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紅葉橋律乃介さんの記事が100件見つかりました

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記事番号記事日付記事タイトル・発言者
[84118]2013年9月23日
紅葉橋律乃介
[84066]2013年9月8日
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[84058]2013年9月7日
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[84004]2013年8月26日
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[81907]2012年10月5日
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[80443]2012年3月28日
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[80204]2012年1月23日
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[80017]2012年1月8日
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[79678]2011年11月28日
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[79351]2011年9月17日
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[78869]2011年8月4日
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[71745]2009年8月21日
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[71687]2009年8月16日
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[69269]2009年4月18日
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[69268]2009年4月18日
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[69231]2009年4月14日
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[69113]2009年4月3日
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[68848]2009年3月17日
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[67769]2008年12月30日
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[67009]2008年10月13日
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[66508]2008年8月30日
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[66045]2008年8月15日
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[65936]2008年8月5日
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[65739]2008年7月11日
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[65636]2008年6月28日
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[65634]2008年6月28日
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[65498]2008年6月13日
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[65440]2008年6月8日
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[65390]2008年6月4日
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[65387]2008年6月4日
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[65382]2008年6月3日
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[65373]2008年6月3日
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[65302]2008年5月29日
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[65184]2008年5月18日
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[65166]2008年5月17日
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[65135]2008年5月16日
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[65121]2008年5月14日
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[65096]2008年5月12日
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[65033]2008年5月9日
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[65014]2008年5月7日
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[64774]2008年4月17日
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[63910]2008年3月3日
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[63736]2008年2月14日
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[63698]2008年2月10日
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[63665]2008年2月6日
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[63640]2008年2月3日
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[62995]2007年12月31日
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[62870]2007年12月16日
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[62838]2007年12月15日
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[62760]2007年12月3日
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[61553]2007年10月7日
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[61506]2007年10月4日
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[60947]2007年9月1日
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[60802]2007年8月26日
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[60783]2007年8月25日
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[60758]2007年8月24日
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[60604]2007年8月14日
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[60308]2007年7月27日
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[59763]2007年7月14日
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[58687]2007年5月26日
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[58585]2007年5月20日
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[58574]2007年5月19日
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[58210]2007年4月29日
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[58033]2007年4月16日
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[57439]2007年3月26日
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[57338]2007年3月19日
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[56480]2007年1月28日
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[55926]2007年1月5日
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[55700]2006年12月27日
紅葉橋律乃介
[55667]2006年12月24日
紅葉橋律乃介

[84118] 2013年 9月 23日(月)01:42:30紅葉橋律乃介 さん
工藤新一にも解けない謎
[84116] hmt さん
[84117] オーナー グリグリさん

 道から「久遠郡」は「くどうぐん」と読む旨の回答を頂いたことは覚えておりますが、市区町村プロフィールがずっと「くどおぐん」のままだったとは気付きませんでした。まあ、書き方が悪かったのでしょう。

 村名も含めて、読みを示す資料を探すのは難しいようです。hmt さんが挙げてくださった資料の読みも、細かく見ると、現行の郡名とも違う部分があります。
 Issie 先生のWeb ページ府県の変遷(北海道)では、その違いが一目瞭然となっているわけですが、どこかで現行の読みに変わった(統一された)のでしょう。村名の読みは、さて村名新設や戸長役場の設置告示に載っているのかどうか。


 何にせよ、ちょうど8年経ってからの修正に際し、こんな古い書き込みを拾ってくださったhmt さん並びに、対応してくださったオーナー グリグリさんに感謝いたします。


 この「読み」の問題って、「久遠」(くおん)に続くのでは…?
[84066] 2013年 9月 8日(日)17:06:13紅葉橋律乃介 さん
戸長は「こちょう」と読むのか
[84060]YTさん

鈴江英一氏で検索すると、確かに北海道の町村制に関する著作が多いようです。いくつか見たことあるような書名も見受けられますが、じっくり読んだことはありません。その中に、道外の制度との違いなどのヒントがありそうですね。

量徳町にあった小樽支庁役場が戸長役場の業務を兼ねていました。この場合連合戸長役場の管轄名として「量徳町外三十八箇町村連合」を採用するのは正しいのでしょうか?そして明治32年(1899年)10月1日には小樽区が成立しますが、高島郡高島村・祝津村は管轄外となり、『新北海道史年表』(1989年)によると明治33年(1900年)6月13日に高島郡祝津村に祝津村外一箇村戸長役場が設置されたとあります。ということは…すでに小樽区が設立された1899年10月1日から1900年6月13日までの約8ヵ月間、高島郡高島村・祝津村の戸長役場業務は小樽区量徳町の支庁役場が行っていたことになりますが、この間についても高島郡高島村・祝津村については、「祝津村外一箇村連合」の管轄だったとしてよいのでしょうか?

これを機会に『新北海道年表』を入手しようと思いましたが、書店では在庫切れ。図書館で借りてきました。まずは関係項目を抜き出してみようと思います。

上記管轄区域の変遷については、告示自体に載っていると思われます。町村の新設は新設で、それに伴う戸長役場の異動は、また別の告示となります。町村制施行の場合も別に告示があったようですが、いずれにせよ、『年表』を見ただけでは高島村や祝津村がどうなったかは分からないので、告示を詳細に検討する必要がありそうです。

役場の名称についても告示ごとに記載がありました。書き方は「A村外二箇村戸長役場 役場の位置:A村 管下村名:B村C村」の場合と、「A村B村C村戸長役場 役場の位置…」という場合があります。兼轄が多い時代と、少なくなった時代の差かも知れませんが、兼轄の場合はすべて「外○箇村」表記と思っていましたから、意外でした。


「戸長」の謎。役場の長なのか、当該地域の責任者という意味なのか。
明治15年に「字幌向太、字幌内太」に戸長が1名配置されます。16年に入って両地に「幌向村、幌内村」の村名が新設され、戸長配置の告示が修正(コピーでは薄い字でしたが、たぶん原本は朱線・朱字で訂正されているはず)され、「字」が消されて「村」が書き加えられています。
村の設置よりも戸長の配置が早いというのも、何だか不思議な気がしますね。

 ※戸長の配置については『年表』には記載がありません。
[84058] 2013年 9月 7日(土)02:58:31紅葉橋律乃介 さん
「北海道市町村沿革台帳」というもの
[83999] YT さん
[84004] 紅葉橋律乃介

北海道立文書館へ出向き、少し閲覧してみました。
「北海道市町村沿革台帳」というものの、中身は町村(名)の設置や戸長の配置・戸長役場の改廃の告示を手書きで抜き出したものでした。とは言え、公報等の現物から拾い集めるのは容易ではありませんから、最初から集められているなら、この1冊(実際に作られているのは10巻まで)を読むことにより、道内の市町村の変遷が分かる…はずです。

原本(カメラ撮影可、ゼロックス複写不可)、マイクロ資料(マイクロリーダープリンター複写可)とのことでしたが、ページ数が多いので、複写して家に持ち帰るかどうかは悩ましいところ。『新北海道史年表』で事前に抜き出しておいて、それをこの「台帳」と照らし合わせる方が効率的?

実際に読んでみると、「村名(町名)新設」「戸長の配置」「戸長役場の設置」などの記載があります。戸長の配置と戸長「役場」の設置は違うものなのでしょうか。その辺りはよく読んでみないと事情が分かりません。明治10年代は、「村名」を新設しているので、名もない土地が多かったのでしょう。

単純に「戸長役場の変遷が分かれば」と考えていましたが、当時の制度を勉強した方が良さそうです…。
[84004] 2013年 8月 26日(月)04:01:54紅葉橋律乃介 さん
北海道市町村沿革台帳
[83999] YT さん
北海道立公文館

「北海道立文書館」はよく行くので、「公文館」とはどこだろうと思いましたが、どうやらリンク先も「文書館」のようですね。札幌観光の経験があれば、入ったことはなくても、建物をご覧になった方はかなりいらっしゃるでしょう。

『新北海道史年表』で戸長役場を調べてみようと思ったことはありますが、仰る通り全部載っているわけではないようで、途中で止めてしまいました。

「北海道市町村沿革台帳」については、検索した覚えはありますが、実際に読むところまではいっていません。すぐ出向ける立場にいるわけですから、まずはどのような書かれ方をしているのか、近く確認してみようと思います。
[82959] 2013年 3月 2日(土)15:46:54紅葉橋律乃介 さん
連携型中高一貫校?
[82956] オーナー グリグリさん
文科省のデータを見ると、北海道をはじめ全国に町村立はかなりの数設置されています。

 道内では道立の中高一貫校は登別明日中等教育学校の1校のみ、市町村立も札幌市立の札幌開成高校を一貫校に転換する予定がある例しか知らないのですが、町村立は初耳でした。
 お示しの資料を読むと「連携型」となっていて、「設置者が異なる中学校と高等学校が教育課程の編成や教員・生徒間交流等の連携を深める形態」(北海道教育委員会のパンフレット「北海道の新しい高校づくり 2012」の「中高一貫教育とは」[PDF]より)ということで、中学校と高校では「連携」はしているものの、全く違う学校に見えます。
 また、1つの中学校と高校であれば一体感もありますが、複数の中学校と町内の高校が「連携」している場合もあり、私立に多く見られる「中高一貫校」とは大きく異なるように思います。

 「中高一貫校」と「中高一貫教育」を一緒くたにするのは早計かと。
[81907] 2012年 10月 5日(金)20:11:29紅葉橋律乃介 さん
となり町の話題
[81906] 10月 3日(水) 22:51:56【1】 白桃さん
町になった1949年以前には既に角田から栗山に中心が移っていたと考えられますが、役場所在地が角田から栗山に移ったのが1963年ということなので、角田地区も町制施行後一挙に廃れてしまったということではないようですね。(このあたりに詳しい方がいらっしゃいましたらお教えください。)

 隣の町の話題ではありますが、「栗丘」という地名が栗沢(岩見沢市内)か栗山のどちらにあるかもうろ覚えという有様ですから、角川「地名辞典」をちょっと読んでみました。
 町制の前年昭和23年に警察署が駅のある栗山に移転し、事実上栗山が町の中心になったということです。駅がある時点である程度発展していた? と思いますが、出向いた岩見沢市北村の図書館には「栗山町史」は置いていませんでした。思い出した時にでも調べてみます。


 となり町と言えば、三笠市の人口が1万人を割ったとか(住基ベース)。「三笠市 人口1万人割る 石炭産業の衰退で急激に減少」と題して、北海道新聞の記事がありました。
 【三笠】三笠市の住民基本台帳による人口が9月末時点で9996人となり、1万人を割っていたことが4日、明らかになった。旧産炭地の三笠市は、石炭産業の衰退とともに急激に人口が減った。人口が最も多かった1960年4月の6万3360人から8割以上減少した。
 同市の人口は、住友奔別炭鉱が閉山した71年には年間最大の約8500人が減少。88年には2万人を下回り、毎年300人程度減り続けてきた。
 三笠市の高齢化率(人口に占める65歳以上の割合)は43・2%で、全道平均の25・3%を大幅に上回る。市は「死亡数が出生数を大きく上回る。子育てしやすい環境をPRし、人口減に歯止めをかける努力を続ける」としている。
 道市町村課などによると、道内35市のうち住民基本台帳に基づく人口が1万人を割っているのは、歌志内市(4219人)のみ。

 赤平市や夕張市も1万人台ですが、産炭地の惨憺たる有様に…。
[80443] 2012年 3月 28日(水)21:16:52紅葉橋律乃介 さん
おや?
[80441] hmtさん
24.1.1上砂川町【変遷情報24.4.1】、24.11.1下川町【24.12.1】

 下川町は12月1日で良さそうですが、上砂川町は1月1日が分立日と思います。
 と言っても告示を確認したわけではなく、郷土史等が1月1日説であるのみ。官報ではどうなっているのでしょう…>88さん?
[80204] 2012年 1月 23日(月)21:08:02紅葉橋律乃介 さん
もしも師匠が西ノ海だったら
[80196]mikiさん
[80198]hmtさん
[80199]今川焼さん

 あまり「北はり磨」とは書きたくないんですが、今回だけ。
 シコ名の由来は雑誌「相撲」によれば、「師匠の現役名(北の湖)と出身地を含んだ旧国名「播磨」から、字画を考えて「石番」とした。」ということです。
 たまたま地域の呼称と一致したための“混乱”ですが、シコ名の付け方としては「師匠のシコ名の一部+出身地の地名」というごく一般的なものです。

 最近は地名以外のシコ名が多くなって面白くもありませんが、外国籍の力士は今場所優勝した「把瑠都」(エストニア)や「琴欧洲」(ブルガリア)のほか、「黒海」(グルジア)・「阿夢露」(あむうる、ロシア)、関取以外では「風斧山」(かざふざん、カザフスタン)・「舛東欧」(ハンガリー)といった分かりやすい名前もあります。


 そうは言っても、青森出身の「武州山」(旧武蔵川部屋所属)のように紛らわしい名前もありまして…。
[80017] 2012年 1月 8日(日)16:24:21紅葉橋律乃介 さん
事故や災害による合併の可能性
 本日の読売新聞一面に、帰還困難2万5000人 7市町村避難の3割という記事がありました(インターネット版は若干表題が異なります)。新聞本紙には「政府、浪江町に合併打診」という文字もあります。
 
(帰宅困難地域の)対象は避難者の約3割の約2万5000人に上る。大熊町と双葉町はそれぞれ人口の約9割、約7割の住む地域が含まれており、政府側が周辺自治体に合併を打診したことも判明した。
 インターネット上では記事の冒頭部分しか載っていませんので、上記のように「周辺自治体」としか記載されていませんが、新聞の続きの文章では、浪江町・大熊町・双葉町・葛尾村へ、政府から合併を打診したとのこと。浪江町町長のコメントが載っており、政府から「合併という選択肢もある。合併して都市基盤整備を進められたらどうか」という打診に対し、「町民の意向もある。簡単にはできない」と答えたそうです。


 合併というのは当該市町村や住民から発議して進んでいくものですが、災害等の場合に政府から打診されるという例は考えていませんでした。もちろん、様々な「特例」を用意して合併に向かわせるというのも、ある意味政府からの打診(?)と言えなくもないですが…。

 このように、「合併するかも知れない動き」というものも、記録していく価値があると思います。
[79678] 2011年 11月 28日(月)20:25:15紅葉橋律乃介 さん
首長任期?
[79675] オーナー グリグリさん
松井大阪府知事は本日から就任だと思いますので情報を更新しました。平松市長の任期は今月末までですので、更新は12月1日に行います。

 大阪府知事の就任日(任期起算日)は昨日ではないでしょうか? 根拠がどこにあるかは分かりませんが、欠員の場合は選挙日が就任日だったと思います。
 これは、北海道内のとある町村長が欠員となり、後任が無投票で当選した例が数ヶ月前にありました。この場合はどこが任期の起算か気になったのですが、新聞記事によると(投票の有無に関係なく)選挙日から起算されるとのことでした。確かに、投票の有無で任期の起算日が異なるのはおかしいですから。

 大阪市長の任期は、今朝のニュースでは12月中旬までと聞いたような気がします。
 こちらは根拠があります(大阪市 組織一覧)。12月18日に任期満了です。
[79351] 2011年 9月 17日(土)23:32:53紅葉橋律乃介 さん
北海道での「廃置分合」というもの
[79348] 9月16日(金) 16:10:46【2】 むっくんさん

 旧制度(市制・町村制施行以前)の道内町村を成立順に並べたことがないので、この表は大変興味深いです。細かい点として、#123は「栗沢村」が適当かと。「當麻村」は町制施行時に「当麻町」に改めたのに対して、栗沢は最後まで「栗沢町」と称していましたし。

 詳細はまた調べてみたいのすが、「明治22年」で区切ってしまってよいのかどうか疑問があります。
 本州・四国・九州は明治22~23年を「起点」とするのは納得が行きます。それらの年に市制・町村制を施行しなかった北海道と沖縄もその時代から変遷を記載するのも理解したいところですが、北海道について、明治22年以降はまさに“旧制度”の町村がどんどん設置された時代であり、他府県の「施行時」よりもさらに前の時代? になります。何より、我が岩見沢村が設置された明治17年は一体どうやって記載するのか。これが一番の問題なんですが(笑)。

 それはともかく、#160以降の日付にあるように、北海道区制・町村制施行後も“旧制度”の町村が設置されています。“旧制度”と新制市(区)町村が混在している場合は「市区町村変遷情報」では想定していなかったのではないかと思います。
 北海道民としては、“旧制度”市町村も北海道区制・町村制と並行していた時代もあるので、明治以降なりを一括して記載してはどうか? と考えた次第です。

 日付が「村名」の設置か「戸長役場」の設置かによって当該自治体の考え方が変わって来るようですが、それはまた別の話とします(幌向村→名前は同じで別の領域→南幌町のような例が記載しきれないといったややこしい例も後日へ)。
[78869] 2011年 8月 4日(木)00:25:39紅葉橋律乃介 さん
「北海道 市制町村制施行時の情報に相当する情報について」について
 「市制町村制施行時の情報」に北海道も加わりまして、これで他の都府県と肩を並べることが出来ました。おめでとうございます。

 と言いつつ不可解な点はあるもので、北方領土の6村が現存しているのは納得出来ますが、“本編”である「市区町村変遷履歴情報」では設置や廃止の情報はないものの支庁の区域に含まれている千島3郡(「得撫郡, 新知郡, 占守郡 」)が、その後どうなったのかは特に触れられていません。

 ここで北海道ならでは、というか特有の問題が発生します。実際に「施行時の情報」を見て分かるとおり、町村制は1900年~1923年まで段階的に施行され、実に20年以上も未施行の町村と混在しています。その中で、
[78865] むっくんさん
73 1918(T7).2.1 新設/区制 室蘭区 室蘭郡 室蘭町(, 輪西村, 千舞鼈村, 元室蘭村)
 このような例があります。( )は紅葉橋が勝手に付けたものですが、町村制での室蘭「町」と未施行の“村”との合併(?)は、単純に区制を施行したのみならず「北海道区制」という近代制度が旧室蘭町周辺に広がったことを示します。

 前述の千島3郡を含め、「市区町村変遷履歴情報」の区制や町村制施行以前の支庁の改廃情報では、支庁の設置では区・郡名が、その後の管轄区域変更では村名(倶知安村、富良野村)が見えますが、郡はともかく村名は町村制未施行の村々です。「市制町村制施行時の情報」よりも前の“村”が登場していることで、ではこの2村はいつ設置されたの? という疑問が湧いて来ないとも限りません。

 「北海道町村制」が全道に亘って施行されるまで、未施行の村々にもやはり異動はあったのでしょう(すぐには具体例を示せませんが)。町村制施行後の変遷を載せるのがここでの目的なわけですが、気になるところではあります。

 もっとも大事なことは、未施行の村々は町村制を施行した町村と並存しており、決して施行時に誕生したわけでも無人の荒野だったわけでもないということです。



 ちなみに、わたしが道民だからかも知れませんが、88さんとの認識の違いが出て来ました。hmtさんの意見に近いものがあります。

[78854]88さん
例えば、「二級村」から「一級村」への変更や、「一級町」から「町村制の町」への切り換え、「二級村」から「指定村」への切り換えは、「市制町村制施行後の情報」に相当するものと考え、廃置分合等を伴わないものは、何も表示していません。

[78867]hmtさん
開拓時代の変則的な制度である 北海道二級町村制から、府県における町村制に準じた制度である 北海道一級町村制への「昇格」も、実質的な「自治体の誕生」に近いもので、変遷情報に記録する価値があるのではないでしょうか。

 「一級町村」から「町村制の町村」への切り換え、「二級町村」から「内務省指定町村」への切り換えは、まあ「市制町村制」から「地方自治法」に切り替わったように、実態としてはあまり変わりがないと思われます。
 一方で「二級町村」から「一級町村」へは「昇格」であり、中身が変わっていると言えます。

 この時代の道内の町村は、道外での「町」「村」の2種類ではなく、「一級町」「一級村」「二級町」「二級村」(それと「未施行の村」)の4~5種類あったと認識しています(「二級町」から「一級村」の“昇格”はあり得ませんが…)。


 「内地」に編入された樺太の処遇も気になるところですが、まずは北海道の扱いを…。
[78810] 2011年 7月 23日(土)14:23:06【1】紅葉橋律乃介 さん
控えから
[78809] faithさん
もしかして趣旨を誤解しているかも知れませんが、郡区町村編制法時代は…町でも村でも戸長が職名なのでは?

