都道府県市区町村
個性豊かな地理ネタ大好き人間の溜まり場

過去記事 [84100]〜[84199]
トップ > 落書き帳 > 過去記事 >

[84100]〜[84199]



… スポンサーリンク …

[84199] 2013年 10月 8日(火)20:55:04【1】オーナー グリグリ
変遷情報関連のフォロ~
YTさん、むっくんさん、MIさん、hmtさん、変遷情報関連の書き込みと情報提供をありがとうございます。具体的な変遷情報への修正事項もありますが、週末に頭を整理しながら対応したいと思いますのでよろしくお願いいたします。

>かすみさん
全県制覇おめでとうございます。合計191点で190点の私を追い越されました。でも、来月には再逆転できるでしょう。^^;
[84198] 2013年 10月 8日(火)15:06:18【1】スナフキん さん
区が消えてる!
いや、既報の塗り直しになるのですが…。

合併地名のおさらいをしていて、行政区画総覧をずっと眺めていて奈良県に達し、青ざめました。宇陀市、「区」が消滅してる!

これは大変です。旧自治体名称だから、ほとんどの地図帳では採用してしまってます…まずいことに、索引にまで。しかも奈良県にだけ出てくるわけではないから、傷は4ヶ所だけでは済みません…赤を大きく増やすことになってしまいました。

そこでふと、少し前に[84143]でニジェガロージェッツさんが「区の地名コレクションが壊れている」旨書かれていたのを思い出し、アクセスしてみました。

[79452]で、大龍エクスプレスさんがすでにこの事実を指摘済みでした…どうしてこんな大事なこと、気づかずスルーしてしまったんだろう。まぁ最大限の言い訳をするなら、区消滅のタイミングは東日本大震災の直後で、ニュースソースを完全にかき消されてしまっていた、に尽きるのかなぁと。

あんまり心配なので調べてみると、どうもこれが「区消滅」としては初のケースのようですが、早くも今年末に第二例目が生じそうです…あまり話題として出ていませんが、宮崎県美郷町がそれ。合併の際に定めた地方自治法に基づく地域自治区の設置期限が今年一杯に迫っており、注視しておかないと今回の二の轍を踏みかねません、気をつけないと。

【追記】最後の地方自治法云々部分、訂正しました…ホント、法律が絡むと理解がしずらくて困ります。
[84197] 2013年 10月 7日(月)23:03:09かすみ さん
ついに全都道府県泊!!
こんばんは。
先週、台風23号接近を承知で落書き帳でプチ話題の(?)沖縄県に足を踏み入れてきました。
本島は乗り継ぎの那覇空港の中だけで外には出なかったものの、石垣島、西表島、波照間島で宿泊。生涯経県値で唯一空白県だった沖縄県をとうとう赤く塗り変え、日本地図は赤とピンクのみになりました。
飛行機は苦手なわたしなのでしばらく無理と諦めていたのですが勢いで何とかクリアしました。でもできるだけ乗りたくない気持ちに変わりはありませんが(苦笑)
[84196] 2013年 10月 6日(日)22:44:38hmt さん
糸満町の変遷 (3)沖縄県における 町村制施行
シリーズのタイトルは「糸満町の変遷」で、それらしき副題の記事を2つ[84174][84179]書いてきました。
沖縄本島最南端を占めるこの地の持つ特有の歴史にも注目したいのですが、当サイト「都道府県市区町村」の特色の一つである 地方制度の変遷解明 という観点から、沖縄・琉球、乃至は日本全国を視野に入れた 市区町村変遷 に言及する必要もあります。
そういうわけで、今回の話題は糸満だけに特有の問題ではないことを、最初にお断りしておきます。

さて、糸満町というと「大東亜戦争」で住民を巻き込んだ沖縄地上戦の最終段階が行なわれた、本島南部の地域です。

市区町村変遷情報 沖縄県 は、糸満町が誕生した翌日・明治41年(1908)4月1日の「沖縄県及島嶼町村制」施行による 1町48村設置を設置を記録していますが、それ以後沖縄戦まで 37年間の変遷記録は13件、先島諸島を除けば6件に過ぎません。

6件中の2件は那覇・首里の2区から2市への変更(1921)。そして国頭郡の町制2件(名護、本部)と東村分立。もう1件の分立は島尻郡ではあるものの伊是名村ですから、地理的には北部です。
結局、沖縄本島の中部・南部では、この 37年間に 廃置分合が1件もなかったわけです。
参考までに、この期間の最後の数年間は、本土の多くの県で 約1000町村→400町村弱の「戦時合併」[37842]が吹き荒れた時代でしたが、沖縄県については 完全無風状態でした。

では、この 37年間、記録するに値する地方制度の変化が前記6件(+先島の7件)しかなかったのか?

そんなことはないと思います。那覇・首里の2市誕生と ほぼ同じ時期に、沖縄県糸満町と52の村には「町村制」が施行されて、本土の町村と同等の自治体になったのです。

一例を挙げると、沖縄県及島嶼町村制の下では、町村長は島司郡長の具申により県知事が任免し(8条)、官僚支配体制の一環として位置づけられていました。
これに対し町村制の下では、町村長は町村会の選挙で選ばれ(53条)、自治組織の代表という形が整えられています。

他府県(の大部分)には 明治22年から施行されていた「町村制」(その後明治44年に全改正)に比べると自治権が狭く、官僚的支配の強い制度であった 「沖縄県及び島嶼町村制」という特別制度。
この制度 から「本土並み」の町村制への切り替えは、やはり市区町村変遷情報の中に記録しておくべき事項でしょう。

では、その日付は? 一般的には 大正9年(1920)4月1日とされています。
沖縄だけでなく、6島嶼(奄美・トカラ・対馬・隠岐・伊豆諸島・小笠原)も含めた一覧表[65198]
上でリンクした沖縄県公文書館のページにも“ この特別制度は1920(大正9)年に廃止されました。”と記されています。

実質的には、これを「誤り」とは言い難いのですが、沖縄県における「特別制度の廃止」時期は 厳密には翌年にずれ込んでいます。少しわかりにくいのですが、これについて復習します。

特別制度が存在する根幹は、明治21年法律第1号「町村制」 第132条 にあります。ここに記された北海道・沖縄県と、勅令(M22-1) で指定された4府県管下6地域の島嶼が 町村制施行の対象から外されていました。

以下、[64955] むっくん さんの記事の要約的な記述になりますが、明治37年勅令第63号 により、6島嶼のうち 隠岐だけには “町村制の規定が適用”されることになりました。しかし、6島嶼指定の勅令も 根幹の 町村制第132条も改められていません。

つまり、実質的には隠岐にも「町村制施行と同様の効力」がもたらされたことと思いますが、厳密には町村制施行ではないのです。これを「隠岐方式」と呼ぶことにします。

沖縄県や 隠岐以外の島嶼についても、何らかの地方制度が必要とされましたが、「隠岐方式」をそのまま踏襲することにはならず、別の制度が作られました。これが明治40年勅令第46号「沖縄県及島嶼町村制」で、沖縄県と対馬・奄美・トカラの3島嶼及び伊豆大島に 1908/4/1施行されました。半年後には八丈島にも。三宅島等は更に遅れます。

その後、「隠岐方式」の勅令(M37-63)が全改正され(T7-335)、対馬にも適用されました。
沖縄県が大正9年(1920)から「町村制」になったというのも、この「隠岐方式」です。
改正勅令T9-45 に見るように、沖縄県の他に鹿児島県大島郡(奄美・トカラ)の町村も対象になっています。

このようにして、沖縄県の町村が実質的に「沖縄県及島嶼町村制」の対象から外れてしまったので、この勅令の名称は 「島嶼町村制」に変更 されました。

沖縄県の特別制度を改める手続きは これで終り かというと、まだ根幹の「町村制」が残っていました。
実は、これまで 特別制度の根幹としていた 「法律M21-1 町村制」は、「法律M44-69 町村制」に全面改正されていたのですが、その 第157条 には、旧法132条と同じ規定が存続していたのです。

私がこのことに気がつき、沖縄県に町村制を施行するためには、(新)町村制第157条の改正 が必要であったことを明らかにしたのは、支庁についての記事 [71912]の中でした。隠岐・対馬・奄美の島嶼指定解除遅れ問題と同根との疑いも 記しているのですが、その時はそれ以上の解明を進めていませんでした。

今回、この問題と再会して 改めて調べてみたら、少し前の落書き帳で、既に解明がなされていたことを 知りました。
[83646] むっくん さん の記事は 盛り沢山であるため、100日ほど前に見た時には見過ごしたのでしょうが、次のように記載されていました。
T10.5.20 沖縄県に正式に市制町村制施行。
#法律第59号(T10.4.11)、勅令第189号(T10.5.3)によって法律第69号(町村制)(M44.4.7)第157条が改正。この結果、沖縄県に町村制施行。
又、法律第69号(町村制)(M44.4.7)第157条改正で法律第68号(市制)(M44.4.7)第177条も改正。この結果、同日に内務省告示第88号(T10.5.20)によって那覇と首里に市制を施行することができた。

那覇・首里の2市誕生が実現した根拠が、この町村制改正による「沖縄県への適用停止規定(市制第177条)の解除」であったことは、初めて知りました。

タイトルに掲げた「沖縄県における 町村制施行」の日付についての結論。

[83646]の末尾に記されているように、「町村のみを対象とした実質的な適用」(1920年)と、「2市を含む全市町村を対象とした2法の正式施行」(1921年)との2段階で、市区町村変遷情報に記録するのが適切であろうと思います。

大正9年(1920年) 4月1日 沖縄県の町村に 町村制の規定を適用。【「隠岐方式」を 沖縄県にも適用
大正10年(1921年) 5月20日 沖縄県に「町村制」と「市制」とを施行。【勅令T10-189 により 町村制改正法律T10-58 を施行】
[84195] 2013年 10月 6日(日)18:53:35白桃 さん
高知県の推計人口について
[84192]グリグリさん
●見直し基準
(1) 住民基本台帳への外国人登録適用(2012年7月9日以降の推計人口)
(2) 高知県の推計人口未発表期間(2006年3月31日から2011年11月30日までの推計人口)

(1)と(2)の組み合わせと、北海道、高知県、その他の都府県の各々のページについて注釈表現を切り替えるようにしましたが、ちょっと自信が無いので、ご確認いただければ幸いです。上記の(2)の期間は正しいでしょうか。
煩雑な作業、ご苦労さまです。
(1)については、その通りですが、(2)について、高知県のホームページは次の通りになっています。
市町村別住民基本台帳人口
平成18年度から平成23年10月まで、人口移動調査に代えて、住民基本台帳人口を公表していました。
しかし、
人口等基本集計(平成22年10月1日現在)が平成23年10月26日に公表されました。県ではこの国勢調査をもとに、住民基本台帳の人口・移動数と世帯数により推計人口調査を始めました。
ということで、(遡って)平成22年11月から現在まで毎月の推計人口が発表されております。
重要な事は、「高知県の推計人口未発表期間」ではなく、「高知県発表のものではない推計人口はいつからいつまでか」ということだと考えますが・・・。2006年4月~2010年9月がその答えになるのですが、この落書き帳内の推計人口は各年10月1日付けなので、高知県から発表されたものでないのは、2006、2007、2008、2009年の4回ということになります。
ですから、高知県の頁に関しては、この4回の推計人口を用いている期間(2006年10月1日~2010年9月30日)に注釈を入れていただければ宜しいのではないかと考えます。
なんか、書いているだけでも疲れるのですが、実際、作業するとなると大変でしょうね。
素人考えで恐縮ですが、(自動的に出来るとしても)表示する頁ごとに修正するのは大変でしょうから、どこかに一括して入れたらいかがでしょう?
ついでながら、都道府県の基本データの「最新」を見ていますと、
ただし、北海道と高知県については推計人口を公表していないため、国勢調査人口と住民基本台帳に基づく人口から当サイトで推計人口を独自に計算しています。国勢調査人口は2010年10月1日の国勢調査によります。
とまだ、「高知県」が残っています。      
[84194] 2013年 10月 6日(日)16:40:15オーナー グリグリ
東京都に「中核市の指定の申出」に係る同意を申入れ(八王子市)
ピーくんさんからメールでいただいた表題の情報に基づき、八王子市の中核市への移行に関する変遷情報を更新しました。ピーくんさん、いつも情報提供をありがとうございます。
[84193] 2013年 10月 6日(日)16:37:12オーナー グリグリ
四文字地名について
[84166] hmtさん
この説明により、[84159]で使われていた「濃淡」の意味を私が誤解していたことが判明しました。
(1) 四文字のバランスが良い(濃淡が均一)
という条件を、文字の意味的な観点でなく、図形的な観点でのバランスと理解していたのです。
(中略)
実例を示していただいた結果、ようやく このように理解することができました。
[84159]の説明が不十分で誤解を与えてしまい申し訳ありませんでした。文字の区切りの「濃淡」という意味だったのですが説明不足でした。

[84169] BEANさん
珍地名・難読地名の宝庫京都から。
京都市下京区天使突抜
「天使突破(てんしつきぬけ)」って凄い名前ですね。初めて知りました。
字面や音の響きは面白いと思うのですが、惜しいのは天使・突抜と分けられる上に京都には「突抜」と付く町名は他にもあるのでした。天使こと五條宮の境内を横切る街路が安土桃山時代に造られたのが由来です(由来が明らかなのもマイナスポイントか?)。
そうですね、確かに中央の濃淡がはっきりしていますね。ただ、天使名由来はマイナスではないと思います。
他にも京都市には四文字(以上)の町名こそ多いものの、「切り分けようもない四文字」が案外見当たらないのです。
なるほど、北海道もそうでしたが京都も案外でしたか。
住所地名だけでなく、自然地形名にも目を向けてみます。
自然地形名についてはちょっと悩ましい面があるかなと思っています。例に上げていただいた安達太良山の場合は、「安達太良」として四文字地名ですが、山や川の接尾語も含めて地名として定着している場合もあり、四文字地名の範囲が曖昧になるケースもあるかなと思います。まぁ、これは町や村の場合でも程度の差はあれ同じ面もある訳です。

もっとも、文字の区切りの濃淡で評価しますので、接尾語が含まれようと含まれまいと、接尾語部分の濃淡がクール度に反映されますので気にしなくても良いのかもしれません。
[84192] 2013年 10月 6日(日)15:01:37【1】オーナー グリグリ
Re:北海道市区町村の推計人口について
[84175] 白桃さん
ちょっと脱線しますが、グリグリさんへ
これに続く
外国人登録法に基づく届出の加減は行っていません。
この箇所は、昨年の住民基本台帳法改正がありましたので、的確な表現ではないかもしれませんネ。
そうですね。住基台帳に外国人も登録するようになったのが、2012年7月9日以降と思いますので(参考:総務省ページ)、推計人口の年月日に合わせて推計人口の注釈表現を見直しました。また、[80525]で指摘していただいた高知県の推計人口の注釈説明に関しても、[80527]での修正が不十分だったのか、先祖返りしていましたので、合わせて見直しました。

●見直し基準
(1) 住民基本台帳への外国人登録適用(2012年7月9日以降の推計人口)
(2) 高知県の推計人口未発表期間(2006年3月31日から2011年11月30日までの推計人口)

●対象ページ
都道府県の基本データ
市区町村プロフィールの各都道府県のページ

(1)と(2)の組み合わせと、北海道、高知県、その他の都府県の各々のページについて注釈表現を切り替えるようにしましたが、ちょっと自信が無いので、ご確認いただければ幸いです。上記の(2)の期間は正しいでしょうか。
[84191] 2013年 10月 6日(日)11:38:20【1】オーナー グリグリ
第二回クイズ五番勝負を10月26日(土)午後9時からスタートします。
昨日まで旅に出ていました。2泊3日、経県値増えず、とは言え、未到の地で十分満足できました。ガイドブックやツァーなどでも有名な観光地と、さほどでもない観光地の両方に行きましたが、第四会公式オフ会行状記でも書きましたように、ガイドブックやツァーに取り上げられ難い観光地には、良質の場所が埋もれていますね。その件はまたいずれ。

[83554]でご案内しました通り、今後は、1月と7月に十番勝負、4月に七番勝負(ペアシティ)、10月に五番勝負(クイ図)の年4回の十番勝負関連企画を進めて行きます。ということで第二回クイ図五番勝負のご案内です。今回は週末土曜日の夜スタートとします。第二回のクイ図企画と言うことで、第一回の開催でいただいたご感想やご意見を踏まえながら進める予定です。今回も多くの皆さんに参加していただければ幸いです。
[84190] 2013年 10月 6日(日)00:50:57いろずー さん
ぎゅーーーーっと!!
急激に寒くて愛用のぬいぐるみが手放せないいろずーです。
タイトルのぎゅーっとで驚いた方も多かろう?

グリグリさんへ
Facebookで見つけました

「ぎゅうっと松阪」
https://www.facebook.com/home.php#←アカウント持ちのはぎゅうっと松阪を検索
こちらのFacebookこの公式Twitter・Facebookに載っているのと違うのです
1アカウントに「shi」又は「city」がない
(ちなみにアカウントは「gyu.matsusaka」?)
2名称にも「市」はない


だが特徴があり
1この牛マークの記事が市役所からの記事
2市・公認の情報発信交流ページである
3松阪市ホームページに「Facebookもチェック」あり

この場合事実上公式と言うことでよろしいでしょうか?


ここからボヤキ
だが、まだ試用運用なんだよな…
[84189] 2013年 10月 5日(土)22:55:11MI さん
碧海郡渡村は?
[84185] むっくん さん
[84187] YT さん

 愛知県の市区町村変遷履歴情報にある
#92 1901(M34).4.4 分立 碧海郡 渡村  碧海郡本郷村の一部(大字渡、筒針
については、私も疑っておりました。愛知県公報は未確認ですが、官報広告欄には同年に行われた
愛知郡一柳村大字中須、大蟷螂を同郡御厨村への編入(http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2948588/7)、
中島郡北島村、玉田村を合併して島田村を設置(http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2948658/5)
が見られるのに、この渡村分立は見当たらないのです。
 更に、『郵便区画市町村一覧』,丸善,1902年5月(http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/762985/193)
でも渡村はなく、本郷村の大字に渡、筒針も含まれているのです。

 更にその後の経過についても、
#137 1906(M39).5.1 新設 碧海郡 矢作町 碧海郡中郷村, 矢作町, 本郷村, 渡村, 長瀬村, 志貴村, 志賀須香村
は明治39年4月25日官報広告p785(http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2950184/18)では「矢作町、本郷村、中郷村、志賀須香村、志貴村、長瀬村ヲ廢シ其區域ヲ以テ新ニ矢作町ヲ置ク」であり、渡村の記載はありません。

 これらからすると、渡村の存在は極めて疑わしいと思うのですが、そうであれば『市町村名変遷辞典』や『全国市町村名変遷総覧』の記述は何に拠るものだったのでしょうか?

