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伊豆之国さんの記事が30件見つかりました

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記事番号記事日付記事タイトル・発言者
[96916]2018年10月7日
伊豆之国
[96902]2018年10月2日
伊豆之国
[96729]2018年9月24日
伊豆之国
[96719]2018年9月24日
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[96718]2018年9月24日
伊豆之国
[96673]2018年9月23日
伊豆之国
[96670]2018年9月23日
伊豆之国
[96619]2018年9月21日
伊豆之国
[96584]2018年9月21日
伊豆之国
[96567]2018年9月20日
伊豆之国
[96564]2018年9月20日
伊豆之国
[96453]2018年9月2日
伊豆之国
[96417]2018年8月21日
伊豆之国
[96403]2018年8月19日
伊豆之国
[96396]2018年8月17日
伊豆之国
[96382]2018年8月12日
伊豆之国
[96376]2018年8月10日
伊豆之国
[96355]2018年8月4日
伊豆之国
[96349]2018年8月1日
伊豆之国
[96346]2018年7月31日
伊豆之国
[96332]2018年7月24日
伊豆之国
[96331]2018年7月23日
伊豆之国
[96317]2018年7月21日
伊豆之国
[96292]2018年7月12日
伊豆之国
[96287]2018年7月10日
伊豆之国
[96273]2018年7月7日
伊豆之国
[96259]2018年7月5日
伊豆之国
[96257]2018年7月4日
伊豆之国
[96252]2018年7月1日
伊豆之国
[96249]2018年6月29日
伊豆之国

[96916] 2018年 10月 7日(日)22:02:01伊豆之国 さん
第49回十番勝負を振り返って~Central Freeway~
[96902]で書き込んだ通り、今回の十番勝負、まさに「史上最強」の超難問ぞろいに悪戦苦闘。最初の「全問共通ヒント」が出る前までは全く手も足も出ず、そこから後も相変わらずスローペース。でも、終わってみれば何と3大会連続の一桁順位とは自分でも驚くような成果…。と言うことで、今回もまず答えられた順に。

問五~小樽、函館、苫小牧~
今まで見たこともないような出足の悪さに、4日目にして早くも「全問に共通」という形で最初のヒントが出たのですが、それでもすぐにはどれもひらめかず、ようやく翌日の採点時刻が迫ってきたところでまずわかってきたのがこの問五でした。お題をみると、どうやら「海に面する2つの町に隣接」と言う共通項が見えてきたのですが、その共通項であたってみると、想定解をかなりオーバーしていたので、「海岸線が連続している」ことに絞ってみたら、大体想定解に近そうだ。ご当地の下田でも取れたが、ここは「災害復旧祈念」と銘打った大会と言うことで、先日の北海道大地震の震源地・厚真町のお隣、大リーグで絶好調・田中マー君の母校のお膝元を。
この問では、半島にある市などに見られる、「海に面する2町に接するが、同じ海岸線でつながっていない」市(例:輪島市)を「該当しない市」に入れたほうがよかったと思いますが。

問一~Banana Boat~
次にわかったのがこの問一。なんとなく人口が少なそうな市が並んでいるので、ふと「市町村合わせた人口ランキング」を見て共通項がわかったもの。ここでも下田市を取れたが、この時点で「あまり執着もないにわか領地」とはいえ2つ盗られているので、「一つぐらいは盗っておいたら」と言うことで、前回に引き続いて、昨年の初夏に「菜の花祭り」と「寺町歩き」で訪れた信州最小人口の市、飯山市([92849])で2万石のにわか領主になることを選んだ。

問二~煙を水に横たえて 渡る浜名の橋の上~
問一と同様にランキング関係を疑い、「市町村ごちゃ混ぜ」での「読み別に並べるとその市のすぐ上下に「町」がある、ということでは、と見えたが、想定解数が多すぎてとても数え切れず、「ざっとそんなくらい」としかわからず。「データベース検索」で見て、下田市を2回続けて見送ったこともあり、静岡県で2つだけ残っていた未解答市の、春の連休で投宿した湖西市([96201])に。OKとなったのだが、でも、ここで思わぬ「からくり」が仕掛けてあったとは気づかなかった…。その後、水俣市がNGとなった理由がわからず([96627] シノレパシクソさん)、「もしかしたら『政令指定都市の区も含む』」と思ったりしたのですが(水俣市と美波町の間に南区が入る)、第四ヒントの解が出てきたところで、やっと「○○町」の「まち・ちょう」も含めた読みでの順だ、水俣市の次には「南相木村」が来るからNGだったのだ、と理解できたのでした。この問では、出題者のオーナーさんも「懺悔」されていますが([96633], [96865])、やはりこの問では該当市と非該当市を「小出し」で出す形式では共通項を明確に示すことは不可能で、「従来形式」の出題にして、綾瀬市などを該当市として提示し、かつ岩沼市や水俣市を「非該当市」にとして明示するようにすべきではなかったのでしょうか。
蛇足ですが「政令指定都市の区も含める(市区町村の読みは含めない)」と言う共通項にした場合、湖西市はOKですが、この問で想定解に入っている湖南市の次には「此花区」が来るので、もし「直前に盗られた湖南市を取り返そう」として答えるとNGになるという、また別の「綾」が発生すると言うのも面白いところだと後で思ったのでした。

問七~伊豆は長岡、古奈、吉奈~
第二ヒントが「村は要らない」と解け、またお題の市から「町同士で新設合併か、町から単独市制でその後の合併も(新設=リニューアルも含めて)いずれも相手は町ばかり」と理解。Nさんの志摩市がOKになったのも大きなヒントになった。前回攻め込まれたこともあり、ここはご当地の、頼朝ゆかりの「蛭ヶ小島」は落とせない。

問九~ワインレッドの心~
お題と既出解をじっと見ているうちに、「読み系」ではないか、と見えてきた。「その市の読みの中に複数の○○町の読みが隠れている」。お題の大仙市は、大山町と伊仙町、川崎市は、宮城と福岡の2つの川崎町…。「市名と全く文字も同じでも、同じ読みの町が2つあってもよい」。「市区町村雑学」から「他の市区町村の読みを含む市区町村」のページを開き、「他の町の読みを含む市」で検索してみるとどうやら合っていそうだ。その表の一番上にあったのが、昔は無名で寂れて「廃業寸前」だったのが一転して「旭日」の勢いで大躍進、全国から見物客が殺到するようになったあの動物園がある、その旭川市だった。地震により発電所がダウンした影響を受け、震源地から遠く直接の被害も少なかったのに、思わぬ大停電に見舞われたと言うことから、ここでも「被災地支援」に一票。

問六~奴奈川(ぬながは)の底なる玉求めて~
第二ヒントから「結びつくこと」と解けて、「姉妹都市・友好都市」関係ではないか、と読み取り、お題の市、NGの市、既出正答の市についていくつか市のHPから当たってみてこの関係だと確信はできたが、市のHPから見つからなかったものや、「交流している市町村」など曖昧な表現のものもあって、絞りきれず。「姉妹が2町」「友好が2町」などいろいろあり、最終的に選んだのが、2年前に大火に見舞われた糸魚川市。市のHPから「交流している都市」のページを開くと
友好都市 北海道新ひだか町・岩手県葛巻町(以下略)
とあり、「友好が2町」の市もOKだったので、間違いないと。ここも「災害復興祈念」ということで。
この問六で、答え選びで引っかかったのが、牧之原市。市のHPから「姉妹・友好都市」のページを開くと
姉妹都市 長野県下伊那郡松川町 平成18年10月1日 姉妹都市締結
友好都市 青森県三戸郡三戸町 平成21年4月13日 友好都市締結
とあり(友好都市は他に人吉市もある)、姉妹都市と友好都市の関係を結んでいる市がそれぞれ1つずつ。果たしてこれはどういう判定になるか、と少々躊躇。結局、駿河の民さんが[96860]で答えてOKになったので、「杞憂」だったとわかったのだが、もし牧之原市で行っても「市盗り」にはつながらないので(静岡県の総領主防衛には貢献しますが)、「災害復興祈念」と銘打った大会、と言うことで、過去に一度答えていた市ではあったのですが、やはり「糸魚川市でよかった」とあとで思いましたが。

問四~千代の松ヶ枝分け出でし~
こちらも第二ヒントから。「境を見よう」と読め、問五とは逆に「県境を接する側で、県内の2町に挟まれている」とわかる。宮城県の地図を見ると、南側は川崎町、北側はどの町か微妙だったが、いずれにせよこちらも県境側で接しているのは「町」だと読み取れる(地図を拡大して、隣接していたのは色麻町とわかる)。100万都市の仙台市が該当していたとはちょっと意外性があった。これで「青葉城」の石高を10万石に増やし、2年前に政宗公の銅像の前で誓い([91505])、昨年末から今春にかけての石巻市や大和町への出張([94789],[96157])で仙台駅や仙台市街地を通るたびに意識してきた「初代青葉城主盗り」にいよいよ「王手」。
ところで、仙台市に行ってみると、中心市街のほうは一見何事もなかったかのように見えても、海辺のほうに出るとやはり津波の被害の痕跡はあちこちで見えたものでした。この問四で仙台市を選んだのも、「市盗り」のほかにやはり今回の大会で銘打っている「災害復興支援」にふさわしい市、と言うことも意識したからなのでした。

問三~高千穂の峯の朝雲光りたち~
想定解が25と少ない上、共通項が複雑で真の共通項を見つけるのに苦闘した難問。「県内の町名に使われている共通文字」系であると見えても、「その先」がどうなのか。お題にあった大網白里市の意味について、まず『文字の読みも同じ」というのをあたって、「白」を大網白里市と同じく「しら」と読む「白子町」の存在が気になったものの、他のお題や既出解を見ると必ずしもそうでなく、これはまず「ない」と見て、次に「九十九里町」が大網白里市と同じく「里」の字が4番目にあることから、「使われている文字の位置(何番目か)」では、と考えたものの、どうも合っているのか不安だ。今度は「共通文字がそれぞれ町名の最初と最後にある」と見て当たると、どうもこれが一番近そうだ。でも結局絞りきれず、残りも少なくなってきたことから、こちらもだいぶ前に答えていた市であったものの、47県中最後に足を踏み入れた宮崎県で最初に通過した都城市、県内に「都農町」と「木城町」があって、共に2文字なので「これならまず合っているだろう」と…。

問八~富士の白雪ゃノーエ、解けて流れて三島に注ぐ~
「町に負けてる」から、隣接町より人口が少ないと読めても、お題の市にはどう見てもそうでないものがあり、第三ヒントが「足し算が必要」と解けて、「隣接する複数の町の人口を全て足し合わせるとその市の人口より多くなる」ことだとわかる。人口11万人弱の三島市の周りには3万人を超える町が3つあり、箱根も加えると間違いなく該当しそうだ、と人口一覧表から計算したところ、箱根の助けを借りなくても県内の隣接3町だけで三島市よりも人口が多くなることがわかった。

問十~Central Freeway~
皆さん方と同様、どうにも糸口がつかめなくてもがき苦しんだ、難問ぞろいの今回の中でも随一の難問。第三ヒントまで来て「降りなくてよい」と解けて、そこから「隣接するA町から、その市を通って別の隣接町・B町まで、乗り換えせず直通する列車がある」と…。「お家芸だったのに…」と慨嘆。いくつか候補を絞ってきて、近県から身延線で、常永駅(昭和町)~小井川駅・東花輪駅(中央市)~甲斐上野駅(市川三郷町)と「鈍行」で乗り換えずに行ける、「中央高速が通るがインターはない」中央市を取った。
この問十については、メンバーの方々からもいろいろと疑問が出ているようですが、対象が新幹線である青森市が入っているのはどうにも変であり、また「災害等で不通の区間」絡みのものがあるなど、共通項を決める条件があまりにも複雑で、結果として支離滅裂なものになってしまっているような気がします。この問の共通については、「各駅停車の列車(種別は「普通列車」扱いでも、「快速」など通過駅があるものは除外して「完全各駅停車」のみとする)に限る、「別々の会社にまたがって運行する列車は含めない」(ただしJR各社については全て同一会社扱いとする)というように条件を限定し、また運行期日・ダイヤについても、「開始日当日に運行」ではなく、「開始日時点の鉄道会社のダイヤで毎日運行となっている列車がある(平日ダイヤと休日ダイヤで直通する列車の時間帯は違っても、どちらにも少なくとも1往復以上はその市を挟んで両隣の別々の町の間を乗り換えずに直通する列車が存在する場合も含む)ことに限る」ものとして、臨時列車や、平日のみ運行、休日のみ運行といった「毎日運行ではない列車」は除外する、といったものにしたほうがわかりやすかったのでは、と思います。
…ところで「重箱の隅」ですが、[96879] オーナー グリグリさん
28 中央市 昭和町(常永駅/JR身延線) 市川山郷町(甲斐上野駅/JR身延線)
「市川三郷町」ですね…。

