解体

[80429] の続き

このように,なかなか上手く進まない座間の分離問題。その風向きを変えたのが

[80415]
「昭和23年法律第179号附則第二條」という地方自治法改正

です。
「市史」では,1947年12月に衆議院で前年8月に請願書を提出した座間分立を求める請願が認められ,翌48年2月にこの請願書を仲介した前出の衆議院議員で当時衆議院治安および地方制度委員会委員長を務めていた坂東幸太郎から上記の地方自治法改正につながる指令がGHQから出るという情報がもたらされたことが転機になったとしています。この地方自治法改正に関する記述は以下の通り。

-------------------------------------------------------------------------------------
 戦時中,軍の要請で合併させられた市町村を,従来の市町村議会の議決ではなく,住民投票により元の状態に戻すという,地方自治法の改正案は,4月15日,衆議院に提出された。審議は同月27日から,治安および地方制度委員会で始まる。委員長の坂東幸太郎は地方自治法の改正案をめぐる状況について,座間側にその都度知らせていた。分立実行委員の山田和夫に宛てた葉書のなかで,坂東は座間側が関心を寄せる改正案の提出時期と中身に関して触れている。
 審議が進むと,5月には,稲垣俊夫・山田和夫の二人が坂東議員を訪問した。かれらは今回の地方自治法の改正に,相模原町の事例も含まれるのかどうか聞いたところ,坂東から「該当する」というお墨付きを直接得ている。地方自治法の改正案は6月19日に衆議院本会議,同月28日に参議院本会議でそれぞれ可決され,7月20日に公布された。(p.324〜325)
-------------------------------------------------------------------------------------

この一連の動きの中でキーパーソンであったのが衆議院議員の 坂東幸太郎 や 岩本信行 であったわけです(ともに自由党)。そして,この地方自治法改正に座間分立問題も深く関連していたことがわかります。
これに対して地元の座間・相模原では,

-------------------------------------------------------------------------------------
 国政の動向が座間にとって有利に働いたことで,座間分離問題は再燃した。48年5月には,座間地区選出の六人の町議と座間支所長が相模原町の関係者を訪問し,改正後の地方自治法を適用して分町を強行するよりも,改正前に町議会の議決で円満に独立したいという意向を伝えたという(『神奈川新聞』1948年5月5日付)。座間側は強気の姿勢に変化し,改正案の成立を待たずに解決することを急いだ。
 地方自治法の改正案の成立が確実視されると,相原・大野地区の町議との連携も進む。座間地区六人と大野地区五人の合わせて十一人の町議が,6月2日に共同で,座間の分離問題に関する臨時議会の招集を求めた(議会史 資料編II)。これまで,町議会でたびたび分離実現の機会を逸してきたが,今度は,相原・大野との共同歩調が事前に採られる。6月8日,相模原町議会が開かれると,「座間地区分離独立の件」が提案され,19対11で可決された(議会史 資料編II)。ここで,座間地区は独立する権利を手にする。(p.325)
-------------------------------------------------------------------------------------

ということになりました。
あえて“特別措置”は行使しないことを表明しながら,むしろそれを条件に町に承認を迫った,とも言えそうですね。

こうして町議会は座間の分離を承認しましたが,前年の選挙で分町派の候補を破って当選した町長の小林與次右ヱ門は,「分町問題は町発展のブレーキ」と認識し,町議会の解散権行使をちらつかせながら消極的な態度をとりました。しかし結局,7月7日の町議会全員協議会で(分町派でない5地区を含む)各地区選出の町議一人ずつと正副議長から成る「旧座間町地区分離準備委員会」の設置が決定され,同委員会でまとめられた分離に伴う財産処分案を含む具体的な座間町分離方針が8月6日に町議会に上程,「9月1日から座間町を設置する」ことが全会一致で承認されたのを受けて,8月11日に小林町長が 地方自治法第7条による町分離処分 の申請を県知事に行いました。県議会は8月30日に座間分離案を可決,翌31日に

[80415]
昭和23年神奈川県告示第360号
「座間町設置に関する県告示」

が出されました。そして翌日,1948年9月1日に座間町が再置されたわけです。

一方,座間と共同歩調をとっていた相原・大野の両地区は結局,分離を選択しませんでした。
座間が分離の実現に向けて積極的に動き出した5月半ば,両地区選出の町議は「相模原町分町問題に関する申合」を取り交わしました。その中で,両地区は相模原町に残り市制施行の実現に努力する。それに当たっては,(3段の河岸段丘である相模原台地の“中段”に位置する)上溝にある町役場などの諸施設を“上段”の横浜線沿線に移転することを求めています。それが認められなければ,座間に続いて両地区も分離をめざす,ということです。
この「申合」は座間町の分離が議決された6月8日(「市史」ママ。8月6日か?)の町議会に緊急動議として提案され,可決しました。
実際に町役場が上段の 旧相原村清兵衛新田 の現在地に移転するのは1954年4月29日。これは相模原町発足からちょうど14年めの記念日,そして同年11月20日の市制施行の7ヵ月前のことです。
現在,市役所や警察署,郵便局などが集積する相模原市の中心業務地区(CBD)となっている 中央・富士見地区 は旧上溝・相原・大野3町村の境界が交わる場所に当たります。ここをCBDとすることは「軍都計画」当初からの既定方針であったようですが,現実には相原・大野両地区の分離を思いとどまらせることの交換条件として実現したとも言えそうです。

以上が,「市史」の記述による「協議離婚」([80411] )の経緯です。
現実の「離婚」がそうであるように,たとえ円満に見える協議離婚でも,それが実現する経緯は紆余曲折があるのですね。

(続く)

[80429] 2012 年 3 月 25 日 (日) 17:34:59【1】 Issie さん
 旧座間町の分離について: 「正史」における記述 (1)
hmt 戦時合併 と その解体

[80411] 以下 hmt さん
戦時合併 と その解体 続編

昭和16年の合併には「座間町」も加わりましたが、戦後に分立。
日付から判断すると、おそらく臨時措置による手続き[55656]によらず、相模原町との「協議離婚」が成立したものと思われます。

[80415]
【追記】
逗子町再置が 前記改正法“附則第2條第5項の規定”によることは、昭和25年総理府告示第191号 に明記されていました。
そこで、座間町の場合も 再置告示確認によって、臨時措置によるものか否かの区別がつくであろうことに気づきました。
調査の結果は、通常の手続きによる分立のようでした。昭和23年神奈川県告示第360号 【追記終】

この辺りの経緯について,「正史」である市史ではどのように記載してあるか,確認してみようと思いました。
本来であれば双方の記述にあたるべきなのですが,座間市側では現時点で「通史」の刊行は近世まで,近現代については「資料編」の刊行にとどまっている(その代り非常に詳細で,後の引用の通り相模原市側の記述の多くもこれに依っています)ので,以下は相模原市側の『相模原市史 現代通史編』(2011年,以下「市史」)によります(なお,この刊行年にあるように相模原市側でも1960年代後半から70年代初めに編纂された旧版市史は1945(昭和20)年8月15日で終わり,「相模原市」の時代が丸ごと入る戦後の記述は今回の“新版”に送られていました)。

さて,「市史」ではまず,座間町分離の前提状況として次のように記載しています(なお以下,年月日や数を表している漢数字は原則として算用数字に改めます)。

-------------------------------------------------------------------------------------
 「相模原町旧座間町地区分立嘆願書」によると,町制施行の過程において,座間町は最後まで反対であったが,県と軍の指導により,不本意ながら重圧に屈して賛成したという(『座間市史4 近現代資料編2 240』)。合併前の座間町の人口と面積は,大野村に次ぐ規模であった。1940(昭和15)年時点で田の面積は231町歩,二ケタ止まりのほかの七か町村にくらべて広く,生産価額でみても最上位に位置している(『昭和十五年 神奈川県統計書』)。農業を基軸に,旧七か町村(引用注:ママ)のなかでトップクラスの生産力を誇っていた座間町は,合併に消極的であった。
 合併後,交通網の不便さから,座間は上溝に置かれた町役場まで遠く,半日を要する状況であった。また,税金を多く払っているにもかかわらず,地元の老朽化した校舎や道路は放置される。軍都建設の要請のもと,最初から財政不均衡な八つの町村が合わさって生まれた相模原町で,各地区まんべんなく施設の充実を図ることはできなかった。
 こうした要因を背景に,相模原町では敗戦を契機として,旧町村を単位に合併前の状態を求める分離運動が起こった。「軍都」という共有の目標を失うと,合併の意義そのものが疑われ,ほころびを見せ始めたのである。(p.317)
-------------------------------------------------------------------------------------