#『郵便区画市町村一覧』では碧海郡を「あをみ」と読んでいますね。
[84188] 2013年 10月 5日(土)22:08:30みかちゅう さん
恒例の改正シーズン(25年秋)・千葉県編
[84178]の続きです。大規模な改正は茂原市・香取市くらいですが、小規模な変更は結構あります。後からでも改正資料が探せるよう、長期間保存されやすい広報誌にできるだけリンクするようにしました。

●10月1日・11月1日 東金市 参考ページ→広報10月号(6面)
<内容(10月1日)>
・試行中のデマンド型乗合タクシーを正気地区にも拡大(住民対象の登録制)
<内容(11月1日)>
・循環バス豊成路線が求名駅東口に乗り入れ。これに伴い時刻も改正。

●10月1日 茂原市 参考ページ→広報9月1日号(4面)(5面)
<内容>
・市民バスを再編。公募の結果、愛称は「モバス」に決定。
・従来の週2~3回運行から、平日は毎日運行(土休日運休)に変更。
・1日あたりの運行回数は減少。
・南部コースは東西で2分割し、南部(鶴枝)コース、南部(五郷)コースとしてそれぞれ運行。一部で新設区間あり。
・西部コースは廃止。
・北部コースの本納公民館~すいらんリゾートパーク前を廃止。
・廃止区間はデマンド交通「ふれあい」(住民対象)を新設することで代替。

●10月1日 香取市 参考ページ→広報8月1日号(4面)
<内容>
・小見川循環バス東南ルートを廃止。
・小見川市街地は、小見川駅~小見川郵便局~城山公園~小見川駅のみに短縮。
・市街地では朝夕各2回に減便、西ルートは1便増加。
・小見川区事務所前→「小見川支所」に改称。

●10月19日 千葉市若葉区 参考ページ→案内
<内容>
・3路線(さらしなバス・おまごバス・いずみバス)の経由地の分担を見直し。従来とは異なるルートが経由するようになった地域もある。
・県射撃場~内小間子 間に「小間子」を新設。
・新設区間
 いずみバス 北谷津~高根、川井町~熊野神社~高根十字路(熊野神社乗入れ部分)
 さらしなバス 富田町2~宮田
・廃止区間
 いずみバス 北谷津~若葉いきいきプラザ
[84187] 2013年 10月 5日(土)18:09:45【2】YT さん
境域変更情報を載せるガイドライン?
[84185] むっくんさん
[84186] MIさん

実は、近代デジタルライブラリ(国会図書館デジタル化資料)に収録されています。

私の把握している限りでは、市区町村変遷情報には愛知県の約100箇所の明白な誤りを筆頭に合計約300箇所の明白な誤りがあります。

情報ありがとうございます。平坂村から平坂町への改称は、福岡町と内海町の町制実施と同日の告示なのですね。

詳細は自宅に帰った月曜日以降ということになりますが、覚えている限りでは#92の分立は存在せず、#306と#315の境界変更は微小なものであり市区町村変遷情報の収録対象外であったと記憶しています。

#92の分立に関し、碧海郡渡村は、『明治36年12月31日調 日本帝国人口静態統計』でもその存在を確認できません。

なお昭和25年の国勢調査報告書の都道府県編に、1920年10月1日~1950年10月1日までの全ての境域変更の情報が掲載されておりますが(沖縄県等は対象外)、#306と#315の境域変更に関して、『昭和25年 国勢調査報告 第7巻その23愛知県』(ネット上では現状閲覧できないと思われる)を調べると:

25) 昭和2.12.1. 愛知県天白村と名古屋市南区及び中区との間に境域変更(人口異動なし)あり。
41) 昭和5.5.15. 名古屋市西区と西春日井郡庄内町との間に境界変更(人口異動なし)あり。

となっており、どちらも人口の異動をともなっていませんね。

なお1919年1月1日~1925年10月1日までの境域変更・変遷情報は、『大正14年 国勢調査報告 第一巻』の「市町村の廃置分合境界変更及名称変更(大正八年一月一日及至大正一四年十月一日)」の方に掲載されています。
明治32年1月1日~大正7年12月31日の20年分は、近代デジタルライブラリーで閲覧可能な『郡市町村廃置分合一覧表』4冊に掲載されていますので、一応明治32年1月1日以降であれば、日本全国で二次的にある程度まとまった変遷情報があることになります(但し明治41年以前の沖縄県、北海道などの変遷情報は不完全だし、国勢調査時代になっても人口異動の有無の不明な境域変更があります)([81919]参照)。

ところで境域変更についてですが、結局のところ現状では全てを載せているわけでもなく、また人口異動の有るものに限っても大量の情報が抜け落ちています。ただ境域変更は膨大な数があり、そもそも境域変更の情報を変遷情報と同じ欄に入れてまとめるべきなのでしょうか?
[84186] 2013年 10月 5日(土)17:23:44MI さん
明治26年の平坂村から平坂町への改称
[84183] YT さん

 実は、近代デジタルライブラリ(国会図書館デジタル化資料)に収録されています。
『 愛知県令達類聚. 明治23年 』 (http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/788176) には明治23年から26年までが含まれているのです。
 平坂村から平坂町への改称については290コマ (http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/788176/290) にあり、額田郡福岡村、知多郡内海村と同時の明治26年11月8日告示であることが分かります。
[84185] 2013年 10月 5日(土)17:11:07むっくん さん
愛知県の廃置分合について
[84183]YTさん
以前愛知県図書館にて愛知県公報を、発行された明治20年以降、総理府告示にとってかわる昭和27年8月末日([83614])に至るまでの間、愛知県の廃置分合(主要な境界変更を含む)についての総ての県令、及び県告示を確認し、そのコピーを所持しています。
このことに関連して、以前[83568]拙稿で
私の把握している限りでは、市区町村変遷情報には愛知県の約100箇所の明白な誤りを筆頭に合計約300箇所の明白な誤りがあります。
と書いています。

詳細は自宅に帰った月曜日以降ということになりますが、覚えている限りでは#92の分立は存在せず、#306と#315の境界変更は微小なものであり市区町村変遷情報の収録対象外であったと記憶しています。
[84184] 2013年 10月 5日(土)16:34:16hmt さん
「NDL官報情報」より得られた 市区町村変遷情報
[84181] むっくん さん
市制町村制施行に先立つ廃置分合が、高知県でも行なわれた という情報を拝見しました。
ありがとうございます。

これを追体験してみようということで、国立国会図書館デジタル化資料官報 から検索画面に進み、キーワード:町村制と、刊行年月日:1889年1月1日~1889年3月31日とを指定して検索したところ、22件がヒットしました。

最初の1件だけは「勅令」で、「(明治22年)第1号 町村制ヲ施行セサル島嶼指定」でした。
その他の21件は、すべて各県の「市町村制施行期日」を伝える「彙報」でした。

[84181]でリンクしていただいた高知県の情報は、前コマ からの続きになっており、奈良・三重・山口・高知の4県が 明治22年4月1日より市町村制を施行することを伝えており、官報の日付は 3月12日です。

高知県について言うと、4月1日施行すべき旨の内務大臣指揮が、これよりも前の 3月4日 に既に報じられており、奈良・三重・山口各県についても同様なのですが、追加情報があったので重ねて報じられたものと思われます。
高知県の場合、3月12日に追加された情報こそが、市制町村制施行に先立つ廃置分合だったのでした。

三重県の例では、市制町村制施行(県令15号)の他に、津への合併(12号)、町村の分合改称(13号)、飛地整理(14号)、市役所市町村役場(18号)を定めたことを伝えています。いずれも4月1日実施。
同様に、何種類もの県令を示している例が 静岡県 ですが、こちらは施行日が3月1日(町村区域名称と飛地整理)と4月1日(静岡市の市制と、その他の町村制)と分れています。郡界改定が“去月【2月】1日施行”となっていますが、3月1日施行の誤記でしょう。

3月12日官報の彙報に戻ると、次のように記されています。
高知県に於ては 各郡町村の内 49箇町を1市に 905町村を 158町村に 来る【明治22年3月】31日より合併
高知市へ市制、其他の町村へ町村制を来る4月1日より施行

1市158町村という数字は、変遷情報の“1市2町194村設置”と合わないと思ったら、これは 廃置分合により新設された市町村だけ を数えているのでした。
そう言えば、以前の[76874]で、県令第31号の箇所にリンクされていた 「高知県市町村改称一覧」 も 新設市町村のみであり、旧村からの単独村制分は掲載されていなかったのでした。

引用文を文字通りに読むと、市制施行の1日前の 旧制度時代に「高知市」を作ってしまったことになります。
それでは、「高知市」が日本における第1号の「市」になるのか? まさか…

静岡市に関する彙報を参照して読めば、前日の合併で形成されたのは「高知市(となるべき)区域」であり、「高知市」そのものではないのでしょう。水戸上市・水戸下市から市制前日に作られた「水戸」のように、「市」を付けずに呼んだ方が間違いないと思います。

今回の追体験検索で得た 21件の「市町村制施行期日」を府県別に整理すると、36府県の情報がありました。市制町村制施行が明治22年5月以降になったため、検索期間から洩れたのが東京府・岡山・山梨・岐阜・愛知・鳥取・徳島・愛媛・香川の9府県、それに制度の対象外とされた北海道・沖縄県を加えて 47になるので、勘定が合います。
[84183] 2013年 10月 5日(土)16:20:29【1】YT さん
愛知県幡豆郡平坂村→平坂町→平坂村→平坂町に関する市区町村変遷情報の要修正案件
[84171] オーナーグリグリさん

愛知県幡豆郡の人口変遷をまとめている途中で、当サイトの市区町村変遷情報において1893年(明治26年)中の平坂村から平坂町への町制実施が抜けており、また1906年(明治39年)5月1日付で、平坂町等の合併による平坂村の新設について、平坂村を平坂町と修正する必要があることに気付きました。

『明治36年12月31日-41年12月31日 郡市町村廃置分合一覧表』によると、明治39年5月1日に、幡豆郡平坂町、中畑村、西野町村の一部、奥津村の統合が実施され、平坂町から平坂村へ「格下げ」しております。

実は同じ幡豆郡では、明治25年5月13日に町制となった一色町、横須賀町が、明治39年5月1日の町村整理の際に、同様に再び村へ「格下げ」になっており、平坂町も同様の措置の一環と思われます。官報による現住人口を比較すると、明治25年末の時点では一色町、横須賀町が町となっているのに対し、平坂村は村となっており、平坂村は一色村・横須賀村と同時に町制が実施されたわけではないことが分かります。一方明治26年末の時点では「平坂町」となっており、明治26年中に町制が実施されたと推測されます。

実際「西尾市・幡豆郡3町の沿革」(pdf)によると、明治26年に平坂村から平坂町への改名が実施されたことになっています。

ただ、近代デジタルライブラリの『愛知県令達類聚』には明治26年分が収録されていないので詳細が分かりません。とりあえず、自分がすぐに調べられる文献には、平坂村の最初の町制実施に関する日付は載っておりませんでした。

なお、幡豆郡 横須賀村はその後吉良町に吸収されますが、一色村は再び町となっているので、平坂・一色の両町村に関しては


平坂村→平坂町→平坂村→平坂町
一色村→一色町→一色村→一色町

という変遷が成立します。

上の間違いに気付いたのは、『明治31年 日本帝国人口統計』『明治36年12月31日調 日本帝国人口静態統計』等で、「平坂町」としてエントリーしていたからです。

[84165]の明治31年以降の市区町村別人口変遷をまとめる作業は、滋賀県、三重県を終えて西日本分がとりあえず完成し、愛知県の途中というところですが、愛知県を含め、岐阜県・新潟県と、明治時代の町村の数が600~1000という、町村数という点で巨大な県が控えています。

【追加情報】

『愛知県幡豆郡誌』によると、

明治二十五年五月一色村、横須賀村を一色町、横須賀町と改む。同二十六年十月大字徳永を寺津村より分離し奥津村に編入す。同十一月平坂村を平坂町と改む。

と、明治26年11月という情報がありましたが日付は不明です。現状では

#変更年月日変更種別郡名等自治体名変更対象自治体名/変更内容
XX1893(M26).11._町制幡豆郡平坂町幡豆郡 平坂村
YY1906(M39).5.1新設幡豆郡平坂村幡豆郡 幡豆郡 平坂町, 中畑村, 西野町村の一部, 奥津村の一部

のように修正する必要があると思われます。
[84182] 2013年 10月 5日(土)15:45:35YT さん
沖縄県令達類纂
[84168] むっくん さん
[84174] hmt さん

解説ありがとうございます。沖縄県のケースも、市制町村制施行に先行して行われた旧制度下の廃置分合の一種と考え、一日でも旧制度下での町村制が存在したと考えるべきだということですね。

69541]拙稿は愛知教育大学教授の青嶋敏氏の
愛知教育大学>『沖縄県町村諸規程』(横内家文書)とその収録令達について(PDF)
によりました。

リンク先を見ると、横内家文書のほかに『沖縄県令達類纂 明治44年版』にも県令第22号が収録されているようですね。ただ、沖縄県立図書館 調べ方案内No.3 「沖縄の令達・令規について調べる(戦前)」(pdfリンク)に所蔵状況についてまとめてありますが:

『沖縄県令達類纂 明治44年版』複製 6分冊(沖縄縣知事官房文書係[編・発行]、1911年)
本館所蔵本はハワイ大学宝玲文庫蔵書の複製
京都大学法学部図書室も原本所蔵
沖縄県立図書館
明治39年版の改訂増補版。明治44年4月時点の令達・令規849件を収録【K09/H45/374~383】

『沖縄県町村諸規定』(編者、出版者、出版年 不明)
那覇市歴史博物館所蔵横内家文書
明治41年施行の「沖縄県及島嶼町村制」に係る町村関係の令規51件を収録。

とのことで、どちらも国内で閲覧可能な図書館は限られており、横内家文書の方は原本以外に複製品がどこにもないようです。

もしかしたらと思い、『沖縄県史 第11, 12巻 資料編2, 3 沖縄県関係各省公文書』(1989年)を閲覧しましたが、県令第22号は収録されておりませんでした。収録されるとするのなら、現在編集中の『新沖縄県史』の資料編でしょうね。
[84181] 2013年 10月 4日(金)18:29:37むっくん さん
市区町村変遷情報(高知県)
[84174]hmtさん
本土における市制町村制施行に際しても、いくつかの県では、それに先行する「旧制度下の廃置分合」が多数行なわれました。 [78760] 88 さん の記事をご覧ください。

[78760]88さんでは、
県名廃置分合等施行日市制町村制施行日備考
宮城県M22(1889).3.31M22(1889).4.1
茨城県M22(1889).3.31M22(1889).4.1
千葉県M22(1889).3.31M22(1889).4.1
神奈川県M22(1889).3.31M22(1889).4.1
静岡県M22(1889).3.1M22(1889).4.1市はM22(1889).4.1付けで廃置分合
とあり、
各情報を鑑みた結果、やはり当該5県とも市制町村制施行の直前に廃置分合等を先行して行った、と判断いたします。
とあります。

私もこれら5県(宮城県、茨城県、千葉県、神奈川県、静岡県)だけが、市制町村制施行の直前に廃置分合等を先行していたと考えていました。しかしながら、市制町村制施行の直前に廃置分合等を先行したのは、おそらく、これら5県に加えて高知県も含めた6県であるものと考えられます。

官報第一七〇七号(明治二十二年三月十二日)では
○彙報
○官庁事項
○市町村制施行
●高知県に於ては各郡町村の内四十九箇町を一市に九百五町村を百五十八町村に来る三十一日より合併し及高知市へ市制、其他の町村へ町村制を来る四月一日より施行する旨去る四日発令せり
とあります。

市制町村制施行のM22(1889).4.1に先立つM22(1889).3.31に廃置分合が行われた茨城県での官報の記載を見てみますと、
官報第一七一三号(明治二十二年三月十九日)
○彙報
○官庁事項
○市町村制施行
●茨城県に於ては従来の町村を分合し更に区域名称を定め来る三月三十一日より施行及四月一日より水戸に市制、其他の町村に町村制施行の旨を発令し又町村制施行手続並に戸長より市町村長へ事務引渡方等の件を郡戸長に示達せり
とあり、高知県での記載と酷似しています。

それでは、比較のために市制町村制施行と同時に廃置分合を行ったところを見てみますと、例えば青森県では
官報第一六九九号(明治二十二年三月二日)
○彙報
○官庁事項
○市町村制施行
●青森県に於ては来る四月一日より市制、町村制を実施す又町村の内を分合改称して七百七十一箇町村と為す
とあり、例えば長崎県では
官報第一七〇九号(明治二十二年三月十四日)
○彙報
○官庁事項
○市町村制施行
●長崎県に於ては去る五日県令第十八号及第十九号を以て来る四月一日以降の長崎区々域並に管下各村分合及名称を定め尚ほ同日県令第二十一号及第二十二号を以て来る四月一日より長崎区に市制其他の各町村へ町村制を来る四月一日より施行する旨を発令せり
とあり、高知県や茨城県とは明らかに記載内容が異なります。

以上より、高知県での町村廃置分合を記載した県令第30号(M22.3.4)の実物を参照できないので確たることは言えないのですが、高知県においても、市制町村制施行のM22(1889).4.1に先立つM22(1889).3.31に廃置分合が行われたと考えられるのではないでしょうか。>グリグリさん
[84180] 2013年 10月 4日(金)09:52:29【1】白桃 さん
市を構成する因子町
かなり前に同じような事を書いたのですが・・・
現在の市を、構成する旧自治体に分解することにより、そのうち「単独町制施行による町」及び「複数の村の合併による町」を仮に、「因子町」としましょう。
具体的に言いますと、
現岡山市の場合、「庭瀬町」と「撫川町」は因子町ですが、この2町が合併してできた「吉備町」は因子町とはなりません。
また、「金川町」は因子町ですが、これが他村と合併して成立した「御津町」は因子町とはなりません。
当然ながら、改称した場合は改称前のものが因子町です。(例:下穂北町→妻町は下穂北が因子町)
少々ややこしい例:
「三本松町」と(旧)「大内町」が合併した成立した(新)「大内町」は、(新)「大内町」は因子町ではない。
「九箇荘町」と「寝屋川村」他が合併して成立した「寝屋川町」は、「九箇荘町」のみを因子町とします。
いつものように、くどくどと恐縮ですが、

因子町数0(ゼロ)が現在、10市あります。要するに、最初から「市」で「町」を合併した経験がない、あるいは「町」を飛び越して「市」になったところですが、
盛岡、山形、米沢、岡谷、芦屋、沖縄、浦添、宜野湾、豊見城・・・そしてもう一つは?
(ヒント:宇部ではありません。県庁所在地です。)

因子町数1となると、帯広市をはじめ234市(数え間違いだったらお許しを)もありますが、そのうち、現在の市名と因子町名の表記が異なるのは54です。(ニテンシンニョウ?の蓮田は除く)
54という数字は十番勝負の想定解として手頃な数ですね。列挙しましょう。~j~
北広島(広島)、登別(幌別)、美唄(沼貝)、三沢(大三沢)、つがる(木造)、村山(楯岡)、相馬(中村)、水戸(内原)、鹿嶋(鹿島)、つくばみらい(伊奈)、新座(大和田)、狭山(入間川)、東松山(松山)、行田(忍)、和光(大和)、八千代(大和田)、習志野(津田沼)、四街道(千代田)、東久留米(久留米)、昭島(昭和)、東大和(大和)、武蔵村山(村山)、胎内(中条)、甲府(中道)、都留(谷村)、茅野(ちの)、諏訪(上諏訪)、駒ヶ根(赤穂)、東御(田中)、大町(大)、羽島(竹ヶ鼻)、美濃(上有知)、御殿場(御厨)、尾張旭(旭)、みよし(三好)、長岡京(長岡)、京田辺(田辺)、寝屋川(九箇荘)、河内長野(長野)、泉佐野(佐野)、摂津(味舌)、泉大津(大津)、大阪狭山(狭山)、大和高田(高田)、宇部(船木)、南国(後免)、筑紫野(二日市)、大野城(大野)、中間(長津)、多久(北多久)、西都(下穂北)、串間(福島)、南城(佐敷)
・・・以上、アレ1市足りない。どこでしょうか(ヒント:♪逢いたい~気持~ちがママ~ならぬ)

訂正箇所:因子町数0の沖縄市を因子町数1としていました。(存在していない「コザ町」をカウントしていました。)
[84179] 2013年 10月 3日(木)23:40:41【1】hmt さん
糸満町の変遷 (2)沖縄県で 16年間 唯一の「町」だった 糸満
前回[84174]は、[84154] YTさんの疑問を発端として、沖縄県に最初に現れた「糸満町」に注目しました。
「沖縄県及島嶼町村制」施行以降の糸満町は、市区町村変遷情報でたどることができますが、今回はもう少し詳しく見てみましょう。

糸満町登場の 15年前、明治26年の 沖縄旧慣地方制度 [69541]から始めます。
【郡制施行前の】第一階級「島尻」>第二階級「兼城間切」>第三階級「糸満村」が示されています。
なお、この資料では、第一階級「那覇」には「村」が付いておらず、第二階級に東村など4村があります。
「村」には、久米村や泊村のように第一階級の村もあるし、那覇東村のような第二階級の村もありますが、大多数は「糸満村」のような第三階級の村(むら、明治41年以降の字)です。

この後、明治29年の 島尻郡設置 が、「市区町村変遷情報」にとっては、この地域の初出です。町村制施行前なので、島尻郡内の行政区画は示されていません。

そこで、沖縄県統計書. 明治30-32年 に掲載された郡区区画を示します。
ここには、島尻郡>兼城間切のデータが示されており、その中に含まれる9村に「糸満」を確認することができます。間切別人口の詳細は29コマ。1961年の新設合併で糸満町の区域内になる高嶺・真壁・喜屋武・摩文仁は、兼城と別の間切として掲載されています。

見かけ上は、島尻郡>兼城間切>糸満村という3階層のままで、あまり変っていないように見えますが、実は 明治32年(1899)1月1日から 沖縄県間切島規程 (勅令M31-352)が施行されています。
この規程を見ると、第二階層の「間切島」は法人とされ、間切島会や間切島税についての定め(第6条)もあります。
すなわち、これは その 10年前に本土で施行された「法律M21-1 町村制」をモデルとする簡略規程であると思われ、9年後に施行される「沖縄県及島嶼町村制」(勅令M40-46)の前身であったことがわかります。

[84174]で “1日間だけ「旧制度による糸満町」”と書いたのですが、この旧制度というのは、決して前近代的な制度ではなく、本土の町村制に準じた制度に達していたのでした。もっとも、法律でなく勅令であり、本格的な自治体を定めた本土の制度とは異なる簡略な規程でした。

明治41年1月1日から、「沖縄県間切…名称…の変更等に関する件」と呼ばれる 勅令 M40-45 [69541] が施行されました。
その内容は、間切を「村」(そん)とし、従来の「村」(むら)を「字」とするものです。
兼城間切内の糸満村は、兼城村内の字糸満【旧村ですから、本土の大字相当と言えるでしょう】になりました。

間切から村(そん)への名称変更の後間もない 明治41年の3月31日【注】には、沖縄県令M41-22「島尻郡兼城村ヲ分割シテ二箇町村ト為シ…」[69541]の実施により、兼城村(かねぐすくそん)が分割されて、兼城村と糸満町になりました。
【注】
県令22号の施行日が原文確認できず、統計局の二次資料頼りであることは[84174]で記しました。
現在の糸満市HP の記述は下記のようであり、分割による糸満町の誕生と、翌日の制度改正とが 一括で記載されています。
1908年(明治41)4月1日に施行された沖縄県及島嶼町村制によって、糸満は兼城間切の一村から分離し、町制を布いて沖縄県で唯一の「町」が誕生した。

100年以上前の明治時代の行政変遷を簡潔に紹介した文の一部なので、「1日のズレ」が無視されたことによる実害は殆どないとは思います。
しかし、沖縄県勢要略を見ても 島尻郡兼城村の一部を糸満町としたのは 明治41年3月、沖縄及島嶼町村制の施行は 同年4月 となっており、町村分割と地方制度改正とは別の日に行なわれたものと思われます。

町村分割による糸満町誕生の翌日・明治41年4月1日には「沖縄県及島嶼町村制」が施行され、国庫から特別補給されていた経費も負担するようになったようです。もっとも、明治42年4月に施行された府県制の特例により、当分は国庫より幾分の補給が得られたとのこと。
この部分の根拠も 沖縄県勢要略なのですが、沖縄県間切島規程の施行が明治33年4月、改称勅令施行が糸満町誕生と同じ明治41年3月になっていることなど、日付が法令の記載と少し違います。実務にズレがあったのか、単なる誤記か?