 [78798]hmtさんがおっしゃったように、町村制施行後は「宿」(「駅」や「浦」「新田」も同様の疑問がありますが)の首長がどう呼ばれていたか、ということではないかと。

 郡区町村編制法下では確かに「○○村戸長」のように呼ばれていたわけですが、町村制では「市長」「町長」「村長」と呼ばれるようになったわけで、“町でも村でもないが郡区町村編制法からの名称をそのまま引き継いだ自治体”の長がどういう職名だったのか。それはわたしも興味があります。
[77936] 2011年 4月 26日(火)21:27:07紅葉橋律乃介 さん
くび長
[77933] k-aceさん
夕張市の鈴木直道市長の任期は今日からの模様。
 夕張市は前市長が市議選立候補により失職しているので、鈴木市長は選挙日の24日から既に市長の任期が始まっています。

 このように任期前後では首長・一般人と立場が大きく変わりますから、新規採用はともかく、これまでに採用したアカウントについては、在任しているかどうかのチェックが日々必要ではないかと思います。退任しているにもかかわらず「首長」と主張してしまうのは、あまり良いこととは思えませんので…。
[77876] 2011年 4月 8日(金)18:27:28紅葉橋律乃介 さん
輝け九万、岩見沢
 合併によって9万人台だった岩見沢市の人口ですが、住基では3月31日現在ついに9万人を割り込みました(89,770人)。4月には若干増えるかも知れませんが、9万人台回復は難しいでしょう。

 国調ではかろうじて90,153人でしたから、唯一の9万都市の記録として刻んでおきたいと思います。

岩見沢市ホームページより 市のプロフィール
[77864] 2011年 4月 3日(日)01:00:39紅葉橋律乃介 さん
公式ツイッター
[77862] オーナー グリグリさん
…新規メニュー「公式ツイッターアカウント」を「公式ツイッター」に変更しました。長ったらしかったので簡潔にしました。

 市町村等が「公式に作ったツイッター」ではなくて、あくまでも「アカウント」が公式なのではないかと。
 「公式アカウント」か、長くなりますが「ツイッターの公式アカウント」ではどうでしょう?
[77653] 2011年 2月 13日(日)21:02:07紅葉橋律乃介 さん
市役所に近いかも知れない駅
[77651] 2011年 2月13日(日)19:49:06 futsunoおじさん
北海道庁-◎札幌駅 580
北海道庁-札幌駅(地下鉄) 360

 地下鉄の駅は「さっぽろ」駅です。
 それはともかく、地下鉄駅の方が道庁より遠い気がしますが、誤差の範囲(?)なのでしょうか。


 ちなみに、振興局と近い駅は探すのが難しい?
[77118] 2010年 12月 26日(日)23:40:30紅葉橋律乃介 さん
学校の少ない市
[77113] 2010年12月26日(日)16:54:38【1】 オーナー グリグリさん
なお、「中学校が1校だけの市」は、歌志内市と西之表市の2市になるようです。

 今春から夕張市も3校あった中学校が統合され、「夕張中学校」のみになりました。小学校も来春統合され、確か「ゆうばり小学校」のみになると聞いてます。北海道以外の状況は知りませんが、まだ他の都府県にも小中学校が1校のみの市があるかも知れません。

 「高校のない市」は、現状北海道では歌志内市のみ。三笠市も再来年から仲間入りしそうですが、三笠市立で存続の話もあります。なるべく「高校のない市」は増えて欲しくないんですが…。


 ちなみに、細かい話ですが
今年の4月に歌志内小学校と歌志内西小学校が統合されて、歌志内小学校1校になったためでした。
 統合されたのは歌志内小学校と(歌志内市立)西小学校でした。市立を省略して「歌志内西」小学校と表記されたのでしょうが、他の市町村の学校と併記しない限り、わざわざ「歌志内」を書く必要性はないと思います。
[76940] 2010年 11月 30日(火)23:12:50紅葉橋律乃介 さん
寺社仏閣
[76939] 2010年11月30日(火)22:27:26
「お寺」と「神社」の違いを判らないヒトがいた

 「お寺」は葬式に行くところ、「神社」は初詣に行くところ。「お寺」は毛がないから「発毛で」は行かないでしょう…ってな感じでどうでしょう。

 神社は巡ったことありますが、お寺はなかなか行く機会がありません。

※タイトルを見て違和感がない方は、どっちがどっちでも良い人に違いない
[76339] 2010年 10月 17日(日)22:27:30紅葉橋律乃介 さん
希望
[76336] 2010年10月17日(日)16:17:20 オーナー グリグリさん
以上、不具合などありましたらご指摘ください。

 早速ですが、何点か申し上げます…の前に、「市町村変遷情報」には、支庁→総合振興局及び振興局への改組が反映されていませんね。網走支庁→オホーツク総合振興局のように改称された例はもちろん、幌加内町(空知支庁→上川総合振興局)と幌延町(留萌支庁→宗谷総合振興局)という地図の形まで変わる大きな変遷も洩れています。

 そのせいかどうか、市町村プロフィール_北海道では、相変わらず支庁が総合振興局及び振興局に変わっただけで、所属振興局は従前のままになっています。
 また、同じく末尾の“同名の郡”欄においては、新たに雨竜郡が対象に加わります。天塩郡はもともと分断されていたので、影響はない(?)と思います。


 北海道のデータ_総合振興局・振興局の一覧は、総合振興局及び振興局の変更が反映されていますが、
なお、北海道の自治体の並び順については、2010.4.1以降のデータベースについては市町村コード順(市が最初)に並ぶようにしました。 2010.3.31以前は支庁単位にコード順のままです。

 一応総合振興局と振興局は同格とされていますが、名前に違いがあるように、総合振興局が振興局の事務を所管することが出来るようで、設置条例に次のような条文があります。
第3条 前条の規定にかかわらず、広域的に処理することにより効果的かつ効率的に執行することができる事務については、規則で定めるところにより、別表第2の左欄に掲げる総合振興局が同表の当該右欄に定める振興局の所管区域に係る事務を所掌することができる。

 以上のようにありまして、設置条例上の総合振興局及び振興局の並び順は、それらを踏まえた順番になっています。


 これらは以前から書いていることですから、グリグリさんは考慮する必要なしと切り捨ててしまったのでしょう。従って、ここに書くだけに留めておきます。
[75407] 2010年 6月 26日(土)00:40:57紅葉橋律乃介 さん
あなたの母校はありますか?
 皆さんの中には、北海道の高校に通った方や、ご家族が通っていた、あるいは関係者だったという方もいらっしゃると思います。

 最初は、各校の校歌を知りたくて。その前に、“校歴”を知りたくなりまして、このたび「北海道高等学校変遷表」というものを作ってみました。
 PDF版なので見づらいとは思いますが、とりあえずこの街にも高校があったのか、というようなことが分かれば良いかと思います。

 実際に通われた時期に、その名前だったかどうか、あるいは周辺に存在していたかどうか。まずはご確認頂ければと思います。
[75361] 2010年 6月 16日(水)18:04:02紅葉橋律乃介 さん
同じ地名かどうか
[75360] 2010年 6月16日(水)15:23:19 YASUさん
北海道岩見沢市岡山町/三笠市岡山

 知ってはいたものの、どなたも挙げないので逆に該当しないのかと思っていました。
 これが該当し、自治体を越えて同じ地名…ということであれば、この近くにも存在します。

 北海道岩見沢市峰延町/美唄市峰延町東・峰延町本町・峰延町峰樺・峰延町公園

 また、合併してしまいましたが、合併前は別の自治体で同じ地名だったもの(合併後も別の町域として存続)しているものもあります(ポイントが微妙なところにありますが、境界線上のつもり)。

 北海道岩見沢市大願町/岩見沢市北村大願


 それはともかく、指定都市の区を含めた場合、こういうのはどうなのでしょうか。

 北海道札幌市??区北n条

 ちょっと分かりづらいのですが、JR札幌駅・函館本線から下の部分が中央区、中心点の左側が北区、右側が東区です。住所は「北n条西n丁目」や「北n条東n丁目」でずっと続いていきますが、あるところから急に区名が変わっています。
 まあ、「北1条」とか「北1条東」やらで1つの町域と考えれば…?
[75171] 2010年 5月 22日(土)23:15:45紅葉橋律乃介 さん
「網走」だと子供が読めないから?
[75158] 2010年5月22日(土)06:38:07 白桃さん
やっと、3月末の北海道の住基人口が発表となり、見ていたら「オホーツク」があり、一瞬「なんじゃ、これ???」と思い、(後略)

 これはおかしいですね。「3月末」即ち「3月31日現在」の数字のはず。ならば、「網走」のままであるはずだし、何より順位も石狩・渡島・檜山…でなければなりません。「支庁設置条例」の改正施行は4月1日付ですからね。

 ちなみに、新聞のおくやみ欄で「オホーツク管内○○町」という表記を初めて発見しました。随分広大な領域のようですが、もともとの網走管内でしかないんですねえ…。


 ところで、
釧路振興局釧路郡釧路町
 正しくは「釧路総合振興局釧路郡釧路町」ですね。


 だいぶ前の話ですが、
[74906] 2010年4月13日(火)07:09:16【1】 白桃さん
ところで、元関脇で優勝経験1回の栗沢出身(生まれは樺太)の名力士の本名は当然ご存じですよね。(笑)
 わたしが生まれる前に引退していますが、長谷川ですね。佐渡ケ嶽部屋なのにずっと琴も付かずに「長谷川」のままでした。

 ちなみに、十両止まりの修羅王が本名「江戸」でしたが、ますます関係ありません。
[74903] 2010年 4月 13日(火)01:29:25紅葉橋律乃介 さん
道でもいい話
 既に[74901]でMasAkaさんが書かれていますが、

[74897] 4月12日 (月)23:22:51 白桃さん
都道府県庁所在市名と同じ苗字の芸能人を探します
○全く思いつかない・・・札幌、青森、盛岡、仙台、前橋、さいたま、新潟、富山、甲府、岐阜、静岡、津、京都、和歌山、
鳥取、松江、徳島、福岡、熊本、大分、鹿児島、那覇
 わたしもやっぱり「さいたまんぞう」さんが浮かびました。「さいた・まんぞう」なのが残念でなりません。富山敬さんは、やはり「とみやま」なので違っていますね。
 幕内の隠岐の海が本名「福岡」ですが、それはどうでもいいでしょう。

○なんとなくいそう・・・福島、千葉、金沢、福井、長野、岡山、広島、佐賀
 声優さんで言えば、千葉繁さん・千葉紗子さん・千葉千恵巳さん・千葉進歩さん・千葉一伸さんなど、そう珍しい名字ではありません。
 千代大海の旧姓が「廣嶋」ですが、それもどうでもいいでしょう。ここでは書けない「金沢」という有名人(?)もいますが、これは大人になってから調べる気があれば…ということで。

○インチキ・・・宇都宮(宇津宮雅代)、横浜(横浜銀蝿)、大阪(大坂志郎)、神戸(神戸=『かんべ』一郎)
 「若山」という名字の方はいらっしゃいますね。


 で、「北海道」はともかく、「北海」という名字の方は…?
[74515] 2010年 4月 1日(木)17:21:38紅葉橋律乃介 さん
新興局
 本日より北海道庁の「支庁」が「総合振興局」と「振興局」に衣替えしました。
 実際には一部支庁の管轄区域の変更と「網走」→「オホーツク」への名称変更くらいで、今のところは大きく変更された点は少ないのでしょう。

 今のところ、北海道内向けの短いニュースでは「網走」→「オホーツク」(総合振興局が入っている合同庁舎の名称)に変わった看板の除幕場面が流れるくらいで、大きく扱われてはいません。

 実際に空知総合振興局の庁舎に出向いてみると、石に刻まれた看板には鉄の板で「空知総合振興局」などと書かれていて、一応変化はありました。中の様子は、「支庁長」「副支庁長」…が「局長」「副局長」…と、よくある上にシールを貼っての変更が見て取れました。
 道税窓口と同居している銀行の「空知支庁出張所」(「出張所」では変換出来ないんですが、読み方は「しゅっちょうじょ」?)は変わらず、旧称のまま。
 入口にある管内各市町村の特産品を並べたガラスケースにも、管外になった幌加内町のものが並んだまま。まあ、初日だからしょうがないのでしょう。ちなみに、縦に3市町村入れられるケースが9列並んでいて、空きが2市町村分。4年前に合併した北村と栗沢町の分が入っていたのでしょう。

 その他、あちこちにある案内地図・案内板上の「空知支庁」はどうなるのか。今日は降雨なのでそこまで見て来なかったのですが、いずれ変更されるのでしょうか。


 その前、石狩支庁(当時)にも出向いてみました。札幌市にあるはずですが、場所が分かりません。地図によれば、道庁本庁の裏。出向いてみると、確かに裏にある「道庁別館」の中。ここには窓口のようなものもなく、完全に道庁の一部局という扱いでした。
 改めて出向いたところで、シールで「振興局」に変えられているくらいでしょうね。


 気象庁の予報区分では、「網走~」はそのままの模様。それはともかく、今日からは「オホーツク地方」と呼ぶべきか…。
[74361] 2010年 3月 15日(月)22:00:09紅葉橋律乃介 さん
樺太の市町村の続き
[74355] 3月14日(日)23:24:42【1】 Issieさん
“行政区画”としての郡町村は,「樺太町村制」の施行(1929((昭和4)年7月1日)より前,「樺太ノ郡町村編制ニ関スル件」(大正4年勅令第101号)が施行された1915(大正4)年8月1日までさかのぼれそうです。

 樺太については、Issie先生とは何度かやりとりしていますね。
 それはともかく、1915年8月1日には、17郡・4町・58村が編成されています。1929年の町村制の前にも、1922年と23年に「樺太町村制」が施行されていますが、その時点では7町・30村に再編されています。郡も16に減っていますね。

 もっとも、「市の変遷」という点だけ見ると、豊原市しかありませんから、反映するのはそう難しいことではなさそうですが、どうなのでしょうか。


[74358] 12:55:10 右左府さん
名好郡所属が確認できると思います。

 前後の告示29号・30号を官報で確認したはずなんですが、肝心の告示コピーが見つかりませんでした。ご指摘ありがとうございます。

 郡の再編成が行なわれたのは1938年4月以降ということなのでしょう。やはり42年11月なのでしょうか。これを裏付ける資料を見たことがないのですが。
[74352] 2010年 3月 14日(日)21:49:14【1】紅葉橋律乃介 さん
樺太の市町村
[74318] 2010年3月10日(水)19:42:54 namoさん
いわゆる終戦から沖縄返還までの間の、沖縄県、鹿児島県奄美地方、樺太などにあった市について、詳しく記録してほしい。

 既に[74330]でオーナー グリグリさんが述べられておりますが、もともとの「変遷情報」自体が入力されていませんから、入力待ちというところなのでしょう。

 樺太について、手許に少し資料があります。どこを起点にするかは議論がありそうですが、北海道と同様に、一級・二級の樺太町村制が施行された時点を起点とすれば、下記のようになります。

1929.07.01町制豊原郡豊原町豊原郡 豊原町
町制栄浜郡落合町栄浜郡 落合町
町制大泊郡大泊町大泊郡 大泊町
町制留多加郡留多加町留多加郡 留多加町
町制本斗郡本斗町本斗郡 本斗町
町制真岡郡真岡町真岡郡 真岡町
町制野田郡野田町野田郡 野田町
町制泊居郡泊居町泊居郡 泊居町
町制名好郡恵須取町名好郡 恵須取町
村制元泊郡元泊村元泊郡 元泊村
町制元泊郡知取町元泊郡 知取町
村制豊原郡豊北村豊原郡 豊北村
村制栄浜郡栄浜村栄浜郡 栄浜村
村制栄浜郡白縫村栄浜郡 白縫村
村制大泊郡千歳村大泊郡 千歳村
村制大泊郡深海村大泊郡 深海村
村制長浜郡長浜村長浜郡 長浜村
村制長浜郡遠淵村長浜郡 遠淵村
村制富内郡富内村富内郡 富内村
村制留多加郡三郷村留多加郡 三郷村
村制留多加郡能登路村留多加郡 能登路村
村制本斗郡好仁村本斗郡 好仁村
村制本斗郡内幌村本斗郡 内幌村
村制真岡郡広地村真岡郡 広地村
村制真岡郡蘭泊村真岡郡 蘭泊村
村制真岡郡清水村真岡郡 清水村
村制野田郡小能登路村野田郡 小能登路村
村制泊居郡名寄村泊居郡 名寄村
村制久春内郡久春内村久春内郡 久春内村
村制久春内郡三浜村久春内郡 三浜村
村制鵜城郡鵜城村鵜城郡 鵜城村
村制元泊郡帆寄村元泊郡 帆寄村
村制敷香郡敷香村敷香郡 敷香村
村制敷香郡泊岸村敷香郡 泊岸村
村制敷香郡内路村敷香郡 内路村
1930.07.01町制敷香郡敷香町敷香郡 敷香村
1932.04.01村制長浜郡知床村長浜郡 知床村
村制名好郡名好村名好郡 名好村
1937.07.01市制豊原市豊原郡 豊原町
1938.04.01分立名好郡塔路町名好郡 恵須取町の一部
1941.04.01分立名好郡西柵丹村名好郡 名好村の一部
町制本斗郡内幌町本斗郡 内幌村
町制/改称久春内郡珍内町久春内郡 三浜村
町制名好郡名好町名好郡 名好村
村制豊原郡川上村豊原郡 川上村
村制本斗郡海馬村本斗郡 海馬村
村制散江郡散江村散江郡 散江村

 支庁の変遷については記していません。支庁についても変遷があり、出張所も絡んでくるので複雑になってきます。

 上記の表のあと、1943年4月1日に内地編入され、“48番目の府県”になったわけですが、「樺太市制」と「樺太町村制」が廃止されたのは6月1日。2ヶ月間は、同じ「市」でも違う法制だったようです(それぞれ市制・町村制に統合されましたが、二級町村は内務省指定町村に移行)。


 その前、1942年11月1日には、戦時体制として行政組織が簡素化されています。支庁の統合はもちろん、郡も再編されたようで、それまでの郡名とは異なっています。

 豊原郡・栄浜郡→豊栄郡
 大泊郡・長浜郡・富内郡→大泊郡
 真岡郡・野田郡→真岡郡
 久春内郡久春内村→泊居郡に変更
 久春内郡珍内町→恵須取郡に変更(恵須取郡新設、久春内郡消滅))
 鵜城郡鵜城村→恵須取郡に変更
 名好郡恵須取町→恵須取郡に変更
 名好郡塔路町→恵須取郡に変更?
 敷香郡・散江郡→敷香郡

 この郡変更が42年11月1日付だったのかどうかは分かりません。38年の塔路町分立時、果たして「名好郡」だったのかどうか…。


 まずは、分かっている範囲だけでも「変遷情報」に反映すべきだとは思いますが、さて?


[74358]右左府さんを受けて、敷香町制施行日時を訂正。確かに、6月4日は告示日で、施行日は7月1日でした(官報によって、何年か前に確認しています)。
 
[74089] 2010年 2月 2日(火)18:31:16紅葉橋律乃介 さん
支庁の痕跡を訪ねる
 だいぶ時間が経ってしまいましたが、北海道の支庁改メ総合振興局・振興局について。

 年が変わり、2月にも入りました。2ヶ月後には、正式に北海道から「支庁」という名称が消えます。
 これは既にどんどん反映されていて、たとえばお正月に会社などが社名入りのカレンダーを作成する。会社によっては、北海道地図にカレンダーと社名を入れている、カレンダーが主なのか地図が主なのか分からないようなものもあるわけですが、2010年版の地図には、「支庁」の代わりに「総合振興局」・「振興局」と書かれていて、空知や上川・留萌の形も変わっています。

 昭文社から発行されている都市地図が、これまでの「岩見沢市・美唄市・三笠市」版から、「江別市・岩見沢市」版に変更されました。従来の赤い表紙の場合は地名や施設名が見やすかったのですが、増えてきた灰色の表紙版では、ちょっと見づらいようですね。岩見沢市内の支庁のある場所の施設名は、既に「総合振興局」となっています。今後発行される各地の地図でも、「支庁」という名称は過去のものになってしまうのですね。


[73408] 2009年12月27日(日) 10:59:20 オーナー グリグリさん
今回の振興局への名称変更により、ますますその曖昧感が強くなるというのが私の懸念です。この際、すっきりと「支庁」という括りを廃止してもよいのではないかと考えた次第です。

 北海道になじみのない方にはそう思われても仕方ないかも知れませんが、道民として考えると、「支庁」の括りを取っ払ってしまうのは、はっきり申し上げると「「使えない」ものに変えましょう」と言っているようなものです。使えないもの、分かりづらいものに作り変えるというのは、奇妙な話ですよね。


住所表示として一般認知も高い「郡」は、統一されている区画情報としてまだまだ存在価値があると考えています。北海道の「郡」についても以前も議論しましたが、住所表示としては「支庁」よりも有意(優位)な存在であると認識していますが、いかがでしょうか。

 住所にしか使わないような「郡」の方が、重要だと仰る。住所に使っているから重要で、使っていないから不要。このようにお考えであれば、はっきり申し上げて北海道自体を削除されるか、逆に、どの町村が何郡なのかなんて街頭の住民くらいしか知らないでしょうから、「郡」の括りを取っ払った方が良いのではないか、と思うくらいです。
 でも、「郡」が有名無実化しているなんていうのは北海道に限ったことではなくて、存在しているから住所に使っている、という程度のものではないかと。


 ところで、
当サイトの市区町村プロフィールの北海道ページでは、コード順にすべての市を一覧したあと、町村を支庁区画にまとめて一覧表示しています。ところが、データベース検索の検索結果を「都道府県順」で並べると、市も含めて支庁区画ごとに並ぶため、北海道では市の表示がばらけてしまいます。例えば、このように。これは前から気になっていて直したいと思っています。

 確かに「このように」の表示方法では分かりづらいですね。しかし、「市」を全道一括にして、「町村」を支庁別にするのが一般的なようですが、そうではなくて、このまま支庁別に市も割り振れないでしょうか?