敗戦直後の1945年9月に分離を求める地区の有志が当時の町長に申し出を行うことで具体的な分離の動きが始まるのですが,この時に動き出したのは旧座間町だけでなく,旧相原・大野両村も加わっていました。旧相原村は現在の緑区東部の橋本・相原地区および中央区の小山・清新・相模原地区,旧大野村は現中央区の矢部・淵野辺地区および南区の古淵・相模大野・上鶴間・東林間地区で,つまり国道16号線とJR横浜線,および小田急線沿いの,要するに現相模原市で人口と産業の集積の最も高い地域です。以後,この座間・相原・大野の3地区が分離運動の主役となります。
この3地区の中で特に動きが早かったのがやはり座間地区で,住民の幅広い支持を集めて分立のための「実行委員」まで選出して町会議員や地元選出の県議・岩本信行(長く県会議長を務め,1946年の衆議院議員選挙で国政に進出,のち吉田茂に抜擢されて第2次吉田内閣の国務大臣・地方財政委員長),地元選出ではないけれども県内の鵠沼に住んでいた衆議院議員(北海道選出)・坂東幸太郎らへの働きかけを積極的に進め,坂東を仲介に帝国議会(国会)への請願も行っています。これに対して相原・大野両地区では住民の意向がまとまらず,動きが鈍かったようです(ちなみに,岩本は旧大野村の上鶴間の出身です)。
こうした動きを背景に,1946年10月4日の相模原町会全員協議会に座間分離問題が上程されましたが,その場で妥協点を見出すことができず結論は先送りになりました。結局,同年11月30日に開かれた町会で分町を求める意見書が緊急動議が提出され,断続的な休憩の後,意見書は6対11で否決されました。
これに対して,座間地区では12月5日に「座間町民大会」を開き分立を求める決議文を全会一致で採択し,相模原町役場の座間出張所長までをも含めた地域の有力者を新たな分立実行委員に選び,さらに運動を強化して,衆議院議員となった岩本を仲介に県や内務省への陳情を進めました。意見書を否決した町議らへの再考要請も行っています。
こうした動きに対して,町議の多くは個人的な理解は示しましたが実際の分離には消極的であったようです。それは当然で,座間が分離した後,相原と大野がそれに続けば「相模原町」として残るのは現在の相模線沿いの地区だけで,これは事実上の「相模原町の瓦解」です。だから,1947年の新憲法施行準備の町議会議員選挙で定数36のうち20議席を分町派の座間・相原・大野地区選出議員で占め,正副議長ポストを押さえても,なかなか事態は進展しませんでした。なお,町議会議員選挙に先立って行われた町長選挙(初の住民による公選)では分町派が擁立した候補が落選しています。

(続く)

[80428] 2012 年 3 月 24 日 (土) 22:05:23 オーナー グリグリ
 変遷情報検索の再改良

変遷情報検索を再度改良しました。

[80410]で「自治体種別名を含めて厳密に検索する」というオプションを作りましたが、自分で使っていても分り難いと感じ、自治体種別名を直接指定できるようにしました。例えばこちらは、「宿 駅 浦 新田」という自治体名を検索する画面です。自治体種別を指定するオプションがあります。この画面で実際に検索を実行してみてください。落書き帳でも話題になった、日野宿、府中駅、箱根駅、与瀬駅、吉野駅、粟島浦の他、蓮潟新田など新田名称も含めた、市制町村制以降の市町村以外の自治体の変遷が一覧できます。

自治体種別を直接指定できるようにしたことにより、例えば、大野を含む村の変遷というように、市だけ、村だけといった、自治体種別を限定した検索もできるようになりました。

[80262] ぺとぺとさん
「井ノ口」を含む市区町村を検索したところ、「神奈川県足柄上郡井ノ口村」について村制以降の情報が表示されませんでした。これは、「足柄上郡中井村」新設時の構成自治体が「中村」と「井之口村」になっていることに起因しています。おそらく、「井之口村」の表記が誤っているか、「井ノ口村」から「井之口村」への改称情報が掲載されていないかのいずれかと思われます。
この件ですが、[80375]で説明した揺らぎ文字の設定追加により、井之口村も含めた変遷を一覧できるようになりました。神奈川県の最後の項目に、井之口村が合併により中井村になる情報が追加されています。なお、この検索で「■揺らぎ文字がない場合も含める」をチェックして検索すると、井口村など「ノ、の、之」などの揺らぎ文字を含まないケースも合わせて検索することができます。

皆様のご意見ご要望をお待ちしています。

[80427] 2012 年 3 月 24 日 (土) 16:11:30【1】 hmt さん
 戦時合併 と その解体 続編 (5)戦時合併した主な自治体
hmt 戦時合併 と その解体

話が、戦後に分離(分立・分割)が行なわれた事例[80416]や、それを助けた法的措置[80415][80421]に進んでしまいましたが、説明不足だった戦時中の合併に戻ります。

[80411] hmt
変遷情報検索を利用して、昭和12年7月7日〜昭和20年の「新設」と「編入」とを集めてみたら新設合併199 + 編入184 = 合計383件。
前回はナマの検索結果は表示しませんでしたが、関与自治体数でいうと 小規模な合併(383件中 2自治体が203、3自治体が71)が多く、またこの期間内に 同じ場所で 2〜3回に分けて戦時合併が行なわれたケースもありました。
下記の自治体名と府県とを入力することで、累計5以上の市町村が関与した合併を表示した 検索結果 により、主要な戦時合併を 一覧表で示します。
#16〜19と#71は 1937/7/7以前、#77は #36山梨県大和村と同名の村が他県に存在したためのノイズです。

合併後の自治体:盛岡市 仙台市 秋田市 佐野市 群馬県太田町 川口市 大宮市 熊谷市 埼玉県所沢町 飯能町 騎西町【加須市】 美野町【皆野町】 川崎市 横浜市 相模原町 横須賀市 富山県桜井町【黒部市】 富山市 新湊町【射水市】 高岡市 七尾市 小松市 金沢市 甲府市 山梨県大和村【甲州市】 八代村【笛吹市】 岐阜市 沼津市 津市 四日市市 宇治山田市【伊勢市】 上野市【伊賀市】 鈴鹿市 能登川町【東近江市】 長浜市 東舞鶴市【舞鶴市】 堺市 岸和田市 大阪府枚方町 富田林町 和歌山市 浜田市 島根県出雲町 広島県西条町【東広島市】 小畠村【三次市】 高蓋村【三次市】 下関市 岩国市 徳山市【周南市】 山口市 高松市 松山市 西条市 高知市 小倉市【北九州市】 福岡市 大牟田市 長崎市 佐世保市 大村市 諫早市 熊本市 荒尾市 大分市 日田市

念の為、町村の府県名と、名称が変った自治体の現在名称とを付記しました。

【追記】 今回のリストは大規模合併に限ったので、[80411]で挙げた日立多賀は出てきません。リストには、多賀町よりも早い時期であり、しかも いかにも戦時合併と思わせる事例として、1938年の東舞鶴市誕生(5町村新設合併)がありました。

戦時合併に関与した自治体数が最多を記録したのは 横浜市(18)で、都筑郡9町村だけでなく 戸塚町など相模国鎌倉郡8町村を編入し、第六次市域拡張と呼ばれています。編入町村の人口や現在の区名については、[59657] スピカ さんの記事があります。但し、第三次の都筑郡西谷村と第四次の鎌倉郡永野村とは既に横浜市になっていたので、17町村に含まれません。

横浜に次ぐのは富山市[79563]・鈴鹿市の14、堺市・徳山市・松山市・高知市が各11、山口市10でした。
5自治体以上の大規模な合併であるだけに、大きな市への編入と、市制を伴う新設合併とが目立ちます。
相模原町、太田町、所沢町などは、もちろん「戦時」に係る重要施設の所在地ですが、“市になれなかった”という点では、戦時合併リストの中で少数派と言えるかもしれません。

シリーズのタイトルには「解体」が入っていますが、5自治体以上が合併した今回のリストの中で、戦後に全面的に解体したのは騎西町と美野町だけでした。しかも いずれも昭和合併期に復縁[56459]

一部の町だけが脱離した事例も少数です。富田町と福川町は 南陽町>新南陽市を経て 2003年徳山市と復縁して周南市。阿知須町・小郡町も 2005年山口市に戻り、鳩ヶ谷市も 昨年川口市と復縁。

結局のところ、座間・逗子・射水(新湊)の3市だけが、戦時合併を経て独立を果たした市として現存。
独り立ちする実力を備えた町は、やはり 僅か なのでした。

戦時合併も、大局的には「昭和合併の前奏曲」のような 役割になってしまった という結果でしょうか。

[80426] 2012 年 3 月 24 日 (土) 10:40:51 オーナー グリグリ
 Re:ネーミングライツ

やはりこの問題については一言。

時代の流れ、財政難、面白いアイディアなど、泉佐野市長や橋下大阪市長の発言に理解できる部分はありますが、それでもやはり自治体名を広告媒体とすることには抵抗感を感じます。豊田市、天理市の前例や、日立市、山陽小野田市など後付けの企業連想市もありますが、カタカナ名などが出てくる可能性を考えると、思いっきり不安になります。

ところで、海外には事例はあるのでしょうか。
ずばり、企業名や人名の市は普通にあると思いますが、ネーミングライツの事例です。

[80425] 2012 年 3 月 23 日 (金) 23:16:17 スナフキん さん
 Re:ネーミングライツ

めっちゃ忙しくて、ネットアクセス頻度すら低下しているんですが…気になる話題なので少しだけ。

地図屋の立場としては、何じゃそりゃ? という感じです。今までも地物に対するネーミングライツの例はあり、契約が切れるごとに云々…ってのがあって、その度に修正する手順自体、何だか無意味なことを繰り返してるんじゃなかろうか、とか思うことはありました。

