都道府県市区町村 > 落書き帳 >このページの最後へ ▼

落書き帳


← [72100] 〜 [72199] [72000] 〜 [72099] [71900] 〜 [71999] →

[72099] 2009 年 9 月 30 日 (水) 16:24:14 hmt さん
 統計局の推計人口

[72097] 白桃 さん
(推測)国は、都道府県から報告された?「概算推計人口」を約5〜6ヶ月かけ精査?し、「推計人口の確定値」として発表する

早速のご教示、ありがとうございます。

かつて国土面積統計に関し、[67240] 国土地理院面積データと長期統計面積データの違いを探る という記事で、次のように書いたことがあります。
国土地理院の公表値は、地理調査所であった時代を含めて、公表当時の「ナマ」の数値と思われますが、統計局HP掲載の値は、長期統計という見地から、後でかなり「加工した」数値を用いているようです。

人口統計についてもこれに類した配慮があり、統計局が発表する推計人口(都道府県別)は、都道府県が報告した「ナマ」の数値に対して、何らかの「加工」を施しているのでしょうね。

[72098] 2009 年 9 月 30 日 (水) 16:12:20 山野[山野] さん
 廃置分合議案可決(芝川)

本日、芝川町議会は富士宮市との合併議案を賛成多数で可決し、同時に合併協案も可決しました。
富士宮市は定例会最終日である来月13日に審議予定。
参照記事:静岡新聞

[72097] 2009 年 9 月 30 日 (水) 07:10:23 白桃 さん
 推計人口 他

[72096]hmt さん
「推計値」ですから、細かい違いを気にする必要はないとも思われますが、やはり気になります。
その方面の権威者に教えていただきたいと思っています。
権威者ではありませんが、一応、当落書き帳の人口データ提供者としてお答えします。

国が発表する推計人口と白桃がまとめた推計人口の数値が違う理由(推測)
1.国は、都道府県から報告された?「概算推計人口」を約5〜6ヶ月かけ精査?し、「推計人口の確定値」として発表するのに対して、白桃は各都道府県が発表した推計人口(これは「概算推計人口」と近いと思われます)をそのまま提出している。
ですから、2009年10月1日現在の推計人口を白桃は12月にはグリグリさんに送ることが出来ると思いますが、国は来年の3〜4月になって初めて「推計人口の確定値」として違った数字を発表すると思います。
2.細かいことですが、北海道と高知県は推計人口の発表がありません。そこで白桃は、2005年国勢調査を基準値として、住民登録人口の増減を加味して算出しております。

[72084][72085]hmt さん
都道府県とか国全体とかの「大きな人口」には関心が薄い白桃ですが、こうみると岡山県はその昔、数少ない「100万人超県」だったのですね。一方で、それほど人口が増えてないのが不思議といえば不思議ですかね。

[72096] 2009 年 9 月 29 日 (火) 23:23:14 hmt さん
 推計人口

この落書き帳で、よく「推計人口」という言葉を目にします。
住民基本台帳法の精神からすれば、(届出の遅れはともかくとして)登録人口と常住人口とは一致するのが理想と思われますが、現実には食い違いがある。そのために、国勢調査により現住人口を確認し、修正目的だけに、やむを得ず登録届出の数値を利用する。それが推計人口。

つまり、5年ごとの国勢調査人口に、その後の自然的事由と社会的事由による増減による修正を加えることにより推計した人口であり、都道府県により発表されている。
こんな理解でよろしいのでしょうか?

具体的な数値は、落書き帳のデータベース検索で知ることができます。
私自身も明治12年人口(47都道府県への組替人口)と対比の目的で、[72084]において「最新のデータベース」による「2008年10月1日の推計人口」を利用しました。
「最新のデータベース」が、ほぼ1年前の数字であるということは、47都道府県すべての発表値が揃うのに1年近くかかるということでしょうか?

人口統計というと、その元締めに統計局が管掌する政府統計があります。
統計局の人口推計月報による最新の値は、9月24日発表による平成21年4月1日現在(確定値)・平成21年9月1日現在(概算値)となっていますが、いずれも全国合計値(男女別・5歳階級別)です。
都道府県別推計人口は年に1回の発表で、最新のものは 平成20年(2008)10月1日現在 (第2表)つまり落書き帳データベース検索を利用できる最新のものと時期が同じです。

ところが、この「統計局の推計人口」は、千人単位であるだけでなく、数値自体の大きさも落書き帳のデータベース検索に使われている数値と異なるのですね。
国と都道府県という推計者の違いが、利用した増減データの違いをもたらしたのでしょうか?
それとも、国と都道府県では推計方法自体が異なるのでしょうか?

「推計値」ですから、細かい違いを気にする必要はないとも思われますが、やはり気になります。
その方面の権威者に教えていただきたいと思っています。

[72095] 2009 年 9 月 29 日 (火) 22:21:08 山野[山野] さん
 揺れる西方町

町内で意見が二分している西方町ですが、来月中にも鹿沼市との法定協準備会を設置する事に昨日合意しました。
しかし、町長は「住民投票」をしてから判断するとしている。
下野新聞

話変わりまして、[72091]おがちゃんさん
細かい指摘な上、あまり人の言う事に突っ込みを入れたい訳ではありませんが、1つ気になった点が。
それは初っ端の挨拶の所で
こんにちは。日本人です。
多分今までの癖なんだと思いますが、確か最近HNを変更されたんですよね?
それでしたら、表記()内は旧HNという事にして、
こんにちは。おがちゃん(日本人)です。
上記の方が良いのではないでしょうか?

[72094] 2009 年 9 月 29 日 (火) 21:56:16【1】 YT さん
 1600年から1750年までの旧国別人口について

[72089]で示した推定人口について、『日本列島における人口分布の長期時系列分析』(1974年)のコピーを入手したので、一部解説を訂正します。

まず[72089]で示した1600年頃の推定人口は、速水融ではなく、弟子の鬼頭宏が担当して算出したものでした。

速水融自身は、『日本経済史への視角』(1968年)の中で、吉田東伍の1人1石説を否定し、慶長期の推定実高2200万石と1石0.28〜0.44人などから、慶長期の日本の総人口は1000万人以下であったと推定しています。

一方鬼頭宏は、『日本列島における人口分布の長期時系列分析』(1974年)の中で、速水融が三田学会雑誌などに発表した信州諏訪地方の人口変動や、江戸時代初期の各藩の人口変動の記録を元に、150年間で人口が3倍になるロジスティック関数(人口 P = a/(1 + b exp (-ct)); 但しa, b, cは回帰計算で決めた係数で、tは時間)を導入し、1750年の人口から逆算して求めたと記述しています。本書には具体的なロジスティック式の係数が記載されていませんでしたが、以下のような比で求めたとも記載されています。

西暦人口比
1600年1.00
1650年1.41
1700年2.67
1750年3.00

先進国(山城、大和、摂津、河内、和泉)においては1500年から、中進国(尾張、美濃、伊賀、伊勢、近江、丹波、播磨)においては1550年から、後進国(その他)においては1600年から人口成長が開始したと仮定して求めています。

以上より、1600年から1750年までの旧国別推定人口は以下の通りにまとまります。
A文献B文献C計算D推定E推定F推定G推定H推定
西暦17211750160016001650170017211750
山城564,994522,626558.2558.0627.1627.1678.0627.1
大和413,331374,041399.5399.4448.8448.8496.0448.8
河内243,820231,266247.0247.0277.6277.6292.6277.6
和泉218,405207,952222.1222.1249.6249.6262.1249.6
摂津809,242803,595858.2858.1964.3964.3971.0964.3
伊賀95,97891,39251.551.697.7109.7115.2109.7
伊勢543,737523,037295.0295.0558.6627.6652.4627.6
志摩31,85634,06813.613.619.236.338.340.9
尾張554,561553,340312.1312.0590.9664.0665.5664.0
三河416,204419,283167.7167.7236.5447.8499.4503.2
遠江342,663333,744133.5133.5188.2356.4411.2400.4
駿河245,834313,819125.5125.5177.0335.1295.0376.6
甲斐291,168311,193124.5124.5175.5332.4349.4373.4
伊豆96,650105,12042.042.059.2112.1116.0126.1
相模312,638310,796124.3124.3175.3331.9375.1373.0
武蔵1,903,3161,771,214708.5708.5999.01,891.72,284.02,125.4
安房115,579158,44063.463.489.4169.3138.7190.1
上総407,552453,460181.4181.4255.8484.3489.1544.2
下総542,661567,603227.0227.0320.1606.1651.2681.1
常陸712,387655,507262.2262.2369.7700.1854.9786.6
近江602,367575,216324.4324.4614.4690.2722.9690.2
美濃545,919533,095300.7300.6569.2639.7655.1639.7
飛騨67,03272,32328.928.940.777.280.486.8
信濃693,947686,651274.7274.7387.3733.4832.7824.0
上野569,550576,075230.4230.4324.9615.2683.5691.3
下野560,020554,261221.7221.7312.6591.9672.0665.2
陸奥1,962,8391,836,134734.5734.41,035.51,960.82,355.42,203.3
出羽877,650846,255338.5338.5477.3903.81,053.21,015.6
若狭86,59878,07231.231.244.083.3103.993.7
越前367,652348,052139.2139.2196.3371.7441.2417.7
加賀206,933202,42981.081.0114.2216.3248.3242.9
能登152,113157,76563.163.189.0168.5182.5189.4
越中314,158313,562125.4125.4176.8334.8377.0376.3
越後932,461970,185388.1388.1547.21,036.21,119.01,164.2
佐渡95,74890,47636.236.251.096.7114.8108.6
丹波284,893276,336155.9155.8295.0331.6341.9331.6
丹後125,276134,47653.853.875.9143.6150.4161.4
但馬149,732156,61362.662.688.3167.1179.6187.9
因幡122,030125,08550.050.070.5133.5146.4150.1
伯耆132,981140,71956.356.379.4150.3159.6168.8
出雲222,330234,89694.094.0132.5251.0266.8281.9
石見207,965219,51287.887.8123.8234.4249.6263.4
隠岐18,13318,9317.67.610.720.321.722.7
播磨633,725551,393311.0311.0589.0661.7760.4661.7
美作194,226175,16870.170.198.8187.2233.0210.2
備前338,523322,982129.2129.2182.2345.0406.2387.6
備中333,731319,410127.8127.8180.2341.2400.4383.3
備後321,008306,818122.7122.7173.0327.6385.2368.2
安芸361,431396,878158.8158.8223.9424.0433.7476.3
周防262,927289,392115.8115.8163.3309.2315.5347.3
長門212,124226,93490.890.8128.0242.4254.5272.3
紀伊519,022508,174203.3203.3286.7542.8622.8609.8
淡路105,226107,11342.842.860.3114.3126.2128.5
阿波342,386336,905134.8134.8190.1359.9410.9404.3
讃岐334,153357,326142.9142.9201.5381.5401.0428.8
伊予504,045499,860199.9200.0282.0534.0604.8599.9
土佐351,547368,192147.3147.3207.7393.3421.8441.8
筑前302,160307,439123.0122.8173.1327.9362.6368.8
筑後266,426260,875104.4104.4147.2278.7319.7313.1
豊前248,187242,65397.197.1136.9259.3297.8291.2
豊後524,394511,880204.8204.8288.8546.8629.3614.3
肥前609,926632,923253.2253.2357.0676.0732.0759.5
肥後614,007620,244248.1248.1349.8662.4736.8744.2
日向211,614225,42190.290.2127.2240.8253.9270.5
大隅112,616131,62352.652.674.2140.4135.1157.9
薩摩149,039194,31277.777.7109.6207.5178.8233.2
壱岐19,99323,2009.35.913.124.824.027.8
対馬16,46714,8005.99.38.315.819.817.8
蝦夷15,61521,8078.77.110.019.018.721.2
合計26,065,42125,842,33712,275.412,273.017,497.928,287.231,277.931,005.9

註A:1721年の幕府掌握人口。原資料は『三暇謾録』。国別人口の合計(2606万5421人)と総人口(2606万5425人)は合致せず。武家・使用人人口は含まれないほか、様々な計外人口が存在するとみられる。
註B:1750年の幕府掌握人口。原資料は『官中秘策』。国別人口の合計(2584万2337人)と総人口(2591万7830人)は合致せず。武家・使用人人口は含まれないほか、様々な計外人口が存在するとみられる。
註C:1600年の計算人口(単位千人)。鬼頭宏(1974年)の解説に従ってエクセルで私が計算したもので、先進国においては、B x 1.2 x 2.67/3.00 人、中進国においては、B x 1.2 x 1.41/3 人、後進国においては、B x 1.2 x 1.00/3.00 人で求めたもの。百人単位で数値を丸め、千人単位で示す。
註D〜H:鬼頭宏(1974年)による1600年, 1650年, 1700年, 1721年, 1750年の推定人口(単位千人)。百人単位で数値を丸め、千人単位で示す。1721年と1750年の推定人口は、文献値Aや文献値Bを2割増ししたもの(武家・使用人や乳幼児、未成年、被差別階級、無籍人口等の除外人口の補正)。1600年、1650年、1700年の推定人口は、後進国においては推定値Hの1.00/3.00, 1.41/3.00, 2.67/3.00に相当する値、中進国においては推定値Hの1.41/3.00, 2.67/3.00, 3.00/3.00に相当する値(1700年、1750年の推定値は同一)、後進国においては推定値Hの2.67/3.00, 3.00/3.00, 3.00/3.00に相当する値(1650年、1700年、1750円の推定値は同一)ということになる。

鬼頭宏の解説を元に計算した値Cと鬼頭宏の文献に登場する推定人口Dで端数が異なりますが、当時の計算機の問題なのか、単なる計算過程での丸目誤差なのか、もう少し詳しい係数を用いたのか、本当の理由は分かりません。蝦夷に関しては基本となる文献値が異なるようです。

以上より、1600年の推定人口はそれほど複雑な計算によって求めたわけではないことが分かりました。ただ、確かに一部地域では調査結果自体に問題のある石高から人口を求めるよりは、100年以上後の人口データから遡って計算する方が、まだ正確なのかも知れません。

【追記(22:30)】官中秘策による日本全国総人口2591万7830人はこのに載っています。同じ頁によると、この年の石高は2578万6896石余とあります。

一方蝦夷松前の人口は、2万1807人(男1万2466人、女9341人)とありますので、鬼頭宏氏が参照したと思われる人口よりも上の表の人口の方が正しいと思います。

[72093] 2009 年 9 月 29 日 (火) 21:38:26 山野[山野] さん
 廃置分合議案可決(印西市)

(また例の如く、印西市議員さんのブログからの情報。)
本日、印西市議会で印旛・本埜両村との廃置分合議案を可決されたという情報がありました。
印旛村は1日ずれて明日、審議予定に変更されましたが、後気になるのは「本埜村」の動向ですかねぇ。

[72092] 2009 年 9 月 29 日 (火) 20:02:41【2】 はやいち@大内裏 さん
 本埜/長岡

千葉県本埜村議会の第3回定例会がようやく招集されます。

9/29-10/9

本埜村定例会開会で合意
村総務課によると、小川村長は定例会を招集する代わりに、以前から主張してきた合併の是非を問う住民投票の実施を要求、
議会側も了承した。
定例会で、住民投票実施に関する条例案が提出される予定。

c.f.)
本埜村議会定例会条例
本埜村議会の定例の回数は、年、4回とする。
本埜村議会定例会規則
本埜村議会の定例会は毎年3月、6月、9月、12月、にこれを開くものとする。

----
9/29付で長岡市・川口町合併協議会が設置されました。
同時に任意協のアドレスが変更しています。

20:20 訂正

[72091] 2009 年 9 月 29 日 (火) 18:07:24【1】 おがちゃん さん
 田沢湖より浅い市りとり

こんにちは。おがちゃんです。

[72087] 大龍エクスプレス さん
市りとり(表記編)は、2005/10/11時点での最長解には、すべて「原町」が入っているのです。しかも、「原」で終わる市名はたくさん(24市)あるのに対して、「原」で始まる市名は、2005/10/11時点でも、「原町」だけだったので、当然現在、「原」で始まる市名は、1市も無いのです。だから、多分「原」で終わる市名を一番最後にするのがベストだと思うんですが…。
ほぼ全文の引用失礼します。
その通りです。「原」から終わる市名の数に対して「原」から始まる市名が極端に少ないのは、4年ほど前に話題になってます。([45293]EMMさん&[47148]ゆうさん曰く「原町問題」とのこと)

おそらく、現在の所の最新データである2005年10月11日のデータから「原町市」を抜き、他の合併のことを考えずに(考えても考えなくても同じですが)した場合、おそらく、

春日-日向-向日-日高-高浜-浜松-松江-江別-別府-府中-中津-津-津山-山鹿-鹿沼-沼津-津島-島田-田村-村上-上天草-草加-加須-須坂-坂出-出雲-雲仙-仙北-北上-上尾-尾張旭-旭-旭川-川西-西宮-宮古-古河-河内長野-野洲-洲本-本庄-庄原

の42市バージョンが最長記録になると思います。原町市が消えるだけでも大打撃です。
この42市バージョンから増やすためには、数が豊富な「先頭にのみ使える市」と「最後にのみ使える市」周辺(つまり序盤と終盤をどうするのかにかかるのかもしれません。

さて、ただ解説だけを書き込んでいるのもつまらないと思うので、自分で考えてみました。

春日-日向-向日-日高-高浜-浜松-松江-江別-別府-府中-中津-津-津山-山鹿-鹿沼-沼津-津島-島田-田村-村上-上天草-草加-加須-須坂-坂出-出雲-雲仙-仙北-北上-上尾-尾張旭-旭-旭川-川西-西宮-宮古-古河-河内長野-野田-田川-川越-越前-前橋-橋本-本宮-宮古島-島原

というわけで、1時間程度必死に考えましたが、47市が精一杯でした。これ以上はきついかな・・・。ただ、ツッコミなど有りそうですのでぜひとも発見された方はご指摘を御願いします。

ところで、原町問題といえば、「市の輪」([45286]グリグリさん他)にも影響を及ぼしそうですね。[45397]たもっちさんが2006年4月1日のデータで発表されてますが、N=23となっております。さらにいくつかの市ができた現在はどうなっているのでしょうか?

【1】午後10時24分、山野さんの指摘により最初のあいさつ文訂正。

[72090] 2009 年 9 月 29 日 (火) 15:58:57 山野[山野] さん
 法定協設置(松本)

松本市は昨日、波田町との法定協設置案を賛成多数で可決しました。(波田町は17日に可決済み)
信濃毎日新聞

[72089] 2009 年 9 月 28 日 (月) 22:44:26 YT さん
 慶長3年の石高、推定人口

石高の話題が出ているので、せっかくなので慶長3年(1598年)の国別石高と、速水融らによって推定された1600年の人口を表にまとめます。

慶長3年の総石高については史料によって端数が変わってしまうようなのですが、ここでは『大日本租税志』(初版は明治15年)に収録されている『慶長三年検地目録』に従います。また推定人口は、社会工学研究所がまとめた『日本列島における人口分布の長期時系列分析』(1974年)によります。速水融は、信濃国諏訪郡の1671年から1871年までの過去帳の調査により、江戸時代前半には150年間で3倍になるロジスティック関数の成長パターンがあったと類推しており、本書に収録されている推定人口も、1721年以降の推定人口(江戸幕府調査人口に20%上乗せしたもの)から遡って計算したものです。また全国を先進国(山城、大和、摂津、河内、和泉)、中進国(尾張、美濃、伊賀、伊勢、近江、丹波、播磨)、後進国(その他)に分類し、人口成長の開始期をそれぞれ1500年、1550年、1600年と仮定しているそうです。

また人口密度と単位面積石高を併せて載せます。面積は伊能図を元に明治15年頃に算出されたのもので、大隅には奄美群島の面積が含まれています。また蝦夷(推定人口7100人)、琉球、小笠原はここでは除きます。

旧国石高(石.斗升)推定人口面積(方里)面積(km2)人口密度(/km2)単位面積石高(石/km2)
山城225,262.00558,00073.081,127495199.85
大和448,945.50399,400201.423,107129144.51
河内242,105.80247,00043.99678364356.84
和泉141,512.70222,10033.47516430274.13
摂津356,069.10858,10093.631,444594246.57
伊賀100,000.0051,60047.3473071136.96
伊勢567,105.14295,000231.153,56583159.07
志摩17,854.9113,60019.743044558.64
尾張571,737.40312,000104.181,607194355.82
三河290,715.00167,700208.623,2185290.35
遠江255,160.00133,500196.443,0304484.22
駿河150,000.00125,500219.773,3903744.25
甲斐227,616.00124,500289.854,4702850.92
伊豆69,832.0042,000106.111,6372642.67
相模194,304.00124,300128.871,9886397.76
武蔵667,126.00708,500391.636,040117110.45
安房45,045.0063,40034.8653811883.78
上総378,892.00181,400140.692,17084174.61
下総393,255.00227,000206.53,18571123.47
常陸530,008.00262,200334.885,16551102.62
近江775,379.00324,400257.153,96682195.50
美濃540,000.00300,600402.876,2144886.91
飛騨38,000.0028,900268.584,14279.17
信濃408,358.00274,700853.7613,1682131.01
上野496,377.00230,400407.256,2813779.03
下野374,083.80221,700411.776,3513558.90
陸奥1,672,806.00734,4002,956.7645,6041636.68
出羽318,095.00338,5001,289.3619,8861716.00
若狭85,000.0031,20054.7584437100.66
越前499,411.00139,200217.673,35741148.76
加賀355,570.0081,000147.832,28036155.95
能登210,000.0063,100122.721,89333110.95
越中380,298.28125,400266.414,1093192.55
越後390,770.00388,100767.2911,8343333.02
佐渡17,030.0036,20056.348694219.60
丹波263,887.00155,800206.673,1884982.79
丹後110,784.0053,80077.11,1894593.16
但馬114,235.0062,600165.922,5592444.64
因幡88,500.0050,00098.591,5213358.20
伯耆100,947.0056,300125.571,9372952.12
出雲186,650.0094,000181.612,8013466.64
石見111,770.0087,800232.323,5832531.19
隠岐4,980.007,60022.053402214.64
播磨358,534.00311,000238.583,6808597.43
美作186,018.7070,100170.562,6312770.71
備前223,762.00129,20094.251,45489153.93
備中176,929.00127,800156.52,4145373.30
備後186,150.00122,700234.033,6103451.57
安芸194,150.00158,800286.724,4223643.90
周防167,820.00115,800189.22,9184057.51
長門130,660.0090,800201.513,1082942.04
紀伊243,550.00203,300381.175,8793541.43
淡路62,104.0042,80036.7356776109.63
阿波183,500.00134,800271.134,1823243.88
讃岐126,200.00142,900113.741,7548171.94
伊予366,200.00200,000341.565,2683869.51
土佐98,200.00147,300454.997,0182113.99
筑前335,695.00122,800158.632,44750137.21
筑後265,998.00104,40080.871,24784213.26
豊前140,000.0097,100136.632,1074666.44
豊後418,313.00204,800344.115,3073978.82
肥前309,935.00253,200319.84,9325162.84
肥後341,220248,100489.297,5473345.22
日向120,088.4490,200511.47,8881115.23
大隅175,057.2352,600247.363,8151445.88
薩摩283,482.7477,700332.685,1311555.25
壱岐0.005,90044.3368490.00
対馬0.009,3008.81136680.00
合計18,509,043.7412,265,90018,541.14285,9694364.72

『全国石高及び大名知行高帳』と比べると一部異なりますが、上のが標準的に採用されているものです。
なお『全国石高及び大名知行高帳』の後半には江戸内大臣の242万石で始まる目録が入っておりますが、これが何時のものなのかは不明です。たとえば天正十八年諸家領地『慶長三年大名表』にもほぼ同様の数字が載っていますが、天正18年(1590年)なのに上杉が会津だったり、慶長3年(1598年)なのに天正18年に死去した堀久太郎が載っていたりします。おそらく原本は天正18年のもので、後々後世の人が勝手に上杉やら書き入れたり、編集したりしたために訳の分からない状況になってしまったのだと思われますが、自分は日本史の専門家ではないので、詳しいことは分かりません。

ところで1石1人として計算すると、慶長3年の日本の総人口は1850万人ということになりますが、速水融、鬼頭宏らによって江戸時代初期の日本の総人口は1200万人だとする説が主流となりました。ただ江戸時代前半の人口増加率を多く見積もりすぎだとする反論も強く、最近では1600万人に上方修正する見解も復活しているようです。ただ石高から求めるにせよ、当時の越後は39万石で、人口・石高ともに多くはありません。これが江戸時代末期には、人口、石高ともに陸奥全土、武蔵に次ぐ規模へと成長します。

[72088] 2009 年 9 月 28 日 (月) 20:04:46【1】 おがちゃん さん
 100年以上前

こんばんは。おがちゃんです。

そういえば、昨日、横浜の「開国博Y150」が閉幕しましたね。
この掲示板でも、それほど話題に上げられることはなかったのですが、ついに、こんなニュースが。
有料入場者数の予想が500万人なのに対し、実際は120万人ほどしか来ていなかったようです。まぁ、僕の横浜に「半単身赴任中」([71862] )の父は、行ったそうですが、それでも1回だったそうです。やはり見ものな物がイマイチ無かったとか。僕は行ったことがないのでわかりませんが・・・。

ウィキペディアで写真を確認してもクモ型ロボットの展示場所は屋外。確かに、近くにある歩道橋から見物する([71845]みかちゅうさん参照)ということも不可能ではなさそうですね。

[72084] hmt さん
[72085] hmt さん
3倍以上(11) 福岡県 沖縄県 兵庫県 静岡県 宮城県 栃木県 群馬県 茨城県 京都府 宮崎県 奈良県
129年の間に何度もベビーブームが来たり人口爆発したりしていますが、まさかそこまで人口増加しているとは・・・。まぁ、日本の総人口も4倍弱にまで増加していますから、そう考えることはできますが・・・。群馬も、北海道や神奈川、東京には敵いませんが、個人的にはかなりすごいと思います。それにしても、北海道は人口増加がすごいですね。やはり明治時代の開拓がそれほど盛んであったという証でしょうか。ただ、島根県の微増には考えさせられますね。なぜそうなったのでしょうか?
おっと、米の生産量についての話題でしたね。やはりあきたこまちの秋田県が強いですね。しかし、群馬県は「増加率−組」。まぁ、東京に比べればまだマシですが、埼玉に負けているというのが・・・。ただ、増加率ではなく、生産量の単純比較ならばねぇ・・・。ただ、この100年間(もっとか?)、日本人の「米離れ」が進んでいることは確かでしょう。

#この書き込みによって300000文字を突破し中核市になったようです。ひとまず申請書類でも(笑)。

[72087] 2009 年 9 月 28 日 (月) 19:59:37 スカンデルベクの鷲[大龍エクスプレス] さん
 市りとり(表記編)

[72086]おがちゃんさん
市りとり(表記編)は、2005/10/11時点での最長解には、すべて「原町」が入っているのです。しかも、「原」で終わる市名はたくさん(24市)あるのに対して、「原」で始まる市名は、2005/10/11時点でも、「原町」だけだったので、当然現在、「原」で始まる市名は、1市も無いのです。だから、多分「原」で終わる市名を一番最後にするのがベストだと思うんですが…。

[72086] 2009 年 9 月 28 日 (月) 17:32:01【2】 おがちゃん さん
 メンバー紹介文&市りとり

こんにちは(この時間だと迷いますね)。おがちゃんです。

[72072] かぱぷう さん
僕の書き込みのフォローをありがとうございます。
その後、あっちゃんさんは居住地を直されましたが、少々僕の書き込みも影響していたのだと思います。
あっちゃんさん、居住地変更を強要するような書き込みで申し訳ございません。
これからも宜しく御願いします。



さて、ところで、気になっていたので、市りとり(読み編)の調査を2005年12月6日から2010年3月31日までの合併情報で考えてみました。

「前にも後にもつながる市」
南城、志布志、嬉野、三豊、宇陀、常総、伊達(福島)、南相馬、平川、下野、匝瑳、北斗、宮若、中央、奥州、合志、香美、三好、神埼、加東、北名古屋、坂井、南房総、嘉麻、山武、香取、みどり、つくばみらい、小美玉、国東、大崎、弥富、本宮、みやま、木津川、南九州、伊佐、糸島、みよし

「先頭にのみなれる市」
奄美、浅口、天草、あま

「最後にのみなれる市」
南丹、香南、南島原、岩出

「市りとりに使えない市」
朝倉、姶良

それにしても、「ま」で終わる市がやはり多いですね。現在の時点で81市あります。
しかし、「ま」から始まる市はたったの17市のみです。
しかも、「ま」から始まる市は最後にのみなれる市の割合がかなり高く、それを除くと実質上、10回程度しか利用できなくなります。やはり、「ま」から始まる市の使い方をしっかり考えて市りとりをした方が良いのかもしれません。

因みに、本日(2009年9月28日)から2010年3月31日までに市名がなくなるのは「前原」だけですが、舞鶴が有りますし、「る」から始まる市は留萌市のみですから、影響は少ないと思います。

さて、次は市りとり(表記編)です。
2005年10月12日から2010年3月31日までに誕生した(する)市名は、
射水、甲州、紀の川、霧島、南さつま、いすみ、南城、志布志、嬉野、三豊、宇陀、南丹、常総、伊達(福島)、南相馬、平川、下野、匝瑳、北斗、宮若、中央、奥州、合志、香美、香南、三好、奄美、神埼、朝倉、加東、北名古屋、坂井、南房総、浅口、天草、嘉麻、山武、香取、みどり、つくばみらい、小美玉、国東、南島原、大崎、岩出、弥富、本宮、みやま、木津川、南九州、伊佐、糸島、みよし、あま、姶良
の51市となります。

次に、この51市を「前にも後にもつながる市」、「先頭にのみなれる市」、「最後にのみなれる市」、「市りとりに使えない市」の4つに分けてみましょう。

「前にも後にもつながる市」
いすみ、南城、志布志、南丹、平川、加東、坂井、南房総、山武、国東、本宮、木津川

「先頭にのみなれる市」
射水、紀の川、霧島、嬉野、三豊、常総、下野、合志、香美、香南、奄美、朝倉、天草、香取、つくばみらい、小美玉、岩出、弥富、伊佐、糸島、

「最後にのみなれる市」
南さつま、南相馬、北斗、宮若、中央、北名古屋、みどり、南島原、みやま、南九州、みよし

「市りとりに使えない市」
甲州、宇陀、伊達(福島)、匝瑳、奥州、三好、神埼、浅口、嘉麻、大崎、あま

ふう、疲れました。間違いなどが有りそうですが、先頭にのみなれる市が圧倒的に多く、先頭は様々なバリエーションができますが、2市目からがきついかもしれません。それにしても、ひらがな市がふえて、状況がすごいことになってますね。ひらがな市だけでも3、4市は繋げられそうです。

誰かチャレンジしてみてはいかが?(こんなことを言ったら自分がやれと言われそう)

#それにしても、グリグリさんの[72050]のレイアウト調整時に「居住地と出身地のグラフデータ」や「居住地・出身地の都道府県分布」が真ん中中心に広がっていく形式になったのですが、まさかトップページまでそうするとは・・・。
(午後9時50分追記)
と、思いきや、元に戻ってる???一体どういうことじゃ?


