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hmtさんを偲び

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記事数=24件/更新日:2022年3月24日

hmtさんは2022年2月15日に天国に旅立たれました。心からご冥福をお祈りいたします。hmtさんが落書き帳に残された価値ある数々の投稿とともに、編集長としての確たる功績であるhmtマガジンは当サイトが存続する限り残していきます。また、落書き帳メンバーからはhmtさんを偲ぶ多くの投稿があり、これらの記事をここにまとめました。ご一読いただければ幸いです。(2022年2月27日 グリグリ)

hmtさんが残されていた編集途中の特集がありました。その中から次の5件を未発表特集として公開することにしました。テーマ「追悼」に掲載しています。(2022年3月3日 グリグリ)

町・大字・字
京都市役所の所在地
国内地域の「国」
神戸の読み
鉄道のトライアングル

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★推奨します★(元祖いいね) グリグリ ピーくん うっかりじゅうべえ にまん EMM 駿河の民 おがちゃん 未開人 油天神山

記事番号記事日付記事タイトル・発言者
[104004]2022年2月26日
グリグリ
[104005]2022年2月26日
スナフキん
[104006]2022年2月26日
白桃
[104010]2022年2月27日
あきごん
[104011]2022年2月27日
かぱぷう
[104013]2022年2月27日
ぺとぺと
[104016]2022年2月27日
EMM
[104019]2022年2月28日
YT
[104020]2022年2月28日
[104021]2022年2月28日
デスクトップ鉄
[104022]2022年2月28日
千本桜
[104023]2022年2月28日
伊豆之国
[104026]2022年3月1日
futsunoおじ
[104027]2022年3月1日
今川焼
[104032]2022年3月2日
MasAka
[104035]2022年3月3日
グリグリ
[104037]2022年3月3日
とりぴー
[104041]2022年3月5日
勿来丸
[104046]2022年3月6日
油天神山
[104053]2022年3月7日
まなちゃん
[104054]2022年3月7日
ピーくん
[104056]2022年3月7日
サヌカイト
[104067]2022年3月13日
BANDALGOM
[104104]2022年3月24日
むっくん

[104004] 2022年 2月 26日(土)00:53:22オーナー グリグリ
hmtさんが旅立たれました
さきほど、hmtさんの甥御さんからメールでご連絡がありました。2月15日にhmtさんが他界されたそうです。

心よりご冥福をお祈りいたします。

ご連絡をいただいた甥御さんは時々hmtさんと近況を連絡しあっていたそうですが、落書き帳でのhmtさんのご活躍もご存じで、昨年6月1日の書き込みのあと投稿がないことを我々と同様に気にかけていらっしゃったようです。甥御さんは叔父様(hmtさん)の我々もよく知っている「博識」を敬愛・尊敬されていたそうです。

hmtさんが落書き帳に初めて書き込まれたのが18年以上前の2003年8月28日。以来、2421件もの博識豊かなたくさんの記事を投稿していただきました。書き込み文字数については、私を除けば280万文字と最も多いメンバーです。本当に落書き帳にとってかけがえのないメンバーでした。hmtマガジンの編集長としても活躍していただき、56件の特集記事をまとめられました。hmtさんをご存知ないメンバーの方も、マガジンをお読みいただければその博識の一端を感じてもらえるかと思います。ぜひ、特集をお読みいただき推奨していただければhmtさんへの最高の供養になるかと思います(推奨機能は元祖いいねです)。

私が初めてhmtさんにお会いしたのは落書き帳の第1回のオフ会でした。今から17年前になります。以来、オフ会にもほとんど参加され、北は鹿角(湯瀬温泉)から南の熊本と大分の県境の宿(杖立温泉)まで、いつもお元気で、皆さんと楽しそうに会話されていましたね。私は、鹿角とつくばでのオフ会の際に、前後の旅程でご一緒させていただいたことが印象に残っています。第5回湯瀬温泉のオフ会では乾杯の音頭をとっていただきました。落書き帳登録メンバーはオフ会での写真を見ることができます。

私からの提案です。皆さんの思い出など、hmtさんへのメッセージを書き込んでください。記事が集まりましたら、私の方でhmtマガジンの特集記事として編集し、hmtさんを追悼したいと思います。どうぞよろしくお願いいたします。
[104005] 2022年 2月 26日(土)12:17:41スナフキん さん
hmtさんの訃報によせて
命あるもの、みな等しく終わり・最後を迎える時が必ず来ます。そうと分かってはいても…今朝、アクセスしてグリグリさんからの一報を見るにつけ、ショックを受けました。

