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落書き帳


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[79599] 2011 年 11 月 3 日 (木) 22:22:08 伊豆之国 さん
 鉄ネタ映像を探していると‥

この落書き帳で取り上げていいのかどうかわかりませんが‥"You Tube"に出ていた「鉄ネタ」映像をいろいろと探しているうちに、こんなのを見つたのでその中からいくつか‥「迷列車シリーズ」より。

まず「ご当地」ものから。(タイトルは投稿された画像の原題とは別に私が勝手に付けました)
「町田駅」物語‥国鉄「町田駅」改称の経緯([68684])や、今は無き「もう一つの町田駅」([70714])も映像に出てきます。
伊豆急開業前夜・その1,その2‥伊東−下田間の鉄道敷設を巡る東急と西武の因縁の決闘。「西武」が電車ではなく「電気機関車が客車を引っ張る列車」を運転する計画だったこと、「東急」系の伊豆急に免許が降りた後も、「敗北」した西武が「腹いせ」(?)に白浜の土地を買占めプリンスホテルを建てると、今度は伊豆急が河津−下田間のルートを、山側をトンネルで抜ける現在のルートに急遽変更するといった「意地悪」に出たこと。そして、開業間もない頃から親父の故郷に行くために幾度となく乗り降りした、当時の車両と伊豆急下田の駅舎、そしてロープウェイ([76774])も出てきて‥

他に、こんなところも‥。
小田急のディーゼル車‥御殿場線が未電化だった頃、新宿から1−2両編成で乗り入れていた「特別準急」。私の少年時代、時刻表でその存在を知っていたのですが、乗ったことはもちろん、走っているシーンを見ることもついにありませんでした。
温泉郷の悲劇の名車‥山中・山代温泉への足として走っていた、北陸鉄道の自慢だった急行車両のたどった悲惨な末路。廃線後に一緒に大井川に移った、「弟分」の「しらさぎ号」は故郷に戻って静かに余生を過ごしていますが‥。
琴電の元京急特急車両‥数々の改修を加えられていますが、今も健在。
Locomotion〜きかんしゃ やえもん‥新橋−横浜間開業当時の1号機関車の島原鉄道への移籍と、交通博物館への保存の経緯(周知の通り、現在はさいたま市の鉄道博物館で保存)。

[79598] 2011 年 11 月 3 日 (木) 12:39:11 k-ace さん
 自治体越えの地名(南あわじ市)

k-aceです。

グリグリさん
「自治体越えの地名」コレクション「過去に分断し合併により再び一緒になった例」の未収録のモノを。
旧緑町倭文…(現南あわじ市倭文…)/旧三原町倭文…(現南あわじ市倭文…)/
三原郡倭文(しとおり)村でしたが、1957年6月1日に倭文村の一部(委文、高、流)が三原町に編入(境界変更)。同年7月10日に倭文村(安住寺、庄田、神道、土井、長田)は広田村と合併し、緑村に(1960年4月1日、町制施行。緑町に)。
2005年1月11日に緑町、西淡町、三原町、南淡町の4町が合併し、南あわじ市となり再び一緒になっています。
旧西淡町志知…(現南あわじ市志知…)/旧三原町志知…(現南あわじ市志知…)
1957年7月1日、三原郡志知(しち)村は合併で西淡町の一部となりました。同年10月1日、西淡町の旧志知村の一部(佐礼尾、中島、難波、松本)が三原町に編入=境界変更(残りは西淡町のまま)。
2005年1月11日に緑町、西淡町、三原町、南淡町の4町が合併し、南あわじ市となり再び一緒になっています。
その名残が南あわじ市立西淡志知小学校と南あわじ市立三原志知小学校(HPは三原町立志知小学校のまま更新されていない)ですね。合併前は西淡町立志知小学校と三原町立志知小学校でした。

[79597] 2011 年 11 月 3 日 (木) 06:10:28【5】 YT さん
 伊沢県、花巻県、栗原県、涌谷県、桑折県、三戸県、盛岡県、北奥県は正式な県?

YTです。

府藩県三治制下に東北地方に設置された県の内、諸藩の民政取締の下で称された県名を正式のものとみなすべきなのかどうなのか、皆さんの意見を聞きたく、以下まとめました。

自分はもともと、府藩県の設置・改名・廃止日時等が参考書や資料によって大分異なるので、『職務進退録』、『太政官日誌』、『法令全書』、『太政類典』、『地方沿革略譜』、『明治史要』、『府藩県廃置分合一覧』等の資料に従って日時の違いをまとめようと考えました。作業を進めていく内に、これらの資料に載っていない県がwikipediaに載っていることに気付きました。

それは、胆沢県の前身の栗原県と、登米県の前身の涌谷県です。これらの県は宮武外骨『府藩県制史』(1941年)、『日本近現代史辞典』(1978年,時野谷勝編集「府藩県対象表」)、松尾正人『廃藩置県』(1986年)、京大日本史辞典編纂会『新編日本史辞典』(1990年)、『岩波日本史辞典』(1999年)、勝田政治『廃藩置県』(2000年)、松尾正人『廃藩置県の研究』(2001年)にも掲載されていません。

これらの項目を書いた人に尋ねたところ、これらの県名は『角川日本地名大辞典』に書かれており、宮城県広報課の作成した「県の行政区画の変遷」にも記載されているとの返事を頂きました。実際に『角川日本地名大辞典』を読むと、確かに栗原県、涌谷県の記述があります。それぞれ『一迫町史』(1976年)、『涌谷町史』下巻(1968年)に記載されているとのこと。この内『涌谷町史』の方に目を通したところ、以下のような記述が見つかりました。

伊達安芸領のみならず、遠田郡内に知行高を有していた仙台藩の家中および士凡・百姓・町人・寺社領まで土地は残らず没収され、土浦藩取締地となった。三月末、土浦藩士奥田図書は権知県事として属官二十余名とともに涌谷要害屋敷に入り、涌谷県役所を設けた。

涌谷県江出張土浦相模守家中(「佐々木龍治留」―筆者蔵)
一、権知県事  奥田 図書
一、権判事   渡部 整作
一、同     寺町  鼎
一、調役    野崎孫太郎
一、〃     金田  甫
一、〃     藤井  央
外、書記調役補四名、筆生二名、捕亡十一名
註「榕園日録」によると、附属の小者まで総員二十四名が、二年三月二十九日・三十日の両日にわたって涌谷町に着いた。

明治二年八月十八日、涌谷県に栗原県の一部を併せ新しく登米県が置かれた。県庁所在地は涌谷で、旧館を本庁とした。

『栗原郡誌』(1918年)の方では栗原県・涌谷県は完全に無視されていますが、『宮城縣史本篇3(近代史)』(1964年)によると明治2年旧暦3月28日に、土浦藩、宇都宮藩の各取締所に涌谷県、栗原県が設置された状況が、「仙台領より宮城県に至る行政区割の推移」という表にまとまっていました。涌谷県は明治2年旧暦8月7日に登米県(「18日合轄トアリ」)、栗原県は明治2年旧暦8月12日に胆沢県となっています。

それぞれの県設置についての詳しい説明は書いてありませんが、以下の説明が載っておりました。

諸藩私有地が没収され、新政府直轄地として管理されるゆおになった新政治体制による県治が施行され、取締りの諸藩から権知県事・同判事以下の県管が現地に派遣された。この期間は短いが、制度上の変革にはのちの郡県制の端緒となったものもある。

直轄期は、取締り発令日の元年十二月二十三日から、藩県改置の日二年八月十八日までということであるが、実際には事務引渡しの関係から、取締りの各藩吏員は翌二年の春になって任地につき、同年秋から三年初めにかけて設置された藩県に土地を交付し、引渡しを完了して解任となる状態もあった。東北各地で直轄地の取締りを命ぜられた諸藩主は全部では十五にも達しているが、これらに対する共通の沙汰書によれば、戦乱ののちとて人民が甚だ苦しんでいるので、民政に通じている家来を選んで派遣し、新政にもとづき人民を撫育するよう、かつ新県を建てる場所の検見を命じている。

かくて諸藩ではその管轄地を県と称し、「奥羽取締規則」に従って政治を行ったが、その主なるものは、租税の収納・金礼・撫恤・月給・小吏の月給その他であった。

ここでようやくキーワードである「奥羽取締規則」なるものに出会いました。『法令全書』通番明治元年太政官布告第1129に、明治元年旧暦12月23日の「諸藩取締奥羽各県当分御規則」が載っております。

其方儀今般奥羽御領之内民政取締被 仰付候就テハ兵乱之餘人民愁苦之情状追々被 聞食深ク被為痛聖念候ニ付、兼テ民政相心得候家来精撰之上彼地出張申付 朝廷之御政体ニ基キ人民撫育ニ厚ク心ヲ用ヒ 御一新之 御趣意遺洽ク貫徹致シ候様可取計旨、御沙汰候事
 但出張地所之儀ハ府縣掛ヘ可伺出事
 別紙
今般家来之者奥羽出張之上ハ新縣御取建ノ場所ヘ検分ヲ遂ケ見込可申出候様可致事

その後、廃藩置県関係の書物を読み漁ったところ、ようやく千田稔、松尾正人『明治維新研究序説: 維新政権の直轄地』の「東北地方民政取締諸藩」という表に、三戸県(0次)、伊沢県(胆沢県ではない)、花巻県、盛岡県(0次)、栗原県、涌谷県、桑折県などの聞きなれない県名が、民政取締期間に存在していたことになっておりました。

以下情報をまとめます(黒羽藩、松本藩に関しては、民政取締期間を原表より修正、【表が見にくいので分割】)

民政取締藩旧領主国名郡名権知県事
弘前藩盛岡藩陸奥北・三戸・二戸
黒羽藩盛岡藩陸奥北・三戸・二戸村上一挙
沼田藩盛岡藩陸奥東磐井
前橋藩盛岡・仙台・一関藩陸中胆沢・東磐井・西磐井久永真里
松本藩盛岡・仙台藩陸中紫波・稗貫・和賀・上閉伊・江刺・気仙西郷庄右衛門
松代藩盛岡藩陸中岩手・鹿角・九戸・紫波・稗貫・上閉伊・下閉伊小幡内膳
宇都宮藩仙台藩陸前栗原大羽楯之進
高崎藩仙台藩陸前牡鹿・桃生・本吉大野千楯
土浦藩仙台藩陸前登米・遠田・志田奥田図書
中村藩棚倉・二本松・磐城平・福島・関宿・会津藩・幕府磐城・岩代岩瀬・信夫・安達・安積・磐前・伊達志賀三左衛門
笠間藩棚倉・二本松・磐城平・福島藩・幕府磐城・岩代岩瀬・信夫・安達・安積・磐前・伊達加茂卓見
三春藩棚倉・磐城平・泉湯長谷藩磐城磐城・猶葉・菊多
守山藩棚倉藩磐城・岩代白河・石川・岩瀬三浦多門
館林藩会津藩・幕府領岩代大沼・河沼・耶麻・安積・会津・南会津・蒲原本多黒兵衛
新庄藩会津藩・幕府領岩代大沼・河沼・耶麻・安積・会津・南会津・蒲原竹村直紀
久保田藩庄内・米沢・天童上山・羽後亀田・羽後松山藩羽前・羽後田川・置賜・村山・飽海・由利・仙北・河北佐竹大和・和田掃部之助
新発田藩庄内・米沢・天童上山・羽後亀田藩羽前・羽後田川・置賜・村山・飽海・由利・仙北・河北溝口半兵衛

民政取締藩民政取締期間備考
弘前藩元年12月7日〜2年2月8日旧盛岡藩領民の津軽氏排斥運動により2年2月8日に黒羽藩と交替
黒羽藩2年2月8日〜2年8月7日2年2月8日に弘前藩民政取締地を継承、三戸県を称す、2年4月26日事務引き継ぎ、7ヶ条の「県治要領」を布告
沼田藩元年12月23日〜2年2月30日2年2月30日に前橋藩と交替
前橋藩2年2月30日〜2年8月18日2年2月30日沼田藩民政取締地を継承、伊沢県を称す、2年3月東磐井郡は旧磐城平藩の転封地となる、4月に19ヶ条の「心得書」を布告
松本藩元年12月7日〜2年8月18日花巻県と称す、2年3月に「町村役人心得条目」の布達、遠野出張所開設、2年7月22日和賀紫波稗貫郡は盛岡藩復帰
松代藩元年12月7日〜2年8月7日盛岡県と称す、2年5月3日県役所開庁、「心得条目」訴訟箱の設置、2年7月22日和賀紫波稗貫郡は盛岡藩復帰
宇都宮藩元年12月23日〜2年8月7日2年3月22日に栗原県を称す、2年8月県下に村明細帳の提出を指示
高崎藩元年12月7日〜2年7月20日2年7月20日に桃生県を置く、8月13日石巻県になる
土浦藩元年12月7日〜2年8月7日2年3月22日に涌谷県を称す、2年3月28日土浦藩知事涌谷着
中村藩元年12月7日〜2年7月20日桑折県を称す(磐城平民政局支配に代わる)、2年2月11日に県治の指針を示した「布達」を発行
笠間藩元年12月7日〜2年7月20日
三春藩元年12月7日〜2年8月7日
守山藩元年12月7日〜2年8月7日2年4月金礼貸与の実施(須賀川生産方に金礼1,000両を貸与)
館林藩元年12月7日〜2年5月4日郷村高帳の引き継ぎのみ、若松民政局支配が行われる
新庄藩元年12月23日〜2年5月4日郷村高帳の引き継ぎのみ、若松民政局支配が行われる、2年6月岩代国巡察使により解任される
久保田藩元年12月7日〜2年7月20日2年2月22日弁官へ官員派遣延期願を出願、酒田民政局の支配が行われる、同藩は郷村高帳の引き継ぎのみ
新発田藩元年12月7日〜2年7月20日郷村高帳の引き継ぎのみ、酒田民政局の支配が行われる

「大日本維新史料稿本」明治元年12月16日・2年1月9日の項,「各県公文録」、『岩手県史』<第6巻・近代編1>、その他より作成

【原表での民政取締期間は、黒羽藩:2年2月18日〜2年2月8日(開始、終了共に明らかに間違い)、松本藩:元年2月30日〜2年8月18日(開始が明らかに間違い)。前橋藩、松本藩の民政民政取締期間(〜2年8月18日)は、それぞれ8月12日(胆沢県置県の日)、8月7日(江刺県置県の日)の間違いという気もしましたが、『宮城縣史』が「直轄期は、取締り発令日の元年十二月二十三日から、藩県改置の日二年八月十八日まで」、登米県に関して「18日合轄トアリ」と書いているので、そのままにしました。各藩の民政取締地とその後の府藩県三治制下の県との関係は以下の通りです。

弘前藩取締地→黒羽藩取締地(三戸県→北奥県?)→九戸県→八戸県→三戸県→斗南藩・江刺県に編入
沼田藩取締地→前橋藩取締地(伊沢県)→胆沢県
松本藩取締地(花巻県)→江刺県・西部は盛岡藩(→盛岡県)
松代藩取締地(盛岡県)→江刺県・西部は盛岡藩(→盛岡県)
宇都宮藩取締地(栗原県)→胆沢県・一部登米県
高崎藩取締地→桃生県→石巻県→登米県に編入
土浦藩取締地(涌谷県)→登米県
中村藩取締地(桑折県)→福島藩・一部若松県
笠間藩取締地→福島藩
三春藩取締地→白河県
守山藩取締地→白河県
館林藩取締地→若松県
新庄藩取締地→若松県
久保田藩取締地→酒田県→山形県
新発田藩取締地→酒田県→山形県

登米県に関する宮城県の行政区画の変遷
の図は、多分日付等が若干間違っています。】

伊沢県、花巻県、盛岡県、栗原県、涌谷県に関しては、実は hmtさんが、[76252][75939][75924][75516]で触れられています。hmtさんが書かれた北奥県については、自分の方では確認できていません。岩手県の状況については、岩手県立博物館たよりNo.101「岩手県の誕生」(2004年,pdfファイル)の方にもまとまっています。桑折県については過去に誰も触れていないようです。

そこで皆さんに聞きたいのですが、一般的な廃藩置県関連の書籍や明治政府の公式の文書では全く取り上げられていない、これらの諸藩の民政取締の下で称された県名(伊沢県、花巻県、栗原県、涌谷県、桑折県、三戸県、盛岡県、北奥県;この内三戸県と盛岡県は、別の時期に県名として復活している、北奥県に関しては『岩手県史』の記述をまだ確認していない)というのは、正式なものとみなすべきでしょうか?

【引用文など一部訂正、備考を別表に、題名に他三県名を追加】

[79596] 2011 年 11 月 2 日 (水) 23:20:45 みかちゅう さん
 車と人に注目した商店街の形態

[79588]N-Hさん
相鉄の横浜駅〜東急ハンズの通りは確かに日時を問わず混んでいます。ただでさえ人が多くて歩きづらいのに、ティッシュやビラを配っているのも混雑に拍車をかけています。ティッシュならどうせ家で使うから業種を問わず欲しいのですが、相手を見て配っているようでなかなかもらえなかったり(笑)。飲み屋なら表通りから脇に入ったあたりに結構ありますよね。ゲームセンターやカラオケボックスなどの娯楽系店舗も多数あるので「繁華街」として十分です。
六角橋商店街はアーケードのほうではなく、1本東側の車が通るところしか歩いたことがありません。歩道と車道の区別がないのに通行人が結構いて、その中を車がそろそろと進むようなところです。同じような雰囲気なのは相鉄の天王町駅から北方向に延びるところ辺りとか?

さて、地元民を対象とした商店街にはいくつかタイプがあります。
(1)広い道路の両側の歩道が商店街…(例)中区本郷町横須賀市追浜町
片側2車線の車道があることもありますが、左側の車線は荷降ろしや買い物客による駐停車があり、実質的には車は流れていないことが多い。また、自転車で通るときは迷惑な道路です。車道は路上駐車が多くて走りにくい+車は2車線ある広い道路だから飛ばし気味+歩道はただでさえ通行人が多い+歩道まで店の商品の陳列に使っていて狭い、と悪条件が重なりすぎています。最近は自転車への風当たりが強いからなぁ…気をつけなくては。
(2)細めの道路を車も人もごちゃごちゃ…(例)神奈川区六角橋(東側)磯子区杉田
車どうしがすれ違うには徐行しながら通らざるを得ないほどの道幅しかないことが多く、店頭をのぞきながら漫然と歩くと車や自転車が迫っていることも多い。もともと車は一方通行だったり、混雑する夕方には歩行者専用道路となったりすることも。駅前に狭い商店の密集地が残っていると、バスが人ごみを掻き分けながら進む光景が見られます。
(3)歩行者専用の道路…(例)南区弘明寺南区横浜橋
弘明寺は横浜南部で最もにぎわっている商店街といってもよさそうですし、横浜橋のほうは狭い路地に店舗が密集していて活気がある商店街です。地方都市ではシャッター通りと化してしまい、往時のにぎわいを想像するとさびしいものです。

[79595] 2011 年 11 月 2 日 (水) 17:08:13 山野[山野] さん
 町長辞任へ(岩舟)

グリグリさんへ
岩舟町のリコール投票(12月11日)は、中止になりました。
理由は、町長が議長宛に辞職願いを提出した事による(21日付で退任される)もの。
これに伴い、出直し町長選は12月中にも行われる見通し。

[79594] 2011 年 11 月 2 日 (水) 16:29:07 hmt さん
 六角橋商店街

[79591] 千本桜 さん
地図を通して受けた印象は、昭和の匂いのするようなレトロ調。特にこの細い道。

6年前の日付ですが、六角橋の街角散歩 の上から5番目に掲載されている写真が、その細い道ですね。
“旧綱島街道の六角橋商店街の西側に平行して「六角橋ふれあい通り」という名の細い通りが延びている。”
以下省略しますが、写真と説明文があります。


[79593] N-H さん
昭和40年代までこのすき屋のある交差点が横浜市電の北端の終点の停留所で

横浜市電(全線の系統図)の六角橋終点ができたのが、関東大震災からの復興が進められていた昭和3年(1928)でした。
その少し前の大正15年(1926)には、東京横浜電鉄の最初の開業区間(丸子多摩川−神奈川)に、白楽駅が開業しています。
旧綱島街道の六角橋商店街は、白楽駅(当初は目黒、昭和2年に渋谷と結ばれた)と市電六角橋終点との間をつなぐ、繁華街だったのですね。

このアーケード商店街のうち一番南側の25メートルくらいは、この夏に火災で焼けてしまい、現在この部分は更地になっています。

2005年に2回の放火事件があったそうですね。そして今回の火災と大きな痛手。六角橋商店街 の復活への道は如何に?

この付近の金融機関で預金したところ、景品で「六角箸」なるものを頂きました。

先の街角散歩にも記されていましたが、六角橋の総鎮守 杉山大神 に、日本武尊が食事をした六角の箸を祀ったという口碑があり、これが「六角橋」の名の由来と伝えられているそうです。
鉛筆のような六角形のお箸は、持ちやすい実用品なのかもしれません。

[79593] 2011 年 11 月 2 日 (水) 10:39:21 N-H さん
 六角橋商店街について

[79591]千本桜 さん
六角橋は初耳なので地図で確認してみました。地図を通して受けた印象は、昭和の匂いのするようなレトロ調。特にこの細い道。両側に小規模家屋がびっしり連なっていて、周囲の町並みとは明らかに異なる雰囲気。アーケード商店街のようですね。
はい、その通りです。実はこのアーケード商店街のうち一番南側の25メートルくらいは、この夏に火災で焼けてしまい、現在この部分は更地になっています。17棟焼けたというから、かなりの密集ぶりです。それでも一番南の角の「すき家」は焼けずに営業中。そこだけ耐火新築だったためです。
他は木造2階建てで、いかに耐火建築が重要であるかがわかりました。今の建築基準法では当然のごとく昔のままのような再建はできないため、どのようになるか頭を悩ませているようです。

家族経営の商店や飲食店が並んでいて、白い割烹着姿のオバさんがサンダル履いて買物カゴぶらさげて歩いてもおかしくない感じ。
そのような店ももちろんいくつも残っていますが、実際は結構新規参入の飲食業店(たいやき屋、焼小籠包店など)も多く、以前よりだいぶさびれたとはいえまだまだ活気があります。

なぜここがごちゃごちゃと発展したかというと、昭和40年代までこのすき屋のある交差点が横浜市電の北端の終点の停留所で、市内北部からここまで来ると伊勢佐木町も本牧も山下町も乗り換えなしでダイレクトにアクセスできたからだそうです。
この付近の金融機関で預金したところ、景品で「六角箸」なるものを頂きました。
単なる洒落だそうで……

[79592] 2011 年 11 月 2 日 (水) 09:44:12【1】 白桃 さん
 坂出=出水、南足柄=吉野川、豊前=江田島

千日前、いや十日前に生まれてはじめて日光を訪れました。
「二社一寺」は見物しませんでしたが、中禅寺湖、戦場ヶ原の三本松あたりを散策いたしました。あいにくのお天気でしたが、中禅寺湖より上は紅葉を楽しむことができました。
でも、私にとって紅葉といえば南砺いっても小豆島の寒霞渓です。それから、35年前に見たミネアポリスのミネソタ川かミシシッピ川かわからないけど河畔の紅葉も意外に奇麗でした。恥ずかしながら外国でもモミジを見ることが出来ることを知りませんでした。後で聞いた話ですが、それはモミジではなく、コーヨーというらしい。
自然の美しい景観ももちろんですが、秋は都会の銀杏並木も結構いいですね。イチョウ並木といえば、イメージ的には、仙台、東京(神宮あたり)、金沢、大阪(坂本スミ子かオーヤンフィフィーあたり)ですか。そういえば、岡山の大学前の通りも良かった・・・。

タイトルは国勢調査人口確定値同数市、3つの組み合わせです。

[79591] 2011 年 11 月 2 日 (水) 06:37:47 千本桜 さん
 漢字三文字の繁華街、東山温泉、メディアテーク

[79572] ペーロケ さん
なんとなく漢字三文字の繁華街ってカッコいいな?と。
大阪で漢字三文字の繁華街なら、心斎橋と道頓堀を思い出します。でも道頓堀は繁華街よりも盛場とか歓楽街の類いでしょうね。路上の空中をフグが泳いだりして、一年中お祭りをしている感じ。♪今夜も泣かせるネオン川・・・はるみちゃん。

[79575] 伊豆之国 さん
それから20数年を経て再び作並温泉に
私も先月、50年を経て再び会津の東山温泉に泊まってきました。平均年齢70ん歳の団体旅行で、みなさん、歩くのが大嫌い。観光スポットを見て歩く気持ちが薄れてしまった方々ばかりです。でも私には東山に着いたら立ち寄りたい場所がありました。それは、50年ほど前に修学旅行で泊まった小さな旅館です。宿泊ホテルを抜け出して、その小さな旅館を見つけたとき、思わず込み上げるものがありました。なんなの、この感情は。
東山温泉の現状ですが、宿泊したホテルには原発事故から避難してきた方々も身を寄せていて、避難児童はランドセルを背負ってホテルから登校し、腰の曲がった避難老人はホテル玄関で虚ろにデイサービスの車を待っています。この避難生活はいつまで続くのか、つらい現状を目の当たりにしました。

[79576] Issie さん [79582] N-H さん [79587] みかちゅう さん
六角橋
六角橋は初耳なので地図で確認してみました。地図を通して受けた印象は、昭和の匂いのするようなレトロ調。特にこの細い道。両側に小規模家屋がびっしり連なっていて、周囲の町並みとは明らかに異なる雰囲気。アーケード商店街のようですね。家族経営の商店や飲食店が並んでいて、白い割烹着姿のオバさんがサンダル履いて買物カゴぶらさげて歩いてもおかしくない感じ。ところで、横浜で漢字三文字の繁華街といえば中華街が浮かんできますが、これは論外ですかね?。ついでに、どうでもいい話ですが、真夏の真夜中、♪本牧メルヘンを口ずさみながら一人でドライブすると青春時代に戻った気がします。というわけで、横浜で好きな地名は本牧。

[79590] いろずー さん
若干離れたところには「メディアワーク」なる建物もあります。
メディアテークでしょう。ケヤキ並木が美しい定禅寺通に面したガラス張りのビルで、仙台市民図書館が入居しています。1階には、いろずー さんが喜びそうなオープンカフェがあってランチも食べられます。でも、私はこのカフェで昼食をとるとき、しゃれたメニューは要らないからカツ丼を置いてくれと、いつも思うのです。

[79590] 2011 年 11 月 1 日 (火) 21:07:09 いろずー さん
 これは繁華街に入らないですか?