ただ、贅沢ばかりで申し訳ないのですが、ニックネーム変更してから自分のパソコンを含める一部のパソコンではトップページの
このサイトは、多数の落書き帳メンバーのご協力をいただいております。ありがとうございます。
という文章の下の「落書き帳メンバー紹介記事の編集の右側で「おがちゃんさん」の最後の「ん」の部分が2行目に行っており、不自然というか何と言うか・・・。ただ、贅沢を言わないで我慢我慢・・・。

[72085] 2009 年 9 月 28 日 (月) 17:19:54 hmt さん
 「47都道府県」区分でみる 129年間の人口増加順位・石高変遷表の増加順位・米の需給順位

129年を隔てた47地域の人口対比表[72084]は 都道府県コード順になっていますが、人口増加比が大きい順は 次のとおりです。

5倍以上(7) 北海道(35倍) 神奈川県(16倍) 東京都(11倍) 大阪府 埼玉県 愛知県 千葉県
3倍以上(11) 福岡県 沖縄県 兵庫県 静岡県 宮城県 栃木県 群馬県 茨城県 京都府 宮崎県 奈良県
2倍以上(10) 青森県 福島県 岐阜県 広島県 滋賀県 岩手県 三重県 山梨県 長野県 長崎県
1倍以上(19) 岡山県 鹿児島県 熊本県 秋田県 山形県 愛媛県 佐賀県 和歌山県 香川県 山口県 大分県 石川県 富山県 鳥取県 新潟県 福井県 高知県 徳島県 島根県
1879年よりも人口が減少した県(0)

北海道に代表される新開地と、首都圏などで著しい人口増加が見られる一方、近世までに既に開発されていた地域は、相対的に低い人口増加に留まっています。

[72066] oki さん 石高変遷の表について、同様に「2007年米収穫量/幕末石高」の比を、大きい順に都府県を列挙してみます。表に記された増減率は、この比から1を差し引き100倍した値です。

3倍以上(6) 秋田県(7.2倍) 青森県(4.9倍) 岩手県(4.3倍) 宮城県 新潟県 栃木県
2倍以上(5) 山形県 福島県 茨城県 千葉県 佐賀県
1.5倍以上(5) 長野県 富山県 香川県 長崎県 熊本県
表に含まれていない北海道 を含む 北日本各県での 著しい米生産量の増加が見て取れます。

以下、広島・大分・徳島・岡山・滋賀・宮崎・島根・埼玉・鹿児島・三重・福井・愛媛・石川・岐阜・兵庫・鳥取の各県が1倍以上、つまり増加率プラスの値。

石高変遷表で増加率マイナス(07/幕末の石高比1倍未満)の府県は、京都・群馬・福岡・静岡・愛知・高知・山口・奈良・山梨・和歌山(0.61)で、減少率では和歌山県が39% になります。
あとの3つの区域は、都市化により米の収穫量が極端に減った地域であり、ここでは米の収穫量を「石高の第1近似」として持ち出すこと自体が適切ではなくなっているのでしょう。
大阪府と神奈川県では減少率70%を越え、東京都の米作はほぼ全滅しています。

ついでに、47都道府県の米の需給順位を求めてみます。

2007年の収穫量[72052]と、データ検索で得られる2007年10月1日現在の推計人口とを用いて計算すると、100石あたりの人口が最小なのは秋田県で、31人でした。
秋田県内の人が1人が1石を消費しても、69%の米を輸出する余力がある米どころということです。

これに次ぐのが山形県43人、新潟県56人、岩手県66人、福島県70人、青森県71人、富山県78人と東北・北陸が輸出余力の上位を独占しています。

米の生産量ではトップクラスの北海道は人口も多いので、139人と18位に留まります。
収穫量あたりの人口が多い、つまり米が自給できない地域の筆頭はもちろん東京都です。以下、神奈川県・沖縄県・大阪府と、この4都府県が100石あたり数千人以上と、輸入に頼る地域の中でも群を抜いています。

昔のデータ(幕末石高と明治12年人口)を用いて同様の順位を求めてみると、100石あたり63人の福島県がトップで、以下、山形県・滋賀県・福井県・栃木県・福岡県・茨城県と続きます。
1世紀余の昔には、米の供給地域は東北・北陸一辺倒でなかったことがわかります。

現在の米どころ、新潟県や秋田県が45地域中の26位・27位に留まっていたことは意外でした。

最下位は人口の多い東京ですが、幕末石高[72066]は29.7万石あり、100石あたり384人と、2007年のように群を抜いた値ではありません。

[72084] 2009 年 9 月 28 日 (月) 17:07:41【2】 hmt さん
 昔の人口表を 「47都道府県」で 区分けしてみる

“お金”として位置づけられていた「米」。その生産量に換算して所領の“経済規模”を表わす「石高」。[72082]Issie さん
水田、畑地、宅地の面積に単位当たり収量(石盛)を乗じ、総計して石高を決定。[58062]oki さん

[72066] oki さんが府県別の幕末石高算定に用いた歴博の「旧高旧領取調帳データベース」を覗いてみると、町場も相当の石高で評価されており実際の米の収穫高とは異なるものであることがわかります。例えば、武蔵国入間郡川越町は 2398石。
三富新田[42697]の一部である入間郡中富村は 873石。水田のない台地の村ですから、畑地の生産物を「米に換算して」評価した石高であると理解することができます。
しかし、経済価値のすべてを漏れなく評価しているわけではないようで、例えば同じ武蔵国でも、秩父郡には三峯村の「0石」など、評価の低い山村が並んでいました。

「石高」とはこんなもので、「米の収穫量」そのものではないことはわかりましたが、近代産業が発達するまえの日本においては、やはり中心となる産業は米作であり、「石高の第1次近似」として米の収穫量を使ってみることは、一応の意義があることと思います。

そして、米といえば、その消費量を決めるのは「人口」です。
このような前提をふまえて、石高や米の収穫量と人口統計とを関連付けてみます。
そして、現代との係わりで地域を考察するには、「47都道府県」の区分けによるデータが好都合となります。

[72066] oki さんは、旧高旧領取調帳データベースに収録された幕末の石高を、現在の都府県別(北海道と沖縄を除く45都府県)に集計し、提示されました。
私は幕末の人口データを持っていないし、oki さんのように膨大なデータを集計する根性もないのですが、時代が少し違うことには目をつぶって、明治前期の人口データを、「47都道府県」の区分けにより集計してみようと考えました。

明治前期の人口データならば、[63483] oki さんに紹介していただいた 歴史地域統計データ を利用することができ、Excelファイルですから集計も容易です。
…と言っても、明治5年の3府72県時代の府県別人口では、県の範囲が違いすぎて、現代との比較ができません。

明治12年になると、郡区別の人口統計があります。これを使えば、その後に実施された府県の領域の変化を修正して、現代の都道府県に相当する区域のおよその人口を求めることができそうです。

明治13年以降に誕生した徳島・福井・鳥取・富山・佐賀・宮崎・奈良・香川各県に相当する領域の人口は、これに伴なって領域の変更された高知・滋賀・島根・石川・長崎・鹿児島・大阪・愛媛各府県の人口と共に、該当する郡の人口を集計することで求めることができます。

諸県郡[66916]だけは、その一部が鹿児島県に残ったので、明治17年のデータを参照して、宮崎県と鹿児島県とに按分します。
その他に、郡ごと府県間を移った東蒲原郡[69172]と三多摩[33700] [54421]も、もちろん修正します。
僅かですが、明治12年当時は内務省直轄だった小笠原[26683] の人口も、東京都に算入します。

マイナーな県境変更は、戦後の事例[54264]を含めて多数ありますが、郡単位になっている明治12年データでは取り扱うことができず、すべて無視します。

その結果得られた明治12年の人口(現代の都道府県領域別)を、[72066]に倣って現代の値と比較します。
比較値は増減率でなく、平成20年推計人口/明治12年人口の比で示します。

都道府県1879年人口2008年推計
北海道158,6155,542,74034.94
青森県468,5171,394,8812.98
岩手県592,2941,352,3872.28
宮城県616,8812,343,7673.80
秋田県621,1301,109,0851.79
山形県681,1801,189,1521.75
福島県789,1012,055,4962.60
茨城県887,9572,968,3963.34
栃木県570,8432,014,6503.53
群馬県573,9842,012,8163.51
埼玉県929,9397,137,4347.68
千葉県1,099,6766,147,3475.59
東京都1,139,95312,898,93911.32
神奈川県568,6058,956,80415.75
新潟県1,546,4772,395,1391.55
富山県680,2531,101,2921.62
石川県719,0711,169,1671.63
福井県570,019812,4791.43
山梨県391,123872,7242.23
長野県986,0772,173,2482.20
岐阜県831,8872,098,1312.52
静岡県980,7663,798,2583.87
愛知県1,295,4527,398,3275.71
三重県834,8931,869,6692.24
滋賀県613,3611,401,0732.28
京都府814,2582,635,1343.24
大阪府1,075,1348,833,7778.22
兵庫県1,370,7205,596,4494.08
奈良県458,8841,405,0743.06
和歌山県602,0751,012,3971.68
鳥取県374,009594,9151.59
島根県660,572725,2021.10
岡山県1,001,2201,948,6791.95
広島県1,207,9472,870,0372.38
山口県875,6071,464,5661.67
徳島県640,006794,1891.24
香川県598,8691,003,0041.67
愛媛県833,8061,444,2881.73
高知県545,758773,9611.42
福岡県1,087,6045,060,7114.65
佐賀県501,062855,6761.71
長崎県691,0721,441,4512.09
熊本県981,3411,822,1551.86
大分県728,1151,201,7151.65
宮崎県369,1351,136,8333.08
鹿児島県886,3991,720,0171.94
沖縄県310,5451,377,7084.44
合計35,762,192127,931,3393.58

129年を隔てた47地域の人口増加順位は、次に記します。

【追記】 47地域合計を追記。
なお、明治12年(1879)の道府県人口は、戸籍を元にしているので、外国人を含みません。
皇室を含む総人口35,768,584人と記されている日本の明治12年総人口には、在外日本人が含まれているものと思われます。
このように 129年前の人口は、国勢調査にもとづく現代の人口とは、ベースが異なるものであることをお断りしておきます。

[72083] 2009 年 9 月 28 日 (月) 10:28:53 miki さん
 最後の前原市長選

そういえば、昨日は最後の前原市長選がありましたね。
任期は3ヶ月ほどですが...。
http://senkyo.on.arena.ne.jp/
HPの方には糸島市までのカウントダウンが...。
http://www.city.maebaru.fukuoka.jp/

[72082] 2009 年 9 月 28 日 (月) 02:28:30【2】 Issie さん
 120万石だったのは3年足らず

…というわけで行ってきました,「羽」方面。
2泊3日という駆け足だったので,行ったところは [72042] のとおりの「港町」と,あともう1つは,16世紀末からの100年間に 45万石(推計)→55万石→120万石→30万石→15万石 とジェットコースターのように所領の石高が激しく上下したさる外様大名の城下町。
わずか半日足らず歩いて回っただけなので,たいして物を見ていないのですが,城下町についてはまた改めて。

で,今話題になっている「石高」について。話の流れからすこしはずれるのですが,ついでながらご参考までに。

[72052] ニジェガロージェッツ さん
「石高」
良く聞く言葉です。
時代劇,特に「戦国もの」を見ていると必ずと言ってよいほど出てきます。

出てくるとしたら,特に“全国の大名”について述べられるとしたら,それは実のところ「戦国時代」が終了して豊臣政権が確立して以降のことになります。“米の(期待される)生産量”に換算して所領の大きさを表す「石高制」が全国的に適用されるのは,全国を統一した豊臣政権下で行われた太閤検地による,と理解されているからです。
上の文章で「推計」としたのは,当時の“御屋形様”はもっとも代表的な戦国大名の1人ですが,この御屋形様の時代,その家中では「石高」で所領の大きさを測るということが行われていなかったので,正確な数字がわからないからです。次の「55万石」という数字は,彼の“養子”が激しい跡目争いを経て後継者となった後の数字として「角川日本史辞典」の巻末表にのっているものなのですが,どの時点の数字なのか,ちょっとよくわかりません。
ともかくこの大名家は“天下分け目の決戦”で負け組に属してしまったばかりに,戦後所領を“4分の1”に削られたわけですが,実は120万石だったのはごくわずかの期間でしかなかったから,言われるほど厳しかったかどうか…。むしろ痛かったのは,御屋形様が突然死去して“お家断絶”となるところを,幕府の計らいで養子を迎えて存続を許される代わりに,領地を半減されたときの方かもしれません。おまけにこの養子,実父は世間の評判とは違って地元では名君とされているのに対して,実父ほどの評判もなく,お家(藩)の財政に重い負担を残した,などとあまり評判がよくありません。「討ち入り」で買った不評は,実は御屋形様,あるいはこの家中に非があったわけではないらしいのですが。

いや,話を戻して,
「石高制」が成立する前,一部の戦国大名では「貫高制」と呼ばれるものが採用されていました。南関東を支配した(後)北条氏が代表的ですが,室町幕府でも採用されていたらしい。
「貫高制」とは,つまり所領の大きさを「貫」で表現するものですが,その「貫」とは,当時流通していたお金の単位です。だから,「貫高制」とは所領の大きさを“お金”に換算して表現するシステムだったのですね。
当時の日本は“経済先進地域”である畿内をはじめとする西日本を中心に貨幣経済が十分に発達していました。経済的には後進地域である関東でも,北条氏が貫高制を採用しているように,貨幣経済の中に組み込まれていたのでしょう。もはや,平安時代のような“現物経済”の時代ではない。
そこから見ると,“米の生産量”を基準とする「石高制」は一見,現物経済に逆戻りしたように見えますが,実はそうではありません。ここでは米が“お金”として位置づけられているのです。

貨幣経済が発展していった中世日本において流通していたのは中国から大量に輸入され続けていた銅銭でした。後に天下人になるとは想像もつかない藤吉郎少年が家を出るときに携えていたものも,(フィクションですが)「忍たま乱太郎」で きり丸少年 が“目の色(形?)をかえて”拾い集めているのも,中国から輸入された 永楽銭(永楽通宝) ですね。この中国から大量に供給される輸入銭が,中世日本の貨幣経済の発展を促しました。「貫」とは,この銭1,000枚分をまとめた(糸に通した)ものです。ただし,実際にはピッタリ1,000枚ではなく少し少なめ(960枚)を「1貫=1,000枚」として取引する習慣がありました。
ところが16世紀に入って,この中国からの銅銭の供給が激減しました。世界全体の経済環境の激変が背景にあるようですが,ともかく輸入銭に大きく依存していた日本では通貨の流通が滞って,経済の上で困難な状況が現れました。国内では欠けたり割れたりした質の悪い銭(ビタ銭)なども流通し,それを政権側が制限することが繰り返されますが,あまりうまく行かない。
そこで,普遍的な価値を持ち,供給も安定しており,さらに(少なくとも)金属塊ないしは金属片である銭と同等以上にはかさばらないものが“お金”として取引されるようになりました。それが“お米”。
銭による「貫高制」から,米による「石高制」への転換の背景には,このような経済上の理由もあります。

つまり,ここでは「米」は単なる生産物あるいは食糧ではなく,“お金”として機能しています。だから「石高」が表すのも,単なる生産高ではなく,それぞれの所領の“経済規模”なのですね。幕藩体制の下,それぞれの大名(藩)・旗本家,あるいは幕府自体も,それぞれ“独立採算”を旨とする「企業体」です。「石高」とはそれぞれの“企業体”の財政規模を表す指標,などと言い換えることもできるでしょう。
ところが,その“お金”としての米の価値は,江戸時代を通じた経済発展の中で徐々に下落していきます。それでも,上は大名・旗本から,幕府や各大名家(藩)の下級武士に至るまで,その収入額は米(というお金)で表されていました。
たとえて言えば,世間では“円(¥)”というお金が通用しているのに,彼らの収入は“米ドル($)建て”で支給されているようなもの。戦後日本の経済発展の結果,ほぼ一貫して米ドルの円に対する価値は下落し続け,かつては1ドルで360円と交換できたのに今では100円とも交換できない。米ドル建てでもらっている給料も預金も,円に換算すると目減りする一方…。それと同じです。
“米(こめ)建て”の幕府・大名以下,武士たちの収入は,米価の下落の結果ほかのものに対して目減りするばかり。一方で物価が相対的に上昇するから支出は増えるわけで,彼らが経済的に困窮するのは当然です。
そこで,困った幕府や大名が盛んに進めたのが「新田開発」。米の増産とは,単なる食糧の増産ではなく,“お金そのもの”の増産なのです。公称される石高(表高)に対して“実高”をいかにあげるか,というのは,それぞれの経済運営に直結することなのですね。

[72071] hmt さん
明治6年に行なわれた県の統合[36081]に際しての太政官布告を読むと、“地所物成等”を新しい県へ引き渡せと命じています。
この“物成”が「生産物」すなわち管轄地の「経済力」であり、その指標が「石高」であったわけですね。

明治4(1871)年7月14日の廃藩置県後,実際の府県が編成されるのはこの年の秋に行われた全国的な府県再編でああたわけですが,このとき各府県の範囲を区分するにあたって考慮されたのは,それぞれの「石高」をできるだけ均等にする,ということであったそうです。
石高が単に食糧生産力を表しているだけではなくて,それぞれの「財政規模」の指標でもあるからなのですね。

明治6(1873)年の 地租改正 によって,課税の基準が“米の生産量”から“土地の財産価値”に変わり,米もまた“お金”としての役割を離れて他の農産物と同様に市場で自由に売買される“商品”に変わります。もっとも,戦時中から戦後ずいぶん遅くまで米の流通は“自由経済”とは違う形をとっていましたが,それでももはや“お金”ではない。
そのあたりに,江戸時代の「石高」と現代の「米の生産量」とを,もしかしたら単純に比較できない“何か”があるかもしれません。

ついでの余談。

[72078] hmt さん
宮沢賢治の「雨ニモ負ケズ」に登場する“一日ニ玄米四合”は、365日では 219kgになります。

全然別の話ですが,主にエコロジカルな立場から“自然との共生”のような文脈で宮沢賢治が話題に出されることがよくあるけれども,この人自身は「近代農法」を学んだその方面の専門家なんですよね。別に「有機農法」の立場ではない。
「グスコーブドリの伝記」では人工降雨で化学肥料を降らせる,なんてエピソードが語られています。クライマックスの火山を噴火させ,大気中の炭酸瓦斯(CO2)を増やして冷害を防ぐ,というお話,温暖化でよく引き合いに出されるそうですが,今の温暖化問題から見てこの手法そのものはどうなのか。
何か,宮沢賢治が本人とはだいぶ違った形で称賛されているような気がしないでもありません。もっとも,“歴史上の人物”とは,たいていそんなものですが。

[72081] 2009 年 9 月 27 日 (日) 22:27:28【1】 山野[山野] さん
 栃木市/岩舟町

仕切り直しで、現在協議中の1市3町は来月7日の第2回目の協議会で協議事項が確認され次第
引き続き合併協定書に調印する方針との事。下野新聞

本日実施された、リコールに伴う岩舟町の出直し町長選ですが推進派の方が当選されました。
これにて、佐野市との法定協は再開される可能性が高いです。
下野新聞

[72080] 2009 年 9 月 27 日 (日) 19:09:49 いっちゃん さん
 アイデンティティー&ブラタモリ

[72064]hmtさん
なるほど。鹿児島県の基本ソフトをプレインストールされた「いっちゃんマシン」にスイッチが入れられた地は川崎だったが、栃木県小山市でさまざまな応用ソフトが導入され、小山の環境でアイデンティティーが形成された。
そうです!今まで私の出自・来歴・DNAについて他人どころか自分に対してもうまく説明できなかったのですが、この喩えは非常に的を射ております。今後問われた際にはこのフレーズを使わせていただきます。

[72079]hmtさん
昨年12月に放送されたタモリの街歩き番組。好評につきレギュラー化とのことです。
NHKで毎週木曜日午後10時。
実は10日ほど前、都内某所(ちなみに第1回放送の早稲田界隈ではありません。第2回以降の訪問地が公表されていないのでひとまず内緒)にてこの『ブラタモリ』のロケに遭遇いたしました。はじめ『タモリ倶楽部』のロケだろうと思ったのですが共演者を見てもしかして『ブラタモリ』?と。その後NHKのHPでレギュラー化されることを知りました。
仕事の性質上、放送曜日・時間にテレビを見ることは月一回あるかどうかなので専ら録画することになりそうです。

[72079] 2009 年 9 月 27 日 (日) 12:42:19 hmt さん
 ブラタモリ

[67586] いっちゃん さん
古地図片手に明治神宮・原宿・表参道界隈をぶらぶら歩くものなのですが、なかなか面白かったです。
トライアルとのことですが、是非ともレギュラー化して欲しいものです。
[67594] hmt  原宿・神宮前・表参道

昨年12月に放送されたタモリの街歩き番組。好評につきレギュラー化とのことです。
NHKで毎週木曜日午後10時
第1回の「早稲田をブラタモリ」は、10月1日です。

[72078] 2009 年 9 月 27 日 (日) 12:13:46【1】 hmt さん
 食生活の変化・政策の変化

[72076] ニジェガロージェッツ さん
日本人の食生活が変わったとはいえ,(中略)「まかない率」45.4%でちょっと怖い数字です。

自らを省みても、食生活が変化していることは実感していますが、国民1人当たり消費量推移の統計 を見ると、最近40年余の様変わりに驚きます。
統計(単位kg)からも確認できるように、米の消費は確かに半減しています。
1人あたり年間 4斗5升(玄米68kg)という生産量は、59kgの消費をまかなって余りある数字です。

【追記】
参考までに、宮沢賢治の「雨ニモ負ケズ」に登場する“一日ニ玄米四合”は、365日では 219kgになります。
1941年からの 米穀配給基準量 の標準値は、1日あたり330gで、これを2合3勺と呼んでいました。4合配給を受けることができたのは、炭坑夫など特別の重労働者だけでした。
余談ですが、戦後間もない食料不足の時代。教科書に採用された「雨ニモ負ケズ」は、文部省の手により“一日ニ玄米三合”に減らされていました。

それはさておき
生産量が食用消費量よりも多いのは、加工用米があるからでしょう。菓子類は輸入米が多いとしても、日本酒の原料としての国産米の地位は、ゆるぎないものでしょう。

消費量推移の統計に戻ると、小麦は横這い。米食からパン食に変ったわけではないようです。
急増したのは、肉類・鶏卵・牛乳・乳製品という畜産物。いつの間にか、日本人は肉食人種になっていました。魚介類は横這い。
油脂類の増加にも驚きました。メタボリックシンドロームという言葉が流行るわけだ。

1965197519852008
111.788.074.659.0
小麦29.031.531.731.1
肉類9.217.922.928.5
油脂類6.310.914.013.9

ピーク時に近い昭和44(1969)年の都道府県別水陸稲の生産量 平成19(2007)年と比較

需要減少に伴ない、38年間の米の生産量変化は全国的にマイナスですが、その中でも地域差が見えます。

都市化により1万石を割った東京都[72060]は別として、沖縄県の米作は、超早場米という利点がある反面、害虫発生では厳しい面があったようです。
1970年代というと、北部製糖の事業が拡充された時期で、サトウキビへの作付転換が進んだのでしょうか。

減少率を小さな値に食い止めたのは秋田県。
琵琶湖に次ぐ面積を持つ八郎潟を干拓して、大規模な米作地帯を実現させた 大潟村 [37037] の誕生は、水稲生産量ピーク(1967年)の3年前のことでした。

食糧増産から減反政策へ。環境の変化に伴なう政策転換は、昨今の八ッ場ダムに限らず、問題を問いかけます。

[72075]の表を見ると、西日本の各県は、軒並み40%以上の減少になっています。
境界である糸魚川静岡構造線の影響とは思われませんが(笑)。

[72077] 2009 年 9 月 27 日 (日) 11:54:12 白桃 さん
 秋田県第二の都市は?