私の知る限り、メンバーではいちばんの「ご近所さん」であり、世の流れが少しでも違っていたら「同じ市民」になっていたかもしれないほど近しい存在でした。居住地の合併話が興っては立ち消え、再燃しての新市名論争では決定事項に当落書き帳で強い不満を書いた記憶が私にもありますが、その立ち消えになった相手市民たるhmtさんから諭された返信の説得力、ご本人の博識を垣間見る思いでした。

何よりも、ご自身杖をお使いになっての移動の身、誰の目にも足腰が弱っているのは明白にもかかわらず不自由な体を押してでもオフ会へ積極的にいらっしゃり、温厚な人柄でメンバーと接するお姿を拝見し、外へ向く旺盛な好奇心と行動意欲と気力、そして歳を重ねても社会とのつながりを絶やさなかった姿勢…ただただ頭が下がる思いです。自分自身、落書き帳に加わって以降相応に年を経て、親の介護に直面するなど当初とは環境が変わっているいま、面識ありかつ近しい存在だった方の訃報には、考え方・生き方・人との接し方…考えさせられる面がとても多くあります。

デスクトップ鉄さん主催の横浜番外オフからの帰り、お体への負担を気にして東上線直通が来るまで元町・中華街駅で長いこと引き留めてしまいました。帰りが遅くなってしまったこと、意図せず他イベントで途中から大混雑になってしまったのを詫びつつ、下車時にお手伝いを申し出ましたが「横浜まで行けるくらいだから大丈夫」的な、気丈なお答えを車内でされたこと…あのやりとりを、恐らく忘れることはないでしょう。

落書き帳という場でhmtさんに出会えたこと、本当に感謝しています。心よりご冥福をお祈り申し上げます。
[104006] 2022年 2月 26日(土)15:29:15白桃 さん
hmtさん、ありがとうございました。
hmtさんと初めてお会いしたのは、2003年頃でしょうか?、上野で行われた有志による非公式オフ会でした。私は、飲み会の席には早く行くというのを信条としているので、いつも通りそのお店に早く着いたのですが、すでに「すごいお爺さん(失礼)」が先着されていました。(かく言う私も今は、その頃のhmtさんの年齢になっているのですが…)
hmtさんは、参加された皆さんの話を楽しそうに、にこやかに聞かれていました。それから、何人かの方にお手製の名刺を配っておられました。受け取って「なるほど、それでhmtというハンドルネームなのか。」と些細?な納得をしている私に、「化学が本職です。」と話しかけてくれました。本職は化学のようですが、グリグリさんも仰っているように、幅広い分野に精通しておられ、何より好奇心の旺盛さにはびっくりしました。
個人的に、今でも有り難く思っていることの一番は、[63734][63735]にて「市制・町村制」が施行された明治22年末「内務省告示による現住人口」ほか、国勢調査以前の3つの人口統計をリンクして頂いたことです。しかも、「香川県だけ市制・町村制は明治23年だった。」と我儘を言う白桃には、ご親切にも明治23年末「内務省告示による現住人口」を紹介されたのです。[63748]
「町村制」で思い出すのは、hmtマガジンの特集「町と村の違い」の冒頭で
宿駅ト称シ町ト称スルモノ施政ノ大体ニ於テ村落ト異同アルコトナシ。故ニ今之ヲ同一制度ノ下ニ立タシメントス。
と、町と村の多少の違いは無視して、町村制という同じ制度を適用しようという姿勢になっています。
だから、特別な思い入れのある方は別として、町村制施行時からの町なのか、村の過去を持つ町[63999]であるかの区別を気にすることは稀であると思われます。
と、当時の「町」と「村」は制度的には同じだと解っていながら、「町」になった時期を強調しようとする「特別な思い入れのある方」→誰だろう???(笑)を静かに諭しています。
オフ会に積極的に参加されていた、スナフキんさんが仰っている通りです。普段はとても温厚な方だと思うのですが、オフ会食事後のクイズ大会で、結構、気合を入れて難問を解いていました。私なんか相当出来上がっているのに、と、その闘争心?にも頭が下がりました。石和オフ会のときに、駅前にあった足湯をご紹介したら、気持ちよさそうに入ってらっしゃいましたね。