変遷情報の対象外で書きたいことは別記事にするとして、副題について。
市区町村変遷情報沖縄県を見ると、大正も末に近い 1924年に 国頭郡名護町と宮古郡平良町、1926年に八重山郡石垣町が誕生し、ようやく 沖縄県にも 糸満町以外の「町」が誕生したことがわかります。
島尻郡糸満町は、1908年から 16年もの間、「県内唯一の町」というタイトルを保持していたのでした。
[84178] 2013年 10月 3日(木)19:58:26【1】みかちゅう さん
恒例の改正シーズン(25年秋)・千葉県編
半年に一度の改正シーズンがやってきました。
千葉県でも住民対象のデマンドタクシーが増えつつあり、よそ者に厳しくなってきています。

●8月31日 市川市 参考ページ→案内
<内容>
・北東部ルートの「大野町4丁目」を「法務局」に、「市営霊園」を「市川市霊園」に改称。

●9月1日 白井市 参考ページ→広報8月1日号(2面)
<内容>
・西ルートで朝に1便増。
・西・南・東ルートの途中止まり(始発)の便を市役所まで延長。
・北ルートの終点を天神前まで延長。
・5か所で改称。
 白井→白井コミュニティセンター
 酒井医療白井工場→リハモードビラ白井
 平塚キャンプ場→旧平塚キャンプ場
 神々廻みどり屋→神々廻みどりや
 奥沢整形外科→奥沢整形外科医院

●9月1日 八千代市 参考ページ→案内
<内容>
・試行運行を当面の間継続。
・夜の便を削減。

●9月1日 大網白里市 参考ページ→広報9月号(5面)
<内容>
・途中の通過時刻を変更。

●10月1日 我孫子市 参考ページ→広報9月16日号(6面)(7面)
<内容>
・全ルートで大人150円、小学生80円に。
・根戸ルート
 我孫子~グリーンタウンの循環運行に変更し、北柏方面を廃止。 
 往路は根戸クリニック経由に変更、復路は従来通りの沢藤商店経由。
 「郵便局前」に停車。
・新木ルート
 湖北駅南口~新木駅南口~新木野(循環)を、湖北駅北口~新木野~新木駅南口に変更。
 湖北駅~上新木を国道経由に。
 新木野~新木駅間で平和台病院経由に変更。
 新木近隣センター・新木野1丁目10番・みずき作業所方面の区間を廃止。
 国道上の「新木」停留所を廃止。
・布施ルート
 つくし野入口~久寺家地区の経路を中央学院大学経由に変更。

●10月1日 印西市 参考ページ→広報10月1日号(2面)
<内容>
・印旛ルートで一部変更
 印西牧の原駅南口に乗り入れし、従来の「印西牧の原駅入口」停留所を廃止。
 「滝野プラザ前」を移設の上、「滝野三丁目東」に改称。

●10月1日 栄町 参考ページ→広報9月号
<内容>
・布鎌循環・安食循環の両ルートとも、ふれあいプラザに乗り入れ(朝1便および休館日は乗り入れせず)
・乗り入れに伴う時刻変更。

●10月1日 富里市 参考ページ→時刻表
<内容>
・新橋循環の午後の時刻改正。
・停留所を2か所で新設。
 南平台北~南平台南間に「南平台中央」停留所を新設。
 市役所~富里中学校/JA富里間に「サンクス市役所前店」停留所を新設。
・デマンド交通でも改正あり(登録制なので省略)

●10月1日 市原市 参考ページ→広報10月1日号(1面)
<内容>
・戸田・養老地区で住民対象のデマンド型乗合タクシーの実証運行を開始。

●10月1日 君津市 参考ページ→広報9月号(2面)
<内容>
・小櫃・上総地区で実証運行を行っていたデマンドタクシーを本運行に移行。
・「住民以外の観光目的での利用も可」と明言している。参考→パンフレット

●10月1日 鴨川市 参考ページ→広報9月1日号(4面)
<内容>
・北ルートで時刻変更。同時に平日と土休日で時刻が異なるようになった。


長くなったので後半へ続けます。残っているのは東金市・茂原市・香取市・千葉市若葉区。
[84177] 2013年 10月 3日(木)10:53:34山野 さん
「橋」が落ちて…
先月…でしたっけ?台風18号で信楽高原鉄道の杣川橋梁が橋脚ごと落ちたのは。
んで、この鉄道今年4月に上下分離方式に転換したばかりでしたが、橋が落ちた事により
昨日開かれた定例会見に於いて、甲賀市の中嶋武嗣市長がこう表明した。(以下引用)
「存続そのものを決断しなければならない」と述べ、同鉄道の廃線も視野に入れていることを明らかにした。
同鉄道の運転再開について「大変、残念だが、復旧の見通しがたたない」とした上で、
「安全性を考えた場合、80年前に造られた橋脚を全て点検、改修することも必要」とした。
…と「廃線」の話が出ていました。

んで、今回のお題が何故これなのかと言うと↓
今年1月に親父が「信楽の狸を見てみたい」という事で当地へ行った序に立ち寄ったのが、同線の終点「信楽駅」。
(理由)名前は良く聞くけれども、駅そのものは見た事が無かったから。
(感想)有名な割りに思ったよりも、鄙びた駅で「駅」の字が旧字体で古々しい感じだけど好きだなぁこういう駅。
当地へ行った約9ヵ月後に「廃線危機」という記事を見る事になるとは…。

ここ数年「廃線の危機」といった話を結構聞くような…。(うろ覚えのもある為、違ってたら御免なさい。)
(北海道)江差線…一部は三セク転換・残部は廃線(決定済み)
(青森)十和田観光電鉄…既に廃線(2012年4月1日付)
     弘南鉄道大鰐線…廃線方針→撤回(記事
(岩手)岩泉線…土砂崩れで休止中(事実上の廃線)
(福島)只見線…橋梁が3本落橋し一部区間不通。
(長野)屋代線…既に廃線(2012年4月1日付)
(三重)名松線…土砂崩れで一部不通。
(島根)三江線…台風被害で一部区間運休中。
(山口)山口線…(同上)
[84176] 2013年 10月 3日(木)09:55:33白桃 さん
市の人口3万割れ
市の人口が3万人を切っても、その月日から市長さんの給料が減るわけでもなく、市民の暮らしが目に見えて悪くなるわけでもないのですが、やっぱり、その市にとっては辛いことでしょう。
毎年打率3割を超えていたバッターが2割台に落ちた、紅白常連歌手が選に落ちた、大関が関脇に陥落した、以上のショックでしょうね。
2010年国勢調査時点では、歌志内をはじめ75市が3万人を割り込んでいました。これは実に全国の市の1割近い数でありまして、その後、(あくまでも当研究所の推計ではありますが)御所、宮若、名寄、有田、潮来、美作が3万を割り込み、そして2013年10月1日現在では高萩、西海がその仲間に加わることが濃厚です。
次に国勢調査が行われる2015年には前述した市以外に16市が3万人割れする可能性(危険性)があります。
そこで、その16市について当研究所の定款に書かれてもいない“禁じ手”の人口予測をしてみました。(今日から4日間連休なのですが、他にすることもなくスミマセン)

2015年国勢調査時点での人口予測(単位:人)
A-まともな研究所当研究所
本宮30,158
小矢部30,51230,304
杵築30,43629,471
うきは30,37530,244
美馬30,33030,204
小浜30,15429,805
角田29,90629,928
東御29,87729,980
胎内29,83129,961
国東29,72929,016
安芸高田29,67629,461
相生29,66429,893
新宮29,37129,778
いちき串木野29,29929,599
男鹿29,28429,236
鹿島29,25130,022
※Aは国立社会保障・人口問題研究所で、本宮市がブランクになっているのは、福島県のみ将来人口予測が行われなかったことによります。
こう見ますと、新宮市、相生市など市の歴史が古いところが入っており、ちょっと残念です。
私が最も心配している東かがわ市については、2015年時点では安泰でしょう。でも、今度の東京オリンピック開催年である2020年まではモタナイでしょう。(柔道1競技ぐらい、東かがわ市で行ってくれないかなァ・・・)
[84175] 2013年 10月 3日(木)06:30:13【1】白桃 さん
北海道市区町村の推計人口について
[84173]JOUTOU さん
今日付の共同通信ニュース配信で、夕張市の人口がついに1万人を割り込んだ(9月末現在で9,968人)と同市より発表のあった旨の記事が出ていました。
このニュースのせいかどうか分かりませんが、昨日の夕張市ホームページ「統計」はなかなか開かなかったです。(笑)

都道府県から公表される市区町村の「推計人口」なんですが、唯一北海道だけはありません。かつまた、北海道が発表する道内市区町村の住民基本台帳人口(住基人口)は四半期ごとになっています。
というわけで、本落書き帳の推計人口については
ただし、北海道については推計人口を公表していないため、国勢調査人口と(道から公表される9月30日現在の)住民基本台帳に基づく人口から推計人口を独自に計算しており、
となっています。※( )内は白桃が挿入

ちょっと脱線しますが、グリグリさんへ
これに続く
外国人登録法に基づく届出の加減は行っていません。
この箇所は、昨年の住民基本台帳法改正がありましたので、的確な表現ではないかもしれませんネ。

話を戻しまして、北海道が発表する住基人口なんですが、次の文言があります。
※このデータは、住民基本台帳ネットワークシステムの平成○○年○月末日現在の入力状況であり、各市町村が公表する人口と一致しない場合があります。
だいぶ話を遠まわり、ややこしくしてしまいましたが、夕張市に関しては・・・

夕張市公表北海道公表---某市町村人口研究所発表
2010年9月末住基人口11,012人11,012人2010年国勢調査10,922人
2013年6月末住基人口10,054人9,962人2013年7月1日推計9,872人
2013年9月末住基人口9,968人2013年10月1日推計
となっています。
結局、私は何を言いたかったのか・・・
[84174] 2013年 10月 2日(水)23:48:55hmt さん
糸満町の変遷 (1)沖縄県で最初の「町」だった 糸満
[84154] YTさん
ここで明治41年3月31日から明治41年4月1日までの1日間だけ、沖縄県及島嶼町村制施行前の八重山村、糸満町等が存在したと考えるべきなのでしょうか?(中略)本事例の場合、施行された時間がそれぞれ3月末(3月31日24時0分)、4月頭(4月1日0時0分)であれば、同時に施行されたことになります。法令でのこういった日付の解釈はどうなのでしょうか?
明治41年3月31日付での糸満町等の設置に関する法令根拠までは調べておりませんが、(以下略)

今回、私が本題とする「糸満町の変遷」に入る前に、糸満町を設置した明治41年沖縄県令第22号の施行日について、知るところを 少々記します。その方面の専門家ではありませんので、間違っているところがあれば、ご容赦ください。

糸満町等を設置した法令(沖縄県令M41-22)を調べ、施行日に関する記載を知るのが 第一。
原則論としては、先ず事実関係を明らかにすべきであること、お説の通りと思います。
[84168] むっくん さん に補足していただいた膨大な「青嶋目録」 の 68/83コマに、B-105と C-16 として記載されていることから、該県令の存在を知ることはできます。しかし、この目録だけでは実施日を確認することができません。

…となると、我々として可能な道は、 統計局の一覧表 に記載された
同【明治】41年3月31日実施
を信じることになります。

なお、この資料は 2008年に [63806] むっくん さん により紹介され、収録対象は 1898年末日から 1918年末日迄の20年間です。二次資料ではあるが、88さんが繰り返し“信憑性の高そうな郡市町村廃置分合一覧表”と評価していました。

少し脱線しますが、「法の適用に関する通則法」という法律[82357] があります。以前は「法例」という名でしたが、「法律は 公布の日から起算して20日を経過した日から施行する」こと を原則としています。比較表で見るように、昔からこの原則は 変っていません。
落書き帳では、[65445] むっくんさんの記事があり、勅令・省令などの“命令”についても、同様のようです。

この県令が 「明治41年3月31日実施」 と定められているとすれば、その日は「午前零時から始まる」のであり、年度末の日であるからと言って、24時0分実施であると解釈する余地はないと思われます。

「沖縄県及島嶼町村制」が施行される直前の1日間だけ「旧制度による糸満町」を存在させたことの意義については 私もよく理解していない のですが、本土における市制町村制施行に際しても、いくつかの県では、それに先行する「旧制度下の廃置分合」が多数行なわれました。 [78760] 88 さん の記事をご覧ください。

それはさておき、私が注目したいのは「糸満町」です。

よく考えてみると、明治41年の糸満町よりも前には、沖縄県に「町」がなかったのですね。
もちろん、町並みを形成する(普通名詞の)町はありました。「那覇」と王朝時代からの首都「首里」とが、その代表格でしょう。

しかし、沖縄県勢要略 [69541] の記述を見ると“明治12年3月琉球藩を廃し沖縄県を置かれ同時に那覇首里各村及…に於ける各村間切島吏員”となっています。
つまり、初期の沖縄県において行政区画として使われた用語は「村」「間切」「島」の3種でした。

その後、明治29年には那覇と首里に区制施行、同日 郡も編制されました(5郡設置)[74376]
更に明治32年には間切・島が法令で裏付けされた存在になり、明治41年1月1日からは名称も「村」(そん【注】)になりました。
【注】そん
明治41年(1908)に「間切」を改めた「村」は「そん」と読み、以前の間切内「村」(1908年以降の「字」)は「むら」と読む。IssieさんのHP 参照。

しかし、ここまでは 沖縄県における行政区画として 「町」が使われることがなかったのですね。
こうして、沖縄県における「町」の登場は、明治41年(1908)「沖縄県及島嶼町村制」施行の前日(3月31日)に持ち込まれました。
[84173] 2013年 10月 2日(水)13:20:41JOUTOU さん
全国で3番目・・・
早いもので今年もラストクォーターに突入してしまいましたが皆さん如何お過ごしでしょうか?こんにちはJOUTOUです。

今日付の共同通信ニュース配信で、夕張市の人口がついに1万人を割り込んだ(9月末現在で9,968人)と同市より発表のあった旨の記事が出ていました。

歌志内市、三笠市に次ぐ、全国で3番目の人口1万人未満市となった模様です。
[84172] 2013年 10月 2日(水)10:21:48ばいちょう さん
「お詫び」と「お礼」
連続投稿失礼いたします。

[84171] オーナー グリグリ さん

早速のご対応ありがとうございます。そして申し訳ございません。
不注意による脱字 (市 “区” 町村変遷情報) をしてしまい、お名前を間違えたも同然で、失礼の段ご容赦下さい。

私は、最近地元メディアでは注目されていた市長選、のあった市出身在住です。隣町との合併協設置のころから拝読しています。メンバーの皆様の超ハイレベルな書き込み、まさに「知るは楽し」です。

末筆ながら貴サイトの益々のご発展をお祈りいたします。
[84171] 2013年 10月 1日(火)23:50:21オーナー グリグリ
野畑村
[84170] ばいちょうさん
# 変更種別 郡名等 自治体名 変更対象自治体名/変更内容
103 新設/村制 豊島郡 桜井谷村 豊島郡 内田村, 柴原村, 少路村, 南刀根山村, 北刀根山村, 畑野村

は、正しくは、「野畑村」だと思います。ご確認くだされば幸いです。
サイトオーナーのグリグリです。ご指摘をありがとうございます。誤りを確認し変遷情報を修正いたしましたのでご確認いただければ幸いです。今後ともよろしくお願いいたします。

桜井谷村の新設/村制
[84170] 2013年 10月 1日(火)14:56:31ばいちょう さん
事務連絡
88さんへ

市町村変遷情報
市区町村変遷履歴情報 市制町村制施行時の情報

明治22年(1889年) 4月1日 大阪府 市制町村制施行 2市(4区)12町310村設置

変更種別 郡名等 自治体名 変更対象自治体名/変更内容
103 新設/村制 豊島郡 桜井谷村 豊島郡 内田村, 柴原村, 少路村, 南刀根山村, 北刀根山村, 畑野村

は、正しくは、「野畑村」だと思います。ご確認くだされば幸いです。
[84169] 2013年 10月 1日(火)01:24:49BEAN さん
四文字地名
珍地名・難読地名の宝庫京都から。
京都市下京区天使突抜
(正確には「京都市下京区東中筋万寿寺上ル天使突抜一丁目」など、か?)