♭今回の選曲は…
問五:北島サブローの名曲の(多分)2番の最後のフレーズ。1番は「つがる、八戸、大湊田名部(??)」、3番は「留萌、滝川、稚内」だったような…。余談ですが、2ヶ月余り前に函館~津軽方面を訪れたとき、そのサブローさんの母校の前で、ツアーの小団体のオバサン?連が集まっていて、「ここがサブローさんの母校…」とガイドさんが説明していたシーンに遭遇しました(これは20年前に行ったときも同じでした)。
問一:「菜の花」は時季外れなので、何か他に名物があるか市の観光サイトからいろいろ調べたところ、私も全然知らなかった、この市のイメージには全くふさわしくないこんな銘菓があったことを知りました…。この曲を聴いてピンと来る世代は、私よりも一回りは上でしょうか?
問二:鉄道唱歌・東海道線の28番より。歌詞はそのあと「袂涼しく吹く風に 夏も残らずなりにけり」、次の29番でも「右は入海静かにて 空には富士の雪白し 左は遠州灘近く 山なす波ぞ砕け散る」と、当時まだ弁天島も新居町も駅がなく、舞阪駅の次が鷲津駅だった頃の、浜名湖と遠州灘の間を走る汽車からの車窓風景を思いっきり歌い上げています。
問七:こちらは昭和初期に作られた「新・鉄道唱歌」より。25番の歌詞、当時の三島駅(現在の御殿場線下土狩駅)のところで、接続していた駿豆線の関連として読み込まれています。「古奈(こな)」と言うのは現・伊豆の国市の伊豆長岡温泉街の東側、小高い山を挟んだ狩野川寄りの地域の温泉街を指すのですが、近年では「伊豆長岡温泉郷」の一部として扱われることが多いようです([75016]) 。「吉奈(よしな)」は、伊豆市の旧天城湯ヶ島町の、湯ヶ島温泉の手前から西に入った場所にある閑静な温泉場で、徳川家ゆかりの名旅館「東府屋」([61002] inakanomozartさん)が有名でしたが、近年経営破綻したらしく、さるリゾートグループに買い取られて再出発したようです。
問九:旭川出身のバンド(リーダー?はソロでもヒットナンバーを飛ばしていますね)の、メジャーデビューしたての頃の名曲。ちなみに、このバンド名の「鉄」での意味をお分かりの方は、もう結構なお年の方でしょうね…(現存例-富山地鉄市内線…「北陸の駅」より)。
問六:「ぬな川」というのは、糸魚川市内を流れる姫川の古い呼び名。古くは「萬葉集」にも詠み込まれ(HP)、また「奴奈川姫」は絶世の美女として知られていたらしく、出雲から大国主命が求愛にやってきた、と言う話が「古事記」や「出雲国風土記」にも書かれています。越後に「出雲崎」と言う地名があるのも、「越後と出雲の浅からぬ関係」があるのでは、と言うことを、以前書き込んだことがありました([75091])。
問四:ご存知「荒城の月」より。作詞者・土井晩翠は仙台の出身。「仙台」は、古くは「千代」と書かれていたそうです。ちなみに2番は「秋陣営の~」。
問三:カープのエースとして活躍した北別府学投手の母校、都城農業高校の校歌の歌いだし。「高千穂」は、市街から見える霧島連山の高千穂峰のほうです([92700],[92702] hmtさん)。
問八:この地に伝わる民謡より。
問十:中央高速道は、この中央市を通っています([71790])。

…今回の十番勝負では、「市盗り」をあまり意識せず、領地は差し引き2ヶ所減となりましたが、「市盗り合戦の二大野望」、「初代青葉城主盗り」と「静岡県全市正答」にいずれも「王手」を掛けたことになり、来るべき次回はいよいよ「野望達成」に向けた大勝負、と言うことになりそうです…。


♯十番勝負はこれくらいにして…
まだ誰も書き込んでいないようなので、「お天気」関連のニュースから。
台風一過、真夏に戻ったような猛暑。昨日、日本海側を中心に季節外れの猛暑となり、新潟県三条市では10月では過去最高気温となる36.0度となるなど、各地で10月の過去最高気温を更新しました(読売新聞より)。
台風25号の影響で6日、日本海側を中心に最高気温が平年を10度前後上回る記録的な暑さとなった。新潟県三条市では36・0度に達し、10月の国内最高気温を5年ぶりに更新した
気象庁によると、石川県の上空1500メートルに暖気が滞留し、広い範囲で8月並みに気温が上昇。新潟県上越市で35・7度、高松市34・0度、富山市33・6度、岡山市33・4度、山形県鶴岡市31・7度など、九州から東北の17県107地点で10月の最高気温の記録を塗り替えた。また、全国の観測地点の2割超で30度以上の真夏日を記録した
東京都心は平年を6度以上、上回る29・3度だった。7日も関東を中心に季節外れの暑さが続く見通し
今日は、新潟・北陸や西日本の暑さはだいぶ和らぎましたが、関東地方では昨日にもまして猛暑となり
今日(7日)は元台風25号がもたらした暖かい空気と山越えのフェーン現象の影響で、関東は広く気温が30度以上となり、10月とは思えない暑さとなりました。関東のアメダスのうち7割以上で真夏日となりました。真夏日地点が7割を超えるのはアメダスの整備が進んだ1978年以降で今年10月1日と今日の2回です
午後3時までの最高気温は横浜で32度4分と10月としては1位の記録となりました。東京都心は32度3分と10月としては高い方から歴代2位タイの記録でした。関東で最も上がったのは茨城県土浦市で33度7分とこちらも10月1位の記録となりました
(こちら)
この暑さも、明日には東京都心の予想最高気温で25℃まで下がるなど、収まる予想にはなっているようです。

♯今日の「西郷どん」の最後の部分で、3年ほど前に話題になった、東京・赤坂の「三分坂」([88891],[88892]
hmt さん)の現在の映像が出てきました。
[96902] 2018年 10月 2日(火)22:12:57伊豆之国 さん
感想文を書く前に(十番勝負異聞・那珂川市誕生関連)
今回の十番勝負、一言で言うとまさにその回数通り「始終苦」。予想以上の超難問に大苦戦、スタートから3日たっても答えの出方は今まで見たこともない超スローペース、全く糸口さえつかめず。4日目に早くも「全問に共通するテーマ」が出てやっと動き出したものの、翌日の次の採点の直前にやっと最初の解答、という状況。ところが終わってみるとなんと総合5着、並み居る強豪・ベテラン勢も苦しんだ「誤答の嵐」に巻き込まれることもなく、メダルこそ無縁だったものの全問お手つきなし、これで3大会連続1桁順位、とまさに自分でも驚く「怪挙」。そんなことで、感想文もかなりの長文になりそうなので、時間に余裕が出る3連休にまで待つことにします…。

さて、昨日、福岡県「那珂川市」が誕生しました。本来ならば、「祝・那珂川市誕生」と行きたいところですが、ご承知の通り、先週末から日本全土を縦断した超大型台風の猛威で、被害も各地に発生、そういうことでとても「お祝い気分」と言うわけには行かないので、ここはひとまず「那珂川市」の誕生による「十番勝負」の想定解の変化について、那珂川市自身が該当する市になったものと、那珂川市の誕生によって他の市が該当することになったり、逆に該当しなくなったケースについて、全部はとてもつかめないと思いますが、とりあえず気づいたものについて、最新のものから順にいくつか当たってみることにしてみます。なお、人口関係の問題については、最新データに基づいている今回の問八のみ対象とします。

【那珂川市が該当する市になったもの】
・第48回・問四「鉄道駅がない市」に該当する([96157])
・第44回・問十「その市の読みの真ん中に別の市の読みがある市」に該当する(な「かが」わ→「加賀」市)
・第42回・問九「その県で最新の合併または単独市制を行った市」に該当する(八女市から交代)
・第40回・問十「同音異字の市町村がある」に該当する(北海道中川町、長野県中川村)
        ※類題・問28回問十(同音異字の市区町村)では名古屋市中川区も
・第39回・問二「"う"又は"み"の入る市町村と隣接」に該当する(佐賀県みやき町と隣接)
・第38回・問六「その県で市制施行が最も新しい市」に該当する(糸島市から交代)
・第35回・問一「都道府県の読みが入る市」に該当する(な「かがわ」→「香川」県)
・第29回・問二「"筑・波"のつく市町村に隣接する市」に該当する(筑紫野市と隣接)
・第28回・問九「同音同字の市区町村がある市」に該当する(栃木県那珂川町)

【那珂川市誕生により該当することになった市】
・問39回・問一「市に囲まれている市」に春日市が該当する

【那珂川市誕生により該当しなくなった市】
・第49回・問八「隣接する複数の町の人口合計が自分の市の人口よりも多い市」に筑紫野市と鳥栖市が該当しなくなる

また、「ペアシティ七番勝負」では、第2回「市名と同音異字の駅名があるペア」で、「那珂川市/南陽市」(中川駅・奥羽本線)と「那珂川市/横浜市」(中川駅・横浜市地下鉄ブルーライン)が加わります。なお、この想定解を列記した[85544]の表のうち、「富里市/夕張市」のペアは、石勝線(夕張支線)「十三里」駅の廃止([88508],[90113] k-aceさん、他)により既に消滅しています。

…他にもまだあると思いますが、あまり古い問題のはちょっと、と思うので、ここまでにしておきます。       
[96729] 2018年 9月 24日(月)20:13:35伊豆之国 さん
十番勝負
問十:中央市

お題のあの市の意味がよくわかりませんが…
[96719] 2018年 9月 24日(月)13:01:24伊豆之国 さん
十番勝負
問八:三島市
[96718] 2018年 9月 24日(月)12:49:41伊豆之国 さん
十番勝負
問三:都城市

境界線がまだよくわかりませんが…
[96673] 2018年 9月 23日(日)20:22:45伊豆之国 さん
十番勝負
問四:仙台市

非常に微妙なところですが…
[96670] 2018年 9月 23日(日)19:12:25伊豆之国 さん
十番勝負
問六:糸魚川市
[96619] 2018年 9月 21日(金)23:59:22伊豆之国 さん
十番勝負
問七:伊豆の国市
問九:旭川市
[96584] 2018年 9月 21日(金)18:43:02伊豆之国 さん
十番勝負
問二:湖西市
[96567] 2018年 9月 20日(木)22:00:53伊豆之国 さん
十番勝負
問一:飯山市
[96564] 2018年 9月 20日(木)20:00:38伊豆之国 さん
十番勝負
問五:苫小牧市
[96453] 2018年 9月 2日(日)21:21:48伊豆之国 さん
「神戸市武庫郡西灘村」は実在する?
「台東区」ネタに便乗する形ですが、台東区とは関係ない場所の話から。

以前、台東区「象潟」([93054])とか足立区の「サイカチ」地名([95551])でも引用した、「旧町名を探す会」のブログを見ていたら、出ていたツィートに、「神戸市に残る『幻の旧村名』」ネタが出てきました(こちら)。
JR東灘信号場の北東部分の一角、実はここだけは神戸市ではなく「武庫郡 西灘村」が残っているのです。1929年に神戸市に編入されたものの、国鉄敷地内であった為、編入されず残っているモノです
「○○村」が鉄道用地に残っている例は多々ありますが、今回このツイートでお伝えした事は「○○郡」まで残っているという事実です
神戸市内には「御崎村」「東尻池村」が「神戸市の大字として」現存しています
「神戸市ではない」といった表現を使用しましたが、実際は「神戸市武庫郡」の扱いの様で、「灘区内にありながら灘区ではない」事になります。
すなわち「神戸市武庫郡西灘村」です


