都道府県市区町村
落書き帳から選び抜いた珠玉の記事集

呼称が複数ある地名 〜地名呼称の多様性〜

トップ > 落書き帳アーカイブズ > 呼称が複数ある地名 〜地名呼称の多様性〜
記事数=53件/更新日:2006年2月9日/編集者:miki

米原(まいはら)町にある駅は米原(まいばら)駅、というように、二通りの呼称のある地名があります。このような例は他にあるのでしょうか?また、なぜ複数の呼称が生まれたのでしょうか?
※なお、米原町は2005年2月14日に外2町と合併して米原市(まいばらし)となり、駅名と市名が同音となりました。

… スポンサーリンク …

★推奨します★(元祖いいね) YSK 実那川蒼 hmt ぺとぺと 小松原ラガー でるでる そらみつ

記事番号記事日付記事タイトル・発言者
[1723]2002年6月3日
miki
[1725]2002年6月3日
深海魚
[1732]2002年6月3日
Issie
[1734]2002年6月3日
たけもと
[1733]2002年6月3日
Issie
[1747]2002年6月4日
たけもと
[2992]2002年9月10日
miki
[2995]2002年9月10日
たけもと
[2998]2002年9月10日
YSK
[2999]2002年9月10日
でるでる
[3121]2002年9月15日
長野っ子
[3155]2002年9月17日
YSK
[3157]2002年9月17日
Issie
[3158]2002年9月18日
深海魚
[3159]2002年9月18日
ゆう
[3160]2002年9月18日
黒髪
[3172]2002年9月18日
Issie
[3173]2002年9月18日
Firo
[3175]2002年9月18日
Issie
[3176]2002年9月18日
Issie
[5165]2002年11月21日
般若堂そんぴん
[5178]2002年11月21日
YSK
[5557]2002年11月28日
Issie
[6724]2002年12月20日
般若堂そんぴん
[6730]2002年12月20日
YSK
[6737]2002年12月20日
Firo
[6740]2002年12月20日
YSK
[7290]2003年1月3日
K.Ta
[7373]2003年1月5日
Issie
[7646]2003年1月13日
まりも
[7763]2003年1月16日
start
[8491]2003年1月30日
実那川蒼
[8496]2003年1月31日
YSK
[8504]2003年1月31日
まがみ
[18511]2003年7月21日
special-week
[18513]2003年7月21日
千本桜
[29704]2004年6月25日
ぱぱ
[29707]2004年6月25日
実那川蒼
[29715]2004年6月25日
ひぃ
[43908]2005年8月6日
hmt
[43914]2005年8月6日
hmt
[43943]2005年8月7日
hmt
[44059]2005年8月11日
hmt
[44066]2005年8月12日
Issie
[44105]2005年8月13日
ゆう
[46107]2005年10月24日
U-4
[46108]2005年10月24日
かすみ
[46196]2005年10月26日
稲生
[49002]2006年2月5日
ニジェガロージェッツ
[49006]2006年2月5日
ぺとぺと
[49031]2006年2月7日
YSK
[49052]2006年2月8日
miki
[49081]2006年2月9日
小松原ラガー

[1723] 2002年 6月 3日(月)09:13:56miki さん
「とよた」と「とよだ」
人名は「豊田佐吉(とよださきち)」で会社は「トヨタ自動車」。
これは一体どういう事なのでしょうか?
...ちなみに豊田さんが創始したのは「豊田(とよだ)自動織機」ですが...。
[1725] 2002年 6月 3日(月)14:47:00深海魚[雑魚] さん
濁音
「とよた」と「とよだ」の様に、発音が濁るか否かの差異は、確証は無いけれど
良く在る転訛例ではないのかな。北海道の旭川駅も、一時期は「あさひがわ」と
発音したらしいですし。

駅名と自治体名の微妙な差異と云うと、先ず福島県原町(はらまち)市の常磐線
原ノ町駅が想起されます。発音は同一で表記が異なる例としては、奥羽線鷹ノ巣、
東北線一ノ関、奥羽線上ノ山(現かみのやま温泉)・・・・探せば未だ未だ有りそう。

豊田の旧称は挙母と聞きましたが、あの辺り、豊橋、豊川、豊明と「豊」の字が
多いのは単なる偶然でしょうか?(熊本県北部だと「菊」が多いですね。)
[1732] 2002年 6月 3日(月)19:00:58Issie さん
とよだ/トヨタ
>「とよた」と「とよだ」の様に、発音が濁るか否かの差異は、確証は無いけれど
>良く在る転訛例ではないのかな。

一般論としてはそうですね。
他にも“旧かな”で「は行」に表記したものを「は行」で読むか,「わ行」で読むか(八幡は「やわた」?「やはた」?)とか,“つ”を大きいまま「つ」と発音するか,小さい“っ”,つまり“つまって”発音するか,などなど。
いずれも「誤差の範囲」内です。
こんなことをいちいち気にしてこだわるようになったのは最近なのです。基本的に発音どおりに表記する「現代仮名づかい」と,字体の些細な違いでいちいちバツを喰らった「当用漢字字体表」に基づく漢字教育のせいかな。
本当はこんなことにこだわる必要はないだろうと,というのが私の考えです。共有財産である地名の運用には,もっともっと“大らか”である方がいいな。
ところで,私は「現代仮名づかい」と「常用漢字」による現代表記を基本的に支持しています。

ただし,「トヨタ」の場合は“わざと”そうしているのかもしれませんね。
「キャノン」ではなく「キヤノン」,「新日本製鉄」ではなく「新日本製鐵」。
企業名などは(場合により自治体名も)標準的な表記ではなく,あえて特異な表記を採用することも多いようです。
[1734] 2002年 6月 3日(月)21:56:01たけもと さん
トヨタ
>人名は「豊田佐吉(とよださきち)」で会社は「トヨタ自動車」。
>これは一体どういう事なのでしょうか?
>...ちなみに豊田さんが創始したのは「豊田(とよだ)自動織機」ですが...。

私も気になったので昔調べたことがあります。
トヨタ自動車の当初は「トヨダ」でした。商標もロゴも。
昭和11年から「トヨタ」を使い始めるのですが、その理由として、

1.濁音の「トヨダ」より清音の「トヨタ」の方が語感が良い。
2.「トヨダ」は10画で縁起が悪い(字画判断では0は凶数です)ので「トヨタ」で末広がりの8画にした。
3.新聞広告を掲載した際、濁点が落ちて「トヨタ」となってしまい、そのまま通した。

と諸説あります。というか、3つとも正解の可能性もあるか(^^;)。
さすがに広報室には聞いていませんが。
[1733] 2002年 6月 3日(月)19:01:47Issie さん
姉崎/姉ヶ崎
>福島県原町(はらまち)市の常磐線原ノ町駅

よく「国鉄」の方が間違っている,という話になるのですが,必ずしも単純な話ではないようです。
千葉県市原市の「姉崎」。
地元の地名は「姉崎:あねさき」(東電の発電所も「あねさき発電所」ですね)なのに,国鉄(JR)の駅名は「姉ヶ崎:あねがさき」。
「姉ヶ崎:あねがさき」は間違いだ,と思いきや…

確かに現在の地元の地名は「姉崎:あねさき」です。八幡町や五井町などと合併して市原市になる前の自治体名が「姉崎(あねさき)町」なのですね。
では,「姉崎:あねさき」が正しいのか,というと…

実は“明治の大合併”で「姉崎町」の前身である「鶴牧村」が発足したとき,この村に合併された中心村落は「姉ヶ崎村」とか「姉ヵ崎村」とか呼ばれていたようです。とすれば「あねがさき」としか読めない。
ということは,今度は合併後の新町名である「姉崎:あねさき」の方が怪しくなってくる。

やっぱり,どちらも「誤差の範囲」なのでしょう。

>発音は同一で表記が異なる

東京には「四ッ谷/四谷」という例がありますね。「御茶ノ水/お茶の水」というのも。国鉄(JR)と地下鉄とで表記が違うことも少なくない。
個々の地名の実例は措いといて,一般論として言えば「ッ」とか「ヶ」とか「ノ」というのは本来,漢字の読み下しのための「助字」ですね。本来の漢字文では表記しない。必要に応じて書かれたり,書かれなかったりするようなものであって,別にあってもなくても間違いではない。
やはり「誤差の範囲」内のバリエーションに過ぎない。

そのバリエーションの中から国鉄は「四ッ谷」を選び,東京市や営団地下鉄は「四谷」を選んだ,というだけのことでしょう。
[1747] 2002年 6月 4日(火)23:51:20たけもと さん
姉崎
[1733]
>実は“明治の大合併”で「姉崎町」の前身である「鶴牧村」が発足したとき,この村
>に合併された中心村落は「姉ヶ崎村」とか「姉ヵ崎村」とか呼ばれていたようです。
>とすれば「あねがさき」としか読めない。

もともとは「あねさき」のはず・・。奈良・平安時代から「姉前神社」の名前は
文献(たとえば延喜式とか)にも載っています(姉前の名称は神話が由来)。
のちに、姉前→姉埼と変化し、いつしか、岬のように海に突き出ていたので、姉崎の
字があてられ、岬名にありがちな「○○がさき」の読み方が出現したのではないかと。

岬の名であれば「あねがさき」でもよいのでしょうが、由来からすると違和感があります。
誤用が定着してしまった例なのか、それとも・・。
[2992] 2002年 9月 10日(火)20:51:02miki さん
まなつる?まなづる?
神奈川県真鶴町。
正式名称は「まなつる」なのに、HPのURLは「まなづる」。
これは一体どういう事なのでしょうか?
まさか、和歌山県広川町などのように読み仮名を変更する可能性があるのではないでしょうか?
[2995] 2002年 9月 10日(火)22:17:32【1】たけもと さん
真鶴
>正式名称は「まなつる」なのに、HPのURLは「まなづる」。
>これは一体どういう事なのでしょうか?
私なんかは小さいときから「まなづる」で通していたので、
正式名称が「まなつる」だと知ってびっくりした次第。
住民に膾炙しているのも「まなづる」なので
現在町役場では名称変更を検討中とのことです。
>神奈川県真鶴町HPのURLですが、
ありがとうございます。更新しました。
[2998] 2002年 9月 10日(火)22:51:01YSK さん
一般的な呼称と自治体名が違う自治体
[2995]
私も、真鶴町が「まなつるまち」であることは知りませんでした。

同様の例として、滋賀県米原町があります。
この町の代表駅は言わずと知れたJR東海道線他の米原(まいばら)駅ですが、自治体名は「まいはらちょう」ですよね。

また、読みが違うというわけではないのですが、大分県天瀬町の例があります。
この町の町名は、「天ヶ瀬温泉」からとられています。
しかし、1955年に中川村・馬原村・五馬村の合体により誕生したのは天ヶ瀬村ではなく、「栄村」でした。

当初は「天ヶ瀬」を村の名前にする予定だったのですが、天ヶ瀬地域に吸収されるようで納得がいかないという反対意見が根強く、「栄村」という玉虫色の決着をみたという経緯があったということを、どこかの本で読んだことがあります。

1969年の町制施行の際に現在の「天瀬町」に町名変更されましたが、反対派に配慮し「ヶ」の字は省かれたとのことでした。

米原町や真鶴町も、同様に理由によって現在の町名を名乗るようになっているというのは考えすぎでしょうか?