ただ今回取りざたされているのは自治体名称ですからねぇ…縮尺によって現れたり現れなかったりする、一般地物名とは全然地名の格が違います。それこそ、巻末索引には絶対に載っているレベルの地名であり、そんなものを数年スパンでコロコロと…言葉は汚らしいですが、毎度そんな変更に付き合ってたらさすがに馬鹿馬鹿しくなってもきます。名称次第ではとてつもなく長い名前になって、その都度周辺の地名もいじって無理やりねじ込まねばならない事態も考えられます。これ、仕事が増えるからいいじゃないかとかいう類いの話で割り切れません。

とは言え、仕事は仕事ですから決まったら付き合わにゃいけません。その辺、ある程度こちらの立場としてはドライに接することができるからまだましで、やっぱりもっと面倒で煮え切らない思いをするのは恐らく当該居住者なのだろうと思います。あとは、住所の絡むシステムを抱える様々な業種…。そう考えると、地図の修正なんて面倒に思えるけど、どちらかと言えば影響は軽くて済む方なのかなとも思えたりして、思いは複雑です。

[80424] 2012 年 3 月 23 日 (金) 19:25:47 みかちゅう さん
 Re:ネーミングライツ

施設名を企業の宣伝のために売るという流行の方法ですが、新設駅や駅名改称でPRする例はけっこう古くからあるのではないでしょうか。
駅設置費用を負担する代わりに駅名とさせた「三越前」、上越新幹線の新駅に大学名をつけさせた「本庄早稲田」、結局正式名としてもらえなかった山陽本線の「就実・西川原」。動物園のPRのために杉戸駅を改称した「東武動物公園」もそうだし、自社のPRという点ではこの前改称したばかりの「とうきょうスカイツリー」駅も同様ですね。

そう考えると、案外おかしな話とはいえないのかも。一部の人によってわけの分からない市名に決められるより、お金をもたらすだけ「(南)セントレア市」よりいいぐらいです。

[80423] 2012 年 3 月 23 日 (金) 11:24:27 N-H さん
 Re:ネーミングライツ

[80417]k-ace さん
[80422]JOUTOU さん

泉佐野市のこの記事を見たとき、ものすごく抵抗感が強かったのですが、よくよく考えてみると、すでに「豊田市」やら「天理市」のような例が存在しているわけで、まあ、こういうのもありかなと思い始めました。
ただし、
ネーミングライツを実施するなら、願わくば泉佐野といったら○○というような地元企業でまとまって欲しいですね。
まさにこれにつきますね。
あと、
・5年といわず、願わくば10年20年と変わらぬ名前であってほしいこと。
・近隣他市との調整(「関空」みたいな名称)や、命名権獲得団体の他の本拠地との調整をしっかりやってほしいこと。
などは、必須だと思います。

[80422] 2012 年 3 月 23 日 (金) 10:34:42 JOUTOU さん
 ネーミングライツ

[80417]k-ace さん
泉佐野市→〇〇市??、射水

「市の名前、売ります」破綻寸前の大阪・泉佐野市
自治体名の命名権売却に加え、愛称名や市道の通称名等の命名権売却も検討とのこと。
さて実現するのか…?

当時者である泉佐野市長千代松大耕氏によると
「市の名前には愛着があるが、時代の流れの一つだと思う。財政が厳しいなか、今までとは違ったアイデアが大事」
「ころころ自治体名が変わって市民が混乱してはいけない。長期間(契約期間は1〜5年を予定)市とつきあってもらえるかどうかが(売却先を決める)ポイント」
(2012年3月23日 読売新聞記事より)
さらに、先般の同市長のインタビュー映像では、切羽詰まった状況で背に腹は代えられない旨を吐露されていました。

また、同記事によると、この件について橋下大阪市長は「面白いアイデア」「ものすごい広告価値がある」との賛成コメントを出しています。


さて、本件の賛否云々を尋ねれば地元住民はもとより、反対意見が多数を占めるのではと推測します。当落書き帳においても、以前「セントレア市」の反応で見る限り同様の意見でしょう。さらに今回の場合は市名を買い取る企業名や商品名から命名されるケースも考えると、今、勢いのある某IT関連企業名や今年誕生した某球団名のような市名となる可能性もあり得るわけで、私としては「セントレア」よりも複雑な心境です。

ここからは、あくまで私の勝手な好みに過ぎませんけど、ネーミングライツを実施するなら、願わくば泉佐野といったら○○というような地元企業でまとまって欲しいですね。例えば不二製油(不二市)とか、関西国際空港(関空市・りんくう市)とか・・・。

[80421] 2012 年 3 月 22 日 (木) 15:22:30 hmt さん
 戦時合併 と その解体 続編 (4)戦後分離特別措置
hmt 戦時合併 と その解体

[80419] 88 さん
早速、官報により総理府告示を調査していただき、ありがとうございます。
No.5,6,7が空欄なのは、官報情報検索サービスの対象期間(1947/5/3以降)よりも前[56459]だからですね。
No.20 阿知須町分立は、地方自治法になってからの 1947/11/23実施ですが、告示は半年以上前だったのでしょうか。

集計表により、特別措置が適用されたのは、No.25 高知県高岡郡新居村(S24. 4. 1施行)を第1号として、No.18 岡山県苫田郡新加茂町(S26. 1. 1施行)までの合計 20町村の分立であったことがわかりました。
# 施行日を使ったのは、何故か告示日の方が遅いものが多いからです。

同じ徳山市から同時期に分立したのに、No.22 福川町が ○で 富田町が × という違いがあったのは 意外でした。
分立にあたっては、個々事情の相違がある。当然のことを改めて認識させられたデータでした。

No.14.1 富山県射水郡牧野村の挙動なども、いかにも事情ありげです。
[15592] TN さん により紹介されていますが、1940年に先ず隣接する新湊町に編入。次いで、1942年に高岡市に編入と2段階の戦時合併。
戦後の特別措置で分立することになるのですが、今度は1942年の新湊町ではなく、1940年の新湊町と牧野村まで戻ります。
これが、1951年の正月元日でした。
そして正月に分立した2町村のうち、新湊町が3月に新湊市になったのはよいとして、4月には牧野村が高岡市に出戻り。
地図 を見ると、庄川の東側に張り出した高岡市牧野地区は、“第1次戦時合併当時(1940〜1942)に戻りたくない”ことを語りかけているように見えます。

熊本県飽託郡三和町からの No.27 池上村「分立」 が特別措置で実現して 「三和」の一角が崩れました。
こうなれば、残る2地域No.28 も 戦前の自治体に戻ることになり、翌年「分割」。これは よく理解できます。
しかし、明治22年の町村制施行時からの「高橋町」に戻ることはできず、城山村と共に生れたのは「高橋村」でした。[53580] むじながいり さん

なかなか理解できなかったのが、No.18 岡山県苫田郡新加茂町の分立です。
[74025] 白桃 さん
1924年 苫田郡加茂村が町制施行し、加茂町(1)に。
1942年 加茂町(1)、東加茂村、西加茂村が合併。【新設合併で加茂町(2)となる】
1951年1月1日 加茂町(2)の一部【旧加茂町(1)の地域】が新加茂町として分立【旧東加茂村、旧西加茂村の地域は、加茂町(3)として残る】
1954年4月1日 加茂町(3)、新加茂町、上加茂村が合併し、加茂町(4)となる【新設合併】

理解しやすいように、4つの加茂町に番号を付けました。加茂町(2)と加茂町(3)の範囲は違いますが、法人格は継続。

加茂中心部の地図 を見ると、南流する加茂川に西から倉見川がY字型に合流。戦時合併した3自治体は、 Y字の川を境界に隣接していました。現在でも津山市役所支所のある北側が行政中心地の加茂町(1)、街道が通り因美線美作加茂駅のある東側は交通の拠点となっている東加茂村。西側の西加茂村には病院マークが見え、生活の拠点のようです。

相互に補完する機能を持つ3自治体の合併に無理な点はなかったのに、なぜ戦後になって特別措置による新加茂町分立という事態になったのか? これが謎でした。

[74025]にリンクされた 加茂分町の歴史 により、その原因が戦後の学制改革であったことを知りました。
3町村にあった小学校の1つを廃校にして中学校にする。犠牲になった旧加茂町(1)の地域からの分離運動は、住民投票で多数を得たものの、県議会でも もめた。その結果が、前記のように 20町村分立の どんじりになった理由でしょう。

このような行きがかりで、分立ということになってしまいました。
しかし、幸いにして 深刻な争いに発展せずに、2町が融和提携する道を歩んだようです。
役場も共用して経費を節約し、発端になった学校問題も2町の学校組合立3小学校へと方針転換。

1954年の昭和大合併では、上加茂村を加えた3町村の合併による加茂町(4)で、復縁を果しましたとさ。
めでたし めでたし。

[80420] 2012 年 3 月 22 日 (木) 00:23:18【2】 オーナー グリグリ
 半濁音の市町村

雑学ページのリニューアル作業を地道に続けているのですが、その中の一つ、半濁音(ぱぴぷぺぽ)の入った市区町村 について協力依頼です。過去に遡って半濁音の読みの市町村を調査しています。まだざっくりと調べた段階ですが、今のところ発見した過去分は次の通りです。