「神戸市の地名ネタ」というと、やはりご当地のニジェガロージェッツさんにご登場をお願いすることになるのでしょう。「御崎村」「東尻池村」については、そのニジェガロージェッツさんの過去ログにも何度か出ていましたが([45136],[75415],[75442])、「西灘村」について過去ログを検索してみたところ、全部で10数件出てきましたが、「幻の現存『村』地名」と見られる記事は見当たらなかったようでした。
[75442]でご紹介されている「神戸市固定資産(土地)地番参考図」のファイルを開き、灘区の町名一覧を見ると、「武庫郡」こそ頭についていませんてしたが、「西灘村河原字中ノ内」「西灘村河原字風呂前」と言うのが出ていて、リンクされている地図番号を開いてみたところ、いずれも前期のツィートにある通り、地図を拡大すると、下側の枠の近く、JR摩耶駅の東側のJR用地の北側の部分にそれらの地名がはっきり記載されています。Mapionの地図で見ると、この辺りになりますが、「西灘村~」の地名は見えず、「灘南通1・2丁目」と出てきます。他のWeb地図でも同様で、やはり「御崎村」「東尻池村」のような、一般の地図上には現れない「幻の『村』地名」と思われます。

[75442]
東灘区では深江字繁昌通4丁目とか深江字札場通4丁目,深江字栄通4丁目,5丁目など,消滅したと思われた地名が阪神電鉄本線敷地に保存されていたり,嬉しくなります
東灘区のファイルも開いてみましたが、やはり上記の各旧(幻?)町名は「地番参考図」ではっきり確認することができ、国鉄(→JR)だけでなく私鉄の用地でも同様な措置が行われていたのでしょうか。
[96417] 2018年 8月 21日(火)22:28:30伊豆之国 さん
仙臺市、台灣省
[96397] ekinenpyouさんの記事
台東区の読み方
に端を発して、「台」の読み方論議で盛り上がっているようですが、その記事の中にも出てきた「台湾」とも関連するのですが、「台」の旧字体という扱いになっている「臺」と言う字との関係が気になったので…

「台」と言う字は、常用(当用)漢字では「臺」の略字(新字)と言う扱いになっています。「台」の字がつく地名は、「仙台市」を初め各地にあり、近年では新興住宅地などに「○○台」と言う地名が増えていますが、戦前からの(更に江戸時代やそれ以前から文献に見えている)地名も数多く見られます。その「台」の字ですが、戦前に発行されている各種地名辞典でも、「仙臺市」を初め、そのほとんどは「臺」の表記になっており、東京都心部にある「駿河台」「白金台」などの戦前から見られる地名も、例外なく「臺」になっていました(例-市町村読方名彙(大正14年))。戦後間もない昭和24年発行の「全国市町村便攬」でも、ここでも「仙臺市」などまだいずれも旧字体になっており、その時点では当用漢字が施行されているので、既に「仙台市」が公式表記になっているはずですが、まだ「過渡期」になっている様子がうかがえるように思えます。

「台」と「臺」は、本来はそれぞれ別の字で、どちらも中国に古くからある漢字です。手元の漢和辞典によると、「台」は、音は「イ」「タイ」、字義は「喜ぶ」、「我」など。「臺」は、今日の「台地」「高台」などの意味に使われる漢字、となっていました。それらに続いて、「台」が古くから「臺」の略字として用いられた、とあり、おそらく中国でもかなり古い時代から「台」が「臺」の意味に用いられるようになったと思われます。
「台」が音符として使われている「形声文字」はいくつかあり、「治」「始」など、「タイ」から大きく変化しているものもあるので、おそらく古い時期にはお互いに近い発音だったのでしょうか。

"Chinese Taipei"台湾では(香港でも同様ですが)、中国本土で使われる略字(簡体字)を使用せず、「繁體字」と呼ばれる旧字体が使われており、「臺灣」と表記するのが公式と見られますが、「台灣」と言う表記も広く使われているるようで、おそらく普段は「臺」を「台」と書くのが一般的なのでしょう。蛇足ですが、台湾では鉄道駅のプラットホームを「月台」と言うようですが、この場合の「台」はその用法からして「臺」の意味で使われているのでしょう。(こちらを参照)

「臺」には、上が「其」の上部のような形になっている異体字(俗字)もあるようです。埼玉県久喜市菖蒲町には「」と言う地名があり、以前から「台」の表記が一般に用いられており、久喜市との合併により「台」が現在の公式表記となっているようですが、旧菖蒲町時代には公式にはこの「臺」の俗字が用いられていたようで、この表記は社寺の境内にある石碑などに残っているようです(「菖蒲町台訪問記」…「稀少地名漢字リスト」より)。
♯この「菖蒲町台」には「クイズの神様」も鎮座しているのですね…。

クイズと言うと…
[96415] Takashiさん
ご名答です。
永平寺は曹洞宗の大本山、駒澤大学はその曹洞宗系の大学です。立正大学は日蓮宗、龍谷大学は浄土真宗(西本願寺)、佛教大学は浄土宗です(こちら)。

[96411] ekinenpyouさん
北はり磨関の「はり」は何故「こちら」の字を使っているのでしょう???
「北[石番]磨」の文字については、6年余り前にも話題になったことがありましたね。
[96403] 2018年 8月 19日(日)15:21:34伊豆之国 さん
Re2:夏休み旅行記クイズ
[96394] シノレパシクソさん
旅行記クイズですが、自分が同じようなのを出したばかり([96355])と言うこともあったので、答えを書き込むのは遠慮しましたが、直感で大体答えはわかりました。ただ、美術館の名前だけは知りませんでした…。

[96400] 千本桜さん
[96401] シノレパシクソさん
私もここで少し雑感を。

E:その家系を継いだ御方の旧別邸が鎌倉の長谷にあります。今はとある施設になっていて有料で観覧できます

「鎌倉文学館」ですね。そこには2~3年に1度くらい見に行くことがあり、2階の窓からは海が見え、庭園は薔薇の花が綺麗なのですが、いつも春の連休に行くことが多いので、まだ花が咲く前なので、満開になったらさぞ壮観、と「妄想」しています…。

G:その川の畔に、ゆう子さんと温子さんがいました

この川と同じ名の、私鉄の路線があり、元井の頭線の電車が走っています。

I:この県と同名の町が福島県にあります

この県と同名の市が沖縄にありました。このI県と同名の苗字は、全国で30位以内の苗字の中で唯一、沖縄でも「ごく普通に見られる苗字」になっていて、現在も旧I市が含まれている市に最も多く見られますが、逆にI県にはあまり多くないのです([76151])。

J市の中心駅を通過するのには驚きでした

この市と同名の、三重県の高校が今度の「甲子園」に出ていました。惜しくも初戦で敗れましたが、つい最近まで県大会でも初戦敗退が続いていたことから、「ミラクル」と騒がれましたね。同名の高校が神奈川県にもありますが、J市にはありません。また、この市と同名の駅は、東京都と新潟県、それに読み方違いですが香川県にもありますが、やはりこの市にはありません。

ローカル線のOに乗り換え

この私鉄の別の路線には、相撲用語と同じ名の駅(同名の清酒のCMに出たこともありました)があり、その近所の現JR線にはかつて「幻の駅」(県内の市名+県外の市名)があったことが、最近落書き帳で話題になりましたね。

M:あわや「金津」と答えそうになりました。
でもこの駅は旧M町ではなく「金津」にあるんですよね。

私がその昔(20数年前)ここの温泉に泊まったときにこの駅で降りたことがあり、駅前に「蓮如の里・金津町」と大書した観光広告塔が立っていたことを覚えていますが、現在はなくなっているようです。(北陸の駅より)

O:大きなお寺まで鉄道が走っていた頃
ここで私からもクイズです。この「大きなお寺」と最も関係の深い大学はどれでしょうか? 今回は4者択一です。
【問】イ:駒澤大学 ロ:立正大学 ハ:龍谷大学 ニ:佛教大学

いっそのこと上流の市まで行きたいですが、ここから直通の電車がない

こちらも「大きなお寺」までと同様、昔はこの市まで路線が続いていたのですが、昭和49年に廃止になっています。
[96396] 2018年 8月 17日(金)22:12:04伊豆之国 さん
あ~長崎は今日も… & 伊豆の国市
[96382] で出した「長崎」「蝶」ネタのクイズですが…

「長崎」「蝶」というと、長崎が舞台の、かの有名なオペラ「テフテフ夫人」。そのオペラには、日本の有名な自動車?が登場します。それは何でしょうか?
「クイ図」形式で、5者択一問題です。
【問】A:群馬県太田市 B:静岡県浜松市 C:愛知県豊田市 D:三重県鈴鹿市 E:広島県府中町


[96387] 白桃さん
私はB【静岡県浜松市】を選びます
これだけでは芸がないということもありますが、「静岡県浜松市」は二輪の主力工場です(だった)ので、
静岡県湖西市とします。
その通りです。
主要な登場人物
蝶々夫人(ソプラノ):没落士族の娘
スズキ(メゾ・ソプラノ):蝶々夫人の召使い
(以下略)
(長崎マガジンより)
5月の連休で投宿した([96201])と言うのに、いまだに「JRコセイ線」と読み方がどっちなのか混乱したままになっている、あの時名物グルメをどっちも味わえなかった浜松市とは浜名湖を挟んで向かい合っている「コサイ市」まで答えていただいたとはまさに脱帽です…。
[96385] 駿河の民さん
静岡県裾野市でいかがでしょうか
残念ながら誤答です。というより、[96387] で白桃さんがおっしゃるように、その問題の(答えの選び方の)趣旨がよく理解できていないようですね。まぁ、[96385]にあるように、「クイ図」形式に慣れていないということから見て、仕方ないのでしょう。

伊豆箱根鉄道を短縮した「いずっぱこ」です。伊豆箱根バスは「バス」です
「いずっぱこ」なる言い方、実はつい最近になって知ったものです。「駿豆線」関係の動画をシリーズで出している方がいて、そこで初めて知ったのです。伊豆仁田駅の旧式踏切(現在は更新により消滅…[91964])
オヤジの田舎・西伊豆では、こんな言い方は全く聞いたことがありません。「バス」と言えば、伊豆半島一帯に路線網を持つ「東海バス」(現在は地域ごとに分社化されているようですか)でした。まだ伊豆急ができていなかった(昭和36年開通)頃までは、西伊豆から東海道線沿線に出るには、西伊豆町の南隣・松崎町から堂ヶ島(西伊豆町)・土肥(現・伊豆市)を経由して修善寺に出ると言うのがバスでのメインルートだったのでしょうが、昔は道路事情が悪かったこともあり、天気さえよければ、当時存在していた、堂ヶ島から土肥を経由して沼津への船で行ったほうが早い、と言うことで、船便を使う人も多かったのでしょう。関連記事
私が物心ついた頃には伊豆急は既に開通していたので、専ら伊豆急下田からバスかタクシー、と言うコースが一般的になっていて、たまに修善寺からバスで行ったとき、前述のようにまだ道路事情が悪かったこともあり、まだ旧道だった船原峠(今は「土肥峠」と言うようです)の山越えのあたりに急カーブが続き、バスに酔ってしまった苦い思い出がありました。

「長崎」の話題に戻りますが、その長崎市の地名の由来には諸説があるようで、その中の一つに「伊豆国長崎」(静岡県伊豆の国市長崎)から発祥した長崎氏の一族が肥前国に移ったのがその由来、と言う説があるようです。
[96382] 2018年 8月 12日(日)10:46:47伊豆之国 さん
テフテフ夫人 & 三嶋大社
[96379] 白桃さん
ナガサキアゲハの長崎以外に蝶の名前に入り込む市名には(調べた限りでは)、岐阜、沖縄、曽於、みやま、大和、燕、明石、大仙、みどり、富士、富士見、奄美、あま、旭、大村、姫路、三浦があります
姫路(ヒメジャノメ)のようにインチキっぽいのもありますが
他にまだないか見ていたら、能美土岐、あと「インチキっぽい」もので久慈(クジャクチョウ)がありました。