[2996]訂正
バンドルネーム→ハンドルネーム
[2999] 2002年 9月 10日(火)23:05:28でるでる さん
真鶴町
[2995]
私もてっきり「まなづるまち」だと思っておりました。

町名は、地形が鶴が羽を広げた形に似ていることが由来だそうです。
なんとなく真鶴半島が、「鶴の首」の形に見えませんか?

で、この「真鶴岬」のほうは「まなづるみさき」が正式名称なんですよね。

何だか愛知県渥美半島の「いらこみさき」と「いらござき」の例を思い出します。

[2993]
実は小学生さん、お久しぶりです。これからも宜しくお願いします。
市町村変更情報も随時更新しておりますので、ぜひご覧になって下さい。
[3121] 2002年 9月 15日(日)13:37:08長野っ子 さん
自治体の正式名称
こんにちは。お久しぶりです。

先日[2992]などで神奈川県真鶴町(まなつるまち)なのか(まなづるまち)なのか
って質問がありましたが、僕も「まなづるまち」だと思っていました。だから本当
驚いています。また、もうひとつ最近びっくりした自治体の正式名称がありました。
それは三重県の松阪市です。僕は今までずっと「まつざかし」だと思っていましたが
正式には「まつさかし」だそうです。しかもたまたま三重県出身の人と話した時、
その地元の人は「まっさか」と言っていました。多分「まつさか」を縮めた言い方
だろうと思います。それから、たまに「松坂市」って「坂」の字を間違って書く人
もいます。もしかして西武ライオンズの松坂投手と混乱しているのでは・・・?(^^)
[3155] 2002年 9月 17日(火)22:44:23YSK さん
「まいはらちょう」が正しい。
滋賀県米原町。町名は「まいはら」なのに、JR駅名は「まいばら」。

このことについて、思い切って米原町役場にメールで質問してみました。
金曜夜にメールしたところ、連休明けの今日、早速回答をいただきました。

町の見解は、「今も昔も“まいはらちょう”が正式」とのこと。

明治22年に国鉄により米原駅が設置されたとき、なぜか「まいばら」駅とされてしまったのだそうです。
米原駅は北陸線の分岐点で、かつ新幹線の停車駅であることから、この「まいばら」だけが全国的に知れ渡ってしまいました。

国鉄(JR)の駅名と実際の地名の不一致は珍しくないようで、過去ログ[1733]で市原市の「姉ヶ崎駅/姉崎」についてのIssieさんのご説明にあるように、地名と駅名がどちらが正しいかはケースバイケースのようですね。

ただ、米原町の場合は、あくまで地名としては「まいはらちょう」が正しいとのことでした。
[3157] 2002年 9月 17日(火)23:34:41Issie さん
まいはら
>特急あさまがリバイバルされても、碓氷峠を越えることができない。何かもどかしさと、峠を列車が越えていた頃のなつかしさとを感じてしまいますね。

同感。
「あさま」は学生時代,ずいぶんお世話になったので(学生時代後半は昼間の急行「信州」はなくなっていたのです),感慨も一入です。
もっとも,翌日の行動を考えると,2時過ぎに長野を出て7時前に上野に着き,夜の9時ごろ上野を出て1時過ぎに長野に着く「能登」が何かと便利だったんですけどね。学生には夜の1時ははまだ“活動時間”でしたから。

まぁね,松井田町-軽井沢町間のローカルな輸送需要と,極めて特殊な線路状況ゆえにかかる莫大な維持・管理費,機関車の付け替えの手間と時間のロスを考えれば,廃止されたのは至極当然と言わざるを得ません。

それはさておき…
市町村名ではなく,もう1ランク下の地名ですが,
千葉県のJR総武線津田沼駅北口の船橋市側のあたりは「前原西/前原東」という町名なのですが,船橋市の公式の読み方は「まいはらにし/ひがし」なのですね。
しかし,隣町ながら私は地元の人が「まいはら」と読むのを聞いたことがありません。
当然のように「まえはら」もしくは「まえばら」。確か,新京成の「前原駅」も「まえばら」だったのではないかな。
さて,「まいはら」とは,どこから出てきた読み方なのか。
それとも,「まえはら/まえばら」と読むのはよそ者なのか。
ちょっと不思議な読み方ではあります。
[3158] 2002年 9月 18日(水)00:06:09深海魚[雑魚] さん
転訛
[3155]
>町の見解は、「今も昔も“まいはらちょう”が正式」とのこと。
大学時代に愛用した東芝製ワープロの地名データベースでは 「まいはら」 が変換可、
「まいばら」 が変換不可で、前者が正式な発音かと合点した事を思い出しました。

似た様な例として 「みんまや/みうまや」 もあった様な。私の記憶違いでなければ、
JR駅は 「みうまや」 とした時期が存在した様に思います。今や鈍行一日五往復が
運転されるだけの津軽線末端部、津軽今別駅の整備や青函トンネル直前の新駅設置で、
海峡線への集約性が高まるかと思うのですが、運営元の違いもあるし、趨勢やいかに。

>なぜか「まいばら」駅とされてしまったのだそうです。
「あさひかわ/あさひがわ」 「かかみがはら/かがみがはら」 など、このテの転訛は
枚挙に暇が無いですね。

ある掲示板で、現地の方が古老から聞いた話として紹介した事ですが、宮崎県高鍋町は
元々「たからべ」 と称していましたが、明治の頃、中央から派遣された官吏が誤って
「たかなべ」 と登録したのが由来とか。本当かな。

私が地元の古老から聞いた話ですが、戸籍登録の際、ヨネ (仮名) なる女性が知人に
代理申請を頼んだところ、その知人はいつもの癖で 「おヨネ」 と申請し受理された。
いつ頃の話か判りませんが、戸籍管理すらかくも大らかだった時代では、こんな珍事も
起こり得たという典型かな。そう考えると、地名で清音と濁音を混同する事があっても
不思議ではないですね。

[3156]
>「峠の釜飯」も、軽井沢駅や上信越道のサービスエリアなどで買うものになりました。
新幹線移行直前の時点で既に、最大の売り先は佐久平SAだった模様です。信越線や
国道18号線が主要路から外れつつある現在、横川のドライブインや駅構内での販売員は
いつまで残る事だろうか、とも思います。

>碓氷峠を越えることができない。
設備は丸ごと残っていますね。何れは朽廃の危険もあるだろうに、どうするのだろう。
[3159] 2002年 9月 18日(水)01:53:21ゆう さん
転訛ネタ
兵庫県佐用郡佐用町は「さよう」ぐん「さよう」ちょうですが、姫新線の佐用駅は「さよ」えきですね。
尻切れというのは少ないように思います。

山口県防府市は「ほうふ」しですが、地元でも相当数の人が「ぼうふ」と読んでいるようなのです。
特に年配の人に多いような気がしてます。

以上2点について事情をご存知の方いらっしゃいますか?
[3160] 2002年 9月 18日(水)03:31:33黒髪 さん
Z会の学校情報データベースより
米原町立米原小学校 これは「まいはら」
米原町立米原中学校 これは「まいはら」
滋賀県立米原高等学校 これは「まいばら」
ただし、米原高等学校はお隣の近江町にあります。

ついでに
船橋市立前原小学校 これは「まえはら」 船橋市前原西
船橋市立前原中学校 これは「まいはら」 船橋市中野木

ほんとかなぁ~?!
[3172] 2002年 9月 18日(水)20:22:56Issie さん
かるいさわ
濁点有無の話の続きですが,

話題の「長野県軽井沢町」の場合,町の公式名称は「かるいざわまち」と濁ります。国鉄(JR)の駅も「かるいざわ」ですね。
しかし,地元では「かるいさわ」と濁らずに読むのが「正しい」とされています。で,長野県内では,標準語がどうであれ,行政上の公式名称がどうであれ,「かるいさわ」と読む人の方が多数派のようです。

地名ではないのですが,
幕末の松代藩士で勝海舟や吉田松陰とも関係の深い 佐久間象山 も,普通「しょうざん」と読むことになっていますが,長野県では「ぞうざん」と読むのが正しいとされています。一応ね,松代郊外にある「象山(ぞうざん)」という山に根拠を求めることが多いのですが。
だから,この人は“県歌”である「信濃の国」に登場するのですが,そこで出てくる「象山佐久間先生」は「しょうざん」ではなく,「ぞうざん・さくませんせい」と歌わ“なくてはなりません”。
ちなみに彼の前に出てくる「仁科の五郎信盛」は「仁科盛信」(武田信玄の五男で,信濃の名族の仁科氏に送り込まれた。武田・織田の最終戦争で高遠城に敗死)で,これは歌詞自体が間違っています。間違いでも,そのまま歌っちゃってるんですね。

