地名の「訓読み→音読み」問題での大立者、「白馬」の登場です。
深田久弥「日本百名山」の引用から始めます。
この立派な山に、以前は信州側にはこれという名が無く、単に西山と呼ばれていた。それがいつ頃からか代馬(しろうま)岳と名づけられ、それが現在の白馬岳と変った。(中略)
代馬岳という名の起りは、山の一角に、残雪の消えた跡が馬の形になって現われるからであった。 田植にかかる前の苗代掻をする頃この馬の形が見え始めるので、苗代馬の意味で代馬と呼んだという。
「白馬岳」という文字は、江戸末期に、松本藩の山廻り役人が書き残した文書に突如として現れる(
出典)とも言われ、また、
[26306] みやこ♂さんによると、明治27年に陸地測量部が設置した1等三角点名が白馬岳で「シロムマダケ」と ふりがな があるとのことですから、比較的新しい公文書に登場したものと理解できます。
「代馬岳」と記した古い資料がみつかれば、「白馬岳」は 苗代掻きの季節に出現する雪形から生れた山名であり、「しろうまだけ」と読むべきである とする通説が裏付けられるのですが、
[26306] みやこ♂さんによる 三井嘉雄著「黎明の北アルプス」の要約では、
10 過去,「白馬」を「代馬(あるいは代掻き馬を意味するもの)」と記した文献は今のところ発見されていない。
ということのようです。
三国の境界にあるこの山について、越後の「大蓮華山」、越中の「上駒ケ嶽」の名があるのに、信濃側には公式の呼び名がないまま近世に至ったのは、信濃の人にとって、この山への立ち入り・利用する権利や技術がなく、遠望するだけの存在だったからでしょう。
でも、遠望するだけの里人にとっても呼び名がなかった筈はありません。それが「しろうま」。
7 明治44年の資料に,「(前略)宜しく土地固有の正しき名を存してシロウマと称するを可とす。」とある。
でも、これは「話し言葉」であり、古い文献資料には残されていなかったのでしょう。
この「しろうま」が「代馬」なのか「白馬」なのか?
6 明治37年の資料に,「朝日に映じては,残雪白駒の蒼穹を奔騰するが如し,故に信州の土民呼んで白馬と言い,…」とある。
ように、残雪をポジの「白馬」と見立てるならば、「はくば」と読んでも「しろうま」と読んでも良いことになります
三井氏は、「代馬」説には疑問を投げかけていますが、「白馬」の読みについては何れとも断定していないように思えます。
一方、通説の「代馬」説。現実に観察される雪形は、雪が消えて黒い山肌が出たネガの雪形、つまり「黒馬」。
シロウトは、
証拠写真が示されているだけに、なんとなく、「代馬」説を信じたくなります。
「日本百名山」の引用で(中略)と書いた部分に戻ります。
代馬よりは白馬の万が字面がよいから、この変化は当然かもしれないが、それによってハクバという発音が生じ、今では大半の人がハクバ山と誤って呼ぶようになっている。この誤称は防ぎ難い。すでに膝元からして白馬村と唱えるようになった。
地元の知らないうちに「白馬」と書かれてしまい、登山シーズンには消えてしまっている雪形など見たこともない登山家が「ハクバ」と発音するようになる。たしかに、書き言葉になると字面は大切であり、また、
[24212] みやこ♂さんの言われるように、
(「音が先」の地名に)何らかの文字を当てはめる必要に迫られ,そしてその瞬間から,表記に縛られることになる
のです。
特に、登山に特化した人たちは、「岳」の字を省略して「白馬」にしてしまうので、口調の良い「ハクバ」に傾いたのだと思います。
現在のウオッちずでは、読みを確認することができず、
[43908]では“(情報なし)”と記しました。地図に「白馬岳」の漢字はありましたが、読みの情報がなかったという意味です。正確には“(漢字のみ)”と記しておくべきでした<
[43918]
しかし、三角点名に基づき、地図の元締めである陸地測量部→国土地理院は、「しろうまだけ」という訓読みで一貫していると思います。
下界では神城(かみしろ)村と北城(ほくじょう)村との昭和合併で白馬(はくば)村が誕生し(1956)、大糸線の信濃四ツ谷駅も白馬(はくば)駅と改称され(1968)、という具合に 訓読み→音読み が進行し、このことも 山の呼び名に 少なからぬ影響を与えたことと思います。
# 神城村は、1885年以前はかみじょう村と発音したようです。この場合は湯桶読み→訓読み。
下界のことはともかく、地図だけから判断すると、「白馬岳」の名は訓読みが正式と考えていたのですが、上記のように、登山家の中にも「ハクバ説」や「代馬否定説」があることは、みやこ♂さんの記事
[26306]を見て、初めて知りました。
3 明治13年の資料に,白馬に「ハクバ」とルビが振ってある。
これが、現在の白馬岳を指すものかどうかわからず、また「白馬」の下に「岳」とか「山」とかいう字が続いていたのか否かもわかりりませんが、「ハクバ説」もかなり古くからあるのですね。
8 大正2年のウエストンの手記に「越中ではオーレンゲと呼び,信州ではシロウマダケとかハクバサンとか呼んでいる」とある。
白馬の下に付く言葉が訓読みの「岳」であるか音読みの「山」であるかも、「白馬」部分の読みに影響を与えているように思われます。
「しろうまだけ」も「ハクバサン」も両方とも正しい。けれども、重箱読みの「ハクバだけ」はいただけない。そんな気もします。
鉄道旅行案内(大正13年鉄道省)の本文と絵図では「白馬山」、日本北アルプス登路概念図では「白馬岳」と記していますが、いずれもルビはありませんでした。