字面や音の響きは面白いと思うのですが、惜しいのは天使・突抜と分けられる上に京都には「突抜」と付く町名は他にもあるのでした。天使こと五條宮の境内を横切る街路が安土桃山時代に造られたのが由来です(由来が明らかなのもマイナスポイントか?)。
他にも京都市には四文字(以上)の町名こそ多いものの、「切り分けようもない四文字」が案外見当たらないのです。


住所地名だけでなく、自然地形名にも目を向けてみます。

山では結構あるようですが、大物はまず安達太良山でしょう。難読気味なのが玉に瑕?
川では備前前堀川というのが浮かびました。「前」が連続する面白さはあるのですが、すぐ近くに備前堀川があるだけでなく周辺に「○○堀川」は多数あるのはユニークさではイマイチでしょうか。
[84168] 2013年 9月 30日(月)18:34:24むっくん さん
沖縄県での県令等についての補足
[84165]YTさん

[69541]拙稿での
県令第22号(島尻郡兼城村ヲ分割シテ二箇町村ト為シ、宮古郡ニ四箇村ヲ置キ及八重山郡ノ全区域ヲ八重山村ト称スルノ件)(明41.3.28付)

(注)県令第22号(島尻郡兼城村ヲ分割シテ二箇町村ト為シ、宮古郡ニ四箇村ヲ置キ及八重山郡ノ全区域ヲ八重山村ト称スルノ件)(明41.3.28付)は那覇市歴史博物館に1993年に横内家より寄贈された文書の一つ『沖縄県町村諸規定』でしか現在はその本文を確認できないようです。なお、施行日は郡市町村廃置分合一覧表(明治36年12月31日-明治41年12月31日)(著・出版:内閣統計局、明42.12.10)の記載に従いました。沖縄県勢要略(著・出版:沖縄県内務部、明44.3.3)によれば明治41(1908)年3月中であることには間違いはないようですが。
を補足しておきます。

[69541]拙稿は愛知教育大学教授の青嶋敏氏の
愛知教育大学『沖縄県町村諸規程』(横内家文書)とその収録令達について(PDF)
によりました。

どうも沖縄県は地上戦の影響で、特に沖縄本島の戸長役場時代の記録は官庁の建物と一緒にほぼ全部焼失・破壊されてしまっているらしく、多分県令の公的な記録も失われてしまったようですね
また、青嶋敏氏は
愛知教育大学戦前期沖縄県令達令規目録 ―令達集・令規集収録編(暫定版)―(PDF)
にて、現存している戦前の県令等をまとめておられます。
#これは、沖縄近代法の形成と展開-沖縄の特殊性と普遍性-という科研費でのプロジェクトの一環として行われたようです。
[84167] 2013年 9月 30日(月)01:02:01らす さん
ループ橋コレクション追加情報(2013年秋)
石槌スカイラインの建設計画を探していたら、ループしている道を偶然見つけましたので報告します。
ぱっと見はループしているのですが、ストリートビュー撮影車が通れるぐらいの枝道があるので、定義から外れると考えるのが妥当でしょうか。

大久保一号橋 レポートされている方のブログ
ストリートビューで見る限り、橋銘板はないようです。
西条市の都市計画図に「大久保一号橋(ループ橋)」と記載されているのを発見しましたが、計画図なので実際の名前と違う可能性が高いです。
[84166] 2013年 9月 29日(日)23:56:27hmt さん
「濃淡」という言葉を誤解していました
[84163] グリグリ さん
濃度というのは、区切りが明確にあるかどうかを表していると考えてください。

この説明により、[84159]で使われていた「濃淡」の意味を私が誤解していたことが判明しました。
(1) 四文字のバランスが良い(濃淡が均一)
という条件を、文字の意味的な観点でなく、図形的な観点でのバランスと理解していたのです。

つまり、「板屋野木」の最初の3文字は図形的には複雑な、つまり一見して「濃い」文字であるのに対し、「木」だけは図形的に単純な、つまり一見して「淡い」文字で、異質に感じられる。
これに対して、4文字共にほどほどの複雑さの漢字で表記されている「佐女牛井」は、図形的には“四文字のバランスが良い(濃淡が均一)”という条件に合致する。

これが、[84161]に記した「濃淡均一度」に関する私の感覚でした。

「四文字のバランス」というのは、このような「形のバランス」ではなく、「文字間の区切りのバランス」である。

「区切り濃度」そのものは、「大豆生」のような不可分要素内の 区切りA,B では「0」。しかし、「大豆生」と「田」とは、意味的に別の要素になるので、その間の 区切りC については「2」。従って、「大豆生田」全体ではバランスが崩れて、基礎点が「1.33」になる。
「板屋野木」は、四文字の一体性があるわけではなく、区切りA,B,C自体は「0」ではなく「1」であるが、その値が揃っていることから「四文字のバランス」が取れていると評価され、基礎点が「0」になる。

実例を示していただいた結果、ようやく このように理解することができました。
[84165] 2013年 9月 29日(日)23:47:36【1】YT さん
明治31年以降の北海道、近畿5府県、中国・四国・九州地方の市町村別人口の変遷
[84154] オーナー グリグリさん
明治41年3月31日付での糸満町等の設置に関する法令根拠までは調べておりませんが、以下のように修正した方が妥当かもしれません。
この件ですが、変遷履歴情報についてはこれまで十分理解してフォローして来なかったこともあり、理解不足と不勉強で対応が遅れています。本件については、追記にあるように、明治41年(1908年)4月1日の沖縄県及島嶼町村制以前の情報がもう少し正確に判明するまでは保留としてよろしいでしょうか。

了解しました。

ただ以前にも紹介しました鈴江英一氏の報告書・著作を見る限り、どうも沖縄県は地上戦の影響で、特に沖縄本島の戸長役場時代の記録は官庁の建物と一緒にほぼ全部焼失・破壊されてしまっているらしく、多分県令の公的な記録も失われてしまったようですね。宮古郡・八重山郡の方は戦争の影響が少なく、戸長役場時代の書類もある程度残っているらしいですが。

また、[84113]の人口変遷データのダウンロードサイトの件、現在はダウンロードができないようです。ファイルを私宛にお送りいただければ、当サイトから直接ダウンロードできるように計りたいと思います。いかがでしょうか。

ありがとうございます。ただ現時点では内容も不完全ですし、全部が完成してから考えたいと思います。

とりあえず[84113]のエクセルファイルに、京都府、大阪府、兵庫県、奈良県、和歌山県の情報を加えたものを、以下にアップしました。

http://u6.getuploader.com/SR1gou/download/771/23dofuken.LZH

あと少しで全体の半分が完成といったところです。ここ1ヶ月で全体の25%ほどの入力が済んだことを考えると、このまま行くと今年中には入力作業が完了…

ただ来週末・再来週はしばらく忙しい日々が続くので、作業も停滞します。まあ来年の3月を目安に完了するつもりで作業を続けます。去年末の時点([82404][82405])で一応は完成している「平成22年10月1日の境域による各回国勢調査時の市区町村別人口」を含め、データベースの情報がより増えると思います。
[84164] 2013年 9月 29日(日)15:10:00【1】オーナー グリグリ
地理が好き! 松江オフ会参加者、募集中です♪
11月23日に開催予定の第10回落書き帳公式オフ会の参加者は、まだまだ募集中です。参加意向アンケートへご意向を登録していただければ嬉しいです。どなたでも構いません。キーワードは「地理が好き」です。

7名 ー ◎:確実に参加(99%)
8名 ー ○:参加する予定(80%)
7名 ー △:参加したいが未定(50%)
4名 ー ×:不参加(0%)

現在の参加意向調査状況です。もっと参加者が増えると良いですね。お待ちしています。
[84163] 2013年 9月 29日(日)14:46:46オーナー グリグリ
Re:クール度についての質問で~す
[84161] hmtさん、さっそくの質問をありがとうございます。
最も重要な評価とされている四文字の 濃淡均一度 について、理解できないところがあるので、質問させてください。(中略)評価基準の当否はともかく、評価値を示されたからには、少し例を挙げて説明を加えた方が、読者に理解されやすいでしょう。
ということで、濃淡均一度について説明不足部分を具体例で補足します。下記の5つの地名について、[84159]の表に基礎点の内訳となる文字間の濃淡を追加しました。

地名読み都道府県記事番号総合評価基礎点追加点区切りA区切りB区切りC
佐女牛井さめがい京都府[84128]0.330.33111.5
板屋野木いたやのき青森県[84126]0.500.000.5111
日向和田ひなたわだ東京都[84135]0.670.67121
伊勢佐木いせざき神奈川県[84133]1.000.001.0111
大豆生田まみょうだ山梨県[84128]1.831.330.5002

区切りAが一文字目と二文字目の間の濃度、区切りBが二文字目と三文字目の濃度、区切りCが三文字目と四文字目の濃度になります。濃度というのは、区切りが明確にあるかどうかを表していると考えてください。これを、0から3までの濃淡で0.5刻みで評価しています。基礎点は、以下の式で計算します(ABSは絶対値関数)。

 基礎点= (ABS(区切りAー区切りB)+ABS(区切りBー区切りC)+ABS(区切りAー区切りC)) ÷ 3

基礎点= 0.00 と最高評価を得ている「板屋野木」や「伊勢佐木」。最初の3文字の濃さに比べて、「木」は異質に感じられます。

多摩川の北にある「日向和田」(ひなたわだ)は、南の「日影和田」と対になる地名です[38328]
南北などの修飾語排除の観点からすれば、追加点の対象になるのではないでしょうか?
今回すぐに具体的には反応しませんが、このようなコメントは、具体的な個々の地名に対する評価の補正や評価方式そのものの改善に役立ちますので、皆さんもよろしくお願いいたします。

なお、上記の追加点の内訳は、次の通り(異論あると思いますが)。
・板屋野木は、「板屋ノ木」との別称もあったとの情報から「ノ」表記関連で0.5
・伊勢佐木は、既存有名地名の影響で1.0
・大豆生田は、難読過ぎるの影響で0.5
[84162] 2013年 9月 29日(日)14:03:50オーナー グリグリ
Re:沖縄県及島嶼町村制施行に関する疑問
[84154] YT さん
明治41年3月31日付での糸満町等の設置に関する法令根拠までは調べておりませんが、以下のように修正した方が妥当かもしれません。
この件ですが、変遷履歴情報についてはこれまで十分理解してフォローして来なかったこともあり、理解不足と不勉強で対応が遅れています。本件については、追記にあるように、明治41年(1908年)4月1日の沖縄県及島嶼町村制以前の情報がもう少し正確に判明するまでは保留としてよろしいでしょうか。

また、[84113]の人口変遷データのダウンロードサイトの件、現在はダウンロードができないようです。ファイルを私宛にお送りいただければ、当サイトから直接ダウンロードできるように計りたいと思います。いかがでしょうか。

明治31年以降の人口変遷データに関しては、以前にもお話ししていましたが、どのようにまとめるのが良いか、一度、じっくりご相談させていただけるとありがたいです。とは言え、色々やること・やりたいことが溜まっているので、今すぐという必要はないのですが、いずれ、一度直接お目にかかってご相談の機会が作れると良いかなと思っています。実は私の頭の中が全然整理できていないこともありますし。今後ともよろしくお願いいたします。そうそう、YTマガジンはいつでも立ち上げられるよう準備完了しています。
[84161] 2013年 9月 29日(日)12:42:25hmt さん
クール度についての質問で~す
[84159] グリグリ さん
(1) 四文字のバランスが良い(濃淡が均一)
基礎点、追加点の詳細については省略します

とあるのですが、最も重要な評価とされている四文字の 濃淡均一度 について、理解できないところがあるので、質問させてください。

基礎点= 0.00 と最高評価を得ている「板屋野木」や「伊勢佐木」。最初の3文字の濃さに比べて、「木」は異質に感じられます。
私にとっては、「佐女牛井」の方が ずっと濃淡が均一 と感じられるのですが、個人差でしょうか。

3つの数字相互の3つの絶対値の平均をクール度の基礎点としました。
というのは、「四文字の濃淡均一度」ではなく、隣接文字間で評価するということでしょうか。

評価基準の当否はともかく、評価値を示されたからには、少し例を挙げて説明を加えた方が、読者に理解されやすいでしょう。

ついでに、
多摩川の北にある「日向和田」(ひなたわだ)は、南の「日影和田」と対になる地名です[38328]
南北などの修飾語排除の観点からすれば、追加点の対象になるのではないでしょうか?

もっとも、合成地名に限らず 「○○河原」などを含めた2要素地名も すべて追加点の対象にすると、他にも影響がおよびそうですが。
[84160] 2013年 9月 29日(日)12:40:33オーナー グリグリ
自治体越えの地名が800件になりました。
自治体越えの地名[84157] k_itoさんの愛知県の情報(藤野、東端/西端)を追加しました。情報提供をありがとうございました。なお、東端/西端については、碧南市側には住所地名が残っていないため参考情報扱いとし、件数にはカウントしていません。西端の地名については、ウォッちずで以下の4施設が検索できますが、他にも公民館や屋号などにも名前が数多く残っているようです。

碧南警察署西端駐在所 (愛知県碧南市)
碧南西端郵便局 (愛知県碧南市)
市立西端小学校 (愛知県碧南市)
市立西端中学校 (愛知県碧南市)

なお、ウォッちずでは比較的距離の近い半田市の西端町も検索できますが、とくに関連性はないでしょう。
[84159] 2013年 9月 29日(日)11:03:37【2】オーナー グリグリ
クールな四文字地名(第一回発表)
大袈裟なタイトルにしましたが、[84138]で、
「ケ、ツ、ノ、之、々」などが入るのはやはりあまりクールじゃないなぁと感じます。「々」は少し意味合いが違いますが、「吉里吉里」は繰り返しなのでクールさが不足しているなと思うのと同じ感覚かもしれません。主観的なクールですが、もう少し具体的にクールと感じる要素を分解して分析してみたいと思っています。それについてはまた今度
と書いた件を進めました。

私のクール感覚を列挙するとこんな感じです。

(1) 四文字のバランスが良い(濃淡が均一)
(2) 合成地名でない
(3) 東西南北、上中下、大小などで修飾されていない
(4) 「ケ、ノ、ツ、之、乃」などが入らない
(5) 「々」や同一文字の繰り返しがない
(6) 外来語系(アイヌ語系、サンスクリット語系など)でない
(7) 人名や職業名由来でない
(8) 数字が目立ち過ぎない
(9) 難読過ぎない
(10) 既存有名地名の印象が強くない

(1)のバランスについては、各文字の間の濃淡を0-3の間0.5刻みの数字で評価し、3つの数字相互の3つの絶対値の平均をクール度の基礎点としました。(2)~(10)については0-1.5まで0.5刻みで評価し、その合計(追加点)を基礎点に加えました。合計点数が少ない方がクール度が高いという見方です。

[84124]から[84158]までに上がっているひらがな地名を除く四文字地名81件のクール度を評価してみました。その結果、総合評価(合計点数)2.0までのクール度の高い四文字地名は次のようになりました(基礎点、追加点の詳細については省略します)。

#四文字地名読み都道府県記事番号総合評価基礎点追加点
1佐女牛井さめがい京都府[84128]0.330.33
都夫良野つぶらの神奈川県[84149]0.330.33
3板屋野木いたやのき青森県[84126]0.500.000.5
志賀須香しかすが愛知県[84157]0.500.000.5
5佐那河内さなごうち徳島県[84124]0.670.67
鴨狩津向かもがりつむぎ山梨県[84124]0.670.67
伊太祈曽いたぎそ和歌山県[84130]0.670.67
日向和田ひなたわだ東京都[84135]0.670.67
遠里小野おりおの大阪府[84137]0.670.67
絵下古賀えげこが福岡県[84152]0.670.67
11伊賀和志いかわし広島県[84127]0.830.330.5
12伊勢佐木いせざき神奈川県[84133]1.000.001.0
13五所川原ごしょがわら青森県[84124]1.170.670.5
向小駄良むかいこだら岐阜県[84131]1.170.670.5
小院瀬見こいんぜみ富山県[84132]1.170.670.5
16鍛冶屋原かじやばら徳島県[84131]1.331.33
山田先出やまだせんでん石川県[84132]1.331.33
御田長島みたながしま栃木県[84142]1.331.33
和田河原わだがはら神奈川県[84149]1.331.33
20倶利伽藍くりから石川県[84124]1.500.001.5
梨野舞納りやむない北海道[84140]1.500.001.5
三輪野江みわのえ埼玉県[84144]1.501.000.5
23二河原邊にがらべ大阪府[84152]1.670.671.0
止々呂美とどろみ大阪府[84127]1.670.671.0
海士有木あまありき千葉県[84135]1.670.671.0
我部祖河がぶそか沖縄県[84152]1.670.671.0
27音威子府おといねっぷ北海道[84124]1.830.331.5
天下茶屋てんがちゃや大阪府[84126]1.831.330.5
大豆生田まみょうだ山梨県[84128]1.831.330.5
西広門田かわだ山梨県[84130]1.831.330.5
鋳物師屋いもじや岐阜県[84131]1.831.330.5
紀三井寺きみいでら和歌山県[84131]1.831.330.5
伊奈武瀬いなんせ沖縄県[84140]1.831.330.5
千石河岸せんごくがし神奈川県[84149]1.831.330.5
35上小阿仁かみこあに秋田県[84124]2.001.001.0
野久留米のぐるめ山口県[84144]2.001.001.0
久留女木くるめき静岡県[84152]2.001.001.0
多々良木たたらぎ兵庫県[84133]2.001.001.0

あくまでも私個人のクール評価なので、異論が大いにあるかと思います。皆さんのご意見も伺いながら、評価システム(Excel表です)をチューニングして行き、より納得性の高い定量評価式にできれば面白いかなと思っています。ちなみに下位は以下の通りです。

#四文字地名読み都道府県記事番号総合評価基礎点追加点
80武蔵村山むさしむらやま東京都[84124]3.331.332.0
81四国中央しこくちゅうおう愛媛県[84126]3.831.332.5
[84158] 2013年 9月 29日(日)01:11:36千本桜 さん
四文字地名「犬卒都婆」
四文字地名で好きなのは、[84124]でグリグリさんが書いておられる津軽の五所川原(ごしょがわら)です。どこか野暮ったくて力強い語感が好きです。かつて五所川原には百貨店が3つもあり、小規模な市街地なのに濃密な商都の雰囲気がありました。小さな体で王者・弘前に立ち向かっていた頃の五所川原は魅力的でした。

四文字地名と言えば、宮城県白石市白川の犬卒都婆も妖し気で魅力的です。公的な読みは「いぬそとば」ですが、地元民は「いのそとわ」と呼び合っています。なぜ、「いぬ」が「いの」と発音され、「ば」が「わ」と発音されるのか、幼少の頃より今日まで謎のままです。

「白石市の文化財」という図書は、犬卆都婆碑について次のように記しています。まず、碑の場所を「白石市白川犬卆都婆岩の上」と記しています。このように、「大字」や「字」という接頭辞を付さない住所表記を見るたびに、「白川犬卆都婆岩の上」が9文字で1つの地名であり、切り離せない地名だと思う人がいるのではないか。切り離すにしても、どこで区切れば良いのか分からないのではないかと心配になるのです。

ちなみに、「白川犬卆都婆岩の上」は3つの階層から成り立っています。
「白川」は明治22年に犬卆(卒)都婆村ほか4村が合併してできた自治体で、明治22年~昭和29年は刈田郡白川村、昭和29年~現在は白石市白川です。
「犬卒都婆」は江戸期からの村で、明治22年までは刈田郡犬卒都婆村、明治22年~昭和29年は刈田郡白川村大字犬卒都婆、昭和29年~現在は白石市白川犬卒都婆です。
「岩の上」は犬卒都婆の小字で、明治22年までは刈田郡犬卒都婆村字岩の上、明治22年~昭和29年は刈田郡白川村大字犬卒都婆字岩の上、昭和29年~現在は白石市白川犬卒都婆字岩ノ上です。
なお、白川地内にはJR東北線の北白川駅がありますが、同じ東北線の白河駅との混同を避けるため、北白川駅としたそうです。

落書き帳には、地名由来や地名伝説に興味を持たれている方も多いと思いますので、「白石市の文化財」という図書に記してある「犬卆都婆碑」を、そのまま引用します。
大型の碑で文字は判読できなくなっているが、小野篁(おののたかむら)が大いのししを退治した時、協力した盤司三郎の愛犬を供養した卆都婆石という。堂山の虚空蔵様にちなむ伝説の碑。
一説には阿部則任の供養碑とも、また犬とめおとになった者の供養碑とも伝えられる。地名の犬卆都婆はこの碑から起こったという。
※阿部則任の「部」は誤植で、阿倍則任が正しいでしょう。

もっと犬卒都婆について知りたい方のために。
千葉県にお住まいの方が、「猫の神様を求めて」と言うブログで、「犬卒塔婆」とは?。本当に「犬」で、本当に「卒塔婆」か?。旧「犬卒都婆村」についての覚書。もう一つの徳本寺の犬供養など、かなり詳しく書いておられますので、どうぞ。

追伸
なぜ、「いぬ」が「いの」と発音され、「ば」が「わ」と発音されるのか、幼少の頃より今日まで謎のままです。
と、書きましたが、偶然にも今、ウィキペディアで卒都婆小町(そとばこまち)と言う能楽があることを知りました。観世流では「そとわこまち」と言うそうです。「婆」を「わ」と読むのですね。犬卒都婆と言う地名の公式読みは「いぬそとば」なのに、なぜか地元の人は「いのそとわ」と呼びます。その謎解きの糸口になりそうですが、私には理論的に整理できません。どなたか、なぜ「いぬ」が「いの」と発音され、「ば」が「わ」と発音されるのか、教えて頂けませんでしょうか。
[84157] 2013年 9月 28日(土)22:36:17k_ito さん
しかすが
こんばんは。乗り遅れ気味ですが、四文字地名の件。愛知県の変遷情報を眺めていたら、わが(?)碧海郡に「志賀須香村」が存在したことに気付きました(明治24年に藤野村から分立、明治39年に矢作町と合併して消滅。現岡崎市)。現在の周辺の地名には残っていないようです。

三河人でありながら知らなかったのですが、三河の歌枕として「しかすがの渡り」というものがあったようで。検索をかけてみると、もっと東の宝飯郡で豊川を渡る箇所という検索結果が優勢ですが、碧海郡の(※1)矢作川を渡る箇所を指すという説もあるようで(※2)、我こそはという地点で村名に採用したけれど定着はしなかった、というところでしょうか。

(※1)対岸は額田郡かと思いきや、旧六ツ美町域なので碧海郡です。このあたり、矢作川が郡界になっていません。
(※2)更級日記では「三河と尾張となる」とあるそうで、だとすればもっと西の境川です。

なお、宝飯郡の「しかすがの渡り」には、「鹿菅村」があったようです(明治22年に合併で新設、明治39年に下地町に合併して消滅。現豊橋市)。こちらも現在の町名は明治22年合併前の村名(瓜郷・下五井)になっており、「しかすが」の名は消えているようです。