 現状では、石狩地方の市町村→渡島地方の…と続いていても、括りが「北海道」のまま。それを「石狩振興局」→「渡島総合振興局」…という括りに変えれば、分かりやすいと思います。


 ちなみに、「北海道総合振興局及び振興局の設置に関する条例」では、支庁の並び順が変わっています。もしかすると、道内の統計(条例の並び順)と全国の統計(市区町村コード順)では、見た目が大きく違って来るかも知れません。


 ところで、支庁の管轄が変わると、気象予報区分も変わるんでしょうかね。幌加内町は現在空知地方(北空知)に属しており、道央圏なので札幌周辺の天気予報で触れられます。上川地方に移ると道北圏になり、札幌周辺の予報では“圏外”になります。
 幌加内町といえば、北母子里でマイナス40度超えという記録もありますし、現在でも低温や豪雪地域でもあります。

 さて、どうなることやら…。
[72824] 2009年 11月 12日(木)02:42:18紅葉橋律乃介 さん
総合振興局と振興局
 折に触れて記している、「市区町村変遷情報」における、北海道の支庁の扱いについて。

 支庁設置条例の改正施行を受け、来年4月1日から、現在の支庁が総合振興局・振興局に変わります。また、空知支庁管内幌加内町は上川総合振興局へ、留萌支庁幌延町は宗谷総合振興局に移管され、網走支庁はオホーツク総合振興局に改称します。

 これらの予定は、「市区町村変遷予定情報」には記されていません。そもそも、道内では既に合併協議はどこもしておりませんので、「北海道」の項目すらありません。

 一方で「市区町村変遷履歴情報」の「北海道」では、北海道区制や町村制施行よりも(現在まで続く)支庁の設置が先なので、1行目から「支庁設置」が続きます。改称や移管についても、市区町村の変遷と同じように記載されています(仕様の問題で(?)改称も「支庁設置」と記されていますが…)。

 仮に予定情報に記載せずに施行期日を迎えた場合、突如履歴情報に今回の改組・移管・改称が記載されることになり、不自然ではないでしょうか。


 また、「市区町村プロフィール」の「都道府県別 市区町村一覧(北海道)について。他の都府県も含め、記載の市区町村の並び順は、何を基準にしているかは記されていませんが、地方公共団体コード順ではないでしょうか。
 ただし、北海道では町村は支庁別に付番されていますから、そのままでは郡別に表示できませんから、町村の再編でコードと郡が離れてしまった場合は、適宜処理されているようです。

 今般の支庁設置条例改正では、幌加内町は上川の末尾に、幌延町は宗谷の末尾に付番されました。これは、付番の原則からも妥当なところですが、条例上の「所管区域」並び順は、それぞれ移管先の筆頭に書かれています。
 また、支庁(総合振興局・振興局)の並び順自体も、「総合振興局」が「振興局」を含む広域事務を担当することができますから、これまで筆頭の「石狩支庁」改メ「石狩振興局」を所管する「空知総合振興局」が、条例上は筆頭に書かれています。


 これまでは施行期日が未定でしたが、はっきりと施行期日が公布された以上、何らかの対応が必要ではないか、と道民は思うのですが…。
[72719] 2009年 11月 2日(月)23:19:09紅葉橋律乃介 さん
第二十四回十番勝負
 参戦する気はなかったんですが、調査のヒントになったので御礼として。

問三:名寄市

 道内以外はさっぱり分かりません。
[71765] 2009年 8月 23日(日)01:04:50紅葉橋律乃介 さん
しむかっぷ
 北海道の人口についてのお話の続きです。

[71693] 8月17日(月)00:24:14 YTさん
ただ残念ながら公的機関のまとめたものにも関わらず、「村」と「町」の誤記が10箇所以上あったと思います(一々メモを取りませんでしたが)。国勢調査の報告書自体も「村」と「町」の誤記が同程度あったと思いますが、両者の間違いは色々異なったりします。
 道庁統計課のホームページについての話題ですが、エクセルファイルで公表されていることから、数年前に入力・公開された物なのでしょう。
 平成12年調査までのデータで“北海道の国勢調査人口”をうちのホームページに載せましたが、人口自体は合計で照合が容易なのに対し、市町村名は正しいのかどうかは疑問でした。調査日現在の市町村名で入力されているのかどうか、また、「町・村」と「むら・ちょう」といった読みがなが合わない例が多数見受けられました。

 ホームページのデータの原資料を読んだことはありませんが、これらの表を改めて入力した結果、前後の調査の市町村名を流用した結果、町制した村の読みを「むら」のまま「町」に変更した、あるいはその逆もあったのでしょう。

1944年の人口調査の扱いにも苦慮しています。改めてこの年の人口調査をみたところ、ほぼ全ての府県で市町村別人口の合計と都道府県の人口の間に不一致があります。


 さて、[71673]
大正2年12月31日調の日本帝国人口静態統計では、占冠村は室蘭支庁勇払郡占冠村として集計されています。同時期の虻田郡などは、わざわざ後志支庁と室蘭支庁に分けて集計していっます。

 これは、確かにおかしいですね。記録の上では、明治39(1906)年に占冠村は既に上川支庁に移管されています。
 虻田郡については、既に明治32(1899)年に倶知安村が岩内支庁に移管されていますが、43年に真狩村・狩太村が後志支庁の新設に合わせ、室蘭支庁から移管されており、上記の「日本帝国人口静態統計」に反映されています。所管支庁も、合併前の旧3支庁ではなく、統合された状態で記されています。

 疑問な点があります。この統計資料は、北海道の支庁内が郡別に記されています。こういった場合、道庁が国なりに報告する場合、「郡別」になっていたのでしょうか。「支庁別」の資料を国が郡別に分け直していたとすれば、あるいはこの段階で占冠村が室蘭支庁に“紛れ込んだ”のではないかと…。


 公的機関ですから、そういうことはない…のでしょうか?
[71745] 2009年 8月 21日(金)21:39:03紅葉橋律乃介 さん
支庁で考える
 「支庁を考える」シリーズを、興味深く読ませていただいております。北海道の人間だから、かも知れませんが。

 さて、このタイミングに合わせた? とも思ってしまうのですが、

[71685] 8月16日(日)15:02:29 hmtさん
施行日を定める規則が7月に制定されたかどうかは不明です。従って、10月1日施行もどうなることやら。

 「7月制定」という話は聞いたことがありません。聞いたことがないので、10月に施行されるわけがないと思っていました。

 北海道新聞「支庁再編、10月施行延期 町村会 農・水課集約に反発」より、一部抜粋。
道は20日、3月末に成立した改正支庁再編条例の施行時期について、目標としてきた10月1日から先送りする方針を固めた。道が示した再編後の組織体制や機能分担案に対し、道町村会などが修正を求めていることから、これらの調整を最優先すべきだと判断した。道は町村会などの理解が得られ次第、条例の施行日を決める方針だが、協議が難航すれば、新体制のスタートは来年度以降にずれ込む可能性もある。

 施行日は町村会との協議の後に決められますが、「周知期間」も設けなければなりませんから、とりあえず今年中の施行はないようです。

 それよりも気になるのが、「幌加内町、空知残留の可能性も 」の方。
道の支庁再編の10月1日施行がずれ込む見通しとなったことを受け、空知支庁から上川総合振興局管内への編入が決まっている空知管内幌加内町の森谷広町長は20日、北海道新聞の取材に対し「あらためて町民への説明会を開き、反対が大勢なら空知にとどまる」と述べ、移管希望を撤回する可能性を示した。道によると、同町が空知に残るには再び条例を改正する必要がある。

 当初の支庁の再編案では、石狩・空知・後志・胆振・日高が「道央支庁」になり、札幌に支庁が置かれるはずでした。それならば、札幌よりも近い旭川に置かれる支庁管内に移りたいと、幌加内町が要望。
 その後、紆余曲折を経て、支庁(総合振興局)は岩見沢に置かれ、支庁の数・範囲も含め、現在とほとんど体制が変わらない予定です。これでは、わざわざ変更を要望した意味がない…ということでしょう。

 情勢によっては、未施行のまま再改正される可能性もあります。


 道外の人にとっては“地名もどき”としてどうでも良い存在かも知れませんが、道民にとっては違うものと考えます。
 と言ったところで、気にしないんでしょうね…。
[71717] 2009年 8月 19日(水)00:36:24紅葉橋律乃介 さん
北海道市立高校
[71708] 8月18日(火)18:51:00 桜トンネルさん
 市立高校について。道内の公立高校名称については既述ですから、校名に「市立」と付いているもののみ拾っているのだと思います…が、[71713][71715]でMasAkaさんが、[71714][71716] ぺとぺとさんが“隠れ市立高校”を挙げておられますから、念のため道内の現存市立高校を挙げておきます。校名の「北海道」は省略し、「市立」は付けています。

市名学校名
札幌市札幌星園(※)、札幌啓北商業、札幌旭丘、札幌開成、札幌藻岩、札幌清田、札幌新川、札幌平岸(※)、市立札幌大通
函館市市立函館
岩見沢市岩見沢緑陵
滝川市滝川西
旭川市旭川北都商業(※)
士別市士別東
北見市北見似頃(※)
帯広市帯広南商業
釧路市釧路北陽

※札幌星園・札幌平岸高校は2011年廃止予定(市立札幌大通高校と再編統合)
※旭川北都商業は2011年廃止予定(改めて設置された旭川南高校と再編統合)
※北見似頃高校は2012年廃止予定(2009年度募集停止による)

 岩見沢緑陵高校は、私立岩見沢商業高校・岩見沢女子高校を統合して岩見沢市が引き継いだ学校。また、滝川西高校は、私立滝川商業高校を滝川市が引き継いだ学校。


 ついでに、私立で校名にひらがな・カタカナが入っている例。

札幌市札幌山の手
江別市とわの森三愛
函館市函館ラ・サール


 市立高校には、この春に閉校した学校もあったんですが…。
[71687] 2009年 8月 16日(日)18:46:00紅葉橋律乃介 さん
上富良野町を除く
[71673] 8月15日(土) 00:55:59【1】 YTさん
[71675] 同日 12:59:47 でるでるさん
[71677] 同日 18:30:55【1】 YTさん

 歌志内・占冠・大滝について、「北海道(庁)告示」の原典自体はすぐに確認できないので、市町村史等を読んで来ました。

・歌志内村→町の施行日
 『歌志内市史』には、告示の写しが載っています。
北海道庁告示第四百号
 空知郡歌志内村を昭和十五年四月一日より歌志内町と為すの件 昭和十五年三月二十七日許可したり(告示日以下省略、原文の旧字・カタカナは引用者が改めた。以下同じ)

 これによって、歌志内村の町制は昭和15(1940)年4月1日付であることが分かります。

※北海道庁のホームページ(過去の国政調査結果)には、調査時の市町村別の人口などが載っています。ここでは、昭和15年の調査は「歌志内町」と記されています。


 『占冠村史』は見当たらなかったので、『新北海道史年表』を読んでみました。出典は『法令全書』とありますから、近代デジタルライブラリーで確認してみました。
勅令第五十四号
明治三十年勅令第三百九十五号別表中左の通改正す
北海道庁上川支庁の項「中川郡天塩国」の下に「勇払郡の内占冠村」を加ふ
北海道庁室蘭支庁の項「勇払郡」の下に「占冠村を除く」を加ふ
(1行省略)
   附 則
本令は明治三十九年四月一日より之を施行す

 これによって、占冠村が室蘭支庁から上川支庁に移管されたのは、明治39(1906)年4月1日であることが分かります。また、『富良野地方史』にも、占冠を含むこの地方全体の沿革とともに、やはり明治39年4月1日と記されています。


 『大滝村史』も見つからなかったので、『新北海道史年表』を読んでみました。
 告示の原文は分かりませんが、徳舜瞥村が大滝村に改称したのは、昭和25(1950)年9月1日で、北海道庁告示は「8.18」ということです。11月施行であれば、告示が早すぎると思いますので、9月1日付で改称されたのではないでしょうか。


 ちなみに、北海道支庁図をだいぶ前に作りましたが、実際に勅令を確認してみると、やはり施行日が違う箇所がありますね。郡役所の異動は、さて、どこに原文があるのやら…。
[70908] 2009年 7月 21日(火)23:17:46紅葉橋律乃介 さん
姓名の神秘
[70886] 7月19日(日)17:36:14 オーナー グリグリさん
一応、「オーナー グリグリ」と名乗っていますので... もっとも、グリグリだけでいいですが。

 実は、この記事を読むまで、「グリグリ」さんというオーナーであると思っておりました。「オーナー グリグリ」さんだったのですね。

 わたしたちが書き込む際は、オーナー以外は「○○ さん」と表記されます。グリグリさんの場合、自ら「さん」を付ける代わりに、「オーナー」が頭に付いているのではないか、と思ったのです。

 「オーナー」というのは、“役職”ではないかと。例えば「社長島耕作」という表記があったとしても、「社長島耕作さん」とは呼ばない(○○社長、島耕作様 という呼び方はありますが)で、普通は「島耕作社長」になるはずです。
 そうすると、グリグリさんというオーナーを表記すると、「グリグリオーナー」になるのではないか…と思ったのですが、「オーナー グリグリ」がフルネームであるなら、やはりそのまま書くべきでしょうね。略す場合は、「オーナーさん」とは書かないでしょうから、「グリグリさん」でご容赦願います。


 グリグリさんの場合は半角スペースがあるから分かりやすいですが、ニックネームの中には、わたしのように姓・名を想定して付けている場合もあるでしょう。
 そうすると、“姓名型”の場合は「紅葉橋 律乃介」とでも表記した方が良いのかも知れませんが、どうなんでしょうねえ…。


 長い間、勘違いでご迷惑をお掛けいたしました。申し訳ありません。
[70883] 2009年 7月 19日(日)15:59:15紅葉橋律乃介 さん
おや?
[70874] 06:40:53 グリグリオーナー
地図力検定:
この部分のセミコロンです。半角に修正してみてください。

 「:」は「コロン」ではありませんでしたか? 「;」が「セミコロン」だったと思いますが…(ただし、「;」は押し間違い以外に使ったことはありません)。


 もしや、地方によって、時代によって呼び方が変わる!? ということはないと思いますが、念のため。
[70732] 2009年 7月 6日(月)01:10:53紅葉橋律乃介 さん
北都商でしょう
[70728] 7月5日(日)23:19:52【1】 ぺとぺとさん
遠慮なく元記事に追加させていただきました。
 わたしの書き方が、ちょっと悪かったようです。
 道内の公立高校は、「市立函館」(函館市立)・「市立札幌大通」(札幌市立)を除き、道立・市町村立の区別をせずに「北海道○○高等学校」と表記します。
 従って、旭川北都商業高校も、「北海道旭川北都商業高等学校」が正式名称となります(「北海道旭川北都商業高等学校 ホームページ」参照)。

 混乱させてしまって、大変申し訳ありません。


 ちなみに、今年度から募集停止(改めて設置された旭川南高校と再編統合)されていますので、平成23年3月で閉校することになります。
[70727] 2009年 7月 5日(日)23:14:19紅葉橋律乃介 さん
水産も難しい
[70723] ぺとぺとさん

 旭川市には、市立の旭川北都商業高校があります(今年度は2・3年生のみ)。
 商業・工業・農業の“揃い踏み”は、案外少ないのですね。
[70232] 2009年 5月 20日(水)20:11:09紅葉橋律乃介 さん
どさんこワイド179
[70226] 5月19日(火)19:36:41【1】 山野さん
湧別町・上湧別町両議会は本日、合併関連議案(廃置分合議案)を可決しました。

 「北海道新聞」によると、両町長が道知事へ合併申請書を提出したとのこと。
 これで10月5日の合併が“内定”したと言っても良いでしょう。

 「平成の大合併」以前に212あった市町村が、現在は180。そして、179まで減少することになるようですが、これ以上の変動は当分先になりそう。


 それにしても、北海道は広いですねえ…。
[70174] 2009年 5月 16日(土)21:24:27紅葉橋律乃介 さん
雄別の方が知名度が・・・
 どなたも言及しないと言うことは、注目していないと言うことなのでしょうが、一応書いておきます。

 網走管内湧別町と上湧別町の合併問題。湧別町の住民団体から挙がっていた住民投票の要求を受け、15日の湧別町議会で「住民投票条例案」が審議されましたが、反対多数で否決されました。

 既に両町で合併調印は済んでいるので、19日の両町議会で合併関連議案を可決予定。
 可決すれば、道内では「平成の大合併」以降で成立する、唯一の例となります。

※北海道新聞 「新「湧別町」誕生固まる 町議会住民投票条例案を否決」 より


 ちなみに、現行の14支庁を、支庁としての9総合振興局と出張所としての5振興局に再編する支庁設置条例は、結局未施行のまま3月31日再改正され、支庁としての9総合振興局・5振興局に名称変更し、10月の施行を目指すことになっています。
 総合振興局で名称変更を予定していた各支庁のうち、「網走→オホーツク」以外は、すべて現行の支庁の名称を引き継ぎます。2つの町で所属支庁が変わりますが、そちらは予定通り変更される見込み。「網走管内」という呼称は、施行後は使えなくなるようですね。
[69955] 2009年 5月 6日(水)00:10:50紅葉橋律乃介 さん
「敬う」ということ
 十番勝負が終わったようですので…。

[69728] 4月28日(火)19:20:07 興田小さん
[69269]稿の表現を私は不愉快と感じておりませんので、念のため申し添えます

 大変遅くなってしまいましたが、その節は失礼致しました。今後は気をつけなければいけないと自覚いたしました。今後ともよろしくお願いいたします。


[69277] 4月18日(土)11:29:23 ニジェガロージェッツさん
ご存知のとおり,「伺う」は自分の動作に対する謙譲語です。
 実は、書いた時点ではまったく違和感がありませんでした。文例があって「不適切な部分を直せ」とあれば、<ここは違う>と気付いたのかも知れませんが、不勉強でもありまして、まったく気付きませんでした。ご指摘感謝いたします。

 日常では、文章よりも耳で聞く方が多いわけでして、こういった“適当な敬語”を聴き慣れてしまうと、それが文章にも出てしまったのでした。

 興田小さん、ご迷惑をお掛けしました。申し訳ありません。
[69269] 2009年 4月 18日(土)01:24:33紅葉橋律乃介 さん
御用舞
[69233] 4月14日(火)23:59:59 Issieさん
 この書き込み時間は凄いですね(笑)。

まあ,(南)樺太と一緒に北・中千島も“放棄”することでサンフランシスコ条約を結んでもらえたのだから(たとえ,ソ連が調印していなくても)…。日本政府としては,「四島」以外を返せとは言いづらいでしょうね。

 政治的はお話はあまりしない方が良さそうですが、もう1回だけ。
 放棄したのは「千島列島」でした。そうすると、“南千島”というくらいだから、「北方領土」もその一部のはず。でも、我が国の立場としては、「固有の領土」なので「千島列島」ではない…という、何とも分かりづらい島々なのですね。
(“南千島”なんて根室地方で言ってしまうと、それこそ袋叩きに遭いかねませんね。そもそも、北海道民としてはご法度なのかも)


[69237] 4月15日(水)22:26:37 興田小さん
紅葉橋律乃介さまのコメントもちょうだい出来ればと思う私です…
一時は[紅葉橋瑤知朗]さまでしたものね。

 「珸瑤瑁」の漢字を当てた理由までは分かりません。
 北海道の地名には、アイヌ語の意訳であったり、音に無理矢理漢字を当てはめたりしたものが多いわけですが、後者に関しては、“その音の漢字を当てた”というだけで、付けた人のセンスと言いますか、何らかの想いはあったのでしょうが、後になってみると、<読めないなあ>とか<書けないなあ>と思うことばかりなんです。
(「瑁」の字は、よく別の字と間違われるようです。「珸瑤?」と誤植があっても、ちょっと気付きませんね)

 ちなみに、「瑤知朗」[ようじろう]は人名由来なので、「瑤」という名前を付けた方に伺ってください(笑)。


※「珸瑤瑁」という単語では、記事検索出来ないのですね。使い方が悪いのでしょうか?
[69268] 2009年 4月 18日(土)00:55:21紅葉橋律乃介 さん
文章だけでは難しいこと
 遅くなってしまいましたが、ご不快な思いをさせてしまっておりますから、釈明させてください。

[69236] 4月15日(水)12:38:29 とんかち☆さん
なんか代表して袋たたきに合わせてるみたいですが・・・。

 まず、「代表」と「袋たたき」は、どちらなのでしょう。わたしは、どちらも行なっていませんが…。
 とんかち☆さんは叩かれているわけではなく、ご指摘を受けていたわけです。
 同僚や後輩に言うような感じで、
積丹と歯舞は諸島だと書きましたが、積丹は島で歯舞は群島だそうです
 などと喋っているのを、たまたま先輩や上司が聞いていた。そこで、ご指摘を受けた…と考えれば、分かりやすいかと思います。


 個人的な話になりますが、わたしは書店員の経験があります。しかし、店員になるまで、接客業をしたことはありません。仕事自体、直接お客様と相対しない仕事を1年くらい経験しただけ。人付き合い自体が苦手でした。
 当然ながら、出来なかったこと・失敗もたくさんありまして、その度に叱られたわけです。
 ところが、叱られている最中、どういう顔をして良いのか分からない。よく、「人の目を見て話せ」と言いますが、叱っている人の顔を見ていると、つい笑ってしまう。聞いて返事をしていても、おかしくもないのに笑いが入ってしまう。そこでさらに叱られるわけですが、本来は神妙に聞いていなければならない場面で笑いながら聞いていれば、誰だって不快になるのではないかと思います。


 何度も言われていることですが、ここは文章だけのやり取りです。なので、書いている方がどういう姿勢なのか。楽しい気分なのか、落ち込んでいるのか。読んだだけでは分からないんですが、
打ちながら「なんか違うんだよなぁ~」と思ってました。実は(笑)
 という文章を読んで、わたしは、とても神妙に受け止めたとは思えませんでした。
 その前の書き込みでも、北方四島の他の島のお話をされていますが、万事において、適当な、即ちうろ覚えが見られます。
 別に、覚えても覚えなくても(とんかち☆さんの人生においては)良いことかも知れませんが、いつも適当に聞き流しているからこそ、こうしてうろ覚えで恥をかくのではないか…とも思いました。


今回は(も?)業務前の短い時間で書き込みしたため、インターネットで調べることはしても詳しく調べる余裕がありませんでした。
もし、家で書き込みしていたらおそらく気がついた間違いだと思います。
 そういう事情があったのならば、致し方なかった面もあるかと思います。気がつかなくて、申し訳ありません。

 ただし、そういう時間がない中で、わざわざ書き込む必要があったかどうかは疑問であります。家へ帰ってからでもゆっくり調べられたのではないか? と。帰っても調べる暇もないほど忙しい…というなら、また話も変わって来ますが、そもそも、そういう状態では、およそ仕事に関係ない(と思われる)この話題について、考えている暇[いとま]はないのではないか、と思います。


 わたしは、とんかち☆さんをいじめるために書き込んだのではありません、ということだけは、はっきりと言わせていただきます。
[69231] 2009年 4月 14日(火)22:25:27紅葉橋律乃介 さん
車高が短いわけではありません
 「北方領土」は「四島」とされていますが、本当にそうなのか。なぜ“南千島”だけを返還要求しているのか…と、ここではそういった政治的な話はどうでも良いでしょう。

 日本人なら、「四島」を書けなくても、「読める」いや、「聞いたことがある」くらいにはなって欲しいなあ…と思うものの、現実は北海道民でも知らない人は多いわけで。まあ、たいていはそれ以外にも“知っているべきこと”を知らない人も多いんですが。


[69224] とんかち☆さん
打ちながら「なんか違うんだよなぁ~」と思ってました。実は(笑)
 良いお勉強になったとは思いますが、あまり喜んでばかりではいられませんよ。「(笑)」で済ませているのでは、あまり教訓になっていないような気がします。せいぜい、<あ~、また教えてもらっちゃった~>くらいにしか捉えていないようにも読み取れます。

 別に、間違って覚えること、知らないことはたくさんあります。それはしょうがないんですが、せっかく「インターネット」が使えるのなら、何でも調べてみた方が良いと思います。今回は、調べ方が悪かったのではないかと。


 ちなみに、
[69225] k-aceさん
色丹島の色丹郡「色丹村(しこたんむら)」は1933年10月1日に改称されるまでは「斜古丹村(しゃこたんむら)」でした。
 必ずしも「斜古丹」=「しゃこたん」と読んでいたわけでもなさそうです。あるいは「しこたん」だった可能性もあります。そうすると、まず(正しく)読めないです。

 角川「地名辞典」に載っていなかったかなあ…。
[69113] 2009年 4月 3日(金)17:31:35紅葉橋律乃介 さん
加除訂正の続き
 3月17日の[68848] について、多数のご指摘を頂きまして、ありがとうございます。

 熊虎さんは削除されてしまいましたが、一つ前の記事に対する進言でありました。
 当日は出勤時間が遅かったので、出勤前の12時ごろに本「落書き帳」に来たわけですが、該当の記事が一番上、即ち最新の記事でありました。その後1時間の間に3回ほど訪れましたが、見るたびに“追記”されています。誰も書き込みがなかったからなのでしょうが、このまま何時間も書き込みがないとすれば、さらに追記が続いたのでしょう。
 どこが問題なのか、と思われる方もいらっしゃるでしょうが、もとは2行しかない簡単な記事。それが時間の経過とともに“追記”で詳述されて行く。これは明らかに「書き込み訂正」の域を逸脱しているのではないか、と思った次第。


 「ヴェテランの方」実名を挙げずに書いたことで熊虎さんはわたしをお恨みになっているでしょうが、わたしのブログでもお世話になっておりますし、そもそも名指しで追及はしたくありません。申し訳ありませんでした。


 [68851]にて当該記事は削除され、解決したようでした(仕事中なので、書き込まれた時間にはこの記事は見ていません)が、[68856] にて
あのように私であることが分かる形で叱責を受けるようではやってられません。
 と書かれています。本「落書き帳」では、今に至っても紅葉橋は「叱責」をして熊虎さんを傷つけ、貶めた極悪人になっています。熊虎さん自身に恨まれるのは致し方ありませんが、ずっと「叱責者」のままでは、わたしはどうすれば良いのでしょう?