[3167]
>「姨捨」 の由来は、冠着山における悲しい伝説に基づくそうですね。

…という,オドロオドロしい由来を持つ地名が「月の名所」として風流の対象になる,というのも面白いものがあります。
ついでに,篠ノ井線の姨捨駅は今や数少なくなったスイッチバックの駅としても有名ですが,冠着トンネルをぬけてから善光寺平まで“あの”高低差を駆け下りるため,姨捨駅の前後にも「羽尾」「桑ノ原」というスイッチバックの信号場があります。つまり,スイッチバック形態の停車場が3つ連続しているのですね。
以前は明科-西条(にしじょう)間にも「潮沢」というスイッチバック信号場があたのですが,こちらは長大トンネルの開通による線路の付け替えでなくなってしまいました。
[3173] 2002年 9月 18日(水)21:02:28Firo さん
Re:佐用
佐用と聞いて真っ先に思い当たったのが、肥前松浦の佐用姫(さよひめ)伝説でした。
ただ、場所的に佐用町とは離れていると思ったのですが、佐用町内に竜山神社という
この伝説にまつわると思われる神社があり、地名、駅名もここから発したと考えていいの
ではないでしょうか。
ちなみに、佐用姫にまつわる話は東北をはじめ各地にあるようです。
もっとも、佐用町は今は、星の美しい町として有名なようですね。
[3175] 2002年 9月 18日(水)23:27:34Issie さん
Re^2:佐用
「佐用郡」は,延喜式の編纂された平安時代半ば(10世紀)には「さよ」と読まれたようです。
だから「さよう」という読み方は,かなり後になってから漢字表記に引きづられて生まれてきたもののように思います。
陸奥(→陸前:宮城県)の「登米郡」が「とよま」から「とめ」に変わっていった例と同じようなものかもしれません。
ま,「さよ」と「さよう」では耳で聞いても差異はそれほど大きくないから,あまり気にしなければしないで済んでしまうのかもしれませんね。

明治半ばの郡制施行による郡の統合でなくなってしまったのですが,上総(千葉県)に「周准郡」という郡がありました。現在の君津市,小糸川流域を領域とした郡です。小櫃川流域の「望陀(もうだ)郡」,東京湾岸の「天羽(あまは)郡」と統合されて「君津郡」になりました。
実は,この郡は古代には「周淮郡」と表記していたようです。

よく見てください。「淮」という字の偏は“サンズイ”です。この字の基本的な音は「ワイ」ですから,これの変種ということで「周淮郡」は延喜式では「すえ」と読まれていました。
ところが,この「淮」という字は「准」という字と間違えやすいのですね。

違いがわかりますか? 今度は“ニスイ”で「准」という字なのです。この字の基本的な音は「ジュン」です。そこで,この音のバリエーションとして,「周准郡」には「すす」という読み方が生まれました。そして,「すえ」「すす」両方の読み方が行われます。

一方,「淮」と「准」とは何しろ紛らわしいので,お互いに混同されてしまいました。明治初めの印刷物でさえ,「周淮郡」「周准郡」両方の表記が行われています。

「すえ」「すす」という2通りの読み方に,「周淮」「周准」という2通りの漢字表記,それぞれを組み合わせると,「周淮」と書いて「すえ」と読んだり「すす」と読んだり,「周准」と書いて「すえ」と読んだり「すす」と読んだり…。
都合,4つの組み合わせがあってそれが入り乱れて行われる,という無茶苦茶な状態で明治の郡整理を迎えてしまったわけです。
結局,どれが「正しい」のか決着がつかないまま,君津郡に統合されてしまったのでした。

こんな凄まじい例もあるのです。
[3176] 2002年 9月 18日(水)23:36:33Issie さん
周准 さらに
そうそう,「周准郡」にはさらに“2文字目の「す」”を濁らせることで,「すず」という読み方も生みましたから,そうすると都合6通りの組み合わせになるのです。
さらにもまして凄まじい。
[5165] 2002年 11月 21日(木)01:46:18般若堂そんぴん さん
「かかみがはら」と「かがみはら」
[5163]雑魚さん
>市名は 「各務原/かかみがはら」 なのに対して、JR駅名は 「各務ヶ原/かがみがはら」 と微妙に異なる。
以前,名古屋市内のデパートの館内呼出で「かがみはら」と言っているのを聴きました.名古屋に住む弟にたずねると「かがみはら」というのが普通だとのこと.実際にはどうなのでしょうね?
このように正式名称と一般的な呼称が異なる市町村はどれだけあるのでしょうか.
そういえば,宮城県七ヶ宿(しちかしゅく)町のことを山形県民である私たちは「しちがしゅく」(「が」は鼻濁音)と発音していますが,地元ではどうなのでしょうね?
[5178] 2002年 11月 21日(木)17:32:42YSK さん
同じ部首、北橘村
同じ部首の漢字でできた市町村名・・・

探せたのは、板柳町と浦河町くらいです。もしかしたら、松本もそうでしょうか?

[5176]雑魚さん
北橘村ですが、確かに慣用として、「ほっきつむら」と言うことが多いと思います。
この間は、NHKのニュースでも「ほっきつむら」と言っていたのを耳にしました。しかし、あくまでも正式名称は「きたたちばなむら」です。

※北橘村は、村と前橋市との境にある「橘山(たちばなやま)」があり、その橘山の北にあることから命名されました。
山の南側の前橋市内には、対になる「南橘」という地名があります。こちらは「なんきつ」が正式名称です。どうも、北橘村を「ほっきつむら」と言ってしまうのは、この南橘が影響しているのではと感じます。
[5557] 2002年 11月 28日(木)19:17:59Issie さん
島と嶋
>「鹿嶋」と「鹿島」の漢字表記の由来,

「しま」という漢字は現在では「島」と表記するのが普通ですが,これは「当用漢字字体表」(昭和24年4月28日内閣告示)を根拠とするものです。
ここで「標準の字体」が規定されて以来,これが“唯一”の字体であるように理解されがちなのですが,本来,「島」と「嶋」は“同じ漢字”です。さらに「嶌」という字体もありますね。要は「山」と「鳥」というパーツがそろっていればいいわけで,その組み合わせ方は本来こだわりがなかったようです。その中でポピュラーだったのが「島」と「嶋」だったのでしょう。
江戸時代に「鹿嶋郡」と表記する例が多かったのは,当時は「島」よりも「嶋」の方が一般的だったということだと思います。

「当用漢字字体表」以来,わずかな字体の異同にうるさくなって,「鹿島」と「鹿嶋」とが書き分けられるようになったのですが,元々お互いの違いはないのです。むしろ,当用漢字の精神から言えば「鹿嶋市」は“間違い”なのでしょうね。漢字テストではバツを食らうことでしょう。
ただし,固有名詞の場合は規定の限りではないので,あえて「鹿嶋」という表記にしたのでしょう。それに,今は「当用漢字」よりも制限の弱い「常用漢字」だし。
[6724] 2002年 12月 20日(金)19:35:39般若堂そんぴん さん
質問 「まつとう」? 「まっとう」?
石川県松任市は資料によって「まつとう」市だったり「まっとう」市だったりします.ATOKではどちらでも「松任」と変換されます.正式な読みがどちらなのか,御存知でしたら是非御教示ください.
[6730] 2002年 12月 20日(金)20:07:24YSK さん
「まっとう」だと思われます。
[6724]般若堂そんぴんさん

松任市のホームページのURLは、以下のとおりです。
http://www.city.matto.ishikawa.jp/

“matto”という綴りになっているので、「まっとう」と「つ」は促音なのではないでしょうか?
条例等の正式な資料は見てませんが、公式ホームページが名乗っているので、こう判断しても良いものと思いますが、いかがでしょうか?

総務省が編集している「全国市町村要覧」(第一法規)などの資料では、市区町村名のかな表記について、音便を小書きにしないで書いているため、松任市も「まつとうし」と書かれていて、紛らわしいのですね。

同じような紛らわしい例の1つとして、北海道別海町がありますが、こちらは「べつかいちょう」で良いようですね。私は長らく「べっかいちょう」だと思ってました。

また、香川県観音寺市も紛らわしいですね。「かんおんじ」が正式ですが、私はしばらく「かんのんじ」だと思っておりました。
[6737] 2002年 12月 20日(金)22:51:33Firo さん
松任市・別海
[6730]YSKさん、[6732]般若堂そんびんさん
ちょっと、タイミング悪かったかもしれませんが・・・
松任市の市名の由来が、平安時代終わりごろ、その命名を、国司松木氏に任せたということ
からという説のようなので、「まつとう」「まっとう」厳密な決まりはないのではという
気がします。まー、地元の人間でないのであくまで想像ですけど、慣用的に使われていた、
「まっとう」が一般的になったのではと勝手に納得した次第です。
私も、少なくとも古い資料では、「まつとう」となっていたと記憶しており、手元の資料も
ほとんどが、「まつとう」になっていたので、正直、今回の書き込みを読んで、びっくりしました。
認識をかえなければ、いけませんね。
「別海」のベツは、アイヌ語のベツ「川」ということでしょうけど、でもこれも、発音上正しくは、
「べッ」だという説もありますし、難しいですね。
そういえば、松任というと私などは、「松任谷由実・正隆夫妻」を連想してしまうんですけど、
松任市に関わりがあるのかどうか分かりませんが・・・・ (少なくとも、ユーミンは、八王子の呉服屋
の娘ですしね(笑)。
こっちの方は完全に、「まつとうや」ですね。
[6740] 2002年 12月 20日(金)23:56:10YSK さん
まっとう、べつかい
[6737]Firo さん
追記です。
松任市も、別海町も、「地方自治体である市町村の名称としての、公式な表記法」という意味で書いてみました。
地名のオリジンの形が、そうであったという意味ではありませんので、補足いたします。

以上の「自治体としての公式呼称」ですが、日常的な会話等のレベルでは、特段意識する必要はないと思われます。

龍ケ崎市ホームページに、興味深い記述があります。
http://business2.plala.or.jp/ryu-city/news/ind_news.htm

>龍ケ崎市では平成8年度から、表記の仕方を「龍ケ崎」に統一しています。
>これは昭和29年の市制施行の際、官報に搭載された書き表し方です。広報紙
>や市からの配布物、市で使用している封筒などはすべて「龍ケ崎」と表記し
>ています。さらに細かいことを付け加えると「龍ケ崎」のケ(が)は大きい
>文字(龍、崎と同じサイズ)で表記しています。