本当にありがとうございました。天国でも足湯に浸かってごゆっくりおやすみください。
[104010] 2022年 2月 27日(日)12:27:46あきごん さん
hmtさん
 落書き帳にちょくちょくお邪魔するようになって一年に満たない私ですので、hmtさんと直接絡むことはありませんでしたが、マガジンを見させてもらったり、メンバー紹介ページの最年長メンバーという記事を読み、この落書き帳のレジェンドであることは承知しておりました。
 最後の世界遺産登録の書き込みを読んだ時は、長老はまだまだ元気なんだなぁ、と思った記憶があります。直接お会いしたことはありませんでしたが、オフ会の集合写真を見させていただいた時に、年齢的にこの方がhmtさんだろうなと推察してお顔は存じてあげておりました(たぶん)ので、非常に寂しく思っております。
 心よりご冥福をお祈りいたします。
[104011] 2022年 2月 27日(日)15:22:24かぱぷう さん
hmtさんご逝去の報に接して
最近、hmtさんの書き込みを拝見していないな、お元気にされているかな…と心配しておりましたが、お亡くなりになったとのこと。
心よりご冥福をお祈り申し上げます。

初めてお会いしたのは岡山のオフ会でした。西口の待ち合わせ場所にて初見のご挨拶をしたところ、ご丁寧にも名刺を頂戴しまして、正直なところ名刺というアイテムに少し焦ってしまい、しどろもどろになりながらも「いつもhmtさんの書き込みの内容の深さに感銘を受けています」というようなことをお伝えすると、「私もかぱぷうさんの書き込みを楽しく読ませてもらっています」と過分のお言葉を頂戴したのを覚えています。

終始穏やかで、絶やさぬ微笑みがとても素敵な方という印象を受けました。2度目に松江でお会いしたときも、やっぱりやさしい眼差しで。以来、hmtさんの博識豊かな書き込みを拝見すると、やさしい微笑みが思い出されて温かい気持ちになっておりました。

甥御様におかれましては、hmtさんのご逝去をお知らせいただきましたこと、御礼申し上げます。
掲示板という空間では、その方の消息は書き込みの有無でしか把握できず、書き込みが途絶えたときに、亡くなったのではないかということを“なんとなく察する”しかできないことが多いなか、お知らせいただいたおかげで、故人として偲ぶことができました。
残念ながらお会いすることは叶わなくなりましたが、サイト上においてhmtさんの記事や思い出に触れることはできますので、これからも折にお人柄を懐かしんでまいりたいと思います。
[104013] 2022年 2月 27日(日)16:47:26ぺとぺと さん
hmtさんを偲んで
hmtさんご逝去の報に接し、心から哀悼の意を表しますとともに、ご冥福をお祈りいたします。

hmtさんとの思い出で一番記憶に残っているのが、鹿角市の湯瀬温泉で開催された第5回公式オフ会の後、私の運転するレンタカーで小坂鉱山にご一緒させていただいたことです。あれからもう13年以上が経つのですね。当時から足を悪くされており現地では杖をついての散策でしたが、各施設を熱心に見学されていらっしゃたお姿が印象的でした。会話を交わす中で、私もその博識に直接触れることができました。
オフ会終了数日後には「小坂鉱山に係る自然と人」という8作におよぶシリーズものの投稿を開始されるなど、歳を重ねても探求心を失わない姿勢に敬服させられたものです。
その後私自身の生活環境が一変したこともあり、会津若松での第8回オフ会以降直接お会いすることは叶いませんでしたが、読み応えのある記事を通して、その博識や熱量を身近に感じることができました。hmtさんの記事で毎回感心させられたのは、内容の濃さもさることながら、数多ある落書き帳の過去記事からテーマに合った記事を考古学者の如く発掘して引用されていたことです。単に記憶力が凄いといっただけではなく、落書き帳や過去の投稿者へのリスペクトが感じられ、これもhmtさんのお人柄を示すエピソードではないかと思います。

これからもhmtさんが落書き帳に残された足跡をしっかりと記憶にとどめ、大切にしてまいりたいと思います。
[104016] 2022年 2月 27日(日)22:40:33【1】訂正年月日
【1】2022年 2月 28日(月)19:31:30
EMM さん
hmtさん追悼文
hmtさんのご逝去に際し、哀悼の意を表します。

hmtさんの初書き込みは私と同じ2003年。私の数ヶ月後でした。
初めてのやりとりは「地域ごとの色にちなんだバスの呼び名」に関する話題でした。
その後もいろんな話題でお世話になりました。
「一番の絶海の孤島」「朝日のア、イロハのイ…の歴史」等は、hmtさんがいらっしゃったからこそ深掘りできた話題だったかもしれません。
改めて検索してみると、私の記事でhmtさんのお名前が出て来るものが68件、hmtさんの記事で私の名前が出て来るものが76件でした。
もっともっとやりとりがあったような気がしていましたが…それだけ印象に残るやりとりが多かった、と言う事かもしれません。