 [68870] にて、山野さんは
一方的に誰か分かるような書き込みの方こそ只の嫌がらせでしょう。
 と書かれています。「嫌がらせ」と勝手に思い込まれても(思うだけなら)構いませんが、ここでも、紅葉橋は熊虎さんに「嫌がらせ」をした極悪人として“認定”されています。

 [69072] では、
…30分余りの間に書き込みが無いものの、以前話題になったので記事を分割したけども、まぁいいか。
 と書かれています。「以前話題になった」と言うのは、明らかにわたしがつけた“いちゃもん”のことなのでしょうが、この記事こそ、わたしに対する「嫌がらせ」に見えなくもありません。はっきり言って、“文句を言うと容赦しないぞ”と言われているようで、非常に恐怖心を覚えます。

 [69071][69072] では、ともに「合併関連情報」に違いありませんが、それ以外に共通点はありません。[69072][69071]に補足されるものではなく、まったく別の情報と言えます。


 わたしは、合併関連情報はほとんど書き込めません。なので、熱心に情報を集め、書き込まれる方々の情熱には敬意を表します。
 しかし、こう書くと気を悪くされるかも知れませんが、“熱心に書き込んでいるのだから自由にさせろ”と読めなくもありません。
 確かに、ほとんど書き込まない人間が、<おかしいのでは?>と横槍を入れるのは面白くないとは思いますが、だからと言って、混乱を招きかねない状況は、傍観しづらい面もあります。


 なかなか文章をまとめられずに日数が経ってしまいましたが、どうか“不起訴”にして頂けないかと思いまして、あえて書き込みます。
[68848] 2009年 3月 17日(火)14:43:09紅葉橋律乃介 さん
加除訂正
 何度となく言われていることでもあり、今さらと思われることかも知れませんが、書き込んだ後に許されるのは、あくまでも「訂正」ではないかと思います。不適切な書き込みの場合は「削除」もあり得る(わたしも経験があります)でしょうが、加除によって文章がおかしくなったりして“全文改正”をしてしまうと、読んだかどうか分からなくなってしまいますね。この場合は削除して新規投稿するか、前の投稿はそのままにし、新規投稿でその旨注釈をつける…ということが考えられます。

 一番厄介なのは、書き込んだ後に、「まだ」誰も書き込んでいない場合。“これ幸い”とどんどん追加する方もいますが、1件でも書き込みがあれば、元の記事を離れて新規投稿せざるを得ないでしょう。
 早く書き込みたい気持ちは分かりますが、そこまで速報性が求められているのでしょうか。不可解です。


 で、元の記事が2行しかないのに、1行・2行・3行を追加されているヴェテランの方。審議の途中経過を詳細に報告する必要性をお教えください。
[67769] 2008年 12月 30日(火)00:46:51紅葉橋律乃介 さん
北海道ですか?
 「年賀状は贈り物だと思う」などという宣伝に乗せられて(?)、今年も投函を終えました。民営化によって、はがきの種類がやたらと増えましたね。

 友人は少ないくせに出す枚数は多いわけなんですが、

[67760] 12月29日(月)13:58:10 白桃さん
いわゆる郡部には2枚だけ。これも寂しいですね。

 改めて“発送リスト”を眺めると、差し出した79枚のうち、「○○郡」と書いているのは1枚のみ。
 いや、「浦河町」があるのでもう1枚。以前は、確かに町村がもっとありました。我が岩見沢市と合併した北村や栗沢町にも出していましたが、今は「市内」でひとくくり。ちょっと寂しい(?)ような。

 この“発送リスト”、ちょっと邪道かも知れませんが、都道府県名は入れていません。また、北海道内は郡名も省略しています。手書きする場合は市町村名も省略して書きます。

 で、一番邪道なのは、表と裏を両方とも印刷で済ませることだったりして…。
[67009] 2008年 10月 13日(月)19:59:03紅葉橋律乃介 さん
[67008] 18:54:03【1】 むっくんさん
内務省告示第14号(T8.4.1)の中川郡川今村とは果たしてどこなのでしょうか、私には全く分かりません。

 原文が「川今村」だとすれば、「川合村」の誤記ではないでしょうか(M39.4.1凋寒[しぼさむ]村で二級村、T2.4.1川合村に改称。T15.7.1に池田と改めて町制)。


 本筋ではありませんが、
蒼A(A:おうへんに冐)村
珸瑤A(A:おうへんに冐)村

 辞書では「王+冒」のように、はっきりと下の部分が「目」になっていますから、これらは「蒼瑁」(あおしまい)と「珸瑤瑁」(ごようまい)であると思われ、通常表記は可能なようです。
[66508] 2008年 8月 30日(土)17:16:41紅葉橋律乃介 さん
キモベツ町?
[66483] 8月29日(金)16:13:00 はやいち@大内裏さん
北海道留寿都村長は本日8/29に臨時会を招集し、喜茂別町との法定協議会設置議案を上程しています。

一方の喜茂別町議会の日程は不明ですが、合併説明会の資料では8月中に議決とありますから、日程からして今日が期限かと思います。

 北海道新聞によると、「法定合併協の設置を可決 喜茂別町・留寿都村」と題し、次のような記事がありました(リンクではあとで読めなくなるので、必要部分を引用)。
 後志管内の喜茂別町と留寿都村の両議会は二十九日、臨時会を開き、法定合併協議会(法定協)設置議案をそれぞれ可決した。九月一日に調印式を行い、同日付で設置、二〇一〇年三月の合併新法期限内の合併を目指す。

 「ルスツ」の知名度は大きいですから、「ルスツ町」の可能性は大いにあるような、そうでもないような。真狩村も出て行かなければ、ニセコ・ルスツで並んで面白かったんですけど。


※PDF文書は閲覧ソフトが起動しますので、できれば注記していただければと思います。
[66045] 2008年 8月 15日(金)03:08:23紅葉橋律乃介 さん
字体
 今ごろですが、市区町村名の字体のお話。別に「塚」以外にも“怪しい”字はあるのですが、それはまた別の話。

 そもそも、
[65899] 7月30日(水)14:09:01 鳴子こけしさん
平塚市や宝塚市等の『塚』の字は、『丶がある塚』なのでしょうか?それとも、『丶がない塚』なのでしょうか?
 この書き込みのあと、なぜ現地確認の駅名標話に変わっていったのでしょう? 現地へ行かれるのであれば、市役所などへ出向いて、たとえば市役所の“表札”はどうなっているのか。あるいは、街の中で「平塚市」などの表記がどうなっているのか。そちらを確認された方が、意義があるかと思います。


[66016] 8月12日(火)22:45:21 N-Hさん
9月11日付けで、「宝塚郵便局」から「宝(ひげあり塚)郵便局」に局名を改称しているのです。
 改称の理由は分かりませんが、手持ちの風景印を見てみると、平成4年の旧印影にはひげがなく、平成6年の図案改正後は“ひげ塚”に変わっています。改称後も、風景印に関しては変化はないと思います(事業会社の宝塚支店も同じ図案の印を使っていますが、もしかすると違う文字の可能性もあります)。
 それ以外の日附印の手持ちがないので分かりませんが、こちらは常用漢字で字体が変わったからと言って、簡単に変わるものではないような気がします。今でも、「塚」のつく郵便局・支店では、“ひげ塚”が多いのではないでしょうか。


 わたしは、市区町村名表記の拠りどころとして、以前から「全国市町村要覧」(手持ちは平成16年度版)を利用しています。それによると、「塚」は1件を除いて、すべて“ひげ塚”。宝塚市をはじめ、平塚市や戸塚区といった区名まで、ほぼ“ひげ塚”で統一されていますが、1件“ひげなし塚”が使われているので、一応“使い分け”はされているようです。

 それとは別に、「辞典」や「総覧」ではどうなのか。
 「辞典」では、“ひげ塚”の使用はありません。すべて“ひげなし塚”で統一されています。「ヶ」の大小はどうだったんでしょう?
 「総覧」では、使い分けされているようです。宝塚は“ひげ塚”、平塚は“ひげなし塚”。それ以外の市町村は、そのとき思いつかなかったので不明(笑)。各都道府県には地図もありますが、そこでも明らかに使い分けられています。この書では、市制・町村制施行時は当時の表記で、以降異動日順に市町村の異動が載っていますが、表記はその当時の正式(?)表記のようで、当用漢字制定前は当然ながら旧字体となっています。そうなると、消滅時の表記が、“正式表記”とも言えるようですね。


 最終的には、官報の表記を優先することになるのでしょうか。「芦」の字が「戸」になっているのが気になりますが、「塚」や「ヶ」は使い分けられています。確か、群馬県「藪塚本町」は“ひげ塚”、新潟県「安塚町」や石川県「七塚町」は“ひげなし塚”で載っていた気がします。


 最初は「常用漢字」「人名用漢字」表外漢字の「印刷標準字体」と、字体が定められているものはそちらに統一…と考えていたんですが、「蓮」のしんにょうは二点のようだし、「薩摩川内市」の「薩」の字は「薩摩郡」とは違っているようで…と、なかなか難しいものがあります。
[65936] 2008年 8月 5日(火)18:31:00紅葉橋律乃介 さん
道内の話題の続き
[65933] 08:07:05 揖斐の山さん
法定協設置議案の審議日だった湧別町・上湧別町…両町で設置議案が可決されたと見て良いのでしょうかね?
 ネット上では記事が見当たらないので、北海道新聞の現物によると、
・両町で法定協設置議案を可決
・8月12日に調印式、同日付で設置
・上湧別町長の任期が来年10月までなので、「来年10月」(道新)「来秋」(朝日・北海道版)の合併を予定
 とのことでした。

 …と思ったら、道新のサイトで記事が見つかりました。見出しが「地域」ではなく「政治」でだったとは…。


 その一方で、朝日新聞のサイトでは、合併構想 道険しということで、現状を記した記事が出ています。
 合併好き(?)にとっては耳の痛い話ではありますが…。
[65915] 2008年 8月 2日(土)18:55:02紅葉橋律乃介 さん
道内の話題
[65895] 7月29日(火)23:47:25【1】 ペーロケさん
「北北海道」「南北海道」ではなくて、「東北海道」「西北海道」と言った方がシックリ来るのは私だけ??
 江戸時代は「西蝦夷地」(松前地=和人地含む)「東蝦夷地」という呼び方がありましたが、それはともかく、単純に北北海道大会(旭川市)と南北海道大会(札幌市)が開催される都市を基準に読んでいるのではないかと。
 札幌を基準にすると、旭川はやはり「北」というイメージがあります。



[65738] 7月11日(金)18:01:34 揖斐の山さん
江別市と新篠津村による合併論議が決裂しました
 ちょっと前の話題ですが、法定合併協議会の解散は9月30日付だそうです(読売新聞北海道版、合併協議会だよりより)。

 一方で、上湧別町と湧別町の合併協議会が設置される模様。8月4日に両町議会でで可決され、12日に調印式予定(読売新聞北海道版より)。


※駒大岩見沢が「北北海道」と言うのは、まだ違和感がありますね…。
[65743] 2008年 7月 12日(土)17:28:49紅葉橋律乃介 さん
「内幌」はないけど
[65740] 7月11日(金)23:46:04【2】 hmtさん
歴史的に有名な「幌内」に惑わされて犯した誤りだったようですが、調べてみると「上幌内」という地名は、オホーツク側の雄武町や十勝の鹿追町にもあるのですね。

 「幌内」は、もともとアイヌ語の「ポロ(大きい)・ナイ(川)」といった意味が語源ですから、ご指摘の三笠市(幌内町のほか、幌内○○町としてあり)や芦別市・深川市・空知管内長沼町・網走管内雄武町(ほかに上幌内・北幌内・中幌内)・胆振管内厚真町・十勝管内鹿追町(ほかに上幌内)・幕別町(忠類幌内)・釧路管内釧路町(昆布森村幌内)のように、各地に見られるようです。
 その中で、「上幌内」が現在でも字名として残っているのが雄武町と鹿追町のみで、厚真町には見当たりませんね。

“北海道雄武町上幌内集落が過疎で実質的な廃村状態になったため”と、別の上幌内と取り違えて記していたHPがありました。

 実は、地元ではないのでこの一文だけを読んでも、<へえ、そうなのか…>と思うことはあっても、違う場所を指しているとは気付けません。「厚真川上流」から、「?」と思うわけです。


 ところで、「上幌内」から「厚真川上流」に図名が変更されたわけですが、上記のとおり、「上幌内」とは「大きな川の上流(シャモ=われら和人から見て)」から名付けられたとすれば、厚真川が“大きな川”かどうかは疑問ではありますが、まったく違う図名に見えて、実は意味があまり変わっていないというのは面白いですね。
[65739] 2008年 7月 11日(金)20:57:27紅葉橋律乃介 さん
道内の話題?
[65738] 18:01:34 揖斐の山さん
江別市と新篠津村による合併論議が決裂しました

 面白いでしょう、最初からこう書かれると。



[65736] 16:54:34 hmtさん
昨年2万5千分1地形図「上幌内」(三笠市)が「厚真川上流」に変更されました。

 三笠市には「幌内」はありますが、「上幌内」はありませんね。厚真町ではないでしょうか?
[65636] 2008年 6月 28日(土)21:54:57紅葉橋律乃介 さん
敬虔な経県値
 今月下旬に、首都圏JR線“乗りまわり”の旅に出まして、経県値を上げるため(?)栃木県・埼玉県に宿泊しました。また、高校の修学旅行で奈良県に宿泊経験があったのを失念していましたので、一気に8点上昇となりました。これでも61点なんですが…。

 さて、新聞の「お悔やみ欄」を確認してみました。
 栃木県の場合、やはり「下野新聞」は充実していますね。「読売新聞」にも載っていますが、多少簡潔でしょうか。「朝日新聞」は、載っていることは載っていますが、人数も僅かで、購読者しか載せてないのでは? と思うほど。他紙は未確認です。
 埼玉県の場合、「読売新聞」は不掲載。あるいは死亡がたまたまなかった日かも知れませんが、それはないでしょう。他紙は未確認です。


 結局、群馬県は未踏のまま。次の機会を待ちましょうっと。
[65634] 2008年 6月 28日(土)19:56:34【1】紅葉橋律乃介 さん
振興というもの
[65630] 13:23:58 futsunoおじさん
北海道の地域名としても使われてきた支庁を廃止・再編する条例案が北海道議会で成立したとのことです。これにより14支庁から9地域(組織名:総合振興局)へと再編、来年4月施行の見通しです。

 施行日が4月1日になるかどうかはまだ分かりませんが(公職選挙法との絡みもあります)、組織変更が現実のものとなったのは確かです。

 道外の方には分かりにくいかも知れませんが、
新・地域の名称については新聞情報では吸収される支庁の名称が消滅し、吸収する支庁の名称が残るような印象になっています。(消滅するとされるのは「根室」,「留萌」,「石狩」,「日高」,「檜山」です。)

 これについてはまったくの逆でして、吸収「される」側は「振興局」として名称が存続し(ただし格下げ)、「する」側は、基本的には「総合振興局」として名称が変更されます。「総合振興局」は北海道の出先機関、「振興局」は総合振興局の出先機関に改められるようです(詳細は北海道企画振興部地域主権局の新しい支庁の姿(修正案)を参照)。


 すなわち、
・石狩支庁→道央総合振興局石狩振興局
・渡島支庁→道南総合振興局
・檜山支庁→道南総合振興局檜山振興局
・後志支庁→後志総合振興局
・空知支庁→道央総合振興局
・上川支庁→道北総合振興局
・留萌支庁→道北総合振興局留萌振興局
・宗谷支庁→宗谷総合振興局
・網走支庁→オホーツク総合振興局
・胆振支庁→日胆総合振興局
・日高支庁→日胆総合振興局日高振興局
・十勝支庁→十勝総合振興局
・釧路支庁→道東総合振興局
・根室支庁→道東総合振興局根室振興局

 このように変更されますが、空知支庁管内幌加内町は道北総合局管内へ、留萌支庁管内幌延町は宗谷総合局管内へ、それぞれ移管されます。
※網走支庁は「網走総合振興局」だったはずなのに、いつの間にか「オホーツク~」に変わっている?


 この問題については、これまでも何度となく記しておりますが、振興局管内は、現在と同じ地域名称(石狩地方や留萌地方…)と呼べますが、総合振興局(本局)管内の場合はどう呼べば良いのか。
 我が岩見沢市の場合、空知支庁管内なので「空知地方」と通称していますが、今後「道央地方」では、現在の「石狩」・「空知」両地方を称することになります。「道央本局地方」・「旧空知地方」・「道央地方」など、定着するまでは分かりにくい状態が続きますね…。
※条例の所管区域を読んでみると、旧支庁区域を「○○地域」と称しています。これでは、何十年経っても“昔の名前”で出っ放しではありませんか。


 市区町村変遷情報では、こう言った情報は扱わないのでしょうか…と、質問と言いつつ要望も何度となく記しておりますが、現在はまったく反応がない、すなわち“無視”された状態であります。
 実際に施行されてから、単純に市町村コード順に並べ替えるだけで対応を終えられるのであれば、今後の道州制が仮に実現した場合も、対応は望み薄でしょうか。

 道州制と言えば、北海道は道州制特区として、「広域中核市」構想も打ち出しています。
 現在の人口基準ではなく、合併広域化した場合に中核市並みの権限を与え、さらに行政区設置もできるように…と、一部指定都市並みの権限も構想されています。

 これらは市町村の「合併」とは必ずしも一致しないので、皆さんも関心がないのか、誰も記していませんね。


 まずは、うちの支庁図をどうするか検討しなければ(笑)。


※条例原文を読んで、追加
[65498] 2008年 6月 13日(金)00:56:53紅葉橋律乃介 さん
&って?
 すっかり時期を逸してしまいましたが、“クロスワード”について。

[65393] 6月 4日(水)17:28:10【4】 EMMさん
紅葉橋律乃介さんはご自身の考えの「穴」に気づいておられないようですが、もし提示されているルールでマスを埋めようとすると、実際にはこうなりますよね。
 縦に読むか横に読むかで、解釈がかなり異なるようですね。
 仮にこう表現すると、


 A1からD1は横の市名、A1からA4までは縦の市名と読みました。B1・C1、またはA2・A3(とB4)だけを取り出すことは想定していませんでした。お恥ずかしい限りです。

 で、このような場合、はみ出しと「1文字の市名」が共存していることが、話をややこしくします。E4は誰がどう考えても、たった1つしか存在しない1文字市名の「つ」(津)が入るわけですが、回答に1文字が存在するならば、他の縦横1文字しかない場所の回答も、1文字市名の可能性もあるし、単純にはみ出しているだけかも知れない。良く分からない(難しい)“クロスワード”だなあ…と思ったわけです。


[65396] 同日21:52:34 日本人さん
マスが、以上に少なくて、「はみ出し」の部分が、2箇所あるというのはパズルの世界では「異常」なのでしょう。やはり、「スケルトン」という名前で出題するべきだったかもしれません。

 そもそも、日本人さんはパズルを良く解いているのですか? と問いたいです。毎度おなじみ、分かっている気になって、単純に作りたいから作っているだけ…という気がしますよ。これ以降毎日毎日作っているようですが、
[65487] 6月11日(水)21:56:34 日本人さん
やはり、市を300市程度しか書けない僕にとっては、データベース検索がないと、とても考えずらいです。
 市を全部覚える必要なんてまったくないんですけど、こういうものは、場所までは分からなくても、市名だけはすらすら出て来るくらいじゃないと、合っているかどうかも分からないでしょう。


 相変わらず誤字が多いのも気になりますね。と言うより、こちらの方が大事です。今は長いお勉強の期間ですから、習っていない言葉は知らなくて当たり前。でも、「異常」や「つらい」は、5年生なら知っていますよね?

 今はインターネットのおかげで、誰でも自由に発表ができるようになりました。わたしの世代では、たとえ自分で“調査”をしたとしても、公表する機会がありませんでしたし、そもそも公表できるレベルではなかったと思います。今でも、公表するには恥ずかしい限りなんですが、一応の成果としてホームページを作ってはいますが。

 以前の役場から海が近い・遠いのようなものは、できれば自分でホームページを作って発表した方が良いでしょうね。
 今はブログが簡単にできますから、そちらに…と思ったら、もう持っているんですね。なるほど、年相応と言えましょうか。その代わり、意見(コメント)が来ることはあまりないのが残念ですけど。


 また、普段話す言葉と、文字で書く言葉は違いますよ。あなたも、同級生に話す言葉と先生や大人と話す言葉は違うでしょう? いや、先生方にも「すげー」とか「うひー」とか言っているのかも知れないけど、来年には6年生、再来年には中学生になりますから、4年生までとは違う「高学年」になったのだから、段々大人に近づいていきましょう。でも、なぜか男子は成長するにしたがってバカっぽくなる人が多いんですけど(笑)。

 で、こういった“ご指摘”は、単純にコメントを返して読み流すのではなく、実際の行動で示したほうが良いです。コメントなんて別にどうでも良いんです。今後の書き込みを読めば分かりますからね。


 パズルとはだいぶ逸れてしまいました…。
[65440] 2008年 6月 8日(日)00:53:04紅葉橋律乃介 さん
もみじばし律乃介
[65437] 6月 7日(土)23:53:15 敷守ほむらさん
とちぎ県

 今の時間にトピックスニュースとしてヤフーのトップページにありましたから、そこで初めて知りました。
 これから栃木の経県値を上げよう…というタイミングなので、適時というか、間が悪いというか、なんと言うかというところです。


 ただし、群馬県ともども、両県の皆さんには申し訳のないことなんですが、例えば「小山市」が栃木なのか群馬なのか、よく知らないわけで。
 県民の皆さんにとっては、栃木県にあることは百も承知なんでしょうが、北海道民としては、どちらの県の都市なのか…と思ってしまう。

 で、これがひらがなになったところで、「函館も稚内も北海道。ならば、高崎も日光も関東に違いはない…」という大雑把な認識を持っていれば、あまり関係ないんですね…。

 ちなみに、白地図を見れば、位置は分かりますよ。それすら分からないという人には、まあ、「あなたの何千倍は知名度がある」と言うしかないかと…(笑)。
[65390] 2008年 6月 4日(水)13:09:04紅葉橋律乃介 さん
A:Re:Re:Re:Re:?
[65389] 10:05:35 般若堂そんぴんさん
上と下の「つ」の部分は単なるはみ出しで,「つ」である必要はないと思います.
 マスが多ければ、まあ、例外的に飛び出すこともあるでしょうが、わずか25マスで「単なるはみ出し」が2つというのは、そもそも「クロスワード」とは呼べないものではないかと。「スケルトン」にすれば、問題はないでしょう(ただし、スペースで空白を示すと“美しく”はないですね)。

むしろ黒マスの連続が気になりますが,…
 5行目は、本当に1文字しか入らないようになっていますね。やっぱり、「スケルトン」向きの問題に見えます。


 で、ひらがなではなく漢字を入れる場合は、一文字の市も複数ありますし、あるいは回答可能かも知れません。でも、
[65378] 日本人さん
市名の読みをひらがなで書いていってください。
 あくまでも「ひらがな」なんですね。やっぱり難問ですよ…。
[65387] 2008年 6月 4日(水)01:54:31紅葉橋律乃介 さん
Re:Re: パズル
[65385] 00:45:06 般若堂そんぴんさん
「1文字の市が3つ」を示すような部分には気付かなかったのですが.