都道府県町村名読み消滅日消滅後
北海道熱郛村ねっぷむら1955.1.15三和村
北海道右左府村うさっぷむら1943.4.29日高村
北海道丸瀬布町まるせっぷちょう2005.10.1遠軽町
北海道仙法志村せんぽうしむら1956.9.15利尻町
青森県一本木村いっぽんぎむら1955.3.31今別町
福島県日橋村にっぱしむら1957.4.1河東村
埼玉県本畠村ほんぱたむら1955.2.11川本村
埼玉県別府村べっぷむら1954.11.3熊谷市
東京府日暮里町にっぽりまち1932.10.1東京市
新潟県鳥原村とっぱらむら1901.11.1黒埼村
新潟県山北町さんぽくまち2008.4.1村上市
岐阜県別府村べっぷむら1897.4.1穂積村
静岡県伝法村でんぽうむら1941.4.3吉原町
愛知県天白村てんぱくむら1955.4.5名古屋市
愛知県七宝町しっぽうちょう2010.3.22あま市
三重県天白村てんぱくむら1955.3.21三雲村
大阪府伝法町でんぽうちょう1925.4.1大阪市
大阪府天保町てんぽうちょう1897.4.1大阪市
大阪府三宝村さんぽうむら1926.10.1堺市
大阪府丹比村たんぴむら1956.9.30南大阪町
鳥取県丹比村たんぴそん1959.5.15八東町
岡山県新本村しんぽんむら1954.3.31総社市
広島県丹比村たんぴむら1953.4.1吉田町
山口県別府村べっぷむら1955.4.1秋芳町
愛媛県一本松町いっぽんまつちょう2004.10.1愛南町
鹿児島県金峰町きんぽうちょう2005.11.7南さつま市

市制町村制施行後の別府名市町村には、上記の他に兵庫県、高知県の別府村がありますが、どちらも読みは「べふむら」です。他に考えられそうな半濁音の名称として、安比、関白、新羽、六方、鉄砲、一本杉などがありますが、いずれも町村制施行前の名称です。また、広島県に八本松町がありましたが、読みは「はちほんまつちょう」です。皆様からの情報提供をお待ちしています。

※追記:岡山県新本村を追加(合成地名コレクションからピックアップ)

[80419] 2012 年 3 月 21 日 (水) 22:20:29 88 さん
 Re:戦時合併 と その解体 続編 (3)戦時合併→戦後分離 の事例集
hmt 戦時合併 と その解体

[80416] hmt さん
まとめていただいたご紹介のリストを基に、官報情報検索サービスで総理府告示等を調査した結果をご紹介します。とりあえず、事実のみの報告で失礼します。
告示年月日、告示番号を記載しているのは、今後、さらなる検証の際の便宜を図るためでもあります。

No.町村特別措置告示年月日告示番号施行年月日
1秋田県秋田郡飯田川町S25.11.24総理府告示第322号 S25.10. 1
南秋田郡豊川村S25. 6.12総理府告示第192号 S25. 7. 1
2河辺郡豊島村S25. 6. 9総理府告示第184号 S25. 7. 1
3茨城県稲敷郡源清田村S24. 9. 5総理府告示第62号 S24. 8. 1
4埼玉県北足立郡鳩ヶ谷町S25.11.25総理府告示第327号 S25.11. 1
5北埼玉郡騎西町他4村
6,7秩父郡皆野町他4村
8,9,10北足立郡志木町,内間木村,宗岡村,水谷村×S23. 4. 2総理庁告示第30号S23. 4. 1
11北葛飾郡静村,豊田村S24.11.15総理府告示第135号S24.10. 1
12神奈川県高座郡座間町×S23. 9.21総理庁告示第164号 S23. 9. 1
13三浦郡逗子町S25. 6.12総理府告示第191号S25. 7. 1
14富山県射水郡※新湊町S25.11.25総理府告示第328号S26. 1. 1
射水郡※牧野村S25.11.25総理府告示第329号S26. 1. 1
15三重県名賀郡箕曲村S24. 8. 1総理府告示第45号S24. 8. 1
16滋賀県甲賀郡柏木村×S23.11.20総理庁告示第207号 S23.10.10
17伊香郡伊香具村×S23. 5.22総理庁告示第104号S23. 5.10
18岡山県苫田郡新加茂町S26. 3.29総理府告示第47号 S26. 1. 1
19広島県賀茂郡寺西村S25. 6. 9総理府告示第185号 S25. 4. 1
20山口県吉敷郡阿知須町
21吉敷郡※小郡町S24.12.21総理府告示第164号 S24.12.21
22都濃郡※富田町×S24.11.15総理府告示第136号S24. 8. 1
都濃郡※福川町S24. 9.16総理府告示第73号S24. 9. 1
23愛媛県喜多郡河辺村×S26. 2. 5総理府告示第15号S26. 1. 1
24宇摩郡松柏村S25.11.24総理府告示第325号S25.10. 1
25高知県高岡郡新居村S24. 6.27総理府告示第11号S24. 4. 1
26香美郡山南村,徳王子村,富家村,香宗村×S23. 4. 2総理庁告示第31号S23. 4. 2
27熊本県飽託郡池上村S24.10.25総理府告示第110号S24. 9. 1
28飽託郡城山村,高橋村×S25.10. 4総理府告示第285号S25. 5. 1
29八代郡郡築村S25. 7.20総理府告示第235号S25. 7. 1
30大分県直入郡豊岡村S25.10.17総理府告示第300号S25. 9. 1

注釈
・特別措置欄
○:地方自治法の一部を改正する法律(昭和23年法律第179号)附則第2条第5項の規定による分立・分割
×:地方自治法(昭和22年法律第67号)第7条による分立・分割
注:この時期の地方自治法第7条は、地方自治法の一部を改正する法律(昭和22年法律第169号)による改正後のものが適用。

・郡欄
※:市の一部が分立したため、属する郡の区域を定める総理府告示が別途存在する。
ただし、4 埼玉県北足立郡鳩ヶ谷町は、川口市から分立の告示中に「北足立郡」との記載がある。


――――――――――
根拠法令(抜粋)
地方自治法の一部を改正する法律(昭和23年法律第179号)
附則
第二条 昭和十二年七月七日から同二十年九月二日に至るまでの間において、市町村の区域の変更があつたときは、その変更に係る区域の住民は、第七条の規定にかかわらず、本条の定めるところにより、従前の市町村の区域でその市町村を置き、又は従前の市町村の区域の通りに市町村の境界変更をすることができる。
2 前項の処分は、政令の定めるところにより、市町村の選挙管理委員会に対し、変更に係る区域の住民で選挙人名簿に登載されている者の総数の三分の一以上の者の連署を以て、その代表者から、これを請求しなければならない。
3 前項の請求があつたときは、選挙管理委員会は、請求を受理した日から三十日以内に、当該区域が従前属していた市町村の選挙人の投票に付さなければならない。
4 第二項の規定による区域が現に存する他の市町村に属していた場合においては、前項の投票に関する事務は、同項の規定にかかわらず、その市町村の選挙管理委員会がこれを管理する。この場合において必要な事項は、政令でこれを定める。
5 第三項の投票において有効投票の過半数の同意があつたときは、委員会の報告に基き、都道府県知事は、当該都道府県の議会の議決を経て市町村の廃置分合又は境界変更を定め、内閣総理大臣に届け出なければならない。
6 前項の場合において第一項の市町村の区域の変更に伴い処分した財産があるときは、現に存する市町村は、これが現に存する限度において、議会の議決を経てその変更に係る区域が従前属していた市町村に返還しなければならない。
7 前項の財産処分に不服がある市町村は、裁判所に出訴することができる。
8 第五項の規定による届出を受理したときは、内閣総理大臣は、直ちにその旨を告示しなければならない。
9 政令で特別の定をするものを除く外、地方自治法第二編第四章の規定は、第三項の規定による投票にこれを準用する。

地方自治法(昭和22年法律第67号)第7条
(地方自治法の一部を改正する法律(昭和22年法律第169号)によるもの)
第七条 市町村の廃置分合又は市町村の境界変更は、関係市町村の申請に基き、都道府県知事が当該都道府県の議会の議決を経てこれを定め、内閣総理大臣に届け出なければならない。所属未定地の市町村の区域えの編入も、また、同様とする。
2 都道府県の境界にわたる市町村の境界の変更は、関係のある普通地方公共団体の申請に基き、内閣総理大臣がこれを定める。
3 前二項の場合において財産処分を必要とするときは、関係市町村が協議してこれを定める。
4 前三項の申請又は協議については、関係のある普通地方公共団体の議会の議決を経なければならない。
5 第一項の規定による届出を受理したとき、又は第二項の規定による処分をしたときは、内閣総理大臣は、直ちにその旨を告示しなければならない。