昨晩、「長岡京?太郎のトラブルミステリー?」を見ていたら、十津川(村)警部の科白だかナレーションだかに、「大館市、この秋田県第二の都市に、彼は何の用事があったのだろう・・・」というのがありました。
大館が秋田県第二であろうが、第三、第四、第五であろうが、ドラマの筋には全く影響がないと思われるのに、なぜこんな台本が用意されたのだろうか・・・。
それはともかく、人口的には今は横手市が秋田県第二位ですが、落書き帳の皆様だったらどこを挙げるのでしょうか。昨年のオフ会の際に、大館駅から東大館駅まで歩いて町並みをじっくり眺めましたが、非常に微妙というか中途半端な都市のような印象を受けました。
未だ訪れたことがないのでなんとも言えませんが、白桃の少年時代なら、横手、大曲、大館を完全にオサエコンデ、「第二の都市は能代で決まり」でしたが・・・。

[72076] 2009 年 9 月 27 日 (日) 08:49:09【1】 ニジェガロージェッツ さん
 総人口と総石高のバランス

[72075]を投稿したあと,よくよく考えてみれば,1石=1人分の1年間の消費量([39982]中島悟さん)ですから,人口と石高が大体同じ様な数であれば,バランスが取れているということでした。

[72071] hmt さん
入間県(現在の埼玉県の西半分)は、人口41万人、石高約40万石でした。当時は1人が1年に1石を食べていたとすると、この県ではほぼバランスがとれていたことになります。

幕末期の人口と石高は[67156]YTさんの記事によれば,人口26,907,625人に対して石高30,435,170石でした。
返還前の沖縄を含む昭和45(1970)年の国勢調査によると104,665,171人に対して[72075]では93,427,000石(米だけの石高)ですから,こちらも釣り合いが取れています。
日本人の食生活が変わったとはいえ,2008年人口127,931,339人(都道府県の基本データ)に対して58,093,000石では,「まかない率」45.4%でちょっと怖い数字です。ニュースなどでは米の自給率は100%と言われていますが・・・。

[72075] 2009 年 9 月 27 日 (日) 00:26:25【1】 ニジェガロージェッツ さん
 最盛期石高

[72066] oki さん
[72071] hmt さん
個人的な思いつきによる,お遊びにお付き合いいただき,恐縮です。
[72052]については,それを書きながらも,あまりにもふざけた記事になり,okiさんをはじめ過去記事を引用させていただいた諸兄にも失礼な気がして,少しばかり恥ずかしく感じておりました。
単純に米の生産高を150で割ると言う,極めて低レベルのデータ処理ですが,やってみたところ結構面白い結果が出てきたので投稿させていただいたのですが,[72066]okiさんには幕末の石高を現在の都道府県の区画にあわせて算定の上(かなりの手間であったと推測します),分析していただきました。
また[72071]hmtさんからもご考察とフォローを加えていただきました。
深く感謝申し上げます。

1石 = 150kg という換算式が,精白工程の歩合の考慮を含め,どこまで正しいものかは,残念ですが,私には証明の術を持たないので,ここは本当に「お遊び」と割り切って信用するしかありません。ですが,たまにはこういうデータ遊びも楽しいもので,息抜きには持って来いです。
和歌山県の07年米石高が24万9千石とは,紀州徳川藩56万石に比べて少ない気がしたのですが,紀伊国が今の三重県南部(東紀州地域)を含むばかりか,紀州徳川藩は更に北の伊勢国南部まで領有していたので納得。[72066]okiさんのデータには和歌山県の幕末石高は40万8千石とあり,和歌山県といえば稲作以外にも柑橘類や梅が名産で知られ,水産まで含めば捕鯨さえも無視できない数値かとも推測します。

[72060] JOUTOU さん
引越しお疲れ様です。我が家も震災以降,避難生活から再建だ,再開発の立ち退きだ,仮設だ,・・の近所での細かな引越しを毎年のようにやらされました。「細かな引越し」とは言え,家財の持ち運びに程度の差は無く,まあ,身の回りの整理にはなりましたが
人口1200万人余も有しながら小大名にも及ばない“旗本”東京都民ですが・・・(笑)
[39973]kenさんの「1万石=1000人」説から逆算すると,東京1億2千万石?

[72066] oki さん
ところで皆さんは、普段どの地域の米を食べられてますか。
私は元々北海道の「キララ397」が好みですが,最近はスーパーで安く売られている播但淡3国に摂丹2国の一部,備作の極々々一部を加えた地域で収穫された米が結構おいしく,日々味わっております。(ストレートに「兵庫米」とか「兵庫129万石」と表記しようものなら,播州,特に姫路周辺の住民から激烈なる敵意を買いそう)

幕末(1870年頃)から2007年までおよそ140年の間に、全国の石高は7割増加
「米食離れ」とか「減反政策」とか,大体の察しはついていたのですが,水稲の生産量のピークは40年以上前の過去にあります。具体的には昭和42年の1426万トンです。農林水産基本データ集
小生が中学校の社会科の授業で使っていた当時の帝国書院地図帳の巻末に,ピーク時に近い昭和44(1969)年の都道府県別水陸稲の生産量が載っていました。[72052]と同様に石高を計算し,平成19(2007)年の米の石高と比較してみます。分かっているとはいえ,結構ショッキングなデータです。
都道府県収穫高(t)69年石高(万石)07年石高(万石)石高増減増減率%
全国14,014,0009342.75809.3-3533.4-37.82
北海道933,800622.5402.1-220.4-35.40
青森489,400326.3199.4-126.9-38.88
岩手468,300312.2206.3-105.9-33.91
宮城605,400403.6272.0-131.6-32.61
秋田638,700425.8366.3-59.5-13.97
山形574,300382.9279.7-103.2-26.95
福島546,000364.0296.8-67.2-18.46
茨城501,900334.6269.3-65.3-19.51
栃木453,600302.4240.5-61.9-20.48
群馬173,200115.560.0-55.5-48.04
埼玉288,600192.4116.8-75.6-39.29
千葉396,900264.6219.1-45.5-17.21
東京11,6007.70.5-7.2-93.27
神奈川47,90031.910.7-21.2-66.39
新潟868,000578.7433.7-144.9-25.05
富山353,300235.5141.0-94.5-40.14
石川241,600161.191.3-69.7-43.29
福井222,300148.293.9-54.3-36.66
山梨56,50037.719.9-17.8-47.26
長野381,500254.3149.6-104.7-41.18
岐阜242,200161.579.8-81.7-50.58
静岡190,300126.962.1-64.8-51.08
愛知296,600197.7106.7-91.0-46.02
三重269,700179.8104.2-75.6-42.05
滋賀290,500193.7117.1-76.6-39.55
京都133,30088.954.5-34.3-38.63
大阪70,00046.720.5-26.2-56.14
兵庫342,700228.5129.3-99.1-43.39
奈良98,30065.533.1-32.5-49.54
和歌山82,70055.124.9-30.2-54.78
鳥取137,80091.944.7-47.2-51.38
島根219,800146.564.2-82.3-56.19
岡山333,400222.3116.1-106.2-47.78
広島301,800201.292.4-108.8-54.08
山口273,500182.377.5-104.9-57.51
徳島111,70074.544.3-30.1-40.47
香川154,500103.049.4-53.6-52.04
愛媛173,300115.552.5-63.1-54.59
高知131,80087.941.4-46.5-52.88
福岡447,900298.6129.3-169.3-56.69
佐賀277,600185.194.4-90.7-48.99
長崎124,20082.845.9-36.9-44.52
熊本380,600253.7140.2-113.5-44.75
大分232,500155.085.1-69.9-45.08
宮崎194,400129.652.1-77.5-59.83
鹿児島238,100158.777.1-81.6-51.41
沖縄10,9007.31.9-5.3-73.58

何これ?と言うような,恐ろしい数字が並んでいます。関が原で敗れた西軍諸大名家も愕然とするほどの大減俸です。幕末の日本一国分が吹っ飛んでいます。あまり米を食べなくなった日本人が最大の原因でしょうが,ちょっと考えさせられる数字です。ねぇ,G民党さん。

訂正【1】
全国の1969年収穫高(t)は上記表の47都道府県を合計すると14,012,900tになりますが,データの出所である帝国書院「中学校社会科地図」-昭和48年発行- には全国計14,014千tと記されていましたので訂正しました。石高以右の全国値も同様に修正しておきました。

[72074] 2009 年 9 月 26 日 (土) 13:28:00 山野[山野] さん
 合併検討以前の問題

五所川原市と鶴田町の合併検討会ですが、町側の態度が今一宜しくなく
特例法期限内は困難になりましたとさ。
そもそも、期限内合併(時間が無い)を今頃申し込むのは初っ端から無謀だったのではないでしょうか。

[72073] 2009 年 9 月 26 日 (土) 11:09:40 千本桜 さん
 富来・西海の冠称

志賀町に移行した旧富来町域の住所は、自治体+大字+小字+番地で機能しますから、理論的には地区名(明治22年から昭和29年までの村名)を付さなくても住所として成り立ちます。しかし、実態は地区名を付す地区もあれば付さない地区もあって、統一されていません。。
1・富来地区は大字名の前に地区名「富来」を付す
2・西海地区は大字名の前に地区名「西海」を付す
3・福浦地区は地区名を付さない
4・熊野地区は地区名を付さない
5・稗造地区は地区名を付さない
6・東増穂地区は地区名を付さない
7・西増穂地区は地区名を付さない
8・西浦地区は地区名を付さない
富来地区は大字名の前に地区名「富来」を付けます。西海地区も大字名の前に地区名「西海」を付けます。しかし、福浦・熊野・稗造・東増穂・西増穂・西浦地区は大字名の前に地区名を付けません。どうして、こんなふうになったのでしょう。それが話題の発端でしたね。これに関しては、EMMさんとokiさんが「富来」「西海」の冠称を考察しておられますが、いずれも現段階では推測の域を出ておらず、明確な答えに至っていないようです。お二方にしてそうなのですから、私などには難しすぎて分かるはずもありません。思いますに、合併がらみの住所取り扱いは、往々にして論理よりも情緒に左右されたりするものです。情緒に左右されて決定したものを当事者不在のままあれこれ考えても、結局は推測の域を出ないで終わるでしょう。いっそのこと、当事者の町役場に問い合わせてみたらいかがでしょう。たった4年前のできごとですから、いきさつを憶えている方もおられるはずです。ただし、「富来」「西海」の冠称理由が明らかになったとしても、なぜ他の地区は地区名を冠称しないのかという疑問が残ります。それに対しては、「他の地区からは地区名の冠称要望がなかったから」という、あっさりした他人事のような答えが返ってきて肩透かしを喰らいそうな気がします。ですから、仮説→検証→考察などと堅苦しいことを言わずに肩の力を抜いて、もっと自由に地域を考えることを楽しみましょう。私は、そのようにします。

「富来・西海地区」と「他の地区」の扱いが異なるということは、両者に何らかの地理的相違があってのことかも知れません。地形図を用いて相違点を探してみたいと思います。最初に、次の手順で五万分の一地形図に各種境界線を描き入れます。
1・五万分の一地形図4面「剣地」「穴水」「富来」「七尾」を接合して1枚の地形図にします。
2・地形図に描いてある旧富来町の境界線を太く赤い線でなぞります。
3・Yahoo! 地図などを参照して、地形図に大字の境界線を細く赤い線で描き込みます。
4・富来・西海・福浦・熊野・稗造・東増穂・西増穂・西浦地区の境界を太く赤い線でなぞります。
5・各大字の機能中心地点を探し出し、それぞれの位置に赤い点を落します。
こうして、地形図に自分の手で境界線を描き進むうちに、大字の領域と集落の関係が見えてきます。小さな村落が多い中、小規模ながら町並みを形成している集落も見られます。赤崎、風無風戸、酒見、地頭町領家町高田、福浦港などです。このうち、赤崎、酒見、福浦港の町並みは、それぞれの帰属大字にすっぽり収まって、他の大字にハミ出ていません。ところが、風無と風戸の町並みは途切れることなく連続し、大字界を跨いで一つの町並みになっています。同じように、地頭町、領家町、高田の町並みも連担して、三つの大字に跨がって一つの市街地を形成しています。このような場合、藩政村や大字と言ったククリではククリ切れない別種のククリ感覚が生まれるはずです。

町の場末の縄のれんで、鳥羽一郎さん、金井克子さん、瀬川瑛子さん、ちあきなおみさんが、「浦霞」「一ノ蔵」を注ぎながら、「富来」の話で盛り上がっています。三重県出身の鳥羽さんが、宮城県の酒を呑んでも、富来の話をしても、よそ者が出過ぎるな、などと言う人は誰もいません。ちょうちん一つ、椅子五つ、他人の肩も気にならぬ。そんな小さな居酒屋での会話です。
【鳥羽一郎】俺は、♪「兄弟船」を唄うたび、風無と風戸の村を思い出すんだ。
【金井克子】♪「波の谷間に 命の花が ふたつ並んで 咲いている」という歌でしょう。「命の花」ってなに?。
【鳥羽一郎】「命の花」とは、風無と風戸ことさ。二つは兄弟のように繋がって海辺に張り付いているだろう。
【瀬川瑛子】ほんとだわ。風無と風戸の家並は連続しているのね。
【ちあきなおみ】そーね。風無と風戸は二つで一つなのね。もう切り離せないという感じ。タンスにゴンだわ。
【鳥羽一郎】だから、風無・風戸を一つにまとめて表わす呼び名が必要なんだ。それが西海さ。
【瀬川瑛子】私はね、♪「命くれない」を唄っていると、地頭町と領家町が浮かんでくるのよ。
【鳥羽一郎】♪「生まれる前から 結ばれていた そんな気がする 紅の糸」か。地頭町と領家町を表わしてるね。
【金井克子】地頭町と領家町も二つ併せて一つの町場になってるわ。まるで夫婦の関係ね。
【鳥羽一郎】♪「だから死ぬまで ふたりは一緒」というわけか。
【ちあきなおみ】そーね。地頭町と領家町も二つで一つよね。高田を加えると三つで一つ。タンスにゴンだわ。
【鳥羽一郎】だから、地頭町・領家町・高田を一つにまとめて表わす呼び名が必要なんだ。それが富来さ。
【ちあきなおみ】私の歌に♪「さだめ川」というのがあるけど、知ってる?。
【瀬川瑛子】♪「あなたの愛に 次の世までも ついて行きたい 私です」という歌でしょう。
【鳥羽一郎】「次の世までも・・・」って、富来町が消滅して志賀町に移行することを暗示してるね。
【ちあきなおみ】そーね。富来町がなくなっても、風無と風戸は西海というククリの中で結ばれていたいのね。
【瀬川瑛子】そーよ。志賀町になっても、地頭町と領家町は富来というククリの中で結ばれていたいのよ。
【鳥羽一郎】もしもだよ、風無と風戸の町並みが山で断絶されていたなら、どうなるだろう。
【金井克子】そのときは、♪「他人の関係」よ。♪「あなたはあなた そして私はわたし」という感じね。
【鳥羽一郎】風無は風無、風戸は風戸か。すると「西海」というククリ感が弱まるだろうな。
【瀬川瑛子】地頭町と領家町の町並みが農地や山林で分断されていたなら、どうなるの。
【金井克子】もちろん、♪「他人の関係」よ。♪「地頭は地頭 そして領家は領家?」という感じね。
【ちあきなおみ】そーね。地頭町や領家町の前に「富来」を付けたいという気持も薄らぐわね。
【瀬川瑛子】結局、「富来」「西海」を付けたのは、大字と集落の関係にも原因がありそうね。
【鳥羽一郎】まあ、少しはね・・・。そんなところだろう。
こうして、地理談義に盛り上がりながら、場末の縄のれんの夜は更けて行くのでした。もちろん、これはフィクションです。どのように受けとめるも、読み手の皆さん次第です。ただ、私がはっきり言えることは、大字と集落の関係の処理がお粗末になってしまった町が東北地方の某所にあるということです。そして、旧富来町は、まだそのような事態におちいっていないので救われるということです。

ついでに、旧富来町(石川県志賀町)と旧河北町(宮城県石巻市)の大字を比較してみます。両町を比較するのは、面積が同じで人口も似通っているからです。面積と人口は1965年の数値です。
【旧富来町】
面積=124平方km、人口=15,000人、大字数=59、大字の平均面積=2平方km、大字の平均人口=254人、中心になる大字=地頭町・領家町、中心になる町場名=富来。
【旧河北町】
面積=124平方km、人口=19,000人、大字数=17、大字の平均面積=7平方km、大字の平均人口=1,118人、中心になる大字=相野谷、中心になる町場名=飯野川。
両町を比較すると、旧富来町の大字は旧河北町の大字に比べて小規模なことに気が付きます。人口の少ない大字とその人口を書き出します。人口は角川地名大辞典を参照しました。
【旧富来町の人口の少ない大字、人口100人以下の大字】
深谷0人、大鳥居3人、六実8人、灯9人、八千代10人、中泉13人、江添20人、香能20人、日用23人、楚和30人、入釜47人、地保52人、日下田53人、阿川55人、切留65人、生神67人、豊後名73人、八幡座主74人、牛下77人、栢木77人、広地77人、草江80人、大西85人、荒屋86人、小窪87人、尊保89人、田中93人、谷神93人。
【旧河北町の人口の少ない大字、人口1,000人以下の大字】
北境241人、尾の崎312人、馬鞍406人、東福田448人、成田520人、中野566人、皿貝634人、中島697人、長面762人、福地870人、針岡870人、釜谷891人、三輪田940人、大森954人。
旧富来町には人口100人以下の大字が28ありました。現在ではもっと増えていると思われます。それに対し、旧河北町には人口100人以下の大字がありません。大字の規模が明らかに異なっています。旧富来町深谷は人口0人ですから集落はありません。能登の大字は歴史的に一大字一集落とはいうものの、現実において大鳥居、六実、灯、八千代、中泉、江添、香能、日用、楚和などが単独の集落として成り立っているのだろうか?と、ふと思うのです。

[71891] oki さん
「富来」が冠称された理由が過去へのノスタルジアだとすれば、
富来院、富来郷といった遠い過去へのノスタルジアより、合併で消滅しようとしている富来町への惜別の思いが「富来」を冠称させたのだと思います。まして、富来地区住民にすれば、西海・福浦・熊野・稗造・東増穂・西増穂・西浦地区の住民よりも、その思いは強かったことでしょう。

[71997] oki さん
(※陸奥国信夫郡伊達郷、武蔵国新座郡志木郷は上記集計から除いています。
伊達は信夫郡から分郡した伊達郡が名称の由来と考えられることが理由。
とすると、[71947] で今川焼さんが紹介して下さった陸奥国白河郡石川郷も除外対象になると思います。中世に白河郡から石川郡が分郡してますので。また、現行石川町の名称由来が石川郡にあるのかと言うと、一概にそうとも言い切れません。明治7年に藩政村下泉町村、内槇村、外槇村、高田町村が合併して石川村が生まれましたが、すでに江戸期より下泉町村、高田町村に跨がる町場は「石川町」と呼ばれていました。明治7年発足(明治22年町制)の石川村は江戸期の町場名「石川町」に由来し、昭和30年発足の石川町は明治22年町制施行の「石川町」に由来しているとも考えられるからです。もし、昭和30年発足の石川町の名称が郡名由来だとすると、同じ石川郡に属していた浅川町、平田村、玉川村、大東村が、なぜ石川町または石川村を名乗らなかったのかと言う疑問が残ります。

[72059] 白桃 さん
岡山、倉敷周辺は「小都邑」が一杯あって複雑怪奇、結構面白いですよ
それが、岡山県東部の海寄りの地域になると、片上、伊部、牛窓、長船、邑久など「小都邑」というよりも「小小都邑」ばかりで、なかなかのみこめません。特に、藩政村「尾張」を中心とした自治体が、郡名と同名の邑久町を名乗っていたのが複雑怪奇。和気を知りたい。それにしても牛窓って、「窓」がつくから覗き見したくなりますね。一度はぶらり町歩きをしたくなるような旅情をかき立てられる地名です。

[72072] 2009 年 9 月 26 日 (土) 01:50:15【1】 かぱぷう さん
 メンバー紹介編集子より

このところプライベートで忙しく、なかなか書き込みにたどり着きません(^o^;

さて、メンバー紹介の居住地登録について、話題にのぼっています。
[72056]hmtさん
最初に、メンバー紹介ページの本文である「紹介文」は編集者の筆になるものであるが、居住地・出身地を含むいくつかのデータは、登録メンバー自身で更新できるということを確認しておきます。
多くの方にとっては当然と思われることを最初に書いたのは、2004年に[27951]で編集機能がリリースされるまでは、現在とは異なる仕組みだったからです。
恥ずかしながら、この件はhmtさんの書き込みを拝見するまで存じ上げませんでした。
[72067]にておがちゃんさんも記しておりますが、ご案内いただきましたことを私からも御礼申し上げます。ありがとうございます。


ただし、[72067]おがちゃんさん
また、編集者からも正式に、
「あっちゃんさん、メンバー紹介ページの居住地は自分で変更してください。」
この一文に関しては、照会文編集子主幹事より少々訂正(あくまで私の見解ですが)をさせていただきます。

[72057]hiroroじゃけぇさん
[72056]hmtさん
わかってはいるのですが、出身地を変更しようとは思いません。理由は以前にあげた、
○:児島市時代を経験していない
○:児島の認知度が年々低下している
の2つとともに、出身地=基礎自治体を公称とすることをモットーとしております。よく、文語と口語で変化するというものがありますが、自分の出身地はまさにそれであるとお考え下さい。
ほぼ全文の引用になりましたが、この一文は自らのルーツにこだわりを持つ方の心中を端的に表しているかと思います。
私も実は『門司市(北九州市門司区)』としたい“クチ”なのですが、hiroroじゃけぇさんと全く同じ理由により行っておりません。
一方で、私やhiroroじゃけぇさんとは違った見解で、厳密にいえば出身地ではない地点を(幼少期を過ごした思い入れのある地である等の理由により)出身地に登録している方もいらっしゃいます。

居住地登録に関しても同じようなことがあるかと思います。
もし仮にあっちゃんさんが高校卒業までを過ごした地から現住の京都市(と推測されます)に住民票を移してないとしたら、あっちゃんさんの厳密な居住地は高校卒業までを過ごした地ということになります。
住民票を移していたとしても、これまで居住していた地のことを忘れたくないとか、あるいは現在居住の地をはっきりとは表示したくないなどの理由により、居住地を敢えて変更しない…という考え方も成り立ちます。

あっちゃんさんにおかれましては、「変更してください」といった強いニュアンスでのお願いはいたしません。
私からは、もし変更を希望されるようでしたら、hmtさんも述べておいでのようにご自分で任意で変更できますので“変更のおすヽめ”という形でご案内いたします。

#あっちゃんさん、引き合いに出して申し訳ありません。
あっちゃんさんが留守のあいだにお邪魔しています、巳年生まれのかぱぷうです。もしかするとあっちゃんさんとはちょうど一回り違いかもしれません(あっちゃんさんは午年でしょうか…?)。どうぞよろしくお願いします☆

[72071] 2009 年 9 月 25 日 (金) 23:50:59【1】 hmt さん
 Re:石高

[72052] ニジェガロージェッツ さん
石高と言えば「米の収穫量」とのイメージがありますが,米だけではなく,畑作や水産業,宅地までも米の生産量に換算して算定された,その地の「経済力」を総合的に表したものだとの説明がありました。

明治6年に行なわれた県の統合[36081]に際しての太政官布告を読むと、“地所物成等”を新しい県へ引き渡せと命じています。
この“物成”が「生産物」すなわち管轄地の「経済力」であり、その指標が「石高」であったわけですね。

この時に熊谷県に統合された入間県(現在の埼玉県の西半分)は、人口41万人、石高約40万石でした。当時は1人が1年に1石を食べていたとすると、この県ではほぼバランスがとれていたことになります。
[67156] YT さんの表を見ると、武蔵国全体では128万石もありましたが、大都市江戸の膨大な人口を抱えているので、もちろん大幅な米の輸入国でした。

明治9年になると、また県の再編があり、群馬県と分離した旧入間県は埼玉県と合併し、ほぼ現在の埼玉県の姿が形成されました。
この時に右大臣岩倉具視から埼玉県に発せられた文書には“土地人民同県【熊谷県】より受取る可く”とあり、引継ぎ対象は“物成”に代って“人民”となっています。
[36111] hmt
1872(壬申)年施行の戸籍法や 1873年布告の徴兵令により、支配対象が「石高」に象徴される「生産物」から、「生産手段」たる 「人民」そのものに変化してきたことを示しているのでしょうか。

「石」は、もちろん体積の単位ですが、体積測定の対象物は「玄米」なんでしょうね。
現在の私たちが普通に使っているのは「白米」、あるいは更に微量の糠まで取り除いた「無洗米」ですから、消費量と対比する場合は、精白工程の歩合を考慮する必要があります。

現在の米の保存は 30kg紙袋入り 玄米が主流と思いますが、昔は 籾4斗入りの米俵 が使われました。
年貢は地域、時代により籾納・米納・金納があったでしょうが、現実に取り扱われるのが「籾」の場合も、「玄米換算した石高」で管理されていたのでしょう。

嵐山町誌 には、 永楽銭一貫文につき、籾の場合は5石、米場合は2石5斗という換算率が記されていました。
籾から玄米にすると、体積は半減するのですね。

“籾一石を米五斗と見做し”という換算率は、1915年の米調委員提案 にも見えるので、常識的な値のようです。

こまかい誤記ですが、[72066] oki さん
ニジェガロージェッツさんご提供の07年石高は水稲だけの収穫量
は、「水陸稲計」です。
もっとも、水稲870万5000tに対して陸稲は僅かに9370tですから、殆んど影響はありません。

【追記】
[58062] oki さん
石高の基礎となるのは水田、畑地、宅地の面積で、この面積に石盛と呼ばれる単位当たり収量(1反当たり1石など)を乗じ

[72052]にリンクされている平成19年(2007)政府統計によると、水陸稲計の全国作付面積は1673千ha、8714千tです。
すなわち、10haあたりの収穫量は 520.86kg。1石 = 150kg で換算すると、1反あたり3石4斗7升。
石盛に例示された“1反当たり1石”に対して、実に3倍半!
米作地帯の北への拡大[72066]と共に、技術の進歩は目覚しい成果を挙げているのですね。

[72070] 2009 年 9 月 25 日 (金) 23:46:10 山野[山野] さん
 2市村は先行議決へ

どちらも議会の情報なんですが、
印西市:9月29日に2村との廃置分合議案を審議予定。印西市議員さんのブログ
印旛村:印西市と同日、2市村との廃置分合を審議予定。印旛村(新着情報)

本埜村で話が進まない事には何ともならない状態ですが、うち等は一足先に議決しておこうと言うことでしょうか?

[72069] 2009 年 9 月 25 日 (金) 22:00:27 futsunoおじ さん
 「関越」、「上越」
hmt ★祝★ 北陸新幹線金沢開業

[72055] みかちゅう さん
 「関越」っていうのは高速道路が最初?

さて、新幹線が「上越新幹線」なのに対して高速道路が「関越自動車道」なのは何か理由があったのでしょうか。旧国名どうしの組み合わせ(信越)や都市名どうしの組み合わせ(名神)とは異なり、地方名+旧国名である「関越」には違和感があります。
初期の高速道路である東名・名神とも国鉄の路線名と一致させていないあたりも含め、何か対抗意識でもあったのでしょうか?