>一方、市民の皆さんや市で営業する企業などに対し、「“竜ケ崎”ではなく
>“龍ケ崎”としてほしい」といったお願いは基本的にしておりません。新聞
>社に対してのみ“龍ケ崎”としてほしいと依頼しましたが、実際にどう書く
>かはそれぞれの新聞社の判断に委ねられます。これは、旧自治省の「市町村
>の名称の字体が常用漢字でない従来の字体である場合は、常用漢字を用いて
>書き表しても法令上有効である」との見解に基づきます。

>固有名詞(例えば「○○銀行竜ケ崎支店」や「竜ケ崎○○高校」など)ではそ
>の表記の仕方を尊重し、広報紙などでも「竜ケ崎」を使用しています。その
>ため「“竜ケ崎”と“龍ケ崎”が混在しておりどちらが正しいのか分からな
>い」といったご指摘がありますが、「市は“龍ケ崎”で統一し、他の団体・
>個人などに対しての指導・依頼はしない」という姿勢をとっております。皆
>さんが市役所で書類を書こうとする場合などでも、“龍ケ崎”でないといけ
>ないというようなことはありません。

つまり、龍ケ崎市では、公式には「龍ケ崎市」という表記にしていますが、市民の日常生活にまでこの公式表記を強制しているというわけでなく、「龍ヶ崎」や「竜ヶ崎」という表記を第三者がしていたとしても、「龍ケ崎市」を指すものと判断され得る限りにおいては、その表記法を尊重しているということなのですね。

松任市や別海町の場合は、表記法ではなく読み方が変わってしまうケースなので、龍ケ崎市の場合と同じように評価することはできないかもしれませんが、「まつとうし」であれ、「まっとうし」であれ、「べつかいちょう」であれ、「べっかいちょう」であれ、それぞれ「松任市」と「別海町」であることが分かるのであれば、日常生活レベルでは意識する必要はないと考えます。

ちなみに、[6730]で書きましたように、総務省(旧自治省も含む)等の資料の中には、市区町村名のふりがなの拗音を小書きにしない場合が多いので、以上のような混乱の原因になっているものと思われます(何故小書きにしないんでしょうね?)。別海町も、『全国市町村要覧』には、実は「べつかいちよう」と書かれています(「ちょう」ではないところがポイント)。

長々と書いてしまいましたが、以上が私の見解ですので、ご理解をいただきたいと思います。とはいえ、本当はどの形から始まった地名なのか、断定は難しいですが、興味深い内容ですね。
[7290] 2003年 1月 3日(金)11:11:12K.Ta さん
別海町
初めて書き込みます。
調べ物をしていたところ、地元に関する話題が出ていたので。

現在、正式名称は「べつかい」です。
ここで「現在」と断ったのには理由があります。
実は、つい最近まで「べっかい」が正式名称だったのです。
中心駅の駅名も「べっかい」でした('89年廃止)。

いつのことだったかは失念してしまいましたが、少なくとも10年前までは「べっかい」でした。
ところが、あるとき「『べっかい』では通りが悪い」と、「べつかい」へと改称が行われたのです。
その際、標識もほとんどが書き換えられました。が、一部には書き換えが済んでいないものもあります。

ちなみに、地元住民は両方の呼称が用いられています。「どちらでもよい」ということでしょうか。


そういえば、この改称の際に、改称されそうになった地名(字名)があります。
「西春別駅前」といいます。これが、正式な地名なのです。
この名の由来となった駅も'89年に廃止となりました。が、地名は今のまま残っています。
このように「駅前」とついた地名は他にもあるのでしょうか?
ご存知の方、いらっしゃいましたら教えてください。
[7373] 2003年 1月 5日(日)17:50:55Issie さん
はたの
[7364]Firo さん
>「イスカンダルはいかすんでる」ってまるで早口言葉ですね(笑)

私の中学校では文化祭と予餞会(3年生を送る会)とで1学年5クラスが順番に劇をやることになっていました(最後=6回目の予餞会は“送られる”立場だから劇はやらない)。で,私のクラスは学年で最後の3年の文化祭で劇をすることになったのですが,何をするかクラスで考えているときに「宇宙漁船トマト」なるパロディを考えた奴がいたんですね。
食糧危機に襲われた地球を救うために「イカスンデル星」へ巨大イカを求めて旅立つ「宇宙漁船トマト」…。
結局,実際は無難にO・ヘンリーをやったんですけどね。

ところで,オスマン帝国のスルタン(皇帝)はトルコ人ですから名前もトルコ語になるわけですが,ムスリム(イスラム教徒)に共通の名前がここに伝わるまでに アラビア語→ペルシア語→トルコ語 と,いくつかのフィルターを通っています。
「スレイマン」はあまり変わらないけれど,アラビア語の「ムハンマド」はペルシア語で「モハンマド」になり,トルコ語では「メフメット」となる等々。
日本で定着している「マホメット」というのは,きっとトルコ語経由でヨーロッパ語に入って,日本に来たんだろうな,と思っています。
イスラム教はモンゴル(元)の時代までに中央アジアとインド洋・南シナ海のそれぞれを経由して中国に伝わっていました。当然,中国人のムスリムも多くいたわけで,彼らの中にはムハンマドに由来する「馬」という姓を名乗る者も多くいたそうです。当然,「馬」姓の人全部がそうであるわけではないでしょうが,中国人ムスリムに多い姓であったことは確かなようです。
唐代中期に大反乱を起こした「安禄山」も中央アジア系の出身で,「アレクサンドル」に由来する名前だと言われています。

> 秦野市は「はだの」なんですね。

そうですね。どこから出てきたのか。
ちなみに,「秦野」という“町”なり“村”が現れるのは古い話ではなくて,1889年の市制・町村制施行に際してこのあたりの村が整理・統合されたときのことです。
曽屋村と上大槻村,それに下大槻村と名古木村のそれぞれ一部が合併して「秦野町」が成立。同様に秦野盆地内の村々が合併して「北秦野村」「東秦野村」「南秦野村」「西秦野村」「上秦野村」となった(このうち,「上秦野村」だけが足柄上郡で,残りは大住郡から中郡に所属)。
というわけで,それまでは「秦野」という名前の村はなく,盆地を範囲とする広域の地域呼称であったようです。で,一般論として“かな”で「は・た・の」と並べた場合,状況に応じて真ん中の「た」に濁点がついたり,つかなかったり,どちらの場合もあったらしい。だから,「はたの」も「はだの」も,どちらも“あり”なんですね。
「波多野」と漢字で書いても「はだの」と読むことは珍しくありません。
秦野盆地の中で足柄上郡の「上秦野村」だけは「はたの」と読むことにしていたようですね。残りは「はだの」。
駅名になった「大秦野」が本来どのレベルの地名なのか,私にはわからないのですが,「おおはだの」とは発音しづらい気がします。単に「おおはたの」に慣れ親しんでいるせいに過ぎないんですけどね。
[7646] 2003年 1月 13日(月)01:29:58まりも さん
小淵沢
最近になってこのHPを知りました。
呼称が二通りある地名で思い出したのですが、以前中央自動車道を走っていて「小淵沢IC」付近を通ったとき、「小淵沢」のローマ字表記が「KOBUCHISAWA」となっていたため、「あれ、『こぶちざわ』じゃないの?」と思ったのですが、JRの時刻表には「こぶちざわ」、小淵沢町のHPには「こぶちさわ」、高速道路のサービスエリアに置いてあるエリアガイドには「こぶちざわ」となっていました。地元の方はどう呼んでいるのでしょうか?
[7763] 2003年 1月 16日(木)17:20:07start さん
智頭
最近知ったのですが、智頭町は「ちず」ではなく「ちづ」だったのですね。
何も知らなければ「ちず」のほうが正しいと思い込んでしまいます。
[8491] 2003年 1月 30日(木)23:56:19実那川蒼[あんどれ] さん
駅名
[8470](まがみさん)
白桃さんが[8455][8251]などで詳細なレポートをお寄せくださっている、あの都市ですね。その最も中心駅の一つ東側にあります。

正解です。
ちなみに滋賀県高島郡の近江高島駅は、江若鉄道だった時代は高島町(たかしまちょう)駅という駅名でした。

[8483](seahawkさん)
あと気になるのは、青森県の五能線にある鶴田町(つるたまち)にある「陸奥鶴田(むつつるだ)」駅です。どうして自治体と名前が違うんでしょう?