【脱線】
これを調べていたら、新たな自治体越え地名「藤野」を発見。いずれも小字ですが、

安城市 川島町藤野・河野町藤野郷・村高町藤野里・村高町藤野元
岡崎市 下佐々木町上藤野・下佐々木町下藤野

旧藤野村が藤野村と志賀須香村に分かれ、藤野村は桜井村と合併し後に安城市、志賀須香村は矢作町と合併し後に岡崎市となったことに由来すると思われます。ただ、河野町については志賀須香村→矢作町→岡崎市とたどった後、昭和35年の境界変更([81946]でも言及)で安城市になっているようで、このあたりよくわかりません。

【さらに脱線】
安城市がらみの自治体越えの地名として気になっていながら投稿できていなかったのが、安城市東端町です(ひがしばた、と読みます)。県内唯一の天然の湖沼と言われる油ヶ淵の東岸にある町名ですが、西岸の碧南市には西端(にしばた)という地区名があり、今では町名にはなっていませんが学校名として残ります。

変遷情報をひもとくと、旧碧海郡東端村・西端村は合併でいずれも明治村となり、昭和30年の分村合併で分かれたようです。碧南では町名になっていないので採用は難しいですかね。。。
[84156] 2013年 9月 28日(土)21:22:34小松原ラガー さん
来るな、四文字地名(笑)
小松原ラガーです。果たして、何年ぶりかの書き込みです。

四文字地名ですが、私の出身地尼崎のここを思い出しました。ただ「クール」かというと正直どうなのかなぁ・・・って感じですが。

P.S.
数年ぶりの書き込みで認証コードってなんだったけとか、浦島太郎の右往左往状態です。すみません。^^;
[84155] 2013年 9月 28日(土)18:13:21【1】オーナー グリグリ
Its-mo GuideのURL
[84129] EMMさん
拙稿[84078]で触れているIts-mo Guide→いつもNAVIについても検証をお願いできないでしょうか。
例として、[58749][59067]スピカさんの記事中の地図リンクをご確認ください。
Its-mo GuideのURLを確認しました。
http://www.its-mo.com/emmctl.htm?ENC=
この形式で始まるURLになりますが、

[84078] 2013 年 9 月 9 日 (月) 23:03:44 EMM さん
ちず丸のサイト閉鎖によるリンク切れと、Its-mo GuideからいつもNAVIにリニューアルした際のURL変更によるリンク切れ、と言うのもMapionやYahoo!地図から見れば事案は多くありませんが、存在します。
(いつもNAVIについては、ロータリーコレの投稿記事を確認している際に事案発見(汗))
これらもURLに緯度経度を含んでいたはずなので、それを元に変換システムが作れないものでしょうか?
ちず丸については緯度経度をURL引数に含んでいましたが([84090]でMapionに変換)、Its-mo GuideのURLについては緯度経度情報を明示的には含んでいません。何らかのエンコードがなされているようなのですが、解読の仕方が分かりませんし、ネットで情報を探してみましたが、役に立つ情報は見つかりませんでした。変換はお手上げ状態です。

地名コレクションでのIts-mo GuideのURL使用例は谷戸コレクションの次の3箇所のみです。
蕪ケ谷戸(練馬区)、小田良谷戸(稲城市)、清水谷戸(稲城市)

また、過去記事で上記形式のURLを使用している記事番号を列挙しておきます。61件ありました。記事番号の右側の数字はその記事に含まれる該当するURL件数です。

記事番号件数 記事番号件数 記事番号件数 記事番号件数 記事番号件数
[34309]2[46534]1[49421]4[55048]1[60461]1
[42341]1[46604]6[50000]7[57083]1[60963]1
[42909]2[46879]3[50355]1[58749]1[61091]1
[43045]3[48900]1[51586]1[59067]2
[43200]1[49183]3[53711]1[59237]1
[44402]1[49280]3[54445]1[59664]4
[44544]1[49332]2[54600]1[59706]2
[84154] 2013年 9月 28日(土)17:39:03【2】YT さん
沖縄県及島嶼町村制施行に関する疑問
市区町村別人口の変遷をまとめていく過程([84113])で、再び沖縄県の沖縄県及島嶼町村制の施行に関して疑問が出て来ました。

本サイトにおける沖縄県での沖縄県及島嶼町村制施行の情報は、[71746]で88さんが示されたように、

[69110] でご紹介いただいたように、M40.3.16付け勅令第45号沖縄県間切並東京府伊豆七島及小笠原島ニ於ケル名称及区域ノ変更等ニ関スル件が、M40(1907).10.12付け内務省令第24号によりM41(1908).1.1付けで施行され、この時点で、
間切を村(町村制未実施地域の村)とし、村(沖縄県に従来よりある間切の下位区分)を字とするものでした。
と、むっくんさんのご紹介を理解しました。従前の編集で「××村」を自治体扱いして羅列していましたが、勅令施行後は「○○村」は2種類あり、元「△△間切」の「△△村」が自治体に相当し、その下位区分である元々の「□□村」は「字の名称」ということですね。
これを踏まえ、
M41(1908).4.1付け沖縄県 沖縄県及当初町村制施行の情報を修正しました。

と、明治41年1月1日付で、間切・島→村のすげ替えが行われ、続いて明治41年4月1日付で沖縄県及島嶼町村制施行が施行されたと解釈し、明治41年4月1日付での市区町村変遷情報がまとめられています。

しかしながら、『明治36年12月31日―41年12月31日 郡市町村廃置分合一覧表』によりますと、明治41年3月31日付けで島尻郡糸満町が兼城村より分立し、八重山郡では4村が合併し、また宮古郡ではやや複雑な大字のすげ替えが実施されています(『明治43年 沖縄県統計書』『明治39-40年 沖縄県統計書』を比較)。明治40年以前の島尻郡・中頭郡・国頭郡では、各間切・島に対して対応する戸長役場がそれぞれ置かれたようですが、宮古郡・八重山郡では郡に一箇所しか戸長役場が設定されておらず、そのことが宮古郡での町村の新設の際に、大字の間切からの所属変更を招いたようです([84113]では間切毎の人口は示しましたが、沖縄県の戸長役場管轄の記載はしませんでした)。

ここで明治41年3月31日から明治41年4月1日までの1日間だけ、沖縄県及島嶼町村制施行前の八重山村、糸満町等が存在したと考えるべきなのでしょうか?国勢調査報告書に付随されている市区町村廃置分合を見ると、なんか聞いたこともないような即日改称の市名・町名が結構存在することを私も確認しましたが、本事例の場合、施行された時間がそれぞれ3月末(3月31日24時0分)、4月頭(4月1日0時0分)であれば、同時に施行されたことになります。法令でのこういった日付の解釈はどうなのでしょうか?

明治41年3月31日付での糸満町等の設置に関する法令根拠までは調べておりませんが、以下のように修正した方が妥当かもしれません。

#変更種別郡名等自治体名変更対象自治体名/変更内容詳細
4村制島尻郡兼城村島尻郡 兼城村(一部)詳細
5町制島尻郡糸満町島尻郡 兼城村(一部)詳細
45村制宮古郡城辺村宮古郡 砂川村(一部), 平良村(微)詳細
46村制宮古郡伊良部村宮古郡 下地村(一部), 平良村(微)詳細
47村制宮古郡平良村宮古郡 平良村(一部), 砂川村(一部), 多良間村, 下地村(微)詳細
48村制八重山郡八重山村八重山郡 大浜村, 宮良村, 石垣村, 与那国村詳細
49村制宮古郡下地村宮古郡 下地村(一部), 砂川村(一部)詳細

なお人口変遷情報をまとめる作業の方は、昨日の時点で大阪府以西まで終了しました。

【追記】 [69541]でむっくん さんが本件について言及されてました。
県令第22号(島尻郡兼城村ヲ分割シテ二箇町村ト為シ、宮古郡ニ四箇村ヲ置キ及八重山郡ノ全区域ヲ八重山村ト称スルノ件)(明41.3.28付)

(注)県令第22号(島尻郡兼城村ヲ分割シテ二箇町村ト為シ、宮古郡ニ四箇村ヲ置キ及八重山郡ノ全区域ヲ八重山村ト称スルノ件)(明41.3.28付)は那覇市歴史博物館に1993年に横内家より寄贈された文書の一つ『沖縄県町村諸規定』でしか現在はその本文を確認できないようです。なお、施行日は郡市町村廃置分合一覧表(明治36年12月31日-明治41年12月31日)(著・出版:内閣統計局、明42.12.10)の記載に従いました。沖縄県勢要略(著・出版:沖縄県内務部、明44.3.3)によれば明治41(1908)年3月中であることには間違いはないようですが。

となると、1日以上4日以下の期間、これらの町村施行前の町村が存在したと解釈するのが筋ということになるのでしょうか
[84153] 2013年 9月 28日(土)13:05:32オーナー グリグリ
Re:Mapion変換後の不具合(地名コレクション)
[84146]
なお、不具合はMapionのURL変換作業に起因していると思いますが、慎重に作業を行いたいので、今週末に、原因を突き止めた上で再度変換作業を進めたいと思います。[84108]で追記している落書き帳の記事に含まれているURLの変換2272箇所についても、元に戻してあります。
本件、不具合原因を特定し、MapionのURL変換をやり直しました。その結果、[84108]で報告した件数を85件上回り、具体的に一括変換したURL数は8687箇所(コレクション数は60個で変わらず)になりました。以下一覧です。

コレクション名変換数 コレクション名変換数 コレクション名変換数
台地188佐野1瓢箪58
高原309○宮217男と女95
湿原118門前144兄弟姉妹126
洞 (洞窟)183城+方角269四季1272
アルプス7旧国名町名2金銀銅321
丘陵10町名の○○園7631
三山60町名の○○荘5836
乗越18町名の○○ヶ丘1085鳥越15
双耳峰90町名の○○○野71海獣7
剣ヶ峰1町名の○○台1444数字地形名6
御嶽山・御岳山1町名の○○団地142三国2
ダム湖35町名の○○の里75○万101
地獄谷2企業由来町名78○里塚745
谷津1外来語由来町名101自治体の飛び地79
海峡42196ループ橋109
泊地8銀座9七差路2
船溜20氷室2返読39
砂丘10谷内1小倉百人一首68
希少地名 (一般)124立神25☆鬼213
希少地名 (海岸)161天狗18☆海上架橋50

"☆鬼"と"☆海上架橋"はリリース前のコレクションです。

なお、落書き帳の変換箇所は2箇所増えて2274箇所を変換しました。変換前後の総件数が変わっていないことと、主なコレクションのリンクをざっと確認しましたが、できましたら、上記コレクションについてはリンクの確認をして頂ければ幸いです。何か問題があればご指摘ください。よろしくお願いいたします。
[84152] 2013年 9月 28日(土)02:40:59倉田昆布 さん
四文字地名
すぐ思いついたのは、住所地名だといろいろ付いてますが
浜松市北区引佐町東久留女木・西久留女木の「久留女木(くるめき)」。棚田で有名。

クール度は低い(?)ですが地元富士市の鵜無ケ淵は子供の頃になんだか気になってた地名でした。



漢字四文字・読み四音という観点で探すといいのだろうか。

新潟県新発田市五十公野(いじみの)
大阪府南河内郡千早赤阪村二河原邊(にがらべ)
福岡県三潴郡大木町絵下古賀(えげこが)
沖縄県名護市我部祖河(がぶそか)

など…。
[84150] 2013年 9月 28日(土)00:23:38ニジェガロージェッツ さん
早速の修復作業ありがとうございました
[84146] グリグリさん
『区』以外にも同様の不具合があったとのことで、膨大な作業であったと推測します。いつもながらのサイト管理作業へのご尽力、頭が下がります。
これからもどうぞよろしくお願い申し上げます。
[84149] 2013年 9月 27日(金)23:08:31【1】ぺとぺと さん
クールな四文字地名?
[84138]オーナーグリグリさん

少し乗り遅れた感がありますが、こんなのはいかがでしょうか。
神奈川県足柄上郡山北町都夫良野(つぶらの)
東京・神奈川エリアで東名高速道路をよく使われる方には「都夫良野トンネル」で馴染みのある地名だと思います。
ちなみに明治22年までは都夫良野村でした。

そのほかでは、
埼玉県児玉郡上里町勅使河原(苗字の方が知名度が高いでしょうか)
神奈川県平塚市千石河岸
神奈川県南足柄市和田河原
などもありますが、あまりクールとは言えませんか…
[84148] 2013年 9月 27日(金)22:48:09ぺとぺと さん
企業由来町名コレクションに追加しました
[84138]オーナーグリグリさん
「田園調布」の田園は、田園都市株式会社に由来していると思われます。企業由来町名コレクションには掲載されていませんね。ぺとぺとさん、いかがでしょうか。
情報提供ありがとうございます。
以前、日経新聞電子版の連載「東京ふしぎ探検隊」に多摩田園都市計画(現在の東急田園都市線沿線の開発)の歴史に関する記事があり、興味深く読んでおりましたが、その先鞭をつけたのが「田園調布」の開発であったとは知りませんでした。
もちろん文句なしに掲載させていただきました。

[49270]hmtさん
安田善次郎がその創立に関係している「鶴見臨港鉄道」の所在地ということで、「安善町」は「企業由来に該当する」のではないでしょうか。1926年開業のこの私鉄、はじめは貨物だけでした(1930年旅客扱開始)。
随分と間が空いてしまいましたが、拙稿[83548]に記載したとおり、横浜市鶴見区安善町について、企業由来町名コレクションに掲載させていただきました。遅ればせながら、情報提供いただいたことにお礼申し上げます。
[84147] 2013年 9月 27日(金)13:45:13hmt さん
西馬音内 の 「あぐりこ」
[84136] スナフキん さん
かつて奥羽本線とを結んでいた羽後交通で1駅手前、「あぐりこ」って駅名も非常に気になる存在です。

昭和3年から昭和48年まで湯沢-西馬音内(にしもない)間を結んでいた電車【注】の駅名は、「あぐりこ稲荷」由来で、寺社風駅舎の前には鳥居も建てられていたとか。

西馬音内も言葉(アイヌ語?)が先にあって、漢字表記地名は後で付けられたものでしょうが、あぐりこさん元稲田(げんどうだ)神社 という公式名と別に 民間レベルで使われる通称 なので、堅苦しい漢字表記を必要としなかったのでしょう。

あぐりこ伝説 で語られた「油揚げが好き」な娘の正体は、「正一位元稲田稲荷神社」の祭神ではなく、その配下で 人々に奉仕していた 頬被りした狐(神社参道の写真に写っている)なのでしょう。

娘ですから、浅野内匠頭の妻 阿久里(瑤泉院)や吉行あぐり等、女性の名に使われた「あぐり」と共通するところがあるのかもしれません。「あぐり」については 宇宙の循環の原理を知り、天と一体に巡ること とか、ものが充満したこと とか諸説あるようですが、詳しくは知りません。

妖怪通信に収録された件数を見ると、30件の秋田県はトップで、妖怪の本場のように思われます。

【注】電車
雄勝鉄道(後の羽後交通雄勝線)が開通した 1920年代は、電車が普及した時代でした。
奥羽本線には蒸気列車が走っていた時代ですが、横手盆地南部の 10km程度の私鉄にも電車が使われました。
但し苦しい経営で電気代が満足に払えず、送電を止められたこともあるとか(Wikipedia)。
それでも 1935年に西馬音内-梺(ふもと)間を延長。これも難読地名です。

戦前に作られた 10km程度の規模の私鉄を 身近な事例で示すと、砂利鉄道の話[41599]に登場させた 多摩鉄道(西武多摩川線)があります。但し 最初の開業が 1917年と雄勝鉄道よりも少し古く、戦前は非電化でした。
20km程度の規模になりますが、田口鉄道[84057]も 雄勝鉄道と同時代に作られた 電車方式による地方私鉄でした。

田口鉄道が全通した 1932年度には、私鉄キロ数が 延長9904kmという最高値を記録しました(和久田康雄:日本の私鉄p.97)。
[84146] 2013年 9月 27日(金)00:54:57オーナー グリグリ
Mapion変換後の不具合(地名コレクション)
[84143] ニジェガロージェッツさん
ところで、この『区』コレクションですが、久しぶりに訪れてみると内容が壊れています。
ご指摘ありがとうございました。区コレ以外のコレクションにも件数が大幅に減少していたものがあることを確認し、原因を調べたところ、9月20日に[84108]で実施したMapionの地図リンク変換の後に発生していたところまで突き止めました。

とりあえず、9月19日のバックアップから地名コレクションの復旧を行いました。[84129]で作業を行われたEMMさんの寺町コレクションは9月23日の編集を反映してあります。区コレクションも206件に戻っていますのでご確認いただければ幸いです。

なお、不具合はMapionのURL変換作業に起因していると思いますが、慎重に作業を行いたいので、今週末に、原因を突き止めた上で再度変換作業を進めたいと思います。[84108]で追記している落書き帳の記事に含まれているURLの変換2272箇所についても、元に戻してあります。

ご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした。
[84145] 2013年 9月 26日(木)23:05:01hmt さん
2万5千分1地形図の 仕様変更
国土地理院の報道発表資料(2013/9/5) によると、2万5千分1地形図が 50年ぶりに一新されるそうです。

近年 地形図の仕様が大きく変ったと記憶するのは、10年前の 2003年でした。
[22093] Issieさん
新しい地形図を手にして驚いたのは,地図の仕様そのものに比較的大きな変更があったことでした。
何よりも大きく変わったのは図郭の切り取り方で,要するに隣接する図幅との間に“重複する区域”が生じたことです。
(中略)
畢竟すれば,今回の「改訂」でより重要なのは“新しい地図記号の制定”ではなくて,おそらくは陸軍参謀本部が“陸上軍用地図”の作製を始めて以来,120年ぶりの“大改訂”になる「地形図の仕様」そのものの大変革にあるはずなのです。

…で、「50年ぶり」とは何だろうと思ったら、昭和40年代に登場した「3色刷」以来の表現変更ということのようです。

多彩な色を使ってきめ細かな表現を可能にするとともに、地形に陰影を付し立体感を得やすくし、より読みやすく使いやすい地図になるとのこと。見本1 見本2

新しい印刷図は 本年中に刊行を始め、数年をかけて順次範囲を全国に拡大してゆく予定とのことです。
[84144] 2013年 9月 26日(木)22:27:10にまん さん
四文字地名
オーナー グリグリ さん
クール度判定をお願いします(笑)

吉川市三輪野江(みわのえ)
下関市長府野久留米(のぐるめ)

「々」は入っているものの
印西市多々羅田(たたらだ)
なんかも、個人的には結構クールだと思うのですが。。
[84143] 2013年 9月 26日(木)20:26:55ニジェガロージェッツ さん
「区」が壊れている
[84108]グリグリ さん
Mapionの地図リンク変換作業お疲れ様です。拙『区』コレクションの地図リンクまで更新していただき、有難うございます。

ところで、この『区』コレクションですが、久しぶりに訪れてみると内容が壊れています。
いつから、何が原因でこうなった(掲載地名数206→31、都道府県名は出鱈目)のかは分かりませんが、小生『区』上奏から8年が経ち、当時のバックアップデータも手元になく、今では一から復旧作業する根気もございません。
誠に勝手で申し訳ありませんが、復旧が難しいようでしたら、コレクションごと削除していただければありがたいです。
[84142] 2013年 9月 26日(木)20:25:24桜通り十文字 さん
四文字地名
宇都宮市の御田長島町も一応これに該当するのでしょうか。
[84141] 2013年 9月 26日(木)19:54:33hmt さん
海士有木
[84138] グリグリ さん
海士有木(あまありき)[84135] は読みも語形もすごく好きなんですが、残念ながら合成地名であることがはっきりしています。

「内房」ですが、東京湾から数km離れたところに位置する市原市海士有木。
合成地名コレクション では、確かに「海士有木村」が「海士」と「有木」との連称自治体名として収録されています。

「町村制以前からあった連称村名」の記事[79392]を書いた際には、構成要素となった2つの地名を確認することができませんでしたが、2年後に再登場の機会を得たので、調査に再チャレンジしてみました。

その結果、市原市埋蔵文化財調査センター のサイトに、遺跡の深層28蟻木城小考 というページがあるのを発見しました。

戦国時代、養老川の中流域右岸台地上にに存在した蟻木城・小野山城の跡を調査した地図には、いわゆる「小字」と思われる青字の地名が多数記されており、中央やや右下の蟻木城跡には「有木」があります。

小湊鉄道の線路を挟んだ北西には石造十三重塔があります。地図のページを下方に進むと画像があり、“海士地区の泰安寺坂下”にあると書いてあるので【注】、この石塔からずっと北に記された「海士」の文字に亘るこの丘の西部の大部分が「海士」であったと知れます。

「あまありき」という思わせぶりな呼び名の地名。
縄文海進の時代には この台地のすぐ下まで来ていたであろう海。そこで仕事をした「あま」の存在を伝える地名でした。

【注】泰安寺は、遺跡調査の地図には寺院記号しか記されていません。
参考までに 別ページ をリンクしておきます。
[84140] 2013年 9月 26日(木)05:19:56C.P. さん
はじめまして&四文字地名
落書き帳に初めて書き込みいたします。「クールな四文字地名」というテーマに興味をそそられてしまったもので。