告示の例
●総理府告示第三百二十七号
市町の廃置分合
 地方自治法の一部を改正する法律(昭和二十三年法律第百七十九号)附則第二條第五項の規定により、昭和二十五年十一月一日から、埼玉県川口市のうち、旧鳩ヶ谷町の区域を分け、その区域をもつて北足立郡鳩ヶ谷町を置く旨、埼玉県知事から届出があつた。
 昭和二十五年十一月二十五日
内閣総理大臣 吉田  茂

●総理府告示第百六十四号
市町の廃置分合
地方自治法の一部を改正する法律(昭和二十三年法律第百七十九号)附則第二條第五項の規定により、昭和二十四年十一月一日から、山口県山口市のうち大字小郡上郷及び小郡下郷を分け、その区域をもつて小郡町を置く旨、山口県知事から届出があつた。
昭和二十四年十二月二十一日
内閣総理大臣 吉田  茂

●総理府告示第百六十五号
郡の区域の境界にわたつて設置された町の属する郡の区域を定める処分
地方自治法第二百五十九條第三項の規定により、山口県小郡町の属する郡の区域を吉敷郡に定める旨、山口県知事から届出があつた。
昭和二十四年十二月二十一日
内閣総理大臣 吉田  茂

●総理府告示第百三十六号
市町の廃置分合
地方自治法第七條第一項の規定により、昭和二十四年八月一日から、山口県徳山市のうち大字富田を分け、その区域をもつて富田町を置く旨、山口県知事から届出があつた。
昭和二十四年十一月十五日
内閣総理大臣 吉田  茂

[80418] 2012 年 3 月 21 日 (水) 21:28:19 千本桜 さん
 村が単独で町制移行する際に改称した自治体

[80336] YTさんの記述に
好地村内石鳥谷
というのが出てきます。YTさんが話題にしている事柄とは関係がないのですが、常々関心をいだいていることを「好地村内石鳥谷」に絡めて書きます。

石鳥谷は好地村の内に形成された町場(宿駅)の名称ですが、後に好地に代わって自治体名にのしあがります。昭和3年、好地村は単独で町制を敷き、石鳥谷町に改称しています。単独で町制施行するのですから誰にも遠慮は要らず、そのまま好地町を名乗っても構わないと思うのですが、わざわざ石鳥谷町に改称したのはなぜでしょう。

花巻市には、この類がもう一ケ所あります。十二鏑村と土沢の関係です。土沢は十二鏑村の内に形成された町場(宿駅)ですが、後に十二鏑に代わって自治体名にのしあがります。昭和15年、十二鏑村は単独で町制を施行して土沢町に改称。単独で町制施行するのですから、そのまま十二鏑町を名乗っても構わないと思うのですが、あえて土沢町に改称したのはなぜでしょう。思うに当時すでに、地籍を持つ公称名「十二鏑」より、地籍を持たない通称名「土沢」の方が通りが良かったからではないかと推測します。

このような事例を見るにつけ、公称村名よりも通称町場名を自治体名に採択した例は多々あるものと考えます。下に、通称の町場名に由来して改称したと思われる自治体町を掲出します。数が多いので条件を付けて絞り込みます。

条件1:村が単独で町制施行する際に改称した自治体。(村が単独で町に移行するのに、あえて改称したのは何故だろうという単純な疑問から。)

条件2:明治の大合併が済んでからの明治、および大正年間に町制へ移行し改称した自治体。(明治・大正時代に町に成れたくらいだから、そこには町場形態の都市的集落が存在した可能性が高いと思うから。)

条件3:地籍上の村名になったことのない地名を町名に採択して町制へ移行し改称した自治体。(大原、韮崎、水窪、茶屋町、辻、浜、本渡、米ノ津は藩政時代にも公称村名になったことがない(はず)。村名でなければ、町場名の可能性があるから。)

改称年旧村名新町名現行自治体名
明治32中魚落村大原町千葉県いすみ市
明治25河原部村韮崎町山梨県韮崎市
大正14奥山村水窪町静岡県浜松市
明治29江島村茶屋町岡山県倉敷市
明治40井川村辻町徳島県三好市
大正7八本木村浜町佐賀県鹿島市
明治31町山口村本渡町熊本県天草市
大正12中出水村米ノ津町鹿児島県出水市

大原、韮崎、水窪、茶屋町、辻町、浜町、本渡、米ノ津は、その起源が宿場町であれ港町であれ在郷町であれ、都市集落だったと思うのですよ。好きな言葉じゃないけれど、近隣の村落を支配する力のある町場です。地籍のない通称だったけれど、重要な地名だと思います。中魚落、河原部、奥山、江島、井川、八本木、町山口、中出水など、地籍上の公称村名に取って代わる力があったのですから。

[80417] 2012 年 3 月 21 日 (水) 18:20:22 k-ace さん
 泉佐野市→〇〇市??、射水

「市の名前、売ります」破綻寸前の大阪・泉佐野市
自治体名の命名権売却に加え、愛称名や市道の通称名等の命名権売却も検討とのこと。
さて実現するのか…?

[80416]hmtさん
富山県射水郡牧野村は新湊市ではなく高岡市に編入され現在に至るので、高岡市です(新湊町→新湊市→射水市とは別の道を歩んでます)。

[80416] 2012 年 3 月 21 日 (水) 16:11:01【1】 hmt さん
 戦時合併 と その解体 続編 (3)戦時合併→戦後分離 の事例集
hmt 戦時合併 と その解体

戦時中に合併したものの 戦後に分離した市町村の話題を続けます。[80411]掲載分に加筆した 記事集

[28051] 花笠カセ鳥 さんの記事にあるように、事例を紹介した本が存在するようですが、不明のまま。
88 さん のおかげで、この時代の履歴情報[55225]は 既に 2006年時点で整備済であったのですが、最近になってグリグリさんが提供してくれた 検索機能は、このテーマの事例を 網羅的に集めるにも役立ちそうです。そこで、私が試行した結果の報告です。

変遷情報データベースの中で「分立・分割」を検索する期間は、1945年〜1951年と設定しました。
1945年には まだ該当例はないものと予想されますが、念の為 終戦の年から始め、昭和23年の法改正で設けられた特別措置2年間を考慮して、昭和26年までを対象としました。

検索結果 89件中には、もちろん戦時合併と無関係のノイズも多数含まれます。例えば戦時合併がなかった沖縄県。
そこで、分立・分割 89件中の「変更対象自治体名」が、[80411]で検索した戦時合併 383件(新設199 + 編入 184)に該当するものを拾い出し、次の結果を得ました。

No.県名戦時合併分離再置町村名復縁現在記事
1秋田昭和町1942分立1950飯田川町,豊川村1956潟上市[28051]
2和田町1942分立1950豊島村1955秋田市[28051]
3茨城瑞穂村1942分立1949源清田村1955河内町
4埼玉川口市1940分立1950鳩ヶ谷町2011川口市[55654]
5騎西町1943分割1946【注1】騎西町他4村1954加須市[56459]
6美野町1943分割1946【注2】皆野町他4村1955皆野町[56459]
7分割1946大田村秩父市
8志紀町1944分割1948/4志木町,宗岡村1955志木市[55654]
9分割1948/4内間木村朝霞市
10分割1948/4水谷村富士見市[55363]
11栗橋町1944分立19490静村,豊田村1957久喜市
12神奈川相模原町1941分立1948/9座間町座間市[180][64153]
13横須賀市1943分立1950逗子町逗子市[37958]
14富山高岡市1942分立1951新湊町射水市[74310]
14.1分立1951牧野村1951高岡市[15592]
15三重名張町1942分立1949箕曲村1954名張市
16滋賀水口町1942分立1948/10柏木村1955甲賀市
17木之本町1942分立1948/5伊香具村1954長浜市
18岡山加茂町1942分立1951新加茂町1954津山市[74025]
19広島西条町1939分立1950寺西村1959東広島市
20山口山口市1944分立1947阿知須町2005山口市[25065]
21分立1949小郡町2005山口市[6729]
22徳山市1944分立1949富田町,福川町2003周南市[5162]
23愛媛肱川村1943分立1951河辺村2005大洲市
24三島町1944分立1950松柏村1954四国中央市
25高知新宇佐町1942分立1949新居村1958土佐市[28051]
26大忍村1942分割1948/4【注3】山南村他3村1955香南市[28051]
27熊本三和町1944分立1949池上村1953熊本市
28分割1950城山村,高橋村1953熊本市[53580]
29八代市1943分立1950郡築村1954八代市[74310]
30大分竹田町1942分立1950豊岡村1954竹田市

【注1】騎西町,種足村,高柳村(復縁1955),田ヶ谷村,鴻茎村
【注2】皆野町,三沢村(復縁1957),国神村,日野沢村,金沢村
【注3】山南村,徳王子村,富家村,香宗村 復縁は1955年(香我美町,野市町)と2006年の2段階

【追記と訂正】
[80417] k-ace さん ご指摘のように、新湊町と牧野村とは、分立後の変遷で 異なる道を歩みました。
牧野地区については、[15592] TN さん の記事があり、更に、市から分立した後の町村の変遷経緯については、グリグリさんによる詳しいコメント[74310]がありました。(いずれも、冒頭の記事集に追加)
上記の表で1行に同居していた No.14は、分割して2行に改めました。