国鉄やそれ以前の鉄道省は全国規模で東京中心だったためか、駅名が地元の呼称と一致しないというケースがかなりありました。有名なところでは北海道旭川(あさひかわ)市の旭川(あさひがわ)駅がそうです。
また、国鉄の配慮?で、文字が難しいから簡単な字に変更されてしまった例もあります。兵庫県赤穂市にある鷆和(てんわ)という難しい文字の集落に出来た駅は、天和(てんわ)駅になってしまいました。
別の例では、兵庫県に神戸(こうべ)駅があるという理由で、足尾線(現・わたらせ渓谷鐵道)にできた神戸(ごうど)という集落の駅は神土(ごうど)駅になってしまいました(こちらは第3セクター化後、神戸(ごうど)駅に改称)。
[8496] 2003年 1月 31日(金)00:08:46YSK さん
相老駅
[8491]あんどれ さん
兵庫県に神戸(こうべ)駅があるという理由で、足尾線(現・わたらせ渓谷鐵道)にできた神戸(ごうど)という集落の駅は神土(ごうど)駅になってしまいました
同じわたらせ渓谷鐵道にある「相老(あいおい)駅」も同じ例ですね。地元の地名は「相生」で、これは兵庫県相生駅との同名を避けるために、字を変えてしまったものではないかと思われます。こちらの駅は、現在でも改称はされていませんね。

また、しばしば地名と駅名との違いが取りざたされるのは、滋賀県の米原(まいばら)駅と米原(まいはら)町ですね。

このような実例につきましては、アーカイブズ「呼称が二通りある地名は?」にて取り上げていますので、ぜひご覧ください。

アーカイブズ「呼称が二通りある地名は?」
http://uub.jp/arc/arc26.html
[8504] 2003年 1月 31日(金)01:40:28【1】まがみ さん
駅名と地名の不一致
[8491]あんどれ さん
有名なところでは北海道旭川(あさひかわ)市の旭川(あさひがわ)駅がそうです。
この「旭川」駅ですが、1988年3月13日に市名とあわせて「あさひかわ」に改称されています。同日、「新旭川」駅も、「しんあさひがわ」から「しんあさひかわ」に改称されました。ですが、その両駅の中間にある「旭川四条」駅は、開業時から「あさひかわよじょう」で濁っていませんでした。
つまり現在は、「旭川」関連の3駅すべてが市名と揃って清音になっています。

駅名が地元の呼称と一致しないというケース
[8496]YSK さんが「相老」を挙げていらっしゃいますが(東武との連絡駅ゆえに改称が難しいのかな?)、この他に、これまであまり出てこなかった例では、
東北本線矢幅駅岩手県紫波郡矢巾町 
七尾線宇野気駅石川県河北郡宇ノ気町 
明知線明知駅岐阜県恵那郡明智町第三セクター時に「明智」に改称
片町線四条畷駅大阪府大東市所在地の市まで違うというおまけ付き
山陽本線竜野駅兵庫県揖保郡揖保川町過去ログ[1571][1574]も参照
山陰本線餘部駅兵庫県城崎郡香住町余部姫新線「余部」との区別?
和歌山線五条駅奈良県五條市 
上山田線臼井駅福岡県嘉穂郡碓井町現在は廃止
※「ヶ」「ノ」「ッ」の有無、「ノ」と「之」の違いなどは割愛

このうち「矢幅」について、駅付近の地名に「北矢幅」「南矢幅」がありますが、その「南矢幅」にある中学校は「矢巾中学校」です。さらに「矢幅郵便局」があるかと思えば、「岩手銀行矢巾支店」と、漢字で書くときには悩みそうですね。

さて、私、まがみはこの書き込みでちょうど100件目、およそ2年かかりました。で、記事検索で少し調べてみましたら、最初の書き込みから書き込み100件に達するまで2年かかっているというのは、自分色登録者の中で最も遅い! ありゃりゃ。
[18511] 2003年 7月 21日(月)21:27:33special-week さん
霞が関
 以前、賃貸広告を見ていてビックリしたのが、霞ヶ関月2.8万円の物件。いったいどんな立地条件なのかと考えてしまいましたが、埼玉県川越市霞ヶ関なんですね。官庁街は霞が関が正しい表記のようです(地下鉄は霞ヶ関駅ですが)

 しかし省庁が林立する霞が関周辺でも霞ヶ関ビルなどがあって、ややこしいです。霞が関と霞ヶ関。現在、霞が関と言えば官庁街の代名詞ともなってますが、こちらの例はどうなのでしょうか。気になるところです。
[18513] 2003年 7月 21日(月)22:24:10千本桜[軒下提灯] さん
脚崎&越喜来そして七ヶ宿
[18491]オーナー グリグリさん
脚崎のある半島名だけが謎です。
これは私にとっても謎です。釣場案内図には時として、マイナーな岬、磯、根などの名称も書いてありますから目を通してみたのですが、結局判りませんでした。脚崎の南に位置する綾里崎の半島名も判りませんね。これほど明確に半島の形をしているのに名称が無いのも不自然。そこで、[18459]でyamadaさんが書かれた赤崎(あかさき)半島とは、大船渡湾と越喜来湾の最奥を結んだ線より出っ張った分すべてを指し、脚崎・綾里崎を含んでいるのかなぁ、などと考えてみました。つまり脚崎は赤崎半島の一部であるという考えです。勿論、推測ですから当てにならないかもしれませんが、赤崎半島とは、どこからどこまでなのかを確認してみる必要がありそうですね。

ところで、越喜来は「おきらい」と読むのでしょうか。「おっきらい」の読みをネットで見つけたのでそちらを採ったのですが。
懐かしい「おっきらい」の読みに久々に出会いました。実は私も昔は「おっきらい」と読んでいました。ところが17年ほど前でしょうか、角川日本地名大辞典が越喜来を「おきらい」としているのを目にし、それからというもの「おきらい」に切り換えました。国土地理院25,000分の1地形図「越喜来」の図名も「おきらい」ですから・・・。でもなんだか、「おっきらい」の方が本当のような気もします。むかしむかし見た難読地名には「おっきらい」と書いてありましたから・・・。こんな優柔不断なレスは「おきらい」?

末崎は「まつさき」でしょうか「まっさき」でしょうか。
これもまた難しいですね。角川日本地名大辞典では「まっさき」ですが。このような場合、地域住民の発音が優先されるのでしょうか?どうなんでしょう。このようなことを思う時、私の中でいつも引っ掛かるのは、犬卒塔婆という地名です。角川日本地名大辞典はこれを「いぬそとば」とした上で、「いぬすとわ」ともいう、と記しています。でも、私の耳に聞こえる地域住民の発音は「いのそとわ」です。「いぬそとば」か「いぬすとわ」か「いのそとわ」か、これって、チョンチョウかチョンチンかチャンチュンかよりも微妙で、もうチンタオにして~!といいたいです。さらに紛らわしいのは、角川日本地名大辞典が犬卒塔婆としているのに対し、地理院図は犬卒都婆です。

地名って通じれば良いのだから、どうでもいいじゃないかと思うときもあるけど、首を突っ込むと結構おもしろかったりする。宮城県の七ヶ宿町って、住民だれもがわが町は「しちがしゅく」だと思っていたのに、公的には「しちかしゅく」だと判って話題になったことがあります。ズ-ズ-弁の東北人が「しちかしゅく」と発音するのは大変ですね。みんなが濁音の「しちがしゅく」を支持しているのに、清音の「しちかしゅく」が正式だと言われても困りますわ~。正式地名って何なんでしょうね。
[29704] 2004年 6月 25日(金)13:01:32ぱぱ さん
米原
[29569]地理好きのケンさん
レスありがとうございます。
やはり府中町の位置関係は全国的にも特殊な状況なんですね。
個人的には単独町制(あるいは市制)で頑張って欲しい気がします。

[29699]稲生さん
駅名と行政地名の相違する場所って、
JR米原(まいばら)駅もそうですね。
東海道新幹線の駅があり、東海道本線と北陸本線の分岐駅です。
言わずと知れた駅ですね。
しかし、ここはちょっと複雑で、所在地を正式には滋賀県坂田郡米原(まいはら)町と言います。
けれども、2005年2月の周辺3町合併で「米原(まいばら)市」となるようです。

これは駅のほうが有名であるために、「行政地名が駅名に負けた」状態ではないかなと思います。
[29707] 2004年 6月 25日(金)15:11:19実那川蒼[あんどれ] さん
MAIBARA VS MAIHARA
[29705](ほいほいさん)
名神高速道路と北陸自動車道の分岐点の米原ジャンクションですが、確か以前は「まいばら」ジャンクションと読まれていて、ラジオ等の交通情報でも「まいばら」ジャンクションと放送していたと思います。数年前に、自治体名に合わせるとの事で「まいはら」ジャンクションと読み方を変更したと記憶しています。
実際に米原JCTを車で通過すると、道路標識の「MAIHARA」のところに修正された跡があります。以前は「MAIBARA」だったと推測されます。また、国道8号線や国道21号線で米原町付近を通過すると、滋賀県側の道路標識は「MAIHARA」となっているのに対し、岐阜県側の道路標識は現在も「MAIBARA」と表記されています。

北陸自動車道の米原ICの読み方も同時に変わったのかは、記憶にありません。名古屋のラジオの交通情報では、米原JCは頻繁に聞きますが、米原ICは余り聞かないので。
SAで配布されている名神高速道路や北陸自動車道のエリアマップも以前は「まいばら」と表記していましたが、現在は「まいはら」と表記されています。

米原(まいばら)市になったら、また読み方を戻すんでしょうかね???
戻すんでしょうね。上で書いたとおり、岐阜県側の道路標識は修正の必要がありませんが(笑)。
[29715] 2004年 6月 25日(金)22:13:12ひぃ さん
幸田レス
愛知県幸田町出身の ひぃ です。

[29699] 稲生さん
幸田町は「こうたちょう」と濁りません。ちなみにJR幸田駅は「こうだえき」です。

[29702] inakanomozartさん
地元では「こうた」の「こうだ駅」と言っているのでしょうか

「米原」同様ややこしいですよね。
元々、町名の読みは「こうだ」だったのですが、
昭和29年に旧幸田町と旧豊坂村が合併した時に
「こうた」に改められたそうです。

「こうた」になって歴史が浅いため、
地元では今でも「こうだ」と呼ぶ人が多いですね。
[43908] 2005年 8月 6日(土)22:10:09hmt さん
「富士八湖」って聞いたことありますか?
[43884] きまぐれ さん
以前の地図を調べた結果、今は訓読みが音読みに、特異の読みが一般的な読みになっている傾向にあることが判りました。(中略)以前の地図は昭和15年の物

「ウオッちず」による最近の読みと地名、きまぐれ さんの地図(昭和15年)によるルビと地名を、これと近い年代の帝国書院地図(昭和13年文部省検定済・朝鮮総督府検定済「改訂新選詳圖・帝国之部」[30154]) に記載されたルビ、索引とを比較してみました。
また、可能なものは、鉄道旅行案内(大正13年鉄道省)の記載も比較しました。

