表題の「某公共放送」という言い回しについて、
[91418][91460]の記事で議論がありましたが、気になったので専門家の意見を聞いてみました。その前に、
三省堂国語辞典 第七版の「某」の語釈と用例です。他の辞書も数点あたってみましたがおおよそ同じです。
ぼう[某]
一 (名)
なんとか(という名前の人)。なにがし。「少年-の犯行・木村-」
二 (接頭)
名前<の はっきりしない/をはっきり出したくない>場合に使うことば。あ(或)る。「-課長・-市」
某公共放送は「二」に該当しますが、「名前をはっきり出したくない場合に使うことば」という語釈に、某公共放送のような言い回しが含まれるかどうかという点がポイントになります。公共放送という言葉で間接的にNHKが特定されてしまうような場合にも、この語釈でカバーしているのかどうかという点です。また、最近では「某NHK」という言い方も耳にします。敢えて特定名に某を付ける言い方です。
仕事の関係で知己を得た、三省堂国語辞典(通称『三国』)の編集委員である飯間浩明先生にメールで聞いてみたところ、速攻で次の返信をいただきました(引用について事前に先生のご了解を頂いています)。
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飯間浩明です。
お世話になっております。その後ご無沙汰して失礼しております。
「某公共放送」の使い方についてのご指摘、貴重なものとありがたく存じます。
たしかに、この用法は従来用法からはみ出す使い方であり、辞書の語釈できちんとカバーすべきものです。『三国』の語釈は不十分でした。
もともとは、冗談で使われ始めた言い方なのは確かです。「某公共放送」と言ってもNHKしかないので、名前をぼかしたことにならない、というわけですね。ところが、それがさらに進んで「某NHK」となると、発言者に名前をぼかす意図がそもそもないことになります。この場合は、冗談が半分、そして、「名前は出したくないのだが」という気持ちが半分だと思います。「某公共放送」の場合も、「はっきり言うのも何だが」「例の」といった意味合いで解釈できそうです。「誰とは言わないが飯間さんは」という言い回しも同様でしょう。
こういったことを、改訂版では説明したいと思います。
同様の例として、「遅刻した人が約1名」のように、概数でない場合に「約」をつける用法があります。これも、当初は冗談として言われ始めましたが、この「約1名」も、繰り返し使われると、冗談の効果は薄れて、むしろ「言っては何だが1名いた」「例のあの人だよ」といったニュアンスで使われるようになりました。これも辞書では記述すべき事柄でしょう。
ご指摘ありがとうございました。こんなところでいかがでしょうか。
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辞書でもまだカバーしていない言い回しだったようです。とても分かり易く明快な説明です。また、類似の言い回しとして「遅刻した人が約1名」の用例をすかさず挙げられるところはさすが専門家だと感心しました。飯間先生、ご教授ありがとうございました。この場を借りて御礼申し上げます。
ということで、「某公共放送」という言い回しは、現時点では辞書には載っていないが、一般化されつつある言い回しとして、今後の改訂版には語釈や用例が載ることになるでしょう(用例は作り辛いかもしれませんが)。
飯間先生への御礼も兼ねて、辞書の魅力と面白さが分かる先生の著書をご紹介します。ご興味のある方はぜひ一読してみてください。とても面白いですよ。
三省堂国語辞典のひみつ