そして、hmtさんとはオフ会でもいろんなお話をさせていただきました。
第1回オフ会では落書き帳記事でのプロフィール通りのおじいさんが登場して驚いたものですが、オフ会が宿泊型になって以降、オプションの「現地ツアー」にご同行される事が多かったのも思い出されます。
私絡みでは、筑波オフ会の時の「3県境ツアー」、岐阜オフ会の時の「稲葉山城登頂→油島千本松原ツアー」にご一緒していただきました。
岐阜オフ会の時は岐阜→木曽三川公園→岐阜羽島駅とマイカーに同乗もしていただいていますが、長良川沿いで妙な運転をしてしまい心配だったかもしれません。
さらに、千本松原で若者連がどんどん先に行ってしまう中で治水神社でずっと休憩されており、長く待たせてしまう形となった事も思い出してしまいました。
(すみません、しばらく気がついてませんでした…[82265] でhmtさんから逆にお詫びを頂き恐縮したものです)

とにかくご自身も博識で、加えておそらく長らく研究開発職であったであろうことから発していたと思われる「いろんな資料を調べて書き込みをする」スタイル、更に読みやすい文体…お仕事のジャンルが化学系だったと言う事もあり、少しでも化学に引っかかるジャンルの出身でもある私としては見習いたいところばかりの大先輩でした。
足元にも及ばないような後輩ではありますが、今後もいろんなところを見習っていきたいと思います。
どうもありがとうございました。

※追記
hmtさんには氷見オフ会の際の海王丸ツアーでもマイカーにご乗車いただいておりました。

※誤記を一部訂正
[104019] 2022年 2月 28日(月)04:04:19【1】訂正年月日
【1】2022年 2月 28日(月)11:26:53
YT さん
哀悼
hmtさんのご訃報に接し、心から哀悼の意を表します。

土曜日の内に訃報に気付きましたが、土日なので子供が寝ている間に仕事をするという、個人的に超絶忙しい状況に追い込まれており、なかなか追悼文を書けずにおりました。

hmtさんとの話題の共有は様々ありましたが、とりわけ過去の人口情報の書き込みには頻繁に反応を頂きました。今取り掛かっている明治22年、23年の人口の入力作業も忙しくて滞っており、hmtさんに完成版を見せることができず残念です。

ところで私の本職は実のところ実験化学なのですが、ここに来てhmtさんの本職も化学(そういえば大阪の化学会社に就職したというのを書いていたような記憶が・・・[100051])ということで、とんでもない接点がありました。私はオフ会には一度も参加したことはありませが、専門が近かったとなると、是非ともお会いして話をしたかったです。

またhmtさんは2003年7月に70歳、亡くなった時には88歳だったということは、私の父の3歳上で、小学生の時に教育制度が新制に替わった世代ですね。私の父も専門は完全に理系ですが、とにかく教養を大事にする人で、今でもアマオケに参加して練習をする傍ら、歴史の本を読むという、専門に囚われない広い知識と教養を貪欲に求め続けています。私が専門で理系を選び、趣味で歴史関係にはまっているのは完全に両親の影響ですが、専門外のことまで妥協せずに色々調べ尽くす、hmtさんなどのこの世代の教養人の姿勢は、今後も見習いたいです。

【訂正】教育制度が変わったのは父が小学6年、hmtさんが中学3年の時で、私の父の場合は中学から新制度になりましたが、hmtさん自身は旧制中学で卒業した世代でしょうか?この辺数年の違いで差が出るので、リアルタイムに経験しないと分かりません。
[104020] 2022年 2月 28日(月)11:12:44N さん
hmtさんの訃報に接して
自身の初投稿は2014年でしたがこのサイトは2008年頃から閲覧しており、10年以上前から存在を見知っていた方の訃報は辛いものがありますね。ここしばらく投稿がなく心配しておりましたが…

皆さんとは違って直接の面識はなくここでのやりとりでしかつながりがありませんでしたが、豊富な知識と経験に基づいた読み応えのある多くの投稿に圧倒されておりました。今後はこのような投稿を読めなくなってしまうことを思うと残念でなりません。