[84124]でオーナーさんが「北海道にはいくつかありそう」とおっしゃっていたのを受けて当方が真っ先に思い出したのが
・梨野舞納(りやむない/北海道後志管内共和町)
でした。
このほかの例を調べたところ、北海道では
・二十四軒(にじゅうよんけん/札幌市西区)
・千代志別(ちよしべつ/石狩市浜益区)
あたりが該当しそうです。意外と(?)少ないようです。

道東の浜中町には「養老散布(ようろうちりっぷ)」や「丸山散布(まるやまちりっぷ)」といった地名がありましたが、いずれも「散布(ちりっぷ)」という地区に隣接していますので、おそらく「二文字+二文字」で構成された地名であり、純粋な四文字地名とは言い難そうです。

日本列島の反対側の沖縄県もついでに調べてみたところ
・伊奈武瀬(いなんせ/浦添市)
という地名が見つかりました。

余談です。四文字地名を調べていて初めて知ったのですが、東京都にある全国的に有名な地名「御茶ノ水(お茶の水)」は住所としての地名ではないのですね。いわゆる「御茶ノ水」に該当する地域の住所は千代田区神田駿河台が相当するようですが、間違っていないでしょうか。
[84139] 2013年 9月 25日(水)22:33:31オーナー グリグリ
Re:寺町コレ関係レス&地図リンクの変換について
[84132] EMMさん
そしたら、先日グリグリさんに行って頂いた地名コレクションデータの地図リンク変換に併せて、地図リンク旧URLの変換機能が削除されていて慌てたという…
せっかく変換作業が終わったあとだというのに旧URLが復活してしまっては元も子もないので、地名コレクション編集ページのテキストデータから地図URLの部分だけ切り出して旧来のデータと置き換えました。
同じような事になっているコレクションがまだあるので、おいおい対応せねばなりませぬ…
おっと、そう言う事情があったとは知らずに速攻で旧URL関係のオプション機能は削除してしまいました。で、すぐにこの記事を見て復活させています。また、合わせて、[84089]の以下の変換パターンについても今回追加しておきました。どうぞご利用ください。

Yahoo!(古いURL)地図 → Yahoo!地図

あるいは、前回の一括変換と同じことを再度実行することは簡単なので、一旦、旧URLに戻されても依頼していただければ一括変換を再実行します。ご検討ください。
[84138] 2013年 9月 25日(水)21:26:47【1】オーナー グリグリ
クールな四文字地名
[84124] で書き込んだ四文字地名、久しぶりのヒットですね。反応していただいた皆さんありがとうございます。

ところで、「これぞ四文字地名」の表現ですが、純粋なというのは多少ニュアンスが違うかなと思っていました。何か他に良いネーミングはないかなと考え、美しい四文字地名、スマートな四文字地名、などありきたりなところが出て来たのですが、所詮、主観的と言うこともあるので、表題にあるように最近の流行で「クールな四文字地名」と呼んでみましょうか。

これまでに皆さんから出て来た四文字地名で私がクールだと思ったものベスト3を挙げてみましょう。

伊賀和志(いかわし)[84127]
佐女牛井(さめがい)[84128]
遠里小野(おりおの)[84137]

他にも気になる地名がいくつもありますね。海士有木(あまありき)[84135] は読みも語形もすごく好きなんですが、残念ながら合成地名であることがはっきりしています。遠里小野は自治体越えの地名に収録済でしたね。

「ケ、ツ、ノ、之、々」などが入るのはやはりあまりクールじゃないなぁと感じます。「々」は少し意味合いが違いますが、「吉里吉里」は繰り返しなのでクールさが不足しているなと思うのと同じ感覚かもしれません。主観的なクールですが、もう少し具体的にクールと感じる要素を分解して分析してみたいと思っています。それについてはまた今度。

ところで話は変わりますが、「田園調布」の田園は、田園都市株式会社に由来していると思われます。企業由来町名コレクションには掲載されていませんね。ぺとぺとさん、いかがでしょうか。念のため「企業由来 田園調布」で記事検索を掛けたところ、たまたま[67131]の記事がヒットしました。
[84137] 2013年 9月 25日(水)17:18:44かすみ さん
Re:四文字地名
わたしは遠里小野が浮かびました。

武庫之荘がピンと来ないのは、かつて武庫荘、武庫庄という地名が存在していたこと、小林一三の意見で阪急電鉄の駅としての武庫ノ荘⇒武庫之荘に改めたという歴史のせいかも?^^;

ではまた…コソコソっ。
[84136] 2013年 9月 25日(水)12:53:25スナフキん さん
Re: 四文字地名
では、秋田県から羽後町の「西馬音内」はいかがでしょうか?

難読地名として有名ですが、昨今官能的(※)な盆踊りでも全国区の知名度になりつつあり、自身がいま入力しているiMacでも普通に一発変換で出てきます。

ここ、一見「方角+地名」に思えますが、周囲を見渡しても「東馬音内」はおろか「馬音内」そのものが他に見当たりません。恐らく西馬音内で一節をなしているのでは、と考えられそうな地名です。

気になると言えば、かつて奥羽本線とを結んでいた羽後交通で1駅手前、「あぐりこ」って駅名も非常に気になる存在です。どうして漢字でないのか、ひらがなでなければ表せない理由があるのか、などなど。

※:西馬音内盆踊りを「官能的」と見るか否かは意見が分かれそうですが、顔を隠した女性がしっとり踊るさまからは私、何かこう妖しげな感覚を覚えるんですよね…単に私の考え過ぎなのかもしれませんけど。
[84135] 2013年 9月 25日(水)09:09:52デスクトップ鉄 さん
四文字地名
次はいかがですか。
海士有木(市原市)
日向和田(青梅市)
早月加積(滑川市、旧早月加積村)
武庫之荘(尼崎市)

カタカナは外して数えるのでしょうか。
阿字ヶ浦(ひたちなか市)
阿佐ヶ谷(杉並区)
帷子ノ辻(京都市)
土手ノ内(中間市)
[84134] 2013年 9月 25日(水)03:48:29白桃 さん
青江三奈
[84132]EMM さん
歴史的な大事件の現場である、ここの事を…。
(↑じつはこの書き込みを書き始めるまでそこの事はマジで思い浮かんでなかった。うわ恥ずい)
差し出がましいようですが、そこについては元石川県民の方が、[84124]で触れられております。
[84133]ペーロケ さん
私が真っ先に思いついたのが横浜の伊勢佐木町
四文字地名とは何ら関係がありませんが、青江村→青江町(現:津久見市)、三奈木村(現:朝倉市)というのがあります。

真夜中のしょうもないレス、失礼いたしました。
[84133] 2013年 9月 25日(水)01:09:47【1】ペーロケ さん
四文字熟語
ようやく私にも付いて行ける話題がwww

私が真っ先に思いついたのが横浜の伊勢佐木町、なんなんだこの当て字感は!!伊勢崎市との関係、いや、伊勢の国とも関係がありそうですが、気になります。

「止々呂美」で思い出したのが、兵庫県朝来市の「多々良木」。ここは多々良+木なのかな?
[84132] 2013年 9月 24日(火)23:52:11【1】EMM さん
四文字地名(純粋な?)レス
[84131] 白桃さん
その他、ちょっと気を惹かれたのが、四ツ小屋(秋田市)、鋳物師屋(関市)、紀三井寺(和歌山市)、萬里小路(まてこうじ、みやま市)。
そういった感じのものなら、と自分の近場(石川県+富山県呉西)を見てみると、こんな辺りが挙げられますかね。(町の有無はこの際無視しました)

木ノ新保町(金沢市)、
阿弥陀島町仏師ヶ野町三ツ屋野町(白山市)
与九郎島(川北町)
彦太郎畠(津幡町)

…助詞が入っているか、助詞が入れられるかのものばっかりですが…ま、いいか。
接頭語・接尾語付きや合成系で目を引く、ような気がするのは、例えば…山田先出(川北町)は簡単な字面ながら、知らないとまず一発で「やまだせんでん」とは読めないだろうという辺りがででんでん。
八幡座主(志賀町)、小院瀬見(南砺市)、旧町名が上に乗っかっちゃいましたが福岡町一歩二歩(高岡市)なども字面的に目を引きそうな雰囲気があるような無いような。

んー、でもやっぱり「より純粋」っぽいのがほしいなぁ…うー、何か大事なところを忘れているような…あ!そうそう、石川県民的に大事なところを忘れていました。
歴史的な大事件の現場である、ここの事を…。
(↑じつはこの書き込みを書き始めるまでそこの事はマジで思い浮かんでなかった。うわ恥ずい)
[84131] 2013年 9月 24日(火)08:01:24白桃 さん
日間賀島
引き続き、純粋な四文字地名を探してみました。
「相棒」の角田課長から「日間賀島?」と言われそうです。^ Y ^

主に、消滅した町・村で見ていましたが、その中では
[84127]で伊豆之国さんが挙げられている
「止々呂美」は「とどろみ」
が秀逸?でしょうね。
その他、ちょっと気を惹かれたのが、四ツ小屋(秋田市)、鋳物師屋(関市)、紀三井寺(和歌山市)、萬里小路(まてこうじ、みやま市)。
純粋というには程遠いのですが、南紀白浜温泉の村時代の名前、瀬戸鉛山(せとかなやま)もあります。
鋳物師屋で思い浮かべたのが、徳島県上板町の鍛冶屋原。これは自治体名でもなく、旧:鍛冶屋原線の終着駅があった地名として私には馴染みがあります。
接頭辞的な字が付いていますが、郡上市の「向小駄良」(むかいこだら)もナニヤラ気になっています。
[84130] 2013年 9月 23日(月)23:48:25【1】hmt さん
Re:四文字地名(純粋な?)
[84124] グリグリさん
接頭辞・接尾辞など不純な部分を除外し、複合地名も要素単位で考えて「漢字の四文字」を使用した地名ということでしょうか。

例えば、福井県大飯郡おおい町「名田庄納田終」(なたしょうのたおい)という地名は、表面的には六文字地名に見えます。
しかし、調べてみれば 聞きなれない言葉ですが 「納田終」 という地名があり、これに 最近まで存在した村名の 名田庄 を冠した 複合地名であることが知れます。

[84128]で 山梨県北杜市役所の所在地である須玉町「大豆生田」が挙げられていたので、それからの連想。豆生田地名関連記事
甲府を中にして東西から盆地に注ぐ笛吹川と釜無川。西の「大豆生田」に対して、東には甲州市塩山の「西広門田」があります。
これで「かわだ」と読ませるのは、なかなかの難読地名です。

[84124]で例示された 九十九里 から連想する数字系では、茨城県結城市「七五三場」(しめば)。
もともと「しめなわ」を注連縄→七五三縄と表記したもので、数字系というのは当たらないかもしれません。
山形県鶴岡市大網の「七五三掛」(しめかけ)には、湯殿山注連寺があります。
長野県北安曇郡池田町 にも「七五三掛」があるそうです。
「しめ」コレクション には、知多市新知「七五三山」もありました。

和歌山の伊太祁曽神社所在地は、字形が少し違う「伊太祈曽」でした。

おまけ
七五三掛を探っていたら、日本の四文字姓 というページがありました。
[84129] 2013年 9月 23日(月)23:22:36【1】EMM さん
寺町コレ関係レス&地図リンクの変換について
[84123] yuukiさん
[84124] オーナー グリグリ様
寺町コレクション中のミスのご指摘ありがとうございました。
いずれも修正しました。
永平寺町は…何でこう書いたんだか、今となっては思い出せません。
市町村合併対応も、その時に見逃すとなかなか気づけませんで…

で、ご指摘のあった計4件を修正して終わり…と行きたかったのですが、実は寺町コレの地図リンクデータ、管理ファイル上では旧Mapionデータを触らずに、地名コレクション編集ページの変換機能で現行URLにする…と言う手抜きをしておりました(汗)
そしたら、先日グリグリさんに行って頂いた地名コレクションデータの地図リンク変換に併せて、地図リンク旧URLの変換機能が削除されていて慌てたという…
せっかく変換作業が終わったあとだというのに旧URLが復活してしまっては元も子もないので、地名コレクション編集ページのテキストデータから地図URLの部分だけ切り出して旧来のデータと置き換えました。
同じような事になっているコレクションがまだあるので、おいおい対応せねばなりませぬ…

#テキストデータからの地図URLの切り出しはエクセルでやったのですが…ちょいと手間を喰いました。
手順は以下の通り。

1.テキストデータをエクセル上にコピペ(1行のデータが1つのセルにテキストデータとして収まってしまう)
2.「区切り位置」機能で「|」を区切り文字としてデータを分割
3.[(地名):(地図リンクURL)]が1つのセルとなるので、「区切り位置」機能で「:」を区切り文字として分割
4.「http」のみのセルができるので、これを「http:」に置換
5.「http:」のセルと地図リンクURL本体部分のセルのデータをCONCATENATE関数で結合
6.関数の演算結果をコピペしてテキストデータに変換
7.切り出した地図URLの末尾に「]」が残っているので、「区切り位置」機能を利用して削除
8.加工したデータの行の順番を、編集ファイルと同様に並べ替える
9.データの位置がずれてない事を確認して、切り出したURLの列で編集ファイルのURLで上書き

もうちょっとラクにできる方法は無いもんですかね?
(あと、寺町コレクションは該当していないですが、備考中に地図リンクがあるコレクションのデータもあるので、備考も忘れずに処理するようにしないといかん…)

-----
[84108] オーナー グリグリ様
Yahoo!、ちず丸、Mapionのリンクで表示できなくなった箇所を一通り変換しましたが、これ以外に地名コレクションや落書き帳の地図サイトへのリンクで表示ができなくなっているものがありましたらご指摘ください。よろしくお願いいたします。
拙稿[84078]で触れているIts-mo Guide→いつもNAVIについても検証をお願いできないでしょうか。
例として、[58749][59067]スピカさんの記事中の地図リンクをご確認ください。

#ロータリーコレクションの追加作業、上記のスピカさんの記事の前後の辺りに来ているのですが…この辺りは投稿が集中していていて亀の歩みです。
しかも「終点ロータリーと思われるもの」で現地の状況が判別しにくいものが多く、そういうのに行き当たるごとに手が止まっております…
[84128] 2013年 9月 23日(月)20:45:29油天神山 さん
Re:四文字地名(純粋な?)
[84124]グリグリさん
武蔵村山、上小阿仁などのように旧国名や方向・方角などを冠するのではなく、また、千早赤阪、大網白里のように2地名の合成でもない四文字地名で、できるだけ純粋な地名がないかと考えていました。

えーと、自治体名に限らないんですよね。
まず思いついたのは人名系。代表的なのは大阪市中央区宗右衛門町ですが、純粋さが足りませんかね。

次に考えたのは京都の町名です。武者小路とか烏帽子屋町などでは純粋さに欠ける気もしますが、いろいろ探してみたら下京区に佐女牛井(さめがい)町というのがありました。これなどかなりいい線行っていると思うんですが、いかがですか?

それから北杜市須玉町、大豆生田(まみょうだ)はどうでしょう。もう掛け値なしと言っても良いんじゃないかと思いますが。
[84127] 2013年 9月 23日(月)20:40:46伊豆之国 さん
Re:これぞ純粋?四文字地名
[84124] オーナー グリグリ さん
[84126] 白桃 さん
これぞ四文字地名と言える地名
ですが、私もいくつか思いついたものから。

最初に、これぞ"Nice!"と言えそうな四文字地名。
・秋田県由利本荘市二十六木
これで「とどろき」とはとても読めませんねぇ。「十」が二つで「と・と」→「とど」でしょうか。蛇足ですが、この「二十六木」地区には「三六(「みろく」と読むそうです)温泉」というのもありました。
…そういえば、「同音異字地名コレクション」案に「とどろき」([61207] EMM さん)というのも出ていましたな…。

次に、「頭」に付くものがあるものの、「本体」の部分が「純粋?四文字地名」になっていそうなもの。
まず「とどろき」からの連想で…
・大阪府箕面市上止々呂美・下止々呂美
「止々呂美」は「とどろみ」。昭和23(1948)年まで止々呂美村がありました。

駅名から思い出したもの。
・広島県三次市作木町伊賀和志
合併前は「作木村(大字)伊賀和志」。JR三江線の駅があります。「時刻表名探偵」([83113]他)には
「いか+わし」とは区切れない。「いかわし」四文字で何か意味があると思われる
とありました。これは私の勝手な推測ですが、江の川の谷沿いにあるので、「五十嵐」などと同系で「怒らす」-「急流・早瀬」といった意味ではないかと思うのですが…。松江でのオフ会(ちなみに私は不参加の予定です)に行かれる方で三江線に乗られる方がいらっしゃいましたら、ぜひとも現地の地形を確認していただきたいのですが…。
[84126] 2013年 9月 23日(月)17:33:20白桃 さん
これぞ純粋?四文字地名
[84124]オーナー グリグリさん
かなり主観的な見方ではありますが、これぞ四文字地名と言える地名を探しています。
特段これといって何もすることがなく、ついつい反応してしまいます。
思ったよりなかなか難しいですね。

四国中央。・・・四という字が入ってますが、全然純粋ではないからダメですよね。
さいたま。・・・これもなんだかな~
じゃ、
あさぎり。・・・やはりダメ?
現役の自治体名ではしっくりくるところが少ないので、思いつきの地名
赤坂見附、天下茶屋・・・これも純粋度がいまいち。

少し話が変化しますが、青森県の板柳町。
明治22年の町村制施行当時は板屋野木村でした。それより以前に板屋ノ木と表していたこともあるようで、板屋と野木の合成ではないようです。
[84125] 2013年 9月 23日(月)16:56:25オーナー グリグリ
Re:地名コレクションの中の「寺町」のページについて
[84123] yuukiさん
初投稿です。
タイトルの通り、地名コレクションの中の「寺町」コレクションのページについてです
yuukiさん、はじめまして。オーナーのグリグリです。寺町コレクションへのご指摘ありがとうございます。編集長兼編集者のEMMさんが対応してくれると思いますのでよろしくお願いします。また、書き込みをお待ちしています。

で、その寺町コレクションを見ていて気が付いたのでついでに指摘しておきます。>EMMさん
その他大字名・町名の千葉県の所在地に、佐原市(2箇所)と大網白里町が残っています。
[84124] 2013年 9月 23日(月)16:43:16【1】オーナー グリグリ
四文字地名(純粋な?)
武蔵村山、上小阿仁などのように旧国名や方向・方角などを冠するのではなく、また、千早赤阪、大網白里のように2地名の合成でもない四文字地名で、できるだけ純粋な地名がないかと考えていました。

最初に思い付いたのは「倶利伽藍(くりから)」村(現石川県津幡町)でしたが、これは外来語由来ですし、この類いだと「音威子府(おといねっぷ)」など北海道からいくつか出て来そうです。純粋な、という定義は極めていい加減で曖昧なんですが、どうでしょうか。

例えば、千葉県だと、九十九里、八日市場などがありますが、今ひとつ純粋さが足りない。^^;

四文字自治体名を見ていて、徳島県の「佐那河内(さなごうち)」村という地名に注目しました。由来を調べてみましたがはっきりしません。古くは狭長村と称したところからとか、佐那河内守なる人の所領であったことに因むとか、狭い河内の意との解釈もあるようで、明確には分かりませんでした。

「吉里吉里(きりきり)」村(現岩手県大槌町)は、アイヌ語由来です。「五所川原(ごしょがわら)」はかなり純粋度が高そうです。山梨県にあった「鴨狩津向(かもがりつむぎ)」村(現市川三郷町)は、富士川の港の向かいに位置していて(津に向かう)、鴨を狩った場所ということで名付けられたらしく、なかなかいい感じです。

かなり主観的な見方ではありますが、これぞ四文字地名と言える地名を探しています。
[84123] 2013年 9月 23日(月)16:17:32yuuki さん
地名コレクションの中の「寺町」のページについて
初投稿です。
タイトルの通り、地名コレクションの中の「寺町」コレクションのページについてです