 わたしの勘違いかも知れませんが、「クロスワード」は、タテとヨコに文字を入れるものだったと思います(重なる部分は同じ文字、そうでない場合は単独で)。そうすると、□が1個だけのカギが3つあるんです。


 同じ市名を使っても良いとすれば、

□□□□■
□■■□つ
□■□□■
□□□■つ
■■つ■■

 上記のように、「つ」しか入れられない箇所が3つありますが…。
[65382] 2008年 6月 3日(火)22:39:35紅葉橋律乃介 さん
パズル
[65378] 20:25:40【1】日本人さん
「市名クロスワードパズル」

4×4では、いいのが作れなかったので、5×5です。とはいっても、結構簡単だと思います。ところで、これって大サービスが一箇所ありますね。

 これは、かなりの難問ですよね。
 というより、日本人さんは「クロスワードパズル」を解いたことがあるのでしょうか? よく知らないものを、思いつきで「問題!」と出しても、答がないようなものでは意味がないです。

 前にも書いたんですけど、自分だけが分かっていて、分からない人はどうでもいいや、という考えは…。


 1文字の市が3つもありました?
[65373] 2008年 6月 3日(火)02:00:35紅葉橋律乃介 さん
未知を悔む
 相変わらず、新聞のお話。いや、「お悔やみ欄」のお話。
 朝刊だけ、あるいは夕刊だけの購読が許されるかどうか(朝夕刊が発行されている場合。「セット版」というのは、夕刊がない地域で、朝刊に組み込まれているもの…と考えていたようですが、朝夕刊を両方購読するという意味?)という話は、また別の問題ですから置いておきましょう。

 その前に、「お悔やみ欄」とはどういうものなのか。「訃報」と言ってしまうと、ちょっと違うかも知れません。

[65308] 5月30日(金)01:48:52 伊那谷さん
身近な訃報
[65309] 同日02:08:19【3】EMMさん
まずは訃報、と言うかお悔やみ欄の話。

 そう言えば、そういう欄が全国紙にはない場合、「お悔やみ欄」そのものをイメージできないのではないかということです。

[65309]EMMさん
#ちなみに北國・北陸中日・読売のお悔やみ欄は氏名・住所・お亡くなりになった日と年齢・通夜と葬儀の会場と日時が出ていますが、朝日のお悔やみ欄は氏名・年齢・住所のみ。
[65327] 同日22:00:01【1】日本人さん
群馬県の読売新聞の場合は、後2箇所だけあります。お亡くなりになられた方が住んでいる自治体と、喪主です。細かいかもしれませんが念のため。

 前にも書きましたが、長く生きていても知らないことは無数にあるわけで、北海道の読売新聞では、道内各市町村で亡くなった一般の方の、氏名(年齢)・住所・死去日、通夜と葬儀の日・会場の住所・名前、喪主、葬儀委員長の肩書き・名前が載っています(日本人さんの「住んでいる自治体」は、EMMさんの住所がある以上、そもそも冒頭に載っているはずでは?)。

 これらが「お悔やみ欄」なのですが、「訃報」と言ってしまうと、たとえば社会面(あるいは経済欄や普通に記事として)に載っている著名人の訃報が浮かびますし、「死亡広告」は、一般の方も出そうと思えば広告として新聞下部の広告欄に載せられるでしょう。


 去年、美唄市の祖父が亡くなりましたが、病院からもらった死亡届に記入して、美唄市役所に持って行きました。すると、“市長のおことば”や「火葬許可証」とともに、新聞掲載の承諾書も差し出されました。掲載を希望しない限り、名前を書けば市役所から北海道新聞や全国3紙へFAXが行き、読売新聞社からはあとで自宅に「漢字と読み」を確認する電話が来ました。
 掲載するかどうかを決めるのは、このように新聞社側ではなく、市町村の判断も影響されるのかも知れません。


 わたしは、「お悔やみ欄」がない新聞と言うのは、学生は別として、大人(社会人)は読みづらいのではないか、と。近所付き合いが活発な地域だったとしても、学校を卒業してしまえば交流は少なくなるでしょうし…。
 いや、ほとんど県外に出てしまうので、近所付き合いだけで事足りるのか。


 地方紙と全国紙の占有率が各県で違うようですが、こういった情報の有無も、大いに関係あるのでは? と思うのですが…。



 ちなみに、下旬に栃木県へ行く機会が訪れそうです。時間が許せば、早速下野新聞と他紙を見比べてみましょう。
[65302] 2008年 5月 29日(木)22:54:28紅葉橋律乃介 さん
古い新聞のこと
 また時間が経ってしまいましたが、新聞について。
[65206] 5月21日(水)17:10:41 稚拙さん
群馬の訃報は「上毛新聞」でしか確認できない

 それに対して、
[65208] 5月21日(水)21:30:01【1】 日本人さんは、
…これは、どれくらいの人数の人が出てくるのでしょうか。20~30人程度であれば、読売新聞の朝刊にも載っていますよ。

 また、
[65214] 5月22日(木)07:32:03 桜通り十文字さんは、
このことについては、栃木県〔栃木県全土に影響があるかはわからないが少なくとも宇都宮市では〕でも下野新聞で似たようなことがあります。おそらく、理由も群馬県と似たような理由だと思います。

 これらの文章を読んで、はっきり言って困惑しています。

 大変失礼な話ですが、日本人さんや桜通り十文字さんが「群馬の訃報は~」と言っている場合は、あまり信用できません。これは、他の地域の新聞を読む機会がまずないであろうと考えるからで、致し方ないことでしょう。

 しかし、わたしなんぞよりも様々な見識がある稚拙さんの言ともなると、かなり印象が違って来ます…が、
あまり新聞に訃報が載るシステムってよくわからないんですが、たぶん全国紙では夕刊にしか載らないんじゃないですか?夕刊も取ると新聞代が上がりますし。上毛新聞なら朝刊に訃報は載るのでお得です。

 ここだけ読むと、「上毛新聞は素晴らしいので購読しよう」としか読み取れないんですが、そもそも、ここで書かれている「全国紙」とは、どの地域の全国紙なのか。

 不思議なことを書きましたが、実際には、全国紙には地域版というのが存在し、たとえばわたしは読売新聞を読んでいますが、テレビ欄をめくって全国の社会面があり、もう1枚めくると道内版が現れます。道内版は数ページあり、ここに道内全体のお悔やみ欄がありまして、毎日数十人から、時には百名を越える“墓碑銘”が刻まれているのです。

 これは最近になって始まったわけでは当然なく、たとえばわたしは中学3年の時に同級生の名前を見つけて以来、毎日目を通しています。先月も、高校の同級生が載っており、大変残念に思った次第です。

 そして、朝刊に載っています。夕刊というのは、実は全地域で発行されているものではなく、たとえば2ヶ月ほど茨城県に住んだことがありますが、そこでは「セット版」といって、夕刊の連載記事などが朝刊のページを増やして載っている地域でした。最近では、毎日新聞が関東の夕刊を廃止する…というような情報がありましたね。

 夕刊は朝刊に比べて購読者は少ないでしょうから、夕刊に載っているとは思えないんですが、実際のところは分かりません。

 で、疑問なんですが、群馬県や栃木県には上記のような地域版が存在しないのか? と思いました。お悔やみ欄があるのは、地域版ですからね。


 ということで、まずは栃木県の友人に聞いてみました。全国紙にも、(栃木県民の)お悔やみ欄はある、ということでした。群馬県には、本当にないのでしょうか?



 本当かどうか、出向く機会を作って、実際に新聞を読んでみようかと思います…いつになるかは分かりませんが(笑)。


 で、また[65208]日本人さんになりますが、
これについてですが、僕の過去十件の書き込みと、メンバー紹介を見比べてみてください。

 わたしの頭が悪いだけなんでしょうが、実は意味が分からないんです。
 なぜ、「タイトル&○○市」を付けなければならないのか、その理由すら分からない。

 ご自分なりの“ルール”に則って付けているようだけど、それって自分の頭の中だけのものでは…? と思ってみたりして。



 ちなみに、[65154] むっくんさんではありませんが、
臨海学校においてはどのようなことをするのでしょうか。

 わたしも聞いてみたいです。
[65184] 2008年 5月 18日(日)23:11:44紅葉橋律乃介 さん
らいぶらりぃ・めもりぃ
 ちょっと時間が経ってしまいましたが、
[65041] 5月 9日(金)21:56:33【1】 日本人さん
どうやら僕へのご指摘がたくさんあるようなので登場させていただきました。

 初めに言っておきますが、“ご指摘”は[65033] が初めてではないんです。「○○さん」と書いてしまえば、その人(だけ)に対する批判になってしまいますから、“それとなく”書いたことがあります。そういう文章を読むと、関係ない人でも、あまり気分が良くないですからね。
 でも、あえて「日本人さん」と書かなければ、<自分には関係ない>と思ったのかどうか、気付かなかった。これは、人によって感じ方が違いますから、致し方ないことでしょうね。

確かに図書室はありますが、ただいまのところ休み時間なども、委員会活動などがありますし、放課後にも全然時間は取れません。家に帰ると、自分の漢和辞典はありませんし、父も母も、漢和辞典を貸してくれません。どうすればいいのでしょうか。

 学校に何時までいるのかは知りませんし、何をやっているのかは分かりませんが、お忙しいのでしょう。で、自由な時間は帰って来てから…ということで、逆に帰って来てからはお暇なようですね。

 不思議なんですが、どうして親から漢和辞典を貸してもらえないのでしょう。その理由が分かりません。よっぽど大事なものなのか、あるいはいたずらして使えなくなったとか、勝手に持ち出したとか? お勉強に使うものですから、一文字調べるくらいなら、普通は借りられるものです。それでも貸してもらえないのなら、たとえば漢字検定の勉強でもして、自分専用のものを買ってもらうとか。一生使えるものですよ。
 少なくとも、地図帳よりも、今の日本人さんには必要なものだと思います。


近くても珍しい存在のものって結構あるのではないかと思います。たとえば、群馬県の安中市の、とある小学校では、4年生になるまでは、自転車に乗ってはいけないという学校がありますし、4年生以上でも、自分が住んでいる地区よりか外に出てはいけないというきまりがありますので、安中市内のどちらの図書館も僕の住んでいる地区にはない…
 自転車に乗ってはいけない理由は分かりませんが、危ないからでしょうか? その気になれば、自転車ではかなり遠くまで行けますからね。わたしは、早いうちに乗った方が、覚えやすいとは思いますが。

先ほど言ったとおり、僕たちは、絶対に、自分の地区よりか外へいけないのです。そのため、学校の帰りに行くなんて無謀すぎます。

 わたしは、今となっては歩いてでも行くのですが、岩見沢市街地に始めて自転車で行ったのは、小学6年になってからでした。図書館へ一人で行ったのは、高校を卒業してからではなかったかな? それほど、“遠い存在”でした。
 「学校の帰り」だけでは勘違いされても仕方ありませんが、いくらなんでも帰りに直接行くのは寄り道ですから、小学生はやってはいけませんよ。家にいったん帰ってから、お母さんにでも連れて行ってもらえないのか…と思ったわけです。

 わたしの父はタクシーの運転手なので、平日にも家にいることがありました。なので、本当は土日の方が都合が良いけど、返却日を忘れていたり、休みの都合で平日しか時間が取れない場合は、家に帰ってから、夕方近くに行くこともありました。

 で、近くにあるなら一人でも行けますが、だいたいは親と一緒に行くのではないかと(学校で、たとえば班で行動する場合はあるかも知れない)。最初に行ったのは小学2年の時、確か『機関車トーマス』という児童書を借りた覚えがあります。
 図書館と言うのは面白いところで、たとえば切手を集め始めたので切手関係の本を読む。鉄道に興味を持ったので、鉄道関係の本を読む。相撲を観始めたので、相撲の本を読む。
 それが今にも繋がっていて、相撲についてはホームページを作るまでになりましたが、もともとの始まりは子どもの頃に読んだ本が基礎なんですよね。

 なので、新しい発見があるかも知れない。「行けません」ばかりではなく、まず、どうやったら行くことができるのか。今行けなければ、中学生になるまで待っても、別に図書館は逃げませんから(笑)。
 で、行ったら面白そうな本を借りて来る。返しに行ったついでに、また借りて来る。読みきれなかったら、同じ本を借りて来る。こうやって行く習慣を付けて行けば、たとえば分からないことがあれば、次は何日に行くから、まとめて調べて来よう…ということができます。
 まだ早いでしょうけど、そういう“お勉強”もありだと思いますよ。大きくなったら、勉強だけで図書館へ行く場合もあります。まだまだ先でしょうが。

僕の学校においてある新聞といえば必ず上毛新聞か小学生新聞のどちらかしかありません。

 新聞は教育にも使っていると思いますが、あまり熱心な学校ではないようですね。「小学生新聞」は一般に言う新聞とは、ちょっと違います。上毛新聞というのは、各地方にある「地方紙」の一種でしょうか。
 クラスに友人がいると思いますが、全国3紙のどれかは取っていると思います。なので、「Y新聞取ってる人いる?」とか聞いてみて、いれば「何日の朝刊が残ってれば読みたいんだけど」とでも聞いてみてください。聞ける人がいなければ、友だちを作ってください(笑)。まだ5月ですからね。


 まずは、図書館の話題についてでした。海への近いやら遠いやらのお話は、本当に“ツッコミ”どころしかありませんから、稿を改めましょう。
[65166] 2008年 5月 17日(土)23:37:36紅葉橋律乃介 さん
学業を修める(らしい)旅行
[65129] 17:22:07【2】 桜トンネルさん
修学旅行…は北海道へ行きました。
 “海外旅行”おめでとうございます(笑)。今時の中学生は違いますね。わたしは、修学旅行では北海道岩見沢市から北東北までしか行っていません。でも、北海道を出たのは、これが初めてでした。

3日目の夕食にはジンギスカンなど北海道の有名な食べ物を食べました。僕はそれに目を向けず、ミニトマト食べ放題に走ってしまい、55個という記録を樹立(笑)。よく食べたものです。
 「ジンギスカン」は食べ物ではなく料理ではないかと思うのですが(ジンギスカン用の肉を、焼き肉以外に使うこともあるでしょうし)、ミニトマトの方が珍しいのでしょうか(笑)。

ジンギスカンキャラメル
 こっちの“迷物”は食べられましたか。まあ、一緒に一度だけ食べるのには良いかと…。

…次に札幌市街へと向かいます。市街では降りませんでしたが、札幌駅のあの大きさには驚きました。市内に有る北海道大学、大通公園、時計台を見て、羊ヶ丘展望台へと向かいました。そこにはクラーク博士の銅像が置いてあります。そこからは札幌ドームも見えました。
 札幌駅は、近年突如大きな駅ビルが誕生しましたが、いつの間にか建っていたような、不思議な感覚です。あんなに大きいのに(笑)。

 時計台はどうでしたか? ビルの中に小ぢんまりと建っていますが、わたしは、まだ館内に入ったことはありません。
 羊ヶ丘展望台にも行ったことがないんですが、大志は抱けたんでしょうか?

結果、美東の北海道に壱岐…

 この文章は理解できないんですが、誤字なのか故意なのか分からない文章は、避けられないのでしょうか?
※母校の“兄弟校”「美唄東」高校を、「美東」(びとう)と読んでいました。
[65135] 2008年 5月 16日(金)00:45:40紅葉橋律乃介 さん
蒼瑁とはなんと読む?
[65038] 5月 9日(金)14:06:22 伊那谷さん
当時の表記等を調べる資料として当時の出版物を参照することが皆さん多いかと思われますが、私はその資料が今一信頼出来ません。

 官報も含めて、どの程度の年代からが、“基本的には正しい”と呼べるものなのか。もちろん、出版物ですから、誤字脱字はないのが当たり前なんですが、たとえば、去年出た小説本にだって、登場人物の間違いがある始末。むしろ、最近の方が<あまり校正に力を入れてないのでは>と思えるほど、間違いはあるものです。

 さて、わたしは現在、市町村からは離れて、校歌を収集することを前提に、北海道内の小学校名・読みを調査しています。
 市町村と違って、“原典”が心もとないのが残念なんですが、それでも、何とか調べ上げることが出来ました。

 小学校の場合、中学校と違って、最近新設された学校はともかく、基本的には地名が使われています。ここでも問題になるのが表記であり、それこそ「ヶ」が付くのかどうか、「ノ」「の」「野」の何れなのか…といった具合。所在市町村史によっても、諸説あったりする不可解…というか、別にあってもなくても構わないというか、どっちでも良いと考えられていた証拠でしょうか。


 で、たくさんの学校名を見ていると、結局はこういう結論になってくるわけです。
[65112] 5月13日(火)21:35:57【2】Issieさん
※もし,「さどがしま」に統一するなら,「佐渡ヶ島」とするのでしょうか,「佐渡ケ島」とするのか,それとも「佐渡ガ島」か,「ガ」を小さく書くのか,あるいは「佐渡島」と“無理やり”書いてしまうのか。…なんだか,馬鹿馬鹿しくなってきました。

 こういった例が、それこそ枚挙に暇がないほど出てくるわけです。全国の市区町村をつぶさに見てこられた方だから言えるわけで、そりゃあ実際に議論されている方にとっては非礼かも知れませんが、そういう考えに落ち着いてくると思いますよ…[65113]日本人さん。

 「佐渡島」の場合、「さどがしま」または「さどしま」で変換されます。どちらで変換する人が多いのかは分かりませんが、「さど」という読みさえ変わらなければ、“誤差の範囲”というか、“個人の自由”と思ってしまうのですが…。



 表記の問題に戻りますが、紋別市には、語源になったと思われる「藻瞥川」(もべつがわ)という川が流れています。存在した学校名も「藻瞥」小学校だったわけですが、いつの間にか「藻別」に変わっています。「瞥」と「別」は別の文字ですから、単純に当用漢字に変えた、というわけでもなさそうです。
 教育委員会に問い合わせてみると、「古老などに聞いた結果、昭和22~23年ごろに『別』という字を使い始めた…」と言います。しかし、30年代の資料でも、やはり「瞥」の字が残っています。
 川の名前は今でも「瞥」ですが、いつの間にか「別」にすりかわってしまったのでしょうか。


 そういえば、帯広市に「以平町」(いたいらちょう)という町名があります。(たぶん)ここには昭和47年に閉校した「以平」小学校がありましたが、「似平」小学校とも書かれています。「上似平」小学校というのもありましたが、どちらも“にんべん”が付いています。
 「以」と「似」が混在していれば誤記と判断も出来ますが、43年までは、ほぼ「似」と書かれ、以降は「以」に変わっています。
 『帯広市史』によれば、「以平」「似平」ともに「いたいら」と読んでいたようです。逆に言えば、「いたいら」という読みに、二つの表記があった、ということでしょうか。
 ちなみに、郵便局名(現在は廃止)は、昭和42年に「似平」から「以平」に改称されたようです。やはり、現在の町名をそのまま信じるわけにはいかないようです。


 よく見る例としては、「萌」と「萠」(明と朋の違い)でしょうか。道内には留萌(るもい)市という地名がありますが、「留萠」ともよく書かれています。郵便局名は通達によって「萌」に統一されたので「留萌」を“公式の表記”と判断しますが、留萌以外にも「萠」はたくさん登場します。ここまで来ると、わけが分からなくなってしまいます。


 読み方も含めると、疑問点ばかりでさっぱり進まないですね…。
[65121] 2008年 5月 14日(水)01:43:16紅葉橋律乃介 さん
「市区町村」と「都道府県」変遷情報
[65108] 5月13日(火)19:39:27 88さんが引用されたのは、
[54174] 2006年 9月24日(日)22:50:29 紅葉橋律乃介敬白…より
 おや、そうすると告示があっても条例が制定されないと、本当にその名称なのかどうか確認できませんね? 名称変更した自治体は、いちいち条例を確認しないと「確定」とは呼べない?