[80415] 2012 年 3 月 20 日 (火) 19:57:53【1】 hmt さん
 戦時合併 と その解体 続編 (2)戦後の分立・分割を助けた 臨時措置
hmt 戦時合併 と その解体

[37842] hmt
戦時合併は軍需工場の設置・拡張等による要請もあったと考えられますが、敗戦により事情が一変しました。

このような情勢の変化に基づき、自治体内で 「協議離婚」の合意が成立すれば、地方議会が自主的に分割を議決し、戦時合併前の自治体に復帰する動きを取ることができます。
そのような事例は 埼玉県北埼玉郡騎西町や 秩父郡美野町であり、早くも昭和21年(1946)には、合併前の町村が復活しました。少し遅れましたが、同県北足立郡志紀町の分割も昭和23年に実現。

しかし、埼玉県鳩ヶ谷町(川口市に編入)、神奈川県逗子町(横須賀市に編入)、富山県新湊町(高岡市に編入)などの場合は、独立回復を望んでも、地方議会内の少数派であるために意見が通りません。

それでも独立を回復したい。このような事情を考慮した臨時措置が2年間の時限立法で作られました。
「昭和23年法律第179号附則第二條」という地方自治法改正がそれで、関係住民の直接請求に基づき 旧町村の分立(又は市町村の分割)への道を開くものでした(昭和23年8月1日施行)。
この臨時措置は、[28038][37862]で言及された後、[55654] 88さん により 法律条文が引用されています。

神奈川県相模原町からの座間町分立につき、協議離婚の合意があったと思われる趣旨を [80411]で記しましたが、これは分立の日付が、改正法施行日(1948/8/1)から 僅か1ヶ月後であったという事実から、私が推測したものにすぎません。
もしかしたら、座間町の復活は、臨時措置による分離第1号の成果であったのかもしれません。【追記により否定】

明らかにこの制度に助けられて 独立を獲得したと考えられるのは、逗子町復活ですが、“横須賀市から苦難の独立”[37958] という言葉が示すように、分離独立への道も 平坦ではなかったようです。

【追記】
逗子町再置が 前記改正法“附則第2條第5項の規定”によることは、昭和25年総理府告示第191号 に明記されていました。
そこで、座間町の場合も 再置告示確認によって、臨時措置によるものか否かの区別がつくであろうことに気づきました。
調査の結果は、通常の手続きによる分立のようでした。昭和23年神奈川県告示第360号 【追記終】

更に 気の毒な事例もあります。戦時中に松山市に編入された 愛媛県温泉郡道後湯之町は、戦後の住民投票の結果では 分離賛成が僅かに多数を得たものの、県議会において 分離案が否決されてしまったとか。第7国会参議院議事録参照

このように、大戦→敗戦という大変革の中でも、一旦合併した後の 分立・分割は なかなか実現困難なようです。

このような「分立」の希少性に着目した記事集が、落書き帳アーカイブズ 分立した市町村の実例 です。
ここには、既に主な事例が収録されているようですが、改めて 変遷情報検索機能の活用により、戦時合併からの分立・分割事例を 網羅的に集めてみることにしました。

[28038] 夜鳴き寿司屋 さん
個々のリストも欲しいところですが、どなたかアップして下さい。お願いします
[28051] 花笠カセ鳥 さん
私が、10年以上前に、図書館で緑色の厚い本(タイトル失念)を見て調べた内容のうち、アーカイブズ未収録のものを書きます。
のフォローということになります。

次の記事にリストをのせます。

[80414] 2012 年 3 月 20 日 (火) 07:49:53【1】 オーナー グリグリ
 黒峰村・白峰村

変遷情報検索をいじっていて面白いことに気がつきました。

■「峰 峯 嶺」の付く町村情報

「峰 峯 嶺」の文字が付く町村情報の都道府県別一覧です。石川県のところをご覧ください。白山市となって消滅した白峰村と並んで、珠洲郡に黒峰村があります。しかも、明治22年(1889年)4月1日の市制町村制施行時に同時に誕生しています。黒峰村は、明治41年(1908年)8月15日に、珠洲郡の鵜島村、見付村と新設合併して宝立村となって消滅しました。白峰は白山に由来するのは間違いないですが、黒峰に由来する山があるのでしょうね。こんなきれいなペアがあったとはまったく気がつきませんでした。美しいペアを探してみたいですね。

ところで上記のリストを見ると、文字の揺らぎが見つかります。熊本県の龍峯村と大分県の長峯村は、消滅時には各々、龍峰村と長峰村の表記になっています。[80268]の中島悟さんのリストにありましたね。

[80413] 2012 年 3 月 20 日 (火) 02:21:51 般若堂そんぴん さん
 東北における「し」と「す」など

[80409] Issieさん,[80412] 千本桜さん,ありがとうございます.

米沢地方でも,ひとによって訛の度合いが異なっております(出羽系と越後・会津系があるのかもしれません)が,原則として「し」と「す」は識別されている,と思います.
しかしながら,身近な例では私の母が「梓山」(ずさやま)を「じさやま」と発音するなど,自らの発音からずれた音を誤ってとらえているのではないかと思われる例もありますね.

ケセン語のかな表記では,「す」の横棒をのぞいた文字が「す」に近づいた「し」を表しているようですね.これがパソコン上で使用できれば面白いのですが.残念ながら,ケセン語では訛って有声化した「か行」と「が行」の書き分けが行われていないようです.こちらも,表記する文字がありません.

いずれにせよ,「音韻体系」に沿った文字体系であること,共通語の発音からずれていることが表現できること,の2点さえ実現できれば,各地の発音の細部については「ゆれ」の範囲内と考えれば良い,と思っております.

かな表記では難しくても,符号付きラテン文字でなんとかならないか,工夫しているところです.

【おまけ】
県内某寿司店のCMで,「寿司,寿司,寿司,寿司,……」と連呼するものがあるのですが,なれない人の耳には「すす,すす,すす,すす,……」と聞こえるかもしれません.

[80412] 2012 年 3 月 20 日 (火) 00:55:51 千本桜 さん
 Re:東北で「し」と「す」は区別しないか?

[80406] 般若堂そんぴんさん
東北地方在住,あるいは東北地方出身の方に伺いたいのですが,「し」と「す」は,皆様の「脳内」で識別されている(いた)でしょうか?

私の同級生は、みんな識別していたと思います。でも、中には訛りの強い人もいました。たとえば、新田町は「すんでんまぢ」になります。しかし、その人とて新田町にルビをふる場合は「しんでんまち」と書いたはずですから、「し」と「す」は識別できていたと思うのです。

「し」と「す」と言えば、隣家のおばちゃん(大正末年ごろの生まれ。故人)を思い出します。

エピソード1
そのおばちゃんは庭で採取した蝦夷菊の種を袋に入れ、「あか」とか「むらさき」と書いて花色別に区分けしていました。その中に、「すもふり」と書かれた袋を見て、笑ってしまいました。おばちゃんは、霜降り模様の花が咲く蝦夷菊の種袋に、「すもふり」と書いていたのでした。

エピソード2
そのおばちゃんは夕飯の支度中に「ある調味料」を切らしたらしく、「すを少し分けて欲しい」と小皿を持って来ました。まだ新妻だった家内は、どうしてコップや茶わんでなく小皿なんだろうと不思議に思いながら、台所から「す」を持ち出して小皿に注ごうとすると、「す」でなく、「すお」が欲しいの・・・。なるほど、それで小皿を持って来たのか。今では懐かしい想い出です。

宮城県には栗原市の清水目(すずのめ)、大清水(おおすず)など、清水を「すず」と呼ぶ地名がありますね。南三陸町の清水浜や長清水も正式には「しずはま」「ながしず」ですが、地元の人は「すずはま」「ながすず」と呼び習わしているようです。

[80411] 2012 年 3 月 19 日 (月) 16:55:17 hmt さん
 戦時合併 と その解体 続編 (1)戦時合併
hmt 戦時合併 と その解体

タイトルに「続編」と付けたのは、7年前に同じタイトルの記事[37842]があるからです。記事集

最初に、「戦時」という言葉の説明から。
私たちの日常用語としての使い方では、「戦時」とは 昭和16年(1941)12月8日から 昭和20年(1945)8月15日までと理解することが多いと思います。
説明するまでもありませんが、これは 「米英両国ニ対スル宣戦ノ詔書」大東亜戦争終結ノ詔書 とによって、日本国民が 開戦と終戦とを 知らされた日付です。

# よく考えれば当然のことだったのですが、終戦の詔書「それ自体の日付」は8月14日でした。
8月14日「ポツダム宣言受諾」という外交上の手続き以上に、8月15日「玉音放送」という国内手続きが重要。
これにより 「事実上の戦争終結」が実現した という事実を 改めて認識しました。

更に脱線:日付が1日違う「県民の日」[55178]も、布告制定日とその公布日とのずれに由来するものと推察。

それはさておき、実は 米英との開戦よりもずっと前【1937年7月7日 蘆溝橋事件[52150]】から、中華民国との間には「宣戦布告なき戦争」が継続中でした。参考までに、当時の日本国内での呼び名は「支那事変」でした。
組織的な戦争体制が 8月15日に終結した後、降伏文書 の調印により、1945年9月2日に正式の「戦争終結日」が到来しました。