ちょっとした事なのですが、自治体名にある「永平寺町」の読みは、正しくは「えいへいじちょう」です。「えいへいじまち」になっています。

本当に小さなことですが、改訂お願いします。
[84122] 2013年 9月 23日(月)13:21:57オーナー グリグリ
「中核市の指定の申出について」(八王子市議会)
ピーくんさんからの情報提供で、八王子市の中核市指定に関する変遷情報を更新しました。
ー 9/18 八王子市議会で「中核市の指定の申出について」議案を全会一致で可決 ー
[84121] 2013年 9月 23日(月)10:37:30オーナー グリグリ
都道府県周囲長と海岸線
[84080] hmtさん
県の大小にかかわらず、「周囲長が相対的に小さい県」を探すならば、対比する数値の次元を合わせた方がよい。
…というわけで、都道府県周囲長について、「各県と同面積の円周長」【注】に対する比を求めてみました。
おっしゃる通り、次元を合わせた方がより正しいですね。ということで、都道府県周囲長について、面積比から円周長比に変更しました。なお、海岸線についても次元を合わせるべきと思いましたが、周囲長とは比較の意味合いが少し違うこともあり、面積比は残したまま円周長比を追加してみました。ご確認いただければ幸いです。
[84120] 2013年 9月 23日(月)10:32:20右左府 さん
久遠郡久遠村
[84116] hmt さん
久遠郡久遠村
ご引用いただきありがとうございます。書いた本人はすっかり忘れておりました。

[41860]には「資料」の肝心な出典を明記しておりませんでしたが、「一・二級町村制施行時における郡・区町村名一覧」「市町村変更一覧」 というのは、おなじみの 『全国市町村名変遷総覧』 (日本加除出版)のことです。

(言い訳をすると、[41860]を書いた時は人から貰ったこれのコピーのみが手許にあり、書名はそもそも知らなかったのでした。
 当時は 出典を確認する という考えすらないままに、この資料を正確かつ絶対的な根拠と考え、あんな記事を書いていました。
 8年も前の書き込み、まあトンチンカンな内容で恥ずかしいこと……)

[41860]にも書いた通り、当該資料には区制及び一・二級町村制施行時の区町村名が、“旧字体表記+現代かな遣いのルビ” ですべて掲載されています。
果たして、『総覧』は何を根拠にこのルビを振ったのでしょうか。
[84119] 2013年 9月 23日(月)07:56:22オーナー グリグリ
47都道府県のデータ
当サイトの企画ページの一つに47都道府県のデータがあり、文字通り都道府県毎にデータのまとめサイトのような形式で、47都道府県毎に独立ページを構成しています。当初は、というか現在もほとんどの都道府県が、市区町村プロフィール、市区町村変遷情報、ランキングデータ、公式ホームページ、データベース検索など、当サイトの既存ページを利用したリンクをまとめ形式になっています。そんな中でも、ランキングデータへのリンクについては、当該都道府県に関連する情報を目立たせる(背景を黄色にする)再編集を行って特徴を出すようにしています(例:神奈川県の政令指定都市のランキング)。

都道府県の地図を含めた基本データなど独自データについても順次追加する計画で、一部の都道府県で試行しています。概要、地勢、気象、シンボルなどから開始していますが、下記の5県についてとりあえずの形を作りました。当該都道府県のデータを強調した都道府県データランキングへのリンクも付け加えて工夫しています。

岩手県のデータ 千葉県のデータ 富山県のデータ 石川県のデータ 福井県のデータ 香川県のデータ

今後もさらに内容を充実させ見易く分り易くして行きたいと考えていますので、具体的なアイディアやご要望、ご意見がありましたらお願いします。相変わらず時間が足りないのですぐに対応できる訳ではありませんが、ベースラインを固める上でいろいろご意見を頂ければ幸いです。
[84118] 2013年 9月 23日(月)01:42:30紅葉橋律乃介 さん
工藤新一にも解けない謎
[84116] hmt さん
[84117] オーナー グリグリさん

 道から「久遠郡」は「くどうぐん」と読む旨の回答を頂いたことは覚えておりますが、市区町村プロフィールがずっと「くどおぐん」のままだったとは気付きませんでした。まあ、書き方が悪かったのでしょう。

 村名も含めて、読みを示す資料を探すのは難しいようです。hmt さんが挙げてくださった資料の読みも、細かく見ると、現行の郡名とも違う部分があります。
 Issie 先生のWeb ページ府県の変遷(北海道)では、その違いが一目瞭然となっているわけですが、どこかで現行の読みに変わった(統一された)のでしょう。村名の読みは、さて村名新設や戸長役場の設置告示に載っているのかどうか。


 何にせよ、ちょうど8年経ってからの修正に際し、こんな古い書き込みを拾ってくださったhmt さん並びに、対応してくださったオーナー グリグリさんに感謝いたします。


 この「読み」の問題って、「久遠」(くおん)に続くのでは…?
[84117] 2013年 9月 22日(日)20:58:13【1】オーナー グリグリ
久遠郡(くどうぐん)
[44896] 2005 年 9 月 15 日 (木) 00:07:32 紅葉橋律乃介さん
 「全国市町村要覧」にも読み仮名があると言うので、開いてみると、確かに「くどうぐん」とあります(最新版より)。(中略)
 そのような訳で、「市区町村プロフィール」の再修正をお願いします。

[84116] 2013 年 9 月 22 日 (日) 15:46:46 hmtさん
市区町村プロフィール 檜山振興局久遠郡の読み「くどおぐん」は、紅葉橋律乃介 さんからの 再修正お願い[44896]に記されたように、「くどうぐん」に戻すのが適当と思われます。

hmtさん、ご指摘ありがとうございました。8年前の紅葉橋律乃介さんからのご指摘を見逃していたのか失念したのか、すっかり忘れていました。さっそく、データベースを更新し(過去のデータベースもすべて「くどうぐん」で統一しました)、市区町村プロフィールも更新しました。紅葉橋律乃介さん、長い間放置してしまい申し訳ありませんでした。
[84116] 2013年 9月 22日(日)15:46:46hmt さん
北海道後志国久遠郡
[84109]で触れた「同音異字」からの連想です。どちらかと言うと、逆関係(同字異音)に近いのですが…

過去ログにあった「同字類似音」の下記事例に関心が向きました。
[41860] 右左府 さん
明治35年4月1日に二級町村制を施行した「久遠郡久遠村」。読みが当時は「くどうぐん くどおむら」だったようです。何故違う仮名遣いになっていたのでしょうかね。

[67007]にリンクされていた 明治35年内務省令第7号 を開いて 二級町村制実施地を確認してみたところ、久遠郡久遠村は 近くの瀬棚郡瀬棚村などと共に 確認できました。しかし、「くどお」という村名の読みは記載なく、別の出典によるものと思われます。

郡名の読みについては、蝦夷地を 北海道11ヶ国 に分割した 明治2年太政官布告第734号に、後志国 17郡の1つとして「久遠(クドウ)」の名が記載されています[44903]。現在は 近代デジタルライブラリー で閲覧できます。

この久遠郡、渡島半島の西側という位置関係から、後志国とはいうものの、すぐ南に隣接する渡島国爾志郡・檜山郡(主邑の江差がある)や北隣の瀬棚郡などと共に 明治30年(1897)以来 檜山支庁 の管内になっています[19488]

実は、平成合併がこの付近の地域区分に大きな変化をもたらしています。
例えば データベース検索 で、検索対象「郡」にチェックを入れ、名前「久遠」、「2005/08/01」のデータベース として簡易検索を実行してみてください。面積 133.91km2の 北海道久遠郡が出て来ます。日付窓を使い「2005/09/01」の構成で再検索すると、今度は面積 638.63km2 に拡大します。

もちろん、これは 2005年9月に、瀬棚郡瀬棚町と北檜山町とが 久遠郡大成町と合併し、新町名「せたな」が選ばれた際に、郡名には「久遠」が使われた結果です。変遷情報

合併によって市域が広大になる所は数知れずありますが、郡域がこれほど大きくなる所は他には無い様に思います。[38609]

その翌月には、すぐ南側も渡島国爾志郡熊石町と胆振国山越郡八雲町との合併があり、二海郡八雲町が誕生しています。この合併は国と郡だけでなく、管轄する支庁も檜山と渡島とに跨っており、郡の名も新設された八雲町は渡島支庁管轄になりました。その結果、檜山管内は南北に分断され、図示 されているように、奥尻島を含めて3ヶ所に分れた領域になっています。

「同字類似音」に関係する「久遠郡」の読み問題に戻ります。
こちら「都道府県市区町村」のサイトでは、「遠」という漢字の訓読みからすれば「くどお」では? という疑問[24002]を受けて、「市区町村プロフィール」の記載が「くどう」郡から「くどお」郡に改められました[24015]。2004年のことです。

その後、紅葉橋律乃介 さんが 北海道庁HPの記載に疑問を抱き、直接問い合わせた回答は 次のようなものでした。
せたな町、北海道、国(総務省)など、行政機関においては、「くどうぐん」に統一しております。
これに基づいて、「市区町村プロフィール」の再修正お願いが記されています[44896]

落書き帳では、その後も この件についての書き込みが続き、例えば、次のような発言がなされています。
もともと「クトー」という音があったところに「久遠」の字を当てたのではなかろうか [44901] 烏川碧碧 さん。
「クトー」という音が先行したという推測は、[42582]で紹介された 松浦武四郎 『郡名之儀ニ付申上候書付』 によっても裏付けられると思います。

旧大成町の字名(旧村名)については「久遠村=くどおむら」であったとする記載もあり、「くどお」である疑いが残されていますが、久遠郡についての北海道当局の答えは「くどう」で一貫しているようです[44931]
市町村要覧は、平成元年度版の「くどうぐん」[44902]から平成15年版「くどおぐん」、16年版年版「くどうぐん」[45337]

以上、古い話題を再発掘して紹介しました。

市区町村プロフィール 檜山振興局久遠郡の読み「くどおぐん」は、紅葉橋律乃介 さんからの 再修正お願い[44896]に記されたように、「くどうぐん」に戻すのが適当と思われます。
オーナー グリグリ さん、ご検討をお願いします。
[84115] 2013年 9月 22日(日)08:24:36【1】白桃 さん
愛しの29駅
昨晩、鉄道ファン?による山手線29駅の“総選挙”なるテレビ番組を見ました。
池袋が15位以内に入っていなかったこと、田端があまりにも上位に選ばれたこと、が少し意外でした。
ところで、同じ29という駅数で私に所縁あるJRの線があります。
もし、本落書き帳でコノ線にある29駅の“総選挙”を行えばアノ駅は上位当選確実!です。
理由は・・・
[47636]いっちゃん さん
駅前にはタクシーが5台(この5台のタクシーは私の訪問中客を乗せることは無かった模様)。そして「ぶどう餅」(その正体は謎のまま)がお出迎え。
[57476]みかちゅう さん
どれも駅から程近いのですが、どうせなら『落書き帳』の影響で知名度の高い○○○駅そばにある本庁舎に決定。
[68732]k-ace さん
駅を出るとタクシーが6台ほど停まっていましたが、散策から戻ってみると2台に減っていましたが、○○○駅から程近いローソン東かがわ○○○店に寄っている間に5台に戻っていました。
[70192]今川焼 さん
思っていたより小さな○○○駅舎の前には、ぶどう餅(関連記事)で名高い巴堂が。さっそく店に入り7本入りのぶどう餅を購入。
[76123]ぺとぺと さん
妻は当初、なぜ○○○駅前で車を停めるのか不思議がっていましたが、理由を話すと一応納得していました(と思います)。
そう、駅前の(日本一、日持ちがしない)「ぶどう餅」の店と「停まったままのタクシー」で有名なアノ駅です。「停まったままのタクシー」について言及しますと、コノ線の両端にある駅を除き、他に5台も6台ものタクシーが待機する駅が果たしてある?、いや、無いでしょう。
そして、
[13446]白桃
駅はちょっとはずれに位置し、駅前通りというにはあまりにもお粗末なものでしたが、駅舎の前には藤棚があり、初夏のけだるい頃それを見るのが楽しみでした。
♪うす紫の藤棚の下で歌ったアベマリア~
の歌詞はココで創られた・・・というのはウソのようです。
[84114] 2013年 9月 22日(日)00:41:19山野 さん
「駅長」ではなく「市長」です。
iPhoneの指紋認証、犬の足でもやってみたという記事があって、これの関連記事を見てみると…↓

(日本の場合、紀の川市を走る「和歌山電鐵・貴志川線貴志駅」に「たま駅長」がいますが…)
(「駅猫」で検索すると、色んな駅に居ますね人数(頭数)が多い=駅長+駅員でしょうか。)
-本題-
此方の記事では「市長」が「猫」だそうです。
米アラスカ州にある「タルキートナ」という人口800人と言う小さな市だそうで、
この「猫」は約16年間市長を務めている(というか、住民に親しまれている)模様。
<「市長」になるまでの経緯>
(1)子猫の時、スーパーの前で経営者に拾われた事が切欠。
(2)同時期、当地では市長選を控えていたが、住民達は出馬した「候補者が気に入らなかった」…なので、
(3)選挙で投票用紙に「スタッブス」の名前を記入→他の候補者を破り「初当選」。

へぇ~「猫」でも市長に成れるんですねぇ。(他にもこんな話題あるかな)
[84113] 2013年 9月 21日(土)17:14:15【4】YT さん
明治31年以降の北海道、中国・四国・九州地方の市町村別人口の変遷
前の投稿[80480]から更に1年半経ってしましましたが、新たに鳥取県、島根県、岡山県、広島県、山口県、徳島県、香川県、愛媛県、高知県の市区町村別人口の変遷の結果を加えたエクセルファイルをLHAで圧縮して以下のサイトにアップしました。これで北海道と、鳥取県以西の県に関し、明治31年以降の23回分の国勢調査・人口調査、国勢調査以前の5回分の人口静態統計の結果が入っているはずです。ファイルの中身は明治31年~平成22年の都道府県・支庁・市区郡別人口の変遷[82204]をベースとし、Sum関数によるチェックが加えられているシート(For Check)と、関数を外したシート(Shikuchoson)が含まれています。前回まで各都道府県毎にシートを作っていましたが、ファイルサイズがかさばること、チェックのし易さなどから、全部同一シートに含めました。

http://www1.axfc.net/uploader/so/3035127

戸長役場の管轄の呼称を以前は「~村外○○箇村連合」としておりましたが、統計書等で多く見られる「~村外○○村」と、より簡素化した呼称に変更しました。また「~市街」という呼称も廃止しました。例えば長崎県対馬の厳原市街などは『明治28年 島根県周吉穏地海士知夫郡統計表』でも『明治37年 島根県隠岐島統計書』でも「今屋敷町外十町村」が採用されています。

戸長役場の所在地に関しては、北海道については『北海道庁現行布令便覧 明治31年編 上巻』『北海道庁現行布令便覧』『新北海道史年表』(1989年)と平凡社の『日本歴史地名大系』などを活用して、現時点で把握できた戸長役場の変遷を再現しました。

島根県隠岐の戸長役場の位置については、『明治28年 島根県周吉穏地海士知夫郡統計表』『明治36年 島根県隠岐島統計書』『明治37年 島根県隠岐島統計書』などから判断しました。

長崎県対馬の戸長役場の位置については、『明治30年1月1日現在 長崎県職員録』第六師管徴発物件表(1901年)、『第十二師管徴発物件表』(1905年)、『明治36年12月31日―41年12月31日 郡市町村廃置分合一覧表』などから判断しました。

鹿児島県大島郡の戸長役場の位置については、『明治26年 鹿児島県統計書』『明治32年 鹿児島県統計書』『明治36年 鹿児島県統計書』『明治36年12月31日―41年12月31日 郡市町村廃置分合一覧表』などから判断しました。なお藩政時代に使われていた鹿児島県大島郡内の方・間切は、明治時代の統廃合により戸長役場の管轄とかなり異なる地域があることから、併記を止めました。

沖縄県の間切と構成町村の変遷に関しては、伝統的な間切表記をそのまま採用しました。各間切の町村の変遷に関しては、『明治30-32年 沖縄県統計書』『明治39-40年 沖縄県統計書』『沖縄県史 第20巻 沖縄県統計集成』収録の「明治卅六年十二月卅一日 郡区間切島ノ戸数及建物」などから判断しました。

分類の呼称も、「連合村」・「/町(連合)/」・「/村(連合)/」などから、「/連合村/」・「/単独村/」・「町(旧制)」・「村(旧制)」などに変更しました。分類で「//」を示す区分統計は、それが一般的な市町村人口統計の最小基本単位ではないことを示します(政令指定都市等の区を除く)。北海道の戸長役場制度は国勢調査時代に突入しておりますが、連合戸長役場の有無が統計で区別されていないことから、連合戸長役場管轄内の町村が統計単位とみなせます。また鹿児島県大島郡・沖縄県に関しては戸長役場管轄や間切が人口統計の最小単位となっており、こちらでは、「連合村」・「間切」、「/町(旧制)/」・「/村(旧制)/」などと表記しました。鹿児島県大島郡・沖縄県の下位の町村の現住人口は情報が入手できない状況なので空欄のままです(戸数や本籍人口の情報は一部ありますが)。
また列として都道府県、上位区分などの項目を追加しました。

以前まで市区町村の順番(大正9年の国勢調査を基準とする)に拘っていましたが、変遷情報の見易さを優先する方針に変えました。変遷情報は、その市区町村名が生まれたり無くなったりした時のみ加え、細かい境域の変更は一々記載しませんし、人口異動を伴わない分割情報は外しました。

このほか参考史料は[73422][82204]にまとめた通りです。

郡毎に数字をチェックしていますが、同一郡内で人口を取り違えるようなミスがまだ多数残っていると思われます。全部完成すれば最終的に再チェックをしますが、何か間違いが見つかりましたら指摘して下さい。

一応これで1/3程が完成したのかな?ここ3週間ほど時間に余裕ができたので編集作業を再開したところ、特に中国地方5県の人口変遷はほぼ1週間で完成しました。何となく編集方法のコツが掴めてきたので、個人的には完成までのプランは見えて来たような感じはしつつ、何時頃までに完成するのかは明言できません…

【追記】
昭和19年の人口調査では、多くの都道府県別で総人口と各市区町村別人口の合計が一致しません([82202])。同様に昭和20年の人口調査でも、一部の都道府県で合計が一致しません([82196] )。

また[82202]で指摘したように、『昭和19年人口調査 集計結果摘要』では、東京都の武蔵野市、三鷹市、青梅市、府中市、昭島市や、様々な町村の人口に関し、1955年1月前後の境域によって1944年2月22日の人口が集計されてしまってしまっています。これに関し昨年の12月頃に国立公文書館所蔵の文書をいくつかチェックしましたが([82278])、結局追加調査分を含めて東京都内の昭和19年人口調査結果を得ることはできませんでした。数字的には『東京都統計年鑑』(過去の国勢調査・人口調査人口が載っている巻があるのを一度確認しましたが、今になってどの巻に掲載されていたのか分からなくなりました)に掲載されている市区町村別人口と一致することから、『昭和19年人口調査 集計結果摘要』の情報は東京都側に保存されていた文書に基づくのかも知れません。しかしながら都立中央図書館等には該当するような閲覧可能な文書はありません。

また[82204]で投稿した都道府県・支庁・市区郡別人口の変遷の方は、現在明治22年まで遡ってまとめましたが、各行政単位での現住人口の合計がそれより上の行政単位での現住人口と一致しないという情況(明治30年以前は、現住人口算出の際にわざわざ各階層内での人口異動を除いている)があり、極めて煩雑なものとなっております。

【追記2】
ダウンロードのリンク先にいかがわしい広告が表示されますが申し訳ありません。ダウンロードリンクが複数表示されますが、[3035127.lzhをダウンロードします。]のボタンを押してください。

以前使っていたアップローダは閉鎖されてしまったので上のサイトを選びましたが、次回からは別のアップローダを探します。
[84112] 2013年 9月 21日(土)10:57:28【1】スナフキん さん
誤報を大変失礼しました
[84111]N-H さん
フォローありがとうございました。

かかる記事、他の方から追随するメッセージもいただいていましたが、私の早とちりとは言え誤報は誤報であり紛らわしいので、該当書き込みは削除いただくよう、グリグリさんに依頼しました。

何だか会津オフの時にも誤報をやらかした気が…結局何も学んでないな、書き込みはもっと慎重にしないと。
[84111] 2013年 9月 21日(土)06:22:39【1】N-H さん
22日東京発、24日出雲市発サンライズは運行します
皆様、大変ご無沙汰しています。
最近書き込みはおろか、投稿を読むのもたまにだったりして、話題に乗り遅れた感がおおありです。オフ会について、まだ「△」のままです。

さて、そのオフ会がらみですが、
[84097]スナフキん さん
オフ会日程が絡む11月22~24日に、品川駅の線路の切り替え工事を実施する関係で、首都圏から山陰へ向かう寝台特急「サンライズ出雲」やそれと併結して運行される「サンライズ瀬戸」がいずれも全区間で運休となるそうです。
これ、JR東海の報道発表が誤解を生む表現でよろしくないのですが、スナフキんさんがリンクをはって頂いたリリース文の下の「※詳細は別紙をご覧下さい。」のPDFファイルを見ると、下り東京発サンライズ出雲が運休になるのは始発日基準で23(土)、24(日)の2日間となり、オフ会開催には影響ありません。
逆の上りも然りで、運休は22(金)、23(土)です。