ウオッちず昭和15年ルビ昭和15年地名昭和13年ルビ昭和13年索引鉄道旅行案内
しとだいら/岩手県花巻市志戸平シドタヰ志戸平(なし)シドタイラしどだひ
(情報なし)イツクシタニ厳美渓ゲンビケイゲンビケイ五串渓いつくしだに(厳美村)
おおぬま/大沼オホヌ大沼オノ沼(赤城湖)(なし)
こぬま/小沼コヌ小沼コノ沼(なし)
おうめ/青梅アヲメ青梅オーメオーメ
さいこ/西湖ニシノウミ西湖ニシノ湖(なし)富士八湖の中に西ニシ
(情報なし)シロウマダケ白馬岳シロウマ岳シロウマダケ本文は白馬山、地図は白馬岳いずれもルビなし
なかべ/静岡県磐田郡佐久間町中部ナカッペ中部(なし)ナカベ
すさみ/和歌山県西牟婁郡すさみ町周参見スサミ周参見スサミスサミ
さいき/大分県佐伯市サヘキ佐伯サイキ(九州図)サエキ

以上10例の中で、訓読みが音読みに変った典型と思われる例は西湖です。帝国書院の「地図の形式」の頁で、「西ノ湖」ニシノウミとあるように、漢字表記に「ノ」又は「之」が入ることもありました。
明治以前には西湖村「にしのうみむら」がありました。
しかし、昔は音読みすることがなかったかというと、そうとも言えないようです。

864年の貞観噴火まではで「せのうみ」でしたが、青木ヶ原溶岩流が流れ込み、西湖と精進湖に分離[3719]

ところで、鉄道旅行案内を見ると、「富士八湖」という言葉が出てきます。聞いたことありますか?
調べてみると、富士講の霊場で、富士八海とも言うようです。富士五湖 プラス 明見湖(あすみこ)四尾連湖(しびれこ)と、現在では消滅したらしい 須戸湖(静岡県浮島沼)のようです。
[43914] 2005年 8月 6日(土)23:31:49hmt さん
命名者は「秋芳洞」の読みを指定しただろうか?
[43887] ゆう さん
私自身も「しゅうほうどう」のほうが馴染んでいて、本当は「あきよしどう」と言われても違和感がありました。

[43908]で参照した「鉄道旅行案内」(大正13年鉄道省)では、瀧穴・景清穴・大正洞などの総称として「秋吉鍾乳洞」が使われていました。大正15年(1926)に、当時の摂政宮(その年末に昭和天皇)が、最大の洞窟「瀧穴」を「秋芳洞」と命名した[4208]というのは、事実でしょう。

さて、[4210] YSKさんが紹介されたガイドブックによると、この時に「あきよしどう」の読みも命名されたように取れるのですが、これはどうかな?
証拠となる「命名書」の有無については知りませんが、常識的には「ふりがな」など付いているとは考えられません。
当時の「秋吉(あきよし)村」関係者が、自分たちの立場から「あきよしどう」の名を貰ったと思ったのではないでしょうか。

でも、素直に読めば「しゅうほうどう」ですね。「あきよしどう」では、湯桶読み(ゆとうよみ)になってしまう。
摂政宮も漢学の素養はあった筈だから、音感の良い「しゅうほうどう」のつもりだったのではないでしょうか。
まさか大和言葉で「あきよしのほらあな」と読んだとは思われません。

秋吉台はススキの生えた入会山でしたが、岩の露出したカルスト台地は、あまり良い草原ではなかったようです。
蘆・葭(あしよし)→秋吉(あきよし)村→1926年秋芳洞→1955年秋芳町(しゅうほうちょう)という変化は、訓読み→音読みの変化を示していますが、秋芳町のページによると、秋芳町になった現在も、地元では「AKIYOSHIDO」という読み方を守っていますね。
[43943] 2005年 8月 7日(日)19:07:56【1】hmt さん
「代馬岳」の資料がみつからないのは話言葉から生れたから?(白馬岳のこと)
地名の「訓読み→音読み」問題での大立者、「白馬」の登場です。
深田久弥「日本百名山」の引用から始めます。

この立派な山に、以前は信州側にはこれという名が無く、単に西山と呼ばれていた。それがいつ頃からか代馬(しろうま)岳と名づけられ、それが現在の白馬岳と変った。(中略)
代馬岳という名の起りは、山の一角に、残雪の消えた跡が馬の形になって現われるからであった。 田植にかかる前の苗代掻をする頃この馬の形が見え始めるので、苗代馬の意味で代馬と呼んだという。

「白馬岳」という文字は、江戸末期に、松本藩の山廻り役人が書き残した文書に突如として現れる(出典)とも言われ、また、[26306] みやこ♂さんによると、明治27年に陸地測量部が設置した1等三角点名が白馬岳で「シロムマダケ」と ふりがな があるとのことですから、比較的新しい公文書に登場したものと理解できます。

「代馬岳」と記した古い資料がみつかれば、「白馬岳」は 苗代掻きの季節に出現する雪形から生れた山名であり、「しろうまだけ」と読むべきである とする通説が裏付けられるのですが、[26306] みやこ♂さんによる 三井嘉雄著「黎明の北アルプス」の要約では、
10 過去,「白馬」を「代馬(あるいは代掻き馬を意味するもの)」と記した文献は今のところ発見されていない。
ということのようです。

三国の境界にあるこの山について、越後の「大蓮華山」、越中の「上駒ケ嶽」の名があるのに、信濃側には公式の呼び名がないまま近世に至ったのは、信濃の人にとって、この山への立ち入り・利用する権利や技術がなく、遠望するだけの存在だったからでしょう。
でも、遠望するだけの里人にとっても呼び名がなかった筈はありません。それが「しろうま」。
7 明治44年の資料に,「(前略)宜しく土地固有の正しき名を存してシロウマと称するを可とす。」とある。
でも、これは「話し言葉」であり、古い文献資料には残されていなかったのでしょう。

この「しろうま」が「代馬」なのか「白馬」なのか?
6 明治37年の資料に,「朝日に映じては,残雪白駒の蒼穹を奔騰するが如し,故に信州の土民呼んで白馬と言い,…」とある。
ように、残雪をポジの「白馬」と見立てるならば、「はくば」と読んでも「しろうま」と読んでも良いことになります
三井氏は、「代馬」説には疑問を投げかけていますが、「白馬」の読みについては何れとも断定していないように思えます。

一方、通説の「代馬」説。現実に観察される雪形は、雪が消えて黒い山肌が出たネガの雪形、つまり「黒馬」。
シロウトは、証拠写真が示されているだけに、なんとなく、「代馬」説を信じたくなります。

「日本百名山」の引用で(中略)と書いた部分に戻ります。

代馬よりは白馬の万が字面がよいから、この変化は当然かもしれないが、それによってハクバという発音が生じ、今では大半の人がハクバ山と誤って呼ぶようになっている。この誤称は防ぎ難い。すでに膝元からして白馬村と唱えるようになった。

地元の知らないうちに「白馬」と書かれてしまい、登山シーズンには消えてしまっている雪形など見たこともない登山家が「ハクバ」と発音するようになる。たしかに、書き言葉になると字面は大切であり、また、[24212] みやこ♂さんの言われるように、
(「音が先」の地名に)何らかの文字を当てはめる必要に迫られ,そしてその瞬間から,表記に縛られることになる
のです。
特に、登山に特化した人たちは、「岳」の字を省略して「白馬」にしてしまうので、口調の良い「ハクバ」に傾いたのだと思います。

現在のウオッちずでは、読みを確認することができず、[43908]では“(情報なし)”と記しました。地図に「白馬岳」の漢字はありましたが、読みの情報がなかったという意味です。正確には“(漢字のみ)”と記しておくべきでした<[43918]
しかし、三角点名に基づき、地図の元締めである陸地測量部→国土地理院は、「しろうまだけ」という訓読みで一貫していると思います。

下界では神城(かみしろ)村と北城(ほくじょう)村との昭和合併で白馬(はくば)村が誕生し(1956)、大糸線の信濃四ツ谷駅も白馬(はくば)駅と改称され(1968)、という具合に 訓読み→音読み が進行し、このことも 山の呼び名に 少なからぬ影響を与えたことと思います。
# 神城村は、1885年以前はかみじょう村と発音したようです。この場合は湯桶読み→訓読み。

下界のことはともかく、地図だけから判断すると、「白馬岳」の名は訓読みが正式と考えていたのですが、上記のように、登山家の中にも「ハクバ説」や「代馬否定説」があることは、みやこ♂さんの記事[26306]を見て、初めて知りました。

3 明治13年の資料に,白馬に「ハクバ」とルビが振ってある。

これが、現在の白馬岳を指すものかどうかわからず、また「白馬」の下に「岳」とか「山」とかいう字が続いていたのか否かもわかりりませんが、「ハクバ説」もかなり古くからあるのですね。

8  大正2年のウエストンの手記に「越中ではオーレンゲと呼び,信州ではシロウマダケとかハクバサンとか呼んでいる」とある。

白馬の下に付く言葉が訓読みの「岳」であるか音読みの「山」であるかも、「白馬」部分の読みに影響を与えているように思われます。
「しろうまだけ」も「ハクバサン」も両方とも正しい。けれども、重箱読みの「ハクバだけ」はいただけない。そんな気もします。

鉄道旅行案内(大正13年鉄道省)の本文と絵図では「白馬山」、日本北アルプス登路概念図では「白馬岳」と記していますが、いずれもルビはありませんでした。
[44059] 2005年 8月 11日(木)19:17:47hmt さん
南毛利村が消えて50年、「なんもうり」郵便局も「みなみもうり」郵便局になってしまったのか?
[43975] きまぐれ さん
サムカゼヤマ 寒風山 秋田県男鹿市
フタガミ山 両神山 埼玉県秩父市(旧大滝村)
アンバウ峠 安房峠 長野県松本市(旧安曇村)

角川日本地名大辞典では、“寒風山 かんぷうざん、「さむかぜやま」とも読み、妻恋山、羽吹風(はふかぜ)山ともいう(地名辞書など)。…”とあります。帝国書院の地図(昭和13年)ではフリガナなく、索引ではカンプーザン。
どちらが正解ということではないようですが、地名の由来になっていると思われる北東季節風からすると、音読みの「かんぷうざん」の方が実感が出ています。現在は、この音読みが優勢になっているとは思われます。
きまぐれ さんの昭和15年の地図の編集者は、どうも訓読みがお好きなようですが、何という地図ですか?>きまぐれ さん