[79583]ペーロケさん
大阪心斎橋
この場合自分だったら心斎橋じゃなくて
ミナミか新世界のイメージが強いです…
ミナミはなんば・千日前
新世界は「恵美須」で日本橋に近いところです
でも恵美須「町」になるからビミョーかな

[79589]じゃごたろさん
仙台の勾当台はじゃごたろさんと同じ考えです
県庁はもちろんお役所もあるのもそうですが
若干離れたところには「メディアワーク」なる建物もあります。
ただし全部が本町にあるとは限らないんです

実は勾当台公園・にぎわいのゾーンは繁華街の国分町にあるそうです。

[79589] 2011 年 10 月 31 日 (月) 22:33:37【1】 じゃごたろ さん
 勾当台公園

こんばんは、じゃごたろです。
繁華街の話題にちょっとだけのってみます。

[79572] ペーロケ さん
仙台 勾当台

「勾当台」というと「勾当台公園」が真っ先に頭に浮かびます。そしてその近くにあるのが宮城県庁、仙台市役所や青葉区役所。ということで繁華街というよりはオフィス街という印象の方が強い。そもそも「勾当台公園」は青葉区本町の一部でしかなく、はたして「公園」以外の地区を「勾当台」と呼ぶことがあるのかどうかといった思いが強く、繁華街にはあまり結び付かない印象があります。

仙台の繁華街と言うとやっぱり「一番町」「国分町」といった「○○町」になってしまい、基準から外れてしまいますね。

[79588] 2011 年 10 月 31 日 (月) 10:34:50 N-H さん
 横浜の繁華街

[79587] みかちゅうさん
横浜駅周辺はデパートや駅ビルがあって商業の中心とはいえるけれど繁華街ではなく
いや、さすがに横浜駅西口の岡田屋モアーズから北側に向けて(鶴屋町2丁目付近)、および相鉄の駅から東急ハンズに向かうあたりまでは十分に繁華街だと思いますよ。
平日休日昼間夜間問わずあれだけ人がうじゃうじゃいるところもそうはないように思います。
飲食店もいつも人がいっぱいだし。

雑多な商店街の中には飲み屋などがあって、夜の街としても機能しているのも必要じゃないかと
住んでみて初めてわかったのですが、そういう意味ではなぜか六角橋から白楽駅周辺は、バーのようなシックな装いの飲み屋が多く、しかも割合と人がはいっているんですよね。
でも、ここにリストアップできるような繁華街ではないと思います。

[79587] 2011 年 10 月 31 日 (月) 03:16:21 みかちゅう さん
 繁華街って?

[79576]Issie さん
・横浜:馬車道,六角橋
N-Hさん([79582])と同様、違和感を持ちました。六角橋周辺の商店街はそれなりににぎわっていますが、地元の買い物に利用されているという感じです。電車やバスで行くような(商業の)中心地ではないと思います。馬車道も「3文字の地名」という条件だから選択したと思いますが、それならば桜木町のほうがマシかなぁ。

[79583]ペーロケさん
昼の街か夜の街かは問わず、単に街の中心、代表する地名という意味で「繁華街」という言葉を用いました。
「繁華街」は商業の中心地という意味ですが、単にデパートがあるだけではなく付随する商店街があってはじめて繁華街という気がします。雑多な商店街の中には飲み屋などがあって、夜の街としても機能しているのも必要じゃないかと。「歓楽街」となると飲み屋などに加えてアヤしい店がプラスされるのかなぁ。日没以降に子供に見せたくないのが「歓楽街」では?

横浜駅周辺はデパートや駅ビルがあって商業の中心とはいえるけれど繁華街ではなく、横浜の繁華街は伊勢佐木町でしょうね。松坂屋は閉店しましたが、老舗の百貨店があるというのも繁華街の条件に入りそうです。夜の状況はあまり知りませんが、歓楽街なら野毛の辺り?

[79586] 2011 年 10 月 31 日 (月) 02:15:31 みかちゅう さん
 地域交通の試行運転(横浜市港南区・上31系統)

横浜市では最寄り駅と高台の住宅地を結ぶ短距離のバス路線が新設されることは時々ありますが、最近(10月11日)試行運行が開始された港南区日野ヶ丘路線バスがあります。試行運行というものの普通の路線バスと異なるのは、「とりあえず2か月のみ運行し、本運行は乗客人数次第」ということです。というわけで、今後の見通しについて考えていくことにします。

1、日野ヶ丘(日野四丁目)などの立地
地下鉄上永谷駅から歩いて15分位の高台の住宅地だが、通勤などは歩いて5〜7分程度の環2や鎌倉街道の停留所からバスで京急の上大岡駅に向かっていると考えられる。既存のバスは頻繁に運行されているし、上大岡までの所要時間もそんなに変わらない。運賃も地下鉄のほうが10円安いだけだからだ。また、公務員住宅のほうは上永谷駅からは離れるので徒歩で上永谷駅利用は少なそう。
確かに既存の駅やバス停からやや離れているかとは思うけれど、あえて新設路線を引くほどのところか?とも思うところです。ただ、上大岡駅から高台へ向かう路線はそれなりに乗客がいるのも事実。行政主導で上永谷駅発着にしたら大コケしそうにも思えますが、上大岡駅への需要なら十分。

2、利用客の見込み
試行期間中は1日13往復で、「1日300人以上現金またはパスモ・スイカで利用」が本格実施への条件となっています。しかも「敬老(無料)パスの利用は認めるが人数に数えない」と明言しており、カネを払ってでも乗る気があるかということをしっかりチェックしています。乗客は多いけれど無料パス利用の年寄りばかりで運賃収入が少ない、という事態にならないように牽制しています。地元の町内会などで「試行期間中はカネ払って乗れ、本運行に持ち込めばタダで乗れるはず」と高齢者に徹底しているのかも。また、上大岡駅〜吉原の鎌倉街道上の停留所間の利用客もカウントされるようなので、「300人以上」の基準達成自体はそんなに困難なものではなさそうです。

3、運行時間帯
7〜20時台を45〜55分間隔で運行し、お昼ごろと夕方の運行がないという変則的なダイヤです。1時間間隔でわかりやすくするのが望ましいとは思いますが、上大岡駅側で折り返しの時間調整をする都合でしょうか。本運行の際には日野側で時間調整をする場所ができるかもしれません。本数は限られていますが朝や夜の運行もしているため、一応は通勤需要にも対応できるようにしてあります。
お昼の運休時間帯(上大岡駅発が10:58の次は13:50までない)のは運転士の休憩のためでしょうか。試行運転に割く人員は最低限のものにするために削られていると考えられます。お昼前後の乗客は少なめにはなりますがほとんど空ということはなく、本数削減で運行経費圧縮よりも「不便だ」という印象がつくというマイナスのほうが大きそう。
夕方(上大岡駅発が15:25の次は17:55までない)のほうは…「小学生の下校時にバスが通ると危険だ」とケチがついたのかと一瞬考えたのですが、朝の登校時間帯は普通に運行されています。夕方というのは買い物帰りの客が増える時間帯なので、ある意味稼ぎ時とも言える時間帯です。ここに空白時間帯ができるのは上大岡駅のバス乗り場のキャパシティの問題なのか、ただでさえ運行本数が多い時間帯のために運転士が確保できないことが原因なのか。いずれにせよ、利用客にとっては不都合な話です。

4、運行事業者
上大岡駅周辺だと既存の事業者なら横浜市営・神奈中・京急・江ノ電の4つがあります。各社とも高台住宅への小型バス路線の実績はありますが、今回の試行は神奈中が担当しています。コミュニティバスでは地域のタクシーや貸切バス事業者が安値で運行を引き受けるケースもしばしばありますが、そうなると上大岡駅のバスターミナル乗り入れは認められるかどうか。金沢区では金沢文庫駅〜レイディアントシティ(マンション)の路線を京急バスではなく新規参入の大新東が運行していますが、駅前バスターミナル乗り入れをしていません。スペース的に無理とは思えないのに乗り入れができない金沢文庫の実情を見ると、上大岡もダメでしょうねぇ。
本運行に移る際にいくつかの事業者に打診するものと思われますが、上大岡駅の発着場所が確保できない限り既存事業者以外にやらせるのは利便性は落ちそう。上大岡駅から離れたような場所に停留所を作ってしまうくらいならば既存のバスで十分です。

5、運賃
本運行では行政が財政支援をするわけではないので、地元が運行委託をするという形にすればどうにでもなりますが、一般の路線扱いで運行することを考えているようです。そうなると既存の事業者が運行する限りは210円均一で敬老パスの使用可、ということになるでしょう。
かつて横浜市西区の小型バス路線「たまちゃんバス」で高齢者の運賃を有料化した途端に乗客ががた落ちした(その後廃止)、という失敗を繰り返さないかは気になるところ。

6、まとめ
新規参入の事業者が採算性に多少目をつぶって、ここの1路線だけ運行実績を作ることのうまみも少なそう。地元の神奈中バスが試行運行を行っていますが、上大岡駅〜日野四・六丁目地区に利用を限っていない(鎌倉街道沿いのみの利用を認めている)という比較的ゆるい基準を提示しているのを見ると、そのまま本格運行をするつもりでしょう。既存事業者ならどこもそんなに条件は変わらないと思うので、あえて別の事業者に代えるとは思えません。
このまま神奈中がやるとして周辺の小型バス路線と比較すると、6〜21時台運行で30分ないし45分間隔になるでしょう。

[79585] 2011 年 10 月 31 日 (月) 00:58:59【1】 山野[山野] さん
 吃驚ニュース

昨日、新潟県の津南町で町議会選挙があった訳ですが、そこでトップ当選したのが…何と25歳の女子東大院生だとか。
(吃驚ニュースだったので、此方に紹介してみました。記事は此方

*1字、余分だったので削除。

[79584] 2011 年 10 月 30 日 (日) 23:43:31 いろずー さん
 全く関係あらへん話題ですが

経県値に変化が見られたので報告します

先日の関西旅行で
行きが東名集中工事の影響で中央・名神系由になり
得したのが
岐阜が通過→降り立った
にupしただけです
他には兵庫が降り立った→(お買い物で)歩いたにupされますた!!

あと質問です
千葉県・経県値の評価として
ウチの父曰く「千葉は泊まった」というが
当時子どもで全く覚えていないため「歩いた」になってます
この場合はどうすればよろしいですか

[79583] 2011 年 10 月 30 日 (日) 23:15:56 ペーロケ さん
 繁華街レス

自分で振っておきながら驚きましたが、
うなぎについての話題がうなぎのぼりですねぇ。。。失礼しました。

[79581]YTさん
色々調べて分かったことは、「我が市は〜の消費量全国一位!」の類の話は、大抵根拠となる数字が都合のよいものを持ってきており、話半ばに効いた方がいいということですね。
まったく同意です。
同じ食べ物の消費金額が、1位の市が結構あるなあって思うこともしばしば。

[79576]Issieさん
「繁華街」のイメージにズレがあるかなあ。
「繁華街」と言いましたが、昼の街か夜の街かは問わず、単に街の中心、代表する地名という意味で「繁華街」という言葉を用いました。「夜の街」に限定されるのは、「歓楽街」かなぁ。。。
確かに大阪北新地、神戸新開地は夜の街ではありますが、広島八丁堀などは、どっちかといえば昼の街ですからね〜。広島の「夜の街」といえば、薬研堀、新天地あたりです。

[79574]白桃さん
○○町は反則か・・・
まったく思いつきで挙げたものなんで、定義とかは特に定めていませんでしたが、2文字+町は全国にごまんとありますし、何よりも美しくない。あと悩ましいのが、「歌舞伎町」のような例。これ、町を切り離して、「歌舞伎」だけにしてしまうと、別の意味になってしまいますし、こういうのも除外したいですね〜。町まで一くくりで「歌舞伎町」なのですから。だから、なるべく町が付かないもの、もしくは「町」をのけても意味が通じる町名を対象としましょう。

「〜橋」も悩ましいのですが、ギリギリセーフとしましょう。
大阪心斎橋、長崎思案橋など

[79582] 2011 年 10 月 30 日 (日) 22:24:16 N-H さん
 Re:三文字繁華街

[79576]Issie さん
・横浜:馬車道,六角橋
ん? ここで六角橋なんていうのが出てきちゃいますか?
私の現居住地は六角橋から徒歩圏内ですが、ここ、繁華街というのかなあ。

[79581] 2011 年 10 月 30 日 (日) 01:24:04【1】 YT さん
 統計データを加工することの危うさ

[79579] にまんさん

家計調査のデータの場合、YTさんも書かれているように「消費量」ではなく「消費支出額」ですから、高級料亭の国産天然うなぎの蒲焼1匹分は、スーパーの輸入冷凍うなぎの蒲焼数匹分に相当することになります。
また、家計調査の品目分類では、実際には自分で食べない贈答用の支出も含まれてしまいます。

おっしゃる通りで、家計調査においては大部分は「消費量」ではなくて「支出金額」の情報です。ただ世に出回っている「消費量日本一」の根拠となりそうな統計は、おそらく家計調査ぐらいしか見当たりません。出荷額・出荷数の情報は生産者ベースの統計にありそうですが、消費額・消費数となると、小売りの情報も必要となり、もはや全点調査は無理です。

ただ、家計調査の場合は、生産者側の統計は含まれません。また私自身はうなぎが大好きな人間で、確実に外食で年間数万円を使っていますが、家計調査における加工食品としてのうなぎの蒲焼きへの支出には、外食費は含まれません。つまり、スーパーなどで売られている加工されたうなぎの蒲焼きへの支出のみです。実際に浜松市内では、一般家庭で加工食品としてのうなぎの蒲焼きを、外食以外の形で購入しているということになります(まあ「贈答用」も含まれますが)。自分は一人暮らししていた頃は多分年間1万円近くを加工食品としてのうなぎの蒲焼きを買うのに使っていました。現在は家での消費ペースは月2回程度ですが、それでも全国平均よりは上だと思います。

改めて過去6年間の世帯当たりの「うなぎのかば焼き」支出額を表にまとめてみましたが、おかしなことに気付きました。

順位都市2005年都市2006年都市2007年都市2008年都市2009年都市2010年
1京都市4,818大津市4,353大津市4,504浜松市4,874浜松市5,527浜松市6,001
2津市4,709京都市4,256奈良市4,440奈良市3,974静岡市4,211津市3,988
3大津市4,607奈良市4,146金沢市4,106和歌山市3,814奈良市4,059京都市3,687
4大阪市4,408和歌山市4,029京都市4,105大津市3,564京都市4,049さいたま市3,656
5和歌山市4,378静岡市4,003岐阜市4,016岐阜市3,456岐阜市3,603岐阜市3,572
6奈良市4,067神戸市3,993名古屋市3,585京都市3,289金沢市3,276大津市3,434
7神戸市3,984金沢市3,978和歌山市3,490神戸市3,191大津市3,167名古屋市3,205
8名古屋市3,974岐阜市3,747松江市3,483大阪市3,138松江市3,031金沢市3,152
9岐阜市3,627徳島市3,603静岡市3,452静岡市2,803和歌山市3,010奈良市3,076
10東京都区部3,525横浜市3,536宇都宮市3,295金沢市2,767名古屋市2,982堺市2,933
11金沢市3,518大阪市3,467大阪市3,227名古屋市2,753大阪市2,821静岡市2,931
12静岡市3,392岡山市3,398東京都区部3,181津市2,724東京都区部2,731横浜市2,877
13横浜市3,347宇都宮市3,332富山市3,134横浜市2,703水戸市2,720大阪市2,810
14富山市3,189東京都区部3,284津市3,130東京都区部2,510横浜市2,697岡山市2,788
15千葉市3,124津市3,066前橋市2,945長崎市2,493津市2,448松江市2,525
16宇都宮市3,120名古屋市2,852鹿児島市2,853甲府市2,467甲府市2,423富山市2,513
17さいたま市3,059甲府市2,779長崎市2,800堺市2,256堺市2,417神戸市2,498
18甲府市3,010富山市2,754神戸市2,754さいたま市2,219徳島市2,395東京都区部2,427
19松山市2,972さいたま市2,676長野市2,707徳島市2,193長野市2,345和歌山市2,395
20岡山市2,942福井市2,657岡山市2,678前橋市2,157神戸市2,125水戸市2,367
21徳島市2,901長野市2,636横浜市2,662松江市2,127大分市2,033千葉市2,245
22前橋市2,676広島市2,586甲府市2,644富山市2,093千葉市1,953長野市2,184
23長野市2,645水戸市2,580川崎市2,603長野市2,040富山市1,913宇都宮市2,170
24秋田市2,594長崎市2,567松山市2,586鹿児島市1,989鳥取市1,855徳島市2,053
25広島市2,585鹿児島市2,495高知市2,563水戸市1,987高知市1,843鹿児島市2,032
26川崎市2,581千葉市2,486千葉市2,549松山市1,889川崎市1,841盛岡市2,007
27鹿児島市2,503鳥取市2,471高松市2,463大分市1,888新潟市1,835甲府市1,999
28水戸市2,461松山市2,390大分市2,429高松市1,887鹿児島市1,809高松市1,916
29高松市2,429北九州市2,341さいたま市2,352宇都宮市1,864さいたま市1,798川崎市1,904
30山口市2,385松江市2,286秋田市2,294岡山市1,783盛岡市1,722大分市1,899
31長崎市2,333高松市2,271熊本市2,266秋田市1,667福井市1,694高知市1,823
32北九州市2,231青森市2,260水戸市2,248佐賀市1,661岡山市1,678広島市1,768
33福島市2,146前橋市2,246徳島市2,192福島市1,658札幌市1,673福島市1,723
34仙台市2,119大分市2,244青森市2,140高知市1,642宇都宮市1,670仙台市1,709
35山形市2,094盛岡市2,175盛岡市2,102熊本市1,585広島市1,552宮崎市1,671
36福井市2,083高知市2,163広島市2,005鳥取市1,564青森市1,549鳥取市1,630
37札幌市2,038秋田市2,123仙台市1,953仙台市1,520前橋市1,541松山市1,616
38高知市2,033山口市2,080福島市1,938広島市1,517高松市1,512青森市1,607
39青森市2,022川崎市2,074山口市1,889北九州市1,490那覇市1,511秋田市1,569
40熊本市2,005福島市2,055鳥取市1,878千葉市1,484熊本市1,488山口市1,471
41盛岡市2,001宮崎市2,000北九州市1,850福岡市1,385北九州市1,442福岡市1,419
42佐賀市1,952仙台市1,967山形市1,782川崎市1,380松山市1,416札幌市1,397
43福岡市1,935新潟市1,734福井市1,751山形市1,325長崎市1,400北九州市1,390
44新潟市1,901福岡市1,625福岡市1,699宮崎市1,311仙台市1,392熊本市1,340
45宮崎市1,855熊本市1,574新潟市1,614新潟市1,298宮崎市1,261山形市1,332
46鳥取市1,851札幌市1,565札幌市1,539山口市1,274福岡市1,258長崎市1,326
47大分市1,816山形市1,456那覇市1,501盛岡市1,258山口市1,225前橋市1,285
48松江市1,737佐賀市1,378宮崎市1,453青森市1,139秋田市1,201新潟市1,240
49那覇市1,695那覇市1,340佐賀市1,430福井市1,119山形市1,018那覇市1,183
50那覇市1,052福島市971佐賀市1,175
51札幌市992佐賀市902福井市1,116

2008年以降は浜松市、堺市が加わり、浜松市の独壇場となりますが、とにかく年次によるブレが酷い!地方別支出金額には意味があるでしょうが、都市別支出金額となると、年次毎のブレが酷く、浜松のように圧倒的にトップでない限り、この数字で全国一を議論する意味があるとは到底思えないですね。調査の概要を見る限り、大体6000世帯当たり1世帯が調査対象で、毎月1/12ずつ調査対象世帯を変えて年間調査を実施しているようですが、標本数が少なすぎる気がします。

7位以内に入ったことのある常連の都市を眺めると、京都市、大津市、奈良市、和歌山市、大阪市、神戸市などの関西諸都市、浜松市、津市、静岡市、岐阜市、名古屋市などの東海諸都市で、それ以外では金沢市、さいたま市などです。8位まで広げると松江市、10位まで広げると、東京都区部、横浜市、宇都宮市、堺市が入りますが、うなぎの蒲焼きへの消費額は関東よりも東海・関西の方が多いという実体が見えてきます。それよりも津市がこの6年間トップになっておりません。

どういことなのかと調べてみると、どうやら「うまっぷ」という津のうなぎ専門店を紹介するサイトで
津は一人当たりのうなぎの消費量が日本一!
1位 津 \2,150
2位 大阪 \1,968
3位 京都 \1,959
全国平均 \1,240

平成17年総務省家計調査県庁所在地別うなぎの蒲焼きに対する支出金額(一人当たり消費)
と書かれたのがきっかけで、色々マスメディアで紹介されて広まった情報のようです。

つまり2005年の世帯当たりのデータを世帯人員数で割った数字で、日本一を主張していたわけです。生データでは京都市が一位ですが、世帯人員数で割ると津市が一位になります。

でも、その後はずっと津市は一位ではありません。特に浜松市が登場してからは、津市がトップとなることは絶望的です。どうやらサイトの管理人もこれに悩んでいて、平成22年の家計調査で世帯別消費量が2位になったことに喜んでいたようです。でも今回は世帯人員数で割った数字を出していません…

浜松市といえば餃子でも有名ですが、どうやら宇都宮市の餃子消費量も家計調査の支出額が根拠で、最近浜松市に地位が脅かされているというのは、浜松市が統計の対象になったことが原因のようです。

2004年以前は、二人以上世帯と単身世帯で統計が別となっており、計算が非常にめんどくさくなりますが、ネットで閲覧できる2000年以降では、さいたま市がトップに立った様子はありません。おそらく旧浦和市の「うなぎ消費量全国一位」というのも、たまたま単年で世帯別消費量がトップに立ったのか、あるいは人口で割ってトップに立ったのか、とにかく都合の良い数字をもちだして計算したような気がします。

色々調べて分かったことは、「我が市は〜の消費量全国一位!」の類の話は、大抵根拠となる数字が都合のよいものを持ってきており、話半ばに効いた方がいいということですね。何よりも外食産業で消費されている量が不明のままです(うなぎの場合は外食分を加えると、ますます浜松がトップになりそうですが)。

[79580] いろずーさん

この文章を書いている途中でいろずーさんの投稿がありましたが、

その反面津市は
「うなぎは日常食で「ちょっとうなぎでも」という感じで気軽に食べられる」
というコメントを見つけました

家計調査を見ると、うなぎの蒲焼きに使う世帯当たり年間支出額は2400円〜4700円のレベルです。本当に「ちょっとうなぎでも」という感覚が平均的に存在するのなら、年間平均1万円を大幅に超えるはずです。全国的に見れば津市は平均よりもうなぎの蒲焼きへ支出する金額が多いことは言えますが、年次によって数字は2400円から4700円までブレており、京都、大津、奈良、静岡などの周辺地域の上位常連市と比べて有意の差があるとは言えないですね。

【追記】って、
津ぅのうなぎプロジェクト」の
http://unadon.mie1.net/
うなぎの街『津』復権の兆し!?
http://unadon.mie1.net/e308718.html によると
(その図)
http://www.mie1.net/usr/unadon/110420.gif
の全国平均は4位で
世帯あたりでは第2位にまで登ってきたではないでしょうか!!

2010年のデータを一人当たりで換算すると、2位はさいたま市、3位は京都市になってしまうのですか。
結局津市一位の根拠は、2005年のデータを一人当たりで計算し直した時だけなんですね。

[79580] 2011 年 10 月 29 日 (土) 23:37:03 いろずー さん
 恐るべし浜松・大合併の裏で津ぅは頑張ってます

[79579]にまんさん
[79577]YTさん
以前の某バラエティ番組だと津が1位と記憶していたのですが…

[79570]Issieさん
たいへんお騒がせしました
自分の記憶だと
(県庁所在地限定で)
1番多く食べられている →三重県津市
生産量         →愛知県内
ブランドとしてのイメージ→静岡県

皆様が書かれているのは「ブランド」や「値段」としての1位かもしれません

しかし徹底的証拠を見つけました!!
それは
「津ぅのうなぎプロジェクト」の
http://unadon.mie1.net/
うなぎの街『津』復権の兆し!?
http://unadon.mie1.net/e308718.html によると
(その図)
http://www.mie1.net/usr/unadon/110420.gif
の全国平均は4位で
世帯あたりでは第2位にまで登ってきたではないでしょうか!!

しかも県庁所在地の「世帯あたり」で見ると
津は名実ともに1位なんです!!
(浜松は県庁所在地ではないため)

またhttp://unadon.mie1.net/e308718.html
元浜松市民さんのコメントによると
「浜松ではうなぎの値段は値段が高めに設定されている」
その反面津市は
「うなぎは日常食で「ちょっとうなぎでも」という感じで気軽に食べられる」
というコメントを見つけました
HPには「うまっぷ」なるものがあるそうです

まさに津ぅのうなぎはソウルフードな〜のだ!!

[79579] 2011 年 10 月 29 日 (土) 22:13:53 にまん さん
 食べずに消費

[79577] YT さん
[79568] いろずー さん

実際は「三重県津市」が1番多くウナギが食べられています
について、私からも一言。
家計調査以外のデータが根拠であれば、以下の話は全くの無駄なんですが、浜松の政令指定都市化の要因を除いても、正確ではない部分がありそうです。

家計調査のデータの場合、YTさんも書かれているように「消費量」ではなく「消費支出額」ですから、高級料亭の国産天然うなぎの蒲焼1匹分は、スーパーの輸入冷凍うなぎの蒲焼数匹分に相当することになります。
また、家計調査の品目分類では、実際には自分で食べない贈答用の支出も含まれてしまいます。

ですから、家計調査のデータを根拠とするのであれば、正確には「1番多く○○が食べられています。」ではなく、「○○に1番お金を使っています。」ということになります。ただ、これではインパクトが弱いですから、テレビなんかでは正確でなくても分かりやすい表現がよく使われていますけどね。

個人的には、浜松のうなぎのように、ブランド化が浸透していて、かつ普及品との価格差が大きく、生産量も多いものについては、ブランド生産地付近の消費金額が多いのは当然だと思います。自ら消費するものでも、地元意識から比較的高額なものを消費する機会は多いでしょうし、ブランド産地以外では贈答品として購入する機会はまず皆無でしょうから、贈答用の消費支出額はブランド産地が突出しているはずです。

数字って、本当に難しいですね。

[79578] 2011 年 10 月 29 日 (土) 19:09:48 白桃 さん
 一宮市の確定値

[77714]2011年2月23日(水)19:14:39白桃
今日発表された愛知県の速報値で気になっていることがあります。(中略)一宮の数字の開きがやけに大きいのです。

やはり、速報値はおかしかったのですね。
推計人口速報値確定値
379,394人375,621人378,566人
結局、豊橋市は愛知県4位に落ちてしまいました。

[79577] 2011 年 10 月 29 日 (土) 17:22:40【4】 YT さん
 うなぎのかば焼きへの支出金額全国一位の都市は名実ともにあの都市

[79571] ペーロケ さん
[79568] いろずー さん

うなぎの消費量についてちょっと触れたいことがありまして、書き込みします。

実際は「三重県津市」が1番多くウナギが食べられています

この手の話の元となる統計は、総務省の家計調査ですが、都市別データは県庁所在地と政令指定都市に限られるので、全国の市町村を全てカバーしているわけではありません。また総務省の家計調査における該当する項目は、加工食品である「364 うなぎのかば焼き」の世帯当たり年間の支出金額です。

平成22年度の結果(Excelファイル)を以下にまとめますが、うなぎのかば焼きへの支出金額を地方別で見ると、何だかんだで東海地方が全国トップです。

地方支出金額(円)
東海3,494
近畿2,964
北陸2,708
関東2,486
四国2,290
中国1,859
九州1,623
東北1,574
北海道1,273
沖縄936
全国2,408

一方県庁所在地・政令指定都市別で見ますと・・・ あれ?