「上越」問題は落書き帳定番(?)の話題ですが言葉で説明すると、<<旧国名の組み合わせによる名称と、これとは別の地域の名称がたまたま一致してしまい、一方がその名称を使用することで相手と利害関係が発生したり利用者に混乱を生じさせる状況。>>ということになります。解決策としては、(1)双方あるいは一方がその名称の使用をやめるか、識別可能な名称にする。(2)利用者(全国民)に正しい知識を与え誤認を防ぐ。・・といったものが考えられますが簡単ではないでしょう。


JR上越線は高崎駅(群馬県)と宮内駅(新潟県長岡市)とを結ぶローカル線として誕生したもので、開通当時の「上越線」の名称は自然であったと思います。その後東京・新潟間の鉄道のメイン路線となり、上野駅で『上越線経由新潟行き特急「ときxx号」が・・・』とアナウンスされた列車が、東北本線−高崎線−上越線−信越本線を通って新潟へ行ったものです。「上越線経由」という言葉が加わるのは、かつて長野廻りの信越線の列車が存在した名残と考えられますが、新たな利用者には「上越線・新潟行き」だけが記憶に残ったかもしれません。路線名が新幹線にも使用されたことにはそんな背景も考えられます。

関越自動車道(関越道)と呼ばれているものの正式名称は「関越自動車道・新潟線」であり、上信越自動車道(上信越道)と呼ばれているものの正式名称が「関越自動車道・上越線」で、そこには上越JCTと上越ICもあることから、現在の関越道を「上越道」と命名することは考えにくいことです。「上越」の名称使用に関してはJRとJHは全く逆のようです。

「関越」という造語(?)はそれまで聞いたことがないので関越自動車道,関越トンネルが最初かもしれません。[72053] では、「関越自動車道は関東平野と越後平野をつなぐとでも解釈できる」と書きましたが現在では「上越」よりも広い範囲であると利用者に認識されているのではないかと思います。路線名称に関しては後発のJHはJRを意識しているとは思いますが路線名に「高速道路/自動車道」を付けなくとも識別できる名称を考えることは当然であると考えます。

関連ですが現在建設中の北陸新幹線の新潟県上越市内に設置する駅の名称がまだ決まっていません。JRでは利用者の混乱を考え、駅名に「上越」の名称を含めることは避ける方向と言われています。これについては上越市の市長選挙が10月に行われる予定で、現市長の交代が決まっていますので今後検討されることでしょう。

[72068] 2009 年 9 月 25 日 (金) 21:45:40 じゃごたろ さん
 大信州市

こんばんは、じゃごたろです。ひと月ぶりの登場です。

本日見た新聞の見出しに驚きの文字が。それは「大信州市」。そんな合併構想があるのかと思ってみたら、なんてことはない長野県を売り出すための「産業フェア」のことでした。「長野県」を「信州県」とする改名構想もあっただけに、思わず一瞬信じてしまいました。この新聞は日刊工業新聞ですから、そんな自治ネタが大見出しであるわけないのにネ。

さて、四日市市や廿日市市、大町市、大町町など、命名の紆余曲折がありそうな自治体についてもふと思うのでした。

[72067] 2009 年 9 月 25 日 (金) 18:21:32 おがちゃん さん
 メンバー紹介ページについて

こんばんは。おがちゃんです。

さて、まず最初に、

グリグリさんへ
メンバー紹介ページの最上段の
編集協力:かぱぷうさん
という所で、「かぱぷうさん」という部分からきちんとかぱぷうさんの紹介文までジャンプすることができません。訂正を御願いします。

[72056] hmt さん
ところが、現在の編集者(かぱぷうさん、おがちゃんさん)は2005年以降の参入なので、居住地はメンバー自ら変更するという常識を持っています。

…というわけで、横から口を出します。
あっちゃんさん、メンバー紹介ページの居住地は自分で変更しましょう。
うぐっ。過去ログを読破した時からそのことは印象に残っていたのですが、これは盲点でした。本当でしたら、僕達メンバー紹介文編集者がこのことを伝えなければならないですね。hmtさん、ありがとうございました。

また、編集者からも正式に、
「あっちゃんさん、メンバー紹介ページの居住地は自分で変更してください。」

[72066] 2009 年 9 月 25 日 (金) 17:21:06 oki さん
 石高変遷

[72052]で、ニジェガロージェッツ さん が平成19(2007)年の石高を掲載されていたので、ふと思い立って、幕末時から現在までの石高の変遷を都道府県別に計算してみました。

(単位は万石・%)
県名幕末石高07年石高(米)07年/幕末増減率
青森県40.7199.4389.9
岩手県47.6206.3333.4
宮城県77.2272252.3
秋田県50.7366.3622.5
山形県102.1279.7173.9
福島県125.8296.8135.9
茨城県114.5269.3135.2
栃木県76.5240.5214.4
群馬県63.660.0-5.7
埼玉県89.3116.830.8
千葉県96.2219.1127.8
東京都29.70.5-98.3
神奈川県39.010.7-72.6
新潟県128.3433.7238.0
富山県80.7141.074.7
石川県75.891.320.4
福井県77.293.921.6
山梨県31.119.9-36.0
長野県78.6149.690.3
岐阜県71.279.812.1
静岡県70.762.1-12.2
愛知県124.1106.7-14.0
三重県84.3104.223.6
滋賀県85.9117.136.3
京都府57.654.5-5.4
大阪府71.520.5-71.3
兵庫県122.8129.35.3
奈良県49.633.1-33.3
和歌山県40.824.9-39.0
鳥取県43.844.72.1
島根県48.664.232.1
岡山県80.8116.143.7
広島県62.892.447.1
山口県100.377.5-22.7
徳島県30.744.344.3
香川県29.349.468.6
愛媛県43.452.521.0
高知県49.441.4-16.2
福岡県140.9129.3-8.2
佐賀県44.994.4110.2
長崎県27.545.966.9
熊本県85.1140.264.7
大分県58.585.145.5
宮崎県39.152.133.2
鹿児島県60.877.126.8
上記計3151.15405.671.5
東北・新潟572.52054.2258.8
その他2578.63351.430.0
(※幕末の石高は、歴博の「旧高旧領取調帳データベース」を元に算定。北海道、沖縄は表に含めていない)

ニジェガロージェッツさんご提供の07年石高は水稲だけの収穫量ですが、幕末のデータは水田のほか畑作の石高等も含まれているので、本来であれば直接比較が不可能な数値です。したがって、あくまでもお遊びのデータということでご理解下さい。
お遊びのデータであることを前提として、あえて分析を加えれば、東北各県および新潟での石高の大きな増加が注目されます。幕末(1870年頃)から2007年までおよそ140年の間に、全国の石高は7割増加していますが、そのうち東北・新潟が約260%増(3.6倍)に対し、他の地域は3割増に過ぎません。明治以降、東北や新潟でいかに米の増産が図られたかを物語っています(もちろん北海道も)。
そういえば、思い浮かぶ米の品種も、ササニシキ、コシヒカリ、あきたこまち、そしてキララ397など、「北」のものばかりですし。西南日本から栽培の広がった米が、いつの間にか北日本を主産地にするようになっていたことを、改めて実感した次第。
ところで皆さんは、普段どの地域の米を食べられてますか。私はもっぱら、妻の実家から送ってもらっている阿波米ですが。

[72065] 2009 年 9 月 25 日 (金) 14:08:07【1】 山野[山野] さん
 松本市

[72063]の続きです。
松本市と波田町の合併予定期日ですが来年3月31日の可能性が高まり
今後の予定として
・来月7日に第1回目の協議会を開催。
・同月21日に合併協定調印式。
・同月下旬、合併の議決(両市町議会)
・12月、合併議決(県議会)→年明けて、1月か2月頃に告示予定。
参照記事:信濃毎日新聞

[72064] 2009 年 9 月 25 日 (金) 13:56:11 hmt さん
 居住地・出身地について(2)

[14388] オーナー グリグリ さん
(1) 居住地の定義 現在住んでいるところ
(2) 出身地の定義 自分の出身はここだと思っているところ。
(3) 居住地・出身地の表示基準

「出身地」については、いろいろな考えが示されています。例えば、
[28297] ゆう さん
出生地はピンポイント、出身地は広範囲なのです。
[28265] Issie さん
自らをアイデンティファイするのは,「出生地」ではなくて,「出身地」の方だと,自分では思っています。

[28360] いっちゃん さん は、出身地に関する複雑な関係について、2004年に次のように語っています。
4度居住した「栃木県小山市C」は所謂「実家」ってやつです。
私は落書き帳メンバー紹介欄で出身地を出生地である「神奈川県川崎市」としていますが、(中略)何故に「神奈川県川崎市」なのか・・・。
しかし、「何県人?」と問われた場合はまた変わります。その場合、私は迷わず「鹿児島県人」と応えます。
それは両親とも鹿児島の出身(それも従兄妹同士)なので、自分は鹿児島県人の血しか流れていないと考えるからです。

なるほど。鹿児島県の基本ソフトをプレインストールされた「いっちゃんマシン」にスイッチが入れられた地は川崎だったが、栃木県小山市でさまざまな応用ソフトが導入され、小山の環境でアイデンティティーが形成された。

そして、この記事の1年半後、居住地を広島県呉市に移した時期に、出身地を栃木県小山市に改定[46474]
私の40年余りの人生の8割近くを過ごした小山市の痕跡を残すため、あえてオギャーと生まれた地を削ることにしました。

いっちゃん さんの前年に、北海道空知支庁美唄市出身[24911]から岩見沢市に変更[26882]したのが紅葉橋律乃介さん。
大相撲での出身地表記についての発言もありました。
力士の出身地は「原則」市町村ですね。指定都市は区名まで、町村は郡名から。「村」は本人が申し出ない限り省略。 そして、市町村より通りがいい「島」も認められてます。「種子島出身」とか。

表記については、「県」という人為的な行政区分を拒否する姿勢もありました。

[21753] またーり さん
居住地・出身地のところ、自分の場合はどちらも『姫路市』です。しかし、その時に都道府県名(姫路市の場合は兵庫県になります)を「書かないで」欲しいのです。
自分は住所も「都道府県を書かなければならない場合」以外は都道府県名を省略して『姫路市』から書くようにしている程『兵庫県』という県が大嫌いなんです。

[21755] YSK さん
かつて、私も[14199]にて、出身地、居住地表記を「群馬県」抜きで希望させていただいたことがあります。理由については、[14199] にて表明しているとおりです。
「群馬県太田市」の出身地・居住地表記を受け入れる代わりに、メンバー紹介の文章中に「栃木県と群馬県にまたがって一体性を持つ「両毛地域」」といった表現を加えていただきました。

[25686] ryo さん
ちなみに「長野出身です」というと、長野市と受け取られかねないのが、中南信の人間(とりわけ松本?)には耐えられないことのようです(かくいう私も)。

[54525] 有明つばめ さん
「出身はどこですか?」と聞かれた場合は、「九州」と答えることはあっても、「福岡」と答えることはほとんどありません。相手が地理に明るそうな人であれば「大牟田」と答えることもありますが。

都道府県名を拒否する意見がある反面、次のような意見もありました。
[44696] matsu さん
私の出身地・居住地ですが、共に荒川区・北区にまたがる為あえて、「東京都」で止めております。
【現在は、居住地 東京都北区 出身地 東京都荒川区 と使い分け】

地名と自治体名との関係を巡っては、こんな意見もありました。

[22021] Pachiさん
私の出身地、居住地について白河としていただいてもよろしいですか? 居住地に関して厳密には西郷村となりますが、《白河市》に住んでいなくとも白河に住んでいるという感覚はあります。こういう拡大解釈はアリだと思います。どうでしょうか?

このケースでは、市、町など自治体種別名の省略はやはりNG[22211]ということで、「(拡大)白河」の実現を見ていません。
自治体リンク不可能な点よりも、白河市と混乱するおそれが問題?

今回の居住地・出身地を取り上げたきっかけの記事に戻ります。

[72050] オーナー グリグリ さん
登録メンバー情報の一部が壊れた(なくなった)のは、残っていたデータから推測すると2008年4月6日と思われます。

[63935] 2008年3月5日 むっくん さん からの“業務連絡”と同じ頃ですね。
その前年にも、同じような連絡[61383][59105][59109] などがあり、問題の「根」がありそうです。

[72063] 2009 年 9 月 25 日 (金) 13:39:41 山野[山野] さん
 合併関連情報(本埜・西尾)

19日の書き込み以降、少し間が空いてしまいましたが、合併情報です。
<1つ目>
本埜村にて村長をリコールする署名活動が行われていましたが
法定数を超えた為、昨日の午前中に選管へ署名簿が提出されました。
<2つ目>
西尾市と幡豆郡3町は来月1日〜16日まで住民意向調査をした後、11月上旬には纏め
結果、賛成が多ければ12月下旬頃にも法定協を設置する事を確認した模様。

[72062] 2009 年 9 月 25 日 (金) 13:04:57 hmt さん
 Re:市区町村変遷情報における「郡再編」(郡設置)に伴う「郡変更」の取扱いについて

[72058] 88 さん
お説のように、将来的には市区町村変遷情報のデータベース化・わかりやすい表(試行品)を視野に入れた改良の検討は、必要なことであると思われます。

当面の策として、先月末の私の提案[71814] [71815]を採用していただき、ありがとうございます。

町村は「郡設置」の変更種別により自動的に所属郡変更となるので、「郡変更」データをさらに情報として対応するのは重複になる

このことは、データベースシステムだけでなく、現在の一覧表についても言えることです。
私の提案において、「郡変更」に関して、詳細情報を「省略」としていたのは、まさにその重複対策です。
それは、「郡変更の詳細情報」そのものの「作成を省略」するという趣旨でしたが、今回の入力例を見ると、一覧表の参加自治体欄に列挙された町村が、そのまま省略されずに、詳細情報として作成されています。
もちろん、あったら不都合という性格のものではありませんが、わざわざ詳細情報作成の手間をかけることはないでしょう。

少し変えた点は、例えば岐阜県の稲葉郡の設置に伴う郡変更を、旧郡ごと(厚見郡,各務郡,方県郡(一部))に分けて記載する必要はないのではないか、と考え、まとめて1情報として記載したことです。

旧郡ごとに分けたのは、岡山県の事例[71815]を考慮して、1情報が大きくなりすぎるのを防ぐためでした。
この点さえクリアできれば、まとめて記載することに問題ありません。

作業手順について。
日付順(逆順)は88さんの内部ルールと理解しています。
作業効率上このルールにとらわれず、当面は市制町村制施行時の情報の充実を優先すること、全く問題ないと考えます。

[72061] 2009 年 9 月 25 日 (金) 10:59:09 N-H さん
 岡山オフ会のことなど

またまたしばらく間が空いてしまいました。

ここのところあまり書き込みもせずにオフ会には参加するのか、なんてことは全然気にせず、今回2年ぶり2度目の参加を楽しみにしています。

オフ会だと色々な趣向がこらされ、たとえば十番勝負ばりのクイズも出たりして、あるいはそういうのがちょっと苦手で参加をしり込みしている方はいませんか?
かくいう私もご覧の通り、十番勝負はほとんど参加できていないのですが、そういうことが苦手な方だって十分楽しめますよ。
なにより地理に興味を持っているといったって、色々な視点があるわけで、心配しなくたってきっとあなたと話の合う人が集まってきて知らず知らずに話題に引き込まれてしまうでしょう。
私も前回はほとんど夜を徹して楽しく語り合いました。

さて、家族持ちにとって問題は、3連休だということ。私も勇気を持って参加したいと許しを請うたところ、なんとそれなら家族全員で岡山へ行きたいとのこと。
ちょっとお財布と相談して泣く泣く遠慮していただきましたが、お土産だけは忘れずにと約束させられました。
とはいえ、岡山は昨年倉敷に3度ほど出張しており、もう安価で効果的な土産はなかなか思い当たりません。
岡山に詳しい方々、何かよいお土産はないですかね?

ちなみに昨年の倉敷の訪問は、日帰りが2回、サンライズ出雲の車中泊が1回と、いまだ岡山県内の宿泊経験がありません。また岡山市内はいまだに岡山駅構内から一歩も出ていない始末です。久しぶりの国内経県値上昇となります。

[72060] 2009 年 9 月 25 日 (金) 09:02:24 JOUTOU さん
 最近は専らROMメンバーですが・・・

みなさんこんにちは。今年の5月に郵便番号の7桁目が1つ減った程度の引越しを敢行したJOUTOUです。[72052]ニジェさんのレスによると、人口1200万人余も有しながら小大名にも及ばない“旗本”東京都民ですが・・・(笑)

直線距離で200mそこそこのところへの移動とは言え、20猶予年生活しておりますと、それなりにコマゴマとした雑用が次から次へと沸いてきまして、つい先日まで対応していたような感じです。そんなわけで反応したいものもあったのですが、忙しさと知識の薄さも手伝って2ヶ月以上も書き込みの間隔があいてしまいました。

さて、今年は岡山OFF会。第2回の神戸から参加し続けて、わたしにとっても年に一度の恒例行事になっているような気がします。これまでも多くの方がコメントされているように、この落書き帳をご覧いただいている方なら、きっと楽しめるだろう、一度参加してみてよかったと思われるだろうこと、わたしも保証します。

わたしはと言いますと、毎年11月は多忙な時期に当たるため、できればOFF会の開催は前倒しして欲しいと願っておりましたが、事前のアンケートにて他のメンバーの皆さんの希望を見る限り、おそらくそんなわたしの願いはかる〜く却下されるであろうと予測もしておりました(笑)。幸か不幸か決定した日程が11月22日。現在の予定では22日は夕方まで北九州出張。23日は朝から東京ということで、何とか殺人スケジュールを敢行してでも参加したいと思っております。

もちろん参加を検討されている皆さんは、ここまで無理する必要は全然ありませんが、わたしに比べれば関西方面在住の方なら日帰りなんて楽勝ですよね。気軽に誤算か、いやモトイ、ご参加ください。でも、わたしにとっては無理をするだけ、貴重な価値あるひとときを得られる時間だと思っています。

[72059] 2009 年 9 月 25 日 (金) 01:42:33【1】 白桃 さん
 役所所在地

「昭和の合併」と「平成の合併」の違い、でいうと役場をどこに置くかということで、平成の方が良くいえば民主的な感じ、あくまでも「感じ」がします。例に出して大変申し訳ないのですが、三豊市、小美玉市、北杜市、等々はどこが「中心」なのかよく分かりませんが、役場の場所は「民主的」に決まったようですね。
でも逆に言うと、「昭和の合併」はごく一部を除いて、それなりの核がありましたから、暗黙の了解、ちゅうか何らかの不文律みたいなものがあったのかもしれません。
急に話が変わりますが、倉敷市の場合は「昭和」でも「平成」でもないときに大きな合併を行いました。私は今でも児島、玉島、倉敷は別々の都市だという感覚があります。さらに言えば、児島なんか、下津井、味野、琴浦はそれぞれ「独立国家」という気がします。ついでに言うと、宇野線にお世話になった私にとって、なぜ茶屋町が倉敷市なのか、いまだもって全くしっくりこないのです。
岡山、倉敷周辺は「小都邑」が一杯あって複雑怪奇、結構面白いですよ、って40年前に私の主任教授が仰ってました。
(「私の主任教授」と言ったのは、受講している学生で居眠りしていなかったのは、私だけでしたから。そういや、教授も講義途中でいびきをかいていましたっけ・・・)

[72058] 2009 年 9 月 25 日 (金) 00:22:07 88 さん
 市区町村変遷情報における「郡再編」(郡設置)に伴う「郡変更」の取扱いについて

[70905] むっくん さん
[70820] [71814] [71815] hmt さん
[71813] 拙稿
郡の再編に伴う郡変更データの別途入力にためらいがあったのは、市区町村変遷情報の今後のデータベースへの展開を考慮した際、本来は町村は「郡設置」の変更種別により自動的に所属郡変更となるので、「郡変更」データをさらに情報として対応するのは重複になる、という懸念があったことも理由の一つです。
もっとも、データベース化もまだまだ先の話であり、そもそも、郡設置・郡変更は、市町村の変遷(廃置分合、改称など)という観点からは少し別の位置づけと言え、仮にデータベース化した際にはも別途対応で十分可能であろうと考え直しました。

私自身も、市町村の変遷を判りやすく見るのは、今のような個別の情報の羅列とは別に、究極は試行品のような表形式での表示と、データベース化だと思っています。ただし、それまでの間は、例えば岐阜県の例だと、市制町村制施行時の情報(岐阜県)市区町村変遷情報履歴情報(岐阜県)で、ページ内を眺めたり、ページ内検索をして「○○村は今は△△町」などと見たりするのが現実的なのだと思います。

と言うわけで、[71813] 拙稿の意見を翻すのですが、[71814][71815] hmt さんのご意見を取り入れた方が、閲覧者にとっては利便性が高いと考えます。よって、いくつかの情報を試しに追加入力してみました。いずれも、町村の廃置分合を伴うわないものに限ります(廃置分合を伴うものはその情報の中で対応)。
群馬県
・S24.10.1付け北群馬郡の設置に伴う郡変更
・S25.4.1付け甘楽郡の設置に伴う郡変更
長野県
・S43.5.1付け木曽郡の設置に伴う郡変更
岐阜県
・M30.4.1付け稲葉郡の設置に伴う郡変更
・M30.4.1付け羽島郡の設置に伴う郡変更
・M30.4.1付け養老郡の設置に伴う郡変更
・M30.4.1付け揖斐郡の設置に伴う郡変更
・M30.4.1付け本巣郡の設置に伴う郡変更
愛知県
・T2.7.1付け海部郡の設置に伴う郡変更
三重県
・S31.9.30付け安芸郡の設置に伴う郡変更
島根県
・S44.4.1付け隠岐郡の設置に伴う郡変更

基本的には[71814][71815] hmt さんのご提案のとおりに対応しました。少し変えた点は、例えば岐阜県の稲葉郡の設置に伴う郡変更を、旧郡ごと(厚見郡,各務郡,方県郡(一部))に分けて記載する必要はないのではないか、と考え、まとめて1情報として記載したことです。

―――――――――――――――――――――――――
私が入力作業を行っている日付順(逆順)(同一日付は南から北へ)の作業手順のルールに従えば、本来ならば、
 M29.4.1(2府20県)、M30.4.1(7県)、M31.10.1(1県)、M32.4.1(1県)、M33.4.1(1県)
の郡再編(郡廃置)に伴う郡変更は優先して作業すべきところです(北海道、沖縄を含む15道府県は明治期には郡再編はなし)。しかし、郡変更の対象となる町村名を特定するのが容易ではなく、結局はM22.4.1等の市制町村制施行時の町村及びその後の変遷を確認するしか有効な手段がありません。現に上述の6郡の再編(岐阜県を除く)を試しに作業してみたところ、結局は手作業となりました(正直言って作業ミスをしている可能性も多分にあります)。このため、
・作業効率上
[71813]拙稿で述べたように、M22.4.1付けの市制町村制施行時の情報入力を行うことによって初めて郡再編時の詳細欄の記載が生きてくる
ということを鑑み、当面は市制町村制施行時の情報の充実に努めることを優先したいと思います(この点は[71814] hmt さん でもご賛同を頂いたようです)。

[72057] 2009 年 9 月 24 日 (木) 22:00:16 hiroroじゃけぇ さん
 出身地は児島だけど、倉敷市なのです

[72056]hmtさん
わかってはいるのですが、出身地を変更しようとは思いません。理由は以前にあげた、
○:児島市時代を経験していない
○:児島の認知度が年々低下している
の2つとともに、出身地=基礎自治体を公称とすることをモットーとしております。よく、文語と口語で変化するというものがありますが、自分の出身地はまさにそれであるとお考え下さい。

[72056] 2009 年 9 月 24 日 (木) 20:54:41 hmt さん
 居住地・出身地について(1)

オーナー グリグリ さんから、登録メンバーの居住地・出身地の都道府県分布(ニックネーム版)が示されました。[72039] [72050]

この機会に、この統計に使われている メンバー紹介ページ の「居住地、出身地データ」について復習してみました。

最初に、メンバー紹介ページの本文である「紹介文」は編集者の筆になるものであるが、居住地・出身地を含むいくつかのデータは、登録メンバー自身で更新できるということを確認しておきます。

多くの方にとっては当然と思われることを最初に書いたのは、2004年に[27951]で編集機能がリリースされるまでは、現在とは異なる仕組みだったからです。
すなわち、当時はメンバー紹介の編集者が投稿内容から判断した居住地・出身地を記載しており、その修正を希望する場合は、わざわざ編集者(当時は 太白さん、まがみさん)の手を煩わす必要がありました。

このような経験を持つ あっちゃんさん は、[71952]「実は小学生」は大学生になりました^^ の投稿により、編集者が京都在住を読み取り、自動的に居住地が変更されるものと思ったのではないでしょうか?
ところが、現在の編集者(かぱぷうさん、おがちゃんさん)は2005年以降の参入なので、居住地はメンバー自ら変更するという常識を持っています。

…というわけで、横から口を出します。
あっちゃんさん、メンバー紹介ページの居住地は自分で変更しましょう。

居住地・出身地の表示基準についても、昔とは様変わりしています。
一口で言えば、昔はかなり制約がありました。
参考までに、2003年4月の基準[14388]と2003年11月の基準[22211]を示しておきます。

これが、現在は大幅に自由化されているということです。
その代表例として、inakanomozart さん の「居住地 駿府96カ町内(静岡市葵区)」をご覧ください。

ここまで遡らなくても、
[30193] じゃごたろ さん
「出身地」が昨今の市町村合併で、新しい名称の市町村になった場合、その新しい市町村名を「出身地」と名乗るのに、私は些か抵抗を感じざるをえません。
という意見は以前からあり、私自身の出身地も 2006年の神奈川県津久井町の相模原市への編入により同じ問題に直面しましたが、その前年には旧市町村名併記可能になりました。
この件、[45246]で引用してある[45239]ではなく、もっと前の[37243]で実現していたのでしょうか。
みかけ上は同じ名称でありながら、この手法を利用して新設合併で生まれ変わった市であることを強調した例が、YSKさんの太田市と右左府さんの能代市です。

「出身地・児島」にこだわり、“一切「倉敷市の」とは言いません。”と言い切る[52992]hiroroじゃけぇ さんに対して、[53651] 太白 さんからは“「<岡山県>児島市(倉敷市)」とすることは可能ですよ。”というアドバイスがありましたが、結局は倉敷市のままメンバー登録[53663]
しかし、その後も[59055]「出身地は児島です」との主張は続いています。
他人が口を出すことではありませんが、今からでも変更できますよ。

[72055] 2009 年 9 月 24 日 (木) 00:35:16 みかちゅう さん
 「関越」っていうのは高速道路が最初?

関東と新潟を結ぶ幹線として特急や急行列車が頻繁に走っていた上越線ですが、運行実態は本線としても遜色ないのに東北本線の支線扱いです。トンネルの掘削技術が未発達だった時代、東京〜新潟の鉄道経路としては信越本線や磐越西線経由よりも後から開通したためでしょう。

さて、新幹線が「上越新幹線」なのに対して高速道路が「関越自動車道」なのは何か理由があったのでしょうか。旧国名どうしの組み合わせ(信越)や都市名どうしの組み合わせ(名神)とは異なり、地方名+旧国名である「関越」には違和感があります。
初期の高速道路である東名・名神とも国鉄の路線名と一致させていないあたりも含め、何か対抗意識でもあったのでしょうか?