 もう2年も前の話になりますか。と言いつつ、このような発言をしたことをすっかり忘れておりました。

この2つが、同時並行で手続きが行われ、どちらも施行日は昭和26年4月1日であった、ということです。議決の順序もありますが、後の日付のものが、先の日付のものを踏まえていない以上、順序は考慮されないでしょう。
これらから考えると、「谷保町」が瞬間に存在したとは言い難く、また、「国立村」が瞬間に存在したとも言い難い、まったく同時に合作で、4月1日付けで「谷保村→国立町」となった、と解釈するのが適切ではないでしょうか。

 結局のところは、そういう考えをするしかなさそうです。

 実際に、議決の順番まで考慮するのは難しいですし、そこまで労力をかける必要性も(今のところは)見出せません。



 話は変わって、
[65068] 5月11日(日)10:53:19 グリグリオーナー
Win+IEの少し古い環境では表示に問題が出るのではないかと考えています。

 だいぶ古い環境でして(笑)、Win98SE+IE6でずっと対応しています。
 ただ、制作側の環境が良くなったとしても、閲覧側の場合は千差万別だと思います。もしかすると、うちのサイトの表示に時間がかかる方もいらっしゃるでしょうが、自分の環境では大した時間はかからないわけでして…。


[65078] 同日16:01:30 グリグリオーナー
北海道の表組みも美しく(?)なったと思います。なお、支庁設置の表示などもとりあえず簡単にできる範囲で見直しをしましたのであわせてご確認ください。

 お忙しい中、対応ありがとうございます。美しいレイアウトです。
 ただ、たとえば1行目は「札幌支庁」設置の情報ですが、「郡名」「自治体名」ともに「札幌支庁」が入っています。支庁自身の異動の場合は、両方に支庁名が入っていますね。どちらかを削除すべき…とも思いますが、「自治体名」を空白にはできないのでしょう。まずは静観でしょうか。


 これら「支庁」については、いよいよ来月の道議会で「総合振興局」・「振興局」への再編案が審議される可能性が高まりました。
 「市区町村」の変遷ではないので、今のところは各種情報の中には含まれていません。しかし、このような議論は昔からありますし、「道州制」の議論もあるわけで。

 実際に府県が統合の話し合いということになれば、やはり扱うべきだと思いますし、統合が実現した場合は、これまでの変遷情報に(旧)府県名を付記する必要が出てくるでしょう。

 実際には十年以上先の話でしょうが、この先何が起こるか分かりませんから、情報を集めておくだけでも良いのではないでしょうか。


 だって、ここは「都道府県市区町村」ですからね…(笑)。
[65096] 2008年 5月 12日(月)17:31:24紅葉橋律乃介 さん
まちまち
 [65033]「小学生の皆さんへ」など、色々返信がありますが、それはのちほど…ということで。大変難しい問題でもありますし。


[65060] 5月10日(土)23:41:12 右左府さん
ここでは「町制/改称」、すなわち「谷保村→谷保町→国立町」となっているのですが、改称が先行した「谷保村→国立村→国立町」という手続きであった可能性をにおわせるものです。

 わたしは、以前これとはまったく逆の例を見つけておりました…が、
そもそもこの時期は同日の「町制・改称」などの手続きの順番は重視されず、そのため条例と総理府告示などで内容がちぐはぐに。
 <こういうものだ>と思っていました。
 結局のところ、“典拠”とするものは都道府県や官報の告示であり、各市町村の議決の順番までは考慮できない(しきれない)、と思ったわけです。



 北海道内では、「A村→B町」(町制と同時に名称変更)というケースは何例かありますが、我が岩見沢市立図書館で市町村史を確認できた事例は、下の2つです(『清里町史』と『南幌町百年史』より)。
5581955.08.01改称/町制斜里郡 清里町斜里郡 上斜里村
6241962.05.01改称/町制空知郡 南幌町空知郡 幌向村

 市区町村変遷履歴情報(北海道)によると、上記のように「上斜里村→清里村→清里町」・「幌向村→南幌村→南幌町」であると読み取れます。

 各村の議決から追って行くと、
・昭和30(1955)年6月19日、上斜里村が町制を議決(8月1日付)
・7月、「清里」に名称変更を議決(斜里町内の町名と間違われないため、8月1日付)
・8月1日、それぞれ北海道告示(概要は下記)
 上斜里村を清里村に改称
 上斜里村を町とする
※この二つの告示により、上斜里村→清里町


・昭和36(1961)年11月23日、幌向村が町制を議決(37年1月1日付)
・37年3月19日、「南幌」に改める議決・条例改正の議決(岩見沢市の「幌向」と混同されないため、5月1日付)
・4月4日、幌向村→南幌村の北海道告示(5月1日付)
・4月20日、南幌村→南幌町の北海道告示(5月1日付)
・5月1日、幌向村→南幌村、南幌村→南幌町の自治省告示(同日付)


 このような流れになっています。
 どちらも先に町制を議決し、その後名称変更の手続きを取っているようですが、告示では先に名称変更が出て、その後町制になっています。


 官報の告示については、上斜里村(清里町)が不明なんですが、北海道告示で「名称変更→町制」となっていますから、順番は変わらないでしょう。


 さて、この事実をどう評価するか…。
[65033] 2008年 5月 9日(金)02:34:32紅葉橋律乃介 さん
小学生の皆さんへ
 新規参入の方、おめでとうございます!? “ヴェテラン”小学生の人、がんばりましょう…と言っても、この書き方では名指しをしないと気付かないでしょうから、後者はおなじみの 日本人さん を指します、と申し上げておきましょう。

 この「落書き帳」というのは、社会科のみならず、色々なお勉強が出来ます。それと同時に、参加する側も、やはり色々なお勉強が必要です。


 こうして書いている言葉は日本語です。ですから、国語のお勉強がとても大事なはずですが、あまり重要とは考えていないようですね。普段書き込みで書いている言葉は、たぶん、日常で使っている言葉なのでしょう。あるいは、“若者”の言葉なのかも知れません。
 わたしも若いんですが(笑)、たとえば「ウィキって」と言われても、パッとは思い浮かびません。本当にこんな言葉はあるのかなあ…とも思ってしまいます。


 ちょっと前のことですが、
[64922] 4月30日(水)21:09:38 日本人さん
弟橘姫神社
 これはIssie先生の文章中なんですが、引用されていますから、この番号の記事として進めます。
 ネット検索してみると、早速「オトタチバナヒメ」とのかっこ書きに出合います。「ヤマトタケルノミコト」や「コノハナサクヤヒメ」というのは、神話の世界なのでわたしも良く知りませんが、もっと上の学校へ行くようになると、1回は聞くことになるでしょう。なので、別に知らなくても構わないんですが、どうして読み方を自分で調べようとはしないのでしょう?


 また、
そもそも橘という字の読みがさっぱりわからなかったので
 小学4年生までで習う漢字には入っていない…というより、人名用漢字なので、高校へ行っても習わないですから、自分で漢和辞典なりで調べない限り、同級生に「橘」さんでもいない限り、一生読み方は分からないままでしょうね。

 日本人さんの学校がどういう規模なのかは分かりませんが、普通の学校には「図書室」というものがあります。
 いやいや、「漢和辞典」は、たいていの家庭にはあると思います。地図帳はあっても、辞典類はないのでしょうか? まあ、今時の家庭なら、固定電話や電話帳、辞書がなくたって不思議ではないんですが…。

 また、公共の図書館も、珍しい存在ではないです。歩いていけなければ、お父さんやお母さんに連れて行ってもらうとか。色々な本がありますから、ためになると思います。


 それから、
[64948] 5月 2日(金)18:52:13 日本人さん
僕の家は、いつも読売新聞なので、読めません。
 これも、図書館へ行けば新聞各紙が置いてあるので、いつでも読むことが出来ます。祝日は休みかも知れませんが、学校の帰りにも行けますよね。
 いやいや、新聞くらい、職員室へ行けばありますよ、たぶん。まさか“大朝日”しか置いてない…ということはないでしょうから、「読みたい」と言って見せてもらいましょう。「勉強のため」ですから、断られる可能性は低いと思いますよ。



 最後に、
[65027] 5月 8日(木)18:44:24 日本人さん
でも、本当に細かいツッコミですが、「長島茂雄」ではなく「長嶋茂雄」ですよ。(細かいですね)
 現在は「長嶋」。わたしも現役の頃はまったく知りませんので、2度目の監督就任以降ですが、その時に「嶋」が使われ始めたようです。さて、その前、特に現役の頃はどうだったのか。今度の土日にでも、ちょっと調べてみては?

 で、あなたにとっては普通のことかも知れないけれど、目上の人・年長の人には「ツッコミ」をしないと思いますよ、普通は。


 都道府県感が流行っているようですが(今ごろですけど)、要は都道府県境が載っている地図を見る機会があるかどうか、でしょうね。
 大人になってから、自分の居住する都道府県を示せないのなら、まあ、ソイツは当てにならん奴であると言えましょう。それ以外、特に小学生の意見なんて、もっと当てにならない。まず、自分ひとりで移動はしないでしょうからね。



 ちなみに、
[65025] 5月 8日(木)17:13:00 桜通り十文字さん
〔65003〕右左府 さん
〔65004〕がっくんさん
〔65005〕日本人 さん
 上の[65027]日本人さんは
このようにリンクされない場合には、コピペ(コピーアンドペースト)をしましょう。そのほうがいいですよ。
 …と書いていますが、これでは良く分からないですよね。

 早い話が半角の[ ]と、半角の数字を使えば、自動でリンクされるということです。[65025]のように。桜通り十文字さんは、全部全角で書いているので、単なる文字列と判断されているのでしょうね。
[65014] 2008年 5月 7日(水)12:48:10紅葉橋律乃介 さん
変遷情報というもの
 わたしはずぅっと連休なので関係ないんですが、帰省ラッシュというのは、土日や祝日が普通に休める人々だから、なのかも知れないですね…と深夜に書いていましたが、サーバーの不調で書き込めませんでしたね(本日2時現在では)。


 さて、 市区町村変遷情報 について。

[64997] 5月 5日(月)16:37:48【1】 グリグリオーナー
まだまだ改善すべき点は多々ありますが、これまでの問題点であった初期の履歴情報の大量データによる表示遅延問題などは改善できたと思っています。お気付きの点などありましたらお寄せください。

 早速なんですが、これらの情報と言いますか、スムーズに表示させるには、どのような環境を想定しているのでしょうか。
 「『市制町村制』施行時の都道府県別一覧」のうち、たとえば東京都(東京府)をうっかりクリックしてしまったのですが、表示されるのにだいぶ時間がかかりました。確かに、古い環境ですので、たとえば広告がたくさんあったりするブログなどは表示に大変時間がかかる場合もありますが、こちらの場合は別に広告があるわけでもなく、どういった情報があるのかは開いてみないと分かりませんので、環境によってはPCが止まってしまう危険性を示してはどうでしょうか。


 また、「~施行時以降の都道府県別変遷一覧」の 北海道 について。
 支庁の異動で関係する支庁名が「郡名」の欄に表示されるようになったのは良いのですが、改称の場合でも「支庁設置」と「変更種別」欄に記載されていますね。仕様の問題なのでしょうが、違和感を感じます。また、支庁のみの異動でも、自治体名「○○村」が表示されています。これは致し方ないのでしょうか…。

 ちなみに、他の都府県と違い、北海道の場合は「郡名」欄が狭く(2文字で改行)、「変更対象自治体名/変更内容」が若干拡がっているようです。「郡名」欄が2文字分では、すべての郡で「郡」の文字が2行目に来ています。
 内容に問題はないのですが、美しくないですよね(笑)。


 ちなみに、
[65007] 5月 6日(火)21:08:17 伊那谷さん
岡山県和気郡日生村の所で、市制町村制施行前の町村名に「大多布村」とありますが、「大多府村」が正しいものと思われます。
…現在の大字も日生町大多府となっていました。

 現在「大多府」だからと言って、必ずしも百数十年前の施行時もその表記だったかどうかは、分からないと思います。
 あくまでも施行時の「原典」がどの表記なのか。仮に「大多布村」だったとすれば、あるいは「府」の誤記ではないか、との推測が出てくるわけです。単純に入力ミスかも知れませんが、併用(諸説あり)という厄介な例もないとは言い切れませんので、担当者様のご説明を待ちましょう。
[64774] 2008年 4月 17日(木)02:30:08紅葉橋律乃介 さん
別解調
 「いばらぎ」か「いばらき」かというのは、発音によっては「き」と言ったつもりでも、「ぎ」に聞こえることが多々あるかと思います。

 「どっちでも良い」というのは乱暴な話なんですが、世の中には「正しい」とされる発音がしづらい人もいるわけでして…。



[64757] 4月16日(水)18:47:24 ニニウノさん
別海町は正しくは「べつかいちょう」ですが、普段発音するときは「べっかいちょう」って人も多いでしょう。

 この場合は、つまる・つまらないという単純なものではないでしょうね。
 べつかいちよう

 と書いた場合、「ちよう」は「ちょう」であることは分かるでしょう。しかし、「べつかい」か「べっかい」か。
 ルビ(ふりがな)というのは、通常「つ」と「っ」は同列に記します(ルビの文字自体が小さいため?)。

 また、「嘗て」(かつて)を「かって」と発音する方もおりますが、旧仮名遣いでは、「嘗て」も「勝手」も、両方「かつて」と表記していました。「勝手」は「かって」と読みますから、自然と「嘗て」も「かって」と読んでしまったのでしょう。わたしの中学校時代(1990年代前半)にも、50代の教師はそう発音していました。

 そう考えると、「べつかい」なのか「べっかい」なのかは難しいところですよね(「べっかい」より「べつかい」の方が自然な感じだと思うのは“慣れてる”せい?)。


 ちなみに、うちのIMEでは「べつかいちょう」では変換されませんが、これは論外です。同様に「敏音知」も本来の発音では変換されませんが、こういういい加減な変換では、間違って読み方を覚える方もいらっしゃる…のでしょうね。



 前にも書いたんですが、良く文章に使われる語句をメンバー名にしている方。自分のメンバー名を単純に文章に使っているだけかと思いますが、あまり良い印象ではないのは気のせいでしょうか?
[63910] 2008年 3月 3日(月)01:28:28紅葉橋律乃介 さん
市町村変遷情報通信
 まだ市町村変遷情報について。

[63761] 2月18日(月)23:36:05 88様
北海道の支庁・郡については、一部は追加・修正しましたが、まだ修正途上だと思っています。

 すっかり失念していましたが、当初の“底本”は「全国市町村名変遷総覧」(「総覧」)だったのですね。

 先日久しぶりに読んでみると、確かに修正前の項目のとおり(北海道区制、一級・二級町村制施行後の支庁異動や郡の“新設”)記されています。この通り入力されていたので、「?」と思ったわけです。


 折りに触れて記しているとおり、わたしは「市町村名変遷辞典」(「辞典」)を“底本”として活用しました。
 「総覧」が近くの図書館になく、あったのは「辞典」のみ。そのため「辞典」を参照したわけです。ただし、「辞典」にはほとんど「分割」がないのに対し、「総覧」では「分割設定」が多数収録されています。一応、分割については、「総覧」も参考にしておりました。

 しかし、今もって「総覧」で「分割設定」と記されている意味が分からないでいます。「分立」とどこが違うのか。告示文では、ほぼ「分立」と同義ではないか…と思います。はっきり「○○を廃し…」と確認できない限り、「分立」ではないでしょうか。


 さて、変遷情報の本文(北海道)ですが、区制・町村制施行前に遡ることによって、ややこしい問題が出てきていますね。
 まず、仕様の問題により(?)、設置された支庁の名称が記されていません。これは統合によって胆振支庁が設置された例と同様に(…があったと思いましたが、今回の修正で消えてしまいましたね)、語尾に支庁名を記してはどうでしょうか。支庁所在郡が先頭にありますので、分からないことはありませんが…。

 そして、管轄区域の変更ですが、「倶知安村」と「上富良野村」が記されています。でも、村制施行前なので、自治体ではない村名です。
 理想としては、市制・町村制施行前の異動も網羅されたいでしょうが、まずは施行以降の異動を充実させる段階でしょうか。

 この「変遷情報」は、かなり長い時間をかけて構築されるべきものです。
 わたしは道民として意見を述べておりますが、北海道とはゆかりのない方々の意見も伺いたいですね。

 たとえば、町村名に管轄支庁名が必要と考えますが、さて?


※わたしは、意見を助言(アドバイス)とは恥ずかしくて書けませんよ。
[63736] 2008年 2月 14日(木)22:20:46紅葉橋律乃介 さん
最北の島?
 再び、市町村変遷情報について。

[63733] 14:41:10 右左府様
…1923.04.01北海道 “振別郡, 紗那郡の区域をもって紗那郡を設置”とありますが、“振別郡,択捉郡の区域をもって択捉郡を設置”もしくは“振別郡を択捉郡に編入”が正しいのではないでしょうか。

ちなみに、行政区画変遷一覧表(地名好きさん)によれば、同時に紗那郡の内(二級町村制施行前の)留別村の区域が択捉郡に編入(?)となっています。


 以前から、どうもこの表現はおかしいような気がしていましたが、何がどうおかしいのか確証がありませんでした。

 即ちこれは、町村制施行によって消滅した郡に関わる変更を、「郡設置」と表記していることにあります。

 複数の郡にまたがる村をもって、一つの村(当然ながら、所属郡は一つ)が成立している例は、数は少ないものの、珍しくもありません。

 手元の資料によれば、
 紗那郡留別村、振別郡振別村・老門村、択捉郡丹根萌村・内保村→択捉郡留別村
 このような異動があったようで、郡を再編した…とは言い切れないと思います。
 (二級)町村制施行の情報と、郡の異動情報を共存させるための“苦肉の策”なのかも知れませんが、だいぶ苦しいようですね。


 ここに出てくる「振別郡」のほか、十勝支庁にも「当縁(とうぶい)郡」が消滅した例がありますが、
郡設置 広尾郡 広尾郡 当縁郡の一部
郡設置 十勝郡 十勝郡 当縁郡の一部
 市町村変遷情報では、上記のように表記されています。

 この場合は、
 当縁郡当縁村の西部・歴舟村・大樹村、広尾郡茂寄村→広尾郡茂寄村
 十勝郡大津村・長臼村・鼈奴村・十勝村、中川郡旅来村、当縁郡当縁村の東部→十勝郡大津村
 このような異動があったようです。


 ところで、長々と書いてきたのですが、単純なことがあります。
振別郡, 紗那郡の区域をもって紗那郡を設置
 振別郡が関係して設置された村(留別村)は択捉郡であり、紗那郡ではありません(他に「紗那村」も村制を施行しましたが、こちらは紗那郡の村々のみで構成されています)。


 右左府様に乗っかるようで申し訳ありませんが、こちらも88様のご意見を賜れればと思います。
[63698] 2008年 2月 10日(日)22:40:10紅葉橋律乃介 さん
支庁村変遷情報
[63666] 2月 6日(水)23:20:23 88様

 暖かいお言葉をありがとうございます。

 当「落書き帳」はグリグリ様の領分でございますので、投稿者ごときが口を挟むものではないようです。
 わたしは貢献度がほとんどございませんが、格別の慈悲をもって当「落書き帳」に投稿させて頂いている次第でして…。

 再投稿は可能ですが、追加修正して、改めて投稿致したいと思います。


[63657] 2月 5日(火)01:28:09 むっくん様
これら2点を記載する、もしくは支庁についての記載を総て削除する、のいずれかを採られた方がよいと思いますがいかがでしょうか。

 市区町村変遷情報・北海道は、北海道に(自治体としての)区制が施行されて以降の異動を集めたせいではございませんでしょうか(北海道に限らず、他の都府県も「市町村制」以降の異動かと思われます)。
 「北海道庁」に「支庁」が設けられた明治30年の時点では、まだ道内に区制や一級または二級町村制は施行されていない→道外で言うところの明治21年以前のような状態だったわけです。

 全都道府県を同じ日付から記述するとなれば、北海道の場合はかなり面倒かつ混乱や誤解を招く可能性があるので、上記のような理由があるのではないか、と。注釈もないので、ここまではわたしの勝手な妄想です。88様の編集方針をお聞きしたいところではあります。


 さて、道民として、この市区町村変遷情報・北海道には異議がございます。

 1948年10月20日に3町村の所管支庁が移管されましたが、これ以外、どこの町村がどの支庁管内かの記述はございません。当該町村のみ突然、「○○支庁から○○支庁に」が出現しております。
 これに関して、「変遷情報」全体の仕様の問題なのでしようがないのでしょうが、支庁自体の異動は、自治体名が「○○町」になっています。これは市町村名を空白できないのでしょうか。


 現在、北海道では支庁を「総合振興局」と「振興局」に再編する検討がされており、今月の道議会にも「支庁設置条例」改正案が提出される手はずです。すると、これまでのやり方を根本から見直さざるを得ない可能性がございます。
 そう言った大きな異動であっても、現状では名称の変更と所管区域が変更になった町村のみ個別に記述されることになります。
 個人的には、再編を機会に「支庁」の扱いも検討して頂きたいなあ…と思います。



 ところで、1910年3月1日の項、「支庁設置」についてですが、
小樽支庁, 岩内支庁, 寿都支庁, 胆振支庁, 虻田郡の一部を「後志支庁」とする
 これでは4支庁と虻田郡の一部が後志支庁になったような印象を受けます。
 胆振支庁と虻田郡の間の「,」を削除していただけませんか?
[63665] 2008年 2月 6日(水)22:45:26紅葉橋律乃介 さん
申し訳ありません
[63663] 21:25:01【1】 グリグリオーナー

 気付いて修正しましたが、訂正程度で済む問題ではありませんでした。
 「うっかり」とは言え、名指しで指摘されるということは、それだけ大きなことなのでしょう。

 88さんにおかれましては、さぞやご立腹のことでしょう。大変申し訳のないことをしてしまいました。
 反省の意味を込めて、該当の記事は削除させていただきます。要望を出す資格もないでしょうから。

 お許しが出るまで、当分静観したいと思います。

 
[63640] 2008年 2月 3日(日)19:44:37紅葉橋律乃介 さん
「字名の“村”」コレクションについて
 今さらではありますが、このコレクションは、以前に「○○村」だった地域が合併等で現在も「××市○○村」というように、「村」付きでそのまま残っている例を集めたものだと思います。

 我が岩見沢市にも最近(と言っても間もなく2年)「村」が付きましたが、コレクションには疑問があります。

・「栗沢町宮村」(旧空知郡栗沢町字宮村)の「宮村」は、開拓地主の「宮村朔三」から採ったもので、集落の「村」とは関係ありません。他の市町村にある“一文字系”村も、案外開拓者の名字かも知れません。

 また、これは収録基準から逸脱してますが、
・「北村豊正」~「北村中小屋」(旧空知郡北村字豊正など)のように、「北村」が付く11の字名がありますが、これこそ自治体としても「村」がそのまま残っています。
 村名自体、「北村雄二」という名字由来ではありますが、「北村町」に変更されていない…という点で、採用しないのは不可解とも言えます。


 コレクション自体、編集者の裁量任せではありますが、実状に応じて柔軟に対応されては如何でしょうか?
[62995] 2007年 12月 31日(月)23:33:37紅葉橋律乃介 さん
北海道路
 我が家の前を走っている道路も「道道」なのですが、号線標識を見たことがありません。しかし、地図では“堂々”たる道道なのでした。

[62950] 12月27日(木)19:44:26 hmtさん
都道府県道の場合は、道路法第九条により求められている“その路線名、起点、終点、重要な経過地その他必要な事項”の公示は、道路法施行規則 様式第一~第三によるとされます。
[62958] 12月28日(金)20:49:48【3】 88さん
(様式第一)
整理番号認定路線名起点・終点重要な経過地

 もしかして[62919]稚拙さんのおっしゃる群馬県では、路線が少ないのでわざわざ路線番号を振る必要がなかった…のかとも思いましたが、これでスッキリしました。ありがとうございます。


 と同時に、国道は“○○国道”や“××道路”といった通称はあっても、路線名はないのですね。
[62870] 2007年 12月 16日(日)23:56:18紅葉橋律乃介 さん
深い意味はないでしょう
[62868] 20:05:46 日本人さん
[62869] 21:53:58 mikiさん

 まあ、誰もが思うことかも知れないんですが、それを言ってしまうと
東北自動車道 浦和インターチェンジ (実在)さいたま市浦和区 (所在)さいたま市緑区
 これは、もともと「浦和市」(現・さいたま市)にあっただけでないの? とも言えます。

 大きな問題なのが、「設置後に(所在)自治体名称が変わった」インターと、「近隣の自治体名を名称にしている」インターを一緒くたにしてることです(「○○区」が自治体じゃない…とは言いっこなしの方向で)。


 ちなみに、あまり言いたくはないんですが、
どういう意味か分からない人のために解説します。
 「インターチェンジの名前の自治体以外の自治体にあるインターチェンジ北海道・東北・関越編+奥深き▲」では、解説を読んでも分かりませんね。と言うか、貴身はずいぶん位が高いのですね?
[62838] 2007年 12月 15日(土)00:13:19紅葉橋律乃介 さん
「道道」が変換出来ないのは差別だ!? と思う今日この頃
[62835] 12月14日(金)18:20:01 稚拙さん
最近は都道府県道は「主要地方道前橋古河線」などの地名をつけた名前でなく、国道と同じように番号つきで「2号線」とかいう正式名称がつきました(後略)