県庁所在地・政令指定都市支出金額(円)
浜松市6,001
津市3,988
京都市3,687
さいたま市3,656
岐阜市3,572
大津市3,434
名古屋市3,205
金沢市3,152
奈良市3,076
堺市2,933
静岡市2,931
横浜市2,877
大阪市2,810
岡山市2,788
松江市2,525
富山市2,513
神戸市2,498
東京都区部2,427
和歌山市2,395
水戸市2,367
千葉市2,245
長野市2,184
宇都宮市2,170
徳島市2,053
鹿児島市2,032
盛岡市2,007
甲府市1,999
高松市1,916
川崎市1,904
大分市1,899
高知市1,823
広島市1,768
福島市1,723
仙台市1,709
宮崎市1,671
鳥取市1,630
松山市1,616
青森市1,607
秋田市1,569
山口市1,471
福岡市1,419
札幌市1,397
北九州市1,390
熊本市1,340
山形市1,332
長崎市1,326
前橋市1,285
新潟市1,240
那覇市1,183
佐賀市1,175
福井市1,116

そうです。うなぎのかば焼きへの支出金額が圧倒的に一位なのは津市ではなくて、印象通りの浜松市です。津市が一位から脱落した原因は浜松市が2007年に政令指定都市となり、家計調査表に項目として登場するようになったためです。

なんでこんなことが気になったかというと、私の生まれた旧浦和市も過去に全国一位のうなぎのかば焼き消費都市だったからです。きっちり過去の統計を確認している訳ではありませんが、少なくともさいたま市成立後は一位の座から脱落してしまっているようですが。

そうそう、当然浦和には有名な鰻の蒲焼専門店が多数ありますが、個人的にはJR南浦和駅近くにある某有名店をお勧めします。鰻の蒲焼の起源には諸説ありますが、一応浦和周辺で流布している説としては、中山道の浦和宿で鰻の蒲焼が始まったとされています。

【追記】上のデータは「総世帯」ですが、「二人以上の世帯」で見ると、過去3年間(平成20年〜平成22年)の年間支出金額の平均(Excelファイル)では、津市もさいたま市もトップクラスにはいません。浜松市は圧倒的に首位ですが。単身世帯でも鰻の蒲焼を買う人が多いのが、津市、さいたま市ということになりますね。

県庁所在地・政令指定都市支出金額(円)
浜松市7,308
京都市4,767
大阪市4,361
岐阜市4,350
名古屋市4,267
静岡市4,237
奈良市4,233
大津市4,203
神戸市3,871
金沢市3,826
松江市3,750
横浜市3,716
堺市3,713
東京都区部3,667
津市3,629
和歌山市3,501
川崎市3,194
さいたま市3,179
甲府市3,163
千葉市3,156
水戸市3,090
徳島市2,871
長野市2,642
富山市2,615
大分市2,601
鳥取市2,474
岡山市2,471
鹿児島市2,428
広島市2,342
仙台市2,275
高知市2,268
長崎市2,216
宇都宮市2,186
高松市2,180
松山市2,022
佐賀市2,007
宮崎市1,972
北九州市1,961
山形市1,919
福岡市1,892
前橋市1,887
福島市1,882
山口市1,877
盛岡市1,842
新潟市1,818
秋田市1,792
熊本市1,782
札幌市1,767
福井市1,717
青森市1,627
那覇市1,617
全国平均2,868

時系列で見ると、うなぎの蒲焼の支出金額はどんどん落ちています。海外産輸入に伴う価格破壊、平成20年の産地偽装問題での消費低迷など、うなぎをめぐる環境は景気が良くないようです。
年次全国平均支出金額(円)
平成17年3,211
平成18年2,982
平成19年2,977
平成20年2,167
平成21年2,233
平成22年2,408

[79576] 2011 年 10 月 29 日 (土) 12:10:52【1】 Issie さん
 三文字繁華街

[79572] ペーロケ さん
東京 秋葉原

「繁華街」のイメージにズレがあるかなあ。
アキバは,あまり「夜の町」というイメージがない,最近は昼間の“お子様”(←色んな意味で)の町というイメージ。
ずっとうらぶれて,錦糸町 とか 新小岩 なんてのはいかが?

それは措いておいて…
・川崎:銀柳街
・横浜:馬車道,六角橋
・富山:総曲輪(そうがわ)
・岐阜:柳ヶ瀬

…というわけで,(大小にかかわらず)「ヶ」はあり?

[79575] 2011 年 10 月 29 日 (土) 10:10:03 伊豆之国 さん
 立石寺、鰻さん、南セントレア市

[79570]Issieさん
ところで,この「山寺」とは?
「山寺」と言えば、かの芭蕉の句で名高い、山形市の立石寺。私がこの山寺を訪れたのは、もうかれこれ40年近くも昔の春休み。河原の露天風呂で名高い作並温泉の老舗旅館([60404])に泊まり、その翌日(多分)、季節はずれの雪も残る中、長い石段を登って「展望台」までたどり着き、その絶景を眺めています。ところで、このときに乗った「国鉄」仙山線。当時は電気機関車が茶色の旧式客車を引っ張る列車。作並駅では立売のおばさんが駅弁を売っていました。それから20数年を経て再び作並温泉に泊まったときには、作並駅は無人駅となり、旅館の送迎バスこそ並んでいたものの、駅も駅前も殺風景なものになってしまいました。

[79571]ペーロケさん
「うなぎ県」と称されたのは、生産量で言えば愛知か鹿児島の2大生産地のどっちか
鰻の生産で日本一を争う鹿児島県。その鹿児島県の指宿市には「鰻池」という池があり、湖畔には西郷隆盛も湯治したという「鰻温泉」があります(指宿市HPより)。そして、この地にはずばり「鰻」という苗字の人が住んでいます。全国でも10件足らずという稀少な苗字で、電話帳によるとその全部が鹿児島県にあります。伝説によると、「明治の初めに国民全員が苗字を名乗ることになったとき、この地を訪れていた西郷どんに『苗字を付けてください』と恐る恐る頼んだところ、『鰻がよか』と答えたので、『鰻』を苗字としてありがたくいただくことになった」とのことで、中には後に苗字を変えた人もいたそうですが、現在も住み続けている「鰻」さんは、「西郷どんからいただいた苗字だから、今も大切に守り続けている」というそうです。

話は変わりますが、今朝の日経新聞の別刷りから。鰻生産で日本一の愛知県、その愛知県の南知多町には、幕末の伊豆下田で数奇な運命をたどった「唐人お吉」生誕の地があり、お吉の像も建てられています。お吉は幼少時に伊豆下田に移り、芸妓となったということです。私は、今まで「お吉は下田で生まれ育った」とばかり思っていたので、これを見てびっくりしました。

[79574] 2011 年 10 月 29 日 (土) 09:08:57 白桃 さん
 C級三文字繁華街 他

[79572]ペーロケ さん
三文字の繁華街
面白いのでおつきあい。でも、少々うらさびれております。
岡山:奉還町
東かがわ:三本松(南新町)
○○町は反則か・・・

寝食忘れて国勢調査確定値に係る統計表修正作業やってます。
関係ない話ですが、私、カレーが大好きで、当然ながら「おうどん」も好きです。でも、合体した「カレーうどん」より、普通の「ライスカレー」や「すーどん」を食べたいです。

[79573] 2011 年 10 月 29 日 (土) 02:36:14 Issie さん
 僕は特急の機関手で

[79552] futsunoおじ さん
「うなぎ県」

[79568] いろずー さん
あなたが言っているのはおそらく「静岡県」のことでしょう

[79571] ペーロケ さん
浜名湖のうなぎは有名ですが、かといって、鰻の生産は浜名湖周辺に限った局所的なもので、静岡県が「うなぎ」の県というイメージは結びつきづらいんですよね〜。

実は私は静岡県を連想しました。
「ウナギ養殖→浜名湖」という刷り込みが強烈にあるのですね。
現在の現実の統計データは ペーロケ さんが紹介されたとおりでしょう。けれども,これは現実の統計データの話では必ずしもありません。ある程度強いイメージが植えつけられていれば,統計上の数字なんて何の意味もありません。何よりも非常に早い段階でウナギ養殖を産業として確立して全国に名を馳せた事実は,今はトップかもしれない“新出来”の産地が勝るものではないでしょう。しかしほかの産地と競合する中で,浜名湖のウナギ養殖は最盛期の何分の1までに縮小しました。たかだか一昨年の統計データは,そうした縮小の果てのものです。
だから,私には「ウナギ → 静岡県」という連想が成り立つ。

けれども,逆に「静岡県 → ウナギ」という連想が成立するかというと,それはしない。ペーロケ さんのおっしゃるとおりです。
「ちびまるこちゃん」でさえ歌っている ディック・ミネ の「旅姿三人男」を持ち出すまでもなく,大井川流域から清水港(しみずみなと)辺りであれば“お茶”を措いてほかになかろうし,「湯の町エレジー」に誘われて伊豆まで来ればそれは“温泉”と“ワサビ”かもしれない。
そのせいかどうか,(もちろん私が生まれるよりもずっと前の流行歌である)「僕は特急の機関手(士)で」という歌の最もメジャーなバージョンでは

・金色夜叉の熱海海岸から丹那トンネル
・富士山と駿河湾の間を走る優雅な一等展望車と,“沼津”食わずの三等車(←おお,三等級制の時代だ!)
・浜松のハモニカ娘と浜名湖のウナギ

と,静岡県だけで3コーラスも歌われているのですね。神奈川県は横浜が歌われていたような気がするのですが(ハモニカ娘が出てくるなら,崎陽軒のシウマイ娘ではないよな),通常バージョンでは“通過”です。名古屋で“あの娘のあんよ”を守口大根にたとえたら,一気に京都に行って(明治の鉄道唱歌ではじっくり京都を回るのですが),次のコーラスでは大阪に着いちゃいます。
この静岡県に対する手厚さは何でしょう?…

さて,話の発端となった 香川県 と「うどん」のように両者のイメージがほぼ完全に重なるから,ああいう宣伝が成り立つのでしょうが,多くの場合はそれが重ならない。
たとえば,「リンゴ」と言えば 津軽(←決して青森県全域ではない)と行きたいところですが,私は自分の経験からここは是非「信州」と言いたい。
けれども,長野県全域でリンゴが栽培されているわけではなく,下手したらまた 北信(長野)vs南信(松本) の地域対立を生み出しかねない。いや,リンゴは松本周辺でも栽培されているけれど,やはりメジャーなのは善光寺平ですから。
「リンゴ → 長野県」は成立しても,「長野県 → リンゴ」となるわけではないのは,静岡県のウナギと同じ。

たぶん,ここに「うどん県」のコピーが成立するカギがある。よその県がそれを真似しようとしても無理があるのですよ。

[79572] 2011 年 10 月 29 日 (土) 02:31:36 ペーロケ さん
 三文字の繁華街

 天文館のことを思い出して、なんとなく漢字三文字の繁華街ってカッコいいな〜と。極めて個人的な意見ですが(笑)。思いつくままに挙げてみました。

旭川 三六街
函館 五稜郭
仙台 勾当台
東京 秋葉原
金沢 香林坊
大阪 北新地
神戸 新開地
広島 八丁堀
松山 大街道
鹿児島 天文館
那覇 久茂地

う〜ん、西に偏ってしまった><

[79571] 2011 年 10 月 29 日 (土) 01:35:08【1】 ペーロケ さん
 2大産地

[79568]いろずー さん
あなたが言っているのはおそらく「静岡県」のことでしょう
 浜名湖のうなぎは有名ですが、かといって、鰻の生産は浜名湖周辺に限った局所的なもので、静岡県が「うなぎ」の県というイメージは結びつきづらいんですよね〜。うちの近所のスーパーでは、国産鰻はほとんど宮崎産か鹿児島産なんで、静岡産の鰻は非常にレアなのです。

 それもそのはず、平成21年漁業・養殖業生産統計-農林水産省
の25ページの表を順に並べ換えてみると
1位愛知7371
2位鹿児島7358
3位宮崎3725
4位静岡1833

と、静岡県は4位。しかも1位の愛知県のおよそ1/4なので、とても鰻の県とは言い難いですね。

 私は、[79552] futsunoおじさんが「うなぎ県」と称されたのは、生産量で言えば愛知か鹿児島の2大生産地のどっちか、鹿児島は他にも日本一が多い農業県のため、愛知県のことを指しているのかな〜と漠然と考えていました。消費する方でも「ひつまぶし」が有名で、そこそこ消費量がありますし、生産量も高い。(もっとも、鹿児島も天文館を中心に鰻料理の名店が多いのですが。。。)。ところが、いろずーさんが消費地とは違う(津市というのは知りませんでしたが)とおっしゃったので、どこのことをおっしゃっているのか分からなかったのです。

代表的なのは福井県です…
 原発の発電量は、実はそんなに安定していなく、トラブルや定期点検で生産量が予想以上に変動するようで、原発の2大産地である福島県が福井県よりも高かった時期もあるようです。それもそんなに昔の話ではなく、つい3年ほど前まで福島県が福井県よりも高かったようです。もっとも、今はあんな状況なので。。。

[79570] 2011 年 10 月 28 日 (金) 21:20:20 Issie さん
 山寺

[79569] N-H さん
野暮を承知で考察してみますか。

ベタなつぶやきに,おつきあいありがとうございます。
そう。実に“大阪全開”な歌ですが(何より,ちゃんと関西弁に聞こえるところがすごい。「大阪で生まれた女」や「悲しい色やねん」は歌詞がそうでも関西弁に聞こえませんから),「わさびを利かせたら何ぼかおいしかろ」と言ってる“お鮨”は江戸前の握り鮨でしょうね。

単に言葉遊びで「東京ブギウギ」にひっかけて「ネギ」を入れてみただけなのか。

まあ,タネを明かせばそうなんでしょう。ほかにも「ボタンとリボン」とか「人の気(持ち)も知らないで」なんてのも登場しますから。

あ、もちろんリアルタイムでは笠置さんは「カネヨン」のおばさん、もしくは「家族そろって歌合戦」の審査員としてしか知らない世代ですので念のため。

私もそうです。で,笠置さんの隣り(?)に座っていて毎回“芭蕉の俳句”(と言われている別の作者の狂歌)のパロディを詠んでいたトボけたお爺さん(高木東六さん)が昔はとても洒落た曲を作っていた(軍歌でさえも)と後で知って,「へええっ」と思ったものです。

服部良一先生も笠置シヅ子さんもすごすぎます。

私は「山寺の和尚さん」もすごいと思います。
去年の今頃,コロムビアが明治・大正のレコード黎明期から“昭和末期”まで自社のレコードを中心に集めた「流行歌大傑作選」というCDシリーズを発売したので迷わず買ったのですが,その第1集の「明治・大正・昭和初期」版(COCP-36449)に「山寺の和尚さん」が収録されていました。コロムビア・ナカノ・リズム・ボーイズ の演奏で1937年4月の録音。前後の歌が実に「戦前!」という感じの歌が多い中で,これは全然古びていない。逆にこれが「昭和12年」の演奏,というので驚いてしまいました。
一世代前なら,ダークダックスやボニージャックス,デュークエイセス辺りがよくカバーしていたのですが,今の世代のコーラスグループなんかはどうでしょうね。

ところで,この「山寺」とは?

[79569] 2011 年 10 月 28 日 (金) 09:24:39 N-H さん
 東京ネギネギ

[79566]Issie さん
笠置シヅ子の「買い物ブギ」に登場する「東京ネギネギブギウギ」…。
あれは関東風のネギなんでしょうかねえ。
野暮を承知で考察してみますか。
「東京ネギ」だけ取り出せば、白ネギなんでしょうけど、あの歌自体はコテコテの関西弁で全編まくしたててますから、買い物風景としては舞台は大阪なんでしょうね。
で、そこに珍しく関東の白ネギが売っていた、ということなのか、単に言葉遊びで「東京ブギウギ」にひっかけて「ネギ」を入れてみただけなのか。

にしても、あの歌は最初きいたときにぶっ飛びました。服部良一先生も笠置シヅ子さんもすごすぎます。
あ、もちろんリアルタイムでは笠置さんは「カネヨン」のおばさん、もしくは「家族そろって歌合戦」の審査員としてしか知らない世代ですので念のため。

[79568] 2011 年 10 月 28 日 (金) 01:51:52 いろずー さん
 グーグル先生ならわかるはずですが…

[79552] futsunoおじ さん
「うなぎ県」
あなたが言っているのはおそらく「静岡県」のことでしょう
県西部は違和感ないですが県東部は違和感ありますね
[79567] ペーロケさん
多分静岡県のことだと思います
浜松のウナギイヌ騒動もありましたが
実際は「三重県津市」が1番多くウナギが食べられています
あと
「原発県」
代表的なのは福井県です…
先日京都の人としゃべりましたが
事故を起こすと最悪京都に住めなくなりそうです
原発、早くなくなればいいですね。

[79567] 2011 年 10 月 27 日 (木) 07:25:22 ペーロケ さん
 どこの県

[79561]いろずー さん
「うなぎ県」も実際一番多く食べられているのは全く違う県の市ですね
確認なんですが、「うなぎ県」とはどこの県のことを言っているんでしょうか?

悪い例としたら「原発県」
この辺が違和感ないですね
これもどこの県のことでしょうか。
私はどこの県であれ、かなり違和感ありますが。。。

[79566] 2011 年 10 月 26 日 (水) 22:11:20【1】 Issie さん
 ねぎ焼き

まあ,ただのお遊びに過ぎない県の名前は措いておいて…

[79561] いろずー さん
「ねぎ焼き府」

恥ずかしながら「ねぎ焼き」なる食べ物を知りませんでした。
そこで検索してみたら,予想に反して“青々”していますねえ。
そう,ネギが違うのでした。
普通,私が「ネギ」と聞いて連想するのは,白くて太いネギ。
だから「ねぎ焼き」というのは,関東的には焼き鳥みたいにそのネギを串に刺して焼くものですが,関西でお好み焼きの仲間ならその白いネギをみじん切りにしてメリケン粉で焼くものだと思ったら…
関西のネギは青くて細いんでしたね。
駅の立ち食いうどん屋でも(←こちらでは専ら駅でそばを食べるけど,関西の“色のない汁”で東京風にそばを食べても美味しくなさそうなので,関西に行ったら駅ではうどんを食べる),入るネギはアサツキみたいな青くて細いヤツで,これを見ると「ああ関西だ」と思うのでした。

笠置シヅ子の「買い物ブギ」に登場する「東京ネギネギブギウギ」…。
あれは関東風のネギなんでしょうかねえ。

[79565] 2011 年 10 月 26 日 (水) 19:22:07【1】 山野[山野] さん
 国調の公表

各都道府県の今回の国勢調査の結果が総務省・統計局より公表されてます。
8ページ目:人口、人口増減数及び人口密度(多分、確定値)

例の東浦町ですが速報値では5万80人となっていましたが、
その後の誤りが見つかり再調査した所、今回の市制移行は見送られる事になりました。
結果の確定値:町HPより。
10月26日に総務省統計局から平成22年国勢調査人口(確定値)の公表があり、東浦町の人口が49,800人と発表されました。

[79564] 2011 年 10 月 26 日 (水) 18:21:58 hmt さん
 県境の変更 (5)廃置分合・境界変更に加えて 境界確定・境界画定・境界修正
hmt 「県境」の変更

「県境にわたる境界変更」については、既に 88さんにより、官報情報検索サービスを使った時系列順のリストが紹介され[79523]、これが 今回のシリーズ の発端になりました。
しかし、既に見てきたように、「境界変更」は県境変更手続の一部です。事例数としては多数あるが その大部分はマイナーな変更です。

村まるごと、又は一部を分村した村の大部分を隣接県に編入する「廃置分合」事例は、戦後に6件ありました[79559]

地方自治法下の廃置分合については、官報情報を利用した告示の確認により、市区町村変遷情報の裏付けが行なわれています[79228]。この作業は必要に応じて行われているものであり、変遷情報データが「官報掲載の廃置分合を漏れなく集めていること」を保証するものではないでしょう。

しかし、「県境にわたる廃置分合」の調査については、変遷情報の調査により、戦後の事例を ほぼ把握できるものと考えています。実は[79541]で記した調査により、戦前(該当なし)だけでなく戦後の結果も出ているのですが、[75937]のA1に記した8件がすべてでした。

特別法による県境変更[79537]は 収録対象となる戦後の事例なし。

その他に、境界未定であった地域につき行われる、境界確定や境界画定の制度があります。
また、実体との相違点が明らかになった地形図上の境界には、境界修正が行なわれます。
境界変更を含めた4種類の変化については [68691]参照。この内、境界変更と境界確定とは、総務省告示の対象になっています。

境界確定等の記された情報として、昭和63年以降の「面積調」が、国土地理院から公開されています。
県境にわたるものに限定すれば、数も限られていますから、これも広義の「県境変更」であると考え、収集する事例に含めておいた方が便利と思われます。

調べてみると、マイナーではあるが、県境マニアにとり興味深い事例がありました。

平成2年面積調 の57コマを見ると、埼玉県三郷市と東京都葛飾区との間に 64.99km2の境界未定地が発生したことがわかります。これは、現在に続いている水元公園の「小合溜」[79063]で、ウオッちず を見ると、確かに都県境線が途切れています。

面積調の摘要欄から、平成2年8月1日地形図「草加」に加えられた境界修正(6)の結果であることがわかります。
近年になってから小合溜の都県境に疑惑が生じ、両側の自治体の申請により地形図から都県境が消されたようです。
境界修正に至った事情の詳細は知りませんが、人跡稀な山岳地帯に限らず、このようにして「県境未定」の地域が発見されることもあるのだということを実感しました。

ついでに記すと、平成6年に同じようにして埼玉県戸田市と東京都北区・板橋区との間の 都県境未定が発生 58コマ(8) しましたが、こちらは短期間で 境界画定 55コマ(2) しました。浮間[79541]の隣接地ですが、戸田市が僅かに荒川南岸に突出しています。

最も最近の県境変更事例は、1年前の 2010年9月30日九州山地でした。熊本県球磨郡水上村と宮崎県東臼杵郡椎葉村との境界確定 3コマ(3)
落書き帳に予告記事[73875]がありました。県境未定だった場所は、国道388号 湯山峠の南側[66867] だそうですが、現在のウオッちずには既に県境が途切れなく描かれています。

この種の県境データ。少なくとも境界確定は総務省の告示がありますから、官報情報で昭和22年までの遡及調査可能なはずです。境界画定や境界修正は、地形図を所管する国土地理院から発表され、これも官報情報の対象になっていると思われますが、未確認です。

[79563] 2011 年 10 月 26 日 (水) 17:52:49 hmt さん
 「旧富山市」と「富山市」との違い 人口密度から見る変遷

[79560] むっくん さん
富山市市域の変遷(現在はリンク切れで、同種の別の年度のものがGoogleキャッシュにある。)

付けていただいたリンクを開いてみると、タイトルに「旧富山市」とあります。
「富山市」は 2005年4月1日に新設合併で生まれた自治体であり、その前に存在したのは「旧富山市」。
ごもっともですが、これによって「旧富山市」時代のHPに掲載されていた変遷資料が消えてしまったのですね。

そういえば、「旧富山市」の中核市指定も、新設合併により一旦キャンセルされ、現在の「富山市」が改めて指定されたのでした[53889]

旧富山市の推移表を見ていて実感したことは、市制施行当初の面積が 1.91km2と極めて小さかったことです。
市制町村制理由 には次のように記されています。(右頁13〜14行、19行)
然れども都会の地に至ては 大に人情風俗を異にし 経済上自ら差別あり。故に之を分離して 別に市制を建て 機関の組織及び行政監督の例を異にせり。【中略】
今此市制を施行せんとするものは三府其他人口凡二万五千以上の市街地に在りとす。

「市」になる区域は、一般の町村区域とは人情風俗経済力が異なる「市街地」に限られていたわけです。
桜谷村が明治42年、大正6年、大正9年と3回に分けて段階的に富山市に編入されたのは、市街地化の実情に合わせたものだったのでしょう。
これにより富山市の面積は5km2を越えましたが、まだまだ限られ市域であり、人口密度も1万人/km2を越えていました。

大正末年の 東呉羽村編入 により 面積は倍増し、人口密度も6千人/km2になりましたが、富山市域が 一気に市街地でない地域に広がったのは、戦時色が濃厚になった 昭和15年の 9町村編入 であったと思われます。
この戦時合併により 2000人/km2を割った人口密度は、戦後も一時を除いて 1500人/km2前後を維持したまま 21世紀になりました。

そして迎えた 平成の大合併。ここで 富山市の面積は、200km2余から一気に約6倍に拡大。
これに伴い、人口密度は約 340人/km2と、日本全国平均を下回ることになりました。

平成の大合併は、確かに新設合併の名に値する大変化でした。
それは「市部は町村部と異なる都会である」という 明治以来 叩き込まれてきた先入観念を 破壊しました。

最新のデータによる 全国の市の人口密度ランキング の中で、全国の人口密度 343人/km2は、435位のところに来ます。つまり、ここから 786位までの 352市(785市の45%)は全国平均以下の人口密度ということです。
県庁所在都市人口密度をランキング下位から拾うと、山口市 194、盛岡市 336、富山市 338人/km2でした。

[79562] 2011 年 10 月 26 日 (水) 15:07:46【1】 山野[山野] さん
 態々祭の名称まで変更する必要ってあるのかな?

何の事かというと、八日市→東近江大凧に まつり・保存会 合併受け改称へという記事があったので。

新潟の三条市の「凧合戦」は有名ですが、八日市にもあるんですね。
さて本題ですが、今回の改称理由は、2005年に合併によって「八日市市」が消滅したのが理由に
八日市大凧まつり→「東近江大凧まつり」
八日市大凧保存会→「東近江大凧保存会」
…と、6月の会合で名称変更が決まった模様。
しかし、合併して市名が変わったからといって、50年続く「祭の名称」まで変更するのは如何なんでしょう。
行政と伝統は分けて考えた方が良いの思うのだが…。

それか、市の名称を「八日市市」に戻すか。行政の中心な訳ですし。

[79561] 2011 年 10 月 26 日 (水) 01:35:07 いろずー さん
 これはどうかな?

[79552] futsunoおじ さん
「さくらんぼ県」は違和感ないですが
その他は少し抵抗ありますね
アルプス県ですか…
首都圏近郊に住む人の場合は違和感無いですが
奥羽山脈とか特に東北の人程違和感あると思います…
また「ぶどう県」もO県の人だったら猛抗議でしょう
「りんご県」も同様のことが起こります

「たこ焼き府」とか「ねぎ焼き府」はどうでしょうか。
あきらかに地元感がありありなんで違和感ないでしょう

「ぎょうざ県」はもちろん某県のことですが
実際は某政令指定都市の方が多く食べられていますし
「うなぎ県」も実際一番多く食べられているのは全く違う県の市ですね

自分だったら
良い例は「オリーブ県」「たこ焼き府」「舞妓府」「海鮮道」
悪い例としたら「原発県」
この辺が違和感ないですね

「りんご県」に変わるもので「ニンニク県」
これは違和感ありますか?