山麓に石切り場があり、寒風石(男鹿石)の名で知られる石材を産出する由。石材・鉱物関連地名に加えましょう。

秩父の両神山。山頂直下にある、イザナギ・イザナミ両神を祀る両神神奥社に由来。重箱読みの「リョウがみやま」が普通でしょうが、訓読みがお好きな地図ですからね。

信濃と飛騨の境の安房峠。帝国書院の地図では、峠にはフリガナがありませんが、近くに安房(アボー)山と振ってあります。屋久島の安房川は「あんぼう」と読みますね。安房国に由来する千葉県安房郡は、もちろん「あわ」。

さて、「しろうまだけ」か「ハクバサン」かの問題[26306] [43943]でも実感しましたが、どれか一つが正解で、他はすべて間違いというのは、多肢選択問題に慣れてしまった現代人が陥りやすい落し穴ではないでしょうか。
たぶん、「しろうま」でも「ハクバ」でも、どちらでも良いのです。「ハクバだけ」と湯桶読みになるのは美的でないとは感じますが、これを間違いときめつけるのはどうかと思います。

訓読み・音読みの対立ではないのですが、「東京」も、かつては「トウケイ」と漢音で読まれていました。
“因テ自今江戸ヲ称シテ東京トセン”という詔書を素直に読めば、漢音の「トウケイ」でしょう。
これが、書き言葉として定着して行くうちに、読み方がいつしか呉音読みの「トウキョウ」になってしまった。たぶん、京都の読みに影響されたのでしょう。
現在は圧倒的に「トウキョウ」ですが、「トウキョウ」が正しくて「トウケイ」は誤りとなった時点を特定できるかというと、そんなことができる筈がありません。

「ニッポン」と「ニホン」はどちらも正しい。ということでしょう。
だから日本(ニッポン)銀行があったり日本(ニホン)大学があったり。アーカイブズもありますね。

さて、私が学んだ「併設中学校」のあった神奈川県愛甲郡南毛利村[22152]という「人名由来の地名」[1617]の読み方です。

当時の記憶では、学校の所在地は「なんもうりむら」だったのですが、最近の「市町村名変遷辞典」では、「みなみもり」となっています。
調べてみると、「幕末以降市町村名変遷系統図総覧」や「角川日本地名大辞典」も同様。
そこで、南毛利村が存在していた頃の「市町村大字読方名彙」(小川琢治編1923)[35703] まで遡ってみましたが、これも「みなみもり」。

平凡社の「日本歴史地名大系」14巻519頁だけに「なんもうり」のふりがながありました。しかし、これも518頁の南毛利中学校遺跡には「みなみもうり」のふりがな。
もちろん厚木市HPも見ましたが、読み方はわからず。「厚木の地名」(厚木市教育委員会1996)にも、読み方が出ていませんでした。

そして、厚木市立南毛利小学校の校歌譜面を見たら、「なんもーり われらのいのち…」とありました。地元の作家・和田傳さんの作詞ですから間違える筈はありません。
「南毛利」という地名が使われている施設を調べてみたところ、郵便局HPの南毛利郵便局には「なんもうり」のふりがながありました。

以上のデータを添えて、昨年12月に厚木市HPから連絡して、「なんもうり」村だったことについての行政当局のお墨付きを貰おうとしたのですが、梨のツブテ。

ところで、この記事を書くにあたり、郵便局HPの同じアドレスにアクセスして見ると、なんと「みなみもうり」に変っているではありませんか!!

南毛利の読み方は、半世紀の間に「なんもうり」から「みなみもうり」に変ってしまったのか?
[44066] 2005年 8月 12日(金)01:17:00【2】Issie さん
もり/もうり
[44065] hmt さん
Nanmouri Junior High School

一般的に行われる英語(風)表記では日本語の母音の長短の区別には全く無関心ですから,これでは「なんもり」か「なんもうり」かわからないですねぇ。

…と思ったら -mou- と表記してあって,「もうり」と読んで欲しいという意思表示をしていますねぇ。逆に言えば,「一般的な」ヘボン式ローマ字表記(昭和29年内閣告示の第2表の参考にされた)には則っていないわけだ。


そもそも、50年前に「行政上“公式”の読み方」なるものは、存在したのでしょうか?
「東京」や「日本」の公式の読み方が(たぶん)定められてないのと同様に、そもそも「南毛利村」に、「行政上“公式”の読み方」を求めることが間違っているような気がしてきました。

正式に定められていたのは「書き言葉」の「南毛利村」だけであり、大部分の人々は「なんもうり」と読んでいたが、「みなみもり」と読んでいた人もいる。多数、少数で決まる問題ではないから、どちらかが間違っているとは言えない。読み方なんてものは「慣習」であり、通じさえすれば、どっちでもよい。

私,基本的に長い引用は意識して避けているのですが,
この部分に関して,私は全く同じ感覚でいるということを表明したく,
長い引用を行いました。
基本的にこのような考え方に立つ旨,これまで何度もこちらで表明しているところです。
[44105] 2005年 8月 13日(土)05:15:03ゆう さん
「あきよしのほらあな」も好きです
私も
[44065]hmtさん
「正式の読み方」など 存在しなかったのかもしれない
を支持する者のひとりです。「正式な読み方」を深追いしてもしょうがないとは思ってます。

とはいえ…
[4201]H2さん
いまでも地元では特に違和感なく「しゅうほうどう」も使いますよ。
個人的には「あきよしどう」を使うことの方が少ないです。
まさにこういう説明をするときのみ、ちゃんと「あきよしどう」を使うくらいです。
[43914]hmtさん
秋芳町のページによると、秋芳町になった現在も、地元では「AKIYOSHIDO」という読み方を守っていますね。
…地元は「しゅうほうどう」が優勢。でも観光関係では「あきよしどう」に統一。観光客は戸惑う…

[4199]なお[KN]さん
修学旅行の際、聞いたんですが、昭和天皇が80年前間違えて「あきよし」と呼んだのが由来で、それまでは「しゅうほうどう」と呼ばれてました。
…これはおそらく「ガセ」なんでしょうが、Webを検索すると現地のガイドからそのような説明を受けたと思われる話はいくつかありました。

「正式」かどうかにはこだわりませんが、このような「ねじれ」の経緯が何だったのかには興味があります。

[43914]hmtさん
証拠となる「命名書」の有無については知りませんが、常識的には「ふりがな」など付いているとは考えられません。
なるほど、命名者は現地でこの鍾乳洞を見学してその場で名前を考えて「あきよしどう」と発言したものだと勝手に思ってましたが、それにしても録音でもない限りどう読んだかはわかりません。

当時の「秋吉(あきよし)村」関係者が、自分たちの立場から「あきよしどう」の名を貰ったと思ったのではないでしょうか。
この説は魅力的ですね。
[46107] 2005年 10月 24日(月)14:56:30U-4 さん
いちのみや
残念ながら十番勝負は終わっていません。
ヒントのおかげで、難問が三つ増えたようなものです。

[46086]  稲生 さん
静岡県森町の一宮の読みは、「いちみや」ではなく「いちのみや」です。

似たようなというか、昔から疑問に感じていたことです。
山梨県笛吹市一宮町ですが、どんな資料を見ても「いちのみや」、公共施設も「いちのみや」、標識も「ICHINOMIYA」、高速道路の渋滞情報も「いちのみやみさか」と発音しています。しかし、山梨県出身の愚妻、小生の親、義父母をはじめ、山梨県在住の親戚一同、みんな一宮町を「いちみやちょう」というのです。
もっとも旧一宮町に昔から住んでいる人と会話をしたことがないので、確たるところはわかりませんが、「一宮町」を「大字一之宮」と区別しているのでしょうか。
[46108] 2005年 10月 24日(月)15:42:46かすみ さん
Re.いちのみや
[46107] U-4さん

似たようなというか、昔から疑問に感じていたことです。
山梨県笛吹市一宮町ですが、どんな資料を見ても「いちのみや」、公共施設も「いちのみや」、
標識も「ICHINOMIYA」、高速道路の渋滞情報も「いちのみやみさか」と発音しています。
しかし、山梨県出身の愚妻、小生の親、義父母をはじめ、山梨県在住の
親戚一同、みんな一宮町を「いちみやちょう」というのです。

あ、あ、わたしも同じ疑問を抱いてました!
「いちのみやの…」と話すと、必ず地元の人は「あぁ、いちみやのね…」とおっしゃるので、
わたしも最近発言するときは疑問を抱いたまま地元流にしてます。(爆)
面と向かって尋ねるのはタブーな気がして(←なんでだか)今まで謎でしたが今度訊いてみよう。(笑)
[46196] 2005年 10月 26日(水)16:09:16稲生 さん
笛吹市一宮町&続・森町一宮
[46186]の続きです。
その後、二通のメールが届きまして、ひとつは笛吹市からの回答であり、もうひとつは森町からの再回答です。

笛吹市からのものは、私やまかいのさん、U-4さんとかすみさんも充分満足させるものでした。以下転記いたします。

笛吹市になる前の一宮町の正式な名称は「いちのみやちょう」です。 

確かに、住民の中には「いちみやちょう」と「いちのみやちょう」呼ぶ方がいらっしゃるのは確かな事ですが、その理由には次のような事が考えられます。

昭和29年に相興村・浅間村・一宮村が合併して一宮町になったのですが、当時は一宮村を「いちみやむら」と呼んでいました。

3村合併にあたり浅間村・相興村は対等合併を、一宮村は編入(吸収)合併を主張していました。対等合併へと進んでいくのですが、その中で新町名を旧村名と区別するため「一の宮町」とするという案が相興・浅間両村から提案されましたが、一宮村からの反対も強く「一宮町」とかいて「いちのみやちょう」と読むことで落ち着いたようです。(このことは『一宮町誌』に詳しく書かれています。)

また、一宮村(いちみやむら)の流れから、一宮町になっても「いちみやちょう」と呼ぶ住民が多かったため、正式な名称が「いちのみやちょう」であることを、昭和55年前後に広く住民に周知した経過があります。