例えば、昭和二十三年法律第百七十九号「地方自治法の一部を改正する法律」 附則第二條[55654] には、このような見地に基づいて「戦時」を表現した期間が、次のように記されています。
昭和十二年七月七日から同二十年九月二日に至るまでの間において、市町村の区域の変更があつたときは【後略】

この改正法臨時措置に該当する戦時合併は、全国で合併合体208(関係町村661)、編入合併188(関係町村341)と伝えられています[37842]

変遷情報検索を利用して、昭和12年7月7日〜昭和20年の「新設」と「編入」とを集めてみたら199 + 184 = 383件。上記の合体編入件数と完全には一致しませんが、ほぼ同数です。なお、昭和20年は0件。
県別の表示により、戦時合併が多数あった県(埼玉県29件、広島県21件、富山県20件など)が存在した反面、沖縄県は0件で、宮城・栃木・徳島・鹿児島各県も各1件だけでした。

[45417] eiji_t さん は「軍需合併」という言葉を使って、昭和14年の茨城県多賀町誕生を伝えています。
これは実質的に「戦時合併の最初の事例」と言えるのではないかと思います。
法律上は昭和12年からとなっていますが、戦時合併が盛んになるのは、群馬県太田町など昭和15年以降です。

戦時合併の本質は、このような「戦争体制合併」にあると思いますが、その変種として「紀元二千六百年記念事業」を銘打ったものがあることを[37842]で記し、川口市・大宮市・相模原町・志紀町を例示しました。

当時の軍需工場や軍関係施設そのものは、当然のことながら敗戦と戦後復興を経て様変わりしていますが、戦時合併で誕生した枠組みの大部分が現在の自治体に継続し、「軍関係施設」までもが残されているのが相模原町です。

もちろん紀元2601年(昭和16年、1941)の天長節に「相模原町」が誕生した当時の「軍都」構想は雲散霧消していますが、広大な陸軍造兵廠(兵器工場)跡地には米軍相模総合補給廠が鎮座しています。
「鎮座」という言葉を使ったのは、その敷地内に現在でも武神をお祀りした神社があるから[57245]

「軍都」の中には造兵廠以外にも相模大野近辺の通信学校など多くの施設がありましたが、特に有名なものとして、昭和12年に市ヶ谷台から座間に移転してきて、大元帥陛下から「相武台」[5101][19684]の名を下賜された陸軍士官学校本科がありました。

昭和16年の合併には「座間町」も加わりましたが、戦後に分立
日付から判断すると、おそらく臨時措置による手続き[55656]によらず、相模原町との「協議離婚」が成立したものと思われます。
ここには、在日米陸軍の本拠地たる「キャンプ座間」が現存 [12462]

[80410] 2012 年 3 月 18 日 (日) 09:46:31【1】 オーナー グリグリ
 変遷情報検索における自治体種別の扱いについて

変遷情報検索の自治体検索を行う場合、「○自治体種別を検索文字に入れない(例:横浜)」or「○自治体種別を検索文字に入れる(例:横浜市)」という設定がありましたが、この設定を次のように変更しました。

□自治体種別名を含めて厳密に検索する(「大村」で検索すると「大村」がヒットし「大村市」はヒットしない)

自治体種別名とは、市、町、村などの自治体の種別名称のことですが、市制町村制施行後の自治体種別名としては「市、町、村、宿、駅、浦新田」の8種類があります。これ以外では、島(父島, 母島, 硫黄島, 北大東島, 南大東島)、干拓地(八郎潟干拓地, 八代郡郡築新地(干拓地))が、変更対象自治体名/変更内容欄に現れます。市制町村制施行以前の情報になると種別名は多種多様になります。ほんの一例ですが、屋敷小路などです。

上記のオプションは、チェックした場合には、種別名の部分も含めて検索文字と比較します。一方、チェックしなかった場合は、種別名をある程度考慮して検索します。ちょっと分り難いのですが、市制町村制施行後の情報に関しては、前述の種別名を考慮して検索します。例えば、完全一致や後方一致の場合でも、"大町"での検索は、"大町"も"大町市"もどちらもマッチします。つまり、チェックの有無に違いが出るのは、完全一致と後方一致の場合になります。

いろいろお試しいただき、ご意見やご感想を書き込んでいただければ幸いです。。

[80409] 2012 年 3 月 17 日 (土) 12:52:17【1】 Issie さん
 布団は「しく」のか,「ひく」のか

[80406] 般若堂そんぴん さん
東北で「し」と「す」は区別しないか?

これを検討するには,最低3つの問題を区別しなくてはならないように思います。
1つは,実際にどのように発音しているのか,という「音声学」的な視点。
2つめは,それらの音声を全体の体系の中でどのように捉え,単語の区別に利用しているか,という「音韻学」的な視点。
3つめに,それらの音声または音韻を文字体系の中でどのように表記するか,という「正書法」の問題。

実際にどのように発音しているかという点については,巷間よく言われる「東北では「し」と「す」が区別されない」というステレオタイプとは違って,同じ東北内(のみならず新潟県下越や北関東も含めて)でもかなりの幅やバリエーションがあるように思われます。
本当に「し」と「す」の母音をほぼ同じく発音する地方もあれば,「し」が単語の中のどの位置にあるかによって微妙に母音の発音が変わってくる場合もあるかもしれません。一般的に多く見られるのは「し」の母音を“中舌化”して「ウ」に近づけて発音する(ロシア語の ы や,中国語の si(四) や zi (子)の母音が近いかもしれません)というものですが,共通語(標準語)を含めた“東日本方言”では元々「ウ」を唇の丸めを伴わずに中舌化して発音している(トルコ語で言えば u よりも“上に点のない i ”に近い)ので,「し」の母音も中舌化してしまえば“よその方言話者”には区別がつかなくなってしまうのですね。
でも,「し」と「す」の母音を実際に“違って発音”していれば,「音声」としては別の音です。そしてそれを“聞き分け”,それによって単語の区別がなされるのであれば「音韻」としても別の音です。逆に違って聞こえてもあえて区別はせず,状況の有無にかかわらず自由に入れ替わることができるのであれば,「音声」としては別でも「音韻」としては“同じ音のバリアント(変種)”と理解されます。

それらの音を文字でどのように表記するかというのは,さらに別の問題です。そしてこれは社会的な慣習(さらに公式化された制度)の問題ですから,そこには“特別な学習”が必要です。その学習は必ずしも学校教育による必要はないのですが,それでも現代社会では学校教育により,そこでは「標準化された“国語”」の学習が行われるのが普通です。そして,そこで“学習”するのは「標準語」の“標準化された単語”の対する“標準語による表記”です。
ここでは「方言の発音をどのように文字表記するか」ということは学習,あるいはそれ以前に“関心”の対象外なのですね。それでも,たとえばイタリアのように各地域言語(方言)についてある程度標準的な表記体系が普及していたり,旧ソ連におけるチュルク(トルコ)系諸語のように個別の表記体系と文法を固定化して“各共和国”ごとの公用語にしてしまった例もありますが,中央集権的な近代日本の教育政策や文化状況ではそのような動きは小さいようです。

確かに,19世紀生まれの祖母(故人)はカナ表記においても「し」と「す」の区別があいまいでした.

ずっと以前に話題にした記憶があるのですが,私の母方(“チャーザァ村”の)祖母も,同じく19世紀末の生まれですが,カナ表記上で「ゆ」と「よ」の区別が曖昧で両者の混同がよくありました。
林家こん平がよく言っているように越後方言では語頭の「い」と「え」の区別が曖昧なのですが,それとともに新潟県中越地方から長野県北信地方北部(奥信濃)にかけての信濃川/千曲川中流域では「ゆ」と「よ」の区別も曖昧で,年配の方の中には「雪」を「よき」のように発音している例が今でも見られます(長く東京で暮らして某教育系国立大学の教授をされていた方ですが)。
「国語教育」を十分に身に着けていれば当然にカナを“正しく”表記できるはずです。私の祖母を含めて“正しい”書き分けができていないのは,それが不十分であった結果でしょう。何より,学校で教わるのはあくまでも「標準語の表記」であって,自分たちが実際に口にしている言語(方言)の表記ではありませんから。

方言のステレオタイプの1つに,東京の下町では「し」と「ひ」の区別がない,というのがありますね。
さすがに現在ではそのようなステレオタイプな発音をする人は非常に少なくなっているでしょうが,区別の曖昧さは残っているようで,たとえば布団は「しく」ものか,「ひく」ものか,悩む東京人は少なくないようです。車に「しかれる」のか,「ひかれる」のか。
…で,どっちが“正し”かったんでしたっけ?
そして,東京とは逆のパターンですが,岐阜県の「七宗町」(ひちそう/しちそう)の問題も出てくるのでしょうね。