「長崎」「蝶」というと、長崎が舞台の、かの有名なオペラ「テフテフ夫人」。そのオペラには、日本の有名な自動車?が登場します。それは何でしょうか?
「クイ図」形式で、5者択一問題です。

【問】A:群馬県太田市 B:静岡県浜松市 C:愛知県豊田市 D:三重県鈴鹿市 E:広島県府中町

[96380] 駿河の民さん
静岡県の沼津・三島地域を中心にした地域を表す言葉として「東静(とうせい)地区」が使われることがあります。
とありますが、地元では全く使われていません。東静病院は今は「医療センター」ですし、沼津・三島地域は「東部」と呼ばれます。また、三島は伊豆国であるという意識はほとんどなく、人の動きも活発ですし、(間に住んでいる僕はどちらにも同じくらい行きます。)東部地区で異論はないと思われます
「東静」と言う言い方は、私も全く初耳です。三島が「伊豆」だと言う認識も、「伊豆国一宮である三嶋大社が鎮座している」ことによるくらいで、西伊豆がルーツの私にも、地域的つながりから、むしろ「駿河」のように思ってしまうことがしばしばあります(天気予報の世界でも三島は「伊豆」ではなくて「静岡県東部」として扱われています([94655]他))。
自動車のナンバーは、三島市は「伊豆」、沼津市全域と長泉・清水両町は「沼津」になっているようです。沼津市と合併した旧戸田村は、今も「(西)伊豆」だと認識されていることが多いようで、観光案内にもほとんど「伊豆」とうたわれているようですが、自動車のナンバーは市町村(と特別区)の枠組みによって決まるので、旧戸田村(「昭和の大合併」で沼津市内になったこの辺りも…この地域の地図を見ると「伊豆」を名乗る施設などがいくらでも見つかります)も「沼津」ナンバーになっているのでしょう。 
沼津・三島を中心とした地域を指して「駿豆」と言うのは、伊豆箱根鉄道駿豆線を初め、しばしば使われる言い方でが、こちらも実は私にとってはあまり身近なものではなく、駿豆線も専ら「修善寺に行く電車」とか「修善寺線」などと言ったりしていました。
[96376] 2018年 8月 10日(金)22:27:15伊豆之国 さん
海峡の長~いトンネル、抜けたり戻ったり…(道中記クイズの答え) & 対馬市、佐渡市
[96355] で出した夏休み道中記クイズですが…

[96356] 白桃さん
[96357] 千本桜さん
[96358] ekinenpyouさん
[96359] シノレパシクソさん
いずれもお察しの通りですね。
文中、A~Rの市町村名は…

A市:函館市 B市:北斗市 C市:青森市 D村:田舎館村 E市:弘前市  F町:板柳町 G町:鶴田町
H市:五所川原市 I市:つがる市 (旧)J町:木造町 (旧)K村:稲垣村 (旧)L町:金木町 M町:鰺ヶ沢町
N町:深浦町 O町:八峰町 (旧)P町:八森町 Q市:能代市  R市:秋田市

でした。

[96357] 千本桜さん
旧J町にある駅で下車
その駅舎はコンクリート造りでないといいのだが
残念ながら?駅舎は「もくぞう」ではなくて鉄筋コンクリート造でした(木造駅)。

[96359] シノレパシクソさん
H市の旧L町に記念館がある有名な作家ですが、本当の名字は某県の市名になっており、同音の市名も存在します
青森県を代表する作家([78400] オーナー グリグリさん)太宰治、本名は「津島修治」。この「津島」と言う苗字は、津軽にもそこそこにありますが、同音で「対馬」と書く苗字のほうが圧倒的に多く、青森県内に1700件余りあり(Web版「写録宝夢巣」による)、県内ランキングで20位台に入り、特に弘前市に多く、500件以上あり市内11位、青森市でも400余りあって市内30位内に入りますが、「南部」ではほとんど見られません。この「対馬」さんが長崎県対馬には存在せず([40956] トライランダーさん)、遠く離れた津軽に多いと言う「不思議」さについて、私も以前[72181]
長崎の対馬とは無関係で、元は「津島」だった(そういえば太宰治の本名も「津島修治」でしたね)のを字を変えたそうで、尾張の津島がルーツだとも言われていますが、はっきりしたことはわからないかもしれません
と書き込んだことがありました。

[96355]では書き込んでいなかったのですが、函館市の中心部を市電で行き来してみると、賑わっていたのが教会や洋館群がある函館山麓の「元町」地区から赤煉瓦倉庫が立ち並ぶベイエリアにかけての「市内随一の観光スポット」となっている地域と、飲食店も数多く見られる五稜郭周辺の2箇所に分かれ、函館駅周辺を含む両地区の間の地域が寂れかけた状態になっていて(駅前のデパートが閉店セールをやっていた)、周辺町村と合併したのに最盛期から5万人以上も人口が減ったことと合わせて「町の活気」がいまいち見られなかったのを実感したこと、津軽に行くとあちこちで紫陽花が花盛りになっていて、東京近辺では早い時期からの猛暑で既に6月中にはほとんどしおれていたことと比べて見れば、東京近辺との「気候の差」を実感したことが印象的だったのでした…。

クイズについては、このあたりで「お開き」にして…
[96373] そらみつさん
国名郡
4.明治の郡の再編時以降に登場した郡
新潟県「(佐渡国)佐渡郡」(現在は全域で「佐渡市」)もありますね。
明治29年(1896)の郡再編で、「雑太郡・ 加茂郡・ 羽茂郡の区域をもって佐渡郡を設置」とあります(市区変遷情報)。

ところで、夏の全国高校野球の熱戦が続いていますが、今日の第3試合で、奈良大附属高校が羽黒高校を破り、春夏通じて「甲子園」初勝利を挙げました(こちら)。実は、この奈良大附属高校の勝利が、奈良市内の高校の「甲子園」初勝利となったようなのです([90703])。
奈良市は、全国の県庁所在地の中で唯一、「市内の学校が『甲子園』でまだ一度も勝ったことがない」という「不名誉記録」を持っているようです。奈良県の高校球界が長年、天理と智辯の「2強」による「寡占状態」が続いており、あとは郡山などが絡むくらいで、強豪校も少ない奈良市内の高校がこれらの常連を押しのけて「甲子園」への切符を勝ち取ること自体が非常に困難、ということになっているようです
と言う状況が続いていたと言うことで、これで奈良市はようやく[90703]の表で「C」ランクから「B」ランクに昇格し、最高成績校がある自治体(優勝校がある天理市と五條市)との「ギャップ」を「2」から「1」に縮めた、ということになったようです。

[96369],[96375] hmtさん
[96370] じゃごたろさん
[96374] 今川焼さん
天に昇るような急勾配の坂
島根県松江市江島の八束町と鳥取県境港市渡町とを結ぶ「江島大橋」
リンクされている側面図から見ると、島根県側にある最急勾配は6.1%(=61‰)なので、かつての横川~軽井沢間の66.7‰よりも緩く、「天にも昇るような急坂」に見えるのは、一言で言えば「目の錯覚」と言ったもののようなのでしょうね。
参考までに、「東京(山手線の内側)で一番急な坂」について記事と写真をリンクします。のぞき坂(胸突坂、急坂とも)(豊島区高田)
[96355] 2018年 8月 4日(土)21:40:09伊豆之国 さん
さて、ここはどこでしょう?(道中記クイズ)
[96349]の最後で約束した道中記です。

連日の猛暑からの逃避(結果的には「台風の直撃からの逃避」と言うことになりましたが)を目指し、先月28日から2泊3日で出かけてきました。まず新幹線に乗り、自分が「(戦国市盗り合戦の)領主」に居座っているA市を目指します。長いトンネルを抜け、たどり着いた駅はA市にはなくて隣のB市にあり、在来線に乗り継いでA市のターミナル駅へ。駅舎は建て替えられていて、駅前にもホテルやオフィスビルが建ち並んでいましたが、駅前広場はがらんとした印象で、その昔に行った当時の面影は消え失せ、一瞬の戸惑いも…。駅に荷物を預けて身軽になり、電車で市内有数の観光スポットへ。坂道を上り、20年前にも見てきた、中腹にある洋風建築をまず見ることに。共通観覧券を買い、この前には行けなかった3つの記念館回り。2つ目のを見てから、山腹の2つの教会を見て、坂を下りてベイエリアへ。この日は最高気温も30度に届かず、「柔らかな風が吹くこの場所で~」と、「オジサン」には似つかわしくない?(でももう二昔も前の曲…)メロディーが出てきそうな…。この地にゆかりの廻船業者の記念館に入り、江戸末期の北方情勢など興味深く拝見。赤煉瓦の倉庫群は有名になりましたが、内部はただの土産物屋のような店ばかりで、「お台場」(実は行ったことがないのですが)みたいな雰囲気に、一気に見る気持ちが失せてしまいました。このA市でよく見かけた「幸運○○師」と言う名のハンバーグ屋さんに立ち寄り、持ち帰りに1個。残る2つの記念館に入って、ターミナル駅に戻り、預けた荷物を取り出してから、またまた電車でこの日のホテルに。客室に荷物を置いて、再び外に出て、名物の塩拉麺定食を夕食にいただいてから、最初に見た山腹に戻り、20年前には綺麗に見えた、このA市で一番の絶景を見に…と言いたいところですが、山には霧がかかる生憎の空模様。モニターで下界がほとんど見えないことを知り、しばらく立ち往生。隣国から来たと見られる小集団の団体客も、何だか気持ちが晴れない様子が…。それでも「ここまで来たからには」と決行。ロープウェイで山に登ると、途中まで絶景が見え、やがて霧の中に消えていった光景は、ある意味、幻想的で貴重な体験だったのかもしれません。「心眼」で「この向うにあの景色が…」と思いつつ、「そういえば、20年前には『霧の○○湖』もそうだったし、最近では河口湖に5年間に2度行ったのにどっちも富士山は見えず…」と…。
翌朝もすっきりしない空模様でしたが、涼しく過ごしやすい天気で、ホテルからも程近い、自分が「領主」と言うことになっている、A市を代表する城郭を目指すのですが、その前に手前にある展望タワーへ。城自体は20年ぶりですが、タワーのほうは40何年か前に行った記憶があるもののいまいちはっきりしたものがなく、今回上まで行って、その城郭の全体の形状をはっきり見ることができたのでした。土産物コーナーを見ると、「戊辰戦争150年記念」の幟が立ち、この城の攻防で、奮闘むなしく最後は官軍に降伏して命を絶った、旧幕軍の主力として活躍した武将は特に人気で、こうした歴史背景が「明治150年」でなく「戊辰150年」を偲ぶ、という状況が見えてくるのでした。それから城跡へ。20年前とは様子が変わり、前にあった古い記念館は姿を消し、幕末に建てられ明治になって間もなく取り壊された「陣屋」の建物が復元され、展示物の中には、このような形状の城郭のルーツとなった西洋の城郭についての説明もありました。
A市のターミナル駅からB市の新幹線駅へ戻り、そして再び長いトンネルを抜けて、C市の駅で在来線に乗り換え。C市の新幹線駅も市街地から離れ、在来線のホームは小ぢんまりしたものでしたが、ホームに下りるなり、「ムッ」として暑さが…。この駅でリゾート列車に乗り換え。D村にある駅で支線に入るのですが、この県で最古参のE市を無視できないことからか、そのE駅でいったん逆向きに変わり、行きには素通りしたD村の駅で再び元の進行方向に戻ってその支線に入り、車窓からは刻々と見え方が変わる、「ふるさと富士」にも名を連ねるこの地方随一の名山の姿に見とれながら、この駅から乗り込んできた「語り部」による「方言民話」のお話会も披露され、車内は和やかな雰囲気に。土俵上の仕草が人気を博し、お茶漬けのCMでもお馴染みだった元力士と、女子陸上の長距離・マラソンで活躍した選手の故郷・F町の駅で対向列車とすれ違い、G町の駅で「語り部」たちも降り、ローカル私鉄が分岐するH市を過ぎ、次のI市の、元横綱の故郷・旧J町にある駅で下車。改札を出て、駅舎の正面に貼り付けられた巨大なモニュメントは、この旧J町を代表する縄文遺跡の出土品をかたどったもの。駅前にタクシーが待っていたのですぐ乗り込み、まずその遺跡の出土品などが展示されている資料館へ。駅の巨大モニュメントの元になっている、この遺跡を代表する出土品の本物は東京の博物館にあり、ここで展示されているのは実物大のレプリカ。それからその遺跡へ。田んぼと背後の小高い丘との間にある小公園があるだけですが、ここでもその出土品を模した石像が建てられていました。午後4時を回り、予定より少し早く2日目の宿に到着。旧K村の中心(といっても大した商店街もない農村集落の真っ只中のような場所でしたが)近くにある一軒宿の温泉旅館で、これと言った特徴はあまりないものの、源泉掛け流しという名物の温泉が自慢で、ロビーには有名女優などの色紙や写真も展示されていました。夜になってちょっと外に出ると、満天の星空が。南東の空には「立待」(旧暦6月17日)の月と、大接近中の赤い火星がひときわ明るく輝き、北のほうに振り返ると、北極星を挟んで北斗星とカシオペアが中天に向かい合って…。
明けて3日目は、再びタクシーを飛ばし、H市の旧L町の中心にある、この県をも代表する文人の生家である記念館へ。27年ぶりの再訪でしたが、前回見たときには旅館として営業中で、1階の一部しか公開されていなかったのですが、そのご旅館が廃業して旧L町の所有となり、内部は復元されて今回はその全容を見ることができ、地域の名家だった一族の屋敷としての建物の巨大・豪勢さと、和洋折衷の意匠の見事さと不思議と違和感のない調和には、まさに圧倒されるものがありました。
この文人の生家の近くには、一時期過ごしていたという別館もあり、こちらも中を見てきてからL駅へ。駅舎がいつの間にか建て替えられ、前に行ったときのイメージが消えてちょっと戸惑いましたが…。この私鉄は冬季の名物列車で知られますが、今の時期は「風鈴列車」が一押しだそうで、1両だけのディーゼルの、乗った車両はその「風鈴列車」。でも、途中の駅や、起点のH市の駅には、ぼろぼろになって廃車寸前?のような車両が放置され、過疎地の地方私鉄が置かれた経営環境の厳しさが見えたのでした。
H駅から再びJRで。「鈍行」の車両は使い古された旧式のディーゼル車で、ここでもローカル線の厳しい状況が…。やがて田園地帯から海辺に入って、「明治の名邑」にも入り、その頃はこの県内で五指に入る都会だったと言われ、また現役時代には小兵力士として、引退後は本業の相撲解説と、旅番組などにもしばしば出演して「マルチタレント」として「二足のわらじ」で活躍中の元力士の故郷でもある、M町の駅で対向列車と待ち合わせ。ここからがこの線の一番の見所。途中の「元・臨時駅」から大勢の団体が乗り込んできたのには驚きましたが…。絶景のポイントが近づくと、リゾート列車でもないのにスピードを落として窓側の客が一斉にシャッターチャンスをうかがう光景も。この列車の終着、N町の駅で下車。次の列車まで2時間近く間があり、まず駅近くの食堂で空腹を満たしたあと、出発前にパンフレットを見て知った、このN町にある古刹で33年ぶりにご開帳と言う観音像を拝みに行くことに。このお寺の名は、鎌倉の有名寺院と同名ですが、宗派が違い、直接の関係はないようです。その観音像があるお寺は、駅から徒歩で20分ほどの場所にあり、バスもタクシーもないのでひたすら歩くことに。しかもこの日はここでも猛烈な暑さ。E市では35度を越えたとかで、駅に重いバッグを預けられたからまだよかったものの、暑さの中で体力も消耗。ようやく山門前にたどり着いて境内へ。堂内では拝観を待つちょっとした行列もできていたのですが、すぐにお目当ての観音様を拝むことができました。拝観料とセットになっていたお札とお守りをもらって、N駅に戻ることに。まだ時間に余裕はありましたが、この暑さの中で疲労感は極度に達し、冷房の利いた車内に入ったときはさすがにほっと安心したものでした。
再びディーゼル車に乗り、いくつかのリゾート駅?で大勢の客が乗ったり、また降りたり、と、「古びた車両の鈍行」なのに思わぬ盛況ぶり。やがて県境を越え、その県を代表する民謡にも歌われている名物で名高いO町の旧P町で海の絶景とは離れ、内陸部を進むことに。反対側には世界遺産にもなっている山並みが見えるのですが、どれがその山なのかはよくわからず、「なぜ世界遺産なのか」がいまいちわからない…というのが正直なところ。そんな感じで睡魔にも襲われつつ、あるスポーツで名高いQ市に入り、中心駅を過ぎて終点で、E市で別れた本線と再び合流。右手に干拓地に広がる稲穂の波を眺めつつ、R市の駅へ。ここで新幹線に乗り換えて家路につくのですが、夕方6時近くになってもまだ暑さは厳しく、近くにある城跡を訪れるのも諦めて駅前のデパートで土産物探し。新幹線に乗り、途中までは新幹線らしからぬ不思議な体験も…。我が家に着いたときは日付が変わっていました。