[72054] 2009 年 9 月 23 日 (水) 23:58:14 hmt さん
 国の隣接関係 (3)東海道

[72037][72038]に引き続き、東海道諸国と隣接する国々です。
隣接国の間に挿入した数字は、三国境 の番号です。◎は現在の3県境。

伊賀国 (内陸)山城 大和42 伊勢 22 近江 21◎
伊勢国 (太平洋)紀伊 大和42 伊賀22 近江17◎ 美濃 尾張 志摩
志摩国 (太平洋)伊勢
尾張国 (太平洋)伊勢 美濃 14[61177] 三河
三河国 (太平洋)尾張14↑ 美濃 13◎ 信濃 遠江
遠江国 (太平洋)三河 信濃 駿河
駿河国 (太平洋)遠江 信濃 10◎ 甲斐 8◎ 相模 9 伊豆
伊豆国 (太平洋)駿河 9 相模
甲斐国 (内陸)信濃 6◎ 武蔵 7◎ 相模 8◎ 駿河 10◎
相模国 (太平洋)伊豆 9 駿河 8◎ 甲斐 7◎ 武蔵
武蔵国 (太平洋)相模 7◎ 甲斐 6◎ 信濃 5◎ 上野 下野 38 下総
安房国 (太平洋)上総
上総国 (太平洋)下総 安房
下総国 (太平洋)武蔵 38 下野 常陸 上総
常陸国 (太平洋)下総 武蔵 下野 磐城

国名を組み合わせた地域名称としては、濃尾平野や房総半島など、複数の国に及ぶ広域自然地名への使用例が最も正統的なものと思われます。
甲武信ヶ岳のように、そのものズバリ三国境を表わす地名もあります。

鉄道関係でも多用されています。現役の総武本線、かつての甲武鉄道、今回の話題の発端になった豆相鉄道や駿豆鉄道。

[72053] 2009 年 9 月 23 日 (水) 22:59:08 futsunoおじ さん
 旧国名の組み合わせ 高速道路では

約60路線ある国内の高速道路の名称「○○自動車道」(通称名)を分類すると

通過地域の広域名称: 東北/北陸/中国など (見方によっては旧街道の名称も含まれます。)
目的地の都市名単独: 八戸/米子/長崎など
両端に位置する都市の組み合わせ: 東名/名神/札樽など・・・に大雑把に分類できると思いますが
純粋に旧国名の組み合わせとなると、磐越/常磐/上信越/紀勢 程度しかありません。(「紀勢」は微妙)

関越自動車道の場合「関」は旧国名とはいえないので関東平野と越後平野をつなぐとでも解釈できますし、首都圏と日本海側を結ぶ道路ということでいいのでしょう。舞鶴若狭自動車道については都市名と旧国名との見方もできますが「若狭」は福井県内の地域名と考えるべきでしょう。(若狭町という存在もありますが。)播磨自動車道の「播磨」も兵庫県の地域名です。伊勢自動車道の「伊勢」も地域名であり都市名でもあります。紀勢自動車道の「紀勢」は旧国名の組み合わせとも三重県の地域名とも考えられますので、実際に通過する場所で解釈すべきかもしれません。

ということで高速道路では旧国名及びその組み合わせによる路線名称は一部に限られるようです。旧国鉄(JR)では旧国名の組み合わせによる路線名が多い印象があったのですが。

[72052] 2009 年 9 月 23 日 (水) 22:27:56 ニジェガロージェッツ さん
 石高

「石高」
良く聞く言葉です。
時代劇,特に「戦国もの」を見ていると必ずと言ってよいほど出てきます。
一方,ここ「落書き帳」では,YTさん[67156]幕末の国別の石高に対する興味深いデータが提示されるなど,江戸期の藩政期のものが論議の主体でしょうか。
石高と言えば「米の収穫量」とのイメージがありますが,米だけではなく,畑作や水産業,宅地までも米の生産量に換算して算定された,その地の「経済力」を総合的に表したものだとの説明がありました。

[58062] oki さん
石高の基礎となるのは水田、畑地、宅地の面積で、この面積に石盛と呼ばれる単位当たり収量(1反当たり1石など)を乗じ、これらを総計して石高が決定されます。
(中略)
重要なのは宅地も石高に組み入れられることで、結果として農耕収穫のない漁村、港町、宿場町などにも村高が付されます

そして,幕末から明治初期にかけての日本全国の総石高は約3000万石強だったと教えて頂きました。
[67156]YTさん
30,435,170
[58109]okiさん
31017135 府県概表(東京・有隣堂)

では,具体的に1石とはどの程度の量か。この解説には
[39982] 中島悟 さん
米1石は茶碗1000杯にして1人分の1年間の消費量。
と解説いただき,また都市人口との関係も指摘されていました。
[10633]ken さん
幕末の都市人口は石高と強い比例関係があります。
[39973]ken さん
1万石=1000人、というあたり、証明できると面白いのですが。
との仮説もありました。

何だか他人の記事をつなぎ合わせたものになってしまいましたが,つまり私は門外漢で,石高に関しての知識も無ければ,特別のデータも持ち合わせていない訳で・・・。
ただ,「戦国もの」のテレビドラマなどを見て,手持ちの日本史の資料を調べると,当時の越後が39万石,佐渡が2万石(太閤検地)で,一方で巷では今の米どころ新潟県の石高は600万石だと聞くと,毎日ご飯を食べながら今の日本の石高はどのぐらいかと常々気になっていました。

「石高とは米の収穫量だけではない」と分かりつつも,今の時代の米の収穫量を石高に換算すると,どの程度になるのか,実際に計算してみました。
政府統計の総合窓口には平成19年産作物統計の一覧があり,水陸稲計の都道府県別の収穫量を知ることができます。
それによると,平成19年の米の収穫量は871万4千トンで,1石=150kg相当で換算すると,5809万石になりました。
お遊びで都道府県別の「米だけの石高」も算出してみました。時代劇で「蝦夷400万石」と言えば大問題ですが,今の状況は時代劇とはまったく違います。個人的には北海道の「キララ397」が気に入っています。
都道府県米の収穫量(t)米だけの石高(万石)
全国8,714,0005,809.3
北海道603,200402.1
青森299,100199.4
岩手309,500206.3
宮城408,000272.0
秋田549,500366.3
山形419,500279.7
福島445,200296.8
茨城404,000269.3
栃木360,700240.5
群馬90,00060.0
埼玉175,200116.8
千葉328,600219.1
東京7810.5
神奈川16,10010.7
新潟650,600433.7
富山211,500141.0
石川137,00091.3
福井140,80093.9
山梨29,80019.9
長野224,400149.6
岐阜119,70079.8
静岡93,10062.1
愛知160,100106.7
三重156,300104.2
滋賀175,600117.1
京都81,80054.5
大阪30,70020.5
兵庫194,000129.3
奈良49,60033.1
和歌山37,40024.9
鳥取67,00044.7
島根96,30064.2
岡山174,100116.1
広島138,60092.4
山口116,20077.5
徳島66,50044.3
香川74,10049.4
愛媛78,70052.5
高知62,10041.4
福岡194,000129.3
佐賀141,60094.4
長崎68,90045.9
熊本210,300140.2
大分127,70085.1
宮崎78,10052.1
鹿児島115,70077.1
沖縄2,8801.9

繰り返しになりますが,1石=150kg で計算しました。
参考サイト「山代慶長一揆」,石高とは より

[72051] 2009 年 9 月 23 日 (水) 18:06:40 おがちゃん さん
 最終日

こんばんは。おがちゃんです。

本日はシルバーウィークの最終日ですね。
皆さん、いかがお過ごしでしょうか?
僕は初日は運動会、2日目は母の入間市にある実家へ行った以外は家の近くでウロウロしていました。ただ、運動会があったおかげで(?)、明日も1日お休みとなりました。いいのだかわるいのだか・・・。

さて、渋滞情報で、東名阪自動車道を「ひがしめいはんじどうしゃどう」ではなく「とうめいはんじどうしゃどう」と読んでいたアナウンサーの方がいました。まぁ、東名高速道路と紛らわしい名前なので仕方ないとは思うのですが、ただねぇ・・・。

[72050] オーナー グリグリ さん
登録メンバー情報の一部が壊れていたため実際よりも少ない人数で表示されていました。
個人的にはかなり怪しいと思っていたのですが、特に深く考えることなくスルーしてしまいました。

なくなったデータはその時点で書き込みから遠ざかっていた人だったため、メンバー紹介文などのデータがなくなったことに気が付かなかったのだと思われます。その後、実那川蒼さん、えっすさんなど久々登場の方が書き込まれた際に、メンバー紹介文が全部なくなっていたり、一部壊れていたことがありました。
なるほど。怪しいとは思っていましたが、特に考えることなく、普通にメンバー紹介文編集願いをかぱぷうさんに出していました。さすがに、メンバー紹介文が一部壊れている人が見つかった時に不審に思うべきでしたね。復帰してすぐにメンバー紹介文の一部が消えていることに気づいたのですが・・・。さぁ、かぱぷうさん、どうしましょうか(笑)。特に変更する所がない人はこのままにしてしまいましょうかね・・・。

まっ、メンバー紹介文のデータがが直って一安心です。(よかったよかった・・・)

#市りとりの件、読み編も気になりますが、表記編はどうなったのでしょうか?興味津々です。

[72050] 2009 年 9 月 23 日 (水) 15:53:37 オーナー グリグリ
 登録メンバーの居住地・出身地の都道府県分布

[72039]でご紹介した居住地と出身地のグラフデータ居住地・出身地の都道府県分布(ニックネーム版)ですが、登録メンバー情報の一部が壊れていたため実際よりも少ない人数で表示されていました。現在は復旧しましたので正しいグラフとニックネーム分布を表示しています。復旧作業と合わせてグラフ表示のレイアウトも手直ししてみました。なお、登録状況は以下の通りです。

登録メンバー総数225名うち居住地出身地両方登録者(192名)両方未登録者(19名)
居住地登録者202名うち居住地のみ登録者(10名)
出身地登録者196名うち出身地のみ登録者(4名)

登録メンバー情報の一部が壊れた(なくなった)のは、残っていたデータから推測すると2008年4月6日と思われます。なくなったデータはその時点で書き込みから遠ざかっていた人だったため、メンバー紹介文などのデータがなくなったことに気が付かなかったのだと思われます。その後、実那川蒼さん、えっすさんなど久々登場の方が書き込まれた際に、メンバー紹介文が全部なくなっていたり、一部壊れていたことがありました。復旧作業を行いながら、おかしいなぁと思ったのですが、しっかり調査追求しなかったために今まで気付きませんでした。なお、一部の久々登場の方については、以前の紹介文と変わっている方もいらっしゃいます(今回の復旧前にかぱぷうさんが新たに作成されました)。

関係する方々には大変ご迷惑をおかけし申し訳ありませんでした。なお、本障害はhmtさんからのご指摘により判明しました。hmtさん、ありがとうございました。hmtさんのご指摘は、上記の居住地・出身地ページからhmtさんご自身を含め数多くの方々が抜けているのではないかとのことでしたが、実は、hmtさんともうお一人のデータが抜けていたのは、居住地・出身地の都道府県解析ロジックの不備という別の原因でした。データ抜けと合わせて2つの原因があった訳です。重ねてお詫び申し上げます。

[72049] 2009 年 9 月 23 日 (水) 14:32:59 hmt さん
 北海道胆振国

初めにお断り:
この記事は、もともと[72037]の一部として書いたトピックスのうち、もと記事の主題である「国の隣接関係」とは無関係の部分を分割し、再編集ものです。
[72010]グリグリさんの旧国名の組み合わせから国の隣接関係に進み、更には明治に新設された渡島国が半島の根元で隣接する胆振国へと話題が飛んだものです。

「胆振国」の領域を地図で確認してみると、極めて特異な形状をしていることに驚きます。
西端は渡島半島北東部で噴火湾の西岸をなす(旧)山越郡です。東端に近いのが、1981年に石勝線開通の立地条件をとらえてリゾート地として名乗りを上げたトマム(勇払郡占冠村)。東西200数十kmに及びますが、途中に幅250mほどの「くびれ」があります。

[832] Issie さん
北海道渡島支庁の山越郡長万部町の東端では,南の噴火湾(太平洋側)に面した海岸線から北の寿都湾(日本海側)に注ぐ朱太川水系との分水界までの直線距離がわずか250mほど,というところがあります。

地図 をリンクしておきます。上記の記事は、日本海へ流れる朱太川の最上流部が太平洋側の噴火湾にごく近いところにあることを示したものでしたが、これは同時に「海に接近した中央分水界」の事例でもあり、この分水界が胆振後志国境であることから、西側の山越郡と、東側の本体とをつなぐ「胆振のくびれ」を示すことにもなりました。

立科町雨境峠[72008]では県道が「くびれ」を通過していましたが、こちらの胆振国道は、胆振国から はみ出してしまい、分水界の北側・後志国寿都郡の領域を通過します。室蘭本線は2本の長いトンネルで胆振国内を通過。

今から考えると、こんな狭隘部で隔てられた山越郡を胆振国にしたこと自体が不思議に思われます。
[300] Issie さんによると、渡島国になった直後に編成替えがあったとか。明治2年当時は、現在のような陸上交通路は存在せず、噴火湾内を船で結んでいた関係から、胆振国になったのでしょう。

北海道庁に19支庁が設置された明治30(1897)にもなると、地形的にも渡島半島の一部である胆振国山越郡は、当然のように(室蘭支庁管内でなく)亀田支庁管内になり、その後も函館支庁を経て渡島支庁管内になっています。
その中で更に八雲町の領域は、日本海側の桧山支庁管内爾志郡熊石町と 2005年に合併 し、噴火湾と日本海の2つの海に面し、胆振・渡島2国にまたがる「二海郡」へと変っています。桧山支庁管内は、その影響で南北に分断。

洞爺湖・室蘭・苫小牧のある胆振国の主要部は胆振支庁管内になっていますが、八雲町と長万部町は渡島支庁管内、虻田郡の内羊蹄山方面の6町村は後志支庁管内、千歳市と恵庭市は石狩支庁管内、占冠村は上川支庁管内となっており、現在の北海道行政区分において、胆振国は5支庁管内に分断されています。

開拓初期には鵡川を遡るルートであったために胆振国勇払郡の所属とされた占冠村は、内陸交通網の整備により富良野から行けるようになり 1906年に上川支庁管内になりました。落書き帳初期の Issieさんの記事[281][738]
交通体系は 1981年に千歳空港に直結する石勝線が開通したことで 更に一変したわけですが、行政区分はそのままですね。

胆振国と中央分水界との関係。
最初に記した「くびれ」地帯のように、太平洋斜面(南側)が主体ですが、羊蹄山付近のように日本海斜面もあります。
そして勇払平野から石狩平野へと連なる低地帯には、「日本一低い中央分水界」。
[839] Issie さんによると、太平洋と日本海とを分ける分水界の標高が 20mほど とか。
千歳空港付近ですが、平坦地の分水界は、地形図を見ても判然としないようですね。

[72048] 2009 年 9 月 23 日 (水) 01:08:31 なると金時 さん
 地理とは関係ない話

ですが、なんか気になったので、確認してみました。

2005 衆議院福岡8区
麻生145,229
大島87,856 
渡辺22,176
麻生÷総票数=56.9%
大島÷麻生=60.5%

2009 衆議院福岡8区
麻生165,327
山本96,327 
大塚4,095
麻生÷総票数=62.2%
山本÷麻生=58.3%

数字だけみると、「全国的な自民の不調をよそに、前回より票をまとめた」となると思います。

[72047] 2009 年 9 月 23 日 (水) 00:18:22 Issie さん
 肥薩筑豊

…これに「日」が加われば九州(本島)全域が入るのですね。

[72044] 有明つばめ さん
あと、余談ですが筑豊本線や筑豊電気鉄道は旧筑前国のみで旧豊前国を通っていませんし、肥薩線は旧薩摩国を通っていません(旧大隅国のみ、ただし藩でいえば旧薩摩藩ですが)。

肥薩線とは元々,鹿児島までの呼称だったようですね。
元は鹿児島までのメインルート(…というよりこれ1本しかない)として「鹿児島本線」を名乗っていたこの路線,1927年に海岸廻りの 川内本線 が全通したためにこちらに名称を譲り,八代−吉松−国分(現隼人)−鹿児島 間が「肥薩線」と改称されました。鹿児島は言うまでもなく 薩摩 ですからね,“看板に偽り”ではないわけです。
その後,こちらも現ルートとは違って都城から霧島の北を迂回する現吉都線ルートを通って吉松で当初の鹿児島本線に接続していた 日豊本線 を短絡するために都城側と国分(隼人)側の双方から建設が進められていた 国都線 が1932年に全通した結果,「日豊本線」の呼称を国都線ルートに移すと同時に隼人(国分から 西国分 を経て改称)以南区間も編入しました。それで,肥薩線は“大隅国の隼人”止まりとなったわけです。この路線,日向も通過するのにね。

筑豊。
現地の地理に詳しくない立場で遠方から眺めていると,「筑豊」というと北九州の内陸部に両国にまたがる盆地があって,そこに炭鉱が散在する(していた),なんてイメージがあるのですが,地図を見ると両国の間にはしっかり分水嶺があって,厳然と分けられるのですね。藩政時代も,福岡藩領(筑前)と小倉藩領(豊前)にきっちり分かれていたのでしょうか。
いずれにしろ,筑前・豊前よりもさらに前,「筑紫(つくし)」と「豊(とよ)」の時代からはっきり分かれていたのでしょう。
とすると,この両国をまとめて「筑豊」たらしめていたのは,ひとえに“大炭田地帯”の存在と,各炭鉱から積み出し港の若松に集約するように引かれた鉄道網の賜物と言えましょうか。
ともかく炭田としては全体で1つの「筑豊」。そこは恐らく,筑前 の博多・福岡地方や 豊前 の周防灘沿岸部のいずれからも独立した地域として,いわば福岡県北部には 筑前・筑豊・豊前 の3地方が鼎立する。そして,その「筑豊」に張り巡らされた鉄道網の総本線として,原田→若松間(石炭の流れに合わせて,あえて上下を逆に表記)のルートが豊前を通過していなくても全体の代表として「筑豊本線」を名乗る。
…なんて,ストーリーを考えてみましたが,いかが?

筑豊国境地帯の最北部は1963年の大合併で 北九州市 となりました。豊前(門司・小倉)と筑前(戸畑・八幡・若松)にまたがる大工業都市。そして,そのとき同時に北九州市は中選挙区制時代に「2区」(筑前東部)と「4区」(福岡県領豊前)の“複数の選挙区にまたがる市”になりました。ここでは 筑前 と 豊前 の境は峻厳で,帝国議会開設のために1890年に実施された第1回総選挙以来,明治・大正境界期(1902〜17年)と敗戦直後の1回きり(1946年)の大選挙区制時代を除き,小選挙区・中選挙区の両時代を通して別の選挙区となっています。
それは筑豊の炭田地帯も同じ。筑豊地域を地盤に元々は石炭財閥の出身である 麻生さん は,お父さんの時代から「筑豊」のうちの“筑前”の方から選ばれているのですね(今回も辛うじて)。

[72046] 2009 年 9 月 22 日 (火) 23:45:58【1】 hmt さん
 サルガッソー海

[72033] 般若堂そんぴん さん
「豆生田の猿合奏の怪」
[72041] 伊豆之国 さん
栃木県南西部独特の苗字「大豆生田」さん。いくつか読み方があるようですが、「おおまめうだ」というのが最も一般的

まめうだ>Bermuda島の南のSargasso海。
一応、地理の復習をしておくと、メキシコ湾流やアンチル海流に囲まれて流れがよどんでいるので、大西洋の海面を浮遊する流れ藻のホンダワラ(Sargasso)がこの海域に来ると留まって、大群落を形成。サルガッソー海のことを「藻海」とも呼びます。

帆船の時代には、風が少なく、藻が舵にからまりやすいこの海域に迷い込むとなかなか脱出できなかったと伝えられます。
海の透明度66mという世界記録が観測されているということは、貧栄養の海で、食いつなぐための魚もとれず、雨が少なく飲み水も確保しにくい海。
このような理由で、昔は船の墓場という伝説により恐れられた場所でした。

最近は、分解されないプラスチック廃棄物の集積が問題視されているようです。

サルガッソー海は、ヨーロッパうなぎの産卵場所としても知られます。ここで孵化した稚魚を中国が輸入して養殖したうなぎが日本の食卓に上がっていましたが、最近はEUが稚魚の輸出を規制しています。

なお、日本うなぎの産卵場所は長年の謎でしたが、最近になってマリアナ海嶺のスルガ海山付近という発見が報じられています。

[72045] 2009 年 9 月 22 日 (火) 21:59:01 小松原ラガー さん
 オフ会の想い出・・・と、未来予想図

小松原ラガーです。

[72039] オーナー グリグリ さん
[71985]でなきらさんがおっしゃっている通り、初めて参加される方もすぐに溶け込んで和気藹々と時を経つのも忘れること間違い無しです。

私も全くその通りと思います。手前ごとで申し訳ありませんが、私の場合、第2回の神戸開催の時に、地元開催であることもあり、はじめて参加させていただきました。みなさん、どんな方々なのだろうか、と多少なりともドキドキしながら、神戸駅の改札に行くと、それらしき方々がおられるではありませんか。流石に、神戸駅から会場のハーバーランドMosaicまでの移動中は少々緊張しましたが、いざ宴会が始まってみると・・・まぁ、みなさん、仲良くなるのはあっという間でした。実は、神戸開催の時に、初めてなのでわかりやすいようにと、「ピンクのストラップのついたスポーツサングラスをかけて行きます!」と事前に申し上げ、その通りにしたのですが、どなたかから、

「そのまんまやないけ!」

と言われたのを覚えています。何が言いたいのかと申しますと、初めてお会いしたのに旧知の友のように親しげに話しかけていただいて、今考えれば、あれが大変良かったのではないかと思ったりします。ということで、メンバー登録の有無や初参加かどうかなんて関係なく、まず間違いなく楽しめるのではないかと思います。

その後、翌年の金沢は事情により急きょ欠席しましたが、2年ぶりだった福岡でも実は「ピンクのストラップのついたスポーツサングラス」を持って行ってたりしましたが・・・。

さて、今回、岡山ですが、神戸ならびに大阪近辺を生活圏とする私としては、隣県でありながら、よく行っているようで、それほど行っていないようで・・・。岡山市内で言えば岡山城や後楽園はあまりにも有名ですが、乗り鉄の方には市内を走るチンチン電車(と敢えて言いますが)の乗りつぶしもよし、東部の備前市は備前焼で有名ですね。あと、東部では閑谷学校や東洋のエーゲ海牛窓なんかも、時期的に暑くない11月とかのほうがお勧めかも。それと、備前市には日生(ひなせ)というところがありますが、日生の港に水揚げされる、牡蠣やシャコなど、おったまげます。バケツ一杯500円とか、ポリ袋一袋で1000円とか、そんな売り方に遭遇したことがあります。あと、この日生ですが、知る人ぞ知るこんなものもあったりします。地方発送もしておりますが、やはり現地(といっても大変小さなお店ですが)で食べないと!

そういえば、会社の旅行で湯郷温泉ドイツの森にも行ったことがあります。ドイツの森は昼飯にバーベキューを食べに行っただけですが、湯郷は本当によかった。そうそう、バーベキューと言えば、こちら、蒜山高原はジンギスカンでしたっけ。あと、牛窓で思い出したけど、夏の海水浴なら玉野市の渋川海岸なんかもよいかも。私が渋川海岸に行ったのは既に秋の時期で、やはり会社の旅行だったのですが、宴会の翌朝に後輩と2人で海岸をジョギングしたのを覚えています。(一応、当時は市民ランナーでした。^^;)ん?玉野と言えば、お子さん連れにはおもちゃ王国もよいかも。私は8月に行って死ぬほど暑い中で、子供より先にパパがダウン状態でしたが・・・。

岡山市から地図で西を眺めれば・・・、おっと、倉敷を外すわけには行きますまい。倉敷駅北側のチボリ公園は残念なことになりましたが、倉敷駅南側は美観地区大原美術館。もはや言うことありますまい。とはいえ、ひとことだけ。過日に、美観地区近辺で宿泊したことがあるのですが、宿にさりげなく飾ってあったのが何故か棟方志功の木版画。すごく雰囲気にマッチしていたのを覚えています。史跡、景勝地で言えば伯備線(おっと、つい先日別のテーマで伯備がでてきましたね。^^;)沿いに北上すれば備中国分寺(正確には伯備線沿線というより吉備線沿線ですが)や井倉洞なんかもお勧めではないでしょうか。更に、生き物系が好きな人にはこんなものも面白いかも。

さてさて、駆け足で私自身の個人的な目で岡山県をぐるりと回想してみましたが、オフ会は22日の夕方。その前後に時間のある方、いかがアレンジされますでしょうか?

#って、私は更に隣県に足を伸ばそうかと画策しておりますが・・・。

いずれにしても、できるだけ多くの方とオフ会でお目にかかれることを楽しみにしております。(40名そろったら出身地や居住地で適当に東西に分かれて20人ずつで綱引きでもしますか?^^;)

[72044] 2009 年 9 月 22 日 (火) 21:28:45 有明つばめ さん
 筑肥線と筑肥山地

お久しぶりです。

[72010]オーナー グリグリさん

筑肥 筑前,肥前 筑肥線

実は、「筑肥」にはもう一つ、筑肥山地なるものが存在します。
ただし、筑肥線が福岡県と佐賀県を結んでいるのに対し、筑肥山地は福岡県と熊本県の境界、つまり筑後・肥後の旧国境にあります。

それから、「肥筑」の用例は現在はわが大牟田市内にある会社くらいにしか見当たりませんが、かつて福岡県の瀬高駅から熊本県の南関町までを九州肥筑鉄道という鉄道が結んでいました。

あと、余談ですが筑豊本線や筑豊電気鉄道は旧筑前国のみで旧豊前国を通っていませんし、肥薩線は旧薩摩国を通っていません(旧大隅国のみ、ただし藩でいえば旧薩摩藩ですが)。

[72043] 2009 年 9 月 22 日 (火) 20:39:10 おがちゃん さん
 市りとり

こんにちは。おがちゃんです。
この話題は、真面目に気になります。

[72004] 大龍エクスプレス さん
南条、志布志、嬉野、三豊、宇陀、南丹、常総、伊達(福島)、南相馬、平川、下野、匝瑳、北斗、宮若、中央、奥州、合志、香美、香南、三好、奄美、神埼、朝倉、加東、北名古屋、坂井、南房総、浅口、天草、嘉麻、山武、香取、みどり、つくばみらい、小美玉、国東、南島原、大崎、岩出、弥富、本宮、みやま、木津川、南九州、伊佐
え〜と、分かりやすいように、この45市を「前にも後ろにもつながる市」、「先頭にのみなれる市」、「最後にのみなれる市」、「市りとりに使えない市」の4種類に分けてみることにしました。

「前にも後にもつながる市」
南城、志布志、嬉野、三豊、宇陀、常総、伊達(福島)、南相馬、平川、下野、匝瑳、北斗、宮若、中央、奥州、合志、香美、三好、神埼、加東、北名古屋、坂井、南房総、嘉麻、山武、香取、みどり、つくばみらい、小美玉、国東、大崎、弥富、本宮、みやま、木津川、南九州、伊佐

「先頭にのみなれる市」
奄美、浅口、天草

「最後にのみなれる市」
南丹、香南、南島原、岩出

「市りとりに使えない市」
朝倉

やはり、「あ」から始まる市と「み」から始まる市が増えましたね。
ただ、「あ」から始まる市は一番最初の1回だけしか使えないため、いかに他の市で伸ばすかでしょうね。この中で、いかなる時でも1市+となる嬉しい市は志布志市と言う所でしょうか。
しかし、ダブるのが怖くて、尚且つ面倒くさがりやの僕にはこれ以上は繋げられない(繋げるのが怖い?)ので、きついです。大龍エクスプレスさん、繋げられましたら繋げてください。
それにしても、本当に手抜きだな・・・。どうにかして、重複確認ができないものでしょうか?