奥羽方言を表記することができるか

もう20年ほど前に最初の発表をされて以来,忘れた頃に間欠的に話題になっていますが,山浦玄嗣 さんというお医者さんが岩手県気仙方言(ケセン語)の文字化に取り組んでおられます。20年前には独自のローマ字表記体系を発表されましたが,最近は「日本語読者」用にカナ表記のケセン語版聖書抜粋を文庫化されいますね。
東北音のカナ表記では,たとえば宮沢賢治(「風の又三郎」など)や井上ひさし(「吉里吉里人」など)が有名ですが,私にはあまり成功しているようには思えません。伊奈かっぺいの津軽方言詩なんかもいいかもしれませんが,東北諸方言の中でも津軽方言は音の変異(独自の発展・進化)が大きいのでしょうかね。
方言(地域言語)の文字化という点で一歩進んでいるのは,やはり琉球語圏の首里・那覇方言だと思われます。
首里方言には,かつて「おもろさうし」に見られるような本土とは違った独自のカナ表記体系ができあがっていました。ただし,それは「おもろ」のような韻文や王府発行の辞令などの一部文書に使用が限定されていたため(公式の正文は漢文であり,私的領域でも本土の和文があるから),琉球処分によって首里王府が廃止されたのと一緒に廃れ,近代語の表記体系として発展するチャンスを失いました。
代わって,口頭語の首里・那覇方言(ウチナーグチ)を表記するために表音的なカナ表記が独自に発展していますね。ただ,繰り返すように“標準化された文字表記体系”はあくまでも「標準語」のものですから,ウチナーグチの統一された表記体系は確立していません。
それ以上に,伝統的な“本来のウチナーグチ”と,現実に那覇の街角で話されている言葉(ウチナーヤマトグチ)との乖離も小さくないようですね。

[80408] 2012 年 3 月 17 日 (土) 10:30:07 オーナー グリグリ
 文字実体参照および数値文字参照の制限解除について

落書き帳ではこれまで文字実体参照および数値文字参照による書き込みを排除していました。その理由などについてはこちらの記事を参照してください。しかしながら、最近では多くのOSやブラウザが、文字実体参照および数値文字参照に対応できているようになったと思われますので、この制限を解除することにしました。

皆さんが実際に書き込まれる際には、文字実体参照および数値文字参照を意識することはありませんが、お使いのOSやブラウザが自動的に文字実体参照および数値文字参照に変換する場合があります。その場合これまでは、

 ★メッセージに数値文字参照「×××」があります。数値文字参照は使用しないでください。

というメッセージを出して書き込みを制限していました。今後はこの制限がなくなります。このようにして書き込まれた記事を参照した場合には、お使いのOSやブラウザによっては正しく表示できない可能性がありますが、古い環境や特殊な環境でなければ問題は起きないだろうと言うことと、地名表記などの利便性が高まることのメリットを考え、今回の制限解除としました。むしろ対応が遅過ぎたかもしれません。

なお、記事検索の際に文字実体参照および数値文字参照による文字が正しく検索できるかどうかは検証できていませんので、不都合などありましたらお知らせください。対応したいと考えます。また、書込み文字数のカウントは正しく行われます。

ところで、むっくんさんの記事[78834]および88さん記事[78860]での対応にあるように、実は、市区町村変遷情報のデータではすでに数値文字参照が一部使われています。例えば次のデータです。

新潟県北魚沼郡薭生村
大阪府茨田郡蹉跎村
愛媛県北宇和郡蔣淵村

「薭」「跎」「蔣」の文字が数値文字参照です。この文字が正しく表示されていない方がいらっしゃいましたら、お使いのOSの種類とバージョン、および、ブラウザの種類とバージョンをお知らせください。

なお、○に数字や半角カタカナなどの機種依存文字についてはこれまで通り制限を続けます。

[80407] 2012 年 3 月 17 日 (土) 02:59:04 般若堂そんぴん さん
 「地理小説」

[80405] 白桃さん
一部のミステリは「地理小説」になりうるかも知れませんね.

[80406] 2012 年 3 月 17 日 (土) 02:54:53【2】 般若堂そんぴん さん
 東北で「し」と「す」は区別しないか?

奥羽方言を表記することができるか,ということを調べようとしているのですが,「東北地方では『し』と『す』を区別しない」というような記述に多く遭遇します.
確かに,19世紀生まれの祖母(故人)はカナ表記においても「し」と「す」の区別があいまいでした.しかし,それは明治以後の「国語教育」の「成果」ではないのか,と個人的には考えております.というのも,「標準語教育」を受ける以前の,幼児期の私も「し」と「す」を(共通語におけるそれとは異なるとしても)識別していたからです.

東北地方在住,あるいは東北地方出身の方に伺いたいのですが,「し」と「す」は,皆様の「脳内」で識別されている(いた)でしょうか?
どうか,ご教示下さい.

【追記】
もし方言学に携わっておられる方がこれを読んでくださったのなら,是非ともご連絡いただきたく存じます.

【訂正】
「標準誤教育」→「標準語教育」
う〜ん,訂正前の表記も味わいがあるかも.

[80405] 2012 年 3 月 16 日 (金) 02:20:13 白桃 さん
 「歴史小説」はあっても「地理小説」はない

「歴史」と「地理」、あるいは「歴史学」と「地理学」は対等の立場にあるハズにもかかわらず、現実はそうなってはいません。そうなるべきだ!、と声を大にして言うつもりはありませんが、「歴史小説」というか、「歴史的なことに関連するモノ」を書いている人にささやかなクレームをつけますです。
讃岐高松城(香川県高
松市)主の仙石秀久、土佐岡豊城(高知市)主の長宗我部元親、讃岐虎丸城(香川県さぬき市)主
の十河存保・・・
一行に2か所も「ちめい的」誤りがある本を出版してくれるな!

[80404] 2012 年 3 月 14 日 (水) 23:50:42 恵岳隊 さん
 新規書き込みですがこの趣味は古参者です。

当方、鉄系地理スト歴36年です。市町村合併遍歴をたどっていくうち、こんな処に村が・・・と思いをはせながら「筆甫」「栴檀野」など地名の織り成す妙・奥ゆかしさに取りつかれ心躍らされておりました。
さて、先日のクローズアップ現代でアニメの舞台等の「聖地巡礼」がブームになっており、竹原市が好事例として紹介されておりました。今日の昼どき日本列島のロケ地も竹原市でした。この竹原市、調べてみるとサイクリストにもフレンドリーな街であることも見えてきました「遠くに行きたい」で大久野島を80系の車窓から望む忠海。「忠海」だけでゾクゾクッとする憧憬を抱いた少年時代・・・。その土地々々で各人が様々な感慨をお持ちだと思いますが、このようなブームが火付け役となり地誌に興味を持ち実際に訪れる人が増え地域が活性化してくれれば・・・と願っております。

[80403] 2012 年 3 月 14 日 (水) 23:24:55 千本桜 さん
 Re:「歳の差」と「都市の差」

[80399] 白桃さん
Aパターン、Bパターン、Cパターンいずれにおいても登別の評価が高すぎるように感じます。私としては稚内、滝川、網走より登別の方が下位のイメージがあります。

[80402] 2012 年 3 月 13 日 (火) 23:06:26 右左府 さん
 「歳の差」と「都市の差」

[80399] 白桃 さん

“イメージ”は B が一番近いですかね。
実際の都市規模を知識として知っていても、それとは一線を画した序列イメージが頭に染みついています。実際の規模順に並べなさいと言われたらC〜Dの順番を答えそうです。

さらに言うと、まだ地理に疎かった10年ほど前はまさに A の通りのイメージを持ってました。

一応、昭和最後の年に生まれ、ついこの間まで学生だった身なのですが……f^^:

[80401] 2012 年 3 月 13 日 (火) 22:03:45【1】 中島悟 さん
 根室海峡に描かれた国境線って黒歴史でしょうか?

[80399]白桃さん
私はBですね。
函館旭川はほぼ同格。室蘭苫小牧も同格。江別がBest10に入っているなんて思えない。
(しかしこの並びに北斗や北広島が入っているのも変です)
年齢的にはCになりそうなものですが、少し古い地図を見慣れて育ったせいでしょうか。

[80400] 2012 年 3 月 13 日 (火) 19:43:18【1】 白桃 さん
 光政村と津田村

岡山県の(旧)上道郡にかつて光政村と津田村がありました。
この両村は1953年に西大寺町他と合併して西大寺市となりましたから、今では岡山市東区であります。
光政村は光津村と政津村が合併、津田村は君津村と升田村が合併してできた、典型的な合成自治体名ということになりますが、人物由来自治体名である可能性もあります。
「光政」は名君とうたわれた池田光政からというのはお察しどおりですが、「津田」は閑谷学校の設立、後楽園造営にあたって中心的役割を果たし、百間川の開削や新田開発に貢献した備前藩士、津田永忠からではないかと考えます。
むろん、偶然から生まれたものでありましょうが、二人の人物を意識した命名ではないか、光津、政津、君津、升田の4地区が互いに隣接して「新田地帯」にあるのを見て、そう思った次第です。


← [80500] 〜 [80599] [80400] 〜 [80499] [80300] 〜 [80399] →


都道府県市区町村 > 落書き帳 >このページのトップへ ▲

Copyright(C) 2012 M.Higashide