なお、合併の区域変更申請に添付された「新町名選定の理由」には次のとおりに書かれています。

「一宮浅間神社は甲斐の国第一宮にして御祭神は木花開耶姫命、御神徳は古来山火鎮護の神として農蚕、酒造、安産、子授の神として世人の崇敬極めて深くこの関係三カ村においても当神社を心中に御神徳にあやかり新町の発展と繁栄を冀(こいねが)い一宮町(いちのみやちょう)と決定した。」

「いちみや」は3村合併前の一宮村から来た訳ですね。

森町からのものは、私が[46186]の中で、
私としては、もうちょっと味付けされた回答を望んだのですが、役所というのは味も素っ気もないものですね。
などと批判したからではないのでしょうが、最初の回答で一応完結しているはずにもかかわらず、追加情報をいただきました。

ご質問の「一宮」の読み方ですが、住所表示の一宮は「いちみや」と読みます。
一宮に小国神社(いちのみや・おくにじんじゃ)がおることからその地域でいろいろ
よばれているようです。

これで、それなりに納得しました。
[49002] 2006年 2月 5日(日)19:15:23ニジェガロージェッツ さん
神戸ネタについて少々
お久しぶりでございます。そして、レスが遅くなって申し訳ございません。

[48473] らるふ さん
そう、今年は「あの1995年」と同じ曜日の廻り合せ。ところが、ハッピーマンデーのおかげで15・16日はただの日・月曜日になってしまいました。

一度は、あの「3連休」の後に平穏な火曜日の朝を迎えたい・・・という、一被災者のささやかな望みは、ハッピーマンデーのおかげで永遠に夢となりました(笑)

震災が無かったものとしての人口変動シミュレーション、面白く拝見しました。
確かに兵庫・長田などでは、2005年国勢調査結果人口と似たような数値になりましたが、実際には近年の傾向では、計算の基になった1985~1990年の人口変動率よりは変動幅が少なく、また一昔前までは人口増加の受け皿になっていたものの、80年代に家族揃って入居した新興住宅地(垂水区や須磨ニュータウン)において、核家族化(当時の子供たちが成人して街を離れるなど)が始まり、人口減少に転じたため、特に垂水区でのシミュレーションでは誤差幅が大きく感じられて面白いところです。

今回の国勢調査速報値では、それまで5年間の神戸市推計人口の積算結果との誤差がどの程度出るかが楽しみだったのですが、国際調査人口の方が2000人程度多かったでしょうか。
震災後の一時的な転居によって居所と住民票所在地が違った場合に、その後の移動による実態と異なった人口変動が起こり、推計人口の誤差が拡大する傾向があったのですが(拙稿[12405]に投稿)、これが今回は意外と小さかったことから、震災絡みの避難・転居による人口変動は少なくなったと言えるでしょう。


[48434] 夜鳴き寿司屋 さん
貨物専用機は普通の時刻表にのらないので、直接聞いてみないとわからないですね。そういえば関西国際空港の展望室でも貨物専用機は表示されませんし、でもフェデックスの貨物便はしっかりあるし。

航空貨物便についてのご回答有難うございます。
貨物専用便というのはかなり特殊な運用形態のようですね。神戸空港に就航する旅客便も比較的小型な機体が中心になるようで、そうなると神戸港と神戸空港とで物流を補完し合うというのは現況では難しいかも知れない・・・ということになり、神戸市も頭が痛いところかも知れません。

空港開港まであと11日に迫りましたが、先日はそのアクセスとなるポートライナーの神戸空港駅までの延伸(2月2日)がありました。
新交通システムを鉄道路線の一環と見なしてですが、これが神戸市内における最後の新線開通になるのではと思います。
以前あった構想としては市営地下鉄東部線の建設(中央区布引から灘区原田まで)、西神線の延伸(西神中央駅から神鉄押部谷駅まで)、新交通システムの新線建設(垂水区舞子から西区学園都市まで)がありました。もっと奇抜なものとしては地下鉄中央線の建設(新神戸―神戸空港―関西空港)などというとんでもない夢物語までありました。あと巷では地下鉄海岸線の東部新都心(HAT神戸)への延伸が言われていますが、実際にはどうでしょうか???


[48985] 2006 年 2 月 4 日 (土) 23:26:11 YSK さん
神戸市須磨区の「堂谷池」の読み方をお教えください。「どうやいけ」でよいのでしょうか?

最近の貴稿には意味“?”のタイトルが多いようですが、それはさておき、須磨区須磨寺町三丁目の「堂谷池」の読み方について、「どうたにいけ」だと思います。昭和5年7月に誕生した「須磨寺町」の旧字の一つに「堂ノ谷」というのがあり、もしかしたら「どうのたにいけ」かも知れません。
「思います」とか「知れません」と書いたのは、地元では専ら「大池」と認識さられており、「須磨の大池」とか「須磨寺大池」と呼ばれ、おそらく本名であろう「堂谷池」でこれを呼ぶ人を知人にいないからです。
ところで「谷」を「や」と呼ぶのは、神戸辺りでは少ないように感じます。
関東の方は多いですね。「世田谷」とか「保土ヶ谷」などを連想します。
[49006] 2006年 2月 5日(日)21:11:37ぺとぺと さん
どうやいけ
[48985]YSKさん
神戸市須磨区の「堂谷池」の読み方をお教えください。「どうやいけ」でよいのでしょうか?

出身地の兵庫県ネタだったので興味があり調べてみました。
ネット検索ではYSKさんのおっしゃるとおりヒットしなかったので、少々ご迷惑かと思いつつ池のほとりに建つ老舗旅館に聞いてみたところ、すんなり「どうやいけ」との答えが返ってきました。
正式名称なのか、お答えいただいた方がそう思い込んでいるのかはわかりませんが、ご参考までにお知らせいたします。

なお、京阪神一帯では[49002]でニジェガロージェッツさんも触れられているとおり「谷」を「や」と発音するケースは少なく、むしろ「たに」または「だに」と発音するケースの方が多いように思われます。
ちなみに神戸市内で「谷」のつく駅名は、名谷(みょうだに)、押部谷(おしべだに)、伊川谷(いかわだに)、谷上(たにがみ)といずれも「たに」または「だに」です。
大阪府池田市にある渋谷も「しぶたに」と読みます。
[49031] 2006年 2月 7日(火)19:00:35YSK さん
どうや?どうたに?
神戸市須磨区の「堂谷池」の読み方に関しメッセージを頂きました皆様ありがとうございました。

ご意見をいただいた後、真相を確かめようと須磨区役所にメールで問い合わせてみました。回答は、「区役所にははっきりとした資料はなく、他部署や地域の方々に聞いてみたところ、「どうや」「どうたに」両方の意見があり、はっきりとしたことは分からなかった」という内容でした。

ということで、「どうや」とも「どうたに」とも(あるいは「どうのたに」とも?)呼ばれる、というのが真相ということになりそうです。一般的には「須磨の大池」の通称があればそれで足る、ということでしょうか。
[49052] 2006年 2月 8日(水)09:29:10miki さん
読み方が複数ある地名
呼び名というより読み方といった方がいいのかもしれませんが、愛知県吉良町中野の(日+麗)稿がその例ですね。
「さこう」「ざこう」と2通りありますが、「ざこう」説がややリードしているようです。
http://pyrite.s54.xrea.com/timei/jis4.html
[49081] 2006年 2月 9日(木)12:04:51小松原ラガー さん
都賀川、大石川、・・・一地元民の感覚
小松原ラガーです。2月に入って初投稿です。

[49032] YSK さん
[49035] ニジェガロージェッツ さん
[49046] YSK さん

都賀川(大石川)の呼び名ですが、超地元民の感覚としては国道2号線、あるいは阪神電鉄以南が大石川、それ以北、阪急電鉄の北側の分岐点までが都賀川という感覚です。といっても、大石川という呼び名そのものが、バス停を除いて死滅方向ではと考えています。

阪急とJRの間に山手幹線という(と呼ばれている)道路がありますが、つい最近まで(といってももう2年近くになるのかな?)都賀川の近く、山手幹線に面して灘区役所がありました。(区役所がJR六甲道の南側に引っ越してからはバス停も「灘区役所前」から「将軍通」に変わっちゃいましたが・・・)
で、丁度山手幹線あたりを中心に都賀川はきれいに整備され、区民の祭りなどのイベントも行われるようになりました。結果、我々住民としても
A:「今度の日曜のお祭り、場所どこやったっけ?」
B:「都賀川よ」
てな会話が交わされている次第です。すなわち、「都賀川」と言っただけで川をさすのではなく、川と山手幹線の交差するあたりの地名をさすという感覚があります。

逆に「大石川」という名称ですが、・・・う~む、ほとんど会話の中に出てきません。私の生活圏が国道2号線より北側にやや偏りがあることもあるのでしょうが、「大石川」と言うくらいなら地名としての「大石」の方が圧倒的に多いような気がします。
#一般に川を特定するケースより場所を特定するケースが圧倒的に多いだけかも知れませんが。

尚、河口の東側にこんなところがあって、たまに子供達を遊ばせに行きますが、ここのページのアクセスマップ(MapFan)でも「都賀川」と表記されています。

[49046]でYSKさんがご紹介されているホームページの方は「子供の頃から都賀川なんて聞いたことがない。」とのことを書かれていますが、我々のように後から移り住んできたもの、というか、現在の子供達の世代は逆に「大石川ってどこ?」という時代が来るのかもしれませんね。

以上、あくまで感覚としての話で申し訳ありませんが、補足情報まで。

[49056] かすみ さん
今晩、日本海は無事に運行されるようですので予定通り
北の大地へと旅立ちます。

いいなぁ。私も現世を離れてどこか別世界へ飛び出したいです。正月からのブルーからまだ立ち直れていない・・・

この特集記事はあなたのお気に召しましたか。よろしければ推奨してください。→ ★推奨します★(元祖いいね)
推奨するためには、メンバー登録が必要です。→ メンバー登録のご案内

… スポンサーリンク …


都道府県市区町村
落書き帳から選び抜いた珠玉の記事集

パソコン表示スマホ表示