[79560] 2011 年 10 月 25 日 (火) 18:30:35【2】 むっくん さん
 市区町村変遷情報(番外編)

[79559]hmtさんの安蘇郡田沼町の一部の事例を見て、富山県の
1917(T6).4.1 境界変更 富山市 富山市, 婦負郡 桜谷村の一部
も番外編として市区町村変遷情報に追加する余地はないものかと思いましたので、以下にその詳細を書きます。。

婦負郡桜谷村は、富山県令第37号(M22.3.19)によりますと、10村(その内2村は一部領域)の合併で明治22(1889)年4月1日に成立しました。
その後明治42(1909)年4月1日と大正6(1917)年4月1日の2回に渡り一部区域を富山市に編入した後、大正9(1920)年4月1日に全領域を富山市に編入されて消滅しました。
以前富山市HP>富山市統計書にあった、富山市統計書(平成14年度版)>1土地及び気象>富山市市域の変遷(現在はリンク切れで、同種の別の年度のものがGoogleキャッシュにある。)では
------------------------
1. 市域の変遷
(単位:km2)
編入合併年月日編入合併地域編入面積総面積
明治22.4.1市制施行1.91
明治34.11.1上新川郡奥田村の内東田地方の一部元遊園地を編入0.472.38
明治42.4.1上新川郡堀川村の内大泉、磯部、安野屋、西田地方、0.703.08
山室村の内清水、奥田村の内東田地方及び婦負郡桜谷
村の内畑中、愛宕、舟橋今町、牛島、東呉羽村の内鵯
島の一部を編入
大正6.4.1婦負郡桜谷村の内牛島及び畑中、愛宕、駒見、四ツ屋の2.225.30
一部を編入
大正9.4.1婦負郡桜谷村を編入2.017.31
大正15.7.1婦負郡東呉羽村を編入5.9713.28
昭和10.4.1上新川郡奥田村を編入5.8219.10
昭和11.2.1神通川廃川地域を編入1.4920.59
昭和12.4.5上新川郡山室村の内清水、館出、西公文名、石金、中1.6622.25
市、長江、西長江を編入
昭和15.9.1上新川郡東岩瀬町、新庄町、豊田村、広田村、大広田47.4069.65
村、浜黒崎村、針原村、島村及び婦負郡神明村を編入
昭和17.5.20上新川郡堀川町、蜷川村、太田村、山室村を編入34.02103.67
昭和25.10.1国勢調査時、国土地理院の修正により増加0.45104.12
昭和30.10.1国勢調査時、国土地理院の修正により増加0.60104.72
昭和35.10.1婦負郡和合町及び上新川郡富南村を編入44.05148.77
昭和35.10.1国勢調査時、国土地理院の修正により減少△ 0.72148.05
昭和40.4.1婦負郡呉羽町を編入37.38185.43
昭和41.5.1中新川郡水橋町を編入23.63209.06
昭和62.6.22新たに生じた土地(埋立)により増加0.02209.08
昭和63.10.1国土地理院の修正により減少△ 0.31208.77
平成元.10.1新たに生じた土地(埋立)により増加0.01208.78
平成5.10.1新たに生じた土地(埋立)により増加0.01208.79
平成9.3.10新たに生じた土地(埋立)により増加0.02208.81
資料:企画管理部情報統計課
------------------------
と富山市の廃置分合とそれに伴う面積の変遷が記載されていました。
この記載に依りますと、桜谷村は大正9年に富山市に合併される以前に、明治22年に成立した桜谷村の半分以上の部分は境界変更で既に富山市に移ってしまっています。果たして現状の大正9(1920)年4月1日の合併のみを記載するのみでよいのでしょうか。
個人的には当時の村の面積4.23km2のうち2.21km2と半分以上を境界変更で失った、大正6(1917)年4月1日の境界変更も記載した方がよいのではないか、と思います。おそらく各大字での富山市に隣接している部分のみが削られたと推測されることより、現在の「概ね大字単位」という原則にはおそらく合致しないものと考えられます。

しかしながら、村の半分強もの区域を失うような大きな境界変更ではありますので、市区町村変遷情報に追加できないものなのでしょうか。どうぞご検討願います。>88さん

[79559] 2011 年 10 月 25 日 (火) 13:11:52 hmt さん
 県境の変更 (4)県境変更のいろいろ 特別法・市町村の廃置分合・境界変更
hmt 「県境」の変更

3府43県が出揃い(M21=1888)、市制町村制が施行された(M22=1889)「明治中期以降」の県境変更について記しています。
M23に公布された府県制は、郡の再編が進まずに施行が遅れました[62662]

地方自治法では“都道府県の境界変更は法律でこれを定める”ことを本則としています[79537]
しかし 現実に行なわれた県境変更事例は、この本則によるものではありません。
戦後のすべての県境変更事例は、“都道府県の境界にわたる市町村の境界”の動きに従属して“自ら変更する”ことになった県境です(地方自治法第6条第2項)。
つまり、主役は県境の「市町村」であり、都道府県の境界変更につれて市町村の領域が変化したものではない。
これが、県境変更の現実の姿です。

もっとも、明治後期には 政府や府県が主役となり、県境変更の特別法を制定した事例が いくつかありました[79538][47106]

明治26年の 東京府及神奈川県 境域変更に関する法律 による 三多摩移管がその代表例です。しかし、当時の東京府・神奈川県にはまだ府県制が施行されていませんでした。この特別法は、府県制とは一応無関係に制定された法律 であったようです。

余談ですが、北多摩郡が東京府になったことで、武蔵野台地にあった“平地の3府県境”[75152]は 消滅し、更に埼玉県“新座半島”[68760] 先端の保谷村が北多摩郡に編入されて(M40)、“元3府県境”は 東京府の中の ありふれた3村境(保谷村・武蔵野村・石神井村)[68760]になってしまいました。

東京付近で もう一つ目立つトピックスは 県境河川改修にからむ県境変更です。
江戸川(M28)[79538]・利根川(M32)[47106]・多摩川(M45)[79538]は、改修工事の後で それぞれ定められた境界変更法により、新流路が新県境になりました。

もちろん戦前にも 合併や境界変更による 市町村主役の 個別的県境変更事例 がありました [79541]
戦前の事例につき この種の記録を全国的に探索するとしたら、県報へのアクセスなどでの困難が予想され、完全なリスト作りは難航するおそれがあります。このことは既に触れました。

引き続き、現行の法体系下、つまり昭和22年5月3日以降に行なわれた 県境変更事例の種類について記します。

下関市の参考資料[75937]に示された 11件の事例を、廃置分合による越県と、境界変更による越県とに分けてみました。

廃置分合事例 6件

 5件は、昭和大合併の際に認められた越県合併[55505]の仲間です。昭和の 新市町村建設促進中央審議会が 5件(境界変更[79523]の5番、8番、9番を加えれば8件)を認めたのに比べて、平成大合併では僅かに1件というのは時代の違いでしょうか。
 5件のうち、樫田村と菱村とは 村まるごと編入です。 元狭山村・石徹白(いとしろ)村・神坂村の3件は、村内の一部地域を前日に分村(境界変更)して 県内に残留させるという手法を取った点と、越県合併の施行日(S33.10.15)とが共通しています。

 S33. 4. 1 京都府桑田郡樫田村が、まるごと大阪府 高槻市に編入
 S33.10.15 埼玉県入間郡元狭山村が 東京都西多摩郡 瑞穂町に編入【分村先 武蔵町
 S33.10.15 福井県大野郡石徹白村が岐阜県郡上郡白鳥町に編入【分村先 和泉村
 S33.10.15 長野県西筑摩郡神坂村が 岐阜県 中津川市に編入【分村先 山口村
 S34. 1. 1 栃木県足利郡菱村が、まるごと群馬県 桐生市に編入
 H17.2.13 長野県木曽郡山口村が、まるごと岐阜県 中津川市に編入
 昭和大合併では島崎藤村の故郷・馬籠を長野県に残したことで有名な分村事件でしたが、その山口村も、平成大合併では岐阜県になりました。

境界変更事例 5件  リスト番号は、[79523]88さんによる告示順の番号です。

 リスト番号 5 S30.4.1 岐阜県恵那郡三濃村大字浅谷及び野原が 愛知県東加茂郡旭村へ【残る横通は 岐阜県内明智町編入
 リスト番号 8 S33.4.1 京都府亀岡市西別院町牧及び寺田の大半が 大阪府豊能郡東能勢村へ【亀岡市は存続】
 リスト番号 9 S35.7.1 群馬県山田郡矢場川村の東部地域が 栃木県足利市へ【西部地域は 群馬県内太田市編入
 リスト番号11 S38.9.1 岡山県和気郡日生町大字福浦の大半が 兵庫県赤穂市へ【日生町は存続】
 リスト番号17 S43.4.1 栃木県安蘇郡田沼町入飛駒(いりひこま)地区が群馬県桐生市へ【田沼町は存続】

入飛駒について
ここは、大字飛駒の一部で「大字」単位には該当しない との判断から、変遷情報の境界変更収録対象に不採用なのかもしれません。
しかし、桐生市の変遷【注】 によると 面積は5.65km2もあり、事実 20万分1地勢図でも充分に県境変更を認識することができます[46981]
かつては老越路峠を越えて飛駒の本体と連絡するのに一日がかりだったと伝えられる 事実上の別集落で、小学校もありました。
なお、桐生川ダムの梅田湖ができて一部が水没しました(1983)。
事実上独立した集落であったことに配慮すれば、入飛駒地区の境界変更は、他の 10事例と同様に、変遷情報に記録してもよいのではないでしょうか。>88さん
【注】
この頁の表の部分は [75906] おがちゃん さん 報告による 桐生市|市域の変遷 と同じです。しかし、二分された状態の市域図が描かれているだけに、より分りやすいと思います。
収集基準[76001]の (5)からすると、採用は難しいのでしょうか?> オーナー グリグリさん

[79558] 2011 年 10 月 24 日 (月) 03:16:56 山野[山野] さん
 市長選の結果

以前、何方か女性首長一覧表みたいなものを作ってらした方、居ましたよね?
昨日行われた市長選にて女性首長が1人減りました。
該当箇所は所沢市で、新人が現職を破り初当選という結果になりました。記事

[79557] 2011 年 10 月 23 日 (日) 11:28:54 Issie さん
 「かもしれない」では…

[79556] デスクトップ鉄 さん
皆様方の投稿を拝見すると、「駅名も由来の一つである自治体名」=「駅名が由来の自治体名」と考えられているのではないかと...

まあ,そうですね。
このイコールが成り立つのかどうかわかりませんが,少なくとも私は「由来の一つ」などという曖昧なものではなくて,「由来と断言できる」もののリストであるべきだと思っています。
[79551]

そろそろ検証が必要かも

と言ったのを別の言い方に換えれば,

もう「…かもしれない」で集める段階は過ぎ去っている

と言いたいのです。繰り返しですが,検証の上で“明らかに違うもの”は排除されなければならない。そういう時期に来ていると,私は考えています。

…と書いていると長くなるので,最後に1つだけ。

「相模原市」の市名選定に当たっては『相模原市史』に詳しく記述されているのですが,そこに「(小田急)相模原駅」の存在を意識した発言はありません。
市名候補として,陸軍士官学校にちなむ「相武台市」,いわゆる広域地名である「相模市」などとともに「相模原市」が挙がってくるわけですが,それは小田急の駅などというものに由来するのではなくて,すでに高座郡北部一帯の台地平坦面が「相模原」と呼ばれるようになっていた事実によるものだと思われます。
上の候補のうち,「相模市」はそれなりに有力だったのか,たまたま「軍都計画区域」内を通過していた相模鉄道(現JR相模線)が当該区域内にあった駅の名前を,新田集落(清兵衛新田)内の小集落名に由来する「大河原」から「相模町」に改称しています。その後,相模線が国有化されたときに「南橋本」というつまらない名前に再改称されてしまいましたが。
「相武台市」は,「相武台」は天皇陛下が士官学校に下しおかれた名前である,と陸軍が強く反対してポシャりました。で,結局は当たり障りのない「相模原市」になった,と。
ところが,ロクに市街地もないくせに…,と内務省の横やりが入って“市”になれず,「高座郡相模原町」となった,というのは前回発言の通り。
ちなみにこの際,当時の最大集落で,「相模原町」時代の大半を町役場所在地として過ごした「上溝」は市名候補として挙がることはなかったようです。
当然ですね。
今,話題にしているのは,広大な相模野(相模原)の上に“新しく建設する一大軍都”の名前であって,上溝なり,座間なり,橋本なり,淵野辺なりといった昔からの集落とは別の都市だからです。行政上は,それらの旧集落もその領域内に入るわけですが。
現在の相模原市は旧集落の 上溝 が発展したものではありません。したがって,「上溝市」では決してあり得ないのです。
そして,小田急の「相模原駅」とは「由来の一つ」とも言えないほど“ほとんど全く”無関係。

[79556] 2011 年 10 月 23 日 (日) 08:40:22 デスクトップ鉄 さん
 駅名も由来の一つである自治体名

皆様方の投稿を拝見すると、「駅名も由来の一つである自治体名」=「駅名が由来の自治体名」と考えられているのではないかと...

[79551] Issie さん
もしかしたら,線引きが難しくてテーマそのものが成り立たないコレクションもあるかもしれない。
私も「駅名も由来の一つである自治体名」は、まさにこれだと思います。「駅名が由来の自治体名」なら別ですが。

[79550] EMM さん
デスクトップ鉄さんにおかれましては、できれば今回提示していただいた自治体について市史などを精査し、実際に自治体名の成立に駅名が関与している可能性が高い市を提示して頂けるよう編集長としてお願いするものであります。
駅名と市名の関係には興味があり、問題を提起した責任上[79548]のリストを作成しました。「市区町村変遷情報」と新潮社の「日本鉄道旅行地図帳」によりましたが、だいぶ時間をとられてしまいました。市史の調査まではご勘弁ください。

[79553] むっくん さん
大阪と岡崎は調査不足でした。ご指摘ありがとうございました。

[79555] 2011 年 10 月 22 日 (土) 23:22:06【1】 伊豆之国 さん
 地名コレクション(新規登録お願い)

国土地理協会の地名変更情報([79554]油天神山さん)より、未収録のものをいくつか(mapionで現在地表示が出たもの)。

>油天神山さん
「町名の○○ヶ丘」
千葉県佐倉市西ユーカリが丘(1〜5丁目)‥ユーカリが丘・南ユーカリが丘に追加。※「外来語由来地名」にも。

「町名の○○台」
宮城県黒川郡大衡村ときわ台宮城県住宅供給公社HPより

>ぺとぺとさん
「学校由来町名」
京都府京田辺市同志社山手(1〜4丁目)‥同志社大学の敷地内ではなく、南側の住宅造成地に付けられているようです。

[79554] 2011 年 10 月 22 日 (土) 21:19:46 油天神山 さん
 地名コレクション情報提供お礼、ならびにいろいろと反省

[78648][79452]大龍エクスプレスさん
大変遅くなりましたが、岡山市南区灘崎町に関連する町名変更、ならびに宇陀市の地域自治区廃止に伴う町名変更の情報をお知らせ下さいまして、誠にありがとうございました。
先ほどようやく更新いたしましたので、ご確認下さい。
このあたりの情報は私が頼みにしている国土地理協会の地名変更情報には出ないので、大変助かります。重ねてお礼申し上げます。
あと、[79089]でお知らせいただいた合併に関連する変更情報も順次行ってゆきますので、こちらはもう少しお待ち下さい。

最近は仕事やプライベートが多忙なわけではないのに、何故かパソコンの前でじっくり腰を据えることができず、十番勝負の感想はすっぽかすわ、[77415]で予告していた地名コレクションの棚卸し報告も(作業は完了しているのに)サボっているわ、それどころか地名コレクションの更新すら滞らせるわで、全く申し訳ないことです。

オフ会の前に、少なくとも地名コレの更新だけは追いつかねば。

[79553] 2011 年 10 月 22 日 (土) 17:50:01 むっくん さん
 駅名に関連して

[79548]デスクトップ鉄さん
大阪市 1889/04/01 土佐堀通一丁目ほか 1874/05/11 大阪
大阪府に市制町村制が施行されたとき、大阪駅は西成郡曽根崎村にありました。大阪駅が大阪市となったのは1897/4/1のことです。

岡崎市 1889/10/01 岡崎町←岡崎康生町ほか 1888/09/01 岡崎
愛知県に市制町村制が施行されたとき、岡崎駅は額田郡岡崎村にありました。岡崎町と岡崎村が合併したのは1928/9/1のことです。


[79550]EMMさん
[79385]拙稿での私の真意はEMMさんの御推察の通りです。
ちなみに[79385]拙稿のリストを私が「駅名も由来の一つである自治体名」か否かを分類するのであるならば、額田郡岡崎村のみが採用となる可能性があると言えるのでしょうか。実際にはこれも調べてみないと分かりませんが。

[79552] 2011 年 10 月 22 日 (土) 17:13:22 futsunoおじ さん
 新県名

うどん県改名に続く動きは不明ですが、可能性のありそうな県を並べてみます。

「りんご県」、「さくらんぼ県」、「ぶどう県」、「ゴーヤ県」、「アルプス県」・・・・ これは違和感のないところ。
「うなぎ県」、「なっとう県」、「ぎょうざ県」・・・・ なんとなくわかるが県内地域によっては抵抗があるかも。
「こまち県」、「ひとめぼれ県」、「こしひかり県」・・・・ 他の県で生産されているものもあり確認が必要。
「首都県」、「名古屋県」、「大阪県」・・・・ 耳から入る場合は自動認識され、誤解されることはなかった。

道州制実施を機に九州が「焼酎州」へ・・・ 九州では各県毎にそれぞれ異なった原料で焼酎を製造していることから。(これはずいぶん昔「麦焼酎県」の「やまなみハイウェイ」を走っている時の観光バスガイドの話を思い出して。)

[79551] 2011 年 10 月 22 日 (土) 11:17:53【1】 Issie さん
 そろそろ検証が必要かも

[79548] デスクトップ鉄 さん
駅名も由来の一つである自治体名・再考

やはり「駅名も由来の一つ」というコンセプトで線引きするのは、無理があるのかもしれません。

地名コレクションの編集を始めるか始めないかの頃,私は「とにかく思いつくまま集めてみて,それから検証したらいい」という趣旨の発言をしたことがあります。
私は何もしていませんが,皆さんのご協力で地名コレクションはさまざまなジャンルにわたってたくさんのデータが集まることになりました。
その中で,「(由来にかかわらず)○という字を含む」系のコレクションは,現にその地名にその文字が含まれているかどうかが問題になりますから,検証の必要はありません。「ロータリー」のような“現物”系もそうですね。
けれども「由来」系のコレクションは違います。
一見そうは見えても,由来をきちんと検証していくと実は全く違う由来だった,という例は少なからずあるものと思います。そもそも,その由来の“正当性”の線引きをどこで行うのか。

今回話題になっている「駅名由来自治体名」については,担当の 星野彼方 さんが

[79379]
まず、私の考えですが、基本的にすべて採用しようと考えています。

ごちゃごちゃ書いてきましたが、自治体名に関しては、明確に駅名は由来ではない、と断言できるような場合以外は採用するつもりです。

という方針でいらっしゃいますから,この方針そのものにあえて異論を唱えるつもりはありません。
ですが,“一般的な話”として,そろそろこれらのコレクションに収録されたデータについてきちんとした検証が必要なのではないかと思います。そして,明らかに適当でないと判断されたものはリストから削除する。
もしかしたら,線引きが難しくてテーマそのものが成り立たないコレクションもあるかもしれない。

巷にあふれている新書サイズの雑学本程度の“言葉遊び”で済ますならそれでよいかもしれませんが(何でこんなしょうもない本が次々出版されるのか理解不能),それなりに“真面目な立場”で情報提供をするのなら,それなりの検証はなされた方がいいように思います。

※追加
[79550] EMM さん
##ところで、私の担当しているある地名コレクションの、とある項目の備考に書いた「私が起こした文章」とほぼ同じ内容が書かれているwikipediaの文章に行き当たったことがあります。

地名コレクションではないわけですが,私もほぼ同じ経験をしています。
一応,出典明記のルールはあるけれど,それを“不特定多数”で要は“誰だかわからない”書き手に徹底させることは無理でしょう。
不特定多数が自由に書き込み,自由に修正できて,その積み重ねで「真実」に近づくであろう,という理念は理念として,出典明記の問題も然り,「査読」が十分に行き渡るはずもない下での内容の信憑性も然り,結局“あそこ”に書かれている内容は「その程度のもの」でしかないと,私は“諦めて”つきあっています。
…って,また“あそこ”の悪口を言っちゃいました。自分も書いているのに(…で,出典問題に関しては自分も同じことを犯しているかもしれない)。

[79550] 2011 年 10 月 22 日 (土) 11:03:35 EMM さん
 EMMの地名コレクション編集メモ・番外

拙稿[79409]にて
「交通由来町名」コレに関してコメントしたいことがあるのですが、一昨日ぐらいに投稿用の文章を書いたら5時間も掛かってしまい、恐ろしく長くなった上に中身がモタモタになってしまったので頭の中身と文章を整理中であります。
週末ぐらいには投稿できるようにしたい…
と書きつつ、「どう話を振るのがよいのか」が旨くまとまらないまま時間のみ過ぎてしまいました。
さてどうしたものか、と考えていた矢先に[79548]デスクトップ鉄さんの投稿がありましたので、編集長がどう考えたかだけでも書いておく必要があるかな、と思い取り急ぎ筆をとっております。
[79369]デスクトップ鉄さんの投稿を見てEMMが抱いた感想は[79374]Issieさんに非常に近いです。
具体的には、
町名・字名という狭い区画の呼称であれば,そこに駅があってその駅名が町名字名の由来である蓋然性が高そうだ,という共通理解は成り立ちやすいのですが,自治体名レベルの広域の呼称になると,駅というピンポイントな施設がじかにその名前の由来となった,というのは,たとえば神奈川県の 山北町 のなどの「鉄道の町」のような例を除けば,「そうは言えるかもしれないけれど,確証はできないよね」となるのではないかと思います。
と同様のことを考えるものであり、「由来」を追えるものは追えるところまで追った上で採用の可否を考えても罰は当たらないのではないか(というか、そこまで考えておかないととんでもない方向から石なが飛んでくる可能性がある)と考えます。

そして、[79385]むっくんさんの投稿(具体的な意図までは書かれていない訳でありますが、EMMは「問題点の提起」を含んだ投稿だと考えております) を見て、「前後関係だけで採用してしまうことの危険性」を編集長として強く危惧しております。
と言うのは、単に前後関係だけなら、「合併後にこの市名が維持されたことには、駅の存在も寄与している可能性がある」と言う事が言えてしまうのです。
最初は新設合併についてのみ対象となりうるかと思ったのですが、吸収合併でも自治体名が変わった事例もあるので、合併の種類は問わずに「自治体名と同名の駅があり、合併経験がある自治体」には当てはめる事ができてしまいます。
いきなり何も無しにこういう事を言い出すと強弁でしかないのでしょうが、「市制施行時の前後関係」のみで当てはまる事例を採用してしまうことで「前後関係だけで良いのならこれだってあてはまるじゃねーか」言い張る材料ができてしまいます。
そして、これにあらがうためには「悪魔の証明」を強いられる事になる。
「駅名由来町名」コレでは過去にそう言うトラブルが実際に起きているだけに、編集長としてはそう言うことに繋がりかねない材料はできれば排除したい。
[79379]星野彼方さんは採用の意向である旨書いていますが、自治体名については町名字名よりも成立の経緯に関する資料が多いこともありますから、編集長としては特に自治体名については各種資料(できれば紙ベース)を探して「駅名が市名成立に関与している事が書かれているもの」のみを採用するのが妥当であると考えます。
デスクトップ鉄さんにおかれましては、できれば今回提示していただいた自治体について市史などを精査し、実際に自治体名の成立に駅名が関与している可能性が高い市を提示して頂けるよう編集長としてお願いするものであります。
また、星野彼方さんにおかれましても、一連の「前後関係で可能性が考えられる自治体名」に関しては採用を一度保留し、駅名の関与が認められる資料が出て来た時点で採用を検討して頂くようお願いいたします。

ちなみに、[79385]むっくんさんの提示した市に関して、むっくんさんから具体的な言及はありませんが、次のようなことを念頭に置いた上で投稿されたものだと考えています。
「明治初期の制度変遷の中で宙ぶらりんになっていた江戸時代の公式地名が市制・町村制の施行により制度的に日の目を見たものであり、別に新しく作られた地名ではない」
「1989年はまだ日本の鉄道の黎明期であり、駅ができて間もないものも含まれている。この時代に『町外れに作られた鉄道の駅なるもの』が果たして地名に影響を及ぼすような存在であったのか?」
これらを考えると、まず「その駅名の由来は何だ?」を調べて、既存の地名でないことを確認することが自治体名については絶対条件、町名字名でも努力規程とすべきなのでは無かろうか…と考えます。
編集長としては「西船の悪夢」を繰り返したくはないのです。

#wikipediaを見ていると、地名コレクションの記載内容を1次資料としているとしか思えないものに行き当たる事があります。
それを考えると、「由来系」は殊に慎重に対応しておく必要があると考えます。

##ところで、私の担当しているある地名コレクションの、とある項目の備考に書いた「私が起こした文章」とほぼ同じ内容が書かれているwikipediaの文章に行き当たったことがあります。
wikipediaの編集のルールは把握していないのでありますが、あれは出典元を明示する必要は無いのだろうか?私のあの文章、更にそれの元になる1次資料があることはあるんですけれど…と独り言。

[79549] 2011 年 10 月 22 日 (土) 10:09:47 YASU さん
 小坂鉄道レールバイク

2008年のオフ会(湯瀬温泉)の後に訪問した小坂で、今日明日と実験的な催しが開催されているようです。
http://open-akita.jp/railbike/
今回は訪問できませんが、いずれ訪れてみたいと考えています。

[79548] 2011 年 10 月 22 日 (土) 07:45:38【1】 デスクトップ鉄 さん
 駅名も由来の一つである自治体名・再考

[79369][79377][79388]で書いた「駅名も由来の一つである自治体名」について、あらためて現在まで存在した908市(数え違いがあるかもしれません)の駅名と市名の関係を調べてみました。

908市のうち過半数の475市が市誕生時に同名の駅が存在しました(異体字やノ、ケなど有無も同名とした。また*町駅を含む)。なお、駅名と一致しない市名を採用した市のうち、同日またはその後に駅名を市名に一致させた例(*市駅を含む)が80市あります。このように平成の大合併までは、駅名と市名の親和性は非常に高かったといえます。

「駅名も由来の一つ」には、市誕生時に同名の駅が存在した475市のすべてが該当するともいえるでしょう。[76369][79377]では、由来度の高そうなものとして、市誕生にあたって旧自治体名を駅名に合わせて変更した14市をリストしました。このほか、みなさんから指摘があった市を含めてこの範疇に該当する市は次のとおりです。

市名市名誕生日旧市町村名駅名誕生日駅名駅開業日駅名
静岡市1889/04/01静岡追手町ほか1889/02/01静岡
京都市1889/04/01寺之内竪町ほか1877/02/26京都
大阪市1889/04/01土佐堀通一丁目ほか1874/05/11大阪
姫路市1889/04/01姫路小利木町ほか1888/12/23姫路
岐阜市1889/07/01岐阜米屋町ほか1888/12/15岐阜1887/01/21加納
松山市1889/12/15松山唐人町一丁目ほか1888/10/28松山(伊予鉄)
岡谷市1936/04/01平野村1905/11/25岡谷
芦屋市1940/11/10精道村*1913/08/01芦屋
大和高田市1948/01/01高田町1941/03/15大和高田1925/03/21高田→大軌高田
富士吉田市1951/03/20下吉田町,富士上吉田町ほか1929/06/19富士吉田(旧)
近江八幡市1954/03/31八幡町ほか1919/03/11近江八幡1889/07/01八幡
瑞浪市1954/04/01瑞浪土岐町*ほか1902/12/21瑞浪
天理市1954/04/01丹波市町ほか1915/02/07天理(近鉄)
常陸太田市1954/07/15太田町ほか1927/12/01常陸太田1899/04/01太田
伊予三島市(旧)1954/11/01三島町ほか1917/09/16伊予三島
会津若松市1955/01/01若松市1917/05/21会津若松1899/07/15若松
陸前高田市1955/01/01高田町ほか1933/12/15陸前高田
宇島市(旧)1955/04/10八屋町ほか1907/11/01宇島1897/09/25宇ノ島
各務原市1963/04/01稲葉郡那加町,稲羽町,鵜沼町,蘇原町1920/11/01各務ヶ原
藤井寺市1966/11/01美陵町*1922/04/18藤井寺
上福岡市(旧)1972/04/10福岡町1914/05/01上福岡
常陸大宮市2004/10/16大宮町ほか1918/10/23常陸大宮

さらに、旧町村時代にさかのぼって駅名を採用した市は、次の通り。
市名市名採用日自治体名駅名誕生日駅名駅開業日駅名
浜松市1889/03/01浜松町←浜松旅籠町ほか1888/09/01浜松
川崎市1889/03/31川崎町←新宿町ほか1872/07/10川崎
宇都宮市1889/04/01宇都宮町←宇都宮伝馬町ほか1885/07/16宇都宮
前橋市1889/04/01前橋町←前橋曲輪町ほか1884/08/20前橋(初代)
高崎市1889/04/01高崎町←高崎宮元町ほか1884/05/01高崎
桐生市1889/04/01桐生町←桐生新町ほか1888/11/15桐生
高田市(旧)1889/04/01高田町←高田下紺屋町ほか1886/08/15高田
敦賀市1889/04/01敦賀町←松栄町ほか1882/03/10敦賀
大津市1889/04/01大津町←大津元会所町ほか1880/07/15大津(初代)
明石市1889/04/01明石町←明石西本町ほか1888/11/01明石
大垣市1889/07/01大垣町←大垣郭町ほか1884/05/25大垣
豊橋市1889/10/01豊橋町←豊橋船町ほか1888/09/01豊橋
岡崎市1889/10/01岡崎町←岡崎康生町ほか1888/09/01岡崎
新井市(旧)1890/06/27新井村←大崎村*の一部1886/08/15新井
鎌倉市1894/07/07鎌倉町←西鎌倉村, 東鎌倉村1889/06/16鎌倉
門司市(旧)1894/08/01門司町←文字関村*1891/04/01門司
下松市1901/03/01下松町←豊井村1897/09/25下松
砂川市1903/08/22砂川村←奈江村1891/07/05砂川
鳥栖市1907/03/19鳥栖町←轟木村*1899/12/11鳥栖
藤沢市1908/03/20藤沢町←藤沢大坂町ほか1887/07/11藤沢
袋井市1909/01/01袋井町←山名町*1889/04/16袋井
黒磯市(旧)1912/04/01黒磯町←東那須野村の一部1886/12/01黒磯
逗子市1913/04/05逗子町←田越村*1889/06/16逗子
篠ノ井市(旧)1914/04/21篠ノ井町←布施村1888/08/15篠ノ井
御殿場市1914/08/01御殿場町←御厨町*1889/02/01御殿場
名寄市1915/11/01名寄町←上名寄村1903/09/03名寄
八日市場市(旧)1915/12/08八日市場町←福岡町*1897/06/01八日市場
秩父市1916/01/01秩父町←大宮町1914/10/27秩父
西脇市1917/11/01西脇町←津万村*1913/08/10西脇
夕張市1918/02/11夕張町←登川村1892/11/01夕張
小野田市(旧)1920/04/03小野田町←須恵村1900/12/03小野田
生駒市1921/02/11生駒町←北生駒村1914/04/30生駒
米原市1923/11/15米原町←入江村*1897/07/01米原
中間市1924/09/01中間町←長津町*1891/08/30中間
勿来市(旧)1925/05/01勿来町←窪田村1897/02/25勿来
美唄市1926/06/01美唄町←沼貝町1891/07/05美唄
柏市1926/09/15柏町←千代田村*1896/12/25
塩山市(旧)1928/11/10塩山町←七里村1903/06/11塩山
川内市(旧)1929/05/20川内町←隈之城村ほか1922/07/01川内町
富士市1929/08/01富士町←加島村1909/04/21富士
朝霞市1933/04/01朝霞町←膝折村1918/05/10朝霞1914/05/01膝折
大月市1933/04/01大月町←広里村1902/10/01大月
古賀市1938/04/17古賀町←席内村*1890/09/28古賀
那珂湊市(旧)1939/04/01那珂湊町←湊町1913/12/25那珂湊
伊達市(福島)1940/04/01伊達町← 長岡村1914/12/01伊達1895/04/01長岡
養父市1940/12/11養父町←養父市場村1908/07/01養父
相模原市1941/04/29相模原町←相原村ほか1938/03/01相模原(小田急)
宝塚市1951/03/15宝塚町←小浜村1897/12/27宝塚
国立市1951/04/01国立町←谷保村1926/04/01国立
裾野市1952/04/01裾野町←小泉村,泉村1915/07/15裾野1889/02/01佐野
境港市1954/08/10境港町←境町ほか1919/07/01境港1902/11/01
茅野市1955/02/01茅野町←ちの町ほか1905/11/25茅野
四街道市1955/03/10四街道町←千代田町,旭村1907/11/01四街道1894/12/09四ツ街道
羽村市1956/10/01羽村町←西多摩村*1894/11/19羽村
登別市1961/04/01登別町←幌別町1892/08/01登別

*は前身自治体に同一名が存在し、改称により復活したものです。また、静岡や前橋など、複数の旧町名に使用された共通の接頭辞を採用した自治体や、鎌倉、藤沢、名寄、生駒など旧自治体名と部分一致している自治体も、鉄道開業以前に地名が存在していたわけで、「駅名も由来の一つ」ではあるものの、由来度はかなり低いといえるでしょう。

一方、国立、裾野、米原はすでにリストされていますが、ここにリストしたそれ以外の自治体と線引きできる差異があるでしょうか。とくに、駅名の改称に合わせて、自治体名も改称した朝霞、伊達、境港は駅名由来度がかなり高いといえそうです。以上は、市に昇格した自治体に限ったリストで、現存の町村についてはすべてにあたっていませんが、こちらも二宮町など前身自治体に同一名がなく、駅名を採用した自治体があります。

やはり「駅名も由来の一つ」というコンセプトで線引きするのは、無理があるのかもしれません。

[79547] 2011 年 10 月 22 日 (土) 01:15:33 白桃 さん
 続・定位置の市

ヒマなのか5年以上も前に書いたことを思い出しました。
長くなりますが、引用いたします。
[51229]2006 年 5 月 8 日
最下位を11回獲得した市は5市ありました。「現役」では宮津市、善通寺市ともう一つ陸前高田市を忘れておりました。「旧市」を入れると山田市、石川市があります。1947年の臨時国勢調査に対応する沖縄の人口が不明なのですが、石川市は12回かもしれません。(もっとも、沖縄県の場合、米国統治下時代のことをどう扱うかという議論はあるかと思います)
今後の話ですが、宮津はもし万が一伊根町と合併しても最下位から動きそうにありません。陸前高田も幸か不幸か安泰ですね。微妙なのは、善通寺です。2010年には香川県最下位がかわる可能性、大いにアリです。神様、仏様、東かがわ市長様、善通寺市の名誉のためにもソノママ、ソノママなんとかお願いします。
これは、各回国勢調査時点の都道府県内最少人口市という栄誉?を獲得した回数の話です。
前にも書きましたとおり、岩手、宮城、福島県を除き2010年国勢調査人口の確定値が発表されておりませんが、ブービーメーカーの地位は速報値と変わらないと思います。
5年前の予想通り、陸前高田と宮津は12回に回数を伸ばし、善通寺に関しては11回で記録が止まってしまいました。(覚悟していたとはいえ、善通寺市の記録が止まったことについては非常に残念です。笑)
各都道府県における最少人口市獲得回数チャンピョンについては紙面の都合上省略いたしますが、意外なところとして
青森県:弘前市(7回)
埼玉県:川越市(5回)
東京都:八王子市(5回)
があります。もっとも、山梨県と高知県に関しては1950年国勢調査まで1県1市でしたので、当然ながら甲府市と高知市がこの王座に7回ついております。ですから、そんなに、いや、まったく深い意味をもたないデータであります。

[79546] 2011 年 10 月 21 日 (金) 23:28:52 88 さん
 Re2:市区町村変遷情報 県の境界にわたる境界変更の事例について(S22.5.3以降告示)

[79545] Hiro_as_Filler さん
一般的な境界変更の告示に書かれている「右の境界変更は、○年○月○日からその効力を生ずるものとする。」という文言は、特別の定めで発効を遅らせているものであり、その文言が書かれていない告示については、告示の日から効力を生じていると考えるのが自然ではないかと考えています。
(引用者中略)
これらのケースは遺漏ではなく、すべて告示日で即日効力発生と考えてよろしいかと思います。

これについては、全く異論はありません。この件は、、[65445][69366] むっくん さんの問題提起を受け、私も[69558]で一定の結論を出し、Hiro_as_Filler さん と同じ意見に至りました。

今回、私の投稿が端折ってしまったため言葉足らずでありました。失礼しました。私が言いたかったことは次のとおりです。

[79523]で掲示したように、当該3件以外は総理府等告示の中に施行日の記載が明確にあります。例えば、9,10,13も、告示日=施行日と示してあり、告示日が先行しているものではありません。
法解釈としては施行日の記載がなくても、告示日=施行日であることは議論の余地はないと思いますが、施行日を記載している方が親切であろうと思われます。
例えば、S23.7.20法律第178号国民の祝日に関する法律でも、
附則
1 この法律は、公布の日からこれを施行する。
とあります。Hiro_as_Filler さん の地元埼玉県では、廃置分合に際して、
● 総理府告示 第五百八十一号
市町村の廃置分合
 地方自治法第七条第一項の規定により、この告示の日(昭和二十九年七月一日)から、埼玉県児玉郡本庄町、藤田村、仁手村、旭村及び北泉村を廃し、その区域をもつて 本庄 ( ほんじょう ) 市を置く旨、埼玉県知事から届出があつた。
 昭和二十九年七月一日
内閣総理大臣 吉田  茂

● 総理府告示 第五百三十七号
市村の廃置分合
 地方自治法第七条第一項の規定により、埼玉県入間郡吾野村、東吾野村及び原市場村を廃し、その区域を飯能市に編入する旨、埼玉県知事から届出があつた。
 右の廃置分合は、昭和三十一年九月三十日からその効力を生ずるものとする。
 昭和三十一年九月三十日
内閣総理大臣 鳩山 一郎
というものもあります。他の例を見ても、告示日=施行日であっても、告示中に記載しているものがほとんどです。

今回の場合、施行日の記述がない、27,33,37 の3件に比し、その前後の時期の同様の告示にはきちんと施行日の記載があることから(時期的なものや方針変更とは考え難い)、効力の問題は生じないとしても、事実上、「遺漏」という表現をしたものです。
この3件が、いずれも宮崎県・鹿児島県に関するものであることから、自治省(総務省)の九州担当職員の個性かな、とも余計な話を思ってみたり、と言う訳でした。

[79545] 2011 年 10 月 21 日 (金) 22:38:56 Hiro_as_Filler さん
 Re:市区町村変遷情報 県の境界にわたる境界変更の事例について(S22.5.3以降告示)

「お久しぶりです」が書き込み冒頭の定番となってしまっている、Hiro_as_Fillerです。

県の境界にわたる境界変更について、[79523] 88 さんが掲示されたリストを興味深く見させていただきました。

そのうえで一点、
・施行年月日が「−」のものは、告示中に施行年月日の記載がないものです。本来ならば記載があるべきところですが、遺漏しているのと思われます。
88さんの掲示された表中、27・33・37の事例ですが、ワタシの経験では、告示については通常は告示の日から効力を生ずるものと理解しています。
国の例がちょっと見つからないのですが、鳥取市公文規程には、
告示は、当該告示に特別の定めがない限り、告示の日から効力が生じると解されている。
とあります。つまり、一般的な境界変更の告示に書かれている「右の境界変更は、○年○月○日からその効力を生ずるものとする。」という文言は、特別の定めで発効を遅らせているものであり、その文言が書かれていない告示については、告示の日から効力を生じていると考えるのが自然ではないかと考えています。

これらについては、間接的ですが、告示日から効力が生じていると推測できる資料があります。

【27】宮崎県都城市⇔鹿児島県曽於郡末吉町
平成17年国勢調査 最終報告書「日本の人口」上巻−解説・資料編 参考6 廃置分合・境界変更・名称変更一覧 P6
(※実はこの資料では、日本語の「昭和60.1.29」と英語の「Jan.1,1985」で齟齬が生じており、総務省統計局に確認したところ、英語表記が誤りだとの回答がありました。5年以上誰も気づかなかったんですね(^-^;))

【33】宮崎県えびの市⇔鹿児島県姶良郡吉松町
全国都道府県市区町村別面積調 平成12年 P164およびP169。
平成17年国勢調査 最終報告書「日本の人口」上巻−解説・資料編 参考6 廃置分合・境界変更・名称変更一覧 P6

【37】宮崎県都城市⇔鹿児島県曽於市
全国都道府県市区町村別面積調 平成19年 P118およびP121

以上からも、これらのケースは遺漏ではなく、すべて告示日で即日効力発生と考えてよろしいかと思います。

[79544] 2011 年 10 月 21 日 (金) 19:53:32 じゃごたろ さん
 re:東北地方の高速道路無料化策

こんばんは、じゃごたろです。
朝晩だいぶ寒くなってきましたね。もう少しがまんするつもりでしたが、先日つい暖房を使い始めてしまいました。

さて、国土交通省が東日本大震災の被災地支援等目的で12月から東北地方における高速道路の新たな無料化策を決定したそうです。

[79140]でお盆の帰省の際に遭遇した渋滞について触れましたが、その時は被災者とトラック類のみが無料化の対象だったはず。それでさえ高速上限1000円の時にもなかった渋滞が発生していました。今回はその時よりも無料化の対象が広がったということで、年末年始の帰省の際にどれだけの渋滞に遭遇するのか今から戦々恐々です。

オフ会については、今のところ参加・不参加は決めていませんが時期が微妙。毎年12月最初の週末を夏タイヤから冬タイヤへと交換する目安にしているのですが、そこにオフ会が設定されたということで、もし参加するとしたらどっちのタイヤで行こうかと今からちょっと気にしているといった状態です。

[79543] 2011 年 10 月 21 日 (金) 13:24:54 JOUTOU さん
 東北地方の高速道路無料化策

みなさんこんにちは。JOUTOUです。朝晩メッキリ冷え込むようになりましたが、FUTOME(いや、明らかに“ME”の使用は不適切かも・・・(苦笑))の私には夏場よりも乗り物の中が暑くてたまらない今日この頃、みなさんはいかがお過ごしでしょうか?

さて、国土交通省が東日本大震災の被災地支援等目的で12月から東北地方における高速道路の新たな無料化策を決定したそうです。

詳しい内容については、追って発表があると思いますが、東北道については、福島県の白河IC〜岩手県の安代IC間が全車種が無料になるそうです。対象は特に震災の被害が大きかった東側(太平洋側)が中心とのことですが、土日祝日には東北地方の観光地振興ということから東北地方全体でETC搭載の普通車・軽自動車にも無料化の対象を拡げるとのこと。なお、期間は2012年3月末まで実施の予定。(詳細は公式発表をご確認のほど・・・m(_ _)m)

今年のOFF会は12月に会津開催ということで、車の利用の場合もある程度の負担軽減になってくれそうです。

[79542] 2011 年 10 月 20 日 (木) 19:18:09 山野[山野] さん
 リコール投票

[79534]の岩舟記事の続き。
岩舟町長リコールの住民投票の日程ですが、12月11日に決まった模様です。参照記事

[79541] 2011 年 10 月 20 日 (木) 16:29:32 hmt さん
 県境の変更 (3)戦前の県境変更事例 新設合併・境界変更
hmt 「県境」の変更

[79538]のタイトルは「戦前の県境変更事例」でしたが、特別法による明治の事例が殆んどであり、市町村合併や市町村間の境界変更を事由とするものは対象外になっていました。
今回のシリーズの発端となった[79523] 88 さんのリストは、まさにこの種の県境変更に関するものですが、情報元の官報情報検索サービスの制約上、利用できるのは 戦後の事例に限られます。

町村廃置分合や境界変更に関する戦前の記録探索は、全国を対象に実行するとなると、県報へのアクセスなどでの困難があると思われます。
そこで、完全は期し難いことを承知の上で、既に変遷情報に記録されているものの中から、県境変更事例に該当すると思われるデータを拾ってみました。(手法は、県別リスト内で Ctrl+F 県)
明治32年の利根川北岸 金江津村などもヒットしますが、既に[47106]で検索された特別法によるこれらのものを除くと、戦前の事例として3件が残りました。

最初の2件は、東京周辺部ということもあり、割合有名な県境変更地です。
しかし、3件目の伊賀袋クラスになると、未発見の県境変更地が まだまだ多数あるのではないかと思われます。

明治24年(1891) 東京府北豊島郡大泉村となった新設合併
[62334]で引用した『ねりま区報』に記されているように、東京府北豊島郡石神井村上土支田と埼玉県新座郡榑橋村との学校統合による経費節減が目的とのことです。新座郡新倉村長久保も参加しています。
榑橋村は、保谷村ほどではないにしても、埼玉県としては南端に近く、東京府の側にやや突き出た位置にあります。
合併後の大泉村が「東京府所属」になることを選んだのは、自然の成り行きと思われます。

その保谷村も明治40年(1907)には東京府に所属変更。こちらは合併を伴わないので、特別法でした[47106]

2番目は大正15年(1926) 埼玉県北足立郡横曽根村であった浮間を 東京府北豊島郡岩淵町に境界変更
浮間は、かつて大きく南に蛇行していた流路を短絡した結果、荒川の南岸になった場所です[36159]

変遷情報に最近記録されたのが、昭和5年(1930) 茨城県から埼玉県に境界変更された伊賀袋 です。
利根川と同時に行なわれた渡良瀬川改修により、茨城県から見れば対岸飛び地になっていたので、これを解消。
私は 2010年オフ会記録資料作成過程において明治の輯製図を現代の地勢図と見比べて、流路と県境とが変更されていることを偶然に発見しました[76950]。その後で落書き帳を「伊賀袋」で検索してみると、 2003年の記事 で既に県境変更(但し 1932年と記載)に言及されていました。落書き帳恐るべし。

余談ですが、会津オフ会で利用する方が多いと思われる東武日光線。利根川を渡った直後に、この伊賀袋を通過します。
旧河道跡も残っているので車窓必見スポット?
1929年の開業から1年3ヶ月間だけは、茨城県の対岸飛び地だった![11207]

[79540] 2011 年 10 月 19 日 (水) 23:59:01【1】 88 さん
 市区町村変遷情報 市制町村制施行時(島根県) 小レス2

[79539]の続きです。

■神門郡 大津村 となる従前の町村名の一部について 神門郡 大津村 or 神門郡 大津町
「幕末以降総覧」「辞典」・・・神門郡 大津町
ご紹介の各資料に基づき、神門郡 大津町 と修正しました

■神門郡 今市町 となる変更種別について 新設/村制 or 新設/町制
単なる入力誤りでした。新設/町制 と修正しました

■邇摩郡 井田村 となる従前の町村名の一部について 邇摩郡 井尻村, 津淵村, 殿村, 横道村 あり or 邇摩郡 井尻村, 津淵村, 殿村, 横道村 なし
「幕末以降総覧」・・・邇摩郡 井尻村, 津淵村, 殿村, 横道村 なし
(M8に 邇摩郡 井田村 が 井尻村, 津淵村 を編入、M8に 邇摩郡 福田村 が 殿村, 横道村 を編入)
「辞典」・・・邇摩郡 井尻村, 津淵村, 殿村, 横道村 なし
M8の合併の反映を失念した単なる入力誤りでした。邇摩郡 井尻村, 津淵村, 殿村, 横道村 なし と修正しました

■邇摩郡 大森村 となる従前の村名について 邇摩郡 佐摩村(本) or 邇摩郡 佐摩村の一部
「幕末以降総覧」・・・邇摩郡 佐摩村(本)(邇摩郡 佐摩村(微)は 邇摩郡 久利村へ)(M8に佐摩村が赤波村を編入)
「辞典」・・・邇摩郡 佐摩村の一部(「辞典」は(本)も(微)も「一部」との表記)
ご紹介の島根県の地名鑑(PDF)の109コマ(p.112)に従い、旧佐摩村(旧赤波村を除く)であることから、邇摩郡 佐摩村の一部 と 修正しました

■邇摩郡 久利村 となる従前の町村名の一部について 邇摩郡 先市原村, 今市原村, 佐摩村(微) or 邇摩郡 市原村, 佐摩村の一部
「幕末以降総覧」・・・邇摩郡 市原村, 佐摩村(微)(M8に 邇摩郡 先市原村, 今市原村 が合併して 邇摩郡 市原村 に)
「辞典」・・・邇摩郡 市原村, 佐摩村の一部
前掲の島根県の地名鑑(PDF)の109コマ(p.112)に従い、旧赤波村(旧佐摩村を除く)であることから、邇摩郡 佐摩村の一部 と修正しました。また、市原村の件は、M8の合併の反映を失念した単なる入力誤りでした。これらをあわせて修正しました

■邇摩郡 五十猛村 となる従前の村名について 邇摩郡 五十猛村 or 邇摩郡 磯竹村
「幕末以降総覧」「辞典」・・・邇摩郡 磯竹村
ご紹介のM22.3.9付け(島根)県令第22号に従い、邇摩郡 磯竹村 と修正しました

■安濃郡 刺鹿村 となる従前の村名について 安濃郡 刺鹿村 or 安濃郡 刺賀村
「幕末以降総覧」「辞典」・・・安濃郡 刺賀村
悩ましいところではありますが、ご紹介の各資料に基づき、安濃郡 刺賀村 と修正しました

■那賀郡 雲城村 となる従前の町村名の一部について 那賀郡 伊木村, 小笹村 あり or 那賀郡 伊木村, 小笹村 なし
「幕末以降総覧」・・・那賀郡 伊木村, 小笹村 なし(M8に 那賀郡 七条村 が 那賀郡 伊木村, 小笹村 を編入)
「辞典」・・・那賀郡 伊木村, 小笹村 なし
M8の合併の反映を失念した単なる入力誤りでした。那賀郡 伊木村, 小笹村 なし と修正しました

■那賀郡 大内村 となる従前の町村名の一部について 那賀郡 穂出村(本) or 那賀郡 穂出村の一部
■那賀郡 周布村 となる従前の町村名の一部について 那賀郡 穂出村(微) or 那賀郡 穂出村の一部
「幕末以降総覧」・・・那賀郡 大内村 が 那賀郡 穂出村(本), 那賀郡 周布村 が 那賀郡 穂出村(微)
 (M8に 那賀郡 中場村, 吉地村, 和田村 が合併し 那賀郡 穂出村 に)
「辞典」・・・那賀郡 大内村 が 那賀郡 穂出村の一部, 那賀郡 周布村 が 那賀郡 穂出村の一部
「幕末以降総覧」と島根県の地名鑑(PDF)の64コマ(p.65)は、M8の合併は同じ内容です。穂出村のうち字吉地(旧吉地村)が周布村へ、その他(旧中場村,旧和田村)が大内村へ、であれば、当市区町村変遷情報のルールでは、どちらも「穂出村の一部」です。よって、修正しました(那賀郡 大内村那賀郡 周布村)。

■美濃郡 鎌手村 となる従前の町村名の一部について 美濃郡 木部村(本) or 美濃郡 木部村の一部
■美濃郡 北仙道村 となる従前の町村名の一部について 美濃郡 木部村(微) or 美濃郡 木部村の一部
「幕末以降総覧」・・・美濃郡 鎌手村 が 美濃郡 木部村(本)、 美濃郡 北仙道村 が 美濃郡 木部村(微)
 (M8に 美濃郡 木部村 が 美濃郡 赤雁村 を編入)
「辞典」・・・美濃郡 鎌手村 が 美濃郡 木部村の一部、 美濃郡 北仙道村 が 美濃郡 木部村の一部
「幕末以降総覧」と島根県の地名鑑(PDF)の98コマ(p.100)は、M8の合併は同じ内容です。木部村のうち字赤雁(旧赤雁村)が北仙道村へ、その他(旧木部村)が鎌手村へ、であれば、当市区町村変遷情報のルールでは、どちらも「木部村の一部」です。よって、修正しました(美濃郡 鎌手村美濃郡 北仙道村)。

■美濃郡 益田町 となる従前の町村名について 美濃郡 益田町 or 美濃郡 益田本郷
「幕末以降総覧」・・・美濃郡 益田本郷
「辞典」・・・美濃郡 益田本郷村
ご紹介のM22.3.9付け(島根)県令第22号に従い、美濃郡 益田本郷 と修正しました

■美濃郡 二条村 となる従前の町村名の一部について 美濃郡 桂ヶ平村 or 美濃郡 桂平村
「幕末以降総覧」・・・美濃郡 桂ヶ平村
「辞典」・・・美濃郡 桂平村
ご紹介のM22.3.9付け(島根)県令第21号 ()及び現在の益田市桂平町にあたると考えられることからも、美濃郡 桂平村 と修正しました

■鹿足郡 日原村 となる従前の町村名の一部について 鹿足郡 滝元村(微) or 鹿足郡 滝元村の一部
■鹿足郡 小川村 となる従前の町村名の一部について 鹿足郡 滝元村(本) or 鹿足郡 滝元村の一部
「幕末以降総覧」・・・鹿足郡 日原村 が 鹿足郡 滝元村(微)、鹿足郡 小川村 が 鹿足郡 滝元村(本)
 (M8に 鹿足郡 小直村, 越原村, 倉地村, 木ノ頃村 が合併し 鹿足郡 滝元村 に)
「辞典」・・・鹿足郡 日原村 が 鹿足郡 滝元村の一部、鹿足郡 小川村 が 鹿足郡 滝元村の一部
「幕末以降総覧」と島根県の地名鑑(PDF)の179コマ(p.194)は、M8の合併は同じ内容です。滝元村のうち小直村,越原村(旧小直村,旧越原村)が日原村へ、その他(旧倉地村,旧木ノ頃村)が小川村へ、であれば、当市区町村変遷情報のルールでは、どちらも「滝元村の一部」です。よって、修正しました(鹿足郡 日原村鹿足郡 小川村)。

■鹿足郡 蔵木村 となる従前の町村名の一部について 鹿足郡 金山谷村, 河津村, 初見村, 星坂村 あり or 鹿足郡 金山谷村, 河津村, 初見村, 星坂村 なし
「幕末以降総覧」・・・鹿足郡 金山谷村, 河津村, 初見村, 星坂村 なし
(M8に鹿足郡 田野原村 が 鹿足郡 金山谷村, 河津村, 初見村, 星坂村 を編入)
「辞典」・・・鹿足郡 金山谷村, 河津村, 初見村, 星坂村 なし
M8の合併の反映を失念した単なる入力誤りでした。鹿足郡 金山谷村, 河津村, 初見村, 星坂村 なし と修正しました

今回も多数のご指摘をありがとうございます。大変助かっております。

[79539] 2011 年 10 月 19 日 (水) 23:58:59【1】 88 さん
 市区町村変遷情報 市制町村制施行時(島根県) 小レス1

[78557][78558] むっくん さん

レスの前に、ご紹介の各資料について二言。
まず、島根県HP内の島根県の地名鑑(PDF)。これは大作ですね。思わず、見とれてしまいました。こんな資料が、全国各地にあったら大喜びなのですが。さらに欲を言うと、根拠となる県令・県告示も示されていれば、なおありがたいところ・・・まあ、それは探す楽しみがある、ということで。
そして、「現行島根県令訓類纂(上巻)」のM22.3.9付け(島根)県令第22号。388コマ(p.714)からのページの入れ替わり。画像化するときの入れ替わりであれば、まだ数は多そうですが、そもそも、製本(ページ設定)時からの誤り。当時の印刷技術が窺えますが、それも、むっくんさんのように丁寧に資料を精査しているからこその成果。改めて、その労力に敬意を表します。

■松江市となる従前の町村名の一部について
島根郡 松江本町, 松江八軒屋町, 松江和田見町, 松江寺町, 松江天神町, 松江魚町, 松江灘町, 松江竪町, 松江雑賀町, 松江新町, 松江横浜町
or
意宇郡 松江本町, 松江八軒屋町, 松江和田見町, 松江寺町, 松江天神町, 松江魚町, 松江灘町, 松江竪町, 松江雑賀町, 松江新町, 松江横浜町
「幕末以降総覧」・・・(郡名不明)
「辞典」・・・島根郡松江22町ほか, 意宇郡松江11町ほか
ご紹介のM19.3.26付け(島根県布達)甲第42号その他の資料により、これらの町は 意宇郡 と判断し、修正しました

■島根郡 御津村 となる従前の村名について 島根郡 御津村 or 島根郡 御津浦
「幕末以降総覧」「辞典」・・・島根郡 御津浦
ご紹介のM22.3.9付け(島根)県令第22号に従い、島根郡 御津浦 と修正しました

■島根郡 大芦村 となる従前の村名について 島根郡 大芦村 or 島根郡 大芦浦
「幕末以降総覧」「辞典」・・・島根郡 大芦浦
ご紹介のM22.3.9付け(島根)県令第22号に従い、島根郡 大芦浦 と修正しました

■島根郡 加賀村 となる従前の村名について 島根郡 加賀村 or 島根郡 加賀浦
「幕末以降総覧」「辞典」・・・島根郡 加賀浦
ご紹介のM22.3.9付け(島根)県令第22号に従い、島根郡 加賀浦 と修正しました

■秋鹿郡 大野村 となる従前の町村名の一部について 秋鹿郡 魚瀬村 or 秋鹿郡 魚瀬浦
「幕末以降総覧」・・・秋鹿郡 魚瀬浦
「辞典」・・・秋鹿郡 魚瀬浦
ご紹介の各資料の整合から、秋鹿郡 魚瀬浦 と判断し、修正しました

■能義郡 布部村 となる従前の町村名の一部について 能義郡 下田原村 あり or 能義郡 下田原村 なし
「幕末以降総覧」・・・ 能義郡 下田原村 なし
 (M8に 能義郡 下田原村, 菅沢村 が合併し 能義郡 菅原村 に)
「辞典」・・・能義郡 下田原村 なし
M8の合併を反映させる際の入力ミスのようです。能義郡 下田原村 なし と修正しました

■出雲郡 出西村 となる従前の町村名の一部について 出雲郡 下阿宮村 or 出雲郡 阿宮村
「幕末以降総覧」・・・出雲郡 阿宮村
 (M8に 出雲郡 上阿宮村, 下阿宮村 が合併し 出雲郡 阿宮村 に) 
「辞典」・・・出雲郡 阿宮村
M8の合併を反映させる際の入力ミスのようです。出雲郡 阿宮村 と修正しました

■楯縫郡 平田町 となる従前の町村名について 楯縫郡 平田町 or 楯縫郡 平田村
「幕末以降総覧」・・・楯縫郡 平田村, 平田村上ヶ分
「辞典」・・・楯縫郡 平田村, 平田村の一部
島根県の地名鑑(PDF)の78コマ(p.79)では、M22までの廃置分合は記載されておらず、そのまま単独で平田村がM22.4.1付けで平田町に、となっています。
一方、地方行政区画便覧では、確かにM19.1時点で楯縫郡平田町,平田村上ヶ分があります。
「角川日本地名大辞典(旧地名編)」では、楯縫郡平田村上ヶ分が、M22に平田町と合併して平田町となる、との記載があります。
確かに矛盾する資料なのですが、最終的には、ご紹介のM22.3.9付け島根県令第22号に従い、楯縫郡 平田村 と修正しました

■神門郡 古志村 となる従前の町村名の一部について 神門郡 古志村 or 神門郡 古志町
「幕末以降総覧」「辞典」・・・神門郡 古志町
悩ましいところではありますが、ご紹介の各資料に基づき、神門郡 古志町 と修正しました

■神門郡 園村 となる従前の町村名の一部について 神門郡 外園村 or 神門郡 外園浦
「幕末以降総覧」・・・神門郡 外園村(M8に 神門郡 西園村の一部 が分立し 神門郡 外園村 に)
「辞典」・・・神門郡 外園浦
ご紹介の各資料に基づき、神門郡 外園浦 と修正しました

■神門郡 杵築町 となる変更種別について 新設/村制 or 新設/町制
単なる入力誤りでした。新設/町制 と修正しました

■神門郡 浜村 ほかから発足する村名について 神門郡 遥堪村 or 神門郡 遙堪村
「総覧」「幕末以降総覧」「便覧」「辞典」・・・神門郡 遥堪村
しかし、「漢字源」(学習研究社、1999年4月1日改訂新版第6刷)によると、「遥」はJIS句点コード4558・JIS16進コード4D5A、「遙」はJIS句点コード8403・JIS16進コード7423であり、「遥」の常用漢字表になる前の旧字体が「遙」、つまり、同じ文字です。このため、[74087]拙稿
(1) 現在、常用漢字を使用しているものは、近世村当時から常用漢字で表記する。
(理由:旧字体から常用漢字(旧当用漢字)へは一括して字を置き換えただけであり、自治体が「表記を変えた」ものではないため)
に準じ、神門郡 遥堪村 とそのままとしました

■神門郡 高浜村 となる従前の町村名の一部について 神門郡 失尾村 or 神門郡 矢尾村
「幕末以降総覧」「辞典」・・・神門郡 矢尾村
現在の出雲市矢尾町と考えられることからも、神門郡 矢尾村 と修正しました

続きます。

[79538] 2011 年 10 月 19 日 (水) 19:43:18 hmt さん
 県境の変更 (2)戦前の県境変更事例
hmt 「県境」の変更

[79537]で記したように、明治前期の県の改廃に伴う県境変更は、今回のシリーズの対象外とします。
県の新設や廃止と無関係に「郡単位の管轄変更」が行なわれて、県境が変更された事例は2件あります。

最初は、福島県庁の郡山移転騒動がすり替えられたという 東蒲原郡の新潟県への移管です。
この地は、かつて会津領だった関係で明治になってからも若松県→福島県に所属していましたが、元々の越後国に戻されたわけです。
明治19年5月12日勅令第43号 の日付は、市制町村制に続いて制定された「郡制」や「府県制」という地方行政の法律体系ができ上がるより 少し前の時代に行なわれた変更であったことを示しています。

そのいきさつは、[69172]を御覧ください。東蒲原郡の移管自体は、明治22年(変遷情報の起点)よりも前でしたが、飯豊山の領有争いが決着して 奇妙な姿の福島県境 が確定したのは、ずっと後の明治40年(1907)でした。

郡単位での移動のもう一つの事例は、東京の水源確保を名目として、神奈川県西多摩郡・南多摩郡・北多摩郡が 東京府 の管轄になった 三多摩移管 です。明治26年3月6日法律第12号(4月1日施行)

この法律は、明治23年の旧府県制 第1条に基づき制定された特別法でした。
明治時代には、このような大規模な県境変更だけでなく、町村単位やそれ以下の規模の県境変更を定める特別法がありました。
その大部分については、既に[47106]で簡単な説明を加えています。
ここでは、更に若干の補足を記します。

東京府埼玉県千葉県茨城県境界変更法(明治28年3月30日法律第24号)
江戸川河川改修の結果生じた対岸飛び地を、本体側に編入するもので、他県から千葉県への編入を+、逆を−として表記して数えると、東京府+1−3、埼玉県+3−6、茨城県−1、合計14件。例えば江戸川が 妙見島 の東を流れるように改められたので、この島は東京府の所属になりました。

岡山県兵庫県境界変更並福岡県大分県境界変更法律(明治29年3月30日法律第56号)
福岡県→大分県の境界変更地は、山国川支流東側の編入。[59173]にて既報。

東京府神奈川県境界変更ニ関スル法律(明治45年3月28日法律第5号)
多摩川の流路変更に伴なう対岸飛び地を、本体側に編入するものでした。1〜6号が東京府から神奈川県。7〜12号が逆。
例えば第1号には布田、第2号には宇奈根・瀬田・野毛、第3号には 等々力 という具合に、「自治体越えの地名」コレクション 収録対象地名が見えます。
流路変更に伴なう対岸飛び地が神奈川県に変更されたことが 地名の「自治体越え」の原因であることを、はっきり示しています。

東京府荏原郡玉川村大字等々力の内多摩川以南を神奈川県橘樹郡中原村に編入す。

[79537] 2011 年 10 月 19 日 (水) 18:11:44【1】 hmt さん
 県境の変更 (1)県境変更手続
hmt 「県境」の変更

[79523] 88 さん
県の境界にわたる境界変更を抽出しました。(中略)S22.5.3以降に総理府告示等があったものに限ります。
[79525] オーナー グリグリ さん
このリストは貴重な資料でしょう。何らかの形で残したいものです。

88マガジン創刊も期待したいところですが、とりあえずは、hmtマガジン のテーマ「境界」の中に 特集「県境の変更」を新設して、収録しておきたいと思っています。

県の数は、明治4年(1871)廃藩置県で生まれた3府302県が 3府72県にリセットされました[76179]
その後も、かなり大幅な手直しが行なわれ、明治9年(1876)に3府35県の最小値を記録しました。
明治12年以降、9増(沖縄・徳島・福井・鳥取・富山・佐賀・宮崎・奈良・香川)1減(堺)があり、明治21年には3府43県で落ち着きました。

当然、これまでの間には極めて多くの「県境変更」があったわけですが、県自体の改廃が行なわれた 明治前期の県境変更は、今回のテーマとは別次元のものと捉えるのが妥当でしょう。

さて、都道府県の廃置分合又は境界変更は 法律を必要としますが(地方自治法第6条第1項)、都道府県の境界にわたる 市町村の設置又は境界変更 があれば、県境も自動的に変更されます(同第2項)。
現行法下では、特別法を作る前者の事例は皆無で、現実の県境変更事例は、すべて市町村の廃置分合又は境界変更に伴う後者です。

県境を越えた市町村合併について調べていたら、その手続きをまとめた 下関市の 参考資料 がありました。
この資料を参照し、示された11件(大部分[54264]に収録)の越境合併を、手続きで分類した結果は次の通りです。

A 既存のどちらかの県に属する場合
 A1 編入合併により元の町村はなくなる
  A1.1 村全域の編入(越県廃置分合)
   例:樫田村 [31152]菱村 [2878][14616]山口村 [25925][46924]
  A1.2 事実上の分村編入(前日に県残留地区を境界変更で分村してから越県廃置分合)
   例:元狭山村 [4049]石徹白村 [54300][68397]神坂村 [25925][55505]
  A1.3 分村編入(越県地区は境界変更、県残留地区は廃置分合)
   例:三濃村[46981]越県 残留矢場川村 越県 残留

 A2 町村の一部が境界変更で他県に編入(元の町村は存続) 変遷情報には大字単位を収録
   例:亀岡市西別院町の一部、日生町福浦[46914]、田沼町入飛駒[31165]

 A3 新設合併
   例:戦前の制度では 大泉村 があるが、現行法では該当事例なし。

B 既存の県から独立して新たな県をつくる場合
   例:もちろん該当事例なし。この項目の存在には“さすが”と感じたが、下関市topから辿れず、何の参考資料か不明。

便宜上「村」とか「町村」とか書きましたが、正確には「市町村」です。特別区への適用は地方自治法283条。
「県」と書いた部分も、もちろん正確には「都道府県」です。

下関市HP参考資料は「合併」だけを対象にしたものですが、県境変更には、合併(広義には廃置分合又は境界変更)を伴わず、(C)特別法による県境変更があります。

先に記したように、地方自治法下では特別法による県境変更の該当事例がありませんが、変遷情報が戦前に及んでいる以上、大日本帝国憲法時代の法律における県境変更も参照することにします。
すると、府県制 第3条と 明治23年の旧府県制 第1条とに、地方自治法第6条と同様の規定がありました。

そして、戦前の県境変更については、特別法の事例があり、過去記事[47106]もありました。
これについては、別記事で補足します。

[79536] 2011 年 10 月 18 日 (火) 23:20:15 オーナー グリグリ
 Re:台湾の日本統治時代(1920年)以降の自治体変遷

[79533] 台湾の日本人さん
一応、去年までの変遷データ(自己作成)持ってますが
いるなら投下します。
ご提案をありがとうございます。
現時点では、日本の占領地の変遷データまでは整理することは考えていません。
将来は可能性があるとは思いますが、責任を持って必ず生かしますとまでは言えません。
台湾の日本人さんご自身のホームページやブログなどで生かすことは出来ませんか。
もしそう言う見せ方が出来るのであれば、当サイトからリンクすることでいかせる道はあります。

ご検討いただければ幸いです。いずれにしてもご提案に深く感謝いたします。

[79535] 2011 年 10 月 18 日 (火) 20:43:44【1】 88 さん
 市区町村変遷情報 市制町村制施行時(奈良県) 小レス

[78496] むっくん さん
■宇陀郡 三本松村 となる変更種別について 新設/村制 or 郡変更/新設/村制
■高市郡 八木町 となる変更種別について 新設/村制 or 郡変更/新設/村制
■山辺郡 二階堂村 となる変更種別について 新設/村制 or 郡変更/新設/村制
■式上郡 上之郷村 となる変更種別について 新設/村制 or 郡変更/新設/村制
■添上郡 治道村 となる変更種別について 新設/村制 or 郡変更/新設/村制
ご紹介のM22.3.2付け奈良県令第11号([75041])に従い、変更種別を 郡変更 を追加するよう修正しました(宇陀郡 三本松村高市郡 八木町山辺郡 二階堂村式上郡 上之郷村添上郡 治道村)。

■十市郡 大福村 となる従前の町村名の一部について 十市郡 笠神村 or 十市郡 笠神村の一部
■十市郡 香久山村 となる従前の町村名の一部について 十市郡 笠神村 or 十市郡 笠神村の一部
「幕末以降総覧」・・・
十市郡 大福村 : 十市郡 大福村, 東新堂村, 新屋敷村, 西之宮村, 大福村属地
十市郡 香久山村 : 十市郡 池尻村, 南山村, 戒外村, 南浦村, 木之本村, 下八釣村, 吉備村, 膳夫村, 出合村, 出垣内村, 吉備村属地
(ともに 十市郡 笠神村 なし)
「辞典」・・・
十市郡 大福村 : 十市郡 大福村, 東新堂村, 新屋敷村, 西ノ宮村
十市郡 香久山村 : 十市郡 池尻村, 南山村, 戒外村, 南浦村, 木之本村, 下八釣村, 吉備村, 膳夫村, 出合村, 出垣内村
(ともに 十市郡 笠神村 なし)

町村制施行にあたっての十市郡の町村の数を、まずは整理してみました。
町村制町村制直前摘要
多武峰村3町13村
平野村12村
多村11村
耳成村12村
大福村4村大福村属地笠神村?を除く
香久山村10村吉備村属地笠神村?を除く
安倍村7村
桜井村6村
田原本町1村
高市郡八木町1村十市郡北八木村
3町77村他に笠神村
奈良県統計書明治21年によると、M21.12.31時点では十市郡が3町78村です。上記の笠神村を1村と数えると話が合います。
一方、ご紹介の地方行政区画便覧(編・出版:内務省地理局、M20.10)はM19.1現在のものであり、この時点では十市郡は2町79村です。なお、「飯盛塚町」は「飯盛塚村」の誤り、2町は多武峯と西口町と考えます。この時点では「八井内村」なので、M21.12.31までの間に八井内村→八井内町となったということになりますが。笠神村は、左頁の最初の、戸長役場:池尻村の中に、1村だけあります。
これら2資料は、整合がとれています。
ご紹介の資料及びこれらのことから、ご指摘のとおり、十市郡 笠神村 は町村制施行直前まで1村だけ存在し、町村制施行に際し 十市郡 大福村, 香久山村 に分かれて消滅した(笠神村のそれぞれ一部)と判断し、修正しました(十市郡 大福村十市郡 香久山村)。

■十市郡 多武峰村 となる従前の町村名の一部について 十市郡 西口村 or 十市郡 西口町
「幕末以降総覧」・・・十市郡 西口町
「辞典」・・・十市郡 西口町(「多武峰(境内地)との記述」)
ご紹介の各種資料、特に、奈良県統計書明治21年において、十市郡が3町78村であり、その3町の内訳が
八井内町, 西口町, 多武峯 と考えるのが整合が取れることから、十市郡 西口町 と修正しました

■高市郡 真菅村 となる従前の町村名の一部について 高市郡 小綱村 あり or 高市郡 小綱村 なし
「幕末以降総覧」「辞典」・・・高市郡 小綱村 なし
現在の橿原市小綱町にあたると考えられますが、ご紹介の資料に基づき、高市郡 小綱村 なし と修正しました

■葛下郡 浮孔村 となる従前の町村名の一部について 葛下郡 今里川合方 or 葛下郡 今里村川合方
「幕末以降総覧」・・・葛下郡 今里村 の次に「同川合方」
「辞典」・・・葛下郡 今里川合方・今里村川合方 ともになし
ご紹介の各資料のうち、地方行政区画便覧の「今里村河分方」(戸長役場:田井村のうち)は、「河」は「川」の表記の揺れ、「分」は「合」の誤字でしょう。ご指摘のように、葛下郡 今里村川合方 と修正しました

■吉野郡 中十津川村 となる従前の町村名の一部について 吉野郡 湯原村, 小森村 なし or 吉野郡 湯ノ原村, 小森村 あり or 吉野郡 湯之原村, 小森村 あり
「幕末以降総覧」・・・吉野郡 湯ノ原村, 小森村 あり
「辞典」・・・吉野郡 湯ノ原村, 小森村 あり
ご紹介の資料及び現在の吉野郡十津川村大字湯之原吉野郡十津川村大字小森にあたると考えられることから、吉野郡 湯之原村 とし、小森村 あり と修正しました

■吉野郡 天川村 となる従前の町村名の一部について 吉野郡 塩谷村 なし or 吉野郡 塩谷村 あり
「幕末以降総覧」「辞典」・・・吉野郡 塩谷村 あり
ご紹介の各資料に従い、また、現在の吉野郡天川村大字塩谷にあたると考えられることから、吉野郡 塩谷村 あり と修正しました

■吉野郡 小川村 となる従前の町村名の一部について 吉野郡 中里村 or 吉野郡 中黒村
「幕末以降総覧」・・・吉野郡 中里村
「辞典」・・・吉野郡 中黒村
これは、現在の吉野郡東吉野村大字中黒であると考えられることからも、吉野郡 中黒村 と修正しました

■吉野郡 上市村 等から発足する町村名について 吉野郡 上市村 or 吉野郡 上市町
これにつきましては、[78774]拙稿で対応しました。吉野郡上市町と修正済みです

■宇智郡 牧野村となる従前の町村名の一部について 和歌山県 伊都郡 真土村(微) なし or 和歌山県 伊都郡 真土村(微) あり
「幕末以降総覧」・・・和歌山県 伊都郡 真土村(微) なし
「辞典」・・・和歌山県 伊都郡 真土村(微) なし
ご紹介のM22.3.30付け(和歌山)県令第29号により、和歌山県 伊都郡 真土村(微) を含む、と修正しました
あわせて、和歌山県 伊都郡 隅田村 となる従前の町村名の一部の 伊都郡 真土村 を 伊都郡 真土村(本) と修正しました

■添下郡 郡山町 となる従前の町村名の不要な半角スペースについて
[78859]拙稿で対応済みですが、不要なスペースを修正(削除)しました

毎度のことながら、ありがとうございます。本当に助かっています。今後ともよろしくお願いいたします。

[79534] 2011 年 10 月 18 日 (火) 12:29:36【1】 山野[山野] さん
 「熊本市」全国で20番目の政令指定都市へ

(記事1)
熊本市の政令指定都市移行(4月1日)が昨日の閣議により決定しました。参照は此方→関連記事
(記事2)
また住民投票(5回目)なんですが、岩舟町にて「岩舟町を考える会」による「リコールの本請求」が選管へ行われました。
例によって、記事は此方→関連記事
…まだまだ波乱は続きそうです。

(全然、本文と関係無いけど追記)
昨年10月に実施された国勢調査の確定値ですが、岩手・宮城・福島を除く
都道府県は今月26日に公表される模様です。統計結果の公表情報

[79533] 2011 年 10 月 18 日 (火) 04:34:40 台湾の日本人 さん
 台湾の日本統治時代(1920年)以降の自治体変遷

って需要ありますか?
一応、去年までの変遷データ(自己作成)持ってますが
いるなら投下します。
1920年以前もだとまだ整理してないのでかなり遅くなりますけど

[79532] 2011 年 10 月 18 日 (火) 04:18:36 いっちゃん さん
 「全国」夢のベストナイン

いかにも落書き帳向きのネタを発見しました。ご存知の方もいらっしゃるかもしれませんが、『時事ドットコム』に「全国」夢のベストナインなる特集があります。これは
プロ野球選手を出身地別に分けた、オールタイムのベストナインである。沢村栄治から斎藤佑樹まで、古今の名選手を「時事ドットコム」に集めてみた。お国自慢や酒場での話題に、ぜひご活用いただきたい。・・・
とあるように、都道府県別のいわばドリームチームを勝手に選んだものです。高校時代にいわゆる「野球留学」した先で選ばれているケースや、幼少時に居住していただけのケースもありますが、所詮お遊びですので細かことは抜きにしてけっこう楽しめます。
ちなみに栃木県はマイナーな割りにいい布陣です。

[79531] 2011 年 10 月 17 日 (月) 20:31:59【1】 88 さん
 市区町村変遷情報 市制町村制施行時(大阪府) 小レス

[78494][78495] むっくん さん
大阪府に関しては、あくまで結果的にですが、「幕末以降総覧」の記述に捕らわれず、逆にM22.2.20付け大阪府令第17号(「大阪府郡部町村名」(編・出版:吉田常三郎、M22.5.))をそのまま鵜呑みにしてしまった結果、かえって誤りが増えてしまった、ということになりました。
原文の府令第17号のままではなく、編纂者が町村役場の置かれることとなった町村名を一番目に記載することで、利用者への便宜を図ったものと考えられる。このため他書と比較して誤字脱字と考えられるところが少なくない。)
のとおりです。検証が不十分でした。

――――――――――
■大阪市 となる従前の町名について
現入力修正案
京町通一丁目, 京町通二丁目, 京町通三丁目京町堀通一丁目, 京町堀通二丁目, 京町堀通三丁目
京町通四丁目, 京町通五丁目京町堀通四丁目, 京町堀通五丁目
阿波堀裏町阿波堀通裏町
北堀江上通二番町, 北堀江上通三番町北堀江二番町, 北堀江三番町
瓦屋町, 内安堂寺町通二番町, 内安堂寺町通三番町瓦屋町一番町, 瓦屋町二番町, 瓦屋町三番町
内安堂寺町通四番町, 内安堂寺町通五番町瓦屋町四番町, 瓦屋町五番町
谷町六丁目, 谷町七丁目谷町筋六丁目, 谷町筋七丁目
法円坂町法円阪町
京橋町一丁目, 京橋町二丁目, 京橋町三丁目京橋一丁目, 京橋二丁目, 京橋三丁目
中ノ島常安町
「幕末以降総覧」・・・京町堀通○丁目, 阿波堀裏町, (北堀江一番町, 北堀江二番町, 北堀江三番町), (瓦屋町一番町, 瓦屋町二番町, 瓦屋町三番町, 瓦屋町四番町, 瓦屋町五番町), (谷町六丁目, 谷町七丁目), 法円坂町, (京橋町一丁目, 京橋町二丁目, 京橋町三丁目), 常安町
法円坂町 or 法円阪町 は、現在大阪市中央区法円坂町一丁目・法円坂町二丁目にその名残があり、「坂」「阪」は表記の揺れであると考え、そのままとしました。他は、ご紹介の各文献の表記を鑑み、ご指摘のとおり修正しました

■堺市 となる従前の町名について 堺区 九間町西三町, 南半町西三町 or 堺区 九間町東三町, 南半町西一町
「幕末以降総覧」・・・堺区 九間町東三町, 南半町西三町
ご紹介の各資料に従い、堺区 九間町東三町, 南半町西一町 と修正しました

■西成郡 天保町 となる従前の町村名について 西成郡 天保村 or 西成郡 天保町
「幕末以降総覧」「辞典」・・・西成郡 天保町
ご紹介の各資料の整合を鑑み、西成郡 天保町 と修正しました

■西成郡 北中島村 となる従前の町村名の一部について 西成郡 東宮原村 なし or 西成郡 東宮原村 あり
「幕末以降総覧」「辞典」・・・西成郡 東宮原村 あり
ご指摘のとおり、西成郡 東宮原村 があるものとして修正しました

■住吉郡 南百済村 となる従前の町村名の一部について 住吉郡 湯屋島村 or 住吉郡 湯谷島村
「幕末以降総覧」「辞典」・・・住吉郡 湯谷島村
ご紹介の各資料から、また、大阪市東住吉区HPまちの年表にも同様の記載があることから、住吉郡 湯谷島村 と修正しました

■島上郡 島本村 となる従前の町村名の一部について 島上郡 大沢村 なし or 島上郡 大沢村 あり
「幕末以降総覧」「辞典」・・・島上郡 大沢村 あり
ご紹介の各資料、また、現在の三島郡島本町大字大沢であると考えられることからも、島上郡 大沢村 あり と修正しました

■島下郡 岸部村 となる従前の町村名の一部について 島下郡 吉志部東村, 吉志部南村 or 島下郡 東村, 南村
「幕末以降総覧」「辞典」・・・島下郡 東村, 南村
ご紹介の各資料の信憑性を優先し、島下郡 東村, 南村 と修正しました

■島下郡 鳥飼村 となる従前の町村名の一部について 島下郡 鳥飼下村, 鳥飼上村, 鳥飼中村, 鳥飼西村 or 島下郡 鳥飼下ノ村, 鳥飼上ノ村, 鳥飼中ノ村, 鳥飼西ノ村
「幕末以降総覧」・・・島下郡 鳥飼下ノ村, 鳥飼上ノ村, 鳥飼中ノ村, 鳥飼西ノ村
「辞典」・・・島下郡 鳥飼下村, 鳥飼上村, 鳥飼中村, 鳥飼西村
「ノ」の有無は、当時としては表記の揺れの範疇でしょう。ご紹介の資料など、主たる資料に従い、「ノ」ありと修正しました

■島下郡 石河村, 見山村 となる従前の町村名の一部について 島下郡 車作村 は 石河村 の一部へ or 島下郡 車作村 は 見山村 の一部へ
「幕末以降総覧」「辞典」・・・島下郡 車作村 は 見山村 の一部へ
現在の茨木市大字車作であると考えられますが、ご紹介の各資料の信憑性を優先し、島下郡 車作村 は 見山村 の一部へ と修正しました(島下郡 石河村島下郡 見山村)。

■豊島郡 中川原村 ほかから発足する村名について 豊島郡 細川村 or 豊島郡 細河村
この件は、[78782]ぺとぺと さんからのご指摘にあわせて[78860]で対応済みです。豊島郡 細河村 と修正済みです

■豊島郡 北豊島村 となる従前の町村名の一部について 豊島郡 中ノ島村 or 豊島郡 中之島村
「幕末以降総覧」「辞典」・・・豊島郡 中ノ島村
「ノ」「之」も、当時としては表記の揺れの範疇であると考えられます。
しかし、ご紹介の各資料、そして、現在の中之島バス停付近であると考えられることから、豊島郡 中之島村 と修正しました

■能勢郡 東郷村 となる従前の町村名の一部について 能勢郡 野間出村 or 能勢郡 野間出野村
「幕末以降総覧」「辞典」・・・能勢郡 野間出野村
ご紹介のM16.4.25大阪府示第95号達、また現在の豊能郡能勢町野間出野であると考えられることからも 能勢郡 野間出野村 と修正しました

■能勢郡 吉川村 となる従前の町村名について 能勢郡 吉川村 or 能勢郡 吉川村, 兵庫県 川辺郡 横路村(微)
この件は、[78799]拙稿で対応済みですが、同稿において本むっくんさんの投稿に触れることを失念しておりました。失礼しました。修正済みです

■大鳥郡 向井村 となる従前の町村名の一部について 大鳥郡 西万屋新田村 or 大鳥郡 西万屋新田
「幕末以降総覧」・・・大鳥郡 西万屋新田
「辞典」・・・大鳥郡 西万屋新田村
ご紹介の各資料の信憑性を優先し、大鳥郡 西万屋新田 と修正しました

■泉郡 東横山村 となる従前の町村名の一部について 泉郡 槇尾村 or 泉郡 槇尾山
「幕末以降総覧」・・・泉郡 槇尾山
「辞典」・・・・・・泉郡 槇尾山村
ご紹介の各資料の信憑性を優先し、・・・泉郡 槇尾山 と修正しました

■南郡 南掃守村 となる従前の町村名の一部について 南郡 三箇山新田 or 南郡 三ヶ山新田
「幕末以降総覧」・・・南郡 三ヶ山新田
「辞典」・・・南郡 三ヶ山新田村
「ヶ」「箇」は、当時としては表記の揺れの範疇であると考えられます。
ご紹介の各資料、そして現在の岸和田市三ヶ山町付近であると考えられることから、南郡 三ヶ山新田 と修正しました

■丹北郡 木本村 ほかから発足する村名について 志紀郡 三本木村 or 志紀郡 三木本村
この件は、[78457][78528] 中島悟 さんからのご指摘にあわせて[78775] で 志紀郡 三木本村 と修正済みです

■丹北郡 松原村 となる従前の町村名の一部について 丹北郡 東大塚村 or 丹北郡 西大塚村
「幕末以降総覧」「辞典」・・・丹北郡 西大塚村
ご指摘のとおり、東大塚村 は別に存在して高鷲村の一部となったものであり、本件は 丹北郡 西大塚村 と修正しました

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いつもありがとうございます。他のものも、順次準備中です。今後ともよろしくお願いいたします。

[79530] 2011 年 10 月 16 日 (日) 17:03:16 k-ace さん
 自治体越えの地名

グリグリさん
未収録の「自治体越えの地名」を。
「都道府県境を越える地名」
まずは、[79438]hmtさん等で既に話題になっているところを拝借。
群馬県/埼玉県
太田市二ツ小屋町/深谷市二ツ小屋
太田市前小屋町/深谷市前小屋

富山県/岐阜県
富山市加賀沢/飛騨市宮川町加賀沢

「都道府県内の自治体境を越える地名」
岐阜市山県北野・岐阜市山県岩/山県市
岐阜市山県○○は旧山県郡山県村(→旧山県郡三輪村→岐阜市)
美濃加茂市下米田町東栃井/川辺町西栃井

拙稿[79419]は過去に分断されたではなく、単に過去に該当した例でしたm(__)m

[79529] 2011 年 10 月 16 日 (日) 16:16:47 白桃 さん
 第1回国勢調査「最少人口町」の今

1920年の第1回国勢調査時点に、各都道府県で最も人口の少なかった「町」は今どうなっているでしょうか?
以下は、47町のトップ10と最下位です。(このランキングはさしたる意味を持ちません。シラ〜っと、守口を1人抑え、三本松が8位になっていることをお伝えしたかっただけです。)

順位都道府県町名人口---現在の自治体名
1.鹿児島県大口10,366伊佐市
2.沖縄県糸満7,823糸満市
3.北海道福山4,378松前町
4.山口県平生4,350平生町
5.宮崎県細島3,881日向市
6.青森県木造3,518つがる市
7.佐賀県小城3,486小城市
8.香川県三本松3,253東かがわ市
9.大阪府守口3,252守口市
10.徳島県立江3,202小松島市
47.神奈川県小原489相模原市

さて、47の町の中で今もって「町」なのが九つあり、そのうち名前を変えていないのが、平生町と和気町(岡山県)。
また、名前を変えずに「市」として出世?したのが、糸満、小城、守口、平戸(長崎県)、守山(滋賀県)の五つです。トップ人口の大口も「大口市」時代が長かったので、流石、と言えるでしょう。やはり、他の市に吸収合併されたところもかなり目立ちます。

[79528] 2011 年 10 月 16 日 (日) 12:35:15 オーナー グリグリ
 Re^2: 『47都道府県のデータ』への地図追加

[79474] スナフキんさん
2ヶ所の図版、拝見しました。物事を地図で分かりやすく示すというのは大事なことで、大いに賛成です。正直、この程度であれば私、お声かけ下さればボランティアで(勤務先が請けるという意味でなく、あくまでも個人・プライベートでという意味で)できましたのに…。
ありがたいお言葉、感謝いたします。
あれもこれもを盛り込んで汎用的な地図に仕上げるか、それとも白図に近いイメージに特化して単純明快な地図に仕上げるかはお互い対極にある命題なので、どちらの要件をも満たす地図はデザイン的には結構難易度が高いと思います。各都道府県図レベルのデータは引っ掻き回せばパソコンから出てくると思いますので、必要があればお問い合わせください。
はい、地図作製手順が確保できましたので^^、地図データをどのように企画するかじっくり検討したいと考えています。今度のオフ会でも相談させてください。
…って、私が返事書くのを実は、待っていたのだったりして(汗)。
いえ、決して待っていたりはしませんが、無意識に待っていたかもしれません。

[79479] みかちゅうさん、[79480] おがちゃんさん、アドバイスありがとうございます。おがちゃんさんの言われるように、目的別の地図を複数枚用意して、うまくページ編集できるとグッドですね。

[79477] 今川焼さん
これは、地名コレクションにも応用できそうだぞと作ってみたのが、水底トンネルコレクション−Googleマップ
今後、自分が担当の他のコレクションにも少しずつ広げていく予定です。
これ良いですねぇ。Googleマップのいろいろな可能性を生かしたいです。とりあえず、水底トンネルコレクションのトップページにリンクを掲載していただきましたが、トップページに地図そのものが表示されるように出来ると良いですね。出来ると思うのですが、その辺り経験がないんでちょっと苦手分野かもです。どなたかご教示いただけませんか。

[79527] 2011 年 10 月 16 日 (日) 12:21:47 オーナー グリグリ
 変遷情報および自治体越えの地名への情報提供

79485] 山野さん、滝沢村の住民アンケートの件、[79500] BANDALGOMさん、長久手町の市制議案可決の件、情報提供ありがとうございました。変遷情報を更新いたしました。

[79482] makiさん、自治体越えの地名への情報提供をありがとうございました。更新が滞っておおり申し訳ありません。必ず追加更新を行いますので、今しばらくお待ちください。今後ともよろしくお願いいたします。

[79526] 2011 年 10 月 16 日 (日) 11:43:03 オーナー グリグリ
 土佐市も同名回避

[79524] 白桃さん
単独市制施行ではないので本件には該当しないのですが、宮崎県串間市の中心は旧福島町です。
(中略)
また、もっともっと話題から離れて恐縮ですが、徳島県三好市の中心は旧池田町です。
市名候補として「池田」「阿波池田」「あわ池田」「阿波いけだ」等も上がったようですが、結局は郡名で落ち着きました。
類似事例をありがとうございました。上記の二例において、新市名を決定する過程において、既存市名(福島市と池田市)の存在が影響した可能性は大いにあるでしょうね。そのような事例まで救い上げるかどうかは微妙ですが、今のところは、新市名に既存市名の名称、読みなど一部が入っていて同名回避が明らかな場合と、既存市名と同じ町名からの改称をともなう単独市制施行の事例を対象としたいと考えます。

で、ここまで書いてきて、[45717]あたりで議論していた「高岡町→土佐市」も該当することに気付きました。摂津市、八女市、和光市、土佐市が「名前を変更した例」となります。高岡市が一瞬存在していたのかどうかの疑問はまだ解けていません。

[79525] 2011 年 10 月 16 日 (日) 11:22:45 オーナー グリグリ
 Re:市区町村変遷情報 境界変更の取扱いについて (県の境界にわたる境界変更についてを含む)
hmt 「県境」の変更

[79522] 88さん
当市区町村変遷情報における境界変更の取扱いについては、これまでにも方針を述べてきた内容だとは思いますが、改めて述べます。
お手数をお掛けしてすみません。
◆結論◆
これら(1)(2)から、H22(2010).3.1付けで群馬県太田市の一部を埼玉県深谷市へ境界変更したとの情報を追加しました。
なお、同日付けでの、埼玉県深谷市の一部を群馬県太田市へ境界変更したとの情報は追加しません。
◆結論◆
栃木県栃木市の一部(栃木市藤岡町下宮)を埼玉県加須市へ境界変更する情報は、今回は追加しない。正式に境界変更が決定された時点(総務省告示がなされた時点)で追加する。
明確な結論をありがとうございました。私は異論ありません。すっきりしました。ありがとうございます。

市区町村変遷情報の編集方針は、合理的、客観的なものが求められるものであり、3県境だから、オフ会オプショナルツアーだからと言った感傷は不要である、ということは、承知されていることは思いますが、念のため申し添えます。
まったく仰せの通りなんですが、年齢を重ねると感傷が合理性や客観性を凌ぐ判断が生まれてくるのも事実です。変遷情報には参考情報は似合わないのですが、雑学やマガジンなどの編集で代替できればスマートなんだろうなと思ってしまいます。

[79523] 88さん
県の境界にわたる境界変更を抽出しました。
そう言う意味では、このリストは貴重な資料でしょう。何らかの形で残したいものです。hmtマガジンの特集は如何でしょうか。あるいは88マガジン創刊は?

ところで、
[79522] 88さん
町・大字は、現在の住所を表示するのに際し重要な事項ですが、各地図サイトなどでも、次のような疑問があります。
・正式な町・大字が何なのか
・通称であるのか否か
・小字はあるのかないのか、表示されているものだけが小字なのか
・地番区域は大字単位か、小字単位か
 (地番区域が大字単位の場合、住所では省くことが通常・・・この件、改めて投稿予定)
これは私もいつも悩んでいる事項です。投稿楽しみにしています。

[79524] 2011 年 10 月 16 日 (日) 09:46:19 白桃 さん
 市の同名回避

[79521]グリグリさん
旧町名が既存市名と同じであった例が他にもあるのではないかと思います。ご指摘いただければ幸いです。
単独市制施行ではないので本件には該当しないのですが、宮崎県串間市の中心は旧福島町です。
「串間」という地名は福島町が串間市になる前に合併した北方村にあります。また、神話に由来する「櫛間」から「串間」となったようですね。
また、もっともっと話題から離れて恐縮ですが、徳島県三好市の中心は旧池田町です。
市名候補として「池田」「阿波池田」「あわ池田」「阿波いけだ」等も上がったようですが、結局は郡名で落ち着きました。
甲子園で池田高校が絶頂の頃に市制施行していたら、案外そのような名前になっていたかも。
そして、愛知県みよし市がそのまま「三好市」になっていたかも。
最後に、全然関係ない話。「香川県東かがわ市」改め「うどん県うどん市」

該当しない例、仮定の話を持ち出してすみません。

[79523] 2011 年 10 月 16 日 (日) 09:28:06 88 さん
 市区町村変遷情報 県の境界にわたる境界変更の事例について(S22.5.3以降告示)
hmt 「県境」の変更

[79522]の続きです。
県の境界にわたる境界変更を抽出しました。
情報元は官報情報検索サービスであり、このため、S22.5.3以降に総理府告示等があったものに限ります。
ひととおり網羅したつもりですが、遺漏があるかもしれません。
番号告示年月日告示番号施行年月日編入側編入される側
1S25.3.27総理府告示第58号S25.4.1東京都板橋区埼玉県北足立郡戸田町
2S28.11.30総理府告示第242号S28.12.1島根県仁多郡八川村広島県比婆郡八鉾村
3S28.11.30総理府告示第243号S28.12.1広島県山県郡八幡村島根県那賀郡波佐村
4S29.4.30総理府告示第448号S29.5.1東京都板橋区埼玉県北足立郡戸田町
5S30.3.30総理府告示第907号S30.4.1愛知県東加茂郡旭村岐阜県恵那郡三濃村*1
6S30.12.29総理府告示第1569号S31.1.1千葉県印旛郡栄町茨城県稲敷郡河内村
7S31.9.8総理府告示第417号S31.9.10長崎県松浦市佐賀県伊万里市
8S33.3.31総理府告示第75号S33.4.1大阪府豊能郡東能勢村京都府亀岡市*2
9S35.7.1自治省告示1号S35.7.1栃木県足利市群馬県山田郡矢場川村
10S36.7.1自治省告示213号S36.7.1埼玉県北足立郡大和町東京都練馬区
東京都練馬区埼玉県北足立郡大和町
11S38.7.17自治省告示106号S38.9.1兵庫県赤穂市岡山県和気郡日生町*3
12S39.7.31自治省告示90号S39.8.1宮城県登米郡中田町岩手県西磐井郡花泉町
岩手県西磐井郡花泉町宮城県登米郡中田町
13S40.4.1自治省告示63号S40.4.1京都府福知山市兵庫県氷上郡市島町
兵庫県氷上郡市島町京都府福知山市
14S41.10.28自治省告示158号S41.11.1岡山県笠岡市広島県福山市
広島県福山市岡山県笠岡市
15S43.1.27自治省告示7号S43.2.1神奈川県横浜市東京都町田市
16S43.3.25自治省告示40号S43.4.1栃木県足利市群馬県太田市
栃木県足利市群馬県邑楽郡邑楽村
群馬県太田市栃木県足利市
群馬県邑楽郡邑楽村栃木県足利市
17S43.3.27自治省告示45号S43.4.1群馬県桐生市栃木県安蘇郡田沼町
18S46.3.18自治省告示47号S46.4.1茨城県下館市栃木県芳賀郡二宮町
栃木県芳賀郡二宮町茨城県下館市
19S47.3.16自治省告示68号S47.4.1茨城県行方郡潮来町千葉県佐原市
千葉県佐原市茨城県行方郡潮来町
20S47.9.2自治省告示228号S47.10.1千葉県佐原市茨城県稲敷郡東村
茨城県稲敷郡東村千葉県佐原市
21S51.2.20自治省告示25号S51.3.1茨城県真壁郡協和町栃木県芳賀郡二宮町
栃木県芳賀郡二宮町茨城県真壁郡協和町
22S53.12.21自治省告示221号S54.1.1栃木県足利市群馬県太田市
群馬県太田市栃木県足利市
23S55.5.24自治省告示129号S55.6.1茨城県下館市栃木県小山市
24S55.5.24自治省告示130号S55.6.1栃木県小山市茨城県結城市
茨城県結城市栃木県小山市
25S55.5.24自治省告示131号S55.6.1群馬県館林市栃木県佐野市
栃木県佐野市群馬県館林市
26S57.11.26自治省告示217号S57.12.1茨城県下館市栃木県芳賀郡二宮町
栃木県芳賀郡二宮町茨城県下館市
27S60.1.29自治省告示12号宮崎県都城市鹿児島県曽於郡末吉町
鹿児島県曽於郡末吉町宮崎県都城市
28S60.1.29自治省告示13号S60.2.1東京都町田市神奈川県大和市
神奈川県大和市東京都町田市
29H3.1.25自治省告示3号H3.2.1栃木県芳賀郡茂木町茨城県東茨城郡御前山村
茨城県東茨城郡御前山村栃木県芳賀郡茂木町
30H9.1.17自治省告示2号H9.1.20岩手県西磐井郡花泉町宮城県登米郡中田町
宮城県登米郡中田町岩手県西磐井郡花泉町
31H10.6.24自治省告示168号H10.7.1茨城県結城市栃木県小山市
栃木県小山市茨城県結城市
32H11.11.1自治省告示219号H11.12.1東京都町田市神奈川県相模原市
神奈川県相模原市東京都町田市
神奈川県大和市東京都町田市
33H12.5.15自治省告示108号宮崎県えびの市鹿児島県姶良郡吉松町
鹿児島県姶良郡吉松町宮崎県えびの市
34H13.3.26総務省告示第160号H13.4.1岩手県西磐井郡花泉町宮城県登米郡中田町
宮城県登米郡中田町岩手県西磐井郡花泉町
35H16.10.5総務省告示第739号H16.12.1東京都町田市神奈川県相模原市
神奈川県相模原市東京都町田市
36H17.1.13総務省告示第23号H17.2.1栃木県芳賀郡二宮町茨城県下館市
茨城県下館市栃木県芳賀郡二宮町
37H19.3.26総務省告示第159号宮崎県都城市鹿児島県曽於市
鹿児島県曽於市宮崎県都城市
38H19.10.17総務省告示第574号H19.12.1東京都町田市神奈川県相模原市
神奈川県相模原市東京都町田市
39H22.1.7総務省告示第1号H22.3.1群馬県太田市埼玉県深谷市
埼玉県深谷市群馬県太田市*4
40H22.8.31総務省告示第337号H22.12.1東京都町田市神奈川県相模原市
神奈川県相模原市東京都町田市

*1大字浅谷及び野原
*2西別院町牧及び寺田の大半の区域
*3大字福浦の大半
*4二ツ小屋町,前小屋町のそれぞれ一部

これら4件は、実質、近世村単位または町・大字単位であるため、すでに市区町村変遷情報の対象として反映済みです。


・例えば上記の10は、 東京都練馬区の一部が埼玉県北足立郡大和町に境界変更される内容と、埼玉県北足立郡大和町の一部が東京都練馬区に境界変更される内容が、ともに含まれています。
・施行年月日が「−」のものは、告示中に施行年月日の記載がないものです。本来ならば記載があるべきところですが、遺漏しているのと思われます。

これらの境界変更は、ほとんどは、土地区画整理事業または土地改良事業により区画整理・圃場整備を行ったことによるものではないかと推測します。

[79522] 2011 年 10 月 16 日 (日) 09:14:40【1】 88 さん
 市区町村変遷情報 境界変更の取扱いについて (県の境界にわたる境界変更についてを含む)

[79412][79461] グリグリ さん
[79438] hmt さん
市区町村変遷情報における境界変更の取扱いについて

市区町村変遷情報における境界変更の取扱いについては、これまでにも方針を述べてきた内容だとは思いますが、改めて述べます。

境界変更を実施した事例は多く、その内容も千差万別であることから、すべてを対象とするのではなく、境界変更の対象範囲が近世村(≒大字)単位の移動であれば、実質的に近世村の廃置分合にあたることから、対象としています。
一方、それ未満である場合は、軽微な境界変更とみなし、対象から除いています。これらは概して面積が微小であり地図で認識できないものが多く、また、境界変更の事例数が多いのが現実であり、一方で仮にこれらを反映した場合は、本質的な廃置分合が埋没して目立たなくなり、市区町村変遷情報の趣旨が損なわれる懸念があるためです([56539]拙稿)。
県境を越える境界変更であっても、この取扱いは同じです。県境を越えるからと言って、基準を緩めることは行っていません。単に県境を越える事例であれば、地方自治法下に限ってみても多数あります(別稿にて一覧を提示)。

ただし、例外があります。
市区町村変遷情報は、近世村に主眼を置いた変遷ですが(近世村の大半は延喜式以来の村でもあるため)、近世村≒大字であることを鑑み、現在の市町村における「町・大字」の実態把握にも転用できるものと考えています。町・大字は、現在の住所を表示するのに際し重要な事項ですが、各地図サイトなどでも、次のような疑問があります。
・正式な町・大字が何なのか
・通称であるのか否か
・小字はあるのかないのか、表示されているものだけが小字なのか
・地番区域は大字単位か、小字単位か
 (地番区域が大字単位の場合、住所では省くことが通常・・・この件、改めて投稿予定)
将来的に、市区町村変遷情報の情報を活用した、現在の正式な「町・大字」を掲示することを目論んでいます([77488]拙稿参照)。町・大字は、歴史的な面からも、現在の地名の根幹をなすものであるからです。これらについては、試行品で暫定的に掲示していますが、さらに発展させることが可能であると考えており、また、市区町村変遷情報の内容を転用すれば、一から作成するほどの手間を要しないでしょう。
これらを展望として、境界変更が近世村単位ではない場合であっても、町・大字単位である場合(変更前の市町村において、あるいは変更後の市町村において)は、市区町村変遷情報の対象としています(参考:[75399][69559]の島根県鹿足郡小川村の境界変更の件)。

さて、当該地域の変遷を見てみます。
●1 群馬県太田市・埼玉県深谷市の境界変更について
◎(1)群馬県太田市から埼玉県深谷市のへの境界変更について
近世村新田郡 二ツ小屋村, 前小屋村
M22(1889).4.1町村制施行時新田郡 尾島町
H17(2005).3.28太田市(太田市二ツ小屋町,前小屋町)
H22(2010).3.1深谷市(深谷市二ツ小屋,前小屋)
(残余の太田市二ツ小屋町,前小屋町はそのまま存置)
深谷市HPでは、
■平成22年3月1日から、群馬県太田市前小屋町および二ツ小屋町が深谷市に編入されました。
太田市前小屋町及び二ツ小屋町がすべて深谷市となったかのようにも読めますが、実際には太田市前小屋町及び二ツ小屋町のそれぞれ一部が、深谷市二ツ小屋及び前小屋となりました(参考地図)
近世村である二ツ小屋村・前小屋村のすべての範囲ではないものの、新たに「深谷市二ツ小屋」「深谷市前小屋」という町・大字が画されたことも明白であることから(参考)、方針の例外(近世村単位ではないが町・大字単位である)に該当すると判断し、これらは市区町村変遷情報の編集対象とすることとします。

◎(2)埼玉県深谷市から群馬県太田市への境界変更について
近世村榛沢郡 高島村
M22(1889).4.1町村制施行時榛沢郡 新会村
M29(1896).4.1大里郡 新会村
S29(1954).11.3大里郡 豊里村
S30(1955).1.1大里郡 豊里村
S48(1973)4.1深谷市
H18(2006)1.1深谷市(深谷市高島)
H22(2010).3.1太田市(太田市大舘町の一部に)(残余は深谷市高島)
近世村である高島村のすべてではなく、また、境界変更部分は太田市大舘町の一部(大舘町は近世村としては新田郡大舘村、新田郡尾島町を経て太田市)であることからも、微小であると判断し、市区町村変遷情報の編集対象とはいたしません。

◆結論◆
これら(1)(2)から、H22(2010).3.1付けで群馬県太田市の一部を埼玉県深谷市へ境界変更したとの情報を追加しました
なお、同日付けでの、埼玉県深谷市の一部を群馬県太田市へ境界変更したとの情報は追加しません。


●2 埼玉県加須市・栃木県栃木市の境界変更について
市区町村変遷情報の編集方針は、合理的、客観的なものが求められるものであり、3県境だから、オフ会オプショナルツアーだからと言った感傷は不要である、ということは、承知されていることは思いますが、念のため申し添えます。

栃木市藤岡町下宮は、[76925]拙稿で述べたように、近世村は下都賀郡下宮村であると思われます。ただし、下宮村のすべてが現在の藤岡町下宮であるのかどうかは、あまりに面積が小さいため少し疑問ですが、他に「下宮」の残余と思われるものも見当たらないため、こう判断しておきます。
前述の市区町村変遷情報の編集方針から見ると、近世村単位の境界変更であることから、編集対象であると考えられます。

しかし、現実に編集対象とするのは抵抗があります。
この件は、[79417] 山野 さん でもご紹介があったように、当面は見合わせ、とのことです。このため、この情報を対象とするか否かの議論は不要(事実上決着済み)だと判断していました。
当面は見合わせでありながらも、この情報を編集対象とすると仮定すると、市区町村変遷情報では、
 (A)成立しなかった合併情報 都道府県別一覧
 (B)市区町村変遷予定情報 都道府県別一覧(日付順も別途あり)
あるいは、この両方に追加することが考えられます。

廃置分合とは異なり、境界変更の場合は潜在的には多数の事例があると想像されます。法定合併協議会のような組織も必要ではありません。
今回の事例では、栃木市議会で加須市への境界変更の請願を全会一致で可決したということですが、請願の可決自体は、境界変更の要件ではありません。結果的には、栃木市がこれ以降の手続きを取り止め、当面は見合わせ、とのこと(東京新聞)。
境界変更については、廃置分合(合併)に比して話題にもならないことが多く、概して情報が少ないことが伺えます。仮に、本情報だけを編集対象とする場合、他方では、多数あるであろう潜在的な境界変更の情報を編集対象としないことになると考えられることから、均衡を欠くと思います。
つまり、廃置分合とは異なり、正式に境界変更が成立した段階で、市区町村変遷情報の編集対象とし、成立しなかった合併情報 都道府県別一覧市区町村変遷予定情報 都道府県別一覧の対象とはしない、とする方が適切であると考えます。
(余談:でるでる編集長と異なり、私は進行中の案件について編集作業を行うという概念が全くなかったのも事実)

◆結論◆
栃木県栃木市の一部(栃木市藤岡町下宮)を埼玉県加須市へ境界変更する情報は、今回は追加しない。正式に境界変更が決定された時点(総務省告示がなされた時点)で追加する。

――――――――――
参考までに、都道府県の境界にわたる境界変更についての根拠と、前述の太田市・深谷市の事例をご紹介しておきます。
地方自治法
第7条
 都道府県の境界にわたる市町村の設置を伴う市町村の廃置分合又は市町村の境界の変更は、関係のある普通地方公共団体の申請に基づき、総務大臣がこれを定める。

総務省告示第一号
県の境界にわたる市の境界変更
 地方自治法(昭和二十二年法律第六十七号)第七条第三項の規定により、群馬県太田市と埼玉県深谷市との境界を次のとおり変更したので、同条第七項の規定に基づき、告示する。
 右の境界変更は、平成二十二年三月一日からその効力を生ずるものとする。
平成二十二年一月七日
総務大臣臨時代理
国務大臣 前原 誠司
群馬県太田市に編入する区域
 埼玉県深谷市高島字向川原(以下地番列挙)
埼玉県深谷市に編入する区域
 群馬県太田市前小屋町(以下地番列挙)、二ツ小屋町(以下地番列挙)

[79521] 2011 年 10 月 16 日 (日) 06:40:10 オーナー グリグリ
 摂津市は同名回避?

[79272]で、雑学の高田市ってどこにあるの?(市の同名回避)を話題にしました。話題にした薩摩川内市と由利本荘市については、仙台市と本庄市との同名回避ではないと結論付けています。この話題に関連して、mikiさんからメールで、摂津市も同名回避の例になるのではとの問題提起がありました。

摂津市は、三島町から三島市へと市制施行し、即日、摂津市に改称しました。同様の例として、八女市は、福島町から福島市へと市制施行し、即日、八女市に改称しました。アーカイブ 市制施行日に名前を変えた市とは?や雑学 南大阪市ってどこにあるの?(短命の市)を参照してください。

この二つの例も市の同名回避の例として雑学に掲載すべきではないかとのご意見です。雑学ページでは市の名前に着目していたため、完全に名称を変えた場合は見逃していました。これは盲点だったと思います。雑学ページの「旧国名で区別している例」「その他の例」という現在の分類を、「旧国名で区別している例」「その他の方法で区別している例」「名前を変えた例」と見直して、摂津市と八女市の例を追加掲載したいと考えています。mikiさん、ご指摘ありがとうございました。

ところで、同じ主旨であれば市制施行後改称した例に限る必要はなく、改称後市制施行した例である和光市も該当します。すなわち、和光市は、大和町から和光町に改称し、即日、和光市に市制施行しています。これも「名前を変えた例」に該当します。ざっと調べたのですが、旧町名が既存市名と同じであった例が他にもあるのではないかと思います。ご指摘いただければ幸いです。

「名前を変えた例」の場合は、市名に回避対象となる市の名前が含まれないことから、同名回避である判断が明確である、単独市制施行で旧町名が既存の市と同一の例に必然的になると思います。新設合併で新市名候補に既存市名が上がっていた場合や、郡名が既存市名と一致している例なども対象となるかもしれませんが、判断は慎重に行う必要があるでしょう。

[79520] 2011 年 10 月 15 日 (土) 23:15:24 にまん さん
 ホットベルト?

[79518] MasAka さん
あと、やはり千葉県北西部〜茨城県南部のホットスポットは特異な場所に感じますね。
私は、逆にこの分布図を見てから、特異ではないと感じました。
基本的には、北東から南西方向への風に乗って分散したと見えますので、原発から一旦海上に出たものが、風に乗って来たと考えると概ね帯状になっているので自然かなと。
どちらかというと、茨城県南部から栃木県南部、埼玉県にかけての数値の低いところのほうが特異に見えます。久慈あたりの山地の影響でしょうか。

[79519] 2011 年 10 月 15 日 (土) 18:27:55 伊豆之国 さん
 鉄道が復活する(予定の)市

一日遅れですが、「鉄道の日」関連のネタから。

長野電鉄屋代線([77584]Issieさん)に続いて十和田観光電鉄([79425]山野さん他)と、地方私鉄の暗いニュースが続いている中で 、ここで一つ明るい話題を。
先月、沖縄都市モノレール(ゆいレール)が現在の終点・首里から、浦添市域への延長計画が動き出したというニュースがあったそうです。完成目標は2019年度ということなので、まだ8年も先の話なのですが、仮に計画通り浦添への延長線が開通すると、沖縄県営鉄道が1945(昭和20年)の戦災により壊滅・廃線となって以来、浦添市には実に74年ぶりに鉄道が復活となります。
鉄道復活までの長いブランク、というと、いつできるのかいまだに見通しが立っていない「長崎新幹線」。計画によると、嬉野市内に駅ができる([76748]k-aceさん)ことになっており、現在の嬉野市域を通っていた「肥前電鉄」([69946])が1931(昭和6)年に廃線になって以来、現時点で既に80年が経過しているので、開業となれば嬉野市が浦添市の「記録」を上回る可能性が高そうですが。

[79518] 2011 年 10 月 14 日 (金) 23:08:25 MasAka さん
 マスコミの扱いは妥当ではないかと

[79516]ペーロケさん
一面トップがストロンチウムを差し置いて、世田谷のお騒がせ事件の方だとは。原発推進派はもちろん、大手マスコミにとっても、ストロンチウムのニュースは都合が悪いのでしょうか。

ニュースになった世田谷での放射線量は年間に換算すると単純計算で約30mSvと、通常の約30倍にも及ぶ量であるため、長期的にこのレベルの被曝が続けば健康に与える影響がないとは言い切れない数値です。

一方、横浜のストロンチウムはBq表示なので単純比較はできませんが、195Bq/kgという数値は原子炉等規制法で定めるクリアランスレベル(十分線量が小さいため、これを含む物質を廃棄処分する際に放射能汚染されたものとして取り扱わなくて良いとされるしきい値)である1Bq/g(=1000Bq/kg)を大きく下回っているため、ニュースとしての扱いは前者のほうが大きくなるのは自然なことでしょう。

さらに、横浜の件を調べてみると排水溝という放射性物質がたまりやすい所を意図的に選んでサンプリングしているようですし(要するに屋根全体に降下した物質が1箇所に集まってくる場所なので、平均的な数値の数倍程度になることが考えられる)、私はこの記事に出てくる数字は参考程度と受け止め、あまり信用していません。……と、ここまで書いたところで、横浜市による追加の調査結果のニュースを見つけました。それによれば、道路側溝から129Bq/kg、使用休止中の噴水の底から59Bq/kg検出されたようです(ニュース記事)。というわけで、先に述べた通り側溝でサンプリングしたもののほうがやはり高い数値が出るようです。

また、ストロンチウムの調査はヨウ素やセシウムと違い手間も費用もかかります。それでいてストロンチウムはセシウムと比べ外部への放出量は圧倒的に少なく、数百分の1のオーダーでしかないのですから、調査の費用対効果はセシウムに比してはるかに劣っています。それであれば調査にさらに金をつぎ込むよりも、除染対策などに使ったほうが有益であると考えます。

……と、これだけだと地理の話題にならないので、一応地理っぽい話題も。文部科学省の放射線モニタリング情報のページにある、文部科学省(米国エネルギー省との共同を含む)による航空機モニタリング結果のコーナーで、空間線量率や放射性物質の沈着状況が公表された都県がだいぶ増え、現在12都県になりました。セシウム沈着量の分布を見ると、やはり地形を反映してか、山麓や盆地のような地形のところに溜まりやすいように見えます。この資料(PDF)の13ページなどを見ると、ちょうど関東平野を取り囲むようにして数値の高い場所が分布していることがよくわかります。あと、やはり千葉県北西部〜茨城県南部のホットスポットは特異な場所に感じますね。たまたま雨が降ったタイミングが悪かったんでしょうけど……。

[79517] 2011 年 10 月 14 日 (金) 18:43:02 星野彼方 さん
 生存証明@周南市

お久しぶりです。なぜだか今周南市にいる星野彼方です。まぁ毎年有給休暇をたくさん余らせているんで、今年は鉄道の日記念切符利用で遠くに行くぞ、と早いうちからここに休みを入れていただけなのですが、9月から仕事のほうがてんてこ舞いで、今日休むために今週ずっと残業しまくりでした。あ、残業は先月始め頃からずっとか。来週以降も残業三昧は確定だしな。はぁ。今日一日雨にたたられたこともあって本当に今気分はブルーです。

それはともかく、オフ会は前日の金曜(2日)と月曜(4日)に有給休暇を入れて万全の体制で参加を予定しています。いまさらだし、日程決定時には仕方がなかったのですが、スパリゾートハワイアンでのオフ会もよかったな、と思っていました。あと、日曜に尾瀬に行く人がいたらお願いしたいなぁ、と思っていたら、尾瀬は12月にはもう入れないのですね。残念。

落書き帳にはあまり書き込めない状態が続いていますが、オフ会には参加しますのでよろしくお願いいたします。地名コレクションの更新は当分お待ちください。

[79516] 2011 年 10 月 14 日 (金) 12:51:27【1】 ペーロケ さん
 ストロンチウム

[79514]山野 さん
あ、放射線物質と言えば、横浜市で「ストロンチウム」が検出されたそうですね。是の記事は此方。
原発から飛んで来たのか(此処だけなのも変ですが)、処理したゴミにでも入っていたのか。

ここだけ検出されたのではなく、測定が追いついていないというのが実態でしょう。

上杉隆氏は、5月の時点でストロンチウムの危険性を指摘されていましたが、マスコミも
ストロンチウムについて触れたのは、せいぜい次の朝日新聞の記事程度である。
〈東京電力は8日、福島第一原発の敷地内や周辺の海で4月18日に採取した土や海水から、放射性物質ストロンチウム90を初めて検出したと発表した。
という状態。役所も、
日本政府および東京都、神奈川県、埼玉県、千葉県、茨城県、群馬県の首都圏を中心とする各都道府県は、5月16日現在、大気中の塵や雨水、水道水に含まれる放射性物質「ストロンチウム90」を 一切測定 していない。
(中略)
要するに日本政府は何の対策も立てていないどころか、ストロンチウムに対しては調査すらしようとしていないのである。
という扱い。専門家も、測定すれば検出されるだろうけど、なかなか測定が難しいという状況でした。だから、横浜「だけ」がストロンチウムで汚染されていると考えてはいけません。

しかし驚くべきは、一面トップがストロンチウムを差し置いて、世田谷のお騒がせ事件の方だとは。原発推進派はもちろん、大手マスコミにとっても、ストロンチウムのニュースは都合が悪いのでしょうか。

[79515] 2011 年 10 月 14 日 (金) 11:58:00 スナフキん さん
 オフに向けて、朗報

話題を断ち切るようで何ですが…

今年のオフが開催される会津へ向かう路線のうちの1つ、長らく福島・新潟豪雨の影響で一部区間(馬下〜津川間)不通の憂き目を見ていた磐越西線が、本日14時頃の運転再開と相成ったようです。

JR東日本新潟支社のページに詳しくは掲載されていますが、早速明日からは通常通りのダイヤに復するとともに、明日明後日の土日は復旧祝いと鉄道の日祝賀とを込めて、同区間を含む新潟〜会津若松間で運転されている快速「SLばんえつ物語」号の列車名を変え、全車自由席の大盤振る舞いをするとのこと。

只見線の状況は好転していないようですが、今後天災が再度降り注がない限り、オフへの足として回遊形行程を組むのが容易になりそうで、何よりです。

[79514] 2011 年 10 月 14 日 (金) 01:57:58【1】 山野[山野] さん
 世田谷の放射線の件

[79496]いろずー さん
[79504]おがちゃん さん
こちらの記事にありますが、検査の結果、検出された放射線は「ラジウム226」で原発事故とは無関係です。
尚、瓶の中身は「ラジウム226」と「ビスマス214」及び「鉛214」などの粉末だとか。
記事によると、瓶が発見された民家は現在空き家で、2月まで住んでいたという女性は心当たりが無い上、
亡くなった旦那さんも放射線取り扱い業者でもないとの事。

…だとすると、誰かからの「嫌がらせ」か「不法投棄」ですかね?

(放射線物質関連・追記)
あ、放射線物質と言えば、横浜市で「ストロンチウム」が検出されたそうですね。是の記事は此方
原発から飛んで来たのか(此処だけなのも変ですが)、処理したゴミにでも入っていたのか。

[79513] 2011 年 10 月 14 日 (金) 00:45:44 Issie さん
 ブラちい途中下車の旅

[79508] みかちゅう さん
自分の家が映っていたよという方もいらっしゃるのではないでしょうか。

2年前でしたっけ,レギュラー化第1回の放送が「東京湾一周」で,そのときはこちらにも報告した覚えがあるのですが,昔住んでいた我が家,…というか我が団地が映らないかと期待して視ていました。でも残念,確か習志野市上空はほとんどスルーしてしまって映らなかったような。
次に海岸埋立地の公団住宅から総武線の津田沼駅近くに越したので,こちらは「総武線の回」に期待したのですが,こちらも映ったか,映らなかったか…。津田沼には新京成の多重大Sカーブという面白いネタもあるのだけど,西船橋近傍の“円形道路”(海軍の送信所跡)の方に行ってしまって,やっぱり津田沼はスルー。どうもこの番組は習志野市とは相性が悪かったようです。別の機会に新京成上空を飛んでくれないか,と期待していたんですけどね。

[79509] にまん さん
ただ、制作費的にはどうなんでしょう。空撮ってそれなりに費用がかかりそうな気もするんですが、意外と安いのかな?

テレビの制作現場というのをよく知らないので,お金の面でどうなのかもよくわかりませんが,単に上空から撮るだけじゃなくて意外に地上でのリサーチも結構してるんじゃないでしょうか。タレントをスタジオに並べて楽屋落ちの無駄話をさせているだけの“バラエティ様番組”よりは,少なくともずっと手間はかかっている気がします。ギャラは声の2人+解説の1人分だけで済むのかもしれませんが。
「ブラタモリ」ほどではないけど放送が飛び飛びだったのも,その辺の手間の問題もあったんじゃないかと。

というわけで,これからは「ブラタモリ」と,“地理度”はずっと下がるけど「ぶらり途中下車の旅」(←ナレーターが代わってしまって残念ですけど)と,普段は仕事で視られないけど「ちい散歩」に期待しましょうか。
…ごめんなさいね。みんな実質“関東ローカル”で。

[79512] 2011 年 10 月 14 日 (金) 00:36:03 白桃 さん
 原因は私です

宇宙が伸縮しているだとか、膨張しているだとか、興味がないわけでもありませんが、このことについては、まず自分の意見が通りませんヨネ。
その点、この落書き帳は素晴らしい、というか、ちょっとしたツブヤキが大事にされたり、親身なフォローを受けたり、そういうとき書いた本人は、もう天にも昇った気持ちにさせられます。
でも、当然ながらその逆もあります。
もともとは、私の軽はずみな発言によって起こったことですから、問題発言者としては、ここいらで、と言う気持ちが正直なところでございます。
2と3と5の最大公約数はありません。でも最小公倍数は必ずあります。30でその解決が準備できなかったら、次の公倍数まで待ちましょう。

1ヶ月の「呉町」はあったのかしら、「新刈和野村」が果たして存在していたのかどうか、このどちらかの問題が解決したら、職安に行こうか・・・(笑)。

[79511] 2011 年 10 月 13 日 (木) 23:52:40 いろずー さん
 空から新大阪駅を見てみよう

「裏新大阪」みたいなぁ…
表面だけで新大阪は伝わらないと新幹線の本に書かれてたのですが
[79507]Issie さん
伝え忘れましたが当然のごとく再放送でした

[79510] 2011 年 10 月 13 日 (木) 23:52:02 林檎侍[花笠カセ鳥] さん
 行ってきます

拙稿[79297]で書きました通り、岐阜県可児市で行われる「若獅子蘭丸武者行列」に参加します。
明日出発します。
今回は、「鉄道の日記念・JR全線乗り放題きっぷ」を使います。

行程は、山形〜東京(夜行バス)京都〜関ヶ原〜可児〜名古屋(夜行バス)仙台〜山形になります。
東名高速集中工事による遅れに備えて、ゆとりを持った行程にしました。

せっかく関東方面に行くのですから、鳩ヶ谷市役所…いや鳩ヶ谷支所がどうなっているのか見るつもりです。

蘭丸まつりにお知り合いが参加するのですが、驚かせるため参加することを秘密にしています。
ここの書き込みは見ていないと思われるので、書いても大丈夫でしょう(笑)

[79509] 2011 年 10 月 13 日 (木) 22:46:41 にまん さん
 空から踏切を見てみよう

我ながら、ひどいセンスのタイトルだ。。。

[79497] ペーロケ さん
 現役の可部線の踏切(それも、緑井以南のもっと頻度の高い路線)を日常的に利用する者として一言。この区間は、緑井以北の倍のダイヤがありますが、私の個人的感覚ですがストレスを感じたことはありません。1時間3本程度なら、ストレスは大した問題にはならないとは思います。

そんなもんですか。私自身は、あまり日常的に踏切を利用した経験はないので気になったんですよ。過去の自宅近くでストレスを感じていた踏切はありますが、電車の頻度も相当多い所でしたし。。。
要は交差する道路の交通量なんでしょうね。問題の部分だと、並行する県道の交通量も気になります。

しかし、だからといって踏切を作らないというのも乱暴な話で、
バイパス以西は完全に線路で断絶される形になりますからね。だいたい1km弱でしょうか。車だと迂回しても大した距離ではない気もしますが、徒歩や自転車だと厳しいですね。ただ、踏み切りに引っかかるストレスは、徒歩・自転車が短距離移動中心ということもあってより感じそうです。信号でも同じですが、5分の移動距離で1分待たされると物凄く時間を損した気分になりますから。何か良い方法があればいいのですが。


[79505] Issie さん
私(と娘)も「空から〜」は好きでよく見てました。私なんかは空撮映像だけあれば十分楽しめるので良いのですが、最近は地上ロケの部分が、物珍しさも一巡して来たかなという感じもありましたので、個人的にはいい潮時かと思います。2〜3年すると地上も変わってくるので、再開の可能性もあるのではないでしょうか。
ただ、制作費的にはどうなんでしょう。空撮ってそれなりに費用がかかりそうな気もするんですが、意外と安いのかな?

[79508] 2011 年 10 月 13 日 (木) 22:22:45 みかちゅう さん
 関西版も見たい「空から日本を見てみよう」

[79505]Issieさん
毎週というわけではなかったけれど、「空から日本を見てみよう」は私も見ていました。芸能人が飲み食いするのがメインの旅番組とは違った趣が好きでしたが、放送された当初は「タレントも出ない航空写真を流すような番組をレギュラー化して視聴率が取れるのか?」と疑っていました。なんか安上がりな番組だなとは思っていましたが、放送する経路に沿ってヘリコプターか飛行船を飛ばすのは意外と費用がかかっているのかもしれません。
おまけの楽しみ方として「自宅が映っているかどうかを確かめる」というのもありました。鉄道や道路沿線のある程度の範囲がテレビ画面に映し出されるので、自分の家が映っていたよという方もいらっしゃるのではないでしょうか。

あと、テレビ東京制作なのでネタが関東に偏りがちというのが残念でした。関西でも放送されているのだし、首都圏に限らなければまだまだネタはあると思ったのに。視聴率が下がって打ち切りというより、関東近郊で撮影する限りネタが枯渇してきたというのが番組終了の理由なのでしょうか。

三陸海岸や松島も放送があったかと思っていましたが、東北地方は22年9月に宮城県沿岸(白石市→南三陸町)、23年2月に磐越西線を放送したのみ。順調に復興すればそのうち三陸海岸なども題材にできそうですが、復興計画の策定さえ遅々として進まない現状ではまだまだ先でしょうか。

[79507] 2011 年 10 月 13 日 (木) 21:38:08 Issie さん
 Re:空から…

[79506] いろずー さん
今日BSのチャンネルカチャカチャ変えたら
「空から〜」が入っていましたが…

これ,再放送なんだよね。
この枠でこれから新作をやるのかなあ。

[79506] 2011 年 10 月 13 日 (木) 21:29:32 いろずー さん
 空から…

[79505]Issie さん

今日BSのチャンネルカチャカチャ変えたら
「空から〜」が入っていましたが…

[79505] 2011 年 10 月 13 日 (木) 20:57:16【1】 Issie さん
 空から日本を…

本来は関東ローカルなのですが,全国ネットで中継もしているようなので…
木曜の夜8時(ちょっと前)と言えば,東京12チャンネルの「空から日本を見てみよう」だったのですが,先月,長めの夏休みが終わった途端に唐突に終わってしまって,次は何だろうと思ったら…
公開放送の歌謡番組,なんですね。
こんな番組にツブされたのか…。

いやや,別に「こんな番組」が悪いわけじゃなくて…,
番組の中で某大物演歌歌手が言っていたように「今はこういう番組がなくなってしまったから」,確かにこういう番組はそれなりに貴重で,さすがは12チャンネルと言えなくもない。きっと私も来週以降もこの番組を視ているのだろうと思うのですが(“裏”がつまらないからね。ただし,NHKの裏番組が来週で終わるので,その次の番組次第だけど)。
それにしても,ねえ…。

まあ,来週から「ブラタモリ」が復活するようで,とりあえず2週分は昨年度のものを再放送して,本格的な“シーズン3”は来月から始まるそうですが。
とは言っても,いろんな意味で“シーズン3”で終わりにした方がいいような気が。タモリ自身もそうだし,相棒のアナウンサーも。タモリと言えば,「タモリ倶楽部」のように同じテンションで延々と続いている番組もあるけれど。

結局,「地理オンリー」の番組は作りにくいんでしょうかねえ。

[79504] 2011 年 10 月 13 日 (木) 20:41:07 おがちゃん さん
 世田谷区の放射線量の件

とりあえず・・・。

[79496] いろずー さん
本日世田谷区の一ヶ所で放射線量が飯舘村(村役場で測った数値)よりひどい数値が出てしまいました
この件ですが、ここによると、福島第一原発から出たものが原因ではないようです。

[79503] 2011 年 10 月 13 日 (木) 19:40:24【1】 Issie さん
 何というか…

どうもコミュニケーションが成立しないようなので,一方的な無駄話。

同じ「ゆとり教育」を受けていたのなら,自分だけが志望校に行けなくてもそれは「ゆとり」のせいじゃないよね。だって,志望校に行けてる奴だっていっぱいいるんだから。他人の言うことを理解しようとしないのも,それは自分の努力不足のせい。「ゆとり教育」なんかのせいじゃない。できてる奴はできてるんだから。

そもそも「ゆとり教育」というのは,一部のマスコミが当時の教育政策を批判するために使いだした用語。あまりに面白い表現だったのでみんなが飛びついて誰もが知っている言葉になったけど,それでは何が「ゆとり」なのか,どれだけの人が理解しているのかな。
たとえば当時,ある受験産業が「ゆとり」の実例として挙げた“円周率=3”。「およそ3」と教えることと「3.14」と教えることと,どれだけ本質的な違いがあるのか説明できるのだろうか。
大事なことは,そこで子どもたちに何を教えたい,どんな「学力」を身に着けてほしいのか,ということにあるのだけど,そこはスッ飛ばして表面的なことがらだけつまみ食いしてそれを大げさに煽り立てる。歴史の中で自分に“おいしい”ところだけ取り上げて,「日本はこんなに素晴らしいんだ」と言い立てる“自慰史観”大好きな某マスコミらしい手口だが。

「ゆとり」というけれど,それではそれでどれだけ「学力」が下がったのか,それは誰も検証しない。そもそも「学力」として求められる視点はたくさんあって,1つのモノサシで測れるものではないんだよね。
日本の学校教育は戦後どころか,明治の初めに学校制度が始まって以来,「ゆとり」(←当時は別の言い方をしたが)と「詰め込み」の間を幾度も行ったり来たりしているんだけど,それで「学力」が下がったという話はあるのかどうか。もし本当に下がったことがあるとするならば,それは授業そのものをほとんど行わなかった大戦末期と,教科内容自体が大混乱に陥った敗戦直後の子どもと生徒たちだろうけど,でもちゃんと社会生活ができてるよね。

コミュニケーションができないことの理由が「ゆとり教育」だなんて,そんな話は成り立たないと思うけどね。
ちなみに蛇足ながら,1960年代末の学習指導要領で小・中・高の教育を受けたあたしたちは,要するに過去の学校教育の歴史の中で一番の「詰め込み教育」を受けた世代だけど,その実,何てことぁないよ。

※…というわけで,誰かを相手にということではなく,「ゆとり教育」などというマスコミの“煽り文句”を使いたがる皆さんに向かって,思うところを書いてみました。

[79502] 2011 年 10 月 13 日 (木) 15:25:49 いろずー さん
 いろんな意味で脱ゆとりは難しい

[79501] ペーロケさん
自分89年生まれで中学からどっぷりゆとりにはまりましたが(汗)
(そのせいで希望していた高校に行けず…)

そういえば数年前何の本かは忘れましたが
どっかとどっかが「ゆとり」っていう市名で合併しますと書かれていたことがあり
その当時どうなることかと思ったくらいです
参考は…自分はもう覚えてません

[79499]いっちゃんさん
わかってます。どうせウチの脳内に理解力なんて存在していないですから
疑問を全部解決しないと理解しない人なんですから

[79498]般若堂そんぴんさん
いつもプレビューはみるようにしていますが…

[79501] 2011 年 10 月 13 日 (木) 12:57:19 ペーロケ さん
 ゆとり

[79496]いろずー さん
(ちなみに理解出来ないゆとりの平成生まれですが)
「ゆとり」って言葉、もともとは「余裕がある」の意味ですが、「ゆとり教育」により生み出された、「学力のない子供たち」を卑下する差別用語としてすっかり定着してしまいましたね。平成の大合併でも、委員が「ゆとり」と読ませる当て字の名前にしようとして、大反対を受けてその市名が実現しなかったこともありました参考。しかし、いろずーさんの言い方、これは決して謙っている訳ではなく、同世代に対しても馬鹿にしていますね。「私らの世代はみんな理解力がありません」とも受け取れます。

ちなみに、失礼な言い方ですが、おそらく[79444]などで苦言を仰ったおがちゃんさん、おそらくいろずーさんより年下です。年齢は言い訳になりません。

[79499]いっちゃんさん
ウチの娘、平成どころか2000年になってから生まれてますが理解力ありますよ。パパ(=わたし)の婉曲した物言いでもグサッと核心をついてきてパパはタジタジなんてことも。
まったく同意です。

[79500] 2011 年 10 月 13 日 (木) 10:37:31【1】 BANDALGOM さん
 【速報】長久手市

愛知県議会が「町を市とすることについて」の議案を可決しました(議会中継より)。

この議案を先に単独で採決し、その後県議会選挙区の変更について説明がありました。
愛知郡選挙区から長久手市選挙区が分離され、愛知郡選挙区は東郷町1町となるため、日進市選挙区と合区となるようです。

グリグリさん、更新よろしくお願いします。


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