ご冥福をお祈りいたします。
[104021] 2022年 2月 28日(月)18:57:18デスクトップ鉄 さん
hmtさん
hmtさんの訃報に接し、心から哀悼の意を表します。落書き帳オフ会は新参者ですので、hmtさんにお目にかかったのは3回の公式オフ会と横浜番外オフだけでしたが、みなさんが書かれているように、幅広い分野の博識に教えられることが多かったです。昨年6月以降落書き帳の投稿がないので心配していました。
私の初投稿は明治時代に制定された北海道の国名についての疑問でした。背景には国名駅の存在がありました。明治期には旧国名が地域呼称として機能しており、むしろ県名よりなじみがあったことを知ったのは、hmtさんの記事からでした。県境変更に伴って国界も変更されていたこと([46981])や、「肥前の国は唐津の」(『我輩は猫である』1905年)や「日向の延岡」(『坊ちゃん』1906年)と夏目漱石の小説の国名の使用例([47036])を教えていただきました。1906年の第一次国有化以降、重複駅名の解消のために国名を冠したのは、そういうことだったのかと納得しました。
hmtさんは鉄道史の造詣も深く、hmtマガジンには「創業期の鉄道」、「100年前、国有化の頃の鉄道」など5編が収録されています。[49808]の二代目横浜駅の遺構は、横浜オフでご案内しました。
2016年9月の杖立温泉オフ会で全国のJR駅三番勝負を出題しました。hmtさんは、その3問中2問の金メダルを獲得され、白桃さんから十番勝負に参戦するよう勧められていました。結局十番勝負の解答は第2回問五の1問だけで、その後も十番勝負期間中は投稿を遠慮しているようにお見受けしました。
追悼記事に付記して恐縮ですが、オフ会で始めた鉄道クイズはその後ブログで全国のJR駅五番勝負として開催しています(次回は3月4日から)。
[104022] 2022年 2月 28日(月)19:29:45千本桜 さん
hmtさん、やすらかに
hmtさんに初めてお会いしたのは、上野での非公式オフ会でしたから、かれこれ20年近く前になるのですね。歳月の過ぎるのが早すぎます。晩年のhmtさんにとっては、落書き帳に書き込んでいる時が、一番に楽しく幸せな時間ではなかったかと、勝手ながら想像しておりました。心よりご冥福をお祈り申し上げます。
[104023] 2022年 2月 28日(月)23:22:21【1】訂正年月日
【1】2022年 3月 1日(火)17:46:51
伊豆之国 さん
hmtさんへの哀悼の辞
落書き帳の最長老にして、まさに驚異と思える博識を誇り、精力的な書き込みを続けてきたhmtさん。昨年6月1日を最後に書き込みが途絶え、ご高齢ということもあって健康状態をずっと案じていたのですが、ご逝去されたということを聞いて、少々驚きを隠せなかったと 共に、ここに謹んでご哀悼の辞を述べさせていただきます。とにかく「かけがえのない人物を失った」という大きな喪失感は拭えなかった、というのが正直なところでした。
現・相模原市の津久井地域を出身地とし、武蔵国入間郡だった地域で生涯を閉じたhmtさん。思えば、私の母方の祖母は当時の入間郡川越町…今の川越市生まれ。そして私は2年半ほど前から相模原市民となり、それぞれ市内の北と南の外れのほう同士ではありますが、こちらの方でも不思議な糸でつながれたのでした。
私の書き込みに対しても数々の反応をさせていただき、そうした記事のやり取りによって、今まで知らなかった新たな知識を得た、というのも大きな収穫でした。そうして得たものをいくつか挙げてみると…(左は私の記事、右がhmtさんによるレス)

飯田橋の「逢坂」([71910]) → 江戸の坂道([71914])
「横須賀」という地名([77623]) → 造船から海軍の町へ([77630])、各地の「須賀」地名([77631]
「富士」の付く駅([83651]) → ふるさとの「○○富士」と富士塚([83655])
伊勢参宮をめぐる鉄道([86351],[86355]) → 伊勢参りの私鉄路線([86363])・国鉄路線([86366])
愛発越え(敦賀気比高校「選抜」優勝、[87452]) → 畿内と越前とを結ぶルート([87455])他
 …hmtマガジンに特集「畿内から北陸へ」立ち上げへ
熱海は関東でない([90003]) → 伊豆が「関東」だった頃([90008])
葛飾区高砂の旧名「曲金」([92726]) → 曲金([92728])・勾金([92729])
サイトウさん(「斉藤」と「斎藤」の分布の違い…[92775]、「サイトウ」地名([92780])
 → 斎藤さんのルーツ・歴史上の著名人など([92783])
「小山田城主」([93054]…記事中の「自己紹介」) → 小山田城の歴史と現在([93055])
上鶴間村(相模原市民として最初の書き込み、[98529]) → 相模・武蔵国境の地名「鶴間」([98536])

hmtさんの本業は「化学」ということでしたが、私の本職も建築士([91457])。面識はありませんでしたが、同じ理系畑の人同士とあって、案外気心が通じていたのかもしれません…。元から「建物」に興味があり、その後になって「街並み歩き」に楽しさを見出してきた私にとっては、近年の疫病蔓延の中、なかなかそうした「街並み歩き」ができないところがつらいところです。