[72042] 2009 年 9 月 22 日 (火) 20:37:56【1】 Issie さん
 さきつではのくに

[72041] 伊豆之国 さん
「豆生田」というと、栃木県南西部独特の苗字「大豆生田」さん。いくつか読み方があるようですが、「おおまめうだ」というのが最も一般的であるようです。

もうずいぶん昔ですね,私が高校生の頃,たまたま視ていた教育テレビの番組であの 金田一春彦 さんが「豆生田」姓の読みとして「まみゅうだ」を紹介し,「外来語やオノマトペではない日本語の単語の中で“みゅ”という音節が実際に使われている唯一の例」と言っていました。確かに「みゅ」という音,漢字の“音”にもなく(したがって中国由来の外来語=漢語には使われない),日本固有語(やまとことば)にも思い当たる単語が見当たらない。ヨーロッパ系の外来語には,いくらでもあるんですけどね。

ところで,長野市では「大豆島」と書いて「まめじま」。いや,わざわざ信州まで行かずとも,横浜市港北区にも「大豆戸」と書いて「まめど」。だから,「大豆生田」と書いてあっても,つい「まみゅうだ」と読んでしまいそうです。
ダイズ(大豆)こそ“豆の中の豆”。同じく,タイマ(大麻)こそ“麻の中の麻”なんですね。残念なことに,現代の日本では 大麻 は「ヘンプ」としてよりも「マリファナ」の方に重点が行って,厳しく規制されてしまっているのですが。

[72039] グリグリ さん
♪目指せ40名♪

お誘い,ありがとうございます。
とは言え,この時期に泊まりがけというのはちょっと…,という事情がありますので,申し訳ありません。ご盛会をお祈りしています。

と言いながら,7連休なので実は明日から3日ほど「羽」方面へ。
暖冬の一昨年正月明け,雪ではなく雨の降る中をせっかく訪れたのにそこだけはまだ正月休みだった“港町の大地主邸”へのリベンジ戦も兼ねています。

あ,しかし,「港町」はどうしたわけか「しりつではのくに」の所属でした。

[72041] 2009 年 9 月 22 日 (火) 20:00:23 伊豆之国 さん
 Endless‥

[72023]Issieさん
越佐
今から20数年前に新潟方面を旅したとき、新潟駅の駅弁に「越佐弁当」というのがあった記憶があります。
その新潟駅の駅弁立売、今もやっているのでしょうか‥。

[72033]般若堂そんぴんさん
小田原提灯
豆生田
[71971]ぺとぺとさんの書き込みで引用の
鳰生田
でちょっとした話題になった「○生田」ですが、小田原と言えば箱根登山の「入生田」駅。小田原−箱根湯本間が小田急車両のみの運用になり、名物の3本レールも姿を消しましたが、入生田には登山電車の車庫があるため、ここと箱根湯本の間だけは3本レールが残され、登山電車の車両もこれに対応するため、600V/1500Vの両方で走れる設備が残されています。登山電車の車両が小田原まで乗り入れていた頃、「上り」(山下り)の電車が湯本駅を出ると、急に車内が明るくなったことを覚えています。

「豆生田」というと、栃木県南西部独特の苗字「大豆生田」さん。いくつか読み方があるようですが、「おおまめうだ」というのが最も一般的であるようです。全国に900人ほどあり、その6割が栃木県。栃木市と大平町に集中しています。

ところで、鈴木良徳氏(栃木県岩舟町出身)の著書に「時刻表マニア」(昭和48年発行)というのがあります。この本を読むと、著者が小学生時代(明治末期)に「汽車・汽船旅行案内」という本を愛読し、
東海道線の新橋から大阪・神崎・西ノ宮・住吉・灘・三ノ宮・神戸までと、信越線の加茂・羽生田・矢代田・新津・亀田・沼垂・新潟までを暗記していた
とあり、「羽生田」のところには「小学生に大豆田(まみょうだ)<←「大豆生田」の誤り?>という子がいて覚えやすかった」と括弧書きがあります。

ところで、私は昨日、伊勢崎線東向島駅高架下の「東武博物館」へ。初めて足を運んだのですが、リニューアル工事が行われ、記念の展示も。屋外には新たに元特急車「5700系」が原型復元され、「猫のひげ」といわれた独特のスタイルが蘇ることに(私が以前乗ったとき([72007])は貫通ドアの付いた平板な形に改造されていました)。そのほか先代ロマンスカー「1720系」の正面部分や、昭和43年に廃止になった日光市内線の車両(一部は岡山電気軌道に移籍し、現在も活躍中)なども展示されていましたが、開業当時のSLはショータイムで汽笛を鳴らし、動輪を動かすシーンが見られたものの、屋内展示のため煙を吐くシーンが見られずこれだけは「今市」物足りませんでした。しかし、入館料200円という安さの割には、たっぷり堪能できたというところでした。

♯今月はとにかく書き込みペースが速い。書き込み件数でも上位に来たのは久しぶり‥

[72040] 2009 年 9 月 22 日 (火) 19:44:45 小松原ラガー さん
 11月 2 2 日!!!

小松原ラガーです。

[72039] オーナー グリグリ さん
[71823][71930]でもご案内いたしましたが、11月23日に岡山市北区苫田温泉にて第六回落書き帳公式オフ会を開催します。

ワォゥ! 11月22日ですよぉぉぉぉぅ!^_^;

[72039] 2009 年 9 月 22 日 (火) 18:30:06【1】 オーナー グリグリ
 ♪目指せ40名♪

[71823][71930]でもご案内いたしましたが、11月22日に岡山市北区苫田温泉にて第六回落書き帳公式オフ会を開催します。開催日までまだ時間がありますが、ネットの中でお付き合いしている皆さんと実際にお会いできれば嬉しいと思っています。今回は過去最高の40名参集の大目標を掲げておりますので、ぜひ、多くの皆さんにお集まりいただければ幸いです。まずは、情報収集のためオフ会メーリングリストへの参加をご検討ください。参加方法は[71823]をご覧ください。

[71983] 2009 年 9 月 17 日 (木) 19:19:51 リトル さん
観光旅行も兼ねてご家族の方と御参加されるのも良いのでは?
過去のオフ会で前後の旅程においてご家族を同伴された方もいらっしゃいますが、オフ会そのものに参加されたご家族の方は今のところいらっしゃいません。ご家族のオフ会への参加も大歓迎ですが、果たしてあのマニアックというか異様な盛り上がりに着いて行けるかどうか。もちろん、紳士淑女の集まりなので皆さん大いに気を使われて退屈させるようなことはないでしょう。

(実はハードなオフ会で、「素人は帰れ!」だったらどうしよう…)
[71985]でなきらさんがおっしゃっている通り、初めて参加される方もすぐに溶け込んで和気藹々と時を経つのも忘れること間違い無しです。

[71969] 2009 年 9 月 16 日 (水) 01:06:33 あっちゃん さん
オフ会も都合がつけばぜひ参加したいと思います。
お待ちしています。ぜひお会いしたいですね。
翌日授業があるとか。その時間次第ですが、日帰り参加も可能です。

[19397] 2003 年 8 月 29 日 (金) 16:48:54【1】 えっす さん
会いたいのは山々なのですが、その前に親に言うと反対されそうですね・・・。
「そんな顔もわからん人と会ったらあかん」などと言われそうです。
「会わんかったら一生顔わからへんやん!」とか心の中で思ってたりしますが。
隠れて行ったとしても僕は普段あまり一人で遠出をしないので怪しまれるでしょうし。
ニジェさんが[71967]で書かれていましたが、6年前のえっすさんの書き込みですね。もう、親に反対ということもないのでは。できれば、お会いしたいですね。

[71670] 2009 年 8 月 14 日 (金) 20:11:37 hiroroじゃけぇ さん
大阪から戻ってきてから2ヶ月ほど経ちますが、未だに忙しいhiroroじゃけぇです。岡山のオフ会。仕事の都合上、勤務表が発表されてからでないとわからない。そんなわけで、今のところ沈黙しているわけでございます。
お忙しいところ恐縮です。今回はhiroroじゃけぇさんの地元開催ということで、ぜひとも参加していただけると嬉しいです。とりあえずメーリングリストへのご参加だけでもよろしくお願いします。

[71996] 2009 年 9 月 19 日 (土) 20:45:57【1】 Issie さん
今,“ある作業”をしていて,ふと室蘭市街図を見たことがありました。意外にも室蘭湾側ではなく太平洋側に元々の市街が開けているのを見て,ああ行ってみようかなぁ,なんて思ったのですが,今の身辺の状況では北海道はちょっと遠いかな(…岡山県もネ)。
室蘭はやっぱり遠いですねぇ。それに引き換え岡山は近いですよぉ。第一回以来のご参加はいかがでしょうか。オフ会常連メンバーも増えてきていますし、Issieさんとお会いしたいという方も間違いなくたくさんいらっしゃいます。私ももう一度お会いしたい。
#ちょっと強引な客引きで申し訳ありません_o_

さて、個別勧誘はこれくらいにして、岡山近県の中国四国、関西、九州にお住まいの皆さん、あるいは、これらの地域ご出身の方々、帰省ついでにオフ会参加はいかがでしょうか。三連休ですのでスケジュールも組みやすいのではないでしょうか。

該当するメンバーを皆さんすぐに頭に浮かべられますか。メンバーの居住地と出身地のグラフデータはこれまでもありましたが、具体的にどのメンバーがどこにというのはメンバー紹介ページを一つ一つチェックする必要がありました。そこで、メンバーの居住地と出身地をわかり易く一覧するページを作成しました。

居住地・出身地の都道府県分布(ニックネーム版)

兵庫県の方が多いですねぇ。中国四国はもちろん九州や関西地方の方、ぜひ参加をご検討ください。お待ちしています。

【訂正】[72040]小松原ラガーさんの指摘により修正(23日→22日)。お恥ずかしい(f^^

[72038] 2009 年 9 月 22 日 (火) 17:19:11 hmt さん
 国の隣接関係 (2)畿内

[72010]の追加情報調査にも役立つかもしれないので、国の隣接関係データを列挙しておきます。

初めに「国」の定義から。
五畿七道の順に示しますが、古代の「令制」に基づく国ではなく、明治の修正を加えています。
つまり、明治以降の近代日本で使われた、いわば「近代の国」です。

関係する過去記事 の最初にIssieさんが述べているように、
いくつかの例外を除いて現実に使われている区画としての性格はとっくに失っていて,その意味では「化石」のような存在
なのですが、現代に生きてる国名 もあります。
今回のテーマである「国名から一文字ずつとった地域名」も、その仲間に入れてよいでしょう。

隣接国は、右回りの順番で列挙します。内陸国の場合は、京都に最も近い国から始めます。
隣接国の境界は、当該国を含めて「三国境」になります。みやこ♂さんの 「三国」コレクション によると、83ヶ所の三国境の約半数に「三国」の名称が残っていたそうです。
せっかくなので、コレクションに集録された三国境地名の番号を示しておきます。

では、畿内から。
山城国 (内陸)大和 23[61266] 河内 摂津 41ab[31129][67463][67465] 丹波 20[61177] 近江 21◎ 伊賀
大和国 (内陸)山城 伊賀42 伊勢 紀伊 河内 23↑
河内国 (内陸)山城23↑ 大和 紀伊28 和泉 29三国ヶ丘 摂津
和泉国 (大阪湾)摂津29↑ 河内28 紀伊
摂津国 (大阪湾)播磨27 丹波 41ab↑ 山城河内29↑ 和泉

和泉国を例にして説明すると、大阪湾岸の摂津から右回りに河内を経て紀伊で海岸に戻ります。
和泉摂津河内の三国境は、三国コレクションの #29 に集録されています。「↑」は、その番号の三国境に関する記事リンクがすぐ上の行にあることを示しています。

山城国の行に見える「◎」は、三国境 #21が現在3県境になっていることを示します。ここの読者ならば府県名は自ずからわかるので記してありません。県境の交通路コレクション を見れば、南山城村などの自治体名と共に、地図 もリンクされています。

都市の発達したこの地方では、京阪、阪神、阪和、阪奈など都市名を組み合わせた事例は多く見られるものの、隣接2国の略称をつなげてみても、城摂、摂紀、摂和…という調子でNGの連続。
国名のペアが地域名に使われる事例は、紀勢、紀和など畿内から少し出ないとないのでしょうか?

[72037] 2009 年 9 月 22 日 (火) 17:02:16【3】 hmt さん
 国の隣接関係 (1)♪信濃の国は十州に境連ぬる国にして

[72010] オーナー グリグリ さん
私が豆相に興味を持ったそもそもが、旧国名から一文字ずつとった地域名を調べてみたいという点にありました。

紀淡海峡、備讃瀬戸、芸予諸島、防予諸島、豊予海峡は海を隔てて相対する2国に由来する自然地名であり、土讃線は途中で阿波国を経由するものの両側の2国から名付けた鉄道路線[72014]です。
しかし、これらは例外であり、リストに現れた地域名の大部分は、陸上で隣接する2国に由来します。

…ということで、国の隣接関係を洗い出してみました。

参考までに、都道府県の隣接関係については、オーナー グリグリ さん[40541] 「都道府県隣接数」ランキング という表があり、8県に隣接する長野県から孤立した沖縄県までが示されています。
そして、個別の県境については、「県境の交通路」コレクション に futsunoおじさんによる 極めて詳細な調査が記録されています。

♪信濃の国は十州に境連ぬる国にして
ご存知 長野県歌・信濃の国 です。これに匹敵する国が存在しないであろうことは想像するに難くないのですが、次点はどこなのか?
今回の調査で、伊勢・近江・美濃・丹波がそれぞれ隣接数7であることを知りました。やはり 隣接数10 は大記録です。

その後でよく調べたら、類似した調査として、[31035]みやこさん の記事がありました。

淡路・佐渡・隠岐・壱岐・対馬(それに琉球)という5つの「島国」が、隣接数ゼロであるのは当然ですが、隣接数1の志摩と安房とは、それぞれ伊勢と上総からの半島の先端という地理的位置の特異性を示しています。やはり言葉のとおり「半ば島」です。

県の隣接数1の長崎県も九州本体から西に突き出た半島の先端と言えないこともないわけですが、長崎の地理的環境は、ここを銚子のような“国のとっぱずれ”(古帳庵)ではなく、西に開いた“国の窓”たらしめました。

能登も典型的な半島ですが、その根元では、加賀だけでなく越中とも隣接しています。
明治になってから新設された国ですが、北海道の渡島国。これも半島ですが 山越郡が胆振国なので、後志・胆振の2国に隣接しています。

この胆振国の東端は、勇払郡占冠村です。ここで、胆振国と十勝国(上川郡清水町)とが隣接しているのか否かが気になります。
地図 で確認すると、僅かなところで胆振・十勝の隣接はなく、石狩と日高が隣接していました。

【お断り】
隣接と無関係な胆振国関係のトピックスは、 [72049]に分割しました。

[72036] 2009 年 9 月 22 日 (火) 13:34:36【1】 オーナー グリグリ
 Re:旧国名の組み合わせ地名・名称

[72010]旧国名の組み合わせ地名・名称の書き込みへの反応はある程度予想はしていましたが、ここまで多くの方が、しかも、書き込み直後の書き込みが多かったことに驚いています。ありがとうございました。それにしても今まで話題になっていなかったのが不思議です。さて、皆さんの書き込みをもとに表の更新を行う予定ですが、あいにく、連休中に腰を痛めてしまい、パソコンの前に長時間座っていられない状況。まだまだ反応がありそうなので、一段落した時点で更新したいと思います。それにしても、紀勢本線、伯備線、予土線などを忘れているなんて情けない。鉄道路線一覧のチェックを怠っていました。

皆さんの反応へのコメントです。記憶をたよりにコメントしますので記事番号は引用しません。あしからず。

(1) 土讃
海を挟んで対面している場合を除いて、元の一覧表で直接隣接していない事例はこれだけですが(多分)、土讃線の土讃を対象とする以上は、薩長などの事例も対象とした方がよさそうです。薩長土肥が4国の例でしょうか。

(2) 吉備
備を吉備由来と考えた方が素直という件、私は必ずしもそうとは思いません。備讃瀬戸や備讃諸島が使われはじめた時期にもよりますが、備前をかなり意識していたのではないかと思います。備前と捉えた方が素直ではないでしょうか。同じような例として房総の総があります。総は下総と上総の一方または両方を表す場合もありますし、安房も含めた全体を表す場合もあるようです。房総の場合には安房も含むというのは論理的にはないのですが、吉備由来という考え方を踏襲すると曖昧になります。やはり素直に下総と上総と捉えればいよいでしょう。旧国名の範囲を遡るというのは名称の一部が継承されている以上は必然的ではありますが、整理としては曖昧な要素が入り込んでしまうので、旧国名に対象を限定した方が素直というか単純だと思います。

(3) 両毛
両総、両丹、両備、両筑は参考データとしてリストアップするのは面白いでしょう。両毛は毛の字が旧国名にはないことから、参考の参考という感じですが、これを入れると上毛なども対象になってしまうのが悩ましい。三陸、三備も参考データですが、三丹(丹波、丹後、但馬)はやはり参考の参考でしょうか。ただし、三陸(陸奥、陸中、陸前)も明治以降の旧国名という点ではその時点で参考になりますが。

(4) 阿佐
佐は佐渡であり土佐ではないの件。下野は野州で上野が野州ではなく上州と呼ぶなど歴史的に見てもあいまいな例はありますから、阿佐をして本来おかしいと決めつけるのはどうなんでしょう。むしろ、旧国名の一文字ずつを組み合わせて新しい名称・呼称を創る発想が広がっていると捉えた方がよいのでは。

【訂正】上州と野州の説明を訂正

(5) 紀和駅
紀伊と和歌山の合成というのは初耳です。紀和鉄道の紀和を継承したのかなと思っていました。南房総市の房総も房総継承に近いと思いますが、すでに合成された名称を二次利用しているケースも多いかと思います。そういう例は最初から排除しても良いのですが、南房総市を捨てるのはもったいない気がして残しました(笑)。そのため、他の二次利用も残さざるを得ないはめに。まぁ、二次利用かどうかはっきりしない場合も多々あると思います。

(6) 採用基準
自治体名、自然地名、交通名までは、過去名(★)までリストアップしようかなと思っています。他の用例については、学校名や公共施設関係はリストアップし、それ以外のローカルな呼称や過去名については、それしか用例がない場合にのみリストアップするという基準でいかがでしょうか。

異論、反論、オブジェクション、お待ちしています。それにしても勉強になりますね。

[72035] 2009 年 9 月 22 日 (火) 11:41:14 今川焼 さん
 旧国名の組み合わせ地名・名称

[72010]オーナーグリグリさん
旧国名の組み合わせ地名・名称
時代をさかのぼれば、他にもかなりの組み合わせがありそうな気もしますが、未出のところで思いついたものを。

紀泉 紀伊,和泉 金剛生駒紀泉国定公園、紀泉高原スカイライン
摂丹 摂津,丹波 摂丹街道(国道423号池田−亀岡間)

紀泉は、かなりヒットしますね。紀泉高原はいまいち高原としての実態がわからないので高原コレクションには入れていませんが。

国鉄バス→JRバスには国名を合成した路線名が結構あります(ありました)。未出の組み合わせに該当するのは、
常野 常陸,下野 常野線(廃止)
雲芸 出雲,安芸 雲芸南線
日肥 日向,肥後 日肥線(廃止)

・常野線は、烏山線の終点烏山と真岡鐵道の終点茂木を結ぶ路線に乗ったことがあります。烏山駅前から乗ったJRバスは、途中の何でもないバス停で茂木から来たバスに接続、乗客は運賃を精算しないまま乗り換えというシステムでした。烏山、茂木どちらも栃木県ですが、茨城県側へ行く路線もあったのでしょう。
・かつては、広島市から三次市を経由し大田市、出雲市への一般路線“雲芸線”がありましたが、今は撤退し、残っている雲芸南線は、雲芸とは名ばかりで広島近郊区間の路線です。一昨日好天に誘われ国道54号を三次から雲南市まで走ってきましたが、“雲芸線”を名乗らない高速バスとはバンバンすれ違いました。
・日肥線は、西都市と湯前町を結んでいた国鉄バス路線でした。20数年前、旧国鉄妻線の終点杉安駅からバスに乗り込み、山また山の九州山地に分け入り、途中、西米良村の中心集落の村所にあった車庫で乗り換え、峠を越えて湯前線(現くま川鉄道)湯前駅まで乗りました。乗り継いだバスも列車もガラガラで、国鉄時代は周遊券を使えばこんな“贅沢な”旅行もできたんですけどね。

[72010]オーナーグリグリさん
丹但 丹波,但馬 (丹但)丹は丹後も
あまり、見かけないこの組み合わせ、丹後と但馬なら国道482号にたんたんトンネルというのがあります。yahooマップでは「丹但」と漢字になっていますが、現地の表示(たんたんトンネル画像)ではひらがな表示です。どっちが正式なんだろう。
ちなみに、近畿北部では会社名などには「三丹」([23038]実那川蒼[あんどれ]さん)を使うことが多いです。
この三+国名の一文字のパターンで最もメジャーなのは「三陸」でしょうが、「三備」というのも会社名などでヒットしますね。

[72015]伊豆之国さん
「播丹」(播磨・丹波)
播丹といえば、丹波市内では福知山線谷川駅前に常駐しているタクシー 播丹交通が現役です。

[72034] 2009 年 9 月 22 日 (火) 10:33:01【1】 白桃 さん
 額田郡下山村の一部が東加茂郡下山村へ

まずはレス
[72015]伊豆之国 さん
旧国鉄の計画線では「阿佐線」だったようです。
そう言われてみると・・・、ご指摘ありがとうございました。

さて、「市区町村雑学」の「同一都道府県内の同一名称の市区町村」にも記述されておりますが、市町村の区分、読みも含め完全に一致している例は現在ありませんが、過去には同時に存在している例が結構ありました。「町」の例ですぐ思い浮かべるのは、倉敷町(岡山県)、大宮町(埼玉県)、新川町、旭町、西浦町、横須賀町、大野町(愛知県)、一宮町(兵庫県)、府中町(広島県)。
「村」の例になると枚挙にいとまがないのですが、面白いのが標題に掲げた愛知県の下山村(しもやま・むら)です。1956年9月30日に額田郡下山村は、一部が他村とともに額田町を新設。そして、残りの一部は、東加茂郡にある同一名称の下山村に編入合併されております。当時、郵便配達は混乱したのではないか・・・、と今頃、余計な心配をしています。

以上のこととは全く関係ありませんが、母校(高校)が、詫間電波(三豊市)を相手に24:11で勝ったとのこと。なお、これはラグビーではなく、野球の試合であったことを申し添えておきます。

訂正箇所:「町」の例で、三和町(広島県)を挙げていたので削除

[72033] 2009 年 9 月 22 日 (火) 00:20:57 般若堂そんぴん さん
 散漫なレース二題(野岩羽線,さる)

[72016] k-aceさん
野岩(下野、岩代)…野岩鉄道野岩線
日中線,米坂線,長井線,左沢線を結んで「野岩羽線」とする構想もあったようで,1980年代の新聞記事(もちろん山形県内版)にも紹介されていました.本数が確保されれば便利だったでしょうが,採算を考慮すれば廃案になって然るべきでしょうね(滂沱).

[72023] Issieさん
もう30年以上前,私が初めて佐渡に渡るために直江津から小木へ乗った船の名前が「えっさ丸」でした。
つい脱線して「小田原提灯」を連想してしまいました.
(私のアタマの脱線具合は,「豆生田の猿合奏の怪」という言葉が数日間脳内に鳴り響くほどに悪化しております)

[72032] 2009 年 9 月 22 日 (火) 00:08:04【2】 88 さん
 市区町村変遷情報小レス(北海道) 市区町村数の変遷について(2)

[72031]で掲載した、北海道の市区町村数の変遷の大きな表の説明です。

(A)「北海道区制」、「北海道一級町村制」、「北海道二級町村制」の施行に伴う市区町村数の増減。
ただし、「二級村→一級村」や「二級村→二級町」などの変更は除く。つまり、施行前は郡区町村編制法下の町村に限る。
これは、市区町村変遷情報市制町村制施行時の情報に相当する。
(B)(A)施行後の廃置分合・改称や、「二級村→一級村」「二級村→二級町」などの変更による市区町村数の増減。
これは、市区町村変遷情報履歴情報(市制町村制施行時以降の情報)に相当。
(C)(A)(B)を施行した後の、その時点での市区町村数。

これらのうち、(A)の省令等の年月日・番号及び主な内容は次のとおりです。
1)M32.9.4内務省令第46号北海道区制(札幌区,函館区,小樽区)
2)M33.5.19内務省令第19号北海道一級町村制(10町6村)(松前郡福山町ほか)
4)M35.3.5内務省令第6号北海道一級町村制(1町)(上川郡旭川町)
5)M35.3.13内務省令第7号北海道二級町村制(6町56村)(石狩郡石狩町ほか)
8)M39.2.22内務省令第1号北海道二級町村制(73村)(札幌郡篠路村ほか)
13)M42.3.17内務省令第7号北海道二級町村制(19村)(磯谷郡南尻別村ほか)
20)T4.3.16内務省告示第11号北海道二級町村制(24村)(石狩郡新篠津村ほか)
32)T8.3.24内務省告示第15号北海道二級町村制(16村)(亀田郡椴法華村ほか)
48)T12.3.30内務省告示第80号北海道二級町村制(25村)(松前郡大沢村ほか)

上記の表ではS18(1943).4.29付けの異動までを記載しました。この後、勅令第443号(S18(1943).5.25付け)及び勅令第444号(S18(1943).5.25付け)により、
・「北海道二級町村制」廃止→従来の二級町村は、市制町村制指定町村制の指定町村に
・「北海道一級町村制」廃止→従来の一級町村は、市制町村制の町村に
なりました。施行はS18(1943).6.1付けです(参考資料[67008] むっくん さん)。

表中(※)は、支庁の変更です。
施行日
施行日勅令支庁数摘要
M30.11.5M30.11.2勅令第395号1919支庁発足(注1)
M32.5.20M32.5.9勅令第191号19一部所管変更
M32.10.1M32.9.16勅令第385号18亀田廃止(函館へ)
M34.4.1M34.3.18勅令第13号18一部所管変更
M36.12.22M36.12.22勅令第284号16松前,紗那廃止(函館,根室へ)
M39.4.1M39.3.31勅令第54号16一部所管変更
M41.12.1M41.11.30勅令第290号16支庁所在地変更
M43.3.1M43.2.9勅令第6号14寿都,岩内,小樽を廃止、室蘭(一部)とともに後志に
M44.2.13M44.2.13勅令第7号14支庁所在地変更
T3.9.1T3.9.7勅令第184号14名称変更(増毛→留萌)
T11.8.1T11.8.17勅令第380号14名称変更(札幌→石狩,函館→渡島,室蘭→胆振,釧路→釧路国)
S7.8.15S7.8.15勅令第224号14名称変更(浦河→日高,河西→十勝)
S23.10.20S23.9.27北海道条例第44号14一部所管変更
S32.4.1S32.4.1北海道条例第13号14名称変更(釧路国→釧路)
現在14(注2)

(注1)M30.11.5支庁制度発足時の19支庁
札幌,函館,亀田,松前,檜山,寿都,岩内,小樽,空知,上川,増毛,宗谷,網走,室蘭,浦河,釧路,河西,根室,紗那
(注2)現在の14支庁(参考:北海道支庁設置条例(S23.9.27条例第44号,H17.8.31条例第88号最終改正))
石狩,渡島,檜山,後志,空知,上川,留萌,宗谷,網走,胆振,日高,十勝,釧路,根室
最初のM30.11.2勅令第395号は「北海道支庁ノ名称位置及管轄区域ニ関スル件」、その後の勅令はすべて「明治三十年勅令第三百九十五号中改正ノ件」です。

支庁は、M30.11.2勅令第392号北海道庁官制の改正と同時に発足しました。この時点では、町村はありましたが郡区町村編制法(M11.7.22太政官布告第17号)の制度下でのものでした。この表のとおり、一級町村制や二級町村制を施行するよりも先に支庁制度が発足し、その後も一級町村制や二級町村制が施行済みであるか否かを問わず、支庁の再編や名称変更、所轄の変更が行われました。名称だけを見ると区別がつかない「○○町」「○○村」であっても、実態は、本州の制度とは異なるものの近代的町村制度と言える北海道独自の一級町・一級村と、それ以前の制度である郡区町村編制法下の町村が混在していました。このあたりは、むじながいりさん(エイちゃさん)のつかんぽやとのパラパラ地図北海道(完全版)をご覧いただくと、視覚的にわかりやすいでしょう。このパラパラ地図では、郡区町村編制法下の町村は、白色(無着色)で表されています。
例えば、[71673] YT さん で提起され、[71830]拙稿でも述べた空知郡富良野村の例でも、一級町村制も二級町村制も施行されていない郡区町村編制法下の状態で、富良野村は空知支庁から上川支庁へ移管となりました。