ちなみに、最近のサンライズ出雲、驚異の乗車率を誇っているそうです。私もオフ会参加するとしたら行きはサンライズがいいなと思っていたのですが(なにしろサンライズとの相性が過去から劣悪でして、[33353][37861][68862]などに書いたほか、その後出雲市まで乗車を試みるも岡山で下ろされやくもに乗り換えたこともあり)、さて、どうしたものか。
[84110] 2013年 9月 21日(土)04:38:54【2】白桃 さん
小縮尺の白地図に書く100の都市名
この三連休、何をしようか、と考えているうち目がさえて眠れなくなりました。~ Y ~

いまだに「アレ、どっちだっけ?」と迷ってしまうのが地図の縮尺のこと。100万分の1と100分の1とでは100分の1が大縮尺なのですね。(日本語的にはどうも、その逆なような気がするのですが・・・)

それはさて置き、東アジア全図等の“超”小縮尺の地図の中の日本では、東京、大阪、名古屋、札幌、福岡あたりの都市は記載されていても、(東京を除けば人口8位の)川崎の名はまず出てきません。可哀想ですが理由は想像できます。
そこで思ったのが、600万分の1の日本地図に都市圏人口(注)が多い順に100の都市名を書くとするとどうなるのか?とりあえず、15万人以上で調べると・・・
北海道は、札幌、旭川、函館、帯広、釧路、苫小牧、室蘭、千歳、北見・・・合計9。
東北は、仙台、郡山、山形、秋田、盛岡、福島、いわき、八戸、青森、弘前、会津若松、石巻、横手、米沢、白河・・・合計15
関東は、東京、高崎、宇都宮、太田、水戸、小山、日立、小田原、成田、神栖、那須塩原、筑西・・・合計12
中部は、名古屋、新潟、浜松、静岡、富山、金沢、豊田、豊橋、津、甲府、福井、長野、四日市、沼津、松本、富士、長岡、上越、上田、諏訪※、掛川、伊那、伊賀、佐久、飯田、御殿場、富士吉田・・・27
近畿は、大阪、京都、姫路、和歌山、彦根、甲賀、長浜・・・合計7
中国・四国は、広島、岡山、高松、福山、徳島、松山、高知、山口、松江、下関、周南、米子、鳥取、宇部、岩国、新居浜、津山、出雲、今治・・・合計19
九州は、福岡、北九州、熊本、那覇、鹿児島、長崎、大分、宮崎、佐賀、佐世保、都城、大牟田、延岡、中津、伊万里、八代、鹿屋、薩摩川内・・・合計18
これでは総合計107になってしまいますので、7市をカットしなければなりません。
泣いて馬謖を切る、おっとコレは意味が違う、まさに断腸の思い、ですが、少ない順に筑西、薩摩川内、白河、富士吉田、北見、鹿屋、長浜・・・さようなら~~~

注:都市圏は「通勤通学率」10%以上で設定しております。記載した都市は、2010年国勢調査において当該都市圏の中で昼間人口最多の都市です。(※諏訪都市圏は茅野市が最多です)
また、通勤通学率とは・・・都市圏の核となる都市をAとし、それ以外をBとし、B市の居住者で、A市内に通勤・通学する人数(a)をB市内に通勤・通学する人数(b)としたとき、
(a)÷(b)
のことです。
[84109] 2013年 9月 20日(金)18:25:21【1】hmt さん
糸へんに晃
[84106] 伊豆之国 さん
この「糸へんに晃」の用例は、「稀少地名…」 によると、【栃木県の】他に 宮城県大崎市に2例、茨城県日立市に1例あるようです。

最も普通の「幌」に使われる「はばへん」は、手ぬぐいのような一定の幅を持つ布切れを意味するのでしょうが、繊維製品だからというわけで、「いとへん」に変形した字形も出現しているのですね。

日立市の事例を見ると、 幌輪 バス停が示すように、現在は「幌輪」に変化しているのではないかと思われますが、公示価格一覧(3/13コマの日立9-1)に記載された「正式な地名」は、確かに「糸へんに晃」となっています。
なお、不動産屋さんは「ホロ輪」と表記しているようです。資料

母衣コレクションで「袰部の表記揺れ?」として収録された青森県下北郡東通村野牛の「袰部」と「母衣部」の関係[84105]も同様であり、正式な地名の文字と日常生活で使われる文字が違ってくることは、しばしばあると思われます。

[84105] グリグリさん
ということで、同音異字コレクション化する方向で考えたいと思います。

「はさま」 に始まり、「かいと」 では実に35種もの表記が発見されている 同音異字コレクションは、同じ読みが 各地で 異なる表記により使われている面白さを 伝えてくれています。アーカイブズ もありました。

これとは少し性格が異なりますが、同じ読みでありながら、同一地域で異なる表記がなされている事例があります。
以下は、この点に関する雑談です。

西ノ宮・尼ヶ崎のような「ノツケ」の有無については多数の過去記事があります。一例
漢字表記の主体になる文字についても、東亰[75459]・大坂を始めとしてブレがあります。
代表的な例として、市名と旧町名の表記が異なる 砺波 も例示しておきましょう。
この場合は、変遷情報とも関係してくるので、できるだけ「正式」のものにしたいという要望があります。

兵庫県赤穂市の「鷆和」という地名[80382]は「てんわ」と読みますが、地元関係者以外には難読であるためか、山陽本線の駅名は「天和」となっており、赤穂市HP中の大字表記も「鷆和」「鷏和」の2種類があります。
駅名と住所地名の相違については、その際に引用した[53247]の事例に見られるように、字体の新旧が かなり多いのですが、「異なる漢字」の使用例もいくつか見ることができます。
「鷆和」と「鷏和」は、字体の新旧ではなく、微差のJIS文字2種が仇になって混乱した事例ですが、自治体のHP内でもこの程度の不統一は存在するわけです。

ここで、2005年まで存在した島根県邇摩郡仁摩町仁万[41861]や、現存する春日部市粕壁[42030]のことも思い出しました。これらは、同一地域における文字表記の「本格的相違」ですが、漢字表記の相違点を言い出すと、「眞」と「真」よりも もっと「微細な相違点」も存在し得ます。

改称により消滅した市 に入っている「2点しんにゅう蓮田」市の市内には、「蓮田市蓮田」(一丁目~五丁目)があります。この地には、登記簿上の正式地名として、「2点しんにゅう蓮田」がそのまま残っているのではないでしょうか。
このようなことから、存在し得る地名表記の微差を問題にして、何が「正式地名」であるか などと議論し始めると、泥沼に嵌るおそれがあります。

「糸へんに晃」輪も 「幌輪」も 「ホロ輪」も 同じ地名の「表記揺れ」範囲内と思われます。
地名コレクションについて言えば、「正式地名」というよりも現実に世間で使われている地名を対象とするものでしょう。変遷情報などよりも 気楽に集めてもらってよいのだろうと思います。
[84108] 2013年 9月 20日(金)01:01:43オーナー グリグリ
Mapionの地図リンク変換
[84089][84090]に続き、マピオンで表示ができなくなっていたURLの一括変換を行いました。具体的に一括変換したURL数は8602箇所、コレクション数で60個になります。以下一覧です。

コレクション名変換数 コレクション名変換数 コレクション名変換数
台地188佐野1瓢箪58
高原309○宮217男と女95
湿原118門前144兄弟姉妹126
洞 (洞窟)183城+方角269四季1223
アルプス4旧国名町名2金銀銅321
丘陵10町名の○○園7131
三山35町名の○○荘4936
乗越18町名の○○ヶ丘1062鳥越15
双耳峰90町名の○○○野71海獣7
剣ヶ峰1町名の○○台1411数字地形名6
御嶽山・御岳山1町名の○○団地142三国2
ダム湖35町名の○○の里73○万101
地獄谷2企業由来町名78○里塚743
谷津1外来語由来町名98自治体の飛び地79
海峡42196ループ橋109
泊地8銀座9七差路2
船溜20氷室2返読39
砂丘10谷内1小倉百人一首47
希少地名 (一般)124立神25☆鬼213
希少地名 (海岸)161天狗18☆海上架橋50

"☆鬼"と"☆海上架橋"はリリース前のコレクションです。

なお、落書き帳の書き込みについても変換しました。2272箇所ありました。

Yahoo!、ちず丸、Mapionのリンクで表示できなくなった箇所を一通り変換しましたが、これ以外に地名コレクションや落書き帳の地図サイトへのリンクで表示ができなくなっているものがありましたらご指摘ください。よろしくお願いいたします。
[84107] 2013年 9月 20日(金)00:41:58今川焼 さん
Re:由良川の水害
[84102] hmtさん
伊勢湾付近を通った台風が、遠い京都府にまで大被害を及ぼすことがある。
昭和28年台風13号の事例は、伊勢湾台風と共に、今回の台風と共通点があったことがわかります。
今度の台風で、そのことがよくわかりました。
一般に台風の進行方向右側が風雨が強いと言われていますが、近畿北部に大きな被害をもたらす台風は必ずしもそうではなく、2004年の台風23号([34381]今川焼)も東海から関東へ抜ける同じようなコースをたどっていました。
台風23号

由良川の洪水は昔から繰り返されており、かつて川沿いの平地一面には水害に強い桑が植えられていました。洪水になると上流から肥えた土が流れてきて、桑の生育には好都合だったわけです。しかし、やがて養蚕は衰退し、桑畑は水田・畑や住宅地に変わり新たな被害が出るようになりました。
1937年福知山市全圖を見ると川沿いの桑畑が見て取れます。盛んに行われた養蚕のお陰で福知山や綾部では製糸業が栄えました。市街地には「鐘淵紡績」や「郡是製糸」の工場の文字が見えます。
ちなみに「郡是」の由来は、何鹿郡綾部町(現綾部市)に設立された「郡是製絲株式會社」が
何鹿郡発展のために農家に養蚕を奨励することが郡の急務であり、「郡是」である
としたことによります。
グンゼの歩み

福知山の町のはじまりは、丹波を平定した明智光秀が、現市街地付近を大きく蛇行して流れていた由良川を直線状に付け替え、かつての氾濫原上に城下町を拓いたことによります。
光秀は明智藪と今でもよばれる堤防を築きました。また明治以降は、高さ十数メートルのコンクリート堤が整備されるようになりましたが、それでも市街地は何度も洪水に見舞われています。幸い今回の台風では中心市街地は難を逃れたようです。
市内には堤防をご神体とした「堤防神社」があり、昭和6年から始まった「堤防まつり」は、現在では盆踊りといっしょになり「ドッコイセまつり」として、北近畿最大の花火大会が盛大に行われています。由良川の現状と課題 
堤防の河川側は、階段状に整備されていて花火の絶好の観覧席となっていたのですが、先月その堤防下で悲惨な事故が発生したのは記憶に新しいところです。
[84106] 2013年 9月 19日(木)23:23:14伊豆之国 さん
Re2:母衣コレクション
[84105] オーナー グリグリ さん
「ほろ」地名の文字バリエーション
母衣、袰、母袋、そして、保呂、幌、と5種類ですが、ウォッちずで検索すると、ひらがなの「ほろ」もありそうです
その「ウォッちず」で出てきた「ほろ」ですが、これはどうやら「糸へんに晃」(第3水準)であるようです。「稀少地名漢字リスト」([83977] hmtさん)を見ると、「栃木県那須郡那珂川町大山田下郷字ほろ付」が、まさに先の「ウォッちず」のそれでした。この「糸へんに晃」の用例は、「稀少地名…」によると、他に宮城県大崎市に2例、茨城県日立市に1例あるようです。
また、本間信治氏著「にっぽん地名紀行」([76738])を見ると、「母」の付く地名の中で「名古屋市緑区鳴海町母呂後」が取り上げられており、この「母呂後」には「ほろご」と振り仮名が振ってあります。この辺りの地図を見ると、カタカナで「ホロゴ」と書かれている建物が二、三あり、読み方は「ほろご」で間違いなさそうで、こちらも「ほろ」地名のバリエーションに入りそうです。
「幌」については相当数あるのでちょっとビビッています。ウォッちずの「幌」検索で668件
「幌」の付く地名はやはりそのほとんどが北海道に集中していて、北海道ではメジャーな地名漢字である一方、それ以外では地名に使われるのは極めて稀であると思われるので、当面は北海道以外についてをコレクションの対象としたらいかがでしょうか。

以上、ご検討していただくよう、お願いいたします。
[84105] 2013年 9月 19日(木)21:47:41オーナー グリグリ
Re:母衣コレクション
遅くなりましたが、母衣コレクションへのコメントについてフォローします。

[84009] hmtさん
昭和36年青森県告示に示された「下北郡東通村大字野牛字袰部」だけが未収録です。
未収録とは、以下の情報のことですが、

[83977] hmtさん
また、このページからたどった 昭和36年青森県告示第119号 には、昭和34/8/1供用開始の尻労袰部線の終点として、「下北郡東通村大字野牛字袰部」という地名がありました。注2を記した時には、山中の「野牛母衣部」の存在を疑ったのですが、「大字岩屋字袰部」と別の「大字野牛字袰部」が存在するようです。

[84009] hmtさん
東海岸の尻労(しっかり)と、西海岸沿いの県道6号との間を結ぶ「尻労袰部線」の終点(起点?)ですから、mapionの県道6号に「尻労口」と記されている三叉路(バス停?)付近と推定されます。
mapionの「(野牛)母衣部」は、この三叉路から1km余 東に記されていますが、地名表記の揺らぎでしょうか?
とhmtさんもおっしゃっている通り、野牛の袰部については今のところ昭和36年の青森県告示にしか根拠がありません。告示があれば十分とも思えるのですが、ちょっと迷っていてそのまま保留にしてしまいました。とは言え、情報を埋もれさせるのは得策ではありませんので、「袰部」も追加記載し、「母衣部」との共通性を備考欄に記述しました。

次に、「ほろ」地名の文字バリエーションについて。

[84009] hmtさん
繊維製品の幌・母衣・袰・母袋以外にも、同じように風を受ける「保呂羽」と、その省略形「保呂」があるようです。
これは、鳥の両翼の下の羽根で、特に鷹の保呂羽は 矢羽として珍重されました。

地名としては岩手県藤沢町 保呂羽【2011年一関市】がありますが、グリグリさんにとっては 既にご存知の地名でしょう。
秋田県大森町八木沢の 保呂羽山【2005年横手市】など、「保呂」地名はまだまだあります。
八幡平市袰部の異表記(保呂部)は既出。かつては岩手県岩泉町袰綿は「保呂綿」、岩泉町袰野は「保論野」と称されたとか。
舎利石で名高い津軽の今別町袰月(ほろづき)も、中世には「両翼突」と書いたそうです。
「保呂綿」「保論野」「両翼突」は備考欄に追記しました。

[84072] EMMさん
#いっそのこと「保呂」も「幌」も(あれば他のパターンも)全部入れてしまって、同音異字系の「ほろ」コレにしてしまう手もありそうです。
母衣、袰、母袋、そして、保呂、幌、と5種類ですが、ウォッちずで検索すると、ひらがなの「ほろ」もありそうです。まぁ、6種類でも立派な同音異字コレクションになると思います。古い名称である、母路、保論、両翼も入れると9種類です。

ということで、同音異字コレクション化する方向で考えたいと思います。ただ、「幌」については相当数あるのでちょっとビビッています。ウォッちずの「幌」検索で668件。まぁ、同一地名の重複も多数ありますので処理できない数ではなさそうですが。しばしお時間を下さい。
[84104] 2013年 9月 19日(木)20:51:07じゃごたろ さん
re: ルート決定!
こんばんは、じゃごたろです。

[84099] 白桃 さん
[84100] みかちゅう さん
南アルプスを大きく北に迂回させて諏訪湖付近に駅を造らせるのを長野県が主張していましたが、所要時間短縮の面から南アルプスを突っ切るコースに決定したようですね。

ルート案には南アルプス貫通ルート、伊那谷迂回ルート、木曽谷迂回ルートの三候補があって、結局南アルプス貫通ルートに決定したのはずいぶん前ですが、今回は中間駅の具体的な場所が固まったので、その詳細ルートを公表したものです。

相模原-甲府-飯田-中津川-名古屋

中間駅については、本日付の長野日報より引用すると、
長野県飯田市上郷飯沼は、JR元善光寺駅から「少し離れた場所」、甲府市大津町は「在来線と離れた場所」という。
一方相模原市緑区はJR横浜線などが乗り入れる橋本駅の付近、岐阜県中津川市千旦林は「JR美乃坂本駅のそば」
ということです。

しかし前期候補の三ルートのうち南アルプス貫通が最も建設コストが安いということらしいですね。長大トンネルを建設するのがもっとも建設コストがかかると思っていたのですが、そうでもないらしい。延長距離の長い迂回ルートの方が建設コストがかかるっていうのは、軌道そのものを敷設するのがかなりのコストなんでしょうね。
[84103] 2013年 9月 19日(木)19:46:25いろずー さん
経県値
先日の遠征で

愛知(通過)→訪問
岐阜(接地)→訪問

になりました。
[84102] 2013年 9月 19日(木)19:36:11hmt さん
由良川の水害
[84099] 白桃さん
福知山も大変でしたね。

福知山、水害というキーワードから思い出すのは、学生だった 1954年の夏休みに 初めてこの地を訪問した折に、友人の家の襖の上部約30cmに付いていたシミです。訊ねてみると、前年の水害の痕であるとのこと。床上浸水30cmにしては 上部はおかしい。更に聞くと、二階に避難してあった建具で、たまたま 上下逆に置いてあった状態での浸水 とか。これには驚愕しました。

由良川は中流部の福知山盆地で川幅が拡がると共に急激に勾配が緩くなり、下流部は川幅の狭い谷底平野を流れるという地形なので、山地から流れ下った洪水が盆地に溜まりやすいのですね。水害の記憶

洪水記録 を見ると、昭和28年(1953)の台風13号【テス台風】による最高水位は 8mに近い 近年での最高値であり、被害も 極めて大きかったことがわかります。
2004年の台風23号も、これにかなり近い規模の洪水だったようです。

0423台風の調査資料 によると、由良川では 江戸時代233年間(寛永2年~慶応4年)に 106回の水害を記録し、特に享保と慶応との大規模水害は 後世に伝えられているとか。明治以後の洪水対策事業にもかかわらず、大洪水は繰り返されてきたようです(3/11コマ)。6/11コマには、1953年の洪水水位が二階に及んでいたことを示す写真があります。

「テス台風」とは、米軍が使っていた女性名[82206]です。1953年は、日本が 占領下を脱してから間もない頃で、台風の進路予想には 米軍機の観測データが重要でしたが、この台風の進路は 伊勢湾から本州を縦断して 三陸沖に抜けたものでした。
伊勢湾付近を通った台風が、遠い京都府にまで大被害を及ぼすことがある。
昭和28年台風13号の事例は、伊勢湾台風と共に、今回の台風と共通点があったことがわかります。
[84101] 2013年 9月 19日(木)06:00:00【2】inakanomozart さん
各地の富士山
地元にある丸子富士(まりこふじ)の写真はないかと探したところ
富士市役所HP内の「ふるさとの富士山」というページにたどり着きました。
「都道府県市区町村」内の富士コレクションに掲載されている358件には及ばないものの
各地にある321件の富士山の写真が公開され、その姿を確認できます。
[84100] 2013年 9月 18日(水)22:28:41みかちゅう さん
ルート決定ですね
[84099]白桃さん
ルートはとっくの昔に決まっていたのか?
南アルプスを大きく北に迂回させて諏訪湖付近に駅を造らせるのを長野県が主張していましたが、所要時間短縮の面から南アルプスを突っ切るコースに決定したようですね。
中間駅の自治体からは「駅には改札程度の最小限の設備しかないのか」と不満が出ていますが、駅の周りの整備は自治体のカネ次第でいくらでもなるということにはならないのでしょうか。JRに主導権を握られて巨大な駅ビルができてしまい、地元にカネがちっとも落ちない事態よりはいいのではと思います。

神奈川県にもしっかり橋本駅付近に駅が設置されますが、神奈川県民にはあまりうまみはなさそうです。橋本に停車するリニアなんかろくに本数はなく、途中駅で待避を繰り返す「こだま」タイプばかりでしょう。それなら新横浜から新幹線のほうがマシです。静岡や浜松に停車するようになったとしても、東京~名古屋が1時間半(現行プラス10分)ぐらいにおさまるでしょう。


話は変わりますが、東北新幹線が茨城県内をかすっているのに(地図)駅がないのは不思議。なんで栃木には3つも駅がある(小山・宇都宮・那須塩原)のにうちの県には1つもないんだ、となりそうなものですが。上野から宇都宮線でも古河までは1時間程度だから、通勤需要もあまり期待できないためでしょうか。


… スポンサーリンク …


都道府県市区町村
個性豊かな地理ネタ大好き人間の溜まり場

パソコン表示スマホ表示