【1】やり取りした記事について追加しました。
[104026] 2022年 3月 1日(火)16:01:06futsunoおじ さん
お久しぶりです
hmtさんご逝去とのことご冥福をお祈り申し上げます。
10年ほど前の岡山でのオフ会がお会いした最後だと思いますが、常に存在感があり落書き帳の重鎮といえる方であったように思います。最近まで書き込みをされていて相変わらず元気だなと感じていましたが、突然のことでたいへん残念に思っています。

当方ですが岡山オフ会以降は家族の面倒をみる時間が少しずつ増えることになり落書き帳から遠ざかっておりましたが今年あたりから時間的にも少し開放されるので、気になっている「地名コレクション」の担当コレクション更新に手を付けなければと思っているところです。
[104027] 2022年 3月 1日(火)21:26:18【1】訂正年月日
【1】2022年 3月 1日(火)21:28:04
今川焼 さん
hmtさんを偲んで
hmtさんの記事は、メンバーの書き込みや世の中の出来事から膨らませて、詳細な資料をもとに組み立てられた連載が真骨頂で、いつも楽しく読ませていただいていました。
自分の書き込みとの絡みで印象深いのは、[104021]デスクトップ鉄さんと同じなんですが、明治以降も国境の変更が行われていたと教えていただいたことでした。
詳しくはhmtマガジン「県境」の変更をご覧ください。
hmtさんにお会いしたのは岡山オフ会の1度だけでしたが、ホテルの斜行エレベーターでご一緒した時に、遅ればせながらその件についてお礼申し上げました。
ご冥福をお祈りいたします。
[104032] 2022年 3月 2日(水)22:21:37MasAka さん
hmtさんの訃報に際し
1ヶ月半ぶりに落書き帳を開いたらhmtさんの訃報についての書き込みを見つけ、驚きました(令和になってから自分の身の回りで訃報に接する機会が急に多くなった気がします)。

初対面は2008年の第5回オフ(@鹿角)で、それ以降オフ会開催が途切れるまでは毎年顔を合わせていました。また、この落書き帳上でもいろいろとやり取りをした記憶は今でも鮮明に残っています。中でも個人的に一番印象に残っているやり取りは、2014年の第11回オフ(@石和温泉)で、当時私が住んでいた横浜市青葉区からオフ会会場にたどり着くまでのルートを紹介した際、ちょうどhmtさんの出身地である旧津久井町を通ったことに反応していただけたことですね([86778])。

落書き帳ではいろいろな方の書き込みに反応して、丁寧に解説を加える姿勢にはいつも感銘を受けていました。hmtさんがこれまでに書き込まれた2,400を超える記事の数々はまさに落書き帳の宝と言っても過言ではないと思います。そのおよそ半分程度は自ら編集長を務めた「hmtマガジン」としてまとめられていますが、逆に言うとマガジンに収録されていない記事もまだ半分くらいあるわけで、きっとその中にも示唆に富んだ内容の書き込みがたくさんあるものと推察します。

皆さんも仰られる通り、優しい人柄と博識で誰からも慕われる人生の大先輩という方でした。心よりご冥福をお祈りいたします。
[104035] 2022年 3月 3日(木)11:23:43オーナー グリグリ
hmtマガジン未発表特集の公開
[104015]
ところで、hmtマガジンの編集作業を行なっていて気がついたのですが、hmtさんが編集途中の特集がいくつか残されていました(重複を除き5件)。編集途中とはいえかなりまとまっているようなので、未公開のままにしておくのは忍びなく、編集内容を確認し皆さんにも諮った上で公開を考えたいと思います。
編集途中の特集を一通り確認しました。その中から次の5件を未発表特集として公開することにしました。「町・大字・字」と「京都市役所の所在地」はほぼ完成または完成間近と思われます。「国内地域の「国」」もほぼ完成ですが説明文の最後が編集途中のようです。「神戸の読み」と「鉄道のトライアングル」は記事を収集している段階なのでちょっと迷ったのですが、hmtさんがどのように編集作業を進めていたかが生き生きと判ることから、合わせて公開したいと思います。