 わたしは今まで、正式名称が「○号線」で、地名が通称だと思っていましたが(道道では)、他の都府県道は「○号線」が設定されていないのでしょうか?
[62760] 2007年 12月 3日(月)01:33:49紅葉橋律乃介 さん
北海道樺太管内○×町
 今さらという感もありますが、道民として首を突っ込みます。

 「蝦夷地」というのは、今の北海道の“前名”ということになっています。樺太も、やはり「蝦夷地」(北蝦夷地、北蝦夷)の一部分だったわけです(北海道部分は東蝦夷地や西蝦夷地、口蝦夷地や和人地・松前地とも)。

 樺太は「唐太」なり「カバフト」なり呼ばれたとして、北海道はどうだったのか。“蝦夷が島”くらいしか呼ばれていなかったのか。

 明治になって付けられた「北海道」というのは、北海道のみを指した名称であって、樺太は「樺太」…なんでしょうね。あくまでも“樺太国”ではなくて(この話題は以前にもありました)。


 で、もし戦後も樺太に日本の行政権が及んでいたら(遠回しですが、即ち“支配”が続いて)、果たして一県を成していたのかどうか。
 樺太庁という外地官庁が、そのまま北海道庁のような地方官庁になり、北海道庁が「北海道」という自治体に改まったように、「樺太」という47番目の都道府県(都道太府県?)になり得たのかどうか。

 今となっては妄想の域を出ませんが、北海道の「支庁」として存在していたかも知れません。あるいは、“道太合併”を目指し、都道太府県再編の嚆矢となっていたのかも。


 ということで、表題のような妙な住所表記になったわけですが、北海道と樺太というのはとても微妙な関係でもありまして、例えば『北海道教育史』には「樺太地方」として、章立てに入っているわけです。この場合の「北海道」は、都道府県としてではなく、「東北」や「関東」などのように、“地方としての北海道”かも知れませんが。


※直接関係ありませんが、北海道の支庁は来年にも「総合振興局」に再編される可能性があります。この場合、今の「○○管内」という慣れ親しんだ区分も…!?
[61553] 2007年 10月 7日(日)18:28:57紅葉橋律乃介 さん
大津と聞いて思い出すところは?
[61520] 10 月 6 日 (土)00:16:00【2】 スピカさん
ゆうゆう窓口は実は事業会社の管轄なので(窓口営業時間帯は小包の扱いなど)

 分かりにくいんですが、「ゆうゆう窓口」は窓口営業時間中も取り扱いがあるんですね。
 と言うのは、たとえば配達して不在だった場合は郵便局へ取りに行くことが出来ますが、配達したのは「日本郵便」の支店であり、受け取る際も、当然支店へ出向くことになりますから(ただし、郵便局の窓口ではなく、日本郵便の支店窓口=ゆうゆう窓口)。

局会社の封筒も白で、下の方がテーマカラーのオレンジに白抜きでマークが入った物です。

 お知らせありがとうございます。日本郵便の場合は赤色ですから、会社ごとにシンボルカラーが違う封筒を新製したのでしょう。赤い封筒は支店から、オレンジの封筒は郵便局からのお知らせ…ということで。


[61513] 10 月 5 日 (金)08:37:49 地名好きさん
支店名称の同名回避の結果、消印が変化したと考えたほうが良いと思いますけど。

 どちらが先かはともかく、今回の依頼で「大津」局から返ってきました。これは大津郵便局(熊本県)からの返信ということで、滋賀県の大津中央郵便局(大津支店)とは関係ありません。でも、紛らわしいですね。下線が入ってる方は熊本県の郵便局、入ってない方は滋賀県の支店から…な訳で。

郵便局名と支店名が異なるところは、郵便局が支店に合わせて改称するのではないかと先読みしていますが、本当にありそうな気が。先読みのし過ぎでしょうか。

 そうすると中央郵便局がなくなりますね(笑)。それはともかく、一方ではなく、できれば両方とも都道府県名なりを付けて欲しいですね。

※支店の名称が変更された場合、「郵便局からのお知らせ」に載るのかどうか心配です…。
[61506] 2007年 10月 4日(木)21:54:31紅葉橋律乃介 さん
遅ればせながら・・・
[61455] 10月 日(火)01:20:03【1】 みかちゅうさん
原則的には「窓口会社の支店名」=「郵便事業会社の局名」となるのですが、上記の通り「○○中央局」など一部では支店名と局名が異なることになりました。

 「歴史的な記念」ということで、局名と支店名が異なる各局に郵便で押印依頼をだしておりました。さすがに67局もあると、準備が大変でありました。

※今さらで済みませんが、郵便局会社(窓口会社)は「郵便局」、郵便事業会社(日本郵便)は「支店」と呼称しています。日本郵便では専用の白い封筒も用意しているようです(局会社は?)。

北海道 深川(郵便局) 北海道深川(支店)

 ここで注目したいのは、北海道にある深川郵便局は「北海道深川」支店になったことです。都道府県名が付いただけで珍しくも何ともないようですが、和文の表記では、局会社「北海道・深川」・事業会社「北海道深川」とたいした変化がないのに対し、欧文の表記(支店名)は「HOKKAIDO FUKAGAWA」となっています。

 「北海道」というのは道名にしか存在しない不思議な地名なわけですが、この欧文表記を見ると、「HOKKAIDO」はおまけではなく、存在しているんだ! と主張しているように見えなくもありません。


[61484] 10 月 3 日(水)04:11:06 稲生さん
理由は貯金窓口が、ゆうちょ銀行の直営店であるからだそうです。

 これもややこしい話なんですが、通常の郵便局は、窓口業務は各事業会社(郵便事業会社、ゆうちょ銀行、かんぽ生命保険)が郵便局会社に委託しているわけですが、ゆうちょ銀行やかんぽ生保も一人前(?)の会社なわけで、わずかながら支店を設けています。
 稲生さんが貯金をされたのは、「横須賀郵便局」に入っているゆうちょ銀行「横須賀支店」ということになります。もう横須賀局は貯金を扱ってない計算になりますね。


[61503] 10 月 4 日(木)00:53:04【1】 今川焼さん
消印も「丹波」になっているのですね。消印を郵便事業会社の支店名に合わせるのは当然といえば当然(?)なのかもしれませんが、9月30日までの消印は「兵庫柏原」で、大阪の柏原局とはすでに同名回避していただけにこれはちょっと意外でした。

 「柏原」を「かしわばら」と読んでしまったのは内緒にして(笑)、郵便局の窓口では現在でも「兵庫・柏原」と記されています(年号に下線入り)。「丹波」は収集した郵便物に記されているはずです。
 消印上の同名回避はともかく、支店名称の同名を回避しているのかも知れません。そういった事情に詳しい方は…?


 民営になったからといって、当面は大きな変化はないでしょう。でも、これは“わたしたちが選んだ”結果なのですから、まずは長い目で見ていきましょう。


※小為替の手数料が10倍になったのは文句を言いたい
[60947] 2007年 9月 1日(土)01:12:48紅葉橋律乃介 さん
日付印
 ニックネームの件は、まだ記事を全部読んでいないので、個別の返信は保留とさせてください(職場で一日中PCを使っていると、なかなか難しいもので…)。

 わたしとしては、どういう名前を使おうが、他人が口を挟むべきではないと考えます。しかも、参加されてからだいぶ経ってからの“物言い”ですから。
 でも、最近の記事を読んでいると、「ちゃんと考えてから書いてるのかな?」と思ってしまったわけです。そうすると、なぜこの名前を使っているのか…と考えてしまいまして、失礼な書き込みに至ってしまいました。申し訳ありません。


 さて、本題。
 日本郵政公社が10月1日から民営化され、事業別に会社が設立されることになっています。それを「郵便局会社」が窓口業務を一手に行なう手筈なんですが、郵便の場合は、通常窓口が終わると「郵便事業会社」が直接業務を行なうようです(集配局に「支店」が作られる)。

 で、この2社は別の消印を使うようです。と言っても、「郵便局会社」で普段使われる消印は、年号に下線が入るのみ。一方で「郵便事業会社」の場合は、現在と同じ消印(ただし、中央局の支店名は「中央」が取れたもの)のようです。当然ながら、実物を見ていないので、今のところは「~のようです」としか言えません。

 消印というのは時代によって微妙にデザインが変わっています。9月に限っては、風景印以外に普通の消印も集めておいても損はないかも…。
[60802] 2007年 8月 26日(日)10:46:26紅葉橋律乃介 さん
説明
 [60758に対し、議論を招いてしまいましたことをお詫びします。良く言われることですが、文字にすると喋り(方)と比べて、だいぶ印象が変わってしまいます…。

 [60776]グリグリオーナーのご意見を受けて、わたしは[60783](8月25日20:25:21)にこう書きました。
もっとも残念なことは、グリグリさんが「乱暴」と言われるアドバイスが、本人にはまったく通じてないことです。


 そもそも始まりは、
 
[60754](8月24日13:30:57)ドラえもんくん
今さっき地図を見て思ったんですが、
(中略)
何でなんでしょうか知っている人がいたら教えてください。

 ここからです。

 その後、
[60758](8月24日21:50:07)紅葉橋
 何ででしょうね。「今さっき地図を見て思った」のであれば、まず、ここへ書き込む前にすべきことがあります。
(中略)
 早い話が、「まずは、自分で調べてみよう」ってことで。

 それに対してまったくドラえもんくんからは反応がなく、
[60776](8月25日13:08:55)グリグリオーナー
後半のアドバイスもちょっと乱暴ではないでしょうか。ガイドラインにも書いてありますとおり、相手への配慮とマナーをお守りください。年少者だからといってルールに甘くて良いと言うことはありませんが、アドバイスは丁寧にお願いいたします。

 結局本人からは何も言ってこず、オーナーからの“厳重注意”が先でした。

 [60798](8月26日06:24:24)中島悟さんからも言われているとおり、
今さっき
 という言葉を読む限り、とても「調べた上」とは判断できませんでした。

 [60783]を受けて、ようやくドラえもんくんからの返答がありましたが、
それはもちろん調べた上でそれでも結論がわからないためにここで質問してるわけです。まぁ自分の聞き方が悪かったのかもしれませんが。
最後に「乱暴」なアドバイスが全く通じていないと言われていますが、その話になる前にまず、調べているかいないか確かめてから言われたほうがいいと思いますが。それは確信で言っているんですか?(「調べたが結局わからなかった」という言葉が抜けていたのですが、それでも調べていないと確信するのがおかしいと思いますが。

 貴身がわたしを快く思わないのは致し方ないとして、なぜ、それ(調べた上でそれでも結論がわからないため)を先におっしゃって頂けなかったのか。

 わたしは「貴身は自分で調べてない」を疑っているわけだから、「それは断じて違う!」とおっしゃって頂ければ良かった。しかし、貴身は[60758]にはまったく答えず、読み流しておられる。

 そして、弁明でも何でもなく、立腹というかたちで答えられた。残念ですね。


 名前の件はあとで述べますが、「イチャモンがついたから変える」ということはして頂きたくないです。
 ドラえもんくんを傷つけてしまったのならお詫びしますが、貴身の場合は、いつもの「じゃあやめます」感もあるような気がします。
[60783] 2007年 8月 25日(土)20:25:21紅葉橋律乃介 さん
意見
[60776] 8月25日(土)13:08:55 グリグリオーナー
これはちょっと乱暴なご意見ではないでしょうか。「ドラえもん」だけがいけないと言う理由はないでしょう。「ドラえもん」がいけないとなると次々に波紋が広がります。

 たまたまドラえもんくんへの投稿だったので、名指しになってしまいました。この点については、お詫びいたします。

 ただ、わたしは「ドラえもん」が好きです。しかし、これは本メンバーの「ドラえもん」くんに対してではありません。
 この名前は、はっきり言って「他人の名前」です。それも、超有名人の。
 ドラえもんくんに自分の名前のはっきりした謂れがあるのなら、許容することも出来ますが…。

 オーナーが認可しているので、他のメンバーは何も言ってはいけない。これは困りますね。


また、後半のアドバイスもちょっと乱暴ではないでしょうか。ガイドラインにも書いてありますとおり、相手への配慮とマナーをお守りください。年少者だからといってルールに甘くて良いと言うことはありませんが、アドバイスは丁寧にお願いいたします。

 こういった事例(「知っている人がいたら教えてください。」のようなもの)は昔からありますが、いろいろ調べた上で…というのが「マナー」ではないでしょうか。

 ここでは、「知っている人」は、質問者には自分の培った知識を、「何ででしょうか?」の一文だけですべてお教えしなければならないのでしょうか? もう参加してから何十件も書き込んでらっしゃいますし、過去ログも読んでらっしゃるでしょう。
 その中に、ご自分が飛び込んでしまった。まず、そこを認識は出来ないものか。


 もっとも残念なことは、グリグリさんが「乱暴」と言われるアドバイスが、本人にはまったく通じてないことです。
 最近の投稿を見てると、危なっかしいですね。それでも、いちいち細かく事例を挙げなければなりませんか?
[60758] 2007年 8月 24日(金)21:50:07紅葉橋律乃介 さん
ありがちにかちなし
[60754] 2007年 8月24日(金)13:30:57 ドラえもんくん

 まず最初に、貴身の名前はメンバーとして認可されている「名前」だけど、わたしは、「ドラえもん」に敬称をつける習慣がありません。

 別に、誰がどういう名前を名乗ろうと自由なのかも知れませんが、この名前は、貴身が“独占”して良いものとは思いません。


 さて、
例えば、「別」なら、士別、江別、芦別、紋別、等があって
      「内」なら、稚内、幌内、岩内、歌志内、があります。
何でなんでしょうか知っている人がいたら教えてください。

 何ででしょうね。「今さっき地図を見て思った」のであれば、まず、ここへ書き込む前にすべきことがあります。うちらと違って、まだ長い夏休み中でしょう?

 直接関係ないけど、「例えば」の中に、仲間外れがあります。別に統一する決まりはないけど、あまり美しくはないですね。


 早い話が、「まずは、自分で調べてみよう」ってことで。
[60604] 2007年 8月 14日(火)00:58:57紅葉橋律乃介 さん
律乃介
 他の返信が滞っていますが…。

[60600] 8月13日(月)23:36:48 matsuさん
その辺りを通るたびに紅葉橋律乃介さんを思い出します。

 ありがとうございます。
 表題を見ると、わたしが何かやらかしたのかと(笑)。


 「紅葉橋」という地名はないかも知れませんが、自分の名前にちなんだ地名なり名前なりを集めるコレクション(?)はできそうな気がしますね。

 でも、小さな橋ばかり集まりそうな気も…。
[60308] 2007年 7月 27日(金)02:16:16紅葉橋律乃介 さん
かもめが飛んでいった日
[60304] 7月26日(木)23:25:12 スピカさん
ちなみに今のお勧めは「かもめーる」です。年賀状には劣りますが、景品が当たるくじが付いているので二度楽しめるかも知れません。

[60306] 00:26:50 桜トンネル
できるだけ「かもめーる」で風景印をもらうようにしたいと思います。

 残念ながら、「かもめーる」のくじでは景品はもらえません。押印することは可能ですが、あまり意味はないかも知れない。

 というのは、数年前より、暑中見舞いはがきから「かもめーる」という文字は消えてしまいました。なので、“昔の名前”に過ぎません(手許に去年か今年の暑中見舞いはがきがある方、見てみてください。今年のそれには「日本郵政公社」という、かなり稀少(?)な文字が書いてます)。


 ちなみに、
[60304]スピカさん
風景印は「ご自分で押されますか?」って訊かれるときがあります。相手の腕を信じるか、自分の方が上手いと思うか難しい判断です(笑)。

 これは「訊かれるときがあります」というのがポイントです。自分から「押させて欲しい」とは頼んではいけません。
 風景印といっても、あくまでも「消印」の一種であり、職員が押すのが決まりです。とは言え、普通に郵便に使うことはまずないので、希望する場合にしか使わない=収集者しか押さないということなのです。
 収集者というのは厄介なもので、たとえば継続して集める場合は、台紙(はがきの人もいるし、50円切手を貼ったカードの場合もあるし…)が同じでないと気がすまないという場合。そういう人にとっては、「かもめーる(と呼ばれていたもの)」や「年賀はがき」などに押しているものは無視…という場合もあります。これは本当に個人の価値観の違いです。

 で、そういう人たちには細かいこだわりがあります。職員が押して、たとえば微妙に中心が合っていない、あるいは希望する位置から多少外れた…という場合は、職員に弁償を求めることになります。
 ならば、自分で押したほうが良いのではないか…という理由もあって、押させてくれる場合もあるということです。


 ちなみに、風景印はゴム印なので、「磨耗」といって、あまりきれいでない(はっきり言えば汚い)印の場合があります。そういう局は遠からず交換するはずですが、同じ物と交換するのか、あるいはまったく新しく作り変えるのかは分かりません。あまりに状態が悪ければ、再訪するのも手でしょう。

 風景印のほかにも、普通の消印も押してもらえます。どこの郵便局にもあるので目新しくはないですが、集まると良いコレクションになります(ただし、整理をすれば・笑)。
[59763] 2007年 7月 14日(土)01:30:40紅葉橋律乃介 さん
わたしの主張
[59762] 7月13日(金) 21:17:03 桜トンネルさん
今日、たまたま滋賀県内にあるとある郵便局の主張所を見てきたのですが、店の中にあるものの、周りには郵便局らしいものは何もなくATMだけがポツンとあってかなり寂しかったです。その様子などを見ていると、確かに、わざわざ行くようなものではなさそうですね。ということで主張所(ATM)には行かないこととしました。

 この文章では、テストでは0点でしょうね。
 いちばんの問題は、これです。

主張所はATMが置かれているだけのところがほとんど byみかちゅうさん

 せっかくの助言を、改竄してはいけないでしょう。


 郵便局の名前には、似たような名前の局がたくさんあります。
 実際にATMだけの場所を見てきたようですが、そこがなんと言う郵便局の、どういう名前の機関なのか。よく読んでみましょうね。
[58687] 2007年 5月 26日(土)23:56:26紅葉橋律乃介 さん
「はくじん」ではありません
 遅くなってしまいましたが、[58574] の答えです…と、別にわざわざ書かなくても検索すれば出てくるのでしょうが、わたしは上手い検索方法が見つかっていません。

 それはともかく、読み方は様々です。答えを聞いてしまえば<なあんだ>と思うもの(単なる音読み)もあれば、どうしてそう読むのか聞いても分からないものもあります。

 あまり当てにならないヒントとともに、「読み方」を書いてみます。…のあとが適当なヒントでした。


(後志地方)
・発足 「はったり」 …読み方はほんとうです
・梨野舞納 「りやむない」 …やむを得ない
・老古美 「おいこみ」 …締め切り間近

(留萌地方)
・産土 「うぶすな」 …土ではありません

(宗谷地方)
・夕来 「ゆうくる」 …あなたは来ますか?

(十勝地方)
・留真 「るしん」
・旅来 「たびこらい」 …昔の旅?
・長流枝 「おさるし」
・押帯 「おしょっぷ」 …丁寧なお店
・川流布 「かわりゅうふ」
・貴老路 「きろろ」 …リゾート? 歌手?
・鎮錬 「ちんねる」

(釧路地方)
・片無去  「かたむさり」


[58593] 5月21日(月) 09:07:22【1】油天神山さん
ただし「産土(うぶすな)」は(アイヌ語に漢字をむりやり当てはめた可能性は否定し切れませんが)古くからある日本語でして、人や一族の生まれた土地を指します。あるいは「産土神」という言葉の方が一般的かも知れません。これはつまり氏神様のことです(元来は土地の守り神のことで、氏神とは別物だったようですが)。

 ご説明ありがとうございます。実は、由来についてはまったく知りませんでした。
 そう考えると読める人も多い…かも知れませんが、いずれにせよ難読に違いはありません。


[58594] 5月21日(月) 11:04:49 ケン(地理好き)さん
花畔は「ばんなぐろ」、輪厚は「わっつ」と読むみたいです。
沖縄でも勢理客(じっちゃく)、保栄茂(びん)、為又(びいまた)、東江(あがりえ)などがあるみたいです。

 「ばんなぐろ」は変換されますが、「わっつ」は「わあつ」で変換されます。そこで[58585] では
「花畔」は出ますね。「輪厚」はそのままの読みで出てきました。本来の読みではないような…?
 という文章になったのでした。


 上記の“解答”それぞれの地名を見て、読める読めないは別として、北海道で生まれ育ってみると、何となく納得してしまいます。似たような読み(名前)が多いからでしょうか。

 たとえば、「力昼」(りきびる)という地名を知っていると、「濃昼」を「ごきびる」と読むと聞いても納得しますし、「幌」を「ぽろ」だと知っても、それほど<変わった読み方>とは思いません。

 しかし、ケン(地理好き)さんが挙げてくださった沖縄地方のそれは、まったく想像もつきません。これに比べると、なんと北海道の地名が読みやすいか。いや、やっぱり読みづらいのか…。


[58595] 5月21日(月) 13:00:14 第2町人さん
1「ほっそく」ではないだろう、と思う。
2「ほたり」が思い浮かび、なぜそう思ったのか悩む。

 「たり」の時点で「はっ」と気付くべきでしたね(笑)。


[58599] 5月21日(月) 21:06:24 桜トンネルさん
ヒントも、???と意味が分かりません。

 ヒントというのは分かっていて作るものですから、見当がついてないとまったく意味が分からないですね。もっと上手いヒントがあれば….


 ちなみに、「白人」は小学校が現存してます。ちょろっと難しい!?
[58585] 2007年 5月 20日(日)22:32:07紅葉橋律乃介 さん
「白人」も読めない
 [58574] にお答えいただき、ありがとうございます。その中の「発足」について、他の地名とヒントの基準(?)が違ってましたので、修正しました。まあ、読み方は特にひねりもなく、そのまんまなんですが。


[58580] 15:20:01 スナフキんさん

 わたしは読めないので検索をかけてみましたが、案外分からないものですね。
 「読み」を入れれば漢字がヒットするのは良いとして、「漢字」を入れて読みが出るかどうかは分からない。たとえば「紅葉橋律乃介」で検索しても、読み方をどこかに(自分で)書いてない限り、表示されるはずがありません。


自分の場合、北海道の各地を訪れたことが地名の読み知識を潤沢にしてくれています。例示の中では「梨野舞納」がそれにあたります、岩内にいった時、これが読めずに困った思い出が…。4文字だと説明するのも大変でして(汗)。

 音読みのようで、途中から変わっていますね。最後の文字は“ある意味音読み”ですから、読みようがありません。やはり、現地を訪ねるには印刷物が必要のようですね(手書きでも良いですが、案外漢字を間違えそう)。

「輪厚」「花畔」

 「花畔」は出ますね。「輪厚」はそのままの読みで出てきました。本来の読みではないような…?