…さて、今回の道中記クイズ、千本桜さんの[96299]のような「引っ掛け」もなく、また文中にはその市町村を連想させるヒントも豊富にありますので、 [96299]に比べれば易しい問題かと思いますが、皆様のご回答をお待ちします。
これだけではまだ物足りないかもしれないので、「番外編」のクイズもいくつか出しておきましょう。

【Q1】A市にある城郭と格好がそっくりで、規模が少し小ぶりの城跡が、最近新聞紙上などで話題になりました。その城跡がある、今回の「甲子園」にも市内の学校が出ている、その市はどこでしょうか?
【Q2】G町では、その町名にちなんで?ある特徴を持った人たちが集まる「パロディー風」のイベントが恒例で開かれています。その「ある特徴」を表しているような、「元・日本一暑い町」にある駅名と、そうした人たちの「願望」を表しているような、近年末端部が廃線となった(残りの部分も近いうちに廃止になりそうな)ローカル線の終点だった駅名(所在していた町と同名)は何でしょうか?
【Q3】I市の旧J町には、所沢市・岐阜市・桑名市などにも見られる、東京と同じ「有楽町」と書く地名がありますが、東京や前記の各市とは読み方が違っています。そのI市旧J町での読み方は何でしょうか?
【Q4】N町にある高校は、高校野球の地方予選で今も不滅のある「不名誉な大記録」を持っています。それとはどんな記録でしょうか?

[96354] ekinenpyouさん
武生市のあった「越前」を冠した駅(改称前・廃駅など過去にあったもの含む)で
国名を除くと市名になっている(いた)ものを4つ(福井県内の市は除く)お答えください
越前大宮(JR西日本・越美北線)→旧・埼玉県大宮市
[96349] 2018年 8月 1日(水)23:30:58【1】伊豆之国 さん
甲子園出場校決定(西日本編)
夏の全国高校野球の出場校一覧表、前回の東日本編([96346])に続き、今回は西日本編です。

県・地域出場校所在地最寄り駅(路線名)経県領主備考
富山高岡商業高岡市片原町(万葉線)4EMM路面電車の停留所
石川星稜金沢市東金沢(IRいしかわ鉄道)4EMM
福井敦賀気比敦賀市粟野(小浜線)4EMM
滋賀近江彦根市彦根(東海道本線)4ぺとぺと
京都龍谷大平安京都市下京区丹波口(山陰本線)4深夜特急
南大阪近大附属東大阪市弥刀(近鉄大阪線)1BEAN
北大阪大阪桐蔭大東市野崎(学研都市線)0深夜特急
東兵庫報徳学園西宮市甲東園(阪急今津線)3深夜特急
西兵庫明石商業明石市魚住(山陽本線)2深夜特急
奈良奈良大附属奈良市平城(近鉄京都線)4深夜特急
和歌山智辯和歌山和歌山市黒江(紀勢本線)4深夜特急
鳥取鳥取城北鳥取市鳥取(山陰本線)3桜トンネル
島根益田東益田市益田(山陰本線)3桜トンネル
岡山創志学園岡山市北区備前三門(吉備線)3白桃
広島広陵広島市安佐南区伴(アストラムライン)4桜トンネル
山口下関国際下関市新下関(山陽本線・山陽新幹線)1かぱぷう
徳島鳴門鳴門市撫養(鳴門線)1白桃
香川丸亀城西丸亀市讃岐塩屋(予讃線)3白桃
愛媛済美松山市松山市(伊予鉄高浜線)4がっくん
高知高知商業高知市高知商業前(土讃線)4がっくん
南福岡沖学園福岡市博多区竹下(鹿児島本線)4かぱぷう
北福岡折尾愛真北九州市八幡西区折尾(鹿児島本線)3かぱぷう
佐賀佐賀商業佐賀市佐賀(長崎本線)2かぱぷう
長崎創成館諫早市西諫早(長崎本線)3穴子家
熊本東海大熊本星翔熊本市東区東海学園前(豊肥本線)4不在
大分藤蔭日田市日田(久大本線)4かぱぷう
宮崎日南学園日南市日南(日南線)3白桃
鹿児島鹿児島実業鹿児島市広木(鹿児島本線)4ペーロケ
沖縄興南那覇市古島(ゆいレール)4白桃

…前回([96346])で少し説明不足、やや不適切なところがありましたが、「最寄り駅」とは、ここでは「その学校の中心点(Mapion上での「文」マーク)と、駅の中心?を示すロゴマークとの直線距離が最も短い駅を掲げたものであり、実際の道路の状況や、地形の起伏、ルート上にある行く手を遮る障害物となるもの、ターミナル駅などへのバスの便の有無、そして普段生徒が登下校で使っている学校の校門の位置などは考慮していない、あくまで計算上の値に過ぎません。また、地図の縮尺や、測定ポイントのわずかのずれで、「次点」との差が逆転したところも有りました。[96347] でk_itoさんが挙げた愛工大名電の場合、「砂田橋」と「池下」との差は測定を繰り返したところ、せいぜい数mで、測定ポイントのわずかのずれで逆転しました。地図をみると、2箇所ほど角を曲がることになる「砂田橋」よりも、「池下」のほうが道なりに行けそうで、学校が「池下」を徒歩での最寄り駅としていることは頷けます。このほか、非常に微妙な争いになったのは、[96346]で挙げた木更津総合のほか、近大附属高もそうで、直線距離で測った限り、最短の「弥刀」と次点の「八戸ノ里」(近鉄奈良線)との数値は、やはり測り方によっては逆転しました。木更津総合の場合、距離的に短い久留里線の2駅は列車本数が少なく、また木更津駅からのバスもあるようなので、実質的には木更津駅が「最寄り駅」と言えるのではないでしょうか。丸亀城西も、「元・幹線の秘境駅」だった讃岐塩屋駅より、直線距離ではわずかに長いものの、市の中心駅である丸亀駅が実際の最寄り駅ではないでしょうか。

ところで、今回の大会で、決勝戦が同一市内の高校同士の対戦となったのは、秋田(秋田市…金足農業vs明桜)、山形(鶴岡市…羽黒vs鶴岡東)、茨城(土浦市…土浦日大vs常総学院)、石川(金沢市…星稜vs金沢学院)、岐阜(大垣市…大垣日大vs大垣商業)、西愛知(名古屋市…愛工大名電vs東邦)、和歌山(和歌山市…智辯和歌山vs市立和歌山)、岡山(岡山市…創志学園vs岡山学芸館)、愛媛(松山市…済美vs新田)、南福岡(福岡市…沖学園vs九産大九州)、熊本(熊本市…東海大熊本星翔vs熊本工業)の各地区でした。西愛知は、4強の他の2校も享栄・至学館と、いずれも名古屋市内の高校で、4強を名古屋市で独占していました。
対戦カードは、明日発表されます。

♯連日の猛暑から逃れることを目的として(結果的には「台風の襲来避け」と言うことになり、しかも後半はかえって暑さに苦しめられることになりましたが)、先の週末から「涼しい地域」に2泊3日で旅をしてきました。道中記は近々書き込むことにしますが、千本桜さんが[96299]で書き込んだような、クイズを交えた形にしようかと思っています…。
[96346] 2018年 7月 31日(火)22:12:17伊豆之国 さん
甲子園出場校決定(東日本編)
昨日(30日)、第100回記念全国高校野球の全出場校、56校が決定しました。
毎回、この関係のネタを披露してくれていたk-aceさんが、このところ久しく姿を見せていないようなので、今春の「選抜」([95344])に続いて、同様な一覧表の形でまとめてみることにしました。
今度は「選抜」のときとは少し表示項目を変えて、「出場校の最寄り駅」を入れてみました。今大会は「記念大会」と言うことで、いつもより出場校が増え、埼玉・千葉・神奈川・愛知・大阪・兵庫の各府県に加え、新たに福岡県も2校出場となって、全部で56校出場となったため、今回は東日本(北海道・東北・関東・甲信越・東海、計27校)と西日本(北陸・近畿・中国・四国・九州・沖縄、計29校)の2回に分けて表を作成することにしました。
なお、「出場校の最寄り駅」は、Mapionの「キョリ測」により出場校(地図上の「文」マーク)と駅の中心マークとの直線距離で表した値が最短である駅を示しており、道路や地形の影響、バスなどの他の公共交通機関の有無などは考慮しておらず、実際の「最寄り駅」となっている駅とは異なる場合があります。また、今回は該当するところがありませんでしたが、所在する自治体内に鉄道駅がなく、近隣の自治体にある駅からも著しく遠い場合(ex.広島新庄高校)については、「最寄り駅なし」とすることとし、離島にある場合は、最寄の港または空港を「最寄り駅」とみなすことがあります。
「(戦国市盗り合戦の)領主」は、敬称略とさせていただきます。「(私の)経県値」はその市全体のものです。
今日は、東日本編です。

県・地域出場校所在地最寄り駅(路線名)経県領主備考
北北海道旭川大高旭川市永山(宗谷本線)4おがちゃん
南北海道北照小樽市小樽(函館本線)3k_ito
青森八戸学院光星八戸市白銀(八戸線)4桜トンネル
岩手花巻東花巻市花巻(東北本線)4星野彼方
宮城仙台育英仙台市宮城野区宮城野原(仙石線)4不在多賀城市にもキャンパス有(最寄り駅:中野栄(仙石線))
秋田金足農業秋田市追分(奥羽本線)3EMM
山形羽黒鶴岡市藤島(羽越本線)4般若堂そんぴん
福島聖光学院伊達市伊達(東北本線)1スカンデルベクの鷲桑折町にもキャンパス有(最寄り駅:伊達)
茨城土浦日大土浦市土浦(常磐線)3むじながいり
栃木作新学院宇都宮市東武宇都宮(東武宇都宮線)3桜トンネル
群馬前橋育英前橋市前橋(両毛線)3烏川碧碧
北埼玉花咲徳栄加須市花崎(東武伊勢崎線)1白桃
南埼玉浦和学院さいたま市緑区浦和美園(埼玉高速鉄道)3不在
東千葉木更津総合木更津市上総清川(久留里線)3まりんぶる~
西千葉中央学院我孫子市東我孫子(成田線)3まりんぶる~
東東京二松学舎大附属千代田区九段下(東京メトロ東西線・都営新宿線)3対象外
西東京日大三高町田市唐木田(小田急多摩線)5伊豆之国
南神奈川横浜横浜市金沢区能見台(京急本線)4不在
北神奈川慶應横浜市港北区日吉(東急東横線・横浜市地下鉄グリーンライン)4不在
新潟中越長岡市北長岡(信越本線)4EMM
長野佐久長聖佐久市岩村田(小海線)1せいこう
山梨山梨学院甲府市酒折(中央本線)3geo
静岡常葉大菊川菊川市菊川(東海道本線)2おがちゃん
東愛知愛産大三河岡崎市藤川(名鉄本線)4むじながいり
西愛知愛工大名電名古屋市千種区砂田橋(名古屋市地下鉄名城線)4不在
岐阜大垣日大大垣市大垣(東海道本線)3
三重白山津市家城(名松線)4

東千葉代表校・木更津総合高校の「最寄り駅争い」は非常に微妙で、最短距離の上総清川駅と、次点の祇園駅(久留里線)との差は、「キョリ測」によるとわずか10数mでした。
西日本編は次回に書き込みます。
[96332] 2018年 7月 24日(火)20:47:04伊豆之国 さん
静岡県の学校の冷房率が低い理由
関東地方ではどうやら猛暑の峠は越えるようですが、東海以西はまだまだ厳しい暑さが続きそうで…

[96309] オーナー グリグリさん
小中学校の冷房設備設置率
【冷房設置率が低い県で】注目されるのは、10%以下に、愛媛県(5.9%)、奈良県(7.5%)、静岡県(7.9%)、長崎県(8.6%)が来ていることです。気象データランキングも参照しながら見ていただきたいのですが、年平均気温の高い、長崎県、静岡県(以下略)
その中で、静岡県の小中学校の冷房設置率が、近県の神奈川(79%)・山梨(65.6%)や、比較的低い愛知(35.7%)と比べても著しく低いということについて、冷房設置が進まない「ある(特殊?)事情」がある、と言うことが、こちらの記事に出ていました(朝日新聞より、要約引用)。

静岡市で11日連続30度超えなど県内で猛暑が続いているが、小中学校の冷房設置率は全国最低レベルだ。東海地震に備え、学校の施設改善費のほとんどを校舎の耐震化にあててきたため、とみられる。子どもや保護者からは「早くなんとかして」との声が相次いでいる
文部科学省の調査によると、静岡県は小中学校の冷房の設置率が全国最低レベルの12・5%(2017年4月1日現在)。静岡よりも低いのは北海道、青森、岩手、秋田、宮城、長野の「寒冷地」のみ。学校行事や部活動で使う体育館にいたっては0・1%だ
県教育委員会は18、19年度に、まず特別支援学校の冷房設置率を49%から100%に引き上げる計画だ。障害児は体温調節が難しい。その後、県立高校に着手する計画。すでにPTAが費用を出して教室に設置した例もあり、高校の設置率は46・9%だが、それでも全国平均の49・6%より低い。「施設修繕費で対応するが、老朽化やブロック塀の撤去など喫緊の課題もある」と財務課。
小中学校は市町で対応が分かれる。吉田町は昨年、町内の3小学校1中学校の全普通教室に冷房を設置した。夏休み期間の短縮に伴う措置。予算は約2億3千万円だった
一方、政令指定都市では難航中。浜松市は96小学校、48中学校のうち、冷房があるのは浜松基地の防音対策校にあたる9小学校、5中学校のみ。昨年、鈴木康友市長が、20年8月をめどに全校の普通教室に設置を目指す考えを表明したが、設置費用は概算で50億円。市教委教育施設課は「できれば、短期間に一斉に設置したい。民間資金の利用も考えている」
静岡市は87小学校、39中学校のうち、エアコン設置は9小学校3中学校のみ。それも普通教室ではなく、特別支援学級や多目的室など、限られた部屋だけだ。市教委教育施設課は「耐震化で、まず子どもの命を守ろうとした。空調などの環境整備はこれからだ」


…ということで、どうやら「東海地震対策」で学校の耐震化を優先した結果、冷房設備の設置にはなかなかお金を回せず後回しになった、と言うことらしいですが…。静岡県の学校に通われている、さざ波さん、特急とりあたまさんのところは、いかがな状況でしょうか?
[96331] 2018年 7月 23日(月)22:16:44伊豆之国 さん
「暑いぞ」やめたら最高記録更新(奪還)
「最高気温」の話題で「場外乱闘」、「レッドカード」も出たようですが…。まだ誰も書き込んでいないようなので。
連日の「暑熱地獄」、私ども関東の人々もうんざり、もはや我慢の限界ですが…。

高気圧に覆われた日本列島は23日、埼玉県熊谷市など4地点で40度以上の最高気温を記録するなど関東を中心に猛烈な暑さに見舞われた。熊谷市では、国内の観測史上最高を更新する41・1度、東京都青梅市では都内初の40度超えとなる40・8度を記録。都心でも39・0度まで気温が上昇し、24日で開幕まで2年となる東京五輪・パラリンピックでも、暑さ対策が重要な課題となっている。
気象庁は、少なくとも8月上旬までは高温が続くとしており、23日夕に臨時の記者会見を開いた同庁の竹川元章予報官は「命に危険が生じる暑さが続き、『災害』という認識だ。水分と塩分を補給し、健康管理に十分注意してほしい」と訴えた
(読売新聞より)
5年前まで「日本一暑い町」だった熊谷市では、「暑い」と言うことが強調されすぎてマイナスイメージになっている([92854])として、名物だった「暑いぞ!熊谷」の立て看板をやめ、「猛暑はお得」と、暑さを「逆手」に取った新たな作戦を始めたばかりでしたが([96071])、皮肉にも「暑いぞ」をやめた途端に最高気温記録を更新、「日本一暑い町」に返り咲くとは…。

…2年後に迫った東京五輪、「こんなに暑い中でやると言うのでは、選手も観客もとても耐え切れないのでは」と海外からも「猛暑五輪」への危惧が高まってきています。今からでも遅くないから、開催時期をずらして、前回(1964年=昭和39年)のように、秋の爽やかな気候の中でできないものか、と思ってしまいます。4年後にカタールで行われる蹴球W杯は、猛暑のこの時期を避けて冬季の12月開催に変更されることになったようです。W杯でそれができるのであれば、決して実現不可能ではないと思いますが、やっぱり無理なのでしょうか?。
[96317] 2018年 7月 21日(土)20:15:29伊豆之国 さん
南埼玉は北埼玉、西千葉は東千葉
連日の記録的猛暑にも、中国・四国地方を初めとする西日本一帯を襲った未曾有の大災害にも負けず…。そんな厳しい自然環境の中、高校球児たちは「聖地」を目指して各地で熱戦。先の蹴球W杯と同様、強豪が相次ぎ早々と敗退するという「下剋上」も目立った各地の地方大会ですが、本日、北北海道では決勝戦が行われ、旭川大高校がクラーク記念国際高校を破り、9年ぶり8度目の出場を決め、今大会の甲子園一番乗りを果たしました(記事)。

ところで、今回の大会、第100回記念大会ということで、東京・北海道以外でも人口・学校数が多い府県で分割が行われており、これまでの記念大会でも分割されてきた埼玉・千葉・神奈川・愛知・大阪・兵庫の各府県のほか、今回初めて福岡県も南北に分割されることになったのですが、新聞記事の予選の結果を見て、どうにも腑に落ちなかったのが埼玉県の分割状況。南北に分割されており、記事に出ていた予選の試合結果から見て、さいたま市全域と川口・所沢などが「南」、熊谷・上尾・春日部などが「北」と言うことらしいのですが、「北」地区の結果を見ると、東京都と接する草加・八潮・三郷の各市が入っていたのを見て一瞬仰天…。学校数・人口を均等にするようにした結果からでしょうが、今回の記念大会では、横浜や大阪も南北に分割されているので、埼玉の場合も、さいたま市のうちの旧大宮市の4区を「北」にして、東京都と接する草加など3市を「南」にしたほうが合理的だったと思うのですが…。余談ですが、旧「南埼玉郡」に属していた地域は、さいたま市と合併した旧岩槻市以外は全て「北埼玉」に入っているようです。ちなみに、「北埼玉」のベスト8は、全てさいたま市より北にある高校ばかりでした。また、千葉市は全域が「東千葉」になっているようなので、「西千葉駅は東千葉」と言うことに…。

♯今日の「ブラタモリ」は、かぱぷうさんの故郷、北九州市門司。私は20数年前、門司港駅とその周りを少しぶらぶらしただけでしたが、その門司港駅にあった「連絡船との接続設備の痕跡」や、関門トンネルの工事と構造、「関門海峡」と呼ばれるようになった経緯など、いろいろと知ることができて勉強になりました…。
[96292] 2018年 7月 12日(木)22:58:01伊豆之国 さん
Re:~寺町
[96284] 白桃さん

[96287]で、「(旧)修善寺町」の由来となったお寺は「修禅寺」だと言うことと、「(旧)浄法寺町」には「浄法寺」と言うお寺がない、ということを書き込んだのですが、せっかくだからそれ以外で、その表に出ていた由来のお寺の(名前と)宗派が「?」となっている「旧・○○寺町」について、いろいろ調べてみました。
由来となった同名のお寺が現存し、宗派もわかったのが次の2町でした。

紫雲寺 ? 1955年 2005年 8,916 (1955年) 新発田市
「にっぽん地名紀行」([96287])を見ると、その紫雲寺町の由来が出ており
浄土真宗大谷派の紫雲寺(町内米子在)の本堂が建立されたのは、干拓事業が完成した元文5年(1740)ごろと言われるが、草創年代は定かではない
とありましたが、その紫雲寺はというと、新発田市HPからしばた・ひと往来 ~新発田ゆかりの人物~【No.2】竹前権兵衛・小八郎兄弟と小川五兵衛というページを開くと(抜粋)
ここで、加治川、紫雲寺潟を中心に主な治水の試みを時代に沿って追ってみましょう。
元和元年(1615)、堀村上城主が、水害に苦しむ紫雲寺潟沿岸の農民を救済するため、高畑~堀口村の排水路を浚渫。しかし、このことで境川から紫雲寺潟への流量が増し、また、せっかく浚渫した高畠の堀も数年で土砂が堆積して浅くなり、かえって逆効果になりました
越後塩津潟(紫雲寺潟)開拓に名乗りを上げたのが、信州(現・長野県)高井郡米子村の竹前権兵衛・小八郎兄弟でした
現在、小八郎の墓がある紫雲寺は、元文五年(1740)、米子に権兵衛が建立し、寛保二年(1742)に紫雲寺と寺号を改めたもので、古代からの紫雲寺とは別のものだそうです
と言うくだりがあって、どうやら「古代にこの地に『紫雲寺』と言う寺院があった→その紫雲寺が廃絶し、『紫雲寺潟』という潟の名が残った→紫雲寺が再興」ということになりそうですが…。

大善寺 ? 1939年 1956年 5,528 (1947年) 久留米市
西鉄電車の駅名に「大善寺」があるので、その近くの地図を見るとその「大善寺」と言うお寺があり、Street Viewを見ると、「天台宗」の文字が見えました。

寺院が廃絶したと見られるところもありました。
大光寺 ? 1943年 1955年 6,283 (1950年) 平川市
wikiから「大光寺町」を見ると(あまり当てにならないものも多いのですが)
大光寺という地名が史料で確認できる最古のものは、元弘4年(1334年)に遡る。これは当地で起きた合戦(大光寺合戦)の状況を報せる書状である
この戦い自体は南北朝時代に起きたものであるが、大光寺という地名そのものはそれより古くからあったと伝えられている。平安時代の末期に、当地に大光寺という寺院があり、これが地名の興りになったとされている
とあり、おそらく南北朝時代頃には既に廃寺となっていた可能性がありそうです。現在の平川市にも「大光寺」という町名(大字)があり、平川市観光協会のHPに津軽三十三観音と言うのがあり、その中に「大光寺観音堂」が出ているのですが、地図を見ると神社の境内にある小さなお堂のようで、かつて存在した「大光寺」と関係が有るのか、地名に由来したものかはわかりませんでした。

神宮寺 ? 1902年 1955年 5,981 (1950年) 大仙市
こちらもwikiから調べると
天平年間に藤原不比等が勅命を受けて神宮寺を創建したとの伝説が残っている
とあり、過去に存在した「神宮寺」に由来する地名と思われます。「神宮寺」というのは、言わば「神社付属寺院」と言ったようなもので、神仏混合時代の産物であり、明治の神仏分離で廃されたところが多いようですが、現在でも福井県小浜市などいくつか現存しており、地名にも金沢市や浜松市(HP)などに見られます。

同名の寺院が見つからなかったところ。
妙寺 ? 1910年 1958年 7,051 (1955年) かつらぎ町
「妙寺」と言う名の寺院は町内になく、「妙寺」と言う大字があるのでその地域にある寺院を探したところ、唯一遍照寺と言うお寺が見つかり、こちらの看板を見ると、「妙法院」の文字が見えるので、「妙寺」の地名はこのお寺が由来なのでしょう。そして寺名の「遍照」から、弘法大師・空海の「遍照金剛」とのつながりが見えるのと、高野山との関係も深い土地柄からも見て、宗派は真言宗と見てよいでしょう。

後藤寺 ? 1907年 1943年 30,640 (1940年) 田川市
これだけはどうにも手がかりが見つけられませんでした。現在、田川市内には「後藤寺」という寺院も、また現在の町名・大字にもなく、「後藤寺町」成立以前の旧町村名にもないので、田川市のHPからも、市内を通っている平成筑豊鉄道のHPを見ても、「後藤寺」の名がどこから出てきたのか調べ切れず、「お手上げ」状態でした。
[96287] 2018年 7月 10日(火)21:01:08伊豆之国 さん
名前が似すぎて地元民も大困惑
今晩のTV番組を見ていたら、「名前が異常に似すぎていて地元民も困惑、隣町戦争が勃発」と言うのが出てきました。その舞台は、「落書き帳」でも「古典的話題?」になっている、富士見市とふじみ野市([85152] hmtさん、[85136] オーナー グリグリさん)。でも、番組で放映されていた、その「いきさつ」は、話題集に書かれていることのほぼ焼き直しなので…。
そのあと、やはり「名前が似すぎて取り違えられる」ものとして、「東村山市」とよく混同される「武蔵村山市」も出てきましたが、そういえば、「名前が異常に似すぎている隣同士の市」というと、「ご当地」にもありますね…。「伊豆市」と「伊豆の国市」。その、伊豆市にある名刹は…

[96284] 白桃さん
修善寺 曹洞宗 1924年 2004年 17,870 (1975年) 伊豆市
お寺のほうは「修禅寺」ですね。
源頼朝の弟・範頼が「異心あり」としてこの寺に幽閉されて殺害され、頼朝の子で2代将軍の頼家も、北條氏の謀略により、これまたこの寺で暗殺されたと言う、源氏滅亡につながった悲劇の舞台として知られ、その悲話は岡本綺堂の小説「修禅寺物語」に描かれていることで知られています。

あと、
浄法寺 ? 1940年 2006年 9,126 (1955年) 二戸市
この旧浄法寺町にも、「浄法寺」というお寺は元々なかったらしいです(「吉祥寺」と同じですね…)。「にっぽん地名紀行」(本間信治氏著・平成4年初版、新人物往来社刊)によると
鎌倉時代の武将・畠山重忠が、北條義時と武蔵国二俣川(横浜市旭区)で戦って死んだとき、鎌倉・浄法寺に出家していた三男の重慶が、難を避けて山伏となって奥州に下り、当地に住み着き、長子を浄法寺太郎と名づけた。のち、安比川流域一帯を支配する大豪族となってこのかた、この地を「浄法寺」と呼ぶようになったという
[96273] 2018年 7月 7日(土)22:20:05伊豆之国 さん
文字により分布が違う「かつまた」さん
[96260] ぺとぺとさん
一口に「かつまたさん」と言っても、勝又、勝俣、勝亦、勝間田などいくつかのバリエーションがあるのも興味深かったです(中略)箱根町も「かつまたさん」だらけだそうです
[96263] 特急とりあたまさん
かつまた姓が大量分布するのは御殿場市です。それ以外の場所ではさほど多くないのでしょうか(中略)箱根町も多いということは、乙女峠を超えて入ってきたのかな?
「かつまた」と読む苗字については、[96259]で書き込んだ「望月」さんが出てきた番組より少し前に、やはり同じNHKの「森岡さん」の苗字番組で放映されていました。「かつまた」さんには、勝又、勝俣、勝亦、勝間田など、いくつかのバリエーションがありますが([96260])、いずれも分布地域が類似・隣接しており、ルーツは同じと見られているようです。しかし、その分布は文字によってそれぞれ微妙に異なっているの面白いところです。「かつまた密集地域」である御殿場市を中心とする静岡県北東部と、その周辺地域のいくつかの市町について、文字の違いによる分布状況を調べてみました(Web版「写録宝夢巣」より)。

市町勝又順位勝亦順位勝俣順位勝間田順位
静岡県御殿場市992(1)196(12)45(57)466(5)
静岡県裾野市572(1)21414
静岡県小山町75(12)29(32)48(20)10(71)
静岡県富士市275(24)238(27)519
神奈川県箱根町13(36)6(98)283(1)0
山梨県富士吉田市100336(5)0
全国4599(794)847(2955)1516(1904)841(2973)

…ざっとこの表を見ただけでも、文字の違いによる分布の違いが結構大きいことが見えてくるようです。全国的に見ても最も数が多い「勝又」さんは、静岡県がやはり最多で全国の半数強が集中しているのですが、県内でも富士・沼津・三島の各市などにもある程度の数が集まっているほか、「かつまた密集地域」から遠く離れた地域にもまとまって見られる箇所があり、宮城県石巻市とその周辺(石巻市に130件余りあり市内ランク30位台)、新潟県南魚沼市(100件余りあり市内ランク30位台)が目立つほか、千葉県多古町、長野県阿南町にも50件以上集まっているといった例が見られます。
「勝間田」さんと「勝亦」さんは、共に分布がほぼ静岡県東部に限られ、静岡県に全国の6~7割が集まっているのですが、両者の分布地域には違いがあり、「勝間田」さんがほぼ御殿場市に限られるのに対し、「勝亦」さんは市ランクでは御殿場市が最上位なのですが、実数では富士市のほうが多く、「同じ一族が移動してきた」と言うことも考えられるかもしれません。
♯品川に「勝亦電機」という配電盤メーカーがあり、山手線や新幹線の車窓からも本社工場の建物と看板が見えます。創業者の苗字に由来し、「創業の歩み」からは静岡県との関係が書かれていないのですが、工場が沼津にもあることから見て、静岡県となんらかの関係が有りそうな気がします。

「勝俣」さんは、他の3種類とは異なり、静岡県よりも隣接する神奈川・山梨両県のほうが多く、神奈川県では箱根町に集中し町内最多の苗字となっており、中でも仙石原地区には特に密集し、「隣同士に『勝俣さん』が何軒も並んでいる」ということが、前記の番組でも映像に出ていました。山梨県では富士吉田市に集中し、市内5位に入っていますが、御殿場・小山方面からの通り道にある山中湖村や富士河口湖町には余り見られず、なぜ少し離れた富士吉田にこれだけ固まっているのか、その理由が不思議です…。

「かつまた」氏のルーツは、遠江国榛原郡勝間田(古くは「勝田」と書いて「かつまた」とも)とされ、現在も牧之原市に「勝俣」「勝田・勝間」の地名や、勝間田川、勝間田小学校、勝間田公園などがあります。勝田地区には「勝間田城跡」があり
「勝間田城」は、かつてこの地を領有していた豪族「勝間田氏」が築いた山城です
牧之原台地の枝尾根に築かれ、急峻な地形を巧みに利用し、外部からの敵の侵入を防ぐための堀切や土塁などの縄張りが特徴で、典型的な中世の山城でした。築城の時期は定かではありませんが、14世紀末頃と推測されています。文明8年(1476年)、今川氏との戦いで落城し、その後廃城となりました
現在でも、「勝間田城跡」には、城郭の原形が殆どのこされています
(牧之原市観光協会HPより)
しかし、勝間田氏は合戦に敗れてルーツの地を追われ、一族が富士山の東の麓に逃げた(さらにその一部は箱根や富士吉田方面へ)ので、御殿場周辺地域で「かつまた」氏が増えた、と言うことらしく、いろいろな表記があるのは「追撃を恐れて文字を変えた」とか、あるいは「本家と分家で区別」とか、諸説があるようですが…。

先の番組では、文字の違いにより、「その集落中同じ文字の『かつまた』さんだらけ」と言う地域もあるらしく、またそれぞれ「こういう理由があるからこの字を使っている」という「文字」に対しての「こだわり」も強い、ということ、御殿場周辺では、何種類もある「かつまた」さんの文字表記を区別するため、「勝又」「勝亦」「勝俣」「勝間田」をそれぞれ「ひっかけまた」(「又」の字形から?)「あかまた」(「亦」の字が「赤」に似ていることから)「にんべん」「かつかんでん」というように言い分けている(このくだりはうろ覚えですが…)と言うことも出てきていました。

「かつまた」氏には、文字表記以外にも、発祥地は同じでもルーツには源氏・平家・藤原氏といろいろあるらしく、家紋も何種類もあって(渡辺三義氏著「静岡県名字の話」(昭和54年初版))、このあたりにもよくわからないことが多いようです。ルーツの地である牧之原市の地名にも「勝俣」「勝間田」「勝田」といろいろ表記があるのも、この「かつまた氏」を巡る複雑な歴史と絡んでいるのかも入れません…。

「勝間田」と言う地名は、美作国(岡山県勝央町)にもあり、JR姫新線の勝間田駅や、勝間田高校もあります。郡名の「勝田」の名は古くは「かつまた(かつまだ)」と読んでいたらしいことも、遠江の「勝間田」と共通している面があります。しかし、岡山県には「勝間田」さんは1件しかなく、「勝又」さんも数えるほどしかないので、「勝間田」氏のルーツとは無関係と思われます。余談ですが、この「勝間田」駅の隣の駅が「林野」駅。戦時中、「林野」が「早う死のう」と聞こえるので、「勝つまで行こう」と、「林野」駅の近くに住んでいた出征兵士が、わざわざ「勝間田」駅まで歩いて汽車に乗った、という話をどこかで見たことがありました。
[96259] 2018年 7月 5日(木)21:47:39伊豆之国 さん
静岡県内でも「なじみの深さ」が分かれる「望月さん」
今晩のNHKの「苗字」番組で、最初に出てきたのが「望月」さん。番組ではその分布について詳しい話は出てきませんでしたが、その「望月」さんが全国で一番多い県が、静岡県。県ランクでも4位に入り、県ランクでも「望月さん率」でも最高位の、富士山を挟んで隣の山梨県(県内3位)に次ぐ高ランクになっています。しかし、その静岡県内でも「望月」さんの分布には大きな偏りがあり、静岡市を中心とする県中央部にその大半が集中する一方、西部の遠江地域ではあまり見られず、伊豆地方でもそれほど多くは見られません。
Web版の「写録宝夢巣」によると(由比町や富士川町などがまだあるので、[96188]でも書いたように、10年くらい前のデータと見られます)、主な都市やメンバー(既に引退?したり、長らく姿を見せていない方も含め)ゆかりの市区町などについて調べてみると、次のようになっています。表中、順位が「-」となっているものは市区町ランキングの100位以内に入っていないことを示します。

市区町件数順位備考
静岡市葵区2060(1)
静岡市駿河区878(3)
静岡市清水区2714(1)旧由比町は含まず
浜松市中区55
浜松市東区30
浜松市浜北区13
三島市89(31)
沼津市309(17)
伊東市44(64)
伊豆の国市36(59)
富士市1447(4)旧富士川町は含まず
富士宮市1039(3)旧芝川町は含まず
焼津市172(24)旧大井川町は含まず
藤枝市180(20)旧岡部町は含まず
島田市64(70)旧川根町は含まず
掛川市35
磐田市54
西伊豆町2
長泉町19(73)
吉田町23(53)

「望月さん」が最も多く集中する、県庁所在地の静岡市では、県内でダントツの最多苗字で実数でも人口比率でも全国で最高位の「鈴木」さんを抑えて市内最多の苗字となっており、特に清水区では2位の「鈴木」さんの2倍以上、葵区でも「鈴木」さんを大きく引き離して最多苗字となっています。静岡市の中心部に本拠を構えるinakanomozartさんも
小学校以来クラスや同じ職場にたいてい複数の「望月」姓の人がいました
そう言えば、小学校の時は同級生に「望月○○」さんという人が二人(つまり同姓同名)いたりしました
([65517])と、「望月さん」のあまりの多さに普段から慣れ、「当たり前のこと」と思っているのでしょう。
一方、大井川を越えて遠江国に入ると「望月」さんは急激に少なくなり、浜松市では全7区とも100位以内には入らず、浜松市民のさざ波さんにとっては、「望月さん」は「珍しい」とまでは行かなくとも、「あまり身近な苗字ではない」と受け取っているのではないでしょうか。
東部地区では、富士川下流の富士市・富士宮市でもかなりな数があり、「望月さん率」が最高の山梨県の中でも特に比率が高い南巨摩郡に接しており、山梨県の影響も大きいようです。沼津市を中心とする駿豆地域でもそれなりの数は見られるようですが、伊豆半島に入るとやはりだいぶ少なくなってきます。

ところで、「望月」さんの発祥地は、長野県佐久市の旧望月町とされており、番組でも映像が出てきましたが、その長野県では県ランクで90位台に入っているのですが、発祥地がある佐久市には少なく、県内で最も多いのが安曇野市で、380件近くが集まり県内の「望月さん」の3分の1以上が集中しています。
[96257] 2018年 7月 4日(水)22:27:08伊豆之国 さん
知られざる信州の(ミニ)五稜郭
毎度お騒がせしております。
「戦国市盗り合戦」で「箱館五稜郭城主」と言うことになっている、武蔵国多摩郡小山田城主伊豆守こと「伊豆之国」でございます。

一昨日の日経新聞の記事に、「続・日本百名城」([92779] じゃごたろさん)にも選ばれている、長野県佐久市にある「もう一つの五稜郭」龍岡城の話題が出ていました。→記事(要約)
幕末の戊辰戦争で名高い北海道函館市の名所とは異なる「もう一つの五稜郭」として長野県佐久市の「龍岡城五稜郭」が注目を集めている。函館のような展望タワーがなく、直接俯瞰できなかった状況を一変させたのは小型無人機ドローン。築造から約150年の時を経て、星形城郭の全景が身近な技術で見えるようになった
龍岡城五稜郭は周辺を治めていた田野口藩の藩主・松平乗謨(のりかた)が1867年(慶応3年)に築造。西洋技術を用いた星形城郭の「五稜郭」と称されるのは函館と共通する一方、面積は4分の1程度にとどまり、戦乱の舞台ともならなかったため知名度もいまひとつ劣る
観光の上で決定的に異なるのは、函館の「五稜郭タワー」のような展望施設がない点。城郭を見渡すなら近くの山中の展望台に登るしかないが、角度が真上からではなく、最も特徴のある星形の形状が一部はっきりしない
龍岡城五稜郭をクローズアップさせたのはドローンの登場だ
佐久市公園緑地課と時期や時間、安全対策を協議した上で必要な書類を提出すれば、付近の公園上空から撮影可能という
龍岡城は周囲の山から砲弾が届く距離にあり、城郭が実戦であまり役立たなかったとの見方も。担当者は「西洋の技術に憧れていた乗謨が自分の造りたい城郭を築いたのでは」と解説しており、築造経緯も関心を集めそうだ

「龍岡城」は小海線の駅名にもなっており、その歴史と形状のことは、今から○十年前の「鉄旅」雑誌で、小海線の特集ページを見て知ったのですが、車窓からも見えないこともあり、ただ「気になる存在」だけと言うままになっていました。

ところで、「本家」五稜郭がある函館には、「四稜郭」と言うのもあります。「箱館戦争」で五稜郭を防御する陣地として、五稜郭の北3kmほどの場所に急造されたという、五稜郭より小ぶりの、同様な西洋式城郭で(函館市公式観光情報より)、「星」の角が5つある五稜郭に対し、角が4つあることからこのような呼び名がついたのでしょう。

…蹴球日本代表、惜しくも8強に届きませんでしたが、数々の不評と雑音にもめげず、ここまで勝ち進んできたことに、一言「ご苦労さんでした」と…。この先は世界の強豪同士のぶつかり合い、見所は多いですので、まだまだ寝不足が続く方は多いのでしょう。

 ♭あ~ 夢から覚めた これからもあなたを愛してる~ (by「灰色楽隊」)
[96252] 2018年 7月 1日(日)20:00:33伊豆之国 さん
東かがわ市の知られざる名物
1人減った"TOKIO"のメンバーがレギュラー出演しているTV番組([95486])を見ていました。

番組の後半、"DASH ご当地PR課"は、白桃さんの故郷・東かがわ市から。
最初の映像で、この市の特産品として「手袋」([87914])とか「和三盆糖」が出ていましたが、地元でもあまり知られていない特産品として「ダンボール」が紹介され、「ダンボールで自転車を作り、旧白鳥町にある動物園内の、段差もある砂利道を通れるか」というシーンが出てきました。
あと、やはり市の特産品として「大内パセリ」も…。

…白桃さん、「ここは事実と違う」と思うところがあったら、NTV(4ch)にどうぞ遠慮なく。
[96249] 2018年 6月 29日(金)23:25:31【1】伊豆之国 さん
珍名踏切マニア
「蹴球」関係のGoogle検索からたどって行くうちに、偶然見つかった「鉄」ネタに「珍名踏切」のシリーズに行き着いたので…。「踏切の名称」については、私も以前に書き込んだことがありますが([86469])、今回は、その「珍名踏切シリーズ」中からいくつかをここに紹介することにします。その「珍名踏切」のマニアとは、実は地名・地理ネタではおなじみの、あの今尾恵介氏です…。

まず、特急とりあたまさんのお膝元、「御殿場線」(こちら)。中でも、裾野~沼津間には、「墓場・煙草屋・特種・天理教」といった、変わった名称の踏切が見られます。「特種踏切」とは、「特種東海製紙」([94656] 特急とりあたまさん、旧名は「特種製紙」)の工場の目の前にあることから、「天理教踏切」はその名の通り天理教の教会の目の前にあります。「煙草屋踏切」は、おそらく昔煙草屋さんがあったからなのかもしれませんが、現在は近くに煙草屋さんは見つからず(松本電鉄(アルピコ)には「煙草屋裏踏切」がありますがこれも同様らしい)、「墓場踏切」はさすがに縁起が悪いので今は別の名に変わったようです(そういえば西武多摩川線の「多磨墓地前」駅は「多磨」に改称されたし、富士急にあった「暮地(くれち)」駅(近くの地名に由来)が、字面が「墓地」に似ていて誤読もされる、と言う理由で今の「寿」に改称された、と言う例もありますし…)。

「特種踏切」は、その製紙工場の反対側の、熱海廻りの新ルートとなった東海道線にも存在しています。その近くには、「横断踏切」と言う「謎」の名称の踏切があります。現・伊豆箱根鉄道の駿豆線が、熱海廻りの新線にできた現在の三島駅への乗り入れルートに付け替えられる前の、それまでの「東海道線の三島駅」だった現・御殿場線「下土狩」駅([94655])への旧ルート跡に沿う道路を横断していることからだったのでした(こちら)。余談ですが、[86469]でも紹介していた、駿豆線の「レコード館踏切」も出てきました。
ぺとぺとさんが[86463] で触れている、辻堂~茅ヶ崎間にある「異人館踏切」の由来も、こちらの記事に出ており、由来となった「異人さん」は、どうやらぺとぺとさんが紹介されているお説の通り、近所の英国人の屋敷から来ていると言うのが正しいようです。

山陽線の加古川市内には、「勝負」の字がつく2つの踏切、「勝負下(した)踏切」「勝負中(なか)踏切」があります(こちら)。付近の小字「加古川市平岡町土山字勝負」から取られたようですが、現在ではこの小字「勝負」はあまり使われず、「…土山△△番地」までで郵便も届くようなので、そのうちに「加古川市土山○丁目」とでもなって、「勝負」の地名も住所から消えて行くのでしょうか。
【追記】オーナー グリグリさんへ
Mapionを見ると、「勝負」のつく2つの踏切があると思われる地域には、山陽線の線路をはさんで「勝負公園」と「勝負南公園」という2つの公園があります。
「反対語地名コレクション」の「勝負」のところにはまだ出ていないようなので、新規登録をお願いいたします。

鐘が鳴る旧式踏切」がいまだ健在と言う「嵐電」西院(さい)駅。阪急の「西院(さいいん)」駅と読み方が違うことについて、その歴史的背景なども含めてhmtさんが[96160]で詳しく述べられておられますが、 その「嵐電」の踏切名称は、関西の踏切([86469])を見ると、「西院(さいん)○号」と言うようになっていて、当の「嵐電」の駅とも、阪急とも違う「第三の読み方」になっています。この理由はいかなるものなのか、どうにも不思議です…。

♯今月は、書きも書いたり、どうやらダントツの書き込み文字数1位となりそうです。おそらく自分自身でも初めてでしょうか?


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