町・大字・字
京都市役所の所在地
国内地域の「国」
神戸の読み
鉄道のトライアングル

ご感想等お寄せいただければと思います。
[104037] 2022年 3月 3日(木)22:46:04とりぴー さん
hmtさん
hmtさんのご逝去の報に接しまして、心よりお悔やみ申し上げます。

落書き帳新参者の私は直接かかわる機会はありませんでしたが、hmtさんの記事を拝見した折、常に知識を追い求め、得た情報を一本の線にまとめあげて丁寧に発信をされるhmtさんの姿勢が一読しただけでも伝わってきて、尊敬の念を抱いたことを覚えております。若輩者ではありますが、私もこのhmtさんの姿勢を見習っていきたいと思います。
少しずつではありますがhmtさんの記事・マガジンを読ませていただいております。未発表特集もあるとのことで、拙文ではございますが読後の感想などを書き込めたらと思います。
[104041] 2022年 3月 5日(土)09:39:49勿来丸 さん
hmtさん
hmtさんの訃報を知り、いつかはその時が来るものと分かってはいますが、やはり驚きと悲しみが絶えません。
80歳を超えるご高齢でありながら、落書き帳への毎月投稿を長らく続けていたということ、そしてその内容は非常に読み応えのあるものばかり。年齢を感じさせないほど元気そうに書き込みをされている一方、その知識と経験に裏付けされた博識っぷりは良い意味で年齢を感じさせるものでした。

[93740]ではhmtさんより中津川の栗きんとんについて解説をいただき、これが恐らく私とhmtさんの初のやりとりではないかと思います。過去の記事を引用されており、何年も前のやりとりをよく覚えているなぁと感心しました。中津川は未訪なのですが、この話を機により魅力的に感じています。
[95835]では私の引用したスーパームーンの記事について話があり、出典や内容のチェックの重要性を学びました。化学が本職?とのことで、科学的な正確性を恐らく重視している方だったのかなと見受けられます。hmtさんの書き込みを見ると、様々な資料を読み込んで記事にまとめていることが分かります。私もこうした姿勢を見習わないといけない、と強く思いました。
hmtさんの守備範囲はとにかく広く、全国至る所の話題にも反応しています。地理や科学、文学など、その知識量は「博識」という言葉では言い表せない程ですね。高齢でありながらその好奇心を絶やさず精力的に書き込みを続けていた姿は、我々にとって憧れのような存在だと思います。

ご冥福をお祈りします。
[104046] 2022年 3月 6日(日)09:00:37【1】訂正年月日
【1】2022年 3月 6日(日)09:52:57
油天神山 さん
hmtさんを偲ぶ
hmtさんのご逝去に、心からお悔やみ申し上げます。

私が初めてhmtさんにお会いしたのは、私がつくばに単身赴任した2009年に開催していただいた「油天神山さん東下り&TX開業4周年記念プチオフ会in南流山」[70372]でした。

そのとき私もお手製の名刺(国土地理院の1/25,000の地図の裏に印刷されています)を頂戴しました。
これは今でも手元にありますが、本名や住所電話番号Eメールアドレスの他、
専門分野:知的財産権・化学工業
2000年からご隠居専業
最初の記事:[19388] 2003/8/28 上福岡
と書かれています。

それでお話を伺いますと、ある大手化学メーカーの知的財産部に長年勤務されていたとのことでした。
実は「化学メーカーの知的財産部勤務」というプロフィールは私と全く同じでありまして、すぐに打ち解けさせていただきました。
温厚な話しぶりでとても興味深いお話を聞かせてくださる所は落書き帳から受けるイメージそのままで、ただ笑い声が意外に豪快というかよく響くのが記憶に残っています。

そのようなご縁もあって、その後も落書き帳でやり取りさせていただく機会がありましたが、中でも思い出深いのは2010年9月、ちょうど筑波山オフ会の直前に私がつくば市からさいたま市へ引っ越した際に投稿された[76175]で、埼玉県在住の落書き帳メンバーの紹介や、筑波山と私のニックネーム「油天神山」からの連想でガマの油など、興味深いお話を聞かせていただきました。これは本当に嬉しかったです。