次回では、この「支庁」について、もう少し詳しく述べたいと思います。

[72031] 2009 年 9 月 22 日 (火) 00:08:03 88 さん
 市区町村変遷情報小レス(北海道) 市区町村数の変遷について(1)

[71830] 88
既入力作業済分で市区町村変遷情報(北海道)に表示されるもののうち、他県の例では市制町村制施行時の情報に相当するものや、「市制町村制施行時以前」に相当するものを含んでおり、バランスを欠いています。この件につきましては、ほぼ整理がつきましたので、近々投稿予定です。またご意見を賜りたく思います。
という訳で、予告しておりました、市区町村変遷情報の北海道の件です。

本題に入る前に、[70485] 88で、
そのうち、北海道については昨年末にかなり検討し、その上でさまざまな疑問点等を[67671][67672]拙稿で述べました。むじながいりさんのHP「つかんぽやと」(ご自身のサイトでは「エイちゃさん」)の「パラパラ地図」との相違点などについて検討し、整理後、「市制町村制施行時の情報」の北海道に反映させる予定でした。その後、むじながいりさん(エイちゃさん)への私からの連絡等も遅延し、そのままになっています。ようやく、つい数日前、むじながいりさん(エイちゃさん)への連絡を敢行しました。
と述べていました。むじながいりさん(エイちゃさん)からはその後ご返信をいただきました。
むじながいりさん(エイちゃさん)もご多忙のようで、個々の情報の突合には至っていないのですが、一般論として、「おおむね市区町村変遷情報の作成経緯(情報収集の手法)は信用している」とのコメントをいただきました。

―――――――――――――――――――――――――
さて、本題です。わが国の明治以降の市町村制度については、手前味噌で恐縮ですが、私も数度にわたり過去記事で述べてきました。それに続く、最終コーナーに差しかかったともいえる、北海道の制度についてです。

まず最初に、大きくて恐縮ですが次をご覧ください。北海道の市区町村数の変遷の表です。
(A)(B)(C)
番号施行日一級町一級村二級町二級村合計一級町一級村二級町二級村合計一級町一級村二級町二級村合計
M30.11.5*********************
M32.5.20*********************
1)M32.10.13333
M32.10.1*********************
2)M33.7.110616310619
M34.4.1*********************
3)M34.5.11-1311519
4)M35.4.111312520
5)M35.4.165662312565682
6)M36.8.120312565682
M36.12.22*********************
7)M39.2.11-1313465682
8)M39.4.1737331346129155
9)M40.4.1213-2-17-4315174112151
10)M41.6.12-2317154112151
M41.12.1*********************
11)M42.4.111317154113152
12)M42.4.118-1-8318233105152
13)M42.4.11919318233124171
M43.3.1*********************
14)M43.4.522318233126173
15)M43.11.51-1319223126173
M44.2.13*********************
16)M45.4.100319223126173
(A)(B)(C)
番号施行日一級町一級村二級町二級村合計一級町一級村二級町二級村合計一級町一級村二級町二級村合計
17)T2.4.111319223127174
18)T3.4.11-1418223127174
T3.9.1*********************
19)T4.4.111418223128175
20)T4.4.12424418223152199
21)T4.4.138-3-12-442130140195
22)T4.11.12-2042328140195
23)T5.1.11-142427140195
24)T5.4.12-21142625141196
25)T6.4.12242625143198
26)T7.1.12-21-1428231142198
27)T7.2.11-1527231142198
28)T7.2.111-1527232141198
29)T7.4.111527232142199
30)T8.1.11-1528222142199
31)T8.4.1214-2-1453036128199
32)T8.4.1161653036144215
33)T8.4.1213530362145218
34)T8.7.111530362146219
35)T9.6.144530362150223
36)T9.7.11-111629362151224
37)T10.1.12-2631342151224
38)T10.4.126-2-663340145224
39)T10.4.11-163341144224
40)T10.4.18863341152232
41)T10.6.151-1633411151232
42)T10.7.11-1634401151232
43)T11.4.122634401153234
44)T11.5.11-1635391153234
45)T11.8.16-6635391153234
T11.8.1*********************
46)T12.1.111635401153235
47)T12.4.1222-24637621129235
48)T12.4.12525637621154260
49)T12.6.11-1638611154260
50)T13.1.133638611157263
51)T13.2.111638611158264
52)T13.4.115-6639661152264
53)T13.6.4112639671153266
54)T14.1.122639671155268
55)T14.2.10639671155268
56)T14.6.11-1640661155268
57)T14.8.11-1641651155268
58)T15.6.100641651155268
59)T15.7.11-1642641155268
(A)(B)(C)
番号施行日一級町一級村二級町二級村合計一級町一級村二級町二級村合計一級町一級村二級町二級村合計
60)S2.9.250642641155268
61)S2.10.111642641156269
62)S3.10.111642641157270
63)S4.4.16-6642701151270
64)S4.8.50642701151270
65)S4.10.10642701151270
66)S5.7.10642701151270
67)S6.4.12-2642721149270
68)S6.4.111642721150271
69)S6.10.11-1643711150271
70)S7.4.10643711150271
71)S7.6.11-1643721149271
72)S7.6.111643721150272
S7.8.15*********************
73)S8.4.11-1742721150272
74)S8.5.11-1742731149272
75)S8.5.12-2744711149272
76)S8.10.1-1-1744711148271
77)S9.4.11-1744721147271
78)S9.4.11-1745711147271
79)S11.1.11-1746701147271
80)S11.6.11-1747691147271
81)S12.4.11-1747701146271
82)S12.4.111747701147272
83)S12.6.150747701147272
84)S12.11.10747701147272
85)S13.2.60747701147272
86)S13.4.115-1-574875142272
87)S13.4.11174876142273
88)S13.6.11-174975142273
89)S13.10.11-175074142273
90)S14.1.11-175173142273
91)S14.4.15-575178137273
92)S14.4.1-1-175078137272
93)S14.9.11175079137273
94)S15.1.1075079137273
95)S15.4.13-375082134273
96)S15.4.11-2175180135273
97)S15.7.1075180135273
98)S15.9.1075180135273
99)S16.4.10-1-175179135272
100)S16.12.1075179135272
101)S17.5.12-275377135272
102)S17.6.101-185277135272
103)S17.9.11-185376135272
104)S17.10.11-185475135272
105)S18.2.12-285673135272
106)S18.2.111-185772135272
107)S18.4.13-385775132272
108)S18.4.12-222105577132274
109)S18.4.290105577132274
表の説明については、次稿にて行います。

[72030] 2009 年 9 月 22 日 (火) 00:02:16【1】 小松原ラガー さん
 Re: プチトリップ パート1

小松原ラガーです。

旧国名で盛り上がっている時にKYですみませんが、[71968] のプチ(?)トリップの種明かしです。

まずは、お付き合い頂いた方々、拙稿にもかかわらずレス頂き、誠にありがとうございました。正解ですが、

【問題1】
A市:岡山市
B市:倉敷市
C市:真庭市
D市:福山市
E市:広島市
F町:府中町
G市:美祢市
H市:下関市
I市:北九州市
J市:福岡市
K市:熊本市
L市:八代市
M市:人吉市
N市:鹿児島市
あとは、これらを人口の多い順に並べればよいだけですが、
J、E、Iはよしとして、A、K、Nあたりがその次の集団、さらにはBとDがつばぜり合い、H、Lが続いて、その次にFが町ながらランクイン。あとは、C、M、Gと続くかと思います。

【問題2】
兵庫、岡山、広島、山口、福岡、佐賀、熊本、宮崎、鹿児島、の9県

となります。

実は母校で高校生があるスポーツで合宿をするにあたり、のこのこOB面して一日(というか1クール)だけ参加しに鹿児島まで行ったのでありました。で、普段は飛行機、5月に行った時には鉄道だったのですが、今回は高速1000円の恩恵にあずかろうと、一人で鹿児島まで往復運転し、間に合宿を挟んだという次第です。

夜8時に自宅を出発し、山麓バイパスなどを経由して神戸淡路鳴門道の布施畑ICから拘束、いや高速に乗っかりました。この間、30分ほど。三木JCTまで北上した後は山陽道をひたすら西に向かって車を進めていきました。途中で何があるかもわからないので、行ける所まで休憩を取らずに行ってしまおうと思ってたら、ちょうど10時ごろに岡山通過。そこから1時間で広島IC通過。途中、三原市辺りで山陽道の最高地点である375メートルの地点を通過。広島ICからは早かった。同じ神戸ナンバーのワゴン車に追い抜かれたのですが、こいつが飛ばすは飛ばす。140Kmくらいで前を走っているものだから、スリップストリーム的にあとをついて行ったら広島市内から1時間ほどで前のワゴン車も私も山陽道を抜けて中国道に入って美東サービスエリアでピットイン。トイレに行って、煙草を1本吸って、給油する間約20分の停車。0時30分に再度車をスタートさせましたが、丁度1時に関門橋を渡りました。いや、本当にきれいでしたよ。そこからですが、時速120Kmで走ると、2Km/分になり、距離計算がしやすいので、だいたいそのペースで走り続けました。福岡も、今年の5月にお世話になった基山PAも、熊本もあっという間。流石にこの時間帯になるとそのあたりからは車が極端に減ってきました。特に八代ICを過ぎて山岳路線に入ってからは、前を走る車どころか、対向車線もたまにしか車と出くわさない状態。かつて八代ICまでしか九州道ができていないころは国道で人吉市内を抜けて、その筋には有名な加久藤峠のループを通るコースだったのですが、今は九州道が全通し、その部分も加久藤トンネルでズドンと通過。えびの市を瞬間通過し、いよいよ鹿児島県へ。溝部空港ICからは見慣れた風景。鹿児島IC手前の本線料金所を午前4時10分に通過した時に「料金は1000円です」の例の案内音声。「おぉぉぉ!」と感激しましたが、車自体はそのまま指宿スカイラインの中山(ちゅうざん)ICまで行き、そこから市街地に入って、目的地の母校に到着したのは午前4時30分。「うっ!」店も何も開いていなくて、何もすることがない。。。でも、神戸を出発してからワンストップでここまで8時間半で約900Km移動。ちと速すぎたかな?

ともかく、午前11時ごろまでマクドや銭湯などで時間をつぶし、合宿所(と言っても母校の教室)に入室。昼飯を現役高校生と食った後で午後3時から例のスポーツ。現役高校生とのテストマッチもこなす。夕方、練習が終わった後は、集まったOBの世界。飯食って風呂入ったら、近くの飲み屋で久々の再開を祝して宴会。午前0時過ぎに合宿所に戻り、5時まで睡眠。というか、5時起きで朝練習。朝練終わってから、仮眠を取ろうと思っていたのですが、急きょ先代の監督さん宅にお邪魔することになり、午後2時まで先代の監督さん宅で歓談。(流石にこの時は私だけアルコールなし。その後運転するため。)

午後3時に2クール目の練習が始まる際に円陣で「この円陣がとけたら、車で神戸まで失礼します。」と挨拶して、合宿から退散。お土産とかを調達するため、鹿児島中央駅横のアミュプラザで焼酎その他を調達し、午後4時半ごろに、神戸に向けて出発。

帰りは鹿児島ICから高速に乗りましたが、えびの辺りで流石に眠さがドドドドドドと襲ってきて、えびのPAで約1時間ほど仮眠。(実はこの時も車から一歩も出なかったため、宮崎県は今回のプチトリップで通過のまま!)そのあとも快調に歩みを進めるはずでしたが、熊本県内からは雨だったのと、久留米辺りで渋滞に巻き込まれ、かなりペースダウン。とはいえ、鹿児島を出てから次に接地したのは、やはり本州に入ってからの美東SA。ここで給油と飯を食い、約45分停車。あとはひたすら東に向かって走るは走る、分当たり2Kmを目途に、「覆面おったらアウトやろなぁ。」なんて思いながらも右足(アクセル)を緩めることなく、三木JCTから布施畑IC、更には山麓バイパスを経由して午前3時半ごろに自宅に帰ってきました。車を運転している時は(一応、帰着日はお休みにしていたものの)「このままシャワー浴びて着替えたら会社行けるやんけ。」と思っていましたが、自宅について荷物の整理をチャチャっとしたとたん、ドドッと疲れが出て、昼過ぎまで寝倒してしまいました、とさ。

#果たして、これってプチトリップだろうか?時間的にはそうなのだが・・・。

#さて、パート2の投稿はいつになることやら・・・。

【1】解答の書き間違いを訂正。

[72029] 2009 年 9 月 21 日 (月) 23:29:30 geo さん
 ニアミス・・・ですかね?

[72025]星野彼方 さん
偶然ながら,私もただいま青森市内に居ります!
といっても郊外の浪岡ですが(笑)

星野彼方さんが駅前の図書館で書き込まれた時間帯より少し後,6時から駅近くのアスパムに1時間ほど出没していました(笑)


―――


というわけで昨日から青森へ観光に来ています。今回の旅行記は帰京してから詳しく書きたいと思います。

[72028] 2009 年 9 月 21 日 (月) 22:34:19 ただけん さん
 室蘭

[71995] 星野彼方 さん
手元にある「ブルーガイドムック 旅まる北海道98」では、
登別・室蘭として3ページが割かれていましたよ。

室蘭へはここ15年で数回訪れたことがありますが、大半がフェリー乗船がらみです。
大畑から室蘭に入ったり、大洗、直江津、青森に渡ったりしました。
ちなみにいまは室蘭発着のフェリーは無くなってしまいました・・・

もっともわたしも室蘭で行った有名どころは地球岬や「旧(旧でなかった時代を含む)室蘭駅」くらいではあります。
あと、スケジュールの関係でわたしは堪能したことがないのですが、豚肉・たまねぎ・洋がらしという独自のスタイルの「室蘭やきとり」も町おこしとしてはだいぶ前からいわれています。

[71996] Issie さん
室蘭は「鉄の町」,産業都市として発展した“実用一点張りの町”…,のようなイメージがあるのかも。北見 なんかも,そうかもしれませんね。

室蘭は半島がベースになっている点が大きく、とくに関心がなければ通過してしまう可能性が大ですよね。実際にわたしが室蘭市に泊まったのは、友人のフェリー乗船お見送りの際の1回と、台風で半日、直江津行きのフェリーの出航が遅れたときだけです。
室蘭の産業についての博物館があれば、2時間くらいじっくり見てみたいところではありますけど。

北見には友人がいるので、盆の時期ではありますが、ほぼ毎年ビジネスホテルに泊まっていたりします。
たしかに北見は仕事の町です。飲み屋や焼肉屋(ホルモンも多い)の多いのは特徴ですが、観光客の場合泊まらないとそれが楽しめないところがちょっと残念です。
逆にいえばビジネスホテルが多数ありまして、それが幸いして、土日の場合お盆の時期であっても当日予約でもどこか必ず泊まれるという安心感はあります。
連泊するのであれば、知床・摩周・阿寒・釧路湿原あたりでもレンタカー日帰り圏ですので、意外に使いやすい街ではありますよ。

[72027] 2009 年 9 月 21 日 (月) 21:48:38 なると金時 さん
 阿讃の嶺と 競うなる

「阿讃」と言えば、この校歌。徳島県立池田高校のものです。
「阿佐」ですが、「朝」「厚狭」「安佐」とあるように、音の響きが良かったからかなあ、と適当に思っております。確かに「阿土」という用例は私もしりませんでした。
あと、旧国名の連結で、時代物なんかで島津家を「薩隅日(さつぐうにち)三州の太守」て書いたりしますよね。ついでに、武田・北条・今川三家の同盟は「甲相駿三国同盟」ですな。

[72026] 2009 年 9 月 21 日 (月) 20:53:30 伊豆之国 さん
 Re:旧国名の組み合わせ地名・名称

[72015]の続きです。

「防石」(周防・石見)
防石鉄道‥周防と石見を結ぶ計画も、結局石見に達することなく、昭和39年に廃止。廃止後しばらくの間、SLと数両の客車が野ざらしになったままになっていて、その荒廃ぶりが鉄道雑誌に載っていたのを記憶しています。現在は綺麗に整備され、防府市内に保存されているとのことです。
>防府市民のソーナンスさん、フォローがあったら遠慮なく‥。

[72023]Issieさん
北海道
の旧国名合成ですが、
釧北峠 (釧路・北見)もあります。

[72018]かすみさん、[72019]実那川蒼さん
[72015]で余計なことをしてしまって‥。

別の話題。旧ソ連ネタ、ということで。
[71967]ニジェガロージェッツさん
私が以前[63187]書き込んでいたアラル海の「蒸発」の件。少し前の新聞記事ですが、今月15日の毎日新聞の夕刊にその現状が衛星写真に。南部が完全に干上がり、現在は往時の2割以下に縮まっているとのこと‥。

[72025] 2009 年 9 月 21 日 (月) 17:42:48 星野彼方 さん
 星野彼方@青森市

なにやら旧国名で盛り上がっているようですが、私は私でマイペースにいきます。現在、青森駅前、図書館などが入っているビルの市民パソコンコーナーです。申し込みさえすれば誰でも1時間無料でインターネットを楽しむことが可能です。青森市での書き込みにぜひご利用ください。それはともかく。

さて、本日、江差線乗車によりJR在来線完乗となりました。残るは九州新幹線。延伸を待つか乗ってしまうか、どうしよう。で、実は今晩は「北斗星」に乗る予定だったのですが、初日に満席(室?)ではねられ、1週間前までキャンセル待ちで粘ったのですが、あえなく青森泊となってしまいました。明日、朝一の「つがる」&「はやて」で東京に向かいます(これでも上野着はほとんどかわらないからすごい)。

で、いくつかレス。
[71996] Issie さん
[71998] スナフキん さん
室蘭市、地味でした。地球岬、眺めいいのになぁ。白鳥大橋は、たもとの道の駅までバスで行きましたが、もっと取り上げられてよさそうなのに、って感じです。ループ部分は延伸を考えたつくりになっていましたが、どこにどうつなげるのかな。で、この地味な状況を打破するためにサミットを洞爺湖に誘致したのかな、なんて考えていましたが、それは邪推かな。でも、これから新総理がガンガン売り込むでしょう。あと、いま北海道で売り出し中は富良野&美瑛です。どの雑誌でも大きく取り上げられていました。

[72006] ナマ猫 さん
おお、久しぶりの地名コレクション。猫座坂、ありがとうございます。新フォレスタカントリークラブ(理由は道路案内をみればわかる)のおかげで場所も特定できました。場所は右のリンクへ猫座坂(Mapion)
近日中に更新いたします。そういえばウチ(明石市)の近所の交差点もいつの間にか名前がついていたりしてましたので、交差点名は抜けがまだまだありそうです。皆さんよろしく。

なんだかんだで50分も利用しちゃった。

[72024] 2009 年 9 月 21 日 (月) 16:49:18 oki さん
 「阿土」か「阿佐」か

[72022] 88 さん
ですから、土佐の「佐」が土佐を代弁すると言うのは本来ありえません。「佐」は佐渡を示します。
阿佐海岸鉄道は、この歴史を踏まえていない名称のつけ方です。

歴史的に見れば88さんのご意見が正しいです。江戸時代、吉野川の高知藩領部分を「阿土」川とも称していたようですし。
一方、「四国循環鉄道阿土海岸線敷設促進に関する陳情書」と言うのが、少なくとも第16国会(1953年)、22回国会(1955年)に徳島県議会から出されており、「阿佐海岸」鉄道はもともと「阿土海岸」線と考えられていたようです。したがって、
[72023] Issie さん
既存の(とは言っても全然一般的ではない)「阿土」と差別化するためにあえてそうしたのか,それとも何も考えていないのか。
に関しては、敢えてそうしたのだろう、と考えられます。
なぜ「阿土」を「阿佐」に変えたのかはよく分かりませんが、この鉄道(の計画線)が室戸岬を境に東線・西線に分かれていたため、発音しにくい「阿土東線(あととうせん)」を避けて「阿佐東線(あさとうせん)」を選んだのかもしれません。

ただし、「阿土」、「阿佐」のどちらも、元徳島県民の私にとってさえ馴染みの薄い表現です。山脈内部に縦貫道路が何本も走っていて伝統的に往来の繁かった阿讃国境に対し、阿波・土佐両国の関係が非常に薄かったことが反映されているのでしょう(阿土山地は初めて目にしました)。

「備」は、備前・備中・備後のどれかに当てはめるよりは、この3国に分かれる以前の「吉備」と考えた方が自然ではないでしょうか。
そうなのかもしれませんが、現代の感覚では、「両備」というと岡山県内の備前・備中の意味で、広島県に属する備後とは少し距離があるのでは、と感じられるのですが。
また、美作は吉備が3国に分かれた後、さらに備前から分かれた国ですから、この考えに立つと「備作」という表現は成り立たない、ということにならないですか。

[72023] 2009 年 9 月 21 日 (月) 14:46:18【1】 Issie さん
 越佐航路

もう30年以上前,私が初めて佐渡に渡るために直江津から小木へ乗った船の名前が「えっさ丸」でした。当時は意味がわかりませんでしたが,“そういう意味”だったのですね。

[72022] 88 さん
ですから、土佐の「佐」が土佐を代弁すると言うのは本来ありえません。「佐」は佐渡を示します。
阿佐海岸鉄道は、この歴史を踏まえていない名称のつけ方です。

そうなんですよねぇ。
既存の(とは言っても全然一般的ではない)「阿土」と差別化するためにあえてそうしたのか,それとも何も考えていないのか。
とは言え,より一般的な(←絶対比較ではなく,あくまで相対比較)「作州」に対する「因美線」という例もあります。…もっとも,「美作」自体がマイナー?

「備」は、備前・備中・備後のどれかに当てはめるよりは、この3国に分かれる以前の「吉備」と考えた方が自然ではないでしょうか。

私もこの意見に賛成。
分けようと思えば分けられなくもないけれど,あえて分けずともさほど気にすることはなく,だから無理して分ける必要もない。
もっとも,間に「加」と「能」がはさまっていたり,波打ち際からいきなり始まる天嶮に阻まれて分断され(←でも,それは陸上でしか見ていないからそうなのであって,海の上を移動すればお互いの往来はとっても簡単。だから,元は一国),それぞれの個性がだいぶ違う「越」のような例もありますが。

[72015] 伊豆之国 さん
紀勢本線の「紀和駅」は、紀伊と大和の合成ではなく、紀伊と和歌山の合成ではないでしょうか。

「紀和駅」は,[72010] の例にあるように,元々は現在の和歌山線の前身の「紀和鉄道」のターミナル駅でした。鉄道名は“そのまんま”の意味ですね。ただし,当時の駅名は「和歌山駅」。しかし,ターミナルとしての地位を両隣の「市駅」(南海)と「東駅」(紀勢・阪和)に奪われ,やがて「和歌山」という駅名そのものまで「東駅」に奪われてしまった結果,しかたなく「紀和」と名乗るに至った次第です。この場合の「紀和」は何に由来すると考えるべきか。

さて,北海道。
もともと存在しなかった「日本語の地名」を必要に迫られて大量に創作した時期と,(旧)国名の使用が一般的であった時代の最末期とが重なるために,“お手軽”な新地名としてこの手の使用例が数多く存在します。

石狩・天塩: 塩狩峠
石狩・北見: 石北峠,石北本線
石狩・十勝: 狩勝峠,石勝線
日高:十勝: 日勝峠,日勝線(国鉄バス)
天塩:北見: 天北線
釧路・根室: 根釧原野,根釧台地
北見・根室: 根北線

このうち,塩狩(しおかり)峠,狩勝(かりかち)峠は,一般的な「音+音」による合成ではなくて「訓+訓」の合成です。「上越」や「防長」など,普通に見られる国名合成とは違った“気持ち”で名づけられたものなのかもしれません。

ちょっと見では見つけられなかった「胆振」関係ですが,「胆」の字が合成に使われそうですね。けれども,「渡島」「後志」「千島」はちょっと使いづらそうです。

[72022] 2009 年 9 月 21 日 (月) 13:36:57 88 さん
 「土佐」は「土」であり「佐」にあらず

[72010] グリグリ さん

そもそも、旧国名から一文字ずつを取って組み合わせる以前に、「一文字」がそもそも、「その国」を表します。
土佐土州
阿波阿州
紀伊紀州
つまり、例えば「紀」と言えば「紀伊」を指します。
(参考:旧国名地図旧国名一覧)

ですから、土佐の「佐」が土佐を代弁すると言うのは本来ありえません。「佐」は佐渡を示します。
阿佐海岸鉄道は、この歴史を踏まえていない名称のつけ方です。

「備」は、備前・備中・備後のどれかに当てはめるよりは、この3国に分かれる以前の「吉備」と考えた方が自然ではないでしょうか。

余談。
ちなみに、予讃線は以前は讃予線と呼ばれた時代があります。(参考)

[72021] 2009 年 9 月 21 日 (月) 13:03:20 oki さん
 Re:旧国名の組み合わせ地名・名称

[72010] オーナー グリグリ さん

あまり知られていなさそうなのを。

阿淡(阿波・淡路)・・・阿淡交通社
藩政期はともに蜂須賀氏の領国だったので頻用され、かつては阿淡汽船という定期航路もありましたが、今はあまり聞きません。

越佐(越後・佐渡)・・・越佐人物誌(書名)
これもあまり一般的ではない様子。

備作(備前/備中・美作)・・・備作山地県立自然公園
ほかに、県立備作高校、吉井川に架かる備作大橋というのもあります。自然公園は備中、高校・大橋は備前だと思います。

雲伯(出雲・伯耆)・・・雲伯方言
雲伯方言というのは、「砂の器」のあれですね。

「国」が現役であった江戸時代以前は、隣接(近接)する国同士であらゆる組合せの表現がなされたと思いますが、現役の地理名称でなくなってから1世紀が経つ現在、一般的に使用される組合せは限定されていると思います。上のようなグレーゾーンの組合せについて、どこまでを採用するかが問題になってくると思いますが。

ところで、以下は反則でしょうか?
両毛 両総 両丹 両備 両筑

[72020] 2009 年 9 月 21 日 (月) 11:39:00 hiroroじゃけぇ さん
 Re:旧国名の組み合わせ地名・名称

[72010] オーナー グリグリ さん
これはいかがでしょう?
伯備(伯耆・備中)・・・伯備線

また、「備讃」にはその他にも、本四備讃線、★快速「備讃ライナー」、北備讃瀬戸大橋・南備讃瀬戸大橋などがあります。本四備讃線は茶屋町〜(児島)〜宇多津を結ぶ路線で、瀬戸大橋線の一部。快速「備讃ライナー」は瀬戸大橋開業前に、旧「マリンライナー」用車(213系)を用いた、宇高連絡の列車名です。北と南の備讃瀬戸大橋は、与島〜番ノ洲間のつり橋です。

芸予といえば、「芸予地震」を思い出します。その日は、高校の修学旅行の帰りの日。姫路まで来たところで、新幹線がストップ。1・2時間遅れて岡山に到着した思い出があります。

[72019] 2009 年 9 月 21 日 (月) 11:34:16【1】 実那川蒼 さん
 Re:旧国名の組み合わせ地名・名称

[72010](オーナー グリグリさん)
江若,若江 近江,若狭 江若交通、西日本JRバス若江線

順序を入れ替えた用例があります。推測ですが、江若交通は前身の江若鉄道が近江(滋賀県)側が起点のため(結局鉄道として開通した区間は滋賀県内のみ)、若江線は若狭(福井県)の小浜駅から分岐するほうを起点としたためと思われます。

【追記】
伊豆之国さんが[72015]で「江若」を追記していらっしゃいますが、「若江」が初見のためそのまま残します。

[72018] 2009 年 9 月 21 日 (月) 11:22:00【1】 かすみ さん
 Re:旧国名の組み合わせ地名・名称

[72010]オーナー グリグリさん
旧国名から一文字ずつとった地域名

さすがにみなさん飯能じゃない、反応早いですね。
シルバーウィーク直前に橋本に出張した足で高野山に寄って(?)帰ってきたので、わたしも「紀勢」について追加情報を・・・と思ったのですが、[72015] 伊豆之国さんに先を越されてしまいました。
では「江若」を・・・と書いていたのですが、いつの間にか追記が!・・・消しました。(笑)

それと、わたしが何度か目にした事のあるのは「若丹」です。
具体的に使われている交通関係、学校名はありませんが、企業名や大会名などに使用されているものです。

△1:ここから追記です。
そういえば、出雲と石見を一緒にした名称がないなぁと常々思っていたのですが雲石路(出雲石見街道)はありますね。広島から出雲大社への参詣道であり、その後松江方面、石見方面へそれぞれ分岐するのですが、街道名以外で「雲石」は聞いたことがないですね。わたしが知らないだけかもしれません。

[72017] 2009 年 9 月 21 日 (月) 11:10:45 白桃 さん
 脱線話をさらに脱線させるのもなんなんですが・・・

[72012]スナフキん さん
これ、一般公開日のお話…ですよね? 上司が、その前に行われた関係者公開に出向いてしこたま資料をかき集めてきたようです。何だか、茨城空港の資料もあったとか言ってたなぁ…海外メインのイベントのはずなんですが。まぁ、私の勤務先が「関係先」にあたるのかどうかは議論が分かれるところ(大汗)ですが、私も過去には何度か行っていて、名刺見せると受付からは何のお咎めもありませんでした。「出版」と名のつく会社はスルーパスってことかな?
引用が長くなり、申し訳ありません。
仰せのように海外メインなのですが、今年から「国内もヤレ!」ということで、私は国内のブース担当でした。前が茨城空港のブースで黄門様のぬいぐるみをかぶった方、たいそう暑かったでしょうネ。(笑)
私が担当していたブースでは、全国の有名旅館(例えば昨オフ会の湯瀬ホテル)のパンフを置いてるだけの超ジミなものでしたが、抽選会の景品欲しさに来られるお客様もかなりいました。
それにしても、連休中に旅行イベントの開催って、どうもね・・・。
「関係先」の問題ではいつもトラブっています。
まず、教職員はスルーパス。社会科じゃぁなく、数学の先生でも「修学旅行担当責任者」かもしれませんしね。(笑)
出版関係、これ結構グレーゾーン。地図出版、これ全く問題なし。旅行会社のパンフ作ってます?→マ、いいか。あとは受付担当現場の気分次第。
あと、クリーニング屋さんとかが来られて「旅行業関係者」を名乗るのですが、どうなんでっしゃろ???