ただ北海道の場合はどうしても屯田兵村の名残があるので、「1線~」延々と数字の羅列というケースも多く、内地よりは微小地名の反映度は低いのではないでしょうか

 なかなかバス路線もないようなところが多いようで、バス停の“地名度”は低いかも知れません。「線」「号」も地名と言えば地名ではありますが…。


[58584] 21:28:39【1】 k-aceさん
・老古美・貴老路…ヒントで分かりました。
・夕来・長流枝…多分あの読みだと思うんですけど…。
・発足…え~と、何かで見たような…。
・梨野舞納・産土・留真・旅来・押帯・川流布・鎮錬・片無去…???
ってなかんじです。

 「老古美」「留真」はそのままです。「片無去」も、まあ…。
 音読みと訓読みが混ざっているのが難しいのです。まったく想像つかないのが「産土」「旅来」「押帯」かと。

 これらはいずれも廃校名なので、「○○小学校」で「廃校跡」の類のサイトに載っている場合もあります。しかし、読み方はあまり載っていない…。

 実際に通っていた方がいて、また、住んでいる方もいるわけです。そういう人にとっては、別に珍しくも何ともないでしょうし、「○○観光ガイド」という形で地名が出ている場合もありますが、たいてい地図で場所は分かるものの、なんと読むかまでは分かりません。
 電話番号やアドレスがあっても、さて、電話でどう伝えればよいのやら…。



 ちなみに、地図サイトで地名を入力できますが、読み方までは書いてないですよね。
 で、これは言いにくいことなんですが、「市町村変遷情報」にはまだ「読み」はないですよね。施行日の異説とともに、読み方に異説がある場合もあります。それらも網羅する…いや、まずは「読み方」を…付けるのは今後の検討課題ということでは?(88さん江)
[58574] 2007年 5月 19日(土)23:21:06【1】紅葉橋律乃介 さん
常識というもの
 地名というのは難しいもので、その土地にゆかりがなければ一文字も読めない、という可能性もあります。

 たとえ市町村名いや「市」であっても、地元の人間以外は間違った読み方をしている可能性があります。岐阜県の各務原市なんて、正しく読んでいるのを聴いたことがありません(「聴いた」というのがポイント)。


 さて、北海道の地名は難しいと言われます。これは“和人”が無理矢理漢字をアイヌ語などの音に当てはめたためで、名前を付けた本人はそれで満足でしょうが、実際に生活する人間にしてみれば、これほど迷惑な話はない。まあ、実際に迷惑かどうかは分かりませんが。

 これはどの地域でも同じかも知れませんが、たとえばわたしは北海道民であり、生まれた時から24年と66ヶ月(笑)ずっと道民なわけです。
 では、道内の地名に強いかと言えば、ごく限られた範囲しか分からないわけです。ずっと同じ地域に住んでいるため、とも言えますが、細かい字名などは、本当にその地域で生活していないと分からないのではないかと思います。


 ところで、現在わたしは北海道内の小学校の変遷を追いかけています。中学校と比べて「地名」が学校名に使われている可能性が高いためですが、長く生きているわりには、読めない地名が多いのです。
 本当に何を考えて付けたのか…とは失礼な話ですが、そう思ってもおかしくはありません。

 北海道にゆかりのある方であれば、分かるかも知れないし、生活圏が違えばまったく分からないかも知れません。
 どうしても読めなかったもので暫定的に調べたものを挙げてみます。もしかすると過去に駅名等になったかも知れませんが、とりあえず地名辞書で変換可能だったものを列記してみます。つまらないヒントもいくつか書いてみます。

 そのまま読めるものもあれば、まったく見当もつかない場合もあります。できれば、道外の方にも予想していただきたいと思います。案外似たような地名に慣れている人間より、真実に近づけるかも知れません。


(後志地方)
・発足 …読み方はほんとうです
・梨野舞納 …やむを得ない
・老古美 …締め切り間近

(留萌地方)
・産土 …土ではありません

(宗谷地方)
・夕来 …あなたは来ますか?

(十勝地方)
・留真
・旅来 …昔の旅?
・長流枝
・押帯 …丁寧なお店
・川流布
・貴老路 …リゾート? 歌手?
・鎮錬

(釧路地方)
・片無去
[58210] 2007年 4月 29日(日)19:47:28紅葉橋律乃介 さん
各務ヶ原
 「各務原市」が、実は岐阜県だということはあまり認識していませんでした。「東海地方」くらいとしか思っていなかったのでした。

 で、別に愛知県だろうが岐阜県だろうが、それは本題ではないんです。
 今日の新聞にふりがな付きで、「各務原市/か・かみが・はら」とありました。読み方が「かかみがはら」というのは、まあ知っているわけです。語源から「かがみ…」と濁るべきではないか、と言うわけでもないんです。

 「各務」を「かかみ」と読むのではなく、「各」を「か」・「務」を「かみ」と読んでいる(ように取れる)というところが不思議です。

 まあ、読んでしまえば「かかみがはら」であろうが「かがみはら」であろうが分かりませんが、ふりがなを振るとすれば、やはり一文字ごとに振るべきなのかどうか。なんか変な感じではあります。


 ちなみに、我が岩見沢市は「いわ・み・ざわ」でまったく問題なし。当たり前ですね。
[58033] 2007年 4月 16日(月)00:52:44紅葉橋律乃介 さん
難しくややこしく
[57479] 3月 30日(金)20:06:51 88さん
戸長・戸長役場について

 だいぶ前の話題になってしまいましたが、まあ、「落書き帳」ならではの企画のせいであるということで…。


 市町村制施行前の状況を説明して頂きまして、ありがとうございます。
 北海道民にとっては、当時は開拓の初め、あるいは村そのものが存在しない頃のお話。いわば“原始時代”だったのかも知れません。


北海道の場合は他県とは歴史も、1町村の規模も異なりますので、とりわけ戸長役場の所在も複雑なのかもしれません。

 「戸長役場管轄区域の変遷」という点だけ見れば、「市町村変遷」とは必ずしも関係ないかも知れません。しかし、「戸長役場設置町村」下に新たに「戸長役場未設置の村」が設置された場合、住所は確かにその村に違いないのですが、行政的には、単なる“行政区域”に過ぎないのではないか。現在で言えば、“区役所のない行政区”と呼べるものではないか、と。妙なたとえですが。

 ややこしさの例として、北海道観光入門富良野地方の例に図が載っています。
 「角川地名辞典」に似た図ではありますが、この辞典では“抜けている”戸長役場の管轄区域が入っています。

 この図の中の一例として、ちょっと分かりにくいんですが、新十津川村について。
 まず明治23(1890)年1月15日、新十津川村設村(同時に同村のみ管轄の戸長役場設置)。続いて25年2月4日、雨竜村と深川村設置(新十津川村戸長役場管轄)。28年6月1日深川村に戸長役場を設置(新十津川村戸長役場から離脱)。30年7月15日雨竜村に戸長役場を設置(新十津川村戸長役場から離脱)。32年5月27日北竜村設村(雨竜村戸長役場管轄)…以下省略。

 このような流れが、数百(?)の村々にあるようで、さらに、苫小牧のようにもともとたくさんの村々があった地域はさらに複雑になるわけで…。


 ちなみに、戸長役場の名称は、郡役所と同様、複数村を管轄する場合は「新十津川村雨竜村深川村戸長役場」(通称新十津川村戸長役場または新十津川外二村戸長役場」だったようです。

 おや? 郡役所の変遷は!?
[57439] 2007年 3月 26日(月)22:22:07紅葉橋律乃介 さん
変遷情報…その前に?
 北海道に住んでいると、「藩政村」という概念はほとんどない…ということは前にも書きました。江戸時代には「松前地」以外は「蝦夷地」ということで未知の領域でしょう。

 さて、「市制町村制」の前「郡区町村編制法」下では、その名の通り「郡・区」のほかに「町村」がありました。それぞれに役場があったわけですが、町村の役場は「戸長役場」ということで、現在の役場とはだいぶ趣が違っていたようです。

 他の府県がどうだったかは分かりませんが、北海道では一つの役場が複数の村を所管していました。
 この管轄区域の変遷が、またややこしいんです。各々分村はするものの、役場の管轄はまだ従来のまま。数年後ようやく役場が設置される…。あるいは、分村と同時に開設される場合。
 町村の廃置分合だけ図に示しても、実は関係ない役場の管轄区域だった場合は、あまり意味がない。

 このかなりややこしい管轄区域の変遷も、やはり「市町村変遷情報」に反映する…ことは可能でしょうか?

 文章だけでは分かりにくいんですが…。
[57338] 2007年 3月 19日(月)00:50:28紅葉橋律乃介 さん
経地区値
 昨日(日付が変わってしまったので、正確には一昨日)のことになりますが、北海道高校野球連盟の「空知支部」設立総会が開かれました。

 [52675] [52680]で書きました通り、北北海道地区所属の「北空知支部」と南北海道地区所属の「南空知支部」が統合されて設立されたわけですが、新しい所属は北北海道地区。
 都道府県ではなく高校野球の地区割りで見た場合、いつの間にか北北海道が◎になったわけですね。

 北海道に住んでいると、たとえ札幌に通勤していようが旭川に遊びに行こうが、経県値は変わりません。
 こういった“経地区値”ならば、ちょっとは数値が上がる…のは、皆さん同じですよね(笑)。


※東京も東西に分かれてますね。また、いつぞやの記念大会のときはいくつかの地区が分割されたような…。
[56480] 2007年 1月 28日(日)01:19:17紅葉橋律乃介 さん
変更は今日かい?
[56460] 1月27日(土)19:18:04 Hiro(&TOKO)さん
何も考えず見つけたものをすべて収録していく方が、作業として楽なのではないかと考えたというのが私の真意です。
その収録された内容を取捨選択するのは、情報を受け取る側の作業であると私は考えます。

[56468] 同日 22:27:47 hmtさん
戦後だけでも数千件もある「境界変更」から拾い出せと言われても、実際問題として当惑することになり、結局は使えないデータの蓄積になってしまうことを恐れているのです。


 「市町村変遷情報」の「変遷」に、果たして「境界変更」は想定されているのか、ということです。
 確かに市町村の【区域】は変わっていますが、その市町村自体の名前が変わったり、別の市町村がなくなったりするわけでもない。もしかしたら、地形図で見たとしてもほとんど分からない変化、あるいはその土地に出向いてさえ気付かない程度かも知れない。
 “普通の利用者”が「境界変更」という言葉から受けるイメージは、実際に境界線を引きなおした程度、なのではないでしょうか。

 一方で日付の違いで実際には分割合併のような例もありますし、どういうわけか「廃置分合」と同日、「廃置分合」告示の前に「境界変更」として告示されている例もあるそうで。これを「境界変更」だから、と切り捨てて良いのかどうか。

 むしろ、数多ある「境界変更」の中から、そういう市町村の「変遷」に近い事例を探し出して掲載する。それこそが「市町村変遷情報」の意義ではないか、と思います。

 もちろん、全ての市町村異動(「境界変更」も含めて)を漏れなく掲載するのも意義がないとは言えませんが、そこまで来るともはや一般の方が入り込む余地が狭まってしまうのではないですか?


 …という意見も出してみます。どうでしょうか?
[55926] 2007年 1月 5日(金)01:21:07紅葉橋律乃介 さん
2006年の忘れ物
 遅ればせながら、無事平成19(2007)年を迎えられましたことをお慶び申し上げます。

 …と、元号を西暦を併記してみましたが、実はこれも以前からの問題です。
 市区町村変遷情報は年別に分けられていますが、こちらは「西暦(元号)」と併記されているので問題ないとして、たとえば北海道のように都道府県別に見た場合は、西暦のみの表示となっています。

 わたしは“公式”が頭に入っているので換算可能ですが、さて、1903年が元号では何年なのか。そう簡単に出てくるとは思いにくいです。
 これから官報なり北海道公報なりで告示を確認しようかと思っているわけですが、なかなか分かりづらいですね。一般的には西暦表示の方が当然かも知れませんが…。


 前置きはともかく、
[55734] 2006年12月31日(日)00:32:26 88さん
「辞典」は、なんと「T10.9.1(2)」! 「辞典」は卑怯です

 ここが「辞典」の良いところです(笑)。わたしは括弧のついてないほうの日付を採用してますが、明らかに違うだろうと思われる点(主に北海道内)は括弧内(またはさらに違う日付)もどこからか拾って来ています。


 ところで、何度も書いているかも知れませんが、市町村名や郡名は「総覧」の表記をそのまま使われているようですね。個人的には「入口」(成立・改称)と「出口」(合併や分割・改称)では、表記を統一していただきたいと思います。
 たとえば北海道の「雨龍郡」は、特に名称変更もないので現在でも残っていますが、村制施行時の「雨龍郡」が町制施行時には「雨竜郡」に変化しています。たまたまそれぞれの時点でそう表記していただけかも知れませんが、気になりますねえ。


 さらに遡って、
[55731] 2006年12月30日(土)22:30:45 88さん
昭和23年3月31日で一度「任期」が切れる、というのがよくわかりません。地方自治法第7条が、現在と変わっていないことは確認済みなのですが。

 昨4日、新年早々また道立図書館に行ってきましたが、メインの本題(いや、本題はもともとメインですか)に手間取って、こちらの調査はおろそかになってしまいました。
 それでも「さろま町百年史」を見つけたのでチラッと眺めて見ましたが、町村長の任期は「佐呂間町史」とは違い、「昭和23年3月31日」で途切れてはいません。普通に統一地方選から4年ごと(辞職があったようで、満了前に途切れてはいますが)に改選されています。また分からなくなりました…。


[55667]の告示からは、「分割」という言葉は使っているものの、佐呂間村、安平村そのものの法人格は継承しているように読めます。新たに「置く」のは、「若佐村」「追分村」だけですから。地方自治法施行前の北海道町村制の頃の告示も同様の表現だとすると、大半は「分立」かなあ、と思います

 「北海道市町村行政区画便覧」も読んでみました。これは「国土…」の北海道版(だと思います)で、各市町村・支庁の沿革がだいたい詳細に書いています。ここでも「分割設定」とされている町村は、“母村”は「○○を分村」、“本人”は「○○より分立」とあります。実は「分割設定」というのは「合体」の対義語ではないのかも知れません。


または、表現にかかわらず、「帯広町」の法人格は一旦消滅し、新たに(新設合併のように)「帯広市」が発足するのでしょうか? うーん、北海道は奥が深そうです。まだまだ勉強不足です。「一級」「二級」の町村制も・・・。

 これは「北海道」に限らず、全国同じだと思います。市制時代から存在する市にお住いの方、市長の任期を調べてみてください。
 たとえば我が岩見沢市は“旬”の夕張市と同日、昭和18年4月1日に市制施行(ジャンケンに負けたので、施行順は夕張の方が先)していますが、いったん町長は退任し、職務代理者として市役所開庁式を迎えています。市長選任は翌月で、市制の施行とともに「失職」していたことが分かります。

 たぶん、官報には「昭和18年4月1日より北海道空知郡岩見澤町を廃し其の区域を以って岩見沢市を置く」とでも書いていたのではないかと(まだ原文は見てません)。


 その辺りは、わたしも詳しい方にご教示願いたいところであります。
[55700] 2006年 12月 27日(水)22:55:54紅葉橋律乃介 さん
分割・分立 延長戦
 個人的には、「A村」→「A村」・「B村」といった“元の名称を引き継ぐ新しい自治体”が成立したケースはないのではないか、と思っていました。

 実際に「分割」とされている例は、みな「A村」→「B村」・「C村」…と、元の名称が消滅するケースばかりです。まあ、“元の名称が特定の集落名”だった場合は、分割によって再び元の自治体名が使われる可能性がありますが…。


[55681] 12月25日(月)23:15:47 88さん
「消えた辞典」
 読めないですよ(笑)。


 それはともかく、
戦後(正確には1947(S22)年5月3日以降)の総理府等の告示は私で調査可能です。

 まず、「分立」とされている例と、「分割」とされている例の両方が必要だと思いました。市制・町村制下では、「分立」の例が見えませんでした。見落としかも知れませんが、あくまでも「ついで」ですから…。
 ということで、逆に官報との対比ができるのではないかと思いました。「いらない」と言われるのは心外ですが…。

 それから、前にも書きましたが、当時の官報告示をそのまま採用して良いのかどうか、ちょっと疑問があります。もしかすると、現在では違った書き方の可能性もあります。


町村長の任期との整合では、安平村の方は一致するのですが、佐呂間村は一致しません。佐呂間村長が辞職か何かして、再び選挙を行った、と言う理屈は考えられます。

 ここがよく分からないんですが、「一致」というのはどこを指しているのでしょうか?
 官報や北海道の告示では、特段の違いが見当らない。ではどちらも「分立」で処理できるかというと、首長の任期に違いが見られる。だから、佐呂間村は「分割」であり、安平村は「分立」と判断できる。そう考えて記事を投稿したのですが、88さんは「そんなものは参考にも何にもならない」と。これも心外です。

 当時の公職選挙法の規定がどうなってるかは知りませんが、現在と同じと考えた場合、辞職した場合は助役が職務代理者になります。その後選管に辞職が伝わってから何十日か以内に選挙を行い、選挙日から4年間の任期となります。
 本件の場合は、昭和23年3月31日でいったん佐呂間村長の任期が終わり、4月1日から27年3月31日までの任期になっています。


また、[55654] 拙稿でも書いたように、「辞典」を確認すると(これも「今頃」なのですが)、「若佐村」「追分村」はやはり分立で、総理庁・総理府告示と一致しました。よって、若佐村、追分村とも「分立」で処理させていただきます。

 「辞典」では、『「A村」→「B村」・「C村」…』以外は全て「分立」のはずです。ですから、なぜ「総覧」で「分割設定」なのかが疑問なのです。


でも、やはり気になるのは、「市制町村制」時代の「分立」 or 「分割」です。しかも、北海道は一級町村制・二級町村制ですから、他の地域とはさらに異なるルールかも。一番間違いないのはやはり「北海道告示」でしょう。

 実際にはそうとも言えないんです。「北海道告示」の一例は[55667] に示しましたが、北海道町村制の時代も、そう変わりはありません。「網走町」・「東藻琴村」の場合は「網走町を廃し…」とあるので「分割設定」にも見えますし、市制と町村制はそもそも法律が違うので、市制施行の際はどちらにしても旧町村は廃されるので、どちらとも取れます。もう10円調査費をかけておけば良かった(笑)。

 「一級町村」「二級町村」については、わたしもよく分からないんです。「一級町村」は通常の町村に準じた制度、「二級町村」は戸長役場を自治体化したもの…でしょうか。「一級」の首長任期は4年、「二級」はそうでもなかったようで、助役ではなく…いや、この話はボロが出るから止めましょう(笑)。

 ちなみに、「一級」から「二級」が分かれるケースはありますが、「二級」から「一級」は分立しません。当然ですが。

 「二級」から「一級」への“昇格”は、合併や分割とは別の手続きのようです。たとえば、大正4年4月1日の網走町・能取村・藻琴村(いずれも二級町村)の合併と一級町村昇格の場合は、まず網走町に2村が編入し、その後「一級町村制施行地」として網走町が告示されている…はず(告示の現物は未確認)。おや? 手許の資料では「編入」です。

 手許の資料では、告示の“要約”らしいメモがありました。
 遠軽町の“母村”である上湧別村の母村「湧別村」。明治43年に上・下に分割されるわけですが、
 湧別村をさいて上湧別村をおき、湧別村を下湧別村と改称
 とあります。各町村の“分割事情”は、案外こんな程度かも知れません。


 まだ未解決です。
[55667] 2006年 12月 24日(日)21:24:22【1】紅葉橋律乃介 さん
調査費30円なり
[55646] 12月23日(土)13:01:42 88さん

 同日の「境界変更」と「編入」について。
藤尾村の一部は三和町へ「境界変更」し、残余の藤尾村すべてが新市町へ「編入」という、二本の同日付けの告示でした。

 ああ、告示を基準にするとそうなりますか。
 わたしの場合は日付がずれた場合のみ想定してました。この辺は「個人の感覚」の違いになってしまいます。そこまで厳格には拘る必要がない(調査できない)と思いますので。


 「分立」「分割」について。
代表例を一つ全文引用して紹介していただけないでしょうか?

 今日は道立図書館へ行く用がありまして、ついでに…と思いましたが、告示を直接確認するのは時間がかかるので、町史を当たってみました。

 ちなみに、「全訂 全国市町村名変遷総覧」の最新版(平成18年8月発行)が入庫してました。「平成の大合併」がすべて収録されているようですが、肝心の「曰佐」がどうなってるかは失念(「オサ」で変換すると、「曰く」で出ましたよ)。


 ここで問題なのは、地方自治法以後と以前どちらが良いのか、と。市制町村制時代は、「分立」がないようですね(着いてから思い出したので、特に資料は持っていかず。ということで、上記「総覧」から「分立」と「分割設定」を確認)。

 分かりやすい例と言うことで、昭和23年4月1日付の「佐呂間町・若佐村」(分割設定)と、昭和27年8月1日付の「安平村・追分村」(分立)を北海道告示を抜き出してみましょう。

『佐呂間町史』より引用
●北海道告示第一八五号
  地方自治法第七条の規定により佐呂間村を分割して若佐村を置き昭和二十三年四月一日よりこれを施行する。但しその境界は次のとおりとする。
    昭和二十三年三月二十一日
     北海道知事 田中敏文

 (境界は略―紅葉橋注)

『追分町史』より引用
●北海道告示第九七四号
  地方自治法第七条第一項の規程により、昭和二十七年八月一日から勇払郡安平村を分割し、次の境界をもって「追分村」を置く
  なお、関係区域図は関係村役場に備え置く(図の記載なし―紅葉橋注)
    昭和二十七年七月十二日
     北海道知事 田 中 敏 文


 ご覧のように、若干の構成は異なるものの、いずれも「分割」となっており、告示文からは「分立」か「分割設定」は読み取れません。

 ところが、明らかな違いがあります。
 佐呂間町の町長は、まず昭和22年4月の統一地方選で選出されたのち、改めて23年4月1日より4年間の任期を務めています。つまり、一旦3月31日で「佐呂間町」はリセットされ、若佐村と分かれたあと、改めて設置されたものと解釈できます(設置選挙は? という疑問がありますが)。
 一方で『早来町史』(安平村は分村後「早来」へ改称)を読むと、早来村長の任期は分村後も途切れることなく続いています。つまり、早来から「追分村」が出て行った、と解釈できます。


 この若佐村は昭和の大合併で「佐呂間町」に、追分村(のち町制)も平成の大合併で「安平町」と、元のさやに戻っているのは面白いですね。


[55663] 17:39:52【1】白桃さん
下タ村
富山県上新川郡に標記の村があり、「シタムラ」と読んでいたようですが、そうなると、「タ」は夕方の「夕」ではなく、カタカナの「タ」だったのですかね?

 手許の資料では区別できません。と言うか、手書きじゃ分かりません(笑)。
 でも、これはカタカナと解釈すべきでしょう。「シタ」とふりがなを振ってますし。


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