[76175]にも出てきますが、hmtさんには落語好きの一面もあったようで、ときどき古典落語からの引用が見られます。
私も落語は好きで、落書き帳に落語の地理ネタをいくつか投稿しましたが、内心ではhmtさんの反応を期待しておりましたね。

hmtさんは私の父より一つ年長に当たります。その父が昨年11月に倒れ、入院や介護施設探しに奔走しつつ「人生の終わり」というものを強く意識する日々を送っておりますが、そんな中ふと、hmtさんの書き込みがしばらく途絶えていることに気付き、「もしかしたら・・・」と薄々考えていた矢先の訃報でありました。

hmtさん、どうもありがとうございました。どうか安らかにお休みください。
[104053] 2022年 3月 7日(月)00:11:50まなちゃん さん
hmtさん
お久しぶりです。
ときどき落書き帳をROMしていたのですが、hmtさんのご逝去を知り大変驚いております。
リアルでお会いしたのは岐阜のオフ会のみとなりました。木曽三川公園などを一緒に歩いたのが思い出に残っています。
hmtさんが残された記事は、今読み返しても勉強になることばかりです。時間があるときにじっくり読んでみたいと思います。
本当にありがとうございました。
hmtさんのご冥福をお祈り申し上げます。
[104054] 2022年 3月 7日(月)09:00:40ピーくん さん
hmtさん
心より哀悼の意を表します。
私の内容的に薄い文とは違い後世に残して本にできる内容の濃い文章でした。
説得力がありました。レベルアップしました。
接点はありませんが、十番勝負に参加してほしかったです。
安らかにお眠りください。
[104056] 2022年 3月 7日(月)11:01:02サヌカイト さん
hmtさんのご冥福をお祈りします
 hmtさんの甥御様、この度は心よりお悔やみ申し上げます。[104011]かぱぷうさんの仰るように、知らせていただいたことで僕たちは故人を偲ぶことができます。甥御様自身もつらい状況のなか、メールで伝えてくださったことに御礼申し上げます。

 僕は参入してまもないですし、hmtさんと会ったことはもちろん落書き帳で話したのも[100684]で僕の至らない部分を指摘された程度で、それほど大きな関わりを持っていたわけではありません。それでもhmtさんに多くのことを教えていただきました。特に合併や「市町村」について興味のある自分は、詳しく知ろうと記事検索をするにつけて、数々の博識な書き込みを見て多くの知識を得ることができました。そして知識に限らず、その書き込みに対する姿勢や高齢になっても毎月投稿をする様子にも僕たちは多くのことを学ばせていただきました。ぜひ一度お会いしたかったです。もう会うことが叶わない上に、hmtさんの新たな記事を見ることもできないことにたまらない寂しさを覚えます。まだ読んでいない(上記の内容にとどまらない)たくさんの記事を読んで故人を偲んでいきたいと思います。

 他の方に比べるとほとんど接点のない自分ですが、hmtさんの記事を楽しく読ませていただいていた一人として、追悼の気持ちを書き込ませていただきました。このような文を書くのは人生で初めてで、マナー等に気に食わない点が多いかと思いますがお許しください。

 最後に。hmtさん。短い間でしたが、落書き帳で一緒に活動ができて楽しかったです。安らかにお眠りください。
[104067] 2022年 3月 13日(日)15:54:49BANDALGOM さん
hmtさん、過疎地域
まずはhmtさんの訃報に接し、驚いております。
長い人生経験の中で育まれてきたであろう、その博識ぶりには驚くばかりでした。また、オフ会で何度かお会いした時にも、多くのことを教えていただきました。謹んでご冥福をお祈りします。

[104058]あきごんさん
(茨城県)桜川市、河内町
(千葉県)九十九里町
これも驚きです。河内町は先に指定された利根町とともに、地元から比較的近い所ですし(千葉市へ行くより近いかな?)、桜川市は水戸線が通っている所ですから、過疎地と言われても、あまりイメージが湧かないものがあります。九十九里町もまた、都心からの距離は茂原市と変わらないぐらいですが、鉄道がないというのはそれだけ大きいものがあるのでしょうか。
[104104] 2022年 3月 24日(木)15:23:09むっくん さん
hmtさん
hmtさんの訃報に際し、心から哀悼の意を表します。
直接お会いしたことはありませんでしたが、落書き帳では私の初書き込み[48851]に対する[48995]のhmtさんの書き込みが、初めての絡みでした。それ以降も、香川県の渇水、法令全書、十島村、大野郡、日本の自治制度(とりわけ明治期から昭和22年までの自治制度)などで、様々な遣り取りをしたことを思い出します。

[95633]を初めとして温かみのある記事、そしてhmtマガジンでも一部採用された多彩な連載記事を書かれておられ、おそらく現在も天国で新たな連載記事の構想を練られておられることと思います。

あらためて、心よりご冥福をお祈りいたします。

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