[72016] 2009 年 9 月 21 日 (月) 10:51:40【5】 k-ace さん
 Re:旧国名の組み合わせ地名・名称

おはようございます。k-aceです。

[72010]グリグリさん
思いついたものを。
野岩(下野、岩代)…野岩鉄道野岩線

[72013]Issieさん
上武
今年の箱根駅伝で初出場を果たした上武大学もありますね。ただキャンパスがあるのが、伊勢崎市(本部)、高崎市と「上」のみですが。
(追記)
[72015]伊豆之国さんとカブってしまいましたが、このままにしておきます。

(オマケ)
番外でしょうが、播備ライナー(2003年に存在した姫路市〜岡山市の高速バス)(播磨、備前)を思い出しました。

[72015] 2009 年 9 月 21 日 (月) 10:50:26【1】 伊豆之国 さん
 早速レスです。

[72010]オーナー グリグリさん
旧国名の組み合わせ地名・名称
皆さんからの追加情報やご意見をいただければと思います
早速ですが、いくつか気付いたことがありましたのでお願いいたします。

「上武」(上野・武蔵)
上武大学
伊勢崎キャンパスの概要に、次のように書かれています。
大学本部とビジネス情報学部のある伊勢崎キャンパスは、群馬県と埼玉県の県境に位置
[72013]でIssieさんが挙げられた上武鉄道の廃線跡は、以前鬼石の冬桜([67523])を見に行ったとき、不思議な築堤を見つけたことがあるのですが、今も残っているのでしょうか‥。

「武相」
★武相困民党・武相懇親会(町田市HPより)

「紀勢」(紀伊・伊勢)
JR紀勢本線、★紀勢町
なお、紀勢本線の「紀和駅」は、紀伊と大和の合成ではなく、紀伊と和歌山の合成ではないでしょうか。また、かつて夏の高校野球が一県一校ではなく、複数県で1代表のところがあった頃([61377])、和歌山・奈良の両県で「紀和」代表を争っていました。

「播丹」(播磨・丹波)
★播丹鉄道(JR加古川線・北条鉄道などの前身。現在のJR播「但」線とは別)

「芸備」
JR芸備線

「防長」
防長新聞(平成18年に自己破産、廃刊になったようです。この方面にゆかりのメンバーの方もいらっしゃいますので、そのあたりのいきさつをご存知でしたらご一報ください。)

「阿佐」(阿波・土佐)
阿佐海岸鉄道
[72014]白桃さん
阿土線(かつて高知と徳島を結ぶ鉄道が計画されておりましたが、もし実現していればこういう名前だったのでは・・・)
旧国鉄の計画線では「阿佐線」だったようです。「阿佐海岸鉄道」はその「できかけ」の短区間なのでしょう。

【1】追記
「江若」(近江・若狭)
江若鉄道(現在はバス会社「江若交通」として存続)

[72014] 2009 年 9 月 21 日 (月) 10:28:54 白桃 さん
 Re:旧国名の組み合わせ地名・名称

[72010]グリグリさん
四国地方の追加情報です。

阿讃(阿波,讃岐)・・・阿讃山脈(讃岐山脈の別称)(参考)三高校歌
阿土(阿波,土佐)・・・阿土山地(あまり一般的ではありませんが、剣山の南部から室戸岬方面まで延びる山地)、阿土線(かつて高知と徳島を結ぶ鉄道が計画されておりましたが、もし実現していればこういう名前だったのでは・・・)
予土(伊予,土佐)・・・予土線

讃岐と土佐は接していないのに土讃本線という名称のせいか、接しているようによく誤解されます。薩長(薩摩・長門)が接していると誤解する方はまずいないでしょうが・・・。

[72013] 2009 年 9 月 21 日 (月) 10:23:55 Issie さん
 Re:旧国名の組み合わせ地名・名称

連休初めの3日間は,この季節の学校関係ではおなじみのイベント(大学や中学校だと11月初めくらいかな)で出勤。代わりに明日から7連休です。
というわけで,今は職場からなのですが,“英雄”のデータ通信端末経由で,「会社」の回線は使っていないので念のため。

[72010] グリグリ さん
旧国名から一文字ずつとった地域名

とりあえず,すぐ思いついたものだけ。

名称対象国名自治体名,自然地名交通名その他用例
上武上野,武蔵---★上武鉄道,上武道路
三信三河,信濃---★三信鉄道
岩越岩代,越後---★岩越線

「岩越線」は,磐越西線の旧称です。郡山の所属が 岩代 だからですね。後に,磐城 の平までの路線と合わせて「磐越西/東線」となりました。鉄道唱歌には「岩越線」の呼称で登場します。

…さて,そろそろ後片付けの大掃除かな。

[72012] 2009 年 9 月 21 日 (月) 10:13:13 スナフキん さん
 脱線話にレスするのも何ですが…

[72009]白桃さん
私が夜間にたどったルートお分かりになりますか?
分かります(笑)
直通に乗ったら、北区の中心とされる駅にお着きになったのですね。新幹線の高架下、暗かったことでしょう…あ、夜だから暗いのは当然か。で、乗り換えた国電の終点は、ギリギリで鎌倉市だったと。すごいですね、筆記体の小文字「l」字ルーとそのまんまです。

ちなみに…
新木場からりんかい線で2駅目の場所で某イベント
これ、一般公開日のお話…ですよね? 上司が、その前に行われた関係者公開に出向いてしこたま資料をかき集めてきたようです。何だか、茨城空港の資料もあったとか言ってたなぁ…海外メインのイベントのはずなんですが。まぁ、私の勤務先が「関係先」にあたるのかどうかは議論が分かれるところ(大汗)ですが、私も過去には何度か行っていて、名刺見せると受付からは何のお咎めもありませんでした。「出版」と名のつく会社はスルーパスってことかな?

[72011] 2009 年 9 月 21 日 (月) 10:07:11【1】 おがちゃん さん
 旧国名

こんにちは。おがちゃんです。

[72010] オーナー グリグリ さん
また、これはどうかなという組み合わせもあると思います。皆さんからの追加情報やご意見をいただければと思います。
「上信」(上野+信濃)はダメなのでしょうか?
ここ最近、とある漫画家関係で有名になりつつある下仁田町は、現在は上信電鉄の終点となっていますが、上信電鉄は高崎駅から羽黒下駅までの路線とする構想も有りました。
そのため、「上信」もありなのでは?と思った所です。

[72010] 2009 年 9 月 21 日 (月) 09:17:12【3】 オーナー グリグリ
 旧国名の組み合わせ地名・名称

[71775]で「豆相(ずそう)」の話題を出しましたが、hmtさん[71778][71783]、Issieさん[71779]、伊豆之国さん[71790]からふぉろ〜をいただきました。ありがとうございました。豆相鉄道の話題が中心になりましたが、その中で出てきた駿豆電気鉄道も駿河と伊豆の国名を一文字ずつとった「駿豆」を使っていました。私が豆相に興味を持ったそもそもが、旧国名から一文字ずつとった地域名を調べてみたいという点にありました。落書き帳でも過去に当然議論されているかと思ったのですが、網羅的な議論は行われていないようです。ということで、自力で調べてみました。

自治体名に始まり、地形などの自然地名、鉄道路線名など交通関係、学校名や公共施設名、それに民間で使われていると思われるものをネット検索で拾ってみました。その他用例欄の括弧書きは個人あるいは一部でのみ使われている可能性の高い名称です。★印は過去の名称です。北から調査して力が尽きかけた西日本は調査が甘いと思います。また、これはどうかなという組み合わせもあると思います。皆さんからの追加情報やご意見をいただければと思います。

名称対象国名自治体名,自然地名交通名その他用例
奥羽陸奥,出羽奥羽山脈奥羽本線奥羽大学
陸羽陸奥,出羽陸羽東線,陸羽西線,陸羽街道
羽越出羽,越後羽越本線羽越河川国道事務所
奥羽越陸奥,出羽,越後★奥羽越列藩同盟
常総常陸,下総常総市,常総台地関東鉄道常総線常総学院,(常総地方)
上越上野,越後上越新幹線,上越線
上信越上野,信濃,越後上信越高原国立公園上信越自動車道(上信越地区)
総武下総,武蔵総武本線,★総武流山電鉄
房総安房,上総,下総南房総市,房総半島,
房総丘陵
武相,相武武蔵,相模武相高校,相武国道事務所
豆相,相豆伊豆,相模★豆相人車鉄道,★豆相鉄道(相豆新聞)
甲武甲斐,武蔵甲武トンネル,★甲武鉄道
甲武信甲斐,武蔵,信濃甲武信ヶ岳甲武信鉱山
甲武相甲斐,武蔵,相模(甲武相国境)
信越信濃,越後信越本線信越放送
甲信越甲斐,信濃,越後(甲信越地方)
飛越飛騨,越中飛越トンネル,飛越新道,★飛越線
加越加賀,越中,越前加越台地(越は越前)★特急加越,★加越トンネル
加能加賀,能登(加能ガニ,加能史料)
加越能加賀,越中,能登加越能鉄道
能越能登,越中能越自動車道
若越若狭,越前(若越ひかりの村)
越美越前,美濃越美北線,越美南線越美山系砂防事務所
甲信甲斐,信濃(甲信地方)
濃飛美濃,飛騨濃飛横断自動車道,濃飛バス
濃尾美濃,尾張濃尾平野濃尾大橋濃尾地震
駿豆駿河,伊豆伊豆箱根鉄道駿豆線,(駿豆地区)
★駿豆電気鉄道
駿遠駿河,遠江★静岡鉄道駿遠線
三遠三河,遠江三遠南信自動車道,三遠トンネル
三遠信三河,遠江,信濃(三遠南信の別呼称)
尾三尾張,三河★尾三バス尾三消防本部
摂河泉摂津,河内,和泉(摂河泉展望コース)
丹但丹波,但馬(丹但)丹は丹後も
播但播磨,但馬播但線,播但連絡道路
播淡播磨,淡路(播淡連絡汽船)
紀和紀伊,大和★紀和鉄道,紀和駅
紀淡紀伊,淡路紀淡海峡
因美因幡,美作因美線
因伯因幡,伯耆(因伯牛)
備讃備前,讃岐備讃瀬戸,備讃諸島
芸備安芸,備後芸備群島
芸予安芸,伊予芸予諸島
防長周防,長門防長バス
防予周防,伊予防予諸島
予讃伊予,讃岐予讃線
土讃土佐,讃岐土讃線
豊予豊後,伊予豊予海峡
筑豊筑前,豊前筑豊本線,筑豊電気鉄道筑豊炭田
筑肥筑前,肥前筑肥線
豊肥豊後,肥後豊肥本線
肥薩肥後,薩摩肥薩線,肥薩おれんじ鉄道
日豊日向,豊後日豊本線
薩隅薩摩,大隅(薩隅方言)
■参考■
常磐常陸,磐城★常磐市常磐線,常磐自動車道常磐大学,常磐炭田
磐越磐城,越後磐越西線,磐越東線,磐越自動車道

順序を入れ替えた用例があるのは「武相,相武」「豆相,相豆」以外では見られませんでした(誤字や勘違いなど間違ったと思われる利用例はありました)。房総半島や房総丘陵の「総」は下総と上総の両国を対象にしていると考えられます。南房総市については、位置的には上総のみが対象としたくなりますが、房総自体がすでに地域名称として定着していることから房総の南に位置すると素直に考えれば良いでしょう。

★特急加越の「越」は越前と越中の両方が対象になりますが、加越台地は越前のみ、★加越トンネルは越中のみが対象です。備讃瀬戸や備山諸島の「備」は備前のみでなく、備中を含めた広い範囲で漠然と捉えた方が良いかもしれません。そのような曖昧さは、筑前と筑後、豊前と豊後にもあります。距離的な関係もあると思いますが、越後と越中の間にはこのような曖昧さはないと思います。

[72009] 2009 年 9 月 21 日 (月) 06:38:34 白桃 さん
 夜間奇行

ちあきなおみに似たような曲があったような・・・
シルバーウィーク前半は、新木場からりんかい線で2駅目の場所で某イベントにかかわっておりました。
ちなみに、そのイベントには落書き帳メンバーがお二人、お見えになられていましたね。^l^)~~
さて、そのイベントの準備のために仕事(若干?お酒も飲んでましたが・・・)をして、自宅(新浦安)に帰ろうとした木曜の夜のことです。
りんかい線で新木場に向かったのですが、不覚にも熟睡をしてしまいました。たった2駅だのに眠りこけてしまうとは・・・。目が覚めたら、そこはもう、川を越えたら埼玉県という、駅(そう、共同募金をやってそうな駅です)。
あわてて電車を降り、違うホームの東京駅方面行きに飛び乗ったのですが、次に目が覚めて飛びこんできた文字は、あの三陸の市名。ここは岩手県?まさか、いくらなんでも!と思いよく見ると、三陸の市名より1文字少ない駅名でした。あぁ良かった、いや、全く良くありません。カラオケ店で宿泊、始発の横須賀線で帰る破目に・・・。
毎年この時期にあるイベントで、毎回同じような失敗を繰り返すのですが、白桃の辞書には「反省」と「学習能力」という語句が無いようで・・・。
ところで、私が夜間にたどったルートお分かりになりますか?

[72008] 2009 年 9 月 20 日 (日) 22:50:06 hmt さん
 2つの美和石の謎 と 立科町のくびれの謎

[72005] 右左府 さん
「西塩沢の美和石という地籍」という記述があります。西塩沢とはこの辺りのことでしょうか。

グリグリさんが佐久のコスモス街道から蓼科高原へと向かったルート(県道40号)の途中にあった「美上下」という地名。
そして、その由来と推察した「美和石沢」。いずれも、昭和合併で立科村になる以前は、中山道から南の広い地域を占める芦田村だった地域です。
それに対して、西塩沢は中山道よりも北の三都和村だった地域です。

立科町避難所位置図 でいうと、9番の少し南に「美上下」がありますが、西塩沢はずっと北の34番です。

南北に約8km離れた2つの「美和石」。これは偶然とは思えません。
リンクした図を見ると、「塩沢堰」という文字が両方の近くにあります。「美和石沢」と「西塩沢の美和石」とは遠く離れていますが、水路で結ばれた関係で、同名を名乗っていると推察します。

この図でよくわかるように、立科町は、雨境峠(左右の図を分けているAA'線)の狭隘部(くびれ)を持つ特異な形状をしています。
実は、昭和30年よりも前、芦田村の時代からこんな形だったのです。

その由来は江戸時代に遡ります。
すなわち、北部が本来の芦田村で、南部の蓼科山麓は、佐久(北)と諏訪(南)との入会地でした。

[39936] ふぁいん さん の記事では解けていなかった謎を、一応説明しておきます。

[72007] 2009 年 9 月 20 日 (日) 22:02:57 伊豆之国 さん
 栃木県栃木市の栃木さん

今日もまたまた苗字ネタ、これで四連発‥。

昨日のTV東京「アド街ック天国」の特集は、栃木県栃木市。蔵造りの建物が立ち並び、川越・佐原(香取市)と並ぶ「小江戸」の異名を取っていますが、「小京都」にも認定されていて、両方に加わっている唯一の都市のようです。
私が栃木市を訪れたのは、今から20数年前の秋祭りの日。情緒溢れる町並みを散策し、蔵屋敷をいくつか見学した後、練り歩く豪勢な山車を見物。そして、風格ある駅舎の栃木駅からの帰途に乗ったのは、引退間近になっていた東武「5700系」‥。
ところで、「栃木」という苗字。全国に3,700人ほどですが、「栃木県に多い」と苗字本にあったので、調べてみると、やはり栃木県が最多。全国の3割近くが集まり、しかも数で最多なのが栃木市。市内に80件以上あり、市ランク40位前後に位置しています。「宇都宮」([10629]kenさん)「足利」「那須」など県内発祥の苗字の多くが他県に移って県内にほとんど残っていない中にあって、同じ「小江戸」仲間の「香取」さん([71931])と同様、「発祥地に今も多い」という「珍しい」タイプの苗字になっています。ちなみに、栃木県内発祥で現在も県内に多い苗字には、「早乙女」「高久」「高根沢」などがありますが、さくら市が発祥の「早乙女」(県内では「そうとめ」と読むほうが普通)さんが現在では栃木市に多いなど、発祥地と多い地域は必ずしも一致しないようです。

[72006] 2009 年 9 月 20 日 (日) 20:35:03 ナマ猫 さん
 猫の付く地名:追加

猫座坂
Nekozasaka
ねこざさか

交差点(信号横)に看板(3方向有)
(地名?交差点名?)

三重県津市白山町

[72005] 2009 年 9 月 20 日 (日) 18:56:30 右左府 さん
 美和石沢

[72002] hmt さん
[72003] グリグリ さん
美和石沢

平成18年第1回立科町議会定例会会議録(3日目)<PDF>」の22頁に「西塩沢の美和石という地籍」という記述があります。西塩沢とはこの辺りのことでしょうか。
また、「Web議会だより<PDF>」の5頁には「西塩沢美和地籍」という記述もあります。

これ以上の事は分かりませんが……(^^;)

[72004] 2009 年 9 月 20 日 (日) 18:33:11 スカンデルベクの鷲[大龍エクスプレス] さん
 市りとり(考察)

市りとりについて、少し考えて見ました。
市りとりのホームページのデータ(2005/12/05)から、無くなった市名を抜くと、以下の通りです。

阿蘇-曽於-大阪-貝塚-笠岡-亀岡-鹿屋-八尾-大分-武雄-大牟田-高岡-刈谷-八潮-岡谷-山形-宝塚-鎌ヶ谷-矢板-竹田-高崎-喜多方-高槻-北秋田-高松-鶴岡-川越-
(江刺)
静岡-川崎-京都-
(栃尾)
小千谷-八幡-館林-新発田-高梁-四万十-豊中-柏崎-北本-豊岡-唐津-津-津久見-箕面-大船渡-富岡-川口-知多-高石-下関-清瀬-瀬戸-豊田-胎内-飯塚-釜石-志木-杵築-北茨城-君津-津山-松阪-川西-士別-津島-松本-富里-十日町-千歳-瀬戸内-茅ヶ崎-菊池-銚子-白石-白井-石岡-春日井-磐田-玉野-延岡-加西-一宮-八街-多久-熊谷-山県-多治見-三鷹-甲斐-諫早-大和-豊橋-新宮-
(牛深)
加茂-盛岡-河内長野-直方-玉名-七尾-尾鷲-仙台-伊勢-仙北-熊本-富田林-新庄-宇都宮-山口-筑西-石巻-北見-美作-観音寺-上越-鶴ヶ島-松江-恵那-名古屋-山梨-四国中央-宇土-苫小牧-伊勢崎-北上-水俣-高砂-御所-西予-横須賀-可児-西尾-尾張旭-氷見-水戸-東海-
(今市)
茅野-登別-敦賀-蒲郡-陸前高田-高萩-岐阜-福岡-かほく-倉敷-清須-鈴鹿-上天草-酒田-垂水-逗子-宍粟-浦添-海老名-鳴門-豊見城-国立-筑後-江津-つくば-坂東-臼杵-京丹後-御坊-宇城-桐生-歌志内-印西-出雲-真岡-潟上-三郷-土佐-境港-砺波-三次- 白河-稚内-岩国-西宮-柳井-伊豆の国-にかほ-北杜-東御-美濃加茂-守谷-野洲-須坂-神栖-吹田-多賀城-宇治-城陽-牛久-倉吉-塩竈-枕崎-北九州-宇佐-堺-伊丹-三笠-桜井-出水-瑞浪-南アルプス-洲本-鳥栖-須崎-菊川-和光-浦安-宿毛-守口-知立-宇和島-前橋-塩尻-龍ヶ崎-紀の川-和歌山-真庭-輪島-松山-益田-大東-魚沼-町田-太宰府-富士宮-八千代-四日市-秩父-豊後大野-能美-宮古-高知-調布-福井-和泉-瑞穂-防府-袋井-いすみ-見附-気仙沼-舞鶴-留萌-伊那-南国-黒石-四條畷-天童-うきは-橋本-東金-寝屋川-蕨-美唄-潮来-甲府-福生-佐久-桑名-那覇-羽咋-伊予-米子-五條-上田-伊達-天理-栗東-宇部-別府

そして、2005/12/05以降にできた市名は以下の通りです。

南条、志布志、嬉野、三豊、宇陀、南丹、常総、伊達(福島)、南相馬、平川、下野、匝瑳、北斗、宮若、中央、奥州、合志、香美、香南、三好、奄美、神埼、朝倉、加東、北名古屋、坂井、南房総、浅口、天草、嘉麻、山武、香取、みどり、つくばみらい、小美玉、国東、南島原、大崎、岩出、弥富、本宮、みやま、木津川、南九州、伊佐

これでチャレンジしてみたい方は、チャレンジしてみてはいかがでしょうか?

[72003] 2009 年 9 月 20 日 (日) 18:02:34 オーナー グリグリ
 立科町のくびれ

[72002] hmt さん
「美和石沢」という渓流沿いの上下2集落をまとめて、「美上下」という名の「字」になっているのではないかと想像します。
さっそくのふぉろ〜をありがとうございます。上下2集落をまとめたのではないかとの推理ですね。美和石沢の「美」由来。なるほどねぇ。すばらしい調査分析力です。それにしても美和石沢はなんて読むのでしょうねぇ。検索してみましたが、そのまま検索したら石沢美和さんが引っ掛かりました。""でくくっても土石流危険地域の情報のみですね。「びじょうげ」の読みと合わせると「びわいわさわ」か「びわいわざわ」と普通に読むのかな。

県道40号。5kmほど南に行ったところ(長門牧場付近)にある「立科町のくびれ」[39882][39936][39942]を通過されたわけですね。
そうです。そこを通過しています。それにしても過去記事をすぐに引っ張りだされるとはすごい記憶力ですね。またまた感心しました。そのくびれ付近にある長門牧場に立ち寄りました。長門牧場はくびれを越えた長和町です。広々とした牧場に秋の気配の青空が映えてのんびりできました。カフェテリア形式のレストランでピザや新鮮なヨーグルトをいただきました。ソフトクリームも美味しかったです。長門牧場の南にある蓼科山や蓼科牧場を見渡せる県道40号沿いに昨年秋に整備された「朝日の丘公園」も、白樺の遊歩道や東屋などが整備されており、とても気持ちのよいところでした。

[72002] 2009 年 9 月 20 日 (日) 15:26:45 hmt さん
 美和石沢という渓流に沿った上下2集落?

[72001] オーナー グリグリ さん
佐久のコスモス街道経由で県道40号から立科町に入りました。そのときに目についた地名が「美上下」。
美上下の由来が気になります。

土石流危険渓流 (佐久建設事務所)によると、芦田川の下流から、荒井戸・中尾・中尾上・美上下という地区が存在することがわかります。
美上下関係のデータ。
水系名 信濃川、河川名 芦田川、渓流名 美和石沢、渓流所在地 美上下、保全対象 2戸・6人

地形図を見ると、“美上下”という注記付近だけでなく、もっと南(上手)にも人家があります。
「美和石沢」という渓流沿いの上下2集落をまとめて、「美上下」という名の「字」になっているのではないかと想像します。

県道40号。5kmほど南に行ったところ(長門牧場付近)にある「立科町のくびれ」[39882][39936][39942]を通過されたわけですね。

[72001] 2009 年 9 月 20 日 (日) 08:42:09【2】 オーナー グリグリ
 美上下

今年の夏は三回も蓼科方面に行きました。初夏の蓼科高原から車山高原に美ヶ原(ビーナスライン)、盛夏の白駒池に野辺山、晩夏の白樺高原です。長野県は良いですねぇ、見所ばかりで。ところで、三回目の訪問時は、佐久のコスモス街道経由で県道40号から立科町に入りました。そのときに目についた地名が「美上下」。このあたりです。読みはそのまま「びじょうげ」。印象的な地名だったので帰宅してからネットで探索してみましたが、由来など全く分かりませんでした。かろうじて、このようなサイトが見つかりました。「上下」地名を集めた地名コレクションのようなページです。「上下」地名の由来にはアーカイブ地名における「上」と「下」での議論にもつながるところがあると思いますが、それにしても美上下の由来が気になります。どなたかご存知でしょうか。

[72000] 2009 年 9 月 19 日 (土) 23:05:57 Issie さん
 Re:震災により上層階撤去

[71999] ニジェガロージェッツ さん
特にすごくもない感じますが

まあ,そこで噛みつかないで…
それも含めて,やっぱり「すごいこと」ではあると思いますよ。


← [72100] 〜 [72199] [72000] 〜 [72099] [71900] 〜 [71999] →


都道府県市区町村 > 落書き帳 >このページのトップへ ▲

Copyright(C) 